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谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第28回】「課税要件としての「帰属」の意義」-冒用登記事件・最判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第28回】 「課税要件としての「帰属」の意義」 -冒用登記事件・最判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 本連載は、基本的には、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)で参照している(あるいは参照する予定の)判例の中から、同書における叙述の順に従って「税法基本判例」を取り上げ検討するものであるが(第1回Ⅰ参照)、前回までで同書第1編(税法の基礎理論)の参照判例の検討を一先ず終えて、今回からは同書第2編(税法通則)の参照判例の中から「税法基本判例」を取り上げ検討していくことにする。 今回は、前掲拙著第2編第1章(租税実体法)においていわゆる課税要件総論として検討した課税要件としての「帰属」の意義(前掲拙著【92】参照)に関して、冒用登記事件・最判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁(以下「本判決」という)を検討することにする。   Ⅱ 課税要件としての「帰属」の意義 1 自己責任の原則との関係 「帰属」という言葉は、税法では、所得概念に関して「帰属所得」(前掲拙著【185】以下参照)、期間税の課税時期に関して「課税物件の年度帰属」(所得税・法人税については同【334】以下、【403】以下参照)といった概念の中でも用いられることがあるが、課税要件としての「帰属」は、「課税要件としての納税義務者と課税物件の結びつき」(同【92】)を意味する概念である。これを単に「課税物件の帰属」というと、「年度帰属」と混同されるおそれがあること(その「混同」には理由があり、むしろ両者を関連づけて理解すべきことについては前掲拙著【232】【336】参照)から、「人的帰属」ということもある。 ところで、税法はなぜ課税要件(その種類については前掲拙著【89】参照)の1つとして帰属(人的帰属)を要求するのであろうか。税法は帰属という課税要件についてはそれ自体に関する独立した明文の規定を定めておらず、それを法文中で「の」(格助詞/連体修飾格)・「有する」・「取得した」等の所有関係を示す語によっていわば「ひっそりと」定めているにすぎないが、このような規定態様ないし規定振りに鑑みると、帰属を納税義務者及び課税物件と並ぶ独立の課税要件とすることに、どのような意味があるのであろうか。 この点について、「いわゆる帰属の関係を主体的要件[=納税義務者]および客体的要件[=課税物件]のほかに存する第三の要件であるとするヘンゼルの説は誤りである」(須貝脩一『税法総論Ⅰ』(有信堂高文社・1978年)142頁)と説く論者もいるが、しかし、その論者も「所得税法の場合についても、課税物件は、実は、所得の所有、所得の帰属ということである」(同)との理解を前提にしてそのように説いていることからすると、実質的には、帰属が課税要件であることを否定するものではないと考えられる。 ともかく、税法において納税義務の成立を観念するには、納税義務の主体と客体との間に、当該客体に対する納税義務を当該主体に対して成立させることを根拠づける一定の「結びつき」が存在しなければならないことが「暗黙の前提」となっているように思われる。それは、現代の税法も近代法の基盤の上に構築された法であることを「暗黙の前提」としているからであるように思われる。 「近代法の構造というものは、すべて個人の意思を中心に構成されている」(伊藤正己『近代法の常識〔第3版〕』(有信堂・1992年)163頁)といわれるが、「すべての人は・・・・・・自己の自由な意思にもとづいて行動したことについては、その責任をとらなければならない」(石井金一郎『近代法入門』(法律文化社・1963年)18-19頁)という考え方が、現代の税法においても「暗黙の前提」となっているように思われるのである。 そのような考え方は「近代法の意思主義」(石井・前掲書19頁)から導き出されるものであり「自己責任の原則」と呼ぶことができようが、それは、自己の行為に関しては過失責任主義と重なるが、より広く、他人の行為その他の原因によって生じた結果については責任を負わないという原則を含むものである(波多野敏「近代法史からみた『自己責任』」法学セミナー561号(2001年)40頁のほか、拙著『税法創造論』(清文社・2022年)145頁[初出・2021年]参照)。なお、ここでいう「責任」には、今日では、自己の行為に基因・関連して法律によって課される責任も含まれ、これには納税義務も含まれると考えることができよう。 税法の定める課税要件は「私法上の債務関係の成立に必要な意思の要素に代わるもの」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)156頁)であるが、税法は租税法律主義の下で、納税義務を意思主義に基づく約定債務ではなく課税要件に基づく法定債務として構成する(前掲拙著『税法基本講義』【88】参照)一方で、自己責任の原則についてはこれを排除せず「暗黙の前提」として、帰属(人的帰属)を課税要件として要求したものと考えられる。 要するに、課税要件としての帰属は、近代法上の自己責任の原則の、税法における現れであり、その意味で「課税要件の根幹」ともいうべきものである(本判決は、後でみるとおり、「課税要件の根幹についての重大な過誤」を問題にしたものである)。 2 財産権保障との関係 帰属が「課税要件の根幹」であることは、憲法の財産権保障(29条)の観点からも、いえることである(前掲拙著『税法基本講義』【92】参照)。このことは、大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁における谷口正孝裁判官の補足意見の次のような考え方の中で、示唆されているように思われる。 この考え方は、いわゆる「所得なきところに所得課税なし」の原則を憲法の財産権保障から導き出すものと解されるが(前掲拙著『税法基本講義』【25】参照)、この原則は所得概念に関してだけでなく所得の帰属(人的帰属)に関しても重要な意味をもつものと考えられる(前掲拙著『税法創造論』450-451頁[初出・2007年]参照)。つまり、所得が担税力の増加をもたらす経済的利得を意味する以上、これが帰属しない者に対して所得税を課税することは、不当・不合理な財産権侵害に該当することになろう。 このことは、所得という課税物件についてだけでなく課税物件一般についていえることである。すなわち、課税物件は一般に「担税力の存在を推認させる対象物、行為または事実」(前掲拙著『税法基本講義』【91】)であるから、これが帰属しない者に課税すれば、その者の財産権に対する不当・不合理な侵害をもたらすことになるといえるのである。   Ⅲ 冒用登記事件=人違い課税事件 さて、今回取り上げる「冒用登記事件」については、筆者は別の機会に、「人違い課税事件」と称して「事実は小説より奇なり」との副題の下でその事案を簡略化し、次のように述べたことがある(共著『基礎から学べる租税法〔第3版〕』(弘文堂・2022年)87頁)。 本判決は、下記のとおり判示し(下線・傍点筆者)、課税処分の無効に関する規範を定立し(ⓐ)、本件課税処分について当該規範を適用して(ⓑ)、「原審認定の事実関係のみを前提とするかぎり」においては本件課税処分の無効(当然無効)を認め、もって原判決(東京高判昭和42年4月17日民集27巻3号653頁)を破棄した上で、原審に差し戻した。なお、差戻原審・東京高判昭和49年10月23日行集25巻10号1262頁は原判決を取り消し本件課税処分の無効を確認した。 本判決は、このように、課税処分の無効の判断について、「一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等」(前記ⓐの第1下線部)を一般的考慮事由として、「課税要件の根幹についての重大な過誤をおかした瑕疵」(前記ⓑの第1下線部)を(取り消し得べき瑕疵と区別される)無効の瑕疵と認め、課税処分の無効を根拠づける「例外的な事情」(前記ⓐの第2下線部)とこれを阻却する「特段の事情」(前記ⓑの第2下線部)とで構成する判断枠組み(前掲拙稿『税法基本講義』【146】参照)を示した。 ここで上記の一般的考慮事由にいう「等」については、「租税実体法上理由のない利得の保有を国および地方団体に認めることは正義・公平の観点から見て適切でないこと」(金子・前掲書921頁)ないし「その[課税処分の]公定力を否認しないと、租税債権という金銭債権の不存在による不当利得の享受を国に認容することになり、正義・公平の原則に反すること(『未必所得』課税額不当利得返還請求事件・最判昭和49年3月8日民集28巻2号186頁も参照)」(前掲拙稿『税法基本講義』【146】)が、これに当たると考えられる。 本判決に関する調査官解説(可部恒雄「判解」最判解民事編(昭和48年度)532頁)は行政処分の無効の瑕疵について判例の立場を次のとおり述べ(544-545頁。下線筆者)、その上で、本判決の結論(破棄差戻)について「その理由は、当該課税処分を無効とすべき『例外的事情のある場合』にあたるか否か、さらに本判決指摘の〝特段の事情〟の有無につき審究すべきものと見たが故である。」(545頁)と述べている。 この調査官解説によれば、「本判決によって、形式的、カテゴリー的『重大明白』理論は退けられたみることができる」(塩野宏「判批」別冊ジュリスト120号(1992年)・租税判例百選〔第3版〕156頁、157頁)が、とはいえ、「この事件は、やや特別な事情の下にあるものなので、最高裁判所が一般的に明白性の要件の必要性を否定したということはできない」(同『行政法Ⅰ〔第6版〕行政法総論』(有斐閣・2015年)182頁)とみるべきであろう。 このようにみてくると、「瑕疵の明白性につき真にリーディング・ケースの名に値するもの」(可部・前掲「判解」541頁)とされる最判昭和36年3月7日民集15巻3号381頁は、「いわば悪意の者による無効主張を排除しようとする文脈で、瑕疵の明白性に言及している・・・・・・、『不可争的効果による不利益を甘受させること』が著しく酷であるとはいえない場面についての判示」(中川・丈久「判批」別冊ジュリスト178号(2005年)・租税判例百選〔第4版〕200頁、201頁)であると解されることから、この判決と本判決とを「統合的に捉える見方」(同頁)により、「本件昭和48年最判こそが、無効の判断基準の全体像を示したものであり、昭和36年最判はその1つの現れ方であると位置付ける」(同頁。下線筆者)のが妥当であろう。このような理解によれば、本判決の立場はいわゆる「重大説」ではなく「明白性補充要件説」(塩野・前掲書181頁)というのがより正確であろう。 本判決を以上のように理解すると、熊本ネズミ講[法人税]事件・最判平成16年7月13日訟月51巻8号2116頁が次のとおり判示して(下線筆者)、本判決の立場に従ったものと解される原審判断を否定したのも、本判決にいう「特段の事情」(前記ⓑの第2下線部)の存在を認定したからであると解される。   Ⅳ おわりに 以上、今回は、課税要件としての「帰属」について、その意義を明らかにした後、これに関して本判決の判断枠組み及び位置づけを検討した。 帰属(人的帰属)は、課税要件の1つとされながら実定税法上はいわば「ひっそりと」定められているにすぎないが、「課税要件の根幹」として重要な意義を有するものと考えられ、判例上、帰属に関する判断の過誤は「課税要件の根幹についての重大な過誤」として課税処分を無効ならしめる瑕疵(無効の瑕疵)であるとされている。 ただ、本判決が課税処分の無効を根拠づける「例外的な事情」がある場合を認めつつも、同時に、これを阻却する「特段の事情」を認めたのは、課税要件としての帰属を、近代法上の自己責任の原則の、税法における現れとして(前掲拙著『税法創造論』146頁参照)、無効の瑕疵の明白性をめぐる「相対立する要請の調和、利益衡量」(可部・前掲「判解」544-545頁)の中で、考慮した結果であるとも解される。このことも、本連載において重視する「税法の基礎理論」的思考(第1回Ⅰ参照)の成果であると考えるところである。 (了)

