法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例53】 「建築工事に係る簿外で支出したコンサルタント料の損金性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、中国地方の政令指定都市に本社を置き総合建設業を営む株式会社X(資本金2億円で青色申告法人)において、経営企画部長を務めております。首都圏や近畿圏、中京圏といった三大都市圏の政令指定都市ほどではありませんが、中国地方の県庁所在地ではサラリーマン向けのマンション建設が堅調であり、おかげさまでわが社も常に受注工事を抱えている状況であります。 とはいえ、取引金額が大きくなる不動産については、有象無象の輩が介入して分け前をくすねようとする行為が後を絶たず、わが社の場合もその対応には苦慮しております。マンション建設の場合、その敷地として、ある程度まとまった広さの土地が必要となりますが、権利関係が複雑で当事者が多い場合、それらの意向をまとめるまでには紆余曲折があり、担当者はストレスで胃がやられるケースも珍しくありません。また、駐車場へのスムーズな通路確保や接道要件を満たすためにどうしても必要な土地を入手する目的で、その持ち主に対し相場よりも相当高い金額で売却してくれるよう依頼するケースもあります。そのため、蛇の道は蛇ということで、地方ごとに存在する不動産取引のエキスパートと称する仲介者に、コンサルタント料を支払うこともあります。 今回の税務調査で問題となったことの1つは、当該コンサルタント料の支払いのうち1件が帳簿に記載されていた内容(広告宣伝費)と異なるという点についてでした。調査官は、コンサルタント料の支払先に反面調査を行ったものの、契約書記載の住所地には会社は存在せず、また、その代表者にも会えなかったことから、その存在は架空である可能性が高く、そうなると青色申告法人である当社の場合、当該支払いには損金性はないと主張してきました。契約を行った当事者である当社不動産開発部の社員に確認したところ、確かに帳簿に記載されていた内容とは異なるものの、コンサルタント会社の代表と対面で契約を締結し、実際契約書通りの成果(土地の買収)を収めたため、コンサルタント料の支払いには実体があり、損金性は疑いがないと真っ向から反論しております。私としましては社員の肩を持ちたいところですが、税法上はどのように判断するのでしょうか、教えてください。 【A】 青色申告法人の場合、仮に帳簿書類に記載された内容と異なる経費(簿外経費)の存在とその損金性を主張するためには、納税者自身において、当該経費を支出した金額、支出年月日、支払先、支払内容等の事実につき、その詳細及び業務との関連性を明確に主張することが求められます。そのため、仮に当該主張及び立証が十分になされない場合には、当該支出を法人の業務に関連する経費として損金に算入することはできないということになるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 青色申告制度の意義 青色申告制度は、申告納税制度の定着を図るため、シャウプ勧告に基づいて導入された制度である。シャウプ勧告当時(1950年頃)において、わが国では、既に申告納税制度が導入されてはいたが、その前提となる、納税義務者自らが正規の簿記の原則に従って記帳した帳簿書類に基づき申告書を作成するという実務慣行が根付いているとは言い難い状況であった。そこで、シャウプ勧告に基づき、帳簿書類を基礎とした正確な申告書の作成を促す意味で、一定の帳簿書類を備え付けている納税者に限って(文字通り)青色の申告書を用いて申告することを認め、かつ当該青色申告を行う納税者(青色申告者)にのみ各種の特典を与えるという仕組み、すなわち青色申告制度が導入されたのである(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)961頁参照。 現在においては、国税庁の統計(令和3年度分会社標本調査)によれば、法人の場合、青色申告の割合は約99.2%と個人事業主のケース(約63.2%(※2))と比較して非常に普及しており、シャウプ勧告時に掲げた目的は既に達成済みといえるだろう。 (※2) 国税庁「令和3年度版国税庁統計年報」の事業所得者に占める青色申告者の割合をいう。 (2) 青色申告法人の記帳義務 青色申告の承認を受けた法人の納税義務者は、財務省令の定めるところにより、帳簿書類を備え付けて取引を記録し、かつ当該帳簿書類を保存する義務を負う(法法126①)。また、税務署長は、必要があると認めるときには、当該帳簿書類について必要な指示をすることができることとされている(法法126②)。 仮に青色申告法人が青色申告の前提となる要件を満たさなくなった場合、すなわち、帳簿書類の備付、記録又は保存が財務省令で定めるところによって行われていない場合や、帳簿書類に取引の全部又は一部を隠蔽し又は仮装して記載・記録し、その他記載・記録事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があるといったような場合においては、税務署長は青色申告の承認を取り消すことができる(法法127①②)。 (3) 建築工事に係る簿外コンサルタント料の損金性が争われた事例 それでは、本件と同様に、建築工事における簿外のコンサルタント料に係る損金性が争われた事例(東京地裁令和3年12月23日判決・TAINSコード:Z888-2401)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 昭和25年2月15日に設立された、土木建築工事の設計施工管理及び請負業務等を目的とする株式会社である原告は、平成26年4月1日から平成27年3月31日までの事業年度(平成27年3月期)及び平成27年4月1日から平成28年3月31日までの事業年度(平成28年3月期)において、東証一部上場でタクシー事業や不動産事業を営むC株式会社との間で、2件のマンション建築工事の請負契約を締結するために、第三者(H及びV)とコンサルタント業務契約を締結し、同契約に基づいて情報の提供を受け、コンサルタント業務の対価として金員を支払ったとして、同金員を対応する上記工事の完成工事原価として損金に算入した。 ところが、処分行政庁はこれを否認した上、原告が隠蔽ないし仮装に基づく過少申告をしたとして、平成29年6月20日頃、平成27年3月期の法人税の更正処分及びそれに基づく過少申告加算税及び重加算税の賦課決定処分、平成28年3月期の法人税の更正処分及びそれに基づく重加算税の賦課決定処分、平成28年3月期の地方法人税の更正処分及びこれに基づく重加算税の賦課決定処分をしたため、原告が、各処分が違法であるとして、その取消しを求めた事案である。