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事例で検証する最新コンプライアンス問題 【第9回】「政府系金融機関における危機対応融資に係る顧客資料の改ざんと不正隠ぺい」

事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第9回】 「政府系金融機関における危機対応融資に係る 顧客資料の改ざんと不正隠ぺい」   弁護士 原 正雄   政府系金融機関であるS中金では、①社内の稟議書に添付する試算表の改ざん(本件改ざん行為)と、②社内調査での隠ぺい(本件隠ぺい行為)が発覚し、2017年5月9日、経済産業省、財務省、金融庁、農林水産省より、業務改善命令を受けた。 本件は、半官半民の企業が陥りやすい問題を内包しており、また、ノルマによる従業員へのプレッシャーが原因の1つにもなっている点、不正を認めたくない組織体質など、参考となる要素は多いと思われる。 また本件は、企業が何のために存在するのか、世の中が企業に対して何を求めているのかを問う貴重な事例でもある。 以下では、S中金が2017年4月25日に公表した第三者委員会の調査報告書(以下「第三者委員会報告書」という)を元に検証を行う。   1 本件改ざん行為(第一の不正) まず、「第一の不正」として、稟議書に添付する試算表の改ざん(本件改ざん行為)について検討する。この不正は、S中金が行っている「危機対応融資」に関連して発生したものである。 (1) 不正の内容 S中金は、大不況や天災などで危機に陥った中小企業に資金を供給し支援を行うという、公的な融資制度を担っている。この貸付を「危機対応融資」という。 危機対応融資は、大きくまとめれば、①国が認定した「危機」において、②その被害を受けた中小企業が、③減収減益となった場合に、実施される。そのため、例えば増収増益の企業は、危機対応融資を受けることはできない。 ところが、S中金では、営業担当者が貸出先の「試算表」の数値を改ざんし、あたかも減収減益であるかのように装った。そのうえで、その試算表を稟議書に添付し、危機対応融資の社内決裁を受けていた。 第三者委員会報告書によれば、不正行為は816件で、行為者99名、支店数35に及ぶ。単純計算で全職員の2%、全支店の35%に相当する(2016年9月30日当時、職員4,074名、支店数100)。また、他にも多くの者が、不正の存在を認識していた。ある支店では、不正の存在は営業担当者の間で周知であったとされている。 (2) 不正のトライアングル 一般に、不正の原因は、以下のとおり、①動機、②正当化、③機会という3つの観点(不正のトライアングル)に分けて分析することができる。 上記の3つがそろうと、不正が行われるリスクが高まると言われる。 本件改ざん行為においても、不正のトライアングルが認められることから、以下では、不正のトライアングルに基づいて、不正原因と再発防止策について検討する。 (3) 動機(不正のトライアングル①) S中金では「危機対応融資の残高を積み重ねなければならない」という強いプレッシャーがあった。これは、行為者が不正を実行したいと考える主観的事情であり、動機に該当する。 ① 組織の存在意義 S中金は、「S中金法」という特別の法律に基づき、1936年、政府が中小企業の組合とともに共同出資して設立した政府系金融機関である。ところが、近年、S中金は、「民営化」の圧力にさらされていた。S中金は、2008年10月、株式会社化されており、2015年には、政府が株式を手放すとの方針が確実になりつつあった。 危機対応融資は、一般の民間金融機関が行い得ない公共性の高い事業であり、これが、S中金が政府系金融機関であるとの「存在意義」を裏づけている。つまりS中金は、危機対応融資の実行が不十分だと、政府系金融機関であるとの「存在意義」を証明できず、完全に民営化されてしまうとの恐怖感を有していた。 したがって、S中金の役職員は、「何としても危機対応融資の貸付残高を増やさなければならない」と考えていた。これは、営業担当者に対して「不正を実行したい」と考える主観的事情(動機)を与えるものであった。 確かに、企業が「存在意義」を問われることの意味は重い。政府系金融機関であれば、存在意義は「法律に定められているから」と説明すれば足りたのが、民営化されれば、自ら積極的に存在意義を明らかにしなければならなくなる。存在意義を明らかにできなければ、社会からの退場を迫られることもある。 しかし、NTT、JR、JT、日本郵政など、過去、多くの公的な企業が民営化されてきた。そうした企業は、民営化による危機感をバネに、さらなる発展を実現してきた。民営化を過度に恐れるのは、本来、適切ではなかった。 企業の「存在意義」を従業員に説明するのは、経営トップの最も重要な役目である。S中金のトップは、役職員らに対して、民営化後のS中金の「存在意義」を明らかにし、民営化を前向きに受け止めるよう、伝えていかなければならなかった。しかし、S中金では、経営トップがこうした役目を果たせていなかった。 経営トップが企業の存在意義を明らかにすることは、コンプライアンスの大前提である。 ② 現場を無視したノルマ 危機対応融資は、経営危機において中小企業を救済するための融資である。危機の実情がなければ、どれだけ営業努力を重ねようと、融資の実行は無理なはずである。 ところが、危機対応融資は国から予算が出ることから、S中金の本部は、国の予算に基づいて危機対応融資の計画を立案していた。そして、その計画値を、各支店の担当エリアのマーケット規模に基づき、機械的に割り振っていた。 その結果、一部の支店では、危機の実情がないにもかかわらず、危機対応融資を積み上げないといけないという事態に陥った。このような状況も、営業担当者に対して、「不正を実行したい」と考える主観的事情(動機)を与えるものであった。 このように本件は、現場の実情を考慮しないノルマの危険性を明らかにしている。ノルマが常に悪いわけではないが、ノルマを立案するにあたっては、現場の実情を考慮しなければならない。さもないと、現場が不正に手を染めることを促進してしまう。 コンプライアンスを実現するためには、現場を理解することが不可欠である。 (4) 正当化(不正のトライアングル②) 第三者委員会報告書によると、S中金では次のように、不正について「実は正当な理由がある」との理屈づけを行い、正当化をしていたものと解する。 ① 「S中金を守る」という正当化 上述の通り、危機対応融資は、民営化の圧力にさらされるS中金にとって、自らの「存在意義」を示すものであった。営業担当者から見れば、試算表の改ざんという不正を行ったとしても、危機対応融資の残高を増やすことで、結局はS中金を守ることにつながる、という倒錯した認識を有していたものと考える(正当化)。 しかし、本件から分かるように、不正は、企業を守るどころか、企業の存続を危うくする。こうしたことは、多くの上場企業にとっては既に常識である。株主への説明責任を果たさなければ、市場からの退場を命じられるからである。 S中金は上場企業ではないが、上場企業が有するのと同様の緊張感を持つべきであった。この点についても、経営トップが率先すべき事柄であったと考える。 ② 「S中金の業績向上に資する」という正当化 危機対応融資は、国費による元本保証と、利子の補給がある。そのためS中金にとっては、貸し倒れリスクがなく、高い利息収入を得られる、とのメリットがある。 営業担当者としては、通常の融資より危機対応融資を用いる方が、S中金の業績向上に資する、と判断したものと考える(正当化)。 しかし、国費による有利な融資は、民間の金融機関では手を出せない「危機」時にのみ、許容されるべきである。危機対応融資が適用されない場面は、本来、民間の金融機関の役割である。民間の金融機関が行うべき融資の分野であるにもかかわらず、国費による有利な融資を行うことは、「民業圧迫」との批判を免れない。 万一、「民業圧迫」となれば、むしろ、S中金の「存在意義」の否定につながる。民間の金融機関の正当な業務を妨げるのであれば、そのような政府系金融機関は存在すべきではないからである。S中金の役職員は、こうしたことを正しく理解していなかった。これは、経営トップが、S中金の存在意義を正しく伝えていなかったことによるものである。 企業の存在意義を伝えることは、「やるべきこと」を明らかにするとともに、「してはならないこと」も明らかにする。ここでも経営トップが企業の存在意義を明らかにすることの重要性が分かる。 ③ 「みんなやっている」という正当化 S中金の一部の支店では、営業担当者間で、不正行為について「みんなやっている」として周知のものとされていた。