#No. 529(掲載号)
#谷口 勢津夫
2023/07/27

〈事例で学ぶ〉法人税申告書の書き方 【第45回】「別表6(26) 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」及び「別表6(26)付表一 給与等支給額及び比較教育訓練費の額の計算に関する明細書」

〈事例で学ぶ〉 法人税申告書の書き方 【第45回】 「別表6(26) 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」及び「別表6(26)付表一 給与等支給額及び比較教育訓練費の額の計算に関する明細書」   税理士 柴田 知央   Ⅰ はじめに 今回は、実務でも適用する企業が多いと思われる、いわゆる「賃上げ促進税制」のうち中小企業向けの記載の仕方を取り上げる。 令和5年度税制改正では、当該制度内容の改正は行われていないが、別表番号がそれぞれ「6(31)、6(31)付表一」から「6(26)、6(26)付表一」に変更され、「連結事業年度」の文言が削除されている。   Ⅱ 制度の概要 本制度は、青色申告書を提出する法人が、令和4年4月1日から令和6年3月31日までの間に開始する各事業年度において、国内雇用者に対して支給する給与等を増額した場合、一定の要件を満たすときは、その増加額の一部を法人税額から控除することができる制度である(措法42の12の5)。 租税特別措置法第42条の12の5では、大企業向けの措置である第1項と中小企業向けの措置である第2項が規定されている。 (1) 適用対象者 中小企業向けの措置の適用対象者は、青色申告書を提出する中小企業者又は農業協同組合等である(措法42の4④、⑲七・八・九、措令27の4㉕)。 中小企業者とは、下記に掲げる法人をいう。 また、中小企業者に該当することとなっても、前3事業年度の所得金額の平均額が15億円超である適用除外事業者に該当する場合には、中小企業向けの措置は適用できない。 (2) 適用要件 適用要件は、下記の①及び②の要件である。 「雇用者給与等支給額」は、適用年度の損金の額に算入される国内雇用者に対する所得税法第28条第1項に規定する給与等の支給額から給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金額を除く)を控除した金額をいい、「比較雇用者給与等支給額」は、前事業年度における雇用者給与等支給額をいう。 (3) 税額控除限度額 税額控除限度額は、下記により計算した金額が法人税額から控除される。ただし、控除額の上限は法人税額の20%相当額となる。 「控除対象雇用者給与等支給増加額」は、雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を差し引いた金額である。ただし、調整雇用者給与等支給増加額が上限となる。 また、控除率は、雇用者給与等支給額の増加割合及び教育訓練費の額の増加割合により、控除率が上乗せされる。 なお、本制度の詳細は、中小企業庁ウェブサイトの「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」を参照いただきたい。   Ⅲ 「別表6(26)」及び「別表6(26)付表一」の書き方と留意点 (1) 設例 (2) 今回の別表が適用される事業年度 令和5年4月1日以後終了する事業年度。 (3) 別表の記載例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (4) 別表の各記載欄の説明 〇適用可否の判定 まず、別表6(26)〔1欄〕から〔3欄〕までに本制度が適用できる法人か否かの判定を行う。 〇適用事業年度の雇用者給与等支給額等の計算 続いて、別表6(26)付表一の〔1欄〕から〔5欄〕で適用事業年度の雇用者給与等支給額等を計算する。 〇比較雇用者給与等支給額等の計算 別表6(26)付表一の〔6欄〕から〔12欄〕で比較雇用者給与等支給額等を計算する。 〇比較教育訓練費の額の計算 別表6(26)付表一の〔20欄〕から〔24欄〕で比較教育訓練費の額を計算する。 ちなみに、〔13欄〕から〔19欄〕までは、租税特別措置法第42の12の5第1項を適用する場合に記入。 〇雇用者給与等支給増加割合の計算 別表6(26)に戻り、〔4欄〕から〔7欄〕で雇用者給与等支給増加割合を計算する。 〇調整雇用者給与等支給増加額の計算 別表6(26)〔8欄〕から〔10欄〕で調整雇用者給与等支給増加額を計算する。 〇教育訓練費増加割合の計算 別表6(26)〔15欄〕から〔18欄〕で上乗せ措置の適用を受けるための教育訓練費の増加割合を計算する。 〇税額控除限度額の基礎となる差引控除対象雇用者給与等支給増加額を計算 別表6(26)〔19欄〕から〔21欄〕で、税額控除限度額の基礎となる差引控除対象雇用者給与等支給増加額を計算する。 〇中小企業者等税額控除限度額の計算 租税特別措置法第42条の12の5第2項の適用を受ける場合には、別表6(26)〔25欄〕から〔27欄〕で税額控除限度額を計算する。 〔25欄〕と〔26欄〕は、それぞれ上乗せ措置の適用がある場合に記入。 〇法人税額の特別控除額の計算 別表6(26)〔28欄〕から〔32欄〕で、特別控除額を計算する。 〇適用額明細書の記載 本措置を適用した場合の適用額明細書への記載は次のとおりである。   (了)

