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〔会計不正調査報告書を読む〕【第4回】オリバー架空・循環取引「社内調査委員会・第三者調査委員会調査報告書」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第4回】 オリバー架空・循環取引 「社内調査委員会・第三者調査委員会 調査報告書」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【概要】   【株式会社オリバーの概要】 株式会社オリバー(以下「オリバー」という)は、愛知県岡崎市に本店を置くインテリアの製造・販売会社で、連結売上高20,445百万円、連結経常利益1,938百万円。従業員386名。国内に有線テレビ事業を営む連結子会社1社と、アメリカ、ニュージーランドにそれぞれ連結子会社を有している(数字はいずれも2011年10月期)。名古屋証券取引所上場。   【報告書のポイント】 1 架空・循環取引が発覚した経緯 (1) 取引先C社による債権残高の照会(2012年9月25日) 取引先C社の社長以下がオリバーを訪問し、同社の売掛債権が1億円以上あり、かつ、当該債権について執行役員医療福祉営業部長(以下「元部長」という)が作成した念書があることを説明した。 オリバーのC社に対する買掛債務は100万円であったため、事実関係を確認しようとしたが、元部長は、その前日から出張に出かけ不在であった。 なお、元部長の所在は、現在に至るまで分かっていない。 (2) 社内調査委員会による調査 オリバーは、9月28日の取締役会で、社長を委員長とする調査委員会を設置し、医療福祉営業部員に対するヒアリングを行うとともに、C社を含む取引先との面談及び資料の提供を受けて、C社を含む複数の取引先(以下「特定取引先6社」という)との間で、架空の売上計上、架空の仕入計上の疑いがあることが判明した。 元部長以外の医療福祉営業部員らは、関与を全面的に否定した。 (3) 第三者調査委員会の設置 社内調査の結果、元部長の所在が不明であることから取引の詳細は明らかではないものの、何らかの架空取引があったとの判断から、11月6日、第三者委員会を設置し、翌日、その事実を開示した。   2 調査結果により判明した事実 (1) 納入実体のない架空・循環取引 元部長による、特定取引先6社を巻き込んだ架空・循環取引による売上計上額は2005年12月から2012年10月までの間に2,892百万円に達し、経常利益を363百万円不正に過大計上していた。 不正の手口としては、直送取引(商品が仕入先から設置場所に直送され、オリバーを経由しない取引)を利用し、特定取引先6社の協力を得て証憑書類を作成して、入出金を行い、架空・循環取引であることを隠蔽して行われていた。 (2) 不正な金銭の受領 元部長は、個人口座に振り込ませたり、飲食代金等の肩代わりをさせたりする方法で、特定取引先のうちの1社であるA社から10年間で総額10,946千円を支出させ、同じくE社からは、1年半の間に9,597千円を支出させていた。 (3) 架空・循環取引参加社の対応 最も後から架空・循環取引に参加したE社は、仕入先には現金で支払い、オリバーからは120日手形を受け取る条件で8~10%の利ざやを得ていたが、架空・循環取引の破綻に伴い、オリバーを被告として不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(訴額493百万円)を提起した。 一方、特定取引先のうちA社は、2012年10月破産申立手続きを行い、翌月、破産手続の開始が決定している。   3 架空・循環取引を組成するに至った理由 (1) 予算達成のプレッシャー及び昇進・昇給目的 調査報告書は、オリバーの、業績に偏重した成果主義、昇格制度、予算ノルマ達成へのプレッシャーなどが、元部長をして、架空売上・利益の計上を企図させた原因としている。なお、元部長の評価は高く、同期入社のトップで執行役員に昇進している。 社内調査報告書には、2003年10月、元部長が、前年の業績不振により降格されたという記載もあり、降格人事を経験したことがより一層強いプレッシャーを感じる原因となったことが類推できる。 (2) オリバーの企業風土 調査報告書は、オリバーの、コンプライアンス意識の不徹底、社内規定、決裁権限の不備を不正の発生原因とし、内部監査、監査役監査が機能していなかったことを指摘している。 また、人事異動が適切に行われていなかったことが、当該部門を不正の温床とし、取引業者との癒着につながったと批判している。 (3) 利益供与目的 前述のように、元部長は、特定取引の2社から合計2,000万円以上の不正な利得を得ており、自らの遊興費欲しさに、架空・循環取引を組成した面もある。   4 調査報告書の特徴 架空・循環取引がマスコミで報じられるようになったのは、2007年1月のアイ・エックス・アイ社に対する強制捜査、翌年4月のニイウスコー社の破綻などからであろうか。 2010年にはメルシャン社の不正が親会社まで巻き込んだ。本事例は、執行役員営業部長が、長年、架空・循環取引を捏造し、しかも、仕入先から不正に利益供与を受けていた事件である。 第三者調査委員会は、オリバーの取締役の責任について、 としかコメントしていないが、オリバーの取締役・監査役の中には、他社で行われた不正の報道に触れて、「自社は大丈夫だろうか」とか、「もっと厳格な監査が必要ではないか」と心配するメンバーは存在しなかったようである。 第三者委員会は、懲戒解雇にした元部長を刑事告訴すべきと断じ、また、監査法人についても、「監査法人の監査チームが、リスク意識を十分に理解せずに監査業務を遂行していた」から、本件取引に気づかなかったと厳しく指摘しているが、それに引き換え、取締役の責任に対する上記のコメントは歯切れが悪く感じる。 もちろん、不正を働いた元部長が悪いのは間違いない。しかし、有能な社員を不正に走らせ、8年間、その不正を発見できなかったのみならず、失踪にまで追い込んだ社内管理体制の不備、それを放置した経営者の責任はもっと重いのではないだろうか。 内部統制の目的は不正を防止することだけではなく、社内から犯罪者を出さない、社員を刑事被告人にしないことも含まれるはずである。 (了)
#3(掲載号)
#米澤 勝
2013/01/24
労働基準関係 労務 労務・法務・経営

高年齢者の継続雇用を巡る企業対応(最高裁平成24年11月29日判決を受けて)

高年齢者の継続雇用を巡る企業対応 (最高裁平成24年11月29日判決を受けて)   弁護士 薄井 琢磨   1 はじめに 平成16年改正の高年齢者雇用安定法(以下「平成16年改正法」という)の施行を受けて、多くの企業が継続雇用制度を導入した。 ところが、近時、継続雇用制度を巡る紛争が増加し、裁判例が相次いで出されている。 この種の紛争の典型例は、定年を迎えて継続雇用を希望する労働者に対し、企業が継続雇用基準を満たさないなどの理由でこれを拒み、労働者が雇用継続を求めて提訴するというものである。 今般、継続雇用拒否に対する法的救済を認めた最初の最高裁判決(津田電気計器事件・最高裁平成24年11月29日第一小法廷判決)が出された。 本判決は、企業の実務対応を考える上で重要な意義があると思われるので、概要を紹介し、併せて実務対応上の留意点に触れたい。   2 継続雇用制度を巡る状況 (1) 平成16年改正法の概要 平成16年改正法は、企業に対して60歳を下回る定年の定めを禁止したうえで(8条)、65歳未満の定年を定めている企業は、従業員の65歳までの安定した雇用を確保するため、以下の①~③のいずれかの措置を講じなければならないとした(9条1項)。 また、②継続雇用制度について、企業が、過半数代表との書面による協定(労使協定)に対象者の基準を定め、当該基準に基づく制度を導入したときは、②継続雇用制度の措置を講じたものとみなすとした(9条2項)。 (2) 企業の対応動向 これを受けて、多くの企業は②継続雇用制度を導入し、その割合は上記①~③の措置を講じた企業の8割超にのぼる(平成24年厚生労働省告示第559号)。 