税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第3回】 「借地権価格の評価は「更地価格×借地権割合」だけに限られない」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 借地権の価格とは何か 借地権の価格とは何か。この問題に答えることは、思ったほど容易ではありません。それほど奥の深い問題が潜んでいるのですが、ここでは少し割り切って、 というくらいに考えておきましょう。 借地権が取引の対象となる場合、そこに金銭的な対価の授受を伴うことが多いのはまさにこのような理由によるものであり、他人の土地を利用することによって借地人に大きな利益が生じなければ、わざわざ対価が授受されることもないでしょう。 (ただし、これは都市部のように借地権を有償で取引することが慣行化している地域ならではの話であり、地方都市の一部にみられるように、借地権そのものの取引慣行がない(あるいはきわめて少ない)地域には当てはまりません。このような地域では、借地権という権利を設定する際に、権利金のような一時金を授受しないケースがむしろ一般的です。) 2 借地権の価格はなぜ生ずるか? 借地権の価格はなぜ生ずるか。これも奥の深い問題ですが、次のように理解しておけばよいでしょう。 借地借家法が適用される借地契約(すなわち建物所有を目的とする土地賃貸借契約)では、借地人は用法違反や地代不払い等の債務不履行をしない限り、契約期間が満了したからといって契約を解除される可能性はきわめて低いのが実情です。 ちなみに、契約期間満了時に地主から契約解除の申し入れがあった場合でも、地主にとって自らその土地を使用しなければならない正当な事由がなければ、契約は更新される途が残されています。これが「法定更新」と呼ばれる制度であり、借地借家法が借地人を保護している代表例です。 借地権はこのように強固な権利ですから、土地が一度賃貸借に供された後は、地主が思う通り地代を改定できない場合でも、それだけで即契約解除というわけにはいきません。 ところで、借地権に価格が発生する形態には2通りがあります。 1つ目は、契約時に権利金等の一時金が授受された場合です。 このようなケースでは、明確な形で契約当初から借地権の価格が生じていたと考えることができます(すなわち、権利金は借地権の設定を受けるための対価として借地人から地主に支払う金銭という意味合いを持つからです)。 2つ目は、契約時に権利金等の授受はなく(このようなケースも珍しいことではありません)、しかも契約期間中にわたり地代も低水準のまま据え置かれてきた場合です。 地主にとっては、本来は地価の上昇に見合うだけの地代を徴収すべきところ、借地人との交渉も思う通りできず、改定が不十分であったというものです。その結果、借地人にとっては「借り得」という経済的な利益が生じ、しかも借地借家法の手厚い保護に支えられて、それが大きな財産権(財産価値)を形成するに至っているといってよいでしょう。 3 不動産鑑定士は借地権価格の性格をどのように捉えて評価しているか それでは、不動産鑑定士は実際に借地権価格の性格をどのように捉えて評価しているのでしょうか。 (1) 「借り得」部分に着目した借地権価格の試算 既に述べてきた借地契約の実情を鑑みれば、借り得部分が借地権価格を形成する大きな要因であることには異論がなく、このことは不動産鑑定評価基準の次の記載からも読み取ることができます。 そして、不動産鑑定評価基準では「借地人に帰属する経済的利益」を次のように捉えています(「借り得」部分とは下記イのことを指します)。 上記の考え方に基づき、不動産鑑定士が借地権の鑑定評価を行う際には、その土地の価格に見合う賃料と実際に授受している賃料との間にどれだけの乖離があるかを分析した上で、差額賃料に基づく借地権価格を試算するわけです(これを「賃料差額還元法」と呼んでいます)。 ただし、この手法で求められた価格がかなり多額となる場合であっても、そのすべてが取引の対価となるとは限りません。その理由は、借地の対象となっている地域で取引慣行が形成されている場合、借地権の取引価格は土地価格(更地価格)に対する一定割合に収斂する傾向を有するからです。そのため、差額賃料から理論上求めた借地権価格が、市場においてどれだけの説得力を有するかを検証することが欠かせません。 慣行的な割合から求めた価格と理論上求めた価格とが大幅に乖離していれば、差額賃料の大きさだけでは借地権価格の現実的な妥当性を説明しきれないということになります。不動産鑑定評価基準に、借地人に帰属する経済的利益とは「その乖離の持続する期間を基礎にして成り立つ経済的利益の現在価値のうち、慣行的に取引の対象となっている部分」と規定されているのはこのためです。 (2) 借地権取引が慣行として成熟している場合における当該地域の借地権割合により求める場合 これが税理士の皆様に馴染みの深い割合方式ですが、不動産鑑定評価基準においても借地権価格の1つの評価手法として位置付けられています(不動産鑑定評価基準各論第1章第1節Ⅰ.3(1)②)。この手法によれば、冒頭に記載したように借地権価格は更地価格に借地権割合を乗じて求められます。そのため、更地価格が適正に把握でき、かつ、相続税の路線価図に記載されているその地域の借地権割合(路線価の後にA、B、C等の区分が記載されていますが、その区分ごとに割合が定められています)を当てはめれば、おおよその見当がつけられます。 ただし、ここで留意しなければならないことがあります。 それは、路線価図に記載されている割合が、借地上の建物が堅固なもの(鉄筋コンクリート造等)であるか、非堅固なもの(木造等)であるかにかかわらず、同じ割合となっているという点です。 また、個々の借地契約の期間や、支払い地代の額による借地権価格への影響は反映されていません。借地契約は個別性が強く、同じ地域内に借地契約の事例がいくつもある場合でも、それぞれの経緯や性格が異なり、他の事例がそのまま別の事例に当てはまるとはいえないのが実情です。 