《速報解説》 会計士協会、「四半期レビュー」を改正し 「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」として公表 ~「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」は新設~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年3月28日、日本公認会計士協会は、次のものを公表した。 これは、「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂に係る意見書」(企業会計審議会)を受けたものである。 これにより、2023年12月22日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対する主なコメントの概要とその対応も公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー 金融商品取引法における中間財務諸表に対する期中レビューを対象とする。 現行の「四半期レビュー」(四半期レビュー基準報告書第1号)を改正し、「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」(期中レビュー基準報告書第1号)として公表する。 「四半期レビュー」を「期中レビュー」へ、また、「四半期財務諸表」を「中間財務諸表」へなどの用語の改正を行う。 「中間財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第33号)を受けた改正も行っている。 質問、分析的手続を中心とした期中レビュー手続であり、保証水準は「限定的保証」である。 適正表示の枠組みを対象とする。 Ⅲ 独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー 年度の財務諸表の監査を実施する監査人が行う、金融商品取引法における中間財務諸表に対するレビュー以外の期中レビューを対象とする。 任意の期中レビューを想定し、「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」(期中レビュー基準報告書第2号)を新設する。 質問、分析的手続を中心とした期中レビュー手続であり、保証水準は「限定的保証」である。 適正表示及び準拠性の枠組みを対象とする。 Ⅳ 適用時期等 「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」の適用時期等は次のとおりである。 「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」の適用時期等は次のとおりである。 (了)
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(令和5年7月~9月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2024(令和6)年3月27日、「令和5年7月から9月までの裁決事例の追加等」を公表した。追加で公表された裁決は表のとおり、所得税法関係と国税徴収法関係がそれぞれ1件の合計2件で、筆者が公表裁決事例の速報解説を寄稿するようになった2013(平成25)年4月~6月分以降で、最も少ない件数となっている。 【表:公表裁決事例令和5年7月から9月分の一覧】 本稿では、公表された2件の裁決事例について、国税不服審判所の判断内容を概説したい。 なお、複数の争点がある裁決については、下記の概要の中で、その一部を割愛して、中心的な争点のみについて絞らせていただいたことを、あらかじめお断りしておく。 1 インド共和国所在の外国法人に支払った金員に係る所得税の源泉徴収義務・・・① (1) 事案の概要 本件は、エレクトロニックス製品、電気製品、情報関連機器の企画、開発、輸出入、販売、設置、工事及び保守管理並びにアプリケーションソフトウエアの企画、開発等を目的とする法人であり、家電や住宅設備をスマートフォンのアプリから操作することのできる製品の開発及びサービスの提供を主要事業としている審査請求人が、インド共和国所在の外国法人であるJ社、K社及びL社に対して支払った金員(本件各支払金)について、原処分庁が、当該金員は、日印租税条約第12条第4項に規定する「技術上の役務に対する料金」に当たり、国内源泉所得に該当するとして、源泉徴収に係る所得税の納税告知処分等を行ったことに対し、請求人が、当該金員の一部は「技術上の役務に対する料金」に該当しないなどとして、処分の一部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 (※) グロスアップ計算とは、所得税基本通達181~223共-4(源泉徴収の対象となるものの支払額が税引手取額で定められている場合の税額の計算)に規定されている以下の計算方法をいう。 (3) 国税不服審判所の判断 〔争点1〕について、国税不服審判所は、請求人がインド共和国所在の外国法人であるJ社、K社及びL社に対して支払った金員は、いずれも、日印租税条約第12条第4項に規定する「技術上の役務に対する料金(技術者その他の人員によって提供される役務を含む経営的若しくは技術的性質の役務又はコンサルタントの役務の対価としての全ての支払金)」に該当するという判断を示して、請求人の判断を斥けた。 一方、〔争点2〕については、国税不服審判所は、請求人とK社との間の契約には、K社に支払う金銭とは別に請求人が源泉徴収に係る所得税を負担することを約したと認められる取決めはなく、K社への支払金の額に源泉徴収に係る所得税の額を加算した金額を業務の対価の額であると定められているものとは認められないことから、業務の対価が本件通達に定める「支払額が税引手取額で定められている」ものとは認められず、源泉徴収に係る所得税の額をグロスアップ計算で算出することはできないという判断を示して、原処分庁の主張を斥け、賦課決定処分の一部を取り消した。 