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空き家をめぐる法律問題 【事例61】「宅地建物取引業者の人の死に関する事案の調査説明義務」

空き家をめぐる法律問題 【事例61】 「宅地建物取引業者の人の死に関する事案の調査説明義務」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 当社は、相続財産清算人から空き家の媒介を頼まれ、販売活動をしております。相続財産清算人によると、当該建物内で所有者が亡くなっていたとのことですが、次の事実がある場合に、買主に対して伝える必要がありますか。 ① 建物内で病死していた場合 ② 建物内で自殺していた場合 ③ 建物から転落死していた場合   1 検討の視点 宅地建物取引業者が不動産売買の媒介を行う際に、当該不動産において人の死に関する事案が発生していたことを把握する場合がある。人の死に関する事案の有無は、売買契約の当事者が契約を締結するかどうかの考慮要素になりうるものであるため、説明を受けていなかった買主が、宅地建物取引業者に対して説明義務違反を問うこともある。そこで、本事例では、人の死に関する事案に関する宅地建物取引業者の説明義務の有無について検討する。   2 宅地建物取引業者の一般的義務と調査説明義務 (1) 宅地建物取引業者の一般的義務 宅地建物取引業者が買主との間で媒介契約(準委任契約)を締結している場合、宅地建物取引業者は、買主に対して善管注意義務を負っている。また、宅地建物取引業者が売主との間でのみ媒介契約を締結している場合(相続財産清算人案件はこのケースが多いと思われる)のように、買主との間に媒介契約がない場合でも、宅地建物取引業者は、当該宅地建物取引業者の介入を信頼して取引をなすに至った第三者一般に対しても、業務上の一般的注意義務があるものと解されている。 (2) 宅地建物取引業者の調査説明義務 上記(1)の義務に関して、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という)第35条は、宅地建物取引業者に、宅地建物取引士をして、少なくとも同条に規定する事項(重要説明事項)について書面を交付して説明させる義務を負わせている。また、同法第47条は、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの(以下「重要影響事項」という)に関して、宅地建物取引業者が故意に事実を告げず、不実のことを告げる行為を禁止している。 これらの義務は、買主等の利益を保護する観点から義務付けられているものであるため、宅地建物取引業者の業法的規制にとどまらず、民事上の調査説明義務の根拠となりうるものである。   3 人の死に関する事案の調査説明義務 (1) 人の死に関する事案の特徴 過去に発生した人の死に関する事案は、買主に不安感や嫌悪感を与えうるものであるため、宅建業法第47条の重要影響事項に該当することもある。もっとも、人の死の原因には、老衰、病死のような自然死の場合もあれば自殺の場合もあり、仮に人の死に関する事案が買主の判断に影響を及ぼすとしても、その影響の継続性は、事案の態様、時間の経過、周知性等や当該物件の立地等の特性によって異なり、時代や社会の変化に伴って変遷する可能性もある。 また、宅地建物取引業者が人の死に関する事案を把握して買主等に説明の必要性を感じた場合でも、本人や遺族の名誉・プライバシー保護や個人情報保護との兼合いもあり、その調査にもおのずから限界がある。そのため、宅地建物取引業者が、どのような場合にどのような方法で人の死に関する事案の調査説明義務を負うかを、上記の特徴を踏まえて、できる限り明確にしておくことが望まれる。 (2) 国土交通省のガイドラインによる類型化 国土交通省は、令和3年10月に「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下「告知ガイドライン」という)を公表している。告知ガイドラインは、居住用不動産を対象として、宅地建物取引業者が人の死に関する調査説明義務を負う場合を整理したものである。なお、告知ガイドラインは指針を示したものであり、宅地建物取引業者の民事上の責任の有無は、事案ごとに判断されるため留意が必要である。 ① 人の死に関する事案の調査義務 告知ガイドラインによれば、宅地建物取引業者は、販売活動・媒介活動に伴う通常の情報収集を行うべき業務上の一般的な義務を負っているところ、人の死に関する事案が生じたことを疑わせる特段の事情がない限り、人の死に関する事案が発生したか否かを自発的に調査すべき義務まではないものとされている。 この点に関し、宅地建物取引業者は、売主等に対して告知書(物件状況等報告書)その他の書面(以下「告知書等」という)を交付して様々な情報収集を行っているところ、人の死に関する事案の有無の記載も含まれている。告知ガイドラインは、告知書等の授受をもって、宅地建物取引業者の通常の情報収集義務は履行されたものと整理している。 また、告知書等に記載されなかった事案が後日に判明しても、当該宅地建物取引業者に重大な過失がない限り、人の死に関する事案に関する調査は適正になされたものとされ、売主等から不明との回答がされた場合や回答がなかった場合であっても、宅地建物取引業者に重大な過失がない限り、調査は適正になされたものとされている。もっとも、告知ガイドラインでは、売主等から回答がない場合でも、人の死に関する事案の存在を疑う事情があるときは、売主等に確認する必要があるともされており、確認の有無は、上記重大な過失の判断にも影響しうるものと考えられる。 ② 人の死に関する事案の説明義務 宅地建物取引業者が、通常の情報収集の過程において、売主等から、過去に人の死に関する事案が発生したことを知らされた場合や、自ら事案が発生したことを認識した場合に、この事実が取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられるときは、宅地建物取引業者は、買主等に対してこれを告げなければならないものとされている。 上記を前提に、告知ガイドラインでは、宅地建物取引業者が告知をしなくてもよい場合が次のように類型化されている。   4 本件において (1) 建物内で病死していた場合 建物内で病死していた事実がある場合、宅地建物取引業者は、買主に対してこの事実を説明する義務は負わないが(上記➊)、特殊清掃等が行われていたときは、買主に重要な影響を及ぼす可能性があるため、事案に応じて当該事実を説明する義務を負う(上記➍)。 (2) 建物内で自殺していた場合 建物内で自殺していた事実は、買主に重要な影響を及ぼす可能性があるため、宅地建物取引業者は、買主に対して、事案に応じて当該事実を説明する義務を負う(上記➍)。 (3) 建物から転落死していた場合 建物から転落死した場合、死亡した場所は建物内ではないが、一般的に、買主は、転落した建物内の場所に対して不安感や嫌悪感を抱くものと考えられるから、建物内での死亡と同様に扱うことが相当である(心理的瑕疵の有無に関する東京地判令和5年3月23日判例秘書等)。転落した原因が日常生活内の不慮の事故である場合には上記➊に従って対応し、自殺のような場合は上記➍に従って対応することになると考えられる。 (了)