このような意味で、不動産鑑定士が借地権価格を試算する際には、はじめから借地権割合による方法だけで結論を導いているわけではなく、借地権割合はその地域の借地権取引の一般的傾向を平均的に捉えた場合の数値という位置付けで、他の手法による試算結果と比較検討する際の材料として活用しているといえます(不動産鑑定評価基準の上では他の手法による試算結果と関連づけて借地権価格を決定する考え方となっています)。 そのため、借地契約の内容によっては路線価図に記載されている借地権割合よりもやや高く査定することが合理的と考えられるケースがある反面、やや低く査定せざるを得ないケースもあります。 例えば、前者に該当するケースとしては、借地契約が堅固建物所有目的で権利金を多額に授受している場合が挙げられ、後者に該当するケースとしては、借地契約の満了時期が近づいており更新料の支払いが見込まれる場合等が挙げられます(その際の増減の幅ですが、一般的には路線価図に記載された割合に対して上下5%~10%位が多いと思われます)。 (3) その他の鑑定評価手法 この他の鑑定評価の手法としては、取引事例比較法があります。ただし、既に述べたように借地契約は個別的な色彩が強いものですから、更地価格を求める場合の取引事例のように、他の土地に対して応用が利く事例がきわめて少ないのが実情です。 また、借地権付建物を賃貸することによって得られる純収益から借地権に帰属する部分を査定し、これを利回り(還元利回り)で還元することにより借地権価格を求めるという手法もしばしば併用されます。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第23回】 「老後資産の保有、売却、組替え」 税理士法人トゥモローズ 事業承継によって会社を後継者へ引き継ぎ、会社の株式の相続対策が完了した後は、次に経営者個人の老後資産についての対策が必要となる。 次の表及びグラフは、国税庁が発表している相続税申告をされた方の財産の金額及び割合を示したものである。 〔相続財産の金額の推移〕 〔相続財産の金額の構成比の推移〕 (※) 国税庁「平成30年分 相続税の申告事績の概要」P3 今回はこのグラフを基に、引退した後継者が行うべき対策を検討したい。 1 保有資産ごとの検討 (1) 現預金 過去10年間の推移を見ると、相続財産のうち現預金の占める割合が22.3%(平成21年)⇒32.3%(平成30年)と10%も増加している。さらに金額で見ると、相続税の基礎控除額の引下げ(平成27年~)により申告税額が増えた面もあるが、平成21年の24,682億円に比べ平成30年は55,890億円と2倍以上もの金額となっている。これは、老後資金や納税資金の確保、遺産分割の容易さなどを考慮した結果とも考えられる。 しかし、利息が付かない現金として手許に置いておくことや、低金利時代に預金へ預けることは、政府の掲げる物価目標の2%を下回る運用であり、物価上昇を考慮すると目減りしている状況にある。 ある程度の現預金は、生活のためにも、納税資金のためにも、また自身の安心感のためにも必要ではあるが、余剰な現預金は相続対策などを考慮して、土地や有価証券などの運用にまわすことも検討すべきではないだろうか。 (2) 有価証券 過去10年間の推移を見ると、有価証券の占める割合が12.0%(平成21年)⇒16.0%(平成30年)と4%ほど増えている。しかし、有価証券の価値は株価により変動するものであり、日経平均の年末の終値は平成21年が10,546円、平成30年が20,014円であることを考慮すると、有価証券の保有量自体が増えているわけではないことがわかる。 しかし、余剰な資金があるのであれば、経済状況を見つつ、株式や投資信託などの有価証券で運用することで運用益を得ることを検討すべきではないだろうか。また、会社経営から退くことで社会的関心が薄れ、老化を早めたり認知症のリスクを高めるケースもあることから、有価証券を保有し社会経済に少しでも関心を向けることは、自身の健康維持・改善にも一役買うのではないかと思われる。 (3) 土地 平成21年は相続財産の約半分(49.7%)を占めていた土地は、平成30年には35.1%にまで減少している。これも現預金と同様、平成26年から平成27年にかけては相続税の基礎控除額の引下げによる影響が若干あるものの、年々減っている状況が見てとれる。 これは、小規模宅地等の特例の適用を受けられない土地を保有していた場合、相続税の評価額が高くなり納税額が高くなること、土地は換金性が低いため納税資金として使用しにくいこと、遺産分割で争族の原因となることなどを回避する傾向が要因の1つとしてあるのではないかと考えられる。 2 売却、組替え 上記の傾向を踏まえた上で、中小企業の経営者が事業承継後に、どのような対策を行えば良いかということになるが、資金の状況によりその対策は異なってくる。 まず、事業承継後に豊富な資金がある場合には、その資金の運用を考えるべきである。事業承継により自社株の換金を行った結果、余剰な現預金が生じた場合には、有価証券で運用し老後資金を増やすこと、相続税の対策や納税資金確保のため生命保険の非課税枠を活用した生命保険の契約を行うことなどを検討する必要がある。その他、小規模宅地等の特例の限度面積を考慮しつつ、貸付事業用宅地等の特例を利用して賃貸アパート等の建築をすることで、相続税額を減額しつつ、老後資金を増やすことも検討の余地がある。 一方、事業承継後に老後資金である現預金が切迫している場合には、まずは自宅以外の流動性の低い資産を売却することで現預金を確保し、今後の生活に対する安心感を持つことが重要となる。また、流動性の低い資産がなく、大きな資産が自宅しかない場合には、自宅を売却し新たな場所に住むことや、リバースモーゲージの利用などの選択も考慮に入れるべきである。 また、相続税への準備を考慮した組替えも検討する必要がある。まず、相続税の納税により土地や建物を売却することを避けるため、流動性の高い資産(現預金や有価証券等)への組替えや生命保険契約を行っておく必要がある。そして、相続税額を引き下げる効果の高い小規模宅地等の特例を考慮した土地や建物の購入・活用を行うことも検討するべきである。 3 組替えの運用先 運用先は、個々の資産状況や置かれている生活状況等により異なるが、運用先を考える上で重要なことは、その運用資産の換金容易性である。 