「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例121(相続税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(措法69の4) 相続により取得した財産のうちに被相続人の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等で建物や構築物の敷地の用に供されているものがある場合には、一定要件のもとこれらの宅地等につき一定割合の評価減が受けられる。なお、この特例は借地権にも適用がある。 ◆特定居住用宅地等を配偶者が取得した場合(措法69の4③二) 被相続人の居住の用に供されていた宅地等を、被相続人の配偶者が取得した場合には、無条件で特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例により、330㎡まで80%減額の適用が受けられる。 ◆被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の範囲(措通69の4-7) 被相続人等の居住の用に供されていた宅地等とは、次に掲げる宅地等をいうものとする。 ◆小規模宅地等の特例における申告要件(措法69の4⑦) 小規模宅地等の特例の適用に関しては、申告要件が付されており、相続税の期限内申告書(その申告に係る期限後申告書及び修正申告書を含む)にこの特例の適用を受ける旨を記載し、一定の書類の添付がある場合に限り適用することとされている。 したがって、当初申告において小規模宅地等の特例の適用がある宅地等に特例を適用しないで申告した場合には、更正の請求はできない。 ◆小規模宅地等の特例における宅地等の選択替えの可否(措令40の2⑤) 小規模宅地等の特例の適用において、特例対象宅地等が2以上ある場合又は特例対象宅地等を取得した者が2人以上あるときは、その選択に関する一定の書類を相続税の申告書に添付することとされている。 したがって、特例対象宅地等の選択は、相続税の申告において確定することとなり、その後において、宅地等についての選択替えは認められず、更正の請求もできない。 ◆国税通則法における更正の請求事由の場合(通則法23①) 申告書に記載した課税標準等もしくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又はその計算に誤りがあったことにより、その申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときは、法定申告期限から5年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正の請求をすることができる。 したがって、例えば、小規模宅地等の特例の適用を満たしていない宅地等に誤って特例を適用し、後日これが判明した場合で、他に特例の適用を満たしている宅地等がある場合には、期限内の更正の請求により、改めてその他の宅地等に小規模宅地等の特例を適用することができる。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第26回】 「家屋の相続税評価額を固定資産税評価額に1.0を乗じて算定することは違法ではないとされた事例」 税理士 菅野 真美 ▷固定資産評価基準における家屋の評価方法 家屋の相続税評価額として財産評価基本通達第3章89には、「家屋の価額は、その家屋の固定資産税評価額(地方税法第381条《固定資産課税台帳の登録事項》の規定により家屋課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に登録された基準年度の価格又は比準価格をいう。以下この章において同じ。)に別表1に定める倍率を乗じて計算した金額によって評価する。」と定められており、別表1において家屋の固定資産税評価額に乗ずる倍率は1.0と定められている。つまり、家屋の相続税評価額=固定資産税評価額ともいえる。 固定資産評価基準において、家屋の評価は、木造家屋及び木造家屋以外の家屋(以下「非木造家屋」という)の区分に従い、各個の家屋について評点数を付設し、その評点数に評点一点当たりの価額を乗じて各個の家屋の価額を求める方法によるものとするとし、各個の家屋の評点数は、当該家屋の再建築費評点数を基礎とし、これに家屋の損耗の状況による減点を行って付設するものとする。この場合において、家屋の状況に応じ必要があるものについては、さらに家屋の需給事情による減点を行うものとする(固定資産評価基準第2章第1節一、二)。 上記を算式で表すと、次のようになる。 (※1) 評点一点当たりの価額とは、1円 × 物価水準による補正率 × 設計管理費等による補正率を基礎として市町村が定めるもの(固定資産評価基準第2章第4節二) ・物価水準による補正率:木造1.00、0.95、0.90の3区分、非木造一律1.00 ・設計管理費等による補正率:木造1.05、非木造1.10 再建築費は、その家屋と同一のものを評価時点で建築した場合に必要とされる建築費のことであるから、所得税や法人税の所得の計算において取得価額に基づいて減価償却費が計算されることとは異なることになる。また、固定資産評価基準で定められている経年減点補正率の最低限度が0.2であるため、原則として、固定資産税評価額が0となることはないことから、耐用年数を経過すると固定資産税評価額が固定資産の帳簿価額よりも高くなる。 このように家屋の固定資産税評価額と財務諸表に表示される有形固定資産の価額は異なるものとなる。特に、耐用年数を経過した後の家屋について、再建築価額の20%相当額が継続されることについては、疑問のある人もいる。 そこで今回は、相続税評価額について固定資産税評価額に1.0を乗ずる課税標準に対し、異議を唱えた納税者の事例について検討する。 ▷どのような事案か 本事案について、時系列で並べると次のようになる。 ▷地裁における当事者の主張 甲と課税庁の主張を簡単にまとめると次のようになる (※2) 耐用年数省令6①、別表第11の「平成19年3月31日以前に取得をされた減価償却資産の残存割合表」において、別表第1、別表第2、別表第5及び別表第6に掲げる減価償却資産(同表に掲げるソフトウエアを除く)の残存割合が100分の10と定められていることを指す。 ▷地裁の判決は 地裁は、次のように述べて甲の請求を棄却した。 上記より、甲の請求は理由がないとされた。 これに不服な甲は控訴したが、高裁においても甲の請求は棄却された。 * * * このように固定資産税評価額の残価率20%は合理的であると判断された。制度で決められた方法を否定し、独自の方法により評価額の正当性を主張することは難しい。 