〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第80話】 「概算取得費控除の特例と更正の請求」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、所得税の令和5年度の確定申告書を見ながら、呟く。 「・・・この納税者は、取得費に、措置法31条の4を使っているのか・・・」 国税庁のホームページで示されている「令和5年分 譲渡所得の申告のしかた」では、「概算取得費控除の特例」について、次のように記述されている。 「・・・先祖伝来の土地を、相続などで代々引き継いでいる場合などは、概算取得費控除の特例を使うのは分かるけれど・・・」 浅田調査官は、傍らにある税務六法を広げて、措置法31条の4を探す。 そして、措置法関係通達31の4-1で、「昭和28年以後に取得した資産についての適用」として、措置法31条の4に定める条件(昭和27年12月31日以前から引き続き所有)を広げている。 「・・・しかし、この措置法関係通達は、一般的に・・・納税者にとって・・・計算は簡単だけれど、不利な通達なんだ・・・」 浅田調査官は、突然、椅子から立ち上がり、熱心に書類を読んでいる中尾統括官の方に向かって、歩いていく。 「・・・中尾統括官・・・」 浅田調査官の声に、中尾統括官は驚いたように顔を上げる。 「なんだい」 中尾統括官は、書類から目を離す。 「・・・措置法31条の4のことですけど・・・」 浅田調査官は、先ほどから見ていた令和5年度の確定申告書を手渡す。 中尾統括官は、受け取った確定申告書をメガネを外して見る。 しばらくして、「別に・・・問題はないだろう・・・この確定申告書・・・」と言いながら、中尾統括官は、確定申告書を返す。 「・・・この申告書自体は・・・問題がないのですが・・・このケースで措置法31条の4を使うことはないのでは・・・」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「・・・この土地は・・・昭和59年に取得しているのですから・・・もし、契約書などを紛失して、どうしても取得費が分からなければ・・・別の方法で、合理的に取得費を計算することも可能なのでは・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 中尾統括官は、頷きながら、パソコンを開き、国税不服審判所のホームページから、裁決を探す。 「・・・この平成12年11月16日の裁決は、課税実務では有名で、納税者がこの方法を利用する契機となっている・・・」 中尾統括官は、要旨の一部を読み上げる。 「この裁決では、取得価額を直接証する契約書等の資料の提出がなく、その額が不明なものについては、実額で判定できないので、一定の推計の方法で算定すべきだと審判所は述べている・・・」 中尾統括官は、パソコンの画面を見ながら、説明する。 「・・・そして、建物は、着工建築物構造別単価から算定し、土地については、市街地価格指数(住宅地)の割合を乗じて算定する推計を合理的な計算方法として認容している・・・だから、取得費が分からないからといって、直ちに、措置法関係通達31の4-1を使うことはない」 中尾統括官は、キッパリと言う。 「・・・ということは、この確定申告書も、措置法関係通達31の4-1により収入金額の5%を取得費とすることはなかったのですね」 浅田調査官が、中尾統括官を見る。 「・・・そうだなあ・・・昭和59年に土地を取得していることが間違いなければ、裁決で計算している取得費の方が収入金額の5%のそれよりも大きくなるだろう・・・」 中尾統括官が答える。 「ということは、もし、納税者があとで、国税通則法23条による更正の請求をしてきたら、市街地価格指数による評価額を認めることになるのですか?」 「納税者は、確定申告書の提出について、概算取得費控除の特例を選択していることから、法律の規定に従っていなかった場合や、計算に誤りがあった場合に該当せず、更正の請求はできないのでは・・・」 浅田調査官は、自信なさそうに言う。 「・・・ところが、措置法31条の4には、但書きがある」 中尾統括官は、そう言うと、但書きを読み上げる。 「・・・この但書きの規定によって、概算取得費が1号、2号に掲げる金額に満たないことが証明された場合には、更正の請求ができるということになっている・・・」 中尾統括官の説明に、浅田調査官は首を傾げる。 「・・・しかし、概算取得費控除は、もともと、納税者が選択したのでしょう・・・その選択が間違っていて、所得金額が多くなったからといって、あとで、この但書きを根拠に、更正の請求が認められるのですか?」 浅田調査官は、首を傾げながら、不満そうに言う。 (注) 東京国税局令和3年8月「資産税審理研修資料」によれば、一旦、概算取得費により申告した後に、土地購入の資料が見つかり、その金額が概算取得費より大きかったために「更正の請求」をした場合、それを認めると回答している。