給与計算の質問箱 【第47回】 「年末調整書類の書式の前年からの変更点」 ~令和5年分対応~ 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 年末調整書類の書式について前年から変更がありましたら教えてください。 A 年末調整書類の書式の変更点は以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書 令和4年分の書式と比べて、令和5年分の書式は以下の変更点がある。なお、令和5年分と令和6年分の書式は同じである。 【令和4年分給与所得者の扶養控除等(異動)申告書の一部】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 【令和5年分給与所得者の扶養控除等(異動)申告書の一部】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 上記につき国税庁「令和4年分給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」及び「令和5年分給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」よりそれぞれ抜粋の上作成。 〈変更点①〉 30歳以上70歳未満の非居住者で次のいずれにも該当しないものは扶養控除の対象外になったため、「非居住者である親族」の欄にチェック欄が追加された。 例えば、外国人従業員が母国の父母等を扶養親族として扶養控除等申告書に記入している場合には、父母等の年齢が30歳以上70歳未満であれば38万円送金書類を提出してもらい、確認しなければならない。 以下、この「38万円送金書類」について解説する。 38万円送金書類とは、送金関係書類(※1)のうち、居住者から国外居住親族である各人(※2)へのその年における支払金額(※3)の合計額が38万円以上(※4)であることを明らかにする書類をいう(Q&A11、32参照)。 (※1) 送金関係書類・・・現金を手渡しした旨の書類は送金関係書類に該当しない(Q&A39参照)。外国送金依頼書の控え、利用明細書や通帳の写しといった金融機関の書類が該当する(Q&A37、38)。また、国外居住親族が使用するために発行されたクレジットカードで、その利用代金を居住者が支払うこととしている家族カードの利用明細書も該当する(Q&A40)。 (※2) 国外居住親族である各人・・・各人ごとに送金書類が必要で、父の口座に母の分も一緒に送金していた場合、父のみの送金関係書類に該当し、母の送金関係書類には該当しない(Q&A34参照)。 (※3) その年における支払金額・・・令和5年1月1日~12月31日の送金が対象(Q&A7①参照)。家族カードは令和5年1月1日~12月31日の利用が対象(Q&A7④、42参照)。 (※4) 38万円以上・・・金融機関への手数料込で「38万円以上」の判定を行う(Q&A7②参照)。邦貨換算は原則として送金日(家族カード利用日)のTTM。円預金口座から引き落とされた金額でも構わない。その他例外あり(Q&A7③⑤参照)。 【非居住者である扶養親族が30歳以上70歳未満の場合の源泉徴収事務における確認書類】 (注) 扶養控除等申告書を受領する時の親族関係書類及び年末調整を行う時の送金関係書類の確認については、現行のとおり必要となります。ただし、年末調整を行う時に38万円送金書類の確認をする場合には、現行の送金関係書類の確認をする必要はありません。 (出典:国税庁「令和4年分 年末調整のしかた」) 〈変更点②〉 住民税に関する事項に「退職手当等を有する配偶者・扶養親族」の欄、「寡婦又はひとり親」の欄が追加された。 2 給与所得者の保険料控除申告書 令和4年分と令和5年分の書式は同じである。 3 給与所得者の基礎控除申告書兼給与所得者の配偶者控除等申告書兼所得金額調整控除申告書 令和4年分と令和5年分の書式は同じである。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第148回】 東テク株式会社 「特別調査委員会調査報告書(公表版)(2023年6月29日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【東テク株式会社特別調査委員会の概要】 【東テク株式会社の概要】 東テク株式会社(以下「東テク」と略称する)は、1955年7月設立。設立時の社名は東京機工株式会社。1986年現商号に変更。計装事業(※1)、エネルギー事業及び設備機器販売事業を主たる事業とし、国内7社、海外5社の連結子会社を有している。連結売上126,696百万円、経常利益8,172百万円、資本金1,857百万円。従業員数2,505名(2023年3月期連結実績)。本店所在地は東京都中央区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人は、EY新日本有限責任監査法人東京事務所。 (※1) 計装事業とは、「建物全体を監視・制御・計測するさまざまな機器とネットワークで結んで施設環境管理サービスを提供」することである(東テク株式会社ホームページ参照)。 不適切な取引が発覚した連結子会社の東テク電工株式会社(以下「東テク電工」と略称する)は、1972年11月、現・東テク電工代表取締役社長の尾髙功将氏(報告書上の表記は「D社長」。以下「尾髙東テク電工社長」と略称する)の父親により設立された。設立時の社名は尾髙電工株式会社。東テクは、2008年2月に尾髙電工株式会社の全株式を取得して完全子会社とした。当該株式譲渡に当たり、当面の間、尾髙功将氏を東テク電工の代表取締役社長とする旨が確認され、それ以降も本報告書提出時点まで一貫して、尾髙功将氏が東テク電工の代表取締役社長を務めていた。2012年、尾髙電工株式会社から現在の東テク電工株式会社に商号変更。京葉地区での電気設備工事の設計・施工等を主たる事業とする。売上高1,001百万円、経常利益36百万円、資本金100百万円(2022年3月期実績)。従業員数19名。本店所在地は、千葉県千葉市。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 2023年4月25日、東テクに対し、東テク電工から、東テク電工の外注先の1つである有限会社Y(以下「Y社」という)に対する反面調査として、東テク電工に税務署による調査が入った旨の報告があり、その翌日、東テクは、尾髙東テク電工社長及び同社のX事業本部長(以下「X氏」という)に対するヒアリングを行ったところ、X氏は、Y社との間で実態を伴わない外注取引(架空取引)を行い、東テク電工からY社へ外注費を支払い、X氏がY社から一定の金員を受け取っていた(キックバックを受けていた。以下、X氏による一連の行為を「本件不適切取引」という)と述べるとともに、Y社から受け取った当該金銭を東テク電工の営業活動に利用していた旨述べた。一方、尾髙東テク電工社長は、同ヒアリングに対し、自身は本件不適切取引に関与しておらず、本件不適切取引を知らなかった旨述べた。 東テクは、本件不適切取引が行われている可能性を認識するに至ったことから、実態解明に努め、ステークホルダーに対する説明責任を果たすためには、東テク及び東テクグループから独立した立場の専門家による客観的かつ公正な調査を実施することが不可欠であると判断し、5月10日、東テクグループとの利害関係を有しない外部専門家のみで構成される特別調査委員会を設置した。 