〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載61〕 国税庁文書回答事例 「連結親法人が連結承認取消後に決算期変更を行った場合の 事業年度について」の解説 税理士 鈴木 達也 平成26年6月10日付け、大阪国税局より『連結親法人が連結承認取消後に決算期変更を行った場合の事業年度について』の文書回答事例が公表された。本稿ではその内容について解説する。 照会の事実関係は下記の記載のとおりである。 これに対する大阪国税局の回答としては、 とした上で、以下のように述べている(一部分ずつ抜粋しながら解説していく)。 みなし事業年度の説明の前提となる「事業年度」とは、法人税法13条において と規定されている。一般的な株式会社の事業年度とは、定款で規定された事業年度のことをいう。 そして、これまでの課税関係を一度清算させることを目的として法人税法において確定申告をするための期間(つまり「みなし事業年度」)を設けている。 例えば、連結子法人の定款に規定されている事業年度が連結親法人の事業年度(連結親法人事業年度という)と異なる場合、つまり、連結子法人の事業年度開始の日及び終了の日が連結親法人事業年度開始の日及び終了の日でない場合(一定の場合を除く)には、その連結親法人事業年度開始の日からその終了の日までの期間をその連結子法人の事業年度とみなして、連結親法人と連結子法人の事業年度を合わせるようにしている(法法14①四)。 みなし事業年度の適用を受けている連結子法人について、別のみなし事業年度が生じる別の事象、例えば、その連結子法人が連結事業年度の中途において、連結親法人との間に連結完全支配関係を有しなくなった場合には、別のみなし事業年度の規定が適用され、その連結子法人の事業年度は、次のようになる(法法14①八)。 ① その連結事業年度開始の日からその有しなくなった日(②③において「離脱日」という)の前日までの期間 ② その離脱日からその連結事業年度終了の日までの期間 ③ その終了の日の翌日からその翌日の属する事業年度終了の日までの期間 みなし事業年度の適用を受けている法人に決算期変更が生じた場合には、みなし事業年度の期間を前提として、事業年度となる期間を変更していくことになる。 連結親法人が3月決算とした場合に、上記のみなし事業年度を図で表すと次のようになる。 連結事業年度とは、連結法人の連結親法人事業年度(その連結法人に係る連結親法人の事業年度をいう)開始の日からその終了の日までの期間とするとされている(法法15の2)。つまり、連結親法人の定款等に規定された事業年度により、連結事業年度が決定されることになり、その連結親法人の事業年度が変更された場合には、連結事業年度も変更されることとなる。 連結納税制度の連結親法人は、内国法人との間にその内国法人による完全支配関係が生じた場合には、その生じた日において、連結納税の承認が取り消されたものとみなされる。 上記の事業年度を図にすると次のようになる。 照会事例の事業年度変更では、事業年度の末日を2月末から3月31日に変更したため、会計期間の事業年度が平成26年3月1日から平成27年3月31日の13ヶ月となった。事業年度が1年を超える場合には、その開始の日以後1年ごとに区分した各期間が事業年度となる(法法13①但書)。 もし、連結親法人が連結納税の承認取消し前に事業年度変更をしていた場合には、下図のように、1ヶ月の連結事業年度が生じることとなる。 実際には、連結親法人は株式交換により連結納税の承認を取り消されているため、課税庁の回答にあるように、下記のみなし事業年度が生じる。 ① 平成26年3月1日から×日の前日までの期間(連結申告) ② ×日から平成27年2月28日までの期間(単体申告) ③ 平成27年3月1日から平成27年3月31日までの期間(単体申告) 参考までに、この連結親法人に係る連結子法人が12月決算だった場合のみなし事業年度は、下記のようになる。 ① 平成26年3月1日から×日の前日までの期間(連結申告) ② ×日から平成27年2月28日までの期間(単体申告) ③ 平成27年3月1日から平成27年12月31日までの期間(単体申告) この場合に、②の期間中にその連結子法人であった法人の12月決算期末が到来するが、単体申告を行う場合であっても、みなし事業年度の適用を受けるため、12月末を事業年度末として確定申告を行うことはない。 また、③の期間中に、連結親法人であった法人の事業年度末が到来するが、上記③でいう「事業年度」とは、連結子法人であった法人の事業年度をいうため、連結親法人であった法人の事業年度末として確定申告を行うことはない。 (了)