まず、換金性が高い預金については、当面の生活費、医療費、介護費と、今後の生活に対する安心感を得られる一定程度の金額を確保すべきである。次に換金性が高いものは有価証券であるが、有価証券の運用には投資判断が必要になる。そのため有価証券は、認知症等により投資判断が鈍ったり、意思能力の低下により後見人制度を利用するような状況となる前に、信託や生命保険契約等への組替えを検討することも必要になる。 最後に土地・建物については、上述した通り、これらは現預金や有価証券に比べ相続財産の評価額を引き下げる効果や小規模宅地等の特例の活用による節税対策としては有効だが、換金容易性の低さは納税や財産の分割に大きな影響を及ぼすため、より慎重に判断を行うことが必要である。 ここまでいろいろと検討してきたが、全体として重要なことは、老後資産を何かの資産に偏らせるのではなく、今後の老後、相続等のリスクを考慮した上での分散投資が必要であること。そして、その結果が昨今の相続財産の資産割合に現れているのではないかと考察される。 * * * 本連載では【第20回】から今回にかけて、事業承継後に検討すべき老後資金確保の方法について解説してきたが、次回からは本連載の総括として、これまでの解説を踏まえた相続対策と老後資金との関係について解説を行っていく。 (了)
令和時代の幕開けに思い馳せる 会計事務所経営 【第12回】 (最終回) 「営業マンは点火人たれ」 ~勇気と元気を送り、「その気」にさせるのがセールスマンシップ~ (セールスマンシップ論③:知識≦スキル≦品格) 株式会社アーヌエヌエ 代表取締役 杉山 豊 いよいよ最終回となりました。 今まで本連載をお読みいただき、感謝申し上げます。 そしてこのような機会を提供いただいた、株式会社プロフェッションネットワークの関係各位に深く御礼申し上げます。 まだまだ皆さんにお伝えしたいことは尽きませんが、一旦これにて最終回とさせていただきます。 この最終回で最後にお伝えしたいこと、それは営業マンに必須の条件のみならず、1人の人間として人生を謳歌するために大切にしたい「情熱」についてです。 ➤人の心に「情熱」という火を灯す 「情熱がなければ、偉大なことは何1つ達成できない」 この言葉はアメリカの哲学者であるラルフ・ウォルドー・エマーソンが遺した言葉です。 そして、その言葉を大切に育んでこられた経営コンサルタントの新将命先生が、ビジネスパーソンに大切な素養として「点火人たれ」というお話をされています。 「点火人」とはズバリ、「人の心に情熱という火を着ける人」のことです。 情熱の型は人それぞれであり、自ら着火できる「自然型」の人は決して多くなく、大半の人は他人に火を着けられると燃える「可燃型」であり、中には自らも他人からも着火されず、決して燃えることのない「不燃型」、そしてごくわずかながら人の情熱の火を消して回る「消化型」の人もいるそうです。 先生方は「情熱」をもってクライアントの皆様に接していらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって職員の皆様に接していらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって事務所を経営されていらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって会計業界を変えようと行動されていらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって日本を、日本の中小企業を応援されていらっしゃいますか? ➤変化に必要な「勇気」を送る 私は今、営業マンのコーチをしています。 順調な営業マンもいればそうでない営業マンもいます。 素直に現状を話す営業マンもいれば、プライドが邪魔をして言葉にできない人もいます。 また、全く想いと裏腹な表現をする人もいます。 先生方のクライアントの皆さんも、そして職員の皆さんも同じではないでしょうか。 だからこそ人間は興味深く、そして愛情が芽生えるのだと思いませんか? そんな私に、そしてコーチをする人間に一番大切な素養、それは相手に「勇気と元気を送り、『その気』にさせること」だと考えています。 時には何も話さずただひたすら聞く、相手が根負けするまで聞き続ける。 時には言い辛いことをズバッと指摘して相手の度肝を抜く。 時には思い切り泣かせる、笑わせる、思う存分に今の自分を表現させる。 これを一言で表現するならば「『勇気』を送る」ということでしょうか。 コーチングを申し込む人は、そもそもどんな期待をコーチに抱いているのでしょうか? それは自分自身を「変わらせて欲しい」と願っているのです。 変わるためには、現状を打破する「勇気」が絶対に必要です。 変わらせて欲しいのならば、本人が「勇気」を持って思考と行動を変えていかなければなりません。 そのための「勇気」を送るのが、まさにコーチの役割だと考えています。 これはまさに先生方の役割そのものではないでしょうか? 多くの人が変化することを恐れます。 現状維持で波風立てずに、安定的にそして安心して生活したいと望みます。 環境変化に怯え、ついていけず、ただただ尻込みして動かないなんてこともあります。 特に日本ではそんな風潮がとても強いことを、先生方もよくご存じではないでしょうか? でも、考えてみてください。 「環境変化についていかないことこそが、実は不安定になる」そうは思わないでしょうか? 日本経済、そして中小企業を襲う「既往のしわ寄せ(※)」は、まさにここにあると考えます。 (※) 経営状態の悪化にもかかわらず、対策を取らず、現状の資産を食い潰して倒産すること。 だからこそ環境変化に対応する「勇気」が必要であり、勇気が出ない人に勇気を送る「点火人」の存在が貴重なのです。 ➤「元気」がもたらすもの そして、勇気とともに送るのが「元気」です。 「元気があれば何でもできる」そんな言葉もありますね。 でも、私は全くその通りだと思います。 私は30年間営業の世界にいて、多くの方に「お前はいつも元気だな!」「お前といるといつも元気をもらうよ!!」という言葉をもらいます。 私の営業マンとしての存在意義は、これでOKなのです。 