〔弁護士目線でみた〕 実務に活かす国税通則法 【第12回】 (最終回) 「国税通則法の知識をどう活かすか」 弁護士 下尾 裕 本連載では、これまで国税通則法に関連する事柄の中でも特に重要性の高い議論を抽出して解説してきたが、本稿においては、連載の締めくくりとして、この連載でご説明した点をどのように今後の税理士業務等、特に税務調査対応に活かしていくかということを考えてみたい。 1 正確な知識をもって税務手続に関する知識格差に対抗する まず、最初に、国税通則法の実務運用を決めている国税当局と税務調査に対応する税理士等との間では、その手続の有効性等に関する知識等に格差があることを念頭におく必要がある。その結果、例えば、強気な税務調査官が国税通則法の考え方からはグレーな対応を行ったとしても、税理士等から明確なクレームがなければ、その調査は当該調査官のペースで進んでしまい、納税者に不利な証拠等を強引に確保されてしまうといったケースも想定される。 また、既に本連載【第1回】で言及したとおり、税務調査の違法性(国税通則法違反の事実)は課税処分の違法性には直結しないことから、もし違法な調査により納税者に不利な証拠を確保された場合、事後に国家賠償請求が認められることはあったとしても、納税者にとっては納得できない結果となる。 このような事態を避けるためにも、税理士等においては、重要な部分だけでも正確な国税通則法の知識を身につけたうえで、税務調査の場で又は問題のある調査等が行われた後、直ちに反論ができるよう、アンテナを張っておくことが重要になる。逆に、税理士等からの反論が適切であれば、当該税務調査官のその後の行き過ぎた調査に対するけん制効果が期待できる。 2 加算税等の賦課要件等を踏まえた先回りの対応 また、ご承知のとおり、国税通則法は、手続のみを定めるものではなく、加算税等においては直接に課税要件を定めている(【第7回】・【第8回】参照)。 その中でも、特に重加算税については、納税者のコンプライアンスの問題(上場会社又は上場準備中の会社における無限定適正意見への悪影響、公共入札参加への影響等)を生じさせるものであり、納税者や税理士等において、賦課処分の適法性を別途に検討する必要性が高い。国税通則法が定める課税要件の意味内容(例えば、【第7回】や【第8回】で言及した「隠蔽」又は「仮装」や「納税者」の意義)を正確に理解しておくことは、まさにこの検討において重要性を有する。 さらに言えば、これら課税要件充足の根拠となる証拠は、本税の課税と同様に税務調査を通じて収集される。税務調査に対応する税理士等は、これらの理解を通じて、どのような事実関係が課税につながるのかを把握することにより、将来の議論に先回りして税務調査に対応することが可能になる。 3 税務調査対応を通じたクライアントとの関係構築 納税者は、大企業のように毎年税務調査を受けるような例外ケースを除けば、一般に税務調査の対応には不慣れであり、税務調査官の言動がどのような意味を持つのか不安を持っているケースが多いと思われる。 この場合に、納税者の不安を払拭するためには、まさに税務の専門家である税理士等が説明を行い、予測可能性を担保する必要があるが、そのためには、その根拠法令である国税通則法の知識が不可欠である。逆に、この点に関して、税理士等が依頼者である納税者に対し的確な説明ができれば、納税者の強い信頼を勝ち取ることが可能だと思われる。 4 最後に 本連載において取り上げた国税通則法の手続及びその争点は、国税通則法全体の一部に過ぎないが、それでも【第1回】から【第12回】までをざっと一読いただければ、税務調査等において問題となることが多い議論については概ねその内容を把握できるようにしたつもりである。 本連載を通じて、読者の皆様が国税通則法を学ぶ1つの契機となれば幸いである。 (連載了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第3回】 「長屋等のつながっている建物における判断(前編)」 ~二世帯住宅の小規模宅地等の特例~ 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 問 題 棟割長屋のうち1軒に父親が居住し、その家屋と土地を所有していましたが、その隣の1軒が空き家となったので、父親がその家屋と土地を購入し、平成27年に長男が入居しました。平成30年4月以降に父親が亡くなった時(母親が死亡し一人暮らしの時)は、その2軒の家屋と土地を長男が相続し相続税の申告期限までは所有し住み続ける予定です。この場合、上記長屋の敷地は、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例は受けられますか。 なお、土地面積は2軒分あわせて200㎡、家賃や地代の支払はありません。また、父親と長男の生計は別で、当該長屋は区分所有で登記されている建物です。 また、路地で隔てられた隣家の家屋と建物を購入し、渡り廊下でつなげた場合(ほかの条件は上記と同じ)はどうなりますか。 回 答 1 区分所有建物について 平成25年度の税制改正大綱で「一棟の二世帯住宅で構造上区分のあるものについて、被相続人及びその親族が各独立部分に居住していた場合には、その親族が相続又は遺贈により取得したその敷地の用に供されていた宅地等のうち、被相続人及びその親族が居住していた部分に対応する部分を特例の対象とする。」とされ、内部で行き来できない二世帯住宅についても、その敷地全体が小規模宅地等の適用対象となるよう租税特別措置法ほかが改正されました。ただし、区分所有建物については、被相続人の居住の用に供されていた部分に対応する部分に限られることとされました。 つまり上記問題では、父居住部分のみが、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例の要件を満たすかどうかになります。 ここで、長男が取得者の要件に該当するかどうかですが、長男は同居親族に該当しません。