〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第34回】 「外国関係会社の課税対象金額の意義」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国子会社合算税制において、内国法人の所得の金額の計算上益金に算入される外国関係会社の課税対象金額は、平成17年度の税制改正において、その内国法人が有する請求権の内容を勘案した数又は金額を用いて算定されるとされ、いわゆる持株基準割合から、利益持分割合に応じて合算されることとなりましたが、その改正の趣旨はどのようなものでしょうか。 〔A〕 請求権の異なる株式等を発行することにより、特定外国関係会社等の利益のうち持株割合を超える割合を内国法人に帰属させるような事態について、株式等の請求権の内容を勘案することによって対処しようとしたものであり、内国法人が特定外国関係会社等から実際に受領できる配当等の金額に相当する金額と課税対象金額との接近を指向するものとされます。 ●●●〔解説〕●●● 1 請求権等勘案合算割合 (1) 概要 外国子会社合算税制において、内国法人の所得の金額の計算上益金に算入される課税対象金額は、特定外国関係会社又は対象外国関係会社(特定外国関係会社等)の適用対象金額のうち、その内国法人が直接及び間接に有するその特定外国関係会社等の株式等の数又は金額につきその請求権の内容を勘案した数又は金額並びにその内国法人と特定外国関係会社等との間の実質支配関係の状況を勘案して計算した金額に相当する金額とされる(措法66の6①)。ここでいう「請求権」とは、その外国関係会社の剰余金の配当等を請求する権利を指し、また、「実質支配関係」とは、居住者又は内国法人が外国法人の残余財産のおおむね全部を請求する権利を有している場合における、その居住者又は内国法人と外国法人との間の関係等をいう(措法66の6②五、措令39の16①)。すなわち、課税対象金額は、特定外国関係会社等の各事業年度の適用対象金額に、当該各事業年度終了の時におけるその内国法人の当該特定外国関係会社等に係る請求権等勘案合算割合を乗じて算定される(措令39の14①)。 請求権等を勘案して合算割合を算定するという考え方は、平成17年度の税制改正において導入され、いわゆるアンダーインクルージョン(※1)に対抗するため、特定外国関係会社等が請求権の異なる株式等を発行している場合には、内国法人が外国関係会社から実際に受領できる配当等の金額に相当する金額を基に計算することとされた(※2)。 (※1) 本来課税すべき所得が課税されないことをアンダーインクルージョンといい、反対に、本来課税すべきでない所得が課税されることをオーバーインクルージョンという。 (※2) 財務省「平成17年度税制改正の解説」302頁 (2) 具体的な算定方法 請求権等勘案合算割合は、次の区分に応じ、それぞれに定める割合として求められる(措令39の14②一)。ただし、次の①及び③のいずれにも該当する場合には、①と③の割合の合計額とされる。 (※3) 居住者又は内国法人との間に実質支配関係がある外国法人をいう。 以下では、請求権等勘案合算割合を用いて算定される課税対象金額の存否について争われたみずほ銀行事件を検討する。 2 過去の裁判例 《みずほ銀行事件》 (※4) (※4) (第一審) 東京地裁令和3年3月16日判決(平成31年(行ウ)第42号)・TAINSコード:Z271-13543 (控訴審) 東京高裁令和4年3月10日判決(令和3年(行コ)第96号)(認容・却下、上告受理申立て)・TAINSコード:Z888-2445 (1) 事案の概要 本件は、銀行業を営む内国法人X(原告・控訴人)が、英領ケイマン諸島に資金調達のため設立した2つの特別目的会社(MHCB及びMHBK。以下「本件各子SPC」という)について、所轄税務署長Y(被告・被控訴人)から、特定外国子会社等として合算課税の対象となるとして処分を受けたため、Xがこれを不服として、本件各処分等のうち申告額を超える部分等の取消しを求めた事案である。 Xの行った資金調達スキームは、銀行法上の自己資本比率規制に対応するものであり、それ自体は租税回避を意図したものではなく、本件各子SPCにおいて劣後ローンに基づく利息収入が生じるものの、それを原資として第三者の投資家に対して優先出資証券に基づく配当が行われるため、本件各子SPCに留保される利益はなかった。本件各子SPCは、普通株式を発行(Xが100%保有)するとともに上記資金調達スキームに関し、優先出資証券を発行(引受会社は第三者から資金を調達したXのグループ会社)しており、「請求権の異なる株式等を発行している場合」(当時の措令39の16②一)に該当し、また、その事業年度中にSPC所得の金額を上回る金額が優先出資証券に基づいて配当され、本件各子SPCの事業年度終了前に優先発行証券がすべて償還されてしまっていたことから、Xの請求権勘案保有株式等の占める割合(本件保有株式等割合)は0%であり、課税対象金額は0円であると主張した。 一方Yは、上記施行令で株式保有割合の算定時期は事業年度終了の時と定められていたことから、事業年度終了時に発行されていたのはXが保有する普通株式のみであり、その株式保有割合は100%であってSPC所得の全額が適用対象金額となるべきと主張した。 なお、本件各子SPCの事業年度終了時において貸借対照表に計上されていた利益剰余金の金額と、Yによる更正処分によりXの適用対象金額とされた金額は以下のとおりである。 (2) 第一審の判示 本件の第一審である東京地裁は、結論として、「本件各子SPC事業年度に係る原告の本件保有株式等割合は100%であり、本件各子SPCの同事業年度に係る適用対象金額の全額が課税対象金額となり、これに相当する金額がXの本件事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入されるべきものであるから、本件各処分はいずれも適法」と判示し、また、「措置法66条の6第1項所定の要件を満たす場合には、同条3項所定の適用除外要件を満たす場合を除き、租税回避の目的・実態の有無や当該特定外国子会社等の所在国・地域における事業の経済的合理性の有無等にかかわらず、同条1項が適用されるというべきであり、本件においてXが主張するような、本件各子SPCを用いた本件資金調達スキームが租税回避を目的としたものでないことや、これと同様の資金調達スキームがバーゼルⅡに対応するための合理的な方法として邦銀において当時広く採用されていたことなどの事情は、仮にこれらの事情が認められるとしても、同条1項の適用の可否を左右するものではない」としてXの請求を棄却した。これを不服としてXは控訴した。 (3) 控訴審の判示 控訴審である東京高裁は、一転、以下のように判示し、Xの逆転勝訴となった ① タックス・ヘイブン対策税制の趣旨について ② 租税特別措置法施行令39条の16第1項・2項適用の是非 東京高裁は、本件各処分等につき、Yが、「措置法施行令39条の16第1項、2項の規定を形式的に適用して、本件各子SPCの適用対象金額の全額が課税対象金額としてXの本件事業年度の所得の金額の計算上益金に算入されることなどを理由として、本件各処分を行ったものである。」と述べ、以下のように判示した。 (4) 検討 本件控訴審判決は、文理解釈をことのほか重視する論者からは評判が悪く、「裁判所は文理解釈を重視して予測可能性を担保するべき」との声も上がっている(※5)と聞く。しかし、本件各子SPCの事業年度終了時の貸借対照表の株主資本の部を見れば、本件各子SPCに所得が留保されていないのは一目瞭然で、損益計算書に当期純利益(適用対象金額と同額)が計上されているからといって、それをそのまま適用対象金額として株主であるXの益金の額に算入するというのは余りに不合理であろう(※6)。 (※5) T&Amaster No.929(2022.5.2)10頁 (※6) 谷口勢津夫教授は、『税法基本講義[第7版]』(弘文堂、2021年)45頁で、「文理解釈の結果が納税者にとって著しく不当・不合理なものである場合は、裁判官は納税者に有利な解釈によってその結論を除去すべきである。というのも、納税者は直接的には自らその結果を除去する権限を持たず、裁判を受ける権利を行使して裁判所に対してその結果の除去を請求し得るにとどまるが、裁判官は裁判を受ける権利を実質化し救済を実現するためには、文理から離れた法創造によってその結果を除去し納税者の権利を救済しなければならない。租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではないという有名な判例があるが、みだりにやっては駄目だといっているだけで、みだりにではなく、正当かつ合理的な理由に基づいて規定の文言を離れて解釈することは許されるといえるだろう。」と述べている。 また、本件では、事業年度途中に株式保有割合が変動しており、「事業年度終了時」という租税特別措置法施行令の規定との間に齟齬が生じた事例といえる。