税務判例を読むための税法の学び方【7】 〔第3章〕法令間の矛盾抵触とそれを解決する原埋 (その2) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 3 特別法優先の原理 形式的効力を同じくする法令間において、ある事柄について一般的に規定した法令がありながら、同じ事柄について特別の「事項、場合、対象、地域など」を限定してその一般的に規定した法令と異なる内容を規定した法令がある場合には、この両者は、一般法と特別法の関係にある(前者が一般法、後者が特別法)という。 特別法の規定があるときには、その特別法の対象となっている事項、場合、対象、地域などに関しては、その特別法の規定が優先的に適用され、この特別法の定めと矛盾抵触しない限度において一般法の規定が適用されることになる。これを特別法優先の原理という。法格言として、「特別法は一般法に優先する。」ともいわれる。 ここで注意すべきことは、一般法、特別法の概念は相対的なものであり、ある法令に対しては一般法であるが他の法令に対しては特別法になる場合もあるという点である。 税法の例でいえば、国税通則法(ただしその名称と異なり通則的内容というよりも手続規定としての性格も強いため、一般法にはあたらないという見解もあるが)は国税について基本的、共通的な事項を定めた法律であるから一般法となり、所得税法や法人税法などの個別の税法が特別法となる。 しかし、租税特別措置法は所得税法や法人税法の特例を定めた法律であるため、租税特別措置法との関係においては、所得税法や法人税法等の個別の税法が一般法、租税特別措置法が特別法ということになる。 4 後法優先の原理 後法優先の原理は、形式的効力を同じくする法令の規定が相互に矛盾抵触する内容のものであるときには、後から制定された法令の規定が、前に制定された法令の規定に優先する(その限りで前に制定された法令の規定は改廃されたものとなる)とする原理をいう。上記特別法優先の原理によって解決できない場合に、この原理が適用される。 社会が常に変化していく中で、その変化に対応した新しい法令が次々と制定されていく。そして新しい法令を制定しようとするときには、新法令と矛盾抵触する内容を有する既存の法令は、これを改正や廃止、調整する規定を置くなどの措置が講じられる。しかし立法上の不備等からその矛盾が整備されず、そのまま残されることもある。その場合に、新しい法令こそがその時点における法の内容を表現したものであるとして、後から制定された法令の規定を優先するのである。 これは実定法上明文の定めがあるわけではないが、立法者の意思を尊重するものとして、法の本質からくる必然的な帰結として承認されているものである。なお「後法は前法を破る。」という法格言は、このことを表わしている。 例を一つ挙げる。「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(独占禁止法)は、事業者又はその団体の共同行為等について規制しているが、かつてその例外を別の法律「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外等に関する法律」(平成11年6月23日法律第80号により廃止)で指定していた。 この「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外等に関する法律」に適用除外として列挙されていない「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」が後から制定された。そしてこの「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」では、酒類業組合の一定の共同行為を認める規定が設けられているため、両者間で矛盾抵触を生じた。 しかし、後から制定された「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」が、後法優先の原理によって優先適用されるため、特に問題とはならなかった。 では、前法・後法というが、どの時点を基準として前後を判断すべきか。この点に関しては、法令の成立の時、公布の時、施行の時というように説が分かれるが、法令の成立の時をもって判断すべきというのが通説である。 というのも、この原理は、後法に立法者の意思があるという立法者の意思の推定に根拠があるのであるから、その時点の判断は、立法者の意思が最終的に確定した時を基準にするべきである。 5 特別法優先の原理・後法優先の原理と上位法令優先の原理 特別法優先の原理や後法優先の原理が働く場合、その特別法や後法に基づく政令や省令のような下位の法令の規定と上位法令である一般法の規定が矛盾抵触する内容のものであるときは、いずれを適用すべきかという問題がある。 特別法の委任に基づく命令は、本来特別法自体が規定すべきことをその委任に基づき下位法令に委ねたものであるから、その特別法の一部とみなされ、特別法優先の原理により、一般法の規定に優先して特別法に基づく命令の規定を適用することになる。後法の委任に基づく命令の場合もまた、後法優先の原理により、一般法の規定に優先して特別法に基づく命令の規定を適用することになる。 たとえば租税特別措置法の命令である租税特別措置法施行令の規定は、各税法の一般規定に優先して適用されることになる。 ただし命令で規定した内容が委任の範囲を超えている場合や、重要な事項(税法の場合は課税要件の定め等)であるため命令に概括的・白地的な委任をなしえないにもかかわらず、委任の内容・程度が具体的・個別的でない場合には、この限りでない(第1回中「4 成文法の種類」「命令」の項参照)。 6 特別法優先の原理・後法優先の原理と基本法 ところで、特別法優先の原理、後法優先の原理につき、「基本法」と呼ばれる法律と通常の法律との関係について、これをどう考えるかという問題がある。 教育基本法や農業基本法、原子力基本法、災害対策基本法、中小企業基本法、環境基本法等々各種の基本法が制定されているが、これらの基本法は、それぞれその分野における基本方針を定めたもので、抽象的内容のものが多い。