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点1 争点2 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例は、青色申告法人である原告が、帳簿書類では記帳していないものの損金算入した項目につき、事後的にその損金性を主張した場合において、その主張が認められるか否かが争点となった事案である。青色申告法人の場合、その年の帳簿書類に取引の全部又は一部を隠蔽し又は仮装して記載・記録し、その他その記載・記録事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があるときには、青色申告の承認の取消事由となる(法法127①三)。 本裁判例は、青色申告の承認の取消事由となるかどうかは判断されていないが(※3)、簿外経費が存在しており、「その記載・記録事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由」が存する可能性があることから、青色申告法人の帳簿書類の記帳義務を十分に果たしていると言えないであろう。そのため、裁判所は、「帳簿書類の記載と異なる経費の主張、すなわち簿外経費の存在を主張する場合には、納税義務者において、必要経費として支出した金額、支払年月日、支払先、支払内容等の事実につき、具体的に特定して主張立証をし、業務との関連性についても主張立証すべきであり、そのような主張立証がされない限り、当該経費を当該業務の経費として損金に算入することはできないというべき」として、原告の主張を斥けている。 (※3) 取消理由があるからと言って、税務署長は直ちに承認を取り消さなければならないというわけではない。金子前掲(※1)書964頁参照。 なお、本裁判例における裁判所の判示は、令和4年度の税制改正で簿外経費を厳格化する改正が行われたこととも整合性があるものと考えられる。すなわち、所得税の税務調査で、家事関連費の計上が発見された後に、納税者が簿外経費の存在を主張し、課税当局が多大な事務量を投入して当該簿外経費がすべて存在しないことを立証して更正に至ったという悪質な事案があり、政府税制調査会の「納税環境整備に関する専門家会合」において、そのような事案への対応策について議論がなされたところである。 同会合においては、特に悪質な納税者への対応として、「課税の公平性を確保するために、税務調査時に簿外経費を主張する納税者、虚偽の書類を提出する等調査妨害的な対応を行う納税者への対応策や、調査等の働きかけに応じない納税者(中略)への有効な対応策の検討を行う」旨が政府税制調査会に報告された(※4)。このような議論を踏まえ、令和4年度の税制改正で、隠蔽仮装行為がある事業年度又は無申告の事業年度において、納税者が主張する簿外経費の存在が帳簿書類等から明らかでなく、課税庁による反面調査等によってもその簿外経費の基因となる取引が行われたと認められない場合には、その簿外経費の額を損金の額に算入しないこととする措置が講じられたところである(令和5年1月1日から施行、法法55③)。 (※4) 政府税制調査会「納税環境整備に関する専門家会合の議論の報告(令和3年11月19日)」参照。 (4) 本件へのあてはめ 青色申告法人の場合、仮に帳簿書類に記載された内容と異なる経費(簿外経費)が存在し、かつ当該経費に関しその損金性を主張するためには、納税者自身において、当該経費を支出した金額、支出年月日、支払先、支払内容等の事実について、その詳細及び業務との関連性を明確に主張することが求められることとなる。そのため、仮に当該主張及び立証が十分になされない場合には、当該支出を法人の業務に関連する経費として損金に算入することはできないということになるものと考えられる。 (了)
令和5年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第3回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 (2) 中小企業者の試験研究費に係る税額控除制度(中小企業技術基盤強化税制) ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (続く)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q80】 「株式の譲渡所得の特例が認められない株式交付」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 株式交付制度の概要 株式交付制度は、ある企業を買収する際に、株式交付子会社(対象会社)の株主に対して、株式交付親会社(買収会社)の株式を交付するという、株式を対価としたM&A手法のひとつです。株式交換が買収の対象となる会社の発行済株式の100%を取得する場合にしか用いることができないのに対して、株式交付は、株式交付子会社の発行済株式を部分的に取得し、既存株主を残すことができます。 また、株式交付親会社は、株式交付子会社の株主に対して、株式交付親会社の株式に加えて、金銭等他の財産を交付することも認められています。 2 令和5年度税制改正による株式交付制度に基づく株式の譲渡に係る譲渡所得等の課税の特例の見直し (1) 株式等に係る譲渡所得等の課税の繰延べ 令和3年度税制改正において、株式交付子会社の株主に生じる株式の譲渡益について、課税を繰り延べる措置が講じられました。 本措置では、個人が有する株式を発行した法人を株式交付子会社とする株式交付が行われ、その個人が有する株式を譲渡し、その株式交付に係る株式交付親会社の株式の交付を受けた場合に、その株式の譲渡をなかったものとみなします。そして、その個人における株式交付親会社の株式に係る取得価額については、株式交付子会社の株式に係る取得価額(株式交付親会社の株式の交付を受けるために要した費用の額を含みます)を引き継ぐことになります(詳細は【Q66】「株式交付制度により譲渡した株式の譲渡所得の特例」参照)。 (2) 令和5年度税制改正による見直し 株式交付制度により対象会社を子会社化する取引は、対象会社の旧株主にとって株式の譲渡益に対する課税が繰り延べられることになったことで、活用のメリットが大きくなりました。しかしながら、令和5年度税制改正により、例えば、企業のオーナーである経営者が自身の資産管理会社を株式交付親会社として100%の支配関係にはない対象会社を子会社化する場合など、同族会社を株式交付親会社とする株式交付は、譲渡益に対する課税の繰延対象から除外されることになりました。 