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企業経営とメンタルアカウンティング~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第13回】「「現状維持」という名の怠けグセ」

企業経営と メンタルアカウンティング ~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第13回】 「「現状維持」という名の怠けグセ」   公認会計士 石王丸 香菜子   *資料* ● 第2事業部では、商品の包装設備を利用している。現在利用している設備はリース会社よりリースしているものであり、間もなく契約が終了する。その後に利用する新設備について、以下の2つの案が考えられる。どちらの案も設備自体は同じであり、性能等に違いはない。 ● PN社の資本コストは税引後10%、法人税率は30%として計算する。 *  *  *   1 電力会社を変えるのって、面倒? 2016年に電力が全面自由化されました。みなさんのご家庭では、電力会社を切り替えましたか? 電力会社を切り替えると電気代が安くなることが多いと言われているものの、実際に電力会社を切り替える家庭は多数派ではないようです。 「どこの電力会社がいいのかわからない」「切り替え手続きが面倒そう」「電力会社を変えても、電気代は変わらないんじゃないの?」「スマートメーターって何? お金かかるの?」「停電したら困るし!」などなど、いろいろな理由や意見がありそうですね(注:スマートメーターは電力使用量をデジタルで遠隔計測できるメーターで、設置に費用はかかりません。また、電力会社の切り替えで停電になることはありません)。 具体的な個々の理由はさておき、現状に不便を感じているわけではないので、電力会社を変えるのをおっくうに感じるということは共通しているのではないでしょうか。電力会社の変更に限らず、誰でも、クレジット・カードや保険の変更など、既存のものを変更することに対して怠けがちになるものです。 このように、現状からの変更を面倒に感じ、なるべく現状からの変更を避けようとする傾向は、「」と呼ばれます。現状よりも悪くなって損失を被るのを避けたいという気持ちが非常に強く働く「損失回避性」(【第2回】参照)と関係している心理です。 PN社の第2事業部で利用されている包装設備についても、従来からリース契約しているため、現状維持バイアスが働いて、引き続きリース契約を結ぼうとしているようですね。   2 現状維持バイアスを取り払って計算してみると・・・ 社長の提案するように、現状維持バイアスを取り払って、《リース案》と《購入案》のどちらが有利か、計算してみましょう。 《リース案》 毎年のリース料支払額は600千円ですが、この600千円は法人税の計算上、原則として経費(税法上は「損金」と呼びます)として控除することができるので、税金を減らす効果を持っています。これを考慮すると、毎年の実際のキャッシュ・アウト・フローは、600千円×(1-30%)=420千円と考えることができます。 各年度のキャッシュ・フローを、経過した期間に応じて割引計算し、現在価値を求めます(割引計算の考え方は、【第12回】で取り扱っています)。10%で割引計算すると、以下のようになります。 《購入案》 借入をして設備を購入する場合、現時点では借入によるキャッシュ・イン・フロー2,400千円と、設備購入によるキャッシュ・アウト・フロー2,400千円が同時に生じます。 次に、毎年度末には、借入元本の返済額(2,400千円÷5年=)480千円と利息の支払額のキャッシュ・アウト・フローが生じます。 利息の支払額は、例えば1年度末には、2,400千円×5%=120千円ですが、先ほどのリース料と同様、法人税を減らす効果を持っています。これを考慮すると、実際のキャッシュ・アウト・フローは、120千円×(1-30%)=84千円と考えることができます。以降の年度でも、元本残高に応じた利息のキャッシュ・アウト・フローが生じていきます。 一方、取得した設備そのものに関しては、その後のキャッシュ・アウト・フローは生じません。2,400千円の取得価額を5年の定額法で減価償却するので、2,400千円÷5年=480千円の減価償却費が毎年生じますが、これは、取得時に資産として計上した2,400千円を、会計上5年間で費用処理しているだけになります。つまり、毎年480千円のキャッシュ・アウト・フローが生じるわけではありません。 ただし、この減価償却費は、リース料や利息と同様、法人税を計算する上で原則として損金として控除できるので、法人税を減らす効果を持っています。この効果の部分については、法人税の支払というキャッシュ・アウト・フローを節約することになるので、キャッシュ・イン・フローと同じと考えることができます。つまり、減価償却費480千円×30%=144千円を、キャッシュ・イン・フローとして扱う必要があるのです。 各年度のキャッシュ・フローを集計し、これを経過した期間で割引計算すると、以下のようになります。 *  *  * 以上より、《リース案》の現在価値は△1,593千円、《購入案》の現在価値は△1,476千円ですので、《購入案》のほうが117千円有利であることがわかります。 《購入案》における減価償却費のように、実際のキャッシュ・アウトを伴わない費用の持つ節税効果は、「」と呼ばれます。タックス・シールドは、計算に含めるのを忘れやすいので、このような効果があることを覚えておくとよいでしょう。 ◆◇◆今回のキーワード◆◇◆ ▷ 現状からの変更を面倒に感じ、なるべく現状からの変更を避けようとする傾向のこと。 ▷ 減価償却費などの非現金支出費用が持つ節税効果のこと。 (了)

