公開日: 2024/05/09 (掲載号:No.568)
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わたしは税金 「自動車泥棒」-雑損控除-

筆者: 鈴木 基史

カテゴリ:

※この記事は会員以外の方もご覧いただけます。

わたし税金

「自動車泥棒」

-雑損控除-

公認会計士・税理士
鈴木 基史

 

自動車泥棒

「へぇー、車が盗まれた・・・」
「警察には届けたけど、まず望みはないそうよ」
「しかし、夜中に車庫から盗んでいくとは、乱暴な話だなぁ」
「新手の窃盗団なんだって。うちも気をつけないと」

田中さんちのご近所で、車の盗難事件がありました。ご主人の通勤用に、最近買ったばかりとのこと。ローンがまだ100万円以上残っていて、ご本人はガックリなさっているそうです。

それにしても、けしからんやからですね。わたくしども“税金”も憤りを感じます。多少なりともご落胆を和らげるため、そういうときには手を差しのべることにしています。

 

災害・盗難・横領にあうと税金が戻る

所得税の計算で「雑損控除」というのがあります。雑損とは“災害・盗難・横領”による被害のことです。こうした目にあった人はお気の毒ですから、納める税金を安くすることにしています。

よく似た被害に“詐欺さぎ”がありますが、詐欺にあった人にはこの恩典はありません。だって詐欺にあうような人は、多少ともヤマっ気があったわけでしょう。振り込め詐欺などは別として、詐欺にあったから税金をまけてくれというのも、おかしな理屈ですからね。

 

還付されないモノもある

さて、自分の持ちモノが被害にあったらこの恩典が受けられるわけですが、モノによっては受けられない場合もあります。「日常生活に必要のないモノ」はダメ、ということになっていますからご注意ください。

たとえば、住んでいる家が火事で焼けたときは、もちろん恩典の対象になります。ところが、別荘ということになると、日常生活には必要ないわけですから、お気の毒ながら税金は戻らない、という具合です。

 

車は生活に必要か?

田中さんのご近所の方の場合、この恩典が受けられるかどうかは、まず、その車がその方の生活にとって必要だったかどうかです。通勤用だからいけるんじゃないか、ということですが・・・次のようなことをいう、小うるさい人も税務署にはいます。

田舎ならまだしも都会に住んでいれば、通勤の足は電車やバスがあるじゃないか。その車は通勤にはほとんど使わず、レジャー用だったんじゃないの・・・だったら恩典はダメ。

だけど、仮にそうだとしても、衣食住だけの生活なんてむなしい。息ぬきなしの生活なんてありえないのだから、たまにレジャーで使おうが、やっぱり車は生活に必要。いまや下駄代わりの存在になっている車を別荘と同列に論ずるのはおかしい、という理屈の方がまともだとわたしは思いますがね。ま、税務署へ行って交渉してみてください。

 

損失額の計算方法は?

「ふーん、雑損控除で税金が戻るのね」
「あの車、250万円ぐらいかなあ。いくら戻るんだろう?」
「ねえ、うちの車、もう古いんだから・・・いっそのこと、だれかに持っていってもらえば。そうすれば戻ったお金で、新しい車が買えるじゃない」
「お、そうするか」

 

いま現在の値打ちが損失額

ちょ、ちょっとお待ちください、田中さん。世の中、そんなに甘くはありませんよ。ご近所の方の場合、いかほど税金が安くなるかといえば、こういう計算です。

まず、“損失額”はいくらか――250万円ではありません。昨日買ったばかりならいざ知らず、乗っている間に値打ちは下がりますよね。“減価償却”の計算をしますが、たとえば、新品で250万円だった車でも、1年間使えば200万円ほどの値打ちになり、これが適用対象の損失額です。

さらにそこから、その人の年間所得の1割相当額を差し引いた金額が雑損控除額。たとえば、年収600万円のサラリーマンなら給与所得の金額が約440万円で、その1割の44万円を200万円からマイナスします。つまり、雑損として控除できるのは「損失額200万円-所得金額440万円×10%=156万円」です。

 

税率分だけ還付

さらにその続きの話として、戻るお金は156万円ではありませんからご注意を! お返しするのは雑損失の金額に対する、その人の税率分だけです。たとえば、さきほどの年収600万円のサラリーマンなら税率は10%ですから、還付する所得税は「156万円×10%=15万6,000円」なり。

あと、住民税にも雑損控除の適用があります。やはり税率は10%で15万6,000円の節税になりますが、こちらは還付ではなく、翌年に納める税金がそれだけ減るという話です。

200万円の損失に対して援助額が約30万円・・・不十分かもしれませんが、わたくしどもにとって精一杯の努力です。

 

高額所得者には適用なし

ところで、税率分だけ還付、ということになると・・・所得が1,800万円以上の高額所得者なら、国税(所得税)と地方税(住民税)を合わせた税率が50%(4,000万円以上なら55%)なので、「156万円×50%=78万円」が戻るのかといえば、さにあらず。

