〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第86回】 「業務委託に関する契約書①(臨床試験業務委託契約書)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は食品会社です。ある食品の臨床試験を委託するにあたり、下記の「臨床試験業務委託契約書」を作成しようと思いますが、印紙税法上の課税文書に該当しますか。 委任に関する契約書に該当し、課税文書には該当しない。 [検討] 請負契約と委任契約の違い (1) 請負契約とは 請負契約とは、当事者の一方が仕事の完成を約し、相手方が仕事の完成に対して報酬を支払うことを約する契約である。ここでいう仕事とは、有形的な結果に限られることなく無形的な結果を目的とするものも含むとされている。 仕事の完成と報酬の支払いが対価関係に基づくものであることから、労務の供給に対してまったく報酬が支払われないものは請負には該当せず、おおむね委任に該当する。 (2) 委任契約とは 委任は雇用、請負とともに、労務供給契約の一種であるとされている。そのなかで、雇用は労務の供給自体が契約の目的であるのに対して、委任における労務の供給は、事務処理の手段である。 したがって、請負は仕事の完成が目的であるのに対して、委任は一定の目的に従って事務を処理すること自体が目的であって、必ずしも仕事の完成を求めてはいない。 このことから事例の場合、請負ではなく委任に該当する。 ▷まとめ 臨床試験の委託は、受託者の知識経験に基づく検査内容を期待するものであり、仕事の完成を目的とするものではないため請負契約に該当せず、委任契約であることから、課税文書には該当しない。 委任契約においても、受任者には委任者の請求がある場合又は委任終了後にもその報告をすることを要することとされている(民法645条)。単に結果の報告があるからといって、すべて請負契約に該当するとは限らない。 ただし、試験結果報告書の作成、提出という仕事の完成に重きを置き、これに対して、報酬を支払うこととされている契約書は、請負契約書(第2号文書)に該当するものと思われる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第5回】 「複数の取引を一の取引として独立企業間価格を算定できる場合」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 複数の取引を一の取引として独立企業間価格を算定できるのはどのような場合か。 〔A〕 複数の取引が、その目的、取引内容、取引数量等からみて、一体として行われている場合には、複数の取引を一の取引として独立企業間価格の算定を行うことが合理的である。 ●●●〔解説〕●●● 1 取引単位の考え方 措置法通達66の4(4)-1《取引単位》は、独立企業間価格の算定は、原則として、個別の取引ごとに行うのであるが、複数の取引を一の取引として独立企業間価格を算定することができる場合として、次の2つを挙げている。 また、「OECD 多国籍企業及び税務当局のための移転価格ガイドライン(2017年版)」は、移転価格の検証対象となる取引単位について以下のように述べており、その趣旨は措置法通達66の4(4)-1と同様と解される。 2 裁判例 本稿では、複数ある取引について、一の取引として独立企業間価格を算定することが合理的であると判示された2つの裁判例を取り上げる。 《本田技研工業事件》(※1) (※1) 第一審は、東京地裁平成26年8月28日判決(平成23年(行ウ)第164号、TAINSコード:Z264-12520)。その控訴審は東京高裁平成27年5月13日判決(平成26年(行コ)第347号、TAINSコード:Z265-12659)。いずれも判例集未登載。 (1) 事件の概要 自動二輪車等の製造及び販売を主たる事業とする内国法人X(原告・被控訴人)は、ブラジルのアマゾナス州に設置されたマナウスフリーゾーンで自動二輪車等の製造及び販売事業を行うP1社及びその子会社(P5社及びP6社)との間で、自動二輪車の部品等の販売及び技術支援の役務提供取引(本件国外関連取引)を行い、それによって支払いを受けた対価の額を収益の額に算入して法人税の確定申告を行ったところ、処分行政庁は、かかる対価の額が、措置法66条の4第2項及び同法施行令39条の12第8項(いずれも当時)に定める「残余利益分割法」により算定した独立企業間価格に満たないとして更正処分を行ったところ、Xがその一部又は全部の取り消しを求めた事案(※2)である。 (※2) 本事件における主要な争点は、Xの間接子会社であるP1社等がマナウスフリーゾーンで事業活動を行うことにより、税制上の恩典を享受して多額の利益を得ていたことについて、独立企業間価格の算定上その影響をどのように反映させるかにあった。この争点は重要であり別稿で取り上げることとする。 (2) 判決の要旨(取引単位について) 本件の第一審である東京地裁は、「本件国外関連取引は、原告XとP1社との間の自動二輪車の組み立て部品の販売取引を主要部分として、付随的に、XとP1社等との間の完成自動二輪車の販売取引、自動二輪車の補修部品の販売取引、自動二輪車の製造設備等の販売取引、技術支援の役務提供取引及び無形資産の使用に係る取引を組み合わせて構成され、P5社及びP6社との取引を含めて一体として行われたものであるものであるということができる」と判示し、複数の取引を一の取引として独立企業間価格の算定を行うことが合理的であるとするとともに、「OECD 多国籍企業及び税務当局のための移転価格ガイドライン(2017年版)」でも示された、別の関連者を経由する取引についても、全体の一部として検討する方がより適切であるとした。 《上村工業事件》 (1) 事件の概要 本連載【第3回】を参照されたい。 (2) 判決の要旨(取引単位について) 本件の第一審である東京地裁は、「めっき薬品の特徴や原告グループの事業内容等を前提とすれば、原告とその国外関連者との間の取引においては、原告から個別のめっき薬品についての製造ノウハウ等が示されるだけでは不十分であり、一定の品揃えを伴った複数のめっき薬品に関する製法、使用、管理等のノウハウが包括的に開示されるとともに、顧客先への対応に必要となる技術訓練や技術者の派遣等の役務提供が不可分一体のものとして行われる必要があるものと解される。本件国外関連取引についても、このようなパッケージとしての取引と見て初めて、その価値を適切に把握できるものというべきであり、これを許諾製品(めっき薬品)ごとに個別に分解して検討するのでは、その取引の価値を十分に把握することができないというべきである」と判示して、原告の主張を排斥し、本件国外関連取引を一体の取引として選定すべきであるとした。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第23回】 「「生計を一にしているもの」の意義」 -生計を一にする親族の居住用家屋の譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q 譲渡した居住用資産の譲受者が、特殊関係者であるかどうかを判定する場合の「生計を一にしているもの」という意味はどのようなものでしょうか。 A 「生計を一にしているもの」の意味は、所得税基本通達に定めるところによります。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」の第7項に規定する譲渡者個人と特殊関係がある譲受者の範囲については、租税特別措置法施行令第26条の7第3項各号に掲げる者と規定されており、その2号から5号に係る「生計を一にしているもの」の意味は、所得税基本通達2-47(生計を一にするの意義)に定めるところによります。 当該通達2-47(生計を一にするの意義)における「生計を一にする」とは、必ずしも一方が他方を扶養する関係にあることをいうものではなく、また、必ずしも同居していることを要するものでもありません。 〔参考〕 所得税基本通達 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第1回】 「収益認識会計基準の概要と適用範囲」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号、以下「収益認識会計基準」という)及び「収益認識に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第30号、以下「収益認識適用指針」という)は、2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用される。 収益認識会計基準は、収益認識に関する詳細な規定が設けられており、また、抽象的な表現も見られることから、実務への適用に際しては、十分な理解が必要となる。 本シリ-ズは、収益認識会計基準に関して、実務への適用を踏まえつつ、その理解に資するように解説を行うものである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 概要 収益認識会計基準の主な構成は次のようになっており、収益認識適用指針には設例が付されている。 通常、会計基準を読むときは、目次の順番にしたがって、各規定を読みつつ、その根拠となった「結論の背景」を読みながら理解を深めることが多いと思われる。 しかしながら、収益認識会計基準の規定には、抽象的な表現も見られ、実務に適用しようとする際に、理解しづらい部分があると思われる。 そこで、ただちに収益認識会計基準の本文を最初から読むのではなく、まず、収益認識適用指針の設例を読み、ある程度のイメージをもってから、次に、収益認識会計基準及び収益認識適用指針の本文を読むという方法が考えられる。 また、収益認識会計基準の「開発にあたっての基本的な方針」として、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の定めを基本的にすべて取り入れていることから(収益認識会計基準97項、98項)、収益認識会計基準を理解し実務に適用する際に、IFRS第15号の規定を参考にすることが考えられる。 Ⅲ 適用範囲 1 顧客との契約から生じる収益 収益認識会計基準は、次の①から⑦を除いて、顧客との契約から生じる収益に関する会計処理及び開示に適用される(収益認識会計基準3項)。 このため、顧客との契約の一部が上記の①から⑦に該当する場合には、①から⑦に適用される方法で処理する額を除いた取引価格について、収益認識会計基準を適用するので、顧客との取引を検討する際に注意が必要である。 また、関連する取引が「資金決済法における仮想通貨の会計処理等に関する当面の取扱い」(実務対応報告第38号)の範囲に含まれる場合には、これに従って会計処理することになり、そうでない場合には、関連する会計基準等の定めが明らかではない場合として、企業が会計方針を定めることになる(収益認識会計基準108項-2)。 「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号)は、関連する会計基準等の定めが明らかでない場合とは、特定の会計事象等に対して適用し得る具体的な会計基準等の定めが存在しない場合をいうと定義している(4-3項)。 2 「顧客」と「契約」 収益認識会計基準で取り扱う範囲は、IFRS 第15号と同様に、顧客との契約から生じる収益である(収益認識会計基準102項)。 このため、顧客との契約から生じるものではない取引又は事象から生じる収益は、収益認識会計基準の対象とならない(収益認識会計基準102項)。 収益認識会計基準は、「顧客」と「契約」を次のように定義しており、当該定義を満たすかどうかの判断が重要になると考えられる(収益認識会計基準5項、6項)。 