継続雇用には、定年までの労働契約を終了させずそのまま延長する勤務延長と、いったん定年で労働契約を終了したうえで改めて有期労働契約を締結する(雇用確保年齢まで契約を更新する)再雇用の2つのタイプがあるが、継続雇用制度を導入した企業の大部分が、賃金をはじめとする労働条件をリセットできる再雇用タイプを選択している。 また、継続雇用制度を導入した企業の6割弱は、継続雇用基準を定めた労使協定を締結し、これをクリアした者を再雇用している。   3 津田電気計器事件・最高裁判決の概要 (1) 事案の概要 X(被上告人)はY社(上告人)に正社員として入社した。 Y社の定年は60歳とされていたが、Y社には高年齢者継続雇用規程(以下「本件規程」という)があった。 XはY社に継続雇用の希望を伝えたが、Y社はXに対し、本件規程の継続雇用基準を満たさないことを理由に、再雇用しない旨を通知した。 そこで、Xが、本件規程に基づき再雇用されたこと等を主張して、Y社を提訴した。 (2) 判旨 (審理の結果、Xが継続雇用基準を満たすことを認定したうえで)Xは本件規程の継続雇用基準を満たしていたから、Xが雇用が継続されると期待することには合理的な理由がある。一方、Y社がXを継続雇用基準を満たしていないとして再雇用しないことは、やむを得ない事情もないため、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とはいえない。したがって、Y社とXとの間には、本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が続いている。そして、期限や賃金、労働時間等の労働条件は、本件規程の定めに従う。 (下線:筆者) (3) 判決のポイント 継続雇用を拒否された労働者が、実は継続雇用基準を満たすと判断された場合、どこまでの法的救済が認められるのか(損害賠償に止まるのか、それとも継続雇用まで認められるのか)、また、継続雇用が認められるとすればその根拠は何かについて、議論があった。 有期契約労働者の雇止め(更新拒否)のケースについては、判例法理(改正労働契約法19条で条文化された)が確立している。 それは、①契約が反復更新されて期間の定めが有名無実化し、実質的に無期労働契約と同視できる場合、②①とまではいえないが、労働者の雇用継続の期待に合理性がある場合、解雇権濫用法理(労働契約法16条)を類推適用し、雇止めが濫用に当たる場合にはこれを許さず、契約が更新されたのと同様の法律関係になるというものである。 本判決は上記の議論に決着を付け、継続雇用拒否のケースについても、雇用継続の期待に合理性がある場合(上記②の場合)には判例の雇止め法理が妥当し、継続雇用が認められる場合があることを明らかにした。   4 実務対応上の留意点 継続雇用拒否が濫用と判断されると、継続雇用が認められることになるが、その労働条件(特に賃金額)は、継続雇用制度の内容を前提に、裁判所の解釈によって認定される可能性がある。 津田電気計器事件では、労働者から再雇用と併せて再雇用拒否後に生じた未払賃金等も請求されたが、継続雇用制度に関する社内規程(本件規程)に再雇用者の労働条件の大枠が定められていたため、裁判所の解釈によって具体的な未払賃金額が認定された。 これを踏まえて、継続雇用制度を導入する企業は、柔軟な対応ができるように、社内規程に継続雇用後の労働条件(賃金・労働時間)を定めることの是非や、どの程度まで具体的に定めるか等を含めて、規程を見直すことも考えられる。 ところで、労使協定で継続雇用の対象者を限定する仕組みは、平成25年4月1日から施行される改正高年齢者雇用安定法で廃止される。 その結果、継続雇用制度を導入する企業は、希望者全員を対象とする制度に改めければならなくなる。 もっとも、厚生労働省の指針(平成24年厚生労働省告示第560号)によれば、心身の故障のため業務に堪えられないと認められることや、勤務状況が著しく不良で従業員としての職責を果たしえないことなど、就業規則に定める解雇事由や退職事由(年齢に係るものを除く)に当たる場合には、継続雇用しないことができ、これらを継続雇用拒否事由として就業規則等に定めることもできるとされている。 ただし、「解雇事由又は退職基準と異なる運営基準を設けることは改正法の趣旨を没却するおそれがあることに留意する。」「継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられることに留意する。」との注意書きが付されている。 高年齢者の継続雇用については、以上の対応についても併せて検討する必要があるだろう。 (了)
#3(掲載号)
#薄井 琢磨
2013/01/24
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中国「社会保険法」の外国人に対する強制適用 ~適用開始から1年超が経過した、当局実務運用を含む現状解説~

中国「社会保険法」の 外国人に対する強制適用 ~適用開始から1年超が経過した、 当局実務運用を含む現状解説~   有限責任監査法人トーマツ 古谷 純子   1 中国「社会保険法」の外国人に対する強制適用の経緯及び現状 2011年7月1日から、中国「社会保険法」(主席令35号)が施行され、また同年9月には「中国国内で就業する外国人の社会保険加入暫定弁法」(人力資源社会保障部令 第16号、以下「暫定弁法」と省略)の公布により、中国「社会保険法」が外国人に強制適用されることが正式に決定した。同通達の施行日である同年10月15日が、外国人に対する中国社会保険法の適用開始日となっている。 しかし、外国人にも中国社会保険法が強制適用されるとの根拠である暫定弁法には、外国人及び当該雇用主が負担すべき金額の根拠となる比率等、実務的に必要な基本情報が含まれていない。したがって、実務的には各地方政府が地方通達を制定後に、外国人に対する社会保険納付を要求している。 地方政府の対応にはバラツキが見られ、北京市や青島市などは暫定弁法の公布を受けてすぐに地方通達を制定し、2011年中に外国人に対する強制適用を開始した。一方で、上海市のように2012年12月末現在、地方通達の制定や当該社会保険料の納付開始時期が未定の地域もあるなど、運用に地域差が見られている。 北京市、青島市など既に適用されている地域以外の状況では、2012年に入り、まず蘇州市や無錫市、杭州市などの華東地域でも適用が開始された。その後、同年11月には広州市でも地方通達が制定されるなど、日系企業が多数進出している地域では、上海市を除き、ほぼ外国人への適用が開始されている。 なお、日中政府間での社会保障協定が締結されていないため、日系企業は日中双方の社会保険に強制加入を余儀なくされているが、同協定が締結・発効すれば、原則、二重負担が排除されるため、早急な締結が望まれる。   2 外国人に対する適用内容 外国人に対する中国社会保険の適用内容は、暫定弁法に加え、「中国国内で就業する外国人の社会保険加入業務の適切な実施に係る関連問題についての通知」(人社庁発[2011]113号)等の中央レベルの通達により適用の大枠が定められている。 (1) 適用対象 “中国国内で就業する外国人”とは、具体的には“法的に有効な「外国人就業証」「外国専門家証」「外国常駐記者証」等就業証書や外国人居留証を取得、あるいは「外国人永住居留証」を有する中華人民共和国内で合法的に就業する非中国国籍の人員を指す”(注1)と定めている。 実務的には、Zビザを取得し勤務する外国人が対象であり、Fビザ(出張ベース)の外国人には適用されない。 (注1) 暫定弁法第1条及び第2条より抜粋。 (2) 納付すべき社会保険項目 外国人の納付すべき社会保険項目は、養老保険、医療保険、労災保険、失業保険、生育保険(以下「5保険」という)と定められている(注2)。 (注2) 従来から、中国籍人員に対しては通常「四金」あるいは「五金」と呼ばれる中国籍従業員を対象とした社会保険制度があり、例えば「四金」とは養老保険、医療保険、失業保険、住宅公共積立金制度を指す。 社会保険項目により、雇用主のみが社会保険料を負担する項目もあり、雇用主と個人負担部分における要否は表1の通りである。 【表1】 中国社会保険料の負担要否 (3) 加入時の手続 現地法人や駐在員事務所等の雇用単位は、駐在員など国外雇用主から派遣された外国人の就業証手続から30日以内に、所在地の社会保険機構で、社会保険登記申請(登記申請のために外国人が雇用単位に提出すべき必要書類は表2参照)が要求されている。 