企業不正と税務調査 【第2回】 「不正のトライアングル」 ―不正発生のメカニズムとは― 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 Dan Arielyの近著“The (Honest) Truth about Dishonesty”、櫻井祐子訳『ずる』(早川書房)は、不正の発生メカニズムに対する行動経済学の実証実験の結果と知見を集めた興味深い著作だが、その中で、「シンプルな合理的不正モデル」という合理的経済学の考え方を紹介している。 それは、「人は自分の置かれたそれぞれの状況を合理的に分析し、それをもとに不正を行うかどうかを決める」というものであり、この考え方に沿って、社会が不正に対抗する手段がとられていると説明されている。 この考え方が正しいとすれば、不正によって失うものが大きいと判断すれば、人は不正に手を染めることはない。大部分の経営者や経理責任者は、不正の発覚によって失うものの大きさを考えれば、不正を行うことはないはずだ。 しかし、本当に人は、そんなに合理的なのだろうか? アリエリー教授は、そうした疑問を解き明かすべく、大学生を使ったさまざまな実験を行い、前2作同様、人間の行動の不合理さを示す。 私たち、公認不正検査士(Certified Fraud Examinar)にとっても、合理的経済学の考え方よりは、アリエリー教授の説く不合理な人間―誰でもが不正をしてしまうものである―という観点から不正を考える方がなじみやすい。 公認不正検査士協会(ACFE)では、今ではすっかり有名になってしまった感のある、不正のトライアングルという概念を使って、不正の発生メカニズムを説明してきた。 1 不正のトライアングル 私たち職業会計人が業務にあたって常に念頭に置かなければならないのは、 「人は誰でも、ある条件がそろえば不正をする弱い生き物である」 ということである。 この条件が、アメリカの犯罪学者クレッシーが提唱した「不正のトライアングル」という仮説である(下図参照)。 【不正のトライアングル】 これは、図に表した3つの心理的な要素がそろったときに、「悪いことは承知のうえで」不正行為を行うという考えである。 不正リスク対策を専門とする公認不正検査士にとっては常識となっている考え方であり、企業不正について検討する場合にも必要となる概念である。 1つ目の心理的な要素は「動機」である。 不正実行者が、横領などの犯罪をしてでも、金銭を手に入れなければならないというプレッシャー―表沙汰にできない借金、仕事の失敗、ノルマの未達、家族の病気などの他人に打ち明けられない問題を抱えていること、これが不正の「動機」となる。 2つ目の要素は「機会」である。 不正実行者が、上司や同僚に見つからずに、会社や顧客の金銭を手に入れて、問題を解決できるかどうか、また、実際に不正行為を行える技術があるか。 「不正は本人の問題=動機」だけでは成立せず、社内の不正防止体制の欠陥もまた、不正を引き起こす要素となっている。 最後の要素は「正当化」である。 不正実行者本人が「不正をしても許される」という言い訳を構築すること。会社や上司に対する怨恨は、「悪いのは自分ではなく、会社だ」という正当化につなげるだろうし、「使うのではなく、一時的に借りるだけ」という言い訳は、最初に横領に手を染める際の言い訳として、よく聞かれる台詞である。 不正行為は、これら3つの要素がすべて存在することによって発生するという認識を持ったうえで、業務に当たることが、不正発見への第一歩であることは言うまでもない。 2 不正抑止の決め手は、いかにして「機会」を減らすか とはいえ、不正のトライアングルのうち、従業員個々人の「動機」をすべて把握するのは不可能であろう。 職場に消費者金融から電話がかかってきたり、ふさぎ込みがちだったりといった変化に気づく可能性はあるが、発覚した事例では、「今から思えば」という後付けの感想になってしまいがちである。 また、不正を正当化させないために、従業員の昇給・昇格における公平性を確保する、業界水準より高い報酬を支給するといった方法も考えられるが、それでも、全従業員が不満を抱かないような処遇を行うこともまた不可能であろう。 結局のところ、企業の側としては、不正の「機会」をいかに低減するかという点に不正対策を絞るほかないのである。 例えば、出納業務を特定の従業員に任せきりにしていると、彼又は彼女に「動機」と「正当化」という要素がそろった段階で、不正=現金の横領という行為に及ぶ可能性が一気に高まる。 だがここで、出納業務を他の従業員と分担させたり、あるいは経営者自らが業務の中身を不定期に確認したりといった仕組みを取り入れると、不正リスクは一気に軽減するのである。 3 不正行為を行う人の立場になって考える もう一つ、従業員の不正を発見するうえで大事な視点が、「不正実行者の視点に立って考える」ということである。 これも公認不正検査士の間では常識のように使われる言葉であるが、“Think as a fraudster”(不正実行者の立場になって考える)というものがある。 実際に自分が不正を行うとしたら、どこに隙があるか―権限規定が不明確であったり、職務分離が徹底されていなかったり、一人の人間だけで完結できる業務があるかどうかなどを考え、その脆弱性を埋めるための施策を実現していくことが不正抑止につながるし、そうした業務内容を重点的にチェックすることによって、不正発見の可能性も高まる。 4 それでも不正は起こる 万全の不正対策というものが仮にあったとしても、費用対効果の面から実施は不可能であったり、業務の遂行に大いに支障をきたしたりして、実現可能性はかなり低いものとなるだろう。 不正対策には限界がある。であるとすれば、次に考えなければならないのは、いかに早期に発見するか、不正を発見するための仕組みの構築である。 本稿では、連載第3回となる次回において、税務調査と内部監査、外部監査の手法の相違点についての概要を述べることとし、第4回目以降に予定している「税務調査と企業不正」各論へとつなげていき、不正の早期発見のための施策を検討していきたい。