《速報解説》 会計士協会、「監査及びレビュー等の契約書の作成例」 (法規・制度委員会研究報告第1号)の改正を公表 ~リモートワーク定着化を考慮した対応、「その他の記載内容」に関する規定の新設等行う~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年3月25日付けで(ホームページ掲載日は2021年4月30日)、日本公認会計士協会は、「監査及びレビュー等の契約書の作成例」(法規・制度委員会研究報告第1号)の改正を公表した。 これは、監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」(2021年1月14日)、リモートワークの定着化を考慮した対応などに関連して改正するものである。 なお、2021年1月召集の第204回通常国会に提出されている「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案」を構成する公認会計士法において、監査報告書の電子署名が盛り込まれているが、当該改正の対応については、法案成立後に行うとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 1 監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」に伴う対応 監査基準委員会報告書 720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」に対応して、監査約款に、「その他の記載内容」(監査した財務諸表等を含む開示書類のうち当該財務諸表等と監査報告書とを除いた部分の記載内容)の検討に関する規定を設けている。 2 リモートワークの定着化を考慮した対応 リモートワークの定着化によって、各種契約書をはじめとした脱押印に対応し、電子契約にも考慮した文言の見直しを行っている。 例えば、「電子契約の場合は、電子署名等の、記名押印に相当する電磁的な処理操作」と記載されている。 3 無限責任監査法人の指定社員の通知 2021年1月召集の第204回通常国会において、無限責任監査法人の指定社員の通知について、被監査会社の承諾を得た場合に電磁的方法によることを可能とする改正法案が提出されている(「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案」8条による公認会計士法34条の10の4第7項の追加)。 同改正法が成立・施行された場合は、監査契約上で、指定社員の通知を電磁的方法により行うことについて改正法に基づく被監査会社(委嘱者)の承諾を得ることが考えられる。 4 監査手法・監査ツールの開発や改良に際して秘密情報を利用する場合を想定した監査約款の「守秘義務」規定の見直し 監査法人(受嘱者)が AI・デジタル技術を活用した監査手法・監査ツールを利用する場合、当該監査手法・監査ツールの開発や改良に際して被監査会社(委嘱者)の秘密情報を利用することがありうる(AIによる機械学習での被監査会社のデータ利用など)。 このため、監査手法・監査ツールの開発・改良を目的として入手した秘密情報の利用目的を明確化するために 、「Ⅲ 監査及び四半期レビュー契約書の作成例」 「2.契約書の記載内容」の「(13)守秘義務その他受領情報の取扱い」に、新たに⑧として記載例を追記している。 (了)
2021年5月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.418を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.100- 「消費税電子インボイスと事業者の生産性向上に向けた官民の取組み」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 筆者は2014年3月、欧州諸国のインボイス導入状況等の調査を目的に、英国やフランスなど各国の税制当局や会計事務所を訪問した。そこで見たのは、2013年1月のEU指令以降、急速に普及した消費税電子インボイスの状況であった。 電子インボイスは、VAT支払いのためだけでなく、調達や受発注など一連の証票と連動し、会計処理や税務処理、さらには調達システムの効率化に役立つ。そして、それらのサービスを全般的に提供する、オラクルに代表される一大産業群の存在がある。 * * * わが国でも2023年10月から、適格請求書等保存方式、つまり欧州型インボイス制度が開始する。従来の請求書などに「登録番号」「適用税率」「税率ごとの消費税額」の記載を義務付け、売手が買手に対して、正確な適用税率や消費税額等を伝える機能がある。 