なお、地裁の判決において、「木造家屋(中略)の経年減点補正率(最終残価率)を一律20%としているが、これは、一定年数に達してなお使用される家屋について、通常の維持補修を加えた状態において、家屋の効用を発揮し得る最低限の状態を捉えるとした場合に、建物が劣化していても、人が所有している限り何らかの効用が期待され、価値が生じているという考え方に基づくものと解され、この残価率に関する考え方は、家屋の特質を踏まえたものとして合理性を有するというべきであるし、最終残価率が20%であることについては、木造家屋の再建築価額全体に占める主要構造部の割合がおおむね20%であることに基づくもの」として、残価率20%の合理性の根拠が述べられている。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第16回】 「NFTに関する税務上の取扱いに係るFAQ詳解⑦」 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 問9 NFTを贈与又は相続により取得した場合 経済的価値のあるNFTが贈与税や相続税の対象になることは当然であるとしても、NFTの評価方法について、実務家は頭を悩ませていた。 FAQの解説では、NFTの評価方法については評価通達に定めがないことから、評価通達5(評価方法の定めのない財産の評価)の定めに基づき、評価通達に定める評価方法に準じて評価するとしている。 そして、例えば、評価通達135(書画骨とう品の評価)に準じ、その内容や性質、取引実態等を勘案し、売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価するとしている。 ただし、現状では、ポジショントークをせずに、理論的かつ客観的にNFTの時価を算定してくれる精通者とはいったい誰なのか、そのような者がどのくらいいるのか、信頼できる評価方法としてどのようなものがあるかという問題がある。 逆にいえば、国税庁もNFTの時価評価には苦労することが予想されるため、結局、税務調査においては、直近の取引価格、オファー価格、フロアプライス(コレクション中の最低価格)などわかりやすい指標、入手しやすい指標が重視される可能性もある。 また、NFTの著作権者の相続が発生した場合には、評価通達148(著作権の評価)に準じた評価も候補に入ってくる。 また、解説では、課税時期における市場取引価格が存在するNFTについては、当該市場取引価格により評価して差し支えないとしている。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第15回】 「TDK事件(審裁平22.1.27)(その2)」 ~租税特別措置法66条の4第2項1号二・2号ロ、 租税特別措置法施行令39条の12第8項1号、 租税特別措置法通達66の4(4)-5(現行66の4(5)-4)~ 税理士 松田 祐弥 5 審判所判断の検討 本件に関して今後の利益分割法の適用を検討する上で参照意義があると思われる各争点について、審判所判断をもとに検討する。 (1) 争点3 独立企業間価格の算定において、残余利益分割法を適用したことの適否 ① 基本三法又は基本三法と同等の方法の適用について 審判所は、本件国外関連取引は、重要な無形資産を介する一連の取引であるとの事実認定を行った上で、独立企業間価格の算定方法については「独立企業間価格の算定方法については、(・・・)基本三法が規定されており、基本三法が適用できない場合に、基本三法に準ずる方法その他政令で定める利益分割法等の適用ができるものとされている(※2)。同様に棚卸資産の販売又は購入に係る取引以外の取引に関する独立企業間価格の算定方法として、基本三法と同等の方法が規定され、基本三法と同等の方法が適用できない場合に、基本三法に準ずる方法と同等の方法その他政令で定める利益分割法と同等の方法が適用できることとされている」として、独立企業間価格算定方法に対する基本的な理解を示している。 (※2) 平成23年度税制改正により、基本三法の優先適用が廃止され、個々の事業の状況に応じて最も適切な方法を選定する方式(ベストメソッドルール)に改められた。 その上で、本件国外関連取引の一体性の有無に関して、「本件国外関連取引について基本三法及び基本三法と同等の方法が適用できるか否かを検討する前提として、まず、本件国外関連取引を一の取引とみるべきか否かについて検討するに、独立企業間価格の算定は、原則として個別の取引ごとに行うべきであるから、例外的に複数の取引を一の取引と見る場合には、個別の取引で評価するよりもより合理的であるとする理由が必要であるというべきである」として、基本的に個別に検討すべきとの判断を示した。 さらに、「本件では、請求人グループの行う一連の国外関連取引が一体的に営まれている事情は認められるものの、そのことから直ちに本件国外関連取引(・・・)を一の取引と見るべき合理的な理由は認められない」として、個別の国外関連取引ごとに独立企業間価格を算定することを検討すべきとの判断を示している。 複数の国外関連取引をまとめて評価することが適切な場合の判断基準を、その合理性に求めている点で本裁決はOECDの考え方(※3)に一致したものであり、妥当なものと考える。 (※3) OECD移転価格ガイドライン(2010年) パラ3.9 ② 残余利益分割法の適用について 審判所は、本件国外関連取引に係る独立企業間価格算定方法について、「基本三法及び基本三法と同等の方法を用いることはできないと認められる」としたうえで、「請求人及び国外関連者は、(・・・)それぞれ重要な無形資産を有しており、このような場合に残余利益分割法を適用することは有効な方法であると認められる」との判断を示した。 さらに、本件国外関連取引について、「・・・を最終製品とする一連の取引であり、利益分割法は請求人と国外関連者の営業利益の合計額を基本として用いられる移転価格算定手法であることから、本件棚卸資産及び本件無形資産供与取引のそれぞれについて利益分割法を検討するのではなく、国外関連取引に係る分割対象利益に影響がある非関連者間取引に挟まれる関連取引全体を対象に一つの移転価格算定手法を使って独立企業間価格を算定することには理由があると認められる」との判断を示した。 利益分割法は取引単位ごとに適用するのが原則であるところ、審判所は「利益分割法は請求人と国外関連者の営業利益の合計額を基本として用いられる移転価格算定手法であること」をもって本件国外関連取引を一体の取引として検証するとしている。これは利益分割法の説明をするに過ぎないトートロジーであり、本件国外関連取引が一体であると判断する根拠はここでは示されていない。本件国外関連取引は棚卸資産取引と無形資産供与取引が一体となって行われているとも考えられるが、審判所がその一体性を認めているものではないため、特に利益分割法の適用上、何をもって一体の取引と判断するのかの明確かつ客観的な基準に関しては、今後の検討課題であると考える。 (2) 争点4の③ A社が支出した研究開発費の負担金を請求人の分割指標としての研究開発費の金額に含めたことの適否 審判所は、「双方が所有する無形資産の価値を判断する要素については、法的な所有関係だけではなく、無形資産を形成等させるための活動において関連当事者の行った貢献についても勘案する必要があることから、当該無形資産の形成などのための意思決定、役務の提供、費用負担及びリスク管理において、関連当事者が果たした機能等を総合的に勘案し判断することが相当であると解される」としたうえで「請求人及びA社は(・・・)研究開発によりそれぞれ製造にかかる無形資産を形成していることから、研究開発費を残余利益の配分指標として用いる事は合理的であると認められる。また、(・・・)A社は(・・・)本件研究開発において相応の役割を果たしており、本件研究開発を通じて生じる(・・・)無形資産の形成等に貢献していると認められることから、本件負担金は、残余利益分割法による独立企業間価格の算定に当たっては、A社の分割指標としての研究開発費とみるのが相当である」(※4)との判断を下した。 (※4) 平成23年度改正前措置法通達66の4(4)-5では、残余利益の分割要因について「無形資産の価値に応じて、合理的に配分」を原則とし、なお書きで「無形資産の開発のために支出した費用等の額により行っている場合には、合理的な配分としてこれを認める」と規定していたが、平成23年度改正後の措置法通達66の4(5)-4では、「これらの者が有する無形資産の価額、当該無形資産の開発のために支出した費用の額等を用いることができる」との並立的な表現に変更された。 上記のとおり、審判所は分割要因の帰属先を請求人からA社に変更する必要があると判断し、A社側の所得配分割合が大きくなった結果、多額の移転所得金額の取消しを命じる裁決になったものであり、利益分割法を適用するにあたって、分割要因の果たす役割の重要性を強く認識させる事例であると考える。 6 まとめ 本裁決は、製造特許や商標権等の法的所有者だけでなく、無形資産を実質的に形成等を行った者にもその無形資産の経済的価値に見合った利益を帰属させるとする考えに基づくものである。 移転価格事務運営指針3-13(無形資産の形成、維持又は発展への貢献)においては、「無形資産の使用許諾取引等について調査を行う場合には、無形資産の法的な所有関係のみならず、無形資産を形成、維持又は発展(以下「形成等」という。)させるための活動において法人又は国外関連者の行った貢献の程度も勘案する必要があることに留意する。なお、無形資産の形成等への貢献の程度を判断するに当たっては、当該無形資産の形成等のための意思決定、役務の提供、費用の負担及びリスクの管理において法人又は国外関連者が果たした機能等を総合的に勘案する。この場合、所得の源泉となる見通しが高い無形資産の形成等において法人又は国外関連者が単にその費用を負担しているというだけでは、貢献の程度は低いものであることに留意する」とあるものの、リスク管理等の内容については詳細には定められていない。無形資産取引に係る移転価格課税は多額となる傾向にあるなか、納税者の予測可能性の確保という観点からも、国内の法令等で詳細について定める必要があると考える。 (了)
「人的資本可視化指針」の内容と 開示実務における対応のポイント 【第3回】 「人的資本の可視化のためのその他の考慮事項」 PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター 公認会計士 北尾 聡子 【第2回】では、人的資本の可視化の方法について、参考となるフレームワークや考え方の紹介、可視化を行う際の実務上の対応のポイントの解説を行った。人的資本の可視化を推進することにより、企業は投資家の理解を得ながら、中長期的に企業価値の向上を実現することが期待されている。 【第3回】(最終回)においては、人事戦略を実質が伴った強靭なものとするための考慮事項として、可視化を支える基盤・体制づくりについて解説する。加えて、有価証券報告書における制度開示対応や積極的な任意開示を行う際の開示実務におけるポイントを解説する。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りしておく。 第3章 人的資本の可視化のためのその他の考慮事項 1 可視化を支える基盤・体制づくり 人的資本の可視化を推進する上で、継続的かつ効果的な可視化を支える基盤・体制を整えることは重要である。可視化を支える「①基盤・体制の確立」と「②可視化戦略の構築」が一体的に取り組まれることで実質を伴うものになると考えられ、絵にかいた餅となっては意味がない。 そこで、本稿では、「①基盤・体制の確立」について解説する。「②可視化戦略の構築」については、【第1回】及び【第2回】で紹介した、(a)価値協創ガイダンスやIIRCフレームワーク、(b)人材版伊藤レポート、人材版伊藤レポート2.0、(c)FRC報告書、(d)逆ツリー分析を参照されたい。 (出典:内閣官房「人的資本可視化指針」P.32) (※) 内閣官房「人的資本可視化指針」P.33をもとに筆者作成 ⇒ 経営トップには、リーダーシップを発揮する(本気度を示す)ことが求められる。 (※) 内閣官房「人的資本可視化指針」P.33をもとに筆者作成 ⇒ 取締役会・経営会議等で議論した内容(頻度・深度)を開示することで、説得力(信頼性)が増す。 (※) 内閣官房「人的資本可視化指針」P.34をもとに筆者作成 ⇒ 取締役会等で重要な指標・目標をモニターしていることは、「リスク管理」の開示要素として有効。 (※) 内閣官房「人的資本可視化指針」P.33をもとに筆者作成 ⇒ 社内の議論が活発化し、従業員エンゲージメントの向上(*)も期待できる。 (*):従業員が、企業が目指す姿や方向性を理解・共感し、その達成に向けて自発的に(会社に)貢献しようという意識を持っていること(自発的意欲) (※) 内閣官房「人的資本可視化指針」P.34をもとに筆者作成 ⇒ 横断的・統合的な組織対応を進めることで、効果的な可視化が実現できる。 (※) 内閣官房「人的資本可視化指針」P.34をもとに筆者作成 ⇒ 取引先と綿密なコミュニケーションを取り、開示への協力を依頼するなどして、バリューチェーンにおける連携を深めることにより実効性のある取り組みを開示することができる。 2 開示実務における対応ポイント (1) 開示を検討するに際して参考となる代表的な開示事項の例(女性活躍推進法等、人的資本可視化指針、人的資本:開示事項・指標参考集などで紹介されている主な指標) (☆):2023年3月31日以後終了する事業年度の有価証券報告書の「従業員の状況」において開示することが求められている。 (※) 内閣官房「人的資本可視化指針」及び厚生労働省「女性活躍推進法特集ページ(えるぼし認定・プラチナえるぼし認定)」において女性活躍推進法等で求めている各種指標並びに金融庁「記述情報の開示の好事例集2022」で開示されている指標を参考に筆者作成 (2) 有価証券報告書における開示対応のポイント ① 従業員の状況で開示が求められている3つの指標 上記3つは、人材の多様性(ダイバーシティ)確保に関連した指標である。 〈開示の前提条件(開示対象範囲)、計算方法を明確にする〉 例えば、以下のような前提条件を補足情報として開示することが期待される。 〈財務数値や有価証券報告書内の関連数値との整合性・関連性を意識する〉 例えば、以下の点に留意することで、開示の信頼性を高めることが可能になると考えられる。 ② サステナビリティに関する考え方及び取り組みで開示が求められている事項への対応 〈戦略、指標及び目標を開示する上での留意すべき実務上のポイント〉 開示に際しての実務上の留意ポイントを、以下いくつか紹介する。ただし、これらはあくまで参考であり、最初から完成度の高いものを追求する必要はない点にご留意いただきたい。 (3) 任意開示を戦略的に活用した開示対応 企業は、有価証券報告書に加え、事業報告やコーポレートガバナンス報告書など法令や取引所のルールで求められる書類、あるいは統合報告書、サステナビリティレポート、中期経営計画、IRウェブサイトなど、さまざまな任意の媒体で情報開示に取り組んでいる。 これらの開示媒体は、それぞれ媒体ごと・企業ごとに説明の力点の置き方や情報の網羅性、開示対象として想定する主体が異なる。有価証券報告書の中に、人的資本を含むサステナビリティに関する開示がどんどん取り込まれることにより、有価証券報告書が統合報告書に近づき、将来的に統合報告書が不要になるのではないかという疑問を持たれるかもしれない。しかしながら、開示媒体ごとで、開示対象として想定する主体や開示目的・内容が異なることから、有価証券報告書と整合的かつ補完的な形で、任意開示をさまざまなステークホルダーへの発信と対話の機会として、戦略的に活用していくことが重要と考えられる。 ◆まとめ◆ 企業がこれまで開示していなかった事項を新たに開示するということは、はじめの第一歩(前進)を意味し、たとえ制度対応という消極的対応に映るものであったとしても、評価されるべきと考える。人的資本の可視化を最初から高い完成度で進めていくことは難しいため、段階的に社内体制の構築や議論を積み重ねながら、制度開示(有価証券報告書等)や任意開示への対応を充実させていく必要がある。 開示は、行う側と見る側、両方にとって意味のあるものでなければならない。一般に、企業はガバナンス体制図を示して各部署間の関係性を説明するが、外部から見るとその関係性がわかりづらい組織図になっているケースが実は多い。社内では当たり前に感じているものであるために、わかりづらさに気づきづらいためだと考える。同じように、なぜその開示を行っているのかを考え、改めて開示内容を見返したときに、実は読み手にとってわかりやすい開示にはなっていないことに気づくこともあるだろう。財務数値と異なり、人的資本にかかる指標に関しては、例えば有給休暇取得率、平均勤続年数等の指標が開示されていたとしても、その値を企業がなぜ開示しているのか、また、他社と比べて優れているのか、企業が目標として掲げているものとどれくらい乖離しているのかなどがわからなければ、せっかく開示をしてもあまり意味がないことになってしまう。 したがって、開示を行う側は、読み手(現在及び将来の投資家、従業員及び取引先等の幅広いステークホルダー)を意識した開示を行うことを心がけることが重要である。開示を見る側に積極的にフィードバックを求めることは、企業の開示を洗練させていくための必須の営みであると考える。企業が「人的資本の可視化」において、社内外からのフィードバックを取り入れ、開示の磨き上げを行い、人材戦略の構築・人的資本への投資を加速させ、持続的な企業価値向上に果敢に取り組むことが、今期待されている。 (連載了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第10回】 「会計上の見積りの変更に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における会計上の見積りの変更に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 会計上の見積りを変更した場合、会計上の見積りの変更の内容や、会計上の見積りの変更が計算書類又は連結計算書類の項目に与える影響額等について、注記する必要があります。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】 2 注記事項の解説 (1) 会計上の見積りの変更に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき会計上の見積りの変更に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第102条の4)。 (※1) 将来への影響額を合理的に見積ることが困難な場合には、その旨を記載すれば足ります。 (2) 注記事項の解説 会計上の見積方法は、適用する方法によって損益の金額が異なる可能性があるため、原則として同じ方法を継続して適用することが求められますが、正当な理由がある場合には、見積方法を変更することができます。 この場合、財務諸表の期間比較を適切に行えるよう、2(1)に示したような注記事項の記載が求められます。 それでは、具体的にどのような注記が行われているのか、事例を見ていきましょう。 [株式会社キッツ 2022年12月期 連結注記表] ※株式会社キッツ「第109回定時株主総会招集ご通知に際しての電子提供措置事項」19頁より抜粋。 [株式会社白洋舎 2022年12月期 連結注記表] ※株式会社白洋舎「第130回定時株主総会招集ご通知」35頁より抜粋。 [市光工業株式会社 2022年12月期 連結注記表] ※市光工業株式会社「第93回定時株主総会招集ご通知」45頁より抜粋。 * * * 次回の第11回は、「表示方法の変更に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第13回】 「減給の制裁」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 無断欠勤や遅刻等が多い従業員に対して、制裁として減給する場合がありますが、今回は、減給する際の留意点等について解説します。 * * 解 説 * * 1 減給の制裁の上限 労働者が遅刻・早退や勤務時間中に無断で外出を繰り返したとき等に、制裁として減給処分を課すことがありますが、その額には、上限が定められています。 就業規則において、減給の額を定めることになりますが、減給の額は、1回の事案に対しては減給の総額が平均賃金(※1)の半額以内(※2)、一賃金支払期に発生した数事案に対しては、賃金の総額(※3)の10分の1以内にしなければなりません(労働基準法第91条)。 (※1) 平均賃金とは、原則として、平均賃金を算定しなければならない事由の発生した日以前3ヶ月間に支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除した金額をいいます(労働基準法第12条)。 (※2) 1日に3回の違反行為があった場合は、1回の減給額が平均賃金の半額以内であればよく、3回分の減給の合計額が平均賃金の1日分の半額を超えていても差し支えありません(基収1789号)。 (※3) 一賃金支払期に現実に支払われる賃金の総額をいいます。したがって一賃金支払期に支払われる賃金の総額が欠勤等のため少額になったときは、その少額となった賃金総額を基礎とします(基収1338号)。 したがって、例えば6ヶ月にわたって月給の10%をカットするという制裁処分をすることはできません。 2 遅刻・早退をした場合の取扱い 遅刻・早退をした時間分の賃金カットは制裁ではありません。遅刻・早退をした時間分を超える賃金カットが減給の制裁の対象になります。 3 二重処分 正式に減給の額を決める前に、とりあえず自宅待機等を命じることがありますが、1回の違反行為に対して、自宅待機を命じ、その後正式な処分として減給することは、1事案に対して二重の処分を課すことになり、刑法の一事不再理の原則(1つの犯罪に対しては、罪も1回限りとする原則)に反するので、適切な処分とはいえません。 4 勤務状況の悪い従業員の処遇 (1) 降格と減給処分 勤務態度が改まらないと、降格ということもありえますが、降格となると当然賃金は低下します。降格となったことによる賃金の低下は、減給の制裁ではありません。ただし、従前の職務に従事させつつ、賃金額のみを減じる場合には、減給の制裁となります(基収518号、基発917号)。 降格は実質的には、継続的な減給ですので、処分に当たっては相当の秩序違反に限って行うべきものと考えます。 (2) 解雇 勤務状況の悪い従業員を解雇する場合も考えられますが、解雇理由に正当性がなければ、解雇はできないのが一般的です。 「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定されています(労働契約法16条)。 「客観的に合理的な理由」とは、誰が見ても解雇はやむを得ないと考えられる理由です。勤務状況が悪いというだけでは難しく、仮に訴訟になった場合などは、①就業規則に解雇事由を明確に定めておくこと、②勤務不良の客観的な裏づけ資料や再三の注意を誰がいつ、どのようにしたのか等を明確にしておくことが必要になります。 勤務状況の悪い従業員の処遇は、なかなか難しいと思いますが、減給の制裁のみならず、降格や解雇をする場合は、相当慎重にしなければなりません。 (了)
〔相続実務への影響がよくわかる〕 改正民法・不動産登記法Q&A 【第17回】 「ライフライン設備の設置・使用権の概要」 司法書士 丸山 洋一郎 弁護士 松井 知行 【Q】 他の土地や他人の所有する設備を利用して自分の土地にライフラインを引き込む場合に関して、どのようなルールが定められたか教えてください。 【A】 以下のルールが定められた。 -《解説》- 1 改正の経緯 現代生活において、水道、ガス、電気、電気通信等のライフラインは必要不可欠だが、他の土地や他人の所有する設備を経由しなければライフラインを利用することができない土地も存在する。そのような土地を利用するためには、他の土地に設備を設置することや他人の所有する設備を使用することが必要になるが、これまでは他の土地への設備の設置や他人の所有する設備の使用について直接定めた規定は存在しなかった。 そのため、他の土地への設備の設置又は他人の所有する設備の使用をしようとしても、所有者が設備の設置・使用を拒否した場合やそもそも所有者が所在不明である場合には、対応が困難であった。また、土地・設備の使用に伴う償金の支払義務の有無などのルールが不明確であったため、所有者等から不当な承諾料を求められるケースもあった。 そこで、このような問題を解消するため、今回の改正では、土地の所有者は、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付(以下、「継続的給付」という)を受けることができないときは、継続的給付を受けるため必要な範囲内で、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用することができる旨が明記された(新民法第213条の2第1項)。また、設備の設置・使用の方法や、事前の通知、償金などについての規定が整備された(新民法第213条の2第2項以下)。 2 要件 (1)-A 他の土地に設備を設置しなければ継続的給付を受けることができないこと(設備設置権) 設備設置権が発生するのは、土地の所有者が、他の土地に設備を設置しなければ継続的給付を受けることができないときである(新民法第213条の2第1項)。 ここでいう「他の土地」は隣接地に限られず、土地の所有者は隣接していない土地についても必要な範囲で設備を設置することができると考えられる。 又は (1)-B 他人が所有する設備を使用しなければ継続的給付を受けることができないこと(設備使用権) 設備使用権が発生するのは、土地の所有者が、他人が所有する設備を設置しなければ継続的給付を受けることができないときである(新民法第213条の2第1項)。 ここでいう「他人が所有する設備」とは、例えば他人が設置し所有する水道管などをいう。 (※) なお、事案によっては設備設置権と設備使用権の両方を行使することもありうる。例えば、他の土地に設置されている他人の所有する設備を使用する必要があるような場合には、設備設置権に基づいて導管・導線等を他の土地に設置するとともに、設備使用権に基づいて他人が所有する設備に導管・導線等を接続することになると考えられる。 (2) 継続的給付 設備設置権・設備使用権は電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を受けるために必要な場合に認められる(新民法第213条の2第1項)。 ここでいう「その他これらに類する継続的給付」には、電話・インターネット等の電気通信が含まれるとされている。 (3) 必要な範囲内 設備設置権・設備使用権は「必要な範囲内」で認められるとされている(新民法第213条の2第1項)。