#No. 529(掲載号)
#柴田 知央
2023/07/27

Q&Aでわかる〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第27回】「〔第1表の1〕自己株式を取得及び処分した場合の株主判定と所得税基本通達59-6の適用の留意点」

Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第27回】 「〔第1表の1〕自己株式を取得及び処分した場合の 株主判定と所得税基本通達59-6の適用の留意点」   税理士 柴田 健次   Q A社の取締役である乙は退職に伴い、A社の株式10株を配当還元価額(1株25,000円)で発行法人であるA社に売却し、同日、自己株式の処分として、配当還元価額(1株25,000円)で丙が取得をしました。 乙は甲の同族関係者ではありませんが、丙は甲の長男で甲の同族関係者に該当します。 発行済株式総数は200株であり、1株につき1議決権を有しているものとします。 乙はA社の株式を配当還元価額(1株25,000円)で取得しており、同額で売却していますので、課税関係は生じないと考えていいでしょうか。なお、1株当たりの資本金等の額は50,000円となります。 また、自己株式の処分は、資本等取引に該当するため、丙についても課税関係は生じないと考えていいでしょうか。 A社株式は最近において売買されたことはなく、A社と事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の法人の株式の価額はないものとします。 A社株式の1株当たりの類似業種比準価額と純資産価額は次の通りです。 なお、A社の会社の規模区分は大会社に該当し、A社は特定の評価会社には該当しません。 A ■ 乙の課税関係 乙がA社株式を売却する場合の1株当たりの価額25,000円は、税務上の適正時価となり、低額譲渡に該当せず、みなし配当金額も生じませんので、譲渡所得金額は0円(250,000円 - 250,000円)となり課税関係は生じません。 ■ 丙の課税関係 丙がA社株式を取得する場合の1株当たりの税務上の適正時価は、4,200,000円(1,400,000円 × 50% + 7,000,000円 × 50%)となり、丙が取得した株式の税務上の適正時価は42,000,000円(@4,200,000円 × 10株)となります。丙は取得対価250,000円(@25,000円 × 10株)で42,000,000円相当の株式を取得していますので、その差額41,750,000円(42,000,000円 - 250,000円)に対して経済的利益を享受していることになります。この経済的利益は、役員としての地位に基づき享受していることから、役員に対する給与等として所得税の課税対象となります。  ◆  ◆  ◆ ① 発行法人に株式を売却した場合の税務上の取扱い 発行法人に株式を時価よりも著しく低い価額で売却した場合には、みなし譲渡(所法59①二)の問題や譲渡した者から既存株主への贈与税の課税問題(相基通9-2)が生じることになりますので、税務上の適正価額で売却する必要があります。 自己株式等の時価は、所得税基本通達59-6(株式等を贈与等した場合の「その時における価額」)により算定するものとされており、低額譲渡の判定は、株主等に交付された金銭等の額が著しく低い価額の対価であるかどうかにより判定することになります(措通37の10・37の11共-22)。具体的には、株主等に交付された金銭等の額が譲渡の時の自己株式等の時価の2分の1に満たない場合には、低額譲渡に該当することになります(所令169)。 発行法人に株式を売却した場合の株主判定については、【第26回】で解説をしていますが、譲渡前の株主状況に基づき判定することになります。譲渡直前における筆頭株主グループの議決権割合は95%(190株/200株)となり、50%超の区分に該当することになります。譲渡直前における乙の属する同族関係者グループの議決権割合は、5%(10株/200株)となりますので、乙は特例的評価方式が適用される株主に該当することになります。 したがって、税務上の適正な時価で売却されたことになりますので、みなし譲渡の課税関係は生じないことになります。なお、乙は交付金銭等の額(250,000円)からその株式に対応する資本金等の額(500,000円)を控除した部分についてはみなし配当の金額とされます(所法25①)が、その金額がマイナスとなりますので、みなし配当金額は生じないことになります。 また、交付金銭等の額からみなし配当の金額を控除した部分(250,000円)については、株式等に係る譲渡所得等に係る収入金額とみなされます(措法37の10③)が、株式の取得価額(250,000円)と同額であるため、譲渡所得の課税関係も生じないことになります。   ② 発行法人から株式を取得した場合の税務上の取扱い A社にとって自己株式の処分は、実質的には増資と同様であり、資本等取引に該当するため、発行法人に課税関係は生じないことになります(法法22②)。 一方の丙にとっては株式の取得として低額で取得していれば、時価と対価との差額部分について経済的利益を享受したものとして課税がされることになります(所法36①②)。その経済的利益が役員としての地位に基づき享受されていれば、給与所得課税(所法28①)の範囲となります。 なお、新株の引受権が株主の親族に与えられ、株式の価額より自己株式の処分価額が低い場合には、下記のとおりみなし贈与の適用範囲になります(相基通9-4)が、本問の場合には、役員としての地位に基づき利益を享受していますので、役員に対する給与等として所得税の課税対象となります。 相続税基本通達9-4(同族会社の募集株式引受権)   ③ 発行法人から株式を取得した場合の「その時における価額」の算定について 所得税基本通達36-36は、使用者が役員又は使用人に対して支給する有価証券については、その支給時の価額により評価するとし、この場合における支給時の価額は、所得税基本通達23~35共-9及び財産評価基本通達の8章2節(公社債)の取扱いに準じて評価する旨を規定しています。 財産評価基本通達8章2節は公社債の取扱いであり、取引相場のない株式は、8章1節(株式及び出資)の範囲となりますので、所得税基本通達36-36の定めによれば、非上場株式の「その時における価額」について財産評価基本通達の準用の定めはないことになります。 したがって、所得税基本通達23~35共-9に基づき非上場株式(公開途上にある株式を除く)の「その時における価額」は、次の手順で算定することになります。 本問の場合には、売買実例もなく、事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の法人の株式の価額もないため、「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」により求めることになります。 「1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」の具体的な算定方法については、所得税基本通達59-6に定めがありますので、同通達を参考として財産評価基本通達を準用することになります。 もっとも、所得税基本通達59-6の定めは、みなし譲渡の課税局面で適用されるものとなり、自己株式の処分が行われた場合の「その時における価額」については適用されないとする意見もあります。この点について、令和4年2月14日の東京地裁判決(TAINSコード:Z888-2419)では、自己株式の処分がされた時の「その時における価額」が問題となりましたが、裁判所は「基本通達36-36は、基本通達23~35共-9及び評価通達の第8章第2節の取扱いに準じて評価する旨を規定するのみで、明文をもって、一定の条件を付した上で、評価通達178から189-7までに定める例によって算定する旨を規定していない。しかしながら、この基本通達は、法規命令ではなく、文理解釈の原則がそのまま妥当するものではないし、取引相場のない株式の価額につき、その準用する基本通達23~35共-9の(4)ニ所定の『その株式の発行会社の1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額』の解釈又は当てはめをするに当たって、問題状況が類似する基本通達59-6等の規定を参照することに問題があるとは解されない」と判示していることから所得税基本通達59-6の準用は、所得税の課税局面においては参照すべきことになります。 しかしながら、同通達は、個人から法人に売却する場合における譲渡所得課税の適用場面として売主としての株式価額の適正時価を反映させるために、譲渡前の議決権数に基づき株主判定を行うことになりますが、自己株式の処分については、株式を取得した者の株式価額の適正時価を考える必要がありますので、取得後の議決権数に基づき判定することになります。 したがって、本問の場合のように同族株主がいる場合の株主判定は、相続や贈与の株主の判定と同様に取得後の議決権数に基づき、下記の通り行うことになります。 【同族株主がいる場合の株主判定の手順】 ◎用語の意義と当てはめ ▷同族株主 課税時期における評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の30%以上(その評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が最も多いグループの有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の50%超である会社にあっては、50%超)である場合におけるその株主及びその同族関係者をいいます(評価通達188(1))。本問の場合には、取得後で株主判定を行うことになりますので、丙及び甲が同族株主に該当します。 ▷同族関係者 法人税法施行令4条(同族関係者の範囲)に規定する特殊の関係のある個人又は法人をいいます(評価通達188(1))。 特殊の関係のある個人は、例えば株主等の親族などをいいます。本問の場合には、丙の同族関係者には甲が含まれます。 ▷中心的な同族株主 課税時期において同族株主の1人並びにその株主の配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び1親等の姻族(これらの者の同族関係者である会社のうち、これらの者が有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の25%以上である会社を含む)の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の25%以上である場合におけるその株主をいいます(評価通達188(2))。 本問の場合には、取得後で中心的な同族株主の判定を行うことになりますが、甲及び丙の判定は次の通りとなります。 甲:95% + 5% = 100% ≧ 25% ∴中心的な同族株主に該当する 丙:5% + 95% = 100% ≧ 25% ∴中心的な同族株主に該当する ◆本問の場合における株主判定と「その時における価額」 筆頭株主グループの議決権割合は100%となり、50%超の区分に該当することになります。 丙は、取得後の議決権割合は、5%以上所有していますので、原則的評価方式が適用される株主に該当し、かつ、中心的な同族株主に該当することになります。 丙は株式取得後において中心的な同族株主に該当することになりますので、所得税基本通達59-6(2)の適用により小会社に該当するものとして計算することになります。したがって、類似業種比準価額の使用割合であるLの割合は50%となり、「類似業種比準価額 × 50% + 純資産価額 × 50%」で計算することになります。 この場合の類似業種比準価額を求める際の斟酌割合は小会社としての斟酌割合(0.5)ではなく、A社の会社規模区分(大会社)としての斟酌割合(0.7)となりますので、採用する類似業種比準価額は1,400,000円となります(令和2年9月30日国税庁資産課税課情報第22号)。 また、純資産価額は、所得税基本通達59-6(3)及び(4)の定めにより、土地及び上場有価証券は相続税評価ではなく時価により算定し、法人税額等相当額の控除もしない価額(7,000,000円)となります。 したがって、1株当たりの価額は4,200,000円(1,400,000円 × 50% + 7,000,000円 × 50%)となります。   ☆実務上のポイント☆ 発行法人に株式を譲渡した者については、譲渡直前の株主状況に基づき株主判定を行いますが、自己株式を処分した場合における株式取得者については、取得後の株主状況に基づき株主判定を行います。 (了)

