電子書類の法律実務Q&A 【第16回】 「特商法の交付書面を電子化する場合の留意点は何か」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 特定商取引法が改正され、特定商取引法による書面交付が電子化されると聞いたことがあります。この法改正により、消費者との間で、書面なしで電子契約できるようになったと理解してよいのでしょうか。 法改正との関係で留意点等あれば教えてください。 〔A〕 法改正により、令和5年6月1日から事業者が交付すべき書面の「電子化」が可能になりました(特定商取引法4条2項等)。 しかし書面交付の電子化といっても、完全に電子化されるわけではありません。承諾を得たことを証する書面の交付は、原則として必要とされています(特定商取引法施行規則10条7項等)。 消費者保護のため、電子化については手続が厳格です。電子化にも手間がかかるので、従前どおり書面交付を選択する事業者が多いと思います。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 特定商取引法とは 特定商取引法(以下「特商法」という)の正式名称は、「特定商取引に関する法律」である。特商法は消費者保護を目的とした法律で、基本的には事業者と消費者との間の取引を規制している。 ただし、事業者と消費者との間の全ての取引を規制しているわけではない。特商法が適用されるのは、以下の7種類の取引だ。 消費者保護のために、特商法により、契約締結後の一定期間(クーリングオフ期間)、消費者には無条件に契約を解除することが認められている(通信販売を除く)。これを「クーリングオフ」という(特商法9条、24条、40条等)。 ここで、今回取り上げる書面の交付義務(特商法4条1項、5条1項、2項等)について、説明する。事業者は、特商法で定められた事項を記載した書面を交付する義務がある(通信販売を除く)。訪問販売を利用された方であれば、赤枠の中にクーリングオフについて赤字で記載された書面を受け取ったことがあると思う。これは、特商法の書面交付義務に基づくものだ。 特商法の書面交付義務に違反した場合、刑事罰(6ヶ月以下の懲役又は100万円以下の罰金)の対象となる(特商法71条1号)。書面自体を交付しない場合だけでなく、特商法で記載すべき事項が記載されていない書面を交付した場合等も同様に刑事罰の対象となる(特商法71条1号)。 特商法の書面交付義務違反等について、クーリングオフによる返金を防ぐため、組織ぐるみで継続的に行われたものであり、顧客の利益保護に反する悪質な行為であることを指摘して、執行猶予付きの実刑判決が下された例もある(山口地判平成28年9月1日)。 さらにクーリングオフの期間は、書面を受領した日から起算される(特商法9条1項、24条1項、40条1項等)。書面が交付されるまでクーリングオフ期間は開始しない。つまり、書面交付していない場合、期間制限なしにクーリングオフを行使されてしまうことになる。 このように、刑事的にも民事的にも書面交付をしない場合のペナルティは大きく、書面交付義務は特商法の規制の中心と考えてよい。 2 事業者が交付すべき書面の電子化が可能になった 令和5年5月31日以前は、上記1の特商法に基づく書面交付は、「書面」以外の方法で行うことはできなかった。 特商法改正により、令和5年6月1日から事業者が交付すべき書面を「電子化」することが可能になった(特商法4条2項等)。 法改正の内容を見ていこう。単純に電子化が可能になったわけではない。電子化するためには、特商法の定める手続によらなければならない。 (出典) 消費者庁「令和3年特定商取引法・預託法等改正に係る令和5年6月1日施行に向けた事業者説明会について」(以下「消費者庁資料」という)4頁 電子化する手順を大きく分けると、①消費者が、電磁的方法による提供について承諾をすること、②事業者が、承諾を得たことを証する書面の交付をすること、③事業者が、電磁的方法による提供をすること、④事業者が、電磁的方法による提供が到達したことを確認すること、の4つのプロセスに分けられる。 これらの手続全てを完全に履行しなければ、電磁的方法による提供は認められない。一部でも不履行があれば、刑事罰の対象となり、またクーリングオフの期間も進行しないことになる。 手続の詳細については、消費者庁資料をご確認いただきたい。 3 実務上の留意点 (1) 消費者からの承諾の手続が厳格 消費者が承諾してくれなければ、電子化をすることができない。そして、消費者から承諾をしてもらうプロセスは、特商法で決まっている。 具体的には、①電磁的方法の種類及び内容の提示、②承諾に当たっての説明、③承諾取得に当たっての適合性等の確認、④消費者の承諾、という手順を踏む。 ③の適合性等の確認とは、消費者が電磁的方法により提供される事項を閲覧するために必要な操作を自ら行うことができること等の確認を意味する(特商法施行規則10条3項)。例えば、電子メールに添付して契約書面等に記載すべき事項を提供する場合には電子メールアドレスを日常的に使用していることの確認が必要になる(消費者庁資料・8頁)。 適合性等をどのような方法で確認しなければならないかも決まっている。確認の方法としては、事業者が承諾用のウェブサイト等を設けて、確認に必要な情報を入力してもらうこと、消費者の使用する電子計算機に係るOS等の情報を得ること等が求められている(特商法施行規則10条4項、消費者庁資料・9頁)。 つまり口頭で確認するだけでは確認したことにならない。確認をするのにもそれなりの手間がかかる。 ④の承諾については、消費者の氏名及び事業者の説明内容を理解した旨を記入させることが必要とされている(特商法施行規則10条5項)。単に「承諾します」というチェックボックスを設けるだけでは承諾したことにならないのだ(消費者庁資料・12頁)。 (2) 承諾を得たことを証する書面の交付が必要 書面交付の電子化といっても、完全に電子化されるわけではない。承諾を得たことを証する書面の交付は、原則として必要とされている(特商法施行規則10条7項)。 電子化といっても完全に電子化されるわけではなく、ある意味で中途半端な法改正ということもできる。 書面の交付については、書面が消費者に到達することが必要とされている(パブコメ・14頁)。直接交付するか、配達証明郵便等の方法によることになるだろう。 (3) 単に電磁的方法で提供するだけではなく、到達の確認が必要 事業者は、電磁的方法により消費者に提供したときは、消費者に対し、契約書面等に記載すべき事項が消費者の使用に係る電子計算機に備えられたファイルに記録されたか否か及び契約書面等に記載すべき事項の閲覧に支障があるか否か確認しなければならない(特商法政令4条第3項、特商法施行規則12条)。 例えば、文字化けしていた場合も、書面交付義務違反となってしまう。そのため、提供した記載事項の一部を回答してもらう等しなければ、到達について確実な立証ができたとはいえないとされている(消費者庁資料・29頁)。 4 法改正により電子化は進むか 法改正による電磁的方法による提供は、事業者に普及するのだろうか。筆者は、電磁的方法による提供には、手間がかかるので、従前どおり書面交付を選択する事業者が多いと予測する。 筆者の顧問先でも、従前どおり書面による提供を継続しているところが多い。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第78話】 「キックバックと雑所得」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、先ほどから国税庁が公表(令和6年1月)している「令和5年分の所得税及び復興特別所得税の確定申告について-政治資金に係る「雑所得」の計算等の概要-」を読んでいる。 