具体的には、株式交付の直後の株式交付親会社が法人税法第2条第10号に規定する同族会社(同族会社であることについての判定の基礎となった株主のうちに同族会社でない法人又は人格のない社団等がある場合には、当該法人又は人格のない社団等をその判定の基礎となる株主から除外して判定するものとした場合においても同族会社となるものに限ります)に該当する場合には、本措置の対象外とされます。 この改正は、2023年10月1日以後に行われる株式交付について適用されます。 3 本件へのあてはめ おたずねの株式交付が2023年10月1日以後に行われる場合には、株式交付制度に基づいて株式交付親会社となるB社が、株式交付の直後において同族会社に該当すると、A社株式の譲渡益について課税が繰り延べられない可能性があります。 ただし、課税の繰延措置の対象外となる同族会社は、同族会社であることについての判定の基礎となった株主のうちに同族会社でない法人がある場合には当該法人をその判定の基礎となる株主から除外するものとした場合においても同族会社となるものなどに限られます。つまり、株式交付親会社が非同族の同族会社である場合には除外されません。 したがって、株式交付親会社となるB社の株主構成を確認し、本措置の対象外となる同族会社に該当するか否かを判定する必要があります。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第21回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 2 暗号資産取引と所得区分(所得の種類) (1) 暗号資産取引と所得区分の概要 所得税は、所得をその性質やその発生源泉に応じて、利子・配当・不動産・事業・給与・退職・山林・譲渡・一時・雑所得の10種類に分けて(所法23~35)、それぞれに適した所得金額の計算方法を定めている。所得税の課税対象は広く経済的利得としての所得であるが、様々な種類の所得が一律に同じように課税されるわけではないのである。 資産を譲渡したこと又は役務を提供したことの見返りとして、暗号資産を受領する場合において、暗号資産特有の観点から考察しなければならないようなケースは稀であろう。 例えば、商品を販売し、販売代金として暗号資産を受領した場合には、暗号資産を譲渡しているのではなく、単にその商品を譲渡しているにすぎない。この場合の所得は、事業所得又は雑所得のいずれかに該当することが多いであろう(所法27、35)。 不動産を貸し付けて、賃料を暗号資産で取得した場合には、賃料を現金で受領した場合と同様に不動産所得である(所法26)。この場合の所得は、あくまで不動産の貸付けから生じているのであって、暗号資産の譲渡からではない(ただし、もともと暗号資産で賃料を支払う契約ではなく、暗号資産による支払が代物弁済(民法482)として構成される場合には、賃料の額と暗号資産の支払時の時価との差額の課税関係について別途の考慮を要する可能性がある)。 暗号資産を受領するケースで少し考察を要するのは、例えば、収益計上時の暗号資産の時価と実際の支払時における暗号資産の時価との間に大きな乖離がある場合や、無償で暗号資産が配布される行為であるエアドロップの場合などに限定されるであろう。 そこで問題関心を個人が暗号資産を譲渡(売却や使用)した場合の所得区分はいずれとなるかという点に向けてみたい。次の点も考慮し、とりわけ、一般に税負担が小さくなる譲渡所得(所法33)に該当するかという、納税者の関心が高い論点を検討する。 (※) 所得税基本通達33-1(譲渡所得の基因となる資産の範囲) 国会の質疑においても、早くから譲渡所得該当性の論点に言及されている。 平成26年2月25日付けの大久保勉議員による「ビットコインに関する質問主意書」では「ビットコインによる取引には課税されるか」との質問がなされた。これに対して、同年3月7日付けの内閣総理大臣名による答弁書では、次のとおり回答がなされた。 これを受けた同年3月10日付けの大久保議員による「ビットコインに関する再質問主意書」では、次のような質問がなされた。 これに対して、内閣総理大臣名による答弁書(平成26年3月18日)では、次のとおり回答があった。 その後、平成27年5月19日に行われた参議院財政金融委員会において、麻生太郎財務大臣は、次のとおり答弁している。 政府の上記見解も、暗号資産の譲渡所得(キャピタルゲイン)該当性を肯定するかのような麻生大臣の上記答弁も、いずれも、暗号資産の譲渡による所得が譲渡所得に該当するか否かという論点について、十分な議論がなされていない段階か、国税庁の見解が固まっていなかった段階でなされたものであるという見方をなしうる。 現在の国税庁FAQ「2-2 暗号資産取引の所得区分」は、次のような見解を示している。 このFAQでは、暗号資産取引により生じた利益は、所得税の課税対象になり、原則として雑所得に区分されるという見解を述べている。雑所得とは、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得」であるから(所法35①)、国税庁は暗号資産取引により生じた利益が雑所得以外の9種類の所得に該当しない理由を説明する必要がある。この意味で、このFAQは説明が足りていない。 法令ではないFAQといえども、税務職員や納税者はそこに記載されている内容に従って、取引や申告を行うことが多いことを考慮すると、国税庁は、FAQに記載されている取扱いの法的根拠を明らかにすべきである。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第31回】 「外国子会社合算税制と二重課税の排除」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国子会社合算税制を適用した結果、内国法人に二重課税が発生する可能性があるとのことですが、二重課税とされるもののうち、例えば、合算対象となる外国子会社が我が国に支店等を有しており、我が国で法人税等が課税されていた場合、当該外国子会社の国内源泉所得に係る課税はどのように調整されるのでしょうか。 〔A〕 かつては、当該支店に係る法人税等についても、外国法人税等と同様外国税額控除の対象とするという取扱いとされていました(改正前措通66の6-20)が、当該通達の適法性について疑義が生じた(本稿の裁判例を参照)ため、平成29年度の税制改正で、外国税額控除の仕組みではなく、新たな税額控除の仕組みにより親会社である内国法人の法人税から控除することとされました。 