3 同業他社との商品又は製品の交換取引 顧客又は潜在的な顧客への販売を容易にするために、同業他社との商品又は製品の交換取引が行われることがある。 当該取引において、商品又は製品を交換する同業他社は、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットを獲得するために企業と契約しているため、顧客の定義に該当するが、IFRS 第15号と同様に、収益認識会計基準の適用範囲に含めないこととされた(収益認識会計基準3項(4)、106項)。 IFRS 第15号では、同業他社との棚卸資産の交換について収益を認識し、その後で再び最終顧客に対する棚卸資産の販売について収益を認識すると、収益及び費用を二重に計上することになり、財務諸表利用者が企業による履行及び粗利益を評価することが困難となるため適切ではないとされている(収益認識会計基準106項)。 わが国においては、棚卸資産の交換取引に関する会計処理の定めが明示されていないが、IFRS 第15号と同様に、同業他社との棚卸資産の交換について収益を認識することは適切ではないと考えられる(収益認識会計基準106項)。 4 固定資産の売却 IFRSでは、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットではない固定資産の売却について、IFRS 第15号と同様の収益の認識を行うようIAS 第16号「有形固定資産」が改正されている。 一方、収益認識会計基準では、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットではない固定資産の売却については、論点が異なり得るため改正の範囲に含めておらず、収益認識会計基準の適用範囲に含まれないとされた(収益認識会計基準108項)。 また、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットとなる不動産の売却は、収益認識会計基準の適用範囲に含まれるが、当該不動産の売却のうち、不動産流動化実務指針の対象となる不動産(不動産信託受益権を含む)の譲渡に係る会計処理は、連結の範囲等の検討と関連するため、収益認識会計基準の適用範囲から除外している(収益認識会計基準3項(6))。 5 契約コスト 収益認識会計基準では、棚卸資産や固定資産等、コストの資産化等の定めがIFRSの体系とは異なるため、IFRS 第15号における契約コスト(契約獲得の増分コスト及び契約を履行するためのコスト)の定めを範囲に含めていない(収益認識会計基準109項)。 なお、IFRS又は米国会計基準を連結財務諸表に適用している企業の取扱いに注意する(収益認識会計基準109項)。 6 提携契約に基づく共同研究開発等 前述のとおり、収益認識会計基準は、顧客との契約から生じる収益に関する会計処理及び開示に適用される(収益認識会計基準3項)。 このため、例えば、企業の通常の営業活動により生じたアウトプットである財又はサービスを獲得するためではなく、リスクと便益を契約当事者で共有する活動又はプロセス(提携契約に基づく共同研究開発等)に参加するために企業と契約を締結する当該契約の相手方は、顧客ではなく、当該契約に収益認識会計基準は適用されないことになる(収益認識会計基準111項)。 なお、顧客の定義は前述のとおりである(収益認識会計基準6項)。 7 工事契約 収益認識会計基準は、工事契約について、「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)における定義を踏襲している(収益認識会計基準13項、112項)。 なお、請負契約ではあってももっぱらサービスの提供を目的とする契約や、外形上は工事契約に類似する契約であっても、工事に係る労働サービスの提供そのものを目的とするような契約は、「工事契約に関する会計基準」と同様に、工事契約に含まれない(収益認識会計基準112項)。 8 受注制作のソフトウェア 収益認識会計基準は、受注制作のソフトウェアの範囲について、「工事契約に関する会計基準」と同様に、「研究開発費等に係る会計基準」(企業会計審議会)及び「ソフトウェア取引の収益の会計処理に関する実務上の取扱い」(実務対応報告第17号)を踏襲している(収益認識会計基準14項、113項)。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第13回】 「他人事ではいけない調査の心得」 ~調査機関の思考編~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの調査を効果的に活かすための買い手にとっての心得を知る。 売り手企業 ⇒M&Aの調査ではどこを見られているのかポイントを知る。 支援機関(第三者) ⇒M&Aの調査機関の思考を知ってM&Aの助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒M&A調査の視点を通じて対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。 1 調査は売り手の状況を教えてくれる 【第12回】の手順を踏んだ事前準備段階を終えると、通常、中小企業M&Aでは財務デューデリジェンス(【第12回】「他人事ではいけない調査の心得」~資料準備編~参照)を中心とする売り手企業での現地調査の段階に進みます。最近では調査に必要な資料のデータ管理を前提にリモート環境での調査が進んでいますが、中小企業の特性を考慮すると、過去の資料の管理は依然としてペーパーを頼りにしている場合が多いため、本稿では売り手企業に直接行って調査を行う想定で説明します。 調査では、事前に依頼した資料の閲覧や売り手企業へのインタビュー・質問を通じて、売り手の調査時点での実態を把握しますが、調査の過程で売り手の状況に気づかされることは多いものです。 