その後、社会保険用の個人口座を開設し、社会保険料の支払いや積立てを実施する。 なお、人社庁発[2011]113号では、対象となる外国人が2012年1月1日以降に社会保険登記を実施した場合、2011年10月15日に起算して延滞金を徴収するとしている。しかし、実務的には2012年1月1日以降に地方通達を制定し、適用を開始した地域がほとんどである。これらの地域では2011年10月15日起算での延滞金徴収を実施せず、各地の実情に合わせて、延滞金の発生時期を別途、独自に定めるなどの実務運用をしている。 (4) 帰国時の取扱い 日本では、年金の受給資格期間は現時点では25年(注3)だが、中国では15年と定められている。 暫定弁法では15年に満たずに出国する場合の定めがあり、当該社会保険の個人口座を保留し再度中国で就業する際に払込み年数を累計計算する方法と、申請により、当該個人口座の預金額を一括で受領する方法の2つが選択可能である。 運用面でも当該規定が遵守されていると考えられる(なお、北京市では養老保険金だけでなく医療保険金が返還された例を確認している(注4))。 (注3) ただし、年金機能強化法が平成24年8月22日に公布されており、同法の施行後は10年に短縮される予定。 (注4) 蘇州市当局も、養老保険金に加え医療保険金についても還付されるとの見解を示している。 (5) 納付すべき社会保険料の計算方法 社会保険料計算のベースとなる基数や労使の負担比率などは、各地域の実情に合わせる必要があるため、各地方政府により決定している。 社会保険料の計算基準となる社会保険納付基数は前年度の本人の平均月間賃金、そして基数上限は各地域共にほぼ一律に「所在地に就業する全従業員の、前年度の平均給与の3倍」が基準である。同基準は現地ローカル企業に勤務するワーカー等も含めた平均賃金であるため、ほとんどの外国人は上限3倍の金額に該当する。 また、基数に乗じるべき社会保険項目の各負担比率は、地域差はあるものの、住宅公積金も含めた会社負担分であれば、基数の概ね3~4割前後とする地域が多くみられる。 下記に上海市を例にとり、社会保険料を算出した場合、会社負担での日本円換算では1人当たり年間約73万円(個人負担分も会社が負担した場合には、同約94万円)(注5)が必要となり、社会保険料の負担は企業にとって軽くはない。 (注5) 1元=14.0円で計算したもの。 (6) 個人所得税の取扱い 「個人所得税法実施条例」第25条及び「基本養老保険料、基本医療保険料、失業保険料、住宅公積金に係る個人所得税政策に関する通知」(財税[2006]10号)では、企業と個人が国家等に納付した当該保険料は非課税となる旨が定められている。 したがって、当該保険料は個人所得税の計算上は非課税になると考えられる。 実務的にも、個人負担部分について、個人が負担した場合には課税所得に算入した上で控除するとの運用をする税務当局が一般的である。ただし、駐在員の場合には個人負担分も含めて会社が負担するケースも多く、この場合には課税所得とされる可能性がある。 このため、実務的には所在地の税務当局への確認が必要と思われる。 なお、日本の公的社会保険料における中国の個人所得税の取扱いにも、2011年1月以降、変化が生じているため、補足説明する。従来は国税発[1998]101号により、当該保険料の雇用主拠出金は、駐在員の中国個人所得税の課税所得には含めないとされていた。しかし、同通達が国家税務総局公告2011年第2号により廃止された。 一方において、実務的には代替する通達が未公布であるため、課税所得に含めないとの見解を示す税務当局もある。 したがって、当地の実情を確認しつつ、対応することが望ましい。   3 日中政府間の社会保障協定締結への動き 日中政府間では現状、社会保障に係る二国間協定が締結されていないが、当該協定が締結されれば、日中両国における二重負担が排除され、企業の負担が大幅に削減される。 日本が、中国以外の国々と締結した二国間社会保障協定では「適用調整(派遣期間が5年以内の見込みの場合、当該期間中は相手国の法令適用を免除、自国の法令のみを適用し、原則、同一労働に対する二重払いの回避が可能 )」と「(派遣期間が5年超と見込まれる等により、協定相手国で保険料を支払った場合の)保険期間の通算」を前提としている。なお、ドイツや韓国の場合には、中国と二国間協定が既に発効しており、社会保険の二重払いを回避している。 日中政府の社会保障協定締結に向けた交渉は、2011年3月に予備協議を、同年10月から正式協議を開始した段階にある。当該協定の締結には通常2~3年は要するが、駐在員を有する企業の負担は決して軽いとはいえず、早急な協定締結が望まれる。  *なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見である。 (了)
#3(掲載号)
#古谷 純子
2013/01/24
労働基準関係 労務 労務・法務・経営

誤りやすい[給与計算]事例解説〈第3回〉 【事例③】時間外労働時間等の集計

誤りやすい [給与計算] 事例解説 〈第3回〉   税理士・社会保険労務士  安田 大   (1 支給額の算定) 【事例③】―時間外労働時間等の集計― 〔正しい処理〕 〔解   説〕 1 1日ごとの計算単位 時間外労働手当や休日労働手当などの算定基礎となる時間外労働時間等について、1日ごとの計算単位は1分ごととする必要があり、1時間単位や10分単位とすることは、原則として認められていない。 2 1ヶ月ごとの支給単位 時間外労働手当等の算定基礎となる時間外労働時間等について、1ヶ月ごとの支給単位は、1時間単位、30分単位、1分単位など設定することができる。 1時間単位の場合には、1ヶ月間の時間外労働時間等に1時間未満の端数が生じたときは、四捨五入する(30分未満は切り捨て、30分以上は1時間に切り上げる)ことができるが、常に切り捨てることはできない。 また、30分単位の場合には、1ヶ月間の時間外労働時間等に30分未満の端数が生じたときは、四捨五入する(15分未満は切り捨て、15分以上は30分に切り上げる)ことができる。 3 具体例 当社の給与は、末締め、翌月10日払いで、4月1日~30日の時間外労働(定時は18:00で1日8時間労働)は次のとおりである。 1日ごとの計算単位は、分単位とする必要がある。 1ヶ月間(4月1日~30日)の時間外労働時間について、「支給単位を1分単位とする」と規定している場合には、26時間39分となる。 1ヶ月間(4月1日~30日)の時間外労働時間について、「支給単位を1時間単位とし、1時間未満の端数は四捨五入する」と規定している場合には、39分は30分以上であるため切り上げて、27時間となる。 1ヶ月間(4月1日~30日)の時間外労働時間について、「支給単位を30分単位とし、30分未満の端数は四捨五入する」と規定している場合には、9分は15分未満であるため切り捨てて、26時間30分となる。 (了)
#3(掲載号)
#安田 大
2013/01/24
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面接・採用・雇用契約までの留意点 【第3回】「内々定及び内定とその取消し」