さきほどの雑損控除の計算を見直してください。損失額から所得の1割相当額を控除、ということでしたね。ということは、車を盗まれた人の所得が2,000万円以上あれば、200万円を損失額から差し引かねばならず、そうすると雑損控除額はゼロで、還付はありません。お金持ちの人には、雑損控除の適用はご遠慮いただくことになっています。

 

保険金が出てたらダメ

あ、それからもうひとつ、この特例でご注意いただくのは、保険に入っていなかったかということです。たいていの人がマイカーに保険をかけるでしょうが、ここで問題となるのは「盗難保険」に入っていたかどうかです。

もし入っていれば、盗まれても損害は保険金でカバーされますから、当然のことながら税金は戻ってきません。そうでないとき、必要書類を整えたり、税務署で事情説明したりとか、ひと苦労あろうかと思いますが、該当する方はぜひこの恩典をご利用ください。

ところで田中さん、買ってから数年経った車は、ほとんど値打ちがありません。だから、この恩典を使って新車に乗り換えるだなんて、不心得なことは考えないでくださいよ。

 

空飛ぶ自動車に雑損控除?

最後に、いまや電気自動車が主流となりつつある時代です。さらに来年(令和7年)の大阪・関西万博では、空飛ぶ自動車が登場するとか。さてそこで、こうした自動車が盗まれたとき、雑損控除は適用されるのか。

電気自動車はともかくとして、空飛ぶ自動車が「日常生活に必要」とはとても思えません。そんなぜいたく品に、果たして税務署が雑損控除を認めるかどうか。

さらには、そういう高額商品を購入できるのは、億万長者に決まっています。先ほど述べたように、所得の10%の足切りがあります。年間所得が数億円の人なら、損失額から数千万円の控除――いくら何でも、そんなに大きな損害とはならないでしょう。よって、空飛ぶ自動車で雑損控除が適用される事案など、現実には起きないと思いますよ。

(了)

人生にまつわる税金ものがたり、
もっとたくさんのお話を読みたい方へ送る一冊。

『わたしは税金—ゆりかごから墓場までの人生にまつわる税金ものがたり』

  • 公認会計士・税理士 鈴木基史 著
  • 発行:2023年10月6日
  • 判型:四六判/328頁
  • ISBN:978-4-433-73933-1
  • 定価:1,650円(本体:1,500円)
    プロフェッションネットワークの会員なら10%OFF

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※この記事は会員以外の方もご覧いただけます。

わたし税金

「自動車泥棒」

-雑損控除-

公認会計士・税理士
鈴木 基史

 

自動車泥棒

「へぇー、車が盗まれた・・・」
「警察には届けたけど、まず望みはないそうよ」
「しかし、夜中に車庫から盗んでいくとは、乱暴な話だなぁ」
「新手の窃盗団なんだって。うちも気をつけないと」

田中さんちのご近所で、車の盗難事件がありました。ご主人の通勤用に、最近買ったばかりとのこと。ローンがまだ100万円以上残っていて、ご本人はガックリなさっているそうです。

それにしても、けしからんやからですね。わたくしども“税金”も憤りを感じます。多少なりともご落胆を和らげるため、そういうときには手を差しのべることにしています。

 

災害・盗難・横領にあうと税金が戻る

所得税の計算で「雑損控除」というのがあります。雑損とは“災害・盗難・横領”による被害のことです。こうした目にあった人はお気の毒ですから、納める税金を安くすることにしています。

よく似た被害に“詐欺さぎ”がありますが、詐欺にあった人にはこの恩典はありません。だって詐欺にあうような人は、多少ともヤマっ気があったわけでしょう。振り込め詐欺などは別として、詐欺にあったから税金をまけてくれというのも、おかしな理屈ですからね。

 

還付されないモノもある

さて、自分の持ちモノが被害にあったらこの恩典が受けられるわけですが、モノによっては受けられない場合もあります。「日常生活に必要のないモノ」はダメ、ということになっていますからご注意ください。

たとえば、住んでいる家が火事で焼けたときは、もちろん恩典の対象になります。ところが、別荘ということになると、日常生活には必要ないわけですから、お気の毒ながら税金は戻らない、という具合です。

 

車は生活に必要か?

田中さんのご近所の方の場合、この恩典が受けられるかどうかは、まず、その車がその方の生活にとって必要だったかどうかです。通勤用だからいけるんじゃないか、ということですが・・・次のようなことをいう、小うるさい人も税務署にはいます。

田舎ならまだしも都会に住んでいれば、通勤の足は電車やバスがあるじゃないか。その車は通勤にはほとんど使わず、レジャー用だったんじゃないの・・・だったら恩典はダメ。

だけど、仮にそうだとしても、衣食住だけの生活なんてむなしい。息ぬきなしの生活なんてありえないのだから、たまにレジャーで使おうが、やっぱり車は生活に必要。いまや下駄代わりの存在になっている車を別荘と同列に論ずるのはおかしい、という理屈の方がまともだとわたしは思いますがね。ま、税務署へ行って交渉してみてください。

 

損失額の計算方法は?