そのため、他の土地に設備を設置するにあたり必要以上に大がかりな設備を設置することや、他人が所有する設備を使用するにあたり必要以上に大きな負担をかける形で使用することは認められない。 3 設備の設置・使用の態様 設備の設置又は使用の場所及び方法は、他の土地又は他人が所有する設備のために損害が最も少ないものを選ばなければならないとされている(新民法第213条の2第2項)。 そのため、設備設置等の方法が複数ある場合(例えば、水道水の供給を受けるケースで、水道管を設置することが可能な土地が複数存在する場合や、複数の土地上に接続可能な給水管が既に設置されている場合など)においても、最も損害が少ない方法を選択する必要がある。 また、設備を設置する場合には、公道に通じる私道や公道に至るための通行権(民法第210条)の対象部分があれば、通常はその部分を選択することになると考えられる。 なお、設備設置権・設備使用権がある場合であっても、一般的に自力執行は禁止されているため、例えば、他の土地の所有者等に設備の設置・使用を拒まれた場合には、訴訟を提起して妨害禁止の判決を求めることになると考えられる。 他方で、事案ごとの判断にはなるものの、例えば、他の土地が空き地になっており、実際に使用している者がおらず、かつ、設備の設置等が妨害されるおそれもない場合には、裁判を経なくても適法に設備の設置等を行うことができると考えられる。 4 権利行使をするための手続(事前通知) 他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用する者は、あらかじめ、その目的、場所及び方法を他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者に通知しなければならないとされている(新民法第213条の2第3項)。この規定の趣旨は、他の土地等の所有者等に対して、通知した者が行おうとしている設置・使用の内容が新民法第213条の2第1項・第2項の要件を満たしているかを判断し、場合によっては別の場所又は方法をとるよう提案する機会を与えるとともに、当該設置・使用を受け入れる準備をする機会を与えることにあると考えられる。 そのため、「あらかじめ」といえるためには、通知の相手方が、その目的・場所・方法に鑑みて設備設置権・設備使用権の行使に対する準備をするに足りる合理的な期間(事案によるが、2週間~1ヶ月程度)を置く必要があると考えられる。 また、通知の相手方は「他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者」とされている。他人の設備に所有者とは別の使用者がいる場合、このような者は「他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者」に該当しないため、法律上は通知することが求められていないが、使用者への影響も考慮し、事実上通知することが望ましいと考えられる。 なお、上記のような事前通知は、通知の相手方が不特定又は所在不明である場合にも例外なく必要であり、このような場合には、簡易裁判所の公示による意思表示(民法第98条)を活用することが考えられる。 5 設備を設置・使用する工事のための一時的な土地使用 設備設置権・設備使用権を有する者は、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用するために当該他の土地又は当該他人が所有する設備がある土地を使用することができるとされている(新民法第213条の2第4項前段)。 この場合、一時的なものであっても他人の土地を使用する以上、他の土地の所有者等の権利に配慮する必要があることから、隣地使用権の規律(民法第209条第1項ただし書及び第2項から第4項までの規定)を準用することとされている(新民法第213条の2第4項後段)。 そのため、設備の設置工事等のために一時的に他の土地を使用する場合には、設備設置権等に関する事前通知の際に、当該使用についても併せて通知することになる。 6 償金・費用負担 (1) 設備設置権 ① 設備設置工事のために一時的に他の土地を使用する際に、当該土地の所有者・使用者に生じた損害 (例) 他の土地上の工作物や竹木を除去したために生じた損害 このような損害に対する償金は一括して支払わなければならないとされている(新民法第213条の2第4項、民法第209条第4項)。ここでいう「損害」とは実損害であるとされており、例えば設備を設置するために他の土地上の工作物や竹木を除去することによって生じた損害などが該当する。 ② 設備の設置により土地が継続的に使用することができなくなることによって他の土地に生じた損害 (例) 給水管等の設備が地上に設置され、その場所の使用が継続的に制限されることに伴う損害 このような損害に対する償金は、1年ごとに支払うことができるとされている(新民法第213条の2第5項)。ここでいう「損害」とは、設備設置部分の使用料相当額であるとされている。 (※) なお、事案ごとの判断になるが、導管などの設備を地下に設置し、地上の利用自体は制限しないケースなどでは、①②いずれの損害も発生しない場合もありうると考えられる。また、他の土地の所有者等から、上記の償金とは別に、設備の設置を承諾することに対するいわゆる承諾料を求められても、これに応じる義務はない。 (2) 設備使用権 ① 設備の使用を開始するために生じた損害 (例) 設備の接続工事の際に一時的に設備を使用停止したことに伴って生じた損害 このような損害に対する償金は、一括して支払わなければならないとされている(新民法第213条の2第6項)。 ② 設備の修繕・維持等の費用負担 設備使用権に基づいて他人が所有する設備を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて、その設置、改築、修繕及び維持に要する費用を負担しなければならないとされている(新民法第213条の2第7項)。 7 土地の分割又は一部譲渡によって継続的給付を受けることができなくなった場合 土地の分割又は一部譲渡によって継続的給付を受けることができない土地が生じる場合、分割・譲渡の当事者間においてはそのような土地が発生することを当然に予期することができる以上、設備設置権の負担を周囲の第三者に負わせるべきではなく、設備の設置に伴う継続的な負担についても分割・譲渡の中で考慮されたものとして取り扱うのが相当であると考えられる。 そこで、改正法では、土地の分割又は一部譲渡によって他の土地に設備を設置しなければ継続的給付を受けることができない土地が生じたときは、その土地の所有者は、継続的給付を受けるため、他の分割者又は譲渡行為の相手方の所有地のみに設備を設置することができるとし、この場合には設備設置権の目的となる土地において継続的に生じる損害について償金を支払うことを要しないとされている(新民法第213条の3)。 