したがって、これら基本法の内容を実現するためには、通常、個別具体的な内容を有する法律を別に制定することになる。 そして、これら基本法を実施するための個別具体的な法律が基本法の内容に矛盾抵触し、後法や特別法に該当する場合にどう考えるべきであろうか。すなわち、基本法というのは各分野における憲法的な性質を持つ法律と考え、この基本法に反する個別具体的な法律が無効となるかという点である。 基本法といっても通常の法律と同一の形式の「法律」であり、共に同様の手続で国会において制定されたものである。したがって、その名称が基本法だとしても、その形式的効力は通常の法律と同じであり、この点、特別法優先の原理や後法優先の原理を適用すべきことになる。しかし基本法は各分野における基本事項を定めているのであるから、そのような基本法に対しこれらの原理により安易に否定してよいのかといった問題がある。 これは教育基本法の例であるが、この問題に関し最高裁判所は「同法(「教育基本法」筆者挿入)における定めは、形式的には通常の法律規定として、これと矛盾する他の法律規定を無効にする効力をもつものではないけれども、一般に教育関係法令の解釈及び運用については、法律自体に別段の規定がない限り、できるだけ教基法の規定及び同法の趣旨、目的に沿うように考慮が払われなければならないというべきである。」(昭和51年5月21日最高裁判所大法廷判決)と判示している。 したがって、この基本法に反するからといって個別具体的な法律が無効とはならないが、解釈に当たっては最大限尊重されるべきものといえよう。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載13〕 従業員から役員になった場合の 退職金計算の問題点【その2】 公認会計士・税理士 濱田 康宏 《1》 従業員が役員になった場合の退職金支給方法(承前) 本誌 No.5(2013/2/7公開)に掲載した拙稿「従業員から役員になった場合の退職金計算の問題点【その1】」(以下「前回分」という)において、従業員が役員になった場合の退職金支給方法は様々なパターンが考えられるが、大きく分けると、以下の2つであることを示した。 前回分では【1】について述べたが、今回は【2】について解説を行うこととする。前回分と併せてご覧いただきたい。 《2》 従業員退任時に従業員分を、役員退任時に役員分を支給する場合(【2】) 【2】についても、使用人兼務役員を前提とする論点がある。役員就任時に従業員分を払うのか、それとも、従業員身分喪失時に払うのかによって、ケースが分かれる。その上で、従業員分を払った後で、役員分を払う際に退職所得の計算がどのようになるのか、特に退職所得控除額の取り方を考える必要がある。 基本となる考え方は、従業員分を払った時点で退職所得控除額を計算する上での勤続年数がリセットされ、役員分の退職所得控除額は役員分だけで計算することになるというものである。 例えば、従業員期間20年(うち2年は使用人兼務役員)の終わりに従業員分を払い、2年後に役員分を払ったということであれば、役員勤続期間は2年ということになる。会社が役員退職金の支給基礎計算を4年で行っているので、そのまま税務上も4年で計算してしまうミスに留意したい。 ここで、特定役員退職所得控除額は、40万円×2年=80万円となり、特定役員退職手当等が400万円なら、退職所得の額は320万円となる。この場合、従業員分退職金支払時に勤続期間がリセットされ、勤続期間の重複がないとされるため、前4年内支給分に係る退職所得控除額の調整計算は生じない点も確認しておきたい。 《3》 会社が従業員入社時からの期間を退職金計算している場合の特例計算の可否 しかし、仮に、会社が役員分を支給する際に通算の勤続年数22年を基礎として退職金計算を行い、前回支給分を差引計算していればどうだろうか。 上記の例でいえば、従業員入社時からの22年を計算基礎として、1,000万円-支給済600万円=差引400万円とする計算を行っている場合である。 通常、従業員計算の場合であれば、退職所得控除額について、この会社の計算を基礎として計算することが可能である。所得税法施行令69条1項1号ハ但書に規定する「その支払者がその退職手当等の支払金額の計算の基礎とする期間のうちに、当該前に支払を受けた退職手当等の支払金額の計算の基礎とされた期間を含めて計算する場合」に該当すれば、退職所得控除額を計算する際に、総期間対応分から前回期間対応分を控除できるので、勤続期間20年を超える場合に、退職所得控除額をより大きく取ることが可能になる。 ただし、既に支給済の退職金に対応する退職所得控除額は、前回支給時の使い残し分を繰り越して使うということはできない。上記《2》の例で具体的に確認すれば、 【22年を計算基礎とした控除額】 【20年を基礎とした控除額】 (40万円×20年+70万円×2年) - (40万円×20年) =940万円-800万円 =140万円 が、退職所得控除額とされることになる。前回支給が600万円なので、800万円のうち200万円が未使用だったのだが、これを今回支給分に流用する計算は許されない。 この計算については、所得税基本通達30-10(前に勤務した期間を通算して支払われる退職手当等に係る勤続年数の計算規定を適用する場合)がある。ここでは、 とされており、退職金規程での定めが必須となっている点、注意が必要である。 さて、同様の計算が、役員分を払う際にも行われていたとすれば、特定役員退職手当等が400万円なら、400万円-140万円=260万円となり、当然ながら2分の1計算はできないが、先ほど説明した額(320万円)よりも低くなる。よって、会社が従業員分支給後に役員分を支払っている場合、この特例計算を行うことが必要とも考えられる。実際、条文上は、このような計算をして支障がないと読めなくもない。実務では、従業員上がりの役員というだけでなく、役員から再度従業員に戻ることもあるわけだから、このような通算があって然るべきだとの意見もある。 しかし、当局の表した「源泉徴収のあらまし」を確認する限り、特定役員退職所得控除額の計算式について、このような流用計算を認めているとは読みきれない。実際、上記通達30-10では使用人退職金規程での定めを要求していることから、現場では、この通算は認められないとの意見もある。 