税務判例を読むための税法の学び方【24】 〔第5章〕法令用語 (その10) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 7 法の「適用」に関する法令用語 (③ 例による)【前回参照】 (承前)前回、税法においては「従前の例による。」という中で使われることが圧倒的に多いと書いた。 この「従前の例による。」は、廃止制定法や改正法の施行後において、これまでの事柄や状態が新しい法制度の下でどうなるのかということを定めた附則の経過規定の中で用いられる慣用句であって、これまでと同じである旨を簡潔に表現したものである。 国税通則法(平成25年3月30日改正)の附則には、次のようにある。 この附則により、改正法施行前の行為等については、改正後の罰則規定ではなく、改正前の規定が適用される旨が明らかにされている。 「例による」に似た表現として、「例とする」がある。 その使用例としては、公職選挙法附則の別表第2(第13条関係)の末尾に、 という規定が置かれている。 この「例とする」という場合には、通常の場合にはここに定められた通りにすべきであるが、合理的な理由がある場合にはその通りにしなくとも違反とはならないとされている。 この「例とする」と同じような意味を表わす法令用語に、「常例とする」がある。 以下にその例を挙げる。 これらの場合には、定めに従わなかったとしても直ちに法令違反にはなるわけではなく、したがって「しなければならない」という法的拘束力を持つ言葉とは内容が異なるものである。 しかし、合理的な理由もなく、従わないことが認められるものではないという点は注意を要する。 あくまでも、合理的な理由がある場合にはその通りにしなくとも違反とはならないとされているのであって、全く法的拘束力をもたないものと考えるべきではないであろう。 ④ 同様とする この「同様とする」は、その法律上の性質が類似している事項に関して、ある事項について定められたものと同様の規定を設ける場合に、重複を避けて同様の内容をもつものであることを示す場合に用いられる。 したがって、「準用する」とか「例による」と同様に、簡潔に表現するための立法技術上の法令用語の一つである。 同一の条や項の中で、文が2つに分かれるときには、前の文を「前段」、後の文を「後段」というが、「同様とする」は前段の述語と同様である場合に、後段の文の述語として使われる場合が多い。 以下にその例を挙げる。 上記の例は、「相殺することができない」という前段の述語を後段においても述語として使うため、「同様とする」という語を用いて規定している。 なお、「同様とする」は後段の文章の中で使われるのが原則であるが、独立した項の述語として使われる場合もある。 以下にその例を挙げる。 これは、第1項の述語である「10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する」を、第2項においても使うにあたり、「同様とする」と規定している。 (了)
「企業結合に関する会計基準」等の 改正点と実務対応 【第5回】 「共通支配下の取引の会計処理③」 ~子会社株式を売却した場合(売却後は支配関係が解消)の連結財務諸表上の会計処理~ 有限責任監査法人トーマツ 公認会計士 布施 伸章 (注)本連載記事において、文中、意見に関する部分は筆者の私見である。 1 はじめに 今回は、平成25年改正連結会計基準のうち、子会社株式を一部売却し、売却後は支配関係が解消された場合、すなわち、売却後の投資先の株式(残存株式)が関連会社株式又はその他有価証券となった場合の連結財務諸表上の会計処理について解説する。 今回改正された組織再編に関する会計基準では、子会社株式の売却により、残存株式が関連会社株式又はその他有価証券に分類が変更された場合の会計処理については特に改正されていない。ただし、支配が継続している場合の子会社に対する親会社の持分変動の会計処理が改正されたことに伴い、のれんの未償却残高の取崩し方法等の論点がある。 解説に当たっては、【第4回】の設例を前提に、会計基準の改正前と改正後の会計処理及び連結財務諸表への影響を比較しながら行う。 なお、以下の文中、「改正前(後)仕訳○」は、設例中の「改正前(後)会計基準」欄の仕訳No.を示している。 2 子会社株式の一部売却(売却により支配関係は解消)の会計処理 (1) 子会社株式の一部売却により、投資先が子会社から関連会社になった場合 ① 関連会社株式の評価に関する事項 子会社株式の売却により支配を喪失し、投資先が関連会社となった場合には、当該子会社に係る資産及び負債を連結貸借対照表から除外し、連結貸借対照表に計上される関連会社株式は持分法による投資評価額により計上することになる。 持分法を適用する場合には、資産及び負債の評価並びにのれんの償却は連結の場合と同様の処理を行うものとされている(持分法会計基準8項)。 また、改正会計基準では、投資先が子会社から関連会社となっても投資の清算の会計処理は行わない。 このため、子会社株式の一部を売却し連結子会社が関連会社となった場合には、会計基準の改正後においても、投資先の連結財務諸表上の評価額(連結上の評価額)と整合性のある持分法による投資評価額を算定することが必要になる。 ② 持分法による投資評価額の算定 改正前会計基準では、持分法による投資評価額は、親会社の個別貸借対照表に計上された関連会社株式の帳簿価額に以下のaからbを控除した額を加算して算定するものとされていた。 改正後会計基準では上記に加えて、以下のcの額も調整されることになると考えられる。 設例では、支配を喪失する直前の子会社株式(X3/3期末の60%持分)に係る持分法による投資評価額(連結上の評価額)は、改正前は209(=108(個別簿価)+120(a)-19(b))、改正後は228(=209+19(c))となる。 持分法による投資評価額は、改正前は投資持分に含まれるもののみから構成されていたが、改正後は投資持分には含まれないのれんの未償却残高も含まれることになる点に留意する必要がある。 ③ 子会社株式の売却に関する会計処理(子会社→関連会社) 子会社株式の一部売却により、投資先が子会社から関連会社になった場合には、親会社の個別損益計算書に計上された子会社株式売却損益から、既に連結上損益処理された額(売却持分対応額)を控除して、子会社株式売却損益を修正することになる。 具体的には、以下のaからbを控除して、子会社株式売却益の修正額を算定する。 これらの調整は上記②の内訳項目に対応したものである。 改正前仕訳では、aは40、bは6、子会社株式売却益の調整は34となる。 他方、改正後会計基準では、具体的な会計処理は示されていないが、上記に加えて、以下のcの額も調整することになると考えられる。 改正後会計基準では、【第4回】で解説したとおり、支配が継続している場合には子会社株式を一部売却(100%→60%)しても支配獲得時に発生したのれんの未償却残高を取り崩さないこととされたが、支配が解消された場合には、当該子会社は連結除外となるため、当該のれんの未償却残高を取り崩し、子会社株式売却損益から控除することが必要になると考えられる(当該のれんの未償却残高は支配喪失時の売却株式(60%→40%)に直接対応するものではないが、支配喪失後の残存株式(関連会社株式)に対応したのれんでもないため、支配喪失を伴う子会社株式の売却にあわせて取り崩すことになるものと考えられる)。 この際、のれん未償却残高の取崩額の算定方法は、改正後会計基準では示されていないが、売却後の関連会社株式(残存株式)に含まれるのれんの未償却額とは、支配喪失直前ののれん未償却残高のうち、支配獲得時の持分比率に占める支配喪失後の関連会社に対する持分比率に相当する額とすることが適当と考えられる。残存する関連会社株式に含まれるのれんは、支配獲得時に発生したものから構成されていると考えられるためである。 この点に関する具体的な取扱いは、JICPAの実務指針等で定められることが考えられる。 改正後仕訳はaが40、bが6、cが19(=支配喪失直前ののれん未償却残高48×40%/100%)となり、子会社株式売却損益の調整額は53になるものと考えられる。 【図表】 設例の仕訳No.2の抜粋 (2) 子会社株式の一部売却により、投資先が子会社及び関連会社に該当しなくなった場合 子会社株式の売却等により被投資会社が子会社及び関連会社に該当しなくなった場合には、連結財務諸表上、残存する当該被投資会社に対する投資は、個別貸借対照表上の帳簿価額をもって評価することになる(連結会計基準29項)。 この場合の子会社株式売却損益の修正額は、関連会社になった場合に準じて算定する。 また、売却後の投資の修正額を取り崩すことが必要であり、当該取崩額を連結株主資本等変動計算書上の利益剰余金の区分に「連結除外に伴う利益剰余金減少高(又は増加高)」等その内容を示す適当な名称をもって計上することになる。 3 改正による連結財務諸表への影響 設例では、X4/3期は、親会社の損益はゼロ(子会社株式売却益34を除く)、関連会社の当期純利益は100としている。 〈X4年3月期(持分比率40%)〉 ① 連結P/L 親会社(投資会社)の個別財務諸表上、子会社株式売却益が34計上されているが、改正前会計基準の場合には、売却持分対応額のうち既に連結損益で認識された額が34(当期純利益40、のれん償却累計額6)あるため、結果として、子会社株式売却益はゼロとなる。 改正後会計基準の場合には、上記に加えて、子会社株式の一部売却(100%→60%)に対応するのれんの未償却残高19も併せて取り崩すことになるため、結果として、子会社株式売却損19が計上されることになる。 言い換えれば、改正後会計基準では、子会社株式を一部売却しても、売却後も支配が継続している限り、のれんの未償却残高は取り崩されないが、支配喪失時にこれらの残高が取り崩されるため、子会社株式売却益のマイナス要因となる(本設例では、支配喪失直前に連結貸借対照表に計上されたのれんの額の差異(会計基準の改正前は29、改正後は48)と一致している)。 ② 連結B/S 設例では、関連会社株式の連結貸借対照表計上額は会計基準の改正前と改正後とで一致している。 ただし、のれんの取崩額の算定方法によっては、両者は常に一致するわけではないと考えられる。 支配喪失前に当該会社に対する親会社の持分が増減している場合(例えば、支配獲得時60%→追加取得後100%→一部売却後60%の場合)には、両者は一致しないこともありうると思われるが、この点はJICPAの実務指針等で取扱いが示されることが考えられる。 4 設例 【追加売却年度(X4/3/31)子会社(60%)→関連会社(40%)】 本シリーズ【第4回】の子会社株式の一部売却(X1/3期からX3/3期)を前提とする。 取引の流れは以下のとおりであるが、P社のS社に対する持分の推移とのれん未償却残高の推移(X1/3/31からX3/3/31まで)は、下表のとおりである。 ●P社はX1/3末にS社の株式のすべてを180で取得した。 ●支配獲得時のS社の純資産(時価)は100であり、のれんが80発生した。 ●のれんはP/Lが連結されるX2/3期から5年で償却を開始した。 ●P社はX3/3期の期首にS社株式の40%を150で売却した(個別上、売却益を78計上)。 ●X1/3期からX3/3期までのP社の利益はゼロ(S社株式売却益を除く)、S社の利益は毎年100とする。 ●X3/3期末におけるのれんの未償却残高は改正前会計基準では29、改正後会計基準では48である。 ●X3/3期末におけるS社株式に係る個別簿価と連結簿価との差額は、改正前会計基準では101、改正後会計基準では120である。 【参考】 会計基準の改正前と改正後の連結上の評価額の推移 〈X4/3期の前提〉 ●P社は期首(X3/4/1)にS社株式の20%を70で売却し(売却後持分40%)、個別財務諸表上、子会社売却益を34計上(=70-(180×20%))した。 ●P社の当期純利益(売却益34を除く)は0、S社の当期純利益は100 ●持分法投資額に含まれるのれんの償却期間は5年(残存年数3年)(年間償却額6) ●P社及びS社のX4/3/31のB/Sは以下のとおりである。 【参考】 会計基準の改正前と改正後の持分法による評価額の推移 (了)