#No. 593(掲載号)
#羽柴 研吾
2024/11/07

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第86話】「年末調整の廃止」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第86話】 「年末調整の廃止」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「そうか・・・年末調整の廃止ねえ・・・」 中尾統括官は、新聞を見ながら、呟く。 新聞の片隅には、次の「年末調整」の解説がある。 新聞の第1面には、「自民総裁選で河野氏提起『年末調整の廃止』はあるのか」と見出しが載っている。 「僕は、賛成ですね」 傍らにいた浅田調査官は、中尾統括官の呟きを聞いたのか、即答する。 「ほう・・・君は賛成か?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「ええ、だって、憲法30条に納税は国民の義務と書いてあるでしょう、その納税の大前提である確定申告の手続きを、本人がせずに源泉徴収義務者に任せるというのは・・・どうも納得できません」 浅田調査官は、真面目な顔で言う。 「そうか・・・」 中尾統括官は、少し考える。 「しかし、3,000万人以上いる給与所得者の確定申告書の提出を想像すると、かなりの事務量になる・・・特に、われわれ所得課税部門は大変なことになる・・・」 中尾統括官は、渋い顔になる。 「・・・国税庁の報告によると、令和5年度の確定申告のオンライン利用率は、全体の3分の2を占める水準になっているようです」 浅田調査官は、自信たっぷりに言う。 「・・・それに・・・給与所得者は、ほとんど概算控除の給与所得控除額を適用しますから、所得計算は簡単で・・・基礎控除、扶養控除、医療費控除など所得控除についても複雑といわれていますが、1度、確定申告書を作成すれば、次回からは、それほど時間はかからないと思います・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「そうかなあ」 中尾統括官は、首を傾げながら、疑わしそうな眼差しをする。 「特に・・・若いサラリーマンだったら、スマートフォンで、時間をそれほど費やさずに確定申告することができると思います・・・そして、多くの納税者が、e-Taxを活用すれば、新聞で騒ぐほど、税務署も手間はかからないのではないですか・・・僕は、事業者などに負担させている『源泉徴収義務』をできるだけ軽減させて、事業者が本来の営業活動に専念できるような環境を創るべきだと思うのです・・・」 浅田調査官は、現行の源泉徴収制度に批判的である。 「・・・それに、国はe-Taxを推進するために、e-Taxを利用した納税者には10万円のe-Taxの所得控除を認めたり、税理士に確定申告を依頼した場合には、その費用を給与所得控除額とは別枠で控除を認めたりしたらよいと思います」 浅田調査官のアイデアは豊富である。 「しかし、そんなに上手くいくだろうか?」 中尾統括官は、まだ思案顔である。 「中尾統括官は、『記入済み申告書』制度というものを知っていますか?」 突然、浅田調査官が中尾統括官に尋ねる。 「記入済み申告書?」 中尾統括官は、首を横に振る。 「課税庁が、雇用主・銀行・証券会社・保険会社・医療機関などから所得等に関するデータを集めて、それをあらかじめ記入した申告書を作成し、納税者がその内容を確認する仕組みです・・・これによって、納税者の事務負担が軽減されるというものです」 浅田調査官は、罫紙に図を描く。 「デジタル化が進み、課税庁がデータを収集する範囲が広がると、課税庁の作成する確定申告書の精度は高くなります」 「そういえば・・・国税庁も令和6年分の確定申告では、給与所得(源泉徴収票)も自動入力対象になったと言っていたが・・・」 中尾統括官は、小声で言う。 「それに・・・最近では、サラリーマンに副業や兼業を認める会社が増えたでしょう・・・この前も、某都市銀行が銀行員の副業を認めると報道されていましたが・・・このように副業が増加すると、多くのサラリーマンは確定申告することになります・・・」 浅田調査官は、続ける。 「すなわち、給与所得以外に年間20万円以上の所得があれば、確定申告をする義務が生じます・・・このようにサラリーマンで確定申告をする人が増えれば、年末調整をする必要がなくなります・・・源泉徴収義務者である会社に、わざわざ年末調整の事務を負担させる意味がなくなるのです」 中尾統括官は、小さく頷く。 「なるほど・・・社会の変化だな・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の真剣な顔を見る。 「最後にもう1つ」 浅田調査官がそう言うと、「まだあるの?」と中尾統括官が驚く。 「これは、結構重要なことなんです」 そして、浅田調査官は、小さな声で言う。 「個人情報の保護です・・・」 浅田調査官は、中尾統括官を見る。 「・・・年末調整では、社員の個人情報が知られるということです・・・すなわち、年末調整の事務担当者は、当然、社員の家族状況、例えば、障害者の子供がいるとか、住宅ローンであれば、銀行からの借入金の金額などを知ることになります・・・これらの他人にあまり知られたくない情報が、洩れてしまうという可能性があります・・・自分で確定申告をする場合には、そのような心配はありません」 中尾統括官は、「なるほど」と言って、大きく頷く。 (つづく)

#No. 593(掲載号)
#八ッ尾 順一
2024/11/07

《速報解説》 ASBJ、2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の修正を公表~金融商品会計基準含む多数の基準等を修正するも会計処理等の実質的な変更はなし~

《速報解説》 ASBJ、2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の修正を公表 ~金融商品会計基準含む多数の基準等を修正するも会計処理等の実質的な変更はなし~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年11月1日、企業会計基準委員会は、「2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の修正について」として、企業会計基準、企業会計基準適用指針、実務対応報告及び移管指針の修正を公表した。多くの企業会計基準などが修正されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)、「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号)、「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(移管指針第4号)など多くのものが修正されている。 修正内容の一覧が公表されている。 本修正は、会計処理及び開示に関する定めを実質的に変更するものではないとのことである。 例えば、臨時償却に関する記述を削除したり、移管指針の名称に修正したりすることが行われている。   Ⅲ 適用時期等 本修正は、公表と同時に適用する。 (了)

#阿部 光成
2024/11/07

プロフェッションジャーナル No.592が公開されました!~今週のお薦め記事~

2024年10月31日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.592を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2024/10/31