さらに平成30年度の改正では、その税額控除の対象となる税目の範囲の拡大や法人税の額から控除しきれない場合の地方法人税の額及び法人住民税の額からの控除制度などが整備されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 二重課税の排除 (1) 概要 内国法人が外国子会社合算税制の適用を受ける場合には、当該内国法人に係る外国関係会社に対して課される我が国の所得税及び法人税等(※1)の額のうち、当該外国関係会社の課税対象金額、部分課税対象金額又は金融子会社等部分課税対象金額に対応する部分の金額として、以下により計算した金額(以下「控除対象所得税額等相当額」という)を、当該内国法人のその課税対象金額、部分課税対象金額又は金融子会社等部分課税対象金額について合算課税の適用を受ける事業年度の所得に対する法人税の額から控除する(措法66の7④、措令39の18㉓~㉖)。 (※1) 租税特別措置法(以下「措置法」という)66条の7第4項1号及び2号を参照 (2) 控除対象所得税額等相当額 ① 課税対象金額に対応する部分の金額(措令39の18㉓) 次のとおり計算した金額。 (注1) 課税対象年度:外国関係会社につきその適用対象金額を有する事業年度(措令39の18③)をいう。 (注2) 調整適用対象金額:課税対象年度に係る適用対象金額をいい、適用対象金額の計算上控除される金額(措令39の15①四、同②十七)(外国法人税の課税標準に含まれるものに限る)又は控除対象配当の額(措令39の15③)(外国法人税の課税標準に含まれるものに限る)がある場合には、これらの金額を加算した金額(措令39の18③)とする。 ② 部分課税対象金額又は金融子会社等部分課税対象金額に対応する部分の金額(措令39の18㉔㉕) 次のとおり計算した金額。 (注3) 部分課税対象年度等:外国関係会社につきその部分適用対象金額を有する事業年度(部分課税対象年度(措令39の18④))又は金融子会社等部分課税対象金額を有する事業年度(金融子会社等部分課税対象年度(措令39の18⑤))をいう。 (注4) 調整適用対象金額:外国関係会社が特定外国関係会社又は対象外国関係会社に該当するものとした場合に計算される適用対象金額をいい、その適用対象金額の計算上控除される金額(措令39の15①四、同②十七)(外国法人税の課税標準に含まれるものに限る)又は控除対象配当等の額(措令39の15③)(外国法人税の課税標準に含まれるものに限る)がある場合には、これらの金額を加算した金額(措令39の18③)とする。 (注5) 調整適用対象金額が分子の部分課税対象金額又は金融子会社等部分課税対象金額を下回る場合には、当該部分課税対象年度に係る部分適用対象金額又は金融子会社等部分課税対象年度に係る金融子会社等部分適用対象金額とする(措令39の18㉔㉕)。 (3) 適用要件等 上記の税額控除は、確定申告書等、修正申告書又は更正請求書に控除の対象となる所得税等の額、控除を受ける金額及びその金額の計算に関する明細を記載した書類の添付がある場合に限り、適用することとされる(措法66の7⑤)。 以下では、平成29年度改正前に、外国子会社に係る国内源泉所得の取扱いが問題となった事例について取り上げる。 2 過去の裁判例 《シティグループ事件》(※2) (※2) (第一審) 東京地裁平成26年6月27日判決(平成23年(行ウ)第370号)・TAINSコード:Z264-12495 (控訴審) 東京高裁平成27年2月25日判決(平成26年(行コ)第278号)・TAINSコード:Z265-12612 (上告審) 最高裁平成28年9月30日決定(平成27年(行ツ)第241号、平成27年(行ヒ)第270号)〈上告棄却・不受理〉・TAINSコード:Z266-12911 (1) 事案の概要 X(原告・控訴人)は、平成20年5月1日、内国法人Bを吸収合併したが、Bは英国領ケイマン諸島に本店を、日本国内に支店を有する外国法人Cを100%子会社として保有していた。BはXに吸収合併される直前の平成20年4月期の法人税の確定申告につき、Cを措置法66条の6第1項及び措置法施行令39条の14第1項にいう特定外国子会社等に該当するものとして確定申告したが、その後、Cの平成19年4月1日から同年12月31日までの事業年度(C平成19年12月期。なお、C平成19年12月期において、Cは国内源泉所得のみを有していた)においてBに係る特定外国子会社等に該当しなかったとして、更正の請求を行った。 これに対し、所轄税務署長は、更正をすべき理由がない旨の通知処分をするとともに、Bの平成20年4月期の法人税につき、更正処分等を行った。その後、Xは、平成20年12月連結期の連結所得の金額の計算につき、XがBの平成20年4月期における繰越欠損金額を承継したものとして、平成20年12月連結期の法人税の申告をしたところ、所轄税務署長は、上記平成20年4月期更正処分を前提に、欠損金額の損金の額への算入額が過大であるとして、平成20年12月連結期更正処分をした。Xは各処分を不服として提訴した。 (2) 改正前措置法通達66の6-20 改正前措置法通達66の6-20は、「措置法第66条の7第1項並びに措置法令第39条の13第2項第1号及び第39条の18第9項に規定する外国法人税の額には、特定外国子会社等が法第138条又は所得税法第161条に規定する国内源泉所得に係る所得について課された法人税、所得税、及び第38条第2項第2号に掲げるものの額を含めることができる。」と定めており、その逐条解説(※3)において、「無税国所在の特定外国子会社等が、①我が国に支店を有するためその支店の所得に対して法人税を課されるケースや②我が国に直接投資を行うことによりその直接投資に係る所得に対して源泉所得税を課されるケースにおいては、当該特定外国子会社等の課される税が、我が国の法人税・源泉所得税であっても、措置法令第39条の18第9項の規定における『外国法人の税』にこれらを含めることができる旨が本通達において明らかにされ」たものと記載されていた。 (※3) 大澤幸宏『法人税関係措置法通達逐条解説-平成26年3月1日現在版-』(財経詳報社、2014年)1144頁参照 (3) 裁判所の判示 本件において、東京地裁は、「『外国法人税』の定義(法人税法施行令141条1項)に照らせば、それに我が国の法人税、所得税、及び法人住民税が含まれないことは文理上一義的に明らかであって、これらを『外国法人税』に含ませることができるとする措置法通達66の6-20は違法無効なものである。」と判示し、Xの請求を棄却した。 これに対し、本件の控訴審である東京高裁は、以下のとおり、改正前措置法66条の7第1項の当然解釈として、特定外国子会社等の国内源泉所得について課された日本の法人税も、「外国法人税」と同様、外国税額控除の対象となると判示し、上記通達は適法であると判示した。 