また、取得者の要件が平成30年度の改正で「相続開始前3年以内に自己やその配偶者の所有する家屋に居住したことがないこと」から、「相続開始前3年以内に自己やその三親等内の親族又は自己と特別の関係がある一定の法人が所有する家屋に居住したことがないこと他」(いわゆる「家なき子」要件)となったので、取得者の要件を満たさないことになります。よって、上記の長屋の敷地はすべて特定居住用宅地等に該当せず、小規模宅地等の特例は受けられません(※)。 (※) ただし「経過措置」により、平成30年4月1日から令和2年3月31日までに相続が発生した場合、平成30年3月31日において相続があったものとした場合に平成30年度改正前の要件を満たす宅地等に該当すれば、特例が受けられますので、父親の居住部分に対応する土地部分に限り、小規模宅地等の特例が受けられます。 2 渡り廊下でつながった建物について 別々の建物を渡り廊下で繋げたとしても、それぞれが1棟の建物とみなされます。そうすると、内部で行き来できたとしても、別個の建物に住んでいることとなるので、父居住部分のみが、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例の要件を満たすかどうかになります。 長男は同居親族には該当しません。よって、「家なき子」要件に従い上記のように判定されるため、これらの敷地はすべて特定居住用宅地等に該当せず、小規模宅地等の特例は受けられません (「経過措置」の場合、父親の居住部分に対応する土地部分に限り、小規模宅地等の特例が受けられます)。 考 察 二世帯住宅にかかる小規模宅地等の特例の改正は、二世帯住宅を新たに定義したのではなく、区分所有建物を除いた上で、被相続人が一棟の建物に居住していた場合は、「被相続人の居住部分に」、その建物の敷地のうち、「親族の居住部分を含める」こととし、その宅地を取得した相続人たる親族がその一棟の建物に居住していればよい旨の改正のため、一棟の建物や被相続人の居住部分の判定が重要となります。 1 区分所有建物について 区分所有とは分譲マンションのように、各区分に構造上と利用上の独立性がある建物を区分ごとに所有することです。1棟の建物を壁で仕切り1区画に1戸ずつ数戸が居住するいわゆる棟割長屋は、区分建物として登記されている場合が多いですが、区分登記でなく1軒ずつがそれぞれ一の建物として登記されている場合もあります。また、区分登記された長屋の隣家を購入した時に、隔壁を除去する等して、もともと2軒の長屋を構造上一個として合体登記している場合や、隔壁を除去したが登記まではしていない場合など、様々な場合があります。 よって、長屋のように、壁や床天井ひとつで隣接し二世帯で居住している家屋の、どの部分が小規模宅地等の特例の対象になるかは、一棟の建物やそのうち被相続人の居住部分にあたる範囲を、その実態により確認した上で、対象となる家屋が区分所有されているか否かを登記で判断します。 その上で、それらを取得した親族の要件によって、その部分に小規模宅地等の特例が適用できるかどうかを判断します。なお、ケーススタディは次回考察します。 2 渡り廊下でつながった建物について 一般的に二棟の建物になりますが、下図のようにすべての階を渡り廊下でつなげた場合などは、全体として一棟とみなせるのかどうか判断が難しいところです。 また、母屋と離れのように、居室とキッチン・浴室・トイレが揃っていないような「附属建物」として登記されている場合は、効用上も母屋と一体なので、同居とみなされると思われます。一棟の建物の定義がなされていないため、それをどのように対応するかは、実態に即した判断が必要です。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第27回】 「生計を一にする親族でなくなった日から1年を経過した日以後に譲渡した場合」 -生計を一にする親族の居住用家屋の譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、京都にあるX所有の家屋にZ(子)と一緒に居住していました。6年前、Xは東京本社へ転勤となったため東京の社宅へ転居し、京都にある家屋にはZだけが居住、Zは京都にある大学に通学していました。 2年前、Zは大学を卒業して京都の会社に就職し、引き続き京都にある家屋に居住していました。なお、就職後、Zは独立して生計を営んでいます。 本年、Zも東京に転勤となったことから、京都の家屋を売却したところ、多額の譲渡損失が発生し、銀行に新たな住宅ローンを組んで東京に新居を購入する見込みです。 他の適用要件が具備されている場合に、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることはできません。 ●○●○解説○●○● 譲渡資産であるその所有する家屋が、措通31の3-2(居住用家屋の範囲)に定める家屋に該当しない場合であっても、措通31の3-6(生計を一にする親族の居住の用に供している家屋)に定める全ての要件を満たしているときは、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができることとされています(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 しかしながら、本事例の場合は、ZがXの生計を一にする親族でなくなった日から1年を経過した日以後に行われた譲渡であることから、措通31の3-6の但書の適用要件を満たさないこととなり、Xの居住の用に供している家屋としては取り扱われません。したがって、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができません。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第3回】 「契約の識別」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 【第2回】で解説したように、収益認識会計基準は5つのステップに従って収益を認識すると規定している。その最初のステップが収益認識会計基準19項以下で規定する「契約の識別」である。 今回(第3回)は「契約の識別」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 契約の識別 収益認識会計基準の定めは、顧客と合意し、かつ、所定の要件を満たす「契約」に適用する(収益認識会計基準17項(1))。 1 契約 「契約」とは、法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる複数の当事者間における取決めをいい、契約における権利及び義務の強制力は法的な概念に基づくものである(収益認識会計基準5項、20項)。 収益認識会計基準の5つのステップは「契約の識別」から始まる(収益認識会計基準17項)。 通常、企業では、法務部において、契約に関する法的なチェックを行っていると考えられる。収益認識会計基準の最初のステップが「契約の識別」であることを考えると、実務上、法務部の協力も重要であると考えられる。 また、収益認識に関する会計処理については、基本的に、経理部が主体的に行動するとしても、契約の内容を理解するためには、経理部においても民法や会社法などに関する知識が重要と考えられる。 2 契約の形式 収益認識会計基準は、契約は書面、口頭、取引慣行等により成立すると規定している(収益認識会計基準20項)。 通常、企業が得意先(顧客)と契約する場合、「契約書」という書面の形式で作成するものと思われるが、「契約」は書面の形式だけでなく、口頭でも成立するものである。 収益認識適用指針は、IFRS第15号についてではあるが、契約の結合、履行義務の識別及び独立販売価格に基づく取引価格の配分に関して、「契約書」の記載とは異なる収益認識の単位の識別及び取引価格の配分が求められる可能性があると記載している(収益認識適用指針174項)。収益認識会計基準の開発の基本的な方針は、IFRS第15号の定めを基本的にすべて取り入れるというものである(収益認識会計基準98項)。 このため、収益認識会計基準を適用する際には、法的な観点から、顧客との合意が強制力のある権利及び義務を生じさせるのかどうか並びにいつ生じさせるのかを判断することが重要になると考えられる(収益認識会計基準20項)。 一方で、実務では、「契約書」において、すべての合意内容を詳細に定めているとは限らず、得意先(顧客)との暗黙の了解の上で取引を継続していることも考えられる。そこで、「契約」の内容を検討する際には、「契約書」に明文化された内容だけでなく、暗黙の了解なども含めて慎重に検討する必要があると考えられる。 3 契約の要件 収益認識会計基準を適用するにあたっては、次の(1)から(5)の要件のすべてを満たす顧客との契約を識別する(収益認識会計基準19項)。 4 契約の要件を満たすかどうか 顧客との契約が契約における取引開始日において収益認識会計基準19項の要件を満たす場合には、事実及び状況の重要な変化の兆候がない限り、当該要件を満たすかどうかについて見直しを行わない(収益認識会計基準23項、120項)。 一方、顧客との契約が収益認識会計基準19項の要件を満たさない場合には、当該要件を事後的に満たすかどうかを引き続き評価し、顧客との契約が当該要件を満たしたときに収益認識会計基準を適用する(収益認識会計基準24項)。 また、顧客との契約が収益認識会計基準19項の要件を満たさない場合において、顧客から対価を受け取った際には、次の①又は②のいずれかに該当するときに、受け取った対価を収益として認識する(収益認識会計基準25項)。 顧客から受け取った対価については、上記の①又は②のいずれかに該当するまで、あるいは、収益認識会計基準19項の要件が事後的に満たされるまで(収益認識会計基準24項)、将来における財又はサービスを移転する義務又は対価を返金する義務として、負債を認識する(収益認識会計基準26項)。 5 契約の期間 収益認識会計基準は、契約の当事者が現在の強制力のある権利及び義務を有している契約期間を対象として適用する(収益認識会計基準21項)。 契約の中には、固定された契約期間がなく、契約の当事者のそれぞれがいつでも終了又は変更できるものや、契約に定められた一定期間ごとに自動更新となるものがあるが、収益認識会計基準は、契約の当事者が現在の強制力のある権利及び義務を有している契約期間を対象として適用する(収益認識会計基準119項)。 6 完全に未履行の契約 契約の当事者のそれぞれが、他の当事者に補償することなく完全に未履行の契約を解約する一方的で強制力のある権利を有している場合には、当該契約に収益認識会計基準を適用しない(収益認識会計基準22項)。 完全に未履行の契約とは、次の①及び②のいずれも満たす契約である。 収益認識会計基準は、「顧客」との「契約」から生じる収益に関する会計処理及び開示に適用し(収益認識会計基準3項)、前述のとおり、契約の識別に際しては、収益認識会計基準19項の5つの要件のすべてを満たしている「契約」であるかどうかを検討する必要がある。 このとき、契約の当事者のそれぞれが、他の当事者に補償することなく完全に未履行の契約を解約する一方的で強制力のある権利を有しているかどうかについても、検討する必要があると考えられる。前述のとおり、そのような権利を有している契約の場合には、収益認識会計基準を適用しないこととなるからである(収益認識会計基準22項)。 (了)
フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第55回】 「会計上の見積り開示」 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 ASBJより2020年3月31日に「見積りの不確実性の発生要因」に係る注記情報の充実を目的として、企業会計基準第31項「会計上の見積りの開示に関する会計基準(以下、「見積基準」という)」が公表された。 適用時期は、以下のとおりである(見積基準10)。 また、適用初年度の取扱いは、以下のとおりである(見積基準11)。 上記のとおり、見積基準は、2021年3月期から適用される。また、有価証券報告書のみならず、計算書類においても注記が必要となるため、上場会社のみならず、非上場会社においても対応が必要となる。そのため、今回は、この見積基準について解説する。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 見積基準では、会計上の見積りの注記の内容は、見積基準に定められている「開示目的」に照らして判断するため、まず、「開示目的」を理解する必要がある(見積基準4、7)。 会計上の見積りの注記を行うにあたり、全ての会計上の見積り項目について注記が求められているわけではなく、比較的少数の項目を注記することが想定されている(見積基準25)。そのため、どの会計上の見積り項目を注記対象とするかを識別する必要がある。 ◎識別の判断基準 会計上の見積りの開示を行うにあたり、まず、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目(開示対象項目)を識別する。 識別する項目は、通常、当年度の財務諸表に計上した資産及び負債である。ただし、当年度の財務諸表に計上した収益及び費用、並びに会計上の見積りの結果、当年度の財務諸表に計上しないこととした負債を識別することもできる。 また、翌年度の財務諸表に与える影響を検討するにあたっては、影響の金額的大きさ及びその発生可能性を総合的に勘案して判断する(見積基準5、23、24)。 (1) 注記項目 会計上の見積りの注記は独立して、注記する(見積基準6)。そして、上記【STEP2】で識別した開示対象項目について、識別した会計上の見積りの内容を表す項目名を注記し(見積基準6)、各項目ごとに以下の事項を注記する(見積基準7、8、27、29、30)。 また、識別した項目が複数ある場合には、それらの項目名は単一の注記として記載する(見積基準6)。 ◎事例 IFRSや米国基準を適用している会社では、既に注記を行っている。「2021年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】「Ⅴ 会計上の見積りの開示に関する会計基準」」に事例を掲載しているため、参照されたい。 (2) 連結財務諸表を作成している場合 連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表において注記を行う場合は、上記(1)の注記項目について連結財務諸表における記載を参照することができる(下記表の容認開示①)。 なお、識別した項目ごとに、当年度の個別財務諸表に計上した金額の算出方法に関する記載をもって上記(1)②の注記項目に代えることができる。この場合であっても、連結財務諸表における記載を参照することができる(見積基準9)(下記表の容認開示②)。 (3) KAMとの関連 監査上の主要な検討事項(KAM)として、会計上の見積り項目が選ばれる可能性が高いと考えられる。そして、監査人からKAMの記載にあたって、注記内容の充実を求められる可能性がある。 そのため、あらかじめ、会計上の見積りに関する注記のドラフトを作成し、監査人と事前に協議することにより、決算の早期化に役立てることができると考えられる。 (4) 有価証券報告書の「経理の状況」よりも前の記載 有価証券報告書の「経理の状況」よりも前において、「事業等のリスク」及び「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」でも会計上の見積りに関連する事項を記載するが、当該記載について、会計上の見積りに関する注記と内容が整合しているか確認する必要がある。 (5) 計算書類における注記 会計監査人設置会社においては、計算書類においても注記が必要である(会社計算規則102の3の2)。 ◆会計上の見積りに関する注記 (※1) 会社計算規則では「可能性」と記載されているが、見積基準の「リスク」と同義であると考えられる。 (※2) 個別注記表の注記が連結注記表の注記と同一であり、個別注記表にその旨を注記する場合は、上記(ⅲ)について個別での注記は不要である。 * * * 以上、3つのステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第4回】 「歯科器材メーカーが減損に至った経緯」 -コロナの陰に隠された本当の問題- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 今回はのれんの減損事例です。新型コロナウイルスの影響もあって減損に至ったのですが、実はその2年前に、同じのれんを減損していました。果たして何があったのか、減損注記から読み解いていきましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 〈のれんとして計上されたシナジー効果〉 この事例の減損の原因は3つあります。 ①は減損の理由としてはオーソドックスなもので、減損対象も通常の事業用資産です。②と③は、のれん及び無形固定資産の減損で、理由もこの会社特有のものです。以下では、②と③を見ていきます。 まず②ですが、買収した連結子会社の事業計画が狂い、その連結子会社の売上高が想定よりも減少したと解されます。詳細をつかむため、この連結子会社を買収した2016年3月期の有価証券報告書の企業結合等関係の注記で、取得の理由を確認しておきましょう。 