〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第19回】 「りそな外税控除否認事件 (地判平13.12.14、高判平15.5.14、最判平17.12.19)(その2)」 ~法人税法69条~ 公認会計士・税理士 西川 浩史 4 事案の検討 (1) 外国税額控除制度の意義をどのように考えるか 最高裁は、外国税額控除制度を「同一の所得に対する国際的二重課税を排斥し、かつ、事業活動に対する税制の中立性を確保しようとする政策目的に基づく制度である」としている(下線筆者)。外国税額控除制度に関しては、(a)政策目的に基づく制度とする説(※6)、(b)国際租税法の基本的な制度とする説(※7)、(c)国際租税法の基本的な制度でかつ政策目的に基づく制度とする説(※8)がある。 (※6) 中里実『タックスシェルター』有斐閣(2002)230-231頁。なお、中里教授は注書きにおいて「たとえ外国税額控除制度を設けなくとも、憲法違反になることはなかろうし、外国税額の損金算入で十分といえよう。」と述べられているが、あまりにも外国税額控除制度の本質を無視した見解であり、到底認めるわけにはいかない。 (※7) 村井正『学術フロンティア研究成果報告書「国際金融革命と法」第3巻』関西大学法学部研究所(2005)118-119頁、水野忠恒『所得税の制度と理論-「租税法と私法」論の再検討』有斐閣(2006)102-104頁 (※8) 本庄資「租税判例研究 第418回 外国税額控除余裕枠の濫用」ジュリスト1336号(2007)142頁 国税庁編『改正税法のすべて(昭和63年度版)』(大蔵財務協会、1965年)の381頁には、「外国税額控除制度は、二重課税排除の方式として国際的にも確立された制度であり、いわゆる政策的な優遇措置ではありませんが、・・・」とあり、外国税額控除制度は単なる政策的な優遇措置ではないとしている。つまり、外国税額控除制度は国際的二重課税の排除をするための国際租税法の基本ルールであり、その制度を我が国は資本輸出の中立性確保の面から政策的に選択しているものと考える。 本事案の検討においては、外国税額控除制度は単なる政策目的の課税減免規定ではなく、国際的二重課税の排除をするための国際租税法の基本的な制度と捉えた上で、国際的二重課税の排除目的の観点から慎重に行う必要があると考える(※9)。 (※9) 水野教授は、前掲(※7)書104頁において、「外国税額控除制度を課税の減免規定として位置づけ、そこから限定解釈を導くことを議論しているのは、出発点を誤っており、この議論には価値はないものといわなければならない。」と述べている。 (2) 本事案は私法上の法律構成による否認が可能か Yは、本件のような濫用事案に関しては、裁判所は法の創造機能を発揮して事実認定の結果として課税を行うことが可能と主張した。地裁(高裁も地裁判決を支持)は、総論として(a)仮装取引の場合と(b)別に真実の法律関係が存する場合には、このような私法上の法律構成による否認の可能性を認めたが、その当てはめにおいては、「(本件取引は仮装行為ではなく)、Xらの選択した法律関係が当事者の真実の法律関係ではないとするのは、余りに本件の経済的成果や目的にのみとらわれた解釈であって相当ではない。」として否定した。 最高裁は、私法上の法律構成による否認に関する原審の判断については何も言及をしていない。これに関しては、原審の判断を維持したと考える説(※10)もあるが、金子宏教授は、「『私法上の法律構成』の名のもとに、仮にも真実の法律関係または事実関係から離れて、法律関係または事実関係を構成しなおす(再構成する)ようなことは許されないと考える。」と述べている(※11)。本事案後の判例等においては、私法上の法律構成による否認を適用した裁判例は皆無であり、最高裁は法律上の根拠を欠く法理の適用に消極のようである(※12)。 (※10) 谷口勢津夫「判例批評 法人税法上の外国税額控除制度の濫用 [平成17.12.19最高裁第二小法廷判決]」民商法雑誌(2007)1082頁 (※11) 金子宏『租税法 第24版』弘文堂(2021)142頁 (※12) この点は一角塾の研修会で塾頭の村井正教授から指導を受けた内容である。 (3) 本事案は法人税法69条の限定解釈による否認が可能か Yは、法人税法69条1項の「納付することとなる場合」を限定解釈し、本件取引における外国源泉税の納付がこれに当たらないと主張した。高裁は、総論において、「およそ正当な事業目的がなく、税額控除の利用のみを目的とするような取引により外国法人税を納付することとなるような場合」には限定解釈は可能としながらも、当てはめにおいては、「Xは、金融機関の業務の一環として、B社への投資の総合的コストを低下させたいというC社の意図を認識した上で、自らの外国税額控除の余裕枠を利用して、よりコストの低い金融を提供し、その対価を得る取引を行ったものと解することができ、これが事業目的のない不自然な取引であると断ずることはできない。したがって、本件取引が外国税額控除の制度を濫用したものであるということはできない。(最高裁判決文における原判決の理由の要旨より。下線筆者)」として、課税当局の主張を排除した。 最高裁は、本件取引について課税免除規定の限界解釈により法人税法69条の「外国法人税を納付することとなる場合」に当たらないとまでは述べていない。そして、全体としてみれば、自らの税負担を軽減させるだけではなく、利益を取引関係者が享受するための取引であることを強調した上で、結論として、外国税額控除の余裕枠を利用して利益を得ようとする取引であり、外国税額控除制度を濫用し税負担の公平を著しく害するものとして許されないとした。 このような最高裁の対応に関しては、課税免除規定の限界解釈と考える説(※13)もあるが、あえて法人税法69条の限定解釈には言及しないで制度の濫用に焦点を絞ったもの(※14)と考える方が正しいのではないかと思料する。 (※13) 金子前掲(※11)書140-141頁。なお、「ただし、租税法律主義の趣旨からして、その限界解釈の法理の適用については、十分に慎重でなければならないと考える。」と付け加えている。 (※14) 谷口前掲(※10)書1082-1090頁 (4) 原審の判断と最高裁の判断の違いを生んだ背景 吉村政穂教授は、「原審の判断の背後には、経済的裁定取引と租税裁定取引との意図的な同視または混合があったように思われる。」と述べている(※15)。本件取引は、経済的裁定取引と見れば外国税額控除枠を利用することにより利益を出す取引であるといえるが、租税裁定取引と見れば我が国の外国税額控除枠自体の売買取引といえ、その結果として、最高裁は正当な事業目的による取引とは認めなかったと理解する。このことが、両者の判断の違いにつながったのではないかと考える。 (※15) 吉村政穂「最新判例批評(72)外国税額控除の余裕枠を利用して利益を得ようとする取引に基づいて生じた所得に対して課された外国法人税を法人税法(平成10年法律第24号による改正前のもの)69条の定める外国税額控除の対象とすることが許されないとされた事例(最二判平成17.12.19)(判例評論(572))」判例時報1937号(2006)187頁 (5) 最高裁による全体的観察法の位置付け 地裁は、私法上の法律構成による否認に関する総論のなかで、「(仮装取引の場合か真実の法律関係が存する場合かの判断)にあたっては、複数の当事者間で行われた個々の契約が存在するとしても、全体があらかじめ計画された一連のスキームであるならば、全体を一体のものとして判断すべきであ[る]。(下線筆者)」とした。 最高裁は、「全体としてみれば」という観点(全体的観察法)から、原審が個別取引として捉えていた「ローン契約」、「預金契約」及び「外国税額控除余裕枠の売買」を一体として把握した上で、自らの税負担を軽減させるだけではなく、利益を取引関係者(B社、C社)が享受するための取引であるとした。 