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第43回】「心理的所得概念と課税所得」-フリンジ・ベネフィット通達事件・大阪高判昭和63年3月31日訟月34巻10号2096頁-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第43回】 「心理的所得概念と課税所得」 -フリンジ・ベネフィット通達事件・大阪高判昭和63年3月31日訟月34巻10号2096頁-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 本連載は、基本的には、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)で参照している(あるいは参照する予定の)判例の中から、同書における叙述の順に従って「税法基本判例」を取り上げ検討するものであるが(第1回Ⅰ参照)、前回までで同書第2編(税法通則)の参照判例の検討を一先ず終えて、今回からは同書第3編(所得課税法)の参照判例の中から「税法基本判例」を取り上げ検討していくことにする。 今回は、前掲拙著第3編第1章(課税物件としての所得(課税所得))の第2節(包括的所得概念と市場)で検討した心理的所得概念(同書【175】)を問題にしたものと解されるフリンジ・ベネフィット通達事件・大阪高判昭和63年3月31日判タ675号147頁(以下「昭和63年大阪高判」という)を検討することにする。   Ⅱ 心理的所得概念と貨幣的所得概念 金子宏教授は、わが国における税法学の発展の基礎を築いた「租税法における所得概念の構成」という画期的な論文(同『所得概念の研究 所得課税の基礎理論 上巻』(有斐閣・1995年)1頁所収[初出・1966年~1975年])において、「わが国の租税法において従来研究の遅れていたのは、この基礎理論-特に租税実体法に関する基礎理論-の分野であり、それが結局は個々の問題の解決について無用の混乱をひき起こす理由となっているとも考えられるのである。」(同書9頁)と述べ、「そのような基礎理論的研究の第一歩として、本稿では所得概念の問題をとり上げることにした。」(同頁)と述べられた上で、その当時の所得概念をめぐる議論の状況について、「所得(income, Einkommen)の意義は、一見明白なようでありながら、決してそうではない。何が所得であり何が所得でないかについての判断は、多くの場合、常識、、によって支えられているにすぎない、というのが実情である。」(同書10頁。下線・傍点筆者)と述べておられた。 そして、金子教授は所得概念の研究の出発点について、経済学をも踏まえて、次の整理を示された(同・前掲書13頁。下線筆者)。 上記の整理に従い、筆者は、「財貨の利用やサービスから得られる効用(utility)ないし満足(satisfaction)」という「心理的な何物か」で表現される所得概念を「心理的所得概念」、「理的何物かを可能にする金銭-万人に共通な価値の単位-」で表現される所得概念を「貨幣的所得概念」と呼んでいる(前掲拙著【175】参照)。 金子教授が前記の整理の中で述べておられるように、「所得税の課税の対象としての所得」すなわち課税所得の概念構成は貨幣的所得概念によらざるを得ないが、しかし、だからといって、課税所得の概念構成において心理的要素が完全に排除されるわけではない(前掲拙著【176】参照)。このことは実定所得税法の解釈においても問題になることがある。この点について、次のⅢで、昭和63年大阪高判の判断に即して検討することにしよう。   Ⅲ 海外慰安旅行フリンジ・ベネフィットの課税所得該当性 1 昭和63年大阪高判による課税所得該当性の判断 昭和63年大阪高判の争点のうち、従業員の2泊3日の香港慰安旅行費用(その額は1人当たり8万2771円)のうち会社が負担した部分(同2万9578円)から従業員が受ける経済的利益(フリンジ・ベネフィット)が所得税法上課税対象としての課税所得に該当するかどうかについて、同大阪高判は次のとおり判示した(下線・傍点筆者)。 ここでは、本件通達が使用人らのレクリエーション行事費用の使用人負担により使用人らが受ける経済的利益を「課税しなくて差支えない」とする取扱い(これと講学上の非課税所得との関係については前掲拙著【192】参照)について、3つの実質的根拠が説示されているが、それらのうち、課税所得該当性の判断において心理的要素を考慮して当該経済的利益が課税所得に該当しないとしたものと解されるのは①である。「必ずしも希望しないままレクリエーシヨン行事に参加せざるを得ない」が故に、当該行事への参加には心理的満足を観念し得ず、また、「その経済的利益を自由に処分することができるわけでもないこと」からして、当該経済的利益には消費による心理的満足を観念し得ないことになるので、いずれにせよ当該経済的利益は課税所得に該当しないというのが、①の意味するところであろう。これに対して、②は上記の取扱いの根拠を、少額不追求や評価の困難さという税務執行上の考慮に求めるものと解される。 問題は③をどのように理解すべきかである。この点については、前記の判示を「第一審被告の当審における主張」と比較することによって、その答えを見出すことができるように思われるので、まず、その「主張」を昭和63年大阪高判の中から以下に引用しておこう(下線・傍点筆者)。 以下では、前記判示と上記「主張」における〇囲み数字を区別するために例えば「判示①」「主張①」という表記を用いることにして議論を整理すると、判示①は主張②及び主張④に対応し、判示②は主張①及び主張③に対応するが、一見したところ、「第一審被告の当審における主張」には判示③に対応する主張がないように思われる。しかし、上で「第一審被告の当審における主張」として引用した部分の2つ目の段落をみると、そこの下線部には判示③の内容が含まれていると解される。 そうすると、「第一審被告の当審における主張」の前記引用のうち2つ目の段落が主張①~主張④からの帰結を述べている部分となることから、判示③は、本件通達の取扱いについて判示①及び判示②とは異なる実質的根拠を述べたものではなく、判示①及び判示②からの帰結を述べそれらの実質的根拠のいわば「まとめ」を示す部分にすぎないという理解が成り立つように思われる。 このような理解によれば、本件通達にいう「レクリエーシヨンとして社会通念上一般に行われている慰安旅行」(本件通達の文言に忠実にいえば「役員又は使用人のレクリエーシヨンのために社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演芸会、運動会等の行事」)についてその判断の基準とされている「社会通念」の内容は、本件との関係では、判示①及び判示②によって形成されることになると考えられる。 2 課税所得該当性の判断における「社会通念」の意義 ところで、司法判断における「社会通念」の意義について、中里実教授は「租税法における社会通念」(同『租税史回廊』(税務経理協会・2019年)282頁[初出・2011年])に言及し場合によってはこれを「判断の決め手」(同頁)とした判例を整理された後、次のとおり述べておられる(同291頁。下線筆者。なお、税務官庁の判断における「社会通念」の意義については、所基通(直審(所)30(例規)(審)昭和45年7月1日)の前文参照)。 中里教授によれば、「『社会通念』という概念を用いた司法判断」は、「個別具体的な事情に応じて裁判所が判断するということ」であり、「法律の定めが不明確であるというのとは次元の異なる問題」であるが、そうすると、昭和63年大阪高判の判示③は「社会通念」を「国民感情」と同じ意味で用いていると解されることになるように思われる。ここでいう「国民感情」は、いわゆる感情法学(Gefühlsjurisprudenz)のいうような感情を問題とするものではなく、「法における常識(common sense in law)」を意味するものと解されるのであるが、これについては古くから次のとおり説かれてきた(末延三次=伊藤正己訳『P.G.ヴィノグラドフ 法における常識〔改訂版〕』(岩波書店・1963年)2-3頁。下線筆者)。 ここでいう「法の世界における人間の心の動き」には立法は勿論のこと法解釈も事実認定も含まれると解されるが、それらは「常識に基礎をおくもの」である(立法についていえば、税法における常識が帰属所得を課税所得から除外することに影響を与えていることについては、金子・前掲書88頁参照)。したがって、「『社会通念』という概念を用いた司法判断」は「常識に基礎をおく」司法判断と言い換えることができるように思われる。 そうすると、昭和63年大阪高判は、「『社会通念』という概念を用いた司法判断」であり、したがって、「常識に基礎をおくもの」であるといえよう。これを本件についてみると、「『社会通念』という概念を用いた司法判断」について「法律の定めが不明確であるというのとは次元の異なる問題」といえるのと同様に、「常識に基礎をおく」司法判断については「普通の知性と教育のある人が、この心の動きをたどることは決して困難ではない」といえるのであるから、海外慰安旅行フリンジ・ベネフィットの課税所得該当性に関する昭和63年大阪高判の判断は、その妥当性の法的根拠を社会通念ないし常識に、そしてその妥当性の実質的根拠を前記の判示①及び判示②に、それぞれ見出すことができるといえよう。 この点については、前記Ⅱの冒頭で引用したように、金子宏教授が所得概念の研究に当たって当時の議論の状況について「何が所得であり何が所得でないかについての判断は、多くの場合、常識、、によって支えられているにすぎない、というのが実情である。」(同・前掲書10頁。傍点筆者)と述べておられたことを想起すると、「社会通念」に基礎を置いた昭和63年大阪高判の判断は、「常識によって支えられている」といってもよかろう。   Ⅳ おわりに 以上、今回は、課税所得の概念構成において心理的要素が完全に排除されているわけではないことを、海外慰安旅行フリンジ・ベネフィットの課税所得該当性をめぐる所得税法36条1項の解釈に関する昭和63年大阪高判の判断に即して、検討してきた。その検討により、海外慰安旅行フリンジ・ベネフィットに関する心理的満足の欠如が(少額不追求や評価の困難さとともに)、「社会通念」という概念のフィルターを通して、所得税法36条1項の解釈において考慮される、という判断構造を明らかにすることができたと考えるところである。その判断構造において、「社会通念」は法的判断の基礎となる法概念の役割を担っているのである。 今回の検討を通じて、「社会通念」という概念は、「常識」という概念と同じく、あらゆる法的判断の基礎にある法概念であると考えるに至ったが、「社会通念」ないし「常識」を基礎として法的判断を行うということは、中里教授の前記の見解で述べられているように「法律の定めが不明確であるというのとは次元の異なる問題」であると考えるべきである。「社会通念」ないし「常識」は「法律で書かれていないこと」ではあるが、租税法律主義を最大限重視・尊重しつつもそのような「法律で書かれていないこと」を探究すること、すなわち、筆者のいう「創造的研究」(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)はしがきⅳ頁)の重要性を、昭和63年大阪高判の検討を通じて、改めて認識した次第である。 (了)