そもそも制度設計時には本件のような事態は想定していなかったと思われるが、そうすると、本件救済の手段として、事業年度終了時を唯一の基準とする政令の内容が法律の委任の範囲を逸脱しているとする可能性もあったと思われる(※7)。しかし、東京高裁はそのようなロジックを採用せず(※8)、施行令を文理解釈どおりに形式的に適用することはできないというのに止まり、さらに。注意喚起として、「租税回避の目的や実態の有無という新たな要件を付加するものではない。」と判示した。 (※7) 政令委任の逸脱の是非について、一定の範囲で政令無効と判示した国際興業事件(最判令和3年3月11日)を引用し、本件についても明らかに政令委任の逸脱が認められるとして論じているものに長島弘「ケイマン諸島ダブルSPCに関するTH課税事件」月刊税務事例(Vol.54 No.4)2022年4月号53頁がある。 (※8) 木村浩之「みずほ銀行事件」T&Amaster No.926(2022.4.11)23頁は、「政令の内容そのものは上記のとおり一定の基準を定めるものとして不合理とはいえず、これを無効と判断するとその射程が広がりすぎる懸念があったことから、あくまでも本件の個別事情における判断として政令を適用することができないと判断したものと思われる。」と述べている。 なお、本件はYが上告受理申立てを行っており、最高裁による最終判断が待たれるところである。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第9回】 「その他のリース取引の会計処理(借手)」 ~中途解約した場合、少額リース資産及び短期のリース取引、オペレーティング・リース取引~ 公認会計士・税理士 喜多 弘美 前回まで、ファイナンス・リース取引の借手の会計処理について整理しました。今回は、【第7回】、【第8回】で扱わなかったファイナンス・リース取引の会計処理(中途解約した場合の会計処理、少額リース資産及び短期のリース取引の会計処理)とオペレーティング・リース取引の会計処理についてみていきます。 1 ファイナンス・リース取引を中途解約した場合の会計処理 ファイナンス・リース取引は、ファイナンス・リース取引の条件の1つにあるように「中途解約不能」のリース取引です。しかし、法的形式上は解約可能であっても、解約する場合には、相当の違約金(規定損害金)を支払わなければならない等の理由から、事実上解約不能と認められるリース取引が含まれているため、リース期間中に解約することもあります。そのため、中途解約する場合には、未経過のリース期間に係るリース料の概ね全額を、規定損害金として支払うことになります。 ファイナンス・リース取引を中途解約した場合の会計処理では、①リース資産の返却、②規定損害金の支払いの2つの処理が必要になります。以下、具体的な数字でみていきましょう。 【例】リース資産2,000万円、減価償却累計額1,600万円、リース債務800万円、規定損害金1,000万円で中途解約する場合 2 オペレーティング・リース取引の会計処理 まだファイナンス・リース取引については、少額リース資産及び短期のリース取引の会計処理が残っているのですが、その前にオペレーティング・リース取引の会計処理を把握しておく必要があるので、先に解説します。 オペレーティング・リース取引は、ファイナンス・リース取引以外の取引、すなわち、「フルペイアウト」と「中途解約不能」という2つの条件をどちらも満たさない取引です。 これは、リース物件を借りているだけの状態のため、通常の賃貸借取引に係る方法に準じて会計処理を行う(いわゆる賃貸借処理)とされており、支払ったリース料を費用処理することになります。 3 ファイナンス・リース取引の少額リース資産及び短期のリース取引の会計処理 少額リース資産及び短期のリース取引は、個々のリース資産に重要性が乏しいと認められる場合と整理されます。 前回の最後では支払利息について、所有権移転外ファイナンス・リース取引の重要性が乏しいと認められる場合の会計処理を記載しましたが、前回はリース資産総額に重要性が乏しいと認められる場合でした。今回は個々のリース資産に重要性が乏しいと認められる場合のため、状況が異なるので注意してください。 個々のリース資産に重要性が乏しいと認められる場合には、オペレーティング・リース取引の会計処理に準じて、賃貸借処理を行うことができます。個々のリース資産に重要性が乏しいと認められる場合とは、次の①~③のいずれかを満たす場合です。 具体的にみていきます。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第147回】 株式会社ビジョナリーホールディングス 「責任調査委員会調査報告書(2023年7月25日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社ビジョナリーホールディングス責任調査委員会の概要】 【株式会社ビジョナリーホールディングスの概要】 株式会社ビジョナリーホールディングス(以下「ビジョナリーHD」と略称する)は、1976年7月に設立した有限会社メガネスーパーによって全国展開していた店舗を集約化して株式会社メガネスーパーに組織変更した後、2017年11月に株式会社メガネスーパーの単独株式移転により設立された。眼鏡・コンタクトレンズの小売事業を主たる事業とする。連結子会社5社を有している。連結売上27,001百万円、経常利益464百万円、資本金184百万円。従業員数1,377名(2023年4月期連結実績)。エムスリー株式会社(報告書上の表記は「C1社」)が発行済株式の32.88%を有する筆頭株主である。本店所在地は東京都中央区。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人はPwCあらた有限責任監査法人東京事務所。なお、前任の会計監査人は、RSM清和監査法人(2021年4月期まで)。 【責任調査委員会による調査報告書の概要】 1 責任調査委員会設置の経緯 ビジョナリーHDは、2023年5月31日、第三者委員会による調査報告書を受領し、これを受けて、6月5日、2014年4月期以降におけるビジョナリーHD又はその連結子会社である株式会社VHリテールサービス(以下「VHリテールサービス」という)の取締役(監査等委員である取締役を含む。以下同じ)、監査役及び委任型又は雇用型の執行役員並びにビジョナリーHDグループの従業員(責任調査対象者)の職務執行に関して任務懈怠責任があったか否か等について適切かつ公正に判断するため、中立・公正な外部の弁護士から構成される責任調査委員会を設置した。 2 責任調査委員会による責任調査対象者 責任調査委員会は、ビジョナリーHD取締役会から、同社のステークホルダーに対する影響に鑑み、責任調査対象者のうち同社の2022年4月期の取締役、監査役又は委任型の執行役員であった、同社元代表取締役社長星﨑尚彦氏(報告書上の表記は、「h1氏」。以下「星﨑元社長」と略称する)、同社元取締役松尾拓道氏(報告書上の表記は、「h2氏」。以下「松尾元取締役」と略称する)らを含む13名に対する調査を優先して行い、その結果を報告することを要請されたことから、調査報告書においては、これらの者の調査結果を優先して報告するとしている。 3 責任調査対象者の法的責任の根拠の概要 責任調査委員会は、責任調査対象者のビジョナリーHD又はVHリテールサービスに対する法的責任の根拠のうち主要なものの概要について、次のように説明している。 (1) 取締役 取締役が、会社法又は民法上、負っている法的責任は次のとおりである。 (2) 監査役 監査役は、取締役の職務執行の監査を行う義務を負っており、その職務(監査)を遂行するにつき善管注意義務を負う。 (3) 委任型の執行役員 委任型の執行役員は、会社との間の委任契約に基づき善管注意義務を負い、かかる善管注意義務の一内容として、会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ってはならない義務や、法令を遵守してその職務を行う義務等を負う。 ただし、委任型の執行役員は、取締役とは異なり会社法上の機関ではないため、その責任の範囲についても取締役とは差異があり、委任型の執行役員は、その職務上の地位を理由に当然に自社又は子会社の他の役職員に対する監視義務や監督義務を負うものではない。 4 責任調査委員会による責任調査対象者の法的責任の認定 第三者委員会は、5月31日付調査報告書で、「不適切な事象」として、以下の6項目を列挙している。 責任調査委員会は、第三者委員会が「不適切な事象」と判断した6項目のうち、「H2社等との取引(第2)」「H4社との取引(第3)」「H3社・H5社等との取引(第4)」及び「不適切な経費支出(第7)」の4項目に加えて、「連結子会社関連問題」について、責任調査対象者個々人の法的責任に関する判断を示している。 