地裁は私法上の法律構成による否認を判断する際に全体的観察法を用いた。一方、最高裁は本件取引を濫用と位置付ける方法として全体的観察法を用いたように思われるが、全体的観察法に関する理論付け(全体があらかじめ計画された一連のスキームであることに関する検討)が必要であったと考える。本件スキームは、国境を跨ぐ連鎖的な取引であり、その中の二当事者間取引だけを分離して観察すると、取引全体の意図が見えにくくなるのは事実であり、全体的観察法のようなアプローチは必要と考えるが、我が国においては、全体的観察法に関する立法がない以上、その適用に関しては慎重でなければならないと理解する(※16)。 (※16) 村井正教授は、『入門国際租税法 改訂版』清文社(2020)3-4頁において、「ドイツ租税通則法42条2項でいう『事情の全体像』は、取引全体からみて取引の合理的な事業目的の存することを納税者が立証すれば、濫用ありとは認定しない、とする趣旨であろうが、これと裏腹に『事情の全体像』から濫用ありと認定することも考えられるのではなかろうか。最高裁は、まさにその一例を示したものと思われる。」と述べている。 5 外国税額控除制度の本質面からの再考 粟津明博教授は、「外国で貸付金利息につき源泉税を納付していることは明らかであるが、当該受取貸付金利息収入は、それと同時に設定された預金への支払利息の形で外国の企業に流出してしまっており、日本で貸付金利息収入として課税されていないと認められ、ことばは変であるが一重(一国)課税であり、国際的な二重課税を防止するという外国税額控除制度の趣旨、目的からすれば控除を認める必要がないのはあたり前の話である。(下線筆者)」と述べている(※17)。 (※17) 粟津明博『税法解釈の限界を考える 判例・裁決の批判的検討』日本評論社(2015)326頁 本件取引に関しては本当に国際的二重課税が生じているのかについて疑問を感じていた。外国税額控除制度の本質を、国際的二重課税になっている外国法人税を国内法により排除するための国際租税法の基本的な制度と考えると、本件取引を外国税額控除の余裕枠利用(彼此流用による適用)と考える前に、国外所得に対して国際的二重課税が実際に生じているか否かを最初に確かめるべきであると理解する。 なお、実際には、本件取引の受取貸付金利息(源泉税控除前金額)は支払預金利息より多いので、少額の国外所得(利ざや)は生じているが、本件取引だけでは控除限度によりクック諸島に納められた外国法人税(貸付金利息に係る源泉税)のごく一部しか税額控除できない状況にあった。しかし、他の取引で生じた外国税額控除余裕額があったため当該控除余裕額を利用することにより全額の税額控除ができ、国外の取引関係者にその利益を享受させたものである。当然このような取引は、外国税額控除制度の本質から認めるべきでないと考える。 しかしながら租税法律主義の観点(予測可能性と法的安全性の確保)からは、本件のような取引に対して外国税額控除を明確に否認するためには、詳細な調査にて仮装行為を立証するか個別否認規定の改正で対抗することが正しい解決策であると理解する。 6 おわりに 本事案のようなスキームに関して、村井正教授は、「独、豪等のような租税回避に関する一般規定をもたない我が国は、抜け穴封じとして個別否認規定で対抗するか、それともあらゆる法律構成の可能性を探るしかないであろう。その際、これらのスキームが国境を跨ぐことに注視すれば、国際租税法の論理が重要となる。」と述べている(※18)。本事案では、まさに国際租税法から外国税額控除制度の正しい本質を理解することが不可欠であり、それを最重要点として位置付けて判断する必要があったと考える。 (※18) 村井前掲(※4)書4頁 また、本庄資教授は、本事案は租税条約を利用していないスキームであったが、その応用編では租税条約も利用できる可能性があるとしている。そして、国内税法で本件取引と類似のアコモデーション・パーティ・スキーム防止規定の必要性を述べている(※19)。本事案のような取引は、その後の税制改正(※20)で封じられることになったが、今後、企業の海外税務戦略に対応する上で、外国税額控除制度に限らず、国際租税法(租税条約を含む)の議論が重要になっていくと理解する。 (※19) 本庄資「外国税額控除余裕枠の利用による租税回避事案に鉄槌を下した最高裁判決」税経通信(2006)47-50頁 (※20) (※3)参照。 (了)
法人税、住民税及び事業税等に関する 会計基準を学ぶ 【第4回】 (最終回) 「開示」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号。以下「法人税等会計基準」という)における開示について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 当事業年度の所得等に対する法人税、住民税及び事業税等の開示 損益計算書において、次のように表示する(法人税等会計基準9項、10項)。 貸借対照表において、次のように表示する(法人税等会計基準11項、12項)。 Ⅲ 受取利息及び受取配当金等に課される源泉所得税 次のように表示する(法人税等会計基準13項)。 「諸税金に関する会計処理及び表示に係る監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第63号)では、受取利息及び受取配当金等に課される源泉所得税について、「受取利子・配当等に課される源泉所得税のうち、法人税法及び地方税法上の税額控除の適用を受ける金額は、損益計算書上、「法人税、住民税及び事業税」に含めて処理する。」と記載されていた。 税額控除の適用を受ける場合、法人税等会計基準5項に定めた当事業年度の所得等に対する法人税、住民税及び事業税等の額に含まれ、法人税、地方法人税、住民税及び事業税(所得割)に含めて表示することが明らかであるため、当該記載は、法人税等会計基準では踏襲していないとのことである(法人税等会計基準38項)。 Ⅳ 外国法人税 次のように表示する(法人税等会計基準14項、39項、40項)。 Ⅴ 更正等による追徴及び還付 損益計算書において、次のように表示する(法人税等会計基準15項、16項)。 貸借対照表において、次のように表示する(法人税等会計基準17項、18項)。 Ⅵ 終わりに 「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準を学ぶ」は、今回の【第4回】で終了することとなる。 2022年10月28日に改正された法人税等会計基準は、2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首からの適用であり、ただし、2023年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができるとされているので、適用時期に注意が必要である。 本連載「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準を学ぶ」が少しでも実務に役立てば幸いである。 (連載了)
