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企業担当者のための「不正リスク対応基準」の理解と対策 【第3回】「不正リスクに対応するための内部統制とリスクマネジメント」
企業担当者のための 「不正リスク対応基準」の理解と対策 【第3回】 (最終回) 「不正リスクに対応するための内部統制と リスクマネジメント」 公認会計士 金子 彰良 前回、不正リスクを識別するための不正リスク要因の重要性について触れたが、最終回である【第3回】では、企業における不正リスク対応基準の付録1「不正リスク要因の例示」を受けた対応について解説する。 《付録1「不正リスク要因の例示」の性質と企業の不正リスク対応》 不正リスク対応基準を監査人の問題、また、監査を受ける立場として質問対応などに影響は限定されるという見方ではなく、企業として様々な不正のタイプに対応しうる内部統制と不正リスクマネジメントを構築する契機と捉えることができる。 そのために、不正リスク要因の検討から不正リスクの識別にいたる、いわゆる「不正が発生するしくみ」を理解しておくことが、企業にとって今後どのように不正に対応していくべきかを考える手がかりになると考えられる。 ところで基準において、付録1「不正リスク要因の例示」にあげられている項目は、チェックリスト的に使用されることを意図していない。そこに挙げられている例示は典型的なものであって、網羅的なものではない。すなわち、自社にとって他に不正リスク要因が存在すれば検討しなければならないということである。そして、不正リスク対応基準の中では、基準というものの性質上、具体的な動機・プレッシャーに関する不正リスク要因を洗い出す手法までは明示されていない。 そこで本稿では、付録1「不正リスク要因の例示」をヒントにしながら、既存の企業内で作成していると思われる内部統制の資料を活用して、不正リスクに対応する方法をまとめた。 もっとも、不正リスクに関する企業内における対応組織、不正リスクのマネジメントプロセスは企業によって異なる。したがって、実情に応じて、自社の内部統制の運用または不正リスクのマネジメントプロセスへ組み込んでいただきたい。 《動機・プレッシャーの検討》 最初に、不正リスク要因のうち「動機・プレッシャー」について検討する。付録1の動機・プレッシャーに関する典型的な状況をまとめると次のようになる。 上記は日本企業における過去の不正事案を分析した結果まとめられた典型的な不正リスク要因である。これらから分かることは、業績が悪化した場合にそれを隠すインセンティブが働いて不正な財務報告につながっているということである。外部及び内部からの期待と実際の業績のバランスが崩れた時に、売上を偽装したり、会計数値を操作したり、損失を隠蔽したりすることによって、崩れたバランスを取り戻そうとする。 企業は、付録1の例示をヒントにしつつも、他に自社に不正リスク要因が存在するかどうか、どのように検討すればよいだろうか。 対応策としては、既存のリスクマネジメントのしくみの中で識別・評価・対応されているビジネスリスクを利用することが考えられる。株主・投資家にとって投資判断に影響を及ぼすようなビジネスリスクは有価証券報告書の中でも事業等のリスクとして開示されている。 これらで管理されているリスク事象を起点にして、次の事項を検討しておくことが重要である。 上記は、ビジネスリスクを起点としたので、既存のリスクマネジメントのしくみを利用することが考えられるが、リスク情報の共有を含めたそのようなしくみが未成熟な場合には、別途ビジネスリスクを洗い出すことになる。その際には、業界環境を中心とした外部環境の分析としていわゆる「Five-Force分析」、またマクロの外部環境の分析としていわゆる「PEST分析」と呼ばれる視点をベースにビジネスリスクを考えるとよい。 動機・プレッシャーに関連する不正リスク要因は、ビジネスリスクを起点として企業内部の組織・プロセスへの影響と、最終的に偽装・操作・隠蔽される財務報告項目を検討する。この検討をできるだけ網羅的に行うためのツールとして、「組織・ビジネスモデル」を作成するのもよい。この組織・ビジネスモデルは、企業の外部環境と内部環境を大きく概括的にとらえて、事業環境全体を俯瞰することができるようにモデルとして表現したものである。 下の図表は、アパレル事業を営む企業を例に組織・ビジネスモデルを作成した例である。 【図表】組織・ビジネスモデル(アパレル事業)の例 (画像をクリックすると別ウィンドウでPDFが開きます) この組織・ビジネスモデルでは、不正リスクの検討をしやすいように、外部環境要素を経済的なつながりの観点から5つにカテゴリー分けしている。 また、内部環境要素をマネジメントの階層を意識して3つにカテゴリー分けしている。 この組織・ビジネスモデルを使用すると、不正リスク要因を目に見える形で押さえながら検討することができる。このことをイメージするために、サンプル図表のアパレル事業の組織・ビジネスモデルを使って不正リスク要因の検討例を以下に示す。 上記のような検討を組織・ビジネスモデルを使うことによって、関係者の間で理解・共有しやすくなるだけでなく、不正リスク要因の検討の漏れを防ぐ効果も期待できる。 《機会の検討》 次に、不正リスク要因のうち「機会」についての検討である。「動機・プレッシャー」が存在しても、不正を行う機会がなければ、実施することはできない。この「機会」は、企業の内部統制のしくみと密接な関連がある。内部統制は経営者が事業目的を達成するために構築するものであり、つまり、どの程度の機会を与えるかは、経営者の意思の表れでもある。 内部統制の推進・評価担当者としては、既存の内部統制のしくみについて、不正リスクの観点から再点検するのが良い。 以下では、付録1の「機会」に例示された項目について、関連する内部統制のしくみと合わせて企業としての対応方法を整理してみる。 ① 内部統制の評価範囲に関連した対応 一つは、内部統制評価報告制度における評価対象範囲の点検である。付録1では、企業の属する産業や事業特性に起因して不正な財務報告に関わる機会として、次のような要因を具体的に例示している。 ここに挙げられている例示が自社にも存在し、他の不正リスク要因と合わせて検討したときに、不正リスクに該当すると判断した場合には、評価対象範囲にも含めているか確認をする。また、含めている場合にもその評価作業が形骸化していないかを検討する。 評価対象範囲への影響としては、多くの場合、次の2つが想定される。 ② リスク・コントロールマトリクスのレビュー もう一つは、業務プロセスに係る内部統制の文書化で作成しているリスク・コントロールマトリクスの点検がある。