「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例127(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆信託とは 信託とは、財産を所有する委託者が一定の目的のため、信託契約等を締結して受託者にその財産を移転し、受託者は移転を受けた信託財産の管理・処分を行い、信託受益権(信託財産が生み出す収入等を受ける権利)を受益者が受ける三者間の法律関係をいう。信託には自益信託(委託者と受益者が同一人)と他益信託(委託者と受益者が別人)がある。 ◆信託財産に係る資産の譲渡等の帰属(消法14①) 信託の受益者(受益者としての権利を現に有するものに限る)は当該信託の信託財産に属する資産を有するものとみなし、かつ、当該信託財産に係る資産等取引(資産の譲渡等、課税仕入れ及び課税貨物の保税地域からの引取りをいう)は当該受益者の資産等取引とみなして、消費税法の規定を適用する。 したがって、自益信託の場合、受益者が信託財産(本事例では貸しビル1棟)を譲渡した場合には、譲渡者には課税売上げが、取得者には課税仕入れが発生する。 ◆信託財産に属する資産及び負債並びに信託財産に帰せられる収益及び費用の帰属(所法13①) 信託の受益者(受益者としての権利を現に有するものに限る)は当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみなして、所得税法の規定を適用する。 したがって、自益信託の場合、受益者が信託財産(本事例では貸しビル1棟)を譲渡した場合には、受益者に譲渡所得が発生する。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第28回】 「グローバル・トレーディング事件(東裁平20.7.2)(その2)」 ~租税特別措置法施行令39条の12第8項、OECDレポート(Report on the Attribution of Profits to Permanent Establishments)Part III~ 大阪芸術大学教授・米国公認会計士 原 光代 3 争点 本件の争点は、(1)本件グローバル・トレーディング関係者間の利益配分と独立企業間価格の算定法、(2)残余利益の分割要因及びその合理性である(※10)。 (※10) 前掲(※4)書(伊藤剛志・水島淳)、179頁 請求人は本件取引業務のうち、トレーディング業務、セールス・マーケティング業務とその関連業務を行っており、α社との間で対価を得て役務提供を行っていた。なお、アジア関連株全体のリスク管理の統括業務に関しては、請求人ではなくα社及びβ社が行っていた(※11)。 (※11) 前掲(※4)書(伊藤剛志・水島淳)、177頁 原処分庁が問題としたのは、請求人がα社から受け取った対価が独立企業間価格といえるかという点である(※12)。独立企業間価格の算定方法については「利益分割法と同等の方法」として、取引の損益から各当事者の費用の額等を控除した後の残余利益を各当事者の寄与度に応じて分割することで争いはなかった。しかし、α社が提供した資本についての対価につき、原処分庁は資本機能に対する利益配分を認めなかった(※13)。 (※12) 南繁樹「移転価格税制の今を捉える(第1回)-法令と近年の事例に見る指針」税務弘報59巻4号、93頁 (※13) 前掲(※12)書、93頁 原処分庁は、本件事業は金融仲介機能を果たすことで手数料の獲得を目指すものでリスクはほぼ無いとし、また、たとえリスクのある取引を行うものであるとしても、資本の機能は認められず、残余利益の分割要因はトレーダー人件費のみであるとした(※14)。一方、請求人は、顧客利益のためでなく自己取引の占める割合が多いことを理由に、本件事業は市場リスクのある事業であると反論した(※15)。 (※14) 前掲(※4)書(伊藤剛志・水島淳)、181頁 (※15) 前掲(※4)書(伊藤剛志・水島淳)、181頁 4 裁決 請求人及び原処分庁の双方とも本件取引には比較対象がないとしており、審判所も比較対象取引を見出せなかったため、本件取引の独立企業間価格の算定方法は、租税特別措置法施行令39条の12第8項(※16)に規定する利益分割法と同等の方法によることになった。 (※16) 租税特別措置法施行令39条の12第8項(一部省略) 審判所は、原処分庁が主張したところの、請求人が本件各事業年度において多数のカバード・コール取引を行うことで利益をあげているとの事実はなく、請求人グループ全体としても、金融仲介機能による手数料相当額の獲得を目指した事業であるとは認められないとし、原処分庁の主張を退け、以下のように認定した(※17)。 (※17) 前掲(※4)書(伊藤剛志・水島淳)、182〜183頁 さらに審判所は、金融商品取引を行う企業については、その引き受けるリスクの性質及び規模に応じて資本(規制資本)を積むことが求められており、当該資本の規模で引き受けているリスクの量を推測できるとして、規制資本を使用するための費用の額(規制資本に係る支払利子相当額)を分割要因に含め、課税処分の一部を取り消した(※18)。 (※18) 前掲(※12)書、93頁 5 結語 審判所裁決により課税処分の一部が取り消され、本件では請求人に有利な結果となった。しかし、原処分庁の主張にあった「トレーダーの人件費」は、国外関連者間の利益分割に係る重要なファクターである。金融に係る高度な専門知識とプロフェッショナルとしての勘を駆使して昼夜取引を行うトレーダーの働きは、リスクを引き受ける金融取引、グローバル・トレーディングの中核となるものであるから、本件でトレーディング業務(トレーダーの人件費)が利益獲得の分割要因と認定されたことは当然と考える。 他方、トレーダーがその力を発揮するには、取引業務の前提として彼(又は彼女)が自由に動かせる資金が供給されるとともに、彼らが属する金融機関のリスク引受けが確実でなければならない。原資となる資本の安定した供給がなければそもそもトレーディング業務は行い得ないものであるから、金融当局に義務付けられる規制資本にかかる利子相当額(規制資本を用意するための費用)を残余利益の分割要因とすることには合理性がある。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第31回】 「同族会社の行為計算否認規定が適用された2つの転貸方式の事例」 税理士 菅野 真美 ▷同族会社の行為計算否認規定 同族会社の行為計算否認規定は、課税庁の伝家の宝刀といわれ、課税庁において、納税者の課税所得を想定で算定して税額を確定させてしまうことである。所得税法157条1項では次のとおり定められている。 所得税は申告納税が前提であるが、同族会社の行為計算否認は、例外的に課税庁に認められた権限であるため適用事例は限定される。将来、裁判等で争われる可能性が高いため、裁判で課税処分が覆されないように算定合理性の論理が積み上げられていく。 今回は不動産賃貸について、同族会社を介して転貸したことにより、通常受け取るべき賃貸料が著しく減少され、所得税の負担を不当に減少する結果になると認められるとして、同族会社の行為計算否認規定の適用を受けた2つの事案について、課税庁が示した算定根拠を検討する。 ▷大阪地方裁判所の事案の概要と判決のポイント この事案は、納税者Xが家族と出資した同族会社A社に月額賃料120万円(途中で100万円に変更)で駐車場を賃貸する契約を締結し、A社が転貸したものである。これに伴う申告について、課税庁が、所得税法157条1項(管理委託方式を採用している比準同業者3件の適正管理料割合に基づいて適正賃貸料や納税額を算定する方法)を適用して更正処分をしたことから納税者が訴えたものである。 納税者の主張は次のようなものである。 これについて裁判所は、次のように判示し、納税者の請求に理由がないとして棄却した。 ▷高松地方裁判所の事案の概要と判決のポイント この事案は、納税者が同族会社B社に土地を賃貸し、B社が事業用借地権を設定して転貸した事案であるが、この申告について、課税庁が、所得税法157条1項(管理委託方式を採用している比準同業者の適正管理料割合に基づいて適正賃貸料や納税額を算定する方法)を適用して更正処分をしたことから納税者が訴えたものである。 このケースにおいて、課税庁が算定した適正な管理料割合は、平成18年分が3.34%、平成19年分が3.86%、平成20年分が3.69%である。この事案において、比準同業者を抽出したが、平成18年分、平成19年分は3件、平成20年分は5件である。 納税者は、B社名義の建物を、納税者の都合により撤去させ、多額の費用をB社が負担したが、これは納税者が負担すべきものだから、通常の管理業務費に上乗せした形で支払ったため、実際の賃借料が少なくなったと主張した。 これについて裁判所は、次のように判示し、納税者の請求に理由がないとして棄却した。 * * * このように不動産賃貸を同族会社に転貸して管理料を同族会社に支払う方式の場合は、管理委託方式と本質的には同じものであると考えられることから、比準同業者の管理料割合に基づいて所得金額を課税庁が算定して同族会社の行為計算否認規定の適用をすることは、裁判所も是認している。 上記事案のとおり比準同業者の件数は問題とならない。また、比準同業者が本当に3件程度しかなかったかは外部からは分からず、課税庁が想定した管理料割合に近い同業者だけを抽出したかもしれない。課税庁は多くの事案の情報を入手できるため、適正な管理料割合も把握できるが、納税者は把握することができない。 同族会社を使った転貸方式を利用して、法人税と所得税の税率差を利用した節税スキームの設定は容易だが、課税庁からの否認リスクも高いことから慎重に対応すべきだろう。 (了)