そこで、今回は、調査実施段階における売り手企業から得られる情報源に着目して、主に調査機関の考え方を通じて売り手企業の見方・見られ方を解説します。 2 調査機関は売り手をどう見ているか 中小企業M&Aの多くの機会で実施される財務デューデリジェンスでは、数日間にわたって調査を実施する機関が、売り手に関する資料を読み、売り手に対して質問を行い、PCなどを使って作業結果らしき内容を入力する様子が確認できます。 ところが、その様子からは調査の詳細まで把握できるわけではありませんので、調査機関はいったい何をしていて、売り手のどこを見ているかなど、買い手も売り手も共に気になるはずです。調査機関がどのような考え方で調査を行っているかを知るのは、買い手・売り手双方にとって、また、調査機関以外の支援機関にとっても有益ですから、現場で何が行われようとしているか想像しながら、今後の参考にしてください。 (1) 主要部署とキーパーソン 調査機関は、調査をスムーズに行うために、この部署に確認すれば、この人に確認すれば大体の検討がつく存在を求めています。必ずというわけではありませんが、売り手、特にトップは調査に際して(少しでもよく見せようと、見られようと)飾るものです。そのような中で、包み隠さずに売り手の状況を本音で伝えてくれる存在は調査機関に重宝されます。 調査の過程では、良い面も悪い面も洗い出し、あるがままの状態を知るために、一例ですが次のような切り口の質問を通じて、調査内容を補強する場合や、追加資料の閲覧につなげるための手がかりを得る場合があります。 (2) 現場の視察 資料と現場の状況との相違や差異は、実務上よくみられるものです。調査結果に正確な情報を反映するために、調査機関は入手資料の情報を頭に入れたうえで、現場(本社、工場、倉庫など)の視察を積極的に行います。現場の視察では、たとえば次のような事項を観察しています。 (3) 勘定科目 調査機関が扱う主要なテーマの1つである財務デューデリジェンスでは、基本的に入手する決算に関係する資料を通じて、財務的な見地から会社の実態把握を行います。調査機関は通常複数名のチームで調査を実施し、チームメンバーは勘定科目単位で調査を担当します。 たとえば、現金・預金と固定資産はAさん、借入金はBさん、売掛金・買掛金はCさんという具合です。ここでは勘定科目ごとの詳細については触れませんが、各担当者が勘定科目に関する資料を閲覧する、あるいは、売り手の担当者に質問する際にどのような考え方や方針をもって調べているかを一例として挙げておきます。 3 普段の心がけがM&Aを成功に導く M&Aの調査時点において、売り手が完璧と思われる必要はありません。それよりも、あるがままの状態を見せてくれているかどうかといった真実性や誠実性の方が重要で、調査機関には着飾る様子がばれていると思って割り切った方がよさそうです。 しかし、「何も対策をせずにM&Aの調査を迎えても心配ないさ」と思ってよいほど甘いものでもありません。相手が売り手のすべてを見ようとする以上、知りたいと思う以上、時間はかかりますが、できる限り普段から、いつこのような日を迎えてもよいように備えるしかありません。 普段の心がけ次第でM&Aの成否が変わるなら、買い手・売り手のいずれに回っても対応できるように、調査機関がどのような考え方で売り手を見ているかの視点をヒントにして、今から行動に変える習慣を持つのは決して無駄ではないように思います。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第38回】 「3連続ゼロ(000)に要注意」 公認会計士 石王丸 周夫 1 単純な入力ミスでは済まない 計算書類にはうっかりミスがつきものです。 実際、こんなミスが起きています。 【事例38-1】 数字の下3桁を誤って入力している。 (出所) 株式会社スプリックス「第24期定時株主総会招集ご通知」 【事例38-1】は単純な入力ミスでした。 下3桁が間違っていただけですね。 この事例の会社は、【事例38-1】を含む「第24期定時株主総会招集ご通知」を公表した翌日に一部訂正を行っています。このようなミスが起きてしまうのはやむを得ないことなので、判明すれば速やかに訂正するということで対処するしかないのかもしれません。 しかし、原因が単純でも、重大なミスです。決算書本表(注記ではなく)のミスである上に、第三者が見てもはっきりわかってしまうミスだからです。やはり、外部に公表される前に社内で何とか発見しておきたかったでしょう。 2 株主資本等変動計算書は計算チェック箇所が多くて面倒 このミスを事前に発見することは、決して難しいことではありません。計算チェックを行えばすぐにわかることです。むしろ、なぜこのミスが発見されずに公表に至ってしまったのかと思えるほどです。 発見のチャンスは何度もあったと考えられます。たとえば以下のとおりです。 これらのうちいずれか1回でも計算チェックが行われていれば、発見されているはずです。しかし、発見されなかったということは、いずれの計算チェックも行われなかったのか、あるいは何か別の原因でミスが直されずに進んでしまったということでしょうが、本当のところは外部からはわかりません。 この事例に限らず、株主資本等変動計算書というのは、計算チェックすべき箇所が貸借対照表や損益計算書に比べて多いため、計算チェックという作業自体が面倒なのは確かです。株主資本等変動計算書はマトリクス形式の表になっているので、縦も横も計算チェックしなければならず、チェックに手間がかかるのです。【事例38-1】でミスを見逃してしまったのは、そうした理由もあるのかもしれません。 3 「000」の異常性に気がつけばよい では、どうすれば確実にこのミスを発見できるのでしょうか。 「とにかく頑張って計算チェックしろ」というのが原則ではあるのですが、今回の事例に関しては、別の方法もないわけではありません。計算チェックとは別の観点からチェックをするのです。