不正リスク要因としての「機会」は、企業内部の構成員に与えられた「権限」を意味するが、これに関連して付録1では、不正な財務報告に関わる機会として次のような要因を例示としてあげている。 企業内の各構成員にどの程度の機会(権限)を与えるかは、経営者の企業経営の思想と関係してくる。言い換えれば、企業全体の目的と業務の有効性・効率性を含めたチェック機能としての内部統制のバランスのとり方に関係してくる。 開示すべき重要な不備の事案における原因分析でも、特定の者に過度に権限が集中していたためチェック機能が働かなかったり、決裁権限をすり抜ける形で不正を実行する例が見受けられた。 また、情報システムのユーザアカウントに付与する権限設定も不正と強い関連を持つ。ユーザアカウントの申請と承認に関する手続や適切なアクセス権の申請と承認に関する手続、定期的なレビュー手続などに不備がある場合、情報システムを使用した不正の機会を与えることになる。 これについては、既存の内部統制の評価資料として作成しているリスク・コントロールマトリクスやITに係る全般統制のチェックリストの再点検を実施する。特に「動機・プレッシャー」の不正リスク要因で検討した結果、偽装・操作・隠蔽される可能性がある財務報告項目に対して注意する。当該財務報告項目の計上に至るプロセスで、不正リスクが認識されているか、その不正リスクに対する統制が存在し、かつ有効に機能しているかを点検しなければならない。 前述した動機・プレッシャーで取り上げたアパレル事業の検討例では、売上高を偽装することで売上高目標を達成したり、在庫高を操作して粗利益目標を達成する可能性があった。この場合、売上と在庫の計上プロセスに関するリスク・コントロールマトリクスを再点検する(なければ追加して作成する)。 例えば、店舗からの売上報告とは別に小売事業責任者が本社で売上伝票を計上しているかもしれない。もしくは、店舗から受領した実地棚卸報告のデータを改竄して本社で在庫操作するかもしれない。これらのリスクに対応するコントロールがなければ、あらためて業務プロセスに組み込むことになる。 内部統制は一度構築をしたら終わりではなく、それを維持管理していくことが必要である。維持管理するというのは、同じ状態を保つ(何もしない)ということではなく、外部・内部の環境変化に応じてリスクを見直し、継続的に改善をしていくことを意味する。今回の不正リスク対応基準の導入にあたって、もう一度不正の観点で自社のリスク・コントロールを点検して欲しい。 最後に、不正リスク要因のうち「姿勢・正当化」について検討する。付録1の姿勢・正当化に関する典型的な状況をまとめると次のようになる。 企業側が主体的に対応をとれるのは(1)である。不正のトライアングルによれば、動機・プレッシャーがあり、機会が与えられたとしても、不正は発生しない。それは、この姿勢・正当化の要素が欠けているからである。 動機・プレッシャーは、個人が作り出す場合もあるが、外部環境や内部環境の変化という企業・個人のコントロールできないものから生まれる。また、機会は内部統制の構築によってある程度コントロールすることができるが、完全になくすことはできない。それでも、不正が発生しなかったとすれば、それは、姿勢・正当化の要素が欠けていたことによって、踏みとどまったことになる。 このように姿勢・正当化は人の心の働きに関わるものであることを考えると、不正を防止するためには、組織における倫理規程やコンプライアンスの遵守と、不正を決して許さない企業風土の醸成が重要になってくることがわかる。 したがって、企業として姿勢・正当化の不正リスク要因を検討する一つの具体的な方法は、全社的な内部統制のチェックリストを不正リスク対応の観点から点検することである。 ① 統制環境 例えば、統制環境の要素である、経営層の経営姿勢や、監査役または監査役会による監督機能、倫理・行動規準などの運用状況について確認をすることが考えられる。経営者にとっては自己を律する強い意思が求められるが、実際に起きている不正な財務報告の事案の中には、経営者による内部統制の無視が原因となっている場合も少なくない。動機・プレッシャーと機会の2つの不正リスク要因の検討で該当する事象が存在し、その上で経営者が自ら正しい財務報告の作成と開示をするための努力を怠っている、または妨害するような行動をとっている場合は、不正リスクは高いと考えられる ② 情報と伝達 また、情報と伝達の要素では、内部通報制度の構築と活性化の観点からの確認をすることが考えられる。実際の事案では、不正リスクに対応する内部統制を無効化された場合にいかに対応するかも大事になる。経営理念や企業倫理の伝達・実践や業務遂行上の職務分離、従業員相互の内部牽制機能の発揮だけで不正を防止できないときに、内部通報制度を利用した早期の不正発見に依存することになる。 ③ モニタリング さらに、モニタリングの要素では、内部監査活動の点検をすることが考えられる。上記の不正防止プログラムの整備・運用状況を評価したり、不正リスクを識別した場合に、それに対応する内部監査手続を作成したりすることが考えられる。内部監査機能による独立した立場からの監査によって、企業の不正リスク管理体制の適切な整備と的確な運用に関する合理的な保証が提供されることになる。 * * * 以上、3回に分けて「不正リスク対応基準」の理解と対策について解説してきた。不正リスク対応基準の設定を契機に、企業では組織内の不正を阻止する風土の醸成と不正リスクの観点からリスク・コントロールの再評価が求められている。 本連載を参考に、企業内で内部統制を推進または評価する担当者の方が主体的に不正リスク対応の活動を進めてもらえれば幸いである。 (連載了)
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過年度遡及修正
過年度遡及会計基準の気になる実務Q&A 【第9回】「注記に関する表示方法の変更」