実際、第三者委員会報告書によれば、約100名もの営業担当者が不正に手を染めていた。これは、営業担当者がルール違反との自覚を持ちにくくしてしまう状況である(正当化)。 第三者委員会報告書は、この点について「S中金の営業担当者のコンプライアンス意識が危機的な水準まで落ち込んでいる恐れを示す」としている。企業として、極めて危険な状況であった。 S中金は、常日頃から、役職員に対して、階層別に定期的な研修を行い、規範意識の確立に努めなければならなかった。また、ホットラインなどの内部通報制度を整備し、かつ周知徹底することや、社内コミュニケーションを活性化することで、「おかしい」と思った従業員が声をあげられるようにするなどの対策をすべきであった。 (5) 機会(不正のトライアングル③) ① 現場への権限の委譲 S中金では、危機対応融資の審査は、支店で行っていた。ただし、支店は、上述のとおり、本部からノルマを割り振られ、プレッシャーにさらされていた。そのため、支店での審査は、厳正なものではなかった。 支店での審査では、稟議書に添付された客観的資料を精査せず、稟議書の理由欄の「作文」がうまく書けているか、という点のみを確認していた。これは、不正を行う「機会」を作出するものである。 確かに、迅速な意思決定のため、現場に権限を委譲すべき場合はある。S中金でも、当初は本部が審査を行っていたが、2008年9月のリーマンショックや2011年3月の東日本大震災を経て、融資判断を迅速化するため、支店に権限を移管したという経緯がある。 しかし、現場に権限を委譲すると、自己審査になり、どうしても判断が甘くなる。その結果、従業員に対して、不正を容易に行える「機会」を与えてしまう。特にS中金では、過去、複数回にわたって「稟議書への添付書類の改ざん」という事態が発生していた。にもかかわらず、支店での不正を回避する制度設計がされていなかった。 本来、権限を委譲するからには、現場の恣意的な判断を回避するため、統一的な基準を確立する必要がある。そのうえで、不正を行うことのできない仕組みを作る必要がある。特に、過去に不正があった時点で、そのことを踏まえた仕組みに改善すべきであった。 また、現場に権限を委譲する以上、現場で権限が適正に行使されているか、定期的な内部監査も実施すべきであった。また、支店ごとに、営業から独立したコンプライアンスオフィサーや内部管理責任者を配置するという方法も検討すべきであった。 効率性の追求とコンプライアンスの実現は、一見すると矛盾するようにも思える。しかし、効率性の追求を理由に、コンプライアンスを無視することは許されない。 ② 記録の保管の重要性 S中金では、システム上、社内メールがわずか約2ヶ月で自動的に削除されてしまう、とのことであった。これでは役職員の行動を事後検証できない。このシステムが、役職員にとって不正を行う「機会」となる。記録の不備は、コンプライアンスの不備である。 不正が行われた場合、企業は、まずメール等の確認を行うのが通常である。メールを確認することで、不正を発見できる場合も多い。反対に、メールを確認されると不正が発見されてしまうという状況そのものが、従業員に対して、不正を行わないように、とのけん制効果を発揮する。 会社法も、企業の適正確保体制の構築の一環として、取締役の職務執行についてではあるが、情報の保存と管理に関する体制の確立を求めている(会社法施行規則100条1項1号)。 また、国会中継などを見ていると、「記録は既に破棄した」との答弁がなされることがある。記録がない以上、不正があったかどうか確認できない、との趣旨である。しかし、民間企業においては、書類の保管は、身の潔白を証明する手段である。「記録がない」ということは、「身の潔白を証明できない」ことを意味する。これは、書類を意味する「ドキュメント」という英単語が、動詞としては「文書で証明する」という意味を有しているとおりである。 したがって、メールや書類の作成、保存、管理の体制の構築は、コンプライアンス実現の観点から、極めて重要である。事後検証をすることで、不正をなくすることができ、さらに、正しく業務を行っている役職員の身の潔白を証明できる。その結果、不正の「機会」をなくせるのである。 (6) 本件改ざん行為についての結論 以上のとおり、本件改ざん行為は、①動機、②正当化、③機会の不正のトライアングルが成立している。たびたび述べたように、これらは、経営トップが「企業のあり方」を伝えてこなかったことに起因する。経営トップが姿勢を明らかにすることこそが、コンプライアンスの第一歩である。   2 本件隠ぺい行為(第二の不正) (1) 不正の内容 次に「第二の不正」として、社内調査での隠ぺい(本件隠ぺい行為)について検討する。 実は、本件改ざん行為は、2014年12月19日時点で、S中金のI支店での自店監査において、既に発見されていた。 同支店は、危機対応融資の稟議書に添付した試算表に不自然な点があることを発見した。営業担当者も試算表の自作を認めた。同支店は、すぐに本部に報告した。報告を受けた本部は、監査部に「特別調査」を実施させることとした。 ところが、特別調査に先立ち、コンプライアンス統括室が「顧客が試算表の作成を承諾していれば問題ない」等との見解を出した。そのうえで、監査部に「誘導質問ペーパー」を渡し、関係者のヒアリングの際、都合の良い回答に誘導するよう依頼した。監査部は、これに従い、関係者にヒアリングをした。 また、組織金融部は、貸付が危機対応融資の要件に合致していたかを調査した。その調査は、例えば、改ざんした試算表について顧客に「事実と大きく異なるものではないか」と抽象的に問い、顧客が「大きく異なるものではない」と回答すれば、「問題ない」とするものであった。 上記の結果、S中金は、「危機対応融資に問題はなかった」との結論に達した。社長や副社長らは、報告を受けて安堵し、それ以上の追及をしなかった。監査役も、それ以上の追及をしなかった。 (2) 不正の原因と、再発防止策 上述のとおり、危機対応融資は、S中金の存在意義に関わる。危機対応融資に間違いがあれば、危機対応融資の制度が廃止され、民営化が確定する恐れがある。そのため、S中金の役職員は、S中金を守るため、不祥事は許されず、不正を隠蔽しなければならない、との倒錯した認識を有したものと解する。 本件隠ぺい行為は、明確な指揮・命令に基づくものではないようである。しかし、その結果として、コンプライアンス統括室、監査部、組織金融部など、複数の部署が、明確な意思の連携はないまま、それぞれ有機的に連動し、本件隠ぺい行為を行っている。 これは、組織が縦割りである結果、他の部署の考えがおかしいと思っても、それを指摘せず、むしろ、他の部署の考えを前提に、自らの部署の考え方を決定したためである。 組織全体に「不祥事にしたくないよね」という雰囲気があり、忖度した結果、各部門が少しずつ、自己欺瞞を重ねて「見たくないものから目を反らす」という結論に至った。これは、縦割りの組織の弊害である。組織が縦割りであって、他の部署が口出しをしないということは、不正を容易に行える「機会」を作出する。 本件隠ぺい行為では、社長を始めとする役員らは、何らリーダーシップを発揮せず、調査が適正に進められているかを検証することもしなかった。また、全く問題がないとの調査結果を、疑義を示さず了承した。 しかし、不正の有無を調査するにあたっては、「現に不正がある」との結論が出た場合に許容する覚悟が必要である。経営トップが真実を受け入れる姿勢を示さなければ、調査を行う部署は、経営トップの意向を忖度し、真実にかかわらず「問題ない」との結論を導こうとする。 不正の調査に当たっては、経営トップが真実を明らかにして、その結論を受け入れるとの強い意志を示し、行動に表すことが不可欠である。本件では、経営トップがリーダーシップを発揮し、縦割りとなっている部署間に横串を刺し、真実を明らかにするよう指示し、検証しなければならなかった。   3 結語-社会から求められていることは何か? S中金が、危機対応融資を通じて、社会に果たすべき責務は重い。今回、不正を行った者たちは、その責務を取り違え、S中金を守ろうとするあまり、その責務を果たさず、かえってS中金の存在意義を否定しかねない事態を引き起こしてしまった。 コンプライアンスとは、社会の期待に応えることである。仮に、S中金の全ての役職員がS中金に期待されている責務を正しく理解できていれば、今回の事件は起きなかったといえよう。 大きな視点で見えば、本件は、全ての企業にとって、改めて「我が社は社会から何を期待されているのか」と自問するきっかけとなる事案である。企業は、この自問をし続けなければならない。 これを怠る企業は、永く存続することはできない。他方、この自問をし続ける企業は、社会から必要とされ、さらに発展できるはずである。 (了)