私が元気を送ることで多くの皆さんが幸せを掴んでいるのならば、最高の幸せです。 そもそも景気ってどう作られるのでしょうか? 景気は人が作るもの? 景気は国が作るもの? いや、景気は「自分」で作るものです。 成功している人と成功していない人は、どこが違うのでしょうか? 成功している人は運がいいからなのか、たまたまの縁なのか、タイミングが絶妙なのか・・・。 それは、偶然ではなく必然であり、努力のなせる業こそが成功を引き寄せているのだと思います。 その引寄せに美学があるとするならば、私はその人の発する「元気」がもたらしているのだと信じています。 先生方も近くに元気な人がいれば、自然と自分自身も笑顔になり、やる気がふつふつと湧いてくることはありませんか? 「元気」は活力を生み出し、その人の思考と行動を活性化させるのです。 物事を楽観的に考える習慣、環境をポジティブに捉える習慣、いつも笑顔で人と接する習慣、不平や不満、愚痴を発しない習慣、妬みや僻み、やっかみを抱かない習慣など、ちょっとした悪い習慣を良い習慣に変えることで不思議と物事は好転し、会社の業績すら変えることがあると言われています。 昔から「病は気から」とも言われます。 どうぞ先生方、自らで己の刃を研いで、心身ともに健やかに「元気」をクライアントの皆さんに送ってあげてください。 ➤「勇気」と「元気」を送り、「その気」にさせる さて、「勇気」と「元気」を送ることで、目の前の人はどう変わるのでしょうか? 送られた「勇気」と「元気」が、その人の励みとなって「なんかやれそうな気がする」「自分も勇気と元気が湧いてきた」となるのではないでしょうか。 私は全12回にわたり、一貫して先生方に「勇気」と「元気」を送ってきたつもりです。 その「勇気」と「元気」を受け取った先生方を信じて託しますので、どうぞクライアントの皆さんに「勇気」と「元気」を送り、「その気」にさせてください。 時には先回りして、時には背中を支えて、クライアントの皆さんを笑顔に変えてください。 その笑顔を見れば、先生方も笑顔に変わるはずです。 読者の皆さんに、この2つの言葉を最後に贈り、私の連載である「令和時代の幕開けに思い馳せる会計事務所経営」の筆を置きたいと思います。 ~感謝~ 長い間ご愛読ありがとうございました。 (連載了)
2020年3月12日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.360を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第86回】 「政策目的からみる租税法(その2)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅱ 自動車重量税の性格 1 自動車重量税法 まずは、自動車重量税がどのような政策目的の下で創設されたものであるのか、その趣旨目的を明らかにするために、同税制を簡単に確認することとしたい。 自動車重量税法1条《趣旨》は次のように同法の趣旨を述べる。 自動車重量税の課税物件は、「検査自動車」及び「届出軽自動車」である(自重税3)。 ここで、「検査自動車」とは、道路運送車両法の規定による自動車検査証の交付又は返付(以下「自動車検査証の交付等」という。)を受ける自動車をいう(自重税2①二)。 また、「届出軽自動車」とは、道路運送車両法にいう軽自動車の使用の届出(道運法97の3①)の規定による車両番号の指定(以下「車両番号の指定」という。)を受ける軽自動車をいう。 なお、自動車重量税の納税義務者は、自動車検査証の交付等を受ける者及び車両番号の指定を受ける者である(自重税4)。 民主党が政権を握っていた時期に、地球温暖化対策や「緑の分権改革」に資する観点からCO2の排出抑制に寄与する車体課税のあり方を検討するとともに、複雑な自動車関係諸税の簡素化等について検討することを目的として、「自動車関係税制に関する研究会」〔座長:神野直彦教授〕が創設された。 かかる研究会が平成22年9月に発表した「自動車関係税制に関する研究会報告書」(以下「本報告書」という。)がある。 本報告書は、自動車税がこれまで個別財産税としての性格を持ち、地方の基幹税目として重要な役割を果たしてきたとする(同書8頁)。 以下、本報告書が自動車重量税に言及している箇所を引用しておきたい(同書5頁)。 自動車重量税は、昭和46年に、自動車の走行が多くの社会的費用をもたらしていること、道路その他の社会資本の充実の要請が強いことを考慮して、広く自動車の使用者に対して自動車の重量に応じ負担を求めることを目的として創設されたものである。 その後、運用上、税収の約8割相当額が道路の整備等に充てられていたところ、平成21年度に道路特定財源等の一般財源化に伴い、完全に一般財源化されたという経緯がある。 このように、本報告書は、自動車重量税には「権利創設的性質」があるとしているが、これは、自動車が、道路運送車両法による検査を受けることで、走行可能となるという法的地位あるいは利益を受ける権利を取得することに着目するものといえよう。 すなわち、かかる権利を取得したことに着目して課税するのが、自動車重量税の法的性質ということである。 したがって、自動車重量税とは、自動車の所有者又は使用者が、有効期間において道路を走行することができる「権利」として、法的に裏付けされた法的地位を得た事実に注目して、これに課税をしようとする趣旨に出たものであるといえよう。 なるほど、そうであるとすれば、仮に、有効期間が満了する以前にその責によらない自然災害等により用途を廃止したとしても、一旦創設された「権利」がなくなることはないから、本件自動車について納付した自動車重量税の還付を求めることはできないというのが、本件におけるYの主張の筋であった。 2 「権利」に課される自動車重量税 もっとも、そのような権利創設的性質があるとはいっても、実際の課税物件は、前述のとおり、「検査自動車」及び「届出軽自動車」である。 すなわち、これらの車両には、有効期間において道路を走行することができる法的地位が付与されているわけであるが、他方で、なぜ、検査自動車や届出軽自動車のみが課税対象とされているのであろうか。 道路運送車両法1条《この法律の目的》を確認してみたい。 