リース会計基準(案)を学ぶ 【第8回】 「貸手のリースの会計処理①」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回(第8回)と次回(第9回)にわたって、貸手のリースの会計処理について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 基本的な考え方 貸手の会計処理については、IFRS第16号「リース」及びTopic842ともに抜本的な改正が行われていないため、次の点を除いて、基本的に、「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)及び「リース取引に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第16号)の定めを維持している(リース会計基準(案)BC12項、BC47項、リース適用指針(案)BC84項)。 このため、貸手におけるリースは「ファイナンス・リース」と「オペレーティング・リース」に分類した上で、ファイナンス・リースについてはさらに「所有権移転ファイナンス・リース」と「所有権移転外ファイナンス・リース」とに分類することになる(リース会計基準(案)41項~46項、リース適用指針(案)BC84項)。 Ⅲ ファイナンス・リース 1 ファイナンス・リースの定義 ファイナンス・リースとは、次の(1)及び(2)のいずれも満たすリースをいう(リース会計基準(案)10項、リース適用指針(案)55項、BC85項)。 2 解約不能 解約不能のリースに関して、法的形式上は解約可能であるとしても、解約に際し、相当の違約金(以下「規定損害金」という)を支払わなければならない等の理由から、事実上解約不能と認められるリースを解約不能のリースに準ずるリースとして扱う(リース会計基準(案)BC22項、リース適用指針(案)56項)。 リースの条件により、このような取引に該当するものとしては、次のようなものが考えられる。 次のことに注意する(リース適用指針(案)BC85項)。 3 フルペイアウト リース適用指針(案)55項(2)の「原資産からもたらされる経済的利益を実質的に享受する」場合とは、当該原資産を自己所有するとするならば得られると期待されるほとんどすべての経済的利益を享受する場合をいい、また、「原資産の使用に伴って生じるコストを実質的に負担する」場合とは、当該原資産の取得価額相当額、維持管理等の費用、陳腐化によるリスク等のほとんどすべてのコストを負担する場合をいう(リース会計基準(案)10項、BC22項、リース適用指針(案)57項、BC86項)。 4 具体的な判定基準 リースがファイナンス・リースに該当するかどうかについては、リース適用指針(案)55項の要件をその経済実質に基づいて判断すべきものであるが、次の(1)又は(2)のいずれかに該当する場合には、ファイナンス・リースと判定される(リース適用指針(案)58項、BC87項~90項)。 次のことに注意する(リース適用指針(案)59項~61項、BC89項、BC90項、BC93項)。 5 現在価値の算定に用いる割引率 現在価値の算定を行うにあたっては、貸手のリース料の現在価値と貸手のリース期間終了時に見積られる残存価額で残価保証額以外の額(「見積残存価額」という)の現在価値の合計額が、当該原資産の現金購入価額又は借手に対する現金販売価額と等しくなるような利率を用いる(リース適用指針(案)62項、BC92項)。 当該利率を「貸手の計算利子率」という。 貸手の計算利子率については、企業会計基準適用指針第16号の定めを踏襲しており、IFRS第16号におけるリースの計算利子率とは主に貸手の当初直接コストを考慮しない点が異なる(リース適用指針(案)BC92項)。 6 不動産に係るリースの取扱い 土地、建物等の不動産のリースについても、リース適用指針(案)55項から63項に従って、ファイナンス・リースに該当するか、オペレーティング・リースに該当するかを判定する(リース適用指針(案)64項)。 