#No. 315(掲載号)
#石王丸 香菜子
2019/04/18

企業結合会計を学ぶ 【第15回】「事業分離の会計処理③」-受取対価が分離先企業の株式のみである場合の分離元企業の会計処理-

企業結合会計を学ぶ 【第15回】 「事業分離の会計処理③」 -受取対価が分離先企業の株式のみである場合の分離元企業の会計処理-   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 【第14回】は、事業分離等会計基準における「受取対価が現金等の財産のみである場合の分離元企業の会計処理」について解説した。 今回は、事業分離等会計基準における「受取対価が分離先企業の株式のみである場合の分離元企業の会計処理」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 事業分離の取引のパターン 会社分割等、事業分離の対価として分離先企業の株式のみを受け取った場合は、当該分離先企業に対する分離元企業の株式の持分比率等により、分離先企業は次のように分類される(結合分離適用指針97項)。   Ⅲ 受取対価が分離先企業の株式のみである場合の分離元企業の会計処理(分離先企業が子会社となる場合) 分離先企業の株式のみを受取対価とする事業分離において、分離先企業が新たに分離元企業の子会社となる場合、経済実態として、分離元企業における当該事業に関する投資がそのまま継続していると考えられる(事業分離等会計基準87項)。 このため、個別財務諸表上、当該取引において、移転損益は認識されず、当該分離元企業が受け取った分離先企業の株式(子会社株式)の取得原価は、移転した事業に係る株主資本相当額に基づいて算定する。 一方、分離元企業の連結財務諸表上、移転した事業に係る株主資本相当額と分離先企業に対する分離元企業(親会社)の持分との間に差額が生じる場合があり、当該差額の会計処理について、以下の各ケースのように規定している。 1 分離先企業が子会社となる場合(ケース1) 事業分離前に分離元企業は分離先企業の株式を有していないが、事業分離により分離先企業が新たに分離元企業の子会社となる場合、分離元企業(親会社)は次の処理を行う(事業分離等会計基準17項、結合分離適用指針98項)。 2 分離先企業が子会社となる場合(ケース2) 事業分離前に分離元企業は分離先企業の株式を有しその他有価証券(売買目的有価証券の場合を含む)又は関連会社株式としており、事業分離により分離先企業が新たに分離元企業の子会社となる場合、分離元企業(親会社)は次の処理を行う(事業分離等会計基準18項、結合分離適用指針99項)。 3 分離先企業が子会社となる場合(ケース3) 事業分離前に分離元企業は分離先企業の株式を有し子会社株式としており、事業分離により分離先企業の株式(子会社株式)を追加取得した場合、共通支配下の取引として取扱い、分離元企業(親会社)は次の処理を行う(事業分離等会計基準19項、結合分離適用指針99項、226項、229項)。   Ⅳ 受取対価が分離先企業の株式のみである場合の分離元企業の会計処理(分離先企業が関連会社となる場合) 分離先企業の株式のみを受取対価とする事業分離において、分離先企業が新たに関連会社となる場合、個別財務諸表上、投資が継続しているものとみて移転損益を認識しない会計処理を行う(事業分離等会計基準98項、99項)。 一方、分離元企業の連結財務諸表上、持分法適用により、関連会社に係る分離元企業の持分の増加額と、移転した事業に係る分離元企業の持分の減少額との間に生じる差額があり、当該差額の会計処理について、以下の各ケースのように規定している。 1 分離先企業が関連会社となる場合(ケース1) 事業分離前に分離元企業は分離先企業の株式を有していないが、事業分離により分離先企業が新たに分離元企業の関連会社となる場合(共同支配企業の形成の場合は含まない)、分離元企業は次の処理を行う(事業分離等会計基準20項、結合分離適用指針100項)。 2 分離先企業が関連会社となる場合(ケース2) 事業分離前に分離元企業は分離先企業の株式を有しその他有価証券としており、事業分離により分離先企業が新たに分離元企業の関連会社となる場合、分離元企業は次の処理を行う(事業分離等会計基準21項、結合分離適用指針101項)。 3 分離先企業が関連会社となる場合(ケース3) 事業分離前に分離元企業は分離先企業の株式を有し関連会社株式としており、事業分離により分離先企業の株式(関連会社株式)を追加取得した場合、分離元企業は、結合分離適用指針100項に準じて処理を行う(事業分離等会計基準22項、結合分離適用指針102項)。   Ⅴ 受取対価が分離先企業の株式のみである場合の分離元企業の会計処理(分離先企業が子会社や関連会社以外となる場合) 分離先企業の株式のみを受取対価とする事業分離により分離先企業が子会社や関連会社以外となる場合(共同支配企業の形成の場合を除く)、分離元企業の財務諸表において、分離先企業の株式はその他有価証券に分類されることとなる。 その他有価証券に分類されることとなる場合には、移転した事業に関する投資は継続していないものとみて、分離元企業の個別財務諸表上、原則として、移転損益を認識する(事業分離等会計基準23項、104項、結合分離適用指針103項)。 また、分離先企業の株式の取得原価は、移転した事業に係る時価又は当該分離先企業の株式の時価のうち、より高い信頼性をもって測定可能な時価に基づいて算定される(事業分離等会計基準23項、結合分離適用指針103項)。   Ⅵ デット・エクイティ・スワップ 資産を移転し移転先の企業の株式を受け取る場合(事業分離に該当する場合を除く)において、移転元の企業の会計処理は、事業分離における分離元企業の会計処理に準じて行う(事業分離等会計基準31項)。 このため、「デット・エクイティ・スワップの実行時における債権者側の会計処理に関する実務上の取扱い」(実務対応報告第6号)にかかわらず、移転先の企業が子会社又は関連会社となる場合及び共通支配下の取引には、結合分離適用指針の定めが優先して適用される(結合分離適用指針97-2項)。 (了)

