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[個別対応方式及び一括比例配分方式の有利選択を中心とした]95%ルール改正後の消費税・仕入税額控除の実務 【第3回】「個別対応方式と用途区分②」

[個別対応方式及び一括比例配分方式の有利選択を中心とした] 95%ルール改正後の 消費税・仕入税額控除の実務 【第3回】 「個別対応方式と用途区分②」   国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦   前回より個別対応方式の解説を行っているが、第3回である今回は、個別対応方式を選択した場合の用途区分の問題のうち、交際費・寄付金の取扱い、及び不動産関連費用の取扱いについて解説する。   4 交際費・寄付金の取扱い (1) 交際費の取扱い 仕入税額控除に関し個別対応方式を選択した場合、用途区分の問題が生じるが、法人税の場合と同様に、消費税についても交際費の取扱いは多少注意を要する。 以下で交際費の用途区分に関し留意すべき事項を挙げてみる。 ① 取引先に贈呈する中元・歳暮の購入費用 取引先が課税資産の譲渡等の相手である場合には、当該費用の用途区分は課税売上にのみ要する課税仕入れ等に分類すべきとなる。同様に、例えば、医療法人が人間ドック(自由診療で課税売上)を実施している場合、その人間ドックに従業員を送ってもらうため企業の人事部に贈る中元・歳暮の購入費用も、課税売上にのみ要する課税仕入れ等に分類すべきとなるだろう。 ② 取引先を旅行に招待する場合に要する費用 例えば、家電の卸業者が年に一回小売業者の店主等を招待して旅行を行うことがあるが、その際に要した費用は法人税法上一般に交際費に該当する(措通61の4(1)-15(4))。この場合も、取引先が課税資産の譲渡等の相手である場合には、当該費用の用途区分は課税売上にのみ要する課税仕入れ等に分類すべきとなる。 ③ 取引先に商品券を贈呈する場合に要する費用 取引先への中元や歳暮に商品ではなく商品券やビール券を贈呈することもあるだろう。この場合、商品券やビール券は物品切手等に該当するため、当該支出は非課税仕入れとなる(消法6①、別表第1四ハ、消基通6-4-4)。 ④ 得意先等に試供品として無償で提供する新商品の購入費用 販売促進目的で、得意先等に試供品として無償で新商品を提供することもよく見られるところである。この場合、その提供先は課税資産の譲渡の相手方とは限らず、当該費用の用途区分の判定が簡単ではないところである。 しかし、試供品を無償で提供するのは将来当該商品を購入する顧客を開拓するための活動であり、その費用は将来の当該商品の売上と結び付けられるべきであると考えられる。したがって、得意先等に試供品として無償で提供する新商品の購入費用は、新商品の売上が課税売上である限り、その用途区分は課税資産の譲渡等にのみ要するものに分類されることになる(消基通11-2-14)。 ⑤ 取締役数名による社内交際費 社長や取締役数名で、社長就任祝い等の名目で料亭などにおいて(飲酒を伴う)会食をすることがあるが、当該飲食費は法人税法上交際費(社内交際費)に該当するものと考えられる。 一方、このような費用の消費税法上の用途区分であるが、当該飲食費と法人の売上との明確な対応関係が見いだせないため、その用途区分は原則として課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するものに該当するものと考えられる。 ⑥ 建設現場の現場監督との交際費 ゼネコンが受注した商業ビル建設現場の現場監督を慰労するため、ゼネコンの社員が現場監督を招いて行った飲食の接待も、法人税法上交際費に該当するものと考えられる。 一方、上記⑤と異なり、当該現場監督との飲食費用は課税売上である商業ビル建設と結び付けられるものであることから、その用途区分は原則として課税資産の譲渡等にのみ要するものに該当するものと考えられる(消基通11-2-12、平成24年3月国税庁消費税室「―平成23年6月の消費税法の一部改正関係―「95%ルール」の適用要件の見直しを踏まえた仕入控除税額の計算方法等に関するQ&A〔Ⅱ〕【具体的事例編】問1-2参照)。 (2) 寄付金の取扱い 仕入税額控除に関し個別対応方式を選択した場合、用途区分の問題が生じるが、法人税の場合と同様に、消費税についても寄付金の取扱いは多少注意を要する。金銭による寄付や贈与は課税仕入れとはならないが、金銭以外の物品を寄付した場合には取扱いが異なる。 そこで、以下で寄付金の用途区分に関し留意すべき事項を挙げて検討してみる。 ① 高齢者ホームに寄付したピアノの購入費 消費税が課される物品を購入し、それを寄付する場合、当該課税物品の購入は課税仕入れに該当する。印刷業を営む事業者が近隣の高齢者ホームに寄付したピアノの購入費であるが、当該課税仕入れに対応する売上が存在しないため、その用途区分は原則として課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するものに該当するものと考えられる(消基通11-2-17)。 ② 寄付対象の私道に係る造成費 あるメーカーが取得した工場用地がいわゆる旗竿地(下図参照)であったことから、事業活動の便宜のため、公道へと通ずる部分の土地を私道として造成し、その後それを所在する市などの地方公共団体に寄付するケースが時々見受けられる。 【私道を造成し寄付した場合】 この場合、法人税法の取扱いは、寄付する私道の帳簿価額を工場用地の帳簿価額に振り替えることで、寄付による損失を発生させないようにしている(法基通7-3-11の5)。 一方消費税の取扱いであるが、寄付という行為に着目して、対応する売上がないものとしてその用途区分を課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するものに分類すべきと考えがちである。しかし、当該寄付は工場への通行の便宜を図るために行う行為であり、工場での生産活動(課税売上)と直接対応するものと考えられることから、用途区分に関しては、課税資産の譲渡等にのみ要するものに該当するものと考えられる。 ③ 近隣の神社に寄付した日本酒の一斗樽 近隣の神社で行われる夏祭りの際、法人が現金ではなく日本酒の一斗樽を奉納することがあるが、その仕入れ(課税仕入れ)に係る用途区分はどうなるのか。 この場合は、当該奉納(寄付)に対応する売上が存在しないため、その用途区分は原則として課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するものに該当するものと考えられる(消基通11-2-17)。   5 不動産関係費用 (1)  店舗兼用賃貸住宅の取得費 商店街で長らく小売業を営んでいた者が、店舗を閉じて引退し、その店舗を取り壊して跡地に1階を貸店舗、2階・3階を単身者向け賃貸部屋とする店舗兼用賃貸住宅を建設するという事例が日本全国で見られるところである。この場合、仕入税額控除について個別対応方式を採用したとき、当該店舗兼用賃貸住宅の取得費(建設費)の用途区分はどうなるのであろうか。以下の図で見ていこう。 【店舗兼用賃貸住宅の取得費(その1)】 この場合、1階の貸店舗から生じる売上(賃料収入)が課税売上となり、2階・3階の賃貸住宅から生じる売上(賃料収入)が非課税売上となる。そのため、当該店舗兼用賃貸住宅の取得費(建設費)の用途区分は、特に何もしなければ、課税売上及び非課税売上の共通対応分に分類されることとなる。 ただし、課税売上及び非課税売上の共通対応分に係る課税仕入れは、合理的な基準により課税売上のみに要するもの及び非課税売上のみに要するものに区分することが可能であれば、その合理的な基準による区分に基づき個別対応方式を適用することも認められている(消基通11-2-19)。 そのため、本件については、例えば建物の床面積割合により課税仕入れである建設費を課税売上のみに要するもの及び非課税売上のみに要するものに区分することも合理的と考えられる。これは、例えば建設初年度で店舗部分にテナントが入居せず、賃貸住宅部分にのみ入居者があった場合、課税仕入れ全体を共通対応分に分類してしまうと、課税売上割合がゼロとなってしまい、仕入控除税額もゼロとなってしまう不合理を回避するために採ることができる手段である。 すなわち、建設初年度の売上の偏りにより本来控除できるはずの仕入税額がゼロとなる不合理な事態を、課税売上となる1階部分の賃貸に対応する課税仕入れについては仕入税額控除の対象とするため、平年度の売上割合とほぼ同等と考えられる床面積割合を採用し是正しようという試みであると捉えられよう。 これを示したのが以下の図である。 【店舗兼用賃貸住宅の取得費(その2)】 (2) 用途未確定の賃貸マンションの取得費 都市部の駅に程近い土地に賃貸マンションを建設する場合、当該賃貸マンションは居住用のみならず事務所用としての需要があるケースがみられる。そのため、建設時には賃貸住宅用・事務所用いずれの用途にも使用できるような内装工事を行い、実際の需要を見て柔軟に対応する事業者もみられるところである。 この場合、マンションの建設工事が完了し、その引渡しがあった時点ではその用途が賃貸住宅用(非課税売上)・事務所用(課税売上)のいずれであるのか確定していないケースもあるだろう。このときの個別対応方式における用途区分であるが、引渡しを受けた時点で用途が確定しておらず、かつ期末においても未確定の場合には、建物の建設費に係る税額は賃貸住宅用のみに要するものではなく、また、事務所用のみに要するものでもないため、双方に共通して要するものに分類されることとなる。 建物の引渡しの時点では未確定であったが、その後課税期間の末日までに用途が確定した場合には、その確定した用途区分により個別対応方式の適用が可能となる(消基通11-2-20)。したがって、仮に課税期間の末日における賃貸住宅・事務所の区分が以下の図のようであるときは、それに基づき仕入税額控除の計算を行うことになるだろう(消基通11-2-19)。 【賃貸住宅・事務所用併用マンションの用途区分】 なお、引渡し時点では用途未確定で、その後入居者募集活動(住宅用又は事務所用いずれでも可)を行った結果、課税期間末日までに居住用としての入居者があったものの一部空室であったため、引き続き募集活動を行っている場合の用途区分はどうであろうか。この場合、課税期間末日におけるマンションの用途は未だ確定しておらず、非課税売上のみならず課税売上をも生じる可能性が残っている。 したがって、マンション全体の用途区分が未確定であるとして、その建設費は課税売上と非課税売上の双方に共通して要するものに分類すべきということになるものと考えられる。 *   *   * 次回は、個別対応方式・一括比例配分方式の有利選択について解説を行う。 (了)