〈条文解説〉 地方法人税の実務 【第5回】 「中間申告(第16条~第18条)の取扱い」 税理士 小谷 羊太 税理士 伊村 政代 今回は、「第四章 第一節 中間申告(第16条~第18条)」について詳解する。 第四章 第一節 中間申告の構成は次のとおりである。 1 中間申告(第16条第1項第1号~2号) 2 提出期限 課税事業年度が平成28年4月1日~平成29年3月31日の法人であれば、平成28年10月1日から平成28年11月30日の間に中間申告書を提出しなければならない。 3 申告書の内容 課税事業年度が平成28年4月1日~平成29年3月31日の法人であれば、平成28年4月1日から平成28年9月30日の間に確定した前課税事業年度の地方法人税額を基礎にして、中間申告分の地方法人税額を計算する。 なお、『確定した』とは、確定申告書の期限内申告により確定した地方法人税額だけでなく、期限後申告や修正申告、更正、決定、その他の法律によりその金額が確定したものを含むことに留意する必要がある。 4 中間申告分の地方法人税額の計算式(第16条第1項第1号) 5 仮決算をした場合の中間申告書を提出する場合の記載事項等(第17条) 前年度実績により中間申告分の法人税額を算出している法人については、第16条第1項第1号に規定する算式により中間申告分の地方法人税額を計算するが、法人税法の規定による仮決算により中間申告書を提出する法人は、地方法人税でも同様に仮決算により計算した法人税額を基礎として計算した課税標準法人税額により地方法人税額を算出しなければならない。 法人税法の規定による前年度実績の計算方法を採用した法人は、地方法人税においても前年度実績の方法によらなければならない。また、法人税法の規定による仮決算の方法により中間申告分の法人税額を計算する法人は、地方法人税においても、仮決算の方法によらなければならない。 6 仮決算による地方法人税中間申告書の適用要件 7 みなし中間申告(第18条) 中間申告書の提出がなかった法人については、その提出期限において、原則として前年度実績による中間申告書の提出があったものとして扱われる。 この規定があることによって、納付すべき中間申告分の地方法人税額は申告期限の到来と共に確定することとなり、実質上、中間申告については、法人税法と同様に期限後申告の概念がなくなることになる。 地方法人税法においては、中間申告分の地方法人税について、仮決算により計算した地方法人税額を選択納付したければ、まず、法人税法による中間申告書において仮決算によらなければならず、追加して、その申告期限までに仮決算による地方法人税の計算をした地方法人税中間申告書を提出しなければならない。 仮に法人税法の規定による仮決算により中間申告書を提出した法人が、地方法人税中間申告書の提出を失念した場合であっても、地方法人税法第17条に規定する仮決算による申告があったものとして扱われるので注意が必要である。 (了)
組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について 【第7回】 「みなし共同事業要件の濫用(東京地裁平成26年3月18日判決)⑦」 公認会計士 佐藤 信祐 前回までは【争点1】についての評釈を行った。筆者の立場としては、【争点1】については積極的に賛成するものではないが、積極的に反対するものでもない。しかしながら、【争点2】については、数多くの疑問点が存在し、控訴審、上告審において、少なくてもその理論構成については、異なる判断が下されることを期待している。 第7回目に当たる本稿においては、【争点2】についての評釈を行うこととする。 ② 法人税法施行令112条7項5号の要件を充足する本件副社長就任について、法132条の2の規定に基づき否認することができるか否か【争点2】 (ⅰ) 施行令112条7項5号の趣旨 第5回目で解説したように、【争点2】については、6つの細目に分かれた内容となっているが、重要なものは、(2)施行令112条7項5号の趣旨、(3)施行令112条7項5号に係る法132条の2の適用の在り方、(4)本件組織再編成における不当性要件の充足の有無についての3つである。 このうち、施行令112条7項5号の趣旨であるが、判決文においては、特定役員引継要件の代替要件である事業規模要件、被合併等事業の同等規模継続要件、合併等事業の同等規模継続要件を説明するところから開始している。 まず、事業規模要件が要求されている趣旨であるが、 ものであると判示しており、筆者も同様に解している(※1)。 (※1) 逆さ合併を防止する趣旨から、合併法人が合併前に有する繰越欠損金についても使用制限が設けられているが、事業規模要件に掲げられているあらゆる指標が被合併法人の5倍以上であるような場合であっても、合併法人の繰越欠損金が制限されてしまうため、このような趣旨と解するのであれば、現在の組織再編税制には欠陥があると言わざるを得ない。 また、被合併等事業の同等規模継続要件、合併等事業の同等規模継続要件が設けられている趣旨については、 ものであると判示しており、筆者も同様に解している。 しかしながら、特定役員引継要件の趣旨については、 とみることができるとしているが、この点については、建前上の制度趣旨については同意するものの、組織再編税制が導入されたときの時代背景を考えると、様々な業種でグループ外統合を進めていく必要があったことから、事業規模要件を満たさないものについて、特定役員引継要件で救済しようとする意図があったと推定され、税制適格要件における共同事業要件(法令4の3④、当時の政令では法令4の2④)、繰越欠損金の引継制限におけるみなし共同事業要件においてそれぞれ救済措置を定めたものと考えている(※2)。 (※2) 2011年11月29日の座談会において仲谷修氏が同趣旨の発言をされている(仲谷修・栗原正明・中村慈美・佐々木浩・武井一浩(2012)『企業組織再編成税制及びグループ法人税制の現状と今後の展望』大蔵財務協会64頁)。 (ⅱ) 施行令112条7項5号に係る法132条の2の適用の在り方 さらに、判決文においては、 としながらも、 としており、特定役員引継要件が制度趣旨に合致したものではないことを判示している。 さらに、具体的には、 と判示している。 