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〔疑問点を紐解く〕インボイス制度Q&A 【第21回】「課税事業者が適格請求書発行事業者の登録申請書を提出しなかった場合」

〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第21回】 「課税事業者が適格請求書発行事業者の登録申請書を提出しなかった場合」   税理士 石川 幸恵   【Q】 当社は消費税の課税事業者です。適格請求書発行事業者については、まだ、事業者の多くが登録をしていないようなので、当社としてもどうするべきか迷っています。 このまま当社が適格請求書発行事業者の登録をしなかった場合、当社の売上先にとっては免税事業者から仕入れをしたのと同じ扱いになるのでしょうか。 売上先において免税事業者から仕入れたのと同じなのであれば、当社は消費税を納める義務はなくなりますか。 〔ポイント〕 (1) 課税事業者で適格請求書発行事業者の登録をしていない事業者からの課税仕入れは、免税事業者からの課税仕入れと同様の取扱いとなります。 (2) 課税事業者が適格請求書発行事業者の登録をしなかった場合でも、納税義務は免除されません。 (3) 課税事業者は、適格請求書発行事業者の登録申請書を提出し、登録されれば、登録日から適格請求書発行事業者となります。 *  *  * 【A】 貴社の売上先にとっては、適格請求書発行事業者以外からの仕入れとなりますので、仕入税額控除を受けられません。ただし、令和11年9月30日までは、免税事業者からの課税仕入れについての経過措置の適用があります(インボイスQ&A問99、28年改正法附則52、53)。 適格請求書発行事業者の登録をしなかった場合、納税義務の判定は、事業者免税点制度に従います。したがって、適格請求書発行事業者ではないという理由で、納税義務が免除されるということにはなりません。   (1) 適格請求書発行事業者の登録申請状況 国税庁によれば、令和4年10月末現在の適格請求書発行事業者の登録件数は1,433,500件となっています。一方で、令和2年の消費税等の納税申告と還付申告の合計は3,176,805件です。 仮に、適格請求書発行事業者の登録をした143万件すべてが令和2年時点で納税申告又は還付申告をした者に含まれるとしても、課税事業者のうち半数以上がまだ適格請求書発行事業者の登録をしていないと考えられます。まして、免税事業者で適格請求書発行事業者の登録をした事業者も一定数いるはずですから、課税事業者で登録していない事業者はさらに多いことになります。   (2) 適格請求書の保存が仕入税額控除の要件 適格請求書等保存方式の下では、適格請求書発行事業者以外の者(消費者、免税事業者又は登録を受けていない課税事業者)からの仕入れについては、仕入税額控除のために必要な請求書等の交付を受けることができないことから、仕入税額控除を行うことができません(インボイスQ&A問99、新消法30⑦)。   (3) 適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れの経過措置 適格請求書等保存方式開始から一定期間は、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れであっても仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置が設けられています(インボイスQ&A問99、28年改正法附則52、53)。   (4) 消費税申告 ① 納税義務判定 納税義務の判定は消費税法第9条から第12条の4までの規定によります。適格請求書発行事業者ではないという理由で納税義務が免除されることはありません。 ② 納付税額の計算 イ 売上にかかる消費税額の計算 適格請求書の保存がなければ、売上にかかる消費税額の計算について、積上げ計算は適用できません(インボイスQ&A問100)ので、適格請求書発行事業者の登録をしなければ、積上げ計算ができないことになります。 ロ 仕入税額控除 適格請求書発行事業者の登録をしなくても、自社が仕入税額控除を受けるためには適格請求書等の保存が必要となります(簡易課税の適用がある場合を除きます)。   (5) インボイス制度開始後に課税事業者が登録する場合 課税事業者が適格請求書発行事業者の登録をするときは、「課税期間ごと」の縛りはありません。適格請求書発行事業者の登録申請書を提出し登録を受けた場合、登録日より適格請求書発行事業者となります(インボイスQ&A問6)。 (了)