ただし、土地については、リース適用指針(案)66項の(1)又は(2)のいずれかに該当する場合を除いて、オペレーティング・リースに該当するものと推定する(リース適用指針(案)64項)。 (了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第16回】 「株主資本等変動計算書に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における株主資本等変動計算書に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 連結注記表では、連結会計年度の末日における情報として、❶発行済株式総数、➋株式引受権に係る株式の数、➌新株予約権の目的となる株式の数を、連結会計年度中に関する情報として、剰余金の配当に関する事項を記載する必要があります。 個別注記表では、連結注記表で記載が求められる発行済株式総数等の情報に加えて、事業年度の末日における自己株式の数を記載する必要があります。 なお、連結注記表を作成する株式会社は、個別注記表において、自己株式の数以外の注記を省略することができます。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】 (連結注記表を作成する株式会社の場合) 2 注記事項の解説 (1) 株主資本等変動計算書に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき株主資本等変動計算書に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第105条、第106条)。 (※1) 連結注記表を作成する株式会社は、省略することができる。 (2) 注記事項の解説 期中の変動額の詳細は、株主資本等変動計算書において開示されているため、注記では株式数の情報が中心となります。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [ピー・シー・エー株式会社 2023年3月期] ① 連結注記表 ※ピー・シー・エー株式会社「第43回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」7頁より抜粋。 ② 個別注記表 ※ピー・シー・エー株式会社「第43回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」15頁より抜粋。 [倉敷紡績株式会社 2023年3月期 連結注記表] ※倉敷紡績株式会社「第215回定時株主総会資料」18頁より抜粋。 * * * 次回の第17回は、「税効果会計に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第16回】 「休憩時間と手待時間」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 取引先などからの電話対応のため、休憩時間にデスク等で昼食をとりながら電話番をすることがあります。今回は、休憩時間と手待時間との相違について解説します。 * * 解 説 * * 1 休憩時間 労働基準法では、「使用者は、労働時間が6時間を超える場合には少なくとも45分、8時間を超える場合には、少なくとも1時間の休憩を労働時間の途中に与えなければならない」と規定されています(労働基準法第34条第1項)。 休憩時間とは、単に作業に従事しないいわゆる「手待時間(労働を行うために待機している時間)」は含まれず、労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間をいいます(昭和22年9月13日発基第17号)。したがって、昼休み当番として電話や来客に対応してもらうための待機時間は、手待時間であり休憩時間にはなりませんので、労働時間として扱われ、賃金が発生します。 2 休憩時間の一斉付与の原則 運輸交通業や接客業など主として公衆を直接相手とする業種(※)は例外ですが、休憩時間は労働者全員に一斉に与えなければなりません(労働基準法第34条第2項)。したがって、通常の休憩時間(就業規則で規定されている休憩時間)に昼休み当番をした人に対し、異なる時間帯に休憩を与えることは、原則としてできません。 (※) 休憩一斉付与の例外業種(労働基準法施行規則第31条) しかし、例外業種以外は、会社と従業員の過半数を代表する者との間で「一斉休憩の適用除外に関する協定(労使協定)」を結んでいただければ、休憩を一斉に与えなくてもよいことになっています(下記〈協定例〉参照)。 