2 特別調査委員会による調査結果の概要 特別調査委員会の調査により判明した、X氏による不適切取引は次のとおりである。 (1) 不適切取引の概要 特別調査委員会は、本件不適切取引について、東テク電工にて受注した電気工事において、東テク電工の事業本部長兼営業部長であるX氏が、長年にわたり、Y社に対する実態を伴わない外注費を計上し、東テク電工からY社に対して外注費を支払わせていたというものであると認定し、X氏は、調査に対し、当該外注費の一部をY社から受領していた(キックバックを受けていた)と述べるとともに、受領した金銭は、全て東テク電工の営業目的(受注獲得)のため、発注者や同業者等の担当者に渡しており、自ら領得あるいは費消した事実はないと述べているとしている。 東テク電工とY社との取引は、2008年3月期に開始され、2023年3月期まで継続して行われており、調査対象期間(2012年4月1日から2023年3月31日まで)の取引金額(振込金額ベース)の総額は639,147千円(税込)であった。 (2) 不適切取引により作出した金銭の使途 特別調査委員会の調査に対し、X氏は、東テク電工の営業目的のため、Y社を用いて金銭を作出し、その全額を発注者、同業者等の担当者に渡したと述べている。 X氏が金銭を渡した相手方は、X氏の供述によれば、①同業者、②発注者、③設計事務所、④議員などであった。 (3) X氏による着服、費消の有無 特別調査委員会は、X氏の供述に基づいて、X氏がY社から受領した金銭は、東テク電工がY社に支払った金額の40~50%であるから、少なくとも2億5,000万円以上を受領した計算になるとしたうえで、東テク電工の従業員、外注先に対するヒアリングを行い、X氏の金回りについても確認したが、東テク電工の後輩従業員を飲食に誘い、飲食費を負担する等の行動は確認できたものの、高価な車を保有している等の事実は認められず、給与に見合わない浪費をしているとの事実までは確認できなかった。さらに、デジタル・フォレンジック調査においても、X氏の浪費につながる事実までは確認できず、X氏から任意に銀行口座の通帳を開示するよう求め、2つの口座について過去10年分の取引履歴を確認したが、疑義のある入出金は確認できなかったとのことである。 この調査結果を受けて、特別調委員会は、X氏がY社から受領した金銭を着服、費消していた可能性を否定はできないものの、X氏が金銭を着服、費消した事実は認められなかったとまとめている。 (4) Y社との取引実態について 特別調査委員会は、ヒアリングにおいて、工事の現場でY社の職人を見たと述べた者は、1人もいないこと、特別調査委員会の求めにかかわらず、Y社は、ヒアリングに応じず、Y社からも何らの説明、資料の提供もなされなかったことから、少なくとも、X氏自身、本件不適切取引を開始したと認める2012年3月以降については、証拠上、取引の実態があったと認定し得る東テク電工とY社との取引は存在しないと言わざるを得ないと結論づけている。 (5) 尾髙東テク電工社長の認識と疑問点 特別調査委員会の調査に対して、尾髙東テク電工社長は、本件不適切取引を知らず、Y社についてもその詳細を知らなかったと述べ、その理由として、9年ほど前に怪我をして自身が職場を離れた間も東テク電工の事業に大きな影響がなかったことから、仕事に対するモチベーションが低下したと述べている。 この認識にして、特別調査委員会は、以下の疑問を提示している。 特別調査委員会は、尾髙東テク電工社長による個人利用スマートフォンの初期化について、プライベートを知られるのを避けたいとの気持ち自体は理解できなくはないものの、本件不適切取引の調査のためデータ保全を依頼された後に初期化するとの行為は、尾髙東テク電工社長の本調査への非協力的な姿勢を示すものであり、供述態度の評価に影響し得るため、指摘すると厳しいコメントを付している。 そのうえで、結論としては、尾髙東テク電工社長が本件不適切取引を認識していたことを示す客観的資料や供述を覆す関係者のヒアリング結果が存在しない以上、本件不適切取引を認識していたとまでは認定できないものの、尾髙東テク電工社長の供述には疑問が残ることから、X氏がY社を利用して何らかの不適切なやりとりをしている程度は勘づきながらあえて深入りをせずに放置していた可能性も否定はできないという見解を示している。 3 特別調査委員会による原因分析(調査報告書53ページ以下) 特別調査委員会による原因分析は以下のとおりである。 特別調査委員会の調査では、以下の事実が判明している。 東テク電工は、東テクグループの金融商品取引法上の内部統制評価の対象外とされており、東テク電工には、尾髙東テク電工社長以外に2名の取締役と監査役1名を置いていたが、いずれも東テクの役職員による兼務(非常勤)であった。東テクは、他の子会社とは異なり、東テク電工に対しては、買収以降常勤役職員を1度も派遣したことがなく、尾髙東テク電工社長をはじめとする旧来からの役職員による経営がそのまま続いていた。東テク電工の非常勤取締役は、東テク電工にもほぼ行ったことがないと述べるなど、実際には経営に全く関与しておらず、東テク電工の統制状況や尾髙東テク電工社長の決裁の実態を把握することはできなかった。 なお、特別調査委員会によるヒアリングに対して、東テクの執行役員内部監査室長兼業務本部長であり、東テク電工の非常勤監査役を兼務していた三島誉仁氏(報告書上の表記は「K氏」)は、東テク電工について「不安だらけだった。危なすぎると思っていた。東テク電工には管理部門にキーとなる人材がいない、という点が一番。このままではまずいと思っていた矢先に本件が発生した」と述べているとのことである。 特別調査委員会は、「本件不適切取引が長期間にわたり行われた背景」として、東テクは、東テク電工を一定の目的をもって買収したはいいが、当該目的が実現されずにグループ内での位置づけが定まらない状況が続き、その後もシナジーを発揮させるための人材交流等の施策も特に実施されないまま、いわば放置され、また、東テク電工が継続して利益を計上していたがために、東テク経営陣の議論に上がることもなく、東テク電工において旧来からの役職員による経営が漫然と続くことになったことから、東テクによる内部統制によっても本件不適切取引を発見するには至らず、本件不適切取引が10年以上もの長きにわたり継続されることになったものであると説明している。 4 特別調査委員会による再発防止策の提言(調査報告書64ページ以下) 特別調査委員会による再発防止策の提言は次のとおりである。 特別調査委員会による再発防止策の提言のうち、まず、「第3 内部監査の強化」について見ておきたい。特別調査委員会は、東テクの内部監査室による監査によって、本件不適切取引を長年にわたり発見することができなかった原因として、内部監査室のメンバー15名中専従者が2名に過ぎず、内部監査業務に特化できていなかったこと、内部監査室に現場の経験が豊富な人材が少なかったことを挙げ、不適切な取引には何かしらの兆候があることが一般的であり、そのような兆候を見抜くためには、より業務の実態を理解している人材が監査を行う必要があると結論づけている。 次いで、「第4 東テク電工への人員派遣、グループ内での人材交流」として、特別調査委員会は、人事の固定化は、属人的な業務のやり方を招いたり、過度に人的結束が強まったり、組織の同質化が進み異論が出しづらくなる等の問題の原因につながるものであり、東テク電工では東テクからの人材派遣やグループ間の人材交流がなかったがために「尾髙電工」のままの経営が続いてしまったと指摘したうえで、東テクは速やかに東テク電工に対し、常勤の役職員を派遣することを検討すべきであり、当面は、東テクが派遣した人材による全面的なマネジメント体制を構築することが喫緊の課題となるとまとめている。