そして、「政治資金に係る「雑所得」の計算」には、次のように記され、国会議員に注意を喚起するためか、下線が引かれている。 浅田調査官は、冊子を見ながら、ボールペンで政治資金に係る所得金額の計算式を書く。 「・・・この政治資金収入だが・・・」 浅田調査官は、呟きながら、冊子に例示されている政治資金収入を見る。 そこに中尾統括官が、爪楊枝をくわえながら、片手に新聞を握って、やってくる。 「おっ、昼休みなのに、仕事をしているの?」 中尾統括官は、ニコニコして、声をかける。 「・・・例の・・・裏金のキックバックか・・・」 中尾統括官は、机の上に広げている冊子を見て、声を落とす。 「・・・この新聞には・・・無申告なら税逃れの可能性があると書いてある・・・」 中尾統括官は、手に持っている新聞を広げる。 「・・・ところで・・・キックバックのほかにも、ノルマを超えた売上を派閥に渡さず、議員個人が裏金にしていたとも書かれている・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の描いた図を見ながら言う。 「・・・この場合、課税関係はどうなるのですか?」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「・・・新聞を読んでもキックバックの性格自体、はっきりしていないが、今回、裏金は、派閥から政治資金収支報告書に記載しなくてもよいと言われている・・・そして、政治資金であれば記載する必要があることから、記載しなくてもよいということは、逆に、政治資金ではないと解することができる・・・」 中尾統括官は、慎重に言葉を選ぶ。 「・・・ともあれ、派閥から議員個人がキックバックを受け、政治資金収支報告書に記載しないのであれば、それは雑所得の収入として計上すべきで・・・そして、政治活動のために支出した費用について、議員自身が領収書等でその支出内容を明らかにしなければ費用として認められないでしょう・・・」 浅田調査官は、少し怒ったような表情になる。 「もちろん、政治家といえども、政治活動のために支出した費用については、他の納税者と同様に、政治家自身がその内容を明らかにしなければならない・・・」 中尾統括官は、大きく頷く。 「ところで、この新聞を見ると、過去3年間のキックバックについて、政治資金収支報告書の訂正をしたことになっているが・・・仮にその訂正額を政治資金と認めるとしても、それ以前については訂正されていないので・・・税務上は、訂正されていない年度について、雑所得として課税されることになるだろう」 中尾統括官は、シワの入った新聞を見ながら言う。 「・・・ということは・・・所得税の除斥期間は、5年ですから、政治資金収支報告書に記載されていない2年分の所得税については・・・雑所得で課税されることになるのでしょうか・・・さらに・・・キックバックの裏金そのものが『偽りその他不正の行為』(国通法70⑤)に該当すれば、当然、除斥期間は、7年間になりますね・・・」 浅田調査官は、ボールペンを持って、図を描く。 「そうだな・・・この事件は、まだ、政治家個人に対する税金(雑所得)の問題が残っているということか・・・」 中尾統括官は、腕を組んで、思案顔になる。 「そりゃあ・・・国民(納税者)は・・・とても怒っていますからね・・・政治家は、キックバックによって自由に使ってもよい巨額の裏金を受け取り、その使途を明らかにしない、そして税金も払わないのですから・・・納税者には、課税に対する不公平感があります」 浅田調査官は、赤い顔をして話す。 「そうだよな・・・国会で法律を作る人は、誰よりも法の趣旨を守らなければならない」 中尾統括官は、頭をかきながら、苦笑いする。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、インボイス制度に関して「多く寄せられるご質問」を更新し設問2点を追加 ~金融機関の入出金手数料や振込手数料について仕入税額控除を受けるための保存書類を詳解~ Profession Journal編集部 ほぼ1ヶ月に一度のペースで設問が追加されている国税庁「インボイス制度に関して多く寄せられるご質問」だが、2月29日付で更新され新たに下記2問が追加された(なお2月は19日にも既存の問⑮を改訂し「内定者や採用面接者に対し内定者説明会会場や面接会場までの交通費等を支給する場合の取扱い」について加筆を行っている)。 【令和6年2月29日公表分】 問㉓では「金融機関の窓口又はオンラインで決済を行った際の金融機関の入出金手数料や振込手数料について仕入税額控除の適用を受けるために何を保存すればよいか」との問いに対し、原則として適格簡易請求書及び一定事項が記載された帳簿の保存を必要としつつ、金融機関における入出金や振込みが多頻度にわたるなどの事情により、全ての入出金手数料及び振込手数料に係る適格簡易請求書の保存が困難なときは、金融機関ごとに発行を受けた通帳や入出金明細等(個々の課税資産の譲渡等(入出金サービス・振込サービス)に係る取引年月日や対価の額が判明するものに限る)及び、その金融機関における任意の一取引(一の入出金又は振込み)に係る適格簡易請求書を併せて保存することで、仕入税額控除を行って差し支えないとしている。 また問㉔では、「適格請求書発行事業者が、利用規約においてサービスの対象を消費者に限定している場合は、課税事業者から適格請求書の求めがあったとしても適格請求書の交付は行わないこととしてよいか」との問いに対し、利用規約等において提供するサービスの対象を消費者に限定し、実際に事業者による利用がないのであれば適格請求書を交付する必要はないものの、そうした制限にもかかわらず、実際にそのサービスを利用した課税事業者から適格請求書の交付を求められた場合には、利用規約等にかかわらず、消費税法上、その交付義務が生じるとしている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2024年2月29日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.558を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第35回】 「更正の請求の排他性の意義と問題」 -最判昭和57年2月23日民集36巻2号215頁の「光」と「影」- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回までは納税申告義務の履行担保措置としての加算税に関する判例を3回にわたり検討したが、本連載の基本方針(第1回Ⅰ参照)に基づき拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)における叙述の順に従って、今回からは納税申告等の過誤是正措置としての更正の請求に関する判例を検討することにする。 納税申告の過誤是正について、確立した判例によれば、「確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白且つ重大であつて、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、所論のように法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは、許されないものといわなければならない。」(家督相続「錯誤」申告事件・最判昭和39年10月22日民集18巻8号1762頁。以下「昭和39年最判」という。これについて第31回参照)とされている。 上記判示にいう「前記所得税法の定めた方法」ないし「法定の方法」すなわち修正申告及び更正の請求によらずに納税申告の過誤を是正することは原則として許されないこと(修正申告及び更正の請求の原則的排他性)は、修正申告については弊害を生じさせるものではない。