#No. 315(掲載号)
#阿部 光成
2019/04/18

組織再編時に必要な労務基礎知識Q&A 【Q16】「会社分割にあたっては「労働者の理解と協力」を得るよう努めなければならないとされているが、どのような対応が必要か」

組織再編時に必要な労務基礎知識 Q&A 【Q16】 会社分割にあたっては「労働者の理解と協力」を得るよう努めなければならないとされているが、どのような対応が必要か   特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ   【A】 労働者の理解と協力を得るために、分割会社のすべての事業場において、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、当該組合がない場合は労働者の過半数を代表する者等と、会社分割に係る事項について協議を行う対応が必要となる。 (※) 本稿では、会社分割により事業を分割する会社を「分割会社」、それを承継する会社(新設分割の場合の新設会社も含む)を「承継会社」という。   労働者の理解と協力 労働契約承継法第7条では、会社分割にあたり、分割会社において労働者の理解と協力を得るよう努めることを求めている。 これは、会社分割によって事業が承継されることにより、通常は分割会社で引き続き勤務する労働者と承継会社で勤務する労働者とに分かれることになるが、そのいずれの労働者に対しても少なからず影響を与えることが想定されるため、労働契約が承継される労働者か否かにかかわらず、分割会社で勤務する労働者全体の理解と協力を得るよう努めることを求めている。   過半数組合等との協議 労働契約承継法第7条において想定されている手続きは、分割会社のすべての事業場において、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合(以下、過半数組合)、当該組合がない場合は労働者の過半数を代表する者(以下、過半数代表者)と協議を行うことである。 なお、これらに準ずる方法として、労使対等の立場で誠意をもって協議が行われることが確保される場における協議も含まれるとされる。したがって、例えば、ある事業場に複数の労働組合があり、そのいずれも労働者の過半数で組織されたものではない場合に、それぞれの労働組合と協議することにより、労働契約承継法第7条の対応とすることが考えられ、協議する対象は過半数組合(又は過半数代表者)に限られない。   協議する事項 分割会社において労働者の理解と協力を得るために協議する事項として、指針において次の事項があげられている。これらはあくまで例示であり、他に追加すべき事項があれば対応が求められる。 (※1) 「承継される事業に主として従事する者」については前回参照。 (※2) 例えば、承継される事業に主として従事する者に該当するか否かについて、分割会社と労働者で見解に相違がある場合の問い合わせ窓口を設置する等が考えられる。 なお、労働者の理解と協力を得るために、上記の事項などについて協議する必要はあるが、合意することまでは求められていない。   協議すべき時期 労働契約承継法第7条の対応は、遅くとも商法等改正法附則第5条に基づく協議を開始する日までに着手する必要があり、必要に応じてその後も継続的に協議する必要がある。 なお、商法等改正法附則第5条に基づく協議は、承継される事業に従事している者等との個別協議となるが、この協議は労働契約承継法第2条に基づく通知期限日(例えば、株式会社で株主総会を要する会社分割を行う場合は、株主総会の日の2週間前の日の前日)までに実施することが求められているため、労働契約承継法第7条の対応はそれ以前に必要となる。   参考となる判例 労働契約承継法第7条の手続きに関する会社分割への効力については、日本IBM事件(最二小判平成22年7月12日、労判1010-5)において、次の考え方が示されている(下線筆者)。 上記の通り、労働契約承継法第7条の対応が適切でなかったとしても、直ちに労働契約承継の効力が否定されるものではないが、同裁判では下記の考え方も示されており、指針に沿った対応が求められる(下線筆者)。 (了)