さらに、グループ間の人材交流は、不正防止の観点からだけでなく、シナジー発揮の点からも有用であると認識する必要があるとともに、架空の外注取引という不正類型は、親密な外注先との関係の中で生じるものであることからすれば、同様の不正を防止するためには、多少業務に影響が生じ得るとしても、グループ間の人材交流はもとより、現状、人事の固定化が顕著な事業部においては積極的に人事異動(ローテーション)を行うことを検討すべきであると述べている。 最後に、「第6 PMIの策定」の提言を見ておきたい。特別調査委員会は、東テクでは、業容拡大の手法にM&Aを積極的に取り入れているとしたうえで、今後、新たにM&Aをする会社において同様の問題が発生することを未然に防ぐためにも、Post Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション。M&A成立後の統合プロセス)の策定は不可欠であるとしたうえで、東テク電工に対しては、今後、シナジーを発揮すべく様々な施策にあたって、場当たり的な施策を講じるのではなく、(事後的ではあるものの)PMIの考え方を参考に、段階に沿った統合計画を策定のうえで実施されることが求められようという結論を述べている。 【報告書の特徴】 連結売上高1,266億円を超えるグループにおいて、親会社とのシナジー効果が見込めず、売上高10億円に過ぎない連結子会社は、M&Aによる買収前の経営体制が温存され、グループの内部統制評価の対象外とされ、事実上、親会社の統制から放置されてきた。設立者の子息である2代目社長のもとで、事業本部長というナンバー2の役職につき、かつ、3つしかない部門のうちの1つである営業部門のトップの役職を兼務していたX氏による不適切な取引を防止し、または、発見する統制環境は、東テク電工はもとより、東テクにもなかったようである。 1 東テク本体における会計不正発生との関係性 親会社である東テクは、従業員による不適切な取引が発覚し、2014年2月に調査委員会を設置して、翌3月に調査報告書を公表している(※2)。不適切な取引の内容が水増しした仕入発注によるキックバックが中心であったこと、発覚の端緒となったのが国税局による税務調査であったことなど、東テク電工の不適切な取引との類似点は多い。ただ、当時の調査範囲には、東テク電工を含め、東テクの子会社は含まれていない。 (※2) 調査結果については、本連載【第16回】参照。 とはいえ、特別調査委員会の調査によれば、東テク電工におけるX氏による不適切な取引は2013年3月期には開始されていたことから、当時の東テクによる再発防止策を、グループ全体に適用できていれば、その時点で、不適切な取引が発覚した可能性もあったのではないかと考える。 特別調査委員会は、再発防止策の提言の中で、「2014年に発覚した不正を踏まえれば、東テク本体のみでなく、子会社においても購買プロセスには高いリスクが存在することは容易に想定できたはずであり、特に、東テク電工に対しては常駐の役職員を派遣したことがないことを踏まえれば、少なくとも購買プロセスについては実施基準に基づく評価範囲を東テク電工まで及ぼすことは十分に考えられた」と述べているが、結果論ではなく、当時の経営陣のリスクに対する認識が甘かったと批判されるのは免れないと考える。 2 財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備 調査報告書公表時に、東テクは、「11年間の各年度に与える業績の影響は、営業利益、経常利益、税金等調整前当期純利益及び親会社株主に帰属する当期純利益のいずれに対する影響も軽微であることから、過年度の有価証券報告書及び四半期報告書並びに2023年3月期の各四半期報告書の訂正は行わないこととします」と説明していたが、その翌日、「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」をリリースして、「2023年3月期(第68期)の内部統制報告書において、開示すべき重要な不備があり、当社グループの財務報告に係る内部統制は有効でない旨」を記載したことを公表した。 リリースでは、「東テク電工の仕入取引に関する業務処理統制及び当社の全社的な内部統制に不備があると判断いたしました」として、以下の3項目を列挙している。 3 再発防止策の策定 東テクは、2023年7月28日「再発防止策の策定に関するお知らせ」をリリースして、発生原因と再発防止策を公表した。 まず、発生原因について、次のようにまとめている。 こうした発生原因分析を踏まえ、東テクが策定した再発防止策は次のとおりである。 再発防止策のうち、「東テク電工の組織改正と人員派遣」については、次項で詳説する。 「内部統制体制の強化」について、東テクは、全社的な内部統制を統括する「内部統制本部」を社長直轄組織として新設して、その配下には、内部監査室、コンプライアンス室、監査等委員会室を設置し、それぞれの部門が連携して内部統制実務を遂行する体制を整備するとともに、事業部門から最低3名の人員を異動し配置することで、事業内容に精通した担当者による、より実効的な内部監査を実現するとしている。 7月31日にリリースされた「組織改正並びに執行役員及び人事の異動に関するお知らせ」では、執行役員内部監査室長兼業務本部長であった三島誉仁氏は、業務本部長の兼任が解かれており、特別調査委員会による批判の対象となった「専従者が2名しかいない」という人員配置の解消に向けた第一歩かもしれない。 4 東テク電工の組織改正と人員配置 前項で一部引用した2件のリリースをまとめると、東テクは、東テク電工の組織について、事業本部長職を廃止するとともに、企画部(営業部を改称)、管理部(総務部を改称)及び工事部を社長直轄の組織として独立させるという変更を行うとしている。 そのうえで、8月1日付で、東テク電工社長は、東テク取締役専務執行役員である小山馨氏に兼務させ、管理部長には、東テク社員を派遣することとしている。これに伴い、尾髙東テク電工社長は退任することとなった。 なお、東テク電工事業本部長であったX氏の処遇については、発表がない。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第47回】 「減価の査定にそれなりの判断を伴う土地(その1)」 ~地下阻害物(地下鉄等)が存在する場合~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 土地の価格に影響を与える個別的要因のなかでも、角地(増価要因)、不整形地(減価要因)、幅員の狭い道路に接する土地(減価要因)等の場合は、常識的な目から見ても判断をつけやすいといえます。しかし、土地の状況は様々であることから、土地価格の高低を判断するに当たっては、このように比較的容易に目安をつけられるものばかりとは限りません。 そこで、今回から数回にわたり、減価の査定にそれなりの判断を伴う土地につき鑑定評価での考え方を紹介するとともに、併せて相続税や固定資産税の評価ではこれと同じような土地をどのような方法で評価しているのかについて述べていきます。 2 地下阻害物(地下鉄等)が存在する土地の鑑定評価 都市部では、他人の土地の地中部分を地下鉄が通り、土地所有者と地下鉄道事業者との間に区分地上権設定契約が結ばれている例をよく見受けます(土地所有者:区分地上権設定者、地下鉄道事業者:区分地上権者)。