#No. 230(掲載号)
#原 正雄
2017/08/10

役員インセンティブ報酬の分析 【第6回】「譲渡制限付株式②」-平成29年度税制改正後-

役員インセンティブ報酬の分析 【第6回】 「譲渡制限付株式②」 -平成29年度税制改正後-   弁護士・公認会計士 中野 竹司   1 譲渡制限付株式を用いた報酬形態の概要と平成29年度税制改正 役員のインセンティブ報酬のツールとして、株式報酬の活用が期待されたが、従来はあまり活用されていなかった。それは、会社法及び税法上の取扱いも含め、制度導入手続が不明確ないし使いにくい制度であったことが大きな阻害要因となっていた。 そこで、経済産業省は平成27年7月に「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」報告書を公表、さらに平成28年6月には「攻めの経営」を促す役員報酬~新たな株式報酬「いわゆる「リストリクテッド・ストック」の導入等の手引き~」を公表するなど、特定譲渡制限付株式報酬の導入に関する実務的な環境整備がなされた。 また、本連載【第1回】で紹介したように、平成28年度税制改正により、特定譲渡制限付株式として法人税法上役員報酬のうち損金算入可能な事前確定届出給与に該当するものの要件が明確化され、利益連動給与の指標の拡充がなされた。これにより、株式報酬制度の導入は一定程度促進された。 もっとも、欧米で利用実績のある株式報酬について法人税法上は損金算入が認められない類型のものも多く、さらなる活用を後押しする必要もあり、平成29年度税制改正で役員報酬制度が一層整備されることとなった。   2 平成29年度税制改正の概観と譲渡制限付株式の取扱い (1) 平成29年度税制改正の概要(株式報酬部分) 税法上の役員報酬制度は、平成18年度税制改正で整備されて以来、制度そのものが大きく見直されることはなかった。すなわち、損金算入可能な役員報酬は、法人税法の定める、定期同額給与、事前確定届出給与又は利益連動給与の各要件を満たした制度でなければならないとされていた。一方、退職給与と新株予約権は、別に損金算入要件が認められていた。 平成29年度税制改正では、定期同額給与、事前確定届出給与又は利益連動給与という損金算入可能な役員報酬の3類型は維持しつつ、退職給与や新株予約権も役員報酬の中に含めて損金算入の可否を考えることとなった。 また株価や業績に連動する条件が付されたインセンティブ報酬については、今後は利益連動型給与の要件を満たさない場合で損金算入可能なケースはほとんどなくなると考えられ、インセンティブ報酬の制度設計に大きな影響を与えるものと考えられる。 また、平成29年度税制改正における役員給与の見直しにより、事前確定届出給与の対象範囲として、完全子会社以外の子会社役員や非居住者役員も対象範囲とする条件が定められる等、実務に大きな影響を与える改正もなされている。 なお、この税制改正によって、従来は役員報酬として損金算入は認められないであろうと考えられていた、権利確定時発行型のパフォーマンス・シェアやファントムストックに損金算入の可能性が出てきた一方で、新株予約権やエクイティを利用した退職金の損金算入の可否に影響が出てくると考えられることから、今後、本連載において適宜フォローする予定である。 (2) 譲渡制限付株式の取扱いについて 譲渡制限付株式を対価とする役員報酬の損金算入要件は、特定譲渡制限付株式として、平成28年度税制改正で整備された(【第1回】を参照)。 平成28年度税制改正を受けて設計された役員報酬制度では、特定譲渡制限付株式の要件を満たす株式報酬が多く設計されたが、制度導入初年度に役員等に株式が付与されるものの業績連動指標が解除条件に含まれる「パフォーマンス・シェア型譲渡制限付株式」も見受けられた。 平成29年度税制改正では、「利益連動給与」が「業績連動給与」に変更された。これに伴い、初年度発行型のパフォーマンス・シェアも、それ以外のパフォーマンス・シェアも、業績連動給与と定義され、業績連動給与の要件を満たす場合は損金算入できるが、満たさない場合は損金算入できないという整理になることから、平成28年度税制改正を受けて登場したパフォーマンス・シェア型譲渡制限付株式のうち、初年度発行型パフォーマンス・シェアの発行メリットは減殺されると考えられる。 なお、いずれの役員報酬においても、不相当に高額な部分は損金算入されないことや、事前届出と損金算入限度額の上限との関係にも注意が必要である。   3 ガバナンス面から見たメリット・デメリット 特定譲渡制限付株式は、株式報酬の一形態であり、付与されても一定の期間、売却を制限されることから、企業価値の持続的な向上を図るインセンティブを与えるとともに、役員等と株主の価値共有を進めることができるというガバナンス面のメリットがあると考えられる。 特に、外部から有能な者を役員等に迎え、当該者に一定期間、企業で継続して勤務してもらうことへのインセンティブを与えることに向いている株式報酬の形態といえる。 平成29年度税制改正により、パフォーマンス・シェア型譲渡制限付株式の発行は実務上困難になるものの、上記のとおり業績連動給与(改正前:利益連動給与)の定義が改正され、業績連動報酬が使いやすくなったことから、むしろ株価上昇・業績達成に応じて付与されるパフォーマンス・シェア型の株式報酬がより導入しやすくなる改正がなされたといえよう。このため、インセンティブ付けという面から、ガバナンス面でのメリットはむしろ増加したと考えられる。 なお、特定譲渡制限付株式は、継続勤務条件未達といった理由で会社が無償取得する場合でも、無償取得されるまでは、役員等は議決権行使できる。そのため、特定譲渡制限付株式の役員等への付与により、不当な経営者支配の懸念を生じさせないかという観点も制度設計においては必要であるという点は、平成29年度税制改正後も検討すべき事項である。   4 企業の導入事例 平成29年4月以降、譲渡制限付株式報酬制度を導入した上場企業は相当な数に上り、100社に迫る勢いになっているとのことである(「週刊税務通信」(3460号・平成29年6月5日)参照)。これは既に述べたように、平成29年度税制改正による特定譲渡制限付株式の規程変更が影響した他、平成28年6月の定時株主総会には制度設計が間に合わなかった企業も譲渡制限付株式の導入に踏み切ったためと思われる。 そこで、平成29年4月以降の譲渡制限付株式を用いた報酬制度の導入事例について、導入企業の適時開示を基に検討したところ、譲渡制限解除理由に特徴がみられた。 それは、譲渡制限解除理由について、平成29年度税制改正を受けて、一定期間の継続勤務を条件としている企業が多かったというものである。 すなわち、譲渡制限付株式を初年度発行型パフォーマンス・シェアとして設計したのでは、法人税法上の役員給与損金算入要件(特定譲渡制限付株式としての要件)を満たさないため、譲渡制限付株式を用いた株式報酬については、譲渡制限解除理由として、一定期間の継続勤務を条件とする。一方で、業績連動部分については「業績連動給与」として役員給与の損金算入要件を満たすように、権利確定時発行型のパフォーマンス・シェアとして設計するという流れができていると考えられる。 なお、今後の連載で、平成29年4月以降に導入されたパフォーマンス・シェア型株式報酬の紹介も行う予定である(平成28年度の状況については【第5回】を参照)。 すなわち、平成29年4月以降に譲渡制限付株式を導入している企業においては、次のように、併せて業績連動型のインセンティブ報酬を導入している企業もあった。 (※) なお、譲渡制限期間は、2017年8月28日~2020年8月28日の3年間 (※) なお、譲渡制限期間は、平成29年8月18日~平成32年8月17日の3年間 もっとも、「業績連動給与」の損金算入要件を踏まえた業績連動型のインセンティブ報酬設計が、時間的な制約や事例不足といった理由により今年度の株主総会付議には間に合わないため、来年度以降の導入を検討する企業もあると考えられる。このため、来年度以降の導入事例は増えるのではないかと推察される。 また、次のように、平成28年度に譲渡制限付株式の導入を決定し、その際、譲渡制限解除理由に一定期間継続して勤務することの他、業績関連条件を入れていたが、平成29年4月以降に制度改正を行い、継続勤務条件のみとした事例も見られた。 これも平成29年度税制改正を受けた動きであったと考えられる。 (了)