したがって、労使協定を締結することにより、昼休み当番をした人についても、異なる時間帯に休憩を与えることができます。ただし、休憩時間は、労働時間の途中に与えなければなりませんので、勤務時間の始め又は終わりに与えることはできません。 〈一斉休憩の適用除外に関する協定例〉 3 休憩時間の自由利用 休憩時間は、労働者が権利として労働から離れることを保障された時間ですので、当然自由に利用させなければなりません(労働基準法第34条第3項)。 4 休憩時間の分割 法定の休憩時間は、上記1のとおりです。休憩時間を継続して与えなければならないのか、分割しても構わないのかについては、特に法律上の定めがありません。 しかし、休憩時間は、心身の疲労を回復させることを目的とし、労働から解放され自由に利用することができる時間です。休憩時間が短い場合は、労働と休憩の区別がつき難く、労働から完全に解放されない場合も生じ、自由利用も事実上制限されます。特にごく短い休憩時間は、手待時間とほとんど変わらなくなってしまいます。 ご質問のように30分ずつの分割であれば問題はないと思いますが、10分や15分に分割することは、適切ではありません。 5 休憩時間における留意点 休憩時間は、上述のとおり、例外業種を除いて、一斉に与えなければなりませんので、原則として交替で休憩を与えることはできません。別々に休憩を与える場合は、必ず労使協定を締結してください。 また、接客業などは、営業時間が長い場合、労働時間を法定労働時間内に収めるため、比較的暇な時間帯を利用して、休憩時間を長く設定することがあります。法律上の規制はありませんが、拘束時間が長くなり、適切な休憩時間の与え方とはいえません。 休憩時間については、就業規則に記載しなければなりませんので、変更をされるときは、従業員とよく話し合うことが大切です。 (了)
〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第5回】 「副業・兼業先との労働時間の通算」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 労働時間の通算 労働基準法第38条第1項は、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定する。 かかる規定は、戦前の工場法に由来し、昼間は甲工場で労働し、夜間は乙工場で労働するというような場合の長時間労働から労働者を保護する趣旨である。 ここでいう「事業場を異にする場合」の意味について、行政解釈は、同一事業主に属する異なった事業場において労働する場合のみならず、事業主を異にする事業場において労働する場合も含まれるとしており(昭和23年5月14日基発第769号)、副業・兼業ガイドラインの内容も、かかる行政解釈を前提としている(副業・兼業ガイドライン3(2)、副業・兼業Q&A・Q1-1、令和2年9月1日基発0901第3号)。 したがって、従業員の副業・兼業を認める場合、本業先の企業は、副業・兼業先の下での従業員の労働時間も通算して、労働基準法の労働時間に関する規定を遵守しなければならない。 なお、労働基準法第38条第1項は、労働基準法の労働時間規制の適用について労働時間を通算する規定であるため、一方の事業主との関係で、労働時間規制の適用を受けない場合(フリーランス等の自営的就労型の副業・兼業の場合や、管理監督者に該当する場合など)には、労働時間は通算されない(副業・兼業ガイドライン3(2)ア(ア))。 2 労働時間通算の具体的な方法(ルール) 副業・兼業ガイドラインによると、副業・兼業の場合における労働時間通算の基本的な考え方は、次のとおり整理されている(副業・兼業Q&A・Q1-1)。 具体的な事例ごとに、労働時間の通算方法を見ていく。 〈事例1〉 まず、上記(ア)のルールに従い、「労働契約の締結の先後」の順に「所定労働時間」を通算するので、①A事業場における所定労働時間8時間、②B事業場における所定労働時間2時間の順に通算することとなる。 ①の時点で、1日の法定労働時間(8時間)に達するので、②のB事業場で行う2時間の労働は法定時間外労働となり、使用者Bは、当該2時間について割増賃金の支払義務を負う。 〈事例2〉 〈事例1〉とは労働の順序が逆になっている。この場合も、まずは上記(ア)のルールに従い、①A事業場における所定労働時間8時間、②B事業場における所定労働時間2時間の順に通算する。 ①の時点で、1日の法定労働時間(8時間)に達するので、②のB事業場で行う7時~9時の2時間の労働は法定時間外労働となり、使用者Bは、当該2時間について割増賃金の支払義務を負う。 