このような場合、対象地には区分地上権設定登記が付されていることが多く、登記簿の権利部(乙区欄)を調査すればその事実を確認することができます。 ちなみに、区分地上権は民法では次のとおり定義されています。 区分地上権が設定されていても、その土地上に建築物の建築ができなくなるわけではありませんが、地下鉄の構築物に影響を与える建築物や工作物の荷重について制限を受ける結果、建築物の構造や建築可能な階数等が影響を受ける場合があります。区分地上権が設定されている土地の評価に際しては、このような観点からそれなりの減価が必要とされるケースが多く、また、減価に相応する金額につき地下鉄道事業者から土地所有者に対し補償金という形で一時金が支払われるのが通常です。 このように、対象地の地下に阻害物が存在することにより土地所有者が利用上の制約を受ける場合には、その影響を評価額に反映させる必要があります。しかし、その程度についてはきわめて個別性の強い問題であるため、鑑定実務に活用されている「土地価格比準表」(※)にも補正率(減価率)についての記載はありません。 (※) 地価調査研究会編著「七次改訂 土地価格比準表」住宅新報社。 このような地下阻害物が存在する土地については、区分地上権の設定契約の内容により土地利用上の阻害の程度が左右されるため、それぞれの契約内容に応じて減価の程度を見極める必要が生じます。 したがって、区分地上権の設定されている土地の鑑定評価においては、このような視点から個々の土地ごとに土地利用制限率(後掲のとおり)を査定した上で、これを評価の過程に反映させ、区分地上権の設定されている土地の価格を求める方法が採用されています。 具体的なイメージとしては、〈資料〉のとおり、地下鉄道の敷設のため区分地上権を設定した場合、その土地は立体的に見れば区分地上権の設定部分とそれ以外の部分とに分割されますが、荷重制限等により上空の一部や地下に利用を阻害される部分が生じることとなれば、土地価格の低下を招くなどの影響を被るケースが生じます。 〈資料〉 区分地上権の設定されている土地 ところで、鑑定評価の過程で査定する土地利用制限率は、実務的には用地補償の拠り所とされている「公共用地の取得に伴う損失補償基準細則(別記2「土地利用制限率算定要領」)」を適用して求めていることが多いといえます。専門的な話をしようとすれば(計算式も含めて)かなり煩雑なものとなりますので、詳細は割愛させていただきますが、例えば次のように考えていただければよいでしょう。 〇土地利用制限率を査定する際のイメージ このようなステップを踏んで、上記「土地利用制限率算定要領」により、土地利用制限率が例えば30%と査定されたとすれば、区分地上権の設定されている土地の更地価格に対する価値割合は、以下のとおりになります。 3 税務の評価では 相続税や固定資産税においても、地下阻害物が存在する土地の評価をどのようにすべきかが問題となります。 しかし、相続税評価の場合は申告の便等も考慮し、鑑定評価に比べればやや簡便な計算式となっており、固定資産税評価の場合も市町村等における大量一括評価(=限られた時間内に大量かつ画一的な処理を行わざるを得ないこと)から、個々の土地について鑑定評価のような作業を行うことには限界があります。そこで、以下、それぞれの評価において適用されている方法を簡潔に述べ、鑑定評価との相違を対比させておきます。 (1) 相続税の評価では 国税庁ホームページ「質疑応答事例(区分地上権の目的となっている宅地の評価)」では、区分地上権の目的となっている宅地の価額は、その宅地の自用地としての価額から財産評価基本通達27-4(区分地上権の評価)の定めにより評価したその区分地上権の価額を控除した金額によって評価する旨の回答を行っています。 すなわち、以下のとおりに計算することになりますが、ここで区分地上権の価額を求める際には(鑑定評価の説明で登場した)土地利用制限率を用いる旨回答がなされています。 併せて、土地利用制限率についても、(図を用いて)建物の各階ごとに階層別利用率を想定の上、計算式の例示を行っていますので、参照ください(これに関しては鑑定評価の手法と共通するものがあります)。 ただし、相続税の評価においては、地下鉄等のずい道の所有を目的として設定した区分地上権を評価するときにおける区分地上権の割合は、100分の30とすることができる(財産評価基本通達27-4)とされており、やや簡便的な方法となっている点が鑑定評価と比較した場合の特徴といえます。 (2) 固定資産税の評価では 固定資産評価基準においては地下阻害物のある土地についての評価規定は存在せず、このような土地につき評価額に反映させる必要があると市町村が判断した場合には、所要の補正という形で評価額の減額を行っているケースがあります(所要の補正を適用するか否かは市町村長の裁量に委ねられている点に固定資産税評価の特徴があります)。 ただし、所要の補正が行われているケースでも、(先程述べたとおり)大量一括評価という観点から、地下阻害物の存在する敷地部分が総面積に占める割合等によって補正率が画一的に定められているのがむしろ一般的です。 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第6回】 「登記原因について」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 登記原因とは 所有権移転登記や抵当権設定登記など、何らかの登記がされた場合には、登記記録のうち「権利者その他の事項」の欄に、登記を行うことになった原因が記載される。 【記載例1:登記原因「売買」】 登記の申請を行うにあたっては、登記申請書に「登記の原因」を記載し、登記原因の発生を裏付ける資料(売買契約書や贈与契約書)を「登記原因証明情報」として添付する。登記原因証明情報は、売買契約書等そのものを添付するのではなく、登記用に当事者が売買や贈与の事実があったことを証明した法務局への報告書形式のものもある。 売買の事実がないにもかかわらず、売買を原因として所有権移転登記を行うなど虚偽の登記をした場合には、公正証書原本不実記載罪(刑法157条)に該当することがある。そのため、登記されている登記原因については、基本的には正確なものであると考えることができる。 【記載例2:登記申請書(抜粋)】 2 甲区における代表的な登記原因 所有権に関する事項が登記される甲区において、よく記載されている登記原因は次のとおりである。 (1) 売買 不動産について売買契約を締結し、所有権が売主から買主に移転した場合には、【記載例1】のように登記原因が「売買」と記載される。税理士として注目すべきなのは、売買の日付である。売買契約は売買の合意が成立した時点(口頭でも可)で、不動産の所有権が売主から買主に移転するのが原則である。しかし、多くの売買契約書は以下のような所有権留保の条項が定められているため、買主が売主に対して売買代金を支払った日が、売買の日付として登記されていることが多い。 【記載例3:所有権留保条項】 税理士は、顧客の親族間売買や会社と代表者との間での不動産の売買をプランニングすることもあると思われる。いつ売買の効力が発生し、所有権が移転したのかは重要なポイントになる。予期せぬタイミングで売買の効力が発生したことにならないように、売買契約書の内容の確認や、登記を担当する司法書士との連携が重要になるといえる。 (2) 贈与 不動産について贈与契約を締結し、所有権が贈与者から受贈者に移転した場合には、【記載例4】のように登記の原因は「贈与」として記載される。贈与も売買と同様に贈与の合意が成立した時点(口頭でも可)で、所有権が贈与者から受贈者に移転する。