2 原処分庁による公売公告処分の違法性・・・② (1) 事案の概要 本件は、原処分庁が、審査請求人の滞納国税を徴収するため、運送業を営む請求人が所有する駐車場等の各不動産の公売公告処分を行ったのに対し、請求人が、請求人の滞納国税について「分割納付誓約書」を提出し、これに基づく納付計画に従って納付を継続していることからすれば、当該分割納付計画の期間中にした当該公売公告処分は、公売に付すべき時期を誤った違法又は不当な処分であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 原処分庁による公売公告処分は、公売に付すべき時期を誤った違法又は不当なものであるか否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、原処分庁によって公売公告処分により本件各不動産を公売に付する時期について、原処分庁に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったとは認められないから、本件公売公告処分は適法であるとの判断を示した。 そのうえで、少なくとも請求人による分割納付誓約期間内においては、請求人が納付計画どおりの自主納付を継続する蓋然性が高く、直ちに換価をすることで、換価額の下落の回避又は換価額の相対的な価値の維持ができたともいえず、また、本件分割納付誓約期間内に本件各不動産が公売に付されることはないと期待した請求人としては、本件各不動産の代替土地を確保し得る機会及び期間が事実上なく、公売による請求人の事業に対する影響がより大きくなったというべきであり、これらの各事情を考慮すると、本件公売公告処分は、滞納者である請求人の個々の実情を十分に踏まえたものであるとはいい難く、また、必ずしも本件滞納国税の効果的な徴収に資するものであったともいい難いものであると評価をした。 結論として、原処分庁による公売公告処分は、分割納付誓約期間内に公売に付したという時期の判断において、その裁量権の行使が、差押財産の換価に関する制度の趣旨・目的に照らして合理性を欠く不当な処分であるといわなければならないとして、原処分の全部を取り消す判断を示した。 (了)
《速報解説》 四半期報告書制度の廃止に対応し、 関連する関係政令・内閣府令等が改正される ~四半期報告書及び四半期(連結)財務諸表関係の規定を削除~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年3月27日、「金融商品取引法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令」(政令第71号)、「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第29号)等が公布された。これにより、2023年12月8日から意見募集されていた政令・内閣府令案等が確定することになる。 これは、「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(令和5年11月29日法律第79号)により、四半期報告書制度が廃止となることから、関連する関係政令・内閣府令等(関連するガイドラインを含む)を改正するものである。 政令・内閣府令案に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方も公表されている。例えば、コメントのNo.59~61では、「比較情報の取扱い」に関する金融庁の考え方が記載されている。また、コメントのNo.65では、会計方針の継続性に関して、前中間会計期間及び前中間連結会計期間の会計方針との継続性も求められる規定となるよう修正したことが記載されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 四半期報告書から半期報告書への改正関係 1 概要 金融商品取引法等の改正により、四半期報告書制度が廃止され、半期報告書の提出へと改正される。 企業内容等の開示に関する内閣府令の改正により、四半期報告書及び四半期(連結)財務諸表関係の規定が削除されている。 このため、次の内閣府令を廃止し、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」及び「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」において、従前の四半期財務諸表を「第一種中間財務諸表」、従前の中間財務諸表を「第二種中間財務諸表」として中間財務諸表の作成方法等を含めて規定する。 2 第一種中間財務諸表と第二種中間財務諸表 前述のとおり、財務諸表等規則及び連結財務諸表規則において、従前の四半期財務諸表を「第一種中間財務諸表」、従前の中間財務諸表を「第二種中間財務諸表」として中間財務諸表の作成方法等を含めて規定する。 財務諸表等規則は次の構成となっている。 財務諸表等規則は、この規則において「連結財務諸表」、「第一種中間連結財務諸表」又は「第二種中間連結財務諸表」とは、それぞれ連結財務諸表規則1条1項各号に規定する連結財務諸表、第一種中間連結財務諸表又は第二種中間連結財務諸表をいうと規定している(財務諸表等規則8条15項)。 財務諸表等規則では、第三編において、第一種中間財務諸表に関する規定が設けられている。 例えば、第一種中間財務諸表作成の一般原則として、第一種中間財務諸表は、原則として財務諸表の作成に当たって適用される会計処理の原則及び手続に準拠して作成されなければならない(財務諸表等規則129条1項)や、「重要な後発事象の注記」として、中間貸借対照表日後、第一種中間財務諸表提出会社の当該第一種中間財務諸表に係る中間会計期間が属する事業年度(当該中間会計期間を除く)以降の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす事象が発生したときは、当該事象を注記しなければならない(財務諸表等規則137条)と規定されている。 Ⅲ 臨時報告書関係 次の事項について、臨時報告書の提出事由に追加する。 Ⅳ 施行日等 政令は2024年4月1日から施行する。 内閣府令等及び告示は、ガイドライン等と併せて、2024年4月1日から施行・適用する。 中間財務諸表等規則ガイドライン及び四半期財務諸表等規則ガイドラインは、財務諸表等規則ガイドラインへの統合により、2024年4月1日をもって廃止する(連結も同様)。 経過措置に注意する。 なお、金融庁の「令和5年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等に対するパブリックコメントの結果等について」では、次の「各決算期における適用時期(四半期報告書提出会社)」が掲載されている。 (金融庁ホームページより抜粋) (了)