というのも、修正申告は納税者にとって不利な是正であり、そのような是正のための他の方法が排除されても納税者にとって不都合はなく、しかも修正申告は納税義務の消滅時まではいつでも行うことができる(前掲拙著【124】、清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)234頁参照)からである。 これに対して、更正の請求の原則的排他性は、本来、国税通則法上は修正申告の場合と同じく納税義務の確定手続のレベルでの排他性(確定手続法的排他性)である(前掲拙著【131】参照)にもかかわらず、納税者の権利救済(不服申立て及び訴訟という正式の権利救済手続による権利救済)にとって障害となる考え方に帰結することがある。そのような考え方は、更正の請求の原則的排他性に関する昭和39年最判の延長線上において最判昭和57年2月23日民集36巻2号215頁(以下「昭和57年最判」という)から導き出され、これによれば特別の更正の請求(税通23条2項等)についても妥当するものとされている。特別の更正の請求は、昭和45年改正によって、「期限内に[減額更正を請求する]権利が主張できなかつたことについて正当な事由があると認められる場合の納税者の立場を保護するため」(税制調査会「税制簡素化についての第三次答申」(昭和43年7月)54頁)定められたものである(今回は特別の更正の請求も含め更正の請求を「納税申告等の過誤是正措置」という)。 今回は昭和57年最判の前記のような側面を「影」の側面(否定的に評価すべき側面)とみて検討することにする。ただ、同最判には「光」の側面(肯定的に評価すべき側面)も認められるので、まず、同最判の内容を概観しながら、「光」の側面についてもみておくことにする。 Ⅱ 昭和57年最判の内容とその「光」の側面 昭和57年最判は、青色申告の承認の取消処分が取り消された場合における納税申告等の過誤是正措置について、次のとおり判示した(下線・【】内筆者)。 更正の請求の排他性は上記判示中の下線部❸で説示されているが、これに関する検討は後のⅢで行うこととして、ここでは、下線部❶及び❷の説示について、これらを昭和57年最判の「光」の側面とみて、若干のコメントを加えておくことにする。 まず、前記下線部❶の説示については、課税庁による確定権の行使を課税庁の権限(課税処分権)とみるだけでなく、国庫に有利不利にかかわらず税法上の義務(課税処分義務)とみる考え方(村上敬一「判解」最判解民事篇(昭和57年度)150頁、168頁参照)を説くものとして、「未必所得」課税額不当利得返還請求事件・最判昭和49年3月8日民集28巻2号186頁(第29回)の、下記の囲み内で引用した判示(下線筆者)と同じく、租税法律主義の債務関係説的構成(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)16-20頁[初出・2020年]参照)の下での納税義務の確定の債務関係説的構成(同845-849頁[初出・1995年]参照)、申告納税制度の相互チェック構造(同855-856頁[初出・1995年]参照)等の観点から、高く評価すべきである(前掲拙著『税法基本講義』【132】参照。課税処分を手続法上権利義務の関係に基づき構成することについては手続的保障原則(同【27】)の観点が重要である)。ここでいう課税処分義務は、行政府の側からみて「司法府なるが故になしうる法創造」(小松芳明「判批」判評285号(1982年)9頁、12頁)の産物とみるべきものではなく、実定税法上の納税義務の確定の観念に基づく実定法的義務とみるべきものである。 もっとも、金銭債権の後発的貸倒れの場合について特別の更正の請求を認める規定が定められていなかった法状態を前提とする上記判示と比較すると、昭和57年最判は特別の更正の請求が定められており納税者がこれを行うことができた法状態を前提として前記判示を行ったものである点には、注意しておくべきである(この点について村上・前掲「判解」164-165頁参照)。更正の請求の排他性は、当然のことながら、更正の請求を認める規定が存在することを前提として、観念されるものである。 次に、前記下線部❷の説示は、青色申告の承認の取消処分が取り消された場合において特別の更正の請求の許容性を認めてはいるが、その許容性が国税通則法23条2項のいずれの号所定の理由に基づくものであるかは明示していない。 この点について、昭和57年最判の調査官解説は、課税庁による青色申告承認取消処分の取消しについては国税通則法施行令6条1項1号該当性を、青色申告承認取消処分の判決による取消しについては同法23条2項1号該当性をそれぞれ肯定する見解を示し(村上・前掲「判解」169-170頁参照)、「仮にそのように解することに無理があるとすれば、これらの規定の類推解釈によってこれを肯定することも一つの方法であると思われる。」(同170頁)と述べつつも、「本件上告審判決は、右のような青色承認取消処分が右法条のいずれに該当するかを判示することを敢えて避けて、疑義のないような形での政令の改正を期待していると考えるべきであろうか。」(同171頁)とも述べている。 いずれにせよ、「本判決[=昭和57年最判]の先例としての意義は、なによりも、本件の場合に国税通則法23条2項による更正の請求が認められる旨を判示したことにある。これは、後発的理由による更正の請求の範囲を、従来一般に考えられてきたところよりも著しく拡大するものである。」(金子宏「判批」ジュリスト807号(1984年)109頁、110頁)と評されている。筆者としても、「最高裁が現行税法上の特別の更正の請求可能事由を限定列挙と解するのではなく、特別の更正の請求制度の趣旨に適合する場合には、法定事由以外の事由に基づいて特別の更正の請求をすることを認めたことの現れ」(前掲拙著『税法創造論』868-869頁[初出・1995年])と解し、その点においても昭和57年最判を高く評価するところである。 もっとも、昭和57年最判が青色申告の承認の取消処分が取り消された場合において特別の更正の請求の許容性を認めたのは、「このような場合における納税者の救済はもつぱら右更正の請求によつて図られるべきであ[る]」(前記下線部❸)として更正の請求の排他性を判示するための前提判断であるとみるべきであるように思われる。というのも、前記調査官解説は、更正の請求の排他性について述べた後、続けて「問題は、課税庁が青色承認取消処分の取消しすなわち青色承認回復処分をしたことが国税通則法23条2項各号又は同法施行令6条1項各号所定の更正の請求をすることができる事由のいずれかに該当するかどうかである」(村上・前掲「判解」169頁)として問題を提起するが、もしこの問題につきいずれの事由にも該当しないとして更正の請求の許容性を否定するならば、更正の請求の排他性は立論できなくなるように思われるからである。そうすると、昭和57年最判のうち前記下線部❷の「光」の側面には、次のⅢで述べるような前記下線部❸の「影」の側面(抗告訴訟による権利救済の排除という更正の請求の排他性の問題)を「ぼやかす」あるいは「見えなくする」意味があるようにも思われる。 この点について付言しておくと、特別の更正の請求の許容性に関する前記下線部❷の説示は、前記下線部❶で説示されている課税庁の課税処分義務が職権で履行されない場合を前提とする説示であることからすると、結局のところ、前記下線部❶及び❷の説示はともに更正の請求の排他性に関する前記下線部❸の説示を導き出すためのいわば「布石」として行われた説示であると解される。そうすると、昭和57年最判を全体としてみれば、前記下線部❶及び❷の説示に認められる「光」の側面を前記下線部❸の「影」の側面と切り離して評価することはできないことに留意すべきであろう。 