贈与契約書については、売買契約書と異なり、所有権留保の条項が記載されていることは少なく、贈与契約書を締結した日が、贈与日として登記されている例が多いように思われる。贈与の場合も売買と同様に、予期せぬ日付で贈与が行われたことにならないように、贈与契約等の確認が必要になる。 【記載例4:登記原因「贈与」】 3 乙区における代表的な登記原因 抵当権や地上権など、所有権以外の権利について登記される乙区において、よく記載されている登記原因は次のとおりである。 (1) 抵当権の設定に関する登記原因 抵当権の設定登記が行われた場合、登記原因としては「令和〇年〇月〇日金銭消費貸借令和〇年〇月〇日設定」というように記載される。 【記載例5:抵当権設定の登記原因】 登記原因が2つあるようにも読めるが、これは抵当権が特定の債権を担保するために利用される担保権であるためである。「金銭消費貸借」とは、お金の貸し借りを行う契約のことで住宅ローンを利用した場合などが該当する。「設定」とは、不動産に対して抵当権設定契約を締結したということを意味する。 「令和〇年〇月〇日金銭消費貸借 令和〇年〇月〇日設定」とされているのであれば、「令和〇年〇月〇日付の金銭消費貸借契約によって発生した債権を担保するために、令和〇年〇月〇日付で抵当権設定契約を締結した」ということを意味している。 なお、抵当権が担保する債権は、金銭消費貸借契約により発生したものに限られないため、「令和〇年〇月〇日債務承認契約 令和〇年〇月〇日設定」や、「令和〇年〇月〇日相続による相続税及び利子税 令和〇年〇月〇日設定」というような登記原因もある。 (2) 根抵当の設定に関する登記原因 抵当権とは異なり、本連載【第5回】でも解説したとおり、同じ担保権でも根抵当権は特定の債権を担保するために設定されるものではないため、登記原因としては単に「令和〇年〇月〇日設定」というように記載される。 地上権や賃借権といった用益権(土地の利用権)についても同様で、地上権等の設定契約を締結すれば不動産に設定することができるため、登記原因としては「令和〇年〇月〇日設定」として記載される。 今回はよく見かける登記原因について解説をしたが、次回はやや特殊な登記原因について解説を行う。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第7回】 「中小企業の退職金? 「iDeCo+」とは」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇資産づくりと金融教育 昨今、職場での金融教育を推進しようという動きがとても活発になってきています。政府も「資産運用立国」の実現を目指し、その動きを後押ししています。 「いや、そんなことを言っているのは、それでビジネスをしようとする金融業界だけでしょう」とおっしゃる方もいるかもしれませんが、次のデータを知ったら少なくとも金融教育の大切さに気づいていただけるかもしれません。 三井住友信託銀行の調査によれば、20代から60代までの年齢層で、金融教育を受講したことがある人と受講経験がない人を比較したところ、すべての年代で前者の方が後者より平均金融資産保有額が高く、全世代平均では約100万円の差があったそうです。 この調査結果を「たった100万円」と思ってはいけません。受講経験の有無による保有額の差は、年齢が上がるにつれ拡大しており、全世代平均約100万円の差は、時間の経過でもっと大きな差につながるからです。 金融知識の有無でこれだけの差がつくという点がとても重要なポイントであると共に、そもそも大企業と中小企業では従業員の現役時代の年収に格差があるということも再認識したい点です。 つまり年収によって将来の老齢厚生年金の受取額が増減するという事実と合わせて考えると、給与水準がどうしても大企業に水をあけられてしまう中小企業において、従業員の老後に不足するお金は、相対的に膨らむ可能性が高いということになります。 〇従業員のための「iDeCo+」 経営者の方々とお話をすると、従業員の将来を心配する声をよく伺います。そして「せめて長く働いた社員には退職金を準備してあげたい」という言葉が続くことが多いです。しかし退職金を準備するには制度導入にコストがかかったり、継続的に経済的な負担が伴ったりと二の足を踏むケースもあります。 実はそんな経営者の想いに応えるのが「iDeCo+(中小事業主掛金納付制度)」という2018年にできた制度です。iDeCo+とは、従業員のiDeCoに会社が掛金をプラスする仕組みです。 以下の3つの要件さえ満たせばどんな会社でも導入ができる「新しい福利厚生制度」です。 会社の掛金は従業員の働くモチベーションをアップさせるための福利厚生制度にも、求人の際のアピールポイントにもなります。 〇社長がiDeCo+に加入すると・・・ iDeCo+を考えるうえで意外と盲点なのが、この制度は社長も利用可能ということです。したがって、まずは社長のケースからこの制度の活用法をご紹介します。 iDeCoの加入状況 社長は現在iDeCoに加入しています。iDeCoは個人型確定拠出年金ですから、個人の老後の備えとして積立てを行っています。毎月の掛金は社長の所得控除となります。 年末調整にてiDeCoの証明書を提出することにより、276,000円が収入から控除されます。社長の所得税率を20%、住民税率を10%とすると、具体的には、1年間で以下の税メリットが受けられるということになります。 65歳まで年収が変わらなければ、税メリットは累計2,070,000円になります。 iDeCo+の導入後 では、会社でiDeCo+を導入したらどうなるのでしょうか。iDeCo+では、会社がiDeCo加入者に対し掛金をプラスして資産づくりを応援します。会社が拠出する掛金は、一般的には、全対象者一律、あるいは勤続年数で区別するといったルールで決定します。 こちらの社長は、従業員分も含めご自身で給与計算をしているので、あまり複雑な仕組みは面倒だと思い、iDeCo+については全対象者に3,000円ずつ会社が掛金を支援することとしました。 〇掛金額の変化 会社が掛金3,000円を出してくれるということは、社長個人の月々の掛金を現状の23,000円から20,000円に減額しなければならないということになります。なぜならば、社長のように厚生年金に加入している方の掛金は、会社の掛金と合わせて23,000円が上限となるからです。 個人の掛金減額により確かに所得控除は減りますが、会社の経費として自分自身に月3,000円拠出できると法人税の圧縮につながりますから、会社の財務上はメリットです。また、この3,000円が仮に役員報酬であれば、法定福利費として報酬の約15%を会社が負担しなければなりませんが、iDeCo+の会社掛金であれば、給与とは認識されず、法定福利費の算定対象とはならないので、その分会社の支出を抑えることができます。 社長個人としても、会社の掛金3,000円は税金がかからないお金であると共に社会保険料の算定対象でもないので、100%自分の老後の資金として積立てが可能です。 〇掛金の流れの変化 社長はこれまでiDeCoの掛金23,000円を毎月自分が指定した金融機関の口座から自動で引き落とされる設定にしていましたが、iDeCo+に変更するにあたり、給与天引きにしなければならなくなります。この際会社として預かるのは、社長本人の積立額である20,000円です。この金額を給与支払の際に、所得税がかからない報酬として処理します。少し手間はかかりますが、これで一切の税金の手続きが終了です。 