過年度遡及会計基準の気になる実務Q&A 【第9回】 「注記に関する表示方法の変更」 公認会計士 阿部 光成 《解 説》 「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号。以下「過年度遡及会計基準」という)及び「比較情報の取扱いに関する研究報告(中間報告)」(会計制度委員会研究報告第14号。以下「研究報告」という)に基づいて解説を行う。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 表示方法の定義 過年度遡及会計基準において、「表示方法」とは、財務諸表の作成にあたって採用した表示の方法(注記による開示も含む)をいい、財務諸表の科目分類、科目配列及び報告様式が含まれると規定されている(過年度遡及会計基準4項(2))。 Ⅱ 注記に関する表示 1 論点 例えば、当事業年度の損益計算書関係の注記において、前事業年度まで「その他の販売費及び一般管理費」として表示していた費目について、重要性が高まったことから独立科目として別掲することが考えられる。 財務諸表本表ではなく、注記事項について、「その他」に集約していた費目を、独立科目として別掲する場合に、「表示方法の変更」として取り扱うのかどうかの論点があると考えられる。 2 考え方 過年度遡及会計基準における「表示方法」の定義には、「注記による開示も含む」と規定されていることから、研究報告Q9のAでは、注記による開示について変更する場合も表示方法の変更に該当するものと考えられるとし、原則として、前期の注記の組替えを行い表示方法の変更に関する注記を行うことになると述べている(過年度遡及会計基準14項、16項)。 ただし、注記事項に関する表示方法の変更については、前期の注記の組替えを行うことになるとしても、「表示方法の変更に関する注記」において詳細に説明するほどには重要性が乏しいと判断されることもあると考えられる。 このため、研究報告Q9のA(1)では確認的に「なお書き」を記載し、「表示方法の変更に関する注記」では、注記すべき事項に重要性が乏しい場合には、注記を省略することができるとされていることについて述べている(財務諸表等規則8条の3の4第3項)。 3 税効果会計に関する注記の例 注記事項について表示方法の変更に該当するケースとしては、例えば、「税効果会計に関する注記」(財務諸表等規則8条の12)が考えられる。 繰延税金資産及び繰延税金負債の発生の主な原因別の内訳の開示に際し重要性が高まったことから独立の項目として別掲したり、法定実効税率と税効果会計適用後の法人税等の負担率との間に差異があるときは当該差異の原因となった主な項目別の内訳を開示することになるが、その際に、重要性が高まったことから独立の項目として別掲するようなケースが考えられる。 このように、注記事項について表示方法の変更に該当するケースがあるので、注意が必要である。 【注記に関する表示方法の変更の開示例】 (了)
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退職給付会計
経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第38回】退職給付会計⑤「退職給付債務―退職給付見込額の見積り」
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第38回】 退職給付会計⑤ 「退職給付債務―退職給付見込額の見積り」 仰星監査法人 公認会計士 菅野 進 〈事例による解説〉 〈計算方法の解説〉 企業会計では、退職給付の支払いは労働の対価として支払われる賃金の後払いと考えており、退職給付は勤務期間を通じた労働の提供に伴って発生するものと捉えています。 そのため、退職給付は支払いの有無にかかわらず、労働の提供に応じて費用計上するという発生主義による会計処理が必要となります。 そこで将来の退職給付のうち当期の負担に属する額を当期の費用として計上するとともに負債の部に計上していくこととなりますが、この当期末に負債の部に計上されるべき退職給付を「退職給付債務」といいます。 退職給付債務は、退職により見込まれる退職給付の総額(以下「退職給付見込額」)のうち期末までに発生していると認められる額を割り引いて計算します。 退職給付債務の計算は、次の3つのステップに分けることができます(図1)。 今回はSTEP1について解説します。 《図1》 STEP1の退職給付見込額は、原則として個々の従業員ごとに見積もって計算します。ただし、従業員を年齢、勤務年数、残存勤務期間及び職系(人事コース)等によりグルーピングすることもできます。 退職給付見込額の見積りの際には、合理的に見込まれる退職給付の変動要因を考慮して見積もることとされており、その変動要因には退職率、死亡率、予想昇給率等があります。 この変動要因は、従業員の予想退職時期ごとに従業員に支給されると見込まれる退職給付額に加味します。 また、退職給付見込額の見積りにおいては、退職事由(自己都合退職、会社都合退職等)や支給方法(一時金、年金)により給付率が異なる場合には、原則として退職事由及び支給方法の発生確率を加味して計算することとされています(退職給付に関する会計基準の適用指針7)。 さらに、年齢加算金や役職又は資格に応じて加算される資格加算金等の一定要件を満たした場合に退職給付額に加算される給付金は、その一定要件を満たすことが合理的に予測できる場合にのみ退職給付見込額の見積りに含めます(退職給付に関する会計基準の適用指針9)。 一方、臨時に支給される退職給付等であってあらかじめ予測できないものは、退職給付見込額に含みません。 例えば一時的に支払われる早期割増退職金は、将来の勤務を放棄する代償であり失業期間中の補償であるため退職給付見込額の見積りには含めず、従業員が早期割増退職制度に応募し、かつ、当該金額が合理的に見積もられる時点で費用処理します(退職給付に関する会計基準の適用指針10)。 なお、退職給付見込額の対象となる従業員には、期末において受給権を有していない従業員も含みます(退職給付に関する会計基準の適用指針7)。 * * * 次回はSTEP2の算定基準である期間定額基準と給付算定式基準について解説します。 (了)
労働基準関係
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労務・法務・経営
パワーハラスメントの実態と対策 【第1回】「職場で起きるハラスメント」
パワーハラスメントの実態と対策 【第1回】 「職場で起きるハラスメント」 特定社会保険労務士 大東 恵子 〈はじめに〉 ここ数年、各方面から「ハラスメント」という言葉をよく耳にするようになった。 職場においては、「セクシャルハラスメント」「パワーハラスメント」「モラルハラスメント」「ジェンダーハラスメント」「アルコールハラスメント」など、多くのハラスメント行為が問題視されており、裁判にまで発展するケースも数多く報告されている。 21世紀職業財団が行った調査では、約5割の会社で「何らかのハラスメント行為が発生している」という結果が出ており、現在もなお増加傾向にあると言われている。また、その責任も、加害者だけではなく会社に対しても追及され、両者に対して損害賠償を命ずる判例も数多くある。 例えば、ある病院内で起きたパワハラに関する判例では、加害者に対して1,000万円、使用者である病院側に対しては500万円の損害賠償が命ぜられた(誠昇会北本共済病院事件,平16.9.24判決)。 このように、職場におけるハラスメントの問題は、決して対岸の火事では済まされない、身近でとても大きな問題となっている。 