「ふーん、雑損控除で税金が戻るのね」
「あの車、250万円ぐらいかなあ。いくら戻るんだろう?」
「ねえ、うちの車、もう古いんだから・・・いっそのこと、だれかに持っていってもらえば。そうすれば戻ったお金で、新しい車が買えるじゃない」
「お、そうするか」

 

いま現在の値打ちが損失額

ちょ、ちょっとお待ちください、田中さん。世の中、そんなに甘くはありませんよ。ご近所の方の場合、いかほど税金が安くなるかといえば、こういう計算です。

まず、“損失額”はいくらか――250万円ではありません。昨日買ったばかりならいざ知らず、乗っている間に値打ちは下がりますよね。“減価償却”の計算をしますが、たとえば、新品で250万円だった車でも、1年間使えば200万円ほどの値打ちになり、これが適用対象の損失額です。

さらにそこから、その人の年間所得の1割相当額を差し引いた金額が雑損控除額。たとえば、年収600万円のサラリーマンなら給与所得の金額が約440万円で、その1割の44万円を200万円からマイナスします。つまり、雑損として控除できるのは「損失額200万円-所得金額440万円×10%=156万円」です。

 

税率分だけ還付

さらにその続きの話として、戻るお金は156万円ではありませんからご注意を! お返しするのは雑損失の金額に対する、その人の税率分だけです。たとえば、さきほどの年収600万円のサラリーマンなら税率は10%ですから、還付する所得税は「156万円×10%=15万6,000円」なり。

あと、住民税にも雑損控除の適用があります。やはり税率は10%で15万6,000円の節税になりますが、こちらは還付ではなく、翌年に納める税金がそれだけ減るという話です。

200万円の損失に対して援助額が約30万円・・・不十分かもしれませんが、わたくしどもにとって精一杯の努力です。

 

高額所得者には適用なし

ところで、税率分だけ還付、ということになると・・・所得が1,800万円以上の高額所得者なら、国税(所得税)と地方税(住民税)を合わせた税率が50%(4,000万円以上なら55%)なので、「156万円×50%=78万円」が戻るのかといえば、さにあらず。

さきほどの雑損控除の計算を見直してください。損失額から所得の1割相当額を控除、ということでしたね。ということは、車を盗まれた人の所得が2,000万円以上あれば、200万円を損失額から差し引かねばならず、そうすると雑損控除額はゼロで、還付はありません。お金持ちの人には、雑損控除の適用はご遠慮いただくことになっています。

 

保険金が出てたらダメ

あ、それからもうひとつ、この特例でご注意いただくのは、保険に入っていなかったかということです。たいていの人がマイカーに保険をかけるでしょうが、ここで問題となるのは「盗難保険」に入っていたかどうかです。

もし入っていれば、盗まれても損害は保険金でカバーされますから、当然のことながら税金は戻ってきません。そうでないとき、必要書類を整えたり、税務署で事情説明したりとか、ひと苦労あろうかと思いますが、該当する方はぜひこの恩典をご利用ください。

ところで田中さん、買ってから数年経った車は、ほとんど値打ちがありません。だから、この恩典を使って新車に乗り換えるだなんて、不心得なことは考えないでくださいよ。

 

空飛ぶ自動車に雑損控除?

最後に、いまや電気自動車が主流となりつつある時代です。さらに来年(令和7年)の大阪・関西万博では、空飛ぶ自動車が登場するとか。さてそこで、こうした自動車が盗まれたとき、雑損控除は適用されるのか。

電気自動車はともかくとして、空飛ぶ自動車が「日常生活に必要」とはとても思えません。そんなぜいたく品に、果たして税務署が雑損控除を認めるかどうか。

さらには、そういう高額商品を購入できるのは、億万長者に決まっています。先ほど述べたように、所得の10%の足切りがあります。年間所得が数億円の人なら、損失額から数千万円の控除――いくら何でも、そんなに大きな損害とはならないでしょう。よって、空飛ぶ自動車で雑損控除が適用される事案など、現実には起きないと思いますよ。

(了)

人生にまつわる税金ものがたり、
もっとたくさんのお話を読みたい方へ送る一冊。

『わたしは税金—ゆりかごから墓場までの人生にまつわる税金ものがたり』

  • 公認会計士・税理士 鈴木基史 著
  • 発行:2023年10月6日
  • 判型:四六判/328頁
  • ISBN:978-4-433-73933-1
  • 定価:1,650円(本体:1,500円)
    プロフェッションネットワークの会員なら10%OFF

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連載目次

わたしは税金

筆者紹介

鈴木 基史

(すずき・もとふみ)

公認会計士・税理士
神戸大学経営学部卒業
平成15~17年 税理士試験委員
平成21~24年 公認会計士試験委員(租税法)

【著書】
わたしは税金—ゆりかごから墓場までの人生にまつわる税金ものがたり
法人税申告書作成ゼミナール
法人税申告書別表4・5ゼミナール
法人税申告の実務
根拠法令から見た法人税申告書
消費税申告書作成ゼミナール
法人の修正申告実務
鈴木基史のキーワード法人税法
相続税・贈与税の実践アドバイス』(以上 清文社)
『最新法人税法』『条文で学ぶ法人税申告書の書き方』(以上 中央経済社)
『やさしい法人税』(税務経理協会) 他

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