開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第3回】 「収益認識に関する注記②」 -収益を理解するための基礎となる情報- 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における収益認識に関する注記のうち「収益を理解するための基礎となる情報」について、何を記載すればいいか教えてください。 Answer 連結注記表・個別注記表ともに、いわゆる5ステップに関する事項を注記することが求められます。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2021年3月9日)によれば、連結注記表、個別注記表どちらも会計方針に関する注記を参照するような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】 2 注記事項の解説 (1) 注記事項の全体像 まずは【第2回】で説明した内容のおさらいです。 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき注記事項は次のとおりです(会社計算規則第115条の2第1項)。 (※) 連結計算書類を作成する株式会社は、個別注記表において注記を要しません。なお、連結計算書類の作成義務のある株式会社(会社法第444条第3項の株式会社)以外の株式会社は、連結計算書類を作成していなくても個別注記表において注記を省略できます。 (2) 個々の注記事項の解説 上記(1)の②では、次のような事項を注記して、収益を理解するための基礎となる情報を提供することが求められます。 (「収益認識に関する会計基準」第80-12項より抜粋) それぞれの項目で記載する内容は、例えば、次のようなものがあります。 (注) 会計基準では(1)~(5)で記載した事項以外にも詳細に規定されていますが、ここでは割愛しています。 収益を理解するための基礎となる情報の注記は、会計方針に関する注記の中の「収益及び費用の計上基準」で記載する内容と重複することが多く、注記する内容が同じ場合は、「収益及び費用の計上基準」を参照する旨を記載して具体的な注記を省略することができます(会社計算規則第115条の2第2項)。 実務上、収益認識に関する注記では詳細な記載を省略することが多い印象があります。 [株式会社熊谷組 2022年3月期 連結注記表] ◎会計方針(連結計算書類の作成のための基本となる重要な事項に関する注記等) ◎収益認識に関する注記 ※株式会社熊谷組「第85期定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」4頁及び12頁より抜粋。 会計方針に関する注記の中の「収益及び費用の計上基準」を参照して、具体的な注記の記載は省略する会社が多いですが、次のように詳細に注記している事例も見受けられます。 [橋本総業ホールディングス株式会社 2022年3月期 連結注記表] ◎会計方針(連結計算書類作成のための基本となる重要な事項に関する注記) ◎収益認識に関する注記 ※橋本総業ホールディングス株式会社「第85回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」6頁及び7頁より抜粋。 [アクシアル リテイリング株式会社 2022年3月期 連結注記表] ◎収益認識に関する注記 ※アクシアル リテイリング株式会社「第71期定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」24~26頁より抜粋。 * * * 今回の「収益を理解するための基礎となる情報」に関する注記は、基本的に一度作ってしまえば、翌年度以降はほとんど手を加えずに使い続けられるのではないでしょうか。だからこそ、初めは大変ですが、詳細に記載して財務諸表利用者にとっていかに親切な開示に仕上げられるかチャレンジしてもらいたいと思っています。 次回の第4回では、「収益認識に関する注記③-当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報-」をテーマに解説します。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例75】 株式会社アイ・アールジャパンホールディングス 「調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」 (2022.8.30) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社アイ・アールジャパンホールディングス(以下「IRJ」という)が2022年8月30日に開示した「調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」である。同社は、まず2022年6月6日に「調査委員会の設置に関するお知らせ」を開示しているが、最初に次のように記載している。 「『本日の一部報道について』記載のとおり」とあるが、同日に開示された「本日の一部報道について」の本文全文は次のとおりである。 2 何のための調査委員会? IRJの元役員が証券取引等監視委員会の調査対象になったため、調査委員会を設置したとのことだが、開示を読んでも、調査対象となっている同社の元役員が誰なのか、また、どのような嫌疑がかけられているのかもわからない(証券取引等監視委員会による調査なので、インサイダー取引かと思われるが)。 「調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」に添付された調査報告書を読むと、初めてそれらがわかる。元役員は同社前代表取締役副社長・COOである栗尾拓滋氏(以下「栗尾氏」という)であり、嫌疑はやはりインサイダー取引である(調査報告書5頁)。 栗尾氏は、「本日の一部報道について」の少し前に不自然な辞め方をしていた。2022年6月3日に開示された「代表取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」には、「一身上の都合により2022年6月3日をもって代表取締役副社長・COO及び取締役を辞任したい旨の申し出」をして辞任したと記載されていた。 しかし、もともと同氏は、その2週間後の6月17日(定時株主総会開催日)に退任することとされていたのである(2022年5月13日開示「代表取締役及び役員の異動ならびに連結子会社等の役員の異動に関するお知らせ」)。証券取引等監視委員会による調査が及ぶことがわかって、辞任したのだろうか。 3 業績予想の修正に関する開示の遅延? 栗尾氏は、2022年3月30日から同年6月28日までの間に、所有していたIRJ株式の大半を譲渡しているのだが(調査報告書30頁)、どのような情報が公表される前に譲渡したのだろうか。