減損会計を学ぶ 【第4回】 「減損会計の特徴②」 公認会計士 阿部 光成 減損会計は、固定資産を対象にした会計処理方法であり、減損の兆候、減損損失の認識の判定、回収可能価額に基づく減損損失の測定のプロセスである。 本連載の第2回では減価償却との関係を解説しているが、今回はさらに減損会計の特徴を述べ、今後、減損会計基準を読む際のポイントを解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 減損会計のプロセス あらためて減損会計を述べると、それは資産又は資産グループについて、まず減損の兆候の識別を行い(減損の兆候)、兆候があると判断された場合に割引前の将来キャッシュ・フローに基づいて減損損失を認識するかどうかの判定を行い(減損損失の認識の判定)、認識すべきと判定された資産又は資産グループについて、回収可能価額に基づいて減損損失を測定する一連のプロセスである(減損損失の測定)。 「固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書」(以下「減損会計意見書」という)は、このような減損に係る会計処理を、金融商品に適用される時価評価とは異なるものであり、資産価値の変動による利益の測定や決算日の資産価値の表示を目的とするものではなく、あくまでも取得原価基準における帳簿価額の臨時的な減額と位置付けている(減損会計意見書三、1)。 Ⅱ 減損会計の特徴 減損会計には、次のような特徴が考えられる(注)。 (注) 監査法人トーマツ編『Q&A減損会計適用指針における会計実務』(清文社、2004年4月)8~10ページ 1 当初投資の失敗 減損会計意見書は、減損処理の本質を、本来、投資期間全体を通じた投資額の回収可能性を評価し、投資額の回収が見込めなくなった時点で、将来に損失を繰り延べないために帳簿価額を減額する会計処理としている。 当初の投資額を回収するという視点から考えて、投資期間全体を通じた投資額の回収可能性を評価することが減損処理の本質に関わるものと考えると、期末の帳簿価額を将来の回収可能性に照らして見直すだけでは、収益性の低下による減損損失を正しく認識するとはいえないことになる。なぜなら、期末の帳簿価額の回収が見込めない場合であっても、過年度の回収額を考慮すれば、投資期間全体を通じて投資額の回収が見込める場合もあるからである(減損会計意見書三、3)。 つまり、減損処理とは、当初の投資額が投資期間全体を通じても回収ができない場合に行う帳簿価額の減額処理であり、これは当初投資が失敗であったことを意味していると解される(注)。 (注) 投資の失敗を表す損失額を利益計算に反映する考え方については、辻山栄子編著『逐条解説減損会計基準(第2版)』(中央経済社、平成16年1月)8から11ページを参照していただきたい。 2 固定資産の期末の時価評価を行うものではない 減損会計意見書及び「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号。以下「減損適用指針」という)では、次のように述べている。 このため、減損会計は固定資産の期末の時価評価を行うものではないと解される。 3 将来キャッシュ・フローを見積もる 「固定資産の減損に係る会計基準」では、減損損失の認識の判定及び減損損失の測定において、将来キャッシュ・フローの見積り及び使用価値の算定を行う。これらは、企業に固有の事情を反映した合理的で説明可能な仮定及び予測に基づいて行われることになる。 減損会計が適用される前では、減損会計のように固定資産に係るキャッシュ・フローの見積りは、一般的には行われていなかった。 4 固定資産のグルーピングが行われる 減価償却計算は、通常、個々の固定資産を対象に行う。 減損会計は、将来キャッシュ・フローを見積もって回収可能性を反映するように帳簿価額を減額する会計処理であり、将来キャッシュ・フローを生成する単位を判定するときに、個々の固定資産だけでなく、複数の資産が一体となって独立したキャッシュ・フローを生み出す場合には、資産のグルーピングを行う(減損会計意見書四、2(6)①)。 5 合理的な経営者の意思決定の仮定 回収可能価額は、正味売却価額と使用価値のいずれか高い方である(「固定資産の減損に係る会計基準注解」注1、1)。 投資の回収考えた場合、合理的な経営者であれば、正味売却価額が使用価値よりも高いときは当該資産を売却し、使用価値が正味売却価額よりも高いときは当該資産の使用を継続するであろうという合理的な意思決定を行うものと考えられる。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第26回】 連結会計① 「投資と資本の相殺消去」 仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広 〈事例による解説〉 ●A社はB社の株式100%を500で取得しました。 ●X1年3月期のA社・B社の貸借対照表は以下のとおりです。なお、B社純資産の簿価と時価は同額です。 〈会計処理〉 ① 個別財務諸表の単純合算 A社とB社の貸借対照表を合算します。 ② 投資と資本の相殺消去 (*1) 資本金、準備金、剰余金などが含まれます。 (*2) B社株式500-B社純資産400=100 〈X1年3月期の連結財務諸表〉 〈会計処理の解説〉 連結財務諸表は、企業グループの財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を報告するために作成されるものです。 連結財務諸表は、親会社・子会社の個別財務諸表を単純合算し、これに連結消去・修正仕訳を計上して作成されます。 A社個別財務諸表とB社個別財務諸表を単純合算すると、単純合算財務諸表には、A社の資産であるB社株式(子会社株式)とB社の純資産(資本金、準備金、剰余金等)が計上されます。 