適格請求書(インボイス)を交付することができるのは適格請求書発行事業者(登録事業者)のみで、本年10月1日から登録事業者の申請受付が開始される。制度開始から登録事業者となるためには、23年3月末までに申請を行う必要がある。 売手である登録事業者は、買手である取引相手(課税事業者)から求められたときは、適格請求書(インボイス)を交付しなければならず、自ら適格請求書(インボイス)の写しを保存しておく必要がある。買手は仕入税額控除の適用を受けるために、取引相手(売手)である登録事業者から交付を受けた適格請求書(インボイス)の保存等が必要となる。 * * * この制度が導入されたのは、複数税率制度の下で、仕入税額控除を正確かつ効率的に行うことを可能にするためであるが、適格請求書(インボイス)を発行することにより、点々流通する過程で取引の相手方に価格転嫁がスムーズに行えるようになるというメリットがある。 わが国の事業者にとっては、インボイスの電子化を進め、バックオフィスの業務全体をデジタル化により効率的にして、業務全体の生産性の向上を図るようにしていくことが重要ではないか。 そのための取組みが、「電子インボイス推進協議会(EIPA)」(代表幹事法人:弥生株式会社)において始まっており、SAPジャパン、TKC、弥生などが参加し、電子インボイスの標準仕様策定等に向けた協議が行われている。 ホームページを見ると、「中小・小規模事業者から大企業に至るまで幅広く、容易に、かつ低コストで利用でき、加えてグローバルな取引にも対応できる仕組みとするために、準拠する標準規格としてPeppolを選定し、日本の法令や商慣習などに対応した『日本標準仕様』を策定することを決定した」と書かれている。 また、平井デジタル改革担当大臣も、「国としても一緒にやらせていただきたい。Peppolで進めていくことは大賛成」と前向きな姿勢を示し、「受発注から請求、会計、税務処理と、ものすごく生産性が上がる可能性がある。ちょうど(来年創設される)デジタル庁の初仕事になるので、フラッグシッププロジェクトとしてやらせていただく」と話したことが記されている。 * * * デジタル・ガバメント実行計画(令和2年12月25日 閣議決定)を見ると、「8.4 事業者のバックオフィス業務の効率化のための請求データ標準化」の項で、以下のように記載されている。 「デジタル敗戦」にならないためにも、電子インボイスの導入、事務効率の向上に向けて検討を急ぐ必要があるようだ。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例29】 「ガソリンスタンドに対する売掛金の減額処理の寄附金該当性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、関西で石油製品卸売業を営むA株式会社で経理部長をしております。わが社が扱っている石油製品は主としてガソリンや灯油などの民生用エネルギーであり、特約店・販売店と呼ばれる石油販売業者を通じて一般消費者に販売されます。 わが国においては、少子高齢化の進行や人口減少、若者の自動車離れといった経済構造の変動に加え、昨年来の新型コロナウイルス感染症の蔓延という現象も相まって、わが社が扱っているガソリンや灯油の需要が低迷しており、その結果として、わが社の取引先である中小規模のガソリンスタンドの多くが経営危機に陥っております。そのような状況下において、取引先のガソリンスタンドの中には、わが社に対する債務の支払いが長期間滞っているばかりでなく、後継者難等で将来的にその経営状況が改善する見込みが極めて薄い特約店・販売店も存在することから、そのような特約店については、事業の継続を断念してもらい、代わりに廃業に伴い発生する様々な資金の援助を行うようにして、わが社が被る負担を最小限に留める方策を採っております。 ところが先日受けた税務調査で、経営危機に陥っている特約店等に対する売掛金について減額処理を行ったものにつき、回収可能性が消滅したわけではない当該売掛金を一方的に減額処理したとするわが社の税務処理が問題視され、単純な費用ではなく寄附金に該当することから、全額損金に算入することはできない旨言い渡されました。 わが社が売掛金を減額処理した特約店は、いずれも深刻な経営難に陥っており、経営者が高齢化して後継者も不在であることから、将来的にも経営が改善する見込みはないのであり、そのような特約店との取引をズルズル継続することは、更なる負担増につながることが懸念されるところです。そのような判断に基づき、特約店との話し合いにより行った廃業要請に伴う売掛金の減額処理は、わが社の事業遂行上、真にやむを得ない措置であり、税務上も寄附金に該当する余地はないものと理解しております。わが社の判断に問題がないか、アドバイスをお願いします。 