証券取引等監視委員会の調査結果が公表されていないので、本当のところは不明なのだが、調査報告書を読む限り、業績予想の修正が問題とされているようである。 調査報告書では、次のような記載がなされ(調査報告書5頁)、同社の「業績予想値の算出及び公表に係る体制及び実態」も調査対象にされている。そして、調査報告書の半分ほどがそれに関する記載に費やされている。 他の開示事項と異なり、業績予想の修正に関する開示の遅延を認定するのは困難である。調査報告書でも、それを認定することはできないとされている(調査報告書33~34頁)。 ただし、あくまで「認定することはできない」であり、その理由は「適時開示基準を下回る売上高の予想値が算出された事実」が認められなかったからである。「適時開示基準を下回る売上高の予想値が算出された事実」が無いから、開示の遅延も無いとしているわけではない。 そもそも業績予想の修正の要否に関する検討は次のように行われており(調査報告書34頁)、「適時開示基準を下回る売上高の予想値が算出された事実」を確認しようがないのである。 4 IRJにとっての業績予想とは? しかし、2022年3月期の売上高については、2021年12月末の会議において95億4,600万円(予想値120億円に対してマイナス20.45%)という数値が示されていたはずである。それは、「適時開示基準を下回る売上高の予想値が算出された事実」ではないのだろうか(乖離が10%以上だと開示が必要に)。 IRJにおいて、その数値は「見通し」であり、「業績予想値」ではないというのである。これだけでは言葉遊びのようだが、同社では、「見通し」は、皆が認識している案件に基づく数値であり、「業績予想値」は、それ以外の数値、すなわち皆が認識しているわけではない案件に基づく数値を加えたものなのだという(調査報告書23頁)。 「見通し」のほかに「業績予想値」があるものの、その根拠はよくわからないものなのである。同社では、業績予想の修正の要否は取締役会で検討するとされているものの(調査報告書20頁)、「業績予想値」の根拠がわからなければ、その修正の要否を検討することなどできないはずである。 実際にはどのように検討されていたのだろうか。上述のとおり、それを確認することはできないのだが、次のような形だったという(調査報告書24頁)。「寺下氏」とは、同社代表取締役社長の寺下史郎氏である。なお、同氏は、2022年3月31日現在、同社株式を50.97%所有している(第8期有価証券報告書)。 5 そもそも業績予想の修正を開示できる体制? IRJの「業績予想値」とは、寺下氏以外の同社関係者には根拠がよくわからない漠然とした数値であり、その修正の要否に関する検討過程も、確認のしようがないものである。 さらに、調査報告書によると、同社は売上高の予想値の修正の要否については、一応検討されていたようなのだが(確認のしようがないが)、利益の予想値の修正の要否については検討がなされる体制になっていなかったようなのである。売上高の予想値の修正に関する開示が不要でも(乖離が10%未満ならば不要)、利益の予想値の修正に関する開示が必要になることはあり得る(乖離が30%以上ならば必要)。 2021年3月期と2022年3月期の業績予想について、寺下氏により修正が必要と判断されてから、その開示が行われるまで、いずれも2週間ほどかかっているのだが、その理由は、「修正の開示を行う数値のうち、売上高のみならず当期純利益の数値の正確を期するため」とされている(調査報告書25頁、同30頁)。 2022年5月13日に開示された「2022年3月期決算短信〔日本基準〕(連結)」では、次のように記載され、2023年3月期の業績予想は掲載されていない。「算定が可能となった時点で速やかに開示」とされているが、現在の開示体制のままならば、ずっと開示しない方がいいのではないだろうか。 (了)
《速報解説》 倫理規則の改正のうち非保証業務等に関する項目について、 適用上の留意点や具体的な適用方法の例示を示したQ&Aの公開草案を 会計士協会が公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年9月20日、日本公認会計士協会は、「倫理規則実務ガイダンス「倫理規則に関するQ&A」(非保証業務等に関する項目)(公開草案)」を公表し、意見募集を行っている。 公開草案は、改正倫理規則の規定のうち、非保証業務等に関する項目を対象とするものである。非保証業務以外に関する項目については、「倫理規則実務ガイダンス「倫理規則に関するQ&A」(非保証業務以外の項目)の仮公表」が行われている。本公開草案を確定する際には、両者を一体の『倫理規則実務ガイダンス「倫理規則に関するQ&A」』として12月頃に公表する予定とのことである。 公開草案は、2022年7月25日開催の日本公認会計士協会の定期総会において承認された倫理規則の改正のうち非保証業務等に関する項目について、適用上の留意点や具体的な適用方法の例示を実務上の参考として示すためのものである。 意見募集期間は2022年10月20日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 実務ガイダンスの位置付け 実務ガイダンスの公表に伴い、現行の「職業倫理に関する解釈指針」は廃止する予定である。 実務ガイダンスは、倫理規則の適用上の留意点や具体的な適用方法の例示を実務上の参考として示すものである。 会則第48条に基づく会員が遵守すべき基準等には該当しない。 Ⅲ 主な内容 倫理規則の内容のうち、監査業務の依頼人に対する非保証業務の提供、提供できる非保証業務の判断などに関して、Q&A形式で記載している。 1 監査業務の依頼人に対する非保証業務の提供 会計事務所等が、監査業務の依頼人に対して非保証業務の提供の可否等を判断するには、倫理規則第600.6 A1項から第600.27 A1項までの要求事項及び適用指針に準拠して、非保証業務の提供の可否等を判断する。 2 非保証業務に関連する法令等 監査業務の依頼人に対する非保証業務の提供に関連して、我が国における法令等が倫理規則セクション600の規定とは異なっている場合又はセクション600の規定の範囲を超えて定められている場合には、当該非保証業務を提供する会計事務所等は、それらの相違を把握し、最も厳格な規定を遵守する必要がある(倫理規則第600.6 A1項)。 公認会計士法施行規則第6条で同時提供が禁止されている非監査証明業務は、倫理規則においても禁止される。 3 阻害要因の識別及び評価 会計事務所等は、監査業務の依頼人が社会的影響度の高い事業体に該当するか否かにかかわらず、概念的枠組みを適用しなければならない(倫理規則R600.8項)。 倫理規則では、概念的枠組みに関する包括的な規定が適用されることを強調している。 例えば、監査業務の依頼人に対する非保証業務の提供により生じる阻害要因を許容可能な水準にまで軽減するためにセーフガードを適用できない場合もある。 