本稿では、星﨑元社長の法的責任について、責任調査委員会がどのような結論を出したかを中心に、調査報告書を検証したい。 (1) 責任調査委員会による法的責任判断の枠組み 責任調査委員会は、責任調査対象者個々人がそれぞれの事案について、法的責任に違反しているかどうかについて、次のような文末表現を使い分けている。 (2) 星﨑元社長の法的責任 ① H2社等との取引 責任調査委員会は、第三者委員会が不適切な事象として挙げたコールセンター業務(コンタクト定期便業務を含む)を4つの行為に分割して、星﨑元社長の法的責任について判断を行った。子会社であるVHリテールサービスとH2社等との取引を、取締役会の承認を得ることなく行い、かつ、取締役会に重要な事実の報告をしていなかったこと、さらに、VHリテールサービスの財産を犠牲にしてH2社等の利益を図るものであり、子会社監督義務違反が成立する又は成立する可能性があるという結論を導いている。 ② H4社との取引 責任調査委員会は、第三者委員会が不適切な事象として挙げたVHリテールサービスとH4社との間で締結した業務委託契約に基づき、H4社に対して業務委託費が支払われていた件については、星﨑元社長がH4社の支配株主であることを前提にした場合には、この取引を、取締役会の承認を得ることなく行い、かつ、取締役会に重要な事実の報告をしていなかったことについて、利益相反取引規制の違反及び子会社監督義務の違反が成立するとしたうえで、VHリテールサービスの財産を犠牲にしてH4社の利益を図るものであるから、子会社監督義務違反が成立すること、さらに、H4社から労働者派遣の役務の提供を受けた場合には、偽装請負に該当し、労働者派遣法第24条の2に違反するため、星﨑元社長には、監視義務又は子会社監督義務違反が成立する可能性があるという結論を導いている。 ③ H3社との取引 責任調査委員会は、H3社が星﨑元社長の支配下にあることを前提に、星﨑元社長が、H3社への事業移転及び競業取引を取締役会の承認を得ることなしに行ったことについて、子会社監督義務違反が成立するとの判断を示すとともに、店舗を閉鎖する合理性がなかった店舗を事業移転の対象とし、さらに、事業移転の対価が無償であったこと、VH社グループの従業員を引き抜いたことなどは、VH社グループの財産を犠牲にしてH3社の利益を図るものであり、子会社監督義務違反が成立する可能性があるという結論を導いている。 ④ 不適切な経費支出 責任調査委員会は、第三者委員会の調査によれば、星﨑元社長による経費申請に関し、交際費について、実際の参加人数と異なる参加人数を申請するなど虚偽の申請を行っていること、また、旅費交通費について、私的な懇親会からの帰りやスポーツジムに通う際に私的に利用したタクシーの料金を申請していたことが認められ、これらの行為は、ビジョナリーHDの社内規程に違反し、会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図るものであるといえるため、星﨑元社長には、取締役としての善管注意義務及び忠実義務の違反が成立すると考えられるという判断を示している。 ⑤ 連結子会社関連問題 責任調査委員会は、第三者委員会の調査の結果、仮にH4社又はH6社がビジョナリーHDの連結子会社に該当する場合には、星﨑元社長は、H4社又はH6社が、連結子会社に該当する可能性があることを認識しながら、有価証券報告書等や連結計算書類の作成に当たり、 ビジョナリーHDの連結子会社として取り扱わなかったことは、金融商品取引法や会社法、一般に公正妥当と認められる会計規範の定めるところに従って有価証券報告書等や連結計算書類を作成し、虚偽記載等がされないようにする義務の違反が成立する可能性があると考えられるという判断を示している。 (3) その他の調査対象者の法的責任 責任調査委員会は、星﨑元社長以外の責任調査対象者12名についても、個別の事案ごとに、上記(1)で示した4段階の判断を示している。 【報告書の特徴】 前回の連載で触れたように、第三者委員会の調査は、「星組メンバー」による面談拒否や虚偽説明、「星組関係会社」による資料の提供拒否によって、十分に解明されないままに終わっている。そうした報告書を前提に、取締役・執行役員らの法的責任を判断することを委嘱された責任調査委員会は、当然のように難しい判断を強いられている。 ビジョナリーHDは、責任調査委員会の調査報告を受けて、星﨑元社長をはじめとする元取締役及び元執行役員の合計4名及び星組関係会社のうち2社を相手取って損害賠償請求訴訟の提起に至るわけだが、同社がリリースで説明しているように、今後も同社が被った様々な損害についての訴訟提起が続くことが予想され、判決が確定するまでには長い年月を要することは間違いない。東京証券取引所による「特設注意市場銘柄指定」の解除のためには、問題の全容解明が不可欠であるが、訴訟による事実の解明を待っているわけにはいかず、指定解除の見通しは厳しいものであることが予想される。 1 再発防止策の策定・元役員等に対する責任追及方針 ビジョナリーHDは、8月21日、「第三者委員会及び責任調査委員会の調査結果及び提言を受けた再発防止策の策定並びに元役員等に対する責任追及方針のお知らせ」をリリースして、同日開催の取締役会において、再発防止策と元役員に対する損害賠償請求を提起する方針であることを決議したと公表した。 (1) 再発防止策 (2) 元役員等に対する責任追及方針 ビジョナリーHD取締役会は、任務懈怠責任が認められる可能性が認定された同社の元役員及び元執行役員に対する損害賠償請求に関し、関与の度合い、訴訟における立証可能性、損害発生への寄与度、債権回収可能性などの観点から、更なる調査・分析・検討を行ってきた結果、星﨑元社長、松尾元取締役を含む7名の元取締役・執行役員に対し、責任追及訴訟を提起することによって、任務懈怠責任の有無及びその負担すべき金額について、裁判所において公的に確定することが妥当であると判断したことを公表した。 2 特別損益の計上 ビジョナリーHDは、8月29日、「特別損益の計上及び2023年4月期連結業績の前期実績値との差異に関するお知らせ」をリリースして、下記の連結業績に影響を与える特別利益と特別損失の計上を公表した。 (1) 特別利益の計上―新株予約権戻入益 特別利益として、星﨑元社長に付与していた新株予約権の失効で215百万円の新株予約権戻入益が発生し、これに従業員の退職に伴う新株予約権の失効と合わせて229百万円の新株予約権戻入益を計上した。 (2) 特別損失の計上―減損損失と特別調査費用 特別損失として、社内基幹システム老朽化に伴う減損損失583百万円、第三者委員会及び責任調査委員会による調査費用133百万円を計上した。 3 特設注意市場銘柄指定 東京証券取引所は、8月30日、「監理銘柄(確認中)の指定解除及び特設注意市場銘柄の指定について」をリリースして、ビジョナリーHD社株式を、同月31日付で、特設注意市場銘柄に指定したことを公表した。 その理由は、次のとおり説明されている。 特設注意市場銘柄指定を受けて、ビジョナリーHDは、同日、「監理銘柄(確認中)の指定解除及び特設注意市場銘柄の指定に関するお知らせ」を公表して、「今後の対応」として、任務懈怠責任が認められる可能性が認定された同社の元役員について損害賠償請求を行うことを決議したこと、第三者調査委員会及び責任調査委員会による提言等を踏まえた再発防止策を策定・実行していることなどを説明した後、「1年の改善期間を経て指定の解除が受けられるように当社グループの役職員一丸となって皆様からの信頼回復に向けて尽力してまいります」として、リリースを締め括っている。 4 損害賠償請求訴訟 さらに、ビジョナリーHDは、9月26日になって、「当社元役員等に対する損害賠償請求訴訟の提起のお知らせ」をリリースして、同日付で、星﨑元社長、松尾元取締役及び2名の元執行役員並びにH6社及びH7社を被告とした損害賠償請求訴訟を東京地方裁判所に提起したことを公表した。訴訟の内容として、「本訴訟は、上記元役員等である被告らの任務懈怠又は上記被告らの共同不法行為等により当社が被った調査費用等に関する損害について、会社法第423条第1項(筆者注:役員等の株式会社に対する損害賠償責任)、民法第709条(筆者注:不法行為による損害賠償)、第719条1項(筆者注:共同不法行為者の責任)等に基づく損害賠償請求を行うもの」であるとしたうえで、請求額は356,225,029円であると説明し、最後に、「元役員等の任務懈怠等によって当社グループが被った損害は、上記請求金額に限定されるものではなく、今後、当社グループは、上記元役員等に対し、上記訴訟の他にも損害賠償請求訴訟を提起していく予定」であることを言明している。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第42回】 「金融機関、顧問だからこそ知りうるM&Aの兆候と可能性 (買い手編)」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒企業経営の選択肢としてM&Aを検討する際のヒントを得る。 