#No. 498(掲載号)
#石川 幸恵
2022/12/08

〈徹底分析〉租税回避事案の最新傾向 【第3回】「第三者間の非時価取引」

〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第3回】 「第三者間の非時価取引」   公認会計士 佐藤 信祐     5 第三者間の非時価取引 (1) 資産調整勘定 一般的にM&Aは第三者間取引であることから、その間で合意された価額は時価と推定されるため、寄附金又は受贈益の問題が生じるはずがないように思われる。ただし、実務上、第三者間取引であっても、非時価取引であると疑われる事案も想定される。 例えば、P社がA社の発行済株式の全部を保有している場合において、P社が行っている一部の事業とA社株式を譲渡するような場合には、A社株式の時価を引き下げるとともに、P社が行っている事業の時価を引き上げることにより、資産調整勘定(税務上ののれん)の金額を引き上げようとすることが考えられる。 すなわち、本来であれば、A社株式を1,000百万円、P社が行っている事業を500百万円で譲渡すべきところ、A社株式を300百万円、P社が行っている事業を1,200百万円で譲渡することにより、買収会社側における資産調整勘定の償却による節税メリットを引き上げようとすることが考えられる。このような場合には、税務調査において、A社株式の取得価額を引き上げるとともに、資産調整勘定の金額を引き下げるように指摘を受ける可能性が高い。 さらに、A社株式の時価を引き下げるとともに、買収後のP社グループとの取引価額を調整することにより、買収会社において損金の額を発生させようとすることが考えられる。このような事実があった場合には、非時価取引に該当することから、取得価額の配分又は寄附金若しくは受贈益の問題が生じることになる。 (2) 国際的な不正取引 クロスボーダーの取引では、日本国外の取引が見えにくいことから、時価と異なる価額で株式が譲渡されている事案も想定される。例えば、日本国内において時価が1,000百万円であるA社株式を100百万円で譲渡している場合において、X国において900百万円の財産が引き渡されている事案が想定される。もちろん、このような事案についても、寄附金又は受贈益の問題が生じることになる。 このような国際的な不正取引が行われる場合には、日本国内における税務上の問題もあるが、日本国外における税務上の問題もある。例えば、H氏がX国で生まれ育った後に日本国籍を有するようになった場合又は日本の永住権を取得した場合には、X国において財産を保有していることが考えられる。そのような場合に、H氏の保有しているX国の財産が、有価証券や土地のようにわかりやすい資産であれば、X国において適正な納税をし、日本においても外国税額控除を適用した後の税額が納税されるが、任意組合の持分のようなわかりにくい資産であった場合には、X国において適正な納税がされておらず、かつ、日本の課税当局もX国における財産の存在を把握できていないことが考えられる。 このように、第三者間取引については、その間で合意された価額が時価と推定されるものの、明らかに違和感のある価額で取引がなされている場合には、その取引とは違うところで不正な取引が行われていることがある。そのため、第三者間取引であったとしても、その取引価額の妥当性についての検証は必要になると考えられる。 〈時価と異なる価額による株式譲渡〉 (3) 第三者割当増資と非時価取引 第三者割当増資についても、非時価取引が行われることが考えられる。例えば、不当に高い金額で第三者割当増資を行いながらも、被買収会社から買収会社のグループ会社に多額の経費を支出することにより、被買収会社において多額の損金の額を発生させようとすることが考えられる。もちろん、このような経費は損金の額に算入することが認められない可能性が高い。 (4) 第三者割当増資と国際取引 さらに、クロスボーダーの取引では、日本国外の取引が見えにくいことから、第三者割当増資又は自己株式の取得を時価と異なる価額で行いながらも、日本国外で不正な取引が行われることが考えられる。 例えば、時価が100百万円であるにもかかわらず、1,000百万円で第三者割当増資を行い、2~3年後に100百万円で買い戻すことが考えられる。すなわち、下図にあるように、発行法人(A社)からH氏又はB社に対して100百万円を貸し付けた後に、H氏又はB社が100百万円でA社株式を買い戻し、その後、発行法人(A社)に自己株式として買い取らせるということが考えられる。このような取引が可能なのは、差額の900百万円に相当する財産が日本国外で引き渡されているからであり、当初から買い戻すことを予定していることから、I氏又はC社に議決権を渡さないために、種類株式(会社法108)や属人的株式(会社法109②)を利用することも考えられる。 一般的に、法人税法は時価による取引を前提として規定されていることから、時価と異なる価額による資本等取引により法人税の負担を不当に減少させることについては、制度趣旨に反するものとして同族会社等の行為計算の否認(法法132)が適用される可能性がある。そのため、上記のような事案については、同族会社等の行為計算の否認が適用され、差額の900百万円に対する受贈益がA社(発行法人)又はB社(発行法人の既存株主)に生じる可能性が高いと思われる。 そして、前述(2)で解説したように、日本国外(X国)に日本の課税当局が把握していない財産がある場合には、X国における取引に対して適正な納税がなされていないことが考えられる。さらに、X国が相続税のない国である場合には、X国の取引を日本の課税当局に隠蔽していることから、将来的な相続税を免れようとすることも考えられる。そのため、第三者間取引であったとしても、その取引価額の妥当性についての検証は必要であり、明らかに違和感のある取引価額である場合には、その取引とは違うところで不正な取引が行われていることを疑う必要がある。 なお、公認会計士又は税理士の立場として留意が必要なのは、自己株式の取得に係る株価算定報告書の作成を依頼される可能性があるという点である。自己株式の取得だけを見れば、時価で取引がされているように見えるため、過去の第三者割当増資まで考慮しないと不正な取引であることが分からない。また、納税者の立場としても、第三者割当増資から自己株式の取得まで一定の期間を置く場合には、自己株式の取得に係る株価算定報告書を根拠として時価による取得であると税務調査で主張しようとするため、株価算定報告書が不正行為に利用される恐れがある。自己株式の取得に係る株価算定報告書を作成する場合には、①自己株式の取得の対象となる株式を株主が取得した時期及び②その取得価額の根拠を把握したうえで、自己株式の取得との整合性についても検討する必要があるという点にご留意されたい。 (注) 実務上、第三者割当増資をDCF法による評価額である1,000百万円で行い、自己株式の取得を時価純資産価額である100百万円で行うといった不正行為も想定される。さらに、第三者割当増資に係る株価算定を公認会計士Aに依頼し、自己株式の取得に係る株価算定を公認会計士Bに依頼することにより、事実関係の一部を隠匿したうえで外部専門家を利用するという行為も考えられる。株価算定に慣れている公認会計士に聞いてみると、(ⅰ)書類保存期間が経過していることから、第三者割当増資に係る株価算定報告書が存在しない場合、又は(ⅱ)取得時における株価との整合性がなかったとしても差し支えない旨の説明ができる場合を除き、取得時における株価との整合性を配慮する必要があることから、公認会計士Bが第三者割当増資に係る株価算定報告書を入手することが多いとのことである。税務調査が3年又は5年を対象として行われていることから、3年又は5年を経過すれば、過去の取引との整合性について配慮する必要がないという誤解が見受けられるが、上記のような問題があることから、会社法及び租税法上の書類保存期間が経過していない限り、自己株式の取得に係る株価算定報告書を作成する外部専門家は、第三者割当増資に係る株価算定報告書を入手しておく必要がある。 〈時価と異なる価額による第三者割当増資と自己株式の取得〉 (5) 小括 このように、第三者間取引であっても、時価と異なる価額で取引がなされることが考えられる。親族間取引と異なり、時価と異なる価額で取引をした場合には、その取引とは異なるところで不正な取引が行われている可能性があるため、第三者間取引であっても、時価についての検証が必要になるという点にご留意されたい。 (了)

