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わたしは税金
「ご近所Aさんの離婚」
-慰謝料と税金-
公認会計士・税理士
鈴木 基史
◆ご近所Aさんの離婚
「ねえ、下の階のAさんのところ、離婚したんだって」
「ふーん。うちのツヨシと同い年ぐらいの、女の子がいる部屋か」
「ええ、同級生よ。原因はご主人の浮気でね――マンションを奥さんに渡して、出て行ったらしいわ」
「お、そうか。養育費を送ったり、これから大変なんだろうなぁ・・・」
厚生労働省の統計資料によれば、離婚件数は増加の一途をたどり、直近では年間で19万以上のカップルが離婚届にサインしています。統計上、人口1,000人に対する離婚者数の割合を“離婚率”というのですが、現在の日本は1.5人です。ちなみに世界一はモルドバの3.8人、ついでベラルーシの3.7人、離婚大国といわれる米国で2.3人ですから、日本はまだまだなのでしょうかね(おっと、口が滑りました)。
婚姻期間を5年きざみで見れば、5年から9年の夫婦が最も多くて、全体の18.9%を占めます。いわゆる熟年夫婦は、20年から35年の夫婦を合計すれば20%以上となっています。離婚原因は、男女とも“性格の不一致”がダントツに多いようです。
令和4年度の婚姻件数は約50万、対する離婚件数は約18万です。ということは単純計算で3.6組に1組の割合で破局(離婚)を迎えているという、そういう時代なのです。この現実を見すえ、今回は「離婚で税金がかかるか」、というテーマを研究してみましょう。
◆タダでもらえば贈与だが
たとえば、離婚の際の財産分けで、奥さんが1,000万円受け取ったとします。このお金にはどんな税金がかかるのか? まず思い浮かぶのは「贈与税」ですね。だけど、もしそれがかかるとなると税額は231万円。
のっけから顔がこわばってしまうようなことを申しましたが、ご安心ください。贈与税なんてかかりませんから。
◆離婚による財産分けは贈与ではない
贈与とは、タダで何かをもらうこと。離婚の場合、奥さんはタダでもらうのではありません。家庭の財産は夫婦共同で築き上げたものだから、離婚が成立すれば奥さんには、ご主人に対して財産分けを要求する権利(財産分与請求権)が生まれます。
この権利を行使して、夫名義の財産に含まれる妻の持ち分を取り戻すという話ですから、贈与税の出番はありません。むしろ、もらうべきものをもらわなかったら、そちらの方が問題。スジ論でいけば、奥さんからご主人へ贈与があったことになってしまいます。
◆もらい過ぎには贈与税
あえて奥さん側に贈与問題が生じるとすれば、もらった金額が多すぎる場合です。グウタラな奥さんでさしたる貢献もないのに、なぜそんなにたくさん渡すのか、という疑問です。
だけど現実問題として、PKOの国際貢献と違って、夫婦間の貢献度合いに外部の者がくちばしを挟むのはおこがましい。よほど不合理な点がないかぎり、贈与税の出番はないと考えていいでしょう。
◆所得税の心配もなし
そういうわけで、離婚の財産分けに贈与税はかからず、もしかかるとすれば「所得税」(もうけに対する税金)です。奥さんが財産分けの権利を行使して1,000万円を
なお、財産分けではなく“慰謝料”としてもらった場合、これは奥さんの所得になります。だけど、心身に加えられた損害につき支払いを受ける慰謝料や見舞金は、所得税法上、非課税とされています。
結局のところ、離婚で財産分けを受けても、奥さんには贈与税も所得税もかからないということで、まずはメデタシ、メデタシ。
◆金銭で渡せば問題なし
さて、次にご主人に申し上げます。離婚によって、奥さんに財産分けの請求権が発生すれば、ご主人にはそれに見合う債務が生じます。たとえば、1億円渡すということで話がついて、現金・預金でこれを支払ったということなら、特に問題はありません。
返すべきものを返したというだけのことで、いわば奥さんに対して背負っていた借金を返済したのと同じことです。
◆不動産で渡せば譲渡所得税
ところが、お金ではそれだけのものがないので、代わりに時価1億円する不動産を渡したとなると、話はかなり違ってきます。ここで「譲渡所得税」が首を突っ込んでくるのです。
なぜ譲渡所得が? なぞなぞみたいですが、その
◆時価で譲渡したものとみなす
ひねくれた見方といわれようが、税法とはそうしたもの――時価1億円が収入金額で、過去に買った金額(取得費)との差が所得(もうけ)になります。
こういう発想は、庶民の常識をはるかに超えている、かもしれません。でも、わが日本国は法治国家、そういう定めになっているのであれば、従っていただかざるをえません。
不動産に限らず株式など、現金・預金以外のもので渡せば、譲渡所得の課税問題が生ずるものと覚悟してください。
◆交換すればみなし譲渡課税
この「みなし譲渡課税」の取扱いは、皆さんになかなかご理解いただけない内容です。ちょうどいい機会ですから、別の例を取り上げて、みなし譲渡のことを詳しく説明しましょう。
“交換”のケースで説明します。たとえばSさんとTさんが、それぞれ時価1億円の土地を持っているとします。お互いに欲しい物件なので、この際交換しよう、ということになりました。そのとき、お二人に税金がかかります。 ??という感じでしょうね。同じ値打ちの2つの土地を交換するだけで、お金のやり取りをしないのになんで?・・・という思いでしょうね。
ミスター“税金”は、このように判断します。交換の時点で、買ってからこれまでの値上り益(場合によっては値下り損)があるはず。お金のやり取りはないけれど、所有権が移転した(名義が変わった)時点で、現在得ている利益(あるいは被った損失)を、公にしていただきましょう、という発想です。
◆交換後の譲渡益を通算すれば合計額は等しい
たとえば、Sさんは40年前に自分の土地を4,000万円で買っています。Tさんはもう少し古く50年前に3,000万円で買っています。
そうすると現時点で、お二人には次の譲渡益が発生しています。
Sさん:
Tさん:1億円 - 3,000万円 = 7,000万円
この譲渡益に対する所得税等を、現時点で納めていただきます。その代わり、たとえばSさんが次回、交換後の土地を1億2,000万円で売却したときの譲渡所得の計算は、次のようになります。
Sさん:1
当たり前のことながら、2回分通算した譲渡益は8,000万円止まりです。
Sさん:1
◆3,000万円控除の適用は?
さて、お隣Aさんの話に戻ります。一般に自宅を売却したときは、居住用財産の「3,000万円特別控除」が適用されます。
その際、離婚による財産分けで自宅を奥さんに明け渡した場合にも、この特例が使えるかどうか・・・。ひっかかるのは、身内の者に売ってもこの特例は適用されない、という取扱いです。通常なら、奥さんに売った場合は適用されません。
でも、ご安心ください。離婚による財産分けなら大丈夫。正式に離婚して籍を抜いてしまえば、元夫婦でも赤の他人――身内への譲渡ではないから特例の適用あり、ということになります。
Aさんも、そういう渡し方をしていればいいのですが・・・。
(了)
人生にまつわる税金ものがたり、
もっとたくさんのお話を読みたい方へ送る一冊。
『わたしは税金—ゆりかごから墓場までの人生にまつわる税金ものがたり』
- 公認会計士・税理士 鈴木基史 著
- 発行:2023年10月6日
- 判型:四六判/328頁
- ISBN:978-4-433-73933-1
- 定価:1,650円(本体:1,500円)
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