〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第31話】 「新型コロナウイルスと国税通則法11条」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「そうか・・・とうとう税務職員も新型コロナウイルスに罹ったか・・・」 中尾統括官は、新聞を読みながら、深いため息をつく。 「この確定申告の忙しい時期に・・・」 中尾統括官の机の上には、無造作に白いマスクが置かれている。 「・・・ずっとマスクをしていると息苦しくて・・・仕事にならないよ。」 傍らでマスクをしている浅田調査官に、中尾統括官は、マスクを外している釈明をする。 「しかし、巷でこれだけ感染している人が多いとメディアが報道していますから、税務職員だけがコロナウイルスに感染しないということはありえません・・・中尾統括官も十分注意してください・・・」 浅田調査官は、白いマスクをモグモグさせながら喋っている。 「今回は・・・確定申告期限も延長になったことだしな・・・」 中尾統括官がパソコンで見ている国税庁のホームページでは、令和2年2月27日付けで、次のような見出しで申告・納付期限の延長が掲載されている。 「・・・延期の対象となった税目は、申告所得税、贈与税、個人事業税の消費税・・・ですね。」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「・・・この延長によって、所得課税部門の我々が直接影響を受けているわけだが・・・それにしても確定申告を1ヶ月延長するというのは・・・長くこの仕事をやってきた私にとっても、初めての経験だよ。」 中尾統括官は、新型コロナウイルスの新聞記事にもう一度、目を落とす。 「ところで・・・確定申告の期限を延長する法律上の根拠って、何なんですか?」 浅田調査官が尋ねる。 「それは・・・国税通則法11条だろう・・・」 中尾統括官は、机の上に置かれている税務六法を手に取る。 「今回の新型コロナウイルスが、この『災害その他やむを得ない理由』に該当する・・・ということですね。」 浅田調査官が再び尋ねる。 「そうだろう。」 中尾統括官は憮然と答える。 「国税庁のホームページに、全国の確定申告の期限について、延長する旨の連絡を載せたのだから、国税庁長官が延長を決断したということなのでしょうが・・・」 浅田調査官は、マスクをしているので、こもった声になる。 「国税通則法施行令3条2項には対象者指定による期限延長として・・・次のように規定されている。」 そう言うと、中尾統括官は、再び税務六法を開く。 「そしてホームページでの告知とは前後するが、3月6日の官報で、国税庁長官名による告示が公布されている。」 「なるほど・・・ただ・・・確定申告の期限を延長するということは・・・納税者(国民)に大きな影響を与えると思うのですが・・・それを国税庁長官が1人で決めるということは・・・なんとなく違和感を感じませんか?」 マスクをした浅田調査官が頸を傾げる。 「それじゃあ国税庁長官以外に・・・誰が申告期限の延期を決めたらいいというのだ。」 中尾統括官は少し怒ったように言う。 「・・・」 浅田調査官は、困った顔をする。 中尾統括官は机の引き出しから、『国税通則法精解〈平成25年改訂〉』(志場喜徳郎他共著/大蔵財務協会)を取り出す。 「この本では、国税通則法11条ができた経緯について、214頁に、次のように述べている。」 「でも・・・東日本大震災のとき・・・国は、特例法で対応しました・・・つまり、震災で被災した人たちの負担を軽減するために、「東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律」を国会で成立させましたよね・・・」 浅田調査官はスマートフォンで、東日本大震災の震災特例法を確認する。 「ということは・・・新型コロナウイルスも国税通則法11条などを適用せずに、国会で法律をキチンと作れということか・・・ただ今回は、法律を作る時間がなかったのかもしれない・・・」 中尾統括官は渋い顔をする。 浅田調査官は素直に頷く。 「ところで、個人事業者の消費税の申告期限・納付期限は、従来、令和2年3月31日だったのを、今回は半月だけ延長し、令和2年4月16日としていますが、他の税目(申告所得税・贈与税)は1ヶ月の延長を認めていますよね。このように税目によって延長期間を異にするということも・・・国税庁長官が独自に判断することになるのですね・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「まあ・・・消費税だから・・・国としてはできるだけ早く、税金を徴収したいという気持ちがあるのかもしれない・・・」 中尾統括官は、おもむろに机の上に置かれているマスクを手に取って、苦笑いしながら顔に付ける。 (つづく)
《速報解説》 令和2年度税制改正に係る 「所得税法等の一部を改正する法律」が 3月31日付官報:特別号外第37号にて公布 ~施行日は原則4月1日、グループ通算制度に関する政省令は未収録~ Profession Journal編集部 令和2年度税制改正関連法が3月27日の参議院本会議で可決・成立し、3月31日(火)の官報特別号外第37号にて「所得税法等の一部を改正する法律」が公布された(法律第8号)。施行日は原則令和2年4月1日(法附則第1条)。地方税関係の改正法である「地方税法等の一部を改正する法律」も官報同号にて公布されている(法律第5号)。 なお今年度改正では、連結納税制度の見直し(グループ通算制度の創設)が大きな割合を占めるが、関連する政省令は今回の官報において公布されていない。本件については引き続き動向を注視したい。 また一部報道では新型コロナウイルスに係る経済対策として政府が新たな税制措置を講じるとされているが、今回の税制改正には織り込まれておらず、こちらも今後の情報に十分留意する必要がある。 * * * 以下では主な法律、政令、省令等の官報該当ページへのリンクを紹介する。 なお本誌では例年同様、主要な改正事項については毎週木曜日公開号において、専門家による解説記事を順次掲載するとともに、各府省庁・主な団体等より公表された令和2年度税制改正関連の情報については「令和2年度税制改正に関する《資料リンク集》」及び「新着情報」を随時更新していくので、そちらを併せて参照いただきたい。 また、税制改正大綱を受けた主な改正情報については、すでに本誌掲載済みの「令和2年度税制改正大綱」に関する《速報解説》 をご覧いただきたい。 