2023年6月 第1四半期における 会計処理の留意事項 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 2023年3月期の株主総会及び有価証券報告書の提出が終了したばかりの会社も多いと思われるが、2024年3月期の第1四半期の決算日も近くなってきた。今回は、2023年6月第1四半期における会計処理の留意事項について、解説する。 1 法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準 2022年10月28日に、ASBJより以下の会計基準の改正が公表された。 本改正では、その他の包括利益に対して課税される場合の法人税等の計上区分、グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果の取扱いについて、改正が行われている。 (1) 適用時期 適用時期は、以下のとおりである(法人税等基準20-2、包括利益基準16-5、税効果適用指針65-2)。 (2) 改正理由 その他の包括利益に計上された取引又は事象(以下、「取引等」という)が課税所得計算上の益金又は損金に算入され、法人税、住民税及び事業税等が課される場合がある。 従来、法人税、住民税及び事業税等は、法令に従い算定した金額を損益に計上しているが、取引等は、その他の包括利益に計上される一方で、これに対して課される法人税、住民税及び事業税等は損益に計上され、税引前当期純利益と税金費用の対応関係が図られていなかった。 そのため、その他の包括利益に対して課される法人税、住民税及び事業税等のほか、株主資本に対して課される法人税、住民税及び事業税等も含めて、所得に対する法人税、住民税及び事業税等の計上区分についての見直しが行われた(「改正企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の公表」の「公表にあたって」)。 (3) 影響があるケース 影響があるケースとして、以下の例示が挙げられている(「企業会計基準公開草案第71号(企業会計基準第27号の改正案)「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準(案)」等の公表」の「コメントの募集及び本公開草案の概要」)。 なお、株主資本に対して課税される場合については、従来から税効果適用指針等において取扱いが示されているため、以下の場合を除き、影響はない(「改正企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の公表」の「公表にあたって」)。 (4) 会計処理及び開示 会計処理及び開示については、下記拙稿を参照されたい。 (5) 会計方針の変更 法人税等基準等の適用をする場合、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として注記する(企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(以下、「遡及基準」という)10)。 なお、その他の包括利益に対して課税される場合の法人税等の計上区分について、以下の経過措置が定められている。 2 電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い 2022年8月26日に、ASBJより実務対応報告第43号「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」(以下、「実務報告43号」という)が公表された。 これは、2019年5月に「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」が成立し、金融商品取引法が改正されたことに伴い、投資性 ICO(Initial Coin Offering)が金融商品取引法の規制対象となったため、会計上の取扱いが必要となり、公表されたものである。 (1) 適用時期 適用時期は、以下のとおりである(実務報告43号13)。 (2) 実務報告の範囲 実務報告は、株式会社が金融商品取引業等に関する内閣府令(以下、「金商業等府令」という)第1条第4項第17号に規定される「電子記録移転有価証券表示権利等」を発行又は保有する場合の会計処理及び開示を対象としている(実務報告43号2)。 ここで、「電子記録移転有価証券表示権利等」とは、金商業等府令第1条第4項第17号に規定される権利をいい、金融商品取引法第2条第2項に規定される有価証券とみなされるもの(以下、「みなし有価証券」という)のうち、電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値に表示される場合に該当するものをいう(実務報告43号3(1))。 電子記録移転有価証券表示権利等は、従来のみなし有価証券と権利の内容は同一のため、「基本的に」みなし有価証券と同様の会計処理を規定している(実務報告43号27)。 (3) 会計処理及び注記 会計処理及び注記については、下記拙稿を参照されたい。 (4) 会計方針の変更 実務報告の適用をする場合、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として注記する(遡及基準10)。 また、実務報告の適用に当たり、経過措置は規定されていないため、過去の期間の全てに遡及適用する必要がある(実務報告43号13)。 3 グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い 2023年3月31日に、ASBJより実務対応報告第44号「グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い」(以下、「実務報告44号」という)が公表された。 令和5年度税制改正において、グローバル・ミニマム課税に対応する法人税が創設され、それに係る規定(以下、「グローバル・ミニマム課税制度」という)を含めた税制改正法(「所得税法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第3号))(以下、「改正法人税法」という)が 2023年3月28日に成立した。 これにより、グローバル・ミニマム課税制度の適用が見込まれる企業は、改正法人税法の成立日以後に終了する連結会計年度及び事業年度の決算(四半期連結決算及び四半期決算を含む)において、グローバル・ミニマム課税制度を前提として税効果会計を適用するか否かの検討が必要なため、実務報告44号が公表された(「実務対応報告第44号「グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い」の公表」の「公表にあたって」)。 (1) 適用時期 実務報告44号の公表日以後適用する(実務報告44号4)。 (2) 会計処理 税効果会計の算定において、グローバル・ミニマム課税制度の影響を反映しない(実務報告44号3)。 (3) 注記 グローバル・ミニマム課税制度の影響が見込まれる企業において実務報告44号を適用した旨を注記することが考えられるが、企業がグローバル・ミニマム課税制度の施行日以後その適用が見込まれるか否かの判断を適時にかつ適切に行うことについて懸念があるため、当該注記は不要とされた(実務報告44号16)。 4 セグメント情報 セグメント情報は、集約基準や量的基準等に基づき、報告セグメントを開示する(企業会計基準第17号「セグメント情報等の開示に関する会計基準」(以下、「セグメント基準」という)11~16)。 (1) 量的基準 (2) 四半期における留意点 四半期で特に留意すべきことは、量的基準の適用である。 ① 期末日の量的基準の判定では量的基準を下回っていたが、第1四半期末では量的基準を上回る場合 期末日の量的基準の判定では量的基準を下回っていた事業セグメントが、第1四半期末では量的基準を上回る場合がある。この場合、第1四半期では報告セグメントとして開示する必要がある。量的基準を満たすことが一時的であっても報告セグメントとして開示する必要があるので、注意が必要である。 ② 期末日の量的基準の判定では量的基準を上回っていたが、第1四半期末では量的基準を下回る場合 量的基準を適用して報告セグメントを決定するにあたって、相当期間にわたりその継続性が維持されるよう配慮する必要がある。