そのような状況では、会計事務所等又はネットワーク・ファームは、概念的枠組みの適用により、次のいずれかを行うことが求められる(倫理規則第600.18 A4項)。 4 財務諸表における重要性 会計事務所等又はネットワーク・ファームは、財務諸表にとって重要ではないと判断した場合であっても、倫理規則R600.14項(2)のリスクの有無の評価を行うことが求められる。 倫理規則R600.14項に基づき、非保証業務の提供により独立性に対する自己レビューという阻害要因が生じる可能性があるかどうか、及び倫理規則R600.16項に基づき自己レビューという阻害要因が生じる可能性があるため非保証業務の提供が禁止されるかどうかを判断する際に、重要性は関連しない。 5 社会的影響度の高い事業体ではない監査業務の依頼人に対する助言及び提言 社会的影響度の高い事業体ではない監査業務の依頼人に対する助言及び提言の提供の可否は状況による。 6 非保証業務に関する監査役等とのコミュニケーション 会計事務所等は、監査業務の依頼人及びその関連事業体に対して非保証業務を提供する前に、社会的影響度の高い事業体である監査業務の依頼人の監査役等から了解を得る必要がある。 倫理規則R600.21項からR600.23項までは、会計事務所等又はネットワーク・ファームが、社会的影響度の高い事業体がその一部を形成する企業グループ内の事業体に対して、会計事務所等の独立性に対する阻害要因を生じさせる可能性のある非保証業務を提供する前に、会計事務所等が、社会的影響度の高い事業体の監査役等とコミュニケーションを行うことを求めている。 事業体が様々なコーポレート・ガバナンスの構造を有することを考慮し、非保証業務を提供する前に監査役等の了解を得るという要求事項の遵守を促進するため、倫理規則は、社会的影響度の高い事業体である監査業務の依頼人の監査役等との間で、会計事務所等がいつ、誰に対してコミュニケーションを行うかというプロセスについて合意するに当たって、柔軟性を認めている(倫理規則第600.20 A2項)。 7 監査業務受嘱前に提供した非保証業務 会計事務所等は、監査人として選任される前に社会的影響度の高い事業体である監査業務の依頼人に対して非保証業務を提供したことがある場合、倫理規則R400.32項に定められている事項を満たす場合を除いて、監査人としての選任を受諾することはできないと考えられる。 8 国際財務報告基準(IFRS)の導入支援業務 会計事務所等又はネットワーク・ファームは、社会的影響度の高い事業体である監査業務の依頼人に対して、国際財務報告基準(IFRS)の導入支援業務を一律に提供できないのかどうかについては、多くの場合は提供できないと考えられるが、業務の段階に応じて、依頼人との役割分担等を踏まえた業務の詳細な内容から阻害要因を識別及び評価した結果、自己レビューという阻害要因が生じる可能性がないと判断する場合は、その範囲内で業務を提供することは可能と考えられる。図表を用いて具体的に記載されている。 9 コーポレート・ファイナンスに関する業務 監査業務の依頼人が発行する株式、債券又はその他の金融商品への投資に関する助言を第三者に提供することが禁止されているのは、会計事務所等又はネットワーク・ファームが、監査業務の依頼人に対する投資のメリットを推奨又は助言した場合、利益相反が生じ、その状況が客観性の原則を阻害することになるためである。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 会計士協会、非保証業務以外の項目に関する 「倫理規則に関するQ&A」を仮公表 ~守秘義務や違法行為又はその疑いに気付いた場合の対応等について記載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年9月20日(ホームページ掲載日)、日本公認会計士協会は、「倫理規則実務ガイダンス「倫理規則に関するQ&A」(非保証業務以外の項目)の仮公表」を行った。 実務ガイダンスは、改正倫理規則の規定のうち、非保証業務以外に関する項目を対象とするものであり、別途公開草案を公表している「倫理規則実務ガイダンス「倫理規則に関するQ&A」(非保証業務等に関する項目)」の確定を待ち、2022年12月頃に一体として確定版を公表する予定であるので、仮公表とされている。 実務ガイダンスの公開草案については、2022年5月2日から意見募集されていた。公開草案に対するコメントの概要及び対応も公表されている。 これは、2022年7月25日開催の日本公認会計士協会の定期総会において承認された改正倫理規則の適用上の留意点や具体的な適用方法の例示を実務上の参考として示すためのものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 実務ガイダンスの位置付け 実務ガイダンスの公表に伴い、現行の「職業倫理に関する解釈指針」は廃止する予定である。 実務ガイダンスは、倫理規則の適用上の留意点や具体的な適用方法の例示を実務上の参考として示すものである。 会則第48条に基づく会員が遵守すべき基準等には該当しない。 Ⅲ 主な内容 倫理規則の内容のうち、守秘義務、職業的専門家としての行動などに関して、Q&A形式で記載している。 1 守秘義務 守秘義務が解除される正当な理由があると考えられる状況は、倫理規則第114.1A1項(1)から(3)までの下に個別に列挙された事情((1)から(3)までの下に規定されている①・②・③・④の事情)に限られるものではないと解することが適切である。 2 勧誘 倫理規則に規定されている「勧誘」には、贈答及び接待が含まれる。 3 違法行為又はその疑いに気付いた場合の対応 監査業務の過程以外の状況において気付いた依頼人の違法行為又はその疑いでも、当該事項に明らかに重要性がないと判断される場合を除いて、倫理規則セクション360 に従った対応が求められ、依頼人の適切な階層の経営者(適切な場合には監査役等)と協議する必要がある。 4 報酬 会計事務所等は、監査業務の依頼人から受領した報酬によって生じる阻害要因の水準を評価するために、職業的専門家としての判断に基づいて、評価の時期と状況に応じて、報酬見積提示額、報酬請求額又は報酬受領額を検討することができる。 実務において報酬に関する取決めや支払方法は多様であるため、倫理規則は、例えば、会計事務所等が独立性に対する阻害要因を識別、評価及び対処するに当たり、報酬見積提示額、報酬請求額又は報酬受領額を検討すべきかどうかについて明示的に特定する等、会計事務所等が報酬及びその他の対価をどのように判断すべきかについての詳細な定めは設けていない。 5 報酬関連情報に関する監査役等とのコミュニケーション 倫理規則R410.23項等において、社会的影響度の高い事業体に対する監査業務では、監査業務の依頼人の監査役等に対する報酬関連情報のコミュニケーションの実施が求められている。 コミュニケーションを行うべき相手先は、依頼人の監査役等のほか、監査役等以外のガバナンスに責任を有する者が含まれる場合がある。 