官報:令和2年3月31日付(特別号外第37号)で公布された主な税制改正関連法令 法令のあらまし ◆所得税法等の一部を改正する法律 附則:施行期日・経過措置など 所得税法の一部改正(第1条関係・第2条関係) 所得税法施行令及び災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律の施行に関する政令の一部を改正する政令 所得税法施行規則の一部を改正する省令 法人税法の一部改正(第3条関係) 法人税法施行令等の一部を改正する政令 法人税法施行規則の一部を改正する省令 地方法人税法の一部改正(第4条関係) 地方法人税法施行令の一部を改正する政令 相続税法の一部改正(第5条関係) 相続税法施行規則の一部を改正する省令 地価税法施行規則の一部を改正する省令 登録免許税法施行規則の一部を改正する省令 消費税法の一部改正(第6条関係・第7条関係) 消費税法施行令等の一部を改正する政令 消費税法施行規則の一部を改正する省令 酒税法の一部改正(第8条関係) 酒税法施行令の一部を改正する政令 酒税法施行規則の一部を改正する省令 たばこ税法の一部改正(第9条関係) たばこ税法施行令の一部を改正する政令 たばこ税法施行規則の一部を改正する省令 揮発油税法の一部改正(第10条関係) 揮発油税法施行令の一部を改正する政令 石油ガス税法の一部改正(第11条関係) 石油ガス税法施行令の一部を改正する政令 石油石炭税法の一部改正(第12条関係) 石油石炭税法施行令の一部を改正する政令 国税通則法の一部改正(第13条関係) 国税通則法施行令の一部を改正する政令 国税通則法施行規則の一部を改正する省令 国税徴収法の一部改正(第14条関係) 国税徴収法施行規則の一部を改正する省令 租税特別措置法の一部改正(第15条関係) ・所得税関係 ・法人税関係 ・相続税関係 ・登録免許税関係 ・消費税関係 ・酒税関係 ・たばこ税関係 ・揮発油税・地方揮発油税関係 ・石油石炭税関係 ・航空燃料税関係 ・自動車重量税関係 ・印紙税関係 ・利子税等関係 租税特別措置法の一部改正(第16条関係) ※グループ通算制度に係る改正 租税特別措置法施行令の一部を改正する政令(附則) ・所得税関係 ・法人税関係 ・相続税関係 ・登録免許税関係 ・消費税等関係 租税特別措置法施行規則等の一部を改正する省令(附則) ・所得税関係 ・法人税関係 ・相続税関係 ・消費税等関係 ・国税質問検査章規則の一部改正 ・平成二十六年租税特別措置法施行規則等の一部を改正する省令の一部改正 ・平成二十八年租税特別措置法施行規則等の一部を改正する省令の一部改正 ・平成二十九年租税特別措置法施行規則等の一部を改正する省令の一部改正 外国居住者等の所得に対する相互主義による所得税等の非課税等に関する法律の一部改正(第17条関係) 外国居住者等の所得に対する相互主義による所得税等の非課税等に関する法律施行規則等の一部を改正する省令 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の一部改正(第18条関係) 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律施行令の一部を改正する政令 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令等の一部を改正する省令 沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部改正(第19条関係) 沖縄の復帰に伴う国税関係法令の適用の特別措置等に関する政令の一部を改正する政令 沖縄の復帰に伴う国税関係法令の適用の特別措置等に関する省令の一部を改正する省令 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律の一部改正(第20条関係) 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行令の一部を改正する政令 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行規則の一部を改正する省令 電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律の一部改正(第21条関係) 電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律施行規則の一部を改正する省令 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律の一部改正(第22条関係) 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行令の一部を改正する政令 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律の一部改正(第23条関係) 租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律施行令の一部を改正する政令 租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律施行規則の一部を改正する省令 減価償却資産の耐用年数等に関する省令の一部を改正する省令 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令の一部を改正する省令 酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律施行規則の一部を改正する省令 地方税法等の一部を改正する法律 ( 附 則 ) ・1条関係 ・2条関係 地方税法施行令の一部を改正する政令 地方税法施行規則の一部を改正する省令 ▷その他の主な関係法令・告示 中小企業等経営強化法施行規則の一部を改正する省令 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則の一部を改正する省令 平成八年自治省告示第八十三号(地方税法施行令第五十二条の十の四に規定する研究開発を定める件)の一部を改正する件 所有者の探索について特別の事情を有する土地又は家屋及び当該土地又は家屋に係る所有者情報を保有すると思料される者を定める告示 租税特別措置法施行令第二十五条の十七第七項第二号イ及びロ⑵の規定に基づき、内閣総理大臣、総務大臣、財務大臣、文部科学大臣、厚生労働大臣、農林水産大臣、経済産業大臣、国土交通大臣及び環境大臣が財務大臣と協議して定める業務、事業、方法及び所轄庁を定める告示の一部を改正する件 租税特別措置法施行令第二十六条の二十八の二第四項の規定に基づき、文部科学大臣又は文部科学大臣及び総務大臣が財務大臣とそれぞれ協議して定める要件及び方法を定める告示 所得税法第九条第一項第十四号に規定する金品を指定する件の一部を改正する件 所得税法第百八十九条第一項の規定に基づき、同項に規定する所得税法別表第二の甲欄に掲げる税額が算定された方法に準ずるものとして財務大臣が定める方法を定める件の一部を改正する件 所得税法施行規則第五十六条第一項ただし書、第五十八条第一項及び第六十一条第一項の規定に基づき、これらの規定に規定する記録の方法及び記載事項、取引に関する事項並びに科目を定める件の一部を改正する件 消費税法施行令第五十条第三項、第五十四条第五項、第五十八条第三項、第五十八条の二第三項及び第七十一条第五項並びに消費税法施行令等の一部を改正する政令附則第六条第二項並びに消費税法施行規則第五条第三項及び第十六条第三項の規定に基づき、これらの規定に規定する保存の方法を定める件の一部を改正する件 消費税法施行令第十八条の二第二項第三号の規定に基づき、財務大臣の定める基準を定める件 租税特別措置法第十一条第一項及び第四十三条第一項の規定の適用を受ける期間を指定する件 