#No. 498(掲載号)
#佐藤 信祐
2022/12/08

事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第48回】「負担付贈与・負担付遺贈の課税関係」

事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第48回】 「負担付贈与・負担付遺贈の課税関係」   太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一   相談内容 私A(85歳)は賃貸用不動産を所有しています。妻には先立たれ子供は2人います。 かねてより日常の身の回りの世話をしてくれる娘B夫婦には感謝していて、娘婿C(法定相続人ではない)からは資産運用等についてアドバイスをもらっていますので、賃貸用不動産及びその不動産が担保となっている銀行借入金を娘婿へ承継したいと思っています。 不動産を負担(銀行借入金)付きで承継する方法は、贈与契約による負担付贈与や遺言による負担付遺贈などがあると聞きましたが、両者について課税上の留意すべき点を教えてください。 なお、対象の財産・債務の状況は次のとおりです。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 負担付贈与と負担付遺贈 負担付贈与とは、受贈者に一定の債務を負担させる贈与契約をいいます。負担付贈与については、その性質に反しない限り、双務契約(当事者の双方が相互に対価的な債務を負担する契約)に関する規定が準用され(民法553)、同時履行の抗弁権、危険負担、解除の適用があります。 負担付遺贈とは、受遺者に一定の債務を負担させる遺贈であり、負担付遺贈を受けた者は、受贈物の価額の範囲内において、負担した義務を履行する責任を負います(民法1002①)。 なお、負担付贈与・負担付遺贈いずれの場合も、債務引受けは債権者の同意なしにはできませんので、債権者との間では免責的債務引受けを行う必要があります。   [2] 負担付贈与による場合 (1) 贈与税 不動産等の負担付贈与を行った場合は、不動産の時価と負担額(銀行借入金等)の差額が贈与税の課税対象となります(相基通21の2-4、相法7)。 なお、負担付贈与における不動産等の評価額は、相続税評価額ではなく通常の取引価額である不動産等の時価によらなければなりません(※1)。 (※1) 平成元年3月29日 直評5 直資2-204「負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地等及び家屋等に係る評価並びに相続税法第7条及び第9条の規定の適用について」(法令解釈通達)の1 (2) 譲渡所得税 負担付贈与を行った場合、贈与者側では、贈与財産を受贈者に負担させる債務金額で譲渡したとみなして譲渡所得を認識します。 贈与者は、受贈者の債務引受けによる債務消滅の経済的利益を不動産譲渡の対価として受贈者に譲渡したと考え、当該対価と取得費との差額に対して譲渡所得を認識し(所法36①②)、受贈者は当該負担額を受贈資産の取得価額とします。 負担額が著しく低い価額(※2)で、かつ負担額(不動産譲渡対価)が取得費よりも低い場合は、譲渡損が生じますが、この場合、譲渡損はないものとみなされ、受贈者は贈与者の取得価額及び取得日を承継します(所法59②、60①ニ)。 (※2) ここでいう「著しく低い価額」は、時価の2分の1未満をいいます(所法59②、所令169)。 (3) 流通税 流通税については、贈与による所有権の移転は、遺贈による場合と比較して不利となります。   [3] 負担付遺贈による場合 (1) 相続税 相続人でない者が負担付遺贈により取得した財産の価額は、負担がないものとした場合における当該財産の価額(相続税評価額)から当該負担額(当該遺贈のあった時において確実と認められる金額に限る)を控除した価額によります(相基通11の2-7)。受遺者の負担付遺贈による課税対象金額が債務超過となる場合、当該債務超過額を他の相続財産価額から控除することはできません。 これは、相続人でない特定受遺者は相続人と同一の権利義務を有しないので(民法990)、遺贈を受けた財産の相続税評価額が負担相当額の控除限度となるためです。 一方で、相続人に対して負担付遺贈を行う場合は、不動産等を相続税評価額で認識し、債務については他の相続財産価額から債務控除することが可能です。 相続人は通常被相続人の権利義務を承継します(民法896)ので、被相続人の債務を相続又は遺贈により財産を取得した相続人(又は包括受遺者)が負担する限りにおいては債務控除が認められます(相法13、14)。 (2) 譲渡所得税 相続人でない者が、負担付遺贈により被相続人の債務を引き受け被相続人の債務が消滅した場合、当該経済的利益は被相続人が不動産等を譲渡した対価として認識され、取得費との差額に対して被相続人に譲渡所得が生じること等は(所法36①②)負担付贈与と同様です。 一方で、相続人が負担付遺贈の受遺者である場合、相続人は債務を承継する立場であるため、被相続人の債務が消滅したという経済的利益を不動産の譲渡対価とは考えず譲渡所得は生じません。   [4] 結論 ご相談の場合、負担付贈与、負担付遺贈についてそれぞれ以下のとおりの課税関係となります。 (1) AからC(もしくはB)に対して負担付贈与を行う場合 (2) AからCに対して負担付遺贈を行う場合 (3) Aから相続人のBに対して負担付遺贈を行う場合 以上より、「(3) Aから相続人のBに対して負担付遺贈を行う場合」が財産承継の税効率は最も良い結果となります。 ただし実際には、負担付贈与と負担付遺贈では時期が異なるため、時価や借入金残額等が異なること、賃貸不動産の収益性が高くAの余命期間における多額のインカムゲインが相続財産を構成することを考慮すると、贈与を通じた財産移転が有利となる場合もあるため事例に応じた分析が必要です。 実行についての具体的な判断は、税理士等の専門家と相談の上、決定されることをお勧めします。   (了)

