〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第87話】 「103万円の壁」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「103万円の壁か・・・」 そう言うと、中尾統括官は、傍らにいる浅田調査官を見る。 「浅田君・・・この年収の壁って、本当に深刻なの?」 浅田調査官は、机の上で、調査報告の起案をしている。 「はあ・・・103万円の壁って・・・近頃・・・よく聞きますが・・・」 浅田調査官は、あまり関心を示さない。 「要は・・・年収が103万円を超えると・・・税金がかかったり、扶養から外れたりしてしまうということだろう・・・」 中尾統括官は、傍らにある新聞を見る。 (※) 毎日新聞2024年10月31日掲載記事より抜粋。 「・・・103万円というのは、基礎控除と給与所得控除を合計した金額で、それを超えると課税され、また、配偶者や親などの扶養に入っている場合、扶養控除の対象から外れることになる・・・」 中尾統括官の言葉を聞いた浅田調査官は、手を止める。 「・・・大学生などは、103万円の壁って、よく知っていますよ・・・バイトをしすぎると、103万円なんて、すぐに超えてしまう・・・そうすると、扶養している父親が勤務している会社から扶養控除ができないと言われ・・・父親は息子がバイトでそんなに稼いでいることを知らなければ、会社で恥をかくことになる・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「・・・中尾統括官の息子さんも大学生でしょ・・・きっと、バイトをしているのでは・・・どれくらい稼いでいるか知っていますか?」 浅田調査官は、ニヤニヤしながら聞く。 「・・・いや、バイトをしているのは知っているが、どれくらい稼いでいるかは知らないな・・・」 中尾統括官が答える。 浅田調査官は、いつの間にか、右手に電卓を持っている。 「・・・例えば、103万円をオーバーしている金額を10万円とすると、息子さんは、所得税率5%が適用され、5,000円支払うことになる・・・そして、息子さんが父親の特定扶養親族(19歳以上23歳未満)であれば、所得税63万円、住民税45万円の控除ができなくなる・・・中尾統括官の所得税の税率が仮に20%とすると・・・12万6,000円、地方税は一律10%だから4万5,000円、合計で17万1,000円の増税になります・・・」 浅田調査官は、机の上の罫紙に今話したことを書き写す。 「・・・つまり、息子さんが103万円を超えて10万円稼ぐと、逆に税金が増え、家庭内の実質的な手取りが7万6,000円少なくなるのです・・・」 「なるほど、特定扶養親族から外れると、税負担が増えるのだな」 中尾統括官は、感心しながら、罫紙を見る。 「・・・ところで、壁を103万円から178万円に引き上げると、財務省の試算では、約7~8兆円の財源が必要になってくる・・・これにどう対処するかが問題だ・・・」 中尾統括官は腕を組みながら言う。 「・・・それに、この引上げは、高所得者ほど減額効果が大きいということを認識しなければならない・・・」 浅田調査官は、再び、電卓を持ち出す。 「この75万円の控除額増加による所得税の減少額の算出に際しては、高額所得者は所得税の最高税率45%が適用される一方、低額所得者は5%が適用されることになります」 「・・・更に、この75万円の根拠についても批判が多い・・・1995年から現在までの間に、最低賃金は611円から1,055円へと約1.73倍に上昇したので、103万円に1.73倍を乗じると、178万円になるということなのですが・・・しかし、これは、最低賃金ではなく、物価上昇率をベースとすべきであるという意見が多く、また、1995年を基準とするのが適切なのかという批判もあります・・・」 浅田調査官は続けて話す。 「・・・加えて、社会保険が親の扶養から外れる130万円の壁があります・・・年収130万円以上になると、親などの扶養者の社会保険の扶養を外れ、自身で国民健康保険等かバイト先の社会保険に加入する必要が生じます・・・この国民健康保険料等や社会保険料の負担額は、おおむね年間15~20万円になります・・・そうすると、手取りが大きく減ることになるので、仕事をしなくなるという事情があります・・・」 浅田調査官の言葉をじっと聞いていた中尾統括官は、突然、「「勤労学生控除」の27万円を学生が使うのはどうだろうか」と尋ねる。 「納税者自身が勤労学生であるときは、勤労学生控除の27万円は使えますが・・・ただ、扶養控除の対象からは外れます」 そう言うと、浅田調査官は、勤労学生控除の対象となる要件を言う。 「・・・しかし、勤労学生控除の金額もそれほど大きくはないです」 浅田調査官は、勤労学生控除にそれほど興味を示さない。 「・・・ところで、社会保険料は、支払えば将来自分が年金をもらえるというメリットがあるのだから、手取りは減るけれども、税金とは異なる支出だと思う・・・」 中尾統括官が言う。 「しかし、年収の少ない若者にとっては、老後の年金よりも、現在の手取金額を考えるのでしょう」 浅田調査官は、若者を代弁して言う。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を改訂 ~令和6年度税制改正等を反映し、注書きや参考を追記~ 税理士 中尾 隼大 (1) 「ストックオプションに対する課税(Q&A)」の改訂 国税庁は、令和6年11月13日付で「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(以下、単に「Q&A」という)を改訂した。 今回の改訂は、以下(2)で触れる設問に関して、令和6年度税制改正の内容等を反映するための注書きや参考が追加された形である。 (2) 追加された内容 既存のQ&Aに追加された主な内容は次の通りである。 【問6 税制適格ストックオプションの課税関係】 ストックオプションの「付与決議の日」について、「割当てに関する決議」である旨の解説箇所に、以下の通り会社法に関する解説が追記された。 また、参考として、「令和6年度税制改正で措置された税制適格ストックオプションの改正の概要」が追記された。 【問10 税制適格ストックオプションの権利行使価額(契約変更)】 この設問は、令和5年7月の租税特別措置法通達の改正を踏まえ、権利行使価額を引き下げる契約変更を行うことに関するものである。