そのため、前期末において報告セグメントとされた事業セグメントが当第1四半期において量的基準を下回るとしても、引き続き重要であると判断される場合には、当該セグメントに関する情報を区分し、継続的に開示する必要がある(企業会計基準適用指針第20号「セグメント情報等の開示に関する会計基準の適用指針」9)。 したがって、量的基準を下回るため、すぐに開示しないと判断するのではなく、継続性(第2四半期以降の影響等も含む)を考慮して、報告セグメントとして開示する必要があるかどうかを検討する必要がある。 ③ 開示 上記①又は②により、報告セグメントを変更する場合は、以下を開示する(企業会計基準適用指針第14号「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針」(以下、「四半期指針」という)40(1))。 ただし、前年度の対応する期首からの累計期間に係る報告セグメントの利益(又は損失)及び売上高の情報を当年度の報告セグメントの区分により作り直した情報が、最高経営意思決定機関に対して提供され、使用されている場合には、上記bに代えて、当該情報を記載することができる(四半期指針106)。 (了)
〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第1回】 「許可制・届出制の選択のポイント」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 副業・兼業規制の背景 従来、多くの企業は、就業規則において、労働者が企業の許可なく副業・兼業を行うことを禁止しており、労働者の副業・兼業について、いわゆる「許可制」を採用することが一般的であった。 長期雇用制度(終身雇用制度)の下では、企業が正社員の定年までの雇用を保障し、雇用の安定という絶大なメリットを供与する代わりに、正社員に対して過大な献身(コミットメント)を求めることが多く、副業・兼業の許可制も、まさにこうした献身要求の表れと評価することができる。 しかしながら、時代や社会の変化に伴い、いまだ長期雇用制度が基本を成してはいるものの、雇用の流動化が進行し、企業による中途採用の動きや労働者の転職活動が活発化しているほか、副業・兼業についても、労働者のエンゲージメントの向上に資するとの捉え方が浸透し、企業においても副業・兼業を促進する機運が高まっている。 こうした社会的背景の下、厚生労働省は、「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日付け)を受けて設置した「柔軟な働き方に関する検討会」の検討会報告(平成29年12月25日付け)において、原則として副業・兼業を認める方向で普及促進を図る方針を打ち出した。また、厚生労働省は、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月31日付け。以下「副業・兼業ガイドライン」という。なお、副業・兼業ガイドラインは、その後、令和2年9月および令和4年7月にそれぞれ改定されている)を公表するとともに、「許可制」を定めてきた従来のモデル就業規則を、原則として企業への「届出」によって副業・兼業を行い得る内容に改定した。あわせて、厚生労働省は、副業・兼業ガイドラインの補足資料という位置付けで、「「副業・兼業の促進に関するガイドライン」Q&A」を公表している。 2 新旧モデル就業規則から見る許可制と届出制 厚生労働省が公表するモデル就業規則は、従来、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」を労働者の遵守事項として規定し、副業・兼業について、「許可制」を定めていた。「許可制」の下では、労働者による副業・兼業は原則禁止され、許可を得た場合に限り、例外的に許容されることとなる。 しかしながら、前述したとおり、厚生労働省は、副業・兼業ガイドラインの公表とともに、モデル就業規則を改定し、副業・兼業に関する従来の「許可制」を「届出制」に改めた。「届出制」の下では、労働者の届出により副業・兼業は原則許容され、企業秩序への影響や労務提供への支障等がある場合に限り、例外的に禁止・制限されることとなる。 (注) 令和4年11月版モデル就業規則より抜粋。 3 許可制・届出制の選択 以上のとおり、厚生労働省は、副業・兼業について、「許可制」から「届出制」への変更を推奨しているが、副業・兼業ガイドラインやモデル就業規則はあくまでも指針やモデルに留まり、法的拘束力を有するものではないため、「許可制」を採用したからといって直ちに就業規則の内容の合理性が否定されるわけではない。 それでは、許可制と届出制のどちらの制度設計とすべきか。 前提として、これまでの裁判例の多くは、副業・兼業は、本来労働者の私生活における行為であること(労働時間以外の時間をどのように利用するかは労働者の自由であること)を理由として、形式的には副業・兼業の許可制に違反する場合であっても、企業秩序に影響せず、かつ、使用者に対する労務提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様の副業・兼業については、実質的に許可制の定めに違反するものではない、との判断枠組みを示し、許可制に反する場面を限定的に解釈してきた。 したがって、労働者の自由を考慮すれば、副業・兼業ガイドラインやモデル就業規則が指摘するとおり、「届出制」を原則とすべきであろう。また、副業・兼業は、単に労働者の自由を保障するという観点だけではなく、企業にとっても、副業・兼業の促進が労働者のエンゲージメントの向上に資するとの捉え方が浸透するに至っており(一般社団法人日本経済団体連合会「副業・兼業の促進-働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して-」令和3年(2021年)10月12日)、労働者のスキルアップや自発的なキャリア開発を支援するという積極的な意義等を有する。 他方、許可制または届出制のいずれを採用するかにかかわらず、労働者の副業・兼業を認める場合には、一般的に、労務提供上の支障、企業秘密の漏洩、長時間労働の発生等のデメリット(留意点)があることから、自社での業務を本業としてもらいたいと強く考える企業にあっては、「許可制」を採用し、自社での勤務に影響が出ないよう副業・兼業の実施時間や頻度等についても厳格に審査を実施するという選択もあり得る(厚生労働省が令和5年3月30日付けで公表した「副業・兼業に取り組む企業の事例について」によると、このような観点から許可制を採用する企業も複数見られる)。 結局のところ、「なぜ今副業・兼業を解禁するのか」という目的と自社の状況とを照らし合わせて、基本的な制度の枠組みとしての許可制または届出制を選択したうえで、企業が副業・兼業を禁止・制限できる場合を適切に限定列挙することが重要になろう。 (了)