他方で、この場合であっても、新民法第213条の2の規律は同条第5項を除いて適用されるため(新民法第213条の3第1項後段)、工事の際に生じた一時的損害に対しては償金の支払義務を負うほか、設備の設置の場所・方法については他の分割者等の所有地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない点や設備設置の際に事前の通知が必要である点は変わらない。 なお、設備使用権に関しては、土地の分割又は一部譲渡がなされたとしても、既存の設備の所有者が直ちに変更されるわけではないことから、新民法第213条の3の適用はない。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例82】 株式会社ODKソリューションズ 「『スタンダード市場』の選択申請及び『プライム市場』上場維持基準(売買代金基準)の適合状況について」 (2023.3.29) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社ODKソリューションズ(以下「ODKソリューションズ」という)が2023年3月29日に開示した「『スタンダード市場』の選択申請及び『プライム市場』上場維持基準(売買代金基準)の適合状況について」である。 本連載【事例69】で取り上げたエバラ食品工業株式会社の開示「新市場区分における『スタンダード市場』の選択申請に関するお知らせ」は、プライム市場の上場維持基準に適合しているにもかかわらず、あえてスタンダード市場を選択したという内容だった。 今回の開示は、タイトルの「『スタンダード市場』の選択申請」は同じだが、内容はまったく異なる。プライム市場の上場維持基準に適合していなかったため、「経過措置」の適用を受けてプライム市場に上場していたのだが、やはりスタンダード市場へ移ることにしたという内容である。 なお、「経過措置」とは、【事例69】で説明したとおり、プライム市場の本来の上場維持基準に適合していなくても、「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」を開示することにより、緩和された上場維持基準が適用されてプライム市場に上場できるという措置である。 2 10年計画 ODKソリューションズは、プライム市場の本来の上場維持基準に適合していなかったものの、経過措置の適用を受けてプライム市場に上場することとし(2021年9月29日「『プライム市場』を選択市場とする市場選択申請書の提出に関するお知らせ」にて開示)、2021年12月29日に「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」を開示している。 そこで示された計画期間は、何と2032年3月末までであり、10年間だった。もちろんこれは、経過措置の適用を受けた会社が開示した計画の中で最長である。計画期間を3年間程度とする会社が多い中、10年間とはやや非常識な印象を受けてしまう。 プライム市場における流通株式時価総額の上場維持基準が100億円とされているのに対して、同社の流通株式時価総額は25億円だったため、10年は必要と考えたのかもしれない。3年程度で株価を4倍にするのは、さすがに無理だろう。 しかし、同社は、まだ1年ほどしか経っていないのに、その10年計画をあっさりと諦めてしまった。今回の開示には、その理由が次のように記載されている。 「それならば、最初からスタンダード市場を選択しておけばよかったのでは?」と突っ込みたくなるが、この1年間で考えが変わる何かがあったのだろうか。 3 なぜ今? 経過措置の適用を受けてプライム市場に上場していたものの、やはりスタンダード市場へ移ることにしたという会社は、ODKソリューションズだけではない。今年に入って同様の開示を行ったのは、本稿執筆時点(2023年4月14日)で同社を含めて6社である。 東京証券取引所(以下「東証」という)は2023年1月30日に「上場維持基準に関する経過措置の取扱い等について」を公表し、「当分の間」とされていた経過措置の終了時期を明示した。2025年3月1日以後に到来する上場維持基準の判定に関する基準日から本来の上場維持基準を適用し、その基準日において上場維持基準に適合していない場合、1年間(売買高基準の場合は6ヶ月間)の改善期間に入り、その期間内に基準に適合しなかったときは、原則として6ヶ月間の監理銘柄・整理銘柄指定期間を経て上場廃止になるとされた。 ただし、ODKソリューションズのように2026年3月1日以後最初に到来する基準日を超える時期を終了期限とする計画を開示している会社については、改善期間の終了後に監理銘柄に指定したまま、上場は維持することとされた。 経過措置の適用を受けてプライム市場に上場したものの、東証が示した期限内に上場維持基準に適合することが難しそうな会社への「救済措置」も設けられた。2022年4月3日において一部市場に上場していたプライム市場上場会社は、2023年4月1日から9月29日までの6ヶ月間、スタンダード市場への上場を選択できることとされた。市場区分の変更審査は不要で、市場選択申請書を提出するだけでスタンダード市場へ移ることができる。 ODKソリューションズは、その「救済措置」の適用を受けるのである。同社の場合、プライム市場の本来の上場維持基準に適合しなくても、2032年3月末まで上場が維持されるが、監理銘柄に指定される。監理銘柄に指定されることが目に見えているのであれば、スタンダード市場へ移った方がいいだろう。 4 流通株式時価総額基準への適合状況は? 今回の開示には、「プライム市場上場維持基準(売買代金基準)適合状況について」として次のような記載がある(下線は筆者による)。 1日平均売買代金だけでなく流通株式時価総額の上場維持基準にも適合していないのだが、そちらには触れていない。上場維持基準との乖離は、流通株式時価総額の方が深刻である。上述のとおりプライム市場における流通株式時価総額の上場維持基準が100億円であるのに対して、同社の流通株式時価総額は2022年12月31日時点で19.3億円である。「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」に記載していた移行基準日(2021年6月30日)時点の額が25億円だったので、それよりも悪化している。「積極的な情報開示」と2回も記載しているが、流通株式時価総額に関する開示を積極的に行いたくはないようである。 (了)