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、障害者相談支援事業等に係る消費税の取扱いについて情報まとめた特設ページを公開 ~非課税となる社会福祉事業には該当しない旨を周知~ Profession Journal編集部 国税庁は4月26日に下記ページを公開し、障害者相談支援事業等に係る消費税の取扱いについて、厚生労働省とともに周知を図っている。 「障害者相談支援事業」とは、障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)第77条第1項第3号の規定に基づき市町村が行うものとされている事業で、障害のある方やその家族から様々な相談に応じることとされているが、市町村から社会福祉法人等への委託により行われているケースもある。 消費税法上、社会福祉法に規定する社会福祉事業として行われる資産の譲渡等について消費税は非課税とされ、同法では障害者総合支援法に規定される「一般相談支援事業(入所施設や病院からの地域移行等の相談を行う)」及び「特定相談支援事業(障害福祉サービスの利用に係る計画作成等の支援を行う)」が、この社会福祉事業のうち第二種社会福祉事業に該当し、非課税の範囲とされている(消法別表第二第7号ロ、消基通6-7-5(2)チ、6-7-9)。 一方で、今回取り上げられた障害者相談支援事業は、障害者に対する日常生活上の相談支援を行うものであり、上記の一般相談支援事業や特定相談支援事業には該当せず、また、社会福祉法に規定する他の社会福祉事業のいずれにも該当しないことから、当該事業の委託は非課税となる資産の譲渡等には該当せず、受託者が受け取る委託料は消費税の課税対象となる。 しかし一部の市町村において、障害者相談支援事業が社会福祉事業に該当するものと誤認し、非課税として取り扱っていた(受託者へ支払う委託料に消費税を含めていない)ケースがあるとして、厚生労働省は昨年10月に「障害者相談支援事業等に係る社会福祉法上の取扱いについて」(令和5年10月4日付事務連絡)を各自治体へ発出し、周知を図っていた。 今回新設されたページでは、本件に関する質疑応答事例やQ&A(全5問)、国税庁と厚生労働省が共催で自治体向けに行った説明会(令和6年4月26日)の資料等が公表されている。 このうちQ&Aでは、障害者相談支援事業に係る委託料について、消費税を非課税と誤認して申告に含めていなかった場合には修正申告が必要として、修正申告に当たって不明な点は所轄の税務署(法人課税(第1)部門)まで相談するよう回答している(問2)。 また、上記の誤認による修正申告等で発生した加算税や延滞税については、「納税者の方から十分な資料の提出があったにもかかわらず、税務職員が税法の取扱いについて誤った指導を行い、納税者の方がその誤った指導を信頼したことにつき責めに帰すべき事由がないなど、正当な理由があると認められる事実がある場合には、加算税や延滞税は課さない」としており、その判断にあたっては事実関係を確認する必要があるとして、問2と同様に、所轄の税務署(法人課税(第1)部門)への相談を呼びかけている(問3)。 ただし、社会福祉法人等の受託者が委託者(市町村)から、障害者相談支援事業について消費税が非課税となると聞いたことで誤認した場合は、「消費税法を解釈適用する行政機関ではない市町村が、自らの判断により、消費税法の取扱いについて納税者に対し誤った指導を行い、納税者の方がその誤った指導を信頼したとしても、「納税者の責めに帰すべき事由」が無いとまでは言えないことから、免除することは困難」と回答されている(問4)。 (了)
《速報解説》 JICPA、四半期開示見直しに伴う監査人レビューに係る意見書を受け 「財務諸表のレビュー業務」及びそのQ&Aを改正 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年4月18日付で(ホームページ掲載日は2024年4月24日)、日本公認会計士協会は、「保証業務実務指針2400「財務諸表のレビュー業務」及び保証業務実務指針2400実務ガイダンス第1号「財務諸表のレビュー業務に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正」を公表した。 これにより、2024年2月21日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。「公開草案に対するコメントの概要及び対応」も公表されている。 これは、「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂に係る意見書」及び「監査に関する品質管理基準の改訂に係る意見書」(2024年3月12日、企業会計審議会)を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 主な改正内容は次のとおりである。 Ⅲ 適用時期等 2024年4月1日以後開始する期中財務諸表に係る会計期間の期中財務諸表に対するレビュー及び2024年4月1日以後開始する事業年度に係るレビューから適用する。 (了)