6 社会的影響度の高い事業体の監査業務における報酬関連情報の開示 報酬関連情報の開示に関しては、我が国においては、有価証券報告書等において法令等に基づく一定の報酬関連情報の開示が行われている。 ただし、法令等と倫理規則とでは、両者が求める報酬関連情報の開示の範囲が異なることがある。実務ガイダンスでは、報酬関連情報に関して、「有価証券報告書における開示」、「事業報告における開示」について詳細に記載している。 法令等により、倫理規則で求められる報酬関連情報の開示が社会的影響度の高い事業体である監査業務の依頼人に求められていない場合、会計事務所等は、監査役等と協議しなければならない(倫理規則R410.30項)。 監査役等との協議により、依頼人又は会計事務所等が開示を行うことになるが、当該報酬関連情報を開示する方法が依頼人ごとに異なる場合、利害関係者の利便性を損なうおそれがあるため、基本的には、会計事務所等が監査報告書において倫理規則で求められる報酬関連情報全体の開示を行うことが適切と考えられる。 監査役等との協議の結果、依頼人が開示を行う場合は、有価証券報告書又は事業報告において開示されることになると考えられる。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年9月15日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.486を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第107回】 「各府省庁の「令和5年度税制改正要望」を概観する」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 令和5年度の予算編成に向けた各省庁の概算要求が8月31日、締め切られ、岸田文雄総理が就任して初めてとなる今回の概算要求は、一般会計の総額が110兆円規模となった。 予算要求と併せて、各府省庁から令和5年度税制改正要望も出揃った。 今回の要望項目数は、単純合計で、国税207項目、地方税207項目、重複排除ベースで、国税139項目、地方税137項目であった。なお、廃止・縮減項目数は単純合計ベースで国税1項目、地方税5項目、重複排除ベースで国税1項目、地方税4項目であった。平成26年度改正以降の要望項目数、廃止・縮減項目数の推移は下記のとおりである。 ※ ( )は重複排除ベース 今回、廃止・縮減項目として挙げられた国税の1項目は、国土交通省の「航空機騒音対策事業に係る特定の事業用資産の買換え等の特例措置の縮減」である。また地方税では、経済産業省・内閣府の「熊本地震における被災代替償却資産に係る固定資産税の特例措置の廃止」、厚生労働省の「心身障害者を多数雇用する事業所に対する特例措置の廃止」及び「社会医療法人の認定要件の特例的取扱いの廃止」、農林水産省の「土地改良法の規定による換地計画に基づき創設農用地換地を取得した場合の課税標準の特例措置の廃止」の4項目である。 〇試験研究費の税額控除 今回の要望で多くの省庁が要望しているのが、試験研究費の税額控除制度の拡充・延長である。 6月に内閣官房より公表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(以下、「実行計画」)では、研究開発による社会的収益率は、他社への外部効果により、研究開発を行った企業の私的収益率の2.5倍もの社会全体の収益率をもたらす一方、私企業のみに研究開発を任せると過少投資になりやすいということから、民間の現預金を活用した研究開発投資に対するインセンティブを強化することとされた。具体的には、「オープンイノベーションを更に加速し、研究開発投資全体を押し上げられるよう、民間企業の研究開発投資を促進するための税制の在り方について検討を進める」こととされている。 今回の経済産業省の要望では、「企業が研究開発投資を増加させるインセンティブの更なる向上を図るため、投資インセンティブが効果的に働くよう見直しを行うともに、オープンイノベーションの促進を図るための制度の見直し等を行う」こととされ、例えば、①一般型のインセンティブ強化、②オープンイノベーション型におけるスタートアップ企業の定義の見直し及び控除率の引上げ、③サービス開発の要件の見直し、④一般型の控除率の上乗措置の適用期限の延長(2年間延長(令和6年度末まで))、⑤試験研究費の額が平均売上金額の10%超の場合の上乗措置の適用期限の延長(2年間延長(令和6年度末まで)等である。経済産業省の他、内閣府、総務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、国土交通省、環境省、防衛省、復興庁も要望している。 〇設備投資 設備投資関係では、期限を迎えるDX投資促進税制の拡充・延長を経済産業省と国土交通省が要望している。また中小企業の設備投資を支える税制としては、経営強化税制や中小企業投資促進税制の延長を経済産業省、総務省、厚生労働省、農林水産省、国土交通省が要望している。 また、防衛省は、新規要望として、防衛産業のサイバーセキュリティ体制の強化に資するものとして一定の要件を満たすことについて防衛大臣が認める設備投資を行った場合の税額控除・特別償却を掲げている。 〇スタートアップ税制 上述の「実行計画」では、スタートアップについて、5年で10倍増を視野に、5ヶ年計画を本年末に策定するとともに、司令塔機能を明確化し、重点的に取り組むとされた。また、GPIF等の長期運用資金のベンチャー投資への循環の流れを構築することや、事業化まで時間を要するスタートアップの成長を図るためのストックオプション等の環境整備も盛り込まれ、また、大企業によるスタートアップへの投資や買収によるオープンイノベーションを促進するため、税制等のあり方をこれまでの効果も勘案し再検証することとされている。 経済産業省の要望では、「スタートアップ・エコシステムの抜本強化のために、エコシステムの課題(人材、事業、資金量、出口戦略)に対応した税制措置を検討する」ことが掲げられるとともに、ストックオプションの権利行使期間の延長その他の利便性向上のための所要の措置や、段階的に事業を切り出そうとする企業などが活用できるよう、スピンオフを行う企業に持分を一部残す場合にもスピンオフの実施を円滑化するための所要の措置、国外転出時課税制度における非上場株式を担保とする場合の納税猶予手続きについて、株券によらない担保提供を可能とするための所要の措置、等が掲げられている。内閣府及び経済産業省の要望では、個人によるスタートアップ投資を促進する税制措置の検討も盛り込まれている。 また、金融庁の要望では、スタートアップや事業承継・再生企業等への円滑な資金供給を促す観点から、事業全体を担保に金融機関から成長資金を調達できる制度(事業成長担保制度(仮称))の創設に伴う所要の措置、法人が発行した暗号資産のうち、当該法人以外の者に割り当てられることなく、当該法人が継続して保有しているものを対象とした期末時価評価課税の見直し、等が盛り込まれている。 