これについて、筆者が実際の個別事例で当局に照会した結果、そもそも従業員退職金の支給が打切支給として、期間通算を認めない前提であるために認められないものだとの回答があった。 確かに、役員としての勤務が継続しつつ、従業員退職時の退職金処理が認められるのは、所得税基本通達30-2(引き続き勤務する者に支払われる給与で退職手当等とするもの)(2)に該当するからであり、「その給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるもの」に該当するからに他ならない。 逆に言えば、期間通算ができるのであれば、そもそも従業員退職時の支給分は、退職所得ではないとされてしまうということである。よって、結論として、この期間通算処理については、できないと解するほかはないことになる。 なお、仮にこの特例計算を用いることができた場合でも、既に支払っている従業員分の退職所得控除の未使用分が使えなかった点に着目していただきたい。つまり、前回分で述べた【1】のように役員退任時に従業員分とまとめて払う計算よりも、退職所得控除額が目減りすることになっている。税理士が関与先から助言を求められた場合、退職金支給方法として、税務上は役員退任時に従業員分をまとめて支払う方がより有利になる点を伝えるべきということになるだろう。 《4》 まとめ 今後、税務上の配慮すべき点をまとめてみたい。 退職金制度は、経営上の重要事項であり、税務だけで決めるべきものではないのは、言うまでもない。むしろ世の中の流れは、退職金制度そのものを廃止すべきとの方向に流れており、この機会にそのような見直しがあってもよいのかもしれない。 しかし、税理士として助言を求められた際に、自らの不知で関与先に迷惑をかけることがないようにしたいものである。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第1回】 金融商品会計① 「有価証券の取得」 ─受渡期間内に期末日を含む場合の約定日基準による会計処理 仰星監査法人 公認会計士 石川 理一 〈事例による解説〉 売買取引の概要及び決算日(3月31日)の時価は以下のとおりです。また、取得した有価証券は「その他有価証券」に該当するものとします。 〈会計処理〉 〈会計処理の解説〉 金融商品に関する会計基準(以下「金融商品会計基準」)では、「金融資産の契約上の権利又は金融負債の契約上の義務を生じさせる契約を締結したときは、原則として、当該金融資産又は金融負債の発生を認識しなければならない」(7項)と規定しています。 商品等の売買又は役務提供の対価に係る金銭債権債務は、一般に商品等の受渡し又は役務提供の完了によりその発生を認識しますが、金融商品の取引については、契約締結時においてその発生を認識することになります。 今回の事例では、約定日から期末日までの有価証券の時価の変動リスクが契約当事者に生じることになります。 金融商品に関する会計基準では、有価証券は の4つに区分されます。 「その他有価証券」は、時価をもって貸借対照表価額とすることになります(金融商品会計基準18項)。 このため、今回の事例では、約定日に有価証券の発生を認識し、決算において約定日から期末日までの時価の変動を適切に帳簿価額に反映させることになります。 (了)
「平成24年版 中小企業の会計に関する指針」の 主な改正点と留意点 【第3回】 「各論における改正事項 『固定資産・引当金』」 税理士 永橋 利志 1 固定資産の減価償却 「平成24年版 中小企業の会計に関する指針」(以下「中小会計指針」)では、「有形固定資産の減価償却の方法は、定率法、定額法その他の方法に従い、耐用年数にわたり毎期継続して適用し、みだりに変更してはならない。」(中小会計指針34項)としている。 各企業が減価償却方法や使用期間を任意に定め、随時変更することが可能となると、一企業の事業年度間や同業他社間での比較可能性が損なわれ、債権者等の利害関係者や特に中小企業においては経営者にとって有用な会計情報を得ることができない可能性がある。 これまでのわが国の減価償却に関する考え方は、毎期の規則償却を原則として、規則償却以外の償却が規定されているものに、のれん(営業権)や繰延資産がある。ただし、のれんや繰延資産について、規則償却以外の償却を認める場合、「毎期均等額以上」の償却を求めているのであり、このような処理を求めることは、保守主義の原則の観点から容認されると考えられていた。 中小企業が実際に減価償却を行う場合の注意点を「中小企業の会計に関する指針の適用に関するチェックリスト」(以下「チェックリスト」という)のチェック項目No.22では、「減価償却は経営状況により任意に行うことなく、継続して規則的な償却を行ったか。」として、規則的に減価償却が行われていたかを確認する項目が設けられている。 減価償却費の計上は、毎期規則的に行われるべきものであることを認識する必要がある。 2 有形固定資産及び無形固定資産の減損 固定資産について予測することができない減損が生じたときは、その時の取得原価から相当の減額をしなければならないとしているが、中小会計指針では、中小企業が実際に、減損会計基準を適用することが困難であることを想定し、資産の使用状況に大きな変化があった場合に、減損の可能性を検討することとしている。 具体的には、固定資産としての機能を有していても、①将来使用の見込みがない(相当期間遊休状態にある)、②固定資産の用途を転用したが採算が見込めない場合で、かつ、時価が著しく下落している場合に減損損失を認識することとしている。 3 ソフトウエア・ゴルフ会員権 (1) ソフトウエア 中小会計指針では、研究開発に該当するソフトウエアの制作費は研究開発費として費用処理し、研究開発に該当しないソフトウエアの制作費は、取得に要した費用を無形固定資産として計上する。 具体的には、社内利用のソフトウエアは、その利用により収益獲得やコスト削減が可能であると認められる場合には、取得に要した費用を無形固定資産とし、市場販売目的のソフトウエアである製品マスターの制作費は、研究開発に該当する場合を除き、無形固定資産として計上するとし、会計処理を行う際に当該支出が、研究開発に該当するか否かの判断が重要となる。 