注目したいのは「数字の異常性」であり、この例でいえば、0が3つ並んでいる点です。 【事例38-1】で間違っていた数字は、「1,168,000」でした。決算書に出てくる数字で、下3桁が0というケースは決して多くはありません。 特にこの事例の「1,168,000」は、この会社の「当期純利益」にあたる数字ですが、「当期純利益」は、複数の項目の数字の集計値(差引含む)として出された数字であり、下3桁が0になることは珍しいです。 ちなみに、この事例が載っている定時株主総会招集通知に収録されている6つの決算書(連結貸借対照表、連結損益計算書、連結株主資本等変動計算書、貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書)について調べてみたところ、下3桁が「000」となっている項目は以下の2つだけでした。 このうち関係会社株式については、残高が丸い(切りのいい)数字というのはよくあることです。出資が丸い数字でなされることは普通だからです。それに対して、当期純利益が丸い数字というのは、「おやっ」と思えるのではないでしょうか。 したがって、下3桁が「000」のように異常がみられる項目を探し、それが見つかった場合は、項目の性質を考えて確認してあげればよいのです。そのようなチェックを行えば、今回のようなミスを発見することができます。 また、それを誰がやるかということも重要です。 先ほど列挙した計算チェックを実施すべき人とは別の人がやるべきでしょう。たとえば監査法人であれば、主査や社員、審査担当者といった人たちが考えられます。 もちろん、後からでなら何とでもいえるので、第三者が立ち入ったことを述べるべきではありませんが、一般論として、作成者と異なる視点から別のものがチェックをするという仕組みを意識することは、覚えておきたいポイントです。 〈今回のまとめ〉 作成者と異なる視点から別のものがチェックすることが大切です。 (連載了)
空き家をめぐる法律問題 【事例33】 「無道路地にある空き家と通行権の問題」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私には、相続によって取得した空き家がありますが、その空き家は、かつては通路があったようですが、今では周囲を他の所有者の土地に囲まれ、公道に接続していない状況になっています。 建物も老朽化しており、周囲への悪影響を避けるために取壊しや売却を検討していますが、公道に接続していないため売却することは難しいといわれています。隣地に通路があれば売却しやすくなると思うのですが、通路を設定する方法はありますか。 1 はじめに 数次の相続が発生し、管理が適切に行われていない土地の中には、時間の経過の中で、周囲を土地に囲まれ、公道に接続していない土地(以下「袋地」という)になっているものもある。そのため、袋地の所有者が再築や売却を試みようとしても、公道に接続していないため、建物を再築できない、売却できないといった様々な不利益が生じる。これらの不利益を回避するために、袋地の所有者としては公道への接続を試みることになる。 そこで、今回は、無道路地になった空き家に関する通行権の問題を取り上げることにしたい。 2 通行権の種類 袋地の所有者が公道に出るためには、正当な権原をもって他人の土地を通行する必要がある。そのための方法として、①通行地役権を設定する方法、②債権的通行権(賃貸借契約等)を設定する方法、③囲繞地いにょうち通行権を設定する方法の3種類が考えられる。 通行権の設定は、現在の当事者間で改めて合意を締結できる場合や、過去の合意に関する資料がある場合には、問題になることは比較的少ないと思われるが、数次の相続が発生した土地のように、隣接する土地の所有者間に面識等がなく、当時の事実関係も明らかではない場合には、過去に何らかの合意があったとしても立証上の問題が残ることになる。 合意を立証できない場合、袋地の所有者が隣地の賃借権や、地役権の取得時効の主張をすることも考えられる。賃借権の取得時効が認められるためには、賃借の意思に基づいて不動産を使用収益し、その使用収益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されていることが要件となり(最判昭和43年10月8日民集22-10-2154)、そのためには賃料を継続して支払っていることが必要となる。しかしながら、管理が放棄されたような事案においては、賃料が支払われていないこともあり、このような場合には賃借権の取得時効は認められないことになる。 また、地役権の取得時効についても、地役権が継続的に行使されており、そのことが外形上認識できることが要件となる(民法第283条)。そのためには隣地に通路を開設して利用していることが必要となるが、外形上、通路すら確認できないような場合もあり、地役権の取得時効が認められないことも少なからずあるように思われる。 3 囲繞地通行権と建築基準法との関係 地役権や債権的合意による通行権を主張立証できない場合には、囲繞地通行権を主張できないかを検討することになる。 囲繞地通行権とは、袋地の所有者が公道まで囲繞地を通行する法定上の通行権(民法第210条)である。この権利は、隣接する土地の利用の調整を目的として、特定の土地がその利用に関する往来通行について、袋地に当たる場合に、囲繞地の所有者に袋地の所有者が囲繞地を通行することを受忍させる義務を課し、これによって袋地の効用を全うさせようとするものである。 これによって、袋地の所有者は、必要最小限の範囲で囲繞地を利用することができる反面、囲繞地の所有者に対して償金を支払う義務を負うことになる。なお、ここでいう袋地は、必ず袋地の周囲が全て他の所有者の土地で囲まれている必要まではなく、公道に接続する通路が存在する場合でも、当該土地の利用のために不十分と判断されるようなときには、当該土地を袋地として評価して囲繞地通行権が認められるような場合もある。 