〇証券税制 金融税制においても、上述の「実行計画」で、「個人金融資産を全世代的に貯蓄から投資にシフトさせるべく、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的な拡充を図る。また、現預金の過半を保有している高齢者に向けて、就業機会確保の努力義務が70歳まで伸びていることに留意し、iDeCo(個人型確定拠出年金)制度の改革やその子供世代が資産形成を行いやすい環境整備等を図る。これらも含めて、新しい資本主義実現会議に検討の場を設け、本年末に総合的な「資産所得倍増プラン」を策定する」とされたことを受け、金融庁の要望では、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的な拡充が掲げられている。 〇贈与税 期限を迎える教育資金一括贈与に係る贈与税の非課税措置の延長は文部科学省及び金融庁が、結婚・子育て資金一括贈与に係る贈与税の非課税措置の延長は内閣府及び金融庁が要望している。 〇車体課税 経済産業省は、自動車関係諸税について、「2050年カーボンニュートラル目標の実現に積極的に貢献するものとするとともに、自動運転をはじめとする技術革新の必要性や保有から利用への変化、モビリティの多様化を受けた利用者の広がり等の自動車を取り巻く環境変化の動向、地域公共交通へのニーズの高まりや上記の環境変化にも対応するためのインフラの維持管理や機能強化の必要性等を踏まえつつ、国・地方を通じた財源を安定的に確保していくことを前提に、受益と負担の関係も含め、その課税のあり方について、中長期的な視点に立って検討を行う」ことを求めるとともに、自動車重量税のエコカー減税や自動車税のグリーン化特例の見直し・延長を求めている。国土交通省も同趣旨の要望である。 (了)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第6回】 「国税通則法5条(~7条の2)」 -国税の納付義務の承継- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法5条(相続による国税の納付義務の承継) 1 はじめに 国税通則法は国税の納付義務の承継を、相続の場合(5条)、法人の合併の場合(6条)、法人(人格のない社団等を含む。3条参照)が人格のない社団等の財産に属する権利義務を包括承継した場合(7条)、信託の受託者の任務終了に伴い新受託者が就任した場合等(7条の2)の私法上の包括承継(民法896条、会社法2条27号・28号、748条、信託法163条等参照)の場合について規定している(ほかに会社更生法232条1項も参照)。 上記の各規定は、包括承認に関する私法上の原則(以下「私法上の包括承認原則」という)の確認規定であると解されることがあるが(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])D152頁[北野弘久・吉良実執筆]参照)、それはどのような意味においてであろうか。今回は、この点を明らかにすることにしたい。 なお、前記の各規定は、国税通則法制定前の国税徴収法(昭和34年法律第147号)27条、29条及び41条1項の各規定を引き継いだものと解されているが(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)731頁、774頁、803頁参照。税通7条の2は平成18年信託法全文改正に伴う平成19年度税制改正で追加されたものである)、この国税徴収法の各規定も次のとおり私法上の包括承認原則の確認規定として解説されていた(吉国二郎ほか『新補改訂 新国税徴収法精解』(大蔵財務協会・1961年)247頁。下線筆者)。 2 私法上の包括承認原則の税法上の妥当範囲 まず、私法上の包括承認原則の、税法における妥当範囲については、次の2通りの見解がある(①は中川=清永編・前掲書D153頁[北野・吉良執筆]、②のうち②-1は清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)202-203頁、②-2は金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)889頁。下線筆者)。 上記①と②の見解は、国税通則法5条以下の前記各規定を例示列挙規定又は限定列挙規定のいずれとみるか(私法上の包括承継原則の妥当性を前記規定の範囲外でも認めるか又はその範囲内でのみ認めるか)の点では、立場を異にしているように思われる。すなわち、②が限定列挙規定説の立場に立つことは明らかであるが、①は、私法上の包括承継原則について「税法上の特段の規定を待たずに」「承継を否定する積極的規定がない限り」税法における同原則の妥当性を認めるものと解されるので、例示列挙規定説の立場に立つように思われるのである。 この違いに着目して前記①と②を比較してみると、課税要件法定主義の要請だけでなく、国税通則法は私法上の原則の妥当性を認める場合には少なくとも準用規定(8条、42条、72条3項等)を定めていることをも勘案すれば、前記②の見解が妥当であると考えられる(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【101】も参照)。国税通則法5条以下の前記各規定が同法制定前の国税徴収法の前記各規定を引き継いだものであり、これに関する前記の解説が基本的には前記②と同様の見解を述べていたという経緯に照らしても、前記②の見解の方が妥当であろう。 これに付言すると、前記②の見解は、①の見解と同じく国税通則法5条以下の前記各規定を私法上の包括承継原則の確認規定と解しつつ、他方で、同原則の妥当範囲を前記各規定に限定するという意味では、創設規定と解するものといえる。 なお、前記①の見解の中で述べられている被合併法人の欠損金の合併法人への承継の可否については、最判昭和43年5月2日民集22巻5号1067頁は次のとおり判示して(下線筆者)これを否定したが、これは、被合併法人の欠損金が私法上の包括承継の対象となり得ないことを前提とする点で、前記①の見解とは前提を異にする判断であると解される。 3 国税の「納税義務」の承継と「納付義務」の承継 次に、国税通則法5条以下の前記各規定は、上記2で述べた意味(限定列挙規定)とは異なる意味においても、創設規定であると解される。それは、租税実体法上の(成立した)納税義務の承継だけでなく、これの確定及び履行に係る租税手続法上の義務ないし地位の承継をも認めるという意味においてである。 前記②-1の見解は、納税義務の承継の効果として、次のとおり、承継人は承継した納税義務者としての地位に基づき「当然」租税手続法上の義務ないし地位を承継すると説いている(清永・前掲書204頁。下線筆者。金子・前掲書890頁も参照)。 