#No. 592(掲載号)
#谷口 勢津夫
2024/10/31

〔令和6年度税制改正における〕外形標準課税制度の見直し 【前編】

〔令和6年度税制改正における〕 外形標準課税制度の見直し 【前編】   辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健   本稿では令和6年度税制改正のうち、外形標準課税に関する部分について前・後編の2回にわたって解説する。   1 改正前の概要と改正趣旨 (1) 改正前の概要 外形標準課税は、次に掲げる法人以外の法人について適用される。 (2) 改正趣旨 外形標準課税の対象となる法人数は、平成18年度をピークに減少傾向が続いている。その理由としては、①資本金の額を1億円以下に減資する、②分社化や持株会社化などの際に、子会社の資本金を1億円以下にすることが指摘されていた。 外形標準課税は、法人事業税の税収を安定化させるという目的があり、実際のところ、所得割に比べて、付加価値割や資本割は安定的に推移していることから、令和6年度税制改正において、外形標準課税の対象から外れている実質的に大規模な法人を対象に見直しがされた。   2 改正内容 《減資への対応》 (1) 内容 外形標準課税の対象となる法人は、改正前と同様、資本金1億円超の法人が対象となる。ただし、当分の間、次に掲げる要件を全て満たす法人については、外形標準課税の対象とされることになった(地法附則8の3の3①、地令附則6(令和8年4月1日以後開始事業年度は地令附則5の7)、地規附則2の6の3)。 (※) 払込資本の額とは、資本金及び資本剰余金の合計額。 前事業年度に外形標準課税の対象となっており、かつ、当該事業年度終了の日の資本金が1億円以下であることから、当該事業年度中に、減資により資本金を1億円超から1億円以下にしていることが前提である。 払込資本の額とは、上記の通り、資本金及び資本剰余金の合計であるため、株式会社の場合は、資本金、資本準備金及びその他資本剰余金の合計となる。 なお、電気供給業のうち、小売電気事業等、発電事業等及び特定卸供給事業を行う法人についても本改正の対象となる点に留意が必要である。 (2) 適用時期 令和7年4月1日以後に開始する事業年度について適用される。 (3) 経過措置(改正地法附則7②) 最初事業年度(令和7年4月1日以後最初に開始する事業年度)については経過措置が設けられている。この経過措置は、上記(1)②の要件に関するものである。すなわち、原則は、「前事業年度」が外形標準課税の対象となっているかどうかで判定するところ、最初事業年度については、「公布日(令和6年3月30日)を含む事業年度の開始の日の前日から最初事業年度の開始の日の前日までの間に終了したいずれかの事業年度分」の事業税が外形標準課税の対象となっているかどうかで判定する。 これは、本改正が令和7年4月1日以後開始事業年度から適用されるため、最初事業年度開始日の前日までに減資を行った場合、改正の意味がなくなってしまうことから設けられたものと考えられる。 ただし、次の全ての要件を満たす場合には、原則通り、前事業年度が外形標準課税の対象となっているかどうかで判定する。 これは、改正法の公布日以降に減資を行い改正法の適用を免れようとする行為は認めないが、公布日の前日までに減資を行った場合には規制はしないという趣旨だと思われる。 3月末決算法人の最初事業年度について具体例を示すと以下の通りである。 設例1:公布日以後に減資する場合 設例2:公布日前に減資する場合   (【後編】に続く)

#No. 592(掲載号)
#安積 健
2024/10/31

〔令和6年度税制改正における〕賃上げ促進税制の拡充及び延長等 【第2回】

〔令和6年度税制改正における〕 賃上げ促進税制の拡充及び延長等 【第2回】   公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎   ←(前回) | (次回)→   4 令和6年度の税制改正の概要 (1) 改正のあらまし 令和5年11月2日に閣議決定された『デフレ完全脱却のための総合経済対策~日本経済の新たなステージにむけて』(以下単に「総合経済対策」という)では、わが国経済がコロナ禍の3年間を乗り越え改善しつつある一方、輸入物価の上昇に端を発する物価高の継続が国民生活を圧迫し、回復に伴う生活実感の改善を妨げているとの現状認識のもと、賃金と物価が好循環する絶好の機会を確実なものとするために、適用期限の到来を迎えようとする「賃上げ促進税制」を強化する方針が示された。 この「総合経済対策」は5本の柱(※4)から構成されているが、そのうちの「第2の柱」の施策の一環として「賃上げ促進税制について、物価高に負けない賃上げを実現できるよう強化する。その際、中小企業等について、赤字法人においても賃上げを促進するための繰越控除制度を創設するとともに、措置の期限の在り方等を検討する。併せて、マルチステークホルダーとの適切な関係の構築に向けた方策を講じる」ことが示された。さらに「第4の柱」の施策の一環として「仕事と子育ての両立や女性活躍支援を促進するため、賃上げ促進税制を強化する」ことが示された。 (※4) 「総合経済対策」で示された「5本の柱」は以下のとおりである。 このような背景を踏まえ、物価高に負けない構造的・持続的な賃上げの動きを広めるため、本税制が強化することとされたものである。 (2) 改正の内容 令和6年度の税制改正により、本税制を以下の3類型に区分し、それぞれに応じた適用要件及び税額控除率(及び上乗せ措置)が設けられることとなった。 それぞれの詳細については、【第3回】以降の記事を参照されたい。 ① 適用要件の見直し (a) 賃上げの要件 給与等支給額にかかる要件については、特に改正されていない(下表参照)。 (b) マルチステークホルダー方針公表・届出要件 「マルチステークホルダー方針の公表・届出要件」が必要とされる法人の範囲が見直され、適用事業年度終了の時においてその法人の常時使用従業員数が2,000人を超える法人が追加された(措法42の12の5①)。 この取扱いは資本金の額の規模を問わないから、たとえその法人が中小企業者等に該当するものであっても、適用事業年度終了時における常時使用従業員数が2,000人を超える法人であれば、マルチステークホルダー方針の公表と届出が必要とされるのである。 さらに、作成される「マルチステークホルダー方針」の中で適切な関係の構築の方針を公表する対象である「下請事業者その他の取引先」に、消費税の免税事業者が含まれることが明確化された。これは、上述した「総合経済対策」において、インボイス制度に関し「マルチステークホルダーとの適切な関係の構築に向けた方策を講じる」と述べられたことを踏まえた改正である。 ② 上乗せ控除(税額控除率の上乗せ)の見直し 改正前の制度では、「継続雇用者給与等支給額の増加に伴う上乗せ措置」、「教育訓練費の増加に伴う上乗せ措置」の2つが定められていたが、本年度の改正に伴い「厚生労働省の認定制度の適用による上乗せ措置」が新たに創設され、あわせて上乗せ控除のための要件について、企業規模に応じて下表のとおり見直された。 【継続雇用者給与等支給額の増加に伴う上乗せ措置】 〈大企業向け〉 〈中堅企業向け〉 【雇用者給与等支給額の増加に伴う上乗せ措置】 〈中小企業者等向け〉 【教育訓練費の増加に伴う上乗せ措置】 〈大企業向け〉 〈中堅企業向け〉 〈中小企業者等向け〉 【厚生労働省の認定制度の適用による上乗せ措置】(新設) 〈大企業向け〉 詳細については、【第3回】の記事を参照されたい。 〈中堅企業向け〉 詳細については、【第4回】の記事を参照されたい。 〈中小企業者等向け〉 詳細については、【第5回】の記事を参照されたい。 ③ 「他の者から支払を受ける金額」の見直し 雇用者給与等支給額等(※5)の算定の基礎となる「給与等の支給額」からは、「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」を除くこととされているが、「他の者から支払を受ける金額」のうち役務の提供の対価として支払を受ける金額は、給与等の支給額から控除しないこととされた。 (※5) 具体的には、以下の金額の算定にあたり適用される取扱いである。 これにより、改正後の制度では、「他の者から支払を受ける金額」のうち「雇用安定助成金額」及び「役務の提供の対価として支払を受ける金額」の2つを除いたものについて、「補塡額ほてんがく」という別の用語として整理されることとなった(措法42の12の5⑤四~六、九、十一)。 なお、この「役務の提供の対価として支払を受ける金額」の取扱いは、令和6年4月1日前に開始し、かつ、同日以後に終了する法人税について適用することも差し支えないこととされている(※9)。 (※9) 経済産業省『「賃上げ促進税制」御利用ガイドブック(令和6年8月5日公表版)』p.14 ④ 税額控除限度超過額の繰越控除制度の創設 中小企業者等のみ 中小企業者等に限り、ある適用年度における税額控除限度額がその年度の控除上限を超える場合、その超過額を最長5年間繰り越して翌年度以降の税額控除に使用することができる措置が講じられることとされた。 具体的には、青色申告書を提出する法人の適用年度に「賃上げの要件」を満たしている場合において「繰越税額控除限度超過額」を有するとき、これをその適用年度の法人税額から控除するというものである(措法42の12の5④)。 詳細については、【第5回】の記事を参照されたい。   (【第3回】に続く)