#No. 315(掲載号)
#岩楯 めぐみ
2019/04/18

中小企業経営者の[老後資金]を構築するポイント 【第12回】「役員退職金をめぐる税務の基本と使い途」

中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第12回】 「役員退職金をめぐる税務の基本と使い途」   税理士法人トゥモローズ   中小企業経営者の老後資金のうち忘れてはならないのが、役員退職金である。役員退職金については、その性質上、基礎編と応用編の2回に分けて解説する。今回は基礎編として、役員退職金の税務上の取扱いやその使い途について、基本的な部分を確認していきたい。   1 役員退職金の概要 会社が役員退職金を準備する理由は2つある。1つは、社長が現役時に万が一のことがあった場合に、その社長死亡後の遺族の生活を保障するためである。もう1つは、社長勇退後の老後の生活資金や相続資金で必要となるためである。 役員退職金をいくらに設定するかについては、会社の資金繰りの問題や税法上との絡み等で、適正値を算出することが実務上も悩ましい部分である。特に近年は、役員退職金が過大であるとして税務当局と納税者の間で見解が相違し、訴訟に発展することも少なくない。 過大役員退職給与として税務当局から否認されてしまうと、法人税上の損金にならない一方で、所得税法上は退職所得である事実は変わらないため、通常通り所得税が課税される。したがって、税法上、過大役員退職給与にならないように役員退職金を決めることが重要である。   2 役員退職金の税務 (1) 法人税務 ① 過大役員退職給与 法人税法上、過大役員退職給与は、法人税法第34条及び法人税法施行令第70条(以下参照)で定められている。 【法人税法施行令第70条《過大な役員給与の額》第1号イ(抜粋)】 上記条文だけで役員退職金の適正額を判断するのは難しいであろう。実務上は、功績倍率法により役員退職金を算定する方法が一般的である。功績倍率法は、平成29年度の税制改正に伴う下記通達新設により、下記の通り明文化された。 【法人税基本通達9-2-27の2《業績連動給与に該当しない退職給与》】 功績倍率法による計算式の構成要素である「退職時の最終報酬月額」や「功績倍率」について、税務当局と納税者の間で見解が相違するケースが多々ある。特に功績倍率については、類似法人の平均値を取るのか最高値を取るのか、又は、類似法人の範囲等が争点となる。 また、納税者側が類似法人の役員退職金を把握することが困難なことに対して、税務当局側は、「財務省や国税庁が公表している「法人企業統計年報特集」や「民間給与実態統計調査」、税務関係の雑誌(税務通信)の記事、書籍等の資料から、類似法人の1人当たりの平均役員給与を算定することが可能」と主張した事例もある。 これらの詳細な判例等の解説は、次回の応用編にて解説することとする。 ② 分掌変更 上記の過大役員退職給与とともに税務上問題となるのが、分掌変更の場合の役員退職給与の可否である。この論点についても、まずは通達を確認したい。 【法人税基本通達9-2-32《役員の分掌変更等の場合の退職給与》】 当該論点については、上記の外形的な要件を満たしていたとしても、分掌変更後に実質的に先代経営者が経営に参画しているような状況では、退職給与でなく賞与と認定される可能性もある。こちらについても次回の応用編にて具体的な判例等を用いて解説することとする。 (2) 所得税務 役員退職金は退職所得に該当し、下記計算式により算出する。 退職所得控除額については、下記計算表により求める。 (※) 役員退職金が特定役員退職手当等(勤続年数が5年以下の一定の役員)に該当する場合には、上記退職所得の算式中の「1/2」の適用はできない。 (3) 相続税務 社長が現役のときに死亡退職した場合には、所得税ではなく相続税の対象となる。当該死亡退職金は本来の遺産ではなくみなし相続財産として相続税の課税価格を構成する。 ただし、下記金額に相当する金額は、相続税が非課税とされている。   3 役員退職金の使い途 役員退職金の使い途としては、サラリーマンの退職金の使い途のように老後の生活資金となるのはもちろんのこと、中小企業経営者ならではの使い方も存在する。主には、下記の2つが挙げられる。 (1) 相続資金 中小企業経営者は、財産に占める自社株の割合が高いことが多い。相続財産が不動産や自社株など換金性の低い財産の占める割合が高い相続については、相続人間で遺産分割争いになるケースも少なくない。 このため後継者である相続人がスムーズに自社株を相続できるよう生前のうちに財産構成を見直すことが必要であり、その見直すための1つの手段が役員退職金である。具体的には、役員退職金として得た現金を遺産分割における代償金の原資や相続税の納税資金として活用できるのである。 (2) 株価対策 老後の生活資金や上記の相続資金としての使い途とは若干趣を異にするが、役員退職金を支給することにより利益と純資産を圧縮し、株価を引き下げ、そのタイミングで後継者に自社株を承継する。中小企業経営者の役員退職金には、株価対策としての使い途も存在する。 (了)