しかし、企業グループとして見ると、B社株式は自己に対する投資であり、一方のB社の純資産は自己からの出資であるため、連結財務諸表上は、これを消去する必要があります。 本事例では、B社株式が500、B社純資産が400であるため、これらを相殺消去すると100の差額が発生します。 当該差額は連結財務諸表上、「のれん」として計上されます。「のれん」とは、子会社の超過収益力のことをいいます。 A社がB社の純資産400を上回る500の投資を行ったのは、B社の超過収益力に対するプレミアムを支払ったためです。 A社はB社を買収し、営業エリアを拡大することによって、100(もしくはそれ以上)の利益を得られると見込んでいるのです。 買い手企業が会社の価値を評価し、実際にプレミアム(=投資と純資産の差額)を支払った場合、当該プレミアムは連結財務諸表上、「のれん」として計上されます。 なお、子会社の純資産よりも少ない金額で株式を取得した場合は、投資と資本の消去差額を「負ののれん発生益」として特別利益に計上します。 次回は、連結会社相互間の取引等の消去について解説します。 (了)
退職金制度の作り方 【第1回】 「退職金制度の現状」 なりさわ社会保険労務士事務所 代表 特定社会保険労務士 成澤 紀美 中小企業の8割近くで制度あり 退職金制度はどこの企業にもあるものと思われるかもしれないが、中小企業では必ずしも制度があるとは限らない。 従業員数10人~300人未満の東京都内の中小企業のみを対象とした「中小企業の賃金・退職金事情(平成24年版)」(東京都産業労働局)によると、「退職金制度がある」と回答した企業が77.7%、「退職金制度がない」と回答した企業が21.1%となっている。 調査結果より、中小企業の80%近くで制度が導入されているが、労働基準法では退職金制度を必ず導入するよう求めているものではなく、退職金制度がなくても、労働法令上は特段の問題はない。労働基準法が求めているのは、退職金制度を設けた時点で賃金債権となり得るため、就業規則に規定をし支給ルールを明確にすることである。 一度制度として設けた退職金は、経営者の義務となり、労働者の権利となる。 特に注意が必要なのは、就業規則を労働者側に不利な内容に変更をする場合は、労働者側の同意を要する点である。退職金制度の見直しについても同様で、労働者側に不利益な内容となる場合は、労働者側の同意が必要であり、経営者側が一方的に変更することはできない。 退職金制度は、企業が独自のルールを設け、任意に定めることができるものではあるが、一度定めた内容を変更する際には、労働者の権利も十分に考慮しながら運用をしていかなければならないものとなるため、様々な不都合が生じてしまうケースが多々あるといえる。 支払方法は7割以上が一時金方式 前述の調査結果では、「退職金制度がある」と回答した企業の72.2%が「退職一時金制度のみを採用」、23.7%が「退職一時金と退職年金を併用している」となっている。 これは退職金の支払方法であり、一時金制度は退職時点に一括して支払うものであり、退職年金は、退職後の一定期間にわたり定額で支払う方法をいう。 定年前の中途退職時に退職金を支給する際は、勤続年数に応じて「一時金制度」又は「一時金制度+退職年金」を併用し、定年退職時は「退職年金」として一定期間支払う場合が多い。 退職金の計算方法は、算定基礎額×支給係数が多い 調査結果によると、退職一時金の算出方法としては「退職金算定基礎額×支給率」と回答した企業が49.1%で最も多く、次いで「勤務年数に応じた一定額」と回答した企業が21.1%となっている。 「退職金算定基礎額×支給率」の算出方法は、一般的には勤続年数×退職時点での支給給与額に、退職理由(自己都合・会社都合)に応じた支給係数を乗じて計算される。 「勤務年数に応じた一定額」での算出方法は、勤続年数に応じた確定支給額をあらかじめ定めておく方法となる。 * * * 次回は、退職金制度の種類についてお伝えしたい。 (了)
活力ある会社を作る 「社内ルール」の作り方 【第8回】 「企業文化を体現した就業規則の作成へ」 特定社会保険労務士 下田 直人 〈就業規則を作るプロジェクトの立ち上げ〉 このシリーズも終盤に入ってきたが、今回は、企業文化や価値観が体現された就業規則の作成方法を見ていきたい。 就業規則の構成は、基本的には2部に分かれる。 ひとつは、労働時間や休日・休暇、給与体系などの労働条件を定めている部分。そしてもうひとつは、従業員が遵守すべき義務やルールを定めた服務規律と言われる部分である。 企業文化や価値観が明確になり、それに基づき物事を判断する文化が根付き始めたのであれば、就業規則もそれに基づいて規定されるべきである。 その際に、労働時間や休日・休暇、賃金体系などの労働条件に関するところは経営者側で決めることになろうと思うが、服務規律に関する部分は、その決定に際して従業員側にも参加してもらい決定する方が良い。 よく言う話であるが、人は他人に決められたルールより、自分たちで決めたルールの方を守ろうとするものだ。 次に、どのように進めていくか、である。 会社の規模にもよるとは思うが、全員参加は基本的には難しい。また、選抜メンバーとすることで、選抜された者はプロジェクトに向き合う心構えが変わってくるので、プロジェクト方式でメンバーを選んだ方が良いだろう。 人数的には、多くても10名程度と考える。これより多いと当事者意識に欠ける者がメンバーに含まれ、かえって場が活性化しない恐れがある。そして、部門やポジションに偏りがないようにする(例えば、営業部ばかりになったり、リーダークラスばかりにならないよう注意する)。 また、管理職者はプロジェクトメンバーには入らず、アドバイザーとして1~2名付けると良い。 〈決め方はポジティブで〉 プロジェクトメンバーには、自社の企業文化と照らし合わせて、自社の文化を体現している人ならば、「こういう時にはどういう行動をとるだろうか?」という視点で意見を出し合っていく。 やり方としては、大きいサイズのポストイットにメンバーが各自、思いつくことを書き出していき、同じような項目をまとめていくような形で集約していくのが良い。 