東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法第二十九条第一項第一号の規定に基づき、同号に規定する所得税法別表第二から別表第四までに定める金額及び復興特別所得税の額の計算を勘案して財務大臣が定める表を定める件の一部を改正する件 東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法第二十九条第一項第二号の規定に基づき、同号に規定する所得税法第百八十九条第一項に規定する財務大臣が定める方法及び復興特別所得税の額の計算を勘案して財務大臣が定める方法を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第一項第二号に規定する国税庁長官が定める者を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第十条ただし書に規定する国税庁長官が定める措置を定める件 租税特別措置法施行規則第二十三条の五の三第二項第四号の規定に基づき文部科学大臣及び厚生労働大臣が定める事項の一部を改正する件 消費税法施行令第十四条の四の規定に基づき厚生労働大臣が指定する身体障害者用物品及びその修理の一部を改正する件 消費税法施行令第十四条の三第一号の規定に基づき厚生労働大臣が指定する保育所を経営する事業に類する事業として行われる資産の譲渡等の一部を改正する件 租税特別措置法の規定の適用を受ける機械その他の減価償却資産を指定する件の一部を改正する件 中小企業等経営強化法施行規則第十二条第二項第三号ニに規定する投資に関する契約の契約書の記載事項の一部を改正する告示 租税特別措置法施行規則第十八条の十五第六項に規定する経済産業大臣の認定に関する手続を定める件の一部を改正する告示 租税特別措置法施行令第二十五条第七項及び第三十九条の七第二項の規定に基づき、国土交通大臣が指定する区域を定める件 租税特別措置法施行令第二十二条の二第十項等の規定に基づく国土交通大臣が財務大臣と協議して定める基準の一部を改正する件 (了)
《速報解説》 金融庁、令和2年3月期以降の事業年度における 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項を公表 ~開示府令の改正を受け、役員報酬・株式等の保有状況等に関する事例を紹介~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和2(2020)年3月27日、金融庁は次のものを公表した。 令和2年3月期以降の有価証券報告書の作成に当たっては、これらに記載されている事項に特に注意し、適切に作成する必要があると考えられる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項について 令和2年3月期以降の事業年度に係る有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項として次のことを述べている。 1 新たに適用となる開示制度に係る留意すべき事項 主に、「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(平成31年1月31日、内閣府令第3号)による改正に関する次のものである。 2 記述情報の充実に向けて 平成31年度有価証券報告書の審査では、記述情報の記載について、法令が求める最低限の記載水準を満たすことだけを目的として、ルールへの形式的な対応にとどまる開示も見られ、投資家等が必要とする十分な情報が得られない事例も見受けられたとのことである(4ページ)。 そこで、今般、記述情報の記載ぶりに改善の余地があると考えられる提出会社に、翌年度からの改善・充実に向けた検討を求める通知を発出している。このような会社は全提出会社の3割程度とのことである。 投資家等との建設的な対話を促進し、企業価値の向上につながるよう、提出会社には、記述情報のより一層の充実が期待されている。 3 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項 平成31年度の有価証券報告書レビューに関して、現在(令和2年3月27日時点)までの実施状況を踏まえ、複数の会社に共通して記載内容が不十分であると認められた事項に関し、記載に当たっての留意すべき事項について述べている。 当該事項を記載している別紙1は、表紙を含めて37ページある。 記載内容が不十分であると認められた事項には、会計監査の対象となる財務諸表等に関わるものも含まれており、留意すべき事項については、有価証券報告書提出会社だけでなく、監査を実施する公認会計士又は監査法人においても、十分に留意いただきたいと記載されているので、改めて有価証券報告書の作成に際しては注意が必要である。 平成31年度有価証券報告書レビューでは、以下の重点テーマに着目して審査している。 本稿では、「審査結果」において確認された事例について、「適切ではない事例」として紹介する。 Ⅲ 有価証券報告書レビューの実施について(令和2年度) 1 法令改正関係審査 平成31年1月に施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」による改正について、次のものの記載内容を審査する。 これらの項目は主に記述情報からなるため、各提出会社がそれぞれの置かれた状況等に応じて、ルールへの形式的な対応にとどまらない充実した開示が期待されている。 有価証券報告書提出会社は、別添の「調査票」に回答することが求められているので、有価証券報告書の作成に際して注意が必要である。 開示府令改正のポイント等は次のとおりである。 2 重点テーマ審査 令和2年度の有価証券報告書レビューについては、次のテーマに着目し、令和2年3月31日以降を決算期末とする有価証券報告書の提出会社の中から審査対象会社を選定するとのことである。 財務局等からの質問状には、次の観点も反映していると述べられており、本3月期の有価証券報告書の作成に際しても、下記の観点を十分に考慮し、開示の要否を判断すべきものと解される。 (了)