契約を変更した場合において、当初契約に反した権利行使とはならない場合には、税制適格ストックオプションとされる旨等の注書きが追記された。 【問12 税制適格ストックオプション(信託型)の課税関係】 「付与決議の日」及び端数処理、そしていわゆる保管委託要件についても、問6の参考箇所と同様の注書きが加えられ、令和6年度税制改正に沿う形に改訂がなされている。 (3) 今回の改訂について 今回の改訂は、令和6年度税制改正を反映させる形でなされたものであり、随所に参考という形でその内容が追記されている。注書き等の追記であるため細かな改定ではあるが、内容は重要であるため、これらの改訂内容を確認しつつ実務に活用したい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税庁が質疑応答事例を更新し、新たに27事例を追加 ~グループ通算制度で損益通算等の適用がある場合の「1株当たりの利益金額Ⓒ」の計算等~ Profession Journal編集部 国税庁は11月27日付けで質疑応答事例を更新し、新規掲載事例一覧を公表した。税目等は、所得税、源泉所得税、譲渡所得、相続税、財産の評価、法人税、消費税、印紙税の8項目と幅広く、新たに27事例を掲載している。 なお、新規掲載の27事例は以下の通り。 (了)
2024年11月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.596を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第44回】 「会計的意味における包括的所得概念と法人税法上の包括的所得概念」 -未計上資産無償譲渡[相互タクシー]事件・最判昭和41年6月24日民集20巻5号1146頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 所得税や法人税は「所得」を課税物件とする租税であり(所税7条、法税5条以下)、所得税及び法人税の課税は「所得課税」と称される。ただ、所得税法や法人税法は、課税物件としての所得(課税所得)の概念を定義することなく、実際の経済生活の中に存在する「所得」という経済的事実を課税物件として取り込んで課税所得を定めていることから、その意味内容を明らかにするには、所得税法や法人税法の個々の規定の解釈だけでなく、それらの全体構造やそれを支える基礎理論としての所得概念論の検討・解明も必要である(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【167】参照)。金子宏教授が「[租税法における]基礎理論的研究の第一歩」(同『所得概念の研究〔所得課税の基礎理論 上巻〕』(有斐閣・1995年)9頁[初出・1966年])として所得概念を研究されたのは、まさにこのような問題意識に基づくものであると考えられる。 「所得税は様々な社会階級の様々な所得源泉を前提とし、したがって資本主義社会を前提とする。」(Karl Marx, Kritik des Gothaer Programms, 1875, IV A.)といわれるように、所得税は、産業革命の母国であり資本主義が世界史上最も早く始まったイギリスで1799年に採用されて以来、資本主義の発展に伴い各国で採用されるようになったが、所得概念論すなわち所得とは何かという議論は、まずは、資本の自律的運動(投資及び再生産の過程における資本の循環)の結果として継続的・反覆的に生み出される経済的利得(例えば賃金、利潤、利子、配当、地代など)を課税所得として観念する学説において、19世紀後半から20世紀初頭にかけて主としてドイツで、展開された。それらの学説は、経済的利得を継続的・反覆的に生み出す源泉に着目して所得概念を構成する点で共通しており、所得源泉説(Quellentheorie)と総称される(前掲拙著【168】参照)。 その後、所得概念論は純資産増加説(Reinvermögenszugangstheorie)の登場によって画期的な展開をみた。純資産増加説は、シャンツ(Georg von Schanz)が1896年に「所得概念と所得税法(Der Einkommensbegriff und die Einkommensteuergesetze)」という論文(Finanz-Archiv 13.Jahrg., 1896, S.1)で、所得源泉の如何を問わず担税力の増加を「所得」として観念して所得源泉説を批判して唱えた考え方である。 シャンツは当時における商人の利益計算を念頭に置いて純資産増加説を構想したが、「主として法人税についてシャンツの純資産増加説が述べられていることへの一層の理解を得る」(清永敬次「シャンツの純資産増加説(一)」税法学85号(1958年)7頁。なお、金子宏教授による所得概念研究は「考察の重点を個人所得の問題におく」(同・前掲書4頁)ものである)という観点からすれば、次の見解(Max Lion, Der Einkommensbegriff nach dem Bilanzsteuerrecht und die Schanzsche Rinkommenstheorie, in: H. Teschenmacher (Hrsg.), Beiträge zur Finanzwissenschaft (Festgabe für Georg von Schanz zum 75. Geburtstag 12. März 1928), Tübingen 1928, 273, 287f. 下記の邦訳については拙著『税法創造論』(清文社・2022年)394-395頁を再掲した)は傾聴すべきものである(清永敬次「シャンツの純資産増加説(二・完)」税法学86号(1958年)15頁、22-23頁も参照)。 この見解によれば、純資産増加説には、資産増加(Vermögenszugang)と資産増価(Vermögenszuwachs)との区別に対応して2つのタイプのものがあることになる。シャンツは前者に着目する純資産増加説を唱えたのに対して、後者に着目する純資産増加説も観念することができるのである。両説の違いは、商人の利益計算の方法(今日でいえば企業会計における利益計算の方法)の違いであり、前説はその利益計算の方法として損益法を採用するものであり、後説は財産法を採用するものである。 