Ⅲ 昭和57年最判の「影」の側面 1 更正の請求の排他性の意義と問題 前記下線部❸は、更正の請求の排他性について判示しているが、その後半で「課税処分についての抗告訴訟において右のような事由を無効又は取消原因として主張することはできないものというほかはない」と説示していることからすると、その判示における排他性は、取消訴訟の排他性と同じく、訴訟手続のレベルでの排他性(訴訟法的排他性)を意味するものと解される。次の調査官解説(村上・前掲「判解」171頁。下線筆者)も同様の理解に基づくものであると解される。 昭和57年最判の下級審段階では、上記調査官解説にいう「後発的事由と抗告訴訟との関係」をめぐって「従前必ずしも十分な議論が尽くされてはいなかった」(村上・前掲「判解」156頁)ため様々な議論がされたが(差し当たり同156-167頁参照)、結局のところ、同最判は、上記調査官解説にいう「一般的行政救済制度としての抗告訴訟と個別的行政救済制度としての更正の請求との制度的な考察」を前提として、更正の請求の排他性を判断根拠として援用したものと解される。その「制度的な考察」は、「現行法の行政救済制度の基本的な仕組み」(村上・前掲「判解」167頁)にまで立ち返って、更正の請求の排他性の意義を明らかにするものであり、昭和57年最判の「影」の側面を検討する上で大いに示唆に富むものであるから、若干長くなるが関連部分を以下に引用しておこう(同167-169頁。下線筆者)。 以上の調査官解説で述べられている見解によれば、「現行法の行政救済制度の基本的な仕組み」(村上・前掲「判解」167頁)は、「後発的事由と抗告訴訟との関係」(同171頁)に関しては、「一般的行政救済制度としての抗告訴訟と個別的行政救済制度としての更正の請求」(同頁)によって構成されており、しかも両者の関係については(特別法が一般法に優先するが如く)後者が前者を排除すること(更正の請求の排他性)が認められることになる。 しかし、そのように即断してよいかどうかについてはなお検討を要するように思われる。昭和57年最判については、正当にも、「更正の請求の制度を全体としてみた場合、取消訴訟などの他の方法による救済を必ずしも全く排除しているとも思えないことからも、本判決[=昭和57年最判]が更正の請求によることができるとしている点には問題はないが、更正の請求によってのみ救済を求めることができるとしている点については、まだ議論の余地が残されているように思われる。」(清永敬次「判批」民商87巻3号(1982年)403頁、413-414頁)と指摘されているが、この指摘を正当と考えるのは、更正の請求の排他性には納税者の権利救済の観点からみて看過できない問題があるからである。 この点については、昭和57年最判の原原審・東京地判昭和50年5月6日行集26巻5号683頁に関する評釈の中で、「Xが更正の請求を申請していない本件の場合には、かりにこの制度を本件に拡張して適用できるとしても、それを理由に、Xに、他の救済手段を一切認めないとすれば、Xに過大な負担と危険を追わすものであって、到底承認されないであろう。」(阿部泰隆「判批」判評203号(1976年)16頁、18頁)と指摘されていたが、昭和57年最判についても、「本件の青色申告承認取消処分の取消が行われた当時は、後発的理由による更正の請求について、法律論の角度からは殆んど議論らしい議論が行われておらず23条2項1号の解釈としては、前述の課税要件事実説の考え方[=この規定にいう『事実』を課税要件事実と解する見解]が当然のことのように受け入れられていたのではなかったかと思われる。とすると、更正の請求が認められることを理由に他の救済の手段を否定するのは、納税者にいささか酷なのではなかろうか。」(金子・前掲「判批」111頁)との指摘がみられるのである。 要するに、「更正の請求による救済は、かなり限定されたものにとどまるから、課税処分の違法一般という広範な取消事由を包括した訴訟物を内容とする・・・・・・取消訴訟の効用は、なお失われるものではないのである。」(小松・前掲「判批」11頁)という指摘は正鵠を射たものである。この指摘は、平成23年度の国税通則法改正による更正の請求の権利救済機能の拡充(前掲拙著『税法基本講義』【132】参照)後においても、「この更正の請求の原則的排他性は依然として、納税者が減額更正を求める際に、立ち塞がっている。」(伊澤祐馬「判批」税72巻2号(2017年)227頁、234頁)ことから、妥当するであろう。 いずれにせよ、更正の請求の排他性の問題は、根本的には、更正の請求を「行政救済制度」として抗告訴訟と同列に(「個別的」と「一般的」との区別はしつつ)位置づけ、その排他性を訴訟法的排他性として性格づけ、もって(特別法が一般法に優先するが如く)抗告訴訟による権利救済を排除する点に存すると考えるところである。 ただ、前記の調査官解説が説くところをベースにして考えると、「いわゆる後発的瑕疵ある行政処分について一般的な行政救済制度によって救済しなければならない場合」(村上・前掲「判解」167頁)というような「まれな場合」(同頁)に限っていえば、「行政救済制度の基本的体系や条文の文理を無視してまで抗告訴訟の途を開くべきもの」(同168頁)としなくても、更正の請求の排他性はそのような限定的な範囲でしか問題にならないであろう。そのような限定的な範囲であれば、前記の調査官解説の説くように更正の請求の排他性の問題よりも「行政救済制度の基本的体系や条文の文理」(同頁)を重視して、「本判決[=昭和57年最判]の考え方は、それなりに一つの考え方として成立し得るものであることは否定できない。」(清永・前掲「判批」414頁)といってもよかろう。 しかし、昭和57年最判が抗告訴訟による権利救済の途を排除するための根拠として援用した更正の請求の排他性は、その後、同最判の判断対象であった上記の「まれな場合」を超えて、別の場合においてより一般的な形で納税者の権利救済の障害となる考え方の中で、新たに展開された。その考え方は、納税申告に対する増額更正処分の取消訴訟において当該申告額を超えない部分については、当該申告に対して更正の請求をしていない場合は、訴えの利益を欠くものとして訴えの却下を認めるというもの(これを筆者は「条件付却下説」と呼んでいる。前掲拙著『税法創造論』1025頁[初出・2016年]参照)であるが、この考え方については、次の2で検討することにする。 2 条件付却下説による「影」の拡散 条件付却下説は、昭和59年12月に司法研修所から司法研究報告書第36輯第2号として発行された『租税訴訟の審理について』の中で昭和57年度司法研究員(泉徳治、大藤敏、満田明彦の各東京地方裁判所判事)が次のとおり説いたものである(同報告書43-44頁(同報告書の最新版・泉徳治=大藤敏=満田明彦『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)51-53頁がほぼ同文)。下線筆者)。 条件付却下説それ自体に関する検討は既に別稿(「課税処分取消訴訟に係る訴えの利益と更正の請求の排他性」税法学575号(2016年)135頁(前掲拙著『税法創造論』1022頁所収))で行ったので、その検討結果については同稿を参照していただくこととして、以下では昭和57年最判との関連において同説の問題を指摘しておくことにする。 昭和57年最判は、確かに、抗告訴訟による権利救済の途を排除するための根拠として更正の請求の排他性を援用しているが、それは、抗告訴訟の「行政処分に対する司法審査の事後審査性という基本的性格」(村上・前掲「判解」167頁)に鑑み、「抗告訴訟において処分後の後発的瑕疵を処分の違法事由として主張すること」(同頁)を否定し、抗告訴訟による権利救済の途を「課税庁がこの請求[=後発的事由による更正の請求]を理由がない旨の決定をしたとき」(同169頁)に限定するためであると解される。 