《速報解説》 会計士協会が「財務報告に係る内部統制の監査」の改正を確定し、 報酬関連情報の開示の記載例を追加 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年4月18日付で(ホームページ掲載日は2024年4月23日)、日本公認会計士協会は、「財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正」を公表した。 これにより、2024年3月19日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対して特段の意見は寄せられなかったとのことである。 これは、報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬及び報酬依存度)の開示の記載例を追加するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 財務報告内部統制監査基準報告書第1号の「付録3 一体型内部統制監査報告書の文例」において、「報酬関連情報」の記載例が追加されている。 具体的な文例は公開草案をお読みいただきたい。 Ⅲ 適用時期等 2023年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度に係る内部統制監査から適用する。 ただし、倫理規則(2022年7月25日変更)と併せて2023年4月1日以後終了する連結会計年度及び事業年度に係る内部統制監査から早期適用することを妨げない。 (了)
2024年4月25日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.566を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第37回】 「特別の更正の請求規定の解釈適用における「やむを得ない理由」の意義と機能」 -通謀虚偽遺産分割「更正の請求」事件・最判平成15年4月25日訟月50巻7号2221頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、通常の更正の請求(税通23条1項)の許容性を錯誤に基づく概算経費選択の場合について検討したが、今回は、特別の更正の請求(同条2項)の許容性をその一場合(同項1号)について検討する。 今回取り上げる判例は最判平成15年4月25日訟月50巻7号2221頁(以下「本判決」という)である。その事案は次のようなものである。すなわち、相続人の一人X(原告・被控訴人・上告人)は遺産分割協議(以下「本件遺産分割協議」という)に基づき相続税の申告(以下「本件申告」という)をしたが、その後に、他の相続人ら(Xを含め以下「本件相続人ら」という)がXに対して提起した本件遺産分割協議の無効確認請求訴訟(以下「別件訴訟」という)において、本件相続人らは、Xの主導の下に、配偶者に対する相続税額軽減規定の適用による利益を最大限享受するために、通謀の上、仮装の合意として本件遺産分割協議を成立させた、との認定に基づき本件遺産分割協議の無効を確認する判決が確定した。Xは、これを受けて本件申告について国税通則法23条2項1号の規定に基づき更正の請求を行ったところ、所轄税務署長Y(被告・控訴人・被上告人)が更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたため、その取消しを求めて出訴した。 本判決は次のとおり判示して(下線筆者)Xの上告を棄却した。 本判決については、上記の判示のうち「法23条1項所定の期間内に更正の請求をしなかったことにつきやむを得ない理由がある」という部分が「条文にはない要件」あるいは「黙示の要件」を示したものであるとの理解を述べる評釈等が多い(例えば、下記の①高橋祐介「判批」税法学550号(2003年)127頁、131-132頁、②岡村忠生「判批」判例評論551号(2005年)2頁、3頁。下線筆者)。 以下では、まず、国税通則法上の特別の更正の請求に係る「やむを得ない理由」の意義を確認し(Ⅱ)、その後、本判決が説示した「やむを得ない理由」の意義と機能について検討することにする(Ⅲ)。 Ⅱ 特別の更正の請求に係る「やむを得ない理由」の2種類の意義 国税通則法23条によれば、納税者は、法定申告期限から原則として5年以内に、納税申告書に係る課税標準等又は税額等の記載の中に、一定の過誤(同条1項1号~3号)が存在すること(過誤要件の充足)に気がついた場合、その5年以内の期間において更正の請求をすることができる(同条1項。