〔相続実務への影響がよくわかる〕 改正民法・不動産登記法Q&A 【第19回】 (最終回) 「相続登記の申請義務化における運用方針のポイント」 司法書士 丸山 洋一郎 弁護士 松井 知行 【Q】 相続登記の申請義務化における運用方針が決定されたと聞きました。 具体的な内容について教えてください。 【A】 登記官が相続登記の申請義務違反の事実を把握しても、直ちに裁判所への通知(過料通知)は行わず、あらかじめ申請義務を負う者に催告を実施する。この催告に応じて相続登記を申請した場合は、過料通知は行わないこととされた。 また、相続登記の申請をしない「正当な理由」が認められる類型も明示されている。なお、これらに該当しない場合でも、登記官が個別事情を丁寧に確認して、判断を行うこととしている。 要するに、安易に過料の通知は行われない運用にすることが示された。 -《解説》- 1 はじめに 令和4年1月27日に公開された本連載【第2回】「相続登記の義務化の内容と注意点」の「【補遺】相続登記の義務を果たさなかった場合の罰則」において、「相続登記の義務化に伴い、義務を課された者が正当な理由がないのに相続登記の申請を怠ったときは、10万円以下の過料に処されること」を紹介している。 【第2回】の公開から1年半程度経ち、申請義務違反の過料について公的な情報が少しずつ明示されてきている。過料については、相続実務に関わることが多いと思われる税理士の関心も高いと予想する。そこで、本連載の最後に、申請義務違反の過料に関する最新の情報をご紹介することで締めくくりとしたい。 2 運用方針の詳細とポイント まず、法務省は令和5年3月22日、「相続登記の申請義務化の施行に向けたマスタープラン」にて、相続登記の申請義務化の運用方針を公表している。 (※) 法務省「相続登記の申請義務化の施行に向けたマスタープラン(概要)(令和5年3月22日)」より一部抜粋 法務省は、上記の概要に加えて、新制度に関する予見可能性の確保と不安の解消を図り、法務局における運用の透明性及び公平性を十分に確保する観点から、次のような運用の方針を公表している。 (※) 法務省「相続登記の申請義務化の施行に向けたマスタープラン(本文)(令和5年3月22日)」より一部抜粋 なお、法務省が公表した上記の相続登記の申請義務化の運用方針のうち、筆者が注目する点につき下線を付した。以下では下線を付した箇所を取り上げ、筆者の考えを述べたい。 ⇒ 登記官はあくまで登記申請の過程で把握した情報をもとに申請義務違反を判断することになる。法務局への義務違反の密告などが例に挙がっていないのは、統一性・公平性の問題があるうえ国民の納得が得られないからであろう。 ⇒ 経済的な困窮とはどの程度の困窮なのか、世帯で判断するのか、生活保護を受けていることまで要求されるのかなど、まだまだこの要件も明確ではないため、今後明らかになっていくと思われる。 ⇒ 正当な理由につき、ア~オがあくまで例示に過ぎないことが分かる。 * * * 最後に、令和5年6月1日に法務省民事局民事第二課から「不動産登記規則等の一部を改正する省令案に関する意見募集」が公表されている。 この省令案は、相続登記の申請義務違反に係る過料に関する規定(不動産登記法第164条の改正規定)の施行に伴う改正事項を定めるものである。意見募集期間は、令和5年6月1日(木)から令和5年6月30日(金)なので、本稿の掲載時点では募集された意見及び法務省のコメントを紹介することはできない。しかし、今後公表される法務省のコメント等で重要な点があれば、別途本稿にて追記を行う予定である。 (連載了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第25回】 「出版事業会社の贈賄事件 -社長でさえも止められなかった理由」 弁護士 原 正雄 東京五輪2021が開催された翌年2022年9月、K社のK会長、B顧問(元専務)、社員C氏(元担当室長)の3名が贈賄罪の疑いで逮捕、起訴された。東京五輪に関してX社に7,000万円を支払ったことが理由であった。K社は調査のためガバナンス検証委員会を設置し、2023年1月23日に調査報告書を公表した。 同報告書によれば、K社のA社長は普段はコンプライアンス重視の姿勢で、本件でも違和感を示していた。にもかかわらず、K会長の了解済みと説明されると、K会長の気持ちを忖度して引き下がり、その後は関与を避けてしまったとのことである。以後、K社では役職員がX社への7,000万円の支出を実現するため、様々な工夫を凝らすことになる。 本稿では、社長でさえもX社への7,000万円の支出を止められなかった経緯と、役職員たちが不正の目的を実現するために行った工夫について、調査報告書に基づいて分析する。 1 贈賄の要請 調査報告書によれば、K社が贈賄の要請を受けるに至った経緯は、以下のとおりである。 (1) T理事との面談 K社は東京五輪のスポンサーを目指していたところ、2016年4月8日、東京五輪の組織委員会のT理事と面談することになった。T理事は、スポーツ分野に大きな影響力を持つ人物であった。 同面談には、K社からはB専務とC室長が出席した。B専務はオリンピックプロジェクトの管掌役員であり、C氏はオリンピックプロジェクトの担当室長であった。 面談でK社はT理事に対して、五輪協賛への意思と、入札金額が3.8億円であることを伝えた。これに対してT理事は、スポンサーは1業種1社であるところ、出版業では他にL社が希望を出している、と答えた。 これ以降、K社とT理事側は定期的に面会するようになった。 (2) T理事側からの提案 2016年10月5日の面談の際に、K社は、T理事側から出資金等に関する以下の提案を受けた。 K社はさらに、T理事側に、スポンサーに就任した場合には前倒しで発表したいとの要望を伝えた。2016年10月25日、K社はT理事側から、スポンサー発表は本来2018年1月だが、特別に前倒しも可能とするとの提案を受けた。 上記は、X社に1億円を払えば、特別に2社合同スポンサーを認め、本来10億円の契約金を特別に4億円とする、K社の「早く発表したい」という要望にも応じる、とするものであった。 合計1億円の支払先とされたX社は、T理事と深い関係を有する会社であった。そのため、X社への1億円は、T理事による組織委員会の委員としての権限行使の対価、すなわち贈賄と解し得るものであった。 上記提案を聞いたC室長は、後に「率直に言って違和感があった」と述べている。 2 社長の対応 上記のとおり、T理事側からの提案は、贈賄の懸念を抱いて当然のものであった。にもかかわらず、K社ではA社長ですらも本件を止めることができなかった。その経緯は以下のとおりである。 (1) K会長の反応と専務会 10月5日のT理事側からの提案は、B専務を通じて、K会長に報告された。その際に「T理事は準公務員なのでお金が渡ると違法になる」とも説明したとのことである。しかし、K会長は報告を聞いてとても喜び、早く発表したい様子とのことであった。 10月25日にはT理事側から、K会長の発表時期に関する要望を反映した提案がなされた。その結果、早くも翌26日にはK会長やA社長も出席する専務会が開催され、その場でX社への金銭支払が了承されてしまった。 なお、専務会は、設置の根拠規程がない非公式の機関であった。そのため、資料の配布もされず、誰がどのような意見を述べたかも記録されなかった。議事録を作成しないため、責任の所在が曖昧になった様子がうかがえる。 (2) 社長への再度の説明 K社においてコンプライアンスに関する一切の事項についての責任を負っていたのは、代表取締役であるA社長であった。多くの役職員は、A社長について、コンプライアンス意識が高く慎重な人であったと述べる。本件についても、A社長は前向きではなかった。 X社への金銭支払を了承した専務会から約2週間後の2016年11月11日、A社長は、B専務とC室長を呼び出し、改めての説明を求めた。A社長は、コンプライアンス的に受け入れられないという感じで、B専務とC室長に「理事という公的な地位にある人が何故こういうことをできるのか」と述べたとのことである。ただ、その点は会長にも伝え済みと聞くと、A社長は「ああそうなのか」という感じでため息をつき、それ以上は異議を述べなかったとされている。 3 A社長でさえも止められなかった理由 A社長が異議を述べなかった理由として、K会長への忖度やK社の企業風土などがあるところ、さらに会長の不明瞭な権限や、取締役会が機能していなかったことなども指摘されている。 (1) 会長の不明瞭な権限 K社では、定款において、社長が「当会社の業務を統括」すると定めていた。