《速報解説》 金融庁、四半期開示の見直しに伴う 監査人のレビューに係る必要な対応を示した意見書を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年3月12日付けで(ホームページ掲載日は2024年3月27日)、企業会計審議会は、「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂に係る意見書」及び「監査に関する品質管理基準の改訂に係る意見書」を公表した。 これにより、2023年12月21日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメントの概要及びコメントに対する考え方も公表されている。 令和5年11月29日に、「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(法律第79号)が公布され、四半期開示義務を廃止する金融商品取引法の改正に伴い、関係法令において、改正後の金融商品取引法における中間財務諸表に対するレビューなどに関する所要の規定の整備を行うこととされている。 意見書は、当該改正に対応し、四半期開示の見直しに伴う監査人のレビューに係る必要な対応を行うものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 概要 四半期レビュー基準について、改正後の金融商品取引法における中間財務諸表に対するレビューに加えて、一本化後の四半期決算短信におけるレビューも含め、年度の財務諸表の監査を実施する監査人が行う期中レビューのすべてに共通するものとして改訂する。 次の改訂である。 2 実施基準の改訂 期中レビューの実施に当たっては、準拠性に関する結論の表明の場合であっても、適正性に関する結論の表明の場合と同様に、期中レビュー手続を実施し、結論の表明の基礎となる証拠を得なければならないことから、「第二 実施基準」が当然に適用されることになる。 また、特別目的の期中財務諸表には多種多様な期中財務諸表が想定されることから、「第二 実施基準」において、監査人は、特別目的の期中財務諸表の期中レビューを行うに当たり、当該期中財務諸表の作成の基準が受入可能かどうかについて十分な検討を行わなければならないことを明確にしている。 3 報告基準の改訂 「第一 期中レビューの目的」において、「適正性に関する結論」に加えて「準拠性に関する結論」にかかる記述を付記したことを踏まえ、「第三 報告基準」において、期中レビュー報告書において記載すべき事項を明確にしている。 「準拠性に関する結論」を表明するに当たって、監査人は、経営者が採用した会計方針が、会計の基準に準拠して継続的に適用されているかどうか、期中財務諸表が表示のルールに準拠しているかどうかについて形式的に確認するだけではなく、当該会計方針の選択及び適用方法が適切であるかどうかについて、会計事象や取引の実態に照らして判断しなければならないことにも留意が必要である。 4 不正リスク対応基準との関係 期中レビューについては、年度監査と同様の合理的保証を得ることを目的としているものではないことから、不正リスク対応基準は期中レビューには適用されない。 なお、期中レビューの過程において、期中財務諸表に不正リスク対応基準に規定している不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況を識別した場合等には、監査人は、必要に応じて、期中レビュー基準に従って、追加的手続を実施することになる。 5 「監査に関する品質管理基準」の改訂 「四半期レビュー基準」の「期中レビュー基準」への改訂に伴い、品質管理基準の一部の改訂を行って、期中レビューについて品質管理基準が準用されるように改める。 Ⅲ 実施時期等 次のことが記載されている。 なお、金融庁の「令和5年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等に対するパブリックコメントの結果等について」では、次の「各決算期における適用時期(四半期報告書提出会社)」が掲載されている。 (金融庁ホームページより抜粋) (了)
2024年3月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.562を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第36回】 「錯誤に基づく租税負担選択権の行使と通常の更正の請求の許容性」 -歯科医師概算経費控除「錯誤」事件・最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁の意義と射程- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 納税者が提出した納税申告書に係る課税標準等又は税額等の記載の中に、納税者に不利な一定の過誤(税通23条1項1号~3号参照。以下「過誤要件」という)が存在する場合、納税者は納税申告等の過誤是正措置としての更正の請求をすることができる。この場合において、納税者が法定申告期限から5年以内に過誤要件の充足に気がついたときに行うことができる更正の請求(税通23条1項)を通常の更正の請求といい、法定申告期限から5年を経過した日以後に過誤要件の充足に気がついたときに、一定のいわゆる後発的理由(同条2項1号~3号)の発生を理由としてのみ行うことができる更正の請求(同項)を特別の更正の請求という(この用語法について拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【133】~【135】参照)。 