《速報解説》 金融庁、「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会」報告書を公表 ~新規・成長企業がその成長プロセスに応じて適切な監査を受けるための環境整備を推進~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年3月27日、金融庁は、「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会」報告書を公表した。 これは、近年、IPO を目指す企業は増加傾向にある一方で、監査事務所との需給のミスマッチ等により、必要な監査を受けられなくなっている問題について検討したものであり、新規・成長企業がその成長プロセスに応じて適切な監査を受けることができるための環境整備を進めるための取組みについて述べている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ IPOを目指す企業に対する質の高い監査の提供に向けた環境整備 監査法人、証券会社、ベンチャーキャピタル、取引所などの関係者に対して、以下の取組みが期待されている。 1 大手監査法人 2 準大手監査法人 3 中小監査事務所 4 日本公認会計士協会 前述の取組みが着実に実施されることを確保するように所要の対応を行うことが期待されている。 5 証券会社 引受証券会社については、IPOを目指す企業の監査人として大手監査法人を推す傾向がある等の指摘がなされているが、今後は中小監査事務所の活用も期待されている。 6 ベンチャーキャピタル ベンチャーキャピタルは、自らの知見やネットワークを活用するとともに対話の場に積極的に参加するなどの取組みを通じて、企業がその成長ステージに応じて必要な監査その他のサポートを受けることが可能となるよう、支援の充実を図る。 7 取引所 8 IPOを目指す企業 新規・成長企業は、その成長ステージに応じて、必要な内部管理体制を適切に構築していくことが重要であり、経営者は、専門的知見を有する公認会計士を積極的に活用していくことが望まれる。 また、IPOを目指す企業には、その目指す成長スピードを実現しつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上が図られるよう、監査法人や証券会社との対話を深め、上場準備その他の必要な対応を図っていくことが求められる。 (了)
《速報解説》 国税庁、「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」を公表 ~法人税や相続税、酒税などの個別延長が認められる「やむを得ない理由」を例示~ Profession Journal編集部 国税庁は3月25日、「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」を公表、既報のとおり2月に決定した申告所得税等の申告・納付期限の一括延長のほか、この一括延長の対象とされていない法人税や相続税、酒税などの手続の延長の取扱い等を明らかにした。 FAQでは、一括延長の対象とされていない手続(法人税や相続税、酒税など)については従来通りの期限としつつも、「地震等の自然災害、火災等の人為的な災害、申告等をする方の重傷病など、災害その他やむを得ない理由により、申告・納付等を期限までに行うことが困難な事情がある方(企業)については、税務署へ申請していただくことにより、申告期限等が個別に延長される制度がある」とし、次のような場合には個別延長が認められるとしている。 なお、上記下線部における「理由」の例示は以下のとおり。 上記④に関しては、「株主総会の開催が遅れる場合の消費税の申告等の期限延長」として、消費税及び地方消費税については法人税と異なり確定した決算に基づいて申告を行うものではないため、定時株主総会の開催延期により決算が確定しないという理由だけでその期限を延長することはできないとしつつ、「しかしながら、定時株主総会の開催延期という理由以外にも、例えば、社員の休暇勧奨などで通常の業務体制が維持できない状況となり、決算書類や申告書等の作成が遅れ、期限までに消費税及び地方消費税の申告・納付等が困難な理由がある場合には、期限の延長が認められます。」としている(「2 申告・納付等の期限の個別延長関係」問3)。 その他、資金繰りの悪化や事業に著しい損失や著しい売上の減少が生じた場合の納税の猶予制度について紹介(「4 納付の猶予制度関係」)、また相続税関係では「相続税の申告において相続人の1人が感染した場合の取扱い」なども明らかにしている(納税の猶予制度については国税庁「新型コロナウイルス感染症の影響により納税が困難な方へ」を参照されたい)。 なお今回のFAQ含む新型コロナウイルス感染症に関する対応についての情報は、下記の国税庁ホームページにまとめられており、今後も更新されると考えられるため、適宜確認を行っていただきたい。 (了)
2020年3月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.362を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第69回】 「5Gサービス提供設備の早期開設に対する税の優遇」 税理士 山本 守之 1 5Gを考える 5Gとは、「第5世代移動通信システム」のことで、1980年代のアナログ方式の自動車電話の1Gから1990年代にはメールなどのデジタル方式のインターネット回線2G、2000年代には通信速度がさらに速くなり、携帯電話が海外でも使えるようになる3G、2010年代にはスマートフォン時代の4G、と10年ごとに進化して、今は社会のインフラとしてネットワークを支える「5G時代」と言えます。 5Gでは「高速大容量」「高信頼・低遅延通信」「多数同時接続」がテーマになっていますが、中国等の世界各国に比べると日本は遅れているので、税の面から支援する必要があるとして考えられたのが、令和2年度税制改正で導入される税制優遇措置です。 2 優遇措置の概要 2020年より5G(第5世代移動通信システム)が導入されることになります。令和2年度税制改正では、5Gサービスの提供に必要なインフラ設備を早期に開設した事業者を対象に、新たな税制優遇措置が設けられることになりました。 その概要は次のようなものです。 3 背景と内容 世界各国では21世紀の基幹インフラ(通信、インターネット、携帯電話)として5Gを整備していますが、特に中国が進んでいます。日本では次のように対応しています。 (1) 成長戦略実行計画 2020年度末までに全都道府県で5Gサービスを開始するとともに、セキュリティの確保に留意しつつ、通信事業者等による5G基地局や光ファイバなどの情報通信インフラの全国的な整備に必要な支援を実施し、2024年度までの5G整備計画を加速するとして、2019年(令和元年)6月21日に閣議決定をしています。 (2) まち・ひと・しごと創生基本方針2019 Society5.0の実現に向けて、2020年度末までに全都道府県で5Gサービスを開始するとともに、通信事業者等による5G基地局や光ファイバなどの情報通信インフラの全国的な整備に必要な支援を実施し、2024年度までの5G整備計画を加速するとして、2019年(令和元年)6月21日に閣議決定をしています。 (3) 世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画 5Gのサービスを支える基地局や光ファイバなどの情報通信インフラの整備を進めるとともに、5G事業者による地域課題解決に向けた開発実証を推進していくとして、2019年(令和元年)6月14日に閣議決定をしています。 国際的には一部の国で5Gサービスがすでに開始されていますが、わが国では次のような問題を抱えています。 