ところが、実際は上述のとおり、K社で実質的な権限を有しているのは、会長であった。役員や局長クラスの人事評価と人事異動にも、会長の強い影響力が及んでいた。社長のリーダーシップは阻害されていた。 こうした事象をより強化したものとして、職務権限規程の定めがあった。職務権限規程は、定款より下位の規程である。ところが、K社では職務権限規程は定款に反して、社長の権限を「執行の統括」に限定し、会長が「経営全体を統括する」と定めていた。かつ、会長がいかなる権限や手段で「経営全体を統括する」のかも不明であった。 なお、監査部門が会長の規程上の位置づけや意思決定権限の分配上の課題などを指摘したことはなかったとのことである。 (2) 取締役会への報告の不存在 一般の企業であれば、本件のような事案が取締役会に報告されれば、社外役員が問題を指摘し、より慎重に審議する。法的責任にも発展しかねないからである。取締役会はそのように監督機能を発揮することが期待されている。 しかし、K社では、A社長やB専務は本件を取締役会に報告していない。そのため、取締役会は本件の情報を入手できなかった。取締役会が監督機能を発揮する機会はなかった。 本件が取締役会へ報告されなかった理由として、社外取締役を含む取締役会が社内において信頼を獲得できていなかったという点が挙げられる。取締役会のメンバーはK会長の元部下やK会長と親交がある者ばかりであったことが理由である。 そのため、ガバナンス検証委員会からヒアリングを受けた役職員の多くが、取締役会による会長への監督について否定的な回答をしている。それどころか、「取締役会による会長への監督」との言葉に対して驚きの反応を示す者さえいたとのことである。 (3) 小括 上記のとおり、K社ではA社長ですらも本件を止めることができなかった。A社長はK会長が了解済みと説明されると引き下がり、その後は関与を避けてしまっていた。理由は、会長への忖度やK社の企業風土に加えて、社内規程での会長の位置づけや意思決定権限が不明瞭であったこと、取締役会が機能していなかったことなどであった。 4 役職員による工夫 以後、K社では、X社への支払いは経営トップの意思であると認識されるようになった。そのため、役職員たちはX社への支払いを実現すべく、以下のとおり様々な工夫を凝らした。 (1) 知財法務部の対応 T理事側からの提案を聞いた知財法務部のメンバーは、X社への支払いが贈賄罪に当たるという強い懸念を抱いた。顧問弁護士にも相談して「やめた方がよい」との回答も得た。 しかし、知財法務部の部長は、本件を止めなかった。このことについてある役職員は「会長が本当にやりたがっていて前のめりだったとすると、知財法務部の部長が止めることによって、不興を買ったと思う。そうなったら、知財法務部の部長のキャリアがそれ以上発展しなくなったと思う」とコメントしている。K社の従業員には、会長の意向に反すると人事上不利益を被るとの意識が浸透していた。 最終的に知財法務部は「スポンサーになるためのコンサルティングではなく、スポンサーになった後にオリンピックが始まるまでの間、出版社としてどう動くか、どうやっていくかのコンサルティングをX社にしてもらう、それに対してX社にお金を払うのであれば、スポンサーに関して支払いをしたわけではないという説明がしやすくなる」と述べたとのことである。 K社がスポンサーになることについてコンサルティングをしてもらったとすると権限行使の対価であることが明白になる。そこで、スポンサーになった「後」の活動に対する対価という形にすべきとの提案であった。ただ、実体を伴う提案とは言い難いものであった。 (2) 組織委員会への支出のみを切り出しての決裁 K社では、1つの案件を分割して決裁を求めることは認められていない(職務決裁基準)。組織委員会への支出2億8,000万円とX社への支出7,000万円は一体であった。案件を進めるには、3億5,000万円全体を1つの案件として申請して決裁を得る必要があった。 ところがC室長は、2019年1月22日、本件のうち組織委員会への支出2億8,000万円のみを切り出して経営会議に上程し、決裁を得た。職務決裁基準に反する取扱いであった。 (3) X社への支払い 上記の結果、X社への支出7,000万円は決裁がない状況となった。仮に別途決裁を得るとすれば「1億円以下」の支出として役付執行役員の決裁が必要であった。 しかし、その後、X社への支出について決裁が行われることはなかった。代わりに契約書の作成について押印申請書が作成され、B専務が承認しただけであった。 なお、押印申請書は所定のファイルで保管することになっていたが、X社との契約書の押印申請書についてはC室長が自宅に持ち帰り保管していた。C室長がX社への支出7,000万円に後ろめたい気持ちを有していたことがうかがえる。 2019年6月17日、K社は決裁がないままX社とコンサルティング契約を締結し、コンサルティングフィーとして7,000万円(1億円の内L社分を除いた金額)を支払った。後に東京地検特捜部によって贈賄罪の疑いを指摘される行為であった。 (4) 「形式的な成果物」 K社は、X社とのコンサルティング契約における委託業務を、スポンサーになった「後」におけるコンサルティング業務としていた。上述の知財法務部の提案に沿った内容であった。 そこでK社は、X社から、同契約に基づくコンサルティング業務として、月1回程度、「オリパラ情報」と題したワードファイルなどをメール送信してもらうことにした。 もっとも、それらはA4で1~2枚程度のものであった。内容も、組織委員会等のリリースやネットニュース等の公開情報を転記したものが大半であった。これらがK社内で活用された形跡はなかった。これらは、K社内では「形式的な成果物」とされていた。コンサルティング業務に対する支払いという名目を正当化するため、それらしい業務内容を何とか捻り出そうと苦労していた様子がうかがえる。 (5) 小括 上記のとおり、K社の役職員は、本件が贈賄に当たるのではないか、という強い懸念を有していた。にもかかわらず、経営トップがX社への支払いを求めている以上、賛成はできずとも実現するしかない、と考えてしまった。K社の役職員は、上述のとおり様々な工夫を凝らして本件の贈賄行為を行った。組織的対応と評価せざるを得ない状況であった。 もっとも、K社の役職員は、自らの私的利益を実現しようとしてコンプライアンス違反に手を染めたわけではない。会社という組織において経営トップに忠実であろうとしただけである。忠実でありすぎたことが、事態を悪い方向に向かわせてしまった。 したがって、K社において最も問題があったのは、役職員を率いる経営トップであった。 5 企業風土 上記のとおり、問題は経営トップにあった。とはいえ、役職員らに一切の責任がないというわけではない。役職員たちも経営トップの暴走を止められなかった。それはなぜか。K社の企業風土についても付言する。 (1) 全ての役職員が「自分事」として捉えるべき ガバナンス検証委員会によれば、K社では「本件を引き起こしたのは会長やその直接の部下たちであって自分たちではない。だから自分たちには責任がない」という認識を持つ役職員が多かったとのことである。 しかし、本件に直接関係していない役職員たちも、長年「会長案件」を見ながら何らアピールも内部通報もしてこなかった者たちである。ときには自らの担当案件を通すために「会長了解済み」「会長案件」という言葉を利用することもあったようである。全ての役職員がそうした対応を通じて不適切な企業風土を作り上げてきた。 そのため、ガバナンス検証委員会は、本件は「他人事」ではなく「自分事」として捉えるべきと指摘している。 (2) 内部通報制度が不十分であった K社は内部通報制度を設けたうえ、通報義務まで定めていた。本件のような事案は、まさに通報されてしかるべきものであった。 ところが実際は、本件では誰も通報をしていない。