道路運送車両法は、自動車の検査や自動車検査証について定める法律であるが、自動車重量税が課税の対象としている「検査自動車」や「届出軽自動車」は、かかる道路運送車両法の規定による自動車検査証の交付又は返付を受ける自動車を指す。 すなわち、自動車重量税法が課税の対象としているのは、所有権についての公証等がなされた自動車のみである点に注意しなければならない。 平たく言えば、無届自動車については、自動車重量税が課されないことになる。 これは、例えば、所得税法や法人税法において、違法行為や無効行為に基づく法律的な根拠ないし原因のない「所得」をも課税の対象とする考え方とは異なるものといえよう。 所有権の公証等がなされた自動車についてのみ課税をするのが自動車重量税であるということである。 いわば、所得課税法が実質的な担税力に対する課税ルールを構築しているのに対して、自動車重量税法は、形式的な「権利」の所在に担税力を見出して課税を行う態度に出ているとみることもできそうである。 その上で、本稿において素材とする事案におけるYの主張をもう一度確認しておこう。 これは極めて、形式的な「権利」の把握であると見受けられるが、このように、権利が消滅していない限りその権利が付着する原物自体の棄損はまったく問題視されないことになるのであろうか。 この点、名古屋地裁の判示も再掲しておきたい。 これは、本報告書が示した自動車重量税の性質に関する意見と同じものであるといえよう。 その上で、同裁判所は、次のようにYの主張を全面的に採用しているのである。 3 環境汚染と自動車重量税 さて、他方で、自動車重量税には、環境汚染に対する費用を自動車保有者が負担をするという趣旨を看取することもできる。 例えば、自動車重量税法においては、一定の排出ガス性能及び燃費性能を備えた自動車については、その性能に応じて、新規車検時等の自動車重量税が減免される特例措置(エコカー減税)が講じられている。 税収の半分以上は国の一般財源となるが、その余は市町村の一般財源として譲与されるところ(この譲与分を「自動車重量譲与税」と呼ぶ。)、国の一般財源の一部は「公害健康被害の補償等に関する法律」(昭和48年法律第111号)附則第9条の規定により、公害健康被害補償制度の財源の一部となっている(佐藤良「車体課税をめぐる経緯及び論点」調査と情報935号7頁(2017)参照)。 エコカー減税が用意されていたり、公害健康被害補償制度の財源となっている点からみると、自動車重量税制度には、環境汚染に対する費用負担という意味を見出すことができるのである。 このように考えると、自動車重量税制とは、環境に対してどの程度の負荷をかけたか、言い換えれば、環境破壊にどの程度影響したかという点から創設された租税であり、環境保護という政策目的も含んで理解されるべき税制であるということもできるはずである。 そうであるがゆえに、自動車重量税法は課税標準を次のように定めているのである。 上記課税標準と税率について、乗用自動車の部分だけをまとめると以下のとおりとなる。 (一般財団法人 関東陸運振興センター〈ナンバーセンター〉HPより引用) この課税標準及び税率表のつくりをみると、対象となる自動車が環境に対してどの程度の負荷をかけたかという基準をベースにした租税負担であるとみることができよう。 けだし、一般車に比して軽自動車は租税負担を軽くしており、車両総重量が重いほど租税負担は重くなるのである。 そもそも、人の運送の用に供することができないようなダメージを受けた自動車は、環境に負荷を与える余地さえないのではなかろうか。そうであるとすれば、そのような自動車に対して自動車重量税を課すことには疑問も浮かぶ。 かような自動車は課税対象から外れると解する方が、自動車重量税法が目的としている環境汚染を防止するという趣旨からみても、妥当するように思えるのである。 (続く)
〈検証〉 TPR事件 東京高裁判決 【第1回】 公認会計士・税理士 佐藤 信祐 1 はじめに 拙稿「〈検証〉TPR事件 東京地裁判決」(2019年10月に本誌掲載)で解説したように、TPR事件とは、平成22年3月1日に行われた適格合併による繰越欠損金の引継ぎに対して、包括的租税回避防止規定が適用された事件である。 すでに解説したように、TPR事件の特徴として、適格合併を行う前に、被合併法人で行っていた事業を新会社に移転したという点が挙げられる。そのため、東京地裁でも、被合併法人が営んでいた事業、従業員が新会社に移転し、合併法人には移転していないことから、本件合併が繰越欠損金を引き継ぐための行為であり、事業目的が十分に認められないと判断している。この点については、裁判官の心証によるものも大きく、判決文だけでは判断できないものも多いため、敢えて分析を行う必要もないと思われる。 これに対し、包括的租税回避防止規定(法法132の2)の適用は、制度趣旨に反することが明らかであることが前提となっているものの、そもそも東京地裁、東京高裁が示した制度趣旨に問題があるという点については、再度、分析を行う必要があると考えている。 2 TPR事件東京高裁判決(令和元年12月11日Westlaw. japan文献番号2019WLJPCA12116002) 東京高裁では、争点(1)(特定資本関係が合併法人の当該合併に係る事業年度開始の日の5年前の日より前に生じている場合に法人税法132条の2を適用することができるか否か)について、争点(2)(本件合併が法人税法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たるか否か)について争われているが、争点(1)において納税者(控訴人)の主張が認められないのは当然のことなので、争点(2)のみについて分析を行うこととする。 まず、争点(2)に対する納税者の主張は以下の通りである。 これに対し、裁判所は、以下のように判示している。 このように、東京高裁の判断は、東京地裁の判断とほとんど変わらないということが言える。納税者としては、「完全支配関係での合併では、金銭等不交付要件が唯一の税制適格要件とされているのであるから、完全支配関係での合併では、「移転資産に対する支配の継続」及び「事業の継続」は求められていないと解するほかない。」