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【4】 〔第2章〕法令の解釈方法 (その3) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 5 論理解釈の種類 この論理解釈の方法としていくつかあるが、大別すると、(A)言葉の範囲内での解釈方法と(B)言葉に含まれない事項についての解釈方法に分けられる。 では、それぞれについて説明していく ① 拡張解釈(拡大解釈) これは条文の文言、用語を普通の意味より拡張して解釈することである。 例えば「車馬通行止め」という立札が木造の橋の脇に立っていた際に、牛がこの橋を渡ってよいであろうか。 橋の崩落を防ぐための通行止めであるなら、この「馬」に牛も含めて解釈することになるであろう。 この、拡張解釈の典型例として知られるものに、いわゆる「電気窃盗」がある。 刑法第235条(窃盗)は「他人の財物を窃取した者は、10年以下の懲役に処する。(当時の原文はカタカナ表記)」と規定している。 この「財物」という概念は通常有体物を指すであろうが、電気窃盗犯に対して大審院は、「電流も可動性と管理可能性を併せもっており、窃盗罪の成立に必要な窃取の要件を満たすことができる。」(明治36年5月21日大審院判決)と判示した。 その後明治40年の改正で同法第245条「この章の罪については、電気は財物とみなす。」が追加されたのであるが、この判決当時は「財物」の概念を解釈で電気にまで及ぼしたのである。 なお刑法においては罪刑法定主義の観点から、類推解釈は禁止されている(詳細は後述)が、拡張解釈は許されるとされている。 というのも、刑法の文言を杓子定規に解釈しなければならないというわけではなく、法の予想しうる限度での当罰性に応じた実質的な解釈を禁じるものではないからである。 もう一つ例を挙げると、刑法第38条第3項に「法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。」とある。 この場合のこの「法律」とは、国会の議決を経て制定される法律、すなわち、狭義の法律に限定すべきではなく、これを法令全体として解釈すべきであろう。 税法にも同様の規定がある。 国税通則法の第10条第1項には と規定する。 また同条第2項には と規定する。 国税通則法では、租税に関する法を一括して表現するときには、「国税に関する法律」という文言を用いているが、その内容には、「命令」等も含まれる。 この国税通則法第10条で規定する期間計算の方法とか、休日・祝日の翌日を期限とみなすといった規定を、法律に規定されている限り適用され、命令で定められている場合は適用されないとするのは不合理であろう。 もっとも、税法においては、租税法律主義という基本理念があるため、みだりに拡張解釈をしてはならない。課税要件を拡張解釈するようなことは原則許されず、納税者の利益となるような場合に許されると考えるべきである。 ② 縮小解釈(限定解釈) これは条文の文言、用語を普通の意味より狭く解釈することである。 例えば、先の例の「車馬通行止め」という立札が木造の橋の脇に立っていた際に、乳母車はこの橋を渡ってよいであろうか。 また、生まれたばかりの仔馬はどうであろうか。 立札の目的から、乳母車はこの「車」には含めず、また仔馬はこの「馬」には含めないと解釈することになろう。 税法の例としては、例えば、「譲渡担保」の例が挙げられる。 「譲渡担保」とは、債権者が債権担保の目的で所有権をはじめとする財産権を債務者等から法律形式上譲り受け、被担保債権の弁済をもってその法律上の権利を返還するという形式をとる担保方法である。 この譲渡担保において、形式的には資産の譲渡に該当していても、その担保になった資産を債務者が従来どおり使用収益して、債務の利息について支払いをしているような場合に、これを譲渡と考えるべきであろうか。 そして被担保債権の弁済による法律上の権利の返還時に、再譲渡と解するべきであろうか。 これは譲渡所得課税の目的からいって、形式的には資産の譲渡に該当していても、実質的「譲渡」はないと解するのが妥当と考えられるため、譲渡担保は譲渡には含めないという縮小解釈がされるのである。 所得税基本通達33-2においては、この縮小解釈により、下記のように定めている。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載7〕 株主の立場から理解する 抱合株式に係る資本金等の額の計算 税理士 内藤 忠大 合併法人が有する被合併法人の株式のことを抱合株式という。法人税法施行令8条1項5号に合併に関する資本金等の額の計算が規定されているが、適格合併と非適格合併、抱合株式の処理など、すべての合併のパターンがここに規定されているため、非常に読みにくくなっている。 本稿では、難読の原因の一つである抱合株式に焦点を当て、非適格合併における資本金等の額の計算を理解するために必要な事柄を確認する。 (1) 抱合株式がない場合の資本金等の額の計算 資本金等の額の増加額は法人への払込額とするのが基本的な考え方である(法令8①一)。合併も被合併法人から資産・負債の移転による払込みを受けるが、資産や負債以外にいわゆるのれんも移転する。このため、払込額を資産の価額と負債の価額の差額(移転純資産価額)のみで評価することは実態に合わないが、のれんを客観的基準で金銭評価するのには困難を伴う。 そこで、非適格合併の場合は、合併法人株式などの合併対価の額を移転純資産価額(=払込額)とすることにしている。 なお、合併対価に合併法人株式以外の資産がある場合には、その資産の価額相当額は合併法人に出資されたものと扱われないため、増加する資本金等の額の計算上減算する。 抱合株式がない場合の非適格合併により増加する資本金等の額の計算を簡略化すると、次の算式〔図1〕のようになる。 〔図1〕 非適格合併により増加する資本金等の額(抱合株式がない場合) (2) 合併法人株式等のみなし株式割当等 会社法上、抱合株式には合併法人株式などの合併対価は交付されない(会社法749①三)。しかし、法人税では、抱合株式に対して、他の株主と同じ基準で合併法人株式の割当てその他の合併対価の交付があったものとみなすこと(みなし株式割当等)としている規定が、合併法人の処理として2つある。 