《速報解説》 ふるさと納税に係る総務省告示が改正される ~返礼品の代わりに現金を付与する仕組みへの対応~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 6月23日付で、ふるさと納税に関する総務省告示が改正された。同時に各都道府県及び市町村のふるさと納税担当部長宛に、告示の改正を受け内容が更新された「ふるさと納税に係る指定制度の運用について」が公表された。 当該対応は、ふるさと納税をした人に返礼品の代わりに現金を付与する仕組みを提供する「キャシュふる」(6月8日にサービスを開始し、2日後の10日にサービスを停止)を念頭においたものとみられる。 キャシュふるは、ふるさと納税をした人(寄附者)が、返礼品の代わりに現金を受け取ることができるサービスで、返礼品が不要な寄附者と返礼品が欲しい人をマッチングするプラットフォームを提供する。 具体的には、キャシュふるが寄附者から預かった資金でふるさと納税を代行し、返礼品が欲しい人へ返礼品受領権を販売する。返礼品受領権の販売代金からキャシュふるの手数料が差し引かれ、最終的に寄附額の20%が寄附者へ支払われる仕組みである。 この仕組みに対し、総務省はふるさと納税の本来の趣旨に合っていないものとして、関連する告示の改正等を行った。 ふるさと納税に関しては、平成31年6月1日以降、指定制度が導入されており、総務大臣が、以下の基準に適合した地方団体を寄附金税額控除の特例控除の対象として指定することとされている。 今回の告示の改正により、寄附者から返礼品等の譲渡を受けその対価として金銭の支払をする業者を通じた募集は上記①に該当しないことが明記された。 なお、総務省から公表されている「ふるさと納税に係る指定制度の運用についてのQ&A」も更新されており、地方団体が上述のような業者へ直接委託する場合だけでなく、業者が地方団体名を掲げて寄附金の募集をすることを地方団体が承諾する場合や、返礼品等の対価として現金ではなくポイントその他の金銭に類するものを提供する場合も含まれる(基準に適合しない)ことが示された。 (了)
《速報解説》 令和4年度税制改正に対応し、インボイス通達を国税庁が一部改正 ~届出書の追加、登録申請に関する経過措置、公益法人の特定収入等の規程を整備~ 税理士 石川 幸恵 「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関する取扱通達」はいわゆるインボイス通達であるが、令和4年6月30日、国税庁より一部改正が公表された。 以下では、改正の背景と概要について解説する。 1 今般の改正の背景 令和4年度税制改正における「特定収入がある場合の仕入税額控除の調整規定の整備」に伴うものとして4-11から4-14まで新設、「免税事業者の登録に関する経過措置の見直し(28年改正法附則44④)」に伴うものとして5-1が改正された。さらに、令和2年度税制改正における「消費税の申告期限の延長(消法45の2②)」に伴うものとして2-8が改正された。 2 改正の概要 ここからは通達の順に従って概説する。 (1) 2-8(事業の廃止による登録の失効) 適格請求書発行事業者が事業を廃止した場合、適格請求書発行事業者の登録は効力を失う(新消法57の2⑩二)。 「事業を廃止した場合」とは、「事業廃止届出書」の提出があった場合ほか各種の届出書に「事業を廃止した場合の廃止した日」の記載があった場合を含んでいるが、これらの届出書に「消費税申告期限延長不適用届出書」が追加された。 (2) 4-11(控除対象外仕入れに係る支払対価の額の意義)、4-12(取戻し対象特定収入の判定単位)、4-13(借入金等の返済又は償還のための補助金等の取扱い)、4-14(令第75条第1項第6号ロに規定する文書により控除対象外仕入れに係る支払対価の額の合計額を明らかにしている場合の適用関係) 国又は地方公共団体の特別会計、公共、公益法人等の仕入控除税額については、補助金等の対価性のない収入(特定収入)により賄われる課税仕入れ等に係る税額につき、仕入税額控除の対象から除外する調整計算の規定がある(消法60④、消令75)。 適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れは、本来、仕入税額控除額がないにもかかわらず、現在の調整計算では仕入税額控除の対象から除外する額に含まれてしまうため、結果として、除外が過大となってしまう。 令和4年度税制改正では、事業者が、課税仕入れ等に係る特定収入により適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れを一定程度行い、その特定収入により調整計算の規定の適用を受けた場合において、その適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れの額を国等への報告文書等により明らかにしているときは、一定の方法により計算した金額をその明らかにした課税期間における課税仕入れ等の税額の合計額に加算できることとされた。 (※) 「国・地方公共団体や公共・公益法人等と消費税(令和4年6月版)」の62頁より図表抜粋。 調整計算の具体的な方法は消費税法施行令第75条にあるため、令和4年度税制改正を受けて第75条が改正、追加されている。本改正通達において新設された4-11~4-14の内容はこの消費税法施行令の改正に対応するものである。 (3) 5-1(免税事業者に係る適格請求書発行事業者の登録申請に関する経過措置) 免税事業者に係る適格請求書発行事業者の登録申請に関する経過措置期間の延長に伴う改正であるが、内容自体は28年改正法附則44条4項及び5項の確認となっている。 なお、同法附則44条4項及び5項の改正については、下記拙稿も参照されたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税庁、令和4年度改正に係る「法人税基本通達等の一部改正について」等を公表 ~通算制度への移行に対応し、グループ通算通達は法人税基本通達等へ移管~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 令和4年6月29日に国税庁から令和4年度税制改正に係る「法人税基本通達等の一部改正について(法令解釈通達)」が公表された。また、グループ通算制度への移行に対応するため「「法人の青色申告の承認の取消しについて」の一部改正について(事務運営指針)」等も公表された。 Ⅰ 法人税基本通達等の一部改正について(法令解釈通達) 1 グループ通算制度の見直し (1) グループ通算制度に関する取扱通達(グループ通算通達)の基本通達等への移管 グループ通算制度の施行に伴い「グループ通算制度に関する取扱通達の制定について」(法令解釈通達、以下「グループ通算通達」という)に定める各通達を、法人税基本通達、租税特別措置法関係通達(法人税編)等に移管し、グループ通算通達が廃止されている。 (2) グループ通算制度の投資簿価修正の加算措置 〇 資産調整勘定対応金額等の計算が困難な場合の取扱い(法通2-3-21の4[新設]) その取得後におけるその対象株式の保有割合が低い又はその取得の時期が古いなどの理由により、その取得の時における資産調整勘定対応金額等の計算が困難であると認められる場合において、その取得の時において計算される資産調整勘定対応金額等を0とし、その後に追加取得した対象株式について各追加取得の時における資産調整勘定対応金額等を計算し、その計算の基礎となる事項を記載した書類を保存しているときは、課税上弊害がない限り、加算措置の適用を受けることができることを明らかにしている。 この場合、負債調整勘定対応金額が計算されることが見込まれる場合は、課税上弊害があるため、この取扱いの適用がないことも明らかにしている。 〇 資産調整勘定対応金額等の計算における負債調整勘定の金額の取扱い(法通2-3-21の6[新設]) 資産調整勘定対応金額等の金額の計算上、時価純資産価額の計算の基礎となる負債の額には、退職給与債務引受額及び短期重要債務見込額の金額を含まないことを明らかにしている。 〇 資産調整勘定対応金額等の計算の基礎となる資産及び負債(法通2-3-21の7[新設]) 時価純資産価額の金額の計算上、対象株式を取得した時の直前の月次決算期間又は会計期間の終了の日に当該他の通算法人が有する資産及び負債の同日における価額を基礎として計算している場合には、課税上弊害がない限り、その計算が認められることを明らかにしている。 〇 資産調整勘定対応金額等の計算の基礎となる対象株式の取得価額(法通2-3-21の8[新設]) 資産調整勘定対応金額等の計算の基礎となる対象株式の取得価額は、付随費用を含めて計算し、この場合において、その対象株式の取得の時期が古いなどの理由により、付随費用の把握が困難なときには、その購入の代価をその対象株式の取得価額として資産調整勘定対応金額等を計算することができることを明らかにしている。 (3) 通算法人が1項括弧書適用除外法人又は2項適用除外法人であるかどうかの判定の時期(措通61の4(2)-8[新設]) 通算グループ内のいずれかの通算法人の資本金の額又は出資金の額が100億円を超えるかどうかの判定(接待飲食費の50%の損金算入の可否判定=1項括弧書適用除外法人の判定)は、他の通算法人(その通算法人の適用年度終了の日においてその通算法人との間に通算完全支配関係がある法人に限る)の同日の現況によるのであるが、通算親法人の事業年度の中途において通算承認の効力を失った通算法人のその効力を失った日の前日に終了する事業年度の1項括弧書適用除外法人の判定についても、同様であることが明らかにされている。