#No. 498(掲載号)
#太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会
2022/12/08

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第63回】「貸付事業用宅地等の特例と個人版事業承継税制との有利選択」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第63回】 「貸付事業用宅地等の特例と個人版事業承継税制との有利選択」   税理士 柴田 健次   [Q] 甲は個人事業主で事業を行っていましたが、令和4年11月30日に相続が発生しました。甲の相続人は、長男である乙と二男である丙の2人となります。相続後、甲の個人事業は乙が承継しています。乙及び丙が下記のとおり甲の財産を相続した場合において個人版事業承継税制を優先的に適用した方がいいのか、それとも小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例を優先的に適用した方がいいのか、どのように判断すればよいのでしょうか。 特定事業用資産の内訳は、下記のとおりです。 上記のA土地は、個人版事業承継税制の相続税の納税猶予の要件を満たし、B土地は、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の要件を満たしています。 [A] 個人版事業承継税制と小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例は併用可能ですが、限度面積の調整がありますので、どちらを優先的に適用するかを選択する必要があります。したがって、どちらを優先的に適用するかについて比較する必要があります。 下記の表のとおり、乙の納付税額は個人版事業承継税制を優先的に適用した方が有利となりますが、丙の納付税額は貸付事業用宅地等の特例を優先的に適用した方が有利となります。相続税の納付税額の合計額については、貸付事業用宅地等の特例を優先的に適用した方が有利となります。 また、猶予税額も小さい方が猶予税額を納付することとなった場合の利子税の負担も少なくなりますので、貸付事業用宅地等の特例を優先的に適用した方が税金負担は抑えられることになります。実務的には、下記の表のとおりそれぞれの場合の乙及び丙の税金負担について説明を行い、遺産分割の調整も必要になってくるかと考えられます。例えば、相続税を控除した後の遺産額が公平になるように代償金で調整する方法が考えられます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 限度面積の調整 小規模宅地等の種類が特定事業用宅地等以外の特例対象宅地等(特定居住用宅地等、特定同族会社事業用宅地等又は貸付事業用宅地等)である場合には、相続又は遺贈により取得した特定事業用資産について個人版事業承継税制との併用をすることができます。 この場合における限度面積は、貸付事業用宅地等の特例の適用があるか否かに応じて、下記のとおりとなります(措法70の6の10②一、措令40の7の10⑦、措通70の6の10-17)。 限度面積の調整については、本連載【第61回】で解説をしています。 【限度面積の調整(個人版事業承継税制の適用がある場合)】 本問の場合の選択面積は、それぞれの場合で下記のとおりとなります。 (1) 貸付事業用宅地等の特例を優先的に適用した場合 貸付事業用宅地等の特例の適用ありの区分で考えることになります。貸付事業用宅地等の特例がある場合には、全体を100%とした場合にそれぞれの特例で何%部分を適用したのかを考えると分かりやすいと思います。本問の場合には、B土地の貸付事業用宅地等の特例で適用したことにより50%部分(100㎡/200㎡(貸付事業用宅地等の特例の限度面積))を適用し、残りの50%部分について個人版事業承継税制で適用することになりますので、A土地については200㎡(400㎡×50%)が選択面積となります。 A土地の選択面積の具体的な計算式は、下記のとおりとなります。 〈A土地の選択面積の計算〉 (2) 個人版事業承継税制を優先的に適用した場合 A土地で個人版事業承継税制を優先的に適用したことにより100%(400㎡/400㎡(特定事業用資産に係る土地の限度面積))適用したことになりますので、貸付事業用宅地等の特例の適用面積は0㎡となります。   2 本問の場合の納付税額と猶予税額の計算 貸付事業用宅地等の特例を優先的に適用した場合と個人版事業承継税制を優先的に適用した場合の乙の納付税額、猶予税額及び丙の納付税額は、それぞれ下記のとおりとなります。個人版事業承継税制を適用する場合における相続税の計算については、本連載【第62回】で解説しています。 (1) 貸付事業用宅地等の特例を優先的に適用した場合 ステップ1 通常の計算 ステップ2 乙が相続税の納税猶予の適用を受ける特定事業用資産のみを取得したものとして計算(乙の猶予税額) ステップ3 後継者乙の納付税額 (2) 個人版事業承継税制を優先的に適用した場合 ステップ1 通常の計算 ステップ2 乙が相続税の納税猶予の適用を受ける特定事業用資産のみを取得したものとして計算(乙の猶予税額) ステップ3 後継者乙の納付税額   ★実務上のポイント★ 相続の場合には、都道府県の認定申請を相続の開始の⽇の翌⽇から8ヶ月以内に申請する必要もあり、遺産分割協議をそれまでにまとめる必要があります。納付税額の負担も考慮した遺産分割を行うためには、早めに財産債務の評価を確定し、小規模宅地等の特例の適用面積も決定する必要があります。   (了)