プラス思考の経済効果 【第14回】 「お花見の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 日本気象協会は2023年3月30日に全国の桜の満開予想日を発表しました。それによると、東京は3月22日で平年よりも9日早く、大阪は3月27日で平年よりも8日早くなっています。今年は温暖化の影響でしょうか、日本全国の桜の開花、そして満開の日が非常に早くなっています。 今年のお花見は新型コロナの流行による外出、飲食、マスク着用などのいろいろな規制が緩和されて、数年ぶりに多くの人出が予想されます。その結果、今年のお花見はコロナ禍の時と比べて人出が多くなり、経済効果も大きくなると期待することができます。もちろん、まだ完全に新型コロナが収束したわけではないので外出を控える人もいると思われますが、数年ぶりに桜の名所は観光客で賑わうでしょう。今回は今年のお花見の経済効果を推計しました。 2 日本在住の人たちのお花見の総支出額 (1) お花見に行く日本在住の人たちの総数 ① 日本の総人口 まず日本に在住していて今年お花見に行く人の数を推定します。総務省統計局の2023年2月20日の発表によると、2023年2月1日の日本の総人口(日本人+在日外国人)は概算値で約1億2,463万人です。その詳細は以下のとおりです。 【第1表】 日本の総人口 本稿では、自主的にお花見に行って1人前の経費がかかる年齢層を10~79歳と仮定します。その人数は約1億308万人となります。 ② お花見の人数 ではこのうち何人がお花見に行くのでしょうか。日本トレンドリサーチ(運営会社:株式会社NEXER)の2022年3月11日発表の調査(10~70代、標本450人)では、「コロナが収束したらお花見に行きたい人」の割合は68.4%でした。そして、これまでのお花見、祭り、イベントなどのいろいろな事前調査では、行く予定の人で実際には行かなかった人の割合は約20%です。そこで本稿では、事前のアンケート調査ではお花見に行く予定だった人のうち、病気、ケガ、急用、気が変わったなどの理由で約20%の人がお花見に行かないと仮定します。そうすると、全体の約54.7%の人がお花見に行くことになります。 この比率を用いて、【第2表】には【第1表】のうち、実際にお花見に行くと推定される人数を示しています。これら以外の人たちは小さい子供や高齢者ですので、費用がほとんどかからないか、同行者が費用を負担すると仮定します。そうすると、今年のお花見に行く人数は約5,639万人となります。 【第2表】 お花見に行く推定人数 (2) お花見の1人当たり消費額 次に、お花見の1人当たりの消費額を推定してみます。日本ホームパーティー協会の2017年3月2日の発表によると、お花見の1人当たりの予算は次のようになっています。 〈お花見の1人当たり予算と比率〉 しかし、2023年は昨年来の諸物価の高騰により、飲食費、交通費、土産代などが上昇してきていますので、今年は飲酒をする20歳以上の花見客の1人平均消費額は約4,000円、飲酒をしない20歳未満の花見客は約3,000円と仮定します。 (3) 日本在住の人たちのお花見の総支出額 以上の仮定から、今年の日本在住の人のお花見の総支出額は約2,196億5,000万円となります。 3 訪日外国人のお花見の総支出額 (1) お花見に行く訪日外国人数 ① 春に日本を訪問する外国人数 ここ数年、新型コロナにより観光目的で訪日する外国人の数は激減していました。しかし、2022年秋から規制緩和により訪日外国人は増加してきています。そして、3月1日より中国からの入国者の規制も緩和されました。春に訪日する外国人の多くは美しい日本の桜を見たいと思っているといわれています。 株式会社JTBは2023年1月26日に、2023年の訪日外国人の数は、対前年度比550.6%増加の約2,110万人になると予想しています。これはピークに達した2019年の約66.2%に当たることになります。この数値を用いて推計した2023年春の訪日外国人数を以下に示しています。 【第3表】 春に訪日する外国人数 ② お花見に行く訪日外国人数 日本の桜は、南から北まで、3月下旬から5月上旬まで咲き誇るので、訪日外国人は長期にわたって楽しむことができます。これらの訪日外国人のかなりの人は3月下旬(1ヶ月の1/4)、4月の1ヶ月、5月上旬(1ヶ月の1/4)にお花見に行くことを希望していると思われます。この期間の訪日外国人の総数は約286万人となります。 これらの訪日外国人の多くは日本の桜に関心があると予想されますが、時間や仕事の関係上、またご自身の関心からお花見に行かない観光客もいると考えられます。そこで、上述の約286万人のうち約8割がお花見に行くと仮定します。 その結果、春の訪日外国人のうち約229万人が何らかの形でお花見に行くと想定します。 (2) お花見に行く訪日外国人の支出額 ① 訪日外国人観光客の1人当たりの支出額 国土交通省観光庁の2023年1月18日発表「【訪日外国人消費動向調査】2022年10-12月期の全国調査結果(1次速報)の概要」によると、観光・レジャー目的の訪日外国人観光客の1人当たり支出額は20万62円(6泊7日)で1日当たり2万8,580円でした。 ② 訪日外国人のお花見の総支出額 お花見に行く訪日外国人の人数は229万人、1人当たりのお花見の支出金額は2万8,580円に基づいて計算しますと、訪日外国人のお花見の総支出額は約654億4,820万円となります。 4 お花見の総消費支出額(直接効果) 以上の計算より、日本人と訪日外国人のお花見の消費支出の総額は約2,850億9,820万円となります。 5 経済効果(経済波及効果) 次にこれまで計算してきたお花見の直接効果約2,850億9,820万円を基にして経済効果を推計します。推計には総務省内閣府が作成した最新の「全国の産業連関表」(2019年に発表した2015年版の「全国の産業連関表」の修正版)を用いて経済効果を分析します。 〈お花見の経済効果〉 分析の結果、2023年のお花見の経済効果は約6,158億1,211万円となりました。 6 まとめ 日本人が「桜」をめでる「お花見」は、いにしえからの国民的行事です。そして、今やこの日本の美しい桜は、外国人観光客を呼び込む観光資源にもなっています。今年のお花見の経済効果は約6,158億1,211万円となりました。これは、新型コロナで外出や飲食が制約された2022年の経済効果約2,016億3,600万円の約3倍です。しかし、これまで筆者が計算したお花見の経済効果の中ではピークであった2018年の約6,517億4,013万円にはまだ届いていません。 また、今年のお花見の経済効果は、【第13回】で推計した「2023年WBC優勝の経済効果」596億4,847万円の10倍以上です。たった2ヶ月足らずで日本にこれだけ大きな経済効果をもたらす、世界に誇る観光資源であるこの美しい「桜」を、長年に渡って守り育ててこられた関係者の方々に私たちは改めて感謝したいと思います。 (了)