今回は、税法が概算経費控除の特例・税額控除等の定めにおいて納税者に租税負担選択権を認めている場合において、納税者がその選択権を錯誤に基づいて行使したとき、過誤要件が充足されたとして通常の更正の請求が許容されるかどうかという問題を検討することにする。 この問題の検討に当たっては、とりわけ、歯科医師概算経費控除「錯誤」事件(以下「本件」という)・最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁(以下「本判決」という)が、重要かつ有益な手がかりを与えてくれるように思われる。本判決は、医師優遇税制(税特措26条)における社会保険診療報酬に係る概算経費(同条1項)を納税者が錯誤に基づき選択(同条3項参照)した場合において、修正申告によるその選択の撤回を認めたものであるが、結論を先取りしていえば、本判決の考え方は基本的には通常の更正の請求についても妥当すると考えるところである(前掲拙著【134】参照)。そこで、同様の場合における通常の更正の請求の許容性の問題に立ち入る前に、まず、本判決の判断内容からみておくことにしよう。 Ⅱ 本判決の判断内容 本判決の判断内容をみる際、その判示を以下のとおり大きく3つの部分に分けて整理しておくのが適当であろう。 本判決は、まず、次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示①」という)、概算経費選択を「意思表示」と性格づけた上で、実額経費(所税27条2項、37条1項)及び概算経費がいずれも「国税に関する法律の規定に基づく社会保険診療報酬の必要経費」すなわち適法な必要経費となることを認め、最判昭和62年11月10日裁判集民事152号155頁(以下「昭和62年最判」という)を参照している。 本判決は、これに続けて次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示②」という)、本件における概算経費選択の意思表示が「錯誤」に基づくものであることを認めた。 本判決は、以上の判断を踏まえた上で、本件における修正申告の許容性について次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示③」という)、納税申告の過誤是正措置としての修正申告の要件を充たす限りにおいては、錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を修正申告によって「撤回」することを認め、社会保険診療報酬に係る必要経費を実額で計上することができると判断した。 Ⅲ 錯誤に基づく租税負担選択権の行使と通常の更正の請求の許容性 1 租税負担選択権規定の構造と選択の法的性格 租税特別措置法26条1項は、医師又は歯科医師の社会保険診療報酬に係る事業所得の金額(所税27条2項)の計算上必要経費として実額経費(同37条1項)に代えて(税特措26条3項参照)概算経費を控除することを定めているが、当然のことながら、必要経費として実額経費を控除するか又は概算経費を控除するかで事業所得に対する所得税の負担が異なることになることから、この規定も租税負担選択権を定める規定(以下「租税負担選択権規定」ないし単に「選択権規定」という)である。 上記の概算経費の選択は原則として確定申告書にその旨を記載することによって行われることとされている(税特措26条3項・4項参照)ことからすると、租税特別措置法26条1項という選択権規定は、納税義務の確定手続そのものではないにしてもこれに関連する手続を定める規定であることは確かである。ただ、上記の概算経費の選択は実額経費の場合とは異なる所得税の負担をもたらすことからすると、上記の選択権規定は、納税義務の内容を定める課税要件規定としての性格をも併有することもまた確かである。 以上のことは租税特別措置法26条1項についてだけでなく租税負担選択権規定一般についていえることである。このことに着目して、筆者は従来から選択権規定を「課税要件法に組み込まれた手続法」として性格づけ(前掲拙著【48】参照)、その構造について次の理解(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)736-737頁[初出・1991年])を示してきた。 本判決判示①で示された考え方は、選択権規定の構造に関する上記のような理解を前提にして成り立つものであると考えられる。というのも、概算経費選択を「意思表示」と性格づけるのは、社会保険診療報酬の必要経費に係る選択権の行使について、その行使の動機に導かれ異なる法律効果(異なる額の必要経費控除)の発生を欲する意思すなわち効果意思、及びこれを確定申告書への記載という表示行為に媒介する意思すなわち表示意思を観念することができるからである。また、実額経費及び概算経費がいずれも適法な必要経費となることを認めるのは、租税特別措置法26条1項という選択権規定によれば、社会保険診療報酬の必要経費に該当する一定の支出という課税要件事実に対する、必要経費控除という法律効果の付与(税法的評価)への決定参与権が納税義務者に与えられており、その行使が法定の手続的規制に従って行われる限り、異なる法律効果(異なる額の必要経費控除)の付与(税法的評価)のいずれもが適法とされているからである。 本判決判示①は、後者の点すなわち実額経費及び概算経費がいずれも適法な必要経費となることを認める点については、昭和62年最判を参照しているが、前者の点すなわち概算経費選択を「意思表示」と性格づける点についても、その性格づけは昭和62年最判と同じく意思主義に基づくものと解される(前掲拙著『税法創造論』139-141頁[初出・2021年]参照)。というのも、昭和62年最判も「措置法の右規定[=26条1項]は、確定申告書に同条項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には、適用しないとされているから(同法26条3項)、同条項の規定を適用して概算による経費控除の方法によつて所得を計算するか、あるいは同条項の規定を適用せずに実額計算の方法によるかは、専ら確定申告時における納税者の自由な選択に委ねられているということができる」(下線筆者)と判示し、概算経費選択を納税者の「自由な選択」と捉えているが、これは自由意思による選択を意味するものと解されるからである。 