しかしながら、このような理論構成については、みなし共同事業要件においても従業者引継要件と事業継続要件を課していれば何ら問題がなかったと言っているに等しく、立法上の欠陥を挙げているだけのようにも読めてしまうことから、結論はともかくとして、理論構成としてはやや乱暴に思える。 また、共同で事業を営むための適格合併に該当するための要件においても、規模要件の代替要件として特定役員引継要件が定められており、合併前に特定役員を送り込むという同様の手法が可能であることから、あまり理由になっていない。 前回紹介した斉木論文においては、 としているが、この理由であれば、本事件のように、特定資本関係発生日前に特定役員を送り込むということについては、買収会社が被買収会社に対して、特定資本関係発生日前に支配関係に類する関係により要件を左右するということが制度趣旨に反するという内容になるが、本事件においては、被買収会社の株主であるB社が買収会社であるA社の発行済株式の約42.1%を保有しており、かつ、A社の代表取締役がB社の取締役を兼ねていたからこそ、B社の判断により、被買収会社であるC社の取締役副社長に就任することができたわけなので、やや事情が異なってくる。 いずれにしても、特定役員引継要件を満たした場合における包括的租税回避防止規定の適用に係る論拠については、判決文の理論構成はかなり問題があると考えられる。 しかしながら、特定役員引継要件において、特定資本関係発生日前の役員に限るとしている制度趣旨は、特定資本関係発生日以後に役員を変更することにより繰越欠損金の引継ぎを行うという租税回避行為を防止するためであると考えるのであれば、それを逆手に取って特定資本関係発生日前に特定役員を送り込むということについては、租税回避行為であると言えようし、そのような場合には、特定役員としての実態を備えることも困難であるというのが通常であろうから、特定役員としての実態があるか否かで事実認定を行えばよく、わざわざ、包括的租税回避防止規定を持ち出す必要もない。 そうなると、特定資本関係発生日前の役員に限るとしている制度趣旨について、被合併等事業の同等規模継続要件、合併等事業の同等規模継続要件と同様に、特定資本関係発生日前における資産や事業に対する支配が合併の直前まで継続していることを要求する趣旨と解するのであれば、特定資本関係発生日前に特定役員を送り込むということについては、包括的租税回避防止規定を適用することができそうでもあるが、そうなってしまうと、特定資本関係発生日前に特定役員としての実態を備えてしまっていると、包括的租税回避防止規定を適用しても良いものなのかという点には、さらに疑問が生じることになる。 次回においては、「本件組織再編成における不当性要件の充足の有無」についての評釈を行う予定である。 (了)
こんなときどうする? 復興特別所得税の実務Q&A 【第7回】 「予定納税額の減額申請」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 私は美容室を経営する個人事業主です。平成25年の所得は事業所得のみで所得税及び復興特別所得税の申告納税額は45万円でした。 平成26年に入り毎月赤字が続いており、経営不振のため8月31日をもって閉店することにしました。 所得税及び復興特別所得税の予定納税額の第1期分15万円を7月に納付しました。予定納税額の第2期分15万円を11月に納付する予定ですが、減額する方法があるようでしたらご教示ください。 「所得税及び復興特別所得税の予定納税額の7月(11月)減額申請書」を税務署に提出し、承認されれば、予定納税額は減額される。 1 予定納税額の減額申請 (1) 対象者 対象者は、その年の申告納税見積額が予定納税額の計算の基礎となった予定納税基準額又は申告納税見積額に満たなくなると認められる者である。 具体的には、次に掲げる通りである。 本問のケースでは、上記①に該当するので対象者である。 (2) 提出期間 本問のケースでは、第2期分のみを減額申請するので、平成26年11月1日~11月17日(注)の間に「所得税及び復興特別所得税の予定納税額の7月(11月)減額申請書」を提出する。 (注) 15日が土曜日のため、17日(月)が提出期限となる。 (3) 添付書類 「所得税及び復興特別所得税の予定納税額の7月(11月)減額申請書」には、6月30日(第2期分のみ減額申請する場合は10月31日)現在の状況で、その年の所得金額の見積額を記載する。その見積額の計算の基礎となった資料を1部添付しなければならない。 本問のケースでは、平成26年1月1日~10月31日までの試算表を添付すればよいであろう。 2 予定納税額の減額申請をしない場合 予定納税額の減額申請をしない場合には、予定納税額の第2期分15万円を11月1日~11月30日の間に納付しなければならない。 予定納税額は所得税及び復興特別所得税の概算払いであるから、予定納税額が少額な場合などは手間をかけて減額申請するより、予定納税をし、確定申告後に還付を受けた方がよい。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【41】 〔第5章〕法令用語 (その27) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 14 不確定概念と宥恕規定 (2) 「やむを得ない理由」、「やむを得ない事情」、「やむを得ない事由」 「やむを得ない理由」は、「正当な理由」よりも広い概念である。