売り手企業 ⇒金融機関、顧問との関係における買い手の視点を知る。 支援機関(第三者) ⇒買い手のM&Aの意向を酌んで、助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒第三者視点による買い手のM&Aの兆候と可能性のポイントを知る。 1 買い手のM&Aの可能性 法人企業に接する第三者は、M&Aという切り口から対象企業を眺めるとき、買い手の成長のためのM&A、買い手が売り手の救い手となってほしいと願うM&Aといった観点から、いつでも潜在的な買い手候補企業に提案できるスタンスでいることが業務上大切な役割の1つだと思います。 通常、企業に接する金融機関や顧問先を有する税理士、公認会計士などは、職業特性や業務の関係から、企業の決算書を容易に入手(又は作成等を)する立場にあります。アカウンティングやファイナンスの知見を通じて、今後、対象企業の経営や財務がどのように成長していくのが望ましいかを考え、企業に新たな選択肢を提案することが求められます。 一昔前であれば、自力成長による経営拡大を目指すのがスタンダードだったと思います。しかし、近年の中小企業を取り巻く環境は、決して楽観視できません。従業員の実質賃金や所得向上の課題、為替相場、物価水準、グローバルサプライチェーン、日本の経済成長率、人手不足など様々な事情を考慮すると、自力成長による安泰は新しい産業、成長産業には当てはまるとしても、旧来型の産業、既存の事業については当てはまらない可能性が高いです。 企業のおかれた状況によりますが、選択肢としてM&Aを考えられるのであれば、新規参入、シェア拡大、規模の経済性といったメリットを活かして、M&Aによって従来のパターンと異なる成長を遂げる一手になる可能性があります。 今回は、第三者視点で、買い手となりうる候補企業のM&Aの兆候や可能性について検討するためのヒントになりうる内容を紹介します。 2 経営環境 買い手となりうる企業にとって、将来までを含めた自社の経営環境を把握するのが重要です。言い換えれば、第三者は、普段接する企業の経営環境や、企業を取り巻く環境をよく知っていることがM&Aの兆候や可能性に気づくために必要です。また、「As is To be」の観点から、現状と、将来像や理想とのギャップを埋める過程が企業成長にとって大事となります。第三者にとって、成長の過程にM&Aが必要になるかもしれないというアンテナが求められます。 一般的に経営環境を分析するときは、フレームワークが使われるケースが多く、コンサルティング会社による経営に関する提案の中でも使用されるケースがあると思います。 フレームワークとして、PEST分析、ファイブフォース分析、3C分析、アンゾフのマトリクス、PPM分析、SWOT分析をはじめ様々なフレームワークが普及しています。これらはいずれも図示化され、わかりやすいだけに、使い勝手はいいのですが、安易に使用すると、検討に適していないフレームワークを選択してしまい、意味がない場合もある点に留意します。もちろん、適したフレームワークを活用できれば、現在の経営を立ち止まって観察でき、役立つことも多いはずです。 日頃、企業に関わる第三者の多くは、資金や財務諸表ばかりに目がいき、企業そのものの成長について検討する機会が多くない印象を受けます。企業の内外の経営環境は現在どのような状況にあって、今後どうすべきかを検討する中で、M&Aを選択した際の効果がどのように表れるかを企業と一緒になって検討するのが、望ましい第三者のあり方だと思います。 それぞれのフレームワークに関する説明は割愛しますが、代表的なフレームワークは、学術論文、専門書、ビジネス書籍、インターネットなどを通じて探せば、すぐにたどり着くはずですので、この機会に情報入手されるのをお勧めします。 3 最適資金配分の観点 (1) 資金の源泉 M&Aを買い手の側で検討できる企業は、基本的にキャッシュを有する企業です。そのキャッシュはどのように生まれるかというと、上図のように主に3つの手段から獲得すると考えればよいでしょう。ここでは、主な資金の源泉としましたが、①手元資金、②営業CF(キャッシュ・フロー)、③資金調達の3つです。 ① 手元資金 手元資金は、過去に獲得した資金の残額であり、中小企業の場合、主にB/Sの現金及び預金の項目にある内容を指します。 ② 営業CF(キャッシュ・フロー) 営業CFは営業利益とは似て非なる概念です。企業会計上の利益にはキャッシュの変動に関係なく発生する収益、費用が含まれます。代表的なものは売掛金、買掛金を伴う掛け取引や、前払費用や前受収益などの経過勘定と呼ばれる項目です。これらの存在によって、キャッシュベースの営業利益の額と企業会計上の営業利益の額は、ほぼ全ての場合で異なります。 この類には、ほかにも減価償却費が該当します。減価償却費は過去に投資した簿価に対する計算上のコストであり、P/Lではマイナスされますが、減価償却費相当分のキャッシュがその期に減るわけではありません。 また、営業CFは税引後の数値を求める特徴があります。 よって、営業利益をベースに営業CFを求める場合、 で求めるのが一般的です。なお、税引き後の営業利益のことを「NOPAT」といいます。 ここで、運転資金は通常、売上債権(売掛金など)、棚卸資産、仕入債務(買掛金など)を指し、 がプラスの値の時は運転資金増減額をマイナスにし、これらがマイナスの時は逆に運転資金増減額をプラスにします。 なぜかというと、売掛金を計上する限りキャッシュインを先送りしており、棚卸資産が計上される限りキャッシュを生まないため、計算上キャッシュのマイナスと考えます。一方、仕入債務の計上はキャッシュアウトの先送りのため計算上キャッシュのプラスと考えます。このため、売上債権と棚卸資産の合計が仕入債務を上回るようであれば運転資金は減っている、逆に、仕入債務が売上債権と棚卸資産の合計を上回るならば運転資金は増加していると考えます。 ③ 資金調達 資金調達は、中小企業の場合、エクイティ(株主資本)による調達は皆無といってもいいはずですので、通常、銀行等からの借入れを想定いただくとよいでしょう。 (2) 資金総額 企業経営の自由度を高めるには、上記(1)の資金の源泉を考え、キャッシュの総額をいかに拡大させていくかにかかっています。とはいえ、企業経営者であればお気づきのように営業CFを増やすのが企業の最優先事項です。 ちなみに、関与する税理士等が節税策を提案するケースが、中小企業の場合には多いと思います。しかし、私見ですが、中小企業経営において節税を意識しすぎるのには反対です。過去を振り返っていただくと、キャッシュアウトなしに節税できるケースはさほど多くなく、節税した分、おそらく本業以外の、直接には収益を生まない何かにキャッシュアウトしているはずです。 本来、営業CFを増やし、自由な資金を増やして、次の成長に資金を配分しながら成長する経営を目指したはずが、日本の中小企業では、節税を意識しすぎるあまり、自ら企業成長にブレーキをかけている例が多すぎると実感しています。 M&Aを念頭に置く企業や、将来M&Aを視野に入れて欲しい企業を担当する第三者は、ぜひ「M&Aに投じるキャッシュをいかに留保できるか」の視点で資金管理を行っていただければと思います。 (3) 戦略的又は計画的投資としてのM&A 上記(1)(2)の流れを受けて、十分なキャッシュがあるか、今後十分なキャッシュが生まれる可能性が高ければ、上図に記載した主な資金使途の数ある選択肢を検討できる余裕が生まれます。 その1つの手段がM&Aであり、M&Aを通して、業務の幅を広げ、川上から川下までの取引やフローの連鎖を自社が担うといった、自社になかったリソースを外部から調達してさらなる成長に繋げる道が開けます。キャッシュを使って、何の選択を行うかは企業、経営者の自由ですが、M&Aは、自社にないリソースを手に入れる手段という点で優れています。もし、ゼロから事業を立ち上げるとすれば、どれほどの時間を要するかわかりません。 設備投資ほどには安易に決断できませんが、(事業)投資の代表的な手段として、今後、中小企業の経営の選択肢に含まれる機会が増えてくると思います。 第三者として企業に関わる際は、このようなキャッシュ・フローを生み出す経営の中でいかにキャッシュを獲得し、キャッシュ総額を増やし、キャッシュを次の成長投資に配分するかの観点からM&Aを提案する機会をうかがうとよいと思います。その前提として、上記2で触れた経営環境の分析が活かされますので、現在、企業がどのようなステージにあり、今後どのような企業体を目指すのかを検討するプロセスが、買い手のM&Aの兆候や可能性を探るうえで欠かせません。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第12回】 「バーチャル株主総会を実施する場合の注意点は何か」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 遠隔地にいる株主にも株主総会に出席して権利行使してもらうため、株主総会の会場に来なくても済むバーチャル株主総会を実施したいと考えています。