ただし、東京高裁は、Xが「外国税額控除の制度の適用を受けることもできたものであるが、その適用を受けるためには、確定申告の手続において、『控除を受けるべき金額及びその計算に関する明細の記載』及び『控除対象外国法人税の額を課されたことを証する書類その他財務省令で定める書類の添付』が必要とされているところ(法人税法69条16項)、Xは、そのような措置を執っていない(中略)のであるから、本件において、外国税額控除の制度を適用することはできない。」と判示し、Xによる手続的要件の瑕疵により、控訴を棄却した。 (4) 本件判決に対する批判とその後の動向 金子宏教授は、上記判決に対し「この場合には二重課税が生ずるが、タックス・ヘイブン対策税制の立法趣旨にかんがみ、これを排除するため、なんらかの解釈上又は立法上の手当てが必要であろう」(※4)と指摘していた。そこで、この問題を立法的に解釈するため、平成29年度改正において、新たな税額控除の制度が設けられたのは、上記1に記載したとおりである。 (※4) 金子宏『租税法(第22版)』(弘文堂、2017年)560頁 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第7回】 「国税通則法第23条第2項第1号の「判決」の具体的範囲」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 大阪国税不服審判所平成29年1月12日(TAINSコード:F0-3-545) (1) 裁決事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 「訴えについての判決」の法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥 2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈は、東京地裁平成27年5月13日判決(TAINSコード:Z265-12660)などに見ることができる。 この「判決」の範囲としては、東京高裁平成26年10月30日判決(TAINSコード:Z264-12560)において、「その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と異なる事実を前提とする法律関係が判決の主文で確定されたとき又はこれと同視できるような場合をいう」とされており、上記事実の存否や効力が直接審理の対象となった事件の判決であることを要する。 しかし、上記の範囲であったとしても、当事者が専ら相続税の軽減を図る目的で、馴れ合いによって得たものであるなど、客観的、合理的根拠を欠くものであるときは、その確定判決としての効力の如何にかかわらず該当しない(東京高裁平成10年7月15日判決・TAINSコード:Z237-8202)とされている。 また、ここでいう「判決」には、請求人が訴訟の当事者である判決に限られ、刑事事件の判決、国税不服審判所の裁決、固定資産税評価額が過大であったことなどの通知の類いは含まれないとされている。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第6回】 「セール・アンド・リースバック取引と転リース取引」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 【第5回】では、所有権移転ファイナンス・リース取引と所有権移転外ファイナンス・リース取引の判定について整理しました。今回はリース取引の中でも、セール・アンド・リース取引と転リース取引について概要を見ていきます(会計処理は別の回で扱います)。 1 セール・アンド・リースバック取引 (1) セール・アンド・リースバック取引とは セール・アンド・リースバック取引とは、「所有する物件を貸手に売却し、貸手から当該物件のリースを受ける取引」をいいます(「リース取引に関する会計基準の適用指針」48)。 つまり、ユーザーが保有している物件をリース会社などに売却した後、すぐに同じ資産をリース会社などから借り受ける取引のことです。一度、「売却」(セール)し、同じ物件を「借り受ける」(リース)ので、セール・アンド・リースバック取引といいます。 では、セール・アンド・リースバック取引は、具体的にどのような時に利用されるのかというと、資金調達手段の1つとして利用されます。 ユーザーが保有している物件をリース会社へ売却することによって、ユーザーは資金を手に入れることができます。売却した後、すぐに同じ物件を借り受けるので、同じ物件をそのまま使用することができます。つまり、物件の使用はそのままで、資金調達が可能になるのです。 (2) メリット セール・アンド・リースバック取引のメリットは、主に3つあります。 上記の他にも、買主から再購入できるケースが多かったり、周りから売却したことがわからなかったりすることもメリットとして挙げられます。 (3) デメリット デメリットとしては、主に以下2点が挙げられます。 2 転リース取引 (1) 転リース取引とは 転リース取引は、「リース物件の所有者から当該物件のリースを受け、さらに同一物件を概ね同一の条件で第三者にリースする取引」をいいます(「リース取引に関する会計基準の適用指針」47)。いわゆる「また貸し」になります。 具体的には、グループ会社の親会社がリース会社との契約窓口となり、親会社から子会社へ転貸する場合、中途解約せざるを得ないユーザーが新しいユーザーへ同一条件で転貸する場合などが挙げられます。 (2) メリット リース契約を中途解約する場合、ユーザーはリース会社へ未経過リース料を支払ったり、違約金も発生したりすることがあります。そんな時に、転リース取引を契約できると違約金の発生を回避し、また、新しいユーザーからリース料を受け取ることができるメリットがあります。 (3) 注意点 一般的にリース契約では、また貸しが禁止されていることが多いため、転リース取引をする場合にはリース会社の承諾を得る必要があります。リース契約違反にならないように注意が必要です。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第39回】 「売り手が気にしたい財務状況のポイント(後編)」 ~経営指標の活用と、分析や見方のポイント②~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒売り手の財務状況や財務分析の見方を知り、良い売り手探しのヒントに役立てる。 