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2024年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】

2024年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】   史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋   Ⅳ グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い(案) 2023年3月28日に「所得税法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第3号)(以下、「改正法人税法」という)が成立し、国際的に合意されたグローバル・ミニマム課税のルールのうち所得合算ルール(IIR)に係る取扱いが定められ、2024年4月1日以後開始する対象会計年度から適用される。 改正法人税法により、一定の要件を満たす多国籍企業グループ等の国別の利益に対して最低15%の法人税を負担させ、当該課税の源泉となる純所得(利益)が生じる企業と納税義務が生じる企業が相違することになる。 グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等及び税効果会計についてどのように取り扱うかが明らかでないことから、2023年11月17日に、ASBJより以下の会計基準案が公表された。なお、税効果については、後述の「Ⅴ グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い(案)」を参照されたい。 補足文書は、課税取扱いを適用する場合に実務に資するための情報を適用することを目的としている。 1 連結財務諸表及び個別財務諸表における取扱い (※1) 「対象会計年度」とは、法人税法第15条の2に規定する多国籍企業グループ等の最終親会社等の連結等財務諸表(法人税法第82条第1号)の作成に係る期間をいう(課税取扱い案5)。 適用初年度は特に見積りが困難な状況が考えられるが、「財務諸表作成時に入手可能な情報」に基づき見積ることとなる。 《適用初年度において情報の入手が困難な場合の会計上の見積りの例》 《見積金額と確定額の差額について》 2 四半期における取扱い なお、前連結会計年度及び前事業年度においてグローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等を計上していて、当四半期連結会計期間及び当四半期会計期間において、当連結会計年度及び当事業年度におけるグローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等が重要であることが合理的に見込まれる場合(※2)に、課税取扱い案第7項を適用するときは、その旨を注記する(課税取扱い案11)。 (※2) 重要であることが合理的に見込まれる場合に該当するかどうかは、前事業年度に入手した情報並びに四半期財務諸表の作成時に入手可能な情報に基づき判断する(課税取扱い案BC22)。 3 表示 貸借対照表及び損益計算書における表示として、以下が規定されている。 (※3) グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等については、各対象会計年度終了の日の翌日から1年3ヶ月(グローバル・ミニマム課税制度に関する申告書を最初に提出すべき場合には1年6ヶ月)以内に申告書を提出し、当該申告期限までに納付することになっているため、通常の法人税等の申告期限の翌事業年度での申告が認められている(課税取扱い案BC2、BC5)。 4 適用時期 2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する(課税取扱い案12)。 四半期財務諸表における注記(課税取扱い案11、上記2参照)については、上記の適用時期に関わらず、2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する(課税取扱い案13)。 また、2024年3月期決算の会社では、未適用の会計基準の注記が必要でないか検討しなければならない(遡及基準22-2)。   Ⅴ グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い(案) グローバル・ミニマム課税制度を導入するための法人税法の改正は数年にわたって行われる予定であり、令和6年度の税制改正において所得合算ルール(IIR)に係る取扱いの見直しが予定されている。 国際会計基準審議会(IASB)が2023年5月に公表した「国際的な税制改革-第2の柱モデルルール(IAS第12号の修正)」では、所得合算ルール(IIR)のみならず、軽課税所得ルール(UTPR)及び国内ミニマム課税(QDMTT)も含めて、第2の柱モデルルールの適用から生じる繰延税金資産及び繰延税金負債を認識しないこととしている。 そのため、ASBJにおいてグローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の取扱いが検討され、2024年1月24日に、以下の改正案が公表された。 1 会計処理 所得合算ルール(IIR)に係る取扱いのみならず、今後の税制改正が予定されている軽課税所得ルール(UTPR)及び国内ミニマム課税(QDMTT)等の取扱いも含めて、国際的な動向等に変化が生じない限り、税効果会計の適用にあたっては、企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」の定めにかかわらず、グローバル・ミニマム課税制度の影響を反映しないこととする当面の取扱いを継続する(課税税効果案3)。 2 適用時期 公表日以後適用する(課税税効果案4-2)。   Ⅵ 自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針(案) 令和5年度税制改正において、完全子会社株式について一部の持分を残す株式分配のうち、当該一部の持分が当該完全子会社の株式の発行済株式総数の20%未満となる株式分配について、他の一定の要件を満たす場合には、完全子会社株式のすべてを分配する場合と同様に、課税の対象外とされる、いわゆる「パーシャルスピンオフ税制」が新たに設けられた。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (注) 詳細については、経済産業省ホームページ「『「スピンオフ」の活用に関する手引』を改訂しました」をご参照ください。 そのため、2023年10月6日にASBJより、以下の改正案が公表された。 また、2023年10月6日に、日本公認会計士協会より、以下の改正案が公表された。 なお、パーシャルスピンオフ税制による影響は限定的であると考えられることから、「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(公開草案)の解説については、本連載では省略する。 1 基準開発の範囲 パーシャルスピンオフ税制が時限的なもの(適用期限:2024年3月31日まで)であり早期に基準開発を行う必要があるため、まずは発生可能性が高い箇所に絞り、「保有する完全子会社株式の一部を株式数に応じて比例的に配当(按分型の配当)し子会社株式に該当しなくなった場合」を、基準開発の範囲としている(自己株式適用指針案28-4)。 2 個別財務諸表上の会計処理 現物配当実施会社の個別財務諸表上、保有する完全子会社株式の一部を株式数に応じて比例的に配当(按分型の配当)し子会社株式に該当しなくなった場合、配当の効力発生日における配当財産の適正な帳簿価額をもってその他資本剰余金又はその他利益剰余金(繰越利益剰余金)を減額する(自己株式適用指針案10)。 3 現物配当実施会社の税効果会計 現物配当実施会社の税効果会計については、現行の企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」(以下、「税効果適用指針」という)の定めを変更していない。 また、保有する完全子会社株式の一部を株式数に応じて比例的に配当(按分型の配当)し子会社に該当しなくなった場合において、連結決算手続の結果として生じる一時差異については、連結財務諸表固有の将来減算一時差異又は連結財務諸表固有の将来加算一時差異に準ずるものとして定義に追加されている(税効果適用指針案4)。 4 適用時期 公表日以後ただちに適用する。なお、適用日の前に行われた取引(保有する完全子会社株式の一部を株式数に応じて比例的に配当(按分型の配当)し子会社株式に該当しなくなった場合)については、適用日における会計処理の見直し及び遡及的な処理は必要ない(自己株式適用指針案23-3、税効果適用指針案65-3)。 (了)