とまで主張したが、その前段階として、「立法過程において、完全支配関係がある場合には、「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」との要件を緩和することも考えられるとされ、そのように適格合併の要件が立法化されたことによる。」と主張したことは失敗だったように思われる。 納税者が勝訴するためには、要件を緩和したというだけに留まらず、そもそも「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」という要件は不要であったと主張しなければならないため、以下のように主張すべきであったと考えられる。 このような主張の根拠として、以下の『平成13年版改正税法のすべて』136頁の記述を挙げることができよう。 * * * 次回では、TPR事件東京高裁判決の問題点について、さらに分析を行うこととする。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第31回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -個別的否認規定と個別分野別の一般的否認規定との関係(その1)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、租税回避否認規定の類型を整理した上で、一般的否認規定の意義と問題を検討し、最後に、現行税法上の個別分野別の一般的否認規定についてその「具体的な相貌」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔平成31年改訂/16版〕』(大蔵財務協会・2019年)26頁)を明らかにしていくことが必要である旨を述べた。今回から、そのための検討作業の一環として、個別的否認規定との関係を検討することにしたい。 具体的には、組織再編成に係る行為計算の否認規定(法税132条の2)と未処理欠損金額の引継ぎに係る個別的否認規定(同57条3項)との関係(とりわけ適用関係)について、ヤフー事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁(以下「ヤフー事件最判」という)とTPR事件・東京地判令和元年6月27日(未公刊・LEX/DB文献番号25564253。以下「TPR事件東京地判」という)との比較検討を通じて、検討することにする。 なお、検討がやや長くなったので、2回に分けて掲載することにする(今回はⅡまで、次回はⅢⅣ)。 Ⅱ ヤフー事件最判における法人税法132条の2の「重畳的」適用 1 組織再編成に係る租税回避の「手段」 ヤフー事件最判は、法人税法132条の2の趣旨及び目的と否認要件について次のとおり判示している(以下「ヤフー事件最判❶」という。下線筆者)。 この判示は、法人税法132条の2が否認の対象とする租税回避(「組織再編成に係る租税回避」)の「手段」について、同条の趣旨及び目的の観点からは、「組織再編成」に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を想定した説示を行い、同条の否認要件の観点からは、「組織再編税制に係る各規定」を想定した説示を行ったものと整理することができる(第22回Ⅲ参照)。 ここでいう「組織再編税制に係る各規定」は、ヤフー事件では、法人税法132条の2の否認要件(不当性要件)への本件副社長就任の当てはめに関する次の判示(以下「ヤフー事件最判当てはめ判示」という。下線筆者)の中で挙げられているとおり、①法人税法57条2項、②同条3項及び③同法施行令112条7項5号の各規定をいう。 2 「組織再編税制に係る各規定」の法的性格・構造と租税回避の類型 前記の各規定を法的性格・構造の観点からみると、次の判示(以下「ヤフー事件最判❷」という。下線筆者)によれば、①法人税法57条2項は、未処理欠損金額の引継ぎを内容とする課税減免規定であり、②同条3項は、①の課税減免規定の濫用防止規定であり、③同法施行令112条7項5号は、みなし共同事業要件の1つである特定役員引継要件を定める、②の濫用防止規定の適用除外規定である、と整理することができる。 ヤフー事件では、本件副社長就任の特定役員引継要件該当性が争点とされたが、同最判は、同要件を定める前記③法人税法施行令112条7項5号(前記②の濫用防止規定の適用除外規定)の濫用による租税回避を、同法132条の2の適用により否認したのである。つまり、ここで否認されたのは、前記①の法人税法57条2項という課税減免規定の「濫用」を防止するための個別的否認規定である、前記②の同条3項に係る適用除外要件を定める、前記③の同法施行令112条7項5号の「濫用」による租税回避であり、それは、そのような意味で、形式論理的には、税法上の課税減免規定に係る「二重の濫用」による租税回避といってもよいかもしれない。このような呼称の点はともかく、そのような租税回避も、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避(租税回避の第2類型。第22回Ⅲ)の一種とみることができよう。この点については次のように考えるところである。 すなわち、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避における「課税減免規定」には、ヤフー事件に即していえば、未処理欠損金額の引継ぎを認める規定(法税57条2項。以下「本来的課税減免規定」という)だけでなく、同規定の不当な利用(濫用)を防止するための規定(同条3項)に係る適用除外要件の部分をも含めてよいであろう。というのも、後者の濫用防止規定(個別的否認規定)に係る適用除外要件は、いわば「否認緩和要件」として、当該濫用防止規定の適用により本来的課税減免規定の濫用が否認される場合に比べて、「課税減免」の効果をもたらすからである(当該濫用防止規定のうちそのような効果をもつ否認緩和要件を定める部分を以下「派生的課税減免規定」という)。そして、ヤフー事件最判は、そのような税法上の派生的課税減免規定の濫用による租税回避を否認したと考えることができるのである。 