面接・採用・雇用契約までの留意点 【第3回】 「内々定及び内定とその取消し」   社会保険労務士 菅原 由紀   内々定とは 選考過程の中で、正式な内定通知に先立って「内定したと理解(期待)してもらってよい」などと、直接的ではなく間接的な表現で、暗に採用の内意を口頭で伝える場合がある。 これは一般に「内々定」と呼ばれ、正式な採用内定手続が後日行われることの通知であるといわれている。 つまり、労働契約締結の申込みに対する承諾の通知である採用内定の通知とは異なるものである。 しかし、この両者の切分けは難しい。 新卒採用の採用活動では、入社予定日の1年近く前に「採用内々定」を出し、10月1日に「採用内定式」を開催、「採用内定式」に出席した学生に対して「採用内定通知書」を渡し、誓約書等の提出を求めるというケースが多いようである。 この流れの中で「内々定」から「内定」までは、一般的に企業は学生に対して他社への就職活動を許容する。これに対し、内定後は原則として会社は内定を取り消せないし、学生も辞退できないという労働契約関係が成立したことになる。 具体的には、入社誓約書の提出、始業日付(入社日)入りの採用通知書、研修の参加といった事実があれば、採用決定としての「内定」があったとして、始期付き、解約権留保付きの労働契約が会社と内定者との間に成立し、その後は、会社からの「内定」の取消しは、労働契約の解約と同じく難しくなると考えられる。 学生は数社から「内々定」を得た後、内定開始日までに1社を選択し、その1社について採用内定関係に入ることになる。したがって、内々定の取消しは、内定取消しよりは会社の取消しの自由が認められると考えられる。   内々定取消しは解雇になるか 内々定の法的性質についてはいくつか議論があるが、「内々定」は未だ会社の承諾の意思表示であるということはできず、労働契約が成立しているとは解せないとされている。 そうすると、一般的には「内々定」の取消通知は、労働契約そのものの解除ではないことになるので、解雇ではないことになる。 ただし、内々定といいながらも、応募者を暗に拘束したり、内々定から内定に至るまで、何らの手続も用意されていない場合には、「採用内定」や「採用内定の予約」として認められる場合もあると考えられる。 そしてこの場合、内々定の一方的な破棄については、学生はその損害の賠償を会社に対して追及できる可能性がある。   内定とは 内定に関する法律関係については、労働基準法等の労働法規によって定められたものではなく、一般的に、会社が学生に対して、採用内定通知書を交付し、学生が会社に誓約書等を提出することにより、「内定」となると解されている。 そして、内定によって「就労の始期(通常4月1日)」又は「労働契約の効力発生始期」とした「始期付き留保解約権付き労働契約」が成立すると考えられている。 そして、会社が学生から誓約書等を提出されることの意義は、会社から採用内定通知により成立した内定関係を確認すること及び学生が内定期間中に守るべき事項を認識し、卒業できなかった場合には内定は取り消す等、内定取消しとなる事由を確認することで入社日までにやるべきことや、やってはならないことを理解し、無事入社の運びとなることにあると考える。   内定取消しとなる場合 会社側からの内定取消しについては、誓約書等の内定取消事由のすべてが直ちに適用されることが許されるわけではなく、「客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当と是認される場合」に限られる。 最もわかりやすい例としては、単位不足で卒業できず、4月1日からの就業が不可能な場合であろう。 この場合は、内定取消しも「社会通念上相当」と判断される。 (了)
#3(掲載号)
#菅原 由紀
2013/01/24
労務・法務・経営 経営

会計事務所の事業承継~事務所を売るという選択肢~ 【第1回】「個人事務所の事業価値源泉」

会計事務所の事業承継 ~事務所を売るという選択肢~ 【第1回】 「個人事務所の事業価値源泉」   公認会計士・税理士 岸田 康雄    1 はじめに 税理士の高齢化が急速に進み、会計事務所の事業承継問題がクローズアップされてきている。 従来は、子供(親族)に税理士資格を取らせて後継者とすることが事業承継の基本とされ、子供が税理士資格を取得できなかった場合には、実質的に廃業という選択肢が取られてきた。 本稿では、会計事務所の廃業を避けるため、事業承継の新たな選択肢として近年増えてきている「会計事務所のM&A」を取り上げる。   2 税理士の世代交代の時期の到来 日本税理士連合会の税理士実態調査によれば、「60歳以上」の税理士の割合は5割を超え、高齢化がピークに達している。 つまり、税理士業界では、税理士の2人に1人が引退の時期に近づいた高齢者なのである。 また、税理士業界では、開業税理士が全体の8割を占めているため、引退する税理士の増加に伴い、残された税理士業務をどのようにして次世代へ引き継ぐか、税理士の事業承継問題が深刻化してきているといえる。 図1 税理士の年齢層(2010年度) 出所:日本税理士会連合会「税理士実態調査・予備調査(平成22年9月15日実施)」 図2 税理士の登録区分(2010年度) 出所:日本税理士会連合会「税理士実態調査・予備調査(平成22年9月15日実施)」   3 表舞台に出てこなかった会計事務所のM&A 大手監査法人や大手税理士法人(ビッグ4)は、その業界再編に伴い、大胆なM&Aが進められてきたことは周知の通りである。しかし、これは会計事務所の規模拡大を目的とした戦略的なM&Aであり、事業承継問題に起因するM&Aではない。 これに対して、事業承継問題に起因する個人事務所のM&Aは、あまり一般には知られていない。これは、個人事務所のM&Aは、その取引事例が公表されず秘密裡に行われてきたからである。 しかし、表舞台には出てこなかったものの、個人事務所のM&Aの案件数は、ここ数年の間に急速に増えてきているのである。   4 これまでの会計事務所の親族外承継 これまで、会計事務所の事業承継は、子供(親族)に税理士資格を取得させて事業承継するケースがほとんどであり、親族内承継が事業承継の基本であった。 また、子供が後継者とならない場合は、所長の引退とともに廃業し、その業務(顧客関係)を無償で他の税理士へ引き継ぐこという親族外承継が業界慣行であった。 親族外承継を行う際、後継者として第一に考えられたのは、最も信頼できる所内の職員である。既存顧客のことを理解している職員に税理士資格を取得させ、税理士業務を引き継がせていたのである。 また、同じ税理士会支部に所属する他の税理士へ承継されることもあった。 これは、支部の会員同士でお互いに顧客を融通し合うことによって共存共栄を図るという文化がその背景にあると考えられる。 いずれにせよ、つまり、会計事務所の事業を“有償”で売却するという手段(M&A)が用いられるケースはほとんどなく、親族内承継に失敗した税理士は、長年の間に蓄積した貴重な業務(顧客関係)を無償で手放していたのである。 そうは言っても、ごく稀に有償で会計事務所が売却されるケースも存在していたが、事業会社のM&Aとは異なり、会計事務所の事業価値の相場が形成されていなかったため、取引価格をどのように評価してよいかわからないという問題があった。 しかし、現役時代を通じて十分に稼いできた税理士は、もはや引退した後にお金が欲しいという気持ちがあまりなく、買い手となる税理士の希望する比較的低い取引価格に応じるケースが多かったようである。 以上のように、これまでは会計事務所のM&Aが実施されるケースは少なく、親族外承継の有効な手法となることは一般に知られていなかったのである。   5 会計事務所の事業価値源泉は顧客関係 会計事務所の主たる収益源は、税務顧問(記帳代行、決算申告)である。顧問契約を締結すれば、毎期継続的に、極端に言えば半永久的に顧問料収入が入ってくる。それゆえ、この顧問契約を結んだ顧客関係こそが、会計事務所の事業価値源泉だといえる。 しかし、税務顧問という業務の価値は、以前と比べて小さくなってきているのである。会計システムの導入支援が大流行した昔とは異なり、現在ではどこの会計事務所が提供してもほとんど同じサービス内容となってしまった。 つまり、会計事務所のサービスが競合他社と同質化してしまい、差別化できなくなってしまい、その結果、顧問料収入の収益性が低下しているのが現状である。 この点、資産税や経営コンサルティング業務などの周辺業務で付加価値を出さない限り、税務顧問だけでは会計事務所の競争力を維持、向上させることは困難だという意見も多い。新しいサービスを開発しなければ、事業価値は向上しないという意見である。 しかし、このように同質化したサービスしか提供されていなくとも、会計事務所の顧客は、他の会計事務所に切り替える煩雑さが阻害要因になり、他の税理士に契約を切り替えようとはしない。 税理士を切り替えようとすれば、一から事業内容や経理方法を説明しなければならず、また、税理士との個人的な信頼関係の構築に時間と労力がかかり、煩雑だからである。 ただし、業績悪化に伴い、顧問料の引下げを実施するケースが著しく増えてきている。また、新たに契約する顧客の顧問料は、年々下がる一方である。 