この取扱いは、通算グループ内の通算法人のすべてが中小法人に該当するかどうかの判定(定額控除限度額の適用可否の判定=2項適用除外法人の判定)についても、同様とすることが明らかにされている。 2 子会社株式簿価減額特例の見直し 〇 対象期間内に利益剰余金の額が増加した場合のその増加額を証する書類(法通2-3-22の6[新設]) 他の法人の対象配当等の額を受ける直前の当該他の法人の利益剰余金の額から当該他の法人のその対象配当等の額に係る決議日等前に最後に終了した事業年度の貸借対照表に計上されている利益剰余金の額を減算した金額を証する書類とは、他の法人の決議日等前に最後に終了した事業年度終了の日現在の利益剰余金の額及び対象配当等の額を受ける直前の時の利益剰余金の額がそれぞれ明らかとなる書類をいうので、当該他の法人のその最後に終了した事業年度の貸借対照表の写しのほか、例えば、当該他の法人の対象期間における利益の額を計算した書類の写しが、これに該当することを明らかにしています。 3 少額の減価償却資産の取得価額の損金算入制度等の見直し 〇 一時的に貸付けの用に供した減価償却資産(法通7-1-11の2、措通67の5-2の2[新設]) 各制度の適用上、法人が減価償却資産を貸付けの用に供したかどうかはその減価償却資産の使用目的、使用状況等を総合勘案して判定されるものであるので、例えば、一時的に貸付けの用に供したような場合において、その貸付けの用に供した事実のみをもって、その減価償却資産が貸付けの用に供したものに該当するとはいえないことを明らかにしている。 〇 主要な事業として行われる貸付けの例示(法通7-1-11の3、措通67の5-2の3[新設]) それぞれ次に定めるような行為は、その主要な事業として行われる貸付け(一括損金算入が制限されない貸付け)に該当することを例示的に明らかにしている。 4 所得拡大促進税制の見直し 〇 常時使用する従業員の範囲(措通42の12の5-1[新設]) ステークホルダー要件が課される資本金の額が10億円以上、かつ、常時使用する従業員の数が1,000人以上である場合において、常時使用する従業員の数は、常用であると日々雇い入れるものであるとを問わず、事務所又は事業所に常時就労している職員、工員等(役員を除く)の総数によって判定することを明らかにしている。この場合において、法人が繁忙期に数ヶ月程度の期間その労務に従事する者を使用するときは、その従事する者の数を「常時使用する従業員の数」に含めることを明らかにしている。 Ⅱ 「法人の青色申告の承認の取消しについて」の一部改正について(事務運営指針) 通算法人の青色申告の承認の取消しについても、グループ通算制度を適用していない場合と同様の取扱基準によることが明らかにされている(7 通算法人等に係る取扱いの適用)。 Ⅲ 「国税通則法第7章の2(国税の調査)等関係通達の制定について」の一部改正について(法令解釈通達) 通算法人では個別申告を行い、各法人が納税義務者となるため、グループ通算制度を適用していない法人と同様の税務調査手続となることから、連結親法人を納税義務者とする連結納税制度の税務調査手続に係る取扱いが削除されるとともに、連結法人の令和4年4月1日前に開始した連結事業年度の連結所得に対する税務調査手続については、改正前の取扱いが適用されることが明らかにされている(第6章 経過措置に関する事項10-5)。 Ⅳ 「法人税の重加算税の取扱いについて」等の一部改正について(事務運営指針) 1 法人税の重加算税の取扱いについて 国税通則法第68条第1項又は第2項に規定する「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し」に該当する不正事実は、その通算法人の行為に係る不正事実をいい、他の通算法人の行為に係る不正事実はこれに該当しないことが明らかにされている(第4 通算法人等に係る取扱いの適用)。 また、「不正事実に基づく所得金額」(重加対象所得)は、その通算法人の行為に係る不正事実に基づく所得金額をいうことが明らかにされている(第4 通算法人等に係る取扱いの適用)。 2 法人税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて 「通算規定に係る金額の計算の基礎とされた他の通算法人の有する金額等が異動したことに伴い、その通算法人に国税通則法第35条第2項の規定により納付すべき税額が生じたこと」は、他の通算法人及びその通算法人のいずれについてもその責めに帰すべき事由のない場合を除いて、国税通則法第65条第4項第1号に規定する正当な理由があると認められる事実に該当しないことが明らかにされている(第4 通算法人等に係る取扱いの適用)。 また、他の通算法人の通算適用事業年度(通算規定を適用した事業年度)に係る調査により、当該他の通算法人に対して、通算規定に係る金額の計算の基礎とされた当該他の通算法人の有する金額等に関する非違事項の指摘等があったことは、原則として、その通算法人の国税通則法第65条第1項又は第5項に規定する「更正があるべきことを予知してされたもの」に該当しないことが明らかにされている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 会計士協会より「倫理規則」の改正案が公表される ~定期総会での承認後に確定を予定、施行は2023.4.1から~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年7月6日、日本公認会計士協会は、「「倫理規則」の改正について(定期総会に付議する予定の改正案)」を公表した。 これは、倫理規則の理解のしやすさを向上させ、その遵守を促進するため、倫理規則の体系及び構成等の見直しを行うとともに、国際会計士連盟(International Federation of Accountants:IFAC)における国際会計士倫理基準審議会(The International Ethics Standards Board for Accountants:IESBA)の倫理規程の改訂を踏まえて、実質的な内容の変更を伴う個別規定の見直しを行うものである。 これにより、2021年11月22日から意見募集されていた公開草案が確定する予定である。公開草案に対するコメントの概要及び対応も公表されている。 倫理規則の改正の確定は、日本公認会計士協会の定期総会での承認が必要となるので、今般公表する倫理規則は定期総会に付議する予定の改正規定案であり、2022年7月25日開催の定期総会の承認後に確定することになる。 以下では、確定前であるが、倫理規則として解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 倫理規則は全文で、245ページあるので、以下では主な内容について解説する。 「倫理規則の改正概要」も公表されている。 別途、「倫理宣言」を公表するとのことである。 1 体系及び構成の見直し 従来の職業倫理の規範体系を見直し、次のものを廃止して「倫理規則」に統合するとともに、「倫理規則」全体の構成の見直しを行っている。 基本原則の遵守及び独立性の保持は倫理規則全体を通じた要求事項であることを強調する規定としている。 会計事務所等所属の会員も、会計事務所等という組織の中においては、当該組織に所属する会員であるので、組織所属の会員に対する規定が適用されることから、次の順番で規定している。 次の改正も行っている。 2 セーフガード 改正前の倫理規則では 、阻害要因を除去又は許容可能な水準にまで軽減するものをセーフガードとしていた。 倫理規則では、阻害要因に対処するための対応策を「阻害要因を許容可能な水準にまで軽減するために講じる対応策」と「阻害要因を生じさせている状況を除去するための対応策」に分け、前者をセーフガードと定義している。 基本原則を遵守するとともに、基本原則の遵守に対する阻害要因を識別、評価及び対処するために、概念的枠組みの要求事項をステップごとに見出しを付して明確にするなど、セーフガードに関する規定について、基本原則の遵守に対する阻害要因との対応関係を明確化している。 3 職業的専門家としての判断の行使 職業的専門家としての判断を行使する際に検討する事項として、次の事項を例示している。 4 勧誘 勧誘の範囲について包括的なフレームワークを規定する。 5 会員に期待される役割及びマインドセット 組織所属の会員を含むすべての会員に対して、概念的枠組みを適用する際に「探求心(inquiring mind)」を持つことを新たに要求している。 「探求心」は、監査等の保証業務を実施する場合に求められる「職業的懐疑心」とは別の概念である。 「探求心を持つ」とは次のことを意味する。 6 審査担当者等の客観性 7 報酬 8 非保証業務 9 違法行為への対応 10 客観性の原則 Ⅲ 適用時期等 「監査基準委員会報告書」や「品質管理基準委員会報告書」などの報告書等については、名称変更が予定されていることから、倫理規則の確定版を公表する際に、当該名称変更を反映する予定である。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年7月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.476を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.114- 「「新しい資本主義」と株式報酬」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 岸田総理の「新しい資本主義」は大きく変質してきた。