これは、原則的なあり方としては本来認められないはずのものであるが、本人の責めに帰することが困難な特別の事情によって例外的な事態や取扱いを認めることをしても致し方のない理由、すなわち「やむを得ずこうなってしまった特別な理由」という意味で使われる。 「やむを得ない理由」についてはこのように説明されることが多いが、「やむを得ない理由」を認めている場合には、当然前回に記した「正当な理由」も認められるべきであるから、このやむを得ない理由には、この「やむを得ずこうなってしまった特別な理由」の他に、「正当な理由」も含まれることになる。 国税通則法第23条第2項による使用例を見てみよう。 この「政令で定めるやむを得ない理由」を受けて国税通則法施行令第6条第1項は、以下のように規定する。 ここでは、「やむを得ない理由」と言う不確定概念について、政令で詳細に規定されているが、この第2号及び第3号においても「やむを得ない事情」という不確定概念が使われており、曖昧な部分が残されている。 なお「やむを得ない事情」は、「やむを得ない理由」とほぼ同義であるが、この「やむを得ない理由」と比べると、どちらかといえば、「そのようになった根拠」よりも「そのようになった事実ないし事の次第」に重点を置いた表現であるとされている。 この「やむを得ない事情」の使用例を法人税法から見てみよう。 この「第4条の2の規定」とは、連結納税義務者に関する規定である。したがって、過失等によって租税特別措置法上の特例の適用洩れがあった場合等において、宥恕規定として用いられている条文である。 このような場合に関する現実の税務執行としては、例えば、ある特例規定の適用要件の履行漏れが、①その納税者にとって初めてのケースで、②全くの善意であり、かつ、③その適用要件をよく知らなかったことについて本人の責めに帰するのは酷であると認められるような場合が該当するとされている。 したがって「やむを得ない理由」「やむを得ない事情」は共に、政令で明確に定めていない場合には、このように、納税者の責めに帰するのが酷であると認められる場合も含まれると考えられるが、どのような場合が「納税者の責めに帰するのが酷」と解されるかは不明確なままとならざるを得ないことになる。 なお、「やむを得ない事由」は、「事由」というのが「事情」と「理由」との両者を含んだような意味の言葉であることから、「やむを得ない事情」と「やむを得ない理由」の両方を含んだ概念とされる。しかし古い法令では「やむを得ない事由」が多く使われ、現行法では「やむを得ない理由」が多く使われており、事実上あまりこの差は意識されていないようである。 ただし所得税法第44条では、今でも、「やむを得ない事由」が使われている。 この条文では事由の後に「発生」が続いていることから分かるように、「理由」というよりも「事情」に重点が置かれているため「事由」とされている。 (続く)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第52回】 人件費に関する会計処理① 「賞与引当金」 仰星監査法人 公認会計士 薄鍋 大輔 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 【事例1】 支給額が確定していない場合 ① X1年3月期 決算時 (*1) 900×4ヶ月/6ヶ月=600 ② 翌期(X2年3月期)6月支給時 (*2) 貸借差額 【事例2】 支給額が確定し、かつ、支給対象期間に対応して算定されている場合 X1年3月期 決算時 (*3) 900×4ヶ月/6ヶ月=600 【事例3】 支給額が確定し、かつ、支給対象期間以外の基準に基づいて算定されている場合 X1年3月期 決算時 (*4) 支給額が支給対象期間以外の基準に基づいて算定されるため、期間按分は行わず、確定額の全額を計上する。 〈会計処理の解説〉 賞与は給与の後払い的性格を有するため、当期の負担に属する金額を当期の費用として計上する必要があります。 このため、【事例1】のように、決算時点において当期の負担に属する金額が確定していない場合でも、企業会計原則注解18で規定されるいわゆる負債性引当金の性格を有するものであるため、合理的な方法により引当金として見積計上することになります。 本事例では、支給額が支給対象期間に対応して算定されているため、当期末までに発生したと認められる4ヶ月分(12月~3月)の金額を計上することとなります。 なお、引当金の計上額は、引当金の4要件④にある通り、合理的な見積りでなければなりません。 【事例1】では、決算時点での支給見積額900に対して実際支給額は950であり、50の差額が出ています。本事例では、期末時点の見積りが合理的であることを前提としていますので、差額の50は、賞与を支払った期であるX2年3月期の費用として処理します。この差額50については、仮に、期末時点の見積りが合理的でなかった場合、過去の誤謬として取り扱われ、厳密な処理としては過去に遡って数値の修正が必要となるため注意が必要です。 これに対して、【事例2】と【事例3】では、3月の決算時点で支給額が確定していることから、引当金ではなく、未払費用あるいは未払金として計上します。 【事例2】のように支給額が支給対象期間に対応して算定される場合、当該賞与は、企業会計原則注解5で規定されている未払費用の性質を有することから、未払費用として計上します。 他方、【事例3】の場合は、支給額が支給対象期間以外の臨時的な要因に基づき算定されるものであるため、注解5でいうところの継続性が認められず、未払金として計上することになります。 * * * 次回は、役員退職慰労引当金について解説します。 (了)