このような考察に基づき、筆者は、前説を「損益法型純資産増加説(Reinvermögenszugangstheorie)」と呼び、後説を「財産法型純資産増加説(Reinvermögenszuwachstheorie)」と呼ぶことにしている(前掲拙著『税法創造論』395頁、前掲拙著『税法基本講義』【179】参照。後記Ⅲ2も参照)。 この2つのタイプの純資産増加説はいずれも企業の利益計算の観点から所得概念を包括的に構成するものであるから、両説による所得概念は「会計的意味における包括的所得概念」(前掲拙著『税法基本講義』【179】)と総称することができよう。とはいえ、前記の見解が説くように、損益法的純資産増加説によれば、実現した利益のみが課税されるのに対して、財産法型純資産増加説によれば、未実現の利益(評価益)も課税される点に、両説の決定的な違いがある。 この両説の違いを背景として、法人税法上の包括的所得概念の意義が昭和40年全文改正前法人税法(昭和22年法律第28号。以下「旧法人税法」という)9条1項の「総益金」の解釈をめぐって争われたと解される事件に関する最高裁の判断として、未計上資産無償譲渡[相互タクシー]事件・最判昭和41年6月24日民集20巻5号1146頁(以下「本判決」という)がある。以下では、まず、本判決の判断内容をみておこう。 Ⅱ 本判決の判断内容 本件は、大阪相互タクシー株式会社(原告・控訴人・被上告人)が、昭和22年11月21日から同23年11月20日に至る事業年度において当時の独禁法10条による制約(金融業以外の事業を営む一般事業会社による他社株式取得の禁止)の下で「その所有する増資会社の株式を一時自社の重役に信託的に譲渡し株主名義を重役個人に書き替える方法により、または増資会社から第三者指名権を与えられて自社の重役個人を指名する方法によつて、これら重役等に各社の増資新株の割当を受けさせ、それぞれその新株を取得させた」(本判決による原判決=大阪高判昭和36年11月29日行集12巻11号2288頁の事実認定の要約)ところ、上記方法による自社の各重役への新株引受権(増資会社の株式の所有に基づき享受する経済的利益=新株プレミアム)の無償移転について譲渡益(益金)を認定する更正処分を受けたので、これを争って審査の請求をし所轄国税局長(被告・被控訴人・上告人)から一部取消しの裁決を受けたものの、これを不服として当該裁決の取消しを求めた事案である。 本判決は、原判決が前記事実認定に続けて「このように第三者に新株を割当させることのできた被上告会社の地位そのものは、金銭に見積ることもできる経済的価値ある利益とし、被上告会社の前叙の行為は、同社に帰属した新株の割当に関する利益を各重役に移転したものと見ることができる旨を判示した」ことを確認した上で、「被上告会社は、前叙の行為により重役等個人にそれぞれ増資株式を取得させたうえ、重役等のこれによつて取得した利益を同社に回収することを約さしめることもできたはずであり、また重役その他の第三者に対し相当の対価を徴して、その者のために前叙の行為をすることもできたわけであるから、被上告会社がこのような方法に出ないで、重役等のために前叙の行為をしたことは、増資会社の株式の所有に基づき被上告会社が享受する経済的利益を無償で重役等に授与したことを意味し、この点に関する前叙原判示は正当といわなければならない。」と判示した。 以上の判断を踏まえ、本判決は上記判示に続けて次のとおり判示した(下線・傍点筆者)。 Ⅲ 財産法型純資産増加説に基づく「総益金」の解釈 1 本判決による未計上資産無償譲渡に係る益金認定の法的根拠 この判示について、清永敬次教授は、「最高裁は未計上資産(隠れていた資産価値、価値増加分)が無償で社外に流出する、無償で譲渡される場合にも益金を認識すべきであると判示したのである。このような判断を最高裁が下したのははじめてのことであり、またこの判断は税法上の益金概念に関して極めて重要な意義を有するものである。」(同「判批」シュトイエル57号(1966年)7頁、12-13頁)と評価されつつ、「このような判断がいかなる根拠に基づいて肯定しうるかについて若干考えてみよう。」(同13頁)と述べ、その根拠の「説明」(同頁)として、前記判示のうち次の部分を引用しておられる(同頁)。 その上で、清永教授は次のとおり述べておられる(同頁。下線筆者)。 清永教授が指摘されるように、確かに、本判決は未計上資産の無償譲渡に係る益金の認定について法的根拠を明示してはいないが、ただ、「最高裁の判決を生み出す原動力となつた上告理由は、この未計上資産の計上が必要な理由を法律の規定を根拠にして議論している。」(清永・前掲「判批」13頁)ことも事実である。本件上告理由は、次のとおり述べている(民集20巻5号1151-1152頁。下線筆者)。 本件上告理由は、上記の引用部分の冒頭で旧法人税法9条1項の規定及びその解釈を示しているので、これが未計上資産の無償譲渡に係る益金の認定の法的根拠であることは確かであるが、上記の引用部分に続けて「以上の見地に立脚して、財産の時価の値上がり分その他未だ企業の帳簿に計上されていない経済的利益が社外に流出した場合について、その実現が如何に把握さるべきかの問題を考察するに、それはその社外に流出した時に従来既に発生し存在していた潜在的利益が客観的、かつ確定的となつて顕在化し、企業の収益として実現したと見るべきである。」(民集20巻5号1152頁)と述べており、本判決も前記の判示において基本的にはこの考え方を受け入れたものと解される(清永・前掲「判批」13頁は本件上告理由を「最高裁の判決を生み出す原動力となつた」とみている)ことからすると、「以上の見地」こそが未計上資産の無償譲渡に係る益金の認定の実質的根拠を示すものと解される。 2 旧法人税法上の包括的所得概念と財産法 そこで、次に、本件上告理由にいう「以上の見地」をどのように理解するかが問題になるが、それは、「商法上の会社、特に株式会社の商法上の利益の概念から法人税法上の所得概念を展開しようとする方法論」(忠佐市『租税法要論〔第10版〕』(森山書店・1984年)189頁)の影響を受け、「このような[多少とも財産法の考え方が昭和37年改正まで継続してきた]商法の規定ないし解釈に依拠して、税務行政庁は、資産の評価益は法人の益金を構成するという解釈をとり、判例・学説もそれを支持してきた。」