#No. 529(掲載号)
#柴田 健次
2023/07/27

「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント【事例124(所得税)】 「代替資産の取得価額が見積額を超えたため、4ヶ月以内に更正の請求をしなければならないところこれを失念したため、見積超過額部分につき「収用等の圧縮記帳の特例」の適用ができなくなってしまった事例」

「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例124(所得税)】   税理士 齋藤 和助     《基礎知識》 ◆収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例(措法33①) (1) 概要 個人の有する一定の資産を収用等により譲渡し、収用等のあった日の属する年の12月31日までにその補償金等で代替資産(原則として収用された資産と同種、同区分の資産をいう)を取得したときは、その選択により、その補償金等の額が代替資産の取得価額以下であるときは、資産の譲渡はなかったものとし、その補償金等の額が代替資産の取得価額を超えるときは、その超える部分に相当する部分の譲渡があったものとして譲渡所得の金額の計算をすることができる。 (2) 代替資産の取得期間(措法33③) 収用等の圧縮記帳の特例は、収用等のあった日の属する年の翌年1月1日から収用等のあった日以後2年を経過した日までの期間内に代替資産の取得をする見込みであるときについて準用する。 (3) 申告要件(措法33⑥⑦) 収用等の圧縮記帳の特例の適用を受けようとする場合には、収用等のあった年の確定申告書の「特例適用条文」欄に「措法33」と記載するとともに、一定の書類を添付して申告しなければならない。 なお、代替資産の取得予定日が収用等のあった年の翌年以後の場合には、「買換(代替)資産の明細書」に買換(取得)予定の資産の明細(取得価額の見積額、取得予定年月日等)を記載して提出しなければならない。 (4) 収用等に伴い代替資産を取得した場合の更正の請求(措法33の5④) 収用等のあった年の翌年以後に代替資産を取得する見込みで、「収用等の圧縮記帳の特例」の適用を受けた後、収用等に伴う補償金等で取得した代替資産の取得価額が、取得価額の見積額を超えるときは、当該代替資産の取得をした日から4ヶ月以内に、納税地の所轄税務署長に対し、その収用等のあった日の属する年分の所得税についての更正の請求をすることができる。       (了)