その一方で、会計事務所の立場においては、恵まれた状況がある。 例えば、多少の税制改正があっても、提供する業務や仕事内容が大幅に変わるようなことはない。会計事務所が業務の品質向上を図るために、自ら業務革新に取り組む必要もないし、安い給料で職員を雇うことができる雇用環境のもと、人件費などコスト削減に取り組む必要性にも乏しい。 以上のように、市場競争が厳しくなったきてはいるものの、一度、顧客との顧問契約が締結されてしまえば、会計事務所は、長期安定的に顧問料収入を生み出す事業である。もちろん、その事業価値は昔ほど大きいものではない。しかし、事業価値源泉(顧客関係)さえ毀損させなければ、税理士の事業として十分に成り立つものなのである。一般の事業会社が、デフレ経済、円高、国際競争という厳しい経営環境の中で戦っている状況とは雲泥の違いである。 そうは言っても、既存顧客に対して何もしないでよいというわけではない。 一般的に、新規顧客の獲得方法は、既存顧客や提携先からの紹介であるといわれる。顧客を増やすためには、所長税理士が幅広い人脈を作り、顧客の紹介を受ける機会を増やす営業活動によって行われることになる。 また、既存顧客との関係性維持のためには、所長税理士の人間性など属人的要素が重要になる。例えば、ゴルフや飲み会などによる交際関係が、長期的な関係性維持のための重要な手段となる。 このように、属人的な営業方法で顧客関係を維持できること、言い換えれば、業務の品質向上や価格競争で営業を行う必要がないことが、会計事務所が置かれた経営環境であるといえよう。 とすれば、顧客関係を維持するという重要な役割を果たす所長税理士が引退するということは、既存顧客を失い、会計事務所の事業価値を一気に毀損させる危機的状況を意味する。 このことから、会計事務所のM&Aを考える場合、売り手の所長税理士によって構築された既存の顧客関係をどのように買い手に承継するか、これが会計事務所の事業価値を承継するために、最も重要な課題となる。 この点について、次回以降で詳しく考察を加えたい。 (了)
#3(掲載号)
#岸田 康雄
2013/01/24
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事例で学ぶ内部統制【第7回】「キーコントロール比率を比較する」(その2)

事例で学ぶ内部統制 【第7回】 「キーコントロール比率を比較する」 (その2)   株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 前回は、プロセスレベルの内部統制(PLC)において設定したコントロール総数に対してキーコントロールが占める比率を企業間で比較しながら、「キーコントロール比率が60%以上の高位グループ」及び「同比率が30%以上60%未満の中位グループ」におけるキーコントロール選別基準を紹介した。 今回は、キーコントロール比率を30%未満に絞り込んだ低位グループの事例を紹介しながら、キーコントロールの選別基準をめぐる課題を掘り下げる。   中位グループに投げかけられた課題 まず、議論の中、筆者(株式会社スタンダード機構)より、中位グループから報告されたキーコントロール選別基準について整理を行った(図2・図3)。 取引の発生から財務報告に至る一般的な流れに沿って設定した9個のコントロールにおいて、図2のようにコントロール①からコントロール⑨まで番号を付し、リスクを認識した4箇所には赤い三角を付す。 次に、9個のコントロールが、図3のようなリスクとアサーションにそれぞれ対応していると仮定する。 図2 取引の発生から財務報告に至る一般的な流れにおけるリスクとコントロール ※画像をクリックすると拡大します。   図3 アサーション、リスク、コントロールの対応 ここで、中位グループの参加企業に対し、下記の確認をとった。 そこで、複数の参加企業から、「そういう選別基準だけなら分かりやすいが、中位グループに属する企業は、会計処理の重要性の高さやリスクに対するコントロールの効果の高さを選別基準に含めている。その場合、誰が判断するのか。結局、キーコントロールの選別において恣意性が入り、内実としてバラツキが出るのではないか」との指摘があった。 これに対し、中位グループである参加企業D(キーコントロール比率:51%)は「実は、指摘されたことが実際に起こった。リスクの重要性の判断やリスク低減効果の判断がプロセスオーナーや評価される部門の経験則や裁量で行われ、詳細な判断基準を定めていなかったことから、各自の判断でキーコントロールを選別したため、結果として、期待していたような大胆な絞込みにつながらなかった。目下、選別基準の見直し中である」と、指摘された選別基準の課題を認めた。   低位グループの選別基準と課題 【低位グループ】キーコントロール比率 30%未満 参加企業F(キーコントロール比率:29%)は、「図2でいえば、IT入力後のコントロールだ。業務の流れで区切った場合の最後に位置するコントロールを運用評価の対象としている」(情報通信会社)と話した。 参加企業G(キーコントロール比率:29%)は、「①権限者による最終承認、②部門間けん制のコントロール、③差額処理のコントロールを運用評価の対象にしたところ、結果的に、業務の流れの川下、つまり総勘定元帳の生成に近く、多くのアサーションを網羅するコントロールにキーコントロールが集中した」(資材卸会社)と話した。 参加企業H(キーコントロール比率:19%)は、「①定められた者によりその内容が確認、照合、承認され、その証跡が残るコントロール、②ITシステムについては、マスターデータへのアクセス制限、システム間での自動データ移動、システムによる自動処理及び自動エラー発見処理をキーコントロールとした」(精密機器メーカー)と、大胆にキーコントロールを絞り込んでいた。 いずれも、取引の発生から財務報告に至る業務の流れの中で、複数のコントロールによって同一のアサーションに対応している冗長性を考慮し、取引の発生時点でなく、IT入力後の帳簿生成時点で、より多くのアサーションを効率的にカバーできるコントロールを運用評価の対象にしていた。 これに対して、上位グループに属する前出の参加企業A(キーコントロール比率:100%)が、「たしかに、最も多い数のアサーションに関連していることや、権限者による最終承認であること、定められた者による内容の確認、照合、承認、その証跡が残ることなどは、選別基準としては明確かもしれない。しかし、その結果として、キーコントロールが予防的でなく、発見的コントロールに集中してしまうのではないか。 そもそも、発見的コントロールは、IT入力後に帳簿が生成された後で事後的に不正や誤謬を発見する点で、不正や誤謬を惹起させない予防的コントロールよりも本質的に弱いはずだ。 わが社では、処理する取引数が多いことと、契約段階での様々なリスクが多いことから、発見的コントロールだけに委ねることはできないと判断し、業務の流れの川上、つまりIT入力前のコントロールも運用評価の対象としている。だが、その結果、キーコントロールが増えてしまって悩ましい」と、絞込みに苦慮している社内事情を吐露しつつも、低位グループの選別基準に対する本質的な課題を提起した。   キーコントロールをめぐる考察 以上のように、参加企業はいずれもキーコントロールを採用することに異論はないが、キーコントロール比率には、低位グループの19%程度から高位グループの100%まで、広いバラツキが見られた。 さらに、各社から報告されたキーコントロールの選別基準は、重要性の高いリスクを低減していること、業務の流れで区切った場合の最後に位置すること、実務的に運用や評価が容易なこと、最も多い数のアサーションに関連していること、リスクの低減に最も効果的なこと、権限者による最終承認であること、定められた者による内容の確認、照合、承認、その証跡が残ることなど、実に多種多様であり、画一的な基準が確立されているわけではない。 傾向としては、低位グループほど、取引の発生から財務報告に至る業務の流れの中で川下にキーコントロールを設定し、高位グループほど、川上に遡ってキーコントロールを設定している。 このような企業間のバラツキは、その優劣と関係する問題でなく、各社が対応すべきリスクの所在が各社の事情で異なることの証左と考えられる。 すなわち、取引の内容が複雑で、取引の発生段階でも財務報告の信頼性に直結するリスクが数多く存在する企業では、そのリスクを低減するコントロールの運用状況をモニタリングする必要性が高くなるので、川上のコントロールも含めて運用評価の対象とすることには合理的な理由がある。 他方、取引の内容が単純で業務処理が標準化されている企業では、川下のコントロールに絞ってキーコントロールとすることが許容されるだろう。 結局、キーコントロールを適用するにあたっても、その企業が低減すべきリスクのある所に、コントロールを設定するというリスクアプローチの原則に立ち返ることが求められるのである。 次回は、本連載の前半を振り返り、各企業の対策を整理し、その傾向について解説する。 (了)