【A】 現在及び将来予想される石油業界の厳しい経済環境を踏まえ、主としてA社側の経営遂行上の必要性から、経営状況が思わしくなく後継者にも恵まれないことから将来性が極めて乏しい取引先である特約店等に対して、積極的に廃業を促しそのための資金援助の一環として売掛金を減額処理する今回のA社の経理及び税務処理は、そのような対応をしなければ今後さらに大きな損失を被ることが予想されるなど、客観的にみて経済合理性を有することから、その費用につき損金に計上した金額は、寄附金には該当しないものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 石油製品の流通 石油製品の流通に関しては、一般に、主として重油・ナフサなどの産業用エネルギーに関し、出光興産やENEOSといった石油元売会社(又は総合商社)から直接需要家に販売されるいわゆる「直売方式」と、ガソリンや灯油などの民生用エネルギーに関し、特約店・販売店と呼ばれる石油販売業者を通じて需要家(一般消費者)に販売される「小売方式」とに分類される。 後者の小売方式の場合、特約店・販売店は石油元売会社の系列で元売会社のブランドマーク(ENEOS等)を使用するケースと、元売会社とは異なる独自ブランド(JA、ホームセンター等)によるサービスステーションを運営するケースとがある。 〇 石油製品の流通形態 〈直売方式〉・・・主に重油、ナフサなど 〈小売方式〉・・・主にガソリン、灯油など なお、経済産業省によれば、主要な石油製品の今後の需要見通しは、以下の表の通りとなっており、今後の需要はどの製品も概ね右肩下がりの状況が続くものと見込まれている。 〇 主要な石油製品需要見通し ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 2017年度は実績、2018年度は実績見込、2019年以後の年度は見通し。 (出典) 経済産業省「2019~2023年度石油製品需要見通し(案)」(平成31年3月29日)を元に筆者作成。 (2) 売掛金の減額に係る寄附金該当性 本件は、上記(1)の流通形態のうち、ガソリン・灯油などの販売を行う小売方式のケースで、石油製品卸売業者であるA社がその取引先である特約店・販売店に対して有している売掛金につき、将来それらの特約店等の経営が好転する見込みが薄いとして、当該売掛金を減額処理した場合、当該減額処理により発生する費用が損金に算入されるのか、それとも損金算入限度額が設定されている寄附金に該当するのかという点が問題となっている。 本件については、A社がその取引先である特約店・販売店に対して行った売掛金の減額処理が、法人税基本通達9-4-1にいう「損失負担等につき相当な理由があると認められる」場合には、当該減額処理の金額は寄附金の額に該当しないこととなる。法人税基本通達9-4-1の本文では、子会社等を整理する場合において損失負担等をしたケースで、それをしなければ今後より大きな損失を蒙ることになることが明らかであると認められるため、やむを得ずそれを行ったときには寄附金には該当しないとしているが、ここでいう「子会社等」には、親子会社のような資本関係を有するケースのみならず、取引関係、人的関係、資本関係等において事業関連性を有する者が含まれる旨が、上記通達の注書きにおいて明らかにされている。したがって、本件のような取引先に対して行った売掛金の減額処理も、当該通達の適用対象となり得る。 裁判例においても、関連会社に対する売上値引きの寄附金該当性(経済的利益の無償の供与)が争われた事例で、裁判所は、債権の回収が不能であるためこれを放棄する場合、それから発生する損失を負担しなければより大きな損失を被ることが明らかであるため、やむを得ず負担を行う場合など、その経済的利益の供与が十分に首肯しうる合理的な理由がある場合には、当該経済的利益の供与は寄附金には当たらないとされている(東京高裁平成4年9月24日判決・行裁例集43巻8=9号1181頁(TAINSコード:Z192-6972)参照、なお争われた事例については寄附金とされている)。 (3) 特約店に対する売掛金の減額処理の損金性が争われた事例 本件と同様に、特約店に対する売掛金の減額処理の損金性ないし寄附金該当性が争われた裁決事例(国税不服審判所平成11年6月30日裁決(TAINSコード:J57-3-24))があるので、それを以下で確認しておきたい。 ① 事例の概要 原処分庁は、石油製品卸売業を営む法人である請求人がその特約店であるK社、L社、M社及びN社の4社に対し、平成9年3月31日に商品売上高及び消費税相当額の売掛金37,649,767円を減額した処理について、法人税法第37条(寄附金の損金不算入)第6項(本稿執筆現在は第7項)に規定する寄附金に該当すると認定し、法人税法施行令第73条(寄附金の損金算入限度額)第1項の規定により、寄附金の損金算入限度額の再計算を行い、損金算入限度額を超える37,151,895円は本件事業年度の損金の額に算入できないとして、本件法人税の更正処分を行った。 