(金子宏『所得課税の法と政策〔所得課税の基礎理論 下巻〕』(有斐閣・1996年)333頁[初出・1983年])ことに鑑みると、財産法の考え方を意味するものであるように思われる(これと異なる理解を示すものと解される見解として村井正「判批」民商法雑誌56巻2号(1967年)279頁、284-285頁参照)。 この点については、次の見解、すなわち、法人税法の昭和40年全文改正後の同法22条の規定について、「法解釈学上の論争をみても、損益法的発想になる法人税法22条の解釈が取り上げられ、同条の解釈通達であるとされている基本通達51(註)および52(註)に言及することが殆ど見当たらなくなっている」(長穰「法人税法における財産法の影響について」税務大学校論叢1号(1968年)83頁、89頁)と述べ、「法人税法では、一般に、法律が、損益法のパターンを示し、通達が、財産法のパターンを示している。」(同89頁)という認識を示した上で、「財産法は、規定の背後に沈潜し、当然の前提となって存在しているから、言語的表明の形式を取っていない。」(同90頁。下線筆者。黒澤清=番場嘉一郎監修・新井清光ほか編『体系制度会計〔第1巻〕基礎理論』(中央経済社・1978年)43頁[黒澤清執筆]も同旨)との観察命題を定立し、その検証を試みる見解が、注目される。 この見解において上記の観察命題の前提となっている上記の認識については、そこでいう「通達」すなわち旧法人税基本通達51及び52の廃止後においても、一見すると同様のもののように思われる認識を示す次の見解(武田隆二「税務会計の基礎(二)」会計113巻5号(1978年)741頁、742-743頁。太字・傍点原文。下線筆者)がある。 ただ、この見解のいう「財産法」は、本件上告理由が言及した税務行政庁の解釈が想定していた財産法(長・前掲論文のいう「財産法」も同じものと解される)とは異なる意味での「財産法」であるように思われる。その理由は、この見解を説く論者が「法人税法上の所得概念」について次のとおり説くところ(武田隆二「税務会計の基礎(三)」会計113巻6号(1978年)913頁、919頁。傍点原文。下線筆者)から、明らかになるように思われる。 ここでは「財産法」という言葉が2とおりの意味で使われているが(なお、その後ニュアンスが違ってきているように思われるが、武田隆二『法人税法精説〔平成15年版〕』(森山書店・2003年)66-68頁参照)、この論者が前記の見解でいう「財産法」は後者の意味での「財産法」すなわち「個別経済内における財貨の流入および流出の全体を観察の基礎におき、両者の期間的総量の差額の確定を内容とする財産法」であるのに対して、本件上告理由が言及した税務行政庁の解釈が想定していた財産法は前者の意味での「財産法」すなわち「期首と期末の純資産の比較を内容とする財産法」である。これこそが「財産増価(Vermögenszuwachs)」を「計算」(発見・決定)する財産法である(筆者が財産法外純資産増加説でいう「財産法」もこれである。なお、筆者は後者の意味での「財産法」を損益法として捉え「期間的純資産増加説」を損益法型純資産増加説と呼んでいる。前記Ⅰ参照)。本件上告理由は、この前者の意味での「財産法」に基づくからこそ、「その所有資産の時価の騰落によつて生じた経済的価値の増減のうち実現したもの」をも総損益金に算入する旨を説いたものと解される。 3 財産法型純資産増加説における「いわゆる実現主義」 以上により、未計上資産の無償譲渡に係る益金認定の法的根拠は旧法人税法9条1項であるが、その実質的根拠は、旧法人税法上の包括的所得概念であり、さらには、これが財産法型純資産増加説に基づく包括的所得概念であると解されることから、結局のところ、前記の「期首と期末の純資産の比較を内容とする財産法」に帰着することになろう。 ただ、「商法は、昭和37年の改正で損益法の考え方に移行するまで、多少とも財産法の考え方をとってきた」(金子・前掲『所得課税の法と政策』333頁)とはいえ、「評価益を計上するかどうかは法人の任意であり、法人の所得計算上も、法人がその決算において評価益を計上した場合にのみそれは益金となると解されてきたこと」(同頁)からすると、前記の「期首と期末の純資産の比較を内容とする財産法」から、直ちに、未計上資産(本件では新株プレミアム)の無償譲渡に係る益金認定を根拠づけることはできないように思われる。 本件上告理由は、その間の論理展開についても、これを媒介する論理を提示しているように思われる。すなわち、本件上告理由は、「収益または損失の実現とは何をいうか、すなわち、如何なる事実または状態を以て収益または損失の実現と見るか」という「重要な問題」について、「それは、一般に承認され正規の簿記の土台になつている近代企業会計の理論に基礎を置き、租税負担の公平等いわゆる租税原則といわれるものを考慮して、それぞれの場合の損益の形態に応じ合目的見地から決定されるべきものである」と述べているが、ここで述べられている「合目的見地」こそが上記の媒介論理であるように思われるのである。 そのような「合目的見地」は、本判決の調査官解説(矢野邦雄「判解」最判解民事篇(昭和41年度)322頁)が「いわゆる実現主義」として次のとおり説く考え方(同328-329頁。下線・傍点筆者)を意味するものと解される。 この調査官解説のいう「いわゆる実現主義」は、「一般に企業の有する資産が企業から分離、、する時期をもって収益の実現、、があったものとして経理する」(傍点筆者)考え方であるが、本件で問題となったような企業所有の増資会社株式についていえば、新株プレミアム(株価の値上がり益=隠れた資産価値=含み益)を所得として把握すること(私見によれば、財産法型純資産増加説に基づく包括的所得概念によること)を前提にして、これが当該株式の所有企業において会社資産のうちに計上されないまま放置、、されることが通常であることを認めつつも、当該株式が有償で譲渡され所有企業の会社資産から分離、、される場合には、その対価の流入をもってその隠れた資産価値が表現、、され認識、、されるのに対して、当該株式が無償で譲渡され所有企業の会社資産から分離、、される場合には、その隠れた資産価値を明確、、にする措置(評価替え)をもってその隠れた資産価値が認識、、される、という考え方であると整理することができよう。 