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 少し長い文章ですが、要は、「高いブランド力」と「直販ルート」を持っている会社があり、その会社を子会社化することで「シナジー」が期待できるので、取得することにしたというものです。シナジーというのは、企業の経営多角化の論理として知られる考え方で、日本語で言えば「相乗効果」のことです。シナジーにより「2+2が5になる」といった説明のされ方もします。具体的には、開発、生産、販売の3つの面でシナジーが創出されると読め、業績に直結する販売に関しては、販売網を相互に開放することにより、両社ともに販売の拡大が図れるということだと解されます。 会計的には、この取得に際して「顧客関連資産」「商標権」「特許・技術関連資産」「のれん」といった無形固定資産を計上していることが、当該企業結合等関係の注記の他の箇所からわかります。今回減損の対象となったのはそうした資産です。そして、このうち「のれん」は、企業結合による「シナジー」に対応する内容と見ても間違いではなさそうです。 〈減損は二度目だった〉 ところで、過年度の有価証券報告書を見るとわかるのですが、この連結子会社取得時に発生したのれんについては、今回が初めての減損ではありませんでした。すでに2018年3月期に一度減損されており、今回が二度目なのです。 2020年3月期の連結貸借対照表を見ると、のれんの残高はもうありませんので、結局、この連結子会社の買収時に見込んでいた超過収益力(シナジーか?)はゼロになったというわけです。当初、のれんの償却期間は13年としていましたが、結果的には、5年経過後に超過収益力部分は消滅しました。13年かけて投資を回収するという計画は、大幅に狂ってしまったようです。 一体なぜそうなってしまったのでしょうか。 創出されたシナジーは消えてしまったのでしょうか。あるいは、そもそもシナジーの創出などなかったのでしょうか。この会社の減損処理で確認すべきはそこでしょう。減損処理を行っても、それは会計的な手続きが済んだだけで、根本の解決とは別です。読み手としては、当初の償却期間の半分以下の期間でのれんが消滅してしまったことに、注意を向けなければなりません。 〈新型コロナウイルスを過大視しない〉 減損原因の③は、新型コロナウイルスの影響が上述の②に追い打ちをかけたという話です。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、歯科受診が減ったという話はよく聞きます。「元の水準に戻るまで1~2年を要する」という仮定も不自然ではなく、会社が減損に踏み切った判断は適切だったと思います。しかし、③の理由が示されたことによって、②の理由が埋もれてしまったようにも感じられます。 この事例にかかわらず、新型コロナウイルスの影響は、会社が抱えている本来の問題を隠してしまうことにつながりやすいです。注記を作成した会社側にそのつもりはないでしょうが、注記を読む側としては、わかりやすくて印象に残るところに目が行ってしまうものです。その点は注意しなければなりません。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《税金費用・税金債務》編 【第2回】 (最終回) 「消費税」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 消費税に関しては、中小企業会計指針においても、上場企業等の会計処理の取扱いと同様に、税抜経理方式が原則とされています。今回はこの消費税の原則的な会計処理を、法人税法上の取扱いも含めて紹介します。 【設例2】 A社(3月31日決算)の当期(X2年4月1日~X3年3月31日)における消費税及び地方消費税(以下「消費税等」とします)に関する資料は、次のとおりです。 (1) 課税売上790,000,780円(消費税等79,000,078円)、非課税売上210,000,208円。 (2) 課税仕入れ500,000,000円(消費税等50,000,000円)。このうち固定資産は、機械及び装置10,000,000円(消費税等1,000,000円)1台と1,500,000円(消費税等150,000円)の車両運搬具1台のみ。交際費は2,000,000円(消費税等200,000円)。 (3) A社は、消費税等の経理処理については、すべて税抜経理方式を採用。 (4) A社は、控除対象仕入税額の算定については、一括比例配分方式を採用。 (5) 当期中の消費税等の予定納付額は、20,000,000円であり、決算整理前試算表上、仮払金残高に含まれています。 (6) A社は、繰延消費税額等についての法人税の取扱いと同じ会計処理をしています。 1 A社の消費税等に係る決算整理仕訳 A社の消費税等に係る決算整理仕訳は、次のとおりです。 〈X3年3月末日〉 (1) 税抜経理方式を原則とする理由 中小企業会計指針では、消費税等については、原則として税抜経理方式を適用し、事業年度の末日における未払消費税等(又は未収消費税等)は、未払金(又は未収入金)に計上し、その金額の重要性が高い場合には、未払消費税等(未収消費税等)として別に表示することとされます(中小企業会計指針61)。この設例では、税抜経理方式を採用しています。 税抜経理方式が原則とされるのは、消費税の仕組みが、資産の譲渡等の都度その対価の額に課税され、各段階の消費税納税者である企業等はその前段階に課税された消費税額を控除して消費税納税額を算定するという方式であるため、仕入れ等に係る消費税は一種の仮払金ないし売上等に係る消費税から控除される一種の通過支出であり、各企業等は消費税の会計処理が損益計算に影響を及ぼさない方式である税抜経理方式を採用することが適当と考えられるためです。 ただし、非課税売上が主である企業等は、消費税の最終負担者となる部分が多いため、また、簡易課税制度を採用した企業等は、売上等に係る消費税から控除される仕入れ等に係る消費税がその前段階に課税された消費税額とは無関係に算定されるため、税込経理方式を採用することができるとされています。 (2) 消費税等の当期末確定申告による納付税額の算定過程 A社は、毎期7億円から8億円ぐらいの課税売上があり、原則課税により消費税等を納付していることとします。消費税等の当期末確定申告による納付税額は、次のように算定します。 ① 課税売上割合 ② 一括比例配分方式を適用した控除対象仕入税額の算定 当該課税期間の課税売上が5億円以下、かつ、課税売上割合が95%以上の場合には、課税仕入れの消費税等の全額を控除できます(消法30①)。 一方、当該課税期間の課税売上が5億円を超える場合、又は課税売上割合が95%未満の場合には、個別対応方式か一括比例配分方式により控除対象仕入税額を計算します(消法30②)。一括比例配分方式を選択した場合には、2年間継続適用が必要です。この設例では、一括比例配分方式を適用して控除対象仕入税額を算定します。 ③ 繰延消費税額等 税抜経理処理を適用している場合に、当該事業年度において生じた資産に係る控除対象外消費税額等についての法人税法上の取扱いは、次のとおりです(法令139の4)。 この設例では、機械及び装置10,000,000円に係る消費税等1,000,000円のうちの控除対象外消費税額等210,000円(上記㋐)が繰延消費税額等に該当するので、これを長期前払消費税等に計上し、上記損金算入限度額だけ当期に費用計上します。 車両運搬具1,500,000円に係る消費税150,000円のうちの控除対象外消費税額等は20万円未満のため、その額を損金経理すれば、繰延消費税額等に該当しないので、当期の租税公課に含めて計上します。 ④ 交際費等に係る控除対象外消費税額等 法人税法上、税込経理方式の場合、交際費等に係る消費税等の全額が交際費等の額に含まれます。しかし、税抜経理方式の場合、交際費等に係る消費税等の額のうち、仕入税額控除の対象となる消費税等は交際費等の額に含まれず、控除対象外消費税額等が交際費等の額に含まれます(平元直法2-1通達12)。 この設例は、後者の場合であり、交際費に係る消費税額等200,000円のうちの控除対象外消費税額等42,000円(上記㋑)だけを交際費等の額に含めます。 ⑤ 控除対象仕入税額 ⑥ 消費税等の年税額 ⑦ 消費税等の当期末確定申告による納付税額 税抜経理方式の場合、課税期間の終了の時における仮受消費税額等から仮払消費税額等(控除対象外消費税額等を除く)を控除した金額と、当該課税期間に係る納付税額(又は還付税額)とに差額が生じたときは、その差額は、当該課税期間を含む事業年度において益金の額又は損金の額に算入します(平元直法2-1通達6)。この設例では、この差額が78円(上記㋔)生じているので、雑収入計上しています。 2 決算書の金額 決算書の金額は、次のとおりです。 X3年3月31日決算期 〈当期末貸借対照表〉 〈当期損益計算書〉 3 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 この設例のケースは、会計処理を法人税法上の取扱いと一致させているために両者の差異がなく、損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整はありません。 ただし、例えば上記の消費税等に係る決算整理仕訳を行う以前に、交際費等が法人税法上の損金算入限度額を超えている場合には、上記仕訳により増加した交際費等42,000円も、加算調整して課税所得を算定する必要があります。 (《税金費用・税金債務》編 終了)
〈事例から学ぶ〉 不正を防ぐ社内体制の作り方 【第5回】 「調達をめぐる「三権分立」の仕組み」 ~「発注」「検収」「支払」の分離による相互牽制~ 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 はじめに ものづくりの会社を訪れると、たいてい資材や調達に関する部門が設置されています。これらの部門は、製品や商品を製造するための原材料を外部から調達することが主な仕事です。製造に際して、安価で良質な原材料を安定的に提供できる取引先を見出すことはとても大切なことです。製造にあたり、どこに発注したら安価で良質な原材料を入手できるのか、それを一番熟知しているのが、資材、調達あるいは仕入部門になります。 原材料の調達には、材料の品質などに関わる専門的かつ実務的な知識の習熟が求められるため、一朝一夕にそれらの知識を身につけることは困難です。そのため、ローテーションが比較的難しい部門に分類されるため、調達に関わる会社の仕組み作りには注意が必要になります。 《1》 調達に関わる仕組みを考える 「発注と検収は同一担当者が兼務した方が効率的ではないか」と一般的には考えがちです。なぜならば、発注を行った担当者が検収も併せて行えば、発注内容を熟知しているため、検収も円滑に効率よく進むのではないかということに加えて、余計な人員を必要とせず、手間を省くことができるとも思われるからです。 ◎ 【事例】を分析する 《2》 資材や調達部門における三権分立 「発注」、「検収」そして「支払」の3つの働きを全て分離させ、お互いに牽制を働かせる仕組みがあります。これを一般的に資材や調達部門の現場では、「三権分立」と呼称しています。これら3つの働きを踏まえ、それぞれの機能を分離独立させ、担当者や責任者同士が、互いの部門を牽制する仕組みです。 《3》 三権分立の必要性について 発注と検収を分離して、相互に牽制する必要があることは既に述べましたが、さらに支払をつかさどる経理(財務)部門も牽制の対象とする必要があります。たとえば、発注や検収を担当する者と支払担当者が同一人であった場合、調達に伴って架空の支払や水増しによる支払が起きるおそれがあることは明らかです。こうした調達をめぐる仕組み作りの際には、必ず「発注」、「検収」そして「支払」の3つの働きを全て分離させ、お互いに牽制を働かせる必要があります。 《4》 具体的な制度設計について 三権分立を仕組みとして構築する場合、次の点に留意しましょう。 《5》 例外的な取扱いについて 人材の不足などにより、発注と検収の兼務がどうしても避けられない場合もあると思います。そのような場合は、たとえば調達を依頼した部門の担当者などが検収に立ち会い、兼務に対して牽制を働かせるという対応も考えられます。このように他部門からの支援という視点も相互牽制を実現させるうえで大切です。 ◆今回の重要ポイント◆ 調達をめぐる三権分立の仕組みを理解する。 三権分立を実現させる重要なポイントを掴む。 他部門からの支援を得ることで、例外的な取扱いにも相互牽制を働かせる。 (了)