一つは、非適格合併の資本金等の額の計算である。 (1)でみたとおり、非適格合併による資本金等の額の計算をするためには、合併対価から移転純資産価額を決定する。現実に移転純資産があるにもかかわらず、合併対価を交付しないからといって、移転純資産価額を0とするわけにはいかない。そこで、一旦株式の割当その他の合併対価の交付をしたものとみなす(注1)のである。 (注1) 被合併法人においては、資産及び負債を時価により譲渡し、その対価として抱合株式についても株式割当等をその時の時価で受けたものとされる(法法62①)。 もう一つが、合併法人に係るみなし配当の計算である。 非適格合併により、被合併法人の純資産額相当額(資本金等の額と利益積立金額)は合併法人の資本金等の額を構成する。このことは被合併法人の利益積立金相当額の資産が被合併法人の株主へ分配され、合併法人に追加投資されたものと理解できるので、被合併法人株主はみなし配当課税される(法法24①一)。 そこで、被合併法人の株主である合併法人においても、他株主との課税の公平を図る見地からみなし配当課税をする必要があるため、交付があったものとみなす(注2)のである。 (注2) 被合併法人は、株式割当等を受けたものとみなされた対価を、直ちに株主に交付したものとみなされる(法法62①)。 (3) 合併法人株式の取得価額(一般株主) 被合併法人の株主が取得した合併法人株式の取得価額は、合併法人株式以外の合併対価の有無によって異なる。合併対価が合併法人株式のみの場合は、被合併法人株式の帳簿価額に合併によるみなし配当額を加算した金額である。合併対価に合併法人株式以外の資産がある場合は、合併法人株式の時価である。 合併法人株式以外の合併対価の有無によって取扱いが異なるのは、株主の投資の継続性が認められるか否かによるものである。 合併対価が合併法人株式のみであれば、株主の投資先が名目的に被合併法人から合併法人へ変わっただけなので投資の継続性が認められる。みなし配当額は、合併法人株式として株主に帰属する被合併法人の利益積立金相当額であるが、これを合併法人への追加出資と考え、合併法人株式の取得価額の計算上、加算する(法令119①五)。 合併法人株式以外の合併対価の交付があれば、被合併法人に対する投資が一度精算され、その後新たに合併法人へ投資したとされる。投資の精算は、みなし配当額以外の合併対価の額を被合併法人株式の譲渡対価とする、株式譲渡損益課税がされることにより行われる(法法61の2①)。そして、新たな投資として、合併法人株式を時価相当額(合併対価の額)で取得したものとして取り扱う(法令119①二十六)。 (4) 合併法人株式の取得価額(合併法人) 抱合株式には合併法人株式は交付されないことは(2)で述べたとおりであるが、もし合併法人株式が交付されたとしたならば取得価額はどのように計算されるのだろうか。合併法人にとって合併法人株式は自己株式であるため法人税法上の有価証券ではないが、有価証券とみなして(3)に準じて計算できる。 つまり、合併対価が合併法人株式のみであれば、被合併法人株式の帳簿価額に合併によるみなし配当額を加算した金額になる。合併対価に合併法人株式以外の資産がある場合は、株式譲渡損益課税がされた上で、合併法人株式の時価が取得価額とされるであろう。しかし、平成22年度改正により株式譲渡損益課税はされなくなり(注3)、合併によるみなし配当課税だけ行われる。 (注3) 平成22年度改正前は、株式の譲渡損益課税のため抱合株式に対するみなし株式割当の規定があった(旧法法61の2③)が、改正後は被合併法人株式の帳簿価額相当額を譲渡収入とすることになり譲渡損益は計上しないこととされた(法法61の2③)。 これは、株主において投資の精算が行われていない状態なので、被合併法人株式の帳簿価額にみなし配当額を加算した金額が取得価額とされるであろう。 (5) 自己株式を取得した場合の資本金等の額と抱合株式の関係 ところで、自己株式を取得すると、譲渡をした旧株主においてみなし配当課税がされる場合(法法24①四)とその取得が一定の取得請求権付株式に係る請求権の行使によるものである場合等(法法61の2⑬一~三)を除き、自己株式の取得対価等を資本金等の額から減算することとされている。 (2)でみたように、合併による資本金等の額の計算上は抱合株式にも合併法人株式を交付したものとみなされるので、これに対応して合併法人は自己株式を取得したものと考えるべきである。この自己株式の取得についてはみなし配当課税はされず(注4)、また、法人税法61条の2第13項1号から3号の取得ではないため、(4)で計算した取得価額相当額が資本金等の額の計算上減額されるはずである。 (注4) (2)の合併法人株式が交付されたとみなされることによるみなし配当は、法人税法24条1項1号であり、4号によるみなし配当課税はされない。 そこで、抱合株式がある場合の非適格合併により増加する資本金等の額の算式〔図2〕をみれば、抱合株式の帳簿価額とみなし配当の額の合計額(自己株式の取得価額相当額)が減額されていることが確認できる。 つまり、抱合株式は、合併による資本金等の額の計算上、自己株式として減額要素となっているのである。 〔図2〕 非適格合併により増加する資本金等の額(抱合株式がある場合) ※この算式は、〔図1〕に抱合株式対応部分(黄色の部分)が加えられたものである。 (6) 結論 以上見てきたように、資本金等の額の計算では抱合株式の株主(合併法人)への合併対価の交付を前提とした計算構造となっていることがわかった。つまり、法人税法施行令8条1項5号を理解するためには、 が計算に含まれていることを認識する必要がある。 (了)