問題は、袋地の所有者が空き家を建て替えるような場合に、どの程度の範囲で囲繞地通行権が認められるかである。換言すれば、建築基準法に規定される次の接道条件を満たす囲繞地通行権は認められるかということである。 建築基準法は、昭和25年11月23日に施行された法律であり、道路と敷地との関係について、建築物の敷地が道路に2m以上接していることを要件としている(建築基準法第43条第1項、接道条件)。もっとも、この規定は、同法施行前から存在する建物や敷地に対しては適用が除外されているため(同法第3条第2項、既存不適格)、建物が昭和25年11月23日前から存在していたものであれば、接道条件を満たしている必要まではない。 しかしながら、新たに建物を建築する場合には、接道条件を満たす必要が生じるため、袋地の所有者が建物を建て替えようとする場合や建替えを想定して売却するような場合には、接道条件を満たす囲繞地通行権が発生している旨を主張できないかが問題となる。 この問題に関して、囲繞地通行権が認められている趣旨が相隣関係を調整することにあるのに対して、建築基準法の接道条件が設けられた趣旨は、主として避難又は通行の安全を期することにある。このように、両者の趣旨や目的等は異なっているため、単に特定の土地が接道要件を満たさないことをもって、当該土地の所有者のために、隣接する他の土地につき接道要件を満たす囲繞地通行権は当然に認められないものと解されている(最判平成11年7月13日集民193-427、本判決は「公法私法相違論」を前提としたものと理解されている)。 もっとも、上記平成11年判決については、接道条件を満たす目的のためだけに、接道条件を満たす囲繞地通行権の発生を否定したにとどまると理解することも可能である。また、上記平成11年判決は、囲繞地通行権を認めることによって、囲繞地の所有者の土地利用の現状を変更し、このことがかえって建築基準法違反の事態を招くおそれがあることを、接道条件を考慮しない理由として指摘していることから、現状を変更しないような場合には、考慮することも可能であると判決の射程を限定する考え方もあるようには思われる。 ただし、現在の判例は、一般論としては、囲繞地通行権の範囲において、建築基準法上の接道条件を考慮することを否定しているといわざるを得ない。そこで、囲繞地通行権を主張する必要性があるような場合には、当該事案を個別具体的に検討し、囲繞地の所有者の所有権に係る主張を権利濫用等の一般条項で制限し、接道条件を満たす囲繞地通行権の発生を認めようとする考え方等が示されている。 4 本件の場合 本件においては、空き家の所有者が新たに建物を建て替えるためには、建築基準法の接道条件を満たす必要がある。第一次的には、囲繞地の所有者との間で、地役権の設定や、債権的合意を締結するための交渉を行うことになると考えられるが、奏功しない場合には、囲繞地通行権の主張を行うことも検討せざるを得ない。 この場合、現状の判例からすると、接道条件を満たす囲繞地通行権の発生は認められにくい。そうすると、実際には、補助金等を利用して解体を前提に隣地の所有者に売却を試みることが現実的な手段になってくるものと思われる。 (了)
〈知識ゼロからでもわかる〉 ブロックチェーン技術とその活用事例 【第7回】 「サプライチェーン×ブロックチェーン」 東京ハッシュ株式会社 代表取締役 段 璽 サプライチェーンとは、自社だけでなく、他社をまたいでモノの流れを捉え、製品の原材料・部品の調達から販売に至るまでの一連の流れ全体を指す用語である。 現状は小売店、卸売、製造で分断されている在庫情報や生産者情報、また、川下に集中していた最終消費者への販売情報が、ブロックチェーン技術を用いることにより、管理者不在で中立的に運営が可能な状態で、共有・追跡が可能となる。これによりサプライチェーン全体が効率化するとともに、川上の交渉力の強化につながる。 また、今後は系列を飛び越えた新たなサプライチェーンシステムの構築も進む可能性があり、最終消費者と川上の製造者がより直接的につながる流通プラットフォームが誕生すれば、大規模な中間流通業者の存在意義が相対的に薄れる可能性もあるであろう。 1 食品業 食中毒や、産地偽装、食品偽装という不正・不祥事が多い食品業界では、ブロックチェーンは主にサプライチェーンにおけるトレーサビリティを保証するために利用されている。はるか遠く離れた産地から食材を新鮮でかつ安全に消費者に提供することは容易なことではなく、加工食品であれば、原材料の生産から加工、輸送し、卸売りを経て小売店に届くまでのサプライチェーンは更に複雑なものとなる。サプライチェーンのどこかで1つでも事故が生じれば、多数の死者が出る可能性がある。 また、トレーサビリティを保証するために利用する以外でも、ブロックチェーンベースの農産物の取引プラットフォームの構築や、種苗や農産品そのもととなる植物に関する権利管理でブロックチェーン技術を利用することが可能である。 2 医薬品業 近年、医薬品業界では医薬品が製造販売承認に基づき製造され、市場出荷された状態を維持し、品質の劣化、改ざん、破壊されないことが厳格に求められている。そのため、適切な温度管理や改ざん防止対策を講じなければ、製造・物流過程において医薬品の完全性を保証することができないことになる。 ブロックチェーンを活用することで、会社をまたいだ共有台帳を構築し、会社に依存しない情報連携が行えるため、温度逸脱や偽造品流入の疑いがあるときに関係者に即時アラート、及びトレースバックが可能となる。 3 貿易取引 貿易取引では、輸出入業者、船会社、銀行、保険会社など、多数の企業の間で代金支払いを確約する信用状(L/C)、船会社が貨物を引き受けたことを証明する船荷証券(B/L)、貨物破損に備えた保険証券など多くの書類をやりとりする必要がある。このように貿易実務は、書面管理の煩雑さ、一元的な情報トレースの難しさ、紙に依存した権限管理などの課題を抱えている。これらの課題を、ブロックチェーンのトレーサビリティや改ざん耐性といった特性を活用することで、解決できる可能性がある。 