また、無形固定資産として計上したソフトウエアは、見込販売数量に基づく償却方法その他合理的な償却方法により償却することが求められているが、法人税法上の償却方法も認められているので、中小企業においては、法人税法上の償却方法によることが、合理的な方法と考えられる。 (2) ゴルフ会員権 ゴルフ会員権は、取得原価で評価することが原則であるが、その計上額の重要性が高く、その時価が著しく下落したと認められる場合には、減損処理を行わなければならない。 この場合の時価の下落については有価証券の場合と同様に、時価のあるゴルフ会員権と時価のないゴルフ会員権に区分して判断することとなる。 また、預託保証金方式によるゴルフ会員権の時価が著しく下落したことによる減損処理は、帳簿価額のうち預託保証金を上回る金額について、まず直接評価減を計上し、さらに時価が預託保証金の額を下回るときは、当該部分の金額を債権の評価勘定として貸倒引当金を計上することとしているが、預託保証金の回収が困難な場合には、ゴルフ会員権から直接控除することができる。 ゴルフ会員権の取得の形態(出資か預託保証金方式)を確認した上で、それぞれの区分に応じて、減損処理を行うことになる。 4 引当金の設定要件 (1) 概要 中小企業が、引当金の計上を検討する場合、最も注意しなければならないのが、設定要件のすべてを充足しているか、という点である。 つまり、引当金は、次のすべての要件に該当する場合に、引当金の計上をしなければならないのであり、1つでも要件に該当しなければ、引当金を計上することができないことを認識しなければならない。 引当金を計上するための要件とは、 の4要件であり、中小企業にとって、④の金額を合理的に見積もることができるか否かがポイントとなろう。 (2) 賞与引当金 毎期賞与を支給する中小企業において、過去の支給実績もまちまちで、支給対象期間等も設定されていないような場合には、決算期を挟んで、翌期に支給する賞与金額を合理的に見積もることは困難であり、賞与引当金を計上することの合理性を見出すこともできない。 中小会計指針においても、賞与について支給対象期間の定めのある場合、又は支給対象期間の定めのない場合でも慣行として賞与の支給月が決まっている場合には、旧法人税法に規定されていた支給対象期間基準により賞与引当金の計上をすることができるとしているが、その場合にも、支給対象期間基準により計算された金額が合理的である場合に限るとしている点に注意すべきである。 (3) 退職給付引当金 中小会計指針では、退職金規程がなく、かつ、退職金等の支払いに関する合意も存在しない場合には、退職給付債務を計上することができないとしている。中小企業において、退職給付引当金を計上する場合には、単に退職金規程があるだけではなく、従業員との間で、当該規程についての合意の存否が重要となる。 また、これらの要件を充足していた場合にも、引当金に共通する要件となる計算された金額についての合理性が求められることを認識しておかなければならない。 中小企業において、中小企業退職金共済制度、特定退職金共済制度及び確定拠出型年金制度を採用している場合には、毎期の掛金を費用として処理しなければならず、将来の退職金に備えて、これらの制度を利用する中小企業も少なからずあることから、中小会計指針は、このような実態を踏まえた規定を設けている。 【参考】 日本税理士会連合会ホームページ ・「「中小企業の会計に関する指針(平成24年版)」の公表について」 ・「中小企業の会計に関する基本要領」 ・「中小企業の会計に関する指針の適用に関するチェックリスト」 (了)
改正労働契約法 ──各企業への適用に当たっての注意点 【第1回】 「法改正のポイントと無期転換ルール」 特定社会保険労務士 奥田 エリカ 平成19年に公布された労働契約法が、昨年初めて改正された。 改正の主な目的は、簡単にいうと、不安定な有期雇用の労働者をより手厚く保護しよう、というものである。 いわゆる契約社員のみならず、パートタイマーやアルバイトを雇う場合も、かなりの場合、有期労働契約を締結しているだろう。したがって、多くの企業にとって、今回の改正には十分な理解と対策が不可欠である。 そこで、本連載の第1回及び第2回では、もっとも注目される無期転換ルールの検証と対応を検討する。さらに第3回、第4回では、雇止め法理の法定化、有期労働契約の不合理な労働条件の禁止について、今後想定される問題点とその対応をまとめることとする。 改正労働契約法における3つのポイント 今回の改正点は次の3事項である。 本連載では紙幅の関係上、改正法の詳細については省略し、上記3つの改正ポイントを各企業が適用する際の問題点や注意点を述べていく。 [改正ポイント①] 有期労働契約から期間の定めのない労働契約への転換 (改正労働契約法18条) 有期労働契約が5年を超えて反復更新されたときは、労働者の申込みにより期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換することができるルールである。 日本では、有期労働契約の期間について、原則として上限3年の制限があるものの、更新回数についての制限はない。 今回の改正により、「労働者からの申込みがあった場合」という前提付きながら、一定(5年)期間の経過後、有期労働契約をそのまま継続することはできないこととなる。 ◆同一の使用者とは? 有期労働契約の通算にあたっては、「同一の使用者」との間で締結された二以上の有期労働契約が対象である。 一般に、契約社員は事業場単位で採用されることが多いが、「同一の使用者」とは事業所単位ではなく、法人単位、又は個人事業主単位である。 したがって、労働者の就業実態が同じであり、無期契約への転換を避ける目的で、派遣や請負契約に切り替えるような雇用管理は法の趣旨にそぐわず、通算契約期間の計算上は、「同一の使用者」との有期労働契約とみなされることになる。 ◆転換申込権はいつ発生するのか? 契約期間1年の有期労働契約を例にすると、労働者が無期労働契約への転換を申込みできるのは、下図の場合、①の期間中である。 