#No. 560(掲載号)
#西田 友洋
2024/03/14

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第152回】株式会社ベクター「特別調査委員会調査報告書(最終報告)(2023年5月16日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第152回】 株式会社ベクター 「特別調査委員会調査報告書(最終報告)(2023年5月16日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社ベクター特別調査委員会の概要】   【株式会社ベクターの概要】 株式会社ベクター(2023年6月に商号を株式会社ベクターホールディングスに変更。以下、商号変更の前後を問わず、「ベクター」と略称する)は、1989年2月設立。設立時の社名は有限会社ベクターデザイン。インターネット及びインターネットに関する技術を使用したサービスを基軸とする単一セグメントを事業とする。売上246百万円、経常損失362百万円、資本金1,795百万円。従業員数30名(2023年3月期実績)。代表取締役社長は渡邊正輝氏(以下、「渡邊社長」と略称する)。本店所在地は東京都新宿区。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人は、2023年2月16日まで、有限責任監査法人トーマツ東京事務所(以下、「トーマツ」と略称する)、同日以後は、柴田公認会計士事務所及び大瀧公認会計士事務所。 ベクターとの間の不明朗な取引及び資金還流に関してトーマツが疑義を持った株式会社常(報告書上の表記は「甲社」、以下「常社」と略称する)は、調査報告書によれば、2016年3月に設立された、土木工事業、建築工事業、大工工事業、左官工事業、太陽光発電システム及びその設備の保守及びメンテナンス並びに太陽光発電事業及びそれに関わる売電事業等を目的とした株式会社である。福岡県北九州市に本店、東京都千代田区に支店を置き、代表取締役は福岡健人氏(報告書上の表記は「A氏」)である。売上高は約100億円。   【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 トーマツによる金融商品取引法第193条第1項に規定する法律違反事実の通知 ベクターは、2022年の秋以降、トーマツによって、蓄電池事業(蓄電池システム製造を開始するためのOEM契約)についての懸念事項についての説明を数回受けていたところ、2023年3月期第3四半期決算の四半期レビューにおいて、トーマツから、金融商品取引法第193条の3第1項に規定する、ベクターの財務計算に関する書類の適正性の確保に影響を及ぼすおそれのある主に以下の4項目について法令違反等事実が発見したとの通知を受け、速やかに、これらの事実関係を調査するために弁護士等の社外の公正中立な専門家を委員とする第三者委員会を設置するとともに、当該事実に係る法令違反の是正その他の適切な措置をとるよう依頼した。 トーマツが指摘した取引の概要及びベクターの見解は次のとおりである。 (1) 蓄電池システムの製造を開始するための契約に係る製造委託先へ支払う保証金について、常社へ預けている150百万円について ベクターは、蓄電池システムの製造を開始するため、製造委託先と常社が締結しているOEM契約に係る常社の地位の譲渡を契約し、常社に2022年9月から150百万円を預けていたが、地位譲渡契約後、COVID-19の蔓延による世界的な半導体不足の影響を受けて蓄電池システムの製造の目途が立たないことを起因として、常社に預けている150百万円の取り扱いについて、地位譲渡契約を解約して預け金の返金を受けるか、ベクターの将来の業績を見据えて預け金の返金を受けずに蓄電池事業を継続するかの方針を巡って社内で検討してきた。 トーマツは、蓄電池システムに関する生産体制、販売能力に関する詳細な調査が必要としており、また、ベクターと常社合意のもと決定して支払った150百万円について、経済合理性が確認できないことについて、ベクターと見解が分かれている。 (2) 太陽光発電所売買に関する常社への保証金80百万円の支払 ベクターは、新たな業績回復の手段を模索する中、2023年1月に、常社が所有する太陽光発電所を取得する優先交渉権を80百万円で支払い獲得し、最終的に太陽光発電所の仕入れが完了すれば仕入代金の内、優先交渉権として既払いした80百万円をそれに充当する旨の契約を進めていたところ、トーマツから、太陽光発電所売買に関する一連の取引について、経済合理性が確認できないとの指摘を受け、ベクターと見解が分かれていることから、追加調査を要する状況であると指摘されている。 (3) 常社を引受先とする第三者割当増資及び新株予約権発行 トーマツは、ベクターから常社へ支払った預け金150百万円と太陽光発電所の仕入れに係る優先交渉権として支払った80百万円が、常社引受けの第三者割当増資の資金として還流した疑いがあり、調査が必要であると指摘している。 (4) 車両の購入取引 2022年12月に取得購入した車両について、ベクターは2023年3月に本店の移転を予定していることから、移転後に本店近くの駐車場を契約して旧所有者からベクターへ名義変更をする予定としていたが、トーマツから、名義変更未了の状況で車両購入代金の支払のみが先行している状況は明らかに不自然であり、取引先及び支出内容の妥当性並びに資産計上の可否を含む適切な会計処理について調査が必要であると指摘されている。 2 特別調査委員会設置の経緯 ベクターは、トーマツが疑念を持つOEM契約(蓄電池システムの製造)に基づく製造委託先へ支払った保証金及び太陽光発電所売買に関する優先交渉権として支払った保証金等の不正な資金流出の疑義や第三者割当増資及び新株予約権発行の引受け資金として還流した疑義がある一連の取引について、それぞれの商談により実現した取引であり、適正であると判断して会計処理を行っていると主張してきたが、トーマツから、「金融商品取引法第193条の3第1項の規定による、財務計算に関する書類の適正性の確保に影響を及ぼすおそれのある法令違反等事実の通知」(以下「本件通知」という)を受けたため、本件通知に記載された事実関係について、客観的な事実関係を明らかにするとともに、管理体制に問題がなかったか否か等を明確にするために、同月16日付けで、独立した外部の有識者で構成される特別調査委員会を設置した。 3 特別調査委員会による調査結果の概要 特別調査委員会は、調査事項を次の2つに分類して、調査に当たっている。 (1) ベクターと常社との間の取引概要 ベクターと常社との間の取引の概要及び資金の流れは下図のとおりである。 〈ベクターと常社の取引概要〉 (2) 特別調査委員会による調査結果 ① ベクターが常社に支払った預け金150百万円 特別調査委員会は、調査の結果、ベクターによる預け金の支払いは、常社及び製造委託先の乙社の経営体制、蓄電池システムに関する生産体制、販売体制に関する調査をした上で行われており、ベクターが常社に支払った150百万円を原資として、乙社が蓄電池の生産を行っていたことから、この支払いに合理性があることは明らかであり、不正な資金流出であった事実は認められないと結論づけた。 ② ベクターが常社に支払った保証金80百万円 特別調査委員会は、調査の結果、ベクターは、太陽光発電所案件を常社から仕入れ、己社に転売して、転売利益を見込める状況にあり、また、売主である常社としては取得原価から考え充分利益を確保できる販売価格を設定しており、同時に、転売先である己社においても、これまでの太陽光発電所の売買経験に某づき、本業である施工工事の利益も考えた上で十分利益が見込めると判断して380百万円の意向表明書を提出していることから、常社も己社も、専ら自社の事業上のメリットや経済合理性を判断した上で行動していることが明らかであり、いずれの会社においても、ベクターのために、不要なリスクを取ったり自己の経済的利益を排して協力したりしていたような事情はおよそみられないとして、80百万円の保証金の支出について、不正な資金流出を疑う余地はなく、不適切な利益計上を疑う余地はないと結論づけた。 ③ 常社がイーグルキャピタル株式会社に支払ったコンサルタント料100百万円 特別調査委員会は、常社からイーグルキャピタル株式会社に対する業務委託料の支払いのきっかけは、2022年9月下旬頃、イーグルキャピタル株式会社の花田氏が、常社が関与するバイオマス発電所開発案件の士地売買でトラブルが生じ困っている旨の相談を受けたことにあり、花田氏は、事業総額680億円もの巨額の発電所案件の設備IDと土地の所有権が分離してしまい、この案件自体が破綻の危機に瀕していたところ、偶然にも関係者と知り合いであったことから交渉することができ、通常では不可能とも考えられる土地の買戻しに成功して、本件発電所案件を救ったものであるという事実認定を行った。そのうえで、花田氏は、実現困難とも考えられる士地の買戻しという役務を提供しており、対価としての100百万円の支払いは、実態からみれば高額であるとは言えないし、見方によっては廉価とさえも言えなくないと評価して、この支払いは合理的なものであって、何らの疑義を差し挟む余地はなく、およそ蓄電池保証金が環流したものとは認められないと結論づけた。 (3) 第三者割当増資等にかかるプレスリリースにおける不適切な記載 特別調査委員会は、ベクターが、2023年1月18日にリリースした、「第三者割当による新株式および第10回新株予約権の発行ならびにコミットメント条項付き第三者割当契約の締結に関するお知らせ」(以下、「本件プレスリリース」と略称する)において、割当先親会社である常社との取引関係について「当社と当該会社との間には、現在、記載すべき取引関係はありません。また、当社の関係者および関係会社と当該会社の関係者および関係会社との間には、特筆すべき取引関係はありません」と記載したことについては、トーマツの指摘どおり、不適切であると評価した。 また、本件プレスリリースにおけるフィナンシャル・アドバイザーである弁護士の所属事務所の誤記載についても、作成担当者の起案時の情報が公表時に最新情報となっているかの確認が行われなかったことに起因して発生したものであるとして、トーマツの指摘を認める判断を行った。 (4) 車両代金980万円の支払い 特別調査委員会は、調査の結果、購入した車両のグレードやオプション装備の状況から購入金額については、同種車両の相場と遜色はないものであり、稟議書に添付された請求書では相当の値引きもされており、特段金額が上乗せされたものとも認められないこと、購入した車両についても本店移転予定地の駐車場に保管されていることを確認したことから、第3四半期末日(2022年12月31日)時点において、名義変更は未了で、稼働前ではあったものの、車両代金の支払であることから資産として会計処理することに問題は認められないと評価した。 4 特別調査委員会による原因分析(調査報告書23ページ以下) 特別調査委員会は、本件通知における指摘のうち、特別調査委員会が不適切であったと判断したものは、本件プレスリリースにおける割当先親会社(常社)との取引の不記載、フィナンシャル・アドバイザーである弁護士の所属事務所の誤記載であり、これら記載ミスが生じた原因について検討するとともに、蓄電池保証金取引及び太陽光発電所保証金取引については、その判断に問題はなかったのかを検証した上で、不正な資金流出や還流の事実などの違法行為などなかったにもかかわらず、トーマツに誤解を与え、本件通知を受けるに至ったこと自体、何らかの原因があったものとして、その原因についても検討している。 (1) 本件プレスリリースにおける不記載の原因 特別調査委員会による調査によれば、本件プレスリリースは、ベクターが、プレスリリースや有価証券届出書の作成等の業務を委託していたD氏が、渡邊社長にヒアリングを行った上、適宜、本件プレスリリース案の文面の確認をとりながら起案を進め、2022年12月初旬頃完成させ、会社関係者に提供したものであり、D氏は、ベクターと常社との間の蓄電池保証金取引及びイーグルキャピタル株式会社(報告書上の表記は「EC」)と常社との間の業務委託取引の存在を渡邊社長から聞かされておらず、これら取引はないものとする文案を作成し、渡邊社長に確認した上で会社関係者に提供したと述べていることが確認されている。さらに、適時開示資料の担当である経営戦略室長は、増資手続について熟知したD氏が渡邊社長への諸確認を経た上で提供されているものなので、細かな点までは確認していなかったであるとか、常社との取引は認識していたが当該「当事会社間の関係」欄に記載すべき基準を理解しておらずこれらの経緯を知る関係者が取引なしとしているのであれば何らかの理由で記載は要さないものであろうと理解していた等と述べていることを指摘したうえで、本件プレスリリースの常社との取引関係の不記載は、起案担当者であるD氏への情報共有不足、渡邊社長の誤解釈等、経営戦略室長の最終確認不足が原因であると結論づけている。 (2) 本件プレスリリースにおけるフィナンシャル・アドバイザーの所属事務所誤記載の原因 特別調査委員会は、本件プレスリリースで、常社の紹介を受けた経緯として、弁護士の岩田幸一氏(報告書上の表記は「C氏」)に資金調達に関し相談をしたことを挙げ、同氏の所属事務所を「銀座ヒラソル法律事務所(報告書上の表記は「ア事務所」)と記載しているが、岩田弁護士の現所属事務所は渡邊社長が代表税理士である税理士法人イーグル(報告書上の表記は「ZE」)と同じ屋号を使用したイーグル法律事務所(2023年12月に岩田総合法律事務所に事務所名を変更。報告書上の表記は「E事務所」)であり、同氏は2023年1月に、銀座ヒラソル法律事務所から独立し、イーグル法律事務所を設立していたことから、本件プレスリリースにおける岩田弁護士の所属事務所の記載は、客観的には誤記載であったと結論づけている。 その原因として、本件プレスリリースを作成したD氏は、2022年12月中の発行決議を前提に作成していた本件プレスリリースの公表が2023年1月に延期となったものの、公表時点の最新情報となっているか再確認することまで気が回らなかったと説明していることを挙げる一方、プレスリリースの承認権者である渡邊社長においては、岩田弁護士が事務所を独立し2023年1月から税理士法人イーグル事務所の一部を転借する旨を認識していたのであり、確認が不足していたものと言わざるを得ないとしたうえで、この誤記載は、D氏の最新情報であるかの再確認不足、渡邊社長の確認不足により、公表に至ったものであると結論づけている。 (3) 違法行為がなかったにもかかわらず本件通知を受けるに至った原因 特別調査委員会は、トーマツによるベクターの第3四半期監査においては、第2四半期に計上された蓄電池保証金150百万円の資産性の検討が予定されていたところ、監査の過程で第4四半期の取引(2023年1月6日の取締役会決議に係る常社に対する保証金80百万円の支出)が確認され、開示後発事象として監査対象となる取引が生じたため、2023年1月後半時点において、四半期レビュー報告書の提出予定日である2月2日までの提出が困難な状況となっていたとの認識を示したうえで、経理部長からの日付を打ちかえたメール(車両に係る納品書を添付したもの)の提出を受けたトーマツは、ベクターから提出される監査証拠に対して疑問を持たざるを得ない状況に至ったと思われ、より一層慎重な対応が求められる事態となってしまったと指摘している。 