バーチャル株主総会を実施することは可能なのでしょうか。 また、実施する場合の注意点について教えてください。 〔A〕 バーチャル株主総会には、大きく分けて3種類あると言われています(後述)。 本件の場合、会場で株主総会を実施し、離れた場所でも電子的方法を用いて権利行使できるという方法で開催することを検討すべきです。このような方法で開催する株主総会をハイブリッド型バーチャル株主総会(出席型)といいます。 ハイブリッド型バーチャル株主総会(出席型)の開催にあたっては、通信障害、なりすまし、動画配信による株主の肖像権の侵害等の特有の問題があります。これらの問題点に対応することが必要です。 また、インターネット等の手段を用いて、バーチャル株主総会に出席すること(バーチャル出席)は、会社法上の権利ではなく、会社が追加的に出席手段を提供しているに過ぎません。そのため、一定の条件の下、バーチャル出席株主の権利行使を制限することもできます。権利行使の制限が認められる具体的条件について確認することも重要です。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 バーチャル株主総会について 株主総会といえば、株主総会の会場で、取締役、株主が集まって、株主がその場で質問し、議決権を行使するものだとイメージされる方が多いと思われる。このような取締役や株主等が一堂に会する物理的な場所において開催される株主総会をリアル株主総会という。 これに対して、バーチャル株主総会とは、取締役や株主が、インターネット等の電子的手段(電話、電子メール、チャット、動画配信等)を用いて参加又は出席することが認められている株主総会のことだ。 バーチャル株主総会には、以下の①から③の3種類あると言われている。 まず、大きな分類として、会場でリアル株主総会が開催されるハイブリッド型と会場でリアル株主総会が開催されないバーチャルオンリー型に分かれる。 バーチャルオンリー型の場合、一定の場所で株主総会が開催されていないので、株主は、リアル株主総会に物理的に出席すること自体ができない。企業にとっては、会場費用が削減できるし、感染症によりロックダウンの措置が講じられた場合も株主総会が開催できるというメリットがある。 次にハイブリッド型には、会場に行かなければ権利行使できない「参加型」と会場に行かなくても離れた場所で電子的方法を用いて権利行使できる「出席型」に分けられる。 「参加型」の場合、株主は、リアル株主総会の状況を動画等で見ることができるが、議決権行使等の権利行使はできない。 質問の事例は、遠隔地にいる株主に権利行使してもらうことが目的なので、②ハイブリッド型バーチャル株主総会(出席型)、③バーチャルオンリー型株主総会を検討することになる。 2 バーチャル株主総会の適法性 バーチャル株主総会の開催が法的に認められるかどうか確認しよう。 ハイブリッド型バーチャル株主総会(参加型)とハイブリッド型バーチャル株主総会(出席型)については、法的に認められている。 次に、バーチャルオンリー型については、産業競争力強化法により、上場企業は、経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けた場合、定款で定めることにより、可能になる(施行後2年間は、定款の変更なしに可能であった)。 ただし、バーチャルオンリー型の場合、上場企業以外は適法に開催することができないし、リアル株主総会に出席したい株主のニーズに応えることができないという問題点がある。 以上より、質問の事例では、②ハイブリッド型バーチャル株主総会(出席型)を検討するのが適切だ。 3 ハイブリッド型バーチャル株主総会(出席型)の9つの注意点 ハイブリッド型バーチャル株主総会(出席型)を開催するにあたっての注意点は以下のとおりだ。 (1) どのような通信手段とすべきか 情報伝達の双方向性と即時性が確保されていれば適法である。会社側とバーチャル出席株主がお互いにすぐ、情報伝達をすることができれば法的に問題ないということだ。 会社側の情報については、即時性を確保するために、音声(及び映像)、株主側の情報については、音声(及び映像)又はテキストで伝えることが考えられる。 バーチャル株主総会といえば、テレビ会議をイメージする方が多いが、電話会議等により音声のみで開催することは法的に可能だ。 (2) 通信障害リスク 通信障害により、株主が審議や決議に参加できないことが考えられる。 対策としては、通信障害が起こらないように安定的な回線を使用すること、発生した場合のバックアップシステム(インターネット回線が通信障害により利用できない場合、電話会議システムを併用する)を整備することが考えられる。 では、通信障害により一部の株主が権利行使できなかった場合、株主総会の決議取消事由(会社法831条1項1号)になるか。 この点について、経済産業省の「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」(以下「実施ガイド」という)によれば、通信障害のリスクを事前に株主に告知して、かつ、通信障害の防止のために合理的な対策をとっていた場合、決議取消事由に当たらないと解釈される可能性があるとされている。 (3) 議長及び取締役等のリアル出席の要否 議長及び取締役が、株主総会の会場に物理的に出席する必要はないと考えられている。 (4) 本人確認 なりすましによる議決権行使の可能性が想定されるので、本人確認が必要である。 この点について、実施ガイドによれば、株主ごとにIDやパスワードを設定し、固有のIDとパスワードが記載された議決権行使書面を株主に郵送し、それを用いてログインする株主について、本人確認を実施していると考えられる。それ以上に特別の本人確認を実施する必要はない。 (5) プライバシー、肖像権への配慮 株主の顔を撮影し、動画配信すると、肖像権侵害の問題が生じる。動画配信する場合、経営陣のみを映し、株主の顔が映り込まないような形で行った方がよい。 (6) 議決権行使 電子投票制度と混同しないようにしなければならない。会社法312条で、電子投票制度が定められているが、これは株主総会自体に出席しない株主を対象としたものだ。 株主がバーチャル出席をして、インターネット等を通して議決権を行使した場合、法的には株主総会に出席して、議決権を行使したことになるので、電子投票ではない。 事前に書面投票又は電子投票によって議決権行使した株主がバーチャル出席して議決権を行使した場合、バーチャル出席による議決権行使が優先される。 この点については、①ログインの時点で事前の議決権行使を取り消す、②採決のタイミングで事前の議決権行使を取り消す、という方法が考えられるので、どちらの方法を採用するか、招集通知に記載する必要がある。②の方法を採用することをお勧めしたい。 (7) 代理人による出席 会社法310条1項により、「株主は、代理人によってその議決権を行使することができる」とされている。 では、バーチャル株主総会の場合、代理人による議決権行使を認めないことはできるか。 実施ガイドによれば、招集通知に記載することを条件に、バーチャル出席の場合、代理人による議決権の行使を認めないことも可能という解釈が示されている。 この場合も、物理的な場所で開催されるリアル株主総会に、代理人は出席することができる。どうしても代理人を出席させたいのであれば、リアル株主総会に出席させれば済むので、代理人によるバーチャル出席を認める必要性が低いのだ。 (8) 質問の方法 会社法314条により、「取締役、会計参与、監査役及び執行役は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならない」とされている。この定めは、株主の質問権を認めたものだ。 まず、バーチャル出席を理由に、質問権そのものを認めないということは許されない。 バーチャル株主総会では、質問権行使の方法として、音声による質問以外に、テキストの送信による質問を認めることが考えられる。テキストの送信による質問の場合、議長が読み上げるか、質問内容をスクリーン上に表示することになる。 テキストの場合、コピーアンドペーストをして同じ質問を繰り返すなど濫用的権利行使がされるリスクがある。文字数、回数や送信期限等を招集通知に記載したうえで、質問権を合理的に制限することは可能である。文字数については200字から300字以内、同一株主の質問回数については1個から3個に制限するのであれば、合理的制限として適法であるという指摘もある(後掲『デジタル株主総会の法的論点と実務』183頁)。 (9) 動議対応 動議とは、株主総会の目的である事項及び総会の運営などに関し総会の決議を求める旨の意思表示である。動議を提出できるのは、株主と議長だ。 