前記の意思主義については、「納税義務者の意思を重視しなければならないという要請」(藤岡祐治「判批」法協130巻9号(2013年)2081頁、2096頁)といってもよいが、そもそも、「近代法の構造というのは、すべて個人の意思を中心に構成されている」(伊藤正己『近代法の常識〔第3版〕』(有信堂・1992年)163頁)ところ、「近代法の個人主義的性格を示すものであり、窮極的には個人の意思に法規範の根拠を求めるもの」(石井金一郎『近代法入門』(法律文化社・1963年)19頁)として、近代法の基本原理を構成すると考えるところである。現代の法も近代法を基礎とする以上、税法も法理論上は近代法の基本原理から自由ではあり得ない。 そうすると、租税特別措置法26条の選択権規定は、意思主義に基づき概算経費選択を納税者の「自由な選択」(昭和62年最判)ないし「意思表示」(本判決)に委ねつつ、その表示行為を確定申告書への記載(同条3項)に限定し、もって意思主義に対して手続的規制を加えることを定めた「課税要件法に組み込まれた手続法」規定であるといえよう。 2 租税負担選択権の行使に係る「錯誤」の態様と法律効果 以上のように考えてくると、本判決判示②が本件における概算経費選択の意思表示について「錯誤」を問題にしたのは、意思主義の観点からは論理的に自然な流れであるといえよう。この点を昭和62年最判についてみると、その原判決・仙台高判昭和59年11月12日訟月31巻7号1686頁は、正当にも、次のとおり判示した(下線筆者)。 もっとも、昭和62年最判は、当該事案における概算経費選択について「錯誤」を問題とすることなく、通常の更正の請求に係る過誤要件(税通23条1項1号)該当性のみを判断した。つまり、昭和62年最判は、その原判決が上記のとおり「錯誤」として問題にしたこと、すなわち、「同条による租税優遇措置を受けようとしてこれを選択したことが、逆に本来の収支計算の方法による場合よりも税額を過大ならしめた」ことを、「錯誤」として問題にしなかったのである。そのようなことは、収支決算に基づき算定された実額経費との比較をせずに概算経費を選択したがために生じた結果であるから、概算経費選択の意思を形成する段階における錯誤という意味では動機の錯誤に属するといえるにしても、単なる見込み違いにすぎず、意思主義の観点からみて特に問題にすべきことではないと考えられるので、昭和62年最判の判断は妥当である。 これに対して、本判決判示②が本件における概算経費選択の意思表示について問題にした「錯誤」は、昭和62年最判の場合とは異なり、収支決算に基づき算定された実額経費との比較を行いながらも実額経費の計算を誤ったがために陥った錯誤(本件の控訴審・福岡高判昭和63年6月29日民集44巻4号664頁の表現を借りれば「選択の判断資料とすべき実際に要した経費の算出過程における計算誤りに縁由する錯誤」)であるが、ただ、動機の錯誤に属するものであるという点では、昭和62年最判の場合と同じである。しかし、同じく動機の錯誤に属するとはいっても、本件における「錯誤」については、本判決判示②が「本件記録によれば、右の誤りは本件確定申告書に添付された書類上明らかである。」と説示していることからして、その「錯誤」は、実額経費の計算の誤りという概算経費選択の動機に属する事由がその意思表示の内容として確定申告書への記載という形で表示されているような錯誤であるといえよう。 本判決の調査官解説も、「本件確定申告における必要経費の計算」の「誤り(錯誤)」について、「厳密に分析していえば、自由診療収入分の必要経費については金額という要素の錯誤があり、社会保険診療報酬分の必要経費については実額経費と概算経費との選択に関する動機の錯誤があって、後者の錯誤は前者の錯誤と密接に関連しており、右各錯誤は確定申告書の添付書類上明らかであるということになろうか。」(上田豊三「判解」最判解民事篇(平成2年度)182頁、194頁。下線筆者)と述べている。 本件における「錯誤」を以上のように捉えると、本判決判示②は、本件当時の民法95条に関する民法判例、すなわち、「意思表示をなすについての動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手方に表示した場合でない限り法律行為の要素とはならないものと解するを相当とする。」(最判昭和29年11月26日民集8巻11号2087頁)という考え方に準拠して、本件における「錯誤」を租税特別措置法26条という選択権規定の適用上いわば「概算経費選択の要素の錯誤」とみた上で、当時の民法95条が定めていた錯誤無効に準じて、これに基づく概算経費選択には必要経費控除という法律効果が当初から発生していなかったものとして取り扱う旨の判断を示したものと解することができる。また、そのような法律効果の取扱いを本判決判示③は「概算経費選択の意思表示の撤回」と称したものと解される(前掲拙著『税法創造論』782-783頁[初出・1991年]参照)。 そもそも、必要経費控除は所得税の課税標準の計算上の措置であるから、必要経費控除という法律効果は、所得税に係る課税要件法上の法律効果である。これが概算経費選択の当初から発生していなかったものとして取り扱われると(概算経費選択の意思表示が撤回されると)、概算経費を必要経費として控除して所得税の課税標準を計算することは、当初からできなかったことになる。その結果、当初そのような計算に基づき行われた確定申告は、課税要件法上誤ったもの(課税要件法上の過誤)となる。 この場合において、❶課税要件法上の過誤によって当初の確定申告が、その申告税額に「不足額があるとき」(税通19条1項1号)に該当すること(過少申告)になったときは、修正申告の要件が充たされることになる。このことは本判決判示③で判示されているところである。 これに対して、❷課税要件法上の過誤によって当初の確定申告が、その申告税額が「過大であるとき」(税通23条1項1号)に該当すること(過大申告)になったときは、通常の更正の請求の要件が充たされる場合がある。その場合としては、過大申告の原因となる事由がⓐ「当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと」(税通23条1項1号)又はⓑ「当該計算に誤りがあつたこと」(同)のいずれかである場合が定められている。