#No. 63(掲載号)
#安部 和彦
2014/04/03

居住用財産の譲渡所得3,000万円特別控除[一問一答] 【第25問】「建物の一部を間貸ししている場合」-店舗兼住宅等-

居住用財産の譲渡所得 3,000万円特別控除 [一問一答] 【第25問】 「建物の一部を間貸ししている場合」 -店舗兼住宅等-   税理士 大久保 昭佳   Q Xは2階建ての家屋のうち、1階部分を自己の居住の用に供し、2階部分を他人に間貸ししています。 このほど、その家屋をその敷地と共に売却しました。 この場合、「3,000万円特別控除」の特例の適用範囲はどのようになるのでしょうか? A Xの居住用部分に対応する譲渡所得のみ、「3,000万円特別控除」の特例の適用を受けることができる。 〈解説〉 間貸ししている部分は、居住の用以外の用に供されていることから、その貸間に係る家屋部分とそれに対応する土地部分は、「特例」の適用を受けることはできない(措通31の3-7(店舗兼住宅等の居住用部分の判定))。 (了)

#No. 63(掲載号)
#大久保 昭佳
2014/04/03

税務判例を読むための税法の学び方【32】 〔第5章〕法令用語(その18)

税務判例を読むための税法の学び方【32】 〔第5章〕法令用語 (その18)   立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘   10 期限や期日を示す表現 (① 「以前」と「前」、「以後」と「後」) 【第27回参照】 (② 「期限」「期日」「期間」、③ 期間計算に関する国税通則法の定めと民法、④ 「・・・から・・・まで」)【第28回参照】 (⑤ 時をもって定める期限、⑥ 期限の特例と各種消費税の届出書、⑦ 国税通則法第10条第2項の期限の特例に関するその他注意点)【第29回参照】 (⑧ 期間計算が過去にさかのぼる場合、⑨ 「経過する日」と「経過した日」)【第30回参照】 (⑩ 「経過する日」と「満了する日」と法律上の年齢(前半部分)【前回参照】 ⑩ 「経過する日」と「満了する日」と法律上の年齢 (承前)この年齢の判定は、税法・税実務の点でも、当然影響がある。 例えば、国税庁発行の「年末調整のしかた(平成25年版)」には以下のように、年齢に関しては12月31日の現況によることが示されている。 そして、特定扶養親族については以下のようにある。 すなわち平成3年1月1日生まれの者は、平成26年1月1日ではなく平成25年12月31日において法律上年齢が23歳に達しているために「年齢19歳以上23歳未満」に該当しないのである。 また同様に、平成7年1月1日生まれの者は平成26年1月1日ではなく平成25年12月31日において19歳になっているために、「年齢19歳以上23歳未満」に該当することになる。 控除対象扶養親族として、「扶養親族のうち、年齢16 歳以上の人(平成10年1月1日以前に生まれた人)をいいます。」とあるが、これも同様、平成10年1月1日生まれの人は、平成26年1月1日ではなく25年12月31日において16歳に達しているために、「年齢16 歳以上の人」に該当することになる。 なお、この点を所得税法で確認しよう。 所得税法第2条第1項(定義規定)においては、単に「年齢16歳以上の者」としかなく、この点だけでは日と時刻いずれを単位とするか判断しかねる。しかしこの「12月31日」の意味は、暦年の最後の時の現況を意味するはずであるから、文脈上時刻を単位とすると考えるべきであろう。 だが、いずれにしても1月1日生まれの者は、この瞬間には年齢が加算されていることになるから、上記の「年末調整のしかた」記載のとおりになる。 最後に、「年齢のとなえ方に関する法律(昭和24年5月24日法律第96号)」というものを紹介しておこう(条文が1条しかない(特に「第1条」と明記していないが)が、独立した法律である)。 これを見てもやはり、あの厚生労働省の解説(前回参照)は疑問である。「高齢者の医療の確保に関する法律」の中に排除規定がない以上、問題があろう。 なお、ついでに記すが、総務省の法令データベースで所得税法を検索すれば、冒頭に「所得税法(昭和40年3月31日法律第33号)」とある。またこの年齢のとなえ方に関する法律も「年齢のとなえ方に関する法律(昭和24年5月24日法律第96号)」とある。しかし、年齢計算に関する法律の冒頭には「明治35年法律第50号(年齢計算ニ関スル法律)」とある。 これは「所得税法」や「年齢のとなえ方に関する法律」は法令の題名が法令の一部として付けられているが、年齢計算に関する法律は、法律の題名が付けられていない。この法案の件名が「年齢計算ニ関スル法律ノ件」となっていたところから、この件名を題名のように用いているだけであるため、法律の名称は「明治35年法律第50号」でしかないことから、このような標記となっている。 このように古い法律には、法律の題名が付されていないものも多い。 ⑪ 暦法的計算法 第28回に、期間の計算方法は、原則暦法的計算法による旨書いたが、この暦法的計算法をもう少し説明しよう。 この暦法的というのは「暦に従って計算する」ということであり、それはすなわち、1月を30日として日に換算して計算するのではなく、現行の太陽暦に従って計算することをいう。 この根拠法令である民法143条を改めて見てみよう。 これを表にまとめると、以下のようになるであろう。 ⑫ 期間計算の用語のまとめ ここで、これまで見た期間計算の用語について、まとめて振り返ってみる。 (了)

#No. 63(掲載号)
#長島 弘
2014/04/03

設備投資減税を正しく活用して強い企業をつくる~設備投資における管理会計のポイント~ 【第7回】「「設備投資の経済性計算」の代表的手法②」―正味現在価値法・投資利益率法―