さらに、監査の過程で、渡邊社長による客観的事実と整合しない説明がなされたうえ、常社からイーグルキャピタル株式会社へ100百万円もの送金がなされていた事実を把握したトーマツは、ベクターと常社とイーグルキャピタル株式会社との間における不正な資金流出ないし資金還流の疑念を抱くに至り、その後の監査手続においてもその疑念が払拭されることはなく、トーマツによって適切な時期に関係先との面談が実施されることがないまま、ベクターは本件通知を受けるに至ったものであると推測している。 5 特別調査委員会による再発防止策等(調査報告書31ページ以下) 特別調査委員会は、再発防止策を、次の3項目に絞って述べている。 (1) 本件プレスリリースの不記載及び誤記載について 特別調査委員会は、適時開示書面等対外的に公表される重要情報については、その情報の正確性についてチェック機能を担保できるような体制が望ましいし、特に決定事実の場合はあらかじめ内容を精査する時間を確保することが可能であることから、取締役会の決議にあたりプレスリリース案やこれに関連する資料等も回付し、広く確認を求める等体系的なチェック体制の構築を検討すべきであるとしたうえで、適時開示書面作成担当者をはじめ、同書面の承認手続関与者においては可能な限り適時開示にかかるセミナーに参加する等し、今一度、適切な適時開示に関する理解を深める必要があると指摘している。 (2) 誤解を与えてしまった監査対応について 特別調査委員会は、会計監査人に対し社長が各取引の詳細を全て説明しなければならないものではなく、しかるべき者による関連資料に基づいた説明を行えばよく、渡邊社長が各取引の説明を全て行う必要はないのであり、本件各取引の経緯に明るい花田執行役員等が前会計監査人に対し説明することによって、本件通知がなされるような事態を回避することができた可能性は否定できないと述べている。 さらに、ベクターにおいては、管理部長が2022年9月以降は事実上不在となっていた状況のなか、本件通知において疑義が呈された各取引について、その経緯を知らない監査対応経験に乏しい担当者らが分担して対応せざるを得ない状況となっており、ベクターにおける監査対応体制が十分であるとは言い難い状況であったと分析している。 そのうえで、ベクターにおける取締役会議事録は定型的な記載に留まるもので取締役会の議事の経過の要領及びその結果が適切に記載されているものとは言い難く、その他会議体は議事録が作成されていないものもあったが、特別調査委員会の調査では、取締役会やその他会議体においては相応の説明や議論が行われており、各会議体において判断に至る経緯が適切に議事録の中に記載されていれば、これをトーマツに示すことにより、おおよその説明はできたという見解を示している。 そのうえで、特別調査委員会は、ベクターに対して、管理業務に精通した管理本部長などの責任者を採用すべきであるし、規程に準じた経理証憑の整備や各会議体において適切な議事録の記載を徹底すべきであると提言している。 (3) その他懸念事項 特別調査委員会は、その他の懸念事項として、「組織上の検討課題」と「取締役会提供資料の早期提供」を挙げている。 組織上の懸念事項として列挙されているのは以下の点である。 また、取締役会提供資料の早期提供の必要性について、特別調査委員会は、ベクターの定時取締役会は概ね14時に開催されているが、資料が配布されるのは、開催前日の夕方であり、社外役員等が上程議案の内容を十分に検討することかできる時間を確保できておらず、資料を受領した役員から追加資料の提供や補足の要請があった場合にこれに応じる時間が十分に確保できているとも言い難いという状況を問題視してベクターにおいては取締役会関連資料の提供の早期化を検討すべきであると提言している。   【報告書の特徴】 創業者でベクターの発行済み株式数の9.37%(2023年3月期現在)を保有する梶並伸博氏が、「経営体制の刷新を図る」ことを理由に辞任をすることが発表されたのが2022年8月31日(※)。その後、10月12日に開催された臨時株主総会で取締役に選任され、代表取締役社長に就任する渡邊正輝氏は、税理士法人イーグルの代表税理士であり、かつ、同氏が代表取締役社長を務めるイーグルキャピタル株式会社が代表者のファンドは、2つ合わせてベクターの発行済株式の23.97%を保有する大株主であった。同日の臨時株主総会では、定款の一部変更も決議され、金融業や再生可能エネルギー事業など、それまでのベクターの事業とはまったく分野の異なる業種が「会社の目的」に追加された。 (※) 「代表取締役の異動に関するお知らせ」 1 第三者割当増資及び新株予約権発行の経緯に関する疑義 特別調査委員会は、「原因」として、ベクターが、2023年1月18日にリリースした、常社が代表社員である合同会社capital harborを割当先とする「第三者割当による新株式および第10回新株予約権の発行ならびにコミットメント条項付き第三者割当契約の締結に関するお知らせ(本件プレスリリース)」について、以下の問題点があったことを指摘している。 そして、こうした不記載及び誤記載の原因については、「プレスリリース案の起案者であるD氏、経営戦略室長及び渡邊社長による確認不足である」と小括している。 しかし、調査報告書を読む限り、本件プレスリリースに関する問題点は上記の2点にとどまらない。本件プレスリリース19ページ以下には、「割当予定先を選定した理由」として、次のように説明されている。 しかし、調査報告書9ページには次のような記述がある。 渡邊社長とそのパートナーともいえる花田氏が、常社の代表取締役と「既知の間柄」であるにもかかわらず、わざわざ、弁護士の岩田幸一氏に紹介されたかのような説明を行っていることは、ベクターが割当先の親会社である常社との取引関係はないことを裏付けるために、意図的に虚偽の説明をしたものではないかという疑念を持たせる矛盾であり、「プレスリリース案の起案者であるD氏、経営戦略奎長及び渡邊社長による確認不足」として片づけられるものではないと思料する。 2 特別損失の計上 ベクターは、2023年4月11日、「特別損失の計上に関するお知らせ」をリリースして、特別調査委員会の調査にかかる費用として、特別調査費用53,476千円、特別調査費用引当金繰入5,745千円を特別損失として計上するとともに、固定資産の減損損失及び除却損を計上することを公表した。 3 再発防止策 ベクターは、2023年9月29日、「再発防止策に関するお知らせ」をリリースして、次のとおり、再発防止策を公表した。ベクターによる再発防止策は以下のとおりであるが、新たに設置した「再発防止策監視委員会」については、その役割なども見ておきたい。 4 渡邊社長の辞任 ベクターは、2023年10月13日、「代表取締役の異動(辞任)及び社長交代に関するお知らせ」をリリースして、渡邊社長から、一身上の都合により代表取締役社長を辞任したい旨の申入れがあり、病気による長期療養という個人的な理由であり、コンプライアンスや社会倫理に抵触するものではないことからこれを受理したこと、後任には、代表取締役副社長の加藤彰宏氏が就任することを公表した。 (了)