職場で起こるハラスメントには上記のとおりさまざまなものがあるが、以下では、「セクシャルハラスメント」と「パワーハラスメント」について整理したい。 〈セクシャルハラスメント〉 セクシャルハラスメント(セクハラ)とは、性的嫌がらせ・性的脅かしのことをいい、「相手方の意に反する性的な言動で、それに対する対応によって仕事を遂行する上で一定の不利益を与えたり、就業環境を悪化させたりすること」と定義される。 1999年には、男女雇用機会均等法が改正され、事業主にセクハラ防止の配慮義務が課された。2007年にはさらなる改正が行われ、セクハラの被害対象を女性のみから男性を含めた労働者全般にまで拡げ、事業主の義務もより強化された。セクハラの防止を就業規則に規定すること、情報の周知や相談窓口の設置が求められている。 このように法律で事業主の対応がしっかりと定められているので、実際に事件が起こり、その義務を果たしていなかった場合の責任は重い。 〈パワーハラスメント〉 パワーハラスメント(パワハラ)とは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、義務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義される(厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告(平成24年1月)」より)。 平成24年に厚生労働省が行った調査では、過去3年間に45.2%もの会社がパワハラに関する相談を受け、そのうちの70.8%に実際にパワハラに該当する事案があったと報告している。 このようにパワハラは、ハラスメントの中でも、近年急速に増加している問題の一となっている。 パワハラというのは、その性質上、上司や先輩など職場におけるなんらかのパワー(権力)を持つ者が「指導」や「叱責」と称して行うケースが圧倒的に多い。そのため、罵声や暴言など一見するととんでもないと思う行為も、指導や叱責という名の元に実態が隠れてしまい、気づいた時には大きな問題に発展してしまうケースも少なくない。 一方、「パワハラ」という言葉が広まったことにより、「ミスを指摘したり、注意しただけなのに、パワハラだと言われてしまい、指導がやりにくい」という現場の声も多くある。 このように職場におけるパワハラは増加傾向にあるにもかかわらず、その実態から線引きが難しく、とても扱いづらい問題である。 しかし、放っておくと職場環境は悪化し、仕事能率は落ち、業績は低迷する。結果的にこの「パワハラ」は損害賠償にまで発展してしまい、金銭だけでなく会社の評判までも失いかねない、大きなリスクのある問題なのである。 * * * 次回から、このパワハラに着目して、その実態を探っていきたい。 (了)
労務・法務・経営
法務
事例でわかる消費税転嫁対策特別措置法のポイントQ&A 【第1回】「下請法対応が万全であれば安心か?」
事例でわかる消費税転嫁対策特別措置法のポイントQ&A 【第1回】 「下請法対応が万全であれば安心か?」 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 山田 瞳 1 「特定事業者」と「特定供給事業者」 「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」(以下「消費税転嫁対策特別措置法」という)は、消費税転嫁拒否等の行為として、以下の5つの行為を禁止している(※1)。 (※1) 消費税転嫁対策特別措置法の概要については、本誌掲載の拙稿「『消費税転嫁対策特別措置法』を理解するポイント」参照。 これらの行為は、あらゆる事業者間のすべての取引において禁止されるわけではなく、「特定事業者」が「特定供給事業者」から供給を受ける商品・役務に関して行った場合にのみ禁止されている(※2)(消費税転嫁対策特別措置法3条)。 (※2) ただし、消費税転嫁対策特別措置法が適用されない取引についても、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律における優越的地位の濫用、下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という)が適用される可能性があるため、注意する必要がある。 そこで、消費税転嫁拒否等の行為を行わないようにするためには、まず、「特定事業者」及び「特定供給事業者」の範囲を理解し、どの取引が規制の対象になるかという入り口の部分の判断を誤らないようにすることが肝要である。 「特定事業者」及び「特定供給事業者」の概要は以下のとおりである(消費税転嫁対策特別措置法3条)。大規模小売事業者とそれ以外の法人事業者とで、消費税転嫁拒否等の行為が禁止される取引先(特定供給事業者)の範囲が異なることがポイントとなる。 2 下請法の規制対象となる取引 「減額」、「買いたたき」、「商品購入、役務利用または利益提供の要請」といった消費税転嫁拒否等の行為は、下請法でも禁止される可能性のある行為である。 そこで、下請法の適用範囲を確認しておくこととしたい。 下請法は、①資本金に関する要件、②委託内容に関する要件の両方を満たす取引に限り適用される。 資本金に関する要件(上記①)は、「親事業者の資本金額が○円超の場合は資本金額○円以下の取引先(下請事業者)が対象」というように、親事業者の資本金額と下請事業者の資本金額の関係により、規制対象とされる取引を限定しており、下請法が適用される取引においては必ず親事業者の資本金額の方が下請事業者の資本金額よりも大きくなる。 また、委託内容に関する要件(上記②)は、製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託という下請法所定の類型に当てはまる取引に限り、規制対象とするというものであり、委託ではない単純な売買取引や、発注者が自社で使用するための物品の製造を委託すること(※3)は、下請法の規制対象とされない。 (※3) 一部例外は存在する。 そのため、例えば以下の取引には、下請法は適用されない。 3 下請法よりはるかに広い規制対象 これに対し、消費税転嫁対策特別措置法における「特定事業者」・「特定供給事業者」の考え方は、下請法にいう「親事業者」・「下請事業者」とは全く異なっており、圧倒的に幅広い範囲をカバーしている。 具体的には、下請法と比較すると、消費税転嫁拒否等の行為の禁止の対象となる取引は、以下の特徴がみられる。 したがって、継続的に取引が行われている限り、上記a~dのすべての取引において、消費税転嫁拒否等の行為が禁止されることになる。 さらに例を挙げれば、以下の取引は、継続的な取引関係を前提とする限り、すべて消費税転嫁拒否等の行為の禁止の対象となる(買手が大規模小売事業者以外の場合は、売手の資本金が3億円以下のときに限る)。 4 まとめ 以上のとおり、消費税転嫁対策特別措置法の消費税転嫁拒否等の行為の禁止がカバーする取引の範囲は、下請法と比べて極めて広い。 したがって、これまで下請法への対応を的確に行ってきた企業においても、下請法が規制対象としない取引先や取引内容について、新たに、買いたたき等の行為を行わないようにするための方策を講じる必要がある。 (了)