天引きした20,000円と会社が負担する3,000円を合計した金額が、指定の日に国民年金基金連合会によって会社の口座から引き落とされます。国民年金基金は、その後23,000円を社長のiDeCoとして登録金融機関に振り替えます。 〇iDeCo+の導入と職場の変化 もちろんこのiDeCo+は、社長に限らず、iDeCoに加入している従業員も希望により利用することができます。自分の掛金に会社が支援金をプラスしてくれる「分かりやすいベネフィット」ですから、iDeCoを始めたいという人も増えてくるに違いありません。実はこの「口コミ」効果がiDeCoの更なる普及を目指す厚生労働省のねらうところでもあります。 iDeCo+は、従業員の中でiDeCoに加入している人にのみ、会社が支援金をプラスする仕組みです。法律上iDeCoに加入していない人には会社拠出をする必要はありません。ただし、従業員に対しiDeCoという仕組みの周知徹底はしなければなりませんので、社内に金融機関の方を招いて説明会を行ったり、会社が掛金をプラスして拠出することをアピールしたりします。 このように、中小企業の従業員が大企業との賃金格差を埋めるきっかけにしてほしいというのがこのiDeCo+の目的であると思っていただけると分かりやすいと思います。もちろん、社内で「iDeCo」という言葉が聞かれるようになれば、金融への関心の高まりや、金融教育の場が生まれることにつながるでしょう。 ある会社では、事業主掛金を4,000円と設定しています。iDeCoを始めるにあたり最低掛金は5,000円ですから、従業員はわずか1,000円の自己拠出でiDeCoを利用しながら将来に向けての積立てを開始することができます。その後年に1回掛金は変更できますから、iDeCo+をきっかけに、自ら19,000円拠出し満額iDeCoを活用しているという従業員が大勢いるというお話を伺いました。 従業員の老後の備えが不十分で思ったような老後が送れないというのは会社の責任ではありません。しかし毎日働く場で、社長から「自らの将来を描いていく方法」を手ほどきされ、会社がその制度を整備してくれたら、その従業員の将来は大きく変わるのではないでしょうか。 iDeCo+は導入にあたり、費用は一切かかりません。会社は、iDeCoの掛金のみを負担するだけでそれ以上に金銭的な負担はありません。iDeCoの会社掛金は1,000円以上、22,000円以内で設定します。 全従業員がiDeCo+で将来への積立てを始めることになれば、立派な退職金制度と言えるようになるでしょう。 (了)
2023年11月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.543を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第125回】 「消費税法判例解析講座(その2)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 ハ 帳簿と記録の意義 前述のとおり、消費税法58条は、「事業者・・・は、政令で定めるところにより、帳簿を備え付けてこれにその行つた資産の譲渡等又は課税仕入れ・・・に関する事項を記録し、かつ、当該帳簿を保存しなければならない。〔下線筆者〕」と規定している。ここでは、備え付けた帳簿に必要事項を記録することが要求されているように読むことができる。 この規定振りは、所得税法や法人税法といった所得課税法にみられる規定に近接しているように思われる。例えば、所得税法施行規則56条1項の規定は、まず帳簿書類の備付けを規定している。 その上で、所得税法施行規則57条1項等において、次のように規定するのである。 このような規定振りは法人税法施行規則においても同様である(法規52、54、55等)。 次に、消費税法30条《仕入れに係る消費税額の控除》7項の規定を見ておきたい。 議論のあるところではあるが、この規定は仕入税額控除の要件規定であると論じられることが多い。すなわち、「帳簿」及び「請求書等」を「保存しない場合」には、仕入税額控除の適用がないとの規定振りであるため、ここにいう「帳簿」や「請求書等」の意義が重要な意味を有することになる。 この点について、同法30条8項は、「帳簿」について次のように規定している。 *なお、「請求書等」については、同法30条9項が次のように規定している。 消費税法30条7項及び8項を確認すると、そこに法定された事項の記載されたものを「帳簿」というとする表現が採用されていることが判然とする。 そうであるとすると、文理上、若干の不整合が惹起されはしないであろうか。 すなわち、「帳簿」に関していえば、前述のとおり、消費税法58条は、「帳簿」を備え付けてそこに記載事項を記載することが要求されているように思われるのに対して、同法30条8項は法定事項が記載されたものを「帳簿」と呼ぶという態度を採っているのである。極端にいえば、同項に規定されている内容が記載されていないものは「帳簿」でさえないということになるのではなかろうか。 果たして、消費税法上の「帳簿」とは、必要事項を記載する前のノートのことを指すのであろうか。少なくとも、消費税法58条の規定振りからすれば、「帳簿」に必要事項を記載することが予定されているように思われるのである。 しかしながら、消費税法30条8項によれば、単に白紙のノートのことを「帳簿」というのではなく、法定記載事項が記載されたもののみを「帳簿」と呼ぶことになるから、記帳されたものこそが「帳簿」ということになる。 かように考えると、文理解釈上は、消費税法内部には、❶法定事項記載前のは単なる白紙のノートを「帳簿」として、そこに法定記載事項を記載すべきとする所得課税法的な考え方と、❷法定記載事項を記載したもののみを「帳簿」とする考え方が併存しているようである。 いずれの考え方が正しい理解なのであろうか。また、かような記載振りの併存には如何なる問題が包蔵されているのであろうか。 (続く)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第20回】 「国税通則法46条(~55条)」 -納税の猶予の意義と性格- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法46条(納税の猶予の要件等) 1 納税遅滞回避制度の意義と種類 国税を納付する義務(納税義務)は、その納付すべき税額が確定された場合(税通15条1項、16条参照)、その履行すなわち当該税額の納付及び徴収(同第3章)によって、消滅する。このことは、私法上の債務がその履行によって消滅するのと基本的に同じである。ただし、履行内容・条件の変更については私法と税法とで対応が異なる。すなわち、私法上の債務については、履行内容・条件の変更は、契約自由の原則の下、当事者の合意(これを新たな契約の締結と解するか又は和解(民法695条)と解するかは意思表示の解釈の問題である)によって、原則として自由に行うことができるのに対して、納税義務については、履行内容・条件の変更は、合法性の原則の下、税法上の明文の規定に基づいてのみ許容される(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)87頁、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【38】参照)。 国税通則法第4章第1節(46条以下)は、同法第3章の「国税の納付及び徴収」に関する規定に続き、「納税の猶予」に関する規定を定めている。