#3(掲載号)
#島 紀彦
2013/01/24
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《速報解説》 組織再編に関する会計基準等の公開草案の概要

《速報解説》   組織再編に関する会計基準等の公開草案の概要   有限責任監査法人トーマツ 公認会計士 布施 伸章 (企業会計基準委員会 企業結合専門委員会 専門委員)   1 はじめに 企業会計基準委員会(ASBJ)は、平成25年1月11日付けで、以下の企業結合に関する会計基準等の公開草案を公表した。 「企業結合に関する会計基準(案)」(以下「企業結合会計基準案」という) 「連結財務諸表に関する会計基準(案)」(以下「連結会計基準案」という) 「事業分離等に関する会計基準(案)」(以下「事業分離会計基準案」という) 「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針(案)」(以下「結合分離適用指針案」という) また、これに関連して、以下の会計基準等の公開草案も公表した。 「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準(案)」 「株主資本等変動計算書に関する会計基準(案)」(以下「株主資本会計基準案」という) 「包括利益の表示に関する会計基準(案)」(以下「包括利益会計基準案」という) 「1株当たり当期純利益に関する会計基準(案)」(以下「EPS会計基準案」という) 「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準等の適用指針(案)」 「株主資本等変動計算書に関する会計基準の適用指針(案)」(以下「株主資本適用指針案」という) ASBJは、企業結合に関する会計基準等について、ステップ1とステップ2とに区分して見直しを行っており、ステップ1については平成20年12月に完了している。 今回の公開草案はステップ2に関するものであり、その対象は、主に国際会計基準審議会(IASB)及び米国財務会計基準審議会(FASB)の企業結合に関する共同プロジェクト(フェーズ2)で取り上げられた論点である。 なお、これらの公開草案に関するコメント期限は、平成25年3月15日(金)までである。   2 公開草案の概要 (1) 非支配株主持分の取扱い ① 支配が継続している場合の子会社に対する親会社の持分変動(連結会計基準案第26項、第28項から第30項、事業分離会計基準案第17項から第19項) 現行の会計基準では、子会社株式を追加取得した場合や一部売却した場合のほか、子会社の時価発行増資等の場合には損益取引としているが、公開草案では、非支配株主との取引を損益取引とせず資本取引として扱うことを提案している。このため、親会社の持分変動による差額は、資本剰余金に計上することとなる。 なお、現行の会計基準における「少数株主持分」を、公開草案では「非支配株主持分」と呼称することを提案している。 ② 当期純利益の表示(連結会計基準案第39項) 現行の会計基準における「少数株主損益調整前当期純利益」を、公開草案では「当期純利益」とし、これに伴い、現行の会計基準における「当期純利益」を、公開草案では「親会社株主に帰属する当期純利益」とすることを提案している。 また、公開草案では、2計算書方式の場合には、「当期純利益」に「非支配株主に帰属する当期純利益」を加減して「親会社株主に帰属する当期純利益」を表示することとし、1計算書方式の場合には、「当期純利益」の直後に、「親会社株主に帰属する当期純利益」及び「非支配株主に帰属する当期純利益」を付記することを提案している。 【参考】 連結財務諸表における表示例(下線部は変更点)  ※画像をクリックすると拡大します。 ③ 共通支配下の取引における個別財務諸表上の会計処理(企業結合会計基準案第45項) 個別財務諸表上、非支配株主(少数株主)から自社の株式のみを対価として追加取得する子会社株式の取得原価は、現行の会計基準では、追加取得時における当該株式の時価(上場株式の場合)をもって算定することになるが、公開草案では、当該子会社の適正な帳簿価額による株主資本の額に基づいて算定することを提案している。 なお、連結財務諸表上は、子会社株式の追加取得及び一部売却等の取扱い(連結会計基準案第28項から第30項)に準じて処理する。 ④ その他関連して改正される事項 ア 連結株主資本等変動計算書の表示区分における「少数株主持分」は「非支配株主持分」に、利益剰余金の変動事由における「当期純利益」は「親会社株主に帰属する当期純利益」と改正される(株主資本会計基準案第7項及び株主資本適用指針案第11項)。 イ 連結財務諸表上、「1株当たり当期純利益」は「1株当たり親会社株主に帰属する当期純利益」に、「潜在株式調整後1株当たり当期純利益」は「潜在株式調整後1株当たり親会社株主に帰属する当期純利益」に読み替えられる(EPS会計基準案第1項)。 (2) 取得関連費用の取扱い 企業結合における取得関連費用のうち一部について、現行の会計基準では、取得原価に含めることとしているが、公開草案では、発生した事業年度の費用として処理したうえで(企業結合会計基準案第26項)、その費用処理された取得関連費用を注記により開示することを提案している(企業結合会計基準案第49項)。 (3) 暫定的な会計処理の確定の取扱い 暫定的な会計処理の確定が企業結合年度の翌年度に行われた場合、現行の会計基準では、企業結合年度に当該確定が行われたとしたときの損益影響額を企業結合年度の翌年度において特別損益に計上することとしているが、公開草案では、企業結合年度の翌年度の財務諸表と併せて企業結合年度の財務諸表を表示するときには、当該企業結合年度の財務諸表(すなわち比較情報)に暫定的な会計処理の確定による取得原価の配分額の見直しの影響を反映させることを提案している(企業結合会計基準案(注6)、結合分離適用指針案第70項及び第73項)。 (4) 適用時期(企業結合会計基準案第58-2項、連結会計基準案第44-5項及び事業分離会計基準案第57-4項) ① 連結会計基準案第39項の当期純利益の表示に係る事項については、平成27年4月1日以後開始する連結会計年度の期首から適用するものとし、早期適用は認めない。 ② 上記以外の事項(子会社株式の追加取得等の会計処理、取得関連費用の取扱い、暫定的な会計処理の確定の取扱い)については、平成27年4月1日以後開始する連結会計年度(又は事業年度)の期首(暫定的な会計処理の確定の取扱いは平成27年4月1日以後開始する連結会計年度(又は事業年度)の期首以後実施される企業結合)から適用する。 ただし、連結会計基準案第39項の当期純利益の表示に係る事項を除くすべての取扱いを同時に適用する場合には、平成26年4月1日以後開始する連結会計年度(又は事業年度)の期首(暫定的な会計処理の確定の取扱いは平成26年4月1日以後開始する連結会計年度(又は事業年度)の期首以後実施される企業結合)から適用することができる。 ③ ②の適用に当たっては、子会社株式の追加取得等及び取得関連費用について企業結合会計基準案、連結会計基準案及び事業分離会計基準案が定める新たな会計方針の遡及適用を行わないことができる。なお、①の連結会計基準案第39項の当期純利益の表示に係る事項については、当期の連結財務諸表に併せて表示されている過去の連結財務諸表の組替えを行う。   3 公開草案の対象とされなかった論点 (1) のれんの会計処理 のれんについて、国際的な会計基準と同様に非償却とすべきかどうかについては、公開草案においても現行の償却処理を継続することとしている。