また、不正や過失の防止、輸送時間の短縮、在庫管理の最適化ができ、業務効率化とコスト削減が期待できる。 4 貴金属・宝石類 金やダイヤモンドなどの貴金属・宝石について、加工工程から単品管理していくためにブロックチェーン技術を活用することで、購入者が加工の履歴まで確認することができるようになり、商品価値の信頼性が向上できる。 また、美術品や工芸品に作成者の署名を付してブロックチェーンで管理することにより、その美術品が転々と流通していった先においても、真正性を確認できるようになり、著作権管理の効率化が実現され、美術品等に関連した贋作事件等も減少する可能性がある。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第43話】 「コロナ対策と還付申告義務の見直し」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・こんな税制改正って・・・あるのかな・・・」 中尾統括官は、机の上に置かれた令和3年度税制改正の資料を見ている。 資料には「申告義務のある者の還付申告書の提出期間の見直し(案)」とあり、次のような記述がある。 中尾統括官は、じっとその文章を見つめている。 「何を真剣に考えているのですか?」 浅田調査官は、怖そうな顔をしている中尾統括官に声をかける。 「いや・・・」 中尾統括官は表情を崩し苦笑いを浮かべる。 「令和3年度の税制改正ですか・・・」 浅田調査官は、机の上に置いてある冊子を覗く。 「この改正のことなんだが・・・」 中尾統括官は、考え込んでいた令和3年度税制改正の内容を見せる。 「へえ・・・還付申告にも申告義務があったのですか?」 浅田調査官は、驚いたように目を丸くする。 「ああ・・・申告義務があるのだから、その提出期間は翌年の1月1日から3月15日までとなっていたのだが・・・今回の改正で、申告義務のない還付申告と同様に、提出期間は翌年の1月1日から5年間になる。」 中尾統括官は、改正内容を見ながら説明する。 「・・・ということは、今まで、①控除しきれなかった外国税額控除の額があるとき、②控除しきれなかった源泉徴収税額があるとき、又は③控除しきれなかった予納税額があるときは、納税者は、3月15日までに申告しなければならなかった、ということですか?」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 中尾統括官は、「そうだ」と言いながらうなずく。 「・・・少なくとも条文ではそうなっている。」 中尾統括官は、令和2年版の『税務六法』を広げる。 「所得税法120条では、確定所得金額について、次のように規定している。」 そう言うと、中尾統括官は、条文の一部を飛ばしながら、読み上げる。 「今回の改正前の所得税法120条1項の前段はこのように書かれていたので・・・所得税の合計額が配当控除の額を超えるときには、居住者は、確定申告書を提出しなければならなかった・・・」 中尾統括官は、自らうなずきながら、説明を続ける。 「ところが、令和3年度の税制改正では・・・「配当控除の額を超えるとき」の次に、括弧書きが挿入された。」 と言って、中尾統括官は「法律案新旧対照表」を見せる。 所得税法120条の「改正案」の下線(改正部分)には、次のような文言が記されている。 「この括弧書きの挿入によって、申告義務のある者の還付申告の提出期間が見直され・・・所得税の申告義務のない人の還付申告の提出期間(翌年1月1日から5年間)と同じになったわけですね。」 浅田調査官は、小さくうなずく。 「ところで・・・私がこの改正について一言コメントしたいのは、納税者の大切な義務である申告義務というものを、新型コロナウイルスの対応として、確定申告会場への来場者を分散させるという理由で、なくすという点だ・・・この改正は、本末転倒なのではないかと思う・・・確定申告会場への来場者を分散させるためならば、このような改正をするより、確定申告において、e-Taxを普及させた方がどれほど良いかと思うんだ。」 中尾統括官は、興奮した顔で、浅田調査官を見る。 「たしかに、この改正自体、令和4年1月1日以後に確定申告書の提出期限が到来する所得税から適用とされていますし・・・」 浅田調査官は、改正資料を見ながらつぶやく。 (つづく)
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(令和2年7月~9月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2021(令和3)年3月24日、「令和2年7月から9月までの裁決事例の追加等」を公表した。今回追加された裁決は表のとおり、国税通則法及び国税徴収法が各2件、所得税法及び相続税法が各1件、合わせて6件となっている。 今回の公表裁決では、6件のうち5件が国税不服審判所によって、原処分庁の課税処分等の全部又は一部が取り消され、棄却は1件のみとなっている。 【表:公表裁決事例令和2年7月から9月分の一覧】※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された6件の裁決事例のうち、国税不服審判所が、原処分庁の賦課決定処分の一部又は全部を取り消すという判断を示した裁決2件について、検討したい。 なお、複数の争点がある裁決についても、その一部を割愛して、重加算税の賦課決定処分の可否に争点を絞らせていただいたことを、あらかじめお断りしておく。 