〈知識ゼロからでもわかる〉 ブロックチェーン技術とその活用事例 【第9回】 (最終回) 「デジタル通貨×ブロックチェーン」 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴 1 地域通貨等 地域の実体経済を考慮した景気対策として、地域振興券やプレミアム付商品券など個人消費喚起型の事業があり、利用期間と場所が限定されていることから、地域の経済活性化が期待される。一方、一時的な経済対策は消費の前倒しや日常の買い物の代替にとどまり、効果は限定的との評価もあり、また、商品券等の流通に伴う偽造や不正利用のほか、発行・運用にかかるコスト負担が課題となっているのが現状である。このような地域通貨を、ブロックチェーン上で流通・管理することで、上記課題の解決に寄与できる可能性がある。 例えば、一定の手続を経て住民に地域通貨が付与され、それを地域内の商店や公共サービス等での支払いに利用する。住民から住民へ譲渡可能であり、店舗が支払いで受け取った地域通貨を利用(地域内での原材料の調達に利用、地域内に在住する従業員への給与として支給するなど)できるであろう。地域通貨で納税した場合には、税の優遇も認めるといったことも可能である。 また、利用期限を設け、徐々に価値が減衰していく設定(減価)にすることも可能であり、これらを総合的に組み合わせることで、地域通貨の流通量を上げることが可能となる。 2 ポイントサービス・電子クーポン 日本においては、Tポイント、楽天スーパーポイント、Pontaポイントなど多数のポイントが存在し、各社が顧客囲い込みのために様々なサービスを提供している状況にある。利用者がポイントを換えたいと思ったときにリアルタイムで応えることができず、交換するときに一定のコストがかかってしまうのが現状の課題となっており、特に、異なる種類のポイントを利用者間で交換することが可能となれば、ブロックチェーンを利用するメリットをより享受できる。 また、飲食店、小売店等が発行する電子クーポンについても、ほぼ同様の仕組みで発行と利用の管理が可能であると考えられる。特に、クーポンの転々流通を認めるような場合に、中央集権型のシステムではなく、ブロックチェーンを利用するメリットが見込めるであろう。 3 国際送金 世界銀行によると、国際送金業界は、2017年には8.8%、2018年には9.6%という大きな成長をしている。多くの発展途上国の経済は、出稼ぎ労働者による海外から流入する現金に大きく依存しているので、そのような国の経済にとって国際送金は重要である。 しかしながら、国際送金は、高額の手数料に加えて、多くの国際送金ソリューションは「コルレス契約」という送金方法を用い、第三者サービスと金融機関に頼っており、複数の仲介業者が必要になるため、送金に数日、又は数週間かかってしまうというのが現状となっている。すなわち、現在のシステムはかなり非効率的である。 ブロックチェーンを活用することで、上述した国際送金業界が直面している高額な手数料や、取引完了に必要な時間が長い等の問題を解決することが可能となる。また、ブロックチェーン技術を用いた送金サービスは、送金の対象は自ずと全世界となり、法定通貨の送金にとどまらず、地域通貨や様々な暗号資産など、あらゆる価値情報の授受に利用可能となる。 4 証券取引 現在の証券取引においては、注文が約定し取引が成立してから、照合・清算・決済という3つのステップを踏んでいることになる。 【図9-1】証券取引の要素 トレード処理については、株式等の売買は主に取引所の売買システムを介して行われているが、近年における電子取引等の普及・進展に伴い、高速性や処理件数の面で高い性能が求められるため、ブロックチェーンと比較して従来技術の優位性が引き続き高いと考えられている。 一方で、ポストトレード処理は、売買で発生した約定通知をもとに、異なる企業間で情報を確認・連携しながら、最終的に決済期日において資金と証券を決済して記録するという処理フローとなっている。また、複数の企業間での情報の確認・連携が必要になることから、ブロックチェーンとの親和性が比較的高いと考えられる。 電子化された証券は、ブロックチェーンを活用して取引を行いやすく、取引頻度の比較的低い社債などから、ブロックチェーンへの対応が進む可能性がある。 (連載了)
《速報解説》 会計士協会から「訂正報告書に含まれる財務諸表等に対する 監査に関する実務指針」の公開草案が公表される ~監査業務の受嘱、監査人交代時の対応、監査意見の表明等に係る留意事項等示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年4月22日、日本公認会計士協会は、「監査・保証実務委員会実務指針「訂正報告書に含まれる財務諸表等に対する監査に関する実務指針」」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、訂正報告書の提出が必要となる状況における監査人の対応について、昨今の監査基準等の改訂も踏まえて検討したものである。 意見募集期間は2021年6月22日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 公開草案は、目次を含めて87ページに及ぶものであるので、以下では主な内容について解説する。 