#No. 560(掲載号)
#米澤 勝
2024/03/14

計算書類作成に関する“うっかりミス”の事例と防止策 【第46回】「処理能力を超えたときにミスが起こる」

計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第46回】 「処理能力を超えたときにミスが起こる」   公認会計士 石王丸 周夫   1 1株当たり純資産額が誤っていた事例 計算書類にはうっかりミスがつきものです。 実際、こんなミスが起きています。 個別注記表に記載された1株当たり純資産額の数値が間違っていたというケースです。その原因は単純な入力ミスではなく、計算方法のミスだったと推測されるため、一見したところうっかりミスではありません。しかし、そのミスが起きてしまった背景まで探ってみると、やはりこれはうっかりミスだったのではと思われます。今回はそのような事例です。 では早速、事例を見ていきましょう。 【事例46-1】 1株当たり純資産額の訂正。 (出所) 株式会社テンポスホールディングス「招集ご通知記載事項の一部訂正について(2023年7月26日)」 この事例の会社は、2023年7月5日に本事例を含む第31回定時株主総会招集ご通知の電子提供を開始し、2023年7月26日に当該誤記載の訂正を公表しています。 間違っていたのは、【事例46-1】に示したとおり1株当たり純資産額の数値です。訂正前が「456円95銭」、訂正後が「439円00銭」であり、数字の単純な入力ミスというわけではなさそうです。また、訂正前の「456円95銭」は前期の数値とも異なるので、前期数値の未更新というわけでもありません。では、いったい何がミスの原因だったのでしょうか。   2 1株当たり純資産額の計算式 このミスの原因を探るために、1株当たり純資産額の算定方法を確認しておきましょう。 (出所) 企業会計基準適用指針第4号「1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針」 1株当たり純資産額は、純資産の額を期末株式数で割って求めます。このうち、分子の純資産の額については、「普通株式に係る期末の純資産額」とすべく、一定の項目を控除しなければならず、また、分母の期末株式数については自己株式数を控除しなければなりません。 以上の点を考慮して、上式に【事例46-1】の会社の各数値を入れ、1株当たり純資産額を算定してみます。次のとおりです。 この会社の貸借対照表では、純資産に新株予約権残高がありますが、これは上式の2段目の分子にある「控除する金額」に該当するため、上記の算定において、「分子の算定」で控除しています。新株予約権というのは将来の株主に帰属する金額になるため、上式の「普通株式に係る期末の純資産額」には含まれないのです。 また、分母については、自己株式残高があることから、その株式数を控除しています。 算定の結果は「438.98円」となりました。【事例46-1】の訂正後の数値「439円00銭」とおおむね一致しています。差異は、上記算定を百万円単位(百万円未満切り捨て)で行っていることによるものでしょう。 以上により、訂正後の1株当たり純資産額については、その計算過程が明らかになりました。   3 新株予約権を控除し忘れていた 続いて、訂正前の1株当たり純資産額の方も検討してみたいと思います。 訂正前の数値を紐解くのは第三者にとって至難の業ですが、試行錯誤してみたところ、新株予約権の金額を控除せずに計算すると、訂正前の数値に近づくことがわかりました。次のとおりです。 上記の算定結果「456.90円」は、訂正前の1株当たり純資産額「456円95銭」にかなり近い数値です。上記算定は百万円単位(百万円未満切り捨て)で行っていることから、5銭程度の誤差は発生してもおかしくありません。【事例46-1】の会社では、おそらくこのようなミスが起きていたのではないでしょうか。 その場合、担当者は新株予約権を控除すべきことを知らなかったのでしょうか。あるいは、知っていたけれども間違ってしまったのでしょうか。その点は第三者からはわかりませんが、過年度の株主総会招集通知で開示されていた当該注記で確認する限り、新株予約権を控除して算定されていたとみられるので、おそらくは後者、知っていたけれど間違ってしまったということではないかと考えられます。   4 仕事には余裕が大事 以上は推測にすぎませんが、もし当たっていたとすれば、問題はその背景です。 実は、この会社は、2023年6月28日付で「過年度の決算短信などの訂正に関するお知らせ」と題して、2期前の税額計算の誤りにより、過年度の決算短信や有価証券報告書等を遡って訂正することを発表しています。 【事例46-1】に係る株主総会招集通知の公表が2023年7月5日でしたので、当該招集通知の作成作業と過年度決算開示資料の訂正作業は時期的に重なっています。ただでさえ忙しい決算時期に過年度訂正の作業が重なれば、担当者の処理能力を超過する事務負担となることは当然です。【事例46-1】のミスは、このような中で起きてしまったうっかりミスではないでしょうか。1株当たり純資産額の算定方法を知らなかったゆえに起きたミスではないということです。 さて、以上はすべて筆者の推測によるものですが、うっかりミスがどんなときに起きてしまうかを考える上ではヒントになります。 それは、余裕がないときです。 本稿で取り上げた【事例46-1】の会社に関してではなく、一般論としてですが、ミスを防ぐための対策が見えてきます。人員の配置と業務の割当に一定程度の権限を持つ部門責任者が、日頃から余裕をもって業務をこなすことができるよう組織を編成することです。 経理部門の人材というのは、専門的なスキルが求められ、かつ信用のおける人物でなければなりません。人手が不足しているからといって、すぐに増員できるわけではなく、業務を外部に委託することも簡単にはできません。そのような制約がある中で十分な人員を揃えておくことは難しいと思われますが、余裕を確保することがいかに大事かを再認識すべきだと思います。 〈今回のまとめ〉 業務に余裕がないときにうっかりミスが起きるので、組織の責任者は、日頃から人員の配置と業務の割当に無理のないよう組織編成しておくべきでしょう。 (了)