「学校法人会計基準の在り方について 報告書」 改正のポイント 【第1回】 有限責任監査法人トーマツ 公認会計士 奈尾 光浩 はじめに 文部科学省は、私立学校の特性を踏まえ私立学校の振興に資するよう、一般に分かりやすく、かつ経営者の適切な経営判断に資する計算書類とすることを目的に、学校法人会計基準の在り方について有識者による検討を行うこととした(学校法人会計基準の在り方に関する検討会、以下「検討会」)。 検討会による8回の会議の結果として、平成25年1月31日付けで「学校法人会計基準のあり方について 報告書」(以下「報告書」)が公表されたが、これを受けて学校法人会計基準(以下「基準」)が早い時期に改正されることが予定されている。 なお、改正された基準は平成27年4月から施行されるが、知事所轄法人については1年間の猶予を置き、平成28年4月から実施するものとされている。 本稿では報告書の内容について解説する。 なお、本文中意見にかかる部分は執筆者の私見であり、日本公認会計士協会及び所属する監査法人の意見と異なる可能性がある。 1 見直しの方向性 現行の基準は、私立学校の特性を踏まえ、その財政基盤の安定を図り、私学助成を受ける学校法人が適正な会計処理を行うための統一的な会計処理の基準として制定されたものであるが、報告書では、この目的は今後も維持すべきとしている。 一方で、近年の社会・経済状況の変化を踏まえ社会に対する説明責任が一層求められているとともに、学校法人が適切な経営判断を行う必要性が増している。 したがって、 学校法人の作成する計算書類等の内容がより一般に分かりやすく、かつ的確に学校法人の経営状態を把握できるものとなるよう、改善・充実を図ることが見直しの方向性とされている。 2 見直しに関する基本的な考え方 私立学校は、それぞれの建学の精神に基づく教育研究活動を、将来にわたり継続的に実施していくことが求められている。 そのため、会計処理についても、利益の追求を主たる目的とする企業等とは異なり、長期的視点から継続的な運営を可能にすることを前提とした収支の均衡が図られているかどうかを把握することが求められるという特性を有している。 したがって、学校法人会計の基本となる以下の事項については、従来と同じ考え方を維持するものとしている。 (1) 基本金制度 基本金制度は、現在でも、学校法人の健全性が維持されているかどうかを判断するための有効な仕組みであるため、更なる明瞭性を確保しつつも基本的な考え方を維持すべきである。 (2) 長期的な収支均衡 基本金組入額を控除した収支差額を表示することで、長期的に収支が均衡しているかを判断する仕組みは、学校法人の教育研究活動を将来的に継続していくことができるかを財務的に判断する上で、私立学校を取り巻く経営環境が厳しくなる中、その重要性がより高まっていると考えられることから、今後も維持すべきである。 3 基本金 基本金について基本的な考え方を維持すべきではあるが、さらに以下の点を明確にすべきとしている。 4 事業活動計算書 消費収支計算書の目的が、毎期、基本金組入額を控除した収支差額の均衡の状態を明らかにすることに変わりはない。 しかしながら、学校法人の経営状況をより的確に把握する観点から、長期的な収支均衡と毎期の収支均衡の両方を表示できるようにすることが重要であり、基本金組入前の毎期の収支についても表示すべきとされた。 また、近年の臨時・教育研究事業外の収支が増加し複雑化している傾向を踏まえると、その状況をより的確に把握することが重要であり、区分経理を導入し、収支差額を“経常的なもの”(「経常収支の部」)と“臨時的なもの”(「特別収支の部」)とに区分し、さらに経常的な収支を“事業”(「教育研究事業収支の部」)と“事業外”(「事業外収支の部」)とに分けて表示することを求めている。 なお、消費収支は事業の活動の状況を表すことが本来の趣旨であることを踏まえて、「消費収支計算書」は「事業活動計算書」に名称変更すべきとされた。また、「消費支出準備金」等は廃止すべきとされている。 事業活動計算書のイメージを簡単に示すと、以下のとおりである(大科目のみ記載している)。 ※画像をクリックすると、PDFファイルが開きます。 【参考】 文部科学省ホームページ ・「学校法人会計基準の在り方について 報告書」 ・「学校法人会計基準の在り方に関する検討会」 (了)
訂正報告書に見る 不適正会計処理の現状(2) 大阪経済大学教授 小谷 融 5 不適正会計に係る業種別傾向 不適正な会計処理を行い訂正報告書を提出した会社を業種別に見ると、情報・通信業、建設業、卸売業が比較的目につく。 特に情報・通信業の中のIT関連企業は、売上対象物が有体物ではないことを悪用した不正が多数見られ、協力会社を伴う例も少なくない。 IT業界については、日本公認会計士協会が平成17年3月に「情報サービス産業における監査上の諸問題について」(IT業界における特殊な取引検討プロジェクトチーム報告)を取りまとめているが、かねてから不適正な会計処理に繋がりやすい業界の特質が指摘されているところである。 卸売業は、取引商品によっては商慣習の延長から不正な循環取引を行いやすい土壌がある業態だ。建設業では、収益の認識時期に絡んで工事進行基準の工事進行率の見積りに係る不正経理が行いやすく、さらに、完成基準を採用していても収益の前倒し計上による不正経理が行われやすい傾向がある。 また、資産の減損手続を行わないなど業種に関係のない資金取引や固定資産に係る不適正な会計処理の事例も見られる。 6 金融庁の不適正会計に対する処分 金融商品取引法において、粉飾決算等の重要事項に虚偽の記載のある有価証券報告書を提出した場合には、懲役刑を含む刑事罰が規定されている。 しかし、違反行為といっても、現実には悪質性の度合いは千差万別で、刑事罰は対象者に与える影響が極めて大きいため、抑制的に運用する必要がある。 その結果、刑事罰を科すに至らない程度の違反行為は、放置されることになってしまう。 このような状況は、規制の実効性の確保の面から、また、法適用の公平性の観点からも、望ましいものではない。 このため、平成17年4月1日から課徴金制度が導入された。 これは、ルール破りは割りに合わないという規律を確立し、金融商品取引法令の実効性を確保するという行政目的を達成するため、行政上の措置として、金融商品取引法の一定の規定に違反した者に対して金銭的負担を課すものだ。有価証券報告書等の開示書類の虚偽記載(不適正な会計処理)も、この課徴金の対象となる違反行為である。 しかし、不適正な会計処理があったとして訂正報告書を提出した会社に、すべて課徴金が課されているかというと、そうでもない。