#No. 230(掲載号)
#中野 竹司
2017/08/10

《速報解説》 日本監査役協会、「監査役監査と監査役スタッフの業務(最終報告書)」を公表~「監査業務支援ツール」も全面見直しへ~

《速報解説》 日本監査役協会、 「監査役監査と監査役スタッフの業務(最終報告書)」を公表 ~「監査業務支援ツール」も全面見直しへ~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 平成29年7月27日付(ホームページ掲載日8月4日)で、公益社団法人 日本監査役協会の本部監査役スタッフ研究会は「監査役監査と監査役スタッフの業務(最終報告書)」を公表した。 これは、平成28年7月28日付(ホームページ掲載日8月10日)で公表されていた「監査役監査と監査役スタッフの業務(中間報告書)」の最終報告書である。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 「最終報告書」は表紙などを含めて506ページに及ぶ大部のものとなっている。 監査役及び監査役スタッフの業務に関して、年間の時系列及び活動区分別に次の事項について記載している。また、会社の機関設計の違いによる対応などについても記載されている。 監査役及び監査役スタッフの業務について、年間の時系列及び活動区分別に、次の6つに分節し、記載している。 参考資料として、次のものが記載されている。 (了)

#No. 229(掲載号)
#阿部 光成
2017/08/08

《速報解説》 東証、相談役・顧問等の開示に関するコーポレート・ガバナンス報告書の記載要領を改訂~「代表取締役社長等を退任した者の状況」が新設される~

《速報解説》 東証、相談役・顧問等の開示に関する コーポレート・ガバナンス報告書の記載要領を改訂 ~「代表取締役社長等を退任した者の状況」が新設される~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 平成29年8月2日、株式会社東京証券取引所は「相談役・顧問等の開示に関する「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」記載要領の改訂について」を公表した。 これは、経済産業省から公表された「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」及び『未来投資戦略2017』 において、相談役、顧問等に関する開示の方針などが示されたことによるものである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 改訂のポイント 「コーポレート・ガバナンスに関する報告書記載要領」のⅡ1の「(8)代表取締役社長等を退任した者の状況」として次の規定が設けられている。 例として次のことが示されている 「その他の事項」の欄の記載として、次のことなどについて記載することが考えられるとしている。 次のことに注意が必要である。   Ⅲ 適用時期等 平成30(2018)年1月1日以後、提出する報告書から、改訂後の様式及び記載要領を用いた記載が可能となる。 (了)

#No. 229(掲載号)
#阿部 光成
2017/08/04

プロフェッションジャーナル No.229が公開されました!~今週のお薦め記事~

2017年8月3日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.229を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!-   - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2017/08/03

monthly TAX views -No.55-「政府税調、海外調査報告から読み解く「記入済み申告制度」導入に必要な視点」

monthly TAX views -No.55- 「政府税調、海外調査報告から読み解く 「記入済み申告制度」導入に必要な視点」   中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹   「記入済み申告制度」については、6月1日公開の本連載で取り上げたところである。 その後、6月19日の政府税制調査会で、「ICTの活用と納税者利便の向上」に関する海外調査報告が行われ、議論の方向が見えてきたので、改めてその課題などを考えてみたい。 安倍政権の下では、ドラスティックな税制改革はできない(やらない)というのは今や常識なので、来年度税制改正の目玉は今のところ特になく、「本件が主要な議論になる」と考えられる。 *  *  * まず報告書を読んだ感想として、「各国の税制には、それぞれ歴史があり、ICT(情報通信技術)の活用法も一様ではない」ということだ。 とりわけ、年末調整のある国(英国、ドイツなど)とそうではない国(米国、カナダなど)では、ICTの活用法が異なる(後者の方が進んでいる)ということである。ただし、いずれの国も、わが国よりは活用が進んでいる、というのが第1印象である。 このことは、今後わが国で議論が加速することを示しているといえよう。 議論の焦点となるのは、欧州諸国で導入している「記入済み申告制度」である。これを導入しているのは、おおむね年末調整のない国ということだが、それらの国では、申告に際しての「納税者サービスの一環」として行われているということである。 もう1つ重要なことは、英国やフランス、さらには韓国に代表されるように、記入済み申告の基礎となるICTの活用の目的は、税制だけでなく、社会保障の給付や徴収のためにも必要とされたということである。 (※) 政府税制調査会「政府税制調査会海外調査報告(フランス・イギリス)(説明資料)」 このことは、納税者の所得情報が、「低所得者にとっては主として社会保障に、高所得者にとっては主として税務情報に」活用されるということで、税と社会保障の社会保障・税一体改革的な運用が各国で行われていることを物語っている。 わが国に決定的に欠けているのは、この視点である。 そして、この視点を入れるためには、政府税制調査会という税制だけを扱う場では不十分であって、官邸主導で、社会保障も含めた議論の場を作ることが必要だ。アベノミクスに最も欠ける点といえる。 さらに、米国や英国、つまりアングロサクソンの国は、支払調書の活用というより、サモンズ(行政召喚状)など司法的手続きにより税務に必要な資料を収集することが行われているということもわかった。番号だけでは万能ではないということである。 (※) 政府税制調査会「政府税制調査会海外調査報告(アメリカ・カナダ)(説明資料)」 このような報告を参考に、わが国税制への適用を考えてみたい。 *  *  * わが国申告の特色は、「年末調整がある」ということである。これを米国などのように、「国民全員自主申告」に持っていくことは容易ではないし、すべきでもない。 必要なことは、ある程度の納税者が、選択的に、申告を行えるような制度にすべき、ということである。 そのためには、給与所得控除の概算控除の水準を引き下げる(その分は、人的控除の充実に充てる)とともに、特定支出控除の拡充を図るというセットでの対応が必要となる。 政府税調の考え方は、「まずはICTの年末調整への活用を進めていくこと」のようである。 5月23日の規制改革推進会議で報告された「規制改革推進に関する第1次答申」には、「ICTの一層の活用等により、被用者・雇用者を含めた社会全体のコストを削減する観点から、電磁的な方法による年末調整関係書類の提出を原則全て可能とすることについて、関係者の意見も踏まえて検討し、結論を得る」と記されており、今後進んでいくものと考えられる。 同時に必要なことは、医療費控除の簡素化である。 7月から始まっているマイナポータルには、保険診療については、保険者から支払情報の入手が可能になる方向で議論が進んでいる。これを進めて、保険外診療についても、領収証を電子的にやりとりできるようにしていくことが必要であろう。 医療費控除の還付申告は、全申告数の半分以上を占めており、税務署にとっても、手間をかけての納税の還付である。ここの合理化は大変大きな意味を持つ。 (了)