〔懸念される事項〕 〔問題点として〕 〔そこで、租税特例措置により〕 〔加えて、税制特例措置により〕 〔共同使用により税制特例措置〕 4 改正の内容 (1) 特別償却・税額控除(租税特別措置法第42条の12の5の2) 【対象となる事業者】 青色申告書を提出する法人で、一定のシステム導入(注)を行う認定導入事業者に該当するもの 【対象資産】 特定高度情報通信用認定等設備(認定導入計画に記載された機械その他の減価償却資産で、一定のシステム導入(注)の用に供するためのもの) (注) 「一定のシステム導入」とは、特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律の「認定導入計画」に従って実施される同法の「特定高度情報通信技術活用システム」の導入で、その早期の普及を促すものであってその供給の安定性の確保に特に資するものとして基準に適合することについて主務大臣の確認を受けたものをいいます。 【税制優遇借置】 ・特別償却:対象資産の取得価額 × 30% ・税額控除:対象資産の取得価額 × 15%(※) (※) 控除を受ける事業年度の法人税額の20%を限度とします。 なお、上記税制優遇借置は、特別償却については法人住民税及び法人事業税に、税額控除については中小企業者等に係る法人住民税にも適用されます。 【適用時期】 「特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律」の施行の日から2022年(令和4年)3月31日までの間に取得等をし、事業の用に供された資産について適用されます。 (2) 固定資産税・都市計画税(地方税法附則第15条第49項) 【対象となる事業者】 認定導入計画に基づき、電波法の規定によりローカル5G無線局に関わる免許を受けたもの 【対象資産】 主務大臣の確認を受けた償却資産(取得価額3億円以下のものに限る。) 【税制優遇措置】 対象資産の課税標準を最初の3年間のみ2分の1とする。 【適用時期】 「特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律」の施行の日から2022年(令和4年)3月31日までの間に新たに取得したものについて適用されます。 * * * なお、本稿公開日現在、「特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律案」は国会で審議されており、公布の日から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されることになっています(同法附則第1条)。 (了)
これからの国際税務 【第18回】 「令和2年度税制改正大綱における国際課税の焦点(その2)」 - 一国主義の税制改革と外国税額控除の制限- 21世紀政策研究所 国際租税研究主幹 青山 慶二 1 はじめに 電子経済を巡る国際課税ルールの改定がいよいよ大詰めを迎えつつある。本年(2020年)1月31日にOECD/G20の下にある包摂的枠組み国(約140ヶ国)が承認した文書では、まず、市場国へ新たに課税権を付与する多国籍企業の所得として、①自動化されたデジタルサービスと、②消費者向けビジネスから生じる超過収益を対象とする課税ルールの基本的枠組みが合意された(第1の柱)。 この提案枠組みは、これまで、GAFAに代表される高度にデジタル化されたビジネスモデルへの課税漏れを防止すべきと主張する欧州勢と、今後の経済のデジタル化進展を見据えて市場国での課税漏れ全般を対象に検討すべきと主張してきた米国、更には、高い成長力を背景に市場国としての税源配分を従来から広範に求めてきた新興国のそれぞれの立場を統合したアプローチであると解説されている。 この合意が達成されれば、現在欧州を中心に拡大しつつある1国限りのデジタルサービス税は廃止されることが期待されている。また、併せて低税率国への所得移転についての追加的措置として、最低税率を下まわる国に所在する関連企業に発生する所得を合算課税したり、それへの支払いの損金算入を否認したりするルール(第2の柱)についても、速やかに枠組み合意を経て2020年末の合意を目指すこととされた。 一方、我が国の令和2年度税制改正案中には、外国税額控除の対象となる税の限定について注目すべき項目が含まれている。すなわち、諸外国で国内法改正により我が国の法人税の課税対象とならない所得に課される税を外国税額控除の対象から外すことを明記する提案である。納税者から見れば二重課税残存のリスクが拡大することにもなりかねないので、本稿ではその内容及び課題について予備的に検討する。 2 令和2年度税制改正案とその効果 外国税額控除制度を規定する法人税法69条1項は、控除対象となる外国法人税を「外国の法令により課される法人税に相当する税で政令で定めるもの」と規定し、これを受けた法人税法施行令141条は、1項で「法人の所得を課税標準として課されるもの」と規定するとともに、2項及び3項でそれに含まれるもの及び含まれないものをそれぞれ列挙している。 今回の改正では、「含まれないもの」(つまり外国税額控除の対象から除外されるもの)としてリストアップする同条3項に、①外国法人の所得について、これを内国法人の所得とみなして当該内国法人に対して課される外国法人税の額と、②内国法人の国外事業所等において、当該国外事業所から本店等又は他の者に対する支払金額等がないものとした場合に得られる所得につき課される外国法人税の額が追加されることになる(令和3年4月1日以後開始事業年度から適用)。 上記①及び②の法人税額は、前述した2020年末の合意を目指す第2の柱で検討されている課税スキームに関連する可能性のあるものであり、中でも、既にトランプ税制改革により米国で導入された税源浸食・濫用防止税(BEAT税制)が念頭にあるように思われる。BEAT税制は、例えば日本法人NY支店が国外関連者に対して支払う利子等についても適用されるからである。 3 今後の課題 外国の国内法改正により、新たな法人所得に関係する課税が創出された場合には、それが租税条約の所得に関する課税に属するものかどうかにより、条約上の二重課税救済義務の対象になるかどうかが判定される。 BEAT税制については、①その立法経緯において、最終段階まで物品税(Excise Tax)として立案されたという経緯があり、また、課税標準も売上原価のみを控除するという特殊なものであること、②日米租税条約23条1項は、日本国居住者の外国税額控除については、外国で納付した租税を控除することに関する「日本国の法令の規定」に従って控除すると規定されていることから、今回の改正により、BEAT税制で課税を受けた内国法人への外国税額控除適用の可能性は明確に否定されることになろう。なお、このような事例は、英国が2015年から導入した迂回利益税についても既に発生していた。 各国が自国の税収を守る観点から国際協調を待たずに独自導入する事業体課税に関係する税制改正は、2020年末の電子経済課税の合意という期待を持てる動向はあるものの、まだ当分の間続くものと予測される。それによる二重課税のリスクは、タイムリーな多国間あるいは二国間の合意がない限り、納税者が当面負担するしかない。しかし、これらが蓄積するとグローバル経済のサプライチェーンにボディブローのような阻害効果をもたらしかねない。G20のリーダーシップによる国際課税ルール(ルール本体のみならず紛争解決手続を含む)の調和の促進がさらに求められるところである。