このような整理によれば、「いわゆる実現主義」は、未計上の資産(新株プレミアム)については、会社資産からの「分離」とその「認識」をもって「実現」を観念する考え方であるが、有償譲渡による「分離」の場合は、その隠れた資産価値が対価(の一部)として「表現」されることによって未計上資産の「認識」がもたらされるのに対して、無償譲渡による「分離」の場合は、その隠れた資産価値を「明確」にする措置(評価替え)によって未計上資産の「認識」がもたらされることになるのである。 このように考えてくると、「いわゆる実現主義」は、本件上告理由にいう「一般に承認され正規の簿記の土台になつている近代企業会計の理論」としての財産法による所得計算(私見によれば、財産法型純資産増加説による「総益金」の解釈に基づく所得計算)を前提にして、未計上の資産(新株プレミアム)については、本件上告理由にいう「租税負担の公平等いわゆる租税原則といわれるもの」を考慮して、本件上告理由にいう「合目的見地」から、有償譲渡の場合と無償譲渡の場合とを課税上公平に取り扱う考え方であるといってよかろう。 本判決の前記の判示のうち次の部分(傍点筆者)は、以上のような「いわゆる実現主義」を説示したものと解される。 もっとも、この判示部分では「実現」ではなく「顕現」という言葉が用いられているが、この点については、昭和40年の法人税法全文改正において同法22条1項の「当該事業年度の益金の額から」という部分に関する次のような議論(武田昌輔『法人税回顧六〇年~企業会計との関係を検証する~』(TKC出版・2009年)133-134頁)を考慮して、敢えて「実現」という言葉を用いなかったのかもしれないと推察される(「実現」の観念については金子・前掲『所得課税の法と政策』334-335頁も参照)。 Ⅳ おわりに 最後に、以上の考察をまとめると、本判決は、未計上資産の無償譲渡に係る益金認定の法的根拠を旧法人税法9条1項として、同項の定める「総益金」の概念を、同法が前提とする会計的意味での包括的所得概念(財産法型純資産増加説に基づく包括的所得概念)に依拠し、かつ、「租税負担の公平等いわゆる租税原則といわれるもの」を考慮して、有償譲渡の場合と無償譲渡の場合とを課税上公平に取り扱うという「合目的見地」から、解釈したものと解される。 昭和40年全文改正後の現行法人税法においては、同法22条1項が企業会計の理論ないし会計観の変更を受けて損益法を前提にして課税所得の計算を定め(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)344頁、前掲拙著『税法基本講義』【378】参照)、同条2項が資産の無償譲渡について収益の擬制を定めた(金子・上掲書346頁、上掲拙著【386】参照)ことから、本判決はその妥当性を失ったものと考えられる(金子・前掲『所得課税の法と政策』331頁以下も参照)。 もっとも、低額譲渡[南西通商]事件・最判平成7年12月19日民集49巻10号3121頁の下記の判旨(下線筆者)について、「判旨第1段落は、昭和40年法人税法改正前の相互タクシー事件に関する最判昭和41年6月24日(民集20巻5号1146頁、・・・・・・)の考え方を受け継いでいる。」(金子宏ほか編著『ケースブック租税法〔第6版〕』(弘文堂・2023年)396頁[増井良啓執筆])との見方があるが、筆者としては、判旨第2段落が、有償譲渡の場合と無償譲渡の場合とを課税上公平に取り扱うという「合目的見地」を、「受け継いでいる」と考えるところである。 (了)
〈令和6年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第3回】 (最終回) 「年調減税事務に関する実務Q&A」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 本稿(最終回)は、年調減税事務に関し、実務上判断に迷う事項等をQ&A方式で解説する。 取り上げる事項は以下のとおりである。 - 解 説 - 年調減税事務において減税額を控除する対象となるのは、次の《年末調整で定額減税の対象となる人の要件》のすべてを満たす人である(措法41の3の8①)。 《年末調整で定額減税の対象となる人の要件》 したがって、年末調整の対象となる人のうち、令和6年分の合計所得金額が1,805万円を超える人は、定額減税の対象にはならない。そのような人については、減税額を控除せずに年末調整を行い、給与等に係る源泉徴収税額から控除した減税額を精算する。 なお、合計所得金額が1,805万円を超えるかどうかは、原則として、従業員等から提出を受ける「基礎控除申告書」の記載から判定する。 また、支払う給与等が収入金額ベースで2,000万円を超える人は年末調整の対象とならないため、確定申告で減税額の精算を行うこととなる。 (例)役員A(年末調整の対象者) - 解 説 - 月次減税事務では、「令和6年6月1日現在在職」、「扶養控除等申告書を受領」、「居住者」の3つの要件をすべて満たす従業員等について、減税額を控除することとされていた。よって、令和6年6月2日以後に就職した従業員等については、月次減税事務において減税額を控除していない。 しかし、年調減税事務では、【Q1】の《年末調整で定額減税の対象となる人の要件》のすべてを満たす場合には減税額を控除する。したがって、令和6年6月2日以後に就職し、月次減税事務では減税額を控除していなかった従業員等であっても、年末調整の対象者であり、令和6年分の合計所得金額が1,805万円以下であれば、年末調整で定額減税を適用する。 - 解 説 - 令和6年分の合計所得金額が1,805万円を超える人は、定額減税の適用対象外であるが、月次減税事務においては合計所得金額を勘案せずに減税額を控除している。 支払う給与等が収入金額ベースで2,000万円を超える人については、甲欄適用者であっても年末調整を行わないため、月次減税事務において控除した減税額は、納税者本人が確定申告により精算することとなる。給与支払者(会社等)において、減税額を精算する必要はない。 〈具体例〉 (※1) 1社から支払われた甲欄適用の金額 - 解 説 - 「令和6年6月1日現在在職」、「扶養控除等申告書を受領」、「居住者」の3つの要件を満たす従業員等は、月次減税事務において減税の対象者とされ、このとき従業員等が公的年金等の支給を受けているかどうかは勘案されていない。 したがって、給与等と公的年金等の両方の支給を受けている場合には、それぞれの源泉徴収税額から減税額が重複して控除される可能性があるが、この重複分は納税者本人が確定申告を行うことにより精算することとされている。