売り手企業 ⇒売り手自身の財務状況の理解を深めて、改善とM&Aに向けたヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒売り手の財務状況のポイントをつかんで、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒売り手の財務状況の見方とポイントを知って、実務に役立てる。 1 中小企業M&AはB/S面の経営指標も大事 前回は、中小企業M&Aに関連して、売り手の財務面の観点から活用できる経営指標のうち、資本利益率や回転率・回転期間分析を中心に説明しました。今回もその続きですが、B/S面の指標を中心に説明します。 日頃の経営では、経営指標を活用する機会は多くないと思います。活用するにしても、P/L面の現象への関心が強いのではないでしょうか。しかし、M&Aでは、B/Sの情報が重要で、買い手からの関心も高いため、近い将来、M&Aを予定される売り手においては、B/Sに関係する経営指標も知っておくと、いざという時に便利です。 2 B/S関連の主な経営指標 (1) 資産の部に関係する主な経営指標 まずは、資産の部に関係する主な経営指標です。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ① 流動比率・当座比率・固定長期適合率 流動比率は、短期の支払能力を見る指標の1つです。あまり、数字が独り歩きしてはいけませんが、150%以上あれば十分、200%以上あるのが望ましいとされます。流動比率が200%の状況は、流動資産が流動負債の倍の金額であるという意味になります。ここで、流動負債には、通常、1年以内の短期に返済期限を迎える事象などが記録されていますので、短期のキャッシュアウトに対して、流動資産でどれだけ賄えるかという安全性の程度を表します。流動資産は流動負債と同様に、1年以内に回収が予定される資産などが記録されていますので、返済予定の原資をどれだけ手元資金などで賄えるか、という短期の倒産可能性の低さの程度をつかむのに適している情報源です。 ただし、流動資産の中には販売用不動産を含めた在庫も含まれます。販売用不動産の残高が多い業種に属する場合は、在庫の影響を除いた当座資産を使った当座比率で見る方が、より正確な分析結果を得やすいとされています。 「法人企業統計年報特集(令和3年度)」にある業種別財務営業比率表によると、全産業の令和3年度の流動比率及び当座比率のデータは以下のとおりでした。 これらに対して固定長期適合率は、資金の主な調達源泉に対して、固定資産をどの程度の割合で所有しているかが分かる点で、流動比率などと同様に資産の安全性を示す指標になっています。 ここで着目したいのは、流動比率と固定長期適合率との関係です。B/Sを図示すると、両者の関係がよくわかります。流動比率が高ければ固定長期適合率は低くなり、流動比率が低ければ固定長期適合率は高くなるという関係を押さえておくと便利です。 固定長期適合率が100%を上回ってしまうと、自己資本と固定負債を超える固定資産への投資が行われていることを意味し、換金可能性、流動性が低い固定資産への過大投資によって資金繰りの悪化につながる恐れがあると判断します。このため、資金繰りの観点から、少なくとも流動比率は100%を上回っていて、固定長期適合率は100%を下回った状態をキープできているのが重要です。 ② 固定比率 固定比率と固定長期適合率は、いずれも固定資産に着目した経営指標ですが、両者は使われ方が異なります。固定比率が100%を下回るときは、自己資本の範囲内で固定資産を賄えていますので、一般的に安全性が高いとされています。 しかし、この場合には注意も必要で、有利子負債への依存なしに固定資産を賄える状態ですから、たとえば、借入金など外部からの資金調達を加えて積極的な投資をせずに、自己資本の範囲内でしか投資をしていないとも考えられ、消極的な投資姿勢と見られる場合もあります。 資本集約型の企業か労働集約型の企業かで判断は異なりますが、固定比率が低いからといって直ちに優良で安全性が高いと捉えきれない点には留意します。 「法人企業統計年報特集(令和3年度)」にある業種別財務営業比率表によると、全産業の令和3年度の固定比率のデータは以下のとおりでした。 このデータによれば、固定比率が100%を上回っていますので、自己資本の額を超えて固定資産を所有する、つまり、一定程度の資金は負債に依存しながら、固定資産への投資を行っているだろうと推測されます。 (2) 負債の部・純資産の部に関係する主な経営指標 続いて、負債の部・純資産の部に関係する主な経営指標を見ていきます。 ① 自己資本比率・財務レバレッジ 自己資本比率はすでに売り手においても日頃から把握済みの指標の1つだと思います。50%を超えているとエクイティファイナンスをより重視する姿勢といえます。一方、自己資本比率の程度が低いと、負債偏重型ですので、返済負担を考慮すれば、自己資本比率が低すぎる状態はあまり好ましくありません。 「法人企業統計年報特集(令和3年度)」にある業種別財務営業比率表によると、全産業の令和3年度の自己資本比率のデータは以下のとおりでした。 このデータによると、自己資本比率が約4割ですから、若干、負債寄りの調達によって資金が賄われていると考えられます。 また、自己資本比率と関係性のある財務レバレッジは「負債への依存度」「総資本に占める負債の割合」「自己資本でどの程度の資産を活用しているか」「梃子(てこ)の作用がどの程度あるか」といった割合を把握できる点で重要な指標の1つです。 ② 負債比率・DEレシオ 上図では、負債比率と関係性のあるDEレシオを並列で示しました。DEレシオについては、本稿では倍率で表示しましたが、%で表示する場合もあります。DEレシオは、負債から有利子負債分のみを抽出した、いわば狭義の負債比率であり、債権者負担と株主負担の割合を見るのに適しています。また、DEレシオを修正し「(有利子負債-現金(キャッシュ))/自己資本」と展開すれば、ネットDEレシオという指標になります。 負債比率、DEレシオのいずれも、調達源泉をD(debt:デット)とE(equity:エクイティ)のいずれに頼っているかを知るのに役立ちます。買い手からしても、返済義務を負うデットが多いか、原則として返済不要なエクイティが多いかは、M&A後の資金戦略に関わってきますので、重要視するはずです。 * * * 今回まで確認した各経営指標は、中小企業M&Aで重視するのはもちろん、普段の経営においても活かしたいものばかりです。これらは、売り手が将来のM&Aを見据えて、各経営指標の改善を図ろうとするのに活用できるだけでなく、買い手が、売り手の決算書(財務諸表)を読む際に、どのような経営指標に着目しておけばよいかを知る手がかりにも活用できます。