設備投資減税を正しく活用して強い企業をつくる ~設備投資における管理会計のポイント~ 【第7回】 「「設備投資の経済性計算」の代表的手法②」 ―正味現在価値法・投資利益率法―   公認会計士・税理士 若松 弘之   前回は、「設備投資の経済性計算」の代表的な4つの手法である、 上記のうち、①②についての解説を行った。 今回は引き続き、③④についての解説を行っていく。 ③ 正味現在価値法 内部利益率法が目標利益率という「比率」をものさしとする方法であるのに対して、正味現在価値法は設備投資によって、どの程度の超過キャッシュ・フロー(正味現在価値)が発生するかという「金額」そのものをものさしとする方法である。 設備投資には一定程度の不確実性やリスクが伴うが、正味現在価値法では、超過キャッシュ・フローそのものを踏まえたうえで、「この設備投資額に対して、この程度の超過キャッシュ・フローではリスクを取りすぎである」などの判断がしやすい方法ともいえる。 ただし、正味現在価値には、「資本コスト」や「割引率」の算出という技術的なハードルも存在する。 「資本コスト」とは分かりやすくいうと、その企業の信用状態や株式市場での株価評価などを反映した、企業独自の資本調達コスト(率)である。 例えば、A社は財政状態が良く金融機関からの信用も厚いため、借入利率3%で100万円を調達できたのに対して、B社は信用が薄いため、借入利率が10%でしか資金調達できなかったとしよう。 投資期間1年、設備の売却価値ゼロとして話を単純化すると、A社は1年後に103万円の収入があれば、利息の3万円を支払って正味キャッシュ・フローはゼロとなる。 一方、B社においては110万円の収入があってはじめて、利息10万円を差し引いた正味キャッシュ・フローがゼロになる。 したがって、外部からの資金調達を前提にすると、A社にとっては現在の100万円と1年後の103万円は同じ価値であり、現在価値への割引率(資本コスト)は3%となる。 同様にB社における割引率は10%となる。たとえ、外部借入れではなく、手許の自己資金による設備投資であっても、その分の資金が設備として長期間拘束される以上、「キャッシュの時間的価値」である資本コストは考慮しなければならない。 なお実務においては、銀行借入れなどの「間接金融」に係るコストだけではなく、株式発行による資本調達などの「直接金融」に係るコストも考慮しなければならない。 直接金融コストの算定には、企業業績と自社株価変動の相関係数を算定するなどの統計的手法が必要となる。したがって、客観的な取引価格としての市場株価が得られない非上場企業については多くの仮定を設けるなど、算定が難しい面がある。 本稿では、適切な資本コストがおおよそ把握できたとものと仮定して話を進めたい。 では、資本コスト(割引率)を5%と想定した場合、前回検討した設備投資案AとBの設例を用いて、正味現在価値を比較してみよう。 上記のとおり、資本コスト(割引率)が5%の場合、B案の正味現在価値601万円が、A案の正味現在価値520万円を上回ることになり、経営者はB案を選択することが合理的といえる。 留意すべき点はこの選択結果が、設備投資案A案を選択すべきとした①回収期間法と②内部利益率法(前回参照)とは反対になることである。 ④ 投資利益率法 ①から③の手法がキャッシュの回収や現在価値を対象にした方法であるのに対して、投資利益率法は、「会計上の利益」を設備投資効果の指標と捉える方法である。 したがって、この方法では設備投資によって既存の損益計算書がどのように増減するかを試算する必要がある。 上記の場合、設備投資によって年間900万円の営業利益が増加することになるため、投資利益率は、900万円÷3,000万円(設備投資額)=30%(年)となる。 投資利益率の算定において、税引後利益や設備の帳簿価額の期中平均残高を使用して算出する手法もあるが、上記のように、支払利息計上前の営業利益を設備投資総額で除する方法が簡便的であるため、中小企業等でも広く利用されている。 なお、今回の税制改正の目玉である「生産性向上設備投資促進税制」においても『生産性の向上に係る要件は、投資計画における投資利益率が15%以上(中小企業者等にあっては、5%以上)』との記述があり、この「投資利益率」としては、簡便的な会計上の投資利益率が用いられる可能性も高いと考えられる。 ただし、投資利益率法は、あくまで会計上の「利益」をベースにしているため、「キャッシュ」がどの程度回収されているか、その採算性や正味現在価値などを考慮していないという問題がある。また、減価償却による節税及び自己金融効果を考慮していないことにも留意しておくべきである。   〈各手法の長所と短所〉 前回と今回で解説してきた4つの手法の長所と短所を整理すると、次のとおりである。 ちなみに減損会計や企業価値評価、株価算定実務などで用いられているDCF法(Discounted Cash Flow法)とほぼ同じ考え方を採用しているのが「正味現在価値法」である。 したがって、設備投資額が多額にのぼったり、設備投資の頻度が多かったりする上場企業などにおいては、一般的に正味現在価値法の採用が望ましいと考える。 一方、そこまでの厳密性を求めない程度でのものさしが必要な非上場企業や中小企業では、それ以外の手法を状況や重要性に応じて使い分けしてもいいのではないだろうか。 いずれにせよ、現状、設備投資に関して何らの客観的なものさしを使っていない企業では、いずれの手法であっても導入する価値がある。 なぜなら、設備投資がうまくいかなかった場合ほど、「なぜ、こんな設備投資にゴーサインを出したのか。誰が、いつ、どのような材料を踏まえて意思決定したのか」という点が後々問題になることが多いからである。 適時適切な検討を行ってもなお設備投資の失敗は起こりうるが、その場合でも、検討過程のどの部分の見積りに問題があったのかを省みることができれば、1つの経験値となり、別の設備投資機会においては見積りの精度向上につながるであろう。  *   *   * 次回では、「設備投資の経済性計算」では判断が難しい場合について解説を行う。 (了)