#No. 229(掲載号)
#森信 茂樹
2017/08/03

〈平成29年度改正対応〉所得拡大促進税制の実務 【第4回】「FAQ②(継続雇用者)」

〈平成29年度改正対応〉 所得拡大促進税制の実務 【第4回】 「FAQ②(継続雇用者)」   公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎   今回は継続雇用者の該当判定に関するFAQ(よくある質問)について解説を行う。 Q3(期中に雇用形態等が変更された場合) 以下のケースについて、継続雇用者に該当するかどうか教えてください。なおいずれの者も65歳未満であることを前提とします。 〈回答〉 〈ケース1〉⇒ 該当する (翌期は該当しない) 〈ケース2〉⇒ 該当しない(翌期は該当する) 〈ケース3〉⇒ 該当する (翌期も該当するが、集計には含まれない) 〈ケース4〉⇒ 該当する (翌期は該当しない) 〈解説〉 継続雇用者とは、「適用年度及びその前事業年度において給与等の支給を受けた国内雇用者」をいう(措法42の12の5②八)。そのため、継続雇用者に該当するかどうかを検討する上では、その前提として「国内雇用者」に該当するかどうかを検討する必要がある。 【第2回】で詳説したが、国内雇用者とは、法人の使用人(役員、役員の特殊関係者、使用人兼務役員を除く)のうち、その法人の有する国内の事業所に勤務する雇用者であって、労働基準法第108条に定める賃金台帳に記載された者をいう(措法42の12の5②一)。 すなわち、国内雇用者は以下の要件を満たしている必要がある。 これらの要件を満たさない者は、国内雇用者に該当せず、したがって継続雇用者にも該当しないということになる。 例えば以下の者は、国内雇用者に該当しない。 これらの者について、前期は国内雇用者として給与等の支給を受けていたことを前提とすると、当期(適用年度)は期首から当分の間、国内雇用者として給与等の支給を受けた期間が存在することから継続雇用者となるが、翌期は国内雇用者に該当しないため、たとえ在籍していても継続雇用者の要件を満たさないこととなる。 つまり継続雇用者への該当性という見地からすれば、期の途中で「国内雇用者に該当しない者」になった場合には、「退職社員」と同じ扱いをすることとなる。同様に、期の途中で国内雇用者に該当することとなった場合には、「新入社員」と同じ扱いをすることとなる。 以上を踏まえ、質問の各ケースについて判断すると以下のようになる。 ▷〈ケース1〉(期の途中で役員となった者)の判定 ・前期:国内雇用者該当 ・当期:国内雇用者該当 ⇒ 国内雇用者非該当 ・翌期:国内雇用者非該当 以上より、当期は「継続雇用者」に該当するが、翌期は「継続雇用者」に該当しないこととなる。 なお、継続雇用者給与等支給額として集計すべき額は、「国内雇用者」であった期間に支給を受けた額に限られるという点についても、念のため申し添える。   ▷〈ケース2〉(期の途中で役員を退任後引き続き嘱託社員として在籍することとなった者)の判定 ・前期:国内雇用者非該当 ・当期:国内雇用者非該当 ⇒ 国内雇用者該当 ・翌期:国内雇用者該当 以上より、当期は「継続雇用者」に該当しないが、翌期は「継続雇用者」に該当することとなる。 なお、翌期における「継続雇用者比較給与等支給額」(翌期からみて「前期」の支給額。すなわち当期の支給額)の算定に当たっては、国内雇用者に該当したとき以降の支給額について集計することとなるので、念のため申し添える。   ▷〈ケース3〉(期の途中で継続雇用制度の適用を受けることとなった者)の判定 ・前期:国内雇用者該当 ・当期:国内雇用者該当 ⇒ 国内雇用者該当(継続雇用制度) ・翌期:国内雇用者該当(継続雇用制度) このケースは他のケースと異なり、いずれの期も「継続雇用者」に該当する。 ただし、継続雇用者給与等支給額の集計に当たっては、継続雇用制度適用対象者は除かれるため、集計の観点からは「期中退職」と同じように取り扱ってよいといえる。 すなわち当期の継続雇用者給与等支給額は、継続雇用制度の適用前までの期間に支給を受けた額について集計し、翌期は集計対象外となる。   ▷〈ケース4〉(期の途中で海外勤務となった者)の判定 ・前期:国内雇用者該当 ・当期:国内雇用者該当 ⇒ 国内雇用者非該当 ・翌期:国内雇用者非該当 〈ケース1〉と同様である。当期は「継続雇用者」に該当するが、翌期は「継続雇用者」に該当しないこととなる。 なお、期の途中で海外勤務から帰任した社員については、〈ケース2〉と同様に考えればよい(当期:該当しない、翌期:該当する)。   Q4(「2期にわたり給与等の支給を受ける」の意義) 継続雇用者の定義中、「適用年度及びその前事業年度等において給与等の支給を受けた」の解釈について、留意すべき点があれば教えて下さい。 〈回答〉 適用年度及びその前事業年度において一度でも給与等の支給を受けていればよく、連続的に支給を受けている必要はない。 ただし、平均給与等支給額の算定対象となる「継続雇用者給与等支給額」の集計に含めるかどうかについては、雇用保険への加入状況を別途考慮する必要がある。 〈解説〉 所得拡大促進税制の適用要件の1つとして「平均給与等支給額が比較平均給与等支給額を上回ること」が求められているのは、「一人・一月当たりの給与等支給額」が増加することこそが、所得拡大促進税制が最終的に目指す個人所得の拡大 ⇒ 個人消費の拡大 ⇒ 経済成長という循環を実現する上で必要不可欠だからである。つまり、本質的には「一人当たりの給与等支給額」の増加が認められれば、本税制の適用が認められるべきなのである。 制度創設当初、平均給与等支給額は、国内雇用者給与等支給額から「日雇い労働者に係る給与等支給額を控除した額」に基づき算定されていた。しかしこの計算によると、月給の高い社員が退職する一方で新入社員を採用する場合など、構造的に平均給与が引き下がる場合に適用要件を満たすことができないといった問題が指摘されていた。 そこで平成26年度税制改正において、「一人当たりの給与等支給額」をより適切に算定するために、「継続雇用者に対する給与等支給額(継続雇用者給与等支給額)」を対応する支給人員数で除して計算することとしたのである。 継続雇用者とは、適用年度及びその前事業年度において給与等の支給を受けた国内雇用者をいう(措法42の12の5②八)。これにより、適用要件を判断する上で集計すべき平均給与等支給額は、前事業年度と当事業年度(適用年度)の2期にわたり在籍している国内雇用者に対する給与等支給額によって計算されることとなり、前事業年度中の退職社員や、適用年度中の新入社員は算定から除かれることとなった。 そして定義中の「適用年度及びその前事業年度において給与等の支給を受けた」という表現からは、適用年度の前事業年度から継続して在籍し、連続的に給与等の支給を受けていることまでは求められておらず、適用年度及びその前事業年度において一度でも給与等の支給を受けている国内雇用者は全て「継続雇用者」に該当することとなる。 こういった特殊な勤務形態として想定されるのは、例えば、毎年繁忙期の時期だけ業務に従事するパート社員、アルバイト社員などが考えられる。これらの者も、適用年度及びその前事業年度においてそれぞれ支給実績を有しているならば、継続雇用者給与等支給額(及び比較継続雇用者給与等支給額)の集計に含められる必要がある、ということである。   Q5(「雇用保険一般被保険者」の考え方) 平均給与等支給額の算定上、継続雇用者給与等支給額には、継続雇用者のうち雇用保険の一般被保険者のみを集計することとされています(継続雇用制度適用対象者を除く)。 この点、本来は雇用保険の一般被保険者の要件を満たしていながら実際に雇用保険に加入していない社員の取扱いはどうなりますか。 〈回答〉 継続雇用者給与等支給額の集計対象となるのは、雇用保険の一般被保険者「に該当する者」とされており、実際に雇用保険に加入していることは求められていない。 〈解説〉 継続雇用者給与等支給額の定義については、租税特別措置法第27条の12の5第14項において、以下のように規定されている(一部、カッコ書きの中身を省略している)。 (下線筆者) いささか条文の細かい読み方の話にはなるが、条文上、一般被保険者に該当する者という表現が用いられている以上は、加入の有無にかかわらず、一般被保険者の要件に該当する者を広く含むものと解釈すべきである。仮に、雇用保険に実際に加入している者のみを対象とするならば、「一般被保険者に対して支給したものに限り」という表現になるはずだからである。 したがって、継続雇用者給与等支給額の集計に当たっては、実際の加入の有無にかかわらず、雇用保険の一般被保険者の要件を満たしている者に対する給与等支給額を集計すべきである。 参考までに、以下に雇用保険一般被保険者の範囲について示しておく。 (出典:厚生労働省HP公表資料) 〈まとめ〉 継続雇用者に該当するかどうか(その前提として「国内雇用者」に該当するかどうか)、そして継続雇用者に該当したとして「継続雇用者給与等支給額」の集計対象になるかどうかを判断する上では、それぞれの定義をきちんと理解したうえで、それらを判断するために必要な人事情報を効率よく収集・整理することが求められる。 そこで、「国内雇用者」「継続雇用者」及び「継続雇用者給与等支給額の集計対象者」の区別について下図にまとめておく。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。   (了)