減損会計を学ぶ 【第14回】 「減損損失の認識の判定②」 ~将来キャッシュ・フローの見積期間が20年を超えないケース~ 公認会計士 阿部 光成 減損損失の認識の判定は、割引前将来キャッシュ・フローの総額を用いて、それが帳簿価額を下回るかどうかによって行うこととされている(「固定資産の減損に係る会計基準」(以下「減損会計基準」という)二、2(1))。 「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号。以下「減損適用指針」という)では、減損損失の認識の判定に用いる将来キャッシュ・フローについて、その見積期間が20年を超えるかどうかによって、異なる取扱いとしている。 今回は、将来キャッシュ・フローの見積期間が20年を超えないケースについて解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 減損損失の認識 減損損失の認識の判定は、資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額と帳簿価額を比較することによって行い、資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を下回る場合に、減損損失を認識することになる(減損会計基準二、2(1))。 減損損失を認識するかどうかを判定するために割引前将来キャッシュ・フローを見積もる期間は、資産の経済的残存使用年数又は資産グループ中の主要な資産の経済的残存使用年数と20年のいずれか短い方で行うことになる(減損会計基準二、2(2))。 Ⅱ 将来キャッシュ・フローの見積期間(20年を超えないケース) 1 基本的な考え方 減損適用指針は、①主要な資産と、②主要な資産以外の構成資産に分けて規定している。そして、主要な資産の経済的残存使用年数と、主要な資産以外の構成資産の経済的残存使用年数のいずれが長いかによって、さらに詳細な規定を設けている。 主要な資産については後述する。 2 主要な資産(20年を超えない) 資産又は資産グループ中の主要な資産の経済的残存使用年数が20年を超えない場合には、当該経済的残存使用年数経過時点における資産又は資産グループ中の主要な資産の正味売却価額を、当該経済的残存使用年数までの割引前将来キャッシュ・フローに加算する(減損適用指針18項(1))。 3 主要な資産以外の構成資産(主要な資産の経済的残存使用年数を超えない) 資産グループ中の主要な資産以外の構成資産の経済的残存使用年数が、主要な資産の経済的残存使用年数を超えない場合には、当該構成資産の経済的残存使用年数経過時点における当該構成資産の正味売却価額を、主要な資産の経済的残存使用年数までの割引前将来キャッシュ・フロー(当該構成資産の経済的残存使用年数が20年を超えるときには21年目以降に見込まれる将来キャッシュ・フロー)に加算する(減損適用指針18項(3))。 4 主要な資産以外の構成資産(主要な資産の経済的残存使用年数を超える) 資産グループ中の主要な資産以外の構成資産の経済的残存使用年数が、主要な資産の経済的残存使用年数を超える場合には、当該主要な資産の経済的残存使用年数経過時点における当該構成資産の回収可能価額を、主要な資産の経済的残存使用年数経過時点までの割引前将来キャッシュ・フローに加算する(減損適用指針18項(4))。 上記をまとめると次のようになる。 【資産グループ中の主要な資産の経済的残存使用年数が20 年を超えないケースの将来キャッシュ・フローの見積り】 減損適用指針97項では次のイメージ図を示している。 Ⅲ 主要な資産 主要な資産とは、資産グループの将来キャッシュ・フロー生成能力にとって最も重要な構成資産をいう(減損会計基準注解注3)。 主要な資産は、資産のグルーピングを行う際に決定し、当期に主要な資産とされた資産は、原則として、翌期以降の会計期間においても当該資産グループの主要な資産となる(減損適用指針22項)。 主要な資産の決定に際しては、次の事項に注意する(減損適用指針23項、24項)。 (了)
国際出向社員の人事労務上の留意点 (海外から日本編) 【第1回】 「エクスパットの給与処理」 社会保険労務士 平澤 貞三 (1) 来日しているエクスパットの給与・税務処理 エクスパットとは、出向や転勤により雇用元の国を離れ、国外に一時的に赴任する社員をいう。 その給与の支払方法は様々であるが、一般的には基本給の一部を派遣元国の会社から、残り部分を日本の受入会社から支払うケースが多い。また、社宅や子女教育費などの経済的利益(現物給与)については、日本の受入会社が負担するのが一般的である。 【エクスパットの給与・税務処理(日本払い50%、海外払い50%のときの全体イメージ)】 (2) 経済的利益に対する課税処理 エクスパットの給与事務においては、金銭以外の経済的利益(現物給与)に関する課税処理が非常に肝要である。 【エクスパットにみられる経済的利益の例と課税上の留意点】 (3) グロスアップ計算とは エクスパットは海外から赴任する時点で、本給部分からみなし税(ハイポタックス)を控除されているケースが多く、日本で受け取る金銭給与、現物給与ともに手取保証が一般的である。 