政権発足当初の認識は、「企業はここ20年間、そこそこ増加した利益を、従業員への分配(賃上げ)には回さず、設備投資も増やさず、結果、内部留保をためてきた。唯一増やしたのは株主の要請に応えた配当だ。このような企業行動を改め、三方良し・ステークホルダー資本主義に転換し、まずは賃上げを増やそう」というものであった。 ところがこのような認識は、アベノミクスをいまだ推し進めようとする安倍元首相周辺の圧力もあり、次第に変遷してきた。本年6月の「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太方針2022)では、アベノミクスの「3本の矢」を進めるとしたうえで、NISAの抜本的拡充、iDeCo制度の改革等による資産所得倍増プランを打ち出すこととなった。資産所得とは配当や株式譲渡益のことなので、結局株主優先に戻ってしまったのである。 つまり、「国民が現預金でため込んでいる貯蓄を株式投資に振り向ければ、企業はそのリスクマネーを活用して成長し配当増加につなげることができる、そうなれば個人の資産所得は倍増する」というストーリーのようだ。企業経営者としては、賃上げなのか配当増加なのか、どちらを優先させるべきか迷ってしまう。 * * * 筆者は、賃上げも行い、資産所得(配当)も増加させるという目標を、矛盾なく行う方法がないわけではないと考えている。それは、従業員に対する還元を、給与に加えて(追加的に)株式報酬というかたちで行うことである。 具体的には、従業員が自社株を積立購入する「従業員持株会制度」の一層の拡充である。従業員の給与や賞与から毎回掛け金を天引きするかたちで自社の株を購入する「ドルコスト平均法」なので、長期的に見れば株価変動リスクは少ない。すでに導入している多くの会社は、毎月の給与と賞与から天引きされた金額に対し数%の奨励金を支給しているので、その拡充を図ることである。会社に利益が出れば配当金が得られ、将来的にはキャピタルゲインも得られるので、従業員にとっては大きなインセンティブになる。 さらには、従業員への報酬として株式を支給することが考えられる。株式報酬制度は、2015年6月から始まった新たなコーポレートガバナンス・コードで「経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである」(原則4-2、補充原則4-2①)として奨励されてきた。まずは役員を対象とし、中長期的な業績と連動する報酬である自社株報酬制度として始まった。今では取締役以外の執行役、さらには幹部従業員にも広がりつつあり、これをさらに拡充していくのである。 退職まで売却できない譲渡制限付き株式を賃上げ分プラスとして受け取れば、従業員の勤労インセンティブも高まるうえ、企業の利益分配の受け手になるので、「賃上げも資産所得増加も」という両立が可能になるのではないか。 さらには、従業員持株会と信託を組み合わせたESOP(Employee Stock Ownership Plan)信託も広がりを見せており、選択肢も広がっている。 * * * 公益社団法人関西経済連合会は「中長期的な税財政の見直しに関する提言 ~持続可能な経済社会実現への責任と、未来を拓く税財政制度に向けて~」(2021年12月6日)の中で、「資産形成等に向けた環境整備」として、「従業員持株制度におけるインカムゲインに対する課税の低税率化などの優遇措置により、企業と個人がともに成長を遂げることで、中間層の所得増にもつながるものと思われる。」と提言している。 このような経済界の提言を受け止める必要がある。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第15回】 「「租税法上の一般原則としての平等原則」と事実認定による否認論」 -財産評価基本通達総則6項事件・最判令和4年4月19日裁判所ウェブサイト- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、税法における要件事実論的解釈の意義と限界について、消費税帳簿等不提示事件に関する最判平成16年12月20日判時1889号42頁を素材にして検討したが、そのⅣ(おわりに)では、同最判に関する調査官解説の説く「対偶」論(髙世三郎「判解」最判解民事篇平成16年度(下)792頁、805頁参照)にみられる「論理則のワナ」を指摘し、関連して同様の指摘を私法上の法律構成による否認論にみられる「経験則のワナ」についても行った。 前回は、「論理則のワナ」を税法の解釈(要件事実論的解釈)について問題にしたが、それは、事実認定も論理則に従って行われる以上、課税要件事実の認定についても問題になり得るものである。いずれにせよ、「論理則のワナ」も「経験則のワナ」も、純粋に論理則あるいは経験則に基づく推論を「装う」が故に、思考の隘路に陥ってしまうことを比喩的かつ批判的に表現しようとしたものである。 このようなことを考慮して、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【55】では、前回(特にⅡ2)取り上げた滝井繁男裁判官の反対意見を参照しながら次のとおり述べた。 上記引用の最後の部分で「私法上の法律構成による否認論」を参照しているが、その参照は、同論について問題にする「経験則のワナ」と要件事実論的解釈について問題にする「論理則のワナ」との関連性を念頭に置いて、行ったものである。 今回は、私法上の法律構成による否認論をより広く事実認定による否認論として捉え(前掲拙著【73】参照)、そこに検討の視座を置いた上で、相続財産の評価に対する「平等原則」の適用により、実質的には事実認定による否認を認めたものとみることができる最判令和4年4月19日裁判所ウェブサイト(以下「本判決」という)について検討し、「経験則のワナ」の新たな一面(「体系化された経験則のワナ」)を明らかにすることにしたい。 Ⅱ 本判決の判旨 本件は、94歳で死亡した被相続人が90歳及び91歳の時に銀行等からの借入金によって購入したマンション(以下「本件各不動産」という)につき、相続人が財産評価基本通達(以下「評価通達」という)の定める評価方法により、その価額を評価して相続税の申告をしたところ、所轄税務署長から本件各不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから別途実施した鑑定による評価額をもって評価すべきである(評価通達6参照)として、更正処分等を受けたため、これらの取消しを求める事案である。 本判決は、まず、相続税法22条の定める「時価」の意義及び評価通達の法的性格について次のとおり判示した(下線筆者。以下「判旨①」という)。 次に、「租税法上の一般原則としての平等原則」の適用との関係で、次のとおり判示して(下線筆者。以下「判旨②」という)、評価通達の定める評価方法の射程を画した。 最後に、次のとおり判示して(下線筆者。以下「判旨③」という)、本件において、判旨②第3文にいう「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があるとして、評価通達の定める評価方法によらずこれによる評価額を上回る価額で評価するという区別取扱いに「合理的な理由がある」と認めた。 Ⅲ 本判決の評価 1 財産評価に関する判例の踏襲(判旨①) 本判決は、まず、判旨①において、相続税法22条にいう「時価」の意義について、従来の判例(最判平成22年7月16日訟月57巻6号1910頁。地方税法341条5号にいう「適正な時価」に関して最判平成15年6月26日民集57巻6号723頁、最判平成25年7月12日民集67巻6号1255頁参照)に従い、「当該財産の客観的な交換価値」と解している(判旨①第1文)。また、評価通達が「国民に対し直接の法的効力を有する」法規でない旨を判示するが(判旨①第2文)、これも確立した判例である(最判昭和33年3月28日民集12巻4号624頁のほか最判令和2年3月24日判タ1478号21頁の宇賀克也裁判官補足意見も参照)。 これらを前提にして、本判決は「相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではな[い]」と判示するが(判旨①第3文)、この判断は、固定資産税において固定資産の登録価格が「適正な時価」を上回ればその登録価格の決定は違法となるとする判例(前掲最判平成15年6月26日、最判平成27年7月12日)が当然前提にしていると解される立場を、相続税の課税においても踏襲したものと解される。 2 判例・通説の平等判断枠組みの「表層的確認」(判旨②第1文及び第2文) 次に、判旨②第1文の主語である「租税法上の一般原則としての平等原則」(本判決はその根拠条文を示していない)が何を意味するかは更に検討を要すると考えるところであるが、その意味については後の4で述べることにして、判旨②の第1文の述語部分及び第2文で述べられていることからすると、「租税法上の一般原則としての平等原則」は、一見したところ(その「表層」においては)、税法学説において租税平等主義あるいは租税公平主義と呼ばれる憲法原則を意味するようにも思われる。 平等原則(憲法14条1項)は、判例・通説によれば、相対的平等の観念に基づき差別(不合理な区別)の禁止あるいは合理的区別の許容の意味に理解され(判例については最大判昭和39年5月27日民集18巻4号676頁、最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁等、学説については長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2) 国民の権利及び義務(1) §§10~24』(有斐閣・2017年)169頁[川岸令和執筆]参照。