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第32回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -個別的否認規定と個別分野別の一般的否認規定との関係(その2)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅲ TPR事件東京地判にみられる誤解・不可解 1 ヤフー事件最判との関係 では、TPR事件東京地判は、法人税法132条の2の規定をどのように適用したのであろうか。この事件も、ヤフー事件と同様、未処理欠損金額の引継ぎ(法税57条2項)の事案であるが、その濫用防止規定(同条3項)に係る適用除外要件(否認緩和要件)のうち、本件合併については、ヤフー事件と異なり特定役員引継要件該当性ではなく、特定資本関係5年超要件該当性が問題となった(なお、法税132条の2の不当性要件に関する判断については、ここでは検討しないが、拙稿「判批」ジュリスト1538号(2019年)10頁参照)。 TPR事件東京地判は、ヤフー事件最判(「平成28年最判」)を参照した上で、法人税法132条の2と同法57条3項との適用関係について次のとおり判示している(以下「TPR事件東京地判ⓐ」という。下線筆者)。 この判示は、ヤフー事件最判❶と比較すると、法人税法132条の2が否認の対象とする租税回避(「組織再編成に係る租税回避」)の「手段」について、同条の趣旨及び目的の観点から「組織再編成」に係る私法上の形成可能性(選択可能性)のみを想定した説示を行うにとどまり、ヤフー事件最判❶とは異なり、同条の否認要件の観点から「組織再編税制に係る各規定」を想定した説示は行っていないことが注目される。このことは、TPR事件東京地判が法人税法132条の2の否認要件(不当性要件)と同法57条3項の否認要件との適用関係について、ヤフー事件最判が前提とすると解されるような、「組織再編税制に係る各規定」の法的性格・構造に関する前述のような検討(前記Ⅱ2)を前提として行うことなく、判断を示したことを意味するように思われる(このことについては、TPR事件東京地判の当てはめ判示との関係で後記3で検討する)。 もっとも、TPR事件東京地判も「組織再編税制に係る各規定」について一定の検討を行ってはいるが、それらをヤフー事件最判❷と対応させて整理すると、①法人税法57条2項の課税減免規定、②同条3項の否認要件、及び③当該否認要件に係る適用除外要件(否認緩和要件)である特定資本関係5年超要件について、次のとおり判示している(以下「TPR事件東京地判ⓑ」という。下線筆者)。 この判示をみると、TPR事件東京地判は、前記①②③の各規定について「一応表面的には」ヤフー事件最判❷と同じような理解を示しているようにもみえる。しかし、決定的に異なるのは、前記②の法人税法57条3項の否認要件に関する理解である。ヤフー事件最判❷は次の2でみるような「誤解」は示していない。 2 法人税法57条3項の否認要件に関する誤解 確かに、TPR事件東京地判ⓑが説示するように、法人税法57条3項が「未処理欠損金額を利用したあらゆる租税回避行為をあらかじめ想定して網羅的に定めたものとはいい難」いのは、事実である。すなわち、ここでいう「租税回避行為」は、TPR事件東京地判ⓐが法人税法132条の2の趣旨及び目的に関して説示した、「組織再編成」に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を「手段(間接的手段)」とする租税回避(第22回Ⅲ参照)であると解されるが、「私的自治の原則ないし契約自由の原則の支配している私法の世界では、人は、一定の経済的目的ないし成果を達成しようとする場合に、強行規定に反しない限り自己に最も有利になるように、法的形成を行うことができる。」(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)133頁。【66】(ロ)も同旨)以上、私法上の形成可能性(選択可能性)によってどのような「組織再編成」が行われるか及びそれに伴いどのような「租税回避行為」が行われるかを「あらかじめ想定して網羅的に定め」ることは困難、むしろ不可能といってよいであろう。 しかし、そうであるからこそ、法人税法57条3項は、「未処理欠損金額を利用した租税回避行為」を特定することなく包括的に否認する旨を否認要件として定めたのである。法人税法57条3項は、一般に、租税回避の個別的否認規定として性格づけられているが(TPR事件東京地判ⓐも同じ)、それは、否認の対象とする租税回避の「直接的手段」が同条2項の規定(本来的課税減免規定)に限定・特定されているからであって、その「間接的手段」としての「組織再編成」に係る私法上の形成可能性(選択可能性)は限定・特定されてはいないのである。その意味で、法人税法57条3項は、否認の対象とする租税回避の「間接的手段」の観点からは、むしろ、組織再編成(に係る未処理欠損金額の引継ぎ)という個別分野における「一般的否認規定」というべきものである。 したがって、TPR事件東京地判ⓑが法人税法57条3項を「典型的な租税回避行為としてあらかじめ想定されるものを対象として定めた具体的な否認規定」と理解したのは、同項の規定の法的性格・構造に関する誤解に基づく理解であり、誤りである。同項は、「未処理欠損金額を利用した租税回避行為」の否認要件と同要件に係る適用除外要件(否認緩和要件)を定めているが、私法上の形成可能性(選択可能性)の観点からみると、対象を個別的・限定的に定めているのは後者の否認緩和要件(特定資本関係5年超要件とこの要件に該当しない場合におけるみなし共同事業要件)であって、前者の否認要件は対象を限定・特定してはいないのである。 なお、一般的な否認要件と個別的な適用除外要件(否認緩和要件)との組合せという立法技術は、税法上の課税減免規定に係る濫用防止規定(租税回避否認規定)についてだけでなく、税法上の課税減免規定の適用を否認する規定一般について広く用いられるものである。例えば、役員給与の損金不算入(損金算入否認)を定める法人税法34条1項、「必要経費とされない家事関連費」(必要経費算入が否認される家事関連費)を定める所得税法施行令96条などのほか、租税優遇措置を定める租税特別措置法の規定の多く(表現は様々であるが、当該措置は「・・・・・・ない場合には、適用しない」、「・・・・・・ものについては、適用しない」、「・・・・・・ある場合に限り、適用する」等の規定)が、そのような立法技術を用いている(このことの当否は別途検討すべきであると考えるところであるが、ここでは立ち入らない)。 3 法人税法132条の2の適用に関する不可解 これに対して、前記③の法人税法57条3項の特定資本関係5年超要件に関するTPR事件東京地判ⓑの説示、すなわち、「特定資本関係5年超要件を満たす適格合併等であっても、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われる場合が想定されないとはいい難い。」との説示は、その限りでは、妥当である。特定資本関係5年超要件についても、ヤフー事件で問題とされた特定役員引継要件と同様に、「形式的に該当させることなど」(前掲・斉木論文)による回避が問題になり得るのであり、したがって、同要件に係る適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)が問題になり得るのである。 