つまり、日本で源泉徴収の対象となる所得税が発生した場合、その控除されるべき税金と同額を手当として支給しなければならず、支給すべき税金手当と控除されるべき税額を同時に反復計算しなければならない。当初の課税所得金額に税金手当が積み増しされるわけであるから、当然にそのグロス給与は増えていくことになる。 これにちなんで、手取保証のための給与計算は、一般的に「グロスアップ計算」と呼ばれている。 日本において給与の金銭支給がなく、社宅や家具リースなどの現物給与のみを課税する場合で、その所得税を会社側が負うことになっている場合もグロスアップ計算が必要である。 【現物給与のみのグロスアップ計算の給与明細イメージ】 (4) 給与・賞与の区分上の留意点 所得税法上、賞与とは、定期の給与とは別に支払われる給与等で、賞与、ボーナス、夏期手当、年末手当、期末手当等の名目で支払われるものその他これらに類するものと定義されている。 一方、健康保険法においては、「3月を超える期間ごとに払われるもの」と定義されており、所得税法とは扱いが異なる。 エクスパットには、子女教育費や年1回を超えるホームリーブ費用など多種多様な臨時的な支払いが多く、それらを給与として処理すべきか賞与として処理すべきか、実務上悩むところである。 エクスパットが年末調整対象者(=扶養控除等申告書の提出があり、かつ、年収2,000万円以下)であれば、年末調整において給与・賞与が合算されたところで年税額が計算されるため、給与・賞与の判断においてさほどシビアに捉える必要はないといえる。 しかし、そのエクスパットが社会保険加入者であれば、賞与にかかる保険料を月の保険料とは別に支払う必要があるため、給与、賞与の判断には慎重さを要する。 社会保険上の賞与に該当するか否かについては、保険者(日本年金機構または各健康保険組合)によって判断もまちまちであるため、判断がつかない場合は直接保険者に確認することをお奨めする。 (了)
改正会社法 ―改正の重要ポイントと企業実務における留意点 【第2回】 「「社外」役員の要件見直し及び社外取締役選任の「準」義務化」 西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 柴田 寛子 改正会社法のポイントについて解説する本シリーズの第2回では、社会的にも大きな注目を集めた、「社外」役員の要件見直し及び社外取締役選任の「準」義務化について解説する。 1 「社外」役員の要件の見直し (1) 「社外」要件の見直し 改正会社法では、社外取締役及び社外監査役の独立性確保を目的として、概要、以下の要件見直しが行われた(現行会社法からの変更箇所に下線)(改正会社法2条15号・16号)。 〈「社外」要件に関する改正〉 上記の改正により、以下のものは、社外役員の要件を充たさないこととなる。 一方、社外役員の過去勤務要件については、現行会社法では期間制限を設けていない点を改め、「過去10年間勤務していないこと」に緩和された。 (2) 実務に与える影響 実務においては、子会社の社外監査役に親会社の従業員が就任している例は珍しくないが、改正会社法の施行後は、当該子会社は、親会社等や兄弟会社以外から社外監査役を迎える必要があることとなる。 なお、「社外」要件の適用時期については経過措置が設けられており、改正会社法の施行の際、現に社外役員(現行会社法での要件を充たすもの)を置いている会社においては、改正会社法の施行後、最初に終了する事業年度に関する定時株主総会の終結の時までは、従前の例によるとされている(改正附則4条)。 したがって、3月決算の会社を例とすると、改正会社法の施行日が平成27年4月1日又は5月1日である場合、改正会社法下での社外要件を充たす社外役員の選任は、平成28年6月開催の定時株主総会で行うべきこととなる。 もっとも、平成27年6月開催の定時総会において社外役員(特に社外監査役)を選任するに際しては、実務上、注意が必要である。 上記の例では、平成28年6月開催の株主総会終結時まで、現行会社法での「社外」要件が許容されるものの、当該株主総会終結の時点において、改正会社法での「社外」要件を満たしていない社外役員は、会社法上の社外役員とは認められなくなる。 上場会社においては、取締役の任期は定款により1年に短縮されている例が多いのに対し(会社法332条1項)、監査役の任期は4年であり(会社法336条1項)、かつ、監査役会設置会社における監査役3名以上のうち半数以上は社外監査役であることが要求されているため(会社法335条3項。なお、これらの条項は改正会社法でも変更なし)、平成27年6月開催の定時株主総会において社外監査役(取締役の任期が1年に短縮されていない場合には社外取締役も同様)を選任する場合には、実務的には、改正会社法での「社外」要件を満たす者を選任すべきことになろう。 2 社外取締役選任の「準」義務化 (1) 社外取締役選任の「準」義務化 改正会社法では、社外取締役選任の義務化そのものは見送られたものの、一部議員による義務化への強い働きかけの結果、改正附則(25条)において、施行後2年後において、社外取締役の選任状況その他社会経済情勢の変化等を勘案し、必要に応じ、社外取締役の義務づけ等所要の措置を講じる旨、明記された。 また、法制審議会での附帯決議を受け、東京証券取引所は、有価証券上場規程(445条の4)を改正し、「上場内国株券の発行者は、取締役である独立役員を少なくとも1名以上確保するよう努めなければならない」(本年2月10日より施行)と定めた。 