なお、この期間中に労働者が申込みをしなかった場合には、次の更新以後でも申込みが可能である(※「通算5年」の起算日は平成25年4月1日以後であり、その前に締結した有期労働契約は通算契約期間には含めない)。 厚生労働省「労働契約法改正のあらまし」P4より ※PDFファイル では、契約期間が複数年である場合はどうであろうか。 例えば契約期間が3年の場合は、更新後、契約期間が通算5年を超える契約期間内において、無期労働契約への転換申込権が発生する。 つまり、労働者は、下図の①で示された期間内であればいつでも無期労働契約への転換を申し込むことができる。 厚生労働省「労働契約法改正のあらまし」P4より ※PDFファイル 「通算5年」の意味は、5年を超えたら無期労働契約への転換の申込みができる、ということではなく、1回以上更新が行われた有期労働契約の「期間を通算して5年」を超えるときに、転換の申込みができるということである。 上図のように、1回の更新だけで有期労働契約の年数が通算5年となる場合には、5年に至る前に無期労働契約への転換申込みが可能となるのである。 したがって、無期労働契約への転換を望まないとすれば、契約期間の終了時点が通算5年を超えないように設定する必要がある。 なお、通算5年の計算にあたっては、以下に述べる取扱いがある。 ◆通算契約期間の計算について 無期労働契約への転換ルールは、契約期間が通算5年となる場合に適用されるが、「クーリング」と呼ばれる期間により、過去の有期労働契約期間が、通算の対象外となる場合がある。 クーリング期間とは、同一の使用者との間で締結された一の有期労働契約の期間満了日と、同使用者と締結する新たな有期労働契約の契約初日の間に、原則として6ヶ月以上の空白期間、つまり、労働契約が存在しない期間をいう。クーリング期間がある場合には、空白期間より前に満了したすべての有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入されないこととなる。 厚生労働省「労働契約法改正のあらまし」P6より ※PDFファイル 直前に満了した有期労働契約の契約期間の期間が1年未満である場合、クーリング期間は、同契約の期間に2分の1を乗じて得た期間となる。例えば、有期労働契約の期間が6ヶ月である場合には、クーリング期間は3ヶ月以上必要となる。 なお、契約期間の通算においては、1ヶ月未満の端数は1ヶ月に切り上げて計算されるため、直前に満了した有期労働契約が6ヶ月と15日であったような場合は、同契約期間は7ヶ月となる。7ヶ月に2分の1を乗じると3.5ヶ月であるが、端数切上げにより、クーリング期間は4ヶ月以上必要となる。 なお、期間の通算を避けるため意図的にクーリング期間を設けることは、労働者の雇用と生活の安定という面からも法の趣旨に反する行為とみなされる。 次回は、無期転換ルールの適用についてさらに検討を進めたい。 (了)
会社が取り組む 社員の健康管理 【第5回】 「快適な職場環境作り」 社会保険労務士 佐藤 信 1 はじめに 労働者の多くは、1日のうちおよそ3分の1を仕事に関する時間として費やしているが、劣悪な環境、不自然な体勢など不快な状況での作業は心身へのストレスを大きくし、健康障害や作業能率の低下を生じさせる原因となることがある。 労働災害の減少、健康障害の防止のほか従業員の不満・不快な要因を取り除きながら事業活性化につなげていくためにも、快適な職場環境の形成は必要である。 作業環境や施設・設備などのハード面、人間関係その他のソフト面について現状を的確に把握し、優先順位を掲げながら職場の環境改善を図っていきたい。 2 快適な職場環境形成のための目標設定 仕事による疲労やストレスを感じることの少ない職場作りを行うには、快適化の目標を立て、計画的に実施していくことが望ましい。 以下、職場快適化の目標やチェック項目の設定例を掲げていくこととする。 (1) 作業環境 不快と感じることがないよう、空気の汚れ、臭気、温度、湿度等の作業環境を適切に維持管理する。 (2) 作業方法 心身の負担を軽減するため、相当の筋力を必要とする作業等について、作業方法を改善、必要な設備の導入等を行う。 (3) 疲労回復支援施設 疲労やストレスを効果的に癒すことのできる休憩室等を設置・整備する。 (4) 職場生活支援施設 洗面所、トイレ等職場生活で必要となる施設等を清潔で使いやすい状態にしておく。 3 考慮すべき事項 快適な職場環境作りは、次の事項について考慮しながら進めていくとよい。 4 職場における喫煙対策 近年、職場の快適化に関して、喫煙対策が大きな問題として取り上げられるようになってきた。 平成15年に施行された健康増進法においては、事務所その他多数の者が利用する施設を管理するものに対し、受動喫煙防止対策を講ずる努力をする義務が課せられ、平成16年6月には、厚生労働省健康局に設置された「分煙効果判定検討会」において、分煙のための新たな判定の基準が提示されている。 また、受動喫煙による健康への悪影響については、流涙、鼻閉、頭痛等の諸症状や呼吸抑制、心拍増加、血管収縮など生理学的反応があげられ、より適切な受動喫煙防止対策が必要とされる。 以下は厚生労働省による「職場における喫煙対策のためのガイドライン」の要点を掲げたものであるが、労働者の健康確保と快適な職場環境形成の一層の充実を図る観点から対策を講じておきたい。 5 ソフト面の快適さ 疲労やストレスを感じることが少ない快適な職場環境を形成するためには、職場の設備等ハード面のほか、ソフト面(人間関係、処遇、労働負荷等の心理的・制度的側面)についても現状を把握し、その上で問題点の解消に必要な取組みを講じておきたい。 厚生労働省が運営するサイト「こころの耳」では、「職場の快適度チェック」として事業所用・従業員用のチェックシートが公開されている。まずは、このようなツールを活用していくとよいであろう。 6 おわりに 快適・不快の感じ方には個人差があるため、ヒアリングを通じ、多くの労働者が不快とするものや現行の法令基準を満たしていないものから優先的に着手していくとよいであろう。 快適な職場環境の形成や作業の見直しにおいては、意見聴取やアイデア・提案を募る機会を設けるなど労働者の声にも耳を傾けながら、単に各種法令の最低基準を満たすことにとどまらず、労使間の協力のもとでさらに快適化のレベルを高めていきたい。 次回はメンタルヘルス(主に予防策)について触れていくこととする。 (了)