#No. 529(掲載号)
#齋藤 和助
2023/07/27

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第21回】「今治造船移転価格事件(地判平16.4.14、高判平18.10.13、最判平19.4.10)(その2)」~租税特別措置法66条の4第1項、2項~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第21回】 「今治造船移転価格事件 (地判平16.4.14、高判平18.10.13、最判平19.4.10)(その2)」 ~租税特別措置法66条の4第1項、2項~   税理士 水野 正夫   3 検討 (1) 本件各取引にCUP法を用いることの適否 本判決は、本件国外関連取引が個別性の強いものであったとしても、国際的な船舶請負建造取引には取引相場が存在しており、一定の価格水準なるものを観念することができることから、本件国外関連取引に係る船価を他の取引と比較することによって独立企業間価格を算定することが一般的に不合理であるということはできないとした。 控訴人は、CUP法を否定する根拠として、船舶請負建造取引が個別性の強い取引であることを主張しているが、そのことのみによって直ちにCUP法の適用を否定すべきことにならないのは本判決の判示するところであろう。また、本判決のいうとおり、①国際的な船舶の価格については、取引相場が存在しており、それを参考として価格交渉が行われていること、及び、②本件比較対象取引が「内部」取引価格比準法を採用しており、現実に控訴人が同種の船舶を販売する比較対象取引が選定できること、を鑑みるとCUP法を否定できるまでの主張の根拠が弱かったように思われる。 CUP法が適用できるかどうかについては、その比較可能性の要件である「同種の棚卸資産」及び「同様の状況の下で」の要件に該当するかどうかが論点となる。 本判決は、「同種の棚卸資産」及び「同様の状況の下で」の意義について「同種の棚卸資産」と認められるためには、「資産の性状・構造・機能等の面で、物理的・化学的な相当程度の類似性が必要となり、」また、「同様の状況の下で」された取引と認められるためには、「取引の段階、数量、時期、引渡条件、支払条件、取引市場等について類似性が必要」となるものと解されるとしている。 控訴人は、非関連者船と国外関連者船とでは、各建造原価、販売費及び一般管理費を含む総原価が相違していることが明らかであり「同種の棚卸資産」とはいえない取引を比較対象取引としており、違法であると主張したところ、本判決は「同種の棚卸資産」か否かの判断において、総原価の多寡など各取引相手方ごとに変動する要素を考慮することは予定されていないとして、控訴人の主張を排斥している。 また、この論点は「同種の棚卸資産」に該当するかどうかについて議論されているが、控訴人の主張する総原価が明らかに相違している事象は、「同種の棚卸資産」に該当するかどうかではなく、非関連者船と関連者船において「同様の状況の下で」行われておらず、差異を調整しなければ、比較可能性が担保できないということが論点だったのではないかと思われる。 また、本件では論点になっていないが、非関連者に対しては販売機能のコストがかかっているが、関連者に対しては、販売活動のコストがなく、差異が存在し調整すべきという主張もあり得たのではなかろうか。仮に検証対象取引と比較対象取引との間には販売機能に明らかに差異が認められる事実があれば、実務的には差異調整が行われていることが多いところ(※3)、厳密な比較可能性を求められるCUP法においては差異調整が認められた可能性もあったのではないかと思われる。 (※3) 販売活動に係る差異の調整を実施している事案として、日本圧着端子事件(大阪高判平成22年1月27日(判例集未搭載)、TAINSコード:Z260-11370)がある。 (2) 差異の調整の要否 本判決は、「調整対象となる差異」には、「対価の額の差」を生じさせ得る全てが含まれると解すべきではなく、「対価の額に影響を及ぼすことが客観的に明らかであるものに限られるものというべき」(下線筆者)であると述べ、調整が必要となる事情を限定的に捉えているように思われる。 しかしながら、価格というのは様々な事情を勘案して第三者間で決定されるものであり、事情ごとに対価の額が分解され、客観的な値段が付されているものではない。このような実務に鑑みると、「対価の額に影響を及ぼすことが客観的に明らかであるものに限られるものというべき」とする要件はいささか厳格過ぎ、非関連者取引と関連者取引との差異があるにもかかわらず、全く調整が行われないまま課税処分が行われるような事態も懸念される(※4)。 (※4) 太田=北村前掲(※1)書90頁は、「本判決の上記判示からは必ずしも明らかではないが、仮に、上記判示が、上記の場合に、納税者に対して、納税者が主張する事情(差異)が比較対象取引の『対価の額に影響を及ぼす』ものであることに加えて、『具体的な対価の影響額』についてまで主張立証する責任を負わせる趣旨であるとすれば、行き過ぎであろう」と述べる。 特に本件で採用されているCUP法においては、厳格な比較可能性が要求されるため、可能な限り非関連者取引と関連者取引の差異の調整を施すことによって、比較可能性の精度を高める努力が必要とされるのではなかろうか。 筆者は、納税者の売り手としての機能に差異が明確にあり、定量的に把握できるものについては、その合理性を判定した上で、客観的に価格へ影響を及ぼしていることが明らかでなくとも、調整する努力をすべきと考える。 本件にあてはめると、控訴人が主張する債権回収の確実性を確保するための信用調査や担保の設定等の監視費などについては、明らかに本件国外関連取引と比較対象取引とで差異が生じており、定量的に把握することも可能であると思われることから、比較可能性を高めるために調整を施すことも合理的な差異の調整として認められてしかるべきと思われる。 一方、取引数量に起因する差異については、本判決が判示するとおり、建造請負契約はいずれも1隻ごとの建造契約であり、取引数量に差異があるとはいえず、また、非関連者に対してボリュームディスカウントを行った事実がない限りにおいては、定量的に把握することもできないと思われる。 (3) 独立企業間価格の「幅」について 控訴人は、幅の主張にあたり、控訴人が過去23年間において非関連者に売却した船舶の船主別の契約金額と市況指標との間での回帰分析を行い、その相関が確認された場合には残差を観察することで、幅を主張した。本判決は、この分析は、CUP法の「同種の棚卸資産」「同様の状況の下」という要件を無視しており、解釈論として失当であるとし、独立企業間価格にばらつきが存在することを統計学的に示すためには、「①同種同様という要件を満たす、②最も比較可能性の高い、③同等の比較可能性を有する比較対象取引の分布状況(ばらつき)を明らかにする必要がある」とし、上記分析は差異の調整を行わず、同種同様の要件を満たさず、独立企業間価格の分布状況を示すものとはいえない、としている。 控訴人は、独立企業間価格の幅として議論するのであれば、契約日が近い同種の複数の非関連者船の調整された価格幅などを示し、実際の取引価額がその幅に入っていると主張するための詳細な分析が必要だったように思われる。   4 おわりに 移転価格税制の理論的支柱となる独立企業原則は、いわゆる経済的合理性を税法に取り込み、課税要件化したものとして捉えることができる。すなわち、移転価格税制における独立企業原則は、競争市場を前提として成立する考え方であり、競争市場における通常の取引条件との比較において関連企業の価格を調整するものとして経済的合理性を要件化し、所得移転の防止という目的を達成するものとして捉えるのである(※5)。 (※5) 水野正夫「国外関連者に対する寄附金と相互協議」税法学581号153頁(2019年)参照。 したがって、独立企業原則は、あくまでも独立企業間での競争市場における経済的合理性であり、企業グループとしての租税を軽減し税引後利益を最大化するというような経済的合理性ではないことはいうまでもない。 本件においては、控訴人の「事業戦略」の差異調整の根拠として、不況時には、市場価格よりも高めの取引価格を設定して、国外から国内に所得を移転し、好況時には、市場価格よりも低めの取引価格を設定して、国内から国外に所得を移転し、グループ全体として、最大限の利益を確保することを目指していたという事実が原審判決において認定されている。 判決文からは閲覧制限がかかっており、必ずしも明らかではないが、本判決の判示事項では、「空き船台で国外関連者船を建造することにより船台の完全操業を実現するという控訴人会社独自の事業戦略に基づくものであるから、それによる差異を調整すべきであるとの控訴人会社の主張」に対し、判決は「控訴人会社の事業戦略の目的は、関連者を含めたグループ全体の利益を最大化するための、グループ全体の利害調整であり、しかも、これは関連者との間の特殊な関係を基礎としなければ成立しないものというべきであって、独立企業間では実現困難であり、移転価格税制の目的を考えると、控訴人会社の事業戦略は、国外関連者との関係を利用して通常の対価とは異なる船価を設定し、国外関連者との間で所得移転を繰り返すものであり、それはまさしく移転価格税制が問題にしている『所得の国外移転』にほかならないから、事業戦略に基因する差異の調整は要しない」、として企業グループとして租税を軽減し、税引後利益を最大化するような経済的合理性を否定し、控訴人の主張を排斥している。私見ではこの点が裁判所の判断に大きく影響し、控訴人の主張する事業戦略の差異の調整のみならず他の差異調整も認められなかったようにも思われる。 したがって、筆者はこの事案を事例判決として捉えることにしたい。差異の調整は事案によって様々である。移転価格税制が、私的自治ないし契約自由の原則と抵触することになりやすい(※6)ことを鑑みれば、移転価格税制の執行においては、真の独立企業間価格にできる限り近付けるような差異の調整について、課税当局は納税者の主張に真摯に耳を傾け対話を尽くすことによって、両当事者の理解を深め、独立企業間価格の適正性を確保することが求められるであろう。 (※6) 金子宏「移転価格税制の法理論的検討-わが国の制度を素材として-」同『所得課税の法と政策〈所得課税の基礎理論/下巻〉』所収(有斐閣・1996年)364-365頁[初出、1993年]参照。 (了)

#No. 529(掲載号)
#水野 正夫
2023/07/27

リース会計基準(案)を学ぶ 【第2回】「リースの定義」

リース会計基準(案)を学ぶ 【第2回】 「リースの定義」   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 今回は、リースの定義について解説する。 定義については、次のように規定されている(リース会計基準(案)BC18項)。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ リースの定義 リース会計基準(案)では、「リース」を次のように定義している(リース会計基準(案)5項)。 「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)は、「リース取引」に係る会計処理を定めており、「リース取引」を次のように定義している(企業会計基準第13号1項、4項)。 このように、「リース取引」から「リース」の用語に改正され、会計基準の名称も、「リース取引に関する会計基準」から「リースに関する会計基準(案)」へ改正することが提案されている。 リース会計基準(案)等の開発に際して、次の契約についても審議されたが、いずれの契約においてもサービスの要素を区分した後に、リースの定義を満たす部分が含まれる場合があるとし、当該部分についてリースの会計処理を行うことについて記載されている(リース会計基準(案)BC26項)。 これらについては、今後、本連載で解説する予定である「リースの識別」(リース会計基準(案)23項~28項等)の理解が重要になる。   Ⅲ 契約 前述のとおり、「リース」は、契約又は契約の一部分と定義されている。 このため、「契約」の定義も規定されており、「契約」とは、法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる複数の当事者間における取決めをいい、契約には、書面、口頭、取引慣行等が含まれるとされている(リース会計基準(案)4項)。 契約は、通常、契約書という書面の形式で締結され、取引の内容については、当事者間において明確にされていると考えられる。 リース会計基準(案)では、契約がリースを含むか否かの判断を行う(リースの識別の判断)ことになり、契約の締結時に、契約の当事者は、当該契約がリースを含むか否かを判断するとされている(リース会計基準(案)23項~25項)。 また、複数の契約は、区分して会計処理を行うか単一の契約として会計処理を行うかにより結果が異なる場合があるとし、それぞれのリースにおける収益及び費用の金額及び時期を適切に計上するため、複数の契約を結合し、単一の契約とみなして処理することが必要となる場合があると規定されていることにも、注意が必要である(リース会計基準(案)BC20項)。 このため、リース会計基準(案)の適用に際しては、契約に関する法令の知識も必要になると考えられる。   Ⅳ 原資産、使用権資産など 「リース」の定義では、原資産を使用する権利と規定されていることから、原資産などの定義に注意が必要である。「リース」のほかに、例えば、次の用語が定義されている(リース会計基準(案)4項~22項)。 リース会計基準(案)で用いられている用語については、現行の実務においてなじみのないものがあるので、リース会計基準(案)の適用に際しては、定義に注意する必要があると考えられる。   Ⅴ 借地権、セール・アンド・リースバック取引、サブリース取引など 定義については、リース適用指針(案)に規定されているものもある。 例えば、次の定義である(リース適用指針(案)4項、89項)。 このため、現行の「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)等に規定されていなかった項目についても、リース会計基準(案)等の適用対象となる項目として規定されるものがあることに注意する必要があると考えられる。   (了)