給与支払者(会社等)が、年末調整において重複して控除されている減税額を調整する必要はない。 - 解 説 - 同一生計配偶者について記載された「源泉徴収に係る定額減税のための申告書」の提出を受けている場合でも、その配偶者を年調減税額の計算に含めるには、「配偶者控除等申告書」又は「年末調整に係る定額減税のための申告書」の提出を受ける必要がある。 また、同一生計配偶者について、源泉控除対象配偶者として記載された「扶養控除等申告書」の提出を受けている場合にも、その配偶者を年調減税額の計算に含めるには「配偶者控除等申告書」又は「年末調整に係る定額減税のための申告書」の提出を受ける必要がある。 - 解 説 - 配偶者や親族が同一生計配偶者又は扶養親族に該当するかどうか、また、配偶者や親族が居住者に該当するかどうかは、その年の 12月31日の現況で判定する。なお、年の中途で本人又は配偶者や親族が死亡した場合には、死亡の日の現況で判定する。 ①の子は、年の中途で出国し、令和6年12月31日の現況では非居住者に該当する。したがって、年調減税額の計算には含めない。 ②の子は、12月31日の現況で扶養親族に該当し、③の父は、死亡の日の現況で扶養親族に該当する。したがって、②と③の扶養親族は、いずれも年調減税額の計算に含める。 なお、月次減税額と年調減税額との間に生じた差額は、年末調整において精算することとなる。 - 解 説 - 同じ世帯に納税者が2人以上いる場合、同一の人をそれぞれの納税者の扶養親族として重複して申告しない限り、どの納税者の扶養親族としても差し支えない。誰の扶養親族に該当するかは、「扶養控除等申告書」に記載されたところによる。 子Bは、Aの夫の控除対象扶養親族として申告されているので、Aの控除対象扶養親族には該当しない。 定額減税の計算においても、同じ世帯に納税者が2人以上いる場合には、「扶養控除等申告書」の記載に基づき、いずれかの者の減税額計算の対象とする。1人の扶養親族を、各納税者が重複して減税額の計算の対象とすることはできない。 - 解 説 - 他の人の同一生計配偶者や扶養親族に該当する人は、令和6年分の合計所得金額が48万円以下であるので、源泉徴収税額が発生した月があったとしても年末調整により最終的な源泉徴収税額は0円となる。 年末調整をした従業員等の源泉徴収票の摘要欄には、控除した年調減税額と控除しきれなかった年調減税額を記載することとされているので、この場合にも、摘要欄に「源泉徴収時所得税減税控除済額0円、控除外額30,000円(※3)」と記載する。 (※3) その従業員等の定額減税としてではなく、同一生計配偶者や扶養親族としている親族(居住者)の定額減税の計算において加味される。 * * * なお、年調減税事務については、国税庁のホームページに公表されている「令和6年分所得税の定額減税Q&A」もご参照いただきたい。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例140(所得税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除(措法35) 次の要件を満たした居住用財産の譲渡をしたときは、所有期間の長短にかかわらず譲渡所得から最高3,000万円を控除できる。居住用財産が共有である場合に、この特例の適用を受けることができるかどうかは共有者ごとに判定する。また、家屋は共有ではなく、土地だけ共有としている場合には、家屋の所有者以外の者は原則としてこの特例の適用を受けることはできない。 ◆居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例(措法31の3の①) その年の1月1日における所有期間が10年超の居住用財産を譲渡した場合に、一定の要件(原則として「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除」の適用要件)に該当するときは、他の土地建物に係る譲渡所得と区分し、課税長期譲渡所得金額が6,000万円以下の部分については、通常よりも低い税率(所得税10%、住民税4%)で所得税等を計算することができる。 ◆居住用財産の譲渡の特例の適用関係 「3,000万円の特別控除の特例」は、所有期間の長短に関係なくその適用を受けることができるが、「軽減税率の特例」は長期保有資産に限り適用を受けることができる。したがって、所有期間10年超で、居住期間10年以上の居住用財産の譲渡については、「3,000万円の特別控除の特例」と「軽減税率の特例」を重複適用することができる。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第43回】 「同族会社の薬局建物の敷地部分につき「土地の無償返還に関する届出書」の対応範囲ではないことから、相続税評価額は自用地評価の80%ではなく、借地権相当額を控除した価額が認められた事例」 税理士 菅野 真美 ▷借地権の評価 同族会社のオーナーが土地を有し、その上の建物を同族会社が所有し利用している場合のオーナーの土地の相続税評価額の算定方法は、実務上悩ましい問題である。このような場合、同族会社が当初、権利金を支払ったり、相当の地代を支払っているケースは少なく、通常の地代程度を支払っているケースが多いのではないだろうか。しかし、通常の地代を支払ったとしても、本来支払うべき権利金を支払わなかった場合は権利金の認定課税が潜在的に存在する(法基通13-1-3)。 このような場合の解決策の1つとして「土地の無償返還に関する届出書」を税務署に提出するという方法がある。この届出書を提出した場合は、権利金の認定課税は行われないものの(法基通13-1-7)、相続発生時の底地の評価額は自用地の80%評価額となる(「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」(昭和60年6月5日付直資2-58ほか1課共同、以下「相当地代通達」という)8)。 しかし、多様な事例の中には、土地の無償返還に関する届出の有無等で簡単に処理できないものもある。今回は、土地の無償返還に関する届出書の対象とされていた土地について、無償返還の届出の対応範囲ではなく、借地権相当額を控除した価額で評価すべきかどうかについて争われた事例を検討する。 ▷どのような事例か 医療法人の理事長の相続が平成26年4月に生じた。相続人は配偶者と子らである。 理事長が有する土地の上に、配偶者等が100%株式を有する法人(以下「同族会社」という)が昭和55年8月に木造の建物を建築し、調剤薬局の店舗として利用していた。 当初、同族会社は理事長に地代を支払わず、権利金の授受も行われていなかったが、平成21年9月以降地代を支払うようになった。 平成6年4月に医療法人が設立され、平成6年1月15日付で理事長らと医療法人との間で病院建物の敷地等について不動産の賃貸借契約が締結(医療法人設立認可日に発効)された。この契約の範囲内に薬局の敷地も含まれていた。 平成11年8月9日、理事長らと医療法人は、医療法人は将来各土地を無償返還するという合意書を取り交わし、平成12年11月21日に「土地の無償返還に関する届出書」を所轄税務署に届け出た。この無償返還となる土地の対象に上記薬局建物の敷地が含まれていた。しかし、図面には薬局敷地及び薬局建物は表示されていなかった。 平成26年4月に医療法人の理事長の相続が発生し、相続人である配偶者らは相続税の申告をしたが、医療法人に貸している土地について借地権割合50%を控除して評価していた。 そこで、処分庁はこれらの土地について自用地の100分の80に相当する金額で評価することになるとして、平成30年2月1日に更正処分を行った。配偶者らはこの処分を不服として、再調査の請求をしたところ棄却されたため審査請求したのが本事例である。 ▷争点は 本事例における争点は、病院建物の敷地部分と薬局建物の敷地部分について、相当地代通達8(「土地の無償返還に関する届出書」が提出されている場合の貸宅地の評価)の適用があるかどうかであるが、本稿においては薬局敷地に絞って検討する。 ▷配偶者らの主張は ▷処分庁の主張は ▷審判所の判断は 国税不服審判所は次のように述べて、薬局敷地については貸宅地評価を認めた。 * * * このように薬局敷地については貸宅地評価が認められた。ちなみに、病院敷地は貸宅地評価が認められず、自用地の評価額の80%相当額と判示された。 この裁決においては、当初賃料を支払わなかった期間も含めて長期間にわたって同族会社所有の建物を利用していたことから、借地権の控除額を評価している。 しかし、もし、昭和55年から相続の開始のあった平成26年4月までの全期間にわたって賃料を支払わず(使用貸借として)敷地を利用し、土地の無償返還に関する届出書を提出しなかったならばどのように評価しただろうか。使用貸借だから利用者の権利の価額がないと考えて自用地評価となるのだろうか。それとも本裁決と同様に貸宅地評価を認めるのだろうか。 この裁決の論理から考えると貸宅地評価とも読み取れる。しかし、使用貸借でも土地の無償返還に関する届出書を提出した場合は自用地評価(法基通13-1-7)とされるが、提出しない場合は借地権があるものとして貸宅地評価が認められるということは、使用貸借や賃貸借の取引の本質を考えると疑問がある。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第56回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 エ 外国信託が投信法上の投資信託に類するものといえるかどうかは種々の事情を総合勘案すべきという見解 逐一の引用は省略するが、外国において外国の法令に基づいて設定された信託が投信法上の投資信託に類するものといえるかどうかの判断基準については、種々の事情を総合勘案すべきであるという見解も珍しくない。 本信託は主として特定資産に対する投資として運用することを目的とする信託ではない点を除けば、委託者指図型投資信託に類似するとし、金融庁が、前述のような総合勘案を経て本信託を投信法上の外国投資信託に該当すると判断する可能性もあるのであろうか。 他方、委託者指図型投資信託契約は、一の金融商品取引業者を委託者とし、一の信託会社等(信託会社又は信託業務を営む金融機関)を受託者とするのでなければ、これを締結してはならないとしていることから、本信託における委託者や信託会社等の捉え方次第では、同契約に類似していないという評価がありうるかもしれない。 委託者非指図型投資信託契約についても、一の信託会社等(信託会社又は信託業務を営む金融機関)を受託者とするのでなければこれを締結してはならないため、信託会社等について同様であるし、同契約については各投資家が委託者兼受益者となることが想定されている(森・濱田松本法律事務所編『投資信託・投資法人の法務』24頁(商事法務、2016)参照)。 そうであれば、本信託は委託者非指図型投資信託に類するものではないという評価もありうる。 いずれにしても、この辺りの議論を観察してみると、投信法における外国投資信託に係る解釈や判断が、租税法上の外国投資信託に関する解釈や判断に大きな影響を与えていることがわかる。 これは、租税法上の外国投資信託の定義規定は、外国投資信託の定義を定めた投信法の条文をそのまま引用しているため、その意味内容について租税法固有の解釈論を展開する余地がないことに起因する。結局、投信法の解釈に依存せざるをえない状況になっているのである。 上記のように、「投資信託に類するもの」であるかを判断する際の決定的な判断要素は何であるかという点について投信法領域で議論が固まっていないという不安定な状態が、租税法領域において(ともすれば無限定に)引き継がれるという構図になっている。 このような不安定さが、外国投資信託の概念を取り込んでいる信託区分である集団投資信託と、この集団投資信託を除いている信託区分である法人課税信託(いずれも後述)の線引きに不明確さを残すものとなっている。 いずれにせよ、これまで検討してきたところによれば、本信託は投信法上の投資信託に該当せず、投資信託に類するものとしての外国投資信託にも該当しないことから、本件持分は投資信託の受益権(措法37の10②四)に該当しない。 もっとも、投信法領域における解釈論ないしその不安定さの影響を受けて、外国投資信託該当性について異なる結論がありうることへの懸念は完全には払拭できない。 (3) 「特定受益証券発行信託の受益権」該当性 以下のとおり、本件持分は特定受益証券発行信託の受益権に該当しない。 