例えば、株主は、「取締役選任の件」という議題について、「Aを取締役に選任する」という議案を提出することができる(会社法304条)。 動議について、実施ガイドによれば、招集通知に記載することを条件に、バーチャル出席株主の提案を認めないことも可能という解釈が示されている。 動議の採決についても、実施ガイドによれば、招集通知に記載のない事項について、採決するシステムの構築が困難な場合、採決を認めないことも可能という解釈が示されている。 これらの制限は、動議を取り上げたり、招集通知に記載のない事項について採決をしたりすることが、現在の通信技術を前提にすると難しいことを根拠にしていると考えられる。 株主の人数が極めて少ない場合は、上記根拠は当てはまらないので、動議の制限は難しいだろう。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例54】 「宅地建物取引業者に対して経済的インセンティブを与えることの可否」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 当市では、空き家の取引を促進するために、空き家バンクに登録された空き家の取引を成立させた宅地建物取引業者に対して、経済的インセンティブを与えることを検討しています。もっとも、宅地建物取引業者に対する経済的インセンティブの付与は、宅地建物取引業法との関係が問題になると指摘されています。取引成立時の経済的インセンティブを与える場合、どのような法的問題がありますか。 1 はじめに 増加の一途をたどる空き家の取引を促進するため、空き家バンクが活用されており、空き家バンクを通じた取引に宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という)の媒介を条件としているところもある。さらなる空き家の取引を促進するため、宅建業者に経済的なインセンティブを与える方策も考えられるところ、このような方法は宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という)との関係を整理しておく必要がある。そこで、本事例では空き家に関する宅建業法上の報酬規制について検討をする。 2 報酬告示の具体的内容 宅建業者は、空き家の売買等を媒介した場合、国土交通大臣の定める基準(「宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額」、以下「報酬告示」という)に従って報酬を請求することができる(宅建業法第46条第1項)。報酬告示第二は、宅建業者の売買等の媒介に関する報酬の額を次のように定めている。 もっとも、空き家の売買のように、売買代金が比較的低額になりやすい取引の場合、従来の報酬告示どおりに算定すると宅建業者の報酬も低くなることから、宅建業法上の報酬規制が空き家取引の促進を阻害する要因となっていることが指摘されていた。そこで、現在では、空き家等の売買等を媒介した場合の報酬を、委託者と宅建業者の合意によって、報酬告示第二の計算方法によって算出された金額と現地調査等に要する費用の合計額を報酬とすることが認められている(報酬告示第七、これによって売主の負担する仲介手数料が増えた)。 ただし、この特例は、①売主からの依頼による場合で、②代金が4,000,000円(消費税相当額を含まない)以下の取引であって、③通常の媒介に比べて現地調査等の費用を要するものに限られている。また、④報酬上限額は198,000円(180,000円に1.1を乗じた額)である点に留意が必要である。 3 宅建業者の報酬と宅建業法の関係 宅建業法第46条の趣旨は、宅建業者が委託者に対して不当に多額の報酬を請求することを防ぐことにある。そのため、宅建業者は報酬告示に定めた限度内で個々の取引事情に応じて適正な報酬請求を行わなければならない(最判昭和43年8月20日民集22巻8号1677頁)。また、同条は、報酬合意のうち報酬告示を超える部分の実体的効力を否定し、契約の実体上の効力を所定最高額の範囲に制限し、これによって一般大衆を保護する強行法規としての趣旨も含んでいるため、所定の最高額を超える契約部分は無効になると解されている(最判昭和45年2月26日民集24巻2号104頁)。 したがって、当該取引の個別事情を踏まえず、宅建業者が最高限度額の報酬請求をすることは認められない。また、委託者が任意に報酬告示を超える報酬額を支払おうとする場合でも、宅建業者がこれを受領することは同条に違反することになる。 宅建業者が同条に違反して、報酬限度額を超える報酬を受領すると、指示や業務停止等の行政処分(同法第65条第1項、第2項)を受けるほかに、100万円以下の罰金(同法第82条第2号)に処される可能性もある。例えば、報酬限度額を超える報酬を受領した場合、15日間の業務停止とされている(国都交通省「宅地建物取引業者の違反行為に対する監督処分の基準」別表(17.限度額を超える報酬の受領))。 上記の宅建業法第46条の趣旨や性質からすると、地方公共団体が、空き家の取引を促進する目的があるとしても、空き家の売買を成立させた宅建業者に対して、宅建業法及び報酬告示に定める額を超えて経済的利益を与えることは、その実質が報酬としての性質を有することを理由に宅建業法第46条に反する可能性があると考えられる。 4 問題の整理 空き家バンクに登録された空き家の売買を成立させた宅建業者に対して、売買の当事者間で合意した報酬とは別枠で、地方公共団体が経済的利益を与えることは、宅建業法第46条に違反するおそれがあるため、留意が必要である。この点に加え、報酬告示が空き家取引を促進させるために、売主が負担する報酬額を増加させた改正経緯を踏まえると、現在、少なくない地方公共団体が宅建業者の報酬の一部を補助金で援助する制度を設けているように、宅建業法及び報酬告示の範囲内で経済的補助をすることにとどめるのが相当と考えられる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第73話】 「修正申告の勧奨」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・浅田君・・・何を真剣に読んでいるの?」 いつの間にか、中尾統括官が浅田調査官の傍らに立っている。 「ええ、税務調査の判例を読んでいるのですが・・・」 浅田調査官は、顔を上げて中尾統括官の顔を見る。 「・・・しかし、税務調査で・・・こんな乱暴なことをするのですか?」 そう言うと、浅田調査官は、判決文(大阪地裁平成30年4月12日判決)の一部を読む。 浅田調査官は、原告の主張の一部を読むと、「これって・・・もし本当であれば、脅迫に近いと思うのですが・・・」と言う。 「もっとも、課税庁である被告は、原告の主張する、このような修正申告の勧奨の態様を否認していますが・・・」 浅田調査官は、付け加える。 中尾統括官は、浅田調査官から渡された判決文を読み始める。A4で6枚の分量なので、それほど時間はかからない。 「・・・更に、原告は、国家賠償請求もしている・・・」 中尾統括官は、判決文をめくりながら、その該当する箇所を読み始める。 「・・・ところで、中尾統括官は、今まで、このような勧奨を行ったことがありますか?」 浅田調査官が、真面目な顔をして、尋ねる。 「・・・いや・・・」 中尾統括官は、苦笑する。 「・・・しかし、悪質な納税者に対しては、少し厳しい態度で接しなければ、税務調査はうまく進まない・・・」 中尾統括官は、弁解じみた応答をする。 「確かに、僕もそう思いますね」 浅田調査官は、大きく頷く。 「・・・しかし、修正申告の勧奨には、問題が多い・・・」 中尾統括官は、判決文を見ながら、言う。 「・・・修正申告は、納税者が自らの意思で提出するもので、課税庁からの勧奨によって提出するものではない・・・」 浅田調査官は、言う。 「納税者にとって、加算税や延滞税の減免が期待できるときは、修正申告を提出するメリットはありますが、税務調査の後に、修正申告の勧奨をされて提出する修正申告は、更正処分と同じですから、なんら納税者にとってメリットはない・・・逆に、税務署にとっては、理由附記などを省略できるメリットがありますが・・・」 浅田調査官は、苦笑いをする。 「・・・理由附記の不備は、処分の取消原因にもなることから、税務署は、理由附記について慎重にならざるを得ない・・・」 中尾統括官も頷く。 浅田調査官は、図を描きながら、「・・・ということは、納税者にとって、税務調査後、修正申告の勧奨に応じるメリットは、あまりないということですか・・・」と中尾統括官に尋ねる。 「そうでもないだろう・・・」 と中尾統括官が言い、言葉を続ける。 「・・・納税者は、税務署と・・・税務調査後、税務署の主張する増差所得などについて・・・修正申告書を提出する際に、交渉ができるということだ」 中尾統括官は、不機嫌そうに言う。 「また、修正申告の勧奨に応じれば、税務調査が終了することになるから、納税者としては、メリットがある」 中尾統括官の言葉に、浅田調査官は、頷く。 「・・・修正申告は、増差所得の交渉の場として、税務署にとっても納税者にとってもメリットがあるということですね・・・そう考えると、なかなか修正申告の勧奨の常態化はなくならない・・・」 浅田調査官は、声を落とす。 「・・・しかし、増差所得を税務署と納税者の交渉で、勝手に決めたら、租税法律主義なんて存在しないことになる・・・」 中尾統括官の声が大きくなる。 「・・・ということは、修正申告の勧奨を廃止すべきということですか?」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「そうだな・・・現実的には難しいけれど・・・修正申告の勧奨は、廃止すべきだと思う・・・納税者と税務署の話し合いによって、課税所得が決定することは、租税法律主義、特に、合法性の原則に反し、課税の公平も損なうことになる・・・」 中尾統括官は、判決文を見ながら、「それに、修正申告の勧奨については、税務署による違法な行為が行われやすいので、廃止すべきだろう」と付け加える。 (つづく)