#No. 229(掲載号)
#鯨岡 健太郎
2017/08/03

平成29年度税制改正における『連結納税制度』改正事項の解説 【第6回】「中小企業者向け設備投資促進税制の拡充(その2)」

平成29年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第6回】 「中小企業者向け設備投資促進税制の拡充(その2)」   公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸   2 中小企業投資促進税制の見直しと適用期限の延長 中小企業投資促進税制について、上乗せ措置(生産性向上設備等に係る即時償却又は税額控除の上乗せ)を廃止(※1)し、対象資産から器具備品を除外した上(※2)、その適用期限を平成31年3月31日まで2年延長する(新措法68の11①)。 (※1) 平成29年4月1日前に取得等をした特定生産性向上設備等は、上乗せ措置が適用される(平成29年所法等改正法附則77②)。この場合、連結法人の平成29年4月1日以後に終了する連結事業年度において、改正後の中小企業投資促進税制の税額控除額に上乗せ分を含めて取扱うものとする(平成29年所法等改正法附則77③)。 (※2) 平成29年4月1日以後に取得等をしたものから除外される(平成29年所法等改正法附則77①)。 また、(1)中小企業経営強化税制、(2)中小企業投資促進税制、(3)商業・サービス業活性化税制について、これらの制度の税額控除額の合計は、当期の調整前連結法人税額の20%を限度とするが、その場合、(2)中小企業投資促進税制⇒(3)商業・サービス業活性化税制⇒(1)中小企業経営強化税制の順序で優先して税額控除される。 さらに、繰越税額控除限度超過額がある場合、まず、3つの制度の当期分の税額控除額から控除され、その後に、同じ順序で繰越税額控除限度超過額が控除される(※3)。 (※3) 平成29年4月1日以後に終了する連結事業年度から適用される(平成29年所法等改正法附則77④)。 なお、連結納税における中小企業投資促進税制について、単体納税と異なる点は次のとおりである。 ① 特別償却制度の適用対象者は、連結親法人又は連結子法人で中小連結法人に該当するもの(中小連結親法人又は中小連結子法人)となる(新措法68の11①)。中小連結法人の定義は、【第3回】「3 研究開発税制の見直し」の(2)を参照。 ② 税額控除制度の適用対象者は、特定中小連結親法人とその中小連結子法人をいう(措法68の11②)。特定中小連結親法人とは、中小連結親法人のうち、資本金の額が3,000万円以下の連結親法人をいう(新措法68の11②、新措令39の41③)。なお、資本金3,000万円を超える中小連結子法人であっても、連結親法人が特定中小連結親法人に該当すれば、税額控除制度の適用を受けることができる。この点、各法人ごとに特定中小企業者を判定する単体納税と取扱いが異なる。 ③ 税額控除については、次の①又は②のうちいずれか少ない金額(法人税額基準額)を限度とする(新措法68の11②、新措令39の41④)。 ※1 調整前連結法人税額は、【第3回】「3 研究開発税制の見直し」の(1)と同じ定義となる。 ④ 繰越税額控除限度超過額は1年間の繰越しができ、次の①又は②のうちいずれか少ない金額(法人税額基準額)を限度として繰越控除できる(措法68の11③、措令39の41⑤)。 ※1 調整前連結法人税額は、【第3回】「3 研究開発税制の見直し」の(1)と同じ定義となる。 ※2 ①の調整前連結法人税額の20%に相当する金額は、中小企業投資促進税制、商業・サービス業活性化税制及び中小企業経営強化税制の当期分の税額控除額がある場合、その税額控除額を控除した残額となる。 ※3 ②の金額は、連結親法人又はその連結子法人に中小企業投資促進税制、商業・サービス業活性化税制及び中小企業経営強化税制の当期分の税額控除額の個別帰属額がある場合、その個別帰属額を控除した残額となる。 ⑤ 各連結法人ごとに税額控除額(個別帰属額)が計算されるため、全体計算の場合の個別帰属額の計算はない(新措法68の11⑪⑫、新措令39の41⑥⑦)。 ⑥ 帳簿書類の備付け等により連結納税の承認が取り消された場合の税額控除額の取消しについて、中小企業経営強化税制と同様の取扱いとなる(新措法42の6⑤、68の11⑤、新措令27の6⑧、39の41⑧)。 ⑦ 地方法人税における中小企業投資促進税制の税額控除額の取扱いについて、中小企業経営強化税制と同じ取扱いとなる(新地方法6三、新措法68の11⑪⑫、新措令39の41⑥⑦、新地方法15①)。 ⑧ 住民税の各連結事業年度の個別帰属法人税額(道府県民税及び市町村民税の課税標準)の計算において、法人税における中小企業投資促進税制に係る税額控除額の個別帰属額は個別帰属法人税額から控除される(連結法人税個別帰属額に加算しない。新地法23①四の三、292①四の三)。   3 商業・サービス業活性化税制の適用期限の延長 商業・サービス業活性化税制について、その適用期限を平成31年3月31日まで2年延長する(新措法68の15の4①)。 また、(1)中小企業経営強化税制、(2)中小企業投資促進税制、(3)商業・サービス業活性化税制について、これらの制度の税額控除額の合計は、当期の調整前連結法人税額の20%を限度とするが、その場合、(2)中小企業投資促進税制⇒(3)商業・サービス業活性化税制⇒(1)中小企業経営強化税制の順序で優先して税額控除される(※4)。 さらに、繰越税額控除限度超過額がある場合、まず、3つの制度の当期分の税額控除額から控除され、その後に、同じ順序で繰越税額控除限度超過額が控除される(※4)。 (※4) 平成29年4月1日以後に終了する連結事業年度から適用される(平成29年所法等改正法附則79)。 なお、連結納税における商業・サービス業活性化税制について、単体納税と異なる点は次のとおりである。 ① 特別償却制度の適用対象者は、連結親法人又は連結子法人で、認定経営革新等支援機関等による経営の改善に関する指導及び助言を受けた旨を明らかにする書類として経営改善指導助言書類の交付を受けた中小連結法人に該当するもの(特定中小連結親法人又は特定中小連結子法人)となる(新措法68の15の4①)。中小連結法人の定義は、【第3回】「3 研究開発税制の見直し」の(2)を参照。 ② 税額控除制度の適用対象者は、資本金の額が3,000万円以下の特定中小連結親法人と資本金の額が3,000万円以下の特定中小連結親法人による連結完全支配関係がある特定中小連結子法人をいう(新措法68の15の4②、措令39の45の4③)。なお、資本金3,000万円を超える特定中小連結子法人であっても、連結親法人が資本金3,000万円以下となる特定中小連結親法人に該当すれば、税額控除制度の適用を受けることができる。この点、各法人ごとに特定中小企業者を判定する単体納税と取扱いが異なる。 ③ 税額控除については、次の①又は②のうちいずれか少ない金額(法人税額基準額)を限度とする(措法68の15の4②、措令39の45の4④)。 ※1 調整前連結法人税額は、【第3回】「3 研究開発税制の見直し」の(1)と同じ定義となる。 ※2 ①の調整前連結法人税額の20%に相当する金額は、中小企業投資促進税制の当期分の税額控除額がある場合、その税額控除額を控除した残額となる。 ※3 ②の金額は、特定中小連結親法人又はその特定中小連結子法人に中小企業投資促進税制の当期分の税額控除額の個別帰属額がある場合、その税額控除額の個別帰属額を控除した残額となる。 ④ 繰越税額控除限度超過額は1年間の繰越しができ、次の①又は②のうちいずれか少ない金額(法人税額基準額)を限度として繰越控除できる(新措法68の15の4③④、新措令39の45の4⑤)。 ※1 調整前連結法人税額は、【第3回】「3 研究開発税制の見直し」の(1)と同じ定義となる。 ※2 ①の調整前連結法人税額の20%に相当する金額は、商業・サービス業活性化税制及び中小企業経営強化税制の当期分の税額控除額と中小企業投資促進税制の税額控除額(繰越税額控除限度超過額の税額控除額を含む)がある場合、その税額控除額を控除した残額となる。 ※3 ②の金額は、連結親法人又はその連結子法人に商業・サービス業活性化税制及び中小企業経営強化税制の当期分の税額控除額と中小企業投資促進税制の税額控除額(繰越税額控除限度超過額の税額控除額を含む)の個別帰属額がある場合、その個別帰属額を控除した残額となる。 ⑤ 各連結法人ごとに税額控除額(個別帰属額)が計算されるため、全体計算の場合の個別帰属額の計算はない(新措法68の15の4⑪⑫、新措令39の45の4⑥⑦)。 ⑥ 帳簿書類の備付け等により連結納税の承認が取り消された場合の税額控除額の取消しについて、中小企業経営強化税制と同様の取扱いとなる(新措法42の12の3⑤、68の15の4⑤、新措令27の12の3⑦、39の45の4⑨)。 ⑦ 地方法人税における商業・サービス業活性化税制の税額控除額の取扱いについて、中小企業経営強化税制と同じ取扱いとなる(新地方法6三、新措法68の15の4⑪⑫、新措令39の45の4⑥⑦、新地方法15①)。 ⑧ 住民税の各連結事業年度の個別帰属法人税額(道府県民税及び市町村民税の課税標準)の計算において、法人税における商業・サービス業活性化税制の税額控除額の個別帰属額は個別帰属法人税額から控除される(連結法人税個別帰属額に加算しない。新地法23①四の三、292①四の三)。   (了)