これはIASBに対してのれんを非償却とするIFRS第3号「企業結合」の取扱いに係る適用後レビューの必要性の提案を行っていること等を踏まえたものである。 (2) 子会社に対する支配が喪失した場合の会計処理 国際的な会計基準では、子会社に対する支配が喪失した場合に、残存の投資について評価替えするが、公開草案では、評価替えを行わないとする現行の会計処理を継続することとしている。 これは、事業分離等会計基準や金融商品会計基準等の他の会計基準にも影響する横断的な論点であり、段階取得の実務における適用状況の調査を含む、企業結合に係る実態調査を行い、これらを踏まえて、会計処理の検討に着手する時期を判断することとされたためである。 (3) その他 全部のれん方式の採用の可否、条件付取得対価の取扱い、企業結合に係る特定勘定の取扱い等、平成21年論点整理で取り上げられていた上記以外の項目については、公開草案の対象とはせず、継続検討課題とすることとしている。 これは、現状では改正することにより財務報告の改善を図ることとなるか否かについて意見が分かれていたり、改正の必要性や適時性が乏しいという意見が大半を占めている状況であることを踏まえたためである。 (了) 【参考】 ASBJ/FASFホームページ 「「企業結合に関する会計基準(案)」及び関連する他の会計基準等の改正案の公表」
#2(掲載号)
#布施 伸章
2013/01/17
法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

法人の破産をめぐる税務 【その1】事業年度及び所得計算(期限切れ欠損金)

法人の破産をめぐる税務 【その1】 ─ 事業年度及び所得計算(期限切れ欠損金) ─   税理士法人エムワイパートナーズ 代表社員 税理士 安井 孝徳   はじめに 2009年12月に施行された「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律(中小企業金融円滑化法)」が、いよいよ2013年3月をもって期限切れを迎えることとなる。 決して好ましい話ではないが、昨今の日本経済の状況等から考え、今後は中小企業の資金繰りの悪化から企業倒産が相次ぐようなことも考えられる。 そのようなことから、今後は法人の破産が増加するとも言われている。 これに関わることとなる破産管財人や専門家は、当該税務の概要は当然ながら理解しておく必要があると考える。 以下、これらの内容について、破産会社及びその会社を取り巻く利害関係者の特有の税務に限定して4回にわたって解説する。なお、破産会社は株式会社に限定して解説することとする。 第1回目は破産会社の特有の税務のうち、事業年度及び所得計算(期限切れ欠損金)について解説する。  ※なお、本連載の第1回・第2回の執筆は安井が担当し、第3回・第4回は甲田義典税理士が担当する。   1 事業年度 法人において、破産した場合においても税務申告は必要である。 したがって、破産後においても課税所得は納税額を把握するための1つの指標であり、その課税単位である事業年度の把握は、必要不可欠である。 法人が通常清算による解散をした場合には、解散の日までの期間と解散後の期間で事業年度を区切るみなし事業年度が設けられているが、破産の場合においてもみなし事業年度を設ける必要がある。 ① 破産の場合のみなし事業年度 法人が破産手続に入った場合には、破産開始決定の日の属する事業年度開始の日から破産開始決定の日までの期間(解散事業年度)及び破産開始決定の日の翌日からその事業年度終了の日までの期間(清算事業年度)をみなし事業年度とすることになる(法法14①一)。 ここで注意すべきは、通常清算の場合と「その事業年度終了の日」の定義が異なるという点である。 通常清算では「その事業年度終了の日」を、清算事務年度終了の日(解散の日の翌日から1年間)とされているのに対し、破産開始決定の場合には、定款で定められた事業年度終了の日となる。 これは、法人税基本通達1-2-9において、株式会社が会社法475条に掲げる解散等した場合には、清算事業年度は清算事務年度となる旨の記述があるが、同条では、「解散等」から破産開始決定が除かれており、破産開始決定の場合には当該通達の適用はないためである。 したがって、破産開始決定の場合には、清算事務年度を適用すべきではなく、原則通り定款で定めた事業年度を用いることとなる(法法13①)。 また、その後、清算手続中の法人は、最終的に財産の換価・確定(残余財産の確定)が行われ、その後一定の手続を終え破産手続が終了することとなるが、その場合にその残余財産の確定が事業年度の途中で完了した場合には、その事業年度開始の日から残余財産の確定の日までの期間を清算最後事業年度としてみなし事業年度を設けることとなる(法法14①二十一)。 【破産の場合の事業年度の例】 3月決算法人が平成25年1月31日に破産開始の決定を受け、平成25年8月31日に財産が換価・確定した場合   2 期限切れ欠損金 ① 概要 法人が破産手続に入った場合、残余財産を確定させる過程において債務免除益が発生するのが一般的である。通常所得計算の現行法では、清算事業年度における債務免除益を含む単年度所得が繰越欠損金額を超える場合には、納税が発生することとなる。 ただし、破産手続中の法人は、残余財産がなく納税資金がないことが一般的である。そのような状況に対応するため、残余財産がないと見込まれる場合は、清算事業年度(以下「適用事業年度」という)においては、通常の繰越欠損金額のほかに期限切れ欠損金額も使用できることとなる。 ② 期限切れ欠損金額 「期限切れ欠損金額」とは、適用事業年度の前事業年度以前から繰り越された欠損金額の合計額から、法人税法57条1項又は同法58条1項によりその事業年度において損金の額に算入される青色欠損金額又は災害損失欠損金額(以下「繰越欠損金額」という)を控除した金額をいう(法令118)。 また、繰越欠損金額と期限切れ欠損金額が両方ある場合には、まず繰越欠損金額を先に使用し、次に期限切れ欠損金額を使用することとなる。 なお、ここでいう「適用事業年度の前事業年度以前から繰り越された欠損金額の合計額」とは、その適用事業年度の確定申告書に添付する法人税申告書別表五(一)の期首現在利益積立金額の合計額として記載されるべき金額で、当該金額がマイナスである場合のその金額となる(法基通12-3-2)。 すなわち、期限切れ欠損金額は、前事業年度に係る法人税確定申告書別表五(一)における期末現在利益積立金額の合計額(マイナス値)から、繰越欠損金額を控除した金額になると考えられる。 したがって、例えば、時価純資産価額がマイナスであることにより、実質的に債務超過である場合であっても、前期末の利益積立金額がプラスの場合には、期限切れ欠損金額はゼロであるため、この適用はないこととなる。 さらに、平成13年度税制改正により、資本金等の額がマイナスである場合も考えられ、例えば、税務上、簿価純資産価額が△200百万円である場合であっても、資本金等の額が△350百万円であり、利益積立金額が150百万円であるときは、期限切れ欠損金額がゼロとなってしまうため、留意が必要である。 ③ 損金算入額 損金の額に算入される金額は、期限切れ欠損金額が、当該措置の適用及び清算最後事業年度の事業税の損金算入の規定を適用しないものとして計算した場合における適用年度の所得を限度とすることとされている(法法59③)。 したがって、前述のとおり、まず当該事業年度の所得の金額から繰越欠損金額を控除し、その控除後の金額に清算最後事業年度の事業税の損金算入額を足し戻した金額が、期限切れ欠損金額の損金算入額になるものと考えられる。 また、更生手続開始の決定があった場合や再生手続開始の決定があった場合においては、期限切れ欠損金額の損金算入について、債務免除を受けた金額を限度とする等の取扱いがあるが、清算の場合においてはそのような取扱いがないため、債務免除益以外の益金の額、具体的には、資産の処分により発生した譲渡益と相殺することも可能であることに留意が必要である(法法59①②)。 ④ 残余財産がないと見込まれる場合 前述のとおり、期限切れ欠損金額の損金算入は、残余財産がないと見込まれるときに限り適用することができる(法法59③)。 では、「残余財産がないと見込まれるとき」とは、どのような状態をいうのかというと、債務超過の状態にあるときがこれに該当する旨、法人税基本通達において明らかにされている(法基通12-3-8)。 債務超過の状態にあるかどうかの判定は、清算法人のその清算事業年度終了の時の現況によることとなる(法基通12-3-7)。 したがって、清算期間が1年以上に及ぶ場合には、損金算入しようとする各事業年度の末日において、債務超過の状況にあるか否かを検討し、期限切れ欠損金額の使用の可否を判断しなければならないこととなる。 (了)