概算経費選択の意思表示の撤回は、概算経費選択について必要経費控除という法律効果が当初から発生していなかったものとして取り扱うことであるから、概算経費を必要経費として控除して計算した所得税の課税標準は所得税法の規定に従っていなかったことに帰結する。したがって、本件における錯誤に基づく概算経費選択の意思表示の撤回は、上記のⓐの事由に該当することになる。 本件は修正申告の事案であるから、本判決の射程は前記❶に限定され前記❷には及ばないが、ただ、これまで述べてきたように、本判決が「課税要件法に組み込まれた手続法」という選択権規定の構造(前記1参照)を前提にして「概算経費選択の意思表示の撤回」を認めたと解することができる以上、本判決の考え方の射程は実質的には前記❷にも及ぶと考えるところである。 いずれにせよ、前記Ⅰで今回の検討対象として述べた問題、すなわち、納税者が租税負担選択権を錯誤に基づいて行使したとき、過誤要件が充足されたとして通常の更正の請求が許容されるかどうかという問題については、これを肯定することができると考えるところである。 なお、筆者の以上のような考え方は、一見すると、修正申告の要件と通常の更正の請求の要件との違いを無視ないし軽視するものであるかのように思われるかもしれないが、両要件の法律構成の違いに照らして考えてみると、そのようなものでないことは明らかである。すなわち、国税通則法は修正申告の要件については、当初申告税額に係る「不足額」にのみ着目し、その原因となる事由の内容・態様等を問わない、いわば「総額主義的構成」を採用しているのに対して、通常の更正の請求の要件については、当初申告税額の「過大」さだけでなくその原因となる事由にも着目する、いわば「争点主義的構成」を採用しているが、両要件の法律構成のこのような違いに照らして考えてみると、修正申告の要件が過少申告の原因となる事由の内容・態様等を問わない以上、前記のⓐ又はⓑの事由が過少申告の原因となっている場合にも、当然のこととして、修正申告の要件が充たされるのであるから、前記のⓐに該当する「概算経費選択の意思表示の撤回」があれば、それによって当初税額と比べて納付すべき税額が増加することになるときは、修正申告の要件が充たされ、他方、それによって当初税額と比べて納付すべき税額が減少することになるときは、通常の更正の請求の要件が充たされるのである。 Ⅳ おわりに 今回は、通常の更正の請求の許容性の問題を錯誤に基づく租税負担選択権の行使について検討したが、その検討を通じて、その問題の判断について意思主義が重要な意味をもつことを明らかにした。 このことは、選択権規定の適用に当たって選択の意思表示の解釈を必要とする場合があることを予想させるが、実際に、そのような場合における通常の更正の請求の許容性の問題について、最判平成21年7月10日民集63巻6号1062頁(以下「平成21年最判」という)は次のとおり判示し、それを肯定する判断を示した(下線筆者)。 平成21年最判は、上記のとおり、法人税に係る所得税額控除(法税68条1項)の選択(同条3項[現行4項])の前提となる計算の誤りについて、「所有株式数の記載を誤ったことに起因する単純な誤りである」こと及び「別の理由により選択した結果であることをうかがわせる事情もない」ことという事実を重視して、その選択の意思を「誤って過少に記載した金額に限って同制度の適用を受ける意思」ではなく「その所有する株式の全銘柄に係る所得税額の全部を対象として、法令に基づき正当に計算される金額につき、所得税額控除制度の適用を受けることを選択する意思」と解釈し認定した。 このような意思表示の解釈は、個々の選択に係る事実に即して客観的に行われており、その意味で民法における意思表示の解釈(差し当たり山本敬三『民法講義Ⅰ 総則〔第3版〕』(有斐閣・2011年)134頁以下参照)と比べて特に異なる考慮に基づくものとは考えられない。それゆえ、平成21年最判は、本判決と基本的には同じく意思主義に基づく判断を示したものと解される(前掲拙著『税法創造論』142-143頁[初出・2021年]参照)。 平成21年最判の調査官解説は、「本判決[=平成21年最判]は、納税者が配当等に係る所得金額の全部を対象として所得税額控除制度の適用を選択する意思があったことが確定申告書の記載からも見て取れるという事案に関するものであるから、申告時における選択を申告後に変更するという事案(前掲最三小判昭和62・11・10[=昭和62年最判]等)とは異なるものと解される(・・・・・・)。」(鎌野真敬「判解」最判解民事篇(平成21年度)(下)516頁、526頁。下線筆者)と述べているが、この解説も、平成21年最判が選択の「意思」を基準にして過誤要件の充足を認めたものであり、したがって、意思主義に基づくものであるとの理解を示したものと解される。 最後に今回の検討をまとめると、選択権規定の適用に当たっては、選択の「意思」を基準にして納税申告等の過誤是正措置(修正申告と更正の請求)の適用を判断するのが判例の立場であるといってよかろう。 (了)
〈令和5年度改正及び改正通達を踏まえた〉 生前贈与加算・相続時精算課税制度のポイント 【第4回】 (最終回) 「暦年課税・相続時精算課税の比較シミュレーション」 太陽グラントソントン税理士法人 パートナー 税理士 佐藤 達夫 1 暦年課税・相続時精算課税の制度比較 本連載の【第1回】~【第3回】において確認した、令和6年以降における暦年課税と相続時精算課税の制度の概要をまとめると、次のとおりとなる。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 贈与年の1月1日現在の年齢 暦年課税又は相続時精算課税のいずれかを選択する場合の実務上のポイントは、次のとおりと考えられる。 2 暦年課税・相続時精算課税の比較シミュレーション 次のケース1~ケース3について比較シミュレーションを行い、暦年課税・相続時精算課税を適用した場合の有利不利を検証する。 〇基本情報 〇シミュレーション ケース1:父の現在の財産が100,000千円の場合 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 暦年課税の場合は、直近4年分の贈与財産(令和10年から令和13年分)から1,000千円を控除した残額を相続財産へ加算しており、贈与税額は相続開始前7年分の贈与税額を控除している。