#No. 229(掲載号)
#足立 好幸
2017/08/03

相続空き家の特例 [一問一答] 【第5回】「「相続空き家の特例」を受けられない家屋③(別棟の離れ、倉庫、蔵、車庫等の建築物)」-相続空き家の特例の対象となる譲渡の範囲-

相続空き家の特例 [一問一答] 【第5回】 「「相続空き家の特例」を受けられない家屋③ (別棟の離れ、倉庫、蔵、車庫等の建築物)」 -相続空き家の特例の対象となる譲渡の範囲-   税理士 大久保 昭佳   Q Xは、昨年6月に死亡した父親の居住用家屋等(昭和56年5月31日以前に建築)及びその敷地を相続により取得しました。 相続の開始の直前において、父親は、その母屋、離れ、蔵、車庫を一体として居住の用に供し、1人で住んでいました。 Xは、それら建築物を耐震リフォームした上で、その土地と建築物の全てを売却しました。 この場合の、「相続空き家の特例(措法35③)」の適用対象となる被相続人居住用家屋の範囲を説明してください。 A 相続の開始の直前において被相続人が主としてその居住の用に供していたと認められる母屋部分のみが被相続人居住用家屋に該当します。 ●○●○解説○●○● 「相続空き家の特例」の適用対象となる被相続人居住用家屋は、その相続の開始の直前において、その相続又は遺贈に係る被相続人の居住の用に供されていた家屋で、その被相続人が主としてその居住の用に供していたと認められる一の建築物に限るとされています(措法35④、措令23⑥)。 そして、「相続空き家の特例」の場合は、他の「居住用財産を譲渡した場合の特例」と違い、被相続人居住用家屋は一の建築物に限ると規定されていることから、被相続人の居住の用に供されていた家屋が複数の建築物からなる場合であっても、それらの建築物のうち、その被相続人が主としてその居住の用に供していたと認められる一の建築物のみが被相続人居住用家屋に該当し、その一の建築物以外の建築物は、被相続人居住用家屋に該当しないとされています(措通35-10(被相続人居住用家屋の範囲))。 立法者の解説においても とされています(財務省HP「平成28年度税制改正の解説」152頁)。 (了)