課徴金を課すほどのものでもない軽微なものは「行政処分なし」となっている。 どういう不適正な会計処理が告発されるのか、また課徴金の対象となるのか、あるいは行政処分を受けないのかということが、有価証券報告書提出会社や公認会計士にとって気になるところである。 もちろん、金融庁や証券取引等監視委員会は、その悪質性に応じて処分を決めているのであろう。しかし、外部からは、どのような基準で処分(「告発」「課徴金」「行政処分なし」)が決められているのかは明らかでない。 今回、この3つの処分を統計学的に検討することを考えた。 それには、説明変数に悪質性を表す客観的な指標を用意する必要がある。量的な面からは、訂正前後の連結財務諸表の主な項目の増減額及び増減率を用いればよい。これについては、それほど問題はない。難しいのが、質的な面からの悪質性である。 思いつくのは、次のようなものである。 悪質性を表すこれらの説明変数により「不適正な会計処理が発覚した会社の悪質性」と「処分」の関係を統計的に分析すると、金融庁・証券取引等監視委員会の処分を概ね支持する結果が得られた。 この詳細については、拙編著『不適正な会計処理と再発防止策』を参照されたい。 7 具体的な事例 ここでは、売上高に係る不適正な会計処理の事例を紹介する。 売上高は全体の金額が大きく、水増し額も大きな金額とすることが可能であり、また、営業部門の担当者だけでも起こり得る可能性もあるなどさまざまな理由から、事例件数が多くなっている。 (1) 売上の前倒し計上 これは、契約、引渡し、検収等、売上計上基準を満たしていないものを、売上として計上することをいう。 売上高の操作としては初歩的な手法であり、一般的に期ズレの状態が生じるが、一度前倒し計上をすると減収回避の観点から次期以降も継続することになりやすく、業績が好調になるまで正常に復すことが難しい。 事例からみると「売上の前倒し計上」には、①検収基準を採用していた会社が顧客に検収書の発行を依頼するなどして、翌期首出荷分の前倒し計上を行ったもの、②建物引渡完了日基準を採用している会社が未完工で引渡し未了の物件につき、建物引渡済みであると仮装して前倒し計上を行ったもの、などがある。 期末における取引を精査すれば発見は可能であり、比較的素朴な粉飾決算手法だ。 (2) 売上の過大計上 これには、 ① 協力会社を経由して取引先に資金提供し売上を計上したもの ② 交換取引を売上に計上したもの ③ 取引先との合意書を偽造し売上の取消し処理を回避したもの ④ 工事進行基準が適用される工事において、総発生原価を過少に見積もることにより、工事進捗率が高くなり売上を過大計上したもの ⑤ 偽装した検収書に基づいて売上を過大計上したもの ⑥ 偽造した証憑類を用いることにより架空の販売先に係る売上を計上したもの などがある。 (3) 架空売上 これは、実際に売買が行われていないにもかかわらず、売買があったものとして売上を計上することをいう。 「架空売上」を計上した事例としては、①取引先との間に協力会社を介在させ、循環取引を行っていたもの、②架空のコンサルティング料や匿名出資を通じた不正な資金循環取引を行うことにより架空売上を計上したものなどがある。 (連載了)
企業予算編成上のポイント 【第4回】 「『売上関係の連結予算』と 『予算編成実務上の留意点』」 公認会計士 児玉 厚 1 売上関係の連結予算 「売上関係の連結予算」について、以下簡潔に考察してみよう。 連結予算については参考となる文献等がないので、以下私見として解説する。 図1の流れに従って、予算作成の手順の例を見てみよう。 図1 売上関係の連結の内部予算及び外部予算の作成 手順1 【4】「当期実績予想:連結精算表」を作成し、予実分析を行う。 連結子会社の次期予想のヒアリングを行う。 〈例:売上高〉 ※画像をクリックすると拡大します。 注:内訳としての上半期連結精算表は別途作成・監査済。 個別:当期外部予算「売上高」 =(9)100,000千円÷(11)98%×100% =102百万円(端数切捨)・・・(50) 連結:当期外部予算「売上高」 =(47)109,500千円÷(49)95%×100% =115百万円(端数切捨)・・・(51) 手順2 【5】「連結予算編成方針」の明示 ・目標売上高、目標利益(セグメント別) 目標営業キャッシュ・フローを明示することが望ましい。 ・連結会社間予想取引の内容(当期比較形式で明示) ・想定為替レートの設定(例:1米ドル=②85円) ・連結会社への予算額の配分 ・連結経営戦略の明示 ・連結範囲の変更の有無(設例では「ない」と仮定) 手順3 連結会社の個別予算財務諸表より、【6】「予算連結精算表」を作成する。 〈例:売上高〉 ※画像をクリックすると拡大します。 注:内訳としての上半期連結予算も作成する。 内部予算はできだけ高い目標の実現を図ることが求められるが、上場会社の投資家向けの外部予算としての業績予想数値は、達成の確実性が求められる。 設例の会社3CCは、予算作成のルールにおいて、下記の計算式の結果を基礎として外部予算額を決定している。 個別予算の「外部予算:売上高」 =(60)113,400千円÷1,000円×(11)98.0% =111百万円・・・(99) 同前期(実績)増減比率 ={(99)111百万円-(9)100,000千円}÷(9)100,000千円 ×100%=11.0%増・・・(100) 連結予算の「外部予算:売上高」=(97)123,040千円÷1,000円×(49)95.0% =116百万円・・・(101) 同前期(実績)増減比率={(101)116百万円-(47)109,500千円}÷(47)109,500千円 ×100%=5.9%増・・・(102) 手順4 「実績予想:連結精算表」及び「予算連結精算表」より、「予算連結キャッシュ・フロー精算表」を作成する。紙幅の関係上、説明省略。 手順5 【6】「予算連結精算表」「予算連結キャッシュ・フロー精算表」より、「予算連結財務諸表」を作成し、取締役会の承認を得る(連結予算:内部予算)。 1 【7】予算連結損益計算書・予算連結包括利益計算書 2 予算連結貸借対照表 3 予算連結株主資本等変動計算書 4 予算連結キャッシュ・フロー計算書 手順6 【6】「予算連結精算表」及び当期外部予算達成率並びに次期4月の予実動向等を勘案して、【8】外部公表の業績予想を作成し、取締役会の承認を得る(連結予算:外部予算・個別予算:外部予算)。 2 平成25年度の予算作成実務上の留意点 今回が、連載の最終回です。 ご購読ありがとうございました。 予算実務は「膨大なシミュレーションの世界」です。 「予算力」とは「予算作成システム構築力」です。 予算力を身につけるためには、「予算作成の体系的な理解」が不可欠です。 今回の連載はその入り口に過ぎません。 本連載が、様々な形で「予算力」を身につけるためのきっかけになれば幸いです。 (連載了)