〈事例3〉 残業が発生する場合の通算である。まず、上記(ア)のルールに従い、「労働契約の締結の先後」の順に「所定労働時間」を通算するので、①A事業場における所定労働時間3時間、②B事業場における所定労働時間3時間の順に通算することとなる。この例の場合、所定労働時間を通算しても1日6時間に留まり、1日の法定労働時間を超えていない。 次に、上記(イ)のルールに従って、「労働の先後」の順に「所定外労働時間」を通算するので、③B事業場における所定外労働時間1時間(通算後の所定労働時間との合計7時間)、④A事業場における所定外労働時間2時間(合計9時間)の順に通算することとなる。 ④の時点で、1日の法定労働時間(8時間)に達するので、A事業場で行う18時~19時の1時間の労働は法定時間外労働となり、使用者Aは、当該1時間について割増賃金の支払義務を負う。 3 副業・兼業先における労働時間の把握方法 副業・兼業ガイドラインが示す労働時間通算の基本となる通算方法は上記2のとおりであるが、かかる労働時間の通算管理を行うためには、副業・兼業先における労働者の実労働時間を把握する必要がある。 しかしながら、異なる使用者間において、日常的に当該労働者の実労働時間に係る情報を共有することは、実務上困難である場合が少なくない。 そこで、副業・兼業ガイドラインは、副業・兼業先の下での実労働時間について、労働者からの自己申告によって把握する方法を許容している(副業・兼業ガイドライン3(2)ウ(ア)b)。 また、自己申告による実労働時間把握の頻度について、副業・兼業ガイドラインは、必ずしも日々把握する必要はなく、例えば、一定の日数分をまとめて申告させる、所定労働時間どおり労働した場合には申告等を求めず、実労働時間が所定労働時間どおりでなかった場合のみ申告等をさせるなど、労働基準法を遵守するために必要な頻度で把握すれば足りるとしている(副業・兼業ガイドライン3(2)ウ(ウ)c)。 4 管理モデル 上記3のとおり、副業・兼業ガイドラインは、異なる使用者間において日常的に当該労働者の実労働時間にかかる情報を共有することの実務上の困難等から、労働者の自己申告による実労働時間の把握を許容しているが、それでも副業・兼業の日数が多い場合や本業先、副業・兼業先の双方において所定時間外労働がある場合等においては、労働時間の通算管理において、労使双方に手続上の負担が伴う。 そこで、副業・兼業ガイドラインは、簡便な労働時間管理の方法として、いわゆる「管理モデル」の選択肢を提案しているが、管理モデルの具体的内容については、次回解説することとしたい。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例88】 株式会社ネクステージ 「代表取締役の異動に関するお知らせ」 (2023.9.11) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社ネクステージ(以下「ネクステージ」という)が2023年9月11日に開示した「代表取締役の異動に関するお知らせ」である。同社の代表取締役社長である浜脇浩次氏(以下「浜脇氏」という)が退任し、同社の創業者でもある代表取締役会長の広田靖治氏が代表取締役会長兼社長に就任するという内容だが、「異動の理由」には次のような記載がある(下線は筆者による)。 この記載によると、インセンティブとともに、浜脇氏自身も「不適切と評価される事象」の「発生する要因や環境そのもの」のようである。同社の有価証券報告書によると、同氏は2016年に社外から取締役副社長に就任し、2022年に代表取締役社長に就任している。もともと期待されていたのだろうし、取締役副社長就任以来の働きも評価されていたのだろう。「不適切と評価される事象」の「発生する要因や環境そのもの」としながら、他方では「生涯取引の拡大に尽力」と同氏をたたえるような表現もある(「生涯取引」は「渉外取引」の誤りだろうか)。 2 なぜ第三者委員会を設置しないのか? 「詳細につきましては、当社IRサイトに掲載しております、2023年9月1日付の『報道機関様からのご質問状につきまして』に記載」とあるように、ネクステージは、「不適切と評価される事象」について、適時開示ではなく自社のホームページ上で開示している。 2023年9月1日に「報道機関様からのご質問状につきまして」を、9月8日に「株式会社文藝春秋様からのご質問状につきまして」を自社のホームページ上に掲載しているのだが(「株式会社文藝春秋様からのご質問状につきまして」の記載から「報道機関様からのご質問状につきまして」の「報道機関」は株式会社文藝春秋だと分かる)、報道機関からの個別の質問に回答する形で記載されており、「不適切と評価される事象」について詳細に説明しようとはしていない。