本稿では、この意味での判断枠組みを「判例・通説の平等判断枠組み」という)、税法の分野では租税平等主義あるいは租税公平主義として次のとおり説かれている(ⓐ=清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)32頁、ⓑ=金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)88頁。前掲拙著【21】も同旨)。 しかも判旨②第2文は、上記ⓐにいう「租税平等主義」のうち「税法の執行上の原則としての租税平等主義」について次のとおり説く見解(清永・前掲書33頁。下線筆者。以下「清永説」という)が採用する判断枠組みを、そのままの形でではないにしても「租税法上の一般原則としての平等原則」の判断枠組みとして、採用したものであると解される。 ここで注意しなければならないのは、清永説はある特定の納税者について特別の事情が「ない」場合に関する判断枠組みを示したものであって、その判断枠組みがある特定の納税者について特別の事情が「ある」場合にもその「裏」(論理学)として妥当する判断枠組みとなり得ることを説くものとは当然にはいえず、また、もし清永説が特別の事情が「ある」場合をも想定しているとしても、「特別の事情」を租税平等主義違反の正当化事由として想定しているといえるかどうか、さらには「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(判旨②第3文)の意味において想定しているとまでいえるかどうかも明らかでない、ということである。 ここでは清永説に関する更なる検討は留保した上で、「特別の事情」をめぐる従来の裁判例をみておくと、特別の事情が「ない」場合については次のⒸの判示(東京地判平成25年12月13日訟月62巻8号1421頁)のように清永説を基本的に採用したものと解される裁判例があり(最判平成22年7月16日訟月57巻6号1910頁も参照)、他方、特別の事情が「ある」場合については次のⓓの判示(大阪高判平成10年4月14日訟月45巻6号1112頁。下線筆者)にみられるようなⒸの「裏」的判断が示されてきた(東京地判平成13年11月2日税資251号順号9018、東京高判平成15年3月25日訟月50巻7号2168頁、大阪高判平成17年5月31日税資255号順号10042、那覇地判平成21年10月28日税資259号順号11301等参照)。 このように上記ⓓの判示は、上記Ⓒの判示とは異なり、租税平等主義を(少なくとも明示的には)援用していないが、判旨②第2文は、上記ⓓと内容的に同様の判示につき「租税法上の一般原則としての平等原則」を援用していることからすると、既に述べたように、そこで引用した清永説の判断枠組みを、そのままの形でではないにしても「租税法上の一般原則としての平等原則」の判断枠組みとして判示したものと解されるのである(なお、木山泰嗣「判例からみる税法解釈第42回 評価通達によらない財産評価と平等原則(最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決・裁判所HP)」税理65巻7号(2022年)120頁、121頁は、特別の事情が「ない」場合に関する従来の裁判例の立場を「特別事情論」と呼び、本判決の立場を「事情法理」と呼んで、両者を区別している)。 この点について若干付言しておくと、そもそも、判例・通説の平等判断枠組みは、「法の下の平等」の意味をめぐる議論が法適用平等説(立法者非拘束説)から法内容平等説(立法者拘束説)、「正確にいえば法内容・適用平等説」(内野正幸『憲法解釈の論点〔第4版〕』(日本評論社・2005年)49頁)へと展開されてきた経緯(長谷部編・前掲書170-171頁[川岸執筆]参照)に鑑みても、法の適用について妥当することに異論はないであろうし、また、次の見解(浦部法穂『憲法学教室〔全訂第2版〕』(日本評論社・2009年)108-109頁)も説くように、「事実状態の違い」によって当該区別取扱いの差別該当性又は合理的区別該当性の判断が左右される以上、平等原則違反を正当化する「合理的な理由」は、事実認定のレベルでも問題になり得るはずである。 そうすると、本判決は、判例・通説の平等判断枠組みの適用を(大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁など多くの判例とは異なり)法内容の平等判断に関してではなく法適用の平等判断に関して(判旨②第1文では「租税法の適用に関し」)確認した点に、その意義と特徴があると考えられる。もっとも、その確認は本判決においては「租税法上の一般原則としての平等原則」のいわば「表層」(判旨②第1文及び第2文参照)でされたものであって、次の3で述べるように、筆者としては、本判決は「租税法上の一般原則としての平等原則」の「深層」(判旨②第3文及び判旨③参照)においては判例・通説の平等判断枠組みを濫用するものであると考えるところである。 3 判例・通説の平等判断枠組みの「深層的濫用」(判旨②第3文及び判旨③) 以上で述べてきたように、本判決は「租税法の適用に関し」判例・通説の平等判断枠組みの適用があることを確認したものと解されるが、そうすると、次に問われるのは、当該区別取扱いの合理性(判旨②第3文にいう「合理的な理由」)の有無である。 本判決は、判旨②第3文において、「合理的な理由」の判断基準を「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」の有無としている。そこで、以下では、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」が何を意味するか、法的三段論法のどのレベルで問題にされているかを検討することにしたい。 まず、判旨③第1文によれば、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということ」が、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」でないことは明らかである。本件各通達評価額にしろ本件各鑑定評価額にしろ、評価方法に違いはあれ、それらは、相続税法22条が定める「時価」という要件(正確にいえば、相続税法が定める課税標準[=各相続人等の課税価格の合計額に対する法定相続分の金額]という課税要件を組成する課税要件要素[Steuertatbestandsmerkmal])に該当する事実(課税要件事実)の認定の結果であるが、そうすると、本判決は、判旨③第1文では、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を事実認定のレベルで問題にしていないことになる。 次に、本判決は、判旨③の第1文に「もっとも」で接続して第2文以下で第1文に対する例外を述べているが、その例外について以下の2つの段階を踏んで判示している。 第1段階においては、判旨③第2文によれば、㋐「これ[=本件購入・借入れ]が行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる」ことから、「上告人らの相続税の負担は著しく軽減されること」が帰結される以上、㋐が「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」であるということになりそうである。㋐は、本件各通達評価額、本件購入・借入れ及び本件被相続人に係る法定相続人の数という各認定事実を相続税法の課税標準規定に当てはめ同法を適用した結果である(法的三段論法における当てはめ・結論のレベル)。 第2段階においては、判旨③第4文によれば、㋑「本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うこと」は、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、「実質的な租税負担の公平」に反することから、㋑をもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があるとされている。㋑は、本件各不動産についての評価通達による評価という事実認定である(法的三段論法における事実認定のレベル)。 このように、本判決は、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を、結局のところ、法的三段論法の当てはめ・結論のレベル(前記㋐)ではなく事実認定のレベル(前記㋑)で問題にしているのであるが、前記の2つの段階を媒介し「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」該当性判断のいわば「転轍機」として用いる論拠として、判旨③第3文では、本件購入・借入れにつき租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を認定している。すなわち、前記㋑の事実認定は、前記㋐の当てはめ・結論を念頭に置き、かつ、その前提となる租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を認定した上で、本件事案のそのようないわば「全体的構図」の中で、行われたもの(正確にいえば、「原審の適法に確定した事実関係等」の中から採用されたもの)とみることができる。 