#No. 498(掲載号)
#柴田 健次
2022/12/08

〔顧問先を税務トラブルから救う〕不服申立ての実務 【第20回】「審判官経験者から見た税理士代理人の特徴」

〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第20回】 (最終回) 「審判官経験者から見た税理士代理人の特徴」   公認会計士・税理士 大橋 誠一   1 自らが持てる武器を知らない (1) 審査請求人に認められた権利を行使しない これまでの回で解説したように、審査請求人には自らの主張立証活動に資するための各種権利が認められており、その行使をすれば、担当審判官は基本的にはそれを拒むことはできない。 しかし、これらの権利を経験上行使しない審査請求人の割合が高く、必要がないから敢えて行使しないのではなく、代理人も含めた不服申立制度の理解不足によって行使しないと思しきケースもある。 (2) 担当審判官の心証形成に敏感でない また、審査請求人は、裁決までの一連の手続の中で、担当審判官の着眼点を推し量り、自らの主張が認容される可能性を占う場面がある。 しかし、「担当審判官が原処分を取り消してくれる」と信じて疑わない審査請求人は、以下の場面において、「担当審判官が棄却(審査請求人負け)の環境設定をしているのではないか」と勘づく機会を失い、効果的な反論・反証提出の機会を逸することがある。   2 不利益処分をされたことに負い目を持っている (1) 大方は当初申告から関与している 税理士が代理人を務めるケースは、最近でこそ筆者のような民間出身の国税審判官経験者が不服申立て段階から関与するケースはあるが、通常は、当初申告段階から顧問税理士として関与し、税務調査において非違を指摘され、修正申告書の提出に承服できずに不利益処分を受けて、不服申立ての代理人に就任しているケースが多い。 もちろん、原処分が違法又は不当であるとの確信をもって救済を求めている税理士も多いのであるが、中には、当初申告における自らの結果的な誤指導又は指導不足が原因として非違を指摘されたことは認識しているものの、納税者の手前それを承服することができずに納税者に不利益処分を受けさせて、いわゆる「負け戦」を覚悟で不服申立てに臨んでいるのではないかと思しきケースがある。 (2) 顧問先をコントロールできていない また、顧問先をコントロールできない顧問税理士が、「社長、不服申立てまでやってダメだったらもう無理ですよ」と納税者に観念させるために、主張立証のモチベーションの低い状態で審査請求の代理人を受任している(いわゆる「お付き合いしている」)のではないかと思しきケースもある。 請求人面談においては担当審判官(筆者)と代理人の関係ではあったが、その立場を離れれば同じ税理士であり、その代理人税理士がどういった事情を抱えて(又は本音を隠して)面談に臨んでいるのかについては、同じ税理士として、ある程度推し量ることができた。   3 主張の矛盾に気付かない 例えば、ある税理士が「代表取締役から平取締役になった役員に役員退職慰労金を支給して、その損金性を否認する更正処分を受けて、その取消しを求めた事案」の審査請求人法人の代理人であったとして、担当審判官からその役員に対して質問調査をしたい旨の要請があり、その役員を連れて請求人面談に臨んだとする。 担当審判官は、その役員に対して以下の質問をしたとする。 平取締役になられてからの、あなたの会社への関与の状況について答述されたい。 そして、その役員は、要旨以下の答述をしたとする。 一部の役員だけが出席する「経営会議」に毎週出席して、これまでの長年の経営経験に基づく意見を言っていた。 通常の取締役会では開催頻度が少なく機動的な意思決定ができないため、この週次の「経営会議」が実質的な会社の意思決定機関だった。 しかし、これは、請求人法人にとっては不利な答述であり、請求人法人にとっては、その役員が、いかに法人の「主要な地位(実質的な意思決定)から外れて、名目的な取締役であったか」について強調するような答述をすべきだっただろう。 仮に、その役員の横に控える代理人に、代理人としての適性・経験があれば、その役員の答述を遮り、以下のように繕ってその場を収めたかもしれない。 この答述には誤解が含まれているようなので撤回させてほしい。 もう一度回答内容を整理して書面で回答する。 しかし、代理人がその役員の答述をメモする程度で特に発言を遮ろうとしなければ、その答述はそのまま質問調書に録取され、担当審判官の判断における証拠として採用されるだろう。 もしかすると、面談終了後、担当審判官は執務室に戻り以下の印象を抱いたかもしれない。 面談までは、「処分取消し」もあると考えていたのに、あんな答述をされたら「審査請求棄却(原処分維持)」で裁決書案を起案せざるを得ないではないか。 横に控えていた代理人は、なぜ役員の答述を止めなかったのだろうか。自分達に不利な答述であることを理解できなかったのか。事前に質問予定事項を送付しているというのに打ち合わせもしなかったのだろうか。 毎週欠かさず経営会議に出席していたのがその役員の真実の行動であるならば、審査請求棄却でも致し方ないだろうが、墓穴を掘っていることに気付かなければ、審査請求人の代理ができているとはいえないのかもしれない。   4 不服申立てに納税者を巻き込ませないのも税理士の役割 これまで、実際に不利益処分を受けた場合に不服申立てを行う場合の留意点について述べてきた。 しかし、不服申立てはあくまで事後救済手続であって、現実に納税者が不利益処分を受けてしまったことに変わりはない。 筆者は、民間出身の国税審判官を経験して、不服申立制度を効果的に活用することも大事ではあるが、少なくとも税理士は、不服申立てに至る前段階(すなわち税務調査段階)において納税者を無用な税務リスクに巻き込ませないように行動すべきと考えているし、それが納税者の税理士に対する期待でもある。 そのためには、税理士には、税務調査段階において、「調査官の指摘をこのまま突っぱねた場合にこの納税者にどのような道が待ち構えているのか」を見通す能力が求められる。 その見通しもないままに、ただ突っぱねていては、納税者を救済可能性の低い(経済的・精神的・時間的な負担ばかりが圧し掛かる)道に誘うことになりかねないからである。 (連載了)

#No. 498(掲載号)
#大橋 誠一
2022/12/08

さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第82回】「税理士による隠ぺい・仮装事件」~最判平成18年4月20日(民集60巻4号1611頁)~

さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第82回】 「税理士による隠ぺい・仮装事件」 ~最判平成18年4月20日(民集60巻4号1611頁)~   弁護士 菊田 雅裕   (了)