労務・法務・経営
法務
香港「新会社法」の施行と現地日系企業への影響
香港「新会社法」の施行と現地日系企業への影響 アースタックス税理士法人 アースタックス・ビジネスコンサルティング(香港)有限公司 税理士 白水 幹範 1 新会社法への改正の背景 旧会社法の現代化に向けた改正への取り組みは2006年に開始され、数年間の議論を経て、2012年7月の法案可決に至っている。 改正前の会社法(香港法律第32章。以下「旧会社法」)は、1932年に制定された法律に数多の修正を重ねたもので、現状にそぐわない部分が指摘されていた。 今次の改正により、旧会社法の主要な部分は、新たに設けられた第622章に大幅に内容を増強した上で移されている。一方、旧会社法は、会社清算に関する条項等のみを残し「会社法(清算及びその他の条項)」と名称を変えた上で残されている。 なお、新会社法は、921項の条文、11の附則及び12の附属法例から構成されている。 新会社法は、主に以下の4つを目的としている。 これらを通じて、香港の国際ビジネス・金融センターとしての地位の向上に資することを目指している。 2 新会社法の主な変更点 新会社法の主な改正点をまとめると、下表のとおりである。 3 現地日系企業がおさえておくべき新会社法のポイント 今回の新会社法が、現地に進出している日系企業及び取締役になっている方に影響があるポイントについて、以下に概括したい。 (1) 基本定款の廃止 旧会社法のもとで設立された会社(以下「既存の会社」)は、基本定款(Memorandum of Association)及び通常定款(Articles of Association)を作成していたが、改正により基本定款が廃止され通常定款のみとなった。 既存の会社の基本定款の条項については、自動的に通常定款の条項とみなされる。ただし、下記(2)との関連で、基本定款の条項のうち授権資本及び株式の額面に関する項目については削除されたものとみなされる。 (2) 資本金 ① 額面株式の廃止 額面株式の制度が廃止され、額面株式を発行しているすべての会社に無額面株式が強制適用されることとなった。これは額面株式が、新株発行の阻害要因となったり会計制度を不必要に複雑にしたりというような実務上の問題を発生させ、時代にそぐわない考え方であるためである。 無額面株式への円滑な移行を行うため、新会社法の施行日以前に発行されたすべての額面株式は無額面株式とみなされる旨の規定が設けられ、転換手続きは必要とされない。 ② 授権資本の廃止 額面株式の廃止に伴い、授権資本及び資本剰余金についても廃止された。資本剰余金の残高は新会社法の施行日以降は資本金の金額とみなされる規定が設けられており、特段の手続きは必要とされない。 (3) 取締役 ① 法人取締役に対する制限 すべての私的会社は少なくとも1人以上の自然人の取締役を設置しなければならないこととされた。これは、透明性と説明責任の向上を目的としたものである。 法人取締役のみの既存の私的会社には、新会社法施行後6ヶ月の猶予期間が与えられる。新しい取締役の選任については、15日以内に会社登記局へ届け出なければならない。 ② 取締役の善管注意義務 取締役への明確なガイダンスを提供するために、取締役の善管注意義務及び第三者に対する損害賠償責任のルールについて明確化された。また、取締役の利益相反取引についてのルールについても明確化された。 なお、3年を超える期間取締役に就任する場合には、株主の承認が必要とされることとなった。 (4) 年次報告書及び監査報告書 ① 年次報告書 私的会社の年次報告書の提出要件については、特に変更はない。公開会社及び保証会社の年次報告書の提出要件に変更があるが、ほとんどの日系企業には影響がないものと考えられる。 ② 財務諸表及び取締役報告書 中小企業については、特別決議により簡易的な財務諸表及び取締役報告書の作成が認められる。 簡易的な報告書の作成が認められるのは、以下のいずれか2つの要件に該当する私的会社である。 これらの要件を満たさない大規模な会社は、事業報告書(Business Review)の作成が必要となる。 なお、会計監査については引き続きすべての会社に必要とされる。 (5) 株主総会 株主の全員の同意により、年次株主総会の開催を免除することができることとされた。また、株主総会は、各種通信手段を通じて複数の場所で開催することができることとされた。 (6) コモンシール(金属製の会社印) コモンシールの保管及び使用は任意とされた。 (7) 届出等の書式 会社登記局への届出等の書式は、新しい書式に変更されている。 経過措置として、大部分の旧書式は、新会社法の施行日から3ヶ月間はそのまま受領されるが、いくつかの書式については、新しい書式のみしか受領されないため留意が必要である。 (了)
労務・法務・経営
経営
会社を成長させる「会計力」 【第8回】「企業が永続する条件」
会社を成長させる「会計力」 【第8回】 「企業が永続する条件」 島崎 憲明 《百年企業》 企業にとって「環境変化への適切な対応」は、企業として生き残る、さらには、持続的な成長を遂げるために必須の条件である。 現存する多くの老舗企業はこの「変化への対応」ができたからこそ現在も事業を続けているのだが、一方で企業の永続と成長は「変わってはならない経営の軸」を守り続けてきた結果でもある。 つまり、「変えていくべきもの」と「守り続けるべきもの」とがあるということだ。 朝日新聞社編の『日本の百年企業』によると、創業・設立100年以上の老舗企業は全国に2万社以上あり、日本は世界でも類をみない「老舗大国」である。 老舗は目先の利、自らの利だけを追わずに、社会とともに生き、生かされてきた。近江商人に伝わった「売り手よし、買い手よし、世間よし」という、いわゆる「三方よし」の教えは、現代のビジネスにも通ずる。 帝国データバンク編の『百年続く企業の条件』では、興味あるアンケート結果が紹介されている。帝国データバンクは2008年3月に、1912年(明治45年)までに操業、または設立した企業4,000社を無作為抽出してアンケートを実施し、20%に当たる814社から回答を得た。 その中から2つを紹介すると、「老舗企業として大事なことを漢字一文字で表すと」という問いに対しては、信用・信頼の「信」が圧倒的な支持を集めて一位となっている。 