そうすると、上記の説示を前提にすれば、論理的には、TPR事件東京地判も、特定資本関係5年超要件(法税57条3項の否認要件に係る適用除外要件=否認緩和要件)について、ヤフー事件最判が「重畳的」適用の前提としたと解される、否認緩和要件に係る適用除外要件(否認回復要件)の欠缺を問題にし、これを補充するために法人税法132条の2を適用する旨の判断を示すべきであったであろうが、しかしながら、ヤフー事件最判と異なり、そのような判断は示されていないし、法人税法132条の2の適用の前提としても意識されていないように思われる。 このことは、TPR事件東京地判における法人税法132条の2の否認要件(不当性要件)への本件合併の当てはめに関する次の判示からも明らかである。 この判示において法人税法132条の2の適用に関して「租税回避の手段」として示されているのは、TPR事件東京地判ⓑで挙げられている「組織再編税制に係る各規定」のうち前記①の法人税法57条2項だけであって、前記の②同条3項の否認要件及び③同条3項の特定資本関係5年超要件を定める各規定は示されていない(この点においてヤフー事件最判当てはめ判示と決定的に異なる)。したがって、前記③の規定に係る適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)は問題にされていないことになるが、そうすると、そのような欠缺の存在を想定する、この項の冒頭で引用した説示は、法人税法132条の2の適用においては考慮されていないことになり、そもそも、なぜそのような説示をしたのか不可解といわざるを得ない。 いずれにせよ、TPR事件東京地判は、法人税法57条2項の定める本来的課税減免規定の濫用による租税回避を同法132条の2によって否認したことになるが、しかし、争点を「法人税法57条3項の適用が排除される適格合併である、特定資本関係5年超要件を満たす適格合併につき、同項の規定が一般的否認規定の適用を排除するものと解されるか否か」(TPR事件東京地判ⓐ)として設定しこれを検討している以上、そこで検討すべきであったのは、前記③の法人税法57条3項の特定資本関係5年超要件につき濫用(「本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの」)があるか否かであるはずである。前記②の法人税法57条3項の否認要件の法的性格・構造(租税回避の「間接的手段」の観点からは、組織再編成に係る未処理欠損金額の引継ぎという分野における「一般的否認規定」)を前述(前記2)のとおり正しく理解していれば、同条2項の定める本来的課税減免規定の濫用に係る私法上の法的形成は、同条3項(否認要件)によって包括的に否認されるのであるから、同法57条2項との関係では同法132条の2の「出る幕」がないことに気がつくはずである。 要するに、法人税法132条の2の「出る幕」があるのは、前記③の同法57条3項の特定資本関係5年超要件(派生的課税減免規定)につき濫用が認められる場合だけである。その場合における法人税法132条の2の適用が、ヤフー事件最判について述べた「重畳的」適用である。 なお、TPR事件東京地判は、法人税法132条の2の否認要件(不当性要件)該当性の判断において、次のとおり、法人税法57条2項が適格合併に係る適格要件において、完全支配関係がある法人間の合併についても、事業の継続を「想定」している旨を判示し(下線筆者)、その「想定」を前提にして本件における不当性要件該当性を肯定していると解される。 しかし、その「想定」は、法人税法57条3項の特定資本関係5年超要件(否認緩和要件)に係る適用除外要件(否認回復要件)とは、論理的にも内容的にも直接関係がなく、当該適用除外要件(否認緩和要件)の欠缺を補充するためのものではないと考えられる。 本件においてその「想定」(事業の継続)が満たされないというのであれば、本件合併についてそもそも適格要件該当性を否定し、未処理欠損金額の引継ぎのみならず資産の簿価の引継ぎ等も含めて組織再編税制が認める課税減免を全て否認するのが、論理的に筋の通った判断であろうが、それにもかかわらず、その「想定」をもって未処理欠損金額の引継ぎのみを否認することも不可解である。この点について、TPR事件東京地判の次の判示は、説得力があるとは思われず、むしろ、これまで検討してきたことを踏まえると、法人税法132条の2の適用関係につき更なる混乱ないし不可解さをもたらすように思われる。 Ⅳ おわりに 以上、組織再編成に係る行為計算の否認規定(法税132条の2)と未処理欠損金額の引継ぎに係る個別的否認規定(同57条3項)との関係(とりわけ適用関係)について、ヤフー事件最判とTPR事件東京地判との比較検討を通じて、検討してきた。その結果、ヤフー事件最判における法人税法132条の2の適用を「重畳的」適用とみてその論理構造を明らかにし、これに照らしてTPR事件東京地判を検討しそこにみられる誤解や不可解を指摘した。 TPR事件東京地判にみられる誤解や不可解は、この判決が法人税法132条の2の適用に関する判断の前提として、「組織再編税制に係る各規定」の法的性格・構造及び「租税回避の手段」に関する整理を、ヤフー事件最判と異なり、論理的に整然とは行っていないことに基因するものと思われる。なお、TPR事件の控訴審・東京高判令和元年12月11日(未公刊)も原審の判断を支持する判断を示していることからすると、同様の問題があると考えられる。 ここで、前回からの検討を踏まえて、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避について、未処理欠損金額の引継ぎの場合を例にとり、「組織再編税制に係る各規定」の法的構成・構造及び「租税回避の手段」に即して、「個別的否認規定と個別分野別の一般的否認規定との関係」をまとめておこう。 第1に、法人税法57条3項は、租税回避の直接的手段が組織再編税制に係る本来的課税減免規定(同条2項)に限定・特定されているという意味では「個別的否認規定」であるが、租税回避の間接的手段の観点からみると、納税者が本来的課税減免規定の適用を受けるために行使する組織再編成に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を限定・特定せずそれらを包括的に否認する規定であるという意味では、組織再編成という個別分野における「一般的否認規定」である。 第2に、法人税法132条の2は、租税回避の直接的手段が組織再編税制に係る派生的課税減免規定(本来的課税減免規定の濫用防止規定に係る適用除外規定=否認緩和規定。特定資本関係5年超要件とこの要件に該当しない場合におけるみなし共同事業要件を定める規定)に限定・特定されているという意味では「個別的否認規定」であるが、租税回避の間接的手段の観点からみると、納税者が派生的課税減免規定の適用を受けるために行使する組織再編成に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を限定・特定せずそれらを包括的に否認する規定であるという意味では、組織再編成という個別分野における「一般的否認規定」である。 