《速報解説》 会計士協会、J-SOXの改訂等を受けた 内部統制監査上の留意事項に関する周知文書を公表 ~全社的な内部統制評価の適切な見直しが行われているかの確認の重要性に言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年9月28日、日本公認会計士協会は、財務報告内部統制監査基準報告書第1号周知文書第1号「「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(2023年4月)等を受けた内部統制監査上の留意事項に関する周知文書」を公表した。 周知文書は、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(2023年4月7日、企業会計審議会)などの改訂内部統制基準及び内部統制実施基準等に基づく内部統制監査業務を実施するに当たって、日本公認会計士協会の会員の実務の参考に資するために公表するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 内部統制の基本的枠組みの改訂 内部統制の目的と基本的要素が、企業を取り巻く環境の変化に合わせて改訂されたほか、経営者による内部統制の無効化に関する記載の追加などが行われている。 Ⅲ 財務報告に係る内部統制の評価及び報告の改訂 経営者による内部統制の評価範囲の決定において、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性を適切に考慮すべきことが改めて強調されている。 Ⅳ 内部統制監査における留意事項 監査人は、改訂後の内部統制の基本的枠組みに準拠して、経営者が内部統制の整備及び運用並びに評価を行っているかについて留意する。 特に、全社的な内部統制の評価に当たっては、内部統制の基本的な要素ごとに例示されている42項目が広く実務に利用されているが、監査人は、これらの評価項目が今回の改訂を踏まえ、必要に応じて、適切に見直しが行われているかについて確認することが重要である。 また、経営者による内部統制の評価範囲の決定について、数値基準を機械的に適用すべきでないこと、トップ・ダウン型のリスク・アプローチの再確認が行われている。 特に、連結集団を構成する個々の会社単位で全社的な内部統制を評価することのみではなく、企業集団全体の観点から全社的な内部統制の整備及び運用状況の評価を適切に実施しているかという点についても留意する(親会社による子会社に対する管理体制など)。 (了)
2023年9月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.537を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第30回】 「誤還付「過納金」相当額の「納付」に係る延滞税の賦課と課税上の衡平」 -延滞税不発生事件・最判平成26年12月12日訟月61巻5号1073頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、納税義務の消滅原因(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【104】)の1つである還付金等の充当(同【116】)の前提として整理した還付金等の意義(同【115】)に関連して、過納金相当額の不当利得の返還を認めた判例を取り上げ検討したが、今回は還付金等のうち過納金の還付に関連して、「過納金」相当額の誤還付に伴う「納付」(いわば返納)に伴う延滞税の賦課が争われた事件において延滞税の納付義務の不存在を確認した最判平成26年12月12日訟月61巻5号1073頁(以下「本判決」という)を検討する。本判決には少数意見として千葉勝美裁判官の補足意見と小貫芳宣裁判官の意見が表示されている。 本件は、納税者(上告人ら)が相続税の期限内申告及び納付をした後で更正の請求をしたところ、所轄税務署長において、相続財産(土地)の評価の誤りを理由に減額更正をし、その減額分相当額を過納金として還付した後、自ら当該減額更正の内容を覆しこれに係る相続財産の評価の誤りを理由に増額更正を行い、これにより「新たに」納付すべきこととなった本税額につき、平成28年度税制改正前の国税通則法60条1項2号、2項及び61条1項1号に基づき、法定納期限の翌日から完納の日までの期間に係る延滞税の納付の催告をしたことから、納税者が国(被上告人)を相手に、上記の延滞税は発生していないとして、その納付義務がないことの確認を求めた事件である。 本件においては、期限内申告及び納付に基づく相続税額が誤った減額更正により過納金として還付された後、正しい増額更正がされ当該過納金相当額の納付に伴い延滞税の賦課が問題となったのであるが、そもそも、本件で還付された金額が過納金(納税義務の誤った確定に基づく納付であるが故に、当該租税の納付それ自体が、不適法である場合に、返還されるべき税額に相当する金額。前掲拙著【115】)といえるかどうかも検討すべき論点であるが、本判決はこの点は特に問題としていないものの、結論からみれば、本件における還付は法的根拠のない誤った金員の返還(誤還付)であったが故に、納税者による納付は有効に存続しており、延滞税を課すべき事由は存在しなかったことを認めたものと解することもできる(誤還付の問題については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第17回参照。前掲拙著【117】も参照)。 この点は措くとして、今回は、延滞税の不発生に関する論理構成を中心に本判決を検討することにするが、本判決については、以前、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第16回で検討したので、今回は、基本的にはそこでの検討を再録することとし、これに若干の加筆修正を施すにとどめた。そこでは、本判決の論理構成を目的論的限定解釈及び目的論的限定適用とみて検討したのであるが、その上で目的論的解釈の納税者に有利な「過形成」の観点から小貫芳宣裁判官の意見を支持した筆者の見解は今日でも変わっていない。 なお、「過形成」とは、そもそもは医学用語の「hyperplasia」の訳語で「細胞の増加による組織の過度の発育」(森岡恭彦総監訳『カラー図説 医学大事典』(朝倉書店・1985年)111頁)をいうが、ここでは、法創造を意味する法の継続形成(Rechtsfortbildung)をイメージしながら、租税法規の趣旨・目的という「細胞」の増加によって税法の解釈という「組織」が「過度の発育」を遂げて税法の解釈の許容限度を超えることを意味する言葉として、「過形成」という言葉を使用している(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)222-223頁[初出・2015年]参照)。 Ⅱ 多数意見の「目的論的限定解釈」に対する少数意見の立場 1 多数意見 本判決は、次のとおり判示して(下線筆者)、納税者の請求を認容した。 本判決については、「課税上の衡平」という法創造根拠理由に基づき納税者の個別的救済を図った判決として高く評価するものであり(前掲拙著『税法創造論』136頁[初出・2021年]。なお、「法創造根拠理由」の意味については同132頁注57参照)、本連載にいう「税法基本判例」の1つであると考えるところである。「衡平」については、「とくに法による正義の実現との関連では、衡平(equity)という観念が重要な位置を占め・・・・・・、実定法の一般的な準則をそのまま個別的事例に適用すると、実質的正義の観点からみて著しく不合理な結果が生じる場合に、その法的準則の適用を制限ないし抑制する働きをする。」(田中成明『現代法理学』(有斐閣・2011年)323頁)といわれている。 