#No. 315(掲載号)
#税理士法人トゥモローズ
2019/04/18

令和時代の幕開けに思い馳せる会計事務所経営 【第1回】「会計事務所経営とは何か」~今こそ気づき、考え、そして動くとき~

令和時代の幕開けに思い馳せる 会計事務所経営 【第1回】 「会計事務所経営とは何か」 ~今こそ気づき、考え、そして動くとき~   株式会社アーヌエヌエ 代表取締役 杉山 豊   皆様、はじめまして。 今回から連載を始めさせていただくことになりました、杉山 豊と申します。 テーマはズバリ、「会計事務所経営」です。 これまで25年余り、全国各地の数多くの会計事務所の先生、そして職員の皆様とたくさんのお仕事をご一緒してきました。 私は生命保険会社の営業マンを長年やってきましたが、実は生命保険の販売支援に限らず、社員向けのセールス研修に始まり、採用面接への協力、そして所長先生の悩みや課題のご相談にもあたってきました。 僭越ながら、いわば会計事務所の経営顧問をやらせていただいたような感じでしょうか。 だからこそ今回、このような連載の機会をいただけたのではないかと考えております。   ➤ 「営業マン」だったからこそわかること さて、「保険の営業マンに会計事務所の経営顧問なんてできるの?」と、疑問を持たれる読者の先生方もいらっしゃるかもしれません。 会計事務所も事業会社であり、顧問先が増えなければ売上が上がりません。 実際に、売上などに不安を感じていた先生方から、 などの悩みや課題の相談を受け、解決してきました。 会計事務所経営の内情を知る、外部の人間であるからこそ、客観的な視点で辛辣かつ的確なアドバイスができるのかもしれません。 本稿を読まれている先生方、どうぞ今日から、訪問してくる営業マンを大切にしてあげてください。 決して飛び込み営業の電話を切るよう職員さんに指示したりしないでくださいね。その営業マンが先生にとっての救世主になるかもしれません。一度会って話してみて、そこで判断すればいいと思いませんか。   ➤ 「経営者」としての自覚を持つ さて、ここで本稿の一番重要なポイントをお話します。 先生方、どうぞこれからは「先生家業」ではなく、「経営者」として事務所経営にあたってください。「先生」と呼ばせずに「社長」と呼ばせるぐらいの気概で立ち居振る舞ってください。 中小企業に経営指導をしていくならば、まずは自分自身が経営者として何を目指すのか、会社をどのようにしていきたいのか、地域に、世の中にどのように貢献していきたいのか、独自の理念(先生の価値観)をしっかりと持ってください。 理念があってこその事業戦略です。どの市場にどんな価値を提供していくのか、月次監査だけが会計事務所の業務ではありません。 これからはテクノロジーの時代です。RPA(※)等が加速度的にこの世の中を凌駕していけば、旧態依然の事業ドメインは危機的状況に陥るでしょう。 (※) Robotic Process Automation:ビジネスにおいて人間のみが対応可能とされていた作業(主にホワイトカラー業務)を自動化・効率化する取り組みのこと。 今後を見据えてRPAを自ら企て、その市場に参入する会計事務所の先生もいる中で、それでも心地よい、変わらない、今の居場所にいることを選びますか? 今や大廃業時代、この流れは止めたくても止まりません。一方で起業する方々には経営指導者がおらず、経営が上手くいかないまま、5年も持たずに会社を畳むことも珍しくありません。 日本経済を支えているのは中小企業です。バブル時代は約650万社と言われていましたが今や約380万社にまで減りました。今後もどんどん企業が減っていく中で、生きた数字を教え伝えていく、若い経営者をどんどん育成していく、そんな使命感で会計事務所経営を考えてみませんか。 顧問先の経営者はいつもこのような外部環境の変化と対峙し、どの市場でどの商品で勝負するべきか、そのためにどんな投資をして、どのように社員を配置していくか・・・。これらを日々、瞬時にYES、NOの意思決定をしているのです。 ここで1つ先生方に覚えておいてほしいことは、「メールはすぐに返してくださいね」ということです。 経営者の日々の選択のスピード感を理解していれば、早く返してあげたくなりませんか。経営者は答えまでは求めていません、メールを見たか見ないかだけをまず知りたいのです。 さて、そんな先生も立派な経営者です。なぜなら従業員を雇っており、その従業員と家族を守らなければならない、責任あるお立場だからです。 従業員のモチベーションを考えていますか。どうしたら気持ちよく元気に働いてくれるでしょうか。どうやったら彼らに満足な給与を渡すことができるでしょうか。 これらを考えるのが経営者です。試行錯誤し事業展開をしっかり考えて、適切な投資と人材配置をしていく。これからは顧問先と同じ気持ちで経営に当たってみてください。 *  *  * 税理士受験者は減る一方だと言われています。 目指す人が増える、魅力ある会計業界にするためには、しっかり事務所として顧問先の経営を黒字化して売上を上げ、そして貢献してくれた従業員に利益を還元し、またその利益で新たなビジネスを創造することです。 日本を明るくする、会計業界を明るくする、それが先生方に求められている役割ではないでしょうか。 (了)

#No. 315(掲載号)
#杉山 豊
2019/04/18

《速報解説》 監査役協会、改正開示府令を受け有報等への記載が考えられる「監査役監査の状況」に関する事項を公表

《速報解説》 監査役協会、改正開示府令を受け有報等への記載が考えられる「監査役監査の状況」に関する事項を公表   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2019年4月16日、日本監査役協会は、「『企業内容等の開示に関する内閣府令』における『監査役監査の状況』の記載について」を公表した。 これは、2019年1月31日に改正された「企業内容等の開示に関する内閣府令」により、有価証券報告書等において、監査役監査の組織、人員及び手続に加え、監査役及び監査役会の活動状況の記載が求められていることから、その記載の参考とするために公表するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 「監査役監査の組織、人員及び手続」(第二号様式の「記載上の注意」(56)a(a))及び「監査役及び監査役会の活動状況」(第二号様式「記載上の注意」(56)a(b))の記載について述べている。 監査役の活動の内容は個社により様々であり、同内容の活動でもその重要性が異なることから、参考として示している項目については個社の状況に応じ取捨選択するとともに、これら以外の事由を記載することも妨げないとのことである。 1 監査役監査の組織、人員及び手続 内閣府令の記載上の注意は次のとおりである。 記載が考えられる事項として、次の事項があげられている。 2 監査役及び監査役会の活動状況 内閣府令の記載上の注意は次のとおりである。 記載が考えられる事項として、次の事項があげられている。 (了)