〔形態別〕雇用契約書の作り方 【第3回】 「パートタイマーの雇用契約書」 社会保険労務士 真下 俊明 パートタイマーの定義 今回は、いわゆるパートタイマーの雇用契約書を取り上げる。 まず、パートタイマーの定義だが、パートタイム労働法(正式には「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)2条において「1週間の所定労働時間が同一の事業所に適用される通常の労働者(正社員)の1週間の所定労働時間に比べ短い労働者」とされている。 時間は正社員と同じでも、給料が時間給だからという理由でパートタイマーと社内的に読んでいるケースもあるが(フルパート)、法的にはあくまでも所定労働時間の短い従業員のこととご理解いただきたい。 また、契約期間を定めて雇用しているケースも多いと思われるが、ここでは、期間の定めのない短時間労働者の雇用契約書について記述する。 雇用契約書作成のポイント パートタイマーの雇用契約書作成のポイントは、以下の3点である。 〈ポイントⅠ〉について パートタイマーについては、第1回に掲載した「書面により明示しなければいけない事項」に加え、パートタイム労働法により、次の3項目について文書の交付等(書面あるいは本人から希望があればメール、FAXなども可)で明示することが義務付けられている。 正社員に関しては、①は口頭でもよく、②③は「定めをした場合に明示しなければならない」相対的記載事項になっている。 これは、パートタイマーが特にあいまいな条件で雇われ、その後のトラブルが想定されるために、法的に保護しようという趣旨によるものである。 パートタイマーの昇給に関しては、原則として実施しない企業も多いと思われるが、降給(マイナス昇給)も含め、勤務態度・成績などに応じて改定する旨を明記すべきである。 〈ポイントⅡ〉について パートタイマーの就業規則を作成していない会社もあると思うが、その場合には、正社員の就業規則が適用されるとの誤解が生じないよう、明記するとともに、十分な説明が特に望まれる。 誤解を避けるためにも、パートタイマー向けの就業規則を整備し、雇用契約書締結とあわせ交付又は提示することをお勧めする。 以下に、パートタイマー就業規則がある場合の、雇用契約期間の定めのないパートタイマー用の雇用契約書のひな型を掲載する。 〔期間の定めのないパートタイマー用の雇用契約書(ひな型)〕 ※画像をクリックすると、PDFファイルが開きます。 (了)
誤りやすい [給与計算] 事例解説 〈第7回〉 税理士・社会保険労務士 安田 大 (4 控除額の計算―源泉所得税) 【事例⑩】―海外赴任の場合の源泉徴収― 〔正しい処理〕 〔解 説〕 1 非居住者となる場合の源泉徴収 給与計算期間の途中で、海外赴任等により非居住者となった人に支払われる給与で、非居住者となった日以後に支給日が到来するものについては、国内勤務期間に対応する部分について、非居住者に支払う国内源泉所得として20.42%の税率による源泉徴収が必要となる。 2 計算期間が1ヶ月以下である場合 上記1の場合であっても、その計算期間が1ヶ月以下であるものについては、その全額が国内勤務に対応するものでない限り、国内源泉所得に該当しないものとして取り扱うことができるため、源泉徴収は不要となる。 したがって、6月25日支給の給与(計算期間は5月16日から6月15日)について、たとえば、5月31日に出国した場合には、源泉徴収は不要となる。 しかしながら、事例の場合には、給与計算期間(5月16日~6月15日)のすべてが国内勤務に対応するものに該当するため、原則どおり20.42%の税率での源泉徴収が必要となる。 なお、賞与のように計算期間が1ヶ月を超えるもので、非居住者となった日以後に支給日が到来するものについては、原則どおり、国内勤務期間に対応する部分について、20.42%の税率による源泉徴収が必要となる。 3 非居住者の判定 非居住者とは、「国内に住所も1年以上の居所も有しない個人」をいう。 日本人が海外に居住することとなった場合には、「その人が国外において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する」ときは、非居住者と推定される。海外赴任の場合には、赴任期間が1年以上予定されているときは、出国の翌日から非居住者となり、赴任予定期間が1年未満のときは、非居住者にはならない。 なお、1年以上の予定で海外赴任した人は非居住者となるが、業務上の都合で海外赴任期間が1年未満となることが明らかとなった場合には、その時点で非居住者ではなくなり、逆に、1年未満の予定で海外赴任した人は非居住者ではないが、業務上の都合で海外赴任期間が1年以上となることが明らかとなった場合には、その時点で非居住者となる。 (了)