そして、ある程度集約されたものの中から、規定とすべきもの、規定にはしないもの、修正を加えるものなどを議論していき決定していくようにする。 ここでのポイントは、すべてを規定するのではなく、文化や価値観が共有されているのであれば、当然に守られるであろうルールは極力規定しないことだ。以前にご紹介したIBM調査、「global ceo study 2012」の内容、「共有される価値観に基づいて行動すれば遵守されるようなルールは、廃止することを検討する。」という一文を思い出してほしい。 例えば、以下のようなケースを用意しておき、そのケースごとに議論してもらう。 上記のようなテーマを決めておき、それについて、具体的にどのような行動、心がけが重要かを各自が書き出していく。そして、メンバーが書き出したものを集約する。集約したものをひとまとめにしたり、本当に自社の従業員としてふさわしい行動か否かを議論する。その結果、就業規則に定めるべきと決めて事項については、文書を整えていく。 この際のポイントは、「〇〇しなければならない」、「〇〇してはいけない」といった表現ではなく、「〇〇すべきだ」「〇〇することが求められる」「〇〇することができる」という表現にすることだ。 つまり、禁止ではなく、ポジティブな行動を促す表現にすることが重要である。 例えば、 ではなく、 あるいは といった具合である。 以上のようにプロジェクトメンバーで議論し作成していく。 アドバイザーはプロジェクトの議論がおかしな方向に行きそうになったら軌道修正を行い、メンバーの議論が浅い場合にはその内容について深める役割を担う。 このようにして、服務規律の部分については、プロジェクトメンバーを中心に作成していく。それを基に経営者サイドから見て足りない部分については、付け加えていく方式で決めていくと良い。 (了)
親族図で学ぶ相続講義 【第12回】 (最終回) 「同時死亡」 司法書士 Wセミナー専任講師 山本 浩司 [被相続人甲野太郎 相続関係説明図] 以下、甲野太郎の相続財産(X不動産)は、誰に帰属するかを考えてみましょう。 相続関係説明図をよくみますと、甲野太郎とその子の甲野一男の死亡の年月日が同日です。 さて、仮に、この2人の死亡の前後が明らかでなかったときは、事件は、どうなるのでしょうか。 たとえば、甲野太郎と甲野一男が同一の事故で死亡したとか、片方は病院で死亡しその日時がはっきりしているが、他方が、ほぼ同時刻に事故で死亡しており、その両者の前後が不明である場合などがあります。 この場合、次の規定が適用されることとなります。 以上から、反証のない限り、この2人は同時に死亡したものとして、この相続事件を扱うべきこととなります。とすると、甲野一男は、甲野太郎を相続しません。本講座で、すでに説明したように「同時存在の原則」が存在するからです。 甲野一男は、甲野太郎と同時に死亡したので、甲野太郎の相続開始のときに生存していません。 ついでに言えば、逆も真であり、甲野太郎は、甲野一男と同時に死亡したので、甲野一男の相続開始のときに生存していません。 このように、2名が同時に死亡をしたときは、お互いがお互いを相続しないこととなります。 では、甲野太郎の相続人は誰でしょうか。 配偶者の甲野花子はすでに死亡しており、甲野桜子は甲野太郎の血族ではない(姻族一親等)から、それぞれ甲野太郎を相続しません。 とすると、相続人の候補は、甲野太郎の直系卑属である甲野イチロー(孫)と乙山花子(長女)です。 長女の乙山花子に相続権があることは当たり前ですが、では、甲野イチローはどうでしょうか。 はたして、甲野イチローは、その親の甲野一男を代襲して相続するのでしょうか? 民法から、これに関する規定を、必要な範囲に限って抜き書きしてみましょう。 さて、ここでは、この条文のうち「以前」という文言が急所となります。 もし、この部分が「より前に」と書いてあれば、甲野イチローは代襲相続しません。被相続人(甲野太郎)の子(甲野一男)は、相続開始(甲野太郎の死亡)と同時に死亡したのであり、これより前には死亡していないからです。日本語の問題として、午後1時より前といえば、午後1時を含みません。 しかし、民法は、用意周到であり、この条文には「以前」という用語を使っています。 「以前」であれば、同時の場合を含みますから(たとえば、午後1時以前といえば、午後1時を含む)、被相続人(甲野太郎)の子(甲野一男)は、相続開始(甲野太郎の死亡)以前に死亡したといえるのであり、この結論として、甲野イチローは、親の甲野一男を代襲して、甲野太郎を相続します。 というわけで、結論を言えば、被相続人である甲野太郎の相続財産であるX不動産は、甲野イチロー(孫 代襲相続人)と乙山花子(長女)が共同相続(持分は、各2分の1)することとなります。 では、最後にオマケです。 もし、本事件で、甲野太郎が、「X不動産を長男の甲野一男に遺贈する」という遺言を書いていたらどうなるのでしょうか。 仮に、遺贈の効力が生じたとすれば、X不動産はいったん甲野一男(受遺者)に帰属し、その後に、甲野一男の死亡によって、その相続人である甲野桜子(配偶者)と甲野イチロー(子)がこれを共同相続するでしょう。 しかし、そうはなりません。次の規定があるためです。 ここに、「以前」とあるのも、同時の場合を含みますから、甲野太郎(遺言者)と同時に死亡した甲野一男(受遺者)は、X不動産の遺贈を受けることができません。 では、どうなるのでしょうか。 次の条文を見てみましょう。 そのため、上記の定めによって、X不動産は、他の財産と同様に甲野太郎の相続財産となり、遺言がなかった時と同様に甲野イチロー(孫 代襲相続人)と乙山花子(長女)が共同相続(持分は、各2分の1)することとなります。 * * * さて、本稿の連載は、今回をもって終了といたします。 拙い原稿にお付き合いいただき、ありがとうございました。 多少なりとも、みなさまの理解のお役に立てば幸いです。 (連載了)