#No. 560(掲載号)
#石王丸 周夫
2024/03/14

〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2024年2月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2024年2月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年2月1日から2月29日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。   Ⅱ 企業内容等開示関係 次のものが公布されている。 〇 「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第14号)(内容:「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」(実務対応報告第45号)等を受けたもの)   Ⅲ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「会計参与の行動指針」の改正について(内容:「中小企業の会計に関する指針」の改正に対応した見直し等を行うもの) ② 監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」に伴う監査基準報告書等の改正の公表について(内容:監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」(2023年1月12日改正)に伴って、監査基準報告書580「経営者確認書」などを改正するもの) ③ 監査基準報告書260「監査役等とのコミュニケーション」、監査基準報告書700「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」及び監査基準報告書700実務指針第1号「監査報告書の文例」の改正(公開草案)の公表について(内容:2023年10月に国際監査・保証基準審議会(The International Auditing and Assurance Standards Board:IAASB)から公表された、IESBA倫理規程の改訂により会計事務所が社会的影響度の高い事業体(PIE)に対する独立性に関する要求事項を適用している場合の開示要求に伴う狭い範囲の改訂を受けたもの。意見募集期間は2024年3月15日まで) ④ 「保証業務実務指針 2400「財務諸表のレビュー業務」及び保証業務実務指針 2400 実務ガイダンス第1号「財務諸表のレビュー業務に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正」(公開草案)の公表について(内容:「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂及び監査に関する品質管理基準の改訂について(公開草案)」(2023年12月14日、企業会計審議会監査部会)を受けたもの。意見募集期間は2024年3月21日まで) ⑤ 「期中レビュー基準報告書実務ガイダンス「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める四半期財務諸表等に対する期中レビューに関するQ&A(実務ガイダンス)」」(公開草案)の公表について(内容:四半期決算短信に含まれる四半期財務諸表等の期中レビューについて、Q&A形式によって解説するもの。意見募集期間は2024年3月6日まで) (了)

#No. 560(掲載号)
#阿部 光成
2024/03/14

ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第47回】「ハラスメント研修のすすめ」~パワハラ編~

ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第47回】 「ハラスメント研修のすすめ」 ~パワハラ編~   弁護士 柳田 忍   【Question】 当社においては年に2回ハラスメント研修を実施していますが、ハラスメントの相談、特にパワハラの相談がなかなか減りません。パワハラについて、ハラスメント研修における注意点があれば教えてください。 【Answer】 従業員が、「バカ」「死ね」といった典型的な暴言を発しなければパワハラにならないという誤解をしており、そのためにパワハラの件数が減らず、それがパワハラの相談が減らない原因の1つになっている可能性があります。よって、研修においては、従業員の誤解を正すことを心がけるとよいでしょう。 ● ● ● 解 説 ● ● ●   1 はじめに 「パワハラ」がいわゆる職場におけるいじめや嫌がらせを意味することは一般的にも認知されており、殴る蹴るなどの暴行や大声で怒鳴る等の威圧的な言動や「バカ」「死ね」「辞めろ」といった典型的な暴言がパワハラに当たることを知らない者はいないといっても過言ではないであろう。 しかし、筆者が相談などを受ける中で思うことだが、暴行や威圧的な言動、暴言を発しなければパワハラにはならないと考えている従業員が実に多い。すなわち、パワハラという言葉が浸透しているにもかかわらずパワハラの相談件数がなかなか減らないのは、多くの従業員が殴る蹴るなどの暴行や大声で怒鳴るなどの威圧的な言動、「バカ」「死ね」「辞めろ」といった典型的な暴言を吐かなければパワハラに当たらないという勘違いをしていることも一因であると思われる。 そこで、パワハラに関する研修においては、このような従業員の勘違いを正すことがポイントになる。   2 「バカ」等の暴言や大声での叱責といった典型的な言動以外でもパワハラになり得る 「バカ」「死ね」といった、いわゆる典型的な暴言や罵詈雑言に該当しなくても、人格を否定するような言動を行うことはパワハラに該当し得る。例えば、比較的よく見られる発言ではあるが、「◯◯失格だ」「会社にとって不要な人間だ」等の相手を侮辱するような発言や、相手よりもポジションが下の従業員と比較してこれよりも劣っているなどと批判し相手を貶めるような発言もパワハラに該当し得る。また、正当な理由なく他の従業員に聞こえるように指導を行うなど、相手に恥をかかせるような言動もパワハラに該当し得る。   3 個々の発言が軽微であっても一連のものとしてパワハラになり得る 複数の発言について一連の行為としてパワハラが認定されることもある(〈裁判例1〉参照)。同一人物の複数の発言が一連のものとして評価されるだけでなく、複数の者の発言が一連のものとしてパワハラと認定されることもある(〈裁判例2〉参照)。 〈裁判例1〉 〈裁判例2〉 よって、個々の発言自体は業務上必要で相当な範囲を超えないように思われても、近接した時期に頻繁にそのような発言をする場合や、例えば、複数名で1人の従業員を指導する場合のように、複数名による厳しい発言が予想される場合などには注意が必要である。 なお、指導する側の言い分としては、「何度注意・指導しても改善しないから、近接した時期に頻繁に厳しい指導をせざるを得ない」ということであろう。しかし、近接した時期に頻繁に厳しい指導を行っても改善しないような場合には、そのような指導が、相手に威圧感や恐怖心を与えることはあってもミスの防止には繋がらないのではないかと疑ってかかるべきであり、漫然と同じような厳しい指導を繰り返す場合、パワハラに該当するおそれがあると思われる(〈裁判例3〉参照)。 〈裁判例3〉   4 アドバイスなどをすることなく問題点を指摘し叱責を繰り返すことはパワハラになり得る 従業員を指導する際に、まずは当該従業員のパフォーマンス上の問題点を指摘することが必要となる場合が多いと思われるが、当該従業員の相談に乗ったり、アドバイスをしたりすることなく、当該従業員のパフォーマンスに問題がある事実を繰り返し指摘して叱責する場合は、パワハラに該当するおそれがあることに注意が必要である(〈裁判例4〉参照)。 〈裁判例4〉 (了)