この説明によれば、国税通則法5条以下の前記各規定は、租税実体法上の(成立した)納税義務の承継についてだけでなく、これの確定及び履行に係る租税手続法上の義務ないし地位の承継についても、確認規定であるということになりそうであるが、ただ、税制調査会『国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)』(昭和36年7月)12-13頁は「申告義務の承継等」と題して「相続開始又は法人合併の場合における納税義務の承継について現在国税徴収法等に規定があるが、申告義務の承継について明らかにされていないので、これらを統一的に明らかに規定するものとする。」(下線筆者)と述べたことについて、同『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』(同)65頁は次のとおり説明している(下線筆者)。 上記の答申及びその説明によれば、「納税義務の承継」と「申告義務の承継」とは別建てで捉えられており、したがって、前者が「当然」後者に連動・帰結するとは考えられていなかったように思われる。そうすると、国税通則法5条以下の前記各規定は、租税実体法上の(成立した)納税義務の承継については確認規定であるとしても、これの確定及び履行に係る租税手続法上の義務ないし地位の承継についてまで確認規定であると解することはできないということになりそうであるが、この点についてはどのように考えればよいのであろうか。 この点について検討するに当たっては、国税通則法5条以下の前記各規定の条文見出しに「国税の納付義務」という文言が用いられていることが重要な意味をもつように思われる。それらの規定の法文では「国税を納める義務」という文言が用いられているが、これは、「(相続人の承継する)国税を納付する責め」(税通5条1項後段、同条3項)とは区別して用いられている。後者は一般に「納付責任」と呼ばれるが、これは、民法の限定承認(922条以下)の趣旨を尊重して定められた「一種の物的有限責任」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)183頁)であれ、「もともと被相続人の全財産を引当てとし、そのいずれに対しても滞納処分をすることができたのに,相続の開始によってこの引当財産が切り離され、資力のない相続人に相続されたために被相続人の国税の徴収が困難になることを防止しようとするもの」(同175頁)であれ、いずれにせよ租税手続法上の責任である(前掲拙著【103】参照)。 すなわち、国税通則法5条以下の前記各規定が法文で用いている「国税を納める義務」を条文見出しでは「国税の納付義務」と表記したのは、これに申告義務を始めとする租税手続法上の義務ないし地位を含めるためであると解することができるように思われる。国税通則法15条1項は、納税義務の成立という租税実体法上の事項について法文では「国税を納付する義務」という文言を用いながらその略称を「納税義務」とする旨を定めていることをも併せ考慮すると、国税通則法は、「国税を納める義務」ないし「国税を納付する義務」について租税実体法の場面では「納税義務」、租税手続法の場面では「納付義務」として文言の使い分けをしていると解される。 そうすると、国税通則法5条以下の前記各規定は、租税実体法上の(成立した)納税義務の承継については確認規定であるが、同時に、これが「当然」租税手続法上の義務ないし地位の承継に連動・帰結することを創設的に定める規定でもあると解される。つまり、それらの規定は、「国税を納める義務」について「納税義務」ではなく「納付義務」という文言を用いてその承継を定めることによって、㋐被承継人に「課されるべき」国税すなわち納税義務が成立しているがまだ確定されていない国税に係る納税義務の承継について私法上の包括承継原則を確認的に定めるとともに、㋑その国税及び被承継人が「納付し、若しくは徴収されるべき」国税の納税義務・徴収義務に係る租税手続法上の義務ないし地位を「当然」承継することを創設的に定める規定でもあると解されるのである。ここでいう「当然」は、特別な明文の規定なしに一般的に、という意味である。 もっとも、現行法上も、納税義務の承継を前提にして、申告義務を始めとする租税手続法上の義務ないし地位の承継が個別的に定められることがある(所税124条、125条、129条、141条、152条、相税27条2項、28条2項、29条2項、消税45条2項・3項、59条、酒税48条、印税19条等参照)。それらの規定は国税通則法5条以下の前記各規定に優先して適用されるが(税通4条)、そのような個別規定が定められていない例えば法人の合併の場合の法人税については、同法6条の規定により、租税手続法上の義務ないし地位の承継が認められることになる。 4 まとめ 今回は、国税通則法5条以下の前記各規定が私法上の包括承継原則の確認規定であることを承認した上で、そのことは、それらの規定が例示列挙規定であること(国税通則法が同原則の妥当性をそれらの規定の範囲外でも認めること)や租税実体法上の(成立した)納税義務の承継だけでなくこれの確定及び履行に係る租税手続法上の義務ないし地位の承継をも認めることまで意味するものではないということを明らかにした。 それらの規定は、私法上の包括承継原則の、税法における妥当性を確認的に規定するとともに、その妥当範囲をそれらの規定する場合に限定するという意味で創設規定であり、かつ、承継人が同原則に基づき租税実体法上の(成立した)納税義務を承継することを確認的に規定するとともに、承継人が承継した納税義務者としての地位に基づき「当然」租税手続法上の義務ないし地位を承継することを創設的に規定するものでもある、と考えるところである。 (了)
〔令和4年度税制改正における〕 賃上げ促進税制の抜本的見直しについて 【第1回】 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 令和4年度の税制改正によって、従来の「人材確保等促進税制」が「賃上げ促進税制」に抜本改正された。また、従来の「中小企業向け所得拡大促進税制」についても、この「賃上げ促進税制」に統合される形で整理されている。 新たに適用される「賃上げ促進税制」は、令和2年度まで適用されていた「賃上げ・投資促進税制」と制度設計は類似しているものの、適用要件や上乗せ控除のための要件の見直しが行われているほか、給与等支給額については「人材確保等促進税制」の取扱いを踏襲したものになっている点などを鑑みれば、似て非なる新たな制度として認識する必要があろう。 そこで本稿では、令和4年度の税制改正で抜本的に見直された「賃上げ促進税制」について、改正前の税制との変更点に着目しつつ、制度の概要について説明する。 なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり、所属するいかなる団体・企業等の公式見解を表明したものではないのであらかじめ申し添える。 