#No. 314(掲載号)
#阿部 光成
2019/04/18

《速報解説》 節税目的の保険商品に係る保険料取扱いを見直した改正通達案がパブコメに付される~最高解約返戻率の区分ごとに一定額を資産計上、遡及適用なし~

《速報解説》 節税目的の保険商品に係る保険料取扱いを見直した改正通達案がパブコメに付される ~最高解約返戻率の区分ごとに一定額を資産計上、遡及適用なし~   Profession Journal編集部   支払保険料の全額が損金に算入される上、解約時の返戻率を高く設定することで解約ありきの保険契約による節税効果を謳った法人向けの保険商品が金融庁、国税庁から問題視されていたところ、4月11日付けでこれらの対応を含む定期保険及び第三分野保険に係る保険料の取扱いの見直しを目的とした法人税基本通達の一部改正案がパブリックコメントに付された(意見募集締切日は5月10日)。 改正案は上記問題への対応だけでなく、これまでも長期平準定期保険及び逓増定期保険、がん保険等の第三分野保険についてその都度適正化を図ってきた取扱いを整備する内容となっている。 具体的には下記5つの個別通達を廃止し、「定期保険及び第三分野保険に係る保険料の取扱い」としてルールを統一化するとともに、「定期保険等の保険料に相当多額の前払部分の保険料が含まれる場合の取扱い」(法人税基本通達9-3-5の2)を新設、最高解約返戻率が50%を超えるものについてはこの新設項目によって損金算入が制限される(最高解約返戻率の区分ごとに一定の割合で資産計上を行う)こととなる。なお「最高解約返戻率」とは、その保険の保険期間を通じて解約返戻率が最も高い割合となる期間におけるその割合をいう。 改正案で新設された法人税基本通達9-3-5の2では、法人を契約者とし、役員又は使用人(これらの親族を含む)を被保険者とする保険期間が3年以上の定期保険又は第三分野保険で最高解約返戻率が50%を超えるものに加入して、その保険料を支払った場合には、その支払った保険料の額については、最高解約返戻率の区分に応じ、それぞれ以下のとおり取り扱うこととされる。ただし、最高解約返戻率が70%以下で被保険者1人あたりの年換算保険料相当額が20万円以下のものについてはこの取扱いの対象外(法基通9-3-5の取扱いにより全額損金算入)。なお、連結納税基本通達においても同様の改正案が示されている。 なお、今回の改正案による取扱いは、改正通達の発遣日以後の契約に係る定期保険又は第三分野保険の保険料について適用し、同日前の契約に係る定期保険又は第三分野保険の保険料には遡及しないこととされている。 改正案公表を受け、日本税理士会連合会はホームページ上で会員税理士に向け、通達改正の動向を注視するとともに、通達発遣の前後を問わず、改正案の趣旨及び内容を踏まえた適切な対応を呼びかけている。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#No. 314(掲載号)
#Profession Journal 編集部
2019/04/16

《速報解説》 改正相続法の施行に伴い国税通則法基本通達が改正される

 《速報解説》 改正相続法の施行に伴い国税通則法基本通達が改正される   税理士 菅野 真美   国税庁は、平成31年3月18日付(HP公表は4月8日)で「「国税通則法基本通達(徴収部関係)」の一部改正について(法令解釈通達)」を公表した。 これは、平成30年(2018年)7月6日に「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が成立し、原則として令和元年(2019年)7月1日から施行されるが、それに伴っての改正となる。 以下では新設された通達のうち、2つの項目について解説を行う。   (承継国税額のあん分の割合) 改正前の民法においては、相続財産について遺言により法定相続分以外の割合で相続分を指定することができたが、相続債務については相続分の指定があった場合でも法定相続分で按分されたものとして、債権者は債務者である相続人に対して返済を要求できるだけとされた。 しかし、現実に即した改正により、従来どおり法定相続分に応じて債権者は権利行使できるとしつつ、債権者が共同相続人の1人に対して指定された相続分に応じた債務の承継を認めた場合は、その承継による権利行使もできるとした(民法902の2)。つまり、債権者は2つの選択肢を持てるようになったといえる。 国税通則法においては、民法と異なり、従来から相続人が2人以上あるときは、承継する国税の額は、法定相続分・代襲相続人の相続分・遺言による相続分の指定の規定によりその相続分により按分して計算した額(国通法5②)とされ、例えば、準確定申告の所得税債務を遺言による指定相続分の割合によって相続人が承継することを認めている。 新設された通達によれば、遺言による相続分の指定がない限り、租税債務の承継は法定相続分によるとされた(国基通8-2)。つまり、遺言で相続分が指定されている場合でも、租税債務の承継は指定相続分だけでなく法定相続分によることもできるという意味だが、これは従来からある規定を民法の改正を踏まえて明確化したものと考えられる。   (還付金等の請求権について相続があった場合) 改正前の民法において、相続による財産の承継や相続させる遺言による財産の承継については、対抗要件を備えなくとも第三者に対して相続人が所有者として主張ができた。しかし、これでは取引相手に予期せぬ損害を生じさせることもあるため、改正により法定相続分を超える財産の取得については、対抗要件がなければ第三者に対抗できないとした(民法899の2①)。 また、債権については、法定相続分を超えて承継した相続人が遺言や遺産分割の内容を明らかにして債務者に承継の通知をしたときは、共同相続人全員が通知をしたものとみなして、第三者に対抗できるとした(民法899の2②)。なお、第三者に対抗するためには確定日付を付した通知でなければならない(民法467②)。 この民法の改正を踏まえて通達が新設され、還付金請求権の相続による承継があった場合で、法定相続分を超えて請求権を承継した共同相続人から遺言や遺産分割の内容を明らかにして承継の通知があったときは、その承継は第三者に対抗できるとした(国基通13)。 (了)

#No. 314(掲載号)
#菅野 真美
2019/04/15

プロフェッションジャーナル No.314が公開されました!~今週のお薦め記事~

2019年4月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.314を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!-   - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2019/04/11

酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第75回】「国語辞典から読み解く租税法(その3)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第75回】 「国語辞典から読み解く租税法(その3)」   中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦   6 辞書間における統一的意義(承前) (2) 国語辞典の編集方針 イ 実例主義と規範主義 辞書や辞典では、各々がそれぞれの編集方針を採用している。例えば、三省堂の国語辞典についていえば、「実例に基づいた項目を立てる」という前提の下で、編纂及び編集がされている(飯間・前掲書38頁)。 このような編集方針のことを「実例主義」という。同書の例でいえば、「専門知識を提供する辞書とは別に、『それは要するにどのようなものか』という、基本的なことを説明する辞書」としての役割を担おうとしているからこそ、「実例主義」を採用しているようである。 これに対して、「規範主義」という考え方がある。「今の日本語はこのように使われている」とするのが実例主義であると定義すれば、「この用語は正しくはこうです」と説明することに主眼を置くのが規範主義だという。すなわち、対象となる辞書が実例主義を採用しているのか、規範主義を採用しているのかによって後述するように語釈が異なることになるのである。 辞書が「現代日本語を鏡のように映し出す」役割を持つとした場合、実例主義が「鏡」であるのに対して、規範主義は「かがみ」でも、「手本」としての意味での「鑑」であると説明されている(飯間・前掲書31頁)。 もっとも、規範主義とはいっても、現代の「ことば」には多くの意味が包摂されているのが通例であるし、そもそも、何が正しくて何が誤りかという点自体が歴史と共に流動しているともいえる(この点については、神永暁『悩ましい国語辞典』(KADOKAWA2019)に詳しい。例えば、「辛党」の意味は本来「酒類を好む人」であるが、現在は「辛いものを好む人」という用例もあるというのである(同書96頁)。)。 なにしろ、国語辞典にいう「国語」という用語さえ、それ自身新しい漢語であって、古い用例をみると「日本語」という表現の方が古いようである(田中克彦『ことばと国家』110頁(岩波書店2006))。ドイツ言語学者のアウグスト・シュライヒャー(August Schleicher)は、ことばには生物と同様に祖親があり、それは繁殖によって進化をするというように、ダーウィンの進化論になぞって説明している(田中・前掲書150頁)。 ロ 平易的説明と専門的説明 前述の三省堂の国語辞典は、実例主義に立ちながら、更に、「中学生にでも分かる説明を心がける」という方針を採用しているという(飯間・前掲書39頁)。ここでもまた、平易な説明をする辞書と専門的な説明をする辞書に大きく分かれていることを意識しておく必要がある。 飯間『辞書を編む』には、この点についての好例が掲載されているので引用したい。 これが平易的説明を採用する辞書による「汗」の定義である。 これに対して、専門的説明による辞書は次のように定義する。 このように平易的説明を採用する辞書と、専門的説明を採用する辞書との間には、説明の仕方に大きな違いを見せている。そうであるとすると、仮に、平易的説明をする辞書と専門的説明をする辞書を比較したとすれば、それらの辞書間に説明の仕方が異なるからという理由だけで、対象となっている用語について、明確な意義や外縁がみえないとする結論を導出すること自体に無理があるというべきであろう。 ハ 簡記主義と詳述主義 前述の平易的説明か専門的説明かに関係するところではあるが、分量として、簡単に記すか、詳しく記すかという編集方針に関しても違いがある。 これも、飯間『辞書を編む』が示すところであるが、以下引用したい。 このように簡記主義を採用する辞書がある反面、詳述主義を採用する辞書もある。 ここに例を挙げたとおり、同じ用語でも、辞書によって説明文の分量が大きく異なる。かような面においても、辞書の編集方針が強く影響を及ぼしている。 ニ その他 その他にも、現代語限定かあるいは古語も含むかとか、採用語数を多くするかあるいは少なく留めるかという編集方針の違いもあるようである。もっとも、本稿における関心事項には直接関わりが少ないと思われるので、これらの点については割愛することとする。 (3) 語釈・手入れ ところで、語句を解釈することや説明をすることを「語釈」という。 筆者としては、飯間『辞書を編む』を読んだ際、この語釈については、編纂者の「思い」がその辞書に相当盛り込まれるような印象をもった。他の出版社の出している辞書とは異なる説明を試み、より分かりやすい語釈を採用しようとする編纂者の苦労がここにはあるという。 この辺り、他の出版社の出す辞書と敢えて違う語釈を与え、より分かりやすい説明を施そうとする努力が編纂者にはあるのであろう。この点からすれば、むしろ、辞書や辞典によって、その語釈が異なるのは当たり前であり、編纂者としてはかえって同じ説明を行うという選択肢は選ばないというのである。 したがって、前述の長崎地裁が注目したとおり、辞書や辞典によってその説明が異なることは、むしろ当然であって、もちろん同じ用語の説明をする以上、そこに共通点は発見し得るであろうが、説明の仕方が必ずしも合致しない理由はこの語釈の取り方によっているのではないかと思われるのである。 もっとも、語釈は、編纂者の自由になされるものとする理解は必ずしも妥当せず、前述のとおり、編纂者が徹底した用例採集をした結果の結実であるとみるべきであって、いわば、編纂者の用例採集と編纂者の「思い」がその辞書独自の語釈に展開されているとみるべきであろう。 すなわち、語釈の違いは用例の取り方の違いでもあり、編纂者の思いや編集方針の違いでもあるのである。また、語釈についての手直しを「手入れ」というが、手入れにおいても編纂者の強い「思い」が反映しているといえよう。   7 語釈の違いと意味の違い これらのことから、辞書や辞典には、それぞれの編集方針があり、その編集方針によって、採用項目や語釈に大きな違いあることが分かった。 