しかし、そうであれば、上で引用した『租税訴訟の審理について』が条件付却下説を立論するに当たって、昭和57年最判が「更正の請求の排他性を強調していること」を「参考」にするのは、「筋違い」であるように思われる。というのも、増額更正処分に対する取消訴訟において当初の申告額を超えない部分について訴えの利益を認めても、当該処分が全体として行政庁の第一次的判断権の行使を経て行われた行政処分である以上、抗告訴訟の「行政処分に対する司法審査の事後審査性という基本的性格」(村上・前掲「判解」167頁)に反することにはならないからである。 そうすると、昭和57年最判が判示した更正の請求の排他性について前記1で認めた根本的な問題性(抗告訴訟による権利救済の排除に帰結すること)は、同最判の論理からすれば「筋違い」とはいえ、条件付却下説において装いを新たに展開され、その結果、同最判の「影」の側面が拡散されたことになったといえよう。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、納税申告等の過誤是正措置としての更正の請求について、昭和39年最判で確立され、昭和57年最判で「後発的事由と抗告訴訟との関係」(村上・前掲「判解」171頁)に関して展開された更正の請求の排他性の観念に焦点を絞って、昭和57年最判の「光」と「影」の両側面について検討した。 昭和57年最判を全体としてみると、「光」の側面(課税庁の課税処分義務及び特別の更正の請求の許容性)は、「影」の側面である更正の請求の排他性の問題(抗告訴訟による権利救済の排除)を「ぼやかす」あるいは「見えなくする」意味をもつようにも思われる。この点にも、昭和57年最判が判示した更正の請求の排他性が、その後、条件付却下説において「筋違い」な形で展開され、その問題性が拡散された原因の少なくとも一端があるように思われる。 (了)
〈令和5年度改正及び改正通達を踏まえた〉 生前贈与加算・相続時精算課税制度のポイント 【第1回】 「生前贈与加算制度の見直し」 太陽グラントソントン税理士法人 パートナー 税理士 佐藤 達夫 令和5年度税制改正において、「相続開始前に暦年課税による贈与があった場合の相続税の課税価格への加算対象期間等」及び「相続時精算課税制度」について見直しがされ、令和5年12月1日付で(ホームページ掲載日は12月8日)、この改正に関連する相続税法基本通達等の一部改正が国税庁より公表された。 本連載では、これらの改正について全4回にわたって解説を行う。 【第1回】となる本稿では、「生前贈与加算制度の見直し」について確認する。 1 改正の背景 「相続税・贈与税に関する専門家会合」において「資産移転の時期の選択により中立的な税制の構築に向けた論点整理(令和4年11月)」が取りまとめられ、「中期的な課題」と「当面の対応」に分けて論点が整理され、「当面の対応」をもとに令和5年度の税制改正が行われた。 上記を受け、令和5年度税制改正において、より中立的な税制の構築として、資産移転の時期の選択について、次のとおり見直しが行われた。 (1) 相続開始前に暦年課税による贈与があった場合の相続税の課税価格への加算対象期間等の見直し 被相続人から生前贈与により取得した財産が相続財産に加算される期間が、相続開始前3年以内から7年に延長された。なお、延長された4年間において贈与により取得した財産については、その贈与財産の合計額から100万円を控除した残額を加算することになる。 (2) 相続時精算課税制度の使い勝手の向上 相続時精算課税を選択した受贈者の贈与税額の計算においても、基礎控除110万円を控除することが可能となった。相続税の課税価格へ加算する金額は、贈与年ごとに財産の価額から110万円を控除した残額を加算することになる。 2 相続開始前に暦年課税による贈与があった場合の相続税の課税価格への加算対象期間等の見直し (1) 改正の内容 相続又は遺贈により財産を取得した者が相続開始前7年以内(改正前:3年以内)に、その相続に係る被相続人から贈与により財産を取得している場合には、その被相続人から贈与により取得した財産(その取得した日の属する年分の贈与税の課税価格計算の基礎に算入されるものに限る。以下「加算対象贈与財産」という)の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなし、相続税額が計算される。 そして、加算対象贈与財産の取得につき課せられた贈与税があるときは、相続税額から贈与税額を控除した金額を納付する(相法19①)。 なお、加算対象贈与財産の価額は、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次の金額となる(相基通19-1)。 上記②の100万円の控除は、被相続人から贈与により財産を取得した者ごとに100万円を控除することができる。 また、相続税額から控除する贈与税については、次の点に留意する必要がある。 〈暦年課税における相続開始前の贈与加算〉 (2) 適用時期 この改正は、令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税について適用される。 なお、加算対象贈与財産及び加算対象贈与財産のうち「相続の開始前3年以内に取得した財産以外の財産(※1)」は、相続又は遺贈により財産を取得した者に係る次に掲げる日の区分に応じ、これらの財産ごとにそれぞれに掲げる期間において贈与により取得した財産になる(改正法附則19①~③、相基通19-2)。 (※1) 「相続の開始前3年以内に取得した財産以外の財産」については、その財産の価額の合計額から100万円を控除した残額が相続又は遺贈により財産を取得した者の相続税の課税価格に加算されることになる。 (※2) 相続又は遺贈により財産を取得した日が令和9年1月1日である場合には、その相続に係る「相続の開始前3年以内に取得した財産以外の財産」に係る期間はない。 〈加算期間の経過措置〉 3 実務上のポイント 令和6年1月1日以降の贈与についての実務上のポイントは、次のとおりである。 (了)
〔令和6年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第4回】 (最終回) 「「学校法人設立のための寄附金の損金算入制度の創設」「一定の内国法人が支払いを受ける配当等の見直し」「インボイス制度の開始」「令和6年能登半島地震に係る措置」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和5年度税制改正における改正事項を中心として、令和6年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第3回】は「中小企業者等の法人税の軽減税率の特例の延長」、「「中小企業投資促進税制」の見直しと延長」、「「中小企業経営強化税制」の見直しと延長」及び「特定の資産の買換え等の特例の見直しと延長」について解説した。 【第4回】は「学校法人設立のための寄附金の損金算入制度の創設」、「一定の内国法人が支払いを受ける配当等の見直し」、「インボイス制度の開始」及び「令和6年能登半島地震に係る措置」について解説する。 1 学校法人設立のための寄附金の損金算入制度の創設 大学等を設置しようとする学校法人等の設立のための、企業による寄附を促進するため、一定の要件を満たす寄附金については全額損金算入とする制度が、令和5年度税制改正により創設された。 学校法人を新設するための団体に対して企業が寄附を行う場合、以下の全ての要件を満たす寄附金は、指定寄附金として全額損金算入となる。 この制度は令和5年4月1日以後に支出された寄附金に適用されるので、令和6年3月期の決算申告においては適用が開始されている。 