しかしながら、本件売掛金の減額処理は、請求人の経営改善策の一方策として請求人の将来の損失を少なくするためのやむを得ない事情に基づき処理したものであり、このことは、事業遂行上、真にやむを得ない費用であり、経済的利益の無償の供与の性格のものではなく、原処分庁は本件規定の適用を誤っているので、請求人がその取消しを求めたものである。 請求人が特約店に対する売掛金の減額処理を行った背景として、請求人は以下の通り説明している。 なお、審判所は本件取引に関連し、以下の事実を認定している。 ② 本件の争点 請求人がその特約店に対し、平成9年3月31日に売掛金の減額処理を行ったことが、法人税法に規定される寄附金に該当するか否か。 ③ 審判所の判断 ④ 本裁決事例からいえること 本件は、経営が悪化した取引先である特約店に対する支援の方法として、売掛金の減額処理の方法を採ったものであるが、これは実質的には債権放棄と認められる点が審判所により指摘されており、妥当な判断と考えられる。したがって本件は、経営が悪化した取引先である特約店に対する債権放棄が、経営遂行上、真にやむを得ない費用であり、客観的にみて経済的合理性を有し、社会通念上も妥当視される処理と認められるのであれば、法人税法上寄附金には該当せず、損金処理が認められることとなる。 本件において、審判所は、「経営遂行上、真にやむを得ない費用であり、客観的にみて経済的合理性を有し、社会通念上も妥当視される処理と認められる」かどうかを判断するに当たっては、「社会、経済環境をも十分に配慮した検討がなされるべきである」旨を指摘している。本件が争われた時期(平成9年3月期)よりも現在の方が石油業界を取り巻く環境はより厳しくなっているものともいえようが、本件により審判所が示した判断基準は、今後の実務の参考になるものと考えられる。 (4) 本件へのあてはめ 現在及び将来予想される石油業界の厳しい経済環境を踏まえ、主としてA社側の経営遂行上の必要性から、経営状況が思わしくなく後継者にも恵まれないことから将来性が極めて乏しい取引先である特約店等に対して、積極的に廃業を促しそのための資金援助の一環として売掛金を減額処理する今回のA社の経理及び税務処理は、そのような対応をしなければ、今後A社自身がさらに大きな損失を被ることが予想されるなど、客観的にみて経済合理性を有するといえる。 したがって、A社が売掛金の減額処理に伴う費用につき損金に計上した金額は、寄附金には該当しないものと考えられる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第6回】 「残余利益分割法を採用した場合、合算利益にロケーション・セービングの問題があるときの対応」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 残余利益分割法を採用した場合、合算利益にロケーション・セービングの問題があるときはどのように対応すべきか。 〔A〕 関連者の果たす機能、引き受けるリスク及び使用する資産などと関連する事実関係全ての分析に基づいて比較可能性を調整すべきである。 ●●●〔解説〕●●● 1 OECD移転価格ガイドラインによるアプローチ 「OECD 多国籍企業及び税務当局のための移転価格ガイドライン(2017年版)」(以下「ガイドライン」という)では、「ロケーション・セービングは、多国籍企業グループが業務の一部を、当初の業務遂行地よりもコスト(人件費、不動産コスト等)の安価な場所に移管する場合に生じる」(パラグラフ9.126)としている。多国籍企業グループが業務の一部を国外の特定の市場に移管し、その結果、組織再編後に重大なロケーション・セービングが得られる場合、当該利益を複数の関連者間でどのように配分するかについて、ガイドラインは次の検討が必要になると述べている(パラグラフ1.141)。 (※1) 井藤正俊『移転価格の実務Q&A』(清文社・2020年)243頁は、「原価低減部分を、非関連者又はサプライヤーに完全に配分されているか否かを確認します。(中略)ロケーション・セービングのメリットを販売価格に反映させ、進出市場の販売価格を低価とすることで、競合する他社との競争に打ち勝ち、市場を一気に席巻するなどの事業・価格戦略をとる場合などです」と述べている。 識別されたロケーション・セービングの利益について、顧客又はサプライヤーへ配分されず、グループ内に残された場合、機能分析により、信頼し得る比較対象取引が把握可能であれば、それを用いて独立企業間価格を算定することとなる。