このように考えると語釈には辞書や辞典ごとに独自のものがあることが判然とする。それは、これら語釈が編集方針に大きく左右されるものであるからである。したがって、辞書や辞典をいくら沢山並べてみても、そこに共通項を見出すこともあれば、見つからないことも当然にあるのである。 そうであれば、辞書や辞典のそれぞれの特徴を踏まえて解釈論に利用すべきことにもなろう。 上記を踏まえてもう一度長崎地裁判決を眺めてみたい。 すなわち、同地裁は、「サービス業」について、日本語大辞典(講談社)、社会科学総合辞典(新日本出版社)、精選版日本国語大辞典2(小学館)、日本国語大辞典5(小学館・第二版)、世界大百科事典(平凡社)、広辞苑(岩波書店・第六版)、大辞林(三省堂)のそれぞれの定義を踏まえた上で、次のように説示している。 ここで注意が必要なのは、長崎地裁判決が採用した辞書や辞典の用い方である。辞書や辞典に共通の説明がないからといって、概念の理解が統一されていないと結論付けるのは早計であると指摘できるのである。 その卑近な例として、例えば、「右」という用語の意味を考えてみたい。 前述の「改築」概念が争われた事例において、控訴審で税務署長側が採用した『新明解国語辞典〔第7版〕』(2011年)と『岩波国語辞典〔初版〕』(1963年)を引いてみることとしよう。 辞書や辞典によって語釈は異なることがあるのは前述のとおりであるし、上記のように極めて簡単な用語である「右」の語釈でさえ辞書によって異なっているのである。しかしながら、辞書や辞典によって「右」の語釈が異なるからといって、国民の間に、「右」自体の理解が統一していないということではないのである。 そうであるにも関わらず、長崎地裁は、辞書や辞典が統一的な語釈を採用していないことのみをもって、「日本語の通常の用語例として、『サービス業』の 外縁が明確にされているということはできない。」とするのであるが、同地裁の考え方によれば、辞書や辞典の語釈が異なることから、「右」という用語の「外縁が明確にされていることはできない」ということになるのであろうか。 この導出された結論が誤っていることは火を見るより明らかであるといわざるを得ない。つまり、辞書や辞典の語釈が異なるからといって、そのことから、用語の外縁が明確にされているか否かを判断することには無理があるのであって、語釈が異なるということは、そもそも、辞書や辞典の用例の取り方や、編纂者の思い、あるいは編集方針の違いが反映されたものであるということを忘れて、辞書や辞典の語釈の比較をしてはならないということを物語っているのである。 少なくとも、辞書や辞典の語釈を比較しただけでは日本語の通常の用語例の外縁が明確かどうかを決定することはできないというべきであろう(もちろん、参考の一つとして位置付けることまでをも否定するものではない。)。   8 辞書や辞典から租税法を読み解く(まとめ) 前述のとおり、辞書や辞典を解釈の資料として活用すること自体には問題がないが、辞書や辞典の使い方として、それぞれの辞書や辞典を並べて、共通の説明がないことを理由に一般概念を否定するような利用の仕方には強い疑問を覚えるところである。 そもそも、ウィスキーを飲んだことのない人にウィスキーの味をことばだけで伝えることができないのと同様、人それぞれの経験が異なっているので、ことばの「意味」を他人に伝達することはできないのである(鈴木孝夫『ことばと文化』95頁(岩波書店2018))。 もっとも、ことばの定義を伝えることは可能である。「しぶい」という言葉を、「渋柿を食べたときなどの、しびれるように舌を刺激する感じを与える。」と説明する辞書があったとすると、それは、どのような方法でその感覚を得ることができるかという、いわば「目的地に至るまでの道案内」を述べることによって、その先は同一(近似)の条件の下では、同一(近似)の体験を得ることができるという、証明不可能な直感的前提にいっさいを委ねることで、説明をすることに代えることができるのである。 これを定義といい、「対象そのものを教えるのではなく、対象の含まれる範囲を明確にすること」といってもよかろう(鈴木・前掲書96頁)。 そもそも、辞書や辞典の編纂者はことばの意味とことばの定義の区別をはっきりさせていないと指摘されているし(鈴木・前掲書86頁)、ことばを他のことばで置き換えて説明する方式を多用するが、それ自体は、ことばの意味を適切に示しているとはいえず、「ことばの置き換え方式は、いわゆる意味の説明を一段延期しただけ」であって、説明したことにはなっていないという循環論が多くの用語の説明においても散見されるのである(鈴木・前掲書88頁は、ある辞書が、「石」の意味を「岩より小さいかたまり」と説明しておきながら、「岩」の意味を「石のかたまり」と説明している循環論を例として掲げている。)。 このように考えると、辞書や辞典から言葉の意味を導き出すことは不可能であるといえよう。参考にするにしても、辞書や辞典を並べて、一般的な用語の意義が統一していないなどとの判示自体、まったく意味のないことを示しているといわざるを得ないのである。   結びに代えて 辞書や辞典にはそれぞれ顔がある。 本稿においてしばしば引用している飯間浩明『辞書を編む』によれば、「そのことばが正しいか間違いか、判断を求めたい人」にとっては、『岩波国語辞典』や『明鏡国語辞典』が向いているといい、「そのことばが、いつ頃から使われているかを知りたい人」にとっては、『新潮現代国語辞典』が、「そのことばについて、その辞書なりの解釈を知りたい人」には『新明解国語辞典』が向いていると論じている(同書230頁)。 なるほど、しばしば『新明解国語辞典』の語釈については、そのユニークさが面白がられて、興味本位に注目されることさえしばしばある。前述の東京高裁において、税務署長側が「改築」の意味を確定するために、『新明解国語辞典』を持ち出して主張している点についても、筆者は不安感を拭えないのである。 (了)

#No. 314(掲載号)
#酒井 克彦
2019/04/11
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