#No. 498(掲載号)
#菊田 雅裕
2022/12/08

〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2022年11月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2022年11月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2022年11月1日から11月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。   Ⅱ 『経団連ひな型』の改訂 日本経済団体連合会 経済法規委員会企画部会は、「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」(改訂版)を改訂している。 これは、株主総会資料の電子提供制度が始まることなどに対応するものである。   Ⅲ 企業内容等開示関係 金融庁は、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案を公表し、意見募集を行っていた(意見募集期間は2022年12月7日まで)。 これは、有価証券報告書等において、サステナビリティに関する企業の取組みの開示及び人的資本・多様性に関する開示、コーポレートガバナンスに関する開示などを行うものである。 改正後の「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の規定は、2023(令和5)年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用する予定である。 (了)

#No. 498(掲載号)
#阿部 光成
2022/12/08

社員の不妊治療をサポートする会社環境整備のポイント 【前編】

社員の不妊治療をサポートする会社環境整備のポイント 【前編】   Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士  飯野 正明   現在、「社員の定着」を課題としている会社が多い中で、会社の働き方の環境整備の充実が求められています。このような背景において、近年の晩婚化等により不妊治療を受ける夫婦が増加しており、社員の不妊治療に伴う職場の環境整備も求められています。厚生労働省の調査によると仕事と不妊治療との両立ができず、約16%の人が離職しています。 そこで本稿では、職場の環境整備を行うために必要となる不妊治療に関する基礎的な知識をはじめ、それを踏まえた会社の制度構築について、前後編の2回にわたって解説していきます。   1 不妊治療の現状 まず、不妊治療の現状について、いくつかのデータをご紹介します。1つ目は、「全出生児に占める生殖補助医療による出生児の割合」です。2019年に日本で生まれた全出生児(865,239人)のうち、60,598人(7.0%)が生殖補助医療により誕生しており、その割合は約14.3人に1人となっています(出典:生殖補助医療による出生児数:公益社団法人日本産科婦人科学会「ARTデータブック(2019年)」、全出生児数:厚生労働省「令和元年(2019)人口動態統計(確定数)の概況」)。 次に、「不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦の割合」ですが、不妊を心配したことがある夫婦は35.0%となり、夫婦全体の約2.9組に1組の割合となっています。また、実際に不妊の検査や治療を受けたことがある、又は現在受けている夫婦は18.2%となっており、実に約5.5組に1組の夫婦が不妊治療・検査を受ける時代となっています(出所:国立社会保障・人口問題研究所「2015年出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」など)。 「そんなに多いのか」と思われた方も多数いらっしゃるのではないでしょうか。本稿を執筆している際に筆者も以前に数人の友人たちから「実は、不妊治療を受けていたんだよね」といった告白を聞いたことを思い出しました。 これだけ多くの夫婦が「不妊治療」を検討している現状を踏まえて国は、2022年4月から保険適用の範囲を拡大し、人工授精や体外受精を用いた不妊治療をその対象としました。これをきっかけに、今後不妊治療を望む方は益々増えてくることが予想されます。 そうなると、「働きながら不妊治療ができるのか?」といった疑問が出てくるでしょう。つまり、「仕事と不妊治療の両立」です。不妊治療をしたことがある(又は予定している)労働者のうち、「仕事との両立ができず仕事を辞めた」とした人の割合は15.8%、「両立できず不妊治療をやめた」とした人の割合は10.9%、「両立できず雇用形態を変えた」とした人の割合は7.9%となっており、「仕事との両立ができなかった」人の割合は実に3割を超える34.7%となっています(出所:厚生労働省平成29年度「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査研究事業調査結果報告書」以降のデータ別途断りのない限り同様)。 不妊治療は経済的な負担も少なくありません。そういった中で、会社を辞めてしまう、雇用形態を変えるということは、経済的な面にとどまらず、キャリア形成から見ても本人たちにとってデメリットとなります。もちろん、会社にとっても優秀な「人財」を失うこととなれば、大きな損失となります。特に、近年出産年齢が高齢化していく中では、管理職、管理職候補の方が「不妊治療」と仕事の両立に悩まれている可能性もあり、不妊治療を受けながら働き続けることができる環境づくりを会社は求められています。 つまり、会社が「不妊治療」のサポ-トをし、安心して労働者が「仕事と不妊治療」の両立を可能とするように支援する必要が出てきているのです。   2 不妊治療のこと、ご存じですか? 皆さんは「不妊治療」について、どのくらいのことをご存じでしょうか。 労働者に「不妊治療に係る実態(不妊の検査や治療を受けたことがある割合、全出生児のうち、生殖補助医療で誕生した子の割合、不妊治療による副作用について、不妊治療には、一定の頻度で通院が必要となること)を知っているか」と尋ねたところ、「ほとんど知らない」、「全く知らない」といった回答の割合は77%となっており、逆に「全て知っている」との回答は3%となっています。男女別に見てもこの数字は大きな変化がなく、ほとんどの人は不妊治療についての知識を持ち合わせていないようです(〈図表1、2〉参照)。 〈図表1〉 不妊治療に係る実態を知っているか (出所:厚生労働省平成29年度「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査研究事業調査結果報告書」以降の図表も断りのない限り同様) 〈図表2〉 不妊治療に係る実態を知っているか(男女別) 不妊治療のことを知らなければ、会社としてどういった配慮をする必要があるのかも分かりませんし、相談を持ちかけられても対応できないといったことになってしまいます。