また、相続時精算課税の場合は、令和6年から令和15年分の贈与額は、11,000千円(1,100千円×10年)を控除した残額を相続財産へ加算している(以降のケースも同様)。 ケース2:父の現在の財産が200,000千円の場合 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ケース3:父の現在の財産が300,000千円の場合 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ◆まとめ◆ ケース1のように被相続人の財産が1億円程度である場合には、相続時精算課税を選択するほうが、相続時に毎年110万円を控除することができるため有利になる。一方、被相続人の財産が2億円を超え、長期間にわたり贈与を行える場合には、暦年課税を選択し、相続税の限界税率を下回る贈与税の実効税率により贈与したほうが有利になる。 実行にあたっては、被相続人や相続人の家族構成、財産の多寡、年齢、健康状態などを考慮し、一定期間経過ごとに、贈与の効果や今後の進め方の見直しを図ることが必要となる。一方、相談を受ける税理士側としては、長い期間にわたる贈与は試算通りにいかないこともあるということを依頼者や、その家族に認識してもらい、後のトラブルに備えることも必要である。 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例132(贈与税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税(措法70の2) 平成27年1月1日から令和8年12月31日までの間に、直系尊属から一定の住宅用家屋の新築又は取得等のための金銭の贈与を受け、贈与年の翌年3月15日までに住宅用家屋の新築又は取得等をして同日までに居住の用に供し、又はその後遅滞なく居住の用に供することが確実であると見込まれる場合で、同年12月31日までに居住の用に供し、一定要件を満たす場合には、贈与を受けた金銭のうち以下の金額までは贈与税が非課税となる。 なお、この特例の適用を受けるためには、一定の書類を添付した期限内申告書の提出が必要であり、贈与を受けた年の合計所得金額が2,000万円以下でなければならない。 ◆合計所得金額 次の①と②の合計額に、退職所得金額、山林所得金額を加算した金額。 (注) 申告分離課税の所得がある場合には、それらの所得金額(長(短)期譲渡所得については特別控除前の金額)の合計額を加算した金額 〈参考〉 ・総所得金額 次の①と②を合計した金額(純損失・雑損失の繰越控除適用後)。 ① 事業所得、不動産所得、給与所得、総合課税の利子所得・配当所得・短期譲渡所得及び雑所得の合計額(損益通算後の金額) ② 総合課税の長期譲渡所得と一時所得の合計額(損益通算後の金額)の2分の1の金額 ・総所得金額等 次の①と②の合計額に、退職所得金額、山林所得金額を加算した金額。 (注) 申告分離課税の所得がある場合には、それらの所得金額(長(短)期譲渡所得については特別控除前の金額)の合計額を加算した金額 ① 事業所得、不動産所得、給与所得、総合課税の利子所得・配当所得・短期譲渡所得及び雑所得の合計額(損益通算後の金額) ② 総合課税の長期譲渡所得と一時所得の合計額(損益通算後の金額)の2分の1の金額。ただし、次のイからへの繰越控除を受けている場合は、その適用後の金額 イ 純損失や雑損失の繰越控除 ロ 居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除 ハ 特定居住用財産の譲渡損失の繰越控除 二 上場株式等に係る譲渡損失の繰越控除 ホ 特定中小会社が発行した株式に係る譲渡損失の繰越控除 へ 先物取引の差金等決済に係る損失の繰越控除 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第35回】 「自宅の庭園設備は経済的価値があるとして財産評価基本通達に基づいた評価額が認められた事例」 税理士 菅野 真美 ▷庭園設備 相続税の申告の際、評価で悩むものの1つとして庭園設備がある。庭園設備の評価は、財産評価基本通達92の(3)によると以下のとおりとなる。 庭園設備は家屋ではない。耐用年数省令別表第一によると貸付業用以外の植物は、器具及び備品の生物として15年、緑化施設及び庭園のうち、その他の緑化施設及び庭園(工場緑化施設に含まれるものを除く)は、構築物として20年の耐用年数であるから、所得税や法人税においては、有形固定資産として減価償却の対象となる。 他方、相続税においては、「財産評価に際しその原価の額を見積もるのは実務上困難であるので、調達価額に基づいて評価することとしている。」(※1)とされている。 (※1) 松田貴司編『財産評価基本通達逐条解説(令和5年版)』(大蔵財務協会、2023年)、456頁 この調達価額は、「例えば、庭石については、庭石商の店頭価額ではなく、課税時期において存する庭先への搬入費、据付費等をも含めた価額によるものである。」(※2)と解釈されている。 (※2) 松田・前掲(※1)書、456頁 実際に相続税の申告の際、庭園設備まで評価する事例はごく稀であり、税理士もそのようなケースに遭遇した場合、どのように評価すればよいのか悩むことが多い。 そこで今回は、自宅の庭園設備を財産評価基本通達に基づいて評価すべきかについて審査請求が行われた事案について検討する。 ▷どのような事案か これは、平成30年の相続により、相続人の子2名が宅地を相続したが、この宅地は、居住用家屋の敷地のほか庭園の用地として利用されていた。この庭園の庭園設備について相続税の課税対象から外して申告したところ、当局から更正処分等を受けたため、処分に不服な相続人(納税者)が審査請求をしたのが本事案である。 課税庁は処分において庭園設備の価額を一般財団法人Mが国税局に提出した調査報告書に基づき認定した調達価額の70%で評価した(裁決書では調達価額の具体的な数値は伏せられているものの、桁数から数千万円と考えられる)。 