もっとも、実務においては、これらの動きを見越して、社外取締役の導入は相当程度進んでいる。 例えば、本年6月17日に公表された東京証券取引所による「東証上場会社における社外取締役の選任状況〈速報〉」によれば、同月16日までに判明するデータを元にした社外取締役の選任状況は以下のとおりであり、東証第一部上場企業の74.2%が既に社外取締役を選任している。 〈1社あたりの社外取締役人数〉 (注) 本年6月17日株式会社東京証券取引所「東証上場会社における社外取締役の選任状況〈速報〉」7頁を元に改訂。 (2) 「社外取締役を置くことが相当でない理由」 上記の通り、社外取締役設置の義務化は見送られたものの、各事業年度の末日において、(公開会社かつ大会社である)監査役会設置会社であって、株式について有価証券報告書提出義務を負う会社(典型的には上場会社)が社外取締役を置いていない場合、当該会社の取締役は、当該事業年度に関する定時株主総会において、「社外取締役を置くことが相当でない理由」を説明しなければならないこととされた(改正会社法327条の2)。また、法務省令の改正により、同様の事項が事業報告での開示事項とされることが予定されており、実務上、事業報告の該当箇所に言及する方法にて説明がされることが予想される。 また、社外監査役が2名以上あることのみをもって「相当でない理由」とすることはできない旨の規定が盛り込まれることも検討されており、許容される「理由」としては、社外取締役を確保すべく努力はしたが、適任者がいなかった等の理由に限られる可能性がある。 (3) 実務に与える影響 社外取締役を置くことが相当でない理由の説明及び開示義務については、経過措置が設けられていない。 そのため、3月決算の会社を例とすると、改正会社法の施行日が平成27年4月1日又は5月1日である場合、平成27年3月末の時点で社外取締役が選任されていない場合には、同年6月開催の定時株主総会から同条に基づく説明が求められることとなる点に留意が必要である。 (了)
常識としてのビジネス法律 【第14回】 「各種代金の請求・取立てに関する法律実務(その2)」 弁護士 矢野 千秋 10 内容証明郵便での請求 (1) 内容証明郵便の効果 通常の請求書で埒があかなかった場合、内容証明郵便で請求すると通常の請求書と異なり、相手方がなんらかの対応をしてくることが多い。 それは内容証明郵便での請求が以下の効果を持つからである。 また、内容証明郵便で請求する場合、配達証明は必須である。配達証明とは相手方に到達したことを郵便局が証明するもので、内容証明郵便とはどのような内容の通知をしたかを郵便局が証明するものである。 民法は原則として到達主義(いかなる通信通知も相手方に到達して初めて効力を生ずる)を採っており、相手方が到達を否認したとき、配達証明を取っていないと証明が困難になるからである。 したがって、重要な通知であれば、配達証明付内容証明郵便にするべきである。 (2) その他の注意点 ① 文字数 1枚26行1行20字(最もよく使われる行数字数。実際は1枚に書ける総字数が決められている)、点、丸、ハイフン等すべて1文字で計算する。アルファベットは固有名詞にしか使えない。 ② 3通用意する 3通(1通は相手方へ、1通は内容証明のための郵便局保管、1通は発信者の手控えとして返される)及び封筒(相手方および発信者の住所氏名を記載する。内容証明郵便中の住所氏名の記載と完全に一致させる)を用意する。 ③ 縦書き・横書きへの対応 縦書きなら内容を書いて文末に日付、発信者の住所氏名(必須ではないが通常押印)、相手方の住所氏名。横書きなら文頭に日付または相手方の住所氏名(どちらが上でも差支えない)、発信者の住所氏名(必須ではないが通常押印)、そしてその後に内容を書く。 ④ 配達証明は必須 配達証明を付ける。郵便局員から要不要を聞かれるが、答えは必ず「付けます」である。これは、付けないと先述した「到達」の証明が難しいからである。 ⑤ その他の注意 (a) 手書きの場合は鉛筆で起案する。書き損じたときすぐに訂正できる。書き上げてチェックし、間違いなければコピーを3通取る。これが消えない筆記具で書いた内容証明郵便になる。 (b) 1枚26行以内1行20字だが、ワープロソフトの場合はページ設定に気を付ける。まず全角の設定にし、1行19字の設定にする。ジャスト20字の設定にすると、「~します」で20字になったとき、ワープロソフトは禁則処理により「。」を下に引っ張ってきて「~します。」で21字になってしまうからである。 (c) 契印はページ綴目の中央あたりに押す。通常何ページかになりホッチキスなどで綴じると、ページとページの綴目に契印を要求される(発信者の氏名に押した印を用いる)。綴目の上方などに押すと受け付けない郵便局もあるが、綴目の中央あたりに契印をして受け付けない郵便局はない。 11 代物弁済による回収 「代物弁済」とは、本来の給付(通常は金銭)に代えて他の給付(例えば相手方の在庫商品)をすることにより債務を消滅させる契約を言う。 ただし、以下に注意する必要がある。 12 代位弁済による回収 「代位弁済」とは、債務者以外の人に債務者に代わって弁済してもらうことを指す。親兄弟、親会社等の第三者(債務を負っていない者)から弁済してもらうなどである。 ただし、以下に注意する必要がある。 