常識としてのビジネス法律 【第5回】 「契約に関する法律知識(その1)」 弁護士 矢野 千秋 1 契約の当事者について (1) 契約の当事者とは 契約当事者とはその契約から発生してくる権利や義務を取得負担する者のことであるから、法律上権利義務の主体になることができるものでなければならない。これを「権利能力」という。 権利能力を持つ者には、自然人と法人がある。 「自然人」とは我々生物である人間のことであり、「法人」とは一定の組織を有する団体に法律が権利義務の主体たる地位を認めたものである。すなわち営利社団法人たる会社や、公益社団法人、一般財団法人などを指す。 (2) 会社との契約 契約書上においては、会社を正確に特定して記載する必要がある。 そのためにはまず、会社の本店所在地、例えば「東京都港区西新橋〇丁目〇番〇号」と住所全部を記載し、次いで会社の商号を「〇〇株式会社」のように正確に記載すべきである。(株)などのような略称を用いるのは、相手方会社を特定する上で好ましくない。 さらに会社は人であるとはいえ、自然人とは異なり法律が作り出したものであるから、自分自身で行為ができるわけではない。法人の中で一定の地位を占めている自然人のことを「機関」と呼び、このうち法人を代表する権限を有している「機関の行為」を「法人の行為」と見るわけである。 この代表権限を有する機関が株式会社では代表取締役であり、特例有限会社や取締役会を設置していない株式会社の場合は代表取締役を定めることもできるが、定められていないときは各取締役が特例有限会社などを代表する。 そこで会社を相手方として契約をする場合は、本店所在地、商号に次いで、代表機関の肩書きとその機関たる自然人の名前を表記し(担当者が代理する場合は後述)、さらに代表者印を押捺するのがベストである。すなわち「上記代表者代表取締役 甲野太郎(印)」となる。 (3) 会社以外の法人との契約 一般社団法人や公益財団法人、また特別の法律に基づいて設立される学校法人、宗教法人、医療法人、各種協同組合も法人とされる。 これらでは理事が代表機関とされているので「上記代表者理事 甲野太郎(印)」という形式になる。 (4) 個人との契約 個人が単独で相手方となるときは、住民登録をしている住所地、個人名、次いで印を押捺する。 本人を確実に特定するため、住所地は住民登録をしている住所、個人名は戸籍上の氏名、捺印は実印が望ましい。 相手方が複数人の共同事業のときは、原則相手方全員と契約を締結するか、または複数人中の一人が他の個人を代理して契約する。 (5) 未成年者との契約 未成年者も権利能力は有するが、行為能力すなわち単独で完全に有効な契約などの法律行為をする能力に原則として欠けている。そこで未成年者の場合は、その法定代理人の同意を取る必要がある。 法定代理人は第1次的には親権者(原則父母が共同してなり、離婚しているときは一方が親権者と定められている)であり、次いで未成年後見人がなることになる。法定代理人の同意なく未成年者が契約などを結んだ場合は、これを未成年者は取り消すことができる。 (6) 代理人との契約 「代理」とは、本人に代わることを示して代理人が意思表示をし、その法律効果を本人に帰せしめる制度である。そして法律効果が本人に帰するのは、本人が代理人に代理権を付与したからである。 そこで、代理権の存否を「委任状」によって確認することが必要となる。 (7) 担当者との契約 担当者すなわち商業使用人も代理人(営業主を代理する権限を有する)である。支店長などはその支店に関する裁判上裁判外の包括的な代理権を有し(会社法11条)、部課長なども、その部などに関する範囲内の事項につき裁判外の包括的な代理権を有している(会社法14条)。 なお、支店長などでなくとも、担当者に契約締結の職務権限(代理権である)があれば(6)で述べた代理人となり、契約は有効に成立する。 2 契約成立に必要な要件 契約は、原則、当事者双方の意思の合致のみによって成立する(例外として消費貸借、使用貸借、質権設定契約、寄託契約、手付契約、代物弁済契約等の要物契約がある。これらは合意以外に金銭の授受等の物の交付などが契約成立に必要な契約類型である)。 すなわち契約書を作成してもしなくても、また実印を使用しようが認印を押そうが、法的効力には差異はない。契約は口頭でも有効に成立しているのである(もちろん、契約が有効に成立していても、それがひとたび争いになったときに、裁判官に相手方について契約が成立していることを解らせる力、すなわち“証明力”は異なっている)。 この意思の合致、合意は、もう少し詳しく言えば、一方当事者から契約の「申込」があり、それに対して他方当事者が「承諾」をした時に成立することになる。申込に対して条件を付けたり、変更を加えて承諾した時は、別の新しい申込とみなされる。 民法では、申込者が「拒絶の通知なき限り承諾とみなす」などの予告をしても拘束されない。商法には承諾の特例がある(後記)。 (1) 当事者双方の意思の合致(合意) これのみが原則として契約の効力要件であり、「当事者の合意」さえあれば契約は有効に成立する。そこで簡単な内容であれば、日常的には口頭や電話での契約が多い。 したがって、日頃からの社員教育の一環として、電話での売り込みに対する拒絶の言葉として、「いいです」「結構です」等の二重の意味を持つ用語(英語に直せばグッド(good)である)を避け、明瞭に「要りません」「不要です」等と答えるようにするべきである。 (2) 商人である対話者間での申込の場合 商人(会社などのように、自己の名をもって商行為をすることを業とする者をいう)である対話者間での申込を受けた者がその場で承諾しない限り、申込は効力を失う(商法507条)。 後日承諾しても申込者の気が変わっていればもはや契約は成立しない。申込者の気が変わっていない場合は、承諾が新たな申込とみなされ、それに対して申込者が新たに承諾するという法律構成となる。 (3) 商人である隔地者間での申込の場合 承諾期間の定めがあれば、勿論それに従う(申込人の勝手、私的自治である)。 承諾期間を定めない申込を受領した場合は、取引通念上、相当期間内に承諾の通知をしなければ、申込は効力を失う(商法508条)。 相当期間の判断は、申込の内容や商慣習などから決められることになる。 また遅延した承諾は、申込者がそれを新たな申込と見ることができる。 (4) 申込に対する諾否の通知義務 商人が、日頃から取引している相手方(日頃の仕入先、納品先等である)からその営業に関する申込を受けた場合は、遅滞なく断らない限り、申込を承諾したものとされる(商法509条)。 これは商取引の迅速性から認められている特則であるので注意を要する。 (了)