本判決の示した解釈(最後の下線部)については、千葉勝美裁判官が補足意見において、「この解釈は、法60条1項2号をいわば目的論的に限定解釈する面もある」と述べているところである。ここでいわれる「目的論的限定解釈」について、本判決における少数意見では、以下で述べるように、2通りの異なる立場が示されている。 2 千葉勝美裁判官補足意見 千葉勝美裁判官は補足意見において、前記の引用部分に続けて、次のとおり述べている(下線筆者)。 ここで示された考え方は、多数意見において国税通則法60条1項2号の解釈(目的論的限定解釈)によって定立された延滞税不発生に係る規範を「例外的な事案」(千葉裁判官補足意見)に限って適用する、いわば「目的論的限定適用」ともいうべき法適用の方法を説き、もって多数意見の説得力を強めようとしたものと解される。 3 小貫芳宣裁判官意見 他方、小貫芳宣裁判官は意見において、まず、次のとおり述べ(下線筆者)、本件の事実関係に即して、国税通則法60条1項2号の規定について延滞税の発生要件の欠缺を認めている。 その上で、小貫裁判官は延滞税の発生要件の欠缺を、次のとおり、①法定期限内の納税の事実を重視する観点と②延滞税の趣旨・目的及び結果の不当性の観点から、理由づけている(下線筆者)。 以上のように、小貫裁判官の意見は、結論の点では、多数意見と同じく、本件における延滞税の不発生を認めるものではあるが、その理由づけを、多数意見とは異なり、延滞税の発生要件の欠缺に見出すものであると解される。 この点に関し、千葉裁判官は、小貫裁判官の意見について、「条文にはない明確な基準を示すことについては、それが解釈により不文の消極要件を作ることにもな」り、「延滞税の発生要件を定めた法60条1項2号にただし書きを加えるような機能を果たすことになる。」という的確な指摘を行っている(下線筆者)。小貫裁判官は延滞税の発生要件の欠缺を問題にするが、その欠缺は、論理的には、千葉裁判官の上記の指摘のように、延滞税の発生要件に係る消極要件ないし適用除外要件の欠缺とみるべきであろう。そこで、以下では、小貫裁判官の意見にいう延滞税の発生要件の欠缺について、「延滞税の発生要件(に係る適用除外要件)の欠缺」という表現を用いることにする。 このように考えると、小貫裁判官の意見は、国税通則法60条1項2号の規定について、目的論的制限(teleologische Reduktion)という一種の法創造(法の継続形成)の方法によって消極要件ないし適用除外要件を創造し、本件においてこの要件の適用によって延滞税の不発生を結論づけたものであると解される。 目的論的制限とは、法の欠缺のうちいわゆる隠れた欠缺(verdeckte Lücke)すなわち適用除外規定の欠缺についての欠缺補充方法をいう(前掲拙著『税法基本講義』【46】。ほかに、広中俊雄『民法解釈方法に関する十二講』(有斐閣・1997年)64頁、拙著『租税回避論』(清文社・2014年)特に第1章第2節参照)。これは、法の欠缺補充の方法であるが故に、狭義の法解釈(可能な語義の枠内での法解釈)とは区別される法創造ないし法の継続形成の領域に属するものであるが、法的思考方法の点では依然としてなお「解釈的」方法を用いるもの(「解釈的」方法による法創造。谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第7回Ⅱ参照)である。 Ⅲ 納税者に有利な「過形成」の許容性 1 目的論的限定適用と目的論的制限との異同 千葉裁判官の補足意見と小貫裁判官の意見とは、以上で検討してきたとおり、法解釈適用方法論の観点からすると、法の趣旨・目的を考慮する点では同じであるが、その内容や法的性格の点では、目的論的限定適用と目的論的制限として区別すべきものであると考えられる。このことは、以下でみるように、小貫裁判官の意見と多数意見との違いに関する千葉裁判官によるこれまた的確な整理の中から、読み取ることができる。 千葉裁判官は、小貫裁判官の意見について、前記のとおり「解釈により不文の消極要件を作ることにもなること」を指摘しているが、その前の文章では、次のとおり述べている(下線筆者)。 その上で、千葉裁判官は次のとおり述べている(下線筆者)。 他方、千葉裁判官は、多数意見について、次のとおり述べている(下線筆者)。 なお、この叙述からも、千葉裁判官が目的論的限定適用の観点から多数意見の説得力を強めようとしたことを読み取ることができよう。 千葉裁判官による以上の整理からすると、小貫裁判官の意見における目的論的制限は、「租税の画一性と大量処理の観点」から、延滞税の不発生の処理に関して、「全体的な影響」を及ぼすことになるという意味で、税法の目的論的解釈の「過形成」として性格づけることができるように思われる。もっとも、税法の目的論的解釈の「過形成」といっても、納税者に不利な「過形成」(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第7回、第10回~第15回参照)とは異なり、延滞税の不発生という納税者に有利な結果をもたらす「過形成」(納税者に有利な「過形成」)である。 2 延滞税の発生要件(に係る適用除外要件)の欠缺に対する立法的対応 では、千葉裁判官の補足意見(目的論的限定適用)と小貫裁判官の意見(目的論的制限)は、いずれが妥当であろうか。 確かに、目的論的限定適用の方が、目的論的制限に比べて「全体的な影響が少なくて済む点」(千葉裁判官補足意見)で、個別事案の解決のための司法判断としては、妥当であるようにも思われる。 しかし、司法の役割は、個別事案の解決のみに尽きるのであろうか。いやむしろ、司法は、そのような役割に加えて、法の欠缺が存在する場合には、個別事案の判断を通じてあるいはそれに関連して、そのことを公然と指摘することによって、立法者にその欠缺の存在を認識させ、もってその欠缺を補充するための法改正等の立法的対応を促すべきであるように思われる。そうすることも、三権分立制の下での司法の役割であると考えるところである。 このように考えると、本件当時の延滞税規定(平成28年度税制改正前税通60条・61条)について延滞税の発生要件(に係る適用除外要件)の欠缺を認め得るか否かあるいは認めるべきか否かが、小貫裁判官の意見の妥当性ないし目的論的制限の許容性を判断する上で、決定的な意味をもつように思われる。 小貫裁判官は、延滞税の発生要件(に係る適用除外要件)の欠缺を、前記Ⅱの3でみたとおり、①法定期限内の納税の事実を重視する観点と②延滞税の趣旨・目的及び結果の不当性の観点から、理由づけている。これらのうち、②の観点は、千葉裁判官が補足意見において目的論的限定適用を理由づけるために依拠した観点(前記Ⅱの2参照)と基本的に同じものといってよかろう。 したがって、小貫裁判官が意見において延滞税の発生要件(に係る適用除外要件)の欠缺の存在を指摘するに当たって、決定的な意味をもったのは、前記の①の観点であると考えられる。この観点は、以下でみるとおり、延滞税の根本的な存在意義ないし終局的な趣旨・目的に照らして極めて重要であり、決して等閑視すべきものではない。 本判決においては、多数意見も少数意見も、延滞税の趣旨・目的を「期限内に申告及び納付をした者との間の負担の公平を図るとともに期限内の納付を促すこと」(多数意見)として捉える点では、一致している。ただ、このような趣旨・目的は、いわば「中間的な趣旨・目的」であって、「終局的な趣旨・目的」は申告納税制度の適正な実施の確保にあるとみるべきである。 前記の①における法定期限内の納税の事実という「厳然として存在した」(小貫裁判官意見)事実を、延滞税の課税上なかったことにするとすれば、そのような「フィクション」(同)は、申告納税制度に対する納税者の信頼を大きく損ない、同制度の適正な実施を阻害することになるといっても過言ではなかろう(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第17回も参照)。 立法者としては、そのような事態が現実のものとなることは阻止しなければならない。その意味で、平成28年度税制改正における延滞税の計算期間等の見直し(税通61条2項。財務省「平成28年度税制改正の解説」867頁以下参照)は、適切な立法的対応といえよう。 Ⅳ おわりに 以上を要するに、小貫裁判官の意見(目的論的制限)は、延滞税規定の目的論的限定解釈(多数意見)や目的論的限定適用(千葉裁判官補足意見)に比べ、本件における納税者の救済を図るにとどまらず、更に一歩踏み込んで、目的論的限定解釈の「過形成」によって、延滞税の発生要件(に係る適用除外要件)の欠缺を補充し、延滞税の発生要件を適正化し、もって申告納税制度の適正な実施を確保しようとしたものとして、妥当な考え方であるといえよう。 しかも、本判決は事例判決ではあるが、小貫裁判官の意見は、税法の目的論的解釈について、納税者に有利な「過形成」が許される場合を明らかにしたものとして、より広い射程を有すると考えるところである。 (了)