#No. 63(掲載号)
#若松 弘之
2014/04/03

企業担当者のための「不正リスク対応基準」の理解と対策 【第3回】「不正リスクに対応するための内部統制とリスクマネジメント」

企業担当者のための 「不正リスク対応基準」の理解と対策 【第3回】 (最終回) 「不正リスクに対応するための内部統制と リスクマネジメント」   公認会計士 金子 彰良   前回、不正リスクを識別するための不正リスク要因の重要性について触れたが、最終回である【第3回】では、企業における不正リスク対応基準の付録1「不正リスク要因の例示」を受けた対応について解説する。   《付録1「不正リスク要因の例示」の性質と企業の不正リスク対応》 不正リスク対応基準を監査人の問題、また、監査を受ける立場として質問対応などに影響は限定されるという見方ではなく、企業として様々な不正のタイプに対応しうる内部統制と不正リスクマネジメントを構築する契機と捉えることができる。 そのために、不正リスク要因の検討から不正リスクの識別にいたる、いわゆる「不正が発生するしくみ」を理解しておくことが、企業にとって今後どのように不正に対応していくべきかを考える手がかりになると考えられる。   ところで基準において、付録1「不正リスク要因の例示」にあげられている項目は、チェックリスト的に使用されることを意図していない。そこに挙げられている例示は典型的なものであって、網羅的なものではない。すなわち、自社にとって他に不正リスク要因が存在すれば検討しなければならないということである。そして、不正リスク対応基準の中では、基準というものの性質上、具体的な動機・プレッシャーに関する不正リスク要因を洗い出す手法までは明示されていない。 そこで本稿では、付録1「不正リスク要因の例示」をヒントにしながら、既存の企業内で作成していると思われる内部統制の資料を活用して、不正リスクに対応する方法をまとめた。 もっとも、不正リスクに関する企業内における対応組織、不正リスクのマネジメントプロセスは企業によって異なる。したがって、実情に応じて、自社の内部統制の運用または不正リスクのマネジメントプロセスへ組み込んでいただきたい。   《動機・プレッシャーの検討》 最初に、不正リスク要因のうち「動機・プレッシャー」について検討する。付録1の動機・プレッシャーに関する典型的な状況をまとめると次のようになる。 上記は日本企業における過去の不正事案を分析した結果まとめられた典型的な不正リスク要因である。これらから分かることは、業績が悪化した場合にそれを隠すインセンティブが働いて不正な財務報告につながっているということである。外部及び内部からの期待と実際の業績のバランスが崩れた時に、売上を偽装したり、会計数値を操作したり、損失を隠蔽したりすることによって、崩れたバランスを取り戻そうとする。   企業は、付録1の例示をヒントにしつつも、他に自社に不正リスク要因が存在するかどうか、どのように検討すればよいだろうか。 対応策としては、既存のリスクマネジメントのしくみの中で識別・評価・対応されているビジネスリスクを利用することが考えられる。株主・投資家にとって投資判断に影響を及ぼすようなビジネスリスクは有価証券報告書の中でも事業等のリスクとして開示されている。 これらで管理されているリスク事象を起点にして、次の事項を検討しておくことが重要である。 上記は、ビジネスリスクを起点としたので、既存のリスクマネジメントのしくみを利用することが考えられるが、リスク情報の共有を含めたそのようなしくみが未成熟な場合には、別途ビジネスリスクを洗い出すことになる。その際には、業界環境を中心とした外部環境の分析としていわゆる「Five-Force分析」、またマクロの外部環境の分析としていわゆる「PEST分析」と呼ばれる視点をベースにビジネスリスクを考えるとよい。   動機・プレッシャーに関連する不正リスク要因は、ビジネスリスクを起点として企業内部の組織・プロセスへの影響と、最終的に偽装・操作・隠蔽される財務報告項目を検討する。この検討をできるだけ網羅的に行うためのツールとして、「組織・ビジネスモデル」を作成するのもよい。この組織・ビジネスモデルは、企業の外部環境と内部環境を大きく概括的にとらえて、事業環境全体を俯瞰することができるようにモデルとして表現したものである。 下の図表は、アパレル事業を営む企業を例に組織・ビジネスモデルを作成した例である。 【図表】組織・ビジネスモデル(アパレル事業)の例 (画像をクリックすると別ウィンドウでPDFが開きます) この組織・ビジネスモデルでは、不正リスクの検討をしやすいように、外部環境要素を経済的なつながりの観点から5つにカテゴリー分けしている。 また、内部環境要素をマネジメントの階層を意識して3つにカテゴリー分けしている。 この組織・ビジネスモデルを使用すると、不正リスク要因を目に見える形で押さえながら検討することができる。このことをイメージするために、サンプル図表のアパレル事業の組織・ビジネスモデルを使って不正リスク要因の検討例を以下に示す。 上記のような検討を組織・ビジネスモデルを使うことによって、関係者の間で理解・共有しやすくなるだけでなく、不正リスク要因の検討の漏れを防ぐ効果も期待できる。   《機会の検討》 次に、不正リスク要因のうち「機会」についての検討である。「動機・プレッシャー」が存在しても、不正を行う機会がなければ、実施することはできない。この「機会」は、企業の内部統制のしくみと密接な関連がある。内部統制は経営者が事業目的を達成するために構築するものであり、つまり、どの程度の機会を与えるかは、経営者の意思の表れでもある。 内部統制の推進・評価担当者としては、既存の内部統制のしくみについて、不正リスクの観点から再点検するのが良い。 以下では、付録1の「機会」に例示された項目について、関連する内部統制のしくみと合わせて企業としての対応方法を整理してみる。   ① 内部統制の評価範囲に関連した対応 一つは、内部統制評価報告制度における評価対象範囲の点検である。付録1では、企業の属する産業や事業特性に起因して不正な財務報告に関わる機会として、次のような要因を具体的に例示している。 