その理由は、通報しても会社は対処しないだろうという諦観や、通報をすると不利益を受けるのではという懸念があったからとのことである。 確かに、本件は会長案件であって、社長でさえも止めることができなかった。そのことからすると、通報窓口が通報を受けても対応できないだろうとの懸念を役職員たちが抱くのは当然であった。社内の役職員が担当する通報窓口の限界である。 また、上述のとおり人事評価と人事異動に会長の強い影響力が及んでいた以上、通報をすると不利益を受けるのではと懸念するのも、無理からぬところであった。 K社では、社外役員や外部弁護士を受付窓口にして経営トップを監視する仕組みや、通報者の匿名性を保護する仕組みが確立できておらず、周知もされていなかった。 6 ガバナンス (1) 会長についての事情 本件において、K会長の責任は重い。 もっとも、本件でK会長が贈賄と知りつつ暴走したかというと、そうとも言い切れない。調査報告書を読む限り、K会長は贈賄について明確な報告を受けていない。仮にそうした報告を受けていれば、K会長自身が決断して本件をストップした可能性もある。その意味で、K会長にも汲むべき事情がある。 ただ、問題は、なぜK会長がそうした報告を受けることができなかったか、である。おそらく過去に、適正ではあるが意に沿わない報告をした者を正しく処遇してこなかったのではないか。そうだとすると部下たちは会長の意に沿わない報告ができなくなる。調査報告書も、本件で動こうとしなかった部下たちについて「自分が案件を止める引き金は引きたくないという心理に陥っていた様子がうかがえる」と指摘している。 (2) 構築すべき体制 したがって、経営トップは、たとえ意に沿わない報告を受けたとしても、その内容が正しいのであれば、その報告をした部下を褒めるように努めなければならない。そのうえで、自らが間違った判断をしたときに止めてもらえる仕組みを構築する。これは、経営トップ自身を守るためでもある。 その仕組みの第一は、透明なプロセスで選任された社外役員を中心とする取締役会の充実である。実際、K社は、2023年2月2日の取締役会で、監査等委員会設置会社から指名委員会等設置会社に移行することを決議、公表している。そのうえで、同年5月11日、新たな取締役の候補を公表した。13名の候補者のうち、社外取締役は過半数の7名であった。 本件は、他の多くの企業にとっても他山の石である。企業は、本件を契機として、自社の経営トップへの監督が十分に機能しているか、ガバナンス体制を見直すべきである。それが経営トップのためにもなる。 (了)
〈“2025年問題”を前に知っておきたい〉 3つの事業承継方法とそれぞれのメリット・デメリット 【後編】 株式会社M&A総合研究所 企業提携部 主任 JMAA認定M&Aアドバイザー 税理士有資格者 松木 雅彦 本稿【後編】では、【前編】に引き続き事業承継方法とそのメリット・デメリットを確認したうえで、中小企業庁による事業承継の支援策についても紹介します。 4 M&Aによる事業承継~事業承継方法③~ M&Aによって社外の第三者へ事業を引き継ぐ方法で、経営者の親族や社内に後継者候補がいない場合でも行うことができます。 帝国データバンクの「全国企業「後継者不在率」動向調査(2021年)」では、M&Aなど(買収や出向)を活用して事業承継した割合は全体の17.4%となりました。 また、社外の第三者を後継者とする「外部招へい」も7.6%を占め、M&Aによる事業承継は年々増えてきています。 【メリット】 【デメリット】 5 中小企業庁による事業承継の支援策 中小企業の事業承継を後押しするため、国は事業承継・引継ぎ支援センター設置のほか、さまざまな支援策を設けています。 独立行政法人中小企業基盤整備機構の「令和3年度 事業承継・引継ぎ支援事業の実績について」によれば、2021年度の事業承継・引継ぎ支援センター相談件数は20,841件と、前年度の相談件数11,686件から2倍弱増加し過去最多となりました。 事業承継はほかの経営課題より後回しにされやすい傾向にあるため、士業事務所などの支援機関や経営者の相談役となる各顧問担当者には積極的な働きかけが求められています。 ◎主な支援策 6 事業承継方法ごとのメリット・デメリット 以上の通り事業承継の方法には3種類あることを述べましたが、どの方法が最適なのかは企業の状況によって変わります。 メリットだけでなくデメリットも考慮したうえで、自社に合った方法を選択することが満足度の高い事業承継につながるといえるでしょう。 7 まとめ 中小企業庁は、事業承継の支援機関に対してプレ行程(承継への気付き・経営改善・承継計画など)、事業承継支援ニーズの掘り起こしを期待しています。 近年の中小企業や小規模事業者によるM&A件数増加に伴い、M&Aを支援する専門家や仲介会社も増えてきました。 自社でM&A支援もできれば、事業承継の方法を網羅した提案が可能となり、顧客の満足度向上にも期待できます。状況によっては、M&A仲介会社とタッグを組むのも良い方法といえるのではないでしょうか。 (連載了)
プラス思考の経済効果 【第16回】 「2025年大阪・関西万博の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 2025年に大阪の夢洲で「大阪・関西万博」が開催されます。大阪を中心に関西地域では、これをきっかけに経済が活性化することが期待されています。「大阪・関西万博」が大阪、関西のみならず日本全体にもたらす経済効果について分析してみましょう。 2 イベントの経済効果 イベントには、以下の3種類の経済効果があります。 2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピックでは、①のイベント開催前の経済効果が非常に大きかったと言われています。それは、新しい国立競技場をはじめとする多くの競技場、選手村などの建設、ホテルの新設・拡張、道路などのインフラの整備など、公共投資や多くの私的な投資がなされたからです。しかし、五輪自体は観客を入れずに開催されて、訪日外国人客もなく、開催期間中の経済効果や終了後のレガシー効果はほとんどなかったと言われています。 大阪・関西万博は、新型コロナによる行動制限、観客制限もなくなり、想定通りの観客が詰めかけて、多くの経済効果を上げることが期待されています。特に、開催地である大阪、関西は近年経済が停滞気味ですので、万博にかける期待は大きいのです。 3 大阪府・関西地域の経済の現状 実は、近年大阪を中心とした関西経済は右肩下がりなのです。以下の表に主要都府県の生産シェアの推移が示されています。 〈主要都府県の県内総生産シェアの推移(%)〉(内閣府、各年度版「県民経済計算」) 大阪府の国内生産シェアは、前回の大阪万博開催時の1970年頃は日本全体の約1割で、東京都に次いで日本で第2位の経済力を誇っていたのですが、その後は右肩下がりで、2018年時点では愛知県に抜かれており第3位となっているのです。それは、大阪府のみならず、京都府や兵庫県などの関西の府県に共通の問題です。そして、日本の中では東京都を中心とする関東圏と愛知県を中心とする中部圏の経済力が相対的に拡大してきているのです。 4 大阪・関西万博にかける期待 (1) 大阪・関西万博の経済効果 大阪・関西万博の経済効果に関しては、大阪府は約2兆3,000億円、経済産業省は約1兆9,000億円と推定しています。したがって、順調に運営されれば約2兆円の経済効果があると考えていいでしょう。 (2) 万博開催中の経済効果と万博終了後のレガシー効果への期待 上記3で説明したように、近年の大阪、関西の経済は相対的に衰退気味なので、大阪、関西は起死回生の一打として2025年の万博に期待を寄せているのです。ただ、東京五輪と比べて、大阪・関西万博のイベント前の経済効果は大きくありません。