二位は「誠」で、以下「継」「心」「真」「和」「変」「新」「忍」「質」と続く。 「信」、「誠」、「継」には、取引先や地域との信頼関係、誠実な商い、この姿勢を受け継いできた、との思いが伝わる。その一方で、一見すると老舗らしくない文字も並んでいる。変革し、新しいことへの挑戦を続けてきたからこそ、今がある。信用の下での「変」や「新」が必要だということだ。 また、「自社の社風を漢字一文字で表すと」という問いに対しては、「和」が一位である。 取引先や地域社会、従業員などとの「和」を重んじていることがうかがえる。 《老舗企業の原動力》 老舗企業に共通する点は「環境の変化に惑わされない伝統性」と「環境変化を先取りする時代性」の調和にあり、松尾芭蕉の「不易流行」に通じる企業DNAが根付いていることがわかる。 不易流行とは蕉風俳諧の理念の一つと言われているが、言わんとするところは、 ということである。 企業の持続的成長の原動力は、その「創業精神」と「経営理念」にあり、日本企業の経営理念の源流は、その多くが家是・家訓に遡ることができる。持続的な成長を遂げている優れた企業においては、創業精神や経営理念が経営者、従業員に共感・共有され、それぞれの企業のDNAとなっている。 経営者は、創業精神や経営理念を経営の根幹において、健全な企業風土・企業文化の醸成を第一の経営責任として認識している。 松下幸之助氏は著書『実践経営哲学』(PHP)の中で、次のように述べられている。 この言葉には、経営理念の重要性が余すところなく述べられている。 私も企業経営に携わってきた者として、この言葉に強い共感を覚える。 《「会社の歴史を知る」ということ》 また、松下氏は会社の歴史について、次のように述べられている(『社員心得帖』(PHP))。 私は企業の取締役に就任した15年ほど前から、松下幸之助氏の著書をかなりの数読む機会があった。役員としての職責が重くなるに従い、また、年齢を重ねるにつれ、同氏の言葉は腹に落ちることが多かった。 他に多く出版されている経営のハウツー本とは異なる、「経験に基づいた言葉の重さ」があり、その一つ一つに説得力を感じた。 私が住友商事に入った1969年に、住友商事は創立50周年を迎えた。 ただし、商事会社としての事業は終戦後のスタートであり、商社経験が24年という若い会社であった。 商事活動を始めた当時の社長は、素人集団に対し「熱心な素人は怠慢な玄人に優る」と叱咤激励したと聞く。 創立50周年の記念式典において、当時の社長が次のような決意を語っている。 企業経営を駅伝にたとえる経営者も多い。 自身がトップマネジメントして経営に当たっている期間は、任された区間を全力で走り、次のランナーにタスキを託す。ランナーは変わっても“会社というタスキ”は次々とつながり、途切れることがない。 すなわち、企業の永続性こそが企業経営にとって最も重要なミッションなのである。 そして企業が永続するには、常に成長し続けていることが必要である。 《住友の「400年」》 住友の事業精神は、今でも住友グループ各社が事業活動の拠り所にしており、各社の経営理念や事業活動指針などは、この精神を踏まえて作られている。 何か重要な問題に直面した時にはこの精神に照らして判断してきた、住友人の精神的支柱である。 住友の事業精神は、次の4点から成る。 最初の3つが変化に惑わされないことを、最後の一つが変化を先取りする必要性を表している。 明治から昭和にかけての住友歴代総理事7人に共通する哲学は、 の理念である。 住友商事グループでは1998年に、住友の事業精神をグループ全体の役職員に浸透させるため、住友商事グループの経営理念と行動指針を定めた。さらに、その理念と指針の下に、住友商事の役職員として留意して行動すべき“9つのValue(SC VALUES)”を示し、このようなValueを持つ人材の育成を目指している。 人事評価に際しては、この“9つのValue”が評価の項目であり、人を育て、自身が行動する際に拠って立つべき具体的な指針となっている。 (了)
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私が出会った[相続]のお話 【第4回】「資産家とは、一体どういう人たちでしょうか」~時には「太鼓持ち」的感覚も必要?~
私が出会った[相続]のお話 【第4回】 「資産家とは、一体どういう人たちでしょうか」 ~時には「太鼓持ち」的感覚も必要?~ 財務コンサルタント 木山 順三 〔一般的な資産家のイメージとは?〕 一般的な資産家のイメージとしては、次のようなものが挙げられますね。 〔金融機関から見た資産家の定義〕 では、金融機関は何をもって資産家と判断しているのでしょうか。 拙著『富裕者のための事例でわかる資産運用と相続対策』(清文社、2012年)では、下記を参考に定義づけを行っています。 旧住友信託銀行プライベートバンキング部においては、保有金融資産額1億円以上。野村総研・知的資産創造/2010年1月号における定義は、超富裕者層5億円以上、富裕者層1~5億円未満、準富裕者層5,000万円~1億円未満としています。 なお、当然のことながら別途不動産等が加算されますので、実際にはこれ以上の保有資産額となります。 〔資産家の心配ごと〕 次に、資産家の方々が共通してもつ懸案事項と思考の傾向をまとめると、おおむね以下のようにまとめることができます。 〔資産家の相続エピソード〕 それでは、ほんの数例ですが、私が経験した事例をご紹介しましょう。 【K家の場合】 Kさんは古くからの地主の家に生まれ、貸家やテナントビルを数多く所有していました。Kさんの性格から、店子の家賃滞納についても大様な態度で、地元の名士として好評を得ていました。 ただし、保有資産の中身は圧倒的に不動産の占める割合が高く、税理士からは「相続の際、このままでは金銭での納税は不可能なので、もう少し金融資産を増やすように」と勧められていました。 そんな時、Kさんの相続が起こったのです。 後を託された長男は大手一流会社を退職し、ひたすら延納手続した相続税の納税資金作りに努めなければなりませんでした。 担保物件の制約やフローの収入があることにより物納も認められず、やっと手持ち不動産等を売却し納税完済できたのは数年後でした。 もちろんその間、利子税がかかっていたのは申し上げるまでもありません。 ついつい「昔からの旦那さん気質」が相続対策を遅らせ、先送り状態になっていたのです。 このように不動産所有者は、それに対応できるだけの金融資産も保有しなければならないのです。 【H家の場合】 10年前、私は銀行を退職し財務コンサルタント事務所を開設しました。その折、銀行から「引き続き顧問として業務委託契約をしてほしい」と依頼を受け、承諾しました。 そんな時、知り合いの某氏から「一部上場企業の創業者の番頭役として、相談にのってくれないか」という連絡がありました。 