ここに挙げられている例示が自社にも存在し、他の不正リスク要因と合わせて検討したときに、不正リスクに該当すると判断した場合には、評価対象範囲にも含めているか確認をする。また、含めている場合にもその評価作業が形骸化していないかを検討する。 評価対象範囲への影響としては、多くの場合、次の2つが想定される。 ② リスク・コントロールマトリクスのレビュー もう一つは、業務プロセスに係る内部統制の文書化で作成しているリスク・コントロールマトリクスの点検がある。不正リスク要因としての「機会」は、企業内部の構成員に与えられた「権限」を意味するが、これに関連して付録1では、不正な財務報告に関わる機会として次のような要因を例示としてあげている。 企業内の各構成員にどの程度の機会(権限)を与えるかは、経営者の企業経営の思想と関係してくる。言い換えれば、企業全体の目的と業務の有効性・効率性を含めたチェック機能としての内部統制のバランスのとり方に関係してくる。 開示すべき重要な不備の事案における原因分析でも、特定の者に過度に権限が集中していたためチェック機能が働かなかったり、決裁権限をすり抜ける形で不正を実行する例が見受けられた。 また、情報システムのユーザアカウントに付与する権限設定も不正と強い関連を持つ。ユーザアカウントの申請と承認に関する手続や適切なアクセス権の申請と承認に関する手続、定期的なレビュー手続などに不備がある場合、情報システムを使用した不正の機会を与えることになる。 これについては、既存の内部統制の評価資料として作成しているリスク・コントロールマトリクスやITに係る全般統制のチェックリストの再点検を実施する。特に「動機・プレッシャー」の不正リスク要因で検討した結果、偽装・操作・隠蔽される可能性がある財務報告項目に対して注意する。当該財務報告項目の計上に至るプロセスで、不正リスクが認識されているか、その不正リスクに対する統制が存在し、かつ有効に機能しているかを点検しなければならない。 前述した動機・プレッシャーで取り上げたアパレル事業の検討例では、売上高を偽装することで売上高目標を達成したり、在庫高を操作して粗利益目標を達成する可能性があった。この場合、売上と在庫の計上プロセスに関するリスク・コントロールマトリクスを再点検する(なければ追加して作成する)。 例えば、店舗からの売上報告とは別に小売事業責任者が本社で売上伝票を計上しているかもしれない。もしくは、店舗から受領した実地棚卸報告のデータを改竄して本社で在庫操作するかもしれない。これらのリスクに対応するコントロールがなければ、あらためて業務プロセスに組み込むことになる。 内部統制は一度構築をしたら終わりではなく、それを維持管理していくことが必要である。維持管理するというのは、同じ状態を保つ(何もしない)ということではなく、外部・内部の環境変化に応じてリスクを見直し、継続的に改善をしていくことを意味する。今回の不正リスク対応基準の導入にあたって、もう一度不正の観点で自社のリスク・コントロールを点検して欲しい。   最後に、不正リスク要因のうち「姿勢・正当化」について検討する。付録1の姿勢・正当化に関する典型的な状況をまとめると次のようになる。 企業側が主体的に対応をとれるのは(1)である。不正のトライアングルによれば、動機・プレッシャーがあり、機会が与えられたとしても、不正は発生しない。それは、この姿勢・正当化の要素が欠けているからである。 動機・プレッシャーは、個人が作り出す場合もあるが、外部環境や内部環境の変化という企業・個人のコントロールできないものから生まれる。また、機会は内部統制の構築によってある程度コントロールすることができるが、完全になくすことはできない。それでも、不正が発生しなかったとすれば、それは、姿勢・正当化の要素が欠けていたことによって、踏みとどまったことになる。 このように姿勢・正当化は人の心の働きに関わるものであることを考えると、不正を防止するためには、組織における倫理規程やコンプライアンスの遵守と、不正を決して許さない企業風土の醸成が重要になってくることがわかる。   したがって、企業として姿勢・正当化の不正リスク要因を検討する一つの具体的な方法は、全社的な内部統制のチェックリストを不正リスク対応の観点から点検することである。 ① 統制環境 例えば、統制環境の要素である、経営層の経営姿勢や、監査役または監査役会による監督機能、倫理・行動規準などの運用状況について確認をすることが考えられる。経営者にとっては自己を律する強い意思が求められるが、実際に起きている不正な財務報告の事案の中には、経営者による内部統制の無視が原因となっている場合も少なくない。動機・プレッシャーと機会の2つの不正リスク要因の検討で該当する事象が存在し、その上で経営者が自ら正しい財務報告の作成と開示をするための努力を怠っている、または妨害するような行動をとっている場合は、不正リスクは高いと考えられる ② 情報と伝達 また、情報と伝達の要素では、内部通報制度の構築と活性化の観点からの確認をすることが考えられる。実際の事案では、不正リスクに対応する内部統制を無効化された場合にいかに対応するかも大事になる。経営理念や企業倫理の伝達・実践や業務遂行上の職務分離、従業員相互の内部牽制機能の発揮だけで不正を防止できないときに、内部通報制度を利用した早期の不正発見に依存することになる。 ③ モニタリング さらに、モニタリングの要素では、内部監査活動の点検をすることが考えられる。上記の不正防止プログラムの整備・運用状況を評価したり、不正リスクを識別した場合に、それに対応する内部監査手続を作成したりすることが考えられる。内部監査機能による独立した立場からの監査によって、企業の不正リスク管理体制の適切な整備と的確な運用に関する合理的な保証が提供されることになる。 *   *   * 以上、3回に分けて「不正リスク対応基準」の理解と対策について解説してきた。不正リスク対応基準の設定を契機に、企業では組織内の不正を阻止する風土の醸成と不正リスクの観点からリスク・コントロールの再評価が求められている。 本連載を参考に、企業内で内部統制を推進または評価する担当者の方が主体的に不正リスク対応の活動を進めてもらえれば幸いである。 (連載了)

