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《相続専門税理士 木下勇人が教える》
一歩先行く資産税周辺知識と税理士業務の活用法
【第4回】
「相続・事業承継を複眼的に捉える視点」
公認会計士・税理士
木下 勇人
共にこれまで語りつくされてきたテーマではあるが、この機会に本連載の「特別編」として、筆者が提唱する「複眼的視点」によって今後の相続・事業承継実務に携わる上で必須となる事項をご紹介したい。
* * *
はじめに
相続・事業承継というテーマはCFP®試験科目でも1つのテーマとして捉えられています。この「相続」と「事業承継」がどのように関わり、税理士としてどのように対処すべきか、私見ではありますが、複眼的な視点をご紹介したいと思います。
1 税理士が身につけるべき「相続」の視点
「相続」と聞いて、税理士としてまず頭に浮かぶのは、相続税額の計算ではないでしょうか。
相続税額の計算は、相続又は遺贈により財産を取得した者の取得財産ごとの積上げ計算が前提ですので、遺言がなければ、相続人間の遺産分割協議が成立している必要があります。もちろん未分割であれば総額計算にて行いますが、分割後には相続人間の調整が入るため、遺産分割協議が成立していると考えてもいいのではないでしょうか。その取得した財産額に比例して相続税総額が配分されるイメージです。
相続財産につき相続税を計算するための評価が財産評価ですが、これを規定しているのは財産評価基本通達です。取引相場のない株式や土地を含めた各種財産の評価方法が定められていますが、あくまで相続税算出のための評価額です。遺産分割は遺産分割時点の時価を原則としていますが、当事者間の合意があれば、相続税評価額を時価として採用しても問題ありません。ただし、いわゆる「争族」となった場合には相続税評価ではなく時価を採用して遺産分割を行うこともありますので、相続税法と民法の乖離が生じる財産(例えば土地など)をイメージするとよいかもしれません。
2 税理士が身につけるべき「事業承継」の視点
(1) 承継コストを抑えるための自社株評価引下げ
次に、「事業承継」と聞いて、税理士としてまず頭に浮かぶのは、自社株の承継問題ではないでしょうか。
子供へ承継させる親族内承継であれば、譲渡対価を受け取ることは想定しないかと思いますので、贈与か相続で承継させることになります。その際に承継者側が負担するコストが贈与税・相続税になりますが、株価が高い場合にはその承継コストも高くなるため、納税資金の問題が生じます。そのため、いかにして株価を引き下げるのか、ここも税理士が注目する視点です。
株価引下げや上昇を抑制するために組織再編を行うこともありますが、相続税を不当に減少させることが目的とみなされてしまうと、経済合理性がないものとして組織再編行為が否認されるリスクが残ります。
(2) ビジネスとして捉えた場合の「事業承継」
「事業承継」を次世代への経営承継と捉えることもできます。つまり、従業員を抱える組織を承継しビジネスとして成功させるためには、人・もの・金・情報を承継させる必要があります。また、変化の激しい昨今のビジネス環境に耐えられるだけの柔軟性も必要になります。社長交代を伴う場合には、先代社長がいなくてもビジネスが成立するだけの基盤も必要です。
その意味で、後継者教育は欠くことができないファクターになるでしょう。
ビジネスとして成功しない=業績悪化、ということになれば、自社株評価もおのずと下がります。高騰する自社株が問題になるということは、基本的にはビジネスとして成功していることを意味します。事業承継によりビジネスが失敗しては本末転倒ですので、事業承継問題でプライオリティが高いのはビジネスの成功であることは言うまでもありません。
3 「相続」「事業承継」の複眼的視点
(1) 個人資産としての両者の関係
個人資産の承継としての「相続」に対して、ビジネスの承継まで含んだ自社株承継としての「事業承継」があります。ただし、自社株を被相続人が保有する個人財産の一部と捉えれば、単なる「相続」と捉えることも可能です。
自社株の承継を「相続」ではなく「事業承継」と捉える場合、そこには「経営」という視点が入りますが、その意味では、個人資産で営む不動産経営も事業承継の一貫として捉えてもいいのではないでしょうか。不労所得を生み出す不動産経営を事業として捉えない風潮があるように感じますが、不動産経営も立派な経営です。
個人資産で経営に関係あるものを次世代に「相続」させることが「事業承継」であると捉えるべきと考えます。
法人が絡んだ場合、自社株承継のみが「事業承継」と捉えるのではなく、個人資産で事業に関係する資産(自社株、会社貸付金、会社所有建物敷地など。以下、「事業用資産」と呼びます)は次世代に確実に承継させる必要があると考えます。
(2) 民法を介在させた場合の複眼的視点
事業に関係ある個人資産を「相続」させることを「事業承継」と捉えた場合、個人資産に占める事業用資産の割合が多いと、相続人間で不平等が生じます。その場合、遺言がなければ遺産分割協議が難航する可能性が高くなります。
遺産分割協議成立を条件とした各種規定(小規模宅地等の特例、農地・自社株などの納税猶予制度、配偶者の税額軽減特例)の適用可能性はもちろんのこと、非承継者との調整を行うためには、遺言の存在と遺留分侵害額請求権行使に対する資金確保が必須と考えます。
「相続税だけの視点」ではなく「民法の視点」も取り入れて両者を複眼的に捉えることが、今後の相続・事業承継実務では不可欠になるでしょう。
(了)
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