2 令和4年度税制改正の内容 令和3年10月15日、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義を実現するため、内閣に「新しい資本主義実現本部」が設置されることとなった(閣議決定)。この新しい資本主義実現本部の下で、新しい資本主義の実現に向けたビジョンを示し、その具体化を進めるため、「新しい資本主義検討会議」を開催して検討することとされた(※1)。 (※1) 「緊急提言」を含めた会議資料等は、内閣官房ホームページにおいてすべて公開されている。 令和3年11月8日、新しい資本主義検討会議より「緊急提言」が示された。この中では、 などと述べられている。 こうした中で、成長と分配の好循環を早期に起動させ、分配政策として持続的かつ積極的に賃上げを進める観点から、本税制について抜本的に強化することとされた(※2)。 (※2) 財務省「令和4年度 税制改正の解説」423頁「2 改正の趣旨」参照。 大企業向けの措置については、従来の「人材確保等促進税制」を改組し、一人一人の積極的な賃上げを促す観点から、継続雇用者に対する給与等支給額の増加(改正前:新規雇用者給与等支給額の増加)が要件とされた(措法42の12の5①)。また、一定規模以上の法人については、株主だけでなく従業員、取引先などの多様なステークホルダーへの還元を促進する観点から、持続的な賃上げなどマルチステークホルダーに配慮した経営への取組を宣言することも適用要件に追加された。なお、教育訓練費の額の増加による上乗せ控除の措置は引き続き講ずることとされた。 また、中小企業者等向けの措置については、適用要件に変更はないものの、一人一人の賃上げに加え、雇用を拡大することによる給与等の支給額の増加に対するインセンティブとしても機能するよう、税額控除割合の上乗せ措置が拡充された(措法42の12の5②)。 3 適用要件 改正後の「賃上げ促進税制」の適用要件は下表のとおりである(措法42の12の5①②)。 (1) 賃上げの要件 大企業向けの制度では、ふたたび「継続雇用者給与等支給額」の増加が適用要件とされることになったが、令和2年度までの「賃上げ・投資促進税制」における「継続雇用者給与等支給額」とは異なり、「雇用安定助成金額」についての調整が必要とされているので留意する必要がある。 「賃上げ・投資促進税制」の時代から、給与等支給額の算定上、その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額については控除することとされていたが、令和3年度の税制改正以降、適用要件を判定するために用いる給与等支給額の算定上、「他の者から支払を受ける金額」のうち「雇用安定助成金額」については控除しないこととされた。これがそのまま「賃上げ促進税制」でも踏襲されているということである。 さらに、一定規模以上の法人については、賃上げの方針や下請け事業者その他の取引先との適切な関係の構築の方針などを含めた「マルチステークホルダー方針」を公表することが要件として追加されている(詳細は次回解説する)。 これに対して中小企業者等向けの制度では、継続雇用者ではなく「雇用者給与等支給額」の増加が適用要件とされているが、これは令和3年度の所得拡大促進税制の取扱いから変更されていない。 (【第2回】に続く)
令和4年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第7回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 (7) 通算内適格合併又は連結内適格合併をした場合の取扱い 資産調整勘定等対応金額(100%分)は、離脱法人を合併法人とする通算内適格合併に係る被合併法人調整勘定対応金額がある場合には、その被合併法人調整勘定対応金額を加算した金額とする。 ここで、通算内適格合併とは、その通算終了事由が生じた時前に行われた適格合併のうち、その適格合併の直前の時において通算親法人との間に通算完全支配関係がある法人を被合併法人及び合併法人とするもの並びに通算親法人との間に通算完全支配関係がある法人のみを被合併法人とする合併で法人を設立するものをいう。 また、被合併法人調整勘定対応金額とは、通算内適格合併に係る被合併法人の株式について、加算措置の適用を受けた場合におけるその適用に係る資産調整勘定等対応金額に相当する金額をいう。 つまり、離脱法人(合併法人)が他の通算子法人(被合併法人)を適格合併した場合に、当該他の通算子法人(被合併法人)では通算終了事由が生じ、当該他の通算子法人の株式について投資簿価修正が行われるが、その時に当該他の通算子法人の株式について加算措置が適用されている場合、その加算された被合併法人の株式に係る資産調整勘定等対応金額について、合併法人である離脱法人が加算措置を適用する場合に引き継ぐ(その離脱法人の株式に係る資産調整勘定等対応金額に加算する)こととなる。 〈図表15〉 通算内適格合併をした場合の取扱い ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 また、連結納税制度からグループ通算制度に移行した通算子法人(移行通算子法人)が連結納税制度の適用期間中に自社を合併法人とした連結内適格合併(令和4年4月1日以後最初に開始する事業年度開始の日以前に行われた連結法人間の適格合併)を行っていた場合は、その連結内適格合併を通算内適格合併とみなして、被合併法人である連結子法人の被合併法人調整勘定対応金額を計算し、その離脱法人の株式に係る資産調整勘定等対応金額に加算することとなる。 この場合、連結親法人であった通算親法人が、令和4年4月1日以後最初に開始する事業年度終了の日までに、この適用を受ける旨その他一定の事項を記載した書類を納税地の所轄税務署長に提出する必要がある(この届出により被合併法人である連結子法人の株式について、連結終了事由が生じた時に加算措置が適用されたものとみなされることとなる)。 また、この適用を受ける場合には、通常の保存書類のほか、そのみなされる被合併法人調整勘定対応金額の計算の基礎となる事項に関する通常の保存書類に準ずる書類を保存しておくことが必要となる。 〈図表16〉 連結内適格合併をした場合の取扱い ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ここで、被合併法人調整勘定対応金額を引き継ぐこととなる通算内適格合併(連結内適格合併)は、その適格合併の直前の時において通算親法人との間に通算完全支配関係がある法人(連結親法人との間に連結完全支配関係がある法人)間の適格合併となるため、グループ通算制度の開始前又は加入前(連結納税制度の開始前又は加入前)の完全支配関係法人間の適格合併の場合、その適格合併に係る被合併法人調整勘定対応金額が合併法人に引き継がれない。 そのため、例えば、単体納税制度の適用期間中に100%設立子法人(A社)と100%買収子法人(B社)が適格合併をした場合、A社(100%出資)とB社(100%買収)のいずれを合併法人としたかによって、資産調整勘定等対応金額が生じるかどうかが変わってくる。