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第9回】 「勤務中、私的メールをしていた時間は労働時間に当たるのか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社に未払残業代を請求してきた従業員が、勤務中に業務と無関係な私的メールのやり取りをしていたことが判明しました。 このような私的メールをしている時間は、労働時間に当たらないと考えてよいのでしょうか。裁判所で、このような主張をする場合の留意点をご教示ください。 〔A〕 私的なメールといっても、メールの相手方と仕事をする場所によって結論が変わってきます。 また裁判や労働審判では、どの時間が労働時間に当たらないのかについて、会社の側で特定する必要がある点にも留意が必要です。裁判等になった場合、業務と関係のない私的メールを証拠としたうえで、1通当たりの平均的作成時間を特定して主張するのがよいでしょう。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 労働基準法上の労働時間とは 仕事と関係のない私的メールをしている時間は、作業をしていない。作業をしていないのだから直感的に、労働時間ではないと考える方が多いと思われる。 ところが法的には、作業をしていなくても、労働基準法上の労働時間と判断される場合がある。 労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう。 そして、労働者が作業をしていないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価されることになる(最判平成14年2月28日)。 厚生労働省の通達でも、「休憩時間とは単に作業に従事しない手待時間を含まず労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間の意であって、その他の拘束時間は労働時間として取り扱うこと」とされている(昭和22年9月13日発基第17号)。 例えば、飲食店等でお客さんが来ていない手待時間は、作業をしていないが、その場所から勝手に離脱することができないので、労働時間に当たるのが原則だ。煙草休憩の時間について、東京地判平成30年3月9日は「作業と作業との間に休息したり、喫煙したりできても、当座従事すべき作業がないために過ぎず、作業の必要が生じれば直ちに作業を再開すべき手待時間に当たるときは、原告は依然として被告の指揮命令下に置かれており、労働から離れることが保障されているとはいえない」ことを理由に労働時間に当たると判断している。 2 所定労働時間内の事務所内での上司や同僚との私的メール 所定労働時間中、上司や同僚と私的メールをしていた時間は、労働時間に当たるか。過去の裁判例では、1日当たり300回以上、時間にして2時間程度、上司や同僚と私的な内容が含まれるチャットをしていた事案で、所定労働時間内に事務所の自席のパソコンで行われたものについて、労働から離れることが保障されていないことを理由に、労働時間に当たると判断されている(東京地判平成28年12月28日)。 上記裁判例は、業務とは無関係なチャットの回数が多く、チャットの内容も部下のことを「バカなの」「極度に無能です」などと誹謗中傷する等問題のあるものだったが、上司はこれを黙認していた。上司として、監督責任を果たさなかったので、作業中の雑談と同視することができると判断されてしまったのである。 このように事務所内で所定労働時間中、同僚や上司と私的メールのやり取りをしていた場合、私的メールの時間も含めて労働時間に当たると判断される可能性が高い。 3 所定労時間内の事務所内での家族や友人との私的メール 所定労働時間中、事務所内で家族や友人と私的メールをしていた場合は、どうだろうか。この場合、上記2のケースと異なり、作業中の雑談と同視できない。 しかし、事務所内での私的メールの場合、後述する在宅勤務の場合と異なり、裁判所で、指揮命令下から離脱したと判断される可能性は低い。筆者が知る限り、事務所内で私的メールをしていた時間について、労働時間に当たらないと判断した裁判例はない。 反対に、1ヶ月2通程度の私的メールであれば、残業代の金額に影響を及ぼさないと判断した裁判例はある(東京地判平成27年4月14日)。 以上を踏まえると、所定労時間内の事務所内での家族や友人との私的メールについては、相当程度長時間でなければ、裁判所では労働時間に当たると判断される可能性が高そうだ。 4 在宅勤務中の家族や友人との私的メール 在宅勤務中に、家族や友人と私的なメールのやり取りをしていた場合はどうだろうか。 在宅勤務の場合、自宅等での作業は使用者の支配管理下になく、しかも、任意の時間、方法及びペースで行うことが可能である。そのため、在宅勤務者就業規則等において私的メール等が禁止されている企業において、在宅勤務中、行うべき作業があるのに家族や友人と私的なメールやLINEのやり取りをした場合、その時間は、基本的には労働時間に当たらないと考えてよい。 在宅勤務者用の就業規則の記載例は、以下のとおりである。参考にしていただきたい。 5 裁判で、会社側はどの部分が労働時間に当たらないか特定しなければならない 上記4のとおり私的メールをした時間が労働時間に当たらない場合があるとしても、もう1つ大きな問題がある。 裁判所において、労働時間は原則として分単位で認定されるので、使用者側としては、どの時間が労働時間に当たらないのかを特定しなければならないのだ。 具体的には、業務と関係のない私的メールを証拠として、裁判所に提出し、1通当たりの平均的メール作成時間を特定して主張することになる。メール作成時間には、メールの文案を考えるために必要な時間を含めてよいだろう。 例えば、「2023年6月20日、業務と無関係な私的メールが10通送信されており、作成に要する時間として平均して10分かかると考えられるので、100分間については労働時間から控除されるべきである」などと主張することになるだろう。この1通当たり10分というのは一例で、実際には平均的なメールの内容や分量に応じて主張することになる。 このような会社側の主張が認められるかどうかだが、筆者としては認められる可能性が十分あると考えている。 例えば、福岡地判平成30年6月27日は、労災の事案だが、業務と無関係なウェブサイトのアクセスについて、1アクセスにつき平均閲覧時間を1分として、この閲覧時間を労働時間から控除することができると判断している。