以上のようにみてくると、本判決は、財産評価という事実認定のレベルでは、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を原則として問題としないとしながら、租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減が認められる場合には、例外的に「上記事情があるもの」とした上で、このことをもって、「本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすること」、すなわち、「相続財産の価額の評価の一般的な方法」(判旨②第1文)で「課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実」(同)とされる本件各通達評価額でなく本件各鑑定評価額によること、という区別取扱いにつき「合理的な理由」があることを肯定したと解することができる。 そうすると、本判決は、「実質的な租税負担の公平」の実現という目的論的観点から、これに反する「事情」として、単なる評価額の「大きなかい離」という事実それ自体ではなく、租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減に着目しこれらを伴う評価額の「大きなかい離」という事実を考慮して行った事実認定(目的論的事実認定)を採用し、これによって租税負担軽減の「意図」に基づく租税回避の試みを否認し(租税回避の試みとその否認については前掲拙著【67】【72】のほか清永・前掲書47頁注11も参照)、その上で、このような事実認定による否認を正当化するために判例・通説の平等判断枠組みを援用したものと評価することができよう(山田重將「財産評価基本通達の定めによらない財産の評価について―裁判例における『特別の事情』の検討を中心に―」税大論叢80号(2015年)143頁、210頁による裁判例の類型化を参考にすれば、本判決は「価額乖離型」ではなく「租税回避型」に属するものと評価することができよう)。 事実認定による否認論については、例えば住所国外移転[武富士]事件・最判平成23年2月28日訟月59巻3号864頁が相続税法上の「住所」という要件に該当する事実(課税要件事実)の認定に関し「主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実体が消滅するものではない」と判示するなど、従来、判例は否定的ないし少なくとも消極的な立場に立ってきたと考えられる(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第9回、拙著『租税回避論』(清文社・2014年)第3章第2節第2款[初出・2011年]参照)。前記の評価からすると、本判決は、このような判例の傾向とは一線を画するものであるといえよう。しかし、このことは決して肯定的に評価されるべきではなく、最高裁において財産評価についても事実認定による否認論に関する従来の立場に軌道修正すべきであろう。 そもそも、本件のような事案については、相続開始前3年以内に被相続人が取得した土地等の価額を取得時の価額で評価するいわゆる三年しばり特例(平成8年法律第17号による改正前の措置法69条の4)のような租税回避否認のための立法措置が講じられていれば、裁判所としては、当該措置の解釈適用による法律論で対処することができたであろうが、そのような立法措置が講じられていない法状態の下で、本判決は、「実質的な租税負担の公平」を図るために目的論的事実認定を行った結果、法律論で対処すべき問題を事実認定の問題として処理してはならないという事実認定に関する一般的要請(前掲拙著【75】のほか伊藤滋夫『事実認定の基礎 裁判官による事実判断の構造〔初版〕』(有斐閣・1996年)269-270頁も参照)に反する判断を示したものといわざるを得ない。 そうすると、本判決は、明文の規定がある場合にしか租税回避の否認を許容すべきでないとする租税法律主義の要請を、訴訟における事実認定を通じて、潜脱したものとみることができよう(前掲拙著【75】参照)。本判決がこのような意味での租税法律主義違反を判例・通説の平等判断枠組みの援用によって正当化しようとしたのであれば、その援用は判例・通説の平等判断枠組みの濫用というべきものであろう(関連して、租税法律主義(合法性の原則)と税法の執行上の原則としての租税平等主義との関係に関する私見(「含み公平観」)については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第2回Ⅳ、前掲拙著【81】等参照)。 なお、「通達の公表」は税法における信義則の適用に関する判例(最判昭和62年10月30日訟月34巻4号853頁)のいう「公的見解」の表示に当たるが(前掲・最判令和2年3月24日の宇賀克也裁判官補足意見参照)、本判決が「課税庁がこれ[=評価通達]に従って画一的に評価を行っていること」を「公知の事実」と認めていること(判旨②第2文)からすると、本判決がそのように財産評価の外観を重視する姿勢を示しながらも、本件における「租税法上の一般原則としての平等原則」の適用に関する判断をその「表層」にとどまらずその「深層」にまで及ぼし、判例・通説の平等判断枠組みの濫用に帰着した以上、そこに外観重視の姿勢を破る明確な濫用の意図を読み取ることができるように思われる。 4 「租税法上の一般原則としての平等原則」の意味 以上の検討結果をまとめると、本判決は、「租税法上の一般原則としての平等原則」の「表層」においては判例・通説の平等判断枠組みを確認しながらも、その「深層」においてはその判断枠組みを濫用するものと評価することができる。 このような評価は、「租税法上の一般原則としての平等原則」が外観上・表現上はともかく、真に租税平等主義という客観的な憲法原則を意味するものではなく、少なくとも結論の観点からみれば、「実質より見た現行租税法の基礎原則」としての「公平負担の原則」、その中でも「租税法の解釈適用における公平負担の原則」(田中二郎『租税法〔第3版〕』(有斐閣・1990年)87頁、88頁、89頁)を意味するものである、という理解(前掲拙著【21】参照)に基づく評価であるが、その理解は、「租税法上の一般原則としての平等原則」の適用上「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を「合理的な理由」の判断基準とする判旨②第3文や判旨③の判示内容に照らしても、妥当であろう。 本件の原審・東京高判令和2年6月24日金判1600号36頁は、「相続税法22条の規定もいわゆる租税法の基本原則の一つである租税平等主義を当然の前提としているものと考えられる」という第一審・東京地判令和元年8月27日金判1583号40頁の判示を引用しているが、本判決がこれらとは異なり「いわゆる租税法の基本原則の一つである租税平等主義」ではなく「租税法上の一般原則としての平等原則」という表現を用いたことにも意味があるように思われる。 本判決は、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということ」(判旨③第1文)を認めた上で、このことをもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(判旨②第3文)があるとは判断せず(判旨③第1文)、しかも前記㋐「これ[=本件購入・借入れ]が行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる」こと(判旨③第2文)をもってしても上記「事情」があるとは判断せず、結局のところ、租税負担軽減の「意図」をもって本件購入・借入れをした被相続人及び納税者(判旨③第3文)に対して前記㋑「本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うこと」(判旨③第4文)をもって上記「事情」があると判断した。 しかし、そのような租税回避の試みを否認する明文の根拠が現行法上定められていない以上、また、前記の原審判決が判示するように相続税法22条が「租税平等主義を当然の前提としている」としても、同条がそのような租税回避の試みを否認するような時価評価の取扱いを定めているとは解されない以上、憲法14条1項の租税の領域での現れである租税平等主義からは、前記㋑をもって前記「事情」があるとする判断は導き出すことはできないと考えられる。したがって、「租税法上の一般原則としての平等原則」が租税平等主義を意味するとは解されない。そもそも、本判決は「租税法上の一般原則としての平等原則」についてその根拠条文を示しておらず、憲法14条1項に言及すらしていないのである。 これに対して、前記の「租税法の解釈適用における公平負担の原則」は、租税回避の否認につき否認規定不要説の根拠として援用されるなど実質主義の「真骨頂」(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第20回Ⅲ参照)を示すものであり、論理構成の点では異なるものの、結論の点では、租税回避の試みの否認に関して事実認定による否認論と同じ結果に帰着するものである(同第8回Ⅲ参照)から、「租税法上の一般原則としての平等原則」は実質的には上記の「公平負担の原則」を意味するものと解されるのである。 Ⅳ おわりに 今回は、相続財産の評価を事実認定として捉え、本判決を実質的には事実認定による否認を認めたものとして批判的に検討したが、出発点とした財産評価の捉え方に対しては疑問をもつ向きもあるかもしれない。しかし、そのような疑問は、「経験則のワナ」とりわけ「体系化された経験則のワナ」に起因しているように思われる(なお、民事裁判における「経験則の体系化」については伊藤・前掲書88頁以下、同〔改訂版〕(有斐閣・2020年)85頁以下参照)。 相続財産の評価は、前記Ⅲの3で述べたように、相続税法22条が定める「時価」という要件(正確にいえば課税標準の課税要件要素)に該当する事実(課税要件事実)を認定する行為であり、法的三段論法においては事実認定に該当する。 