2 一定の内国法人が支払いを受ける配当等の見直し 令和4年度税制改正により、一定の内国法人(※)が配当等の支払いを受ける場合、次に該当する配当等については所得税を課さないこととされ、所得税の源泉徴収を行わないこととされた。 (※) 一定の内国法人とは、次の法人以外の内国法人のことである。 この改正は、令和5年10月1日以後に支払いを受けるべき配当等について適用されるので、令和6年3月期決算申告においては適用が開始されている。 3 インボイス制度の開始 ① 適格請求書等保存方式 令和5年10月1日から適格請求書等保存方式、いわゆるインボイス制度が開始している。インボイス制度下では、原則として適格請求書等の保存が仕入税額控除の要件となる。したがって、適格請求書発行事業者以外からの課税仕入れについては、原則として仕入税額控除が認められない。 しかし、インボイス制度の適用開始から6年間は、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れに係る、仕入税額相当額の一定割合に限り仕入税額控除が認められている。 ② 税額の計算方法(割戻し計算と積上げ計算) 消費税額を計算する方法には、割戻し計算と積上げ計算の2つがあるが、インボイス制度下において、売上税額と仕入税額の計算における計算方法の組合せは次の通りである。 ③ 2割特例(小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置) 令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間において、免税事業者が適格請求書発行事業者となる場合には、消費税の申告について簡易に計算できる経過措置(2割特例)が設けられている。具体的には、売上げに係る消費税額に対して、80%を乗じた金額を仕入控除税額とする特例である。 事前の届出が不要で継続適用の制限もなく、申告書に2割特例の適用を受ける旨を付記することで適用が可能である。 ④ 具体的な経理処理の注意点 インボイス制度の適用を受けて、日々の経理処理にも次のような影響が生じるので、注意が必要である。 (※) 軽減税率の適用対象である場合は108分の8 4 令和6年能登半島地震に係る措置 令和6年能登半島地震の発生を受けて、石川県及び富山県を対象に、国税に関する申告、申請、納付等の期限が延長されている。 石川県及び富山県以外に納税地がある方でも、今回の地震で被災し申告・納付等ができない場合には、所轄の税務署に申請することで申告・納付等の期限の延長を受けることができる。 (連載了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第37回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 9 暗号資産の節税コンサルティングの被害と損害賠償 暗号資産の節税コンサルティング会社に節税スキームを依頼したら、実際には節税効果のないものであったため、当該会社の代表取締役を相手取り、損害賠償請求訴訟を提起したという事案を確認する。 (1) 事案の概要 本件は、節税スキームと称するものを掲げて、仮想通貨のコンサルティングサービスを提供するLSIホールディングス株式会社(以下「LSI」という)に節税の手法に関する業務委託料を支払った原告が、当該手法は違法な脱税であり、LSIの代表取締役を務める被告は、同社において、それを合法であるとの虚偽の説明をして、顧客に業務委託料を支払わせる事業を行うという任務懈怠行為に及んだと主張して、被告に対し、会社法429条1項(※)に基づく損害賠償として、次のとおり支払いを求める事案である。 (※) 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うことを定める規定 (2) 事実関係 LSIの業務内容等は次のとおりである。 節税に関するコンサルティングと称しているが、実際には節税の効果はないスキームを顧客に提供していたようである。顧客がLSIに振り込む資金をLSI自身が用意していたこともあるという点からして不自然な取引であることは明らかである。 このようなLSIに対して、原告は、次の経緯により、業務委託を依頼した。 原告は、平成29年分所得税等の確定申告をB会計士に依頼して行い、その確定申告において、本件請求書に基づき8,000万円を経費として計上している。 ただし、原告は、平成30年8月、国税局の調査を受け、令和元年6月、本件請求書記載の8,000万円を経費として計上しない内容で平成29年分所得税等の修正申告をした。 平成30年以降に業務委託をしたにもかかわらず、請求書の日付を遡及して平成29年の確定申告の経費として8,000万円を計上し、その8,000万円はLSIが用意しているので、合法的な節税スキームではないことは明らかである。 (3) 裁判所の判断 東京地裁令和3年3月23日判決(判例集未登載)は、次のとおり述べて、原告は、約1,482万円の5割に当たる約741万円及びこれに対する不法行為の日(原告がコンサルティング料を支払った日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを請求することができると判断した。 本判決は、被告の悪意又は重過失による任務懈怠の有無について、次のとおり述べて、被告には少なくとも重大な過失があるとした。 また、本判決は、原告は、本件スキームをLSIに依頼し、コンサルティング料として1,347万8,400円を支払ったことからすれば、被告の任務懈怠行為により1,347万8,400円の損害を被ったこと及び本件事案の難易、認容額等に照らすと、弁護士費用相当損害金として134万7,840円を認めるのが相当であるとした。 他方、本判決は、次の点を指摘して、原告にもLSIに節税に関するコンサルティング業務を依頼したことにつき相当の過失が認められ、原告の過失割合を5割として過失相殺するのが相当であるとした。 納税者としては、たとえ税の専門家ではないとしても、不自然・不合理な事実に目をつぶり、自分にとって都合の良い点のみに着目して、適正申告のための細心の注意を払わずに、この種の節税スキームに手を出すことは控えるべきである。 申告納税制度のもとで、納税者にはその責任を主体的に果たすことが期待されている。 (4) 類似事案における重加算税の賦課 第34回の6と第36回の8で紹介した国税不服審判所令和4年3月23日裁決(裁決事例集未登載:TAINSコードF0-1-1362)では、納税者が本件法人(LSI)との間で同様の取引を行い、暗号資産の取引による所得を申告していなかったところ、同裁決は、次のとおり述べて、無申告加算税に代えて、重加算税を課することが相当であると判断している。 (了)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第2回】 「資格の受験料等のインボイス対応」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 インボイスの交付義務について 適格請求書発行事業者は、インボイスを交付する義務があるが、インボイスの交付義務とは、他の課税事業者から交付を求められたときに交付する義務であり(消法57の4①)、課税事業者以外の者に対してインボイスを交付する義務はない。そのため、事業者でない個人や免税事業者に対しては、インボイスを交付する義務はない。 学会の資格制度における受験者等は、個人として受験・申請(以下、「受験等」という)しているケースが多く、そもそも事業者ではないため、インボイスを必要としていないケースも多い。他方で、個人としての受験等ではなく、所属する組織の一員として受験等を行い、受験料等も所属する組織が負担するような場合、インボイスを必要としている可能性もある。 