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例51】 「区分所有建物の共用部分の瑕疵について損害賠償義務を負う主体」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、築30年を超えるマンション(全個室50部屋)の1室を区分所有しておりますが、上階のバルコニーからの雨漏りによって、自室の専有部分が損傷して修繕費用を支払いました。上階に居住者はおらず空き部屋になっております。このような場合、私は、誰に対して損害賠償請求をすればよいですか。 1 はじめに 区分所有者が区分所有建物の瑕疵によって損害を被った場合、損害賠償請求を行うことになる。もっとも、区分所有建物には専有部分と共用部分の区別があるほかに、管理組合も存在するなど複雑な権利関係にあるため、上記のような請求をする場合に誰に対してどのような請求をするか問題となることがある。 そこで、本事例では、区分所有建物の共用部分に瑕疵がある場合の損害賠償請求の方法について検討する。以下「建物の区分所有等に関する法律」を「区分所有法」と表記する。 2 共用部分と専用使用権 区分所有建物の共用部分は、区分所有者全員の共用に属するものであるから、区分所有者全員が使用する権利を有し(区分所有法第11条、第13条)、管理組合が共用部分の管理を行うことになる(同法第18条、マンション標準管理規約(以下「標準管理規約」という)第21条第1項本文)。 一方で、共用部分の中には、バルコニー、玄関扉、窓枠、窓ガラス等のように、合意や管理規約で、特定の区分所有者に排他的な使用を認めても支障のないものもある。このような合意や管理規約に基づいて共用部分を排他的に使用できる権利のことを専用使用権という(標準管理規約第14条)。 専用使用権を有する区分所有者(以下「専用使用権者」という)は、通常の用法に従って専用共用部分を使用する義務を負う(区分所有法第13条、標準管理規約第13条)。また、専用使用権者は、通常の用法に伴う保存行為について、同人の責任と負担において管理を行うことになる(標準管理規約第21条第1項ただし書)。このように、専用使用権者は、通常の用法に従って専用共用部分を使用し、保存行為の範囲内で管理する義務を負う。 3 管理組合の管理規約に基づく管理責任の有無 上記2のとおり、管理組合には、区分所有法等によって共用部分を管理する権能が認められている。問題は、管理組合が各区分所有者に対して管理義務を負うかである。この問題に関して、区分所有法等の管理に関する規定は管理組合の権能を定めたものにすぎないため、管理組合は、各区分所有者に対して、管理義務違反を理由とする債務不履行責任を負わない旨判示した裁判例がある(東京高判平成29年3月15日判タ1453-115等)。一方で、これらの関係規定は、管理組合が各区分所有者に対して管理義務を負うことまで認めたものであり、管理組合は、各区分所有者に対して、管理義務違反を理由とする債務不履行責任を負う旨判示した裁判例(福岡高判平成12年12月27日判タ1085-257)もあるので留意が必要である。 また、共用部分に専用使用権が設定されている場合、通常の使用に伴う保存行為は専用使用権者が行うべきものであるから、その限度で管理組合は各区分所有者に対して管理義務を負わないことになる。管理規約で定められる専用使用権の内容によっては、専用使用権者が各区分所有者に対して管理義務違反を理由とする損害賠償責任を負う可能性もあると考えられる。 4 共用部分の瑕疵と土地工作物責任 区分所有建物を含む土地工作物の設置又は保存の瑕疵によって損害が生じた場合、第一次的には占有者が損害賠償責任を負い、第二次的に所有者が損害賠償責任を負う(民法第717条第1項)。共用部分の設置又は保存の瑕疵によって損害が生じた場合、占有者又は所有者が損害賠償義務を負うことになるので、損害の回復が行われるように思われる。しかし、区分所有建物の構造の把握や瑕疵の特定は困難を伴うこともあり、瑕疵が共用部分にあることの立証を被害者に求めることは必ずしも適切ではない。そこで、区分所有法は、区分所有建物の設置又は保存の瑕疵によって損害が生じた場合、当該瑕疵は共用部分の設置又は保存にあることを推定している(同法第9条)。 上記のとおり、共用部分の設置又は保存の瑕疵によって損害が生じた場合、被害者は、最終的には所有者である区分所有者全員に対して損害賠償請求を追及できる。しかし、区分所有者数が多い場合に、区分所有者全員を相手方として損害賠償請求を行うことは、少なくない負担となる。そこで、管理組合が民法第717条第1項本文に規定する占有者に該当することを理由に、管理組合に対して損害賠償請求することができないかが問題となる。 区分所有法の立法担当者は、管理組合の占有者該当性を否定しており、これに沿う裁判例も存在する(前掲東京高判)。一方で、民法第717条第1項本文に規定する占有者は、工作物から生じる危険を予防できる立場にある者との解釈を前提に、管理組合が区分所有法及び管理規約上、そのような立場にあることを理由に占有者に該当することを認める裁判例も存在する(東京地判令和2年2月7日判例秘書)。区分所有者が多数になるような案件の場合には、管理組合に対して請求していくことが適当であるように思われる。 なお、専用使用権が設定されており、通常の使用に伴って瑕疵が発生したような場合には、管理組合は専用使用部分から生じる危険を防止する立場にないため、管理組合の占有者性は否定され、専用使用権者が占有者になると考えられる。 5 本件について 雨漏りが生じた箇所は上階のバルコニーであり、一般的には共用部分と考えられる。区分所有者数が50室にも及ぶため、損害賠償請求を行うにあたっては、区分所有法や管理規約を踏まえて管理組合を相手方に選ぶ方が合理的である。 管理規約にバルコニーの専用使用権が設定されていない場合、区分所有法や管理規約に依拠して、管理組合に対して管理義務違反に基づく損害賠償請求を行うことが考えられる。もっとも、具体的にどのような管理義務違反があり、当該義務違反によってどのような損害が生じたかが別途争いになりうるので留意が必要である。また、区分所有法第9条の推定規定を利用して、管理組合に対して、民法第717条第1項本文に基づく損害賠償請求を行うことが考えられる。 管理規約上、バルコニーに専用使用権が設定されている場合には、専用使用権者は、通常の使用に従って使用し、これに伴う管理責任を負うことから、通常の使用から生じた損害に関して、管理組合に対する管理義務に基づく損害賠償請求は否定される。また、管理組合のバルコニーの占有者性も否定されることから、当該専用使用権者を占有者として、民法第717条第1項本文に基づく損害賠償請求を行うことになると考えられる。 (了)