なお、被相続人が生前に提出した収用に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例の適用を受けるための所得税の修正申告書には、旧居宅敷地に存する立木に対する補償金や立木の内訳として旧宅の立木を移築した際の移築費用も記載されていた。 ▷争点と納税者及び課税庁の主張 争点は、相続税の課税価格に算入される価額は、通達の定めによるべきか否かである。 納税者は、次のような理由から、相続税法22条に規定する時価もないため庭園設備の評価額は0円であると主張した。 課税庁は、次のような理由から財産評価基本通達(客観性の高い報告書に基づき調達価額の100分の70に相当する価額)に基づいて評価すべきと主張した。 ▷審判所の判断は 審判所は主に次のように述べて、納税者の審査請求は理由がないとして棄却した。 * * * なぜ上記事案において課税庁は、一般財団法人Mに調査報告書を依頼して庭園設備として評価するような課税処分を行ったのだろうか。 個人宅の庭園を見て価値があると判断し、調査報告書に基づき更正処分まで行うためには、調査担当官に相当な鑑識眼が求められる。 おそらく、過去の所得税の申告による立木の補償金や移築費用の記録が課税庁側に残っていることから、ある程度の資産価値があると見込まれたにもかかわらず、庭園設備の評価を0円とし相続税の課税対象から外して申告したことが問題となったのではないだろうか。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第39回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 11 詐欺・盗難等による暗号資産の損失①(譲渡原価等と現金類似の取扱い) 個人が詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合にはどうなるか。 法人と異なり、個人は所得稼得活動のみならず消費活動も行っている。そのため、ひとくちに損失といっても、所得稼得活動とは関係のないものや関連性が低いものも存在する。このようなことから、所得税法において必要経費に算入される損失の範囲や金額は、基本的には、必要経費の通則的規定である37条ではなく、51条に限定的に定められている。 所得税法51条は37条以外で必要経費の算入を認める規定であり、具体的には、次の4つの損失を掲げている。 上記①の対象となる資産は、「居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるもの」であり、これを受けて政令では「不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に係る繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分」と定められている(所法51①、所令140)。 上記②の損失は、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失であり、政令では次の事由が定められている(所法51②、所令141)。 このように、事業用の固定資産や繰延資産に係る損失は所得税法51条1項で、債権に係る損失については同条2項で、それぞれ必要経費算入の道が確保されている。 他方で、事業用の現金については、棚卸資産(所法2①十六)にも固定資産(所法2①十八)にも該当しないため、盗難、横領、レジ誤差等による損失を事業所得の計算上必要経費に算入できるかどうかが明らかではないという問題がある。 このような場合の現金の損失は、所得税法72条の要件を満たす場合に所得控除たる雑損控除の対象となるにとどまり、事業所得の必要経費には算入されないと解することになりそうであるが、それは結論として妥当かという問題がある。 例えば、従業員が配達用のトラック、その中にある商品と集金した現金を持ち逃げした場合には、事業主の事業所得の計算上、トラックは損失、商品(棚卸資産)は期末評価を通じて原価として必要経費に算入される一方(上記①に係る損失の発生事由は限定的に解釈されるべきではない点に留意。所法37①、47、51①、所令99等(※))、現金についてはその範囲から除かれるという不均衡が生じる(佐藤英明「個人事業主が犯罪によって受けた損失の扱い」税務事例研究97号33~34頁参照)。 (※) 参考として、所得税法施行令104条は、棚卸資産につき、著しい陳腐化、災害による著しい損傷、その他これらに準ずる特別の事実が生じた場合には、その事実の生じた日の属する年以後の各年におけるその資産の評価額の計算については、その年12月31日におけるその資産の価額をもって、取得価額とすることができると定めており、棚卸資産の取得価額の評価減を認めている。 現金に係る損失が所得税法51条に定められていない理由として、個人には事業に属する預貯金とか有価証券とかの金融資産という観念がない、観念的にはあるとしても、家計用の金融資産との区別は不可能で、この51条ではその存在を予定していないと説明されている(大島隆夫=西野襄一『所得税法の考え方・読み方〔第2版〕』(税務経理協会、1988)345頁参照)。 もっとも、課税実務上は、事業に直接関係する資産の損失はその事業の所得のカテゴリーの中で処理すべきであり、事業用の現金について生じた損失が所得税法51条の規定に該当しないからといって、その損失の必要経費算入がまったく認められないことになるとも解されないことから、客観的にみて事業用の現金について受けた損失であることが明らかである場合には必要経費に算入することとして取り扱われているようである(小田満『所得税重要項目詳解〔新訂版〕』(大蔵財務協会、2018)327頁参照)。 〈従業員が配達用トラックを持ち逃げした場合の事業主における損失の取扱い〉 個人が詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の当該暗号資産に係る損失について、国税庁の見解は明らかではないものの、以上の議論を踏まえて、次のような疑問を提起することが可能である。 なお、暗号資産に係る損失を、上記④の「不動産又は雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産の損失」として必要経費に算入することが認められるかどうかについては、次回、検討する。 (了)