ただし、それには条件がありました。 その条件とは でした。 もちろん、その見返りとしての報酬は、現役当時の比較にならないほど大きなものでした。 でも、私は仲介者である某氏に言いました。 「お受けしてもよいが、私がそのオーナーにお目にかかれば必ずこう言うでしょう。『あなたの総財産のうち3~5割を社会貢献のため寄付なさってはいかがですか』と。それでもかまいませんか?」 それ以降、某氏からの連絡はありません。 * * * ・・・いかがでしょうか。 このように「自分だけはまだまだ生き続ける」、「自分の財産はもっともっと増やし続けたい」との欲がついて回るようです。 当然のことながら顧問税理士としては、クライアントの資産形成においてより多くより確実に、当家の隆盛のための最大限の指導を行うことを期待されています。 しかし、私の顧問先でもこんな事例があるのです。 【Aさんのケース】 私は数多くの講演を行ってきましたが、今思えば“嘘”を言っていました。 それは資産運用で、「貯金よりも配当狙いの株式の方が有利だ」と言ったことです。 つまり、「みなさん、銀行は潰れたことがありますが、電力会社は潰れません!配当利子は銀行より有利ですよ」と。 そして知り合いのAさんも、あの震災の起きる半年前に、他の株式から東電株に乗り換えたのです。 やはり、絶対ということはないのですね。 【Bさんのケース】 Bさんのお父さんは、一昨年11月に亡くなられました。相続財産に占める株式の割合は大きく、納税資金は株式売却金で充当する予定でした。そして、その当時の日経平均株価は9,000円でした。 Bさんの納期限は昨年9月でしたが、思いのほか相続手続が進み、4月には納税準備が整いました。その時の日経平均株価は13,000円になっており、Bさんが納める相続税7,000万円の手当をすべて亡くなってからの相場で賄うことができました。 もっとも、かなり以前のCさんのケースはこの逆で、大半を外貨預金で運用していた関係で円高基調に伴う為替損が発生し、納税のため損切せざるを得ませんでした。 このように納税期限10ヶ月の期間は相場的には決して短い期間でなく、相場変動のリスクがかなりあるものと思って間違いないでしよう。 資産運用には「絶対」はなく、またいくら節税対策を行ったとしても、亡くなってまで相場に振り回されることもあるのです。 * * * こんな事例を資産家層のクライアントに事あるごとに示し、バランスのとれた資産運用や資産管理を指導することが、顧問税理士として最低限必要な姿勢ではないでしょうか。 〔税理士は資産家に対し、どういう姿勢であるべきか〕 極論すれば「太鼓持ちになれ!」ということです。 そもそも“太鼓持ち”の語源には、いろいろな説があります。 1つ目は、豊臣秀吉すなわち「太閤を持ち上げた」説。 2つ目は、太鼓を叩いて踊る「男芸者」説。 別に「幇間」とも言われていて、むしろ税理士業はこの言葉にぴったりだと思います。 すなわち「幇間」とは「人と人の間を助ける」すなわち人間関係を助けるという意味であると言われています。 いかにも相続に関する税理士業そのものではありませんか。 特に本題の「資産家層」という難しいクライアントへの対応に際しては、本格芸を持ちながら完全な芸を見せてはいけない、しかしながら、芸はしなければならない役割なのです。 よく、銀行からオーナー企業に出向して、オーナーから「会社、個人のために大いに忌憚のない意見を述べてほしい」と言われます。ただし、そこで調子に乗って苦言を呈し述べると「そこまでの意見具申は期待していない」と言われたという声を数多く聞きます。 特に後継者問題等、親子関係・肉親に関わることは注意を要します。 アドバイス等は、十分にクライアントの信頼を得てから行いましょう。 〔資産家との関係を維持・拡大するために必要なこと〕 すべての資産家層を取り込もうとは思わないこと、です。 しょせん「相性次第」と割り切り、将来を見据え、自分にフィットしたクライアントをしっかりと確保する方が賢明です。 資産家層の奥行きは深く、相談材料も将来にわたり継続的に期待できます。 したがって、マメに経営相談等にのることが大切です。 そのことによって、かなりの長期にわたり、当家とのおつきあいを続けることができます。 ひいてはそれが一心同体の関係に結びつき、二代目、三代目と「〇〇家」丸抱えの顧客確保につながるのだと思うのです。 (了)
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《速報解説》 「復興特別法人税の1年前倒し廃止」に係る改正条項の確認
《速報解説》 「復興特別法人税の1年前倒し廃止」に係る改正条項の確認 Profession Journal編集部 平成26年度税制改正では法人実効税率の引下げは見送られたものの(現在、政府税制調査会法人課税ディスカッショングループにて審議中)、既報のとおり、復興特別法人税が1年前倒しで廃止されることとなった。 そこで以下では、3月31日に公布された「所得税法等の一部を改正する法律(法律第10号)」等から、その規定ぶりを確認しておきたい。 まず、本改正前の復興特別法人税の課税事業年度については、国税庁「復興特別法人税のあらまし」(平成24年3月)において、下記のように示されている。 本改正について、「平成26年度税制改正大綱」では下記のとおり記載されている。 復興特別法人税は「東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法」(以下「復興財源確保法」)の「第五章 復興特別法人税」において規定されているが、今回の改正により、下記の部分が変更された(所得税法等の一部を改正する法律(法律第10号)第14条 東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法の一部改正(官報平成26年3月31日付(特別号外第6号) 199ページ上段)より)。 上記の改正により、復興財源確保法の該当条項は下記のように改正されることとなった。 なお、上記大綱のうち青文字で示した改正事項に関しては、上記の復興財源確保法第45条第3項の削除にあわせて下記(第33条第2項)が追加されている。 本改正前は、復興特別所得税の額は復興特別法人税の額から控除し、法人税の額から控除することはできなかったが、本改正により、復興特別法人税の課税期間終了後は、法人が各事業年度において利子及び配当等に課される復興特別所得税の額は、各事業年度において利子及び配当等に課される所得税の額と合わせて、各事業年度の法人税の額から控除されることとなる。なおこの場合に、復興特別所得税の額で法人税の額から控除しきれなかった金額があるときは、その金額が還付される。 (了)