#No. 63(掲載号)
#金子 彰良
2014/04/03

過年度遡及会計基準の気になる実務Q&A 【第9回】「注記に関する表示方法の変更」

過年度遡及会計基準の気になる実務Q&A 【第9回】 「注記に関する表示方法の変更」   公認会計士 阿部 光成   《解 説》 「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号。以下「過年度遡及会計基準」という)及び「比較情報の取扱いに関する研究報告(中間報告)」(会計制度委員会研究報告第14号。以下「研究報告」という)に基づいて解説を行う。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅰ 表示方法の定義 過年度遡及会計基準において、「表示方法」とは、財務諸表の作成にあたって採用した表示の方法(注記による開示も含む)をいい、財務諸表の科目分類、科目配列及び報告様式が含まれると規定されている(過年度遡及会計基準4項(2))。   Ⅱ 注記に関する表示 1 論点 例えば、当事業年度の損益計算書関係の注記において、前事業年度まで「その他の販売費及び一般管理費」として表示していた費目について、重要性が高まったことから独立科目として別掲することが考えられる。 財務諸表本表ではなく、注記事項について、「その他」に集約していた費目を、独立科目として別掲する場合に、「表示方法の変更」として取り扱うのかどうかの論点があると考えられる。 2 考え方 過年度遡及会計基準における「表示方法」の定義には、「注記による開示も含む」と規定されていることから、研究報告Q9のAでは、注記による開示について変更する場合も表示方法の変更に該当するものと考えられるとし、原則として、前期の注記の組替えを行い表示方法の変更に関する注記を行うことになると述べている(過年度遡及会計基準14項、16項)。 ただし、注記事項に関する表示方法の変更については、前期の注記の組替えを行うことになるとしても、「表示方法の変更に関する注記」において詳細に説明するほどには重要性が乏しいと判断されることもあると考えられる。 このため、研究報告Q9のA(1)では確認的に「なお書き」を記載し、「表示方法の変更に関する注記」では、注記すべき事項に重要性が乏しい場合には、注記を省略することができるとされていることについて述べている(財務諸表等規則8条の3の4第3項)。 3 税効果会計に関する注記の例 注記事項について表示方法の変更に該当するケースとしては、例えば、「税効果会計に関する注記」(財務諸表等規則8条の12)が考えられる。 繰延税金資産及び繰延税金負債の発生の主な原因別の内訳の開示に際し重要性が高まったことから独立の項目として別掲したり、法定実効税率と税効果会計適用後の法人税等の負担率との間に差異があるときは当該差異の原因となった主な項目別の内訳を開示することになるが、その際に、重要性が高まったことから独立の項目として別掲するようなケースが考えられる。 このように、注記事項について表示方法の変更に該当するケースがあるので、注意が必要である。 【注記に関する表示方法の変更の開示例】 (了)

#No. 63(掲載号)
#阿部 光成
2014/04/03

経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第38回】退職給付会計⑤「退職給付債務―退職給付見込額の見積り」

経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第38回】 退職給付会計⑤ 「退職給付債務―退職給付見込額の見積り」   仰星監査法人 公認会計士 菅野 進   〈事例による解説〉 〈計算方法の解説〉 企業会計では、退職給付の支払いは労働の対価として支払われる賃金の後払いと考えており、退職給付は勤務期間を通じた労働の提供に伴って発生するものと捉えています。 そのため、退職給付は支払いの有無にかかわらず、労働の提供に応じて費用計上するという発生主義による会計処理が必要となります。 そこで将来の退職給付のうち当期の負担に属する額を当期の費用として計上するとともに負債の部に計上していくこととなりますが、この当期末に負債の部に計上されるべき退職給付を「退職給付債務」といいます。 退職給付債務は、退職により見込まれる退職給付の総額(以下「退職給付見込額」)のうち期末までに発生していると認められる額を割り引いて計算します。 退職給付債務の計算は、次の3つのステップに分けることができます(図1)。 今回はSTEP1について解説します。 《図1》   STEP1の退職給付見込額は、原則として個々の従業員ごとに見積もって計算します。ただし、従業員を年齢、勤務年数、残存勤務期間及び職系(人事コース)等によりグルーピングすることもできます。 退職給付見込額の見積りの際には、合理的に見込まれる退職給付の変動要因を考慮して見積もることとされており、その変動要因には退職率、死亡率、予想昇給率等があります。 この変動要因は、従業員の予想退職時期ごとに従業員に支給されると見込まれる退職給付額に加味します。 また、退職給付見込額の見積りにおいては、退職事由(自己都合退職、会社都合退職等)や支給方法(一時金、年金)により給付率が異なる場合には、原則として退職事由及び支給方法の発生確率を加味して計算することとされています(退職給付に関する会計基準の適用指針7)。 さらに、年齢加算金や役職又は資格に応じて加算される資格加算金等の一定要件を満たした場合に退職給付額に加算される給付金は、その一定要件を満たすことが合理的に予測できる場合にのみ退職給付見込額の見積りに含めます(退職給付に関する会計基準の適用指針9)。 一方、臨時に支給される退職給付等であってあらかじめ予測できないものは、退職給付見込額に含みません。 例えば一時的に支払われる早期割増退職金は、将来の勤務を放棄する代償であり失業期間中の補償であるため退職給付見込額の見積りには含めず、従業員が早期割増退職制度に応募し、かつ、当該金額が合理的に見積もられる時点で費用処理します(退職給付に関する会計基準の適用指針10)。 なお、退職給付見込額の対象となる従業員には、期末において受給権を有していない従業員も含みます(退職給付に関する会計基準の適用指針7)。 *   *   * 次回はSTEP2の算定基準である期間定額基準と給付算定式基準について解説します。 (了)