まず、A社を合併法人、B社を被合併法人とした場合、出資は対象外株式となるため、A社では資産調整勘定対応金額等は計算されず、また、単体納税制度の適用期間中の合併であるため、B社の被合併法人調整勘定対応金額はA社に引き継がれない。一方、A社を被合併法人、B社を合併法人とした場合、単体納税制度の適用期間中の合併であるため、A社の被合併法人調整勘定対応金額はB社に引き継がれないが、B社の100%買収による対象株式の取得時の資産調整勘定対応金額等は生じることとなる。 〈図表17〉 単体納税制度の適用期間中に完全支配関係法人間で適格合併をした場合の取扱い(100%出資子法人を合併法人とした場合) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 〈図表18〉 単体納税制度の適用期間中に完全支配関係法人間で適格合併をした場合の取扱い(100%出資子法人を被合併法人とした場合) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (続く)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第42回】 「会社の解散に伴う役員退職給与の支給」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 分掌変更による役員退職給与の支給 法人税法における所得計算において、完全な退職ではない場合に支給した役員退職給与においても、一定の場合には損金算入が認められる。その詳細は【第2回】で詳述した通りであり、役員の分掌変更等を理由に、その役員に対し退職給与を支給した場合には、その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められるのであれば、これを退職給与として取り扱うことができる。その具体例として、法人税基本通達では、取締役から監査役になった場合、一定の要件を充足する限りは退職給与と取り扱うことができる旨が示されている(法基通9-2-32(2))。 ここで、会社が解散する際、これまで取締役であった者が取締役を退任し、新たに清算人に就いたことで役員退職給与を支給した場合において、上記【質問】の通りいずれも法人税法上の「役員」であることに変わりなく(法法2十五)、かつ上記通達にも損金算入の可否は明記されていないため、退職給与の取扱いについて判断に迷うケースもあるかもしれない。 (2) 清算人に係る退職給与の取扱い ここで、所得税の領域を確認すると、所得税基本通達において引き続き勤務する役員又は使用人に対し退職手当等とされるものについて、以下のように例示されている。 したがって、会社が解散し、取締役が清算人となった場合において支払われる退職給与は、所得税法上において退職所得として取り扱われることとなる。 これに対して、法人税法における所得計算に対しては、上記(1)の通り、分掌変更による支給に該当することで損金算入が可能となるが、その判断は、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的な退職と判断できるか否かの実態判断となると思われる。 ここで、国税庁による質疑応答事例「解散後引き続き役員として清算事務に従事する者に支給する退職給与」では、法人が解散した場合において、引き続き清算人として清算事務に従事する旧役員に対しその解散前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与については、法人税法上退職給与として取り扱われる旨が示されている。 当該質疑応答事例は、回答要旨の理由に所得税基本通達との整合性を挙げている他、会社の解散後においては、当該会社が従来の営業行為を全て停止して債権債務の整理等に入ることから職務内容の激変に該当するため、分掌変更の論点に沿うものであることを鑑みた見解であると考えられる。 なお、仮に解散決議後に清算人が引き続き営業行為を行った場合、会社法上「清算人が清算の目的の範囲外の行為をしたときは、効果は会社に帰属しない」のに対し(※)、法人税法上の通則には実質所得者課税の原則が存在するため(法法11条)、税務上、清算中の会社に売上等が帰属すると判断される可能性も完全に否定はできないと思われる。 (※) 江頭憲治郎『株式会社法 第8版』(有斐閣、2021)1048頁。 したがって、少なくとも、解散決議に伴い取締役を退任した際に役員退職給与を支給した会社が、清算中に営業行為を行った場合には、損金算入の是非について疑いの余地があるだろう。 (3) 清算人について言及された裁判例 実際に取締役から清算人となることについて裁判所が言及した事例として、長崎地裁平成21年3月10日判決(税務訴訟資料259号順号11153、TAINS:Z259-11153)がある。 この事例は、取締役を退任し、監査役に就任した者に対して支給した役員退職給与について、退任時の役員報酬額と監査役報酬が同額であったことから、役員退職給与の損金算入の可否について争われた事例であり、納税者の主張が認められた事例である。その中で、裁判所は、課税庁が「会社が解散して取締役が清算人に就任した場合、清算人も役員であるが、その退職金は退職所得に該当するとして取り扱っており・・・、法人の役員である間は、原則として退職給与(退職所得)とならないとの被告(筆者注:国、すなわち課税庁)の立場に一貫性があるか疑問がある」とし、課税庁の主張を退けている。 これを見ると、上記国税庁質疑応答事例と同様、裁判所も所得税法上と法人税法上の取扱いに差異が生じることを適正ではないと判断していると思われる。 これらを総合すると、支給額が過大とされない限り、本件は原則として損金算入が認められると考えられる。しかし、上記の通り、解散の本旨に沿うことは最低限の前提となるだろう。 (4) 税額計算ロジックへの留意 一般的に中小企業は所有と経営が一致するため、取締役を退任して清算人に就いた役員は、株主でもあるケースが多い。この場合において、役員退職給与と清算結了に伴うみなし配当課税双方の税額計算ロジックにも留意したい。なお、この論点は、【第38回】で触れたM&Aにおける役員退職給与と株式譲渡に係る所得税の税率差への留意点と類似する論点である。 すなわち、役員退職給与とみなし配当課税はいずれも累進課税の対象となるものであるが、役員退職給与を含む退職所得は退職所得控除があり、かつ1/2を乗じた上で課税退職所得を算定するという計算ロジックとなっている。加えて、会社の解散決議から清算結了までには時間を要することもあり、役員退職給与の支給と清算結了の帰属年度がずれることもあるため、役員退職給与の支給と株主に帰属するみなし配当を検討するにあたっては、帰属年度や双方の税額計算ロジックの相違に留意したいところである。 (了)