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《速報解説》 国税不服審判所「公表裁決事例(平成25年7月~9月)」~注目事例の紹介~
《速報解説》 国税不服審判所「公表裁決事例(平成25年7月~9月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、3月27日、「平成25年7月から9月分までの裁決事例の追加等」を公表した。 今回追加されたのは下表のとおり、全21件の裁決であり、国税不服審判所によって課税処分等が全部又は一部取消された事例が14件の多数を占め、棄却された事例は7件に止まっている。 税法・税目としては所得税関係と国税通則法が各6件、相続税が4件、法人税が3件、国税徴収法2件となっている。 本稿では、公表された21件の裁決事例のうち、注目事例をいくつか紹介したい。 【公表裁決事例(平成25年7月~9月)の一覧】 ※本稿で取り上げた裁決 1 重加算税賦課決定処分の取消し (1) 事前に発行を依頼した請求書に基づく費用の計上・・・④ 本事例は、事業年度末においてまだ引渡しを受けていない工事、OA機器及び翌期の出張に係る航空券等の代金につき、期末に請求書を発行させ、法人税において当期の損金の額に算入し、消費税の仕入税額控除の対象としたことが争われたものである。 原処分庁は、通常とは異なる請求書の発行に通謀があり、あるいは、仮に通謀が認められないにしても、代表者が、工事の施工が完了していないことを知りつつ、虚偽の請求書を受け取り、押印を行い、工事代金の支払を了承していた行為が、「積極的に事実と異なる経理を行い、租税を免れようとする意図をうかがい得る特段の行動をしたものと認められる」と主張して、重加算税の賦課決定処分を正当化したが、審判所は、請求人が、業者と通謀の上請求書を発行させた事実を推認する証拠は見受けられず、請求人がそれらの計上に際し、事実を隠ぺいした、又は事実を仮装したと評価すべき行為を行ったことは認められないとして、過少申告加算税を超える部分の金額につき、取り消すのが相当である、と判断したものである。 (2) 翌課税期間に納品されたパンフレット等の課税仕入れに係る仕入税額控除・・・⑤ 本事例は、課税期間終了の日後に納品されたパンフレットにつき、事前に請求書の発行を依頼して、課税仕入れに係る仕入税額控除の適用を受けた請求人が、重加算税の賦課決定処分について、争ったものである。 原処分庁は、請求人の会計処理が、請求書をもって納品があったものとみなして行われていたところ、パンフレット納品前に請求書の発行を依頼したことは通謀による虚偽の証ひょう書類の作成に当たり、また、課税仕入れに係る支払対価の額から除かなかったことは、帳簿書類の意図的な集計違算に当たるから、隠ぺい又は仮装の行為がある旨主張する。 しかし、当該請求書は前払いを求める書類として作成を依頼したものであり、かつ、虚偽の記載もないことから、通謀による虚偽の証ひょう書類の作成があったとはいえない。また、本件は、請求人において、経費計上に際して納品日を確認しないという社内的なチェック体制の不備に基因し、会計処理に際して納品書の添付が求められていなかったことが理由であると認められることから、請求人が、本件パンフレット等製作費について本件課税期間の課税仕入れに係る支払対価の額に含めたことにつき、隠ぺい又は仮装と評価すべき行為をしたと認めることはできない、と判断したものである。 (3) 重加算税 上記④の事例で、不服審判所は、重加算税の賦課決定について、次のように一般論を述べている(下線:筆者)。 上記は、重加算税の賦課決定に対する不服審判所の考え方の一端を示すものであろう。 今回の事例は、原処分庁の少し強引とも思える重加算税の賦課決定処分を取り消したものとなっている。 2 事業所得の計算における必要経費 (1) 開業費の償却費、交際費及び旅費交通費・・・⑧ 本事例は、医師である請求人が必要経費に算入した開業費の償却費、接待交際費及び旅費交通費の各費用について、原処分庁が必要経費に算入することはできないとして、本件各年分の所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をしたものである。 不服審判所は、「ある支出が必要経費として総収入金額から控除されるためには客観的に見てその支出が業務と直接の関係をもち、かつ、業務の遂行上必要なものに限られると解される」としたうえで、原処分庁が必要経費に算入できないとした支出の大部分につき、「専ら業務の遂行上必要であるとまでは認めることはできない」し、また、これらの支出の中には「家事費が含まれていると認められる」として、家事関連費のうち「業務に必要な部分が明らかに区分されていない」ことから、必要経費に算入することはできない、と判断した。 (2) 被相続人に係る必要経費・・・⑪ 本事例は、税理士である被相続人の死亡に伴う準確定申告において、事業を承継した税理士(相続人)が被相続人の事業所得の金額の計算上必要経費に算入した未払退職金及び事業税等について、原処分庁は、未払退職金は債務が発生・確定していないことから、また、事業税等は、事業の「廃止」があったとはいえないことから、いずれも必要経費に算入することはできないという更正処分等を行ったものである。 これに対し、不服審判所は、未払退職金については、使用者である被相続人の死亡により退職金を支給する労使慣行が成立していたとはいえないから、必要経費に算入することはできないとしたが、事業税等については、被相続人の死亡により関与先との間の委任契約が終了していること、被相続人の税理士登録が抹消されたことからすると、相続人は、被相続人の税理士業務を承継し、被相続人と同一内容の事業を行っていたとは認められず、このような被相続人の死亡後の法律関係及び事実関係を社会通念に照らして判断すれば、被相続人の税理士業は廃業したものと認めたうえで、必要経費に算入されると判断した。 3 その他 平成25年4月~6月の公表裁決事例でも、国税徴収法の第二次納税義務に関して取消しを求めた請求人の主張を棄却した裁決が2件公表されていたが(くわしくはこちらの拙稿を参照)、今回も、前回とは異なる状況において第二次納税義務の成立を認めた裁決が2件(上表のNo.(20)及び(21))公表されている。 すなわち、残余財産分配後において成立した国税に関して、清算人等の第二次納税義務を認めた事例と、離婚に伴う財産分与が過大であるとして「無償又は著しく低い額の対価による譲渡」があったとして、離婚した夫が滞納した国税の第二次納税義務を認めた事例である。 前回も指摘したことであるが、こうした事例を積極的に公表することで、国税不服審判所が、第二次納税義務の適切な執行を図る意思を示したものと考えられるのではないだろうか。 (了)