13 代理受領による回収 債務者Bが第三者債務者Aに対して有する債権(債務者Bも営業をしていれば第三者債務者らに対して債権の1つや2つは有しているのが通常である)について、債権者Cが、債務者Bから受領権限(集金の代理権である)の授与を受け、第三債務者Aからその弁済を受けて、これを債務者Bが債権者Cに対して負担する債務の弁済に充てることを指す。 その方法としては、以下2つがある。 ① 債務者Bが債権者Cに対し、例えば第三債務者Aから代金を受領する権限を与えるという趣旨の委任状を交付して行う方法 ② 債権者C、債務者B、第三債務者Aの三当事者の間の契約によって、債権者Cに、債務者Bの第三債務者Aに対する債権について弁済を受ける権限を与え、これを第三債務者Aも承諾するという形式による方法 債務者Bが少額の債権を多数保有するようなときに適するが、債権者Cに代理権を授与した後でも本人たる債務者Bが回収することも可能であるし、また債務者Bは一方的に集金代理権授与を解約することもできる。したがって、回収方法としてはそれほど強力ではない。 14 相殺による回収 たまたま相手方に対して自分も債権を有し債務を負担しているようなとき、相手方の信用状態になんら問題がないようなときはお互いがお互いの債務を払い合う場合が多いが、相手方の信用状態になんらかの問題が出たようなとき、自分の債務は全額支払って、債権は取り損ねたのでは浮かばれない。 そこで、相手方の債権と自己の債権とを特定して対等額で相殺する旨の意思表示を相手方に対し内容証明郵便で通知する(一方的な単独行為で可能である)。これで自分の債務が減少した額分だけ、回収したことになる。 相殺には、相手方の同意は必要ではなく、一方的に相殺できるが、両債権が同種の債権(例、金銭債権)であり、両債権が弁済期にあることが必要である。 ただし、相殺をする側の債務、すなわち相手方の債権は弁済期になくともよい。債務者は期限の利益を放棄して前倒しで弁済できるからである。しかし、相殺をする側の債権、すなわち相手方の債務は弁済期にあることが必要である。 したがって、例えば分割払いなどのときは、分割金の支払いを一度でも不払いにすれば期限の利益を失い、将来の分割金債務もすべてが一度の不払時点で満期になる旨の期限の利益喪失約款を付けておくことが望ましい。 これにより、分割払いの場合も債権全額を相殺の対象にすることができる(相殺の事実上の前提として「相手方の信用状態になんらかの問題が出たようなとき」と先述した。ならば期限の利益の喪失事由に該当している場合が多いからである)。 ただし、不法行為に基づく損害賠償債務は債務者(不法行為者)がたまたま被害者に対して債権を有していたとしても、不法行為者からは相殺不可能である。不法行為をしたような者には現実の弁済をさせるとする法の趣旨である。 また、給料債務についても債務者(会社)から使用人に対して、相殺不可である。給与が現実に支払われないと給与生活者の生活が脅かされるからである。 15 債権譲渡による回収 第三債務者Aに対して債務者Bが有する債権を債権者Cが譲り受ける。金銭の代わりに第三債務者Aに対する金銭債権の譲渡を受けるわけであるから、一種の代物弁済に当たる。これにより債務者Bの代わりに第三債務者Aから弁済を受けることになる。 しかし原則第三債務者Aはこの債権譲渡を知らないわけであるので、この場合、債務者Bから第三債務者Aに対して内容証明郵便で債権譲渡の通知をさせるか、または、第三債務者Aがたまたま債権譲渡を知っているような場合、第三債務者Aの確定日付のある譲渡の承諾(相手方から取った承諾書に公証役場で確定日付を貰う)を取る必要がある(民法467条)。 これがなくては第三債務者Aは債務者Bがもはや自分の債権者でなくなったことも、また債権者Aが新しく自分の債権者になったことも知り得ないからであり、第三債務者Aを害してしまうことにもなるからである。 二重譲渡が多いので、できるだけ早期に手を打つ(第三債務者Aへの到達日が先の者が勝つ。承諾と通知の場合は、通知の到達日と承諾の確定日付)。債権を一度譲渡すれば譲渡人は無権利者になるのだから、無権利者が当該譲渡した債権をさらに二重に譲渡することなど理論的に可能なのかと疑問に思われるかもしれないが、先に譲渡を受けたものが勝つのだとすると、いずれの譲渡が先かの証明が訴訟上困難になる。 そこで、法は譲渡の先後ではなく、確定日付(先日まで公的機関だった郵便局が証明している日付。例えば郵便局の消印)のある通知が第三債務者に先着したものの勝ちとした。そしてその前提として、債権は何重にも譲渡できるとしたものである。これならば常に客観的に先後が明らかであり、優劣判断が容易だからである。 さらに譲り受ける債権に証書の類いがあれば、すべてもらっておく。二重譲渡を防ぐ意味があるからである。 また債務者Bが第三債務者Aに対して有する債権が手形である場合は、債権者Cはその手形を裏書で譲り受ければ足りる。手形は譲渡するにも権利行使するにも手形の交付と共にする必要があることから、そもそも二重譲渡は起こらず(一度手形を交付して権利譲渡すれば手元に手形がなくなるのであるから、二度と権利譲渡ができなくなる)、前記の通知または承諾は不要であるからである。 (注) 有価証券の定義は「私権を表章する証券であって、権利の譲渡および行使に証券を必要とするもの」である。手形はもちろん有価証券である。 16 担保を利用した債権回収方法(確実化) (1) 人的担保とは 「人的担保」とは、債務者以外の者に債務を担保させるものであり、保証と連帯保証がある。そしてそれらの保証を包括的にしたものが「根保証」である。 (了)