#No. 592(掲載号)
#鯨岡 健太郎
2024/10/31

学会(学術団体)の税務Q&A 【第10回】「学術集会の共催セミナー(法人税)」

  学会(学術団体)の税務Q&A 【第10回】 「学術集会の共催セミナー(法人税)」   公認会計士・税理士 岡部 正義   ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 収益事業に該当するか否か 学術集会においては、企業と共催でセミナーを開催し、共催セミナー費を受け取るケースが多い。このような共催セミナー費に関して、実務上は、法人税法上の収益事業(席貸業)として扱っているケースと、扱っていないケースが混在しており、法人税法上の収益事業(席貸業)に該当するか否かに関しては、議論があるところである。 (1) 法人税法上の収益事業に該当すると考える場合 一般的に、共催セミナー費の内容は、会場費や音響設備や照明設備等の付帯設備の利用料である。共催セミナー費は、一定の場所を利用するための対価として受領しているものであるため、法人税法上の収益事業(席貸業)に該当すると考えられる(法令5①十四)。 (2) 法人税法上の収益事業に該当しないと考える場合 共催セミナー費の内容は、会場費や音響設備や照明設備等の付帯設備の利用料であるものの、企業が会場を借りて講演を行うわけではない。そのため、共催セミナー費は、会場利用料という名目であるものの、実質的には学会がセミナーを開催するにあたり、企業に対して負担金(寄付)を求めているものであると考えることができる。そのため、法人税法上の収益事業(席貸業)に該当するものではないと考えられる。 また、企業がセミナー開催にあたっての費用を負担するのは、企業の広告活動の一環であり、共催セミナー費は一種の広告料と考えることもできる。広告業は、収益事業の34の特掲事業に含まれていない以上、仮に負担金(寄付)ではなく、広告料と考えたとしても、法人税法上の収益事業に該当するものではないと考えられる。   2 実務上の対応 上記のように、共催セミナー費に関しては、収益事業に該当するという考え方と該当しないという考え方があると思われるが、私見としては、収益事業(席貸業)に該当すると考える。 なぜなら、収益事業に該当しない考え方として、「共催セミナー費=負担金(寄付)」という考え方があるが、共催セミナー費は、通常、課税取引扱いとなっているため、負担金(寄付)であるために収益事業に該当しないという説明は難しいと考えるためである。 また、共催セミナーが課税取引であるのは、一種の広告料であり、広告料は収益事業となる34の特掲事業(法令5①)に該当しないため、収益事業に該当しないという考え方があるが、共催セミナーの内容は広告料ではなく、会場利用料である。 共催セミナーに関して、「企業が会場を借りて講演をしているわけではないため、実質的には会場利用料ではない」という見方もあるが、その一方で、「セミナーのテーマや演者に関しては、企業の希望に基づいて選定し、セミナー開催のための運営費用(演者の謝礼・交通費、弁当代、ポスター印刷費など)は企業が負担している以上、企業が希望するセミナーを開催するための会場利用料を支払っている」という見方もできる。仮に、企業が自社の製品や研究に関連するテーマのセミナーを開催することが企業にとっての広告目的であったとしても、「企業が共催セミナー費を支出する実質的な目的が広告であるから、広告料として認定する」のも難しいと考える。 少し例は異なるが、たとえば、広告宣伝用の看板を設置するために、ビルの屋上の使用料を受領した場合は、仮にビルの屋上を使用するための目的が広告であったとしても、取引の内容としては、あくまで不動産の使用料となるため、不動産貸付業に該当することになる(法基通15-1-17)。 そのため、共催セミナー費が収益事業に該当するか否か判断するにあたっては、「相手方が何の目的のために支払った対価なのか」という点に着目して判断するのではなく、共催セミナー費の具体的な内容に基づいて、席貸業に該当するか否かを判断すべきであり、共催セミナー費の内容が会場利用料である以上、席貸業に該当すると考える。   3 公益法人の学会が公益目的事業の一環として実施される場合 公益法人の学会が、公益目的事業の一環として学術集会を開催する場合は、たとえ席貸業に該当する事業であっても、法人税法上の収益事業から除外される(法令5②一)。   (了)