通常の更正の請求)。これに対して、法定申告期限から原則として5年を経過した日以後に、納税申告書又は決定通知書に係る課税標準等又は税額等の記載の中に、上記の一定の過誤が存在すること(過誤要件の充足)に気がついた場合、一定のいわゆる後発的理由が発生したときは、その後の所定の期間において更正の請求をすることができる(同条2項。特別の更正の請求)。 特別の更正の請求に係るいわゆる後発的理由について、国税通則法23条2項3号は「やむを得ない理由」という文言を用いて規定している。ここでいう「やむを得ない理由」は、申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算と一定の関連性を有する事実(以下「実体法関連事実」という)で、国税通則法施行令6条1項各号で定められたものを意味する。すなわち、それは、実体法関連事実を内容とする「やむを得ない理由」といってもよかろう(以下「やむを得ない理由(実体法関連事実)」という)。国税通則法施行令はこれを規定するに当たって「やむを得ない事情」という文言を重ねて使用することもある(6条1項2号、3号参照)。 これに対して、本判決は、前述のとおり、「法23条1項所定の期間内に更正の請求をしなかった」という手続法上の事実について「やむを得ない理由」を問題にしている。すなわち、それは、更正の請求という納税義務の確定手続の一環として手続法上観念される「やむを得ない理由」といってもよかろう(以下「やむを得ない理由(手続法上の事実)」という)。 このように、特別の更正の請求に係る「やむを得ない理由」については2種類の意義を区別することができるように思われるが、それぞれの意義の「やむを得ない理由」を要求する趣旨・目的はどのようなものであろうか。まず、特別の更正の請求の導入の経緯・趣旨等からみておこう。 税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)9頁は「申告内容の変更」について次のとおり提言した(以下「昭和36年答申」という。下線筆者)。 特別の更正の請求は、この答申でもその導入が提言されていたが、この答申を受けて制定された国税通則法では導入されなかったものの、その後、税制調査会「税制簡素化についての第三次答申」(昭和43年7月)53-54頁(同月の「長期税制のあり方についての答申」及び「土地税制のあり方についての答申」との合本の頁)は「更正の請求の期限」について次のとおり提言した(以下「昭和43年答申」という。下線筆者)。 以上のように、昭和36年答申も昭和43年答申も特別の更正の請求制度の内容説明に関して後発的理由として実体法関連事実を個別に提示してはいるがそれらを「やむを得ない理由」という概念で包括してはいないのに対して、昭和43年答申は特別の更正の請求制度の趣旨・目的に関して「正当な事由」という表現で「やむを得ない理由(手続法上の事実)」に言及していると解される。 Ⅲ 特別の更正の請求規定の解釈適用と「やむを得ない理由」 1 裁判例の2つの傾向 ところで、国税通則法23条2項1号の解釈適用に関する裁判所の判断には、従来、大きく分けて2つの傾向がみられたように思われる。 1つは、国税通則法23条2項の趣旨に照らして同項1号にいう「判決」について納税者の帰責事由ないし帰責性を問題にし、もって「真正判決要件」(神山弘行「判批」ジュリスト1266号(2004年)208頁、209頁)ともいうべき不文の要件を追加的に要求することによって、「判決」の意義を限定的に解釈する傾向である。 そのような傾向に属する裁判例は、次のとおり判示して(下線筆者)いわゆる馴合訴訟による判決の「判決」該当性を否定した東京高判平成10年7月15日訟月45巻4号774頁のほか、いくつかみられる(仙台地判昭和51年10月18日訟月22巻12号2870頁、名古屋地判平成2年2月28日訟月36巻8号1554頁、上記東京高判の原審・横浜地判平成9年11月19日訟月45巻4号789頁、神戸地判平成14年2月21日訟月49巻5号1623頁等)。 本判決の原原審・熊本地判平成12年3月22日税資246号1333頁・裁判所ウェブサイトも、結論として「判決」該当性を肯定した点は別にして、次のとおり判示している(下線筆者)ことから、前記の傾向に属する裁判例とみることができる。 これに対して、もう1つの傾向は、国税通則法23条2項各号の適用に当たって、申告時における納税者の帰責性を問題にし、「善意無過失要件」(神山・前掲「判批」209頁)ともいうべき不文の要件を追加的に要求することによって、その適用範囲を制限する傾向である。本判決の原審・福岡高判平成13年4月12日訟月50巻7号2228頁は次のとおり判示しているが(下線筆者)、これもこの傾向に属する裁判例であると考えられる(前掲横浜地判は「形式的には、同条2項の事由に該当するようにみえる場合」についてこの要件を追加的に要求している)。 