親族図で学ぶ相続講義 【第4回】 「数次相続と遺産分割(その3)」 司法書士 Wセミナー専任講師 山本 浩司 さて、前回(2013年3月7日 No.9)は、甲野太郎が所有していたX不動産を(亡)甲野一男に相続させることに成功しました。 次の問題は、第二の相続(平成24年4月10日に甲野一男が死亡)において、X不動産を甲野一郎に相続させるための方法です。 第二の相続における相続人は、甲野桜子(配偶者)、甲野一郎(長男)、甲野次郎(次男)の3名です。この3名はすべて存命ですから、この点についてはややこしい問題はありません。 しかし、第二の相続における難問は、甲野一郎(長男)と甲野次郎(次男)が未成年者であることなのです。 つまり、単純にこの三者で遺産分割をすると、次のカタチになってしまうのです。 上記のパターンは、親と子の利益相反行為に当たります。 利益相反とは、「親にとって得であれば子にとって損、子にとって得であれば親にとって損」というパターンのことです。 遺産分割で共に相続人である親子において親が子を代理すると、親が好きなようにその内容を決定できますから、子の損害の元に親が利得を図る可能性が生じます。 そこで、こういった場合は、「親が子を代理することはできない」というのが民法の考え方です(無権代理となる)。 つまり、次のパターンはアウトなのです(遺産分割協議の末尾)。 本事例では、X不動産は子の甲野一男が相続するのだから、親に利得はないようにも思えます。 しかし、判例は、親と子の利益相反についてはその行為の外形から判断する(外形標準説)という考え方です(最判昭42.4.18 親の内心や行為の意図を問題としない)。 ですから、「親子間で遺産分割をすること」自体が利益相反行為となります。 さらに本事例では、子と子の利益相反もあります。 遺産の分割により「長男にとって得であれば次男にとって損、次男にとって得であれば長男にとって損」という関係が生じています。 この場合、親権者は、その双方を代理することができません。 つまり、次のパターンもアウトなのです(遺産分割協議の末尾)。 さて、今日の結論に入りましょう。 では、こういう場合はどうしたらよいか、以下に条文を引用します。 要するに、親権者が子を代理することができないので、家庭裁判所の手を借りて、子を代理する人(特別代理人)をわざわざ選任しなければならないのです。 本事例は、1項の利益相反と2項の利益相反の双方が存在しますから、親権を行う者(甲野桜子)が家庭裁判所に選任を請求すべき「特別代理人」の数は「2名」です。 そして、特別代理人(通常は、叔父や叔母など利害関係のない親族を起用する)を選任する手続が終わった後に、次の内容の遺産分割をすれば目的(X不動産を甲野一郎の名義とすること)を達成することができます。 (了)
「石原産業役員責任追及訴訟 第一審判決」から読む 会社経営者としての責任の分水嶺 【2】 弁護士 中西 和幸 8 本判決上の区分 本判決では、Y1以外の取締役の注意義務違反行為を、 の2種類に義務を分類し、その中で、 に区分して責任の有無を論じている。 以下、責任の有無について紹介する。 9 QMSに関する調査・確認義務違反として責任が認められた取締役 (1) 工場長としての責任について ア Y5について まず、取締役Y5に対して問われた責任は、顧客から回収を要請され、実際に回収せざるを得ない商品を他の顧客に販売・搬出することについて、Y1がQMSを遵守していたかどうかの調査・確認義務違反であり、フェロシルトが最初に売却・搬出される意思決定がなされた平成13年8月6日の推進会議や同月10日付の稟議が争点とされていた。 石原産業には平成7年6月1日に制定された品質マネジメントシステムにかかるマニュアルであるQMSが制定されており、Y5は、四日市工場長として、この社内マニュアルにY1が違反してフェロシルトを搬出したか否かを調査・確認することを怠ったとして、善管注意義務違反が認定されている。 イ Y6について これに対し、その後に工場長に就任したY6については、QMSが履行されているか否かを調査・確認する義務はなかったとして、責任を認めていない。 ウ Y23について Y23については、工場長に就任していた期間中はフェロシルトが販売・搬出されておらず、そもそもQMSは、四日市工場長としてのY23については、問題にならないとしている(もっとも、Y23については、四日市工場長としての経験や知識等が、その他の善管注意義務違反を基礎付ける根拠となっている)。 エ 小括 このように、四日市工場長としての責任については、四日市工場がフェロシルトを生産、販売、搬出しており、フェロシルトが販売・搬出された際にQMSに違反していたかどうかをY1の上司として確認する義務があったとして、Y5について責任を認めており、一方、Y6については、善管注意義務違反が認められていない。なぜであろうか。 オ Y5の責任を認めた根拠 Y5について責任を認める根拠となった事実として主要なものを挙げると、 を読み取ることができる。 このように、工場長であるならば、社内マニュアル違反であることを認識することができ、販売や搬出を止めるべきであったと認定しているのである。 カ Y23の責任を認めなかった根拠 これに対し、判決は、Y23については取締役四日市工場長としての責任は、その任期中はフェロシルトのQMS違反が問題にならないこと、すなわちQMS違反が問題となった平成13年8月頃はすでに四日市工場長の職務から離れていたとして、認めていない(ただし、後述するとおり、Y23については、推進会議の構成員としての責任を認定している)。 キ Y6の責任を認めなかった根拠 一方、Y6については、部下等や会議体での報告においてフェロシルトの開発、生産について、QMSが実施されていないことを疑わせるような報告がされたことはなかったことや、会社が平成14年5月以降三重県と共同でフェロシルトに関する特許を出願し、また、三重県との共同研究を実施したという事実を認定し、その事実から、フェロシルトの開発、生産、管理、搬出がQMSに沿ってされていないことを疑わせる事情を認識しておらず、認識し得た状況にもなかったと判断している。 