そのため、受験者等の大部分がインボイスを求めないと考えられるようなケースにおいては、求められた場合のみインボイスを交付する対応が考えられるが、求められた都度、交付する方が、かえって事務負担がかかる場合は、一律にインボイスを交付することになると考える。 2 資格制度における適格簡易請求書の交付の要否 インボイスには、適格請求書と適格簡易請求書があるが、不特定かつ多数の者を対象とした事業の場合は、適格簡易請求書を交付することが可能である(消法57の4②、消令70の11)。そして、不特定かつ多数の者を対象とした事業に該当するのか否かは、個々の事業の性質により判断することになる。 事業の性質上、事業者がその取引において、氏名等を確認するものであったとしても、相手方を問わず広く一般を対象に資産の譲渡等を行っている事業については、適格簡易請求書を交付することができるとされている。その一方、取引の相手方について資産の譲渡等を行うごとに特定することを必要とし、取引の相手方ごとに個別に行われる取引であることが常態である事業については、適格簡易請求書を交付することはできないことになっている(インボイスQ&A「適格簡易請求書の交付ができる事業」)。 資格制度の場合、相手方を問わず広く一般を対象に登録等を行っているため、不特定かつ多数の者を対象とした取引と考えることもできるが、その一方で、氏名を確認した上で、個別に登録等を行っているため、相手方を特定し、相手方ごとに個別に行われている取引であると考えることもできる。 資格制度に関しては、不特定かつ多数を対象とした取引か否か、判断が分かれるところであるため、適格簡易請求書ではなく、適格請求書を交付する方が望ましいと考える。 3 実務上の対応 金融機関の振込明細(利用明細)は、学会が交付した書類ではなく、内容も適格請求書の記載事項を満たしていないため、インボイスには該当しない。よって、当該書類では、仕入税額控除を行うことができない。 従来は、3万円未満であれば、請求書等がなくても仕入税額控除を行うことができたが、インボイス制度においては、一定規模以下の事業者における少額特例の場合を除き、原則としてインボイスが必要となる。そのため、従来であれば、領収書の交付を求められなかったような場合であっても、インボイス制度開始後は、領収書の交付を求められる可能性がある。 そのため、今後は領収書の交付を求められた場合は、適格請求書の記載事項を満たした領収書(インボイス)を交付する必要がある。 なお、求められた都度交付するのではなく、一律に交付するような方法としては、たとえば、受験料であれば、受験票又は合否通知と併せて領収書を交付する方法や、登録料や認定料であれば、登録証や認定証と併せて領収書を交付する方法が考えられる。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第39回】 「日本ガイシ事件 -立地特殊優位性がもたらす利益の取扱いについて- (高判令4.3.10)(その3)」 ~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ハ、同施行令39条の12第8項1号ハ~ 税理士 井藤 正俊 4 今後の実務への影響~本判決の射程 本判決をまとめると、次のとおり言えよう。 さて、今後の実務への影響であるが、①から、RPSMの分割要因が、単に重要な無形資産のみであるとの考え方に立った分析は、できないことになる。このことは今後、課税庁ばかりか納税者にとっては、超過収益の分析をより厳密に行う必要性が出てくるものと考える。 その結果、納税者にとっては⑤のように、利益分割要因が拡大したと言え、課税庁にとっては、納税者が訴訟等により権利救済を求めた場合、これまで以上に課税取消しのリスクが高くなったと言える。そのため、当該リスクを軽減・回避するために、超過収益の発生要因に関するより詳細な検討が、課税庁は税務調査時に必要となろう。その1つとして、本稿で扱うLS/LSAがあり、当該事項の一層の探求が求められるものと思料する。 ただ、納税者代理人を務めた南繁樹弁護士が述べるとおり、「いかなる支出でも分割要因になるというものではない。本件では、〔②の〕『本件超過利益の発生メカニズム』の認定が鍵となっている。そのようなメカニズムが正確に解明されて、はじめてそのメカニズムで機能している特定の事実(本件では〔④と⑤の〕設備投資)に対して分割要因としての地位が与えられるものと考えられる。」(※48)のであり、筆者も同感である。 (※48) 南繁樹「東京高裁3月10日判決で納税者勝訴 移転価格税制の残余利益分割法をめぐる確定判決の概要と実務への影響」経理情報No.1649(2022年)23頁 本件では、判決文の中で、再三にわたり②のフレーズを繰り返している。②の事実関係を認定しているがゆえに、設備投資に係る支出、ひいては減価償却費の一定額を分割要因として裁判所は採用したというわけである。これにより気づくことは、合算利益から基本的利益を控除した残り、すなわち残余利益は、複数の利益発生要因により形成されたとし、その要因が設備投資であると考えられたことになる。ただ、超過減価償却費以外の他勘定科目やオフバランス取引が、超過減価償却費と同様の効果をもたらしていることも想定されることから、分割要因の採用に当たっては、それらも考慮し行われることが求められよう。 また、本判決は、超過利益の発生メカニズムの中で、寡占市場下の経済取引であったことも大きく影響している。ただ、寡占市場であること自体、かなり特異なケースと評すべきものと言えよう。 なお、超過減価償却費を分割要因として採用することについては、減価償却費の本質から考えた場合、筆者としては疑問を抱いてることは、すでに触れた。 よって、本判決が、RPSMが選定される他の事案について、ストレートに適用できるかとなると、はなはだ疑問である(※49)。 (※49) 大野教授は、前掲(※7)の62頁で、「他の事案でも超過減価償却費が案分要素とされるべきかどうかは、個々の事案に即して判断されるべきであろう。」と述べている。 しかしながら、本判決が提示する発展的な課題として、以下に示す2点について、今後、実証的な研究も含め検討することは、大きな意義があるものと考える。とりわけ、片側検証への拡大の可否については、それが可能となるのであれば、実務の上で多くの事案に影響が及ぶものと考えるからである。 (1) 他のLS/LSA事案への拡大 第一は、他のLS/LSA事案に対しても、本判決と同じように考え得るのかの問題である。これについては、南弁護士が指摘する「本件においては資本集約度の高い生産構造によって、損益分岐点を大きく超える売上高が得られることにより、製品1個当たりの生産に必要な費用が大幅に減少し、規模の利益によって売上高営業利益率が増大したことや、そのような生産構造によって参入障壁が形成されたことが認定されている」ことが、「経済学的な考察に基づき、事案の実態に即した適切な解決を導いた点に大きな特色があ〔る〕」(※50)という点に着目したい。 (※50) 前掲(※48) 本件は、規模の経済が表れた典型的なケースであり、加えて、寡占市場であるがゆえに、他の制約条件が入り込む余地が少なく、規模の経済による利益を、誰が得るべきかをシンプルに捉えることができたものと考えられる。また、進出時のカントリーリスク、設備投資に絡む投資リスクなどのリスク要因の議論を捨象できたことも、経済分析を行う上では大きな要因であったものと考えられよう。 それだけに、仮に、完全自由競争下の経済状況で、海外進出や設備投資等の意思決定を日本の親会社等が行っていた場合、親会社が負担するリスクとの関係から、規模の経済などがもたらす利益が通常の利益を超えている場合には、当該利益の配分をどのように行うかとなれば、やはり一筋縄ではいかないであろう。 