#No. 229(掲載号)
#大久保 昭佳
2017/08/03

租税争訟レポート 【第33回】「顧問税理士の不正発見義務(東京地方裁判所判決)」

租税争訟レポート 【第33回】 「顧問税理士の不正発見義務(東京地方裁判所判決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝     【事案の概要】 本件は、診療所を経営する医師である原告が、税理士である被告と税務顧問契約を締結していたところ、①原告が雇用していたA(以下「A」という)の横領につき、被告が、会計上の不正行為の有無を調査しなかったこと又は会計上の不正行為が疑われる事実を報告しなかったことが税務顧問契約上の債務不履行になるとし、損害賠償請求権に基づき、損害合計6,975万3,500円、及び、②原告の承諾なく被告が顧問料及び決算報酬の増額分を受け取っていたとして、不当利得返還請求権に基づき、当該増額分の合計額112万円の合計7,087万3,500円の支払いを求める事案である。 争点は、以下の4点である。 本稿では、(争点1)被告の義務及び義務違反の存否について、原告、被告の主張と裁判所の判断を中心に検討したい。   【(争点1-1)被告は、原告に対し、会計上、不正行為が行われているかを調査する義務があったか】 1 原告の主張 原告は、「顧問契約において、決算書類の作成補助、税務申告の代行、税務調査及び税務・会計に関する相談、総勘定元帳等の会計帳簿の作成、税務書類等の作成以外に、経営上の助言及び指導についても委任した」というものであり、「経営上の助言及び指導」については、「金の流れが正常であるかについて確認し、会計上、不正行為が行われているか調査を行うことである」としたうえで、原告が、被告に対し、顧問契約において、経営上の助言及び指導を委任したことは、以下の事実から認められるべきであると主張した。 2 被告の主張 一方、被告である税理士は、「経営の助言・指導及び不正行為の発見は、顧問契約の委任の範囲に含まれていない」とし、「不正の防止・不正の発見は、本来、経営者である原告が行うべきことである」と主張した。 そのうえで、税理士の業務は、税務代理、税務書類の作成、税務相談という本来の税務士業務と、その付随業務としての財務諸表の作成、会計帳簿の記帳代行等であるから、通常の税理士顧問契約は、これらの業務に限られ、これらを超える経営上の助言・指導等の業務は、特別な合意がある場合に限られるところ、顧問契約では特段の合意はないと上記の主張を裏づけ、また、被告には、雇用関係がなく指揮命令権もない事務長であるAを監督する権限又は義務は存在しないと主張した。 3 裁判所の判断 裁判所はまず、「顧問契約につき、原告と被告の間で作成された契約書等はなく、原告が、明示的に、被告に対し、不正行為についての調査を委任したと認めることはできない」として、被告の主張を認めたうえで、原告の経営指導も含まれていたという主張、供述については、「主観的な期待にすぎず、税理士の業務が、税務代理、税務書類の作成、税務相談及び付随業務としての財務諸表の作成、会計帳簿の記帳代行等である(税理士法2条)ことに照らしても、原告の期待がやむを得ないといえるような客観的な事情を認めることはできない」として、原告の主張は採用できないと判断し、被告は、原告に対し、会計上、不正行為が行われているかを調査する義務があったと認めることはできない、と結論づけた。   【(争点1-2)被告は、原告に対し、会計上、不正行為が行われていると疑われる状況がある場合、これを報告する義務があったか】 1 原告の主張 原告は、受任者は、善管注意義務を負い、また、税理士は、税理士法1条又は41条の3から、適正な税額の算定に当たって不正行為を排除すべきことを要求されていると解されることからすれば、会計業務を委託された税理士は、委託者に対して、不正が疑われる状況にある場合には、その状況を報告すべき義務を負うというべきであると主張した。 本件において、保管金から院長出金の名目で複数回にわたって多額の金員が引き出されていることは、不正が疑われる具体的な状況であり、被告はこれを原告に報告すべきであったが怠ったため、注意義務違反に該当するとした。 2 被告の主張 一方、被告は、税理士が、従業員の不正を認識した場合に、依頼者に対し、当該不正を報告する義務が認められることはあっても、不正が疑われるべき状況を報告すべき義務はないとしたうえで、仮に、被告に報告義務が認められるとしても、本件において不正が疑われる状況にあったことは否認すると主張した。 被告は、保管金から「院長出金」として支出された金額について、「事業主貸」「店主勘定」として計上していたが、これらの項目には、一般的に、事業上必要な経費であるが領収書をもらえない支出や事業主の個人的な生活費の支払等が計上されるものであり、高所得の病院長であれば、一般的に事業主貸勘定は高額になり、毎月何百万単位の事業主貸勘定が発生することは特別なことではない、と反論した。 3 裁判所の判断 裁判所は、まず、原告は、被告に対し、不正行為の調査を委任したということはできず、顧問契約における委任事務は、税理士としての本来業務である税務代理、税務書類の作成、税務相談及び付随業務としての財務諸表の作成、会計帳簿の記帳代行に限られるというべきであると前提となる事実を述べたうえで、受任者である被告は、委任の本旨に従った善管注意義務を負うものの、顧問契約において、診療所の適正な運営、委任者である原告の財産の管理や保全が委任の本旨になるものではないため、善管注意義務の内容として、被告が、一般的に、原告の財産又は本件診療所の運営に対する不正が疑われる状況にあるのかどうかを判断し、原告に報告にすべきであったということはできないと判断した。 同時に、仮に、被告が委任事務を処理する際、会計上、不正行為が行われていることを知り、又は不正行為が行われていると疑われる状況を知ったにもかかわらず、原告に報告しなかったとしても、安易にこれを原告に報告することは、かえって当該不正行為を行ったと疑われた者に対する名誉毀損等の問題すら生じかねないのであって、法的な責任を負うべき義務違反はないというべきであると、原告の主張を退けた。 また、原告による税理士法1条、41条の3の趣旨から、被告に報告義務があったとする主張については、「税理士法1条及び43条の1は、税理士が納税義務の適正な実現を目指すことを規定するものであって、委任者の財産等の保護等を規定するものではない」としたうえで、「院長出金の増加や資金繰りの悪化の原因としては、従業員の横領以外の原因であることも十分あり得る」のであって、Aの横領によることが一見して明らかであったともいうことはできないにもかかわらず、被告が、原告に対し報告すべきであったということはできないと判断し、被告は、原告に対し、会計上、不正行為が行われていると疑われる状況を報告する義務があったということはできないと結論づけた。   【(争点1-3)被告は、原告に対し、決算報告等を行うべき義務を怠ったか】 1 原告の主張 原告は、被告が、原告に対し、決算報告、財務書類の説明を行ったことがなく、被告は、Aに対し、決算報告等をしていたと主張するが、否認するとして、原告に決算報告等を行う義務を怠ったと主張した。 2 被告の主張 被告は、Aを通じて、原告に対して決算書類や税務申告の説明・報告をしているし、被告が診療所を訪問した際に、原告と顔を合わせたときには、直接原告に対して説明・報告をしていると主張した。 具体的には、決算時期になれば、原告に決算説明のアポイントを入れ、基本的に原告及び同席していたAに対して、決算説明を行い、その際には、決算資料を原告に渡している。アポイントがとれない場合は、Aに対して説明を行ったが、それは、原告から会計や出納を含め、診療所に関する診療以外の事務についてAに任せているのでAに対して行うよう指示があったからである。 3 裁判所の判断 裁判所は、被告が、診療所のA宛に作成した決算書等の財務諸表を送付し、また、決算報告も電話でAに説明していたことを認めたうえで、Aについて、平成10年9月頃、AがBの事務を全て引き継いでおり、診療所内において、Bが担当していた財務諸表や決算報告の確認についても、Aが担当することになっていたと判断し、原告の明示の指示がなくとも、被告が、Aへ財務諸表を送付し、Aに決算報告を説明すれば、必要なことは原告に伝わるはずだと考えて、Aに財務諸表の送付や決算報告をしたことが、顧問契約上の義務に違反するということはできないと結論づけて、原告の主張を退けた。   【(争点1-4)被告は、Aから横領をしたと聞いた後、直ちに原告に報告すべき義務を怠ったか】 1 原告の主張 原告は、被告が、平成21年5月15日、Aから横領の事実を告白された後、受任者の善管注意義務に基づき、直ちに原告に当該事実を報告すべきであったにもかかわらず、これを怠ったと主張した。 2 被告の主張 原告の主張に対し、被告は、平成21年5月15日にAから横領の告白を受けた際、Aに対し原告へ横領の事実を告白するよう説得し、A本人の意思を尊重するとともに、横領額について帳簿上確認する必要があると判断して原告への報告を一時留保したのであり、報告を怠ったものではないと反論した。 3 裁判所の判断 裁判所は、「被告は、Aから、平成21年5月15日、3,000万円を横領した旨告白されたにもかかわらず、直ちにこれを原告に報告しなかったこと」を認めたうえで、被告は告白を受けてからおよそ1週間後には原告に報告しており、被告には、Aからの告白を受けて直ちにこれを原告に報告すべき義務があったとまで認めるに足りる証拠はないとして、原告の主張を退ける判断を行った。   【解説】 税理士による顧問先従業員不正発見義務については、富山地方裁判所平成12年8月9日判決がこれまでリーディング・ケースとされてきた。同判決は、医院を経営する原告とその顧問税理士である被告との間の事実関係を検討した結果、以下のように判示して、被告である顧問税理士に対する損害賠償請求につき、原告の訴えを却下する判決を下している。 本稿で取り上げた東京地方裁判所平成28年5月18日判決も、大筋で、この見解に沿ったものであり、上記③の報告義務についても、被告は、平成21年5月15日にAから自白された後、同月22日に横領の事実を伝えていることからすれば、「直ちに」報告を行ってはいないものの、被告による報告義務は果たされたといえよう。 こうした判示事項から、税理士が顧問先従業員の不正行為を発見できなかったことによる損害賠償責任を負う場合とは、以下のケースに限られると考えられる。 ① 委任者である納税者との合意事項として、「経営指導」を行う義務を有していること ② 同じく合意事項として、委任者の従業員の「不正の発見」を行う義務を有していること ③ 税理士が不正を発見したにもかかわらず、これを委任者に報告していないこと   (了)

#No. 229(掲載号)
#米澤 勝
2017/08/03
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