以上のように、国税通則法23条2項1号の解釈適用に関する裁判例には2つの異なる傾向を見出すことができるように思われるが、ただ、いずれも出発点において同項の趣旨を説示するに当たって納税者の帰責事由ないし帰責性を問題にしている。このことは、従来の裁判例が「やむを得ない理由」という概念を用いないものの、その意味内容を納税者の帰責事由・帰責性の不存在として理解した上で、上記規定の趣旨を説示したものと解される。つまり、その趣旨の説示は、昭和43年答申が特別の更正の請求制度の趣旨を「期限内に権利が主張できなかつたことについて正当な事由があると認められる場合の納税者の立場を保護する」ことに認めたことを踏まえて、帰責事由・帰責性のない納税者が保護に値するものとして同制度の対象となるという理解に基づく説示であると解されるのである。 ただ、従来の裁判例が国税通則法23条2項1号の解釈適用について、判断の出発点を同じくしながら、結論に至る論理構成の点で異なる傾向を示したのは、「やむを得ない理由」の意義の捉え方を異にするからであると解される。すなわち、「やむを得ない理由」の意義について、前者の傾向の裁判例は「やむを得ない理由(実体法関連事実)」として捉え、後者の傾向の裁判例は「やむを得ない理由(手続法上の事実)」として捉えていると解されるのである。 2 本判決の立場 本判決は、「やむを得ない理由(手続法上の事実)」を問題にしている点では、従来の裁判例にみられた以上の2つの傾向のうち後者の傾向に沿ったものとみてよかろうが、ただ、「法23条1項所定の期間内に更正の請求をしなかったことにつきやむを得ない理由があるとはいえない」と判示して同項1号の適用を否定したことからすると、昭和43年答申にいう「正当な事由」を、納税者の帰責事由・帰責性の不存在の観点から善意無過失要件としてより具体的に要件化するのではなく、「やむを得ない理由」と言い換えるにとどめた点で、後者の傾向と一線を画するものと解するのが相当である。 本判決をこのように理解する前提には、本判決は国税通則法23条2項1号の解釈適用に当たって「やむを得ない理由」を「条文にはない要件」ないし「黙示の要件」として捉えるもの(Ⅰ参照)ではなく、昭和43年答申で示された立法趣旨に照らして事案ごとに認定事実を評価することを可能にするためにその立法趣旨を確認したものであるという理解がある(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【135】も参照)。本判決は、まさにその立法趣旨に照らして、「上告人は、自らの主導の下に、通謀虚偽表示により本件遺産分割協議が成立した外形を作出し、これに基づいて本件申告を行った後、本件遺産分割協議の無効を確認する判決が確定したとして更正の請求をした」という原審の認定事実に対して、「上告人が、法23条1項所定の期間内に更正の請求をしなかったことにつきやむを得ない理由があるとはいえない」という評価をした上で、本件において国税通則法23条2項1号の適用を否定したと考えられるのである。これこそが同規定の解釈適用における「やむを得ない理由」の機能である。 本判決はその意味で「事例判決」(森冨義明「判批」判タ1154号(2004年)246頁、247頁)ではあるが、本判決の上記のような立場はその後の裁判例においても踏襲されているように思われる。例えば、高松高判平成23年3月4日訟月58巻1号216頁は、本件とは異なる事案(いわば「準」馴合訴訟事件)であることから本判決を参照はしていないが、次のとおり「やむを得ない理由」に関する「特段の事情」の有無を判断したものである(下線筆者)。 Ⅳ おわりに 以上でみてきたように、本判決については、従来の裁判例の傾向の延長線上で、「やむを得ない理由」を「条文にはない要件」あるいは「黙示の要件」として追加的に要求したものと理解する見解(Ⅰ参照)があり、中にはその要求を租税法律主義の観点から妥当でないとする見解(高橋・前掲「判批」135頁、148頁等参照)もある。これに対して、筆者は、本判決にいう「やむを得ない理由」を、立法趣旨(昭和43年答申)にいう「正当な事由」をこれに言い換えて、確認したものとして理解した上で、本判決はその立法趣旨に照らして認定事実に対する法的評価を行い、国税通則法23条2項1号の適用について判断したものであるという理解を示した。 本判決に関する筆者のこのような理解は、特別の更正の請求制度の立法趣旨が正式の租税立法過程の中で昭和43年答申により明確に示されており、それによって同制度に関する租税立法者の説明責任が十分に尽くされているとの認識に基づくものである(租税立法者の説明責任については前掲拙著【33】等参照)。筆者はわが国の租税立法について「立法の質が良い」とは言い難いと考えるところであるが(拙稿「租税法律主義の課題と展望」税研226号(2022年)39頁、40頁参照)、特別の更正の請求制度については例外的に「立法の質が良い」とみてよかろう。