#No. 592(掲載号)
#岡部 正義
2024/10/31

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第54回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第54回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   23 ビットコインETFと分離課税(その7):本件分離課税特例「株式等」及び「上場株式等」 以下、日本の居住者(一般の投資家であり、米国で事業等を行っていない個人)が本信託の受益権に係る持分(本件持分)を米国の市場で購入し、譲渡した場合に、本件分離課税特例が適用されるかという点を中心に検討する。なお、本信託及びその居住者以外の関係者自体の課税関係については検討の対象外とする。 (1) 本件分離課税特例における「株式等」及び「上場株式等」の意義 居住者が、上場株式等の譲渡をした場合において、本件分離課税特例の適用があるときは、その上場株式等に係る譲渡所得等については、所得税法22条、89条及び165条の規定にかかわらず、他の所得と区分し、その年中のその上場株式等の譲渡に係る事業所得の金額、譲渡所得の金額及び雑所得の金額として一定の方法により計算した金額(上場株式等に係る譲渡所得等の金額)に対し、15%の税率で所得税が課税される(措法37の11①)。 この場合の上場株式等とは、次の①に掲げる株式等のうち、次の②のいずれかに該当するものをいう(措法37の10②、37の11②)。 (※) 店頭売買登録銘柄として登録された株式等や金融商品取引法2条8項3号ロに規定する外国金融商品市場において売買されている株式等 以上によれば、本件持分が、上記①に該当し、かつ、上記②のいずれかに該当するのであれば、本件分離課税特例の適用があるという結論に接近する。 そこで以下では、上記①➍の投資信託の受益権又は上記①➎の特定受益証券発行信託の受益権に該当するかを検討する。次いで、上記①➊の株式に該当し、かつ、上記②➊の株式等で金融商品取引所に上場されているもの及びこれに類するものに該当するかを検討する。 (2) 「投資信託の受益権」該当性 以下のとおり、本件持分は投資信託の受益権に該当しない。 ア 特定資産の意義と「投信法上の投資信託」該当性① 所得税法及び本件分離課税特例における投資信託とは、投信法2条3項に規定する投資信託及び同法2条24項に規定する外国投資信託をいう。 投信法上の投資信託とは、次に掲げる委託者指図型投資信託及び委託者非指図型投資信託をいう。投信法上の外国投資信託とは、外国において外国の法令に基づいて設定された信託で、上記投信法上の投資信託に類するものをいう(所法2①十一括弧書、十二の二、措法2①五、投信法2③㉔)。 上記の各定義にあるとおり、投信法上の投資信託とは、同法に基づき設定されるものであるところ、本信託は、デラウェア州法定信託法に基づいて設定されたものである。 したがって、本信託は投信法上の投資信託に該当しない。 また、上記のとおり、投信法の投資信託は、主として特定資産に対する投資として運用することを目的とする信託に限定されている。特定資産とは次のものをいう(投信法2①、投信法令3)。 (※) 金融商品取引法2条24項3号の2に規定する暗号等資産とは、資金決済法2条14項に規定する暗号資産又は同条5項4号に掲げるもののうち投資者の保護を確保することが必要と認められるものとして内閣府令で定めるもの(その価格の変動その他の事情を勘案して金融庁長官が定めるもの。金融商品取引法2条に規定する定義に関する内閣府令21の2)をいう。 このように、現時点では、暗号資産(決済2⑭)は上記の特定資産には含まれていない。 よって、本信託は投信法上の投資信託には該当しない。   (了)