事実認定においては経験則が極めて重要な意味をもつが、経験則とは「経験から帰納された事物に関する知識や法則」をいい、「経験則には、日常生活の常識的な思惟(しい)法則から科学上の極めて専門的な知識・法則に至るまでのものがあるが、専門的な経験則のときは鑑定でそれを確かめる必要がある。」とされる(高橋和之ほか編集代表『法律学小辞典〔第5版〕』(有斐閣・2016年)296頁)。 経験則はそもそも「事実そのものと異なって、一般的通用性をもつ」(伊藤眞『民事訴訟法〔第7版〕』(有斐閣・2020年)359頁)知識や法則である上、財産評価において働くような専門的な経験則を評価方法として体系化し評価通達(財産評価基本通達)のような形にまとめると、これを用いて行う財産評価は、その判断プロセスの点で、法的三段論法に基づく法的判断と類似する。すなわち、ある財産を評価通達の定める評価方法で評価する場合、一方で、その評価方法の意味内容を明らかにし、他方で、「その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情」(評価通達1(3))を認定した上で、その事情をその評価方法に当てはめる、というプロセスで財産評価の判断がされるのである。 ここで評価通達における専門的な経験則の体系化について付言しておくと、その体系化に当たって「納税者間の公平の維持、納税者および租税行政庁双方の便宜、徴税費の節減等の観点」(金子・前掲書735頁)が考慮されていることは確かであろうが、そこでいわれる「納税者間の公平」は「画一的かつ詳細な評価方法」(同頁)によって維持されるものであって、本判決のいう「実質的な租税負担の公平」とは明らかに異なる観念である。 話を元に戻すと、一般的通用性のある経験則は、評価通達において評価方法として体系化されたとしても、あくまでも「事実認定の中で働くもの」(伊藤眞・前掲書359頁)であり、法規とは区別されるべきものである。このことは、評価通達が法規でない(判旨①第2文)という別の観点からみても、当然のことではある。なお、この点に関連して評価通達の性格について付言しておくと、評価通達は財産評価に関する専門的な経験則を定めるものであり基本的には取扱通達(清永・前掲書21頁)として性格づけられるべきものであるが、法令解釈に関する部分(評価通達1(2))はごく一部であるにもかかわらず法令解釈通達として国税庁のホームページに掲載されているのはミスリーディングであり、このことも財産評価を事実認定として捉えることに対する前記の疑問の背景にあるのかもしれない。 いずれにせよ、このようにみてくると、相続財産の評価は、「評価通達の定める方法による画一的な評価」(判旨②第3文、判旨③第4文)であれ、それ以外の評価方法による個別鑑定評価(評価通達6参照)であれ、財産評価に関する専門的な経験則に従って行われるものである以上、そこに租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を考慮する余地はないはずである。「財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。」(評価通達1(3))とされているが、そのような「意図」やその結果はその「事情」には該当しない。 したがって、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離がある」(判旨③第1文)としても、それは専門的な経験則の適用の結果における評価者のいわば「見解の相違」にすぎず、これをもって「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」(判旨②第3文)があるということができないことは当然のことであり、その限りでは本判決(判旨③第1文)は妥当である。 にもかかわらず、本判決が判旨③第3文及び第4文において、本件相続財産の評価に当たって租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を考慮したのは、事実認定における租税回避目的混入論(前掲拙著『租税回避論』40頁[初出・2004年]参照)に基づく税法上の目的論的事実認定の過形成(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第9回Ⅳ参照)というべきものであり、前記Ⅲ3で述べたように、事実認定に関する一般的要請及び租税法律主義に反し許されないと考えるところである。 本判決がこのような結果に立ち至ったのは、財産評価と法的判断との前述のような判断プロセスの類似性に幻惑され、相続財産の時価評価を(租税負担軽減の「意図」及びその結果としての租税負担の軽減を媒介・「転轍機」として)あたかも相続税法上の法的判断(しかも公平負担の原則・実質主義に基づく法的判断)であるかのように捉えたがために、「体系化された経験則のワナ」に陥ったからかもしれない。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例42】 「同一事業グループからの借入金に係る 同族会社等の行為計算否認規定の適用」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、関東南部の政令指定都市に本店を置きホテル業を営む株式会社Aにおいて経理部長を務めております。当社は元々、首都圏において富裕層向けの高級旅館を経営していましたが、地方に存する温泉旅館を経営する法人(C及びD)から事業承継の打診があり、持株機能を有する事業会社B(持分割合100%)を別途設立し、その傘下に当該温泉旅館を経営する法人を置く資本構成としました。BのC及びDに対する持分割合はいずれも50%超です。その後、安倍政権のインバウンド拡大政策の流れに乗り、傘下の法人を外国人旅行者向けの宿泊施設に順次切り替えることで、2年ほど前までは順調に業績を伸ばしてきました。しかし、ご承知の通り新型コロナウイルス感染症が猛威を振るって外国人宿泊者の需要が事実上ゼロにまで落ち込んだため、2期連続で赤字決算となっております。 この苦境を脱し、傘下の法人C及びDの金利負担の軽減を図り、経営再建を軌道に乗せるため、C・Dが従前から借り入れている資金を金融機関に全額返済し、代わりに持株会社Bからの低利の借入れに切り替えることとしました。これにより、C及びDの赤字は相当額減少し、Bも余剰資金を効率的に運用することが可能となりました。なお、Bは従前から持つホテル事業が赤字であるため、当該受取利息は課税されません。 ところが、先日来Aグループに対して行っている国税局の税務調査で、調査官から、本件借入れに係るC・Dから持株会社Bへの支払利息は、Bが赤字であり当該利息が課税されないことを利用するための租税回避行為であるから、同族会社等の行為計算否認規定により、C及びDにおいては損金に算入できない旨を指摘され、困惑しております。上記の通り、本件借入れに係る支払利息の損金算入は、経営再建に伴う資金調達の合理化の一環で行ったものであり、経済合理性は十分あるといえることから、同族会社等の行為計算否認規定の適用の余地は全くないものと理解しています。当社のこの考え方は税法に照らして適正といえるのかどうか、ご教示ください。 〇 本件の取引関係図 【A】 本件経営再建に伴う資金の借換取引は、これを全体としてみたときには、経済合理性を欠くとまではいうことができず、親会社Bからの借入れは、その目的において不合理と評価されるものではありません。したがって、親会社Bからの借入れに対するC及びDにおける支払利息の損金算入は、法人税法第132条第1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には該当しないものと考えられることから、当該規定により損金算入が否認されることはないものといえるでしょう。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 同族会社等の行為計算否認規定 法人税法第132条第1項においては、同族会社の行為又は計算で、これを容認した場合に法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、税務署長はその行為又は計算にかかわらず、その認めるところにより、法人税額を計算することができる旨が定められている。同様の規定は所得税法(所法157①)、相続税法(相法64①)、地価税法(地価法32①)、地方税法(地法72の43①)にも存する。ここでいう「同族会社」には、株主等の3人以下及びその同族関係者が同種の議決権付株式の50%超を有する場合も含まれる(法法2十)。 当該規定の趣旨としては、一般に、同族会社は少数の株主ないし社員によって支配されているため、当該会社又はその関係者の税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合に、それを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めるものであると解されている(東京地裁昭和33年12月23日判決・行裁例集9巻12号2727頁参照)。なお、当該規定は「法人税の負担を不・当・に・減少させる」といういわゆる「不確定概念」を用いているが、当該規定振りにつき最高裁は、課税要件明確主義に反するものではないと判示している(最高裁昭和53年4月21日判決・訟月24巻8号1694頁)。 