消費税転嫁と独占禁止法・下請法 弁護士 大東 泰雄 1 独占禁止法・下請法は消費税転嫁を目指す企業の味方? 平成24年8月、「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」(以下「消費税法改正法」という)及び「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための地方税法及び地方交付税法の一部を改正する法律」が成立した。 これにより、消費税の税率(国と地方の合計)は、平成26年4月1日に8%、平成27年10月1日に10%へと、2段階で引き上げられる見通しである。 税率引上げの幅が大きいだけに、引き上げられた消費税相当額を円滑かつ適正に転嫁することは、企業にとって死活問題ともなり得る極めて重要な課題である。 しかし、独占禁止法及び下請法が、消費税の円滑かつ適正な転嫁を実現するためのツールとして重要な役割を果たすことになりそうだということを、読者の皆様はご存知だろうか。 2 消費税法改正法、推進本部基本方針 消費税法改正法7条1号ホは、消費税の円滑かつ適正な転嫁に向けて、政府が諸々の措置を講ずるべき旨を規定している。 そして、上記規定に基づき内閣が設置した消費税の円滑かつ適正な転嫁等に関する対策推進本部は、平成24年10月26日、「消費税の円滑かつ適正な転嫁・価格表示に関する対策の基本的な方針(中間整理の具体化)」(1)(以下、「推進本部基本方針」という)を決定、公表した。 (1) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/shouhizei/pdf/kettei_121026.pdf 消費税法改正法7条1号ホ及び推進本部基本方針には、消費税の円滑かつ適正な転嫁のための様々な対策が盛り込まれているが、その骨子は、独占禁止法・下請法と関連性の深い以下の2点に集約することができる。 そこで、本稿は、上記2点について、本稿執筆時点で判明している限りの情報を概観することとしたい。 3 消費税転嫁拒否等と優越的地位の濫用・下請法 消費税率の引上げは、優越的地位にある事業者や親事業者にとっても深刻な問題であるため、消費税率の引上げに伴って、例えば、一方的に消費税転嫁を拒否する、自己の納入先への消費税転嫁ができなかったことを理由に下請事業者に支払うべき下請代金から消費税率引上げ相当額を減額する、消費税率引上げ相当額の転嫁を受け入れる代わりに手伝店員の派遣を要求するなどといったように、優越的地位の濫用や下請法違反に該当する「弱い者いじめ」が多発する可能性がある。 そこで、消費税法改正法及び推進本部基本方針は、以下のとおり、消費税転嫁拒否等の取締り及び監視の強化、公正取引委員会及び中小企業庁による転嫁拒否事案等の調査・指導・勧告に関する独占禁止法・下請法の特例立法措置、取締り・監視強化のための体制整備等を行うことを明らかにしている。 既に、平成25年度予算案における公正取引委員会の予算には、新たに4億3,000万円の消費税転嫁対策費用や、管理職及び28名の消費税転嫁対策対応人員の投入が盛り込まれるなどしており(2)、消費税転嫁対策に本気で取り組む公正取引委員会の姿勢が伺われる。 (2) http://www.jftc.go.jp/pressrelease/13.january/13012902.pdf 今後、立場の強い取引先による消費税転嫁拒否等に直面した中小企業等は、円滑かつ適正な消費税転嫁を実現するため、上記の特例立法や、公正取引委員会等が新たに整備する体制についてよく理解し、独占禁止法の優越的地位の濫用や下請法を消費税転嫁のツールとしてフル活用することが必要になるであろう。 他方、大企業等にとっては、消費税率引上げに際して、転嫁拒否など優越的地位の濫用及び下請法違反に該当する可能性のある行為が行われることのないよう、コンプライアンス体制を具体的に見直すことが重要である。 4 転嫁カルテル・表示カルテル 同業者同士が話し合って製品の販売価格を決めることは、いうまでもなくカルテルとして独占禁止法違反であり、同業者同士話し合って消費税転嫁の方法を決めることも、通常であれば許されない。 しかし、特に交渉力の弱い中小企業等の場合、取引先に引上げ分の消費税相当額の転嫁を求めても、「御社の競合先は消費税を転嫁しないと言っている」などと転嫁を認めてもらえないことが考えられるため、「業界が足並みをそろえて、引上げ分の消費税相当額の転嫁を求められないものか」という切実な要望を持つ中小企業等は多いと思われる。 そこで、消費税法改正法及び推進本部基本方針は、以下のとおり、転嫁カルテル(3)及び表示カルテル(4)を独占禁止法の適用除外とする特例立法措置を行うことを明らかにしている。 (3) 消費税の転嫁の方法の決定についての共同行為。 (4) 消費税についての表示の方法の決定についての共同行為。 転嫁カルテル及び表示カルテルは、消費税の円滑かつ適正な転嫁を行う上で有用なツールとなり得る一方、特例立法措置の対象から外れる行為はカルテルとして独占禁止法違反とされる可能性があるため、企業は、今後、適用除外の対象となる企業の範囲、対象行為の範囲、公正取引委員会への届出の方法などについて正確な情報を把握することが必要不可欠である。 5 今後の特例立法措置等の見通し 転嫁拒否対策及び転嫁カルテル・表示カルテルの適用除外に関する特例立法法案、公正取引委員会が行う体制整備やガイドラインの具体的内容は、本稿執筆時点においてはまだ公表されていない(5)。 (5) 一部国会議員がインターネット上で公表している「第183回国会(常会)内閣提出予定法律案等件名・要旨調」によれば,内閣は,「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための特定事業者による消費税の転嫁の拒否等の行為の是正等に関する特別措置法案(仮称)」を平成25年3月中旬に提出する予定とされている。 しかし、自由民主党及び公明党の平成25年度税制改正大綱(6)にも消費税転嫁対策が明記されており、平成26年4月の消費税率引上げに先だって、これらの措置が行われると見込まれるため、早め早めの情報収集が肝要である。 (6) http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/pdf085_1.pdf 今後、法案やガイドラインが公表され次第、このProfession Journal誌上において、その内容をご紹介することとしたい。 (了)