所得税法及び本件分離課税特例における特定受益証券発行信託とは、法人税法2条29号ハに規定する特定受益証券発行信託をいい、具体的には次のものをいう(所法2①十五の五、法法2二十九ハ、措法2①五)。 特定受益証券発行信託(法法2二十九ハ、法令14の4、法規8の3) = ①信託法185条3項に規定する受益証券発行信託のうち、次の➊~➎の要件のすべてに該当するもの(※)をいう (※) 合同運用信託及び一定の法人課税信託を除く 下線①について、特定受益証券発行信託の対象となるのは信託法185条3項に規定する受益証券発行信託に限られるため、外国法を準拠法として設定される信託は特定受益証券発行信託に該当しない(財務省「平成19年度 税制改正の解説」298頁参照。ただし、租税特別措置法8条の3は、特定受益証券発行信託が国外で発行されうることは認めているようである)。 本信託は、デラウェア州法定信託法に基づいて設定されたものであるため、受益権を表示する証券を発行する旨の定めのあるものであっても特定受益証券発行信託には該当しない。 また、下線②のとおり、特定受益証券発行信託に該当するためには、少なくとも信託事務の実施につき法人税法施行令14条の4で定める要件に該当するものであることについて、税務署長の承認を受けた法人である必要があるが、少なくとも現時点においては、本信託の受託者は当該承認を受けていないことを前提として考察を進めることに問題はないであろう。 以上から、他の要件を検討するまでもなく、本信託は、特定受益証券発行信託には該当せず、よって本件持分は特定受益証券発行信託の受益権(措法37の10②五)に該当しない。 (了)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第11回】 「学術集会の懇親会(法人税)」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 情報交換会(懇親会)と法人税法上の収益事業 学術集会は、参加者同士の交流を図ることも開催する目的の1つであるため、会期中に、情報交換会(懇親会)が開催されるケースがよくある。情報交換会(懇親会)の開催実態は、学会によって様々であるが一般的には飲食が提供され、場合によっては生演奏等の催しものが行われるケースもある。そして、参加料としては、2,000円~5,000円程度のケースが多いが、場合によっては無料のケースもある。 法人税法上の収益事業の中には、料理店業その他の飲食店業(法令5①十六)や興行業(法令5①二十六)があるため、情報交換会(懇親会)が、それらの収益事業に該当するか否かという点が論点となる。 2 料理店業その他の飲食店業に該当するか否か 料理店業その他の飲食店業(法令5①十六)とは、不特定・多数の者を対象として、飲食の提供に適する場所において、飲食の提供をする事業である。そして、飲食の提供にあたっては、自ら調理する場合に限らず、他の調理業者からの仕出しを受けて飲食の提供をするものも含まれている(法基通15-1-43)。 ◆法人税基本通達15-1-43(飲食店業の範囲)〈一部抜粋〉 情報交換会(懇親会)は、学術集会の会場や近隣のホテル等において飲食を伴う形で開催されるケースが多い。そのため、情報交換会(懇親会)が料理店業その他の飲食店業に該当するか否かという点について疑問が生じるが、料理店業その他の飲食店業には該当しないと考える。 なぜなら、情報交換会(懇親会)は、参加者の交流の場を設けることを目的として開催するものであって、飲食を提供することを目的として開催するものではないからである。情報交換会(懇親会)の場において、飲食が提供されていたとしても、学会として料理店業や飲食店業を行っているのではなく、情報交換会(懇親会)の場所として、飲食を伴う場所を利用しているに過ぎないといえる。 情報交換会(懇親会)は、参加者の交流の場を設けることであり、参加料は、そのような交流の場に参加するための対価である。仮に情報交換会(懇親会)において、飲食が提供されたとしても、参加料は、飲食代として受領しているわけではない。そのため、情報交換会(懇親会)の参加料は、料理店業その他の飲食店業に該当しないと考える。 3 興行業に該当するか否か 興行業(法令5①二十六)とは、映画、演劇、演芸、舞踊、舞踏、音楽、スポーツ、見せ物等の興行を行う事業である(法基通15-1-52)。 情報交換会(懇親会)においては、生演奏等の催し物が行われるケースがある。そのため、情報交換会(懇親会)が興行業に該当するか否かという点について疑問が生じるが、興行業には該当しないと考える。 なぜなら、情報交換会(懇親会)は、参加者の交流の場を設けることを目的として開催するものであって、興行を行うことを目的として開催するものではないからである。情報交換会(懇親会)の場において、生演奏等の催し物が行われていたとしても、学会として興行業を行っているのではなく、情報交換会(懇親会)の場所として、生演奏等の催し物が行われている場所を利用しているに過ぎないといえる。 情報交換会(懇親会)は、参加者の交流の場を設けることであり、参加料は、そのような交流の場に参加するための対価である。仮に、情報交換会(懇親会)の場において、生演奏等の催し物が行われていたとしても、参加料は、催し物を観賞・観覧するための対価として受領しているわけではない。そのため、情報交換会(懇親会)の参加料は、興行業に該当しないと考える。 4 他の収益事業の付随行為に含まれるか否か 法人税法上の収益事業に該当するか否かを判断するにあたっては、法人税法施行令に掲げる34の特掲事業(法令5①)に該当するか否かだけでなく、他の収益事業に付随して行われる行為に該当するか否かを判断する必要がある(法令5①かっこ書き)。 学術集会の情報交換会(懇親会)は、学術集会の開催に合わせて開催されるものであるため、学術集会の参加に伴う付随行為と考えられる。学術集会の参加料は、原則として法人税法上の収益事業に該当しないと考えられるため(【第9回】「学術集会の参加料(法人税)」参照)、学術集会の参加料が法人税法上の収益事業に該当しない以上、その付随行為となる情報交換会(懇親会)の参加料も法人税法上の収益事業に該当しないと考える。 5 まとめ 情報交換会(懇親会)の開催実態としては、様々なケースが考えられるが、あくまで参加者同士の交流の場を提供するための対価であり、学術集会の参加に伴う付随行為として説明可能な内容であれば、法人税法上の収益事業に該当しないと考える。 (了)