会社を成長させる「会計力」 【第4回】 「何をもって「会計力」と呼ぶべきか?」 島崎 憲明 今回から2回にわたり、本連載のテーマである「会計力」というものについて、私の経験則を元に検証してみたい。 《会社の仕事に求められる「チカラ」》 会社の仕事には、あらかじめ用意された答えがない場合が多い。 マニュアルに基づき与えられた仕事を間違いなくこなすレベルから、より高い責任ある立場なればなるほど、「用意された答えのない仕事」が増えてくる。 仕事の実績こそが答えであり、それに到る道は一筋ではなく、ゆえに答えも唯一ではない。 人の能力も多様である。例えば、記憶力、理解力、整理力、説得力、決断力、推進力、指導力、創造力などがある。 私は新入社員や新任管理職への社内研修で、意識啓発のために、たびたび次のようなことを言ってきた。 《会計力とはどのような「力」か?》 会社の成長を支える会計力には、「企業が組織や仕組みとして持つ会計力」と「企業の個々人が持つ会計力」とがあるように思う。 この2つは相互に関連しており、企業の構成員である個々人が会計力を高めることにより、結果として、企業としての会計力強化につながる。個人の質的向上なくして会社の質的向上はないのである。 経理・財務・リスクマネジメントを担当する人の会計力を整理すると、次のようになる。 上記の[1]から[4]の業務は、必ずしも[1]からスタートして[4]に至るということではなく、[2]からスタートする人、[3]からスタートする人がいてかまわない。 [1]から[4]の仕事は、初めはマニュアルや過去資料に基づき従来のやり方を踏襲するレベルから、問題点や課題を発見して改善や工夫を凝らすレベルへと高まっていくことが求められる。 その過程が、それぞれの会計人としての成長なのである。 《「工夫と改善」「思考と創造」にまつわる経験談》 上記の[1][2]に掲げた経理実務の領域で、私が経験した「改善と工夫」、「思考と創造」についてご紹介したい。 私は入社5年目頃から9年間、税務業務を担当したことがある。 法人税、地方税の申告業務が最初の仕事であった。 先輩の書き残したマニュアルや前年度の確定申告書控を参考にして作業を進めた。 初めはとにかく前例通り、間違いなく実務をこなすことに集中した記憶がある。次の年、さらにその次の年と経験を重ねていくにつれ、改善点が見えてきて、今までのやり方に工夫を試みるようになった。 「なぜ、このような申告処理を行ったのか?」 こういう疑問の生じた案件については、法人税法や地方税法に照らし、改善(=節税)の余地がないかを検討した。ビジネスの実態と照らし合わせることにより、そこから節税のヒントを得て、実行した。 さらに進むと、決算の結果を法令に従って申告するというレベルから、取引が発生した段階で税務問題を検討するという税務コンサルテーション的な仕事へと発展していった。 最終的には、クロスボーダー取引での国際課税への対応など、企業グループのグローバルなタックスプランニングに関与することになるが、これは企業経営が目指す企業価値の最大化を図る上で必須の業務である。 また、経理部長職に就いていた当時、経理業務コスト20%削減を図るための方策を検討したことがある。 経理やシステム担当の課長クラス10名程とワーキンググループを作り議論を重ねた。100億円程度のコストを20億円削減するのであるから、抜本的な業務の見直しなくして実現は難しいものであった。 結論の柱は、次の2課題にチャレンジすることが必要であり、それらが実現されれば20%のコストダウンは可能であるという提言書をまとめた。 その後、これら2つの課題は実現することになる。 新経営情報システムの構築では、当時の年間利益に相当するシステム投資を行うことになるが、この話は後日あらためてお話することにしたい。 ここで取り上げた経験談は、会計業務における「工夫と改善」の一例である。 上述した[1]から[4]のそれぞれの仕事において、前例踏襲の段階から次の段階へと成長していくことが「個々人の会計力」の向上であり、それが「企業としての会計力」強化につながるということをご理解いただきたい。 《「鍛錬」と「守破離」》 会社生活10年、20年、30年の節目における職責を振り返ってみると、企業によって多少の違いはあるが、その節目ごとに主任担当者、課長、部長へと責任が重くなってくる。 宮本武蔵の「五輪の書」に という記述がある。 これを会計の仕事に当てはめてみると、入社以来30年間研鑽すれば部長職としてそれなりに会計を極めて、会計力がついているはずである。もちろん、武蔵が言うように、「鍛錬」を重ねておれば、ということだが。 何事も始めることはやさしいが、続けることは難しい。しかしながら、その継続なくして物事を究めることはできないということである。 道を究めようとするときの成長過程を示す言葉に「守・破・離」がある。 武道や茶道などの稽古事、歌舞伎などの伝統芸能の世界で語り継がれている言葉である。 初めは基本をしっかりと学び、次はそれを破って応用するレベル、そして最終的にはそれから離れて新たなものを創造する域に達するという、成長の過程を表す言葉である。 会計力を高めるためには、まずは基本を学び自分のものにして、次は従来のやり方に工夫を凝らし、改善を試みる。そのためには、自分自身でとことん考えて抜いて、新しいものを創造することへのチャレンジを繰り返すことにより、高度な会計力を持つ企業会計人が育つのである。 * * * 次回は引き続き「会計力」というものについて、「企業の会計力」という視点で検証を試みたい。 (了)
〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第22回】 「病院における原価計算」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 1 稼働額重視の病院経営 病院では診療科別の稼働額はある程度把握できるものの、稼働額が多いからといって、それ以上に費用がかさむこともありえるわけであり、儲かっていることの証にはならない。このことは病院経営に関わる誰もが理解している。 しかし、病院経営層あるいは各診療科から、どの診療科が儲かっているのかを知りたい、本当の業績を知りたいという声があがることもあり、診療科別等の原価計算に挑む病院も存在する。だが、そのハードルは高い。 実際に診療科別の原価計算を実施している病院は少なく、本当の収益性は不明なのが現実であろう。また、稼働額自体も主治医の属する診療科に集計されるのが一般的であり、コンサルテーションや手術のサポートなどを行っても、実施した診療科に反映されないなど問題もある。 つまり、診療科別の経済的な実態はみえない。それが病院経営の実情である。 2 原価計算必要論者の見解 根強い原価計算必要論者も存在し、特に各診療科に対する規律付けに有効であると主張されることもある。確かに稼働額だけをみれば、循環器内科、脳神経外科、心臓血管外科などは突出して多い傾向がある。 しかし、図表1に示すように、これらの診療科の売上総利益率(入院診療収益からは売上原価を差し引いたもの。ここでは、売上原価を医薬品及び診療材料費と定義している)は低く、稼働額が多いことだけをみて収益性が高い、稼ぎ頭と考えることは妥当ではない。 図表1 診療科別 売上総利益率 また、ジェネリック医薬品や抗生剤の適正使用などを推進するためにも、診療科別の利益率を示すことは有効であるとする見解も存在する。 なお、30程度の総合的な急性期病院で実施した原価計算の結果を示すと、図表2及び図表3である。 図表2 医業収益に対する比率〔入院〕 図表3 医業収益に対する比率〔外来〕 これらは配賦計算を伴うものであり、数値の正確性は保証できない。しかし、同じ配賦基準を用いており、診療科間の相対順位などはある程度参考になるのではないかと思われる。一般的に外来よりも入院の収益性が高いなどと主張される結果とも一致している。 3 原価計算不要論者の見解 原価計算の結果に納得感をもたせることは容易ではない。その理由として、診療科間の配賦基準の問題があげられる。 費用には直接費と間接費があり、直接費は部門に直接跡付けられる費用であり、間接費は部門間をまたがる共通で発生する費用である。直接費はある診療科の患者に投与された医薬品や診療材料などであり、間接費はCTやMRIなど全診療科で共有して用いるものの減価償却費などが該当する。この際に、間接費まで各部門に割り当てようとすると、計算の妥当性に疑問が呈されることがある。 簡易な方法では、各診療科の収入で間接費を各診療科に配賦する方法が考えられる。この考え方は、収入が多い診療科は共有する機器についても使用頻度が高いのであろうから、間接費をより多く負担すべきであるという考え方である。しかし、収入が多いからといって、間接費を多く負担すべきとすれば、そもそも収入が多く声の大きい診療科から不満が湧き出てくる。配賦基準の納得感がないと強硬に主張されるだろう。 誰もが納得できる配賦基準は、使用の実態に応じた配賦ルールを設けることである。CTやMRIならば診療科別の照射枚数で配賦することも可能であろう。しかし、間接費は無数にある。手術室に係る費用は、診療科別の手術時間で配賦すべきであろうか。手術室スタッフの緊急手術に対応するための夜間の待機の給与費はどの診療科が負担するのか。そもそも手術室を利用しない診療科にはこれらの費用負担は課されないという考え方もあるかもしれない。また、事務職員の給与は配賦するのか、それともしないのか、など精緻に計算しようとすれば様々な課題が浮かび上がってくる。 さらに診療科別の原価計算を実施して、ある診療科が赤字だと言ったところで具体策は見えてこない。赤字だとレッテルを貼られた診療科の部長からは、“何をしたらいいのか、どうしたら改善するのか”を聞かれるだろう。しかし、診療科別の原価計算からはその答えは導き出せない。各診療科で考えてください、としか言えない。 また、医療機関の収入のほとんどは保険診療に関するものであり、価格決定権がないことも原価計算を実施しないことにつながっているのだろう。 製造業であれば、自社製品の価格を決めるために、ざっくりとした計算であっても何らかの原価計算を実施する必要がある。しかし、車を作るのに大まかであってもその製造原価が把握できなければ、値段の設定は困難極まるだろう。そうはいっても、診療報酬の設定額を適正化するという視点からは適切な原価を算定することは重要である。医療政策的には重要事項である。 4 DPCデータの活用 では、どのようにして原価計算を行えば、効率的で効果的なデータを提供できるだろうか。 前述したように、配賦を伴う精緻な原価計算は、手間がかかるわりには納得感が醸成できない。そこで、DPCデータを活用することを提案したい。 DPC提出データのE・Fファイルを用いることで、薬剤費と診療材料費を患者ごとあるいは診療科ごとに把握できる。これらは償還価格ベースであり、また償還対象にならないものについては把握ができないという問題もある。しかし、客観的でエクセルなどを用いてたやすく行えるというメリットは大きい。 さらに、診療科別の給与費を足し合わせれば診療科別の原価が集計でき、それを収入から差し引けば診療科別利益が算出できる。対収入比でみたときに、給与費と医薬品材料費は80%を占める。全体の80%が説明できるこの手法は、何も見えない現状と比較すれば、ある程度の有効性があると筆者は考えている。 なお、このデータはDPCにおける包括収入と出来高換算収入を比較した増減収額とは異なる。収入同士の比較では実態が把握できないことを意味する。複数の指標で診療科を評価することは複雑さを増し、混乱をもたらす危険性もある。 自院にとって妥当だと思われる方法で各診療科を適切に評価し、動機付けることが期待される。 (了)