このような理解によれば、本判決は租税法律主義の要請を民主主義の観点からも立法の明確性の観点からも十分に満たしているといえよう。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例133(贈与税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税(措法70の2) 平成27年1月1日から令和8年12月31日までの間に、直系尊属から一定の住宅用家屋の新築又は取得等のための金銭の贈与を受け、贈与年の翌年3月15日までに住宅用家屋の新築又は取得等をして同日までに居住の用に供し、又はその後遅滞なく居住の用に供することが確実であると見込まれる場合で、同年12月31日までに居住の用に供し、一定要件を満たす場合には、贈与を受けた金銭のうち以下の金額までは贈与税が非課税となる。 なお、この特例の適用を受けるためには、一定の書類を添付した期限内申告書の提出が必要であり、贈与を受けた年の合計所得金額が2,000万円以下でなければならない。 ◆合計所得金額 次の①と②の合計額に、退職所得金額、山林所得金額を加算した金額。 (注) 申告分離課税の所得がある場合には、それらの所得金額(長(短)期譲渡所得については特別控除前の金額)の合計額を加算した金額 ◆相続開始前7年以内に贈与があった場合の相続税額(相法19) 相続又は遺贈により財産を取得した者が相続開始前7年以内に被相続人から暦年課税贈与により財産を取得した場合には、その取得財産の価額のうち一定の金額を相続税の課税価格に加算する。 ◆加算しない贈与財産の範囲 被相続人から生前に贈与された財産であっても、次の財産については加算しない。 贈与税の配偶者控除の特例の適用を受けている又は受けようとする財産のうちその配偶者控除額に相当する金額 直系尊属から贈与を受けた住宅取得等資金のうち非課税の適用を受けた金額 直系尊属から一括贈与を受けた教育資金のうち非課税の適用を受けた金額(贈与者死亡時の残額のうち一定のものを除く) 直系尊属から一括贈与を受けた結婚・子育て資金のうち非課税の適用を受けた金額(贈与者死亡時の残額を除く) (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第36回】 「1月1日に売却した家屋のその年の固定資産税等の納税義務者は売主であるとされた事例」 税理士 菅野 真美 ▷誰に固定資産税は課税されるのか 固定資産税は、賦課期日である毎年1月1日に固定資産の所有者に対して課する制度である(地方税法343①、359)。この場合の所有者は、土地又は家屋については、登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録がされている者(地方税法343②)である。 したがって、賦課期日現在において上記の登記簿等に所有者として登記等されている者は、賦課期日前に当該不動産を他に譲渡しており、所有権を有しない場合も固定資産税が課されることとなる(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年)777頁 これは、固定資産税を賦課徴収する市町村にとって、真実の所有者を調査して賦課徴収することが煩雑であるから、事務の合理化の観点からも一律な方法で課税する仕組みにしたのではないかと考えられるが、この制度に疑問をもつ納税者もいる。 今回は、1月1日に不動産を売却した売主に、固定資産税が賦課されるのは違法であるとして争われた裁決事例を検討する。 ▷どのような事例か この事案の経緯は、主に次のとおりである。 この賦課処分について、不服な納税者が賦課処分の取消しを求めて審査請求をしたのが、本事案である。 ▷納税者の主張と処分庁の主張 納税者の主張は、主に次のとおりである。 処分庁(東京都)の主張は、主に次のとおりである。 ▷審査庁の判断は 審査庁は主に次のとおり述べて、納税者の審査請求は理由がないとして棄却した。 (※2) 福岡地方裁判所昭和56年4月23日判決(TAINSコード:Z999-8331) ▷家屋が滅失した場合 このように1月1日時点の固定資産の所有者が誰であるかについては、真実の所有者ではなく、登記簿等に所有者として登記等された者とされる。 ところで、今年の1月1日に能登半島地震が発生し、被災地では倒壊した家屋も多くあった。この家屋については、「1月1日中に生じた事情を同日を賦課期日とする年度の税額等に反映させることが基本です。このため、1月1日中に滅失した家屋に対しては課税されないものと解されます。」(※3)という情報が公表されている。 (※3) 総務省ホームページ「令和6年能登半島地震により被害を受けた土地及び家屋に係る令和6基準年度向け評価等について(通知)(令和6年1月16日)」 能登半島地震のような自然災害による滅失だけでなく、1月1日に所有している家屋を取り壊し、1月1日付けの取壊証明書を入手して、滅失登記を行った場合も、家屋に係るその年分の固定資産税は課されないとされている(詳しくは下記拙稿も参照いただきたい)。 固定資産の所有者が誰かについては、1月1日時点での登記簿等に登記等されている者とされるが、評価については1月1日中の変動も考慮される。 所有権の移転と滅失では、1月1日時点での取扱いが異なることに留意されたい。 (了)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第4回】 「学会誌と出版業(法人税)」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 出版業と学会誌 法人税法上の収益事業として掲げられている34の特掲事業の中には出版業が掲げられている(法令5①十二)。そのため、出版物を制作し有償で頒布する事業は、原則として出版業に該当するが、例外的に「特定資格会員向けの会報等」と「学術、慈善等の会報」に関しては、出版業から除くとされている(法令5①十二かっこ書)。 〈出版業該当性〉 学会誌に関しては、出版業から除かれる「学術、慈善等の会報」に該当すると考えられるが、「学術、慈善等の会報」が出版業から除かれるためには、「専らその会員に配布すること」が要件となっている(法令5①十二かっこ書後段)。 ここで、「専らその会員に配布すること」とは、会員だけに配布することを意味している(法基通15-1-35)。 ◆法人税基本通達15-1-35(会報を専らその会員に配布すること) 会員でない者でその会に特別の関係を有する者に対して対価を受けないで配布した場合は、会員に配布したものと取り扱うことになっているが、会員以外に対して有償で頒布している場合は、当該例外規定には該当しない。そのため、会員以外に対する有償頒布に関しては、出版業に該当することになる。 2 年会費の一部を出版業の対価として含めるべきか否か 会員は年会費を支払っているため、会員に対しては学会誌が無償配布されるのが一般的である。そして、無償であれば、そもそも収入がないため、単純に考えると、会員の無償配布部分について、出版業に該当するか否かを検討する必要はない。 他方で、法人税基本通達上、出版物の対価が会費等の名目で徴収されている場合は、会費のうち出版物の対価相当額を出版業に係る収益とする旨が定められている(法基通15-1-36)。 ◆法人税基本通達15-1-36(代価に代えて会費を徴収して行う出版物の発行) そのため、今回の例のように、1年間に4回刊行している学会誌において、会員以外に対して、1冊2,000円で有償頒布していた場合、年会費10,000円のうち、2,000円×4回=8,000円が、実質的に学会誌の代価相当額に該当するか否かについて疑問が生じることになる。 3 会員に対する無償配布と会員以外に対する有償頒布の性格 通達において想定しているのは、次のようなケースであると考える。 上記のような場合は、「会費」という名目であるものの、実質的に出版物の代価と考えられるため、出版業に該当するものと考える。 他方で、学会誌は、会員に対して無償配布することを目的として刊行しているものであり、会員以外に対する有償頒布は、余った部数の中で希望者に対して行っているに過ぎず、有償頒布数は、会員に対する無償配布数と比較して、ほとんどないケースが多い。そのため、有償頒布における価格は、ごく少数の購入希望者に対して販売するにあたり、便宜的に設定している価格に過ぎず、当該価格が会員に対する頒布価格を表しているわけではない。 よって、今回の例のように、たとえ会員以外に対して1冊当たり2,000円で有償頒布していたとしても、そのことをもって、会員の年会費10,000円のうち、2,000円×4回=8,000円が、学会誌の代価相当額であると単純に認定することはできないと考える。 4 公益法人の学会が公益目的事業の一環として実施する場合 学会誌を会員以外に有償頒布した場合や、名目的会費により出版物を頒布した場合、出版業に該当することになるが、公益法人の学会が当該出版業を公益目的事業の一環として実施する場合は、法人税法上の収益事業から除外される(法令5②一)。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第41回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 13 詐欺・盗難等による暗号資産の損失③(雑損控除) 個人が詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合に雑損控除の対象になりうるのか。 