ガイドラインは、「信頼し得る現地市場の比較対象が存在し、独立企業間価格の算定に利用可能である場合、ロケーション・セービングのためだけの比較可能性の差異調整は特に必要ない」(パラグラフ1.142)と述べる。ただし、比較対象が存在しない場合は、「関連者の果たす機能、引受けるリスク及び使用する資産など関連する事実関係全ての分析に基づくべきである」(パラグラフ1.143)(※2)としている。 (※2) 同パラグラフは2017年版ガイドラインにて新設された。 ガイドラインは、ロケーション・セービングの利益の取扱いの具体例として、次の(1)、(2)を挙げている(パラグラフ9.128~9.131)。 (1) ロケーション・セービングの利益が国外関連者に配分されないケース (2) ロケーション・セービングの利益が国外関連者に配分され得るケース 2 裁判例 《本田技研工業事件》(※3) (※3) 第一審は、東京地裁平成26年8月28日判決(平成23年(行ウ)第164号、TAINSコード:Z264-12520)。その控訴審は東京高裁平成27年5月13日判決(平成26年(行コ)第347号、TAINSコード:Z265-12659)。いずれも判例集未登載。 前回に引き続き、残余利益分割法の適用が争われた本田技研工業事件を取り上げる。事案の概要については、前回記事を参照されたい。 (1) 判決の要旨(基本的利益の算定について) 残余利益分割法の第一段階である基本的利益の算定に際し、比較可能性のある比較対象法人を選定することが基本となるところ、処分行政庁は、マナウス税恩典利益を享受するP1社等の比較対象法人として、マナウスフリーゾーン外のサンパウロ近郊の企業(※4)を選定した。本件の第一審である東京地裁は、マナウス税恩典利益を享受していない企業は、P1社等との比較可能性を有しないと判示した(※5)。 (※4) マナウスは、ブラジル経済の中心地サンパウロから遠く離れたアマゾン川流域の都市とのことである。マナウスでは、外資誘致のため、憲法上の自由貿易地域として税恩典が講じられている。このような地域の企業とサンパウロの企業の営業利益率が同等であるべきとするのは、社会通念上相当に無理があるという見解が多い(水野忠恒・国際税務35巻3号65頁、佐藤修二・租税判例百選[第6版]143頁等)。 (※5) 本件控訴審である東京高裁平成27年5月13日判決(平成26年(行コ)第347号)も、原審判断を支持した。その後、国側が上告しなかったため、本件控訴審判決は確定した。 (2) 処分行政庁の主張について 処分行政庁は、マナウス税恩典利益が基本的利益の算定ではなく、残余利益として認識することが適当な理由として、以下の主張をした。 処分行政庁の考え方は、マナウス税恩典利益を、ロケーション・セービングによる利益として認識し、残余利益分割法の適用上、分割対象となる残余利益に含め、内国法人と国外関連者が有する無形資産の寄与の程度に応じて分割すべしというものと思われる。 しかし、東京地裁は、①マナウス税恩典利益を享受する法人は、事業規模の大小にかかわらず、そのような税恩典利益を享受できない場合と比較して、より高い営業利益率を得られることは明らか、②P1社等がマナウス税恩典利益の享受によって得た利益は、X及びP1社等の有する重要な無形資産の貢献によって初めて得られたものであるとか、X及びP1社等の有する重要な無形資産の貢献と極めて密接な関係にあるということはできない、及び③P1社等が事業規模を拡大するに当たり、X及びP1社等の有する無形資産が寄与したということはできるとしても、そうであるからといって、マナウス税恩典利益を基本的利益の算定において考慮せずに、これを残余利益として認識し、本件国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するのは、残余利益分割法の適用を誤るものというべきであるとして、いずれも処分行政庁の主張を排斥した。 (3) まとめ 本件では、残余利益分割法の適用上、マナウス税恩典利益について、事業活動を行う市場の条件に基づくものとして基本的利益として認識し、国外関連者に帰属し得るものとして捉えるべきか、あるいは、残余利益として認識し内国法人と国外関連者が有する無形資産の寄与の程度に応じて配分すべきかが問題とされ、判決では、基本的利益の算定に係る比較可能性の問題として整理されたと考えることができよう(※6)。 (※6) 本田光宏『ホンダ移転価格課税事件』税務事例(Vol.47 No.4)2015年4月号25頁参照。 (了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第4回】 「長屋等のつながっている建物における判断(後編)」 ~ケーススタディ~ 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 問 題 父親所有の土地(面積200㎡)の上に、二世帯住宅があり、父母世帯と長男世帯がそれぞれ別個の独立部分に居住し、家賃や地代の支払はなしとします。父親が死亡した場合に土地と建物をすべて長男が相続し、相続税の申告期限まで居住し所有する時、小規模宅地等の特例はどのようになりますか。なお、母親は存命で長男は「家なき子」ではないとします。 回 答 次のように場合分けし、下記国税庁タックスアンサーの表の左側から適用の有無を考察します。なお、特に記述がない場合、建物内部で行き来できないものとします。 考 察 * * * ◎特定居住用宅地等の要件(3の経過措置除く) (注1) 「被相続人の居住の用に供されていた宅地等」が、被相続人の居住の用に供されていた一棟の建物(区分所有建物である旨の登記がされている建物を除きます。)の敷地の用に供されていたものである場合には、その敷地の用に供されていた宅地等のうち被相続人の親族の居住の用に供されていた部分(上記〔特定居住用宅地等の要件〕区分②に該当する部分を除きます。)を含みます。 (注2) 「被相続人の居住の用に供されていた一棟の建物に居住していた親族」とは、次の(1)又は(2)のいずれに該当するかに応じ、それぞれの部分に居住していた親族のことをいいます。 (1) 被相続人の居住の用に供されていた一棟の建物が、区分所有建物である旨の登記がされている場合 被相続人の居住の用に供されていた部分 (2) (1)以外の建物である場合 被相続人又は被相続人の親族の居住の用に供されていた部分 * * * (※) 国税庁タックスアンサー「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」より抜粋し、筆者一部改変。 (了)
〔Q&Aで解消〕 診療所における税務の疑問 【第6回】 「医療法人所有不動産の固定資産税の非課税・減免制度」 税理士法人赤津総合会計 税理士・医業経営コンサルタント 赤津 剛史 【Q】 医療法人が所有する不動産には固定資産税がかからないものがあると聞きました。その内容について教えてください。 【A】 医療法人が所有する不動産のうち固定資産税が非課税となるものは、地方税法第348条第2項に規定されています。また、自治体によっては、診療所建物に独自の減免制度を設けている場合もあります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● ① 固定資産税が非課税となるもの 医療法人が所有する不動産で下記の用に供されるものは非課税とされます。 ② 固定資産税が減免されるもの 地方税法では定めがないものの、自治体が独自に減免制度を設けている場合があります。例えば、東京都では、「保険医療機関が診療の用に供する家屋」については、固定資産税の減免を受けることができます(※)。 (※) 東京都主税局ホームページ参照。 固定資産税の「非課税」や「減免」の適用を受けるためには、申請が必要となります。該当の可能性がある不動産を取得する際は、申請方法を確認することが重要です。 ③ 生産性向上特別措置法に基づく固定資産税の減免適用対象者 上記①、②以外にも、生産性向上特別措置法に基づき「先端設備導入計画」の認定を受けた設備は、固定資産税の課税標準を取得後3年間ゼロとする特例規定があります。この適用については、診療所を経営する個人医師は対象となります。一方、医療法人は対象外となりますので注意が必要です。 先端整備等導入計画の認定を受けられる中小企業者は、一定の要件を満たす会社及び個人事業者等です。中小企業者の範囲は中小企業等経営強化法第2条第1項に基づきます。当該条項に該当しない、「一般社団法人」「一般財団法人」「医療法人」」「社会福祉法人」「NPO法人」「農業協同組合」「農事組合法人」「森林組合」「漁業組合」などは、認定対象となりません。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第28回】 「譲渡時に居住している家屋が親族の所有である場合」 -生計を一にする親族の居住用家屋の譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、大阪にあるX所有の家屋に妻Y及び子Zと一緒に居住していました。5年前、東京本社へ転勤となったためYと共に東京のYの父親名義の家屋へ転居して、大阪にある家屋にはZだけが居住し、Zは大阪にある大学にその家屋から通学していました。 本年3月、Zは大学を卒業して東京の会社に就職したことから、同年4月に大阪の家屋を売却したところ多額の譲渡損失が発生し、Xが銀行に住宅ローンを組んで東京に新居を購入、現在、妻子と共に住んでいます。 