#No. 529(掲載号)
#阿部 光成
2023/07/27

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第144回】株式会社レイ「第三者調査委員会調査報告書(公表版)(2023年6月9日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第144回】 株式会社レイ 「第三者調査委員会調査報告書(公表版)(2023年6月9日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社レイ第三者調査委員会の概要】   【株式会社レイの概要】 株式会社レイ(以下「レイ」と略称する)は、1981年6月に株式会社スタジオ・レイとして設立。1991年10月、現商号に変更。広告・映像関連の企画制作を主たる事業とする。売上高12,450百万円、経常利益1,401百万円、資本金471百万円。従業員数399人(2023年2月期連結実績)。2017年12月、株式会社テレビ朝日との間で資本業務提携契約を締結し、同社が発行済株式の20%を保有する筆頭株主となる。本店所在地は東京都港区。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人は城南監査法人。   【第三者調査委員会による調査報告書の概要】 1 第三者調査委員会の設置経緯 レイの経営幹部は、2022年12月から所轄の税務署により税務調査を受けていたところ、2023年3月27日に、従業員A(以下「A氏」という)から、レイの事業と競合する案件を、自己が設立した合同会社において受注するとともに、当該案件に係る外注先への支払いについて、A氏が担当する受注案件に関する外注先への業務の発注であるかのように装い、外注先への発注業務に係る支払いの名目で、当該支払いをレイに負担させた旨の申告を受けた。この申告に基づいて、レイが、顧問弁護士等を含むチームにより調査を行ったところ、2023年4月6日に、A氏より、他の案件においても、外注先に指示して仕入金額を水増ししてレイに請求させ、当該外注先より自己の自営会社等へ金員を送金させることにより、会社資金の詐取を行っていたとの供述が得られた(本件事案)。 レイは、短期間の調査でA氏から追加の供述があり、疑義の生じる金額が広がったことから、財務諸表に対する信頼性の回復のためには独立した第三者から構成される第三者調査委員会による専門的な調査が必要であると判断し、 2023年4月14日の取締役会において、レイと利害関係を有しない外部の専門家から構成される第三者調査委員会(当委員会)を設置することを決定した。 2 第三者調査委員会による調査の概要 (1) 第三者調査委員会が認定した不適切な取引 第三者調査委員会は、調査の結果、レイにおいて、次の3類型の不適切な取引が判明したとしている。 ① 仮装取引による会社資金の詐取 レイの従業員であるA氏及びC氏は、遅くとも2020年3月から2023年3月までの間において、外注先への業務の発注を仮装又は発注額を水増しして、レイから外注先に対して金員を支払わせたうえで、外注先において、支払額の一部を手数料として受領した後、残額をA氏及びC氏の指示に基づき、両者の自営会社等へ支払わせることによりレイの資金を詐取していた。 詐取した金額は、A氏が218,679千円、C氏が1,925千円であった。 ② 不適切なキックバック A氏は、2022年1月から2023年3月までの間において、レイに大型案件を紹介したj社に対して紹介料を支払うにあたり、j社に指示して、レイに対する請求額を水増しさせ、j社からA氏の自営会社及びb社に支払いを行わせることにより、j社から不適切なキックバックを受領していた。 A氏がキックバックにより得た金額は43,433千円であった。 ③ 背任行為による会社資金の詐取 A氏は、従業員の地位に基づく任務に背き、①レイの事業と競合する大型案件を自営会社において受注するとともに、②当該案件に係る外注先への支払いを、自らが担当する受注案件に関する外注先への業務の発注であると装って、発注業務に係る支払いの名目でレイに負担させていた。本来は、自営会社において負担すべき外注先への支払いをレイに負担させたことにより、A氏は不当な利益を得ていた。 A氏が詐取した金額は160,719千円であった。 (2) 第三者調査委員会による件外調査 第三者調査委員会は、本件事案のほか、件外調査を行い、次の不適切な取引が判明したとしている。 ① 原価付替え 第三者調査委員会は、レイにおいて、C氏をはじめとするコミュニケーションデザイン部の一部の従業員による原価付替えが行われていた事実を確認している。 ② 売上高の前倒し計上 第三者調査委員会は、1件の売上高前倒し案件を認識したが、これは、売上高の前倒し計上を意図して行われた「不正」としての虚偽表示ではなく、「誤謬」による虚偽表示であったと結論づけている。 当該売上案件は、2021年12月度に売上計上すべきであったところ、担当者が経理部に相談した結果、前受金計上ではなく、 2021年9月度において売上計上をするよう指示され、結果として売上高の前倒し計上となったものであり、誤った結果となった原因は、担当者らから相談を受けた経理部門において、代理店都合による変則的な状況(別の案件名目で売上代金を前受する)に関して、事実関係等を正確に認識せず、さらには、表面的な状況に関して、特に会計監査人である監査法人に事前に相談することもなく、誤った状況の解釈に基づき、担当者に指示したことが原因であったと認識し、このような特殊な経緯のある1件を除き、レイにおいては、売上高の前倒し計上が行われていた事実は認められなかったとのことである。 3 原因及び問題点(報告書47ページ以下) 第三者調査委員会は、原因及び問題点を、以下のように分析している。 (1) 不正のトライアングル分析 ① 動機 第三者調査委員会は、A氏が、動機について、行政関連案件等では多数の部下の飲食代等を自己で負担していたところ、これを一部補填するために仮装取引による会社資金の詐取を始めたと供述していると紹介したうえで、不正行為の始期が行政関連案件より前であること、A氏が自営会社等を使って不動産投資やインターナショナルスクールの経営等を行っており資金ニーズがあったことに鑑みれば、個人的な利得をも目的として、不正行為を行ったものと認定した。 また、C氏の動機については、利益率に余裕のある案件が完了する際に、知人が会社を経営していたことを奇貨として、以前から知っていた方法による会社資金の詐取を思い立ち、業務の実態がないにもかかわらず外注費名目の発注を行ったところ、思いのほか簡単にできてしまったという供述を紹介している。 ② 機会 第三者調査委員会は、「機会」についは、次の(2)及び(3)で説明している。 ③ 正当化 第三者調査委員会は、A氏について、行政関連案件の引継ぎ以降、業務が多忙を極めるようになり、その後担当した警備案件により、社内での売上実績は1番になるほどであったが、さほど年収が上がることはなく、また、部下の飲食代を持つ機会が増加するなどお金もかかるようになったことから、自らのレイに対する貢献の見返りとして不正行為は正当化されると考えていたものと認定した。 また、C氏については、忙しい中特に給料も上がらず、賞与も業績が反映されるとはいえその反映は限定的であることから、自らが担当する案件において利益率に余裕がある案件があれば、そこから利益の一部を個人的に得たとしても問題はないと考えていたとの供述を紹介している。 (2) 外注費を装った仮装取引による会社資金の詐取等に係る原因及び問題点 第三者調査委員会は、A氏らによる会社資金の詐取に係る原因及び問題点を以下の4項目に分けて分析している。 第三者調査委員会による分析を概説すると、レイにおいては、案件の管理担当者が1名であったところ、仮装取引による会社資金の詐取が大規模に行われた案件は警備に係るものであり、警備業を遂行するために必要な国家資格を持っているA氏のみが対応することとなり、同じ部署の上司・同僚らによる牽制機能が何ら効かない状況となっていたところに、行政関連及び警備案件については、レイが行っていたイベント等の企画・制作等とは原価構成が大きく異なって、かつ、利益率が高いか又は利益の絶対額が大きかったため、架空の外注費等を入れても目標の達成が可能であったことに加えて、レイにおける外注管理が不十分であったことが大きな原因であったという認識を示した。 さらに、第三者調査委員会は、A氏及びC氏が、外注費を装った仮装取引による会社資金の詐取等を行い得た1つの理由として、それぞれが自営会社を有していたことを挙げて、A氏及びC氏は、就業規則及び行動規範に関する誤った解釈のもと、就業規則等を遵守することなく、レイと競合する事業を営む自営会社を有した結果、外注費を装った仮装取引による会社資金の詐取を行い得たものであると認定した。 (3) 原価付替えの原因及び問題点 第三者調査委員会は、原価付替えに関するC氏の認識について、以下の供述を挙げている。 また、C氏の認識については、以下の問題点等を指摘している。 その背景として、適切な原価管理に関する規範意識の鈍麻があり、研修等を通じた従業員に対する規定の周知徹底が不足していることや、業務の遂行過程を通じた適切な指導教育が実効的に行われていないことが原因であると認定した。 (4) 売上高の前倒し計上の原因及び問題点 第三者調査委員会は、売上高の前倒し計上は、本来は2021年12月度に売上計上すべき売上案件について、担当者が経理部に相談した結果、前受金計上ではなく、2021年9月度において売上計上をするよう指示され、売上高の前倒し計上となったものであり、その原因は、主として、担当者らから相談を受けた経理部門において、代理店都合による変則的な取扱いに関して、事実関係等を正確に認識せず、さらには、特に会計監査人である監査法人に事前に相談することもなく、誤った状況の解釈に基づき、担当者に指示したことが原因であったと認定している。 4 再発防止策(報告書54ページ以下) 第三者調査委員会が提示した再発防止策は次のとおりである。 第三者調査委員会は、レイにおいて、案件の担当者が1人であったことを不正の発生原因の1つとして捉え、牽制機能の発揮による案件の実施をより有効かつ効率的に行い、担当者が病気等になった場合の案件の継続性を担保し、かつ、事業のより良い継続性の観点からも、案件の担当者の複数制の導入を検討することを提言している。そのうえで、すべての案件を一律に複数にするのではなく、受注金額が一定の金額を超える場合、新しい業務分野の案件で、担当者を複数制にする方法などの検討も勧めている。 また、本件事案の特徴である自営会社を使った不正に関して、第三者調査委員会は、「副業に関しての社内の取扱いの周知・徹底」として、レイでは、就業規則及び行動規範で副業の取扱いを定めており、許可なくレイと競合する業務活動を行うこと、また事前にレイの許可を受けることなく、レイの行う取引と競合する活動を自ら行い、あるいは競合会社の経営者になる等、レイと競合する業務活動を行うことが禁止されているにもかかわらず、A氏及びC氏は、自営会社を有したとしても自営会社から給料をもらわなければ、レイにおいて禁止されている副業には当たらないという独自の解釈を持っていたことがわかったことから、就業規則及び行動規範の周知徹底を図り、特に、副業の可否に関しては、従業員に対し正しい知識を保有させることが極めて重要であると結んでいる。   【調査報告書の特徴】 第三者調査委員会が、「背任行為による会社資金の詐取」とした、従業員A氏が自ら所有する会社(第三者調査委員会は「自営会社」と呼称している)を利用して、勤務する会社レイと競合する取引を行ったうえ、その取引に係る外注費等をレイから支払わせるという不正は、本連載で初めて取り上げる不正類型である。A氏が不正に詐取した金額は4億2,000万円を超え、これは、レイの2022年2月期連結決算(修正後)における当期純利益を上回っている。なぜ、これほど巨額の金員の詐取が、A氏本人が自白するまで発覚しなかったのか。さらに分析を進めたい。 1 財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備と再発防止策 レイは、2023年6月30日付で、「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」をリリースし、本件事案の原因を次のようにまとめている。 そして、この不備が、財務報告に重要な影響を及ぼすことから、開示すべき重要な不備に該当すると判断したうえで、不備を是正するために、第三者調査委員会の指摘・提言を踏まえ、以下の再発防止策を講じることを公表した。 第三者調査委員会が提言した再発防止策との比較では、「不正加担に対する拒否要請及び通報窓口の設置」と「内部監査機能の強化」という項目が追加されているものの、「不正加担に対する拒否要請」という文言の意味するところが詳らかではないため、具体的にどういった働きかけをするのかは不明であり、かつ、第三者調査委員会が検討を提言している「案件担当者の複数制」については、まったく触れられていない。 2 特別損失の計上 レイは、前項のリリース公表と同日に、「特別損失の計上に関するお知らせ」をリリースして、第三者調査委員会の調査結果に基づき、2022年2月期と2023年2月期に貸倒引当金を繰り入れることにより、特別損失を計上したことを公表した。 同リリースでは、レイは調査報告書の内容を踏まえ、監査法人と協議した結果、過大に計上された売上原価を取り消すとともに、当該売上原価に係る支払いが実施された期において当該従業員等に対する債権を計上するものの、着服された資金の大部分は、遊興費・流動性がなく時価の不透明な投資・レイに無断で行われた副業の事業資金として支出されており、回収可能性に懸念が生じることから、その全額について特別損失(貸倒引当金繰入額)を計上することとしたと説明されている。 なお、レイは、本件事案発覚後、A氏らから71百万円を回収していることから、2023年2月期に関しては、回収した金額を相殺した残額である179百万円が貸倒引当金として計上されている。 (了)