もっとも、南弁護士が指摘するように、「今後、このような(経済学的)アプローチにより、経済的現実を正しく反映した」(かっこ書きは筆者)ならば、「納税者にとっても納得感のある解決を得られることになろう」(※51)。はたして納得感のあるアプローチとなるか否かは、利益の発生態様が、経済学のモデルにシンプルに当て嵌められるか、また、その適合度合が決め手になるものと考えられる。その上で、経済学的なアプローチが、今後、他の事案においても用いられてもよいと、筆者は考える。 (※51) 前掲(※48) (2) 分割要因の選択と適用 第二の問題は、LS/LSAの利益が発生しており、TPMとしてRPSMを適用した場合、その利益の配分にあたり、分割要因として超過減価償却費を用いることの適否の問題を取り扱った。ただ、この問題は、本事件では、経済学的なアプローチが採用でき得たことにより導き出された分割要因であると捉えるべきではないかと、筆者は考えている。 そのため、より本質的な問いとしては、LS/LSAの利益を、RPSMの枠組みの中で考えた場合、分割要因をどのように決定するのかが問題となろう。そして、その問いについては、LS/LSAとの相関関係を考慮し、決定することになると考える。とりわけ、LSAは、市場における需要曲線に影響を与えるものであるため、損益計算の費用項目等などと相関関係を見い出すことの困難さは、やはり伴うことであろう。 一定の貢献が認められる費用項目等について、本事案で採用された「超過」部分を採用する考え方については、基本的利益で用いた比較対象取引(企業)の同項目等の数値や割合を、他の事案で用いることについては、筆者としては懐疑的である。 その理由は、本事件は、経済学的アプローチを用いることができ、資本集約型産業であり、設備投資との因果関係が強く認識可能できたことから、検証対象と比較対象取引との間に比較可能性があることを前提に捉えられたものと考えられるからである。しかし、とりわけLSAについては、前述したように、因果関係を見い出すことが困難であり、一定の割り切りをもって、費用項目等を特定する必要が生じるものと思料される。つまり、費用項目等の選定に1つの仮定を置き、さらに、基本的利益で用いた比較対象取引に当該費用項目にも比較可能性があるとの2つ目の仮定を置くことになるためである。 そうしたケースにあっては、むしろ財務データをより多くの母集団から求めて、いわゆる外れ値の排除を可能とすると言われる、四分位法などの統計手法を用いることの方が、第2の仮定を設けることがない分、望ましいのではないかと考えるものである。 よって、本事案で採用された超過減価償却費を、製造業などのRPSM事案に対して、分割要因として機械的に適用することは難しく、分割要因として用いる際は、超過利益の有無の把握ばかりか、発生要因の特定など慎重に行う必要があろう。よって、適用可能な事案は、限られるものと考えられる。 (3) 片側検証への拡大の可否 第三の問題は、国外関連者に重要な無形資産とまではいかないものの、本件のように設備投資が行われた結果、国外関連者に超過利益が生じていたり、他のLS/LSAに起因する利益が生じている場合、当該利益部分の配分について、どのように扱うかの問題が考えられる。 これに関しては、国外関連者に超過利益が生じていれば、それは重要な無形資産ではないのか、と考える向きもあるかもしれないが、必ずしもそうとは限らないことを本判決は示した。具体的には、本件では、「重要な無形資産と共に他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって得られた超過利益(残余利益)」が発生しているとしたのである。現実の経済取引では、国外関連者が海外に進出して久しく、一定レベルの製造ノウハウを有し、それが高い通常の利益を生んでいるものの、重要な無形資産とまでは認められないケースなどである。 考えてみれば、こうしたことは自然なことであろう。重要な無形資産は、いきなり形成されたり、突如、超過利益が発生するわけではない。通常の利益が一定の幅として認識され、相対的に高次な部分が、やがて超過利益を形成していくのである。それを色で例えれば、一種のグラデーションのようなものである。真っ白が通常の利益であり、真っ黒が超過利益であるとすれば、その間には彩度の異なる無数の灰色がある。利益発生要因は様々であっても、通常の利益と超過利益との間には、そうした無数の色が存在しており、それらを線引きできないのが現実の経済実態と言える。このように考えたとき、LS/LSAの利益が、片側検証の検証対象に発生することもあり得るのではないだろうか(※52)。 (※52) こうした考え方に対して、当該利益については、あくまでも通常の利益の差異調整として扱うべきではないか、との意見があるかもしれない。しかしながら、そのような差異調整を行うことは、今日、圧倒的多数のケースにおいて、TPMとしてTNMMが選択され、その際に用いられる財務データは、民間のデータベース企業が提供するものを用い、そのすべてが、全社ベースのデータであることを考えると、財務情報から差異を見出し調整をはかることには限界があるのも事実である。この点についてガイドラインでは、TPMの選定にあたり最適化手法を採用(パラグラフ2.2)しながらも、情報入手可能性について一定の制限があることをも認めており(パラグラフ1.13)、わが国の通達(租税特別措置法関係通達66の4(2)-1、66の4(3)-1、66の4(3)-3、指針4-1)においても同様の考え方が採られている。 そうしたケースでは、LS/LSAの利益の帰属は、国外関連者と日本親会社との、はたしていずれであると考えればよいのかが問題になる。そしてまた、分割要因を何に求めればよいのかが問題にもなろう。 そのような事案の場合、本件で扱った利益の分割要因としての超過減価償却費は、何ら回答を与えないだろう。なぜなら、本件では、重要な無形資産の超過利益にLS/LSAの利益を含有させ、他の分割要因と一緒に残余利益を分割しているからである。表現を変えれば、本件では、超過減価償却費を分割要因として用いているものの、結果的として、LS/LSAの分割を、重要な無形資産の配分となる分割要因に加えることで、相対化させて利益分割を行ったに過ぎない。つまり、新たなコンセプトとしての超過減価償却費の利用は、あくまでも分割要因の話に過ぎないのである。そして、本件は、既存のRPSMのフレームワークの中で、LS/LSAの利益の配分問題の解決をはかったのである。 だが、すでに示したように、経済学的アプローチを用いたのであれば、本件は、規模の経済によってもたらされる一連の利益を金額的に把握し得たと考えられる。そうであれば、あとは、誰に帰属させるのか、その裏返しの、配分割合が示されて然るべきであった。 そのため、本件は、LS/LSAを前面から扱っている事件であるものの、LS/LSA自体をどう配分すべきか、あるいは、RPSMのフレームワークで配分することが最適か否かなどの結論を示してはいない。また、他の案件へ応用可能な場合の判断基準を示すにも至っていないものと思料される。 よって、片側検証への拡大の可否については、扱い得るLS/LSAの問題とともに、今後、議論を深めていく必要があるものと考える。 なお、こうした問題意識に対しては、移転価格分析に基づいた、より適切な比較対象取引の選定を行えばよく、あくまでも比較可能性分析の問題として捉えて整理する考え方もあろう。だが、それを成すには、より厳密な定性分析を行う必要があり、そのための着眼点や判断基準、考慮要件などが何かを、納税者と課税庁との間で十分に共有することが望まれる。そうでなければ、比較対象取引(企業)の候補の利益率などを加味しただけの比較対象取引(企業)の選定の適否に関して、いわば空中戦の議論が、納税者と課税庁との間で展開されるだけになりかねないからである。このような事態を回避する上でも、課税庁からの基準等の公表が求められる。 (了)