そのためまずは、不妊治療のことを知る必要があります。 そもそも「不妊」とはどういった状況のことをいうのでしょうか。公益社団法人日本産婦人科学会では「妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間妊娠しないもの」としており、この一定期間は「1年というのが一般的である」と定義しています。 「不妊」というと女性の問題ではないかと考える方も多いと思われますが、WHO(世界保健機関)では、男性の精子数が少ないなど約半数は男性に原因があるとしています。もっとも、検査をしても原因が分からないこともあり、検査するだけでも大きなストレスを感じている方が多くいらっしゃるようです。 検査によって、不妊治療の原因となる疾患が分かった場合は、薬による治療や手術を行いますが、原因がはっきりとしない場合であっても、不妊治療を行うことがあります。この不妊治療は、加齢により妊娠しにくくなることを考慮すると、年齢が若いうちに開始した方が1回当たりの妊娠・出産に至る確率は高い傾向があります。治療を始めてすぐに妊娠する場合もあれば、何年も治療を続ける場合もあり、いつまで治療を続けるのかを明らかにすることは難しいようです。 不妊治療に必要な通院日数の目安は、〈図表3〉のとおりですが、あくまでも目安であり、医師の判断、個人の状況、体調等により通院日数は増減することがあります。 〈図表3〉 通院日数の目安 (出所:厚生労働省「不妊治療と仕事との両立サポートハンドブック」) 体外受精(精子と卵子を採取した上で、体外で受精させ、子宮に戻して妊娠を図る技術)、顕微授精(体外受精のうち、人工的に注射針等で精子を注入するなど人工的な方法で受精させる技術)を行う場合には、女性は頻繁な通院が必要となります。また、タイミング法(排卵のタイミングに合わせて性交を行うよう指導する)や人工授精(精液を注入器で直接子宮に注入し、妊娠を図る技術)を行う一般不妊治療については、排卵周期に合わせた通院が求められるため、前もって治療の予定を計画することが難しい場合もあります。 さらに、不妊治療は身体的・精神的・経済的な負担を伴い、ホルモン刺激療法等の影響で体調不良等が生じることもあり、腹痛、頭痛、めまい、吐き気等の他、仕事や治療に関するストレスを感じることがあります。もちろん、男性も女性の周期に合わせた通院や治療への参加が求められることもありますし、精神的な負担やストレスを感じることもあるようです。   3 職場で求められる配慮 さて、不妊治療について学んだところで、会社としてどういった配慮をする必要があるのかを考えてみましょう。 実は、不妊治療をしていることについて「職場に一切伝えていない(伝えない予定)」としている人の割合は、約58%となっています。前述のとおり特に女性にとっては頻繁に「治療を受ける時間」が必要であるのに、職場に伝えていないのが実態となっています。 では、なぜ職場に伝えていないのでしょうか。 その理由は、「不妊治療をしていることを知られたくないから」が最も多い理由となっています。他では「周囲に気づかいをして欲しくないから」「不妊治療がうまくいかなかった時に職場に居づらいから」といった理由が多く挙げられています。 〈図表4〉 職場への共有状況 〈図表5〉 職場で伝えていない理由 言葉を選ぶ必要がありますが、不妊治療については、必ずしも望み通りの結果が伴わないことも考えられます。治療中の方はこういったことも頭にあって「知られたくない」「気づかいをして欲しくない」ということなのかもしれません。確かに、前述の私の友人たちもお子さんが生まれた後の告白でした。もちろん、この辺りは個人のプライバシーの問題もあり、難しいところですが、安心して「不妊治療」が行えるように会社からの支援を求めるのであれば、やはり、伝えてもらわなければ、支援のしようがないのかなと思います。 「会社に伝えやすい環境」に一番重要なのは、一緒に仕事をしている職場の同僚たちの理解です。治療によって休むことも多くあるかもしれません。また、治療後の体調が良くないこともあるでしょう。多くの人員を抱えている部署ばかりではありませんから、思わず「いっぱい休めていいね~」なんて言葉が出てしまうかもしれません。こちらは冗談のつもりでも、職場での発言で傷ついてしまうこともあります。親しい間柄でも発言には注意をしなければなりません。 ある顧問先で聞いた話ですが、女性社員が上司に「不妊治療をしているため、急に休んだりすることもあるので事前にお知らせしておきます」といった相談をしたところ、文章にすることをはばかられるような発言があったとのことです。相談した女性社員が傷ついただけでなく、周りにいた他の社員も「あり得ない発言」とのことでした。その上司は部下からの指摘もあり、謝罪したとのことでしたが、相談の対象となるべき上司がこれでは会社に伝えたくないと思われても仕方ありません。 厚生労働省では、会社内で不妊治療に関する研修を行う際の資料や「不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのマニュアル」「不妊治療と仕事との両立サポートハンドブック」などを作成し、「不妊治療と仕事の両立について」のサポートを行っています。 このような資料を用いて、研修を実施することも「職場での理解」を深めるためには必要です。定期的に婦人科医の先生に「不妊治療」についての講演を実施している会社もあるようです。このような研修は、今悩まれている方でだけでなく、広い範囲を対象とするのがよいでしょう。少しでも早いタイミングで「不妊治療」について知ることが、自分自身のことを考えるきっかけになるからです。「不妊治療」を開始する際に「もっと、早く知っていれば・・・」という声も多く聞かれるようです。 また、相談を受けた方には注意してほしいことがあります。前述のとおり、不妊治療していることを知られたくない方も多くいるのです。不妊治療についての相談を受けても、本人の了承無く、他人に知らせたりすることは、慎んでいただくことです。なかなか言い出せない中で思い切って相談している可能性もありますので、慎重にご対応ください。 なお、上司が相談を受けた場合には、安心して治療を受けることができるようにするためにも、不妊治療によりどの程度仕事に影響がありそうなのか、今後の治療の見通し、本人のニーズなどを把握する必要があります。また、会社としてどういった制度などで支援することが可能なのかについて、人事部などに確認するなどして伝えてあげることも重要です。もちろん、会社としてできることとできないことがあることも理解してもらう必要があります。 労働者からの不妊治療の申出を行う際に使える「不妊治療連絡カード」も前述の厚生労働省のホームページに用意されていますので、こちらもぜひご活用ください。 (【後編】へ続く)