ク まとめ 以上のとおり、四日市工場長としての責任はY5が負っている一方、Y6及びY23については、工場長としての責任を負っていない。それは、工場長としての責任を問われた根拠が、平成13年8月6日開催の推進会議の会議までにQMS違反を認識することができたにもかかわらず販売・搬出を阻止しなかった責任が問われているため、当時の四日市工場長であったY5のみが責任を問われているのである このように、本判決では、工場長という抽象的な地位に基づく責任ではなく、具体的にQMSに沿っていない商品の販売を阻止できたかどうか、こうした阻止の機会における事実認識や権限等が問題となっているものと解される。 (2) 実行本部構成員の責任 実行本部は、平成5年度から9年度にかけて発生した赤字決算解消のための会議体であり、平成9年4月頃に設置され、平成11年1月9日に解散した。 そして、実行本部の構成員が、フェロシルトの生産が開始された平成11年1月当時、その経歴、属性や認識していた事情に照らして、フェロシルトについて、QMSの開発が完了せず、フェロシルトの安全性規格が整備されず、安全性が確認されないまま、将来搬出されることにより、重金属や放射線による環境汚染を生じさせ、会社に回収費用等の損害が生じることを予見し得たといえる場合に責任があるとした。 そして、取締役毎に重金属等による環境汚染の予見可能性及びQMSからの逸脱の予見可能性の2点を検討し、実行本部の構成員である取締役全員について、責任がないものとした。なお、Y23も実行本部の構成員であるが、実行本部の構成員としての責任は認定していない。 (3) 推進会議構成員の責任 推進会議は、コア事業である酸化チタン事業の事業構造を改革し高収益率の事業に発展させるための会議体であり、平成13年6月28日に設立が決定された。そして、推進会議は、本部会と実行委員会から構成され、本部会の構成員は、会長(Y7)、社長(Z2)、副社長(Y21)、専務取締役(Y23、Y21、Y5)、常務取締役(Y14)、取締役(Y22)であった。また、実行委員会の構成員は、委員長(Z2)、委員長代行(Y5)、副委員長(Y22)、委員長付(Y1 ほか2名)、事務局長2名、委員7名であった(いずれも平成13年6月28日当時)。 本判決は、こうした推進会議の構成員について、その経歴や属性に基づく見地から、フェロシルトの安全性や適法性に問題があることを認識し、認識し得た場合には、安全性や適法性の面からの社内規程の遵守を含めた調査・確認をすべき注意義務を負うことになるとの基準を示した。 そのうえで、Y23、被告Y5、被告Y1を除く取締役については、フェロシルトの受入れがT国際空港から既に断られていることを知らなかったのであるから、Y1やY5の虚偽の説明に依拠したことを前提として、フェロシルトについてQMSから逸脱した運用がされていることを明らかに認識し得たなどの特段の事情がないとして、その担当していた職務上知り得た知識、経験に照らして、上記計画や報告の是非について検討すれば足りるというべきであるとし、責任を認めなかった。 一方、Y5、及びY23について、その役職と属性及びフェロシルトに関する認識から、QMSの内容を詳細に把握しておくべき立場にあり、QMS違反に関する調査・確認を怠ったとして責任を認めたのである。 Y23については、工場長の責任ではないが、四日市工場長の時期を含め、長年四日市工場に勤務しており、また、平成11年6月以降は、四日市工場長ではなく、会社全体の品質管理状況の把握を業務とする品質保証部を統括する地球環境本部長を務めていた職歴等に基づき、QMSの内容を詳細に把握しておくべき立場にあったと認定した。 さらに、平成13年5月には、T国際空港からフェロシルトの受入れが断られたと聞いたにもかかわらず、平成13年8月6日午後の推進会議本部会において、ゴルフ場の整地用、石材採掘跡の埋立用、茶畑造成用、ゴルフ場調整池埋立用という用途でフェロシルトを搬出する旨の本件新規搬出計画の報告を受けたのであるから、QMS上は本件新規搬出先の用途に応じた開発が別途必要であるはずなのに、開発期間が短すぎるのではないかという疑問を抱いてしかるべきであり、QMSから逸脱した運用がされていることを認識し得たといわざるを得ないと認定している。 Y5については、推進会議の実行委員としては平成13年8月6日の推進会議本部会の説明そのものが過失であると結論付けたわけではないが、同本部会において虚偽の説明をしたことが、フェロシルトの販売・搬出が当時QMSに従っていなかったことを認識することができた根拠として取り扱っている。 以上のとおり、Y5については、工場長であることの責任と同時に、推進会議の構成員という視点からも、その責任を問われているものと解される。 (4) フェロシルト生産・搬出開始時の取締役 本判決では、実行本部や推進会議の構成員ではなかったもののフェロシルト生産・搬出開始時の取締役であった者の責任も検討している。これらの取締役については、役職と属性及びフェロシルトに関する認識を検討したうえで、QMS違反を認識し得なかったとして、責任がないと認定している。 (5) まとめ 本判決では、QMS違反に対する調査・確認義務違反について、Y5及びY23についてのみ責任が認められている。 その認められた責任を見る限り、不良品(本件の場合は、環境を汚染する有害物質が流出する可能性がある商品)が販売・搬出されることを防止する責任がどの取締役にあるか、といった点につき、Y5及びY23にあるものと結論付け、その方法として、QMSのとおりに業務が行われているかどうかをチェックすれば搬出防止が可能であったとし、Y5及びY23についてはこれが可能であったと述べられている。 そのため、賠償すべき損害については、会社が負担した回収費用が認定されており、産業廃棄物処理法違反による罰金が当該損害に算入されていないことに注目したい。 本解説記事は、裁判所が公表した判決文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121119105409.pdf の記号を使用しています。 参考文献 資料版商事法務342号131頁以下(但し、上記判決文と記号が一部異なる) (了)