#No. 63(掲載号)
#菅野 進
2014/04/03

パワーハラスメントの実態と対策 【第1回】「職場で起きるハラスメント」

パワーハラスメントの実態と対策 【第1回】 「職場で起きるハラスメント」   特定社会保険労務士 大東 恵子   〈はじめに〉 ここ数年、各方面から「ハラスメント」という言葉をよく耳にするようになった。 職場においては、「セクシャルハラスメント」「パワーハラスメント」「モラルハラスメント」「ジェンダーハラスメント」「アルコールハラスメント」など、多くのハラスメント行為が問題視されており、裁判にまで発展するケースも数多く報告されている。 21世紀職業財団が行った調査では、約5割の会社で「何らかのハラスメント行為が発生している」という結果が出ており、現在もなお増加傾向にあると言われている。また、その責任も、加害者だけではなく会社に対しても追及され、両者に対して損害賠償を命ずる判例も数多くある。 例えば、ある病院内で起きたパワハラに関する判例では、加害者に対して1,000万円、使用者である病院側に対しては500万円の損害賠償が命ぜられた(誠昇会北本共済病院事件,平16.9.24判決)。 このように、職場におけるハラスメントの問題は、決して対岸の火事では済まされない、身近でとても大きな問題となっている。 職場で起こるハラスメントには上記のとおりさまざまなものがあるが、以下では、「セクシャルハラスメント」と「パワーハラスメント」について整理したい。   〈セクシャルハラスメント〉 セクシャルハラスメント(セクハラ)とは、性的嫌がらせ・性的脅かしのことをいい、「相手方の意に反する性的な言動で、それに対する対応によって仕事を遂行する上で一定の不利益を与えたり、就業環境を悪化させたりすること」と定義される。 1999年には、男女雇用機会均等法が改正され、事業主にセクハラ防止の配慮義務が課された。2007年にはさらなる改正が行われ、セクハラの被害対象を女性のみから男性を含めた労働者全般にまで拡げ、事業主の義務もより強化された。セクハラの防止を就業規則に規定すること、情報の周知や相談窓口の設置が求められている。 このように法律で事業主の対応がしっかりと定められているので、実際に事件が起こり、その義務を果たしていなかった場合の責任は重い。   〈パワーハラスメント〉 パワーハラスメント(パワハラ)とは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、義務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義される(厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告(平成24年1月)」より)。 平成24年に厚生労働省が行った調査では、過去3年間に45.2%もの会社がパワハラに関する相談を受け、そのうちの70.8%に実際にパワハラに該当する事案があったと報告している。 このようにパワハラは、ハラスメントの中でも、近年急速に増加している問題の一となっている。 パワハラというのは、その性質上、上司や先輩など職場におけるなんらかのパワー(権力)を持つ者が「指導」や「叱責」と称して行うケースが圧倒的に多い。そのため、罵声や暴言など一見するととんでもないと思う行為も、指導や叱責という名の元に実態が隠れてしまい、気づいた時には大きな問題に発展してしまうケースも少なくない。 一方、「パワハラ」という言葉が広まったことにより、「ミスを指摘したり、注意しただけなのに、パワハラだと言われてしまい、指導がやりにくい」という現場の声も多くある。 このように職場におけるパワハラは増加傾向にあるにもかかわらず、その実態から線引きが難しく、とても扱いづらい問題である。 しかし、放っておくと職場環境は悪化し、仕事能率は落ち、業績は低迷する。結果的にこの「パワハラ」は損害賠償にまで発展してしまい、金銭だけでなく会社の評判までも失いかねない、大きなリスクのある問題なのである。 *  *  * 次回から、このパワハラに着目して、その実態を探っていきたい。 (了)