#No. 498(掲載号)
#飯野 正明
2022/12/08

ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第33回】「ハラスメントが認められない場合のフィードバックの注意点」

ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第33回】 「ハラスメントが認められない場合のフィードバックの注意点」   弁護士 柳田 忍   【Question】 当社の社員Aから、「上司Bからハラスメントを受けた」との申告を受けましたが、調査の結果、上司Bの社員Aに対するハラスメントは認められないという結論に達しました。 調査結果をフィードバックする際の注意点を教えてください。 【Answer】 被害者に対するフィードバックについては、被害者がフィードバックにより精神的損害を被ったなどとして会社の損害賠償責任を追及したり、会社の調査結果に不満を抱いて裁判を提起したりすることを避けるといった観点から、慎重に実施する必要があります。 調査協力者や加害者に対するフィードバックにおいては、被害者が殊更に虚偽の事実を申告したなどという誤解を招かないよう、表現等に十分に注意する必要があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ●   1 ハラスメント被害者(申告者)へのフィードバック ハラスメントの調査が終了したら、被害者(申告者)に対して調査結果等をフィードバックすることになる。この点、ハラスメントの被害を申告する者は、自分がハラスメントの被害者であり、会社もそのことを認めてくれると信じている場合が少なくない。 そのような「被害者」(以下、本稿においては、ハラスメントの被害を申告した者を「被害者」、加害者として申告された者を「加害者」と呼ぶ)に対して、ハラスメントが認められなかったと告げるのだから、慎重なコミュニケーションを心がけるべきことは言うまでもない。 具体的には、 といった観点から、以下の点に注意してフィードバックを行うべきである。 (1) 冒頭で感謝を述べる まず、フィードバックの冒頭で、会社の職場環境について問題提起をしてくれたことについて感謝を述べることが推奨される。仮にハラスメントの事実こそ認められないにしても、被害者の申告をきっかけに職場環境の問題点が見つかることは多い。このように、会社の職場環境について問題提起をする従業員がいるからこそ、会社の職場環境の改善の機会を得ることができるという側面もある。 また、被害者に対して、自分の経験や申告は無駄ではなかったのだと感じてもらうことにより、上記①及び②といった効果が期待できる可能性もある。 (2) フィードバックの進め方等について医師等の専門家に相談する ハラスメントの被害者は、ハラスメント(と本人が感じた言動)に起因する精神的な傷病等を抱えていることが多い。そこで、産業医等の専門家に対して、被害者の精神的傷病の内容等を説明したうえで、フィードバックの内容や進め方等について相談することも推奨される。 なお、弊職は、以前、産業医に相談した際に、「個人としての柳田さんと、弁護士としての柳田さんの立場を分けてフィードバックを行ってはどうか」とのアドバイスを受けて、被害者に対して、「私個人としては、あなたの気持ちは大変よくわかる。しかし、弁護士として、法律の専門家として、本件において違法なハラスメントを認定することはできない」といったフィードバックを行ったことがある。このように、例えば、法務担当者・人事担当者において、「私個人としては~。しかし、法務担当者・人事担当者としては~」といった流れでフィードバックを行うことも考えられる。 (3) 口頭で行う 被害者から、書面でフィードバックしてほしいと求められることがあるが、フィードバックは口頭で行った方がよいのではないかと考える。 対面で(ないしウェブ会議で)被害者の反応を見つつ言葉を選びながら進めた方が、被害者の納得を得やすいのではないかと思われるし、ハラスメント事案は少なからず関係者のプライバシーに関わることから、書面の形にして万が一流出した場合には大きな問題となり得るためである。   2 調査協力者に対するフィードバック ハラスメントの事実調査等に際しては、関係者に事情聴取を行うなど、調査に協力してもらうことがあるが、かかる調査協力者からフィードバックを求められることもある。 調査協力者は、当該ハラスメントの加害者や被害者と同じ部署に所属しているなど、加害者や被害者と身近な関係にあることが多く、特に、調査協力者が加害者の部下である場合、加害者がハラスメントを行ったか否かは調査協力者にとっても重大な関心事である。 また、ハラスメントが認められた場合のフィードバックとは異なり、加害者の処分内容等のプライバシー事項を開示するわけではないし、加害者のハラスメントが認められなかったことを説明して加害者の名誉を回復する必要もあることから、求めに応じてフィードバックを行うという判断もあり得ると考える。 ただし、被害者が殊更に虚偽の事実を申告したなどという誤解を招かないよう、表現等には十分に注意する必要がある。   3 ハラスメント加害者に対するフィードバック 同僚や部下からハラスメントの加害者であると申告されることは、加害者にとっても大変な心理的負荷を与えられるものである(※)。 (※) アンシス・ジャパン事件判決(東京地判平成27年3月27日・労働判例1136号125頁)は、「二人体制で業務を担当する他方の同僚からパワハラで訴えられるという出来事(トラブル)は、同僚との間での対立が非常に大きく、深刻であると解される点で、客観的にみても原告に相当強い心理的負荷を与えたと認めるのが相当」であるとして、そのようなトラブルの再発を防止し、加害者(原告)の心理的負荷が過度に蓄積することがないよう、会社は適切な対応をとるべきであったと判示した。 よって、加害者に(ハラスメント行為は認められないものの)問題行為が認められる場合はもちろんのこと、そのような行為が認められない場合においても、加害者に対して調査結果のフィードバックを行うことが望ましい。 この場合、被害者が殊更に虚偽の事実を申告したなどという誤解を招かないよう、表現等に十分に注意する必要があることは、調査協力者に対するフィードバックの場合と同様である。 (了)

#No. 498(掲載号)
#柳田 忍
2022/12/08
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