なお、課税減免規定の濫用について、筆者は次のとおり考え解説を行っている(【66】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号。以下同じ。第24回Ⅲ2も参照)。 この解説は、税法上の派生的課税減免規定の濫用についても妥当する。この解説によれば、前記①の法人税法57条2項の定める本来的課税減免規定の適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)は、前記②の同条3項の濫用防止規定によって補充されているが、前記③の同法施行令112条7項5号の定める派生的課税減免規定については適用除外要件が定められていないので、その適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)を補充し当該派生的課税減免規定の濫用を防止するために、ヤフー事件最判は同法132条の2を適用したものと解される(ヤフー事件最判当てはめ判示参照)。 3 法人税法132条の2の「重畳的」適用 税法上の派生的課税減免規定の濫用による租税回避に対する法人税法132条の2の適用を筆者は、個別的否認規定である同法57条3項との「重畳的」適用と呼んできた(拙稿「租税回避と税法の解釈適用方法論-税法の目的論的解釈の『過形成』を中心に-」岡村忠生編著『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(ミネルヴァ書房・2015年)1頁、24頁参照)。そのような呼称は、「個別防止規定の潜脱」に関して述べられている、法人税法57条3項と同法132条の2との次のような適用関係(斉木秀憲「組織再編成に係る行為計算否認規定の適用について」税務大学校論叢73号(2012年)1頁、78-79頁。下線筆者)を念頭に置いたものである。 なお、税法上の派生的課税減免規定の濫用については、その意義を前記2で述べたが、その論理構造をもう一度整理しておくと、その濫用は、本来的課税減免規定の濫用防止規定に係る適用除外要件(否認緩和要件=[その効果としては]課税減免要件・消極的課税要件[積極的課税要件も併せて第24回Ⅲ2参照]。ヤフー事件ではみなし共同事業要件)に係る適用除外要件(否認回復要件=[その効果としては]課税根拠要件・積極的課税要件)の欠缺を利用する行為である。法人税法132条の2の「重畳的」適用は、そのような否認回復要件の欠缺(これも隠れた欠缺である)を補充し派生的課税減免規定の濫用を否認する結果をもたらす。その結果は、否認緩和要件(みなし共同事業要件)に対して目的論的限定解釈(外国税額控除余裕枠利用事件・大阪高判平成14年6月14日訟月49巻6号1843頁の説示する「その趣旨・目的に合致しない場合を除外するとの解釈」。最判平成26年12月12日訟月61巻5号1073頁における千葉勝美裁判官補足意見も参照。以上につき【46】参照)を行うことによっても、もたらすことができる。ヤフー事件最判が特定役員引継要件についてそのような目的論的限定解釈の手法を採用しなかったのは、その手法については法解釈の限界を超えるものか否かの点で見解の対立がみられること(第7回Ⅲ参照)を考慮したものと考えられる。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第15回】 「資本金等の額が大きい会社の自己株式の取得」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 税理士 髙田 泰輔 相談内容 私Kは不動産管理業を営む非上場会社T社の代表取締役社長(65歳)です。 私には、長男A(35歳)と次男B(33歳)がいます。Aはサラリーマンで、不動産業にも会社経営にも興味はないようです。Bは障害をもっており、私の扶養で妻が面倒を見ています。 このような状況ですので、T社は私の代で清算させようと思っています。小規模企業ですので、費用対効果からM&Aも検討していません。 T社の直近期の財務状況等は下記のとおりです。 私もまだ元気ですし、今すぐ会社を清算するつもりはありませんが、Bが障害をもっていることもあり、私の身に“万が一”のことがあった時が心配です。そのため、T社の現預金の一部を拠出し、将来、Bが安心して住める不動産だけでも予め取得し、遺言で相続させたいと考えています。 この場合の現預金の拠出方法について、この先数年間の配当や役員報酬を増額して原資とすることも考えましたが、私の所得税等の負担が大きくなってしまいます。何か良い方法はありますか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 自己株式の取得と財源規制 会社が自ら発行する株式を株主から取得することを自己株式の取得といいます。自己株式の取得には有償取得と無償取得の2つがありますが、本稿では有償取得の取扱いを解説します。 自己株式の有償取得が無制限に行われると、会社の債権者が債権を十分に回収することができなくなります。そこで会社法では、自己株式の対価である金銭等の帳簿価額の総額が取得の効力発生日における「分配可能額」を超えることはできないと定めています。 そのため、自己株式を活用したスキームを検討する場合には、まず、分配可能額を算定する必要があります。 分配可能額の算定はかなり複雑な規定がされていますが、貸借対照表上の剰余金の額をベースに一定の調整をして算出します(会社法446、461②)。 [2] 自己株式の取得の課税関係 自己株式の取得(市場からの購入等一定の方法による場合を除く)が行われた場合において、自己株式の取得対価の額がその株式に対応する法人税法上の資本金等の額を超えるときは、その超える部分の金額は株主に対する「みなし配当」となります(法法24①五、所法25①五)。 (1) 発行法人の課税関係 法人税法上、自己株式は有価証券の定義から除外されており(法法2二十一)、自己株式を取得した場合は資本金等の額及び利益積立金額を減算することとされています(法令8①二十・二十一、9①十四)。つまり、自己株式の取得は資本等取引に整理されますので、発行会社において課税関係は生じません(法法22②⑤)。 (2) 株主の課税関係 株主においては、自己株式の譲渡対価を株式の譲渡収入に対応する金額とみなし配当の金額に区分して計算します。 個人株主であれば、株式の譲渡益に対応する部分は、所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%の税率による分離課税の対象となります。一方で、みなし配当部分は配当所得として総合課税の対象となり、累進課税が適用されます。このため、自己株式の取得によりみなし配当が生じるケースでは適用税率が高くなる傾向にあります(最高税率55.945%:所得税及び復興特別所得税45.945%、住民税10%)。 なお、みなし配当についても配当控除の適用があります(所法92)。 (3) みなし配当の金額(配当所得の計算) みなし配当の金額は、下記の算式に基づいて計算します。 (4) 譲渡所得等の計算 譲渡所得等の金額は、下記の算式に基づいて算定します。 [3] 本事例へのあてはめ T社の直近期の貸借対照表の純資産は300,000、資本金が10,000ですが、資本金等の額は300,000となっています。T社のように、資本金の額に比べて資本金等の額が多額になるケースとして、例えば過去に無償減資等により欠損填補した後に業績が改善し、利益体質の会社になったことによる場合が考えられます。 自己株式の取得スキームでネックになるのは、個人株主においてみなし配当部分が配当所得として総合課税の対象になることによる税負担です。 しかし、T社のような資本金等の額が多額な企業においては、自己株式を有償取得したとしても取得対価が資本金等相当額を超えず、みなし配当が生じない(もしくはみなし配当部分が少額となる)ケースもあります。みなし配当が生じない場合、個人株主においては株式譲渡益について所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%の税率による負担となります。 〈T社自己株式取得におけるみなし配当の金額及び譲渡所得税の計算〉 〔前提〕 〔みなし配当の金額〕 ∴みなし配当課税はない 〔1株当たりの譲渡所得等の金額〕 〔1株当たりの譲渡益に対する所得税及び復興特別所得税・住民税〕 譲渡対価については、「適正な時価」によることとされています。適正な時価の算定については、一般的には所得税基本通達59-6によりますが、時価純資産価額を採用する場合もあります。 [4] スキームの検討 T社の事業の遂行、キャッシュ・フローに支障が生じない範囲で自己株式の取得を実行します。Kの財産がT社株式から現預金に変わります。 その後、Kの希望どおり取得した現金で障害をお持ちのBのための不動産などを購入し、遺言により相続させます。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q53】 「特定口座で保有する証券投資信託に係る外国所得税の二重課税調整」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 令和元年12月31日以前の取扱い 個人投資家が日本の証券投資信託の受益権を保有し、その証券投資信託の信託財産のうちに外国法人が発行する株式が含まれる場合、当該外国法人が当該証券投資信託に対して配当する際に、当該外国法人の所在地国で外国所得税が源泉徴収されることがあります。証券投資信託側では源泉徴収後の配当金額を受領し、これを原資として受益者である個人投資家に対して収益の分配金を支払う際、さらに日本の所得税を源泉徴収する結果、外国所得税と日本の所得税とが二重に課税される結果となっていました。 所得税法には、従来、所得税法第13条第3項第1号に規定する集団投資信託(証券投資信託もこれに含まれます)について、信託財産に含まれる外国株式の配当等に対して課せられた外国所得税の額がある場合には、受益者に対する収益の分配を支払う者が、その支払いの際に、当該外国所得税に相当する額を収益の分配に係る所得税の額から控除してその残額を納税するという、調整規定が設けられています。 しかしながら、公募証券投資信託など一定の金融商品については、信託財産を管理する受託者(信託銀行)と受益者に対する収益の分配に係る源泉徴収義務者(例えば、証券会社)が異なるために、これが機能していませんでした。 そこで、この二重課税が生じる状況を改善すべく、平成30年度税制改正において、環境整備がなされました。 2 令和2年1月1日以降の分配金に係る二重課税調整の仕組み (1) 制度の概要 日本の証券投資信託の信託財産に外国株式が含まれ、当該外国株式に係る配当等から外国所得税が源泉徴収されている場合、受益者に対して証券投資信託に係る収益の分配金を支払う証券会社等は、受益者に対して支払う収益の分配の額から源泉徴収した所得税の額を税務署に納付する際に、当該証券投資信託に係る運用会社からの通知に基づき計算した当該外国所得税相当額を控除します。なお、住民税はこの措置の対象外です。 (2) 計算例 (1)を踏まえた具体的な控除額及び最終的な受益者の手取額の計算例を示すと下記のとおりです。なお、下記の例は説明のために簡略化したもので、実際は受益者ごとに計算されます。 例 (注) 信託財産のすべてが外国株式であるものと仮定します。 (3) 対象となる金融商品 令和2年1月1日以降、この二重課税調整の措置の対象となったのは、下記の金融商品です。 なお、私募投資信託や株式数比例配分方式以外の方法を選択したETF等は、発行会社(信託銀行)が源泉徴収義務者であるため、以前より二重課税調整が行われていました。 3 投資家側での手続き 源泉徴収ありの特定口座内で保有する証券投資信託については、外国所得税に関する二重課税調整後の税額をベースに源泉徴収が行われますので、投資家サイドで追加的な手続きを行う必要はありません。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第57回】 「借入金利子事件」 ~最判平成4年7月14日(民集46巻5号492頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)