それらの記載から、「それらの事象を隠蔽等することなく、関係各所に正しく報告」の「関係各所」に投資家が含まれていないことが分かるし、それらの開示も、投資家に対する正しい報告の仕方とはいえない。 9月8日には「当社に対する報道等につきまして」も自社のホームページ上に掲載している。その全文は次のとおりである(下線は筆者による)。 まず投資家が知りたいのは「不適切事案」の詳細とその原因だが、「報道機関様からのご質問状につきまして」を「詳細な内容」といっている時点で、プライム企業の開示姿勢とは思えない。また、「不適切事案」への対応が、その都度関係者を処分するといった場当たり的なもので、その根本原因を突き止めようとはしていない。「当社の企業風土とは無関係」と主張しても、まったく説得力がない。 なぜ同社は第三者委員会を設置しないのだろうか。第三者委員会に調査してもらって、すべてを明らかにしてもらわない限り、理解してもらうのは難しいだろう。「然るべき法的措置をとることを検討」する前に、理解される努力をすべきである。 これまで関係者の処分といった場当たり的な対応に終始してきたが、今回も同様に浜脇氏の退任で幕引きにしようとしているように見える。 3 社内調査委員会を設置したことはあるが 遡ると、ネクステージは、第三者委員会ではなく社内調査委員会を設置したことがある。2018年12月21日に「当社元従業員による不正行為に関するお知らせ」を開示しているのだが、その「本件の概要と業務上横領と疑われる事実が判明した経緯」に元従業員の不正行為の概要が次のように記載されている。 元従業員の不正行為は同社に損害をもたらしたもののようである。だからであろうか、「今後の対応」で「常務取締役を委員長とする調査委員会を設置」して調査するとしている。そして、2019年1月17日に「当社元従業員による不正行為に対する再発防止策に関するお知らせ」を開示したのだが、そこで「本件不正行為の発生原因」は簡単に箇条書きで示されているだけで、調査内容は不明である。 当時の対応もまったく十分とはいえないが、それでも一応社内調査委員会は設置した。しかし、今回は社内調査委員会すら設置しようとしない(第三者委員会でなければ無意味だが)。やはり公にできない何かがあるのだろうかと思われてくるし、そう思われても仕方がないだろう。そうした疑念を持たれないためには、第三者委員会の調査を受けて、すべてを明らかにするしかない。 (了)
プラス思考の経済効果 【第20回】 「2023年阪神「アレ」の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 2023年の阪神タイガース(以下「阪神」といいます)は、2005年以来18年ぶりの「アレ(優勝)」を達成しました。大勢の阪神ファンはまだ「阪神(半信)半疑」であるかもしれません。今回は阪神の「アレ」の経済効果を推計しました。 2 阪神「アレ」の直接効果 「アレ」を達成した2023年と、優勝できなかった2022年との経済効果の比較を行って、その差額を今年の「アレ」の経済効果と考えて分析をします。そして、阪神がクライマックスシリーズに出場するまでの経済効果を推計しています。 (1) 直接効果の項目と金額 阪神が「アレ」をした時の直接効果の項目と金額を次のように推定します。 ① 球場に来た観客の消費増加額 2022年の阪神の主催ゲームにおける観客動員数は、1試合平均で36,370人、合計261万8,626人でした。さらに、2023年の8月28日までの主催ゲームでの観客動員数は、1試合平均で40,679人でしたので、これを基にして推計すると、今シーズンの観客動員数は、313万2,283人となり、昨年より51万3,657人の観客増加が見込まれます。 そして、球場に足を運んだ観客は、交通費、入場代、飲食費、グッズ代、雑費などで今年は1人平均で約11,000円を消費すると仮定します。その結果、球場に来た観客の増加する消費金額は約56億5,023万円となります。 ② 阪神ファンのビヤホール、飲み屋、自宅などでの飲み代の増加額 スポーツ新聞の記事によると、阪神球団のネット調査に基づいた数値では「2015年度の阪神ファンは930万~1,000万人である」と推定されています。本稿では平均値の約965万人と仮定します。これに基づいて阪神ファンで飲酒する人の数を飲酒率のデータを用いて推計すると約323万4,632人となり、1人当たり1回の飲酒金額を3,350円、年に3回飲酒の機会を増やすと仮定すると約325億805万円となります。 ③ 阪急・阪神百貨店やスーパー、商店街などでの「アレ」の祝賀セールの売上増加額 2005年に阪神が優勝した時、阪神百貨店の「優勝セール」の売上は約30億円でした。この金額を参考にして、今年は阪急・阪神百貨店、スーパー、商店街、家電店などの売上は約40億円と想定します。 ④ 阪神の「アレ」によって増加する広告料、放映権、監督・選手のテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスコミ、CM、講演、座談会、サイン会などへの出演による収入増加額 過去の優勝時の金額を参考にして、今年のこれらの金額は約10億円の増加になると想定します。 ⑤ 阪神グッズの売上増加額 過去に、元日本ハムの大谷翔平選手や楽天の田中将大選手などの有名選手が活躍した時のグッズの売上は、1人で年間最高で約3億円でした。これらの金額を参考にして、阪神が「アレ」を達成した時のグッズの売上増加額は、シーズンを通して全部で約5億円であると想定します。 ⑥ スポーツ新聞、スポーツ雑誌、週刊誌などの売上増加額 最近は、新聞や雑誌の売上は減少傾向にありますが、過去の例から阪神が優勝すると売上が増えますので、売上増加額を約1億円と仮定します。 ⑦ 阪急阪神ホールディングスの株価の上昇により増加する投資、消費額 阪神の「アレ」達成により、阪急阪神ホールディングスの株価は上昇します。今春の平均株価と比較して約20円上昇したと仮定すると、阪急阪神ホールディングスの発行株式数は約2億5,428万株ですので、約50億8,560万円の株式価値の上昇となります。このうち株式が売却され、売却益が保有もされずに投資や消費に回る割合を約1割と仮定すると、経済効果に影響を与える直接効果額は約5億856万円となります。 ⑧ 阪神「アレ」の祝賀パレードが実施された時の消費額 優勝の祝賀パレードが実施されますが、過去のデータから少なくとも約20万人が参加すると想定されます。これらのファンの平均消費支出を1人約3,000円と想定すると、約6億円となります。 (2) 阪神「アレ」の直接効果の合計 以上の計算により、阪神「アレ」の直接効果の合計は、約448億6,684万円となります。 3 経済効果 これまで計算してきた直接効果約448億6,684万円を基にして、2023年の阪神の「アレ」の経済効果を計算します。経済効果のほとんどが関西地域に集中すると考えられますが、阪神ファンは全国にも散在しているので、全国の産業連関表を用いて推計します。総務省が作成した最新の全国の「産業連関表」(2019年に発表した2015年の「産業連関表」の修正版)を用いると、2023年の阪神の「アレ」の全国における経済効果は約969億1,238万円となります。 〈阪神の「アレ」の経済効果〉 しかし、阪神関係の品物、例えば弁当やレストランの食事などの食料品、ビールなどの飲料品、ユニフォームなどのグッズの一部は、関西地域以外で製造されて関西地域で消費されています。したがって、それらの売上代金の一部は製造販売された地域(例えば北海道、中部地域、関東地域、中国地域など)に還元されます。つまり、産業連関分析でいう関西地域の「自給率が低い(自分の地域で製造されていない)」ということになります。そこで、全国産業連関分析で得た経済効果の約9割が関西地域、残りの1割は他の地域にもたらされる経済効果であると仮定します。その結果、2023年の阪神「アレ」の経済効果は関西地域で約872億2,114万円となります。 4 まとめ 2023年の阪神の「アレ」の経済効果は、関西地域において約872億2,114万円となりました。この金額は、プロ野球の球団が優勝した時の経済効果としては非常に大きい金額です。参考までに過去の球団の優勝時における経済効果を以下に示しています。 〈プロ野球球団の優勝時における経済効果〉 過去の経済効果と比べてかなり大きくなった理由として、以下の要因が考えられます。 また、今年春の大谷翔平選手が活躍したWBCでの「侍ジャパン」の優勝の経済効果は約654億3,329万円でしたので、阪神「アレ」の効果はWBCの経済効果を上回りました。これはシーズンを通して優勝した阪神の方がWBCよりも試合数や観客数が多かったことなどの理由が考えられます。 このように、スポーツによって多くの人が元気をもらうことで、日本が今後ますます発展していくことを願っています。 (了)
2023年10月19日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.540を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。