納税の猶予は、納税義務の履行内容・条件を納税者の有利に変更することを認める納税緩和制度の一環として税法が定める、納税義務の履行遅滞を回避するための制度(以下「納税遅滞回避制度」という)に属する措置である。 納税遅滞回避制度は、「一面において納税者に期限の利益を与えるとともに、反面その徒過をもって督促以降の手続を開始せしめる起点となる」納期限について、延滞税(税通60条)や徴収権の消滅時効(同70条)等の他の制度における効果も含め、「納期限の効果を緩和する措置」とみることができる(以上の引用は志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)551頁、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)2301頁)。 納税の猶予(税通46条以下)は、滞納処分手続の段階における換価の猶予(税徴151条以下)及び滞納処分の停止(同153条)と合わせて「広義の納税の猶予」と呼ぶことができるが(以下では税通46条以下の定める納税の猶予を「狭義の納税の猶予」あるいは単に「納税の猶予」という)、国税通則法や個別税法は、これとは別に納税遅滞回避制度として納期限の延長と延納を定めているので、これらについて以下で簡単に述べておくことにする。 納期限の延長は、納税者側における災害その他やむを得ない理由又は消費税等相当分の売上代金の回収期間の考慮に基づき、認められている(税通11条、法税75条、75条の2、144条の7、144条の8、消税45条の2、51条、酒税30条の6等。清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)263頁、金子・前掲書1013頁、志場ほか共編・前掲書551-553頁、武田監修・前掲書2301-2302頁等参照)。納期限の延長は納税義務の履行期を延長することによって納税遅滞を回避する制度であるが、消費税等の場合は法定納期限(税通2条8号)の延長のみが認められている。 また、所得税、相続税及び贈与税については延納が認められている(所税131条、132条、相税38条1項・3項)。延納は、納税資金の準備に関する納税者側の事情や財政収入の年度間平準化等の財政政策的理由により、認められている(金子・前掲書1014頁、清永・前掲書263頁、志場ほか共編・前掲書553頁、武田監修・前掲書2302頁等参照)。延納に係る期限は法定納期限に含まれないが(税通2条8号後段)、延納に係る期限までは納税遅滞は問題にならないので、利子税(同64条)が課される点を別にすれば、延納の法律効果は具体的納期限の延長のそれと異ならない。 なお、納税遅滞回避制度は、前述のとおり「納期限の効果を緩和する措置」であることから、債権者(国)と債務者(納税義務者)との衡平及び租税徴収の確保の観点から、同制度に属する各措置において税法が担保の提供を定めることが多いが、国税通則法は担保の提供に関する「基本的な事項及び共通的な事項」(1条)として担保の種類(50条)、担保の変更等(51条)、担保の処分(52条、53条)、担保の提供等に関する細目(54条)及び納付委託(55条)を規定している。 2 広義の納税の猶予 前述のとおり、ここでは、納税の猶予(税通46条以下)と換価の猶予(税徴151条以下)及び滞納処分の停止(同153条)とを合わせて「広義の納税の猶予」と呼ぶことにしているが、それらの措置の性格ないし趣旨については次のとおり解説されている(志場ほか共編・前掲書556頁。下線筆者)。 この解説からは、広義の納税の猶予によって租税徴収における個々の納税者の保護と課税の公平の確保との調和を図ろうとする考え方を読み取ることができるが、この考え方は、納税者の生存権(憲法25条の意味での生存権よりも広く「生きる権利」という意味での生存権)と国家の課税権との関係に関する、「生存権という根源的な権利は国家の課税権に優先する」(Paul Kirchhof, Empfielt es sich, das Einkommensteuerrecht zur Beseitigung von Ungleichbehandlung und zur Vereinfachung neu zu ordnen?, Gutachten F für den 57. Deutschen Juristentag, in: Verhandlungen des 57. Deutschen Juristentages, Bd. I Teil F, München 1988, 52. 拙著『税法創造論』(清文社・2022年)65頁[初出・2001年]のほか前掲拙著『税法基本講義』【356】参照)という考え方と基底において通ずるところがあるように思われる。 なお、広義の納税の猶予に関する制度相互間の差異(狭義の納税の猶予と換価の猶予及び滞納処分の停止との差異)について次のような理解(志場ほか共編・前掲書557頁。下線筆者)が示されることがある。 ただ、狭義の納税の猶予が「手続法上の規制」としての性格だけでなく「実定法上の規制」としての性格を併せもつとの理解については、次のような批判(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])G2-G3頁[須貝脩一=高梨克彦執筆])がみられる。その批判の中で納税の猶予制度の沿革も叙述されているので、少し長くなるが関連部分を引用しておこう。 この批判は正当なものと考えられる。確かに、前記の理解は、これに関する前記の引用文のうち第2文及び第3文からすると、国税通則法それ自体が手続法としての性格だけでなく実体法としての性格をも併せもっているという理解に基づくものであるとも解される。しかしながら、国税通則法に関するそのような理解が成り立たないわけではないとしても、そのような理解が妥当する範囲はごく限定されており(税通5条以下、15条1項、57条、72条等参照。なお、国税通則法の「体系的構造」については第1回3参照)、少なくとも納税の猶予(同第4章第1節)が国税の納税義務の確定(同第2章)、国税の納付及び徴収(同第3章)と続く手続の一環として定められていることからすると、前記の理解は妥当なものとはいえないであろう。むしろ、滞納処分の執行の停止が3年間継続すると納税義務が消滅することとされていること等(税徴153条4項・5項)からすると、滞納処分の停止の方が「実体法上の規制」としての性格を併せもつといってもよいのかもしれない。 3 狭義の納税の猶予 国税通則法46条は、①一定の災害により財産につき相当な損失を受けた納税者に対する納期限未到来(被災時)・確定済(申請時)の国税に係る納税の猶予(同条1項)、②一定の災害その他やむを得ない理由に基づき全額一括納付が困難と認められる国税に係る納税の猶予(同条2項)及び確定手続等が遅延し全額一括納付が困難と認められる国税に係る納税の猶予(同条3項)の3種類の納税の猶予(狭義の納税の猶予)を定めている。 上記②の納税の猶予は「通常の納税の猶予」(武田監修・前掲書2336頁)と呼ばれ、また、上記③の納税の猶予と合わせて「一般的な納税の猶予」(志場ほか共編・前掲書575頁)と呼ばれることがあるが、それらは、上記①の納税の猶予がいわば緊急避難的に認められる特別な性格の納税の猶予であることとの対比で、そのように呼ばれるのであろう。上記①の納税の猶予は、そのような特別な性格の故に、前二者と異なり、納税者の納付能力の調査及び担保の提供を要しないこと、猶予に係る期限の延長が原則として(税通11条を除く)認められないこと(ただし、同一の災害につき上記②の納税の猶予を申請することはできる)とされている。 