付録として、次のものが記載されている。 1 適用 訂正後の財務諸表に対する監査業務の受嘱は、新規の監査契約の締結であり、訂正後の財務諸表全体の監査が必要であるため、すべての監査基準委員会報告書等に準拠することになる(3項)。 このため、次のことに注意する。 2 監査契約の締結 訂正後の財務諸表に対する監査業務は、たとえ訂正対象期間又は年度(過年度又は当年度)に監査契約を締結していたとしても、締結済みの監査契約に含まれてはいないので、監査基準委員会報告書210「監査業務の契約条件の合意」及び品質管理基準委員会報告書第1号第25項に従って、監査契約の新規の締結を行う(A1項)。 次のケースの留意事項が記載されている。 3 訂正対象年度の監査人が交代している場合 監査人が交代した後に、交代以前の会計年度に虚偽表示が発覚した場合、法令上、訂正後の財務諸表に対する監査を行うべき監査人は定められていないが、実務上は、元監査人又は現監査人が監査を実施することが多い(A15項、A16項)。 「元監査人」とは、訂正対象年度の監査人が交代している場合の訂正前の財務諸表等に対して監査証明を行った監査人をいい、「現監査人」とは、過年度の不正又は誤謬による虚偽表示が発覚した年度の監査人をいう(8項(6)(7))。 次のケースの留意事項が記載されている。 4 訂正により財務諸表数値が変更された結果として影響を受ける事項 訂正により財務諸表数値が変更された結果として影響を受ける事項として、次のものが例示されている(A47項)。 5 財務諸表の訂正が当時の会計上の見積りに与える影響 訂正前の財務諸表における会計上の見積りについて、訂正後の財務諸表に対する監査を行う時点において、取引、事象又は状況が最終的に確定している場合がある。 会計上の見積りの確定額と訂正前の財務諸表における認識額との差異があったとしても、必ずしも訂正後の財務諸表において確定額を反映しなければならないわけではない(A49項)。 しかしながら、例えば、訂正前の財務諸表の確定時に経営者が利用可能であった情報や、当該財務諸表の作成及び表示時に入手及び考慮しておくことが合理的に期待される情報から差異が生じている場合には、訂正する必要があることを示していることがある(A49項)。 6 訂正後の財務諸表における後発事象 訂正後の財務諸表は、当初提出した有価証券報告書等に記載した訂正前の財務諸表を訂正したものであることから(金商法24条の2第1項で準用する同法7条(四半期報告書及び半期報告書の訂正についても同条準用))、訂正後の財務諸表に反映させる後発事象は、訂正前の財務諸表に対する監査報告書日までに発生していた事象である(A68項)。 訂正前の財務諸表に対する監査報告書日後に発生した事象については、その訂正対象年度の翌年度(翌四半期)以降の有価証券報告書等の開示書類において反映されると考えられる(A69項)。 7 第三者委員会の調査報告書の利用の可否及び利用する場合 第三者委員会は、その専門性を有していることを考慮すると訂正後の財務諸表を作成する上での経営者の利用する専門家として位置付けられる(A91項)。 第三者委員会の調査を利用する場合は、第三者委員会の調査報告書のみをもって十分かつ適切な監査証拠を入手したと判断することは適切ではない(A93項)。 第三者委員会の調査の目的と訂正後の財務諸表に対する監査の目的は異なるため、第三者委員会の調査手続及び範囲と監査人の立案した監査手続の種類及び範囲は必ずしも一致しないので、第三者委員会の調査結果の利用の程度に応じて、監査人自らが第三者委員会の入手した証拠の閲覧、第三者委員会の調査に対する再実施等を行うことに留意する(A93項)。 8 監査意見形成に必要な監査証拠を入手できない場合 例えば、複数の取引先との共謀による長期間の架空売上計上のように、すべて遡って事後的に検証することが困難な場合や、経営者による監査範囲の制約や経営者による不正が判明し、監査の前提条件となる経営者の誠実性に疑義が生じている場合があり得る。 このような場合、通常、監査人は、監査報告書において監査範囲の制約に伴う限定付適正意見の表明又は意見不表明とすることを検討する(A110項。監査人が限定付適正意見の表明又は意見不表明とする場合には、監査基準委員会報告書705「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」の要求事項に従う)。 9 財務諸表が訂正された場合の内部統制監査 内部統制報告制度においては、「「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令」の取扱いに関する留意事項について(内部統制府令ガイドライン)」1-1に記載されているとおり、訂正内部統制報告書に対して監査証明は必要とされていないため、監査人は、過年度の内部統制報告書の訂正報告書に対する内部統制の監査を実施することは求められていない(A134項)。 10 会社法監査における訂正事項の取扱い 会社法においては、株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとされ(会社法431条)、上場会社に適用される過去の誤謬の訂正に関する企業会計の慣行とは、「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号。以下「過年度遡及会計基準」という)である。 過年度遡及会計基準では、過去の財務諸表に誤謬が発見された場合には修正再表示することを定めており(過年度遡及会計基準21項)、単年度表示となる会社法の計算書類においては当事業年度の期首剰余金を修正することになる(A136項)。 「誤謬の訂正に関する注記」(会社計算規則102条の5)において、誤謬の訂正をした場合、当該誤謬の内容、当該事業年度の期首における純資産額に対する影響額の注記を行う(A138項)。 (了)