#No. 560(掲載号)
#柳田 忍
2024/03/14

〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第4回】「一人取締役の会社の社長が認知症になった場合の対応(その1)」~成年被後見人になっても取締役でいられるのか~

〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第4回】 「一人取締役の会社の社長が認知症になった場合の対応(その1)」 ~成年被後見人になっても取締役でいられるのか~   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   【Q】 顧問先に取締役が社長1人の会社があります。先日、経理を務めている奥さんから相談があり、社長さんが認知症を患われたそうです。今後どのような点に気を付けていくべきでしょうか。 【A】 社会全体の高齢化が進むなかで、経営者の高齢化も進んでいます。高齢化にともない社長が認知症になってしまうという事象も増えていくことが予想されます。税理士の顧問先には、取締役が社長1人という小規模な会社も多いと思われますが、こういった会社ほど社長が認知症になってしまった場合の影響は甚大です。 社長と認知症というテーマは対処方法も複雑ですが、企業のサポーターである税理士としては、まずは基本的な原則を理解して目の前の事象に対処していく必要があります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 認知症になっても取締役を退任する必要はない まず理解しておきたいのは、社長が認知症になったからといって、法的にはすぐに取締役を退任する必要はないということです。人により判断能力が十分に残っている場合もあります。 では、認知症が進行し、社長が成年後見制度を利用することになった場合はどうでしょうか。この問いかけには簡単に回答ができないかもしれません。実は、過去には成年被後見人や被保佐人は取締役としての「欠格事由」にあたるとされており、取締役に就任することができないとされていました。 しかし、令和元年に行われた会社法改正(令和元年法律第70号)により令和3年3月1日以降は、ノーマライゼーションの観点から成年被後見人又は被保佐人であることが欠格事由から除かれ、成年被後見人等でも取締役に就任することができるようになりました(会社法331条1項)。 【役員の欠格事由】   2 委任契約の終了による退任 成年被後見人や被保佐人が取締役の欠格事由から除かれましたが、社長が「成年被後見人」になった場合は、やはり取締役を一旦退任しなければなりません。退任しなければならない理由は、成年被後見人となったからではなく、会社と社長との間の「委任契約」が終了したことによります。 会社と取締役との契約関係は、会社と従業員との間にみられるような「労働契約」ではなく「委任契約」となります。委任契約は民法の規律に従うことになりますが、民法では委任契約の終了事由として以下の事項を定めています(民法653条)。 【委任契約の終了事由】 よって、社長が「成年被後見人」になった場合は、会社との委任契約が終了するため、退任することになります。なお、「被保佐人」や「被補助人」となった場合は、委任の終了事由にあたりませんので、退任はしないことになります。   3 退任の登記はできるのか 取締役が社長1人しかいない会社において社長が成年被後見人になった場合、退任の登記はできるのでしょうか。このケースでは登記することができません。委任契約が終了している以上、退任した事実はあるけれども、登記上は取締役から外れていない歪な状態が生まれてしまいます。 次回はこの状態の解消に向けてどのような方策があるのかを紹介します。 (了)

#No. 560(掲載号)
#北詰 健太郎
2024/03/14

《速報解説》 金融庁、「記述情報の開示の好事例集2023」を更新~各テーマに関連する中堅中小上場企業の開示例等を追加、公表~

《速報解説》 金融庁、「記述情報の開示の好事例集2023」を更新 ~各テーマに関連する中堅中小上場企業の開示例等を追加、公表~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024(令和6)年3月8日、金融庁は「記述情報の開示の好事例集2023」の更新を公表した。 2023年12月27日に、「記述情報の開示の好事例集2023」(サステナビリティに関する考え方及び取組の開示)が公表されているが、これを更新するものである。 「コーポレート・ガバナンスの概要」等の項目を追加しているほか、参考として、開示の文字数に基づく「定量分析」も記載している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 投資家・アナリスト・有識者が期待する開示を充実化させるための取組み 次のことが記載されている。   Ⅲ コーポレート・ガバナンスの概要の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、取締役会の実効性評価の開示においては、 実効性の強化、確保のための取組みや企業の姿勢を記載することが有用であること、取締役会及び委員会の具体的な検討内容などの開示がなされていると、ガバナンスの実効性が読み取れることなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(監督と執行が協働で経営の重要テーマに取組むプロジェクトを立ち上げ、問題意識を共有した上で、株主・投資家の視点での取組みとなるように進めていったことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。   Ⅳ 監査の状況の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、重点監査項目の選定理由と、重点監査項目に対して監査役会や監査等委員会が行った具体的な活動内容をストーリーで開示することは有用であることなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(各開示物の内容が統一されていないことを痛感し、翌年の開示プロセスを再検討したことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。   Ⅴ 株式の保有状況の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、政策保有株式の合理的な保有理由の1つとして、 経営上の重要な契約等と関連付けた説明をすることが挙げられるなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(開示を充実化させることの必要性については社内で理解を得られていたが、記載する具体的な内容を確定させるには一定の時間を要したことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。   Ⅵ 経営上の重要な契約等の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、業界内では常識的な契約等であっても、他の業界では一般的ではない重要な情報もあるため、 利用者が重要な契約等の内容を理解するにあたり必要な情報を丁寧に開示することが有用であることなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(まずは、開示を目的とするわけではなく、リスクマネジメントへの対応強化を目的とし、現状のリスクマネジメント体制やルールについて分析を行い、その分析結果に基づく改善プランを経営層へ説明しディスカッションを実施したことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。   Ⅶ 好事例集で採り上げている各テーマに関連する中堅中小上場企業の開示例 1 主な開示のポイント 主な開示のポイントとして、開示のリソースが十分でない企業は、網羅的に開示を行うよりも、企業にとっての重要な論点や、開示を通じて投資家に伝えたいことに焦点を当てた開示を行うことも有用であることなどが記載されている。 2 好事例として採り上げた企業の主な取組み 好事例として採り上げた企業の主な取組みが記載されている(人財推進委員会の委員長に技術開発部門のトップが着任したことが、人員構成の点から取組みを進める上で非常に大きかったこと、将来の目標を見据えて、今何をしなければならないかということを、若手の社員が考え始める意識が芽生えてきたことなど)。 3 好事例のポイント 好事例のポイントとして、次のことが記載されている。 (了)