#No. 529(掲載号)
#米澤 勝
2023/07/27

開示担当者のためのベーシック注記事項Q&A 【第13回】「会計方針に関する注記②」-その他計算書類の作成のための基本となる重要な事項-

開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第13回】 「会計方針に関する注記②」 -その他計算書類の作成のための基本となる重要な事項-   仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明   Question 当社は会計監査人設置会社で個別注記表を作成しています。有価証券報告書の提出義務はなく、連結計算書類は作成していません。個別注記表における重要な会計方針に係る事項に関する注記のうち、その他計算書類の作成のための基本となる重要な事項について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 「その他計算書類の作成のための基本となる重要な事項」には、会計方針のうち、下記①から④以外の重要なものを記載する必要があります。 ① 資産の評価基準及び評価方法 ② 固定資産の減価償却の方法 ③ 引当金の計上基準 ④ 収益及び費用の計上基準 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、次のような注記が考えられます。 【個別注記表】   2 注記事項の解説 (1) 重要な会計方針に係る事項に関する注記の全体像 個別注記表で記載すべき重要な会計方針に係る事項に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第101条第1項)。なお、重要性が乏しいものは記載しないことも認められます。 (2) 注記事項の解説 「その他計算書類の作成のための基本となる重要な事項」には、会計方針のうち、下記①から④以外の重要なものを記載する必要があります。 また、企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」第4-3項に規定する「関連する会計基準等の定めが明らかでない場合」 に採用した会計処理の原則及び手続について、当該採用した会計処理の原則及び手続が計算書類を理解するために重要であると考えられる場合には、「その他計算書類の作成のための基本となる重要な事項」に概要を注記する必要があります。 それでは、具体的にどのようなものが注記されるのか、実際に見ていきましょう。 [キヤノン電子株式会社 2022年12月期 個別注記表] ※キヤノン電子株式会社「第84期 定時株主総会招集ご通知に関してのインターネット開示情報」8頁より抜粋。 [株式会社TOKAIホールディングス 2023年3月期 個別注記表] ※株式会社TOKAIホールディングス「第12回定時株主総会の招集に際しての電子提供措置事項」19~20頁より抜粋。 *  *  * 次回の第14回は、「貸借対照表に関する注記」をテーマに解説します。   (了)