ここでいう「不当性」については、判例では、専ら経済的・実質的見地において当該行為計算が純粋経済人の行為として不合理・不自然なものと認められるか否かを基準として判定すべきと考える、いわゆる「経済的合理性基準」が広く受け入れられてきたとされている(最高裁昭和53年11月30日判決・訟月25巻4号1145頁等参照(※1))。当該基準に照らせば、同族会社又はその関係者による取引が、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で行われる取引(いわゆる独立当事者間取引)とは異なっている場合には、経済的合理性に欠けるということになるのであろう(※2)。 (※1) 吉村政穂「グループ会社からの借入金にかかる利子の損金算入と法人税法132条適用の可否」『令和元年度重要判例解説』(有斐閣・2020年)191頁参照。 (※2) 金子宏『租税法(第二十四版)』(弘文堂・2021年)542頁。 (2) 同族会社等の行為計算否認に伴う対応的調整 平成18年度の税制改正で、同族会社の行為・計算の否認規定の適用により、法人税等の増額更正が行われた場合には、それに連動して他・の・租税の更正・決定を行うことができる旨が明文化された(法法132③)。この規定は、文理解釈上はストレートには読めないものの、対応的調整としての減額更正をも認める趣旨であると解すべきとする見解もある(※3)。 (※3) 金子前掲(※2)書546頁。 ところで、同族会社等の行為計算否認規定でいう「経済的合理性基準」が、上記(1)で示した独立当事者間取引とは異なっている取引を否認する趣旨であるとした場合には、海外取引における移転価格税制(措法66の4)が適用された場合と同様に、当事者間取引を引き直す対応的調整の問題、すなわち一方の法人税につき増額更正をした場合、反射的に他方の法人税を減額更正する必要性が生じると考えられるが、わが国の国内法ではそれを行う根拠規定が存在しないようである。したがって、仮に本件において同族会社等の行為計算否認規定が適用され、C・Dの支払利息が損金不算入となった場合でも、Bの受取利息が当然に益金から減額されるというようにはならないものと考えられる。 (3) 同族会社等の行為計算否認規定の適用が否認された事例 本件のケースとは異なり、海外の親会社に対する支払利息の損金性が問われたものではあるが、最近、同族会社等の行為計算否認規定の適用が否認された最高裁判決(最高裁令和4年4月21日判決・TAINSコード:Z888-2411、ユニバーサルミュージック事件(※4))があるので、以下で確認しておきたい。 (※4) なお、本件は、本連載の【事例27】「支払利息の損金性と同族会社の行為計算否認」で示した東京地裁令和元年6月27日判決・TAINSコード:Z269-13286の上告審である。 ① 事案の概要 被上告人(納税者)は、平成20(2008)年10月7日に設立された音楽事業を目的とする合同会社であり、フランス法人であるヴィヴェンディが直接的又は間接的に全持分を保有する法人からなる企業グループのうち、音楽事業を担当する部門に属している。また、被上告人は、法人税法2条3号にいう内国法人であり、平成27年法律第9号による改正前の同条10号にいう同族会社に当たる。 本件企業グループは、平成12年以降、本件音楽部門法人の数が増加し、資本関係も複雑化したことから、組織再編成を行ってきたところ、その基本方針は、1つの国に1つの持株会社を設置し、その傘下に事業会社等を所属させ、法人の数を減らすとともに、各国の法人間で資本と負債のバランスを適正にするというものであった。そして、本件企業グループは、遅くとも平成20年7月23日までに、日本の関連会社について組織再編成等を行うための計画を策定した。そして、平成20年中に以下の通り組織再編取引を実行した。 本件組織再編取引の結果、本件音楽部門法人に係る日本の関連会社についての資本関係は、次の通りとなった。 被上告人は、本件各事業年度につき、以下の通りの本件支払利息の額を損金の額に算入し、法人税の確定申告を行った。なお、平成21年12月期から平成24年12月期までの本件支払利息の額は、益金の額の過半に相当し、これを損金の額に算入すると法人税の額が大幅に減少することとなるものであった。 これに対し、麻布税務署長は、上記支払利息の損金算入は被上告人の法人税の負担を不当に減少させる結果となるものであるとして、法人税法第132条第1項を適用し、その原因となる行為を否認し、被上告人の所得の金額につき本件支払利息の額に相当する金額を加算して、被上告人の本件各事業年度に係る法人税の額を計算して本件各処分をした。 ② 事案の争点 本件借入れが法人税法第132条第1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たるか否か。 ③ 裁判所の判断 ④ 本裁判事例から学ぶこと 本件は海外への利払いを利用したわが国における課税ベースの浸食に対して、課税庁が同族会社の行為計算否認規定により対処した事案の最高裁判決である。このような租税回避行為に対しては、従来、平成4年に導入された過少資本税制により対処していたが、借入れと同時に資本を増強することで、損金算入可能な支払利子の金額を増やすことが可能となり、当該税制ではその射程が限定的であった。本件においても、既存の過少資本税制の下では利払いに係る損金算入の制限措置は発動されることはなかった。そこで、課税庁はやむを得ず次善の策として、法人税法第132条第1項の適用により、海外への利払いを利用したわが国における課税ベースの浸食に関する抜け穴をふさごうとしたのであるが、最高裁にその適用を認められなかったというわけである。 本件において最高裁は、一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、 等の事情を考慮するのが相当である、という基準を示している(※5)。 (※5) これは、金子前掲(※2)書542-543頁の「①当該の具体的な行為計算が異常ないし変則的であるといえるか否か、および②その行為・計算を行ったことにつき租税回避以外に正当で合理的な理由ないし事業目的があったとみとめられるか否か」に対応すると考えられる。 その上で、「本件組織再編取引等は、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるとまではいえず、また、税負担の減少以外に本件組織再編取引等を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在したものということができる」ため、一連の取引全体が経済的合理性を欠くとはいえず、本件借入れは法人税法第132条第1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には当たらないとして、同族会社等の行為計算否認規定の適用を認めなかった。 一方で、「本件借入れは無担保で行われ、被上告人は本件借入れが一因となって最終的に貸借対照表上は債務超過となっていることがうかがわれる」との判示にあるように、被上告人につき、債務超過に陥るような借入れにそこまでの経済的合理性があったのかについては疑問もあるが(※6)、裁判所はその点をあまり重視せず、組織再編成の合理性に軍配を上げたようである。 (※6) 吉村前掲(※1)論文191頁参照。 なお、平成24年度の税制改正で過大支払利子税制が導入され、関連者純支払利子等の額が調整所得金額の20%(令和元年度の改正で50%から引き下げられている)を超える場合には、その超える部分の金額は当期の損金の額に算入されないこととなり、本件のような事案に対する対抗措置として位置づけられることとなった(措法66の5の2)。 (4) 本件へのあてはめ 本件経営再建に伴う資金の借換取引は、これを全体としてみたときには、経済合理性を欠くとまではいうことができず、親会社Bからの借入れは、その目的において不合理と評価されるものではない。したがって、親会社Bからの借入れに対するC及びDにおける支払利息の損金算入は、法人税法第132条第1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には該当しないものと考えられることから、当該規定により損金算入が否認されることはないものといえる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第20回】 「実特法の手続要件は租税条約による優遇措置の適用要件となるか」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 実特法が規定する手続要件が満たされないと、租税条約の優遇措置は適用されないのでしょうか。 〔A〕 実特法12条が課税要件等の定めを省令に委ねたものと解することはできないため、同条が、実特法省令に対し、届出書の提出を租税条約に基づく税の軽減又は免除を受けるための手続要件として定めることを委任したものと解することはできないとされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 問題の所在 国際的二重課税を防止するため締結される租税条約は、国内法に優先して適用されるが、問題となるのは、租税条約の規定により、課税が軽減ないし免除される場合の手続要件の有無である。 租税条約の適用については、「租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律(以下「実特法」)」12条において、「第2条から前条までに定めるもののほか、租税条約等の実施及びこの法律の適用に関し必要な事項は、総務省令、財務省令で定める」と規定されている。 