#No. 592(掲載号)
#泉 絢也
2024/10/31

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第58回】「中央出版事件-旧信託法下における外国籍の孫への海外信託贈与-(地判平23.3.24、高判平25.4.3、最判平26.7.15)(その3)」~(平成19年改正前)相続税法4条1項、2項4号、5~9条、(平成18年改正前)信託法1条、(平成18年改正後)信託法2条~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第58回】 「中央出版事件 -旧信託法下における外国籍の孫への海外信託贈与- (地判平23.3.24、高判平25.4.3、最判平26.7.15)(その3)」 ~(平成19年改正前)相続税法4条1項、2項4号、5~9条、 (平成18年改正前)信託法1条、(平成18年改正後)信託法2条~   税理士 中野 洋     5 評釈 (1) 争点1 信託行為該当性について、原審では、借用概念(統一説)により結論を導いている。本件の争点1~3において「信託の準拠法とされた米国州法でなく日本法を参照していることは、日本法の前提とする信託の概念を参照していると理解することもできる」(※2)という評価がある。これは、米国州法に基づく信託を、米国州法に当てはめて判断するのではなく、わが国の信託法に当てはめて判断することを妥当とするものである。さらに「本判決は、契約に用いたアメリカ州法ではなく、その契約内容を検討し、それに即した日本法を適用して本事件を解決している」(※3)と、同様に肯定的に評価する意見もある。 (※2) 田中啓之「米国州法を準拠法とする信託の受益者に対する贈与税の課税が適法とされた事例」ジュリスト1460号(2013年)9頁 (※3) 木村弘之亮「外国籍の孫への海外信託贈与」税研178号(2014年)194頁 (2) 争点2 争点2の控訴審の判示は、国側意見書を作成した佐藤英明教授の見解が色濃く反映されており、これと異なる見解は特にないように思われる(※4)。同教授は、信託法における受益権の解釈について、「現実の信託の受益まで時間的な間隔がかなりあり、また、その内容が必ずしも明確でなくても(略)信託受給権が不確定であっても信託監督的権能を行使しうる者は、信託法における受益権を有する者であって、受益者であるといいうる」(※5)と述べる。そのため、改正前(※6)の本件において、「信託受給権」の内容が不確定であっても、「信託監督的権能」が認められることから、受益者への具体的な給付が不確定な本件の裁量信託についても、「設定時」の「受益者」に課税することができる。 (※4) 佐藤英明「信託の「受益者」と所得計算について-名古屋地裁平成23年3月24日判決を題材として-」『租税法の複合法的構成 村井正先生喜寿記念論文集』清文社(2012年)113頁~128頁 (※5) 佐藤前掲(※4)書120頁 (※6) 以降、平成19年の新信託税制の導入前を「改正前」、導入後を「改正後」とする。 上記の点について、佐藤教授は、改正前相続税法4条2項4号は「信託受益権の付与自体が停止条件にかかっている場合について規定していると解するべきであり、(略)もし反対に、同号の『信託の利益を受ける権利』を狭く、信託受給権ととらえると、受益者であるが具体的な受益は受託者の裁量などの条件が附されている場合には、受託者による裁量権の行使があるごとに信託の設定に準じたみなし贈与課税がなされることになり、(略)信託受給権を条件付きにすることでみなし贈与課税を『分割』する租税回避が容易になる点に、注意が必要である」(※7)とする。 (※7) 佐藤前掲(※4)書121頁 改正前においては、停止条件が付され、受託者の裁量によって給付される信託についても、受益権の解釈により、設定時の受益者に課税することができた。では、改正後はどのような課税になるのか。この点については「贈与税を課される受益者は『受益者としての権利を現に有する者』に限定されており(略)本件のような信託は、信託設定時に『受益者としての権利を現に有する者』が存在しない『受益者等が存在しない信託』に該当し」(※8)とする見解や、同様に、本件では「受託者に信託財産の管理・運用につき裁量の余地が残されていることから、孫は受益者に該当しないものと考えられ、そこでの信託は現行法のもとでは『受益者の存しない信託』に該当する」(※9)という見解が述べるとおりである。 (※8) 宮塚久「相続税法4条1項の「受益者」該当性が否定された事例」ジュリスト1433号(2011年)53頁 (※9) 首藤重幸「信託と相続税等をめぐる問題」税務事例研究第160号(2017年)65頁 このような解釈については「『受益者』に該当するために、信託受給権の内容(又は帰属)の具体的な確定を不要とする根拠は、課税繰延べ等を防止するために、信託行為時における受益者課税を原則とする4条1項の趣旨に求められている。したがって、受益者不存在信託における受託者課税の制度が導入された、平成19年改正後の相続税法において、同じ議論が妥当するかについては、見解が分かれ得る」(※10)といった指摘もある。 (※10) 田中前掲(※2)書9頁 (3) 争点3 争点3の控訴審判示については、野一色直人教授の「課税庁の主張に沿う形で(略)受託者の裁量に着目し、(略)通達上、明示されていない要素のいずれかを満たす必要があるとしている」(※11)という批判や「明文の規定がないにも関わらず、生命保険信託について、信託に係る規定が適用されないこと、(略)公社債投資信託のように投資対象を制限した規定(所得税法2条15号等)がない」(※12)などといった指摘がある。前者は、簡潔な通達の規定等から直接導くことができない判断要素を判示した点を、後者は、租税法令上の明文規定がないままに、生命保険信託が4条1項の適用対象外とされ、生命保険契約の課税規定が適用される点について批判するものであるが、結論として生命保険信託に該当する余地があるとしている。 (※11) 野一色直人「相続税法上の生命保険信託の要素の検討-名古屋高判平成25年4月5日」税務弘報61巻10号(2013年)123頁 (※12) 野一色前掲(※11)書125~126頁 逆に、本件信託については、生命保険信託に当たらないとする見解がある。この見解では、判示と同様の要件を述べた上で「信託の受益権については、4条1項が適用されるのが原則であることから、『生命保険信託』に該当する場合は限定的に解するのが相当であると思われる。もっとも、『生命保険信託』の意義が法令上明確に定まっていないことからしても容易に結論が出される争点ではなく、詳細な事実関係の心理を踏まえて判断がなされるべきである」(※13)としている。 (※13) 仲谷栄一郎・田中良「海外の信託を利用した租税軽減策~名古屋地裁平成23年3月24日判決~」国際税務31巻9号(2011年)77頁 (4) 争点4 争点4に関する控訴審の評価は「乳児であるXの住所を判断するため、両親の住所を考慮要素に含めた結果、Xの主張と異なり、出生時から信託行為時までの事情のほか、信託行為後の事情ばかりか、出生前の事情まで考慮されることとなった(略)。ここには、事実として、両親に養育されている子の住所は、原則として、両親と同じであるという判断がある。また、両親の住所を判断するため、住居等の客観的事情のほか、渡米意図という主観的事情も考慮されている」(※14)ということになろう。 (※14) 田中前掲(※2)書9頁 また、住所判定における租税回避の意思について「武富士事件最高裁判決は、『住所』の判定において、居住意思を判断要素に入れてはならず、同様に租税軽減の目的も考慮してはならないとしている。しかし、仮に何らかの形でこれを考慮に入れるとした場合、Xの居住意思とは何かが問題となる。Xには(民法上の)意思能力がない以上、居住意思を論じるのは相当でないように思われる(略)それは新生児Xの租税軽減目的(意思)ではなく、贈与者Fの租税軽減目的(意思)である。(略)贈与者の租税軽減目的を考慮することが実態にあった課税になるという議論も考えられる」(※15)とする見解がある。 (※15) 仲谷・田中前掲(※13)書85頁   6 検討 (1) 争点1 外国法に準拠した信託が、わが国の信託法上の信託に該当するか、という点については「外国の信託に対しては、その国の信託法に基づいてあてはめる必要がある」というのが原則的な解釈方法であると思われるが(※16)、佐藤教授は「信託についていえば、おそらく、各国で『信託』と位置づけられているものの多くは、わが国の租税法上も『信託』として扱われることとなろう。なぜならば、いわゆるハーグ国際私法会議が1984年10月に採択した『信託の準拠法及び承認に関する条約』(日本は未署名)の第2条(略)の内容はわが国の信託法における定義と大枠において異なっていないからである」(※17)とする。 (※16) 武田昌輔監修『DHCコンメンタール相続税法』(第一法規・加除式)1085の9頁 (※17) 佐藤英明『信託と課税』弘文堂(2000年)230~231頁 わが国の借用概念論においては、私法におけると同義に解すべきという統一説が通説となっているが、原審における判示は、外国法に準拠した本件信託について、わが国の信託法上の解釈を示し、これを本件信託契約に当てはめるのみで、外国の信託法への当てはめを行っていない。公法である租税法を適用するにあたっては、準拠法ではなく法廷地国の私法により判断すべきということであろうか。この点については、準拠法の指定によって課税結果が異なるのは課税の公平に反すること、適用する国内法秩序との一体性と法的安定性の確保の見地から、私法上の概念を借用する場合は、わが国の私法に限定すべきとする見解がある(※18)。 (※18) 小柳誠「租税法と準拠法-課税要件事実の認定場面における契約準拠法の考察-」税大論叢39号(2002年)123~144頁 (2) 争点2 受益権の信託法上の解釈は、改正の前後を通じて変更はないが、改正後の相続税法9条の2(以下、単に「9条の2」)第1項においては、みなし贈与課税の対象となる受益者を「受益者としての権利を現に有する者」としたことから、信託法上の受益者は、受益者としての権利を「現に有する者」と「現に有さない者」に区分されることになり、信託法上の受益者に課税上の区分が設けられた(※19)。 (※19) 新信託税制の立案担当者も「課税対象者たる受益者の範囲とそれへの帰属のさせ方について重要な改正が行われています(略)受益者だから一義的に課税対象者にするといった整理ではなく」と説明(佐々木浩「信託の税制について~信託税制の基本的考え方等について~」信託239号(2009年)109頁)。 改正前後を通じて、租税法は信託法から受益者の概念を借用し、「受益者とは受益権を有する者」と解してきた(※20)。そうであれば、受益権を有さない受益者は解釈上存在し得ないところ、佐藤教授は、旧相続税法4条2項4号は、受益権の付与自体が停止条件にかかっていると解すべきとした。一方、新信託法では、停止条件が成就したときに信託の効力が生ずる旨が新たに規定された(信託法4条4項)。改正によって、4条1項の「信託行為があった時」が、9条の2の「信託の効力が生じた時」に変更されているが、その背景にはこれらの規定の明確化があったと考えられる。新信託法においては、停止条件が成就するまで信託の効力が生じないとし、同様に、9条の2第1項に関する課税庁の見解も、「受益者としての権利を現に有する者」には、停止条件が付された信託財産の給付を受ける権利を有する者は含まれないとしている(※21)。 (※20) 「改正後であっても所得税法(法人税法)、相続税法における「受益者」の解釈を変更すべき理由はない」(佐藤前掲(※4)書127頁) (※21) 加藤千博編『相続税法基本通達逐条解説(平成22年版)』大蔵財務協会(2010年)199頁 これらを前提として、改正後は、受益者としての権利を「現に有する者」は、「受益者等課税信託(9条の2)」に区分され、そうでない場合は「受益者等が存しない信託」として、「法人課税信託(法人税法2条29号の2ロ)」に区分される。法人課税信託では、受託者が管理する信託ごとに法人税法の規定が適用される。実質的には信託を法人とみなすことから、信託への財産の移転は、時価による譲渡が擬制され(所得税法59条1項)、その上、一定の要件に該当する場合には、租税回避防止の観点から、信託財産に対して贈与税が課される(相続税法9条の4)。 (3) 争点3 生命保険信託には前述の評釈のような議論があるが、ここでは本件スキームで生命保険信託が果たす税効果について検討する。本件スキームは、銀行員から「日本と米国の双方において納税の必要性が生じない信託」として勧められたものだが、要は、米国で非課税の扱いを受けさせつつ、「受贈者」と「贈与財産」をわが国の課税権から離脱させることである。そのためのツールが「入口の信託」と「出口の生命保険」である(米国における税効果は割愛する)。 入口では、委託者が何らの利益も得る可能性のない撤回不能信託を設定する。そのことで、信託財産をFの相続財産から切り離すことができる。また、生命保険信託の例外的方法のため、保険契約者を受託者Gとすることができ、一時払保険料は、Fの相続発生時の相続財産(生命保険契約に関する権利)とならない。そのため、オフバランス化しつつ、設定時の信託課税を受けない。 出口では、生命保険の活用により、贈与時期をGが保険金を受け取った時にできる。また、保険契約の締結が米国のため、受取時は国外財産となるが、贈与税の納税義務は、受取時の受益者の住所等により判定する。なお、控訴審判示は、出口での生命保険信託該当性の要件を付加している(満期等まで中途解約をしないこと。争点3の控訴審の判示参照)が、これは解約返戻金に対する租税回避を防止するためであろう。 (4) 争点4 武富士事件では香港での滞在日数が全体の約3分の2(国内滞在日数の約2.5倍)であったのに対して、本件においても、Xの出生時から信託行為時までの滞在期間で見ると、米国での滞在日数が全体の約3分の2(国内滞在日数の約2.5倍)に及んでいた。武富士事件の提訴(平成11年11月)を受けた平成12年改正により、納税義務者の範囲について、贈与者及び受贈者の贈与時点及び贈与前5年以内のいずれかの時点において、国内に住所を有していたか否かで「制限納税義務者」と「無制限納税義務者」を区分することとしたが、受贈者が日本国籍を有していないときは、受贈者が贈与時に日本国内に住所を有するかどうかのみが問題となる制度であった。そこで、贈与直前において、受贈者となるXに米国籍を取得させ、米国債を信託贈与したものである。納税義務者の範囲については、滞在日数を重視した平成23年の武富士事件最高裁判決を受けて、相続税法上の住所概念は立法により対処すべき点が明らかにされたが、本件信託行為時の税制下においては、なお国籍の有無により結果が左右される状態となっていた(※22)。 (※22) なお、平成29年度改正により、国外財産を贈与税の納税義務の範囲外とするには、国籍に関係なく、贈与者及び受贈者ともに10年超国内に住所を有しないことが必要となった。 控訴審判決では「単に子供に米国籍を取得させるために渡米していたにすぎないことなどが認められる」として、両親の主観的な贈与税回避の意思を認定し、このような主観的事由と客観的事由を総合的に勘案した判決となっている。主観的事由が、判決にどの程度影響しているのかは定かではないが、少なくとも、武富士事件最高裁判決における「一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実態を具備しているか否かによって決すべきものであり主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実態が消滅するものではない」という判示とは異なるものといえよう。 (5) 争点5 仮にXが非居住者と判定された場合、贈与財産は国外財産となるのであろうか。この点について相続税法10条では、財産の種類に応じてその所在地を規定しており(同条1項各号及び同条2項)、具体的に列挙していない財産の所在については、贈与者の住所地により判定する(同条3項)。そして、これらの判定は、財産を取得した時の現況による(同条4項)。 本件信託の財産の所在地について、仲谷、田中の評釈では2つの考え方があることを提示している。1つは、その財産が「信託受益権」とする考え方であり、もう1つは「信託財産に帰属する個々の資産」とする考え方である。すなわち、4条1項を文理解釈すると、みなし贈与された財産は「信託受益権」であるように思われるが、平成19年改正前の所得税法13条の解釈と、相続税法10条1項9号の反対解釈により、本件信託については、信託財産に帰属する個々の資産ごとに財産の所在地を判定することになる(※23)。 (※23) 仲谷・田中前掲(※13)書85頁 前者を前提とすると、相続税法10条3項が適用され、その所在地は、贈与者であるFの住所の所在地(日本)となる。しかしながら、後者により判定することになるため、信託設定時の米国債の所在地により判定し、相続税法10条2項により、財産の所在地は米国にあることになる。   7 終わりに 争点2に関連して、本稿では、他益信託に関して、改正前後を通じた信託設定時の課税について検討した。家族間という利害を等しくする当事者での信託契約は、租税軽減目的で利用されることが想定される。受益権に停止条件を付けたり、受託者の裁量により給付するようにすれば、「課税時期」と「課税額」を自由に決めることができてしまう。しかし、改正前においては、そのような租税回避に対して「受益権の」解釈により、「信託設定時」の「受益者」に課税することができた。 改正後は、停止条件や裁量が付された信託に対しては、「受益者等が存しない信託」として、信託段階における法人課税信託が適用される。ただし、委託者へのみなし譲渡益課税に加え、受益者が委託者の親族の場合等は、法人税ではなく贈与税が課される。そのため、実務上は、不確定要素などを排除し、見通しのきく範囲で信託を設定すべきこととなろう。 最後に、争点4について、先の武富士事件では、租税回避の意図を考慮に入れた控訴審判決を最高裁判決が否定した(※24)。にもかかわらず、その直後に示された本件控訴審では租税回避の意図を考慮要素の1つに入れている。両者の判決の射程が違うということであろうか。この点について武富士事件と本件を比較すると、原告は「成人した子」と「乳幼児」という違いがある。本件においては、判断能力がなく、自ら生計を営むことができない乳幼児が原告であるから、居住期間の判定に違いを設けて当然という理屈が当てはまりそうな気もする。しかしながら、両者とも租税回避を目的とした指揮・命令系統の中で行動している点では同じである。すなわち、「父の命令」で動いているのか、あるいは「祖父の意向に沿った父の判断」で動いているのかの違いであって、本質的な差異はない。 (※24) 最高裁の補足意見では「一般的な法感情の観点から(略)違和感も生じないではない」と述べているが、結局は、還付金が社会に還元されるという「そろばん勘定」により納税者勝訴となった、といえば言い過ぎだろう。判決により、巨額(還付加算金を含め約2,000億円)の還付金が生じたが、返還時において武富士には、過払金返還の集団訴訟が提起され破産整理中であった。したがって、これらの還付金は過払金の返還や債権者への弁済に充当されたものとみられる。巨額の還付金が、租税回避を意図した創業者の長男の手元に残るのであれば、果たして、このような判決が出されたであろうか。 結局のところ、相続税法において住所の定義規定を設けない限り、住所概念に租税回避の意図が斟酌される余地はないものと考えられる(※25)。租税回避の意図を考量に入れるのは租税法固有の事情によるものであることから、民法22条の住所概念には贈与税回避の意図が含まれるはずがない(※26)。したがって、この問題は、私法上における意義と同様に解すべきとする統一説による借用概念論では解決しない。 (※25) 憲法判断を下す最高裁においては、租税法律主義の要請により、厳格な私法解釈が行なわれる。したがって、民法22条の住所概念について、租税回避の意図を加味した判示がなされるはずがない。しかしながら、下級審においては、主観的な租税回避の意図をも含めた判示がなされることも考えられる。 (※26) しかしながら、「居住意思」の中に租税回避の意図を読み込んだ判示がなされる可能性はあると考えられる。仲谷栄一郎・高畑侑子「「武富士事件」最高裁判決の残した課題」国際税務31巻4号(2011年)43頁では、民法上「住所の認定につき居住意思を補充的に考慮することが認められる」としている。 (了)

#No. 592(掲載号)
#中野 洋
2024/10/31
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