納税の猶予の効果としては、税務署長等は猶予期間中は猶予税額に係る督促及び滞納処分をすることができないこと(税通48条1項)、猶予税額に係る財産の差押えを申請に基づき解除することができること(同条2項)等のほか、延滞税の全部又は一部の免除(同63条1項・3項)、徴収権の時効の不進行(同73条4項)が定められている。 なお、国税通則法上の納税の猶予とは別に、個別税法等により、移転価格税制に係る納税の猶予(租特66条の4の2)、新型コロナウイルス感染症拡大防止措置に起因する減収に係る納税の猶予(新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律3条)、更生計画における租税等の請求権の定めによる納税の猶予(会更169条)等が認められている。 また、同じく「納税の猶予」という文言が用いられているが、納税遅滞回避制度として納税の困難を理由に認められる納税の猶予ではなく、農業・事業承継の円滑化等の一定の政策的理由による「納税の猶予」も認められている(租特70条の4以下)。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第32回】 「個人事業者が令和5年のみで適格請求書発行事業者をやめる場合の取消届出書の提出期限」 税理士 石川 幸恵 【Q】 令和5年10月1日より適格請求書発行事業者となった個人事業者ですが、事情により令和5年のみで適格請求書発行事業者をやめたいと思います。手続きを教えてください。 〔ポイント〕 翌課税期間の初日から登録を取り消そうとするときは、翌課税期間の初日から起算して15日前の日までに「適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書」(以下「取消届出書」)を提出する必要があります。同日が土日祝日の場合でもその翌日に期限が延長されないことに注意してください。 * * * 【A】 翌課税期間の初日から起算して15日前の日である令和5年12月17日(日)までに取消届出書を納税地の所轄税務署長に提出します。郵送の場合は令和5年12月17日(日)の消印があれば、令和5年12月17日(日)に提出したものとなります。 同日の翌日以後の提出の場合、翌々課税期間の初日からの取消しとなります。 適格請求書発行事業者をやめることによって免税事業者となることを検討している場合は、次の(1)、(2)に掲げる適格請求書発行事業者の登録を受けた時期に注意が必要です。 (1) 令和5年10月1日を含む課税期間に適格請求書発行事業者の登録を受けた場合 令和5年12月17日(日)までに取消届出書を提出した場合、令和6年の納税義務は令和4年の課税売上高と令和5年1月~6月の課税売上高(又は給与等支払額)により判定します(相続があった場合(消法10)や本則課税で高額特定資産の仕入れ等を行った場合(消法12の4)等を除きます)。 (2) 令和5年10月1日を含まない課税期間(個人事業者であれば令和6年1月1日以降)に適格請求書発行事業者の登録を受ける場合 免税事業者である個人事業者が令和6年1月1日以降に適格請求書発行事業者の登録を受ける場合、令和6年12月17日(日)までに取消届出書を提出すれば、令和7年から適格請求書発行事業者の登録を取り消すことができます。ただし、適格請求書発行事業者でなくなった令和7年も基準期間における課税売上高等にかかわらず、納税義務が免除されません(インボイスQ&A問7、28年改正法附則44⑤)。 (了)
〈令和5年度税制改正で創設された〉 パーシャルスピンオフ税制のポイント 【第3回】 (最終回) 「事業再編計画認定要件と認定手続き」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 【第1回】では、パーシャルスピンオフ税制創設の背景と制度の概要を、続く【第2回】では、適用要件について解説した。 最終回となる【第3回】では、事業再編計画認定要件と認定手続きについて確認する。 1 事業再編計画認定要件と認定手続き (1) 事業再編計画認定要件 ① 「事業再編計画認定要件」とは 「事業再編計画認定要件」とは、通常の事業再編計画の認定要件に加えて、事業の成長発展が見込まれるものとして経済産業大臣が定める次のいずれかの要件を満たしていることが確認できることとされている(措令39の34の3①六、令5経済産業省告示50、事業再編実施指針四)。 この追加要件は、財務省の「令和5年度 税制改正の解説」によると、事業再編計画の認定の審査において確認することとされている。 ② 通常の事業再編計画の認定要件 通常の事業再編計画の認定要件は以下の通りである。 (出典) 経済産業省「産業競争力強化法における事業再編計画の認定要件と支援措置について」4頁を筆者一部加工 ③ 追加要件を満たしているかを確認するための添付書類 追加要件に関しては、以下のような添付書類が認定申請に必要とされている。 (※1) 主要な事業かどうかの判定は、一義的には収入金額の多寡で判定すべきだが、従業者数や設備規模といった状況も総合勘案して判定することとされている(経済産業省「パーシャルスピンオフに関する税制措置Q&A」)。 (※2) 作成の際に、グロース市場の上場審査で証券会社が新規上場申請会社の成長可能性の確認を行うときにおける記載項目を参照することが推奨されている(経済産業省「パーシャルスピンオフに関する税制措置Q&A」)。 (2) 認定申請 経済産業省のホームページにて認定申請書のフォーマットが公開されており、計画の申請を予定している場合には、要件に合致しているかどうかの確認を含め、事業を所管している省庁に事前相談することが必要と思われる。 認定を受けた計画は、各認定省庁のホームページ等で原則として、ただちに公表されることになるが(※3)、企業秘密に該当する部分については、公表対象外とすることができるため、各認定省庁に相談する必要がある(経済産業省「事業再編Q&A」)。 (※3) 追加要件の添付資料は公表されず、どの要件を満たしたかについてが公表対象となる(経済産業省「パーシャルスピンオフに関する税制措置Q&A」)。 (3) 認定申請の期限 令和5年4月1日から令和6年3月31日までに事業再編計画の認定を受ける必要があるが、期間内に認定を受ければ、スピンオフ実施が令和6年4月1日以降であってもパーシャルスピンオフ税制の適用対象となることとされている(経済産業省「「スピンオフ」の活用に関する手引」Q43)。 なお、パーシャルスピンオフ税制の適用を受けるためには事業再編計画の認定を受ける必要があるが、事業再編計画の認定は、事前相談から認定までに3ヶ月程度要することもあり、余裕をもって所管省庁に相談することが推奨されている(経済産業省「「スピンオフ」の活用に関する手引」Q42)。 2 さいごに 企業会計基準委員会は2023年10月6日に「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針(案)」等を公表し、パーシャルスピンオフ税制を適用する場合の会計処理についても、資本関係を解消するスピンオフと同様に、配当財産の時価ではなく、配当財産の適正な帳簿価額をもって、その他資本剰余金又はその他利益剰余金(繰越利益剰余金)を減額すること等を提案している(意見募集期間は2023年12月6日までである)。 また、本税制の適用期限は令和6年3月31日までとなっており時限的な措置とされているが、経済産業省の令和6年度税制改正要望においてパーシャルスピンオフ税制の恒久化が望まれているため、今後の動向についても注視する必要がある。 (連載了)