というのは、五輪のほとんどの施設、建造物はイベント終了後も何十年にもわたって利用される恒久的なものですが、万博の施設・建造物のほとんどは一時的、短期的なもので、万博が終われば大半が取り壊されるもの(建築業者の人の話では「プレハブ的なもの」)ですから、あまりお金をかけて作られないためです。したがって、万博の経済効果は、開催中の観客による消費の経済効果と、万博終了後のレガシー効果に期待がかかるのです。 (3) 万博開催中の経済効果 1970年の大阪万博は大成功でした。入場者数はなんと万博史上最高(当時)の6,422万人を集めました。今回、大阪府は入場者を2,820万人と予想しています。期待通りの人数が詰めかければ、入場者数による経済効果は1兆円前後になるでしょう。 (4) 万博終了後のレガシー効果 レガシー効果が、どれほどの金額になるかは万博の成功の程度によって異なります。1970年の大阪万博のレガシー効果は非常に大きなものでした。 次のような新製品、新サービスが万博後日本中に拡大し、それらのレガシー効果が日本経済を大きく押し上げました。 今回の万博では、どのような新製品や新サービスが人々に好まれ、後世に残っていくでしょうか。筆者は「空飛ぶ自動車(大型のドローン)」に期待しています。空飛ぶ自動車に乗って、大阪の街並み、堺や藤井寺などの古墳群、瀬戸内海などを一望できるようになれば、大阪、関西は日本の一大観光地となるでしょう。 5 過去の世界各国の「万博」の経済効果 それでは、過去の世界の代表的な万博の経済効果を紹介しましょう。 〈世界の代表的な万博の経済効果〉 これを見ていただくと、すべての万博が成功しているわけではないということがお分かりでしょう。ドバイの万博はコロナ禍にもかかわらず大成功でした。しかし、ドイツのハノーバー万博は失敗だったようです。 6 万博の課題と結論 最近よく言われるのは、「発展途上国で開催された万博は成功するが、経済や文化が発達した先進国では万博の経済効果は大きくない」ということです。たしかに、1970年の日本には、ディズニーリゾートもUSJもなく、多くの日本人が自動車、電化製品をはじめとする多くの新商品やサービスにあこがれていた時代でした。ですから、大きな遊園地に行く感覚で大阪万博に行って、さらに万博で見た新製品・新サービスに人々は夢を描いたのです。しかし、現在の日本では多くの人々は生活に必要なもの、人生を楽しむものをすでに手に入れていて、休暇には海外旅行、温泉旅行、ディズニーリゾート、USJに行っています。このような人々を惹きつけるには新しい工夫が必要です。 さらに、会場建設費、鉄道・道路などのインフラ整備の費用、運営費などの経費の問題があります。当初、「日本国際博覧会協会」は会場建設費を約1,250億円と見積もっていました。そして、国、大阪府・市、経済界の3者が3分の1ずつ負担することになっていました。しかし、2020年12月11日には人件費や建築資材費の高騰、会場のデザインの変更などにより約5割上振れする予想で、最大1,850億円になることを発表しました。この負担増加分はどうなるのでしょうか。また、入場料は当初大人1人6,000円の予定でしたが、2023年6月14日にはこの料金を7,500円とする方針が明らかになりました。このような費用や入場料の高騰は万博の開催に影を落とすかもしれません。 前述の課題を乗り越えて、2025年の大阪・関西万博が成功するかどうかは、私たちがお互いに協力して、日本を含む世界の人々が平和な社会で、子供から高齢者まで毎日健康で安心して、楽しく暮らしていけるような夢のある新製品、新サ-ビス、新文化などがどれだけ展示されるかにかかっていると思われます。大阪・関西万博が成功することを期待しています。 (了)
2023年6月22日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.524を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〔令和5年度税制改正における〕 電子帳簿等保存制度の見直し 【前編】 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 本稿では、電子帳簿保存法に関する令和5年度税制改正の内容について前・後編の2回にわたって解説する。 【前編】では、「電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存制度の見直し」について、【後編】では、「スキャナ保存制度の見直し」及び「優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置の見直し」について、改正前後の取扱いを確認する。 1 電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存制度の見直し 改 正 前 (1) 原則 申告所得税・法人税に係る保存義務者は、電子取引を行った場合には、下記に掲げる保存要件に従って電子取引の取引情報に係る電磁的記録(電子取引データ)を保存しなければならない(電帳法7)。 (注) 検索機能の確保 (2) 経過措置 令和4年1月1日から令和5年12月31日までの間に行われた電子取引データについては、保存要件に従って保存できなかったことについてやむを得ない事情(注)がある場合には、電子取引データを出力することにより作成した出力書面の提示・提出の求めに応じることをもって、その電子取引データの保存に代えることができる(令3改正電帳規附則2③)。 (注) やむを得ない事情 やむを得ない事情とは、電子取引データの保存に係るシステム等や社内でのワークフローの整備未済等、自己の責めに帰さないとは言い難いような事情も含め、保存要件に従って電子取引データの保存を行うための準備を整えることが困難であることをいう。 改 正 後 (1) 経過措置の廃止 上記改正前(2)に記載した経過措置は、予定通り、適用期限である令和5年12月31日の到来をもって廃止される。 (2) 新たな猶予措置の創設 システム対応が間に合わなかった事業者等への対応として、新たな猶予措置が創設された。すなわち、保存要件に従って電子取引データの保存ができなかったことについて相当の理由があると認める場合には、従前行われていた出力書面の提示・提出の求めに応じることに加え、その電子データのダウンロードの求めに応じることができるようにしておけば、保存要件を不要としてその電子取引データの保存が可能となる。猶予措置の適用に当たっては、特に事前の手続は不要である。なお、この新たな猶予措置は電子帳簿保存法施行規則第4条第3項に規定された。 上記改正前(2)の経過措置は、出力書面を保存しておけば、データの保存がなくても認められたが、新たな猶予措置では、データの保存は必要となる点に注意が必要である。 また、経過措置では「やむを得ない事情」があれば認められたが、新たな猶予措置では「相当の理由」があることが必要とされる。経過措置の「やむを得ない事情」は、自己の責に帰さないとは言い難いような事情も含め、柔軟に取り扱われている。「相当の理由」とは、「合理的な理由」ということであり、「やむを得ない事情」よりも強い客観的合理性があるとされている(荒井勇『税法解釈の常識』税務研究会、1975年)が、新たな猶予措置の「相当の理由」がどのように取り扱われるか、今後整備されるであろう改正通達や情報でその内容を確認することが肝要かと思われる。 (3) 検索機能の確保の要件の見直し (4) 適用時期 上記(2)及び(3)の改正内容は、令和6年1月1日以後に行う電子取引データについて適用される(電帳規附則2②)。 ※なお、上記改正前(1)(注)の①の記録項目について、運用上、取扱いの柔軟化を図ることが予定されている。 (了)