個人又はその者と生計を一にする配偶者その他の一定の親族でその年の総所得金額等が48万円以下である者が有する資産について、災害、盗難又は横領による損失が生じた場合(その災害等に関連してその居住者が一定のやむをえない支出をした場合を含む)には、その年における当該損失の金額のうち一定の金額を、その居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から控除することができる(所法2①二十七、72、所令9。ただし、災害減免法2条括弧書により、同法による軽減免除との選択適用となる)。 この雑損控除の対象となる資産からは、棚卸資産や事業用資産(所法51①、70③、所令140)のほか、以下に示す生活に通常必要でない資産(所法62①、所令178①)が除かれている。 (※) ③については、「生活の用に供する動産で1個又は1組の価額が30万円を超える貴金属、書画、骨とう等」を意味するものとする見解と、譲渡所得について非課税とされる「生活に通常必要な動産以外のすべての生活用動産」を意味するという見解がある。国税庁タックスアンサーNo.2250「損益通算」は前者の見解を採用しているようにみえる。 雑損控除の対象となる資産から除かれている生活に通常必要でない資産該当性について、文字どおり、「生活に通常必要でない」かどうかを検討することにまったく意味がないわけではないが、基本的には、より具体的に、上記の①から③に掲げる資産に該当するかを検討しなければならないことに注意が必要である。 上記の①と③は動産なので、無体物である暗号資産はこれらに該当しないという理解を前提とすれば、暗号資産については、上記の②に該当するかを検討することになる。 この点について、暗号資産は、通常、「主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産」であるとはいいがたい。 よって、通常、暗号資産は「生活に通常必要でない資産」に該当しないということになろう。 また、暗号資産は、生活に通常必要でない資産以外で雑損控除の対象から除外される資産(棚卸資産、事業の用に供する固定資産、繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分、山林)にも該当しないとすれば、結局、個人が自身のウォレットで管理している暗号資産は雑損控除の適用対象になりうるということになる。 雑損控除における損失の原因は、災害、盗難又は横領の3つに限定されているから、一般に詐欺の場合には適用がないと説明されるが、詐欺を伴う盗難による損失であるといえるのであれば、雑損控除の適用は排除されないであろう。また、詐欺による損失であったとしても、所得税法51条4項による損失として必要経費に算入される可能性は残っている(本連載第40回参照)。 また、一般に、雑損控除でいう盗難を刑法の窃盗と同一に捉えたうえでその対象は有体物に限ると理解する向きもあったが、少なくとも、有体物ではないデジタルアートに紐付けたNFTについて、国税庁は、「NFTに関する税務上の取扱いについて(FAQ)」(令和5年1月13日)の問5において、雑損控除でいう盗難の対象を有体物に限定して考えてはいないことを前提とするような解説を行っている(本連載第13回)。 ただし、雑損控除の対象となる損失の金額については、保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額が除かれているので注意が必要である。 ところで、昭和37年度税制改正で事業用固定資産の損失や生活に通常必要でない資産の損失が除かれた趣旨について、次のとおり説明されている(柿谷昭男「所得税制の整備に関する改正について」税経通信17巻6号51頁参照)。 また、雑損控除の対象となる損失の金額は、原則として、損失を生じた直前のその資産の時価ベース(損失を生じた時の直前におけるその資産の価額)で計算することとされている(所令206③柱書)。 これは、雑損控除の対象となる資産から生活に通常必要でない資産が除外されて「生活用資産等に限られることになったことから、担税力の減殺の度合も大きく、早急な回復を必要とすることを勘案して従来の取扱いどおり時価によることとされた」ものであると説明されている(柿谷・前掲解説52頁)。 ただし、平成26年度税制改正で、時価を算出することが困難なケースがあることなどを踏まえて、その資産が使用又は期間の経過により減価するもの(減価償却資産)である場合には、その損失の生じた日にその減価資産の譲渡があったものとみなして譲渡所得の金額の計算をしたときにその減価資産の取得費とされる金額相当額を基礎として、いわゆる簿価ベースで損失の金額を計算することを選択できることとされている(所令206③)(財務省「平成26年度 税制改正の解説」109頁)。 暗号資産の場合には、簿価ベースではなく、時価ベースで損失の金額を計算することになろう。 なお、所得税法51条1項や4項で必要経費に算入される損失の額は、基本的に簿価ベースである(所令142、143、所基通51-2)。 (了)