第3に、法人税法57条3項と同法132条の2とを租税回避の間接的手段の観点から比較すると、適用範囲という点では、本来的課税減免規定の濫用を対象とする前者の方が、派生的課税減免規定を対象とする後者よりも、広いとみることができる。すなわち、後者の適用範囲は、前者の包括的な適用範囲から例外的に除外された、組織再編成に係る私法上の形成可能性(選択可能性)の範囲に限られるのである。 なお、一般には、法人税法57条3項が「個別的否認規定」、同法132条の2が「個別分野別の一般的否認規定」と性格づけられているが、そのような性格づけについては、観点の取り方がいわば「襷掛け」になっていることに注意すべきであろう。 最後に、前回からの検討を振り返るとき、30年ほど前にミュンヘン大学でお世話になったクラウス・フォーゲル教授の「税法における完璧主義」という論文(Klaus Vogel, Perfektionismus im Steuerrecht, StuW 1980, 206)の中の言葉が想起される。その言葉の一部の紹介(拙著『租税条約論』(清文社・1999年)186頁[初出・1993年])を以下に引用しておこう。 「組織再編税制に係る各規定」も「完璧主義」的立法の1つといってよかろうが、そのような立法は、租税立法者にとってだけでなく租税法律の解釈適用者にとっても「制御」が困難になる場合があろう。TPR事件東京地判の判断をみると、そのことを痛感せざるを得ない。控訴審でも同様の判断が示された今となっては、最高裁では、この判断とは異なり、ヤフー事件最判のように「組織再編税制に係る各規定」の法的性格・構造及び「租税回避の手段」に関する正確な理解を前提にした判断が示されることを強く期待したい。 次回は、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避だけでなく、私法上の形成可能性(選択可能性)の濫用による租税回避(租税回避の第1類型。第22回Ⅱ)も含めて、租税回避一般について個別的否認規定と一般的否認規定との関係を、ドイツの議論を素材にして検討することにする。 (了)
〔免税事業者のための〕 インボイス導入前後の実務対応 【第5回】 (最終回) 「免税事業者が課税事業者(適格請求書発行事業者)になった場合の注意事項」 税理士 石川 幸恵 連載最終回となる【第5回】は、免税事業者が適格請求書発行事業者への登録を行った以後に注意すべき点や、再び免税事業者となる場合の手続を確認する。 1 事業者免税点制度の適用なし 適格請求書発行事業者は、登録日以降はその基準期間における課税売上高が1,000万円以下となる課税期間においても、免税事業者にはならない(インボイスQ&A 問11)。 2 課税期間の中途に免税事業者から課税事業者になった場合《経過措置》の注意事項 令和5年10月1日の属する課税期間中に免税事業者が適格請求書発行事業者の登録を受けることとなった場合には、経過措置として登録を受けた日から課税事業者となる(【第3回】参照)。 課税期間の中途から課税事業者となるため、以下の取扱いがある。 (1) 棚卸資産の調整 課税事業者となる日の前日において所有する棚卸資産のうちに、納税義務が免除されていた期間において仕入れた棚卸資産がある場合は、その棚卸資産に係る消費税額を課税事業者になった課税期間の仕入れに係る消費税額の計算の基礎となる課税仕入れ等の税額とみなして、仕入税額控除の対象とする(改正令附則17)。 (2) 簡易課税制度選択届出書の提出期限 原則では、簡易課税制度の規定の適用を受けるためには、適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに、「簡易課税制度選択届出書」を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。 経過措置により登録日から課税事業者となった事業者が、登録日を含む課税期間から簡易課税の適用を受ける旨を記載した簡易課税制度選択届出書を、その課税期間中に納税地の所轄税務署長に提出したときは、その課税期間から簡易課税の適用を受けることができる(改正令附則18)。 〔課税期間の中途から課税事業者となった場合〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 3 適格請求書発行事業者の登録を取りやめたい場合 (1) 手続 「適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書」(以下、登録取消届出書)を納税地の所轄税務署長に提出することにより、適格請求書発行事業者の登録の効力を失わせることができる。 (2) 登録取消届出書の適用時期 ① 原則 登録取消届出書の提出があった日の属する課税期間の翌課税期間の初日から適用される。 ② 課税期間の末日から起算して30日前の日からその課税期間の末日までの間に提出した場合 その提出があった日の属する課税期間の翌々課税期間の初日から適用される。 〔適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書の適用時期〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (3) 適格請求書発行事業者でなくなった場合の注意事項 適格請求書発行事業者であった課税期間中に行った課税資産の譲渡等について、返品を受け、又は値引き、割戻しをした場合には、適格返還請求書を発行しなければならない(インボイス通達3-15)。 4 事業者免税点制度の適用を受けるには (1) 適格請求書発行事業者の登録申請書と併せて課税事業者選択届出書を提出した場合 適格請求書発行事業者の登録申請書を提出する際に、課税事業者選択届出書を提出した場合には、登録取消届出書の提出等により適格請求書発行事業者の登録が失効しても、課税事業者選択届出書の効力が残る。 このため、納税義務の免除を受けるためには、「課税事業者選択不適用届出書」を提出しなければならない。 (2) 経過措置により令和5年10月1日の属する課税期間中に登録を受けた場合 令和5年10月1日の属する課税期間中に、免税事業者が適格請求書発行事業者の登録を受けた場合には、経過措置により、課税事業者選択届出書を提出せずに課税事業者となっている(インボイスQ&A 問9、問11)。 この場合、登録取消届出書の提出により、登録の効力が失われた課税期間から事業者免税点制度が適用され、課税事業者選択不適用届出書の提出は不要である(インボイス通達5-1(注)なお書き)。 5 適格請求書等保存方式開始に向けた免税事業者をめぐる現状と今後の留意点 免税事業者は、税理士の関与を受けず、商工会等の機関のサポートを年に数回受けて税務申告を行う者も多く、本連載で解説したような情報は、まだ十分には行き渡っていないと考えられる。 逆に、多数の外注先を抱える課税事業者において、免税事業者と思われる外注先への説明・指導をどうするか、個人事業者との契約の見直し、内製化の検討などが進んでいると思われる。 今後は登録開始に向けたスケジュールを意識しつつ、国税庁からの新たな情報の公表に留意が必要である。 (連載了)