他の適用要件が具備されている場合に、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 譲渡資産であるその所有する家屋が、措通31の3-2(居住用家屋の範囲)に定める家屋に該当しない場合であっても、措通31の3-6(生計を一にする親族の居住の用に供している家屋)に定める全ての要件を満たしているときは、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができることとされています(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 そして、措通31の3-6(4)において、その所有者の居住の用に供している家屋は、その所有者の所有する家屋でないこととされています。 したがって、本事例の場合、譲渡物件の所有者であるXは、譲渡時において居住している家屋が妻Yの父親名義であることから、つまり、譲渡者が現に居住の用に供している家屋が譲渡者自身の所有に係るものでないことから、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第87回】 「業務委託に関する契約書②(市場調査業務委託契約書)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は服飾会社です。〇〇製品に係る市場の状況の調査について、〇〇データ株式会社に委託することとし、下記の契約書を作成する予定ですが、印紙税の取扱いはどうなりますか。 第2号文書(請負に関する契約書)に該当する。 [検討] 請負契約に該当する判断 事例における「市場調査業務委託契約書」は、製品の販売にともなって、その製品に関する市場における調査分析を委託する契約であるが、第2条において、調査結果について、報告書及び販売戦略企画書を作成し、その成果物に対して報酬が支払われることとされている。このことから、仕事の完成を目的としており、請負契約に該当すると判断される。 ▷まとめ 市場調査の実施のみを目的とする場合は、一般的には準委任契約に該当することとなる。しかし、単なる市場調査の実施のみだけでなく、調査結果を、報告書及び販売戦略企画書に取りまとめて提出させることとされ、その成果物をもって報酬を支払うこととされるため、仕事の完成を目的とし、請負契約と判断される。 ただし、委任契約においても、受任者には委任者の請求がある場合又は委任終了後にもその報告をすることを要することとされている(民法645条)。単に結果の報告があるからといって、すべて請負契約に該当するとは限らない。 このような一定の調査分析を委託する契約は、契約条項の内容により、事例のような請負契約と判断される場合がある。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第14回】 「他人事ではいけない調査の心得」 ~調査機関の会計的視点編~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの調査機関の会計的視点を売り手の実態把握に活かす。 売り手企業 ⇒M&Aの調査で特に見られている取引や調査機関の会計的視点を知る。 支援機関(第三者) ⇒M&Aの調査機関による会計的視点を知ってM&Aの助言と支援に活かす。 その他の対象者 ⇒M&A調査のポイントを通じて対象企業の見方・見られ方のヒントにする。 1 調査で重視する時間軸と評価軸 調査機関が売り手企業に対して実施する調査は、主に財務の視点から売り手の実態把握に努める財務デューデリジェンス(財務DD)という方法が多くとられます。では、財務につながるすべての事項をくまなく調べているかというと、そうとは限りません。通常、調査には時間や人手の制約があるので、何を重視して、何を優先するかの方針を調査機関側であらかじめ決めてから臨む場合が多くなっています。 このとき、重視する項目や優先度合を考えるために欠かせないのが時間軸と評価軸です。時間軸や評価軸の影響を受けやすい勘定科目や取引については、調査機関がより重点的に調査を行います。 (1) 時間軸 時間軸とは、ある取引の会計(経理)処理をする上で早く計上するか遅く計上するかの計上時期を表します。本来計上すべき年月日よりも早く計上しているか遅く計上している場合、正しい年月日に会計処理を修正する必要があります。 時間軸が関係する取引は、収益や費用の計上時期といったP/Lの数値に影響する取引で多く見られ、中小企業M&Aの調査の過程では、修正しなければならない取引として、多く指摘されるものの1つです。このケースで会計処理の修正を伴う取引の中には、うっかりによるミスだけでなく、ごく稀に意図的ではないかと疑われるものも含まれます。 