#阿部 光成
2024/03/11

《速報解説》 有価証券届出書の記載について「企業内容等の開示に関する内閣府令」等が改正される~IPO時におけるストック・オプション保有者の個人情報の取扱いを見直す~

《速報解説》 有価証券届出書の記載について 「企業内容等の開示に関する内閣府令」等が改正される ~IPO時におけるストック・オプション保有者の個人情報の取扱いを見直す~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024(令和6)年3月7日、「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第16号)が公布された。 「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」も改正されている。 内閣府令(案)等に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方も公表されている。これにより、2023(令和5)年12月1日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 これは、有価証券届出書における個人情報の記載の見直しを行うものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 1 新規公開時に提出される有価証券届出書における個人情報の記載の見直し 新規公開時に提出される有価証券届出書では、新規公開前2年間に発行された株式やストック・オプション(以下「株式等」という)の全取得者の氏名や住所、一定期間における株式等の移動状況(移動を行った当事者の氏名・名称、住所等)の開示が求められている。 今般の改正は、当該開示について、次のように改正するものである。 2 第三者割当の方法による募集又は売出しに係る届出書の個人情報の見直し 第三者割当の方法による募集又は売出しに係る有価証券届出書については、割当予定先が個人である場合は、「第三者割当の場合の特記事項」欄において、当該個人の氏名、住所及び職業の内容等を記載する必要がある。 今般の改正は、当該開示について、次のように改正するものである。   Ⅲ 公布・施行日等 2024年3月7日に公布し、4月1日から施行する。 経過措置に注意する。 企業内容等開示ガイドラインの改正は、2024年4月1日から適用する。 (了)

#阿部 光成
2024/03/11

プロフェッションジャーナル No.559が公開されました!~今週のお薦め記事~

2024年3月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.559を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2024/03/07

monthly TAX views -No.133-「翁新政府税制調査会長の下で発信機能の回復を期待」

monthly TAX views -No.133- 「翁新政府税制調査会長の下で発信機能の回復を期待」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   2012年の第2次安倍政権発足後、政府税制調査会の発信機能は大きく低下した。消費税を敬遠する安倍内閣の下では、中期的な税制を議論することが消費増税につながるのではとの思いが事務局側に強く、議論を自制してきた。菅元総理も岸田総理も「消費税は10年程度引き上げない」と発言しており、事務局もこれに呼応するように議論を抑制してきた。 昨年6月に公表された税制調査会の中期答申「わが国税制の現状と課題」も、今後増え続ける社会保障の財源として「消費税が果たす役割は今後とも重要です」と、なんとか書きこんだ。これに対しマスコミからは、「消費税議論から逃げた」「世論を喚起し改革を促す役割を放棄した」など手厳しい批判を浴びた。 加えてSNSを中心に、中期答申に対して「サラリーマン増税」という思ってもみない議論が巻き起こり、「増税めがね」というレッテルを嫌った岸田総理は、論理や議論を飛ばして定額減税を行うこととした。 国民の生活に直結する税制には、論理と議論が必要だ。この先10年間消費税は上げないとしても、それはなぜなのか議論をしておく必要がある。 *  *  * この約10年間で、コロナ禍やAI・ITの発展など、経済社会を取り巻く状況は大きく変化した。それにもかかわらず中期的な税制のあり方を正直に議論することができないという状況は、あまりにも不自然だ。議論を先延ばしにすればするほど、税制は経済社会の実態から離れたものになる。その意味で、会長の交代するこの時期は、政府税制調査会が永い眠りから目を覚ます絶好のタイミングだ。 ポストコロナのわが国経済社会の抱える税制の課題は数多い。なんといっても、国民の将来不安を緩和する持続可能な社会保障制度の構築のための設計図を作り直す必要がある。少子高齢化は想定以上に進んでいるし、AIの発達が、知恵や資本を出すものとそうでない者との所得・資産の格差や分断を招いている。 この状況に対応するには、所得税の累進機能の強化にとどまらず、適切な社会保障歳出と組み合わせて、昭和に作られた制度の骨格を作り変える必要がある。「負担」の話だけにならないよう「受益」と組み合わせ、一体的な議論が必要だ。この点、社会保障の専門家である翁百合氏が政府税制調査会の会長に就かれたことはチャンスと言えよう。 次に、SDGs、とりわけ2050年温暖化ガス排出量実質ゼロ目標を掲げた環境問題への対応も急務だ。わが国では、20兆円に上るGX債の発行が予定され、これを活用して毎年の温暖化対応の投資が行われるが、この財源は、賦課金と排出量取引制度の創設で賄われる予定だ。しかし、世界標準のカーボンタックスの導入なくして目標を達成できるのだろうか。欧州諸国からは不十分と指摘される可能性がある。 さらに、プラットフォーム経由で働くフリーランスやギグ・ワーカーのセーフティーネット構築の問題もある。サラリーマンと比べると煩雑となる彼らの税制をどう簡素化して、申告水準を上げるかの検討を行う時期にきている。 最後に、法人税租税特別措置の検証を行うことも必要だ。 令和6年度税制改正は、賃上げ促進税制による企業の賃上げへの支援、戦略分野国内生産促進税制やイノベーションボックス税制など数多くの租税特別措置を創設した。いずれも時代の要請に応えた税制で、米国の2022年インフレ抑制法(IRA法)や欧州諸国の事例を参考にしている。今後はこれらの政策効果を検証していくことが必要だ。 与党税制調査会も与党大綱において、「政策税制が・・・真にインセンティブ措置として機能することを目指す観点から、客観的なデータに基づく分析・検証が行われるべきである」とEBPMの取組みの強化・進展が必要なことを記述している。政府税制調査会でも、積極的な検討を期待したい。 *  *  * 社会保障研究の第一人者である日本総合研究所理事長の翁百合氏は、人格・見識、さらには統率力において、大変優れた方である。政治との関係は、財務省が努力すべき問題であるが、税制調査会として世の中への発信機能は会長のリーダーシップに負うところが大きい。新しい政府税制調査会に期待したい。 (了)

#No. 559(掲載号)
#森信 茂樹
2024/03/07
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