かかる委任を受けた「租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令(以下「実特法省令」)」9条の2は、「租税条約の規定に基づき軽減又は免除を受けようとする年分の確定申告書又は事業年度の確定申告書に、次の1号から9号までに掲げる事項を記載した届出書(第10号及び第11号に掲げる書類の添付があるものに限る)を添付しなければならない」と定め、さらに同条7項は、「第1項に規定する租税条約の特定規定に基づき免除を受けようとするものは、その適用を受けようとする年分の所得税確定申告書を提出している場合を除き、同項1号から9号まで(下記参照)に掲げる事項に準ずる事項を記載した届出書を、その年の翌年の3月15日までに、その者の所得税の納税地の所轄税務署長に提出しなければならない」と規定している。 以上の規定を素直に読めば、実特法省令所定の事項を記載した届出書を確定申告書に添付して提出しない限り、租税条約の優遇規定の適用を受けることができないことになる。 上記1号から11号を見る限り、各種情報の入手には取引相手方の協力が不可欠である(※1)。 (※1) 特に、実特法省令9条の2第10号にいう居住者証明書については、租税条約の取決めがあるとはいえ、取引相手国の権限ある当局が適宜かつ確実に同証明書を発行してくれるかどうかは、保証の限りではない。 そうすると、取引相手方の協力が十分に得られず、結果的に実特法省令の手続要件を満たさない場合、果たして租税条約の優遇規定が適用されないかが問題となる。今回は、この点について争われた事例(前回と同様)を検討する。 2 過去の裁判例 《インターネット販売倉庫事件》(※2) (※2) (第一審) 東京地裁平成27年5月28日判決 TAINSコード:Z265-12672 (控訴審) 東京高裁平成28年1月28日判決 TAINSコード:Z266-12789 (上告審) 最高裁平成29年4月14日第二小法廷判決(不受理) TAINSコード:Z267-13011 事案の概要は前回の記事を参照されたい。 (1) 原告Xの反論 Xの本件係争年分は無申告であったため、当然上記の届出書等は提出されていなかった。したがって、実特法と実特法省令の規定によれば、処分行政庁から本件アパート等が日米租税条約に基づき恒久的施設に該当すると認定されたとしても、同条約による税の軽減又は免除措置等は当然享受できないことになる。 この点について、Xは、以下のとおり主張した。 (2) 裁判所の判断 本件の第一審である東京地裁は、以下のとおり判示し、Xが実特法省令に基づく届出書を提出しなかったことをもって、日米租税条約7条1項の適用を否定することはできないと結論付けた。 (3) 検討 処分行政庁の主張は、Xが実特法省令に基づく届出書を提出していない以上、日米租税条約7条1項による税の軽減又は免除(※3)を受けることができないというものであったが、第一審で退けられている。 (※3) 当時の国内法による恒久的施設の課税ルールは総合主義を採用していたことを指す。すなわち、日米租税条約7条1項によれば、恒久的施設に帰属する部分に対してのみ租税が課せられる(帰属主義)。 そもそも、租税条約は、条約締約国内の手続きについて、何らかの示唆を与えるものではないし、東京地裁が判示するように、実特法と実特法省令の関係は手続的細則につき包括委任したものに過ぎないのであって、処分行政庁のいう「租税条約の特典を受けることができない」というまでの拘束力を持たせたものではないという判断は適切といえよう。 なお、本件の控訴審でも第一審の解釈を支持しており、更に上告審で最高裁が上告不受理としているため、本件は確定している。 (了)
遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第12回】 (最終回) 「遺贈寄付における受遺団体の注意点」 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 今回で連載は最後となるが、最終回では、遺贈寄付を受ける受遺団体に関する実務上の注意点をいくつか確認しておきたい。 1 領収書の発行 遺贈寄付を受けた受遺団体は、領収書を寄付者に発行することになるが、その場合に悩むポイントがある。そのポイントにつき遺言による寄付、相続財産の寄付に分けて見ていくことにする。 (1) 遺言による寄付 遺言による寄付は、被相続人による寄付である。したがって、寄付をした日は、被相続人がお亡くなりになった日ということになる。しかし、実際に受遺団体に入金になるのは、被相続人がお亡くなりになった日から数ヶ月後になる。そうすると、「寄付金の領収書は、いつの日付で発行すればいいのか」という疑問が生じる。 また、株式等の寄付である場合には、被相続人がお亡くなりになった日と実際に受遺団体に入金になった日では、株式等の時価が変動していることが考えられる。その場合には、領収書に記載する金額は、「寄付者がお亡くなりになった日の時価なのか、あるいは受遺団体に入金になった金額なのか」という疑問もある。 遺言による寄付は、あくまでも、寄付者がお亡くなりになった日に実現したと考えられるため、領収書にはお亡くなりになった日を記載し、金額はお亡くなりなった日の時価を記載する。ただし、日付に関しては、例えば、領収書の日付は入金した日付を記載し、寄付を受けた金額の下に「ただし、〇〇年〇月〇日付け遺贈寄付として」(日付は、お亡くなりになった日付を記載)という趣旨の記載をするという方法も考えられるのではないだろうか。 (2) 相続人による相続財産の寄付 相続人による相続財産の寄付の場合には、相続税の非課税(措法70)の適用を受けるためには、適用を受けようとする財産の贈与を受けた旨、その贈与を受けた年月日及び財産の明細並びにその法人のその財産の使用目的を記載した書類を税務署に提出することとされている。相続人が相続財産から寄付をするのであるから、上記(1)とは異なり、寄付日や金額については問題がない。 相続人が相続財産を寄付する場合には、相続人の確定申告で所得税の寄付金控除も受けることができる。そして、寄付金控除を受ける場合にも領収書の添付が義務付けられている。 そうすると、「相続税の申告書に添付する領収書と所得税の確定申告書に添付する領収書で2つの領収書が必要になるのではないか」という疑問がある。 実務上は、以下のいずれかの方法が取られているようである。 通常は、〔方法①〕で問題ないが、〔方法②〕としている受遺団体もあるようである(※)。 (※) 例えば、日本赤十字社のホームページでは、「日本赤十字社から「受領証」及び「相続財産の寄付に関する証明書」を送付いたします。」とある。 〔方法②〕における相続税の非課税証明書は、領収書ではない。領収書としては、所得税の申告書に添付する。相続税の申告書に添付する書類には、「寄付を受けたこと」、「寄付の年月日」、「明細(種類・数量など)」、「使用目的(団体としてどのように使用するのか)」といったことが必要になる。 2 会計処理の注意点 (1) 公益法人の場合 遺贈寄付の場合には、金額が多額になることがある。そうすると、公益法人の場合には、収支相償をどのようにしてクリアするのか、という問題がある。 「収支相償」とは、公益法人が行う公益目的事業について、公益目的事業に係る収入が、その実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれることをいう。遺贈寄付を多額に受けても収支相償を満たせるようにするためには、以下の2つの対策が考えられる。 ① 特定費用準備資金を計上するか、資産取得資金の積み立てをする 遺贈寄付を多額に受けて収支相償を満たせない場合には、特定費用準備資金の計上や資産取得資金を積み立てることで収支相償を満たすということが考えられる。 ② 指定正味財産に計上する 遺贈寄付で受けた収益を指定正味財産に計上することができれば、収支相償の計算には関係しない。指定正味財産に計上するには、寄付者により使途が定められている必要がある。遺言で使途が定められていれば、指定正味財産に計上できるが、そうでない場合には、原則としては指定正味財産に計上することができない。 しかし、公益法人会計基準に関する実務指針のⅡの3の(3)Q14〈26年度報告Ⅴ 3.③ 使途の制約〉によれば、一定の場合には、指定正味財産に計上することができるとしている。 具体的には、寄付者が亡くなってしまって寄付者によって使途が明確にされていない場合でも、関係者に聴くことによって使途を明確にする場合や、寄付金に関する規程等によって寄付者の意思の範囲内で具体的な事業を特定できる場合には、指定正味財産に計上することができることとしている。 (2) 認定NPO法人の場合 認定NPO法人の要件のうち、「実績判定期間における受入寄附金総額の100分の70以上を特定非営利活動に係る事業費に充てていること。」(NPO法45①四二)という基準(以下「7割基準」とする)がある。遺贈寄付を多額に受けて、実績判定期間中に使わなかった場合に、この7割基準をクリアできなくなる可能性がある。 その場合には、特定非営利活動において、その法人の将来の特定非営利活動事業に充てるために、積立金を積み立て、それを基に7割基準を計算するという方法が考えられる。 このような積立金は、活動計算書上「費用」とはならないが、積立金の使用目的(その法人の今後の特定非営利活動事業に充当するために法人の内部に積み立てるものであること)や事業計画、目的外取り崩しの禁止等について、理事会又は社員総会で議決するなど適正な手続きを踏んで積み立て、貸借対照表に、例えば「特定資産」として計上するなどしているものであれば、7割基準の判定において、特定非営利活動の事業費に含めて差し支えないとされている(内閣府ホームページ「NPO法Q&A」Q3-8-8)。 (連載了)