会計事務所の事業承継 ~事務所を売るという選択肢~ 【第2回】 「個人事務所の有償引継ぎ」 公認会計士・税理士 岸田 康雄 1 税理士業務の安定性 商品販売を行うような一般事業会社は、消費者との単発取引を繰り返さなければならないため、商品を販売する営業活動を常に行わなければならない。 また、外部経営環境が変化した場合には、事業戦略を練り直し、会社の経営資源を再構築しなければならない。 事業会社の経営者は、絶えず経営環境の変化を捉え続ける必要があり、気が休まる時がない。 これに対して、税理士業務を提供する会計事務所は、一度顧問契約を締結してしまうと、よほどの大失敗がない限り、顧客との関係が継続する。それゆえ、営業活動を継続して行う必要がない。 また、直面する経営環境が変わらないため、提供するサービスや担当する職員を変える必要はなく、そもそも事業戦略を立案する必要性すらない。 このように、会計事務所が一般事業会社と異なる点は、いったん顧問契約を結んでしまえば、キャッシュ・フローを安定的に獲得できることにある。このキャッシュ・フローの安定性は、税理士業務の特徴であり、事業価値源泉の一つといえる。 このため、会計事務所の事業承継においては、顧問契約を切られることなく引き継ぐことが重要な課題となる。 2 個人事務所の事業承継 個人事務所を前提とすれば、その税理士業務の事業承継には、以下の4つの方法がある。 現在、ほとんどの開業税理士は、上記(1)子供に税理士資格を取得させて会計事務所を引き継ぐ方法をとっている。つまり、事業会社の場合と同様に、親族内承継が一般的な方法である。 しかし、事業承継問題に悩む事業会社の経営者とは対照的に、個人事務所の事業承継は、これまでもスムーズに行われてきている。 この理由の一つとして、中小規模でも法人化して経営を行うことが多い一般の事業とは異なり、ほとんどの会計事務所が個人事業として経営されていることが挙げられる。 個人事業のメリットは、その事業承継に際して、相続税が非課税であることにある。事業会社の場合も同様ではあるが、税理士の場合でも、営業権は課税財産とはならない。例えば、税理士業務を営業目的とする開業税理士の「営業権」については、「評価しない。」とされている。 すなわち、会計事務所を個人事業として営む税理士が、その税理士業務を子供へ相続する場合、どれだけ高収益の事業であったとしても相続税が課されることはないのである。 つまり、会計事務所の税理士業務は、後継者となる子供が税理士資格を取得することができれば、無税で親族内承継されるものなのである。 しかしながら、近年は子供が他の職業に就いたために税理士として働かないケースが増えてきている。 このような場合には、会計事務所内の職員や、親しい知人の税理士、あるいは、同じ税理士会支部の他の税理士に税理士業務を無償で引き継がれるケースが一般的であろう。 このように、親族内承継と身近な税理士への無償引継ぎによって、税理士の事業承継はスムーズに実現していたのである。後述するような有償引継ぎは、あまり行われてこなかったようである。 3 個人事務所の有償引継ぎ 近年、増えてきている事業承継の方法が、無償ではなく有償で他の税理士に引き継ぐ方法、すなわち、会計事務所M&Aである。 それでは、有償での引継ぎ、つまり会計事務所の譲渡は、どのように行われるのであろうか。 まず、商法上の事業譲渡のスキームが適用できるかどうか検討してみると、税理士業務は、商法501条及び502条に規定する商行為に該当するものではない。 「業とする」の解釈についても、税理士が業として反復継続してなす行為は、たとえ本人が主観的に営利目的をもって行うとしても、営業行為とは認められないものと解されている。 したがって、税理士は商法上の「商人」として扱われることがないことから、事業譲渡のスキームは適用することができない。 また、以下のように、個人事務所は譲渡可能なものとして扱うことができないとされている。 このことから、個人事務所の有償引継ぎは、税理士業務の営業権を引き継ぐというわけではなく、什器備品などの個別資産を売却するとともに、顧客との顧問契約や職員との雇用契約が切れることなく引き継がれるよう、買い手に「斡旋」することによって行われる。 つまり、個人事務所の有償引継ぎの対価は、「斡旋」の手数料として扱われ、引退する所長(売り手)は、後継者(買い手)から現金を受け取るのである。 それゆえ、顧客の承継には、顧客の同意を得て新たな顧問契約を結ぶ必要があり、職員の承継も同様に新たな雇用契約の結ぶ必要がある。 もちろん、すべての顧客や職員の同意を得られることが保証されるものではなく、顧客や職員が多数の場合には、「斡旋」のために相当の時間と労力が必要となるであろう。 ちなみに、引退する所長が税理士業務の有償引継ぎを行って得られる利益は、斡旋の一時金の支払いだけではない。 所長が引退を決意した場合でも、新しい所長への事業承継のために、数年間は会計事務所に職員として残ることが一般的である。その数年間に受け取る給与や退職金も、実質的には斡旋の対価の一部を構成するものといえよう。 4 個人事務所の有償引継ぎの税務 税理士業務の有償引継ぎを行った場合に受け取った対価について、理論的には、 (1) 譲渡所得とみる考え方 (2) 事業所得とみる考え方 (3) 雑所得とみる考え方 がある (1)譲渡所得とする考え方は、税理士業務を営業権に類似した無形財産権であると理解し、その対価を受け取ったと考えるものである。また、(2)事業所得とする考え方は、弁護士業務の事業承継の事案において国税不服審判所がとった解釈である。 しかし、個別通達では、受け取った対価は、顧客を引き継ぐための役務(斡旋)の対価であると考え、税務上「雑所得」としている。 これについては、近時の国税不服審判所(平成22年6月30日裁決)においても、同様に取り扱われていることから、有償引継ぎの際に受け取った対価は「雑所得」になると考えられる。 ちなみに、会計事務所の有償引継ぎを行う場合、引退する所長の税負担を考慮に入れた引継方法を検討しなければならない。 すなわち、対価を雑所得となる一時金の支払いではなく、引き継ぐ税理士から支払われる給与と退職金に回したほうが有利になる可能性があるため、これらを考慮したうえで支払方法を決めるべきである。 税理士法人の場合、個人事務所の事業承継とは異なるのだろうか。 これについて次回検討を行う。 〈税務上有利な支払方法〉 (了)