調査“時点”の売り手の実態把握が財務DDの主な目的なので、日付が正確に記録されているかどうかは調査機関にとっての重大な関心事であり、「誤りが多い場合」や「多額の誤りがある場合」、「意図的に計上時期を歪めている場合」は、調査機関や買い手の心証を害する恐れがあります。 調査で計上時期を疑うケースは比較的期末日前後の取引に集中しやすいので、売り手としては、毎年の決算期末日前後の取引については、特に意識して正しい時期に会計処理をするよう気を付けたいものです。 加えて、経過勘定といわれる前払費用、未収収益、前受収益、未払費用といった主に決算整理で使用されるこれらの勘定科目については、毎期、計上漏れや誤りがないかどうかを確認します。 (2) 評価軸 上記(1)の時間軸に比べて、評価軸は、売り手の会計処理自体は誤っているわけではないけれど、調査時点の売り手の実態を数値でよりリアルに表現する必要性から帳簿価額(簿価)を修正する場合が多い性質のものです。売掛金や未収入金について相手先からの代金回収が確実といえない場合に、引当金を積むほどではないので取引時点の簿価のまま計上していたが、調査機関としては回収が不確実な金額を織り込んで、より保守的に損失とみなして修正するようなケースが想定されます。 この軸に該当する取引(勘定科目)としては、ほかにも次のようなケースが想定されます。主にB/Sの資産の部に計上する勘定科目がこの軸の中心になります。 【評価軸に該当する取引(勘定科目)と想定されるケース】 ◆在庫(原材料、仕掛品、商品・製品など) 陳腐化、型落ち、季節外れ、規格変更などの理由で簿価ほどの売値にならない場合に評価損とみなす場合があります。 ◆有価証券・ゴルフ会員権・デリバティブ取引(金融機関に勧められた金利スワップやオプション取引など) 市場価額、実質価額(投資・出資先の1株当たり純資産額)の含み損益を加味した評価額とする場合や、50%以上時価が下落している有価証券に損失があるとみなす場合があります。 ◆貸付金・立替金 長期の未回収や回収が滞っている相手先からの回収が困難なものと判断して損失とみなす場合があります。 ◆預け金・入会金・保証金・出資金・電話加入権 契約書記載の内容や契約実態などから返還予定がないと考えられる取引については、回収されない(換金しがたい)資産と考え、損失とみなす場合があります。 ◆不動産(主に土地・建物) 不動産鑑定評価額、公示価格(相続税路線価などにより把握する場合も含む)、近隣の売買事例による取引価格、固定資産税評価額などの把握を通じて、現在の価額が簿価を上回る又は下回る場合に含み損益を加味した評価額とする場合があります。調査の多くの場合で、含み損=評価損の有無に着目します。 ◆償却資産(減価償却を行う有形固定資産など) 減価償却費の不足又は超過があると考えられる場合に簿価を修正(加減算)する場合があります。 ◆保険積立金 解約返戻金の額などについて、保険会社を通じて確認した結果を踏まえて帳簿価額を修正する場合があります。 (3) 引当金 将来予想される損失や発生しそうな費用の金額を現時点で見積もっておくための引当金について、会計のルール(会計基準など)を踏まえた会計処理を行い、M&Aの調査時点での売り手の実態を表すために反映させる場合があります。 中小企業のM&Aの調査過程で修正がよく見られる引当金の種類は、「賞与引当金」「退職給付引当金」「役員退職慰労引当金」です。帳簿上これらの引当金を計上していない場合が多いですが、過去に役員・従業員に対する賞与や退職金の支払い実績がある、あるいは、今後の支払い予定があるとき、近い将来において会社から支払われる賞与や退職金の予定金額を合理的に見積もることができる場合には、これらの引当金を調査上の必要性から計上する場合があります。 2 「あるのにない」「ないのにある」ように見せる会計処理は論外 取引がないのに架空の取引を装って会計処理がされている(決算書に計上する)ケース、取引があるのに会計処理を避ける(決算書に計上しない)ケースを稀に見かけます。いずれもM&A以前の問題ですから当然にタブーですし、このような取引が発覚すると、買い手の信用はおろか、取引金融機関からの信頼まで失います。M&Aの調査にあたって売り手は過不足なく、すべての取引が網羅的に会計処理を通じて決算書に計上されていて、計上している取引はすべて実在するものであると確証を得られるようにするための普段の心がけが肝心です。 調査機関からすれば、決算書に計上されている取引であれば調査を通じて誤りの発見が可能ですが、計上されていない取引の発見は難しく、過去の資料などを手掛かりに地道な調査を行うしかありません。それだけに発見や発覚による影響は大きく、M&Aの成立にも影響します。 (了)