NPO法人 “AtoZ” 【第1回】 「NPO法人とは何か」 税理士 岩田 聡子 1 NPO法人とは? 平成24年4月に改正特定非営利活動促進法(以下、「NPO法」という)が施行された。 これは、特定非営利活動法人(以下、「NPO法人」という)を新しい公共の担い手として、医療、福祉、子育て、その他様々な分野の市民活動をさらに公益活動に生かしていくことが期待されており、そのための法整備を行う改正である。 その前段階として、平成22年7月にNPO法人会計基準が公表されたことにより、それまでNPO法人ごとに異なっていた会計基準も統一されていた。 現在のNPO法人数は47,000余(H25/1/31現在、内閣府NPOホームページより)であり、その活動も介護から市民イベントまで多種多様であるが、これからもその数が増えていくことが予想されている。 ただし、「NPO法人」という名称は知っていても、「NPO法人とは何か」を知っている読者は少ないかと思われる。また、すでにご存知の読者も、本連載により、改めてNPO法人の活動について、理解を深める一助としていただければと思う限りである。 NPOとはNonprofit Organizationの略語で、非営利組織の総称であり、ここでいう非営利とは「収益を分配することを目的としないこと」である。 NPO法人とは、このNPOのうち、特定非営利活動を行うことを主たる目的として、NPO法による要件を満たし、法人格を与えられた社団で、正式名称を「特定非営利活動法人」という。 2 特定非営利活動とは? 特定非営利活動とは、以下のいずれにも該当するものをいう。 上記(1)で定める20分野は、以下のものをいう。 なお、上記(2)の「公益の増進に寄与することを目的とするもの」とは、法人の活動により利益を受ける者が特定の者のみに限定されず、広く一般の利益となる活動である。 3 NPO法人となるための要件 NPO法人となるための主な要件は、次のとおりである。 4 NPO法人となるメリットと情報公開 任意団体での活動では、公的な法人格がないため、NPO名での銀行口座の開設や不動産の契約、登記等ができないが、NPO法人となって法人格を持つことにより、これらをNPO名義で行うことが可能となる。 また、法人格を持つことにより、任意団体での活動に比べ、社会的な信用も増すことが期待できる等のメリットがある。 ただし、NPO法に従って法人を運営しなければならず、その運営上、NPO法人の主たる事務所や所轄庁において、情報公開をしなければならない。 なお、税法上では、人格のない社団等と同様に収益事業を行った場合、納税義務が生ずることとなるので、収益事業に該当するかしないかについては、特に注意を払うべきである。 次回は、NPO法人の認証申請から登記までの流れについて紹介する。 (了)
〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第5回】 「DPC/PDPSにおける医療機関別係数」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 DPC/PDPSでは、医療機関別係数が存在し、医療機関ごとの係数に基づき診療報酬の支払いを受ける。DPC/PDPSが包括払いだからといって、必要な検査や投薬を行わない粗診粗療は行うべきではなく、大切なことは王道に立ち返り、医療機関別係数を高めることである。医療機関別係数が高い病院と低い病院では1.5倍の差がついており、1点10円全国一律が診療報酬の常識である中で、特別な存在ともいえる。 医療機関別係数は、基礎係数、暫定調整係数、機能評価係数Ⅰ及び機能評価係数Ⅱの4つから構成されている。このうち、機能評価係数Ⅰは、主に医療機関の構造的な側面が評価されたものであり、7対1入院基本料などDPC/PDPSに固有のものではない(図表1)。係数の金額的な重みは今のところ大きく、体制を整備し、施設基準等の届出を適切に行うことが期待される。 図表1 機能評価係数Ⅰ(一部) 次に基礎係数は、2012年度診療報酬改定で導入されたものであり、医療機関群ごとに異なる係数設定が行われている。基礎係数における医療機関群は、Ⅰ群・Ⅱ群・Ⅲ群の3群から構成されており、Ⅰ群が大学病院の本院(80病院、基礎係数:1.1565)、Ⅱ群が大学病院本院に準ずる高診療密度を有する病院(90病院、基礎係数:1.0832)、Ⅲ群がその他急性期病院(1,335病院、基礎係数:1.0418)とされている(図表2)。 図表2 調整係数の見直しに係る対応と経過措置 暫定調整係数は、DPC/PDPSが導入された当初より、前年度並みの収入を保証する役割を果たしてきたものであり、平成30年までには廃止されることになっている。ただし、現状では暫定調整係数の高い医療機関も存在し、これらの医療機関は今後、他の係数を高めなければ大幅な減収になる可能性がある(図表3)。 図表3 暫定調整係数/機能評価係数Ⅱ 全国トップ30病院 暫定調整係数には、その性格が不明瞭であるという批判もあり、また、地域差も存在する。特に北海道は当該係数が高く、出来高算定時代に標準化が進んでいなかった、あるいは標準化しづらい患者が多かったということを意味する可能性がある(図表4)。 図表4 都道府県別 暫定調整係数の平均値 最後に機能評価係数Ⅱが医療機関の質的面からの機能を評価したものであり、6項目から構成されている(図表5)。 図表5 機能評価係数Ⅱの見直し 2012年度診療報酬改定において、地域医療係数、救急医療係数、データ提出係数については多少の変更が加えられたが、基本的な仕組みは変更されず、今後も大きな方向性は変わらないものと予想される。 2012年度診療報酬改定では、前述したように、医療機関群の設定が行われ、DPC対象病院全体で評価された項目(データ提出係数、効率性係数、救急医療係数)と医療機関群ごとに評価された項目(複雑性係数、カバー率係数、地域医療係数)に分かれた。 今後、暫定調整係数が廃止され、機能評価係数Ⅱのウェイトが高くなるため、当該係数の向上に向けた取組みが期待される。 (了)