#2(掲載号)
#安井 孝徳
2013/01/17
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ポイントカードの利用と課税区分

ポイントカードの利用と課税区分   税理士 飯田 聡一郎   1 領収書に見るポイントの課税関係 大手家電量販店や各種コンビニエンスストアにおいて、ポイントカードの利用が一般的となっている。 ポイントカードを利用した場合の領収書を確認してみると、いくつかの類型があり、実際に手元にある領収書で確認したところ、下記の2パターンを確認することができた。 上記領収書ABは共に、税込で1,050円の商品を購入して、ポイントを100ポイント利用し、実際には支払額は950円というケースを表している。 しかし、領収書を注意深くみると、Aパターンでは消費税額が50円であり、Bパターンではいったん50円の消費税を計上した後、対価の返還処理により4円を控除しているため、実質の消費税額は46円になる。 実際に同じ商品を購入して、ポイントを利用して950円支払っている場合に、購入側では課税仕入の金額が異なり、販売者側では課税売上高として異なった金額でカウントしていることになる。 日本全国で、ポイントを使った販売は相当な規模で行われており、複数の処理が存在することは、納税者にとっても大きなリスクとなる。 そこで本稿は、ポイントを利用した場合の消費税の処理について、理論的にどうあるべきかについて検討を加えることとする。   2 公表されているポイントの処理についての検討 ポイントに関する処理について明記してある書籍は、本稿執筆現在、筆者が探した範囲では見つからなかった。 また、インターネットで「ポイント」と「消費税」をキーワードに検索を行うと、国税庁のホームページから平成20年6月20日の税大論叢第58号に掲載された高安滿税務大学校教授による「マイレージサービスに代表されるポイント制に係る税務上の取扱い-法人税・消費税の取扱いを中心に-」という論文がヒットする。 なお、同論文では、ポイントの消費税について、下記のような結論としている。 アンダーライン部分は筆者が付したものであるが、同論文によれば、商品を引渡しの際に値引きした場合に不課税で、かつ入金時にも不課税となるとしている。 上記の場合、最初に紹介したAパターンでもなく、Bパターンでもなく、下記のような領収書になるべきである。 実質的には、税込で対価の返還処理を行ったとするBパターンと同じ形になるが、差引支払金額の対価が課税取引となるという説明は、明らかにAパターンと異なる計算結果を導くことになる。 同論文では、ポイントシステムの原型はスタンプカードであるとしている。なお、トレーディングスタンプに関する内容については、消費税審理事例検索システムでは3件の応答事例が見受けられた。しかし、現在、国税庁のホームページに公表されているのは商品券と引き替えた場合の取扱いについてのみで、それ以外の部分について公表されていない。 トレーディングスタンプに関する質疑応答事例としては、大蔵財務協会の『平成23年版 回答実例消費税質疑応答集』34ページに、下記のような記載がある。 仮にトレーディングスタンプとポイントカードのポイントが同種のものであれば、商品を売却してポイント相当を控除した場合に異なる結論になる。   3 課税売上についての検証 問題となるのは、商品を売却してポイント分を控除して代金を受け取った場合に、課税売上高がいくらになるのかという点である。 税抜きで1,000円の商品を販売して、ポイントを100円分控除した場合の課税売上高については、控除されたポイント部分が後日、確実に入金されるのであれば、課税売上高は1,000円と考えるのが正しいと考えられる。 例えば、クレジットカードで1,000円の商品を販売し、後日クレジット手数料を控除後に入金されるような場合に、課税売上高が1,000円であることは明かである。 商品1,000円の販売、収受すべき金額が税込1,050円で、950円は消費者から直接受け取り、100円相当部分はポイントカード発行会社から入金されるという形をとるだけであるから、課税売上高は1,000円と考えるのが自然である。 なお、ポイントカードについて、独自に発行しているような場合には、対価の返還と考えられる。なぜなら、他の会社へ請求権が生ずるわけではなく、ポイント控除後で入金額が確定するためである。 この場合には、ポイント交付時に対価の返還があったのか、あるいはポイント行使時に対価の返還があったかという、別の論点が生じることとなるが、基本的にはポイントが行使された時点で、それ以前の販売に対する対価の返還があったと考えるのが理論的である。   4 結論 本稿を書くきっかけは、ポイントに関する消費税の取扱いが、実務で見過ごせないほど大きくなっているにもかかわらず、課税庁側の取扱いが見えないことにある。 上記税大論叢の結論は、ポイントそのものを類型化しないで、結論を想定していると考えられる。 ポイントを自己完結型のものと提携型のものとに区別すると、下記のように取り扱うのが理論的である。 1) 自己完結型 販売者側・・・ポイント控除後で課税売上 購入者側・・・ポイント控除後で課税仕入 2) 提携型 販売者側・・・ポイント控除前の金額で課税売上 購入者側・・・ポイント控除後で課税仕入 提携型のポイントについては、販売者側である加盟店は付与した時点で債務の確定、行使された時点で債権の確定が行われる。一方で、購入者側では行使するまで値引きが確定されないので、理論上は上記のような処理になると考えられる。 ただし、消費税の性格上、1つの取引について非対称が生じてしまうことは、消費税の中立性の観点から疑問が残る。また、現在は仕入税額控除について帳簿による控除なので採用可能であるが、将来インボイス方式が採用された場合は問題が生じる。 そこで、取引の対称性に配慮すると、下記のように位置づける必要がある。 販売者側・・・ポイント控除後の金額で課税売上 購入者側・・・ポイント控除後で課税仕入 この段階では、対称性を維持するために、実際の支払額で処理せざるを得ない。 その上で、ポイント部分について、販売者とポイント仲介者の間で、①債権の譲渡と考えて非課税取引として処理、②ポイント行使部分に対する対価性のない給付と位置づけ対象外取引としての処理、③ポイントの仲介者が提携企業のポイントを個別管理していることを条件に、ポイント付与時に預け金の処理、行使時に預け金の戻りとする処理などが考えられる。 いずれに該当するかは、ポイント仲介者との契約内容によって判断すべきである。 3) ポイントが完全に支払手段としての性格を有する場合 販売者側・・・ポイント控除前の金額-ポイント付加額で課税売上 購入者側・・・ポイント控除前の金額-ポイント付加額で課税仕入 仮に、ポイントが完全に支払手段としての性格を具備するのであれば、購入者側は、購入時に付加されたポイント分の対価の返還が実現されていると考えられ、取引の対称性が保たれる。 4) 事務上の対応 現在、ポイントと呼ばれるものに複数の類型が存在しており、ポイントの処理として画一的な処理にはならないと考えるべきである。 自己完結型については、比較的シンプルで、税大論叢通りの処理で問題ないと考えられる。しかし、提携型で理論上非対称となる場合は、レシート上の内容はあくまでもレジシステムとしての表示と割り切り、税法上の取扱いについては契約形態に応じて十分な検討が必要と考えられる。 (了)
#2(掲載号)
#飯田 聡一郎
2013/01/17

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