#No. 529(掲載号)
#竹本 泰明
2023/07/27

〈一問一答〉副業・兼業に関する担当者のギモン 【第2回】「副業・兼業を禁止または制限できる場合」

〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第2回】 「副業・兼業を禁止または制限できる場合」   弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之   ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 裁判例の傾向 労働時間以外の時間をどのように利用するかは本来労働者の自由であることから、副業・兼業は原則として労働者の自由である。したがって、仮に副業・兼業について会社の許可を要するとする「許可制」を採用している場合であっても、許可するか否かを会社が恣意的に判断することが許されるわけではなく、副業・兼業を禁止または制限すべき合理的な理由が認められる場合に限って不許可とすることができる旨の限定解釈がなされることが多い。 では、具体的にいかなる場合に、会社は労働者の副業・兼業を禁止または制限し得るのか。 この点について、マンナ運輸事件判決(京都地裁平成24年7月13日判決・労判1058号21頁)は、「労働者が兼業することによって、労働者の使用者に対する労務の提供が不能又は不完全になるような事態が生じたり、使用者の企業秘密が漏洩するなど経営秩序を乱す事態が生じることもあり得るから、このような場合においてのみ、例外的に就業規則をもって兼業を禁止することが許されるものと解するのが相当である」としたうえ、「兼業を許可するか否かは、上記の兼業を制限する趣旨に従って判断すべきものであって、使用者の恣意的な判断を許すものでないほか、兼業によっても使用者の経営秩序に影響がなく、労働者の使用者に対する労務提供に格別支障がないような場合には、当然兼業を許可すべき義務を負うものというべきである」旨判示している(下線部筆者)。 その他の裁判例を見ても概ね同様の判示をしており、裁判例の傾向としては、一般的な規範として、①企業秩序への影響が認められる場合、または、②労務提供上の支障が認められる場合に、会社は労働者の副業・兼業を禁止または制限し得ると判断している。そのうえで、個別具体的な事案に応じて、本業側の事情(本業の職種および内容、役職、本業に従事する日数・時間・時間帯など)や副業側の事情(副業の職種および内容、役職、副業の目的、副業に従事する日数・時間・時間帯など)などの具体的な判断要素を考慮しながら、柔軟に解釈適用しているものといえる。   2 副業・兼業ガイドラインの内容 厚生労働省が公表する副業・兼業ガイドラインは、上記のような裁判例のほか、労働契約上、会社および労働者が負っている多様な付随義務(安全配慮義務・秘密保持義務・競業避止義務・誠実義務)を根拠に、会社が労働者の副業・兼業を禁止または制限し得る例外的な場合として、以下の4つの事由を挙げている(副業・兼業ガイドライン6~8頁)。 また、この点は、副業・兼業ガイドラインの補足資料と位置付けられる「「副業・兼業の促進に関するガイドライン」Q&A」(以下「副業・兼業Q&A」という)においても触れられており、上記①~④のような事情がなければ、労働者の希望に応じて、原則副業・兼業を認める方向で検討することが望ましいと指摘されている(副業・兼業Q&A・Q1-20)。   3 実務上の対応 実務上、就業規則等の服務規律において、単に「許可なく、他の企業の役員もしくは従業員となること」を禁止し、不許可事由を明記しない例も多く見られる。 しかしながら、上記1で述べたとおり、仮に不許可事由を明記していなかったとしても、会社の恣意的な判断が許されるわけではなく、裁判実務上は限定解釈がなされることが多い。したがって、不許可事由を明記しないことが会社の裁量の範囲を広げることにつながるわけではない。他方、不許可事由が明らかでないことにより、副業・兼業を希望する労働者が、会社に許可されないことをおそれて、無許可のまま副業・兼業に従事するリスクも考えられるところである。 以上を踏まえると、労働者の副業・兼業について、会社がこれを禁止または制限し得る場面(事由)は、就業規則等において具体的に明記しておくことが望ましい。 この点、副業・兼業ガイドラインが掲げる上記2の4つの事由は、これまでの裁判例の傾向にも合致する内容となっており、具体的な不許可事由の設定にあたっては、これらの事由をベースとして、自社の具体的な事情に合わせた不許可事由を検討することが考えられる。 もっとも、これまでの裁判例の傾向に照らすと、「労務提供上の支障がある場合」に該当するか否かの具体的な判断等は、厳格になされていることに留意が必要である。したがって、例えば、「労務提供上の支障がある場合」の一場面として、「過度な長時間労働」に該当する場合を不許可事由として設定するときは、その具体的な基準についても別途定めておくことが望ましい。 (了)

#No. 529(掲載号)
#木下 雅之
2023/07/27

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例85】ニデック株式会社「外部調査委員会の調査報告書受領のお知らせ」(2023.6.16)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例85】 ニデック株式会社 「外部調査委員会の調査報告書受領のお知らせ」 (2023.6.16)   公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げるのは、ニデック株式会社(以下「ニデック」という)が2023年6月16日に開示した「外部調査委員会の調査報告書受領のお知らせ」である。なお、同社の旧商号は「日本電産株式会社」であり、2023年4月1日に現在の商号に変更している(2022年4月21日に「商号変更に関するお知らせ」を開示)。 同社は、2023年6月2日に「分配可能額を超えた前期の中間配当金、並びに前期の当社株式取得について」を開示し、題名どおりに分配可能額を超えた配当と自己株式取得(以下「過大配当」という)を実施したとしていた。その開示では、「事実関係の調査、発生原因の究明、関係者等の責任の検討及び再発防止策の提言を行うこと」を目的として外部調査委員会を設置するとされており、今回の開示はその調査報告書を受領したという内容である。   2 知識不足と無責任 「外部調査委員会の調査報告書受領のお知らせ」では、最初に「調査報告書の概要」が記載されている。その中の過大配当の原因についての記載は次のとおりである(この記載だけでも、ニデックの内部統制と企業統治の水準の低さが伝わるかと思われるが、調査報告書の「原因分析」の記載を読むと、より生々しく伝わるはずなので、調査報告書の本文をぜひ確認していただきたい)。 原因は想定どおりである。過大配当の事例は、本連載の【事例30】と【事例51】でも取り上げたが、それらと同様に会社の皆の「知識不足」と「無責任」が原因である。 なお、調査報告書では取締役に善管注意義務違反は認められないとされているが、同社の内部統制と企業統治がプライム市場上場企業の水準と言えないことは明らかである。少なくとも1名は、分配可能額に意識が及ぶ者を取締役に据えた方がいいだろう。   3 監査法人への責任転嫁 「分配可能額を超えた前期の中間配当金、並びに前期の当社株式取得について」の主文の前半の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 「見落としにより」をあえて強調して、過大配当は監査法人のせいだと言いたいようである。これについて、調査報告書の「原因分析」の最後に次のような記載がある。 会計監査の対象は財務諸表の適正表示である。監査法人に責任転嫁するのはお門違いだろう。   4 返還しないのか? 「分配可能額を超えた前期の中間配当金、並びに前期の当社株式取得について」には次のような記載がある。 調査報告書によると、2022年10月24日開催の取締役会で決議した1株当たり35円の配当(合計約201億円)はすべて分配可能額規制違反だったとのことである。ニデックの第50期有価証券報告書によると、同社の創業者かつ代表取締役会長の永守重信氏(以下「永守氏」という)が保有する同社株式は49,473千株、永守氏の妻が代表を務めるエスエヌ興産合同会社が保有する同社株式は20,245千株である(両者合わせて同社株式を12.11%保有)。したがって、永守氏は約17億円の配当を、エスエヌ興産合同会社の分も合わせると約24億円の配当を分配可能額規制に違反して受け取ったことになる。 永守氏は返還しないのだろうか。開示にそれに関する記載はない。【事例51】で取り上げた株式会社リソー教育とだぶってみえてくる。   5 法令を順守した事業活動? ニデックは2022年10月24日に「東洋経済新報社への民事訴訟提起および告訴状提出に関するお知らせ」を、2023年1月24日に「ダイヤモンド社への民事訴訟提起および告訴状提出に関するお知らせ」を開示している。いずれの開示も、最後に次の1文が記載されている。 同社は、これらの開示をしたとき、実際には会社法や会社計算規則といった法令を守っていなかった。この記載は誤りだったことになるので、本来ならば訂正すべきである。 同社は、2023年6月28日、再び東洋経済新報社を訴えることにして、「東洋経済新報社、元従業員他への民事訴訟提起等に関するお知らせ」を開示している。さすがにその開示の最後に上の1文は記載されていない。最後に記載された文章は次のとおりである。 自分には甘く、他者には厳しい会社のようである。 (了)

#No. 529(掲載号)
#鈴木 広樹
2023/07/27
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