1 役務提供のない支払手数料を計上したことに事実の仮装は認められないとした事例・・・② 本件は、不動産の売買、仲介業務及び管理業務等を目的とする法人である審査請求人が、不動産の取得に係る役務提供の対価として計上していた支払手数料について、損金の額に算入することは認められないとの原処分庁の調査による指摘に従い法人税等の修正申告をしたところ、原処分庁が、請求人が当該支払手数料を計上したことにつき事実の隠ぺい又は仮装の行為があったとして、重加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、請求人に事実の隠ぺい又は仮装の行為はないことから、重加算税を課されないとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (1) 事実関係 (2) 争点 請求人に国税通則法第68条第1項に規定する「隠ぺいし、又は仮装し」に該当する事実があるか否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、国税通則法第68条に規定する重加算税は、「不正手段による租税徴収権の侵害行為に対し、制裁を課すること」を定めた規定であり、同条に定める「事実を隠ぺいする」ことを次のように定義した。 そのうえで、審判所は、Gについて、GとKが、本件不動産の取得を含む複数の不動産取引を共同事業として手掛けようとしていた時期があり、結果的に、H社から請求人に対し本件不動産の取得のための資金調達に係る役務提供はなかったとしても、Gが本件不動産に関して、Kが資金提供以外の何らかの役務提供を行っていたとGが認識し、それに対して対価を支払う必要があると考えていた可能性が全くないとまではいえないことから、Gが、Kに対して本件金員を支払う必要はないと認識していたにもかかわらず本件金員を支払手数料勘定に計上させたことを直ちに認定することはできないという判断を示した。 そして、結論として、GがN税理士に指示し、本件金員を総勘定元帳の支払手数料勘定に計上させた行為が、故意に事実をわい曲したものと評価することは困難であり、その他、仮装と評価すべき行為を認めるに足りる証拠もないことからすれば、請求人に、国税通則法第68条第1項に規定する「隠ぺいし、又は仮装し」に該当する事実があったものとして同項を適用することはできないとして、原処分の一部を取り消す裁決を行った。 2 取得財産に算入する遺留分減殺請求に基づく価額弁償金につき相続税法基本通達11の2-10《代償財産の価額》(2)に定める方法により計算すべきとした事例・・・④ 本件は、審査請求人が、相続税の申告において、不動産の評価誤りがあったこと及び遺留分減殺請求に基づく価額弁償金につき取得財産の価額に算入した金額に相続税法基本通達11の2-10《代償財産の価額》(2)の適用漏れがあったことを理由として更正の請求をしたのに対し、原処分庁が、不動産の評価誤りのみを認める更正処分をしたことから、請求人がこの更正処分の取消しを求めた事案である。 (1) 争点 (2) 相続税法基本通達11の2-10《代償財産の価額》 争点②で、審査請求人と原処分庁のそれぞれの主張の根拠となった相続税法基本通達11の2-10《代償財産の価額》(以下、「本件通達」という)の規定は次のとおりである(一部括弧書きを省略している)。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、争点①について、本件更正処分は、行政手続法第8条第1項本文の規定する理由の提示に不備はなく、違法ではないとの判断を示した。 次いで、争点②については、まず、本件通達の定めは、(1)、(2)ともに合理的なものであると認めたうえで、どちらに該当するかを事実認定に基づいて判断した。 本件通達(1)に規定する、「共同相続人及び包括受遺者の全員の協議」について、審判所は、請求人の訴訟代理人及び関与税理士、請求人の兄の訴訟代理人及び関与税理士のいずれもが、本件訴訟中から本件申告までの間に、直接やり取りをしていたのは訴訟代理人同士であること、そして、訴訟代理人間において、本件価額弁償金をいくらで申告するかについて協議がされていないことについては一致する答述をしていることから、本件価額弁償金の具体的な申告額についての協議はなかったものと認めるのが相当であり、本件申告において請求人の取得財産の価額に算入した本件価額弁償金の金額3億3,000万円は、共同相続人の全員の協議に基づいて申告されたものではないから、本件通達(1)の場合には該当しないと判断した。 一方、本件価額弁償金の各対象財産の価額弁償時の評価額は、平成28年11月の訴訟提起から平成30年3月26日の和解成立までの長い期間にわたって、対立する当事者である請求人と兄との間で、それぞれの立場から算定した評価額に基づく金額について調整を重ね、裁判所から示唆された金額や、本件和解時に最も接着した時点の平成29年分の路線価を用いて算定した各対象財産の評価額も踏まえて最終的に合意された額であり、両当事者においてその主張が対立する中で、両者が歩み寄って合意したときは、その合意した価額を通常の取引価額とみることに一般的な合理性があるといえることから、本件価額弁償金は、対象財産が特定され、当該財産の本件和解時における通常の取引価額を基として決定されているものであり、本件価額弁償金は、本件通達(2)に定める要件を満たすものと認めることが相当であると判断した。 こうした判断に基づき、国税不服審判所は、請求人の本件相続税の取得財産の価額に算入すべき本件価額弁償金の金額は、要件を満たす本件通達(2)に従って計算すると、受領した本件価額弁償金の金額3億3,000万円に各対象財産の本件相続開始日における価額の合計16億2,459万1,610円を乗じ、当該各対象財産の本件和解時における価額の合計24億1,866万6,331円で除して求めた金額2億2,165万7,375円となるため、本件申告により納付すべき税額が過大であった金額は、本件更正の請求におけるものをも上回ることとなることから、本件更正の請求の本件通達(2)の適用を求める部分は、国税通則法第23条第1項第1号の規定に該当すると認められるべきものであり、本件更正の請求における納付すべき税額を認めなかった本件更正処分は、違法であり、その全部を取り消すべきであるとの裁決を行った。 (了)