#No. 63(掲載号)
#大東 恵子
2014/04/03

事例でわかる消費税転嫁対策特別措置法のポイントQ&A 【第1回】「下請法対応が万全であれば安心か?」

事例でわかる消費税転嫁対策特別措置法のポイントQ&A 【第1回】 「下請法対応が万全であれば安心か?」   のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 山田 瞳     1 「特定事業者」と「特定供給事業者」 「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」(以下「消費税転嫁対策特別措置法」という)は、消費税転嫁拒否等の行為として、以下の5つの行為を禁止している(※1)。 (※1) 消費税転嫁対策特別措置法の概要については、本誌掲載の拙稿「『消費税転嫁対策特別措置法』を理解するポイント」参照。 これらの行為は、あらゆる事業者間のすべての取引において禁止されるわけではなく、「特定事業者」が「特定供給事業者」から供給を受ける商品・役務に関して行った場合にのみ禁止されている(※2)(消費税転嫁対策特別措置法3条)。 (※2) ただし、消費税転嫁対策特別措置法が適用されない取引についても、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律における優越的地位の濫用、下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という)が適用される可能性があるため、注意する必要がある。 そこで、消費税転嫁拒否等の行為を行わないようにするためには、まず、「特定事業者」及び「特定供給事業者」の範囲を理解し、どの取引が規制の対象になるかという入り口の部分の判断を誤らないようにすることが肝要である。 「特定事業者」及び「特定供給事業者」の概要は以下のとおりである(消費税転嫁対策特別措置法3条)。大規模小売事業者とそれ以外の法人事業者とで、消費税転嫁拒否等の行為が禁止される取引先(特定供給事業者)の範囲が異なることがポイントとなる。   2 下請法の規制対象となる取引 「減額」、「買いたたき」、「商品購入、役務利用または利益提供の要請」といった消費税転嫁拒否等の行為は、下請法でも禁止される可能性のある行為である。 そこで、下請法の適用範囲を確認しておくこととしたい。 下請法は、①資本金に関する要件、②委託内容に関する要件の両方を満たす取引に限り適用される。 資本金に関する要件(上記①)は、「親事業者の資本金額が○円超の場合は資本金額○円以下の取引先(下請事業者)が対象」というように、親事業者の資本金額と下請事業者の資本金額の関係により、規制対象とされる取引を限定しており、下請法が適用される取引においては必ず親事業者の資本金額の方が下請事業者の資本金額よりも大きくなる。 また、委託内容に関する要件(上記②)は、製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託という下請法所定の類型に当てはまる取引に限り、規制対象とするというものであり、委託ではない単純な売買取引や、発注者が自社で使用するための物品の製造を委託すること(※3)は、下請法の規制対象とされない。 (※3) 一部例外は存在する。 そのため、例えば以下の取引には、下請法は適用されない。   3 下請法よりはるかに広い規制対象 これに対し、消費税転嫁対策特別措置法における「特定事業者」・「特定供給事業者」の考え方は、下請法にいう「親事業者」・「下請事業者」とは全く異なっており、圧倒的に幅広い範囲をカバーしている。 具体的には、下請法と比較すると、消費税転嫁拒否等の行為の禁止の対象となる取引は、以下の特徴がみられる。 したがって、継続的に取引が行われている限り、上記a~dのすべての取引において、消費税転嫁拒否等の行為が禁止されることになる。 さらに例を挙げれば、以下の取引は、継続的な取引関係を前提とする限り、すべて消費税転嫁拒否等の行為の禁止の対象となる(買手が大規模小売事業者以外の場合は、売手の資本金が3億円以下のときに限る)。   4 まとめ 以上のとおり、消費税転嫁対策特別措置法の消費税転嫁拒否等の行為の禁止がカバーする取引の範囲は、下請法と比べて極めて広い。 したがって、これまで下請法への対応を的確に行ってきた企業においても、下請法が規制対象としない取引先や取引内容について、新たに、買いたたき等の行為を行わないようにするための方策を講じる必要がある。 (了)

#No. 63(掲載号)
#大東 泰雄、山田 瞳
2014/04/03

香港「新会社法」の施行と現地日系企業への影響

香港「新会社法」の施行と現地日系企業への影響   アースタックス税理士法人 アースタックス・ビジネスコンサルティング(香港)有限公司 税理士 白水 幹範   1 新会社法への改正の背景 旧会社法の現代化に向けた改正への取り組みは2006年に開始され、数年間の議論を経て、2012年7月の法案可決に至っている。 改正前の会社法(香港法律第32章。以下「旧会社法」)は、1932年に制定された法律に数多の修正を重ねたもので、現状にそぐわない部分が指摘されていた。 今次の改正により、旧会社法の主要な部分は、新たに設けられた第622章に大幅に内容を増強した上で移されている。一方、旧会社法は、会社清算に関する条項等のみを残し「会社法(清算及びその他の条項)」と名称を変えた上で残されている。 なお、新会社法は、921項の条文、11の附則及び12の附属法例から構成されている。 新会社法は、主に以下の4つを目的としている。 これらを通じて、香港の国際ビジネス・金融センターとしての地位の向上に資することを目指している。   2 新会社法の主な変更点 新会社法の主な改正点をまとめると、下表のとおりである。   3 現地日系企業がおさえておくべき新会社法のポイント 今回の新会社法が、現地に進出している日系企業及び取締役になっている方に影響があるポイントについて、以下に概括したい。 (1) 基本定款の廃止 旧会社法のもとで設立された会社(以下「既存の会社」)は、基本定款(Memorandum of Association)及び通常定款(Articles of Association)を作成していたが、改正により基本定款が廃止され通常定款のみとなった。 既存の会社の基本定款の条項については、自動的に通常定款の条項とみなされる。ただし、下記(2)との関連で、基本定款の条項のうち授権資本及び株式の額面に関する項目については削除されたものとみなされる。 (2) 資本金 ① 額面株式の廃止 額面株式の制度が廃止され、額面株式を発行しているすべての会社に無額面株式が強制適用されることとなった。これは額面株式が、新株発行の阻害要因となったり会計制度を不必要に複雑にしたりというような実務上の問題を発生させ、時代にそぐわない考え方であるためである。 無額面株式への円滑な移行を行うため、新会社法の施行日以前に発行されたすべての額面株式は無額面株式とみなされる旨の規定が設けられ、転換手続きは必要とされない。 ② 授権資本の廃止 額面株式の廃止に伴い、授権資本及び資本剰余金についても廃止された。資本剰余金の残高は新会社法の施行日以降は資本金の金額とみなされる規定が設けられており、特段の手続きは必要とされない。 (3) 取締役 ① 法人取締役に対する制限 すべての私的会社は少なくとも1人以上の自然人の取締役を設置しなければならないこととされた。これは、透明性と説明責任の向上を目的としたものである。 法人取締役のみの既存の私的会社には、新会社法施行後6ヶ月の猶予期間が与えられる。新しい取締役の選任については、15日以内に会社登記局へ届け出なければならない。 ② 取締役の善管注意義務 取締役への明確なガイダンスを提供するために、取締役の善管注意義務及び第三者に対する損害賠償責任のルールについて明確化された。また、取締役の利益相反取引についてのルールについても明確化された。 なお、3年を超える期間取締役に就任する場合には、株主の承認が必要とされることとなった。 (4) 年次報告書及び監査報告書 ① 年次報告書 私的会社の年次報告書の提出要件については、特に変更はない。公開会社及び保証会社の年次報告書の提出要件に変更があるが、ほとんどの日系企業には影響がないものと考えられる。 ② 財務諸表及び取締役報告書 中小企業については、特別決議により簡易的な財務諸表及び取締役報告書の作成が認められる。 簡易的な報告書の作成が認められるのは、以下のいずれか2つの要件に該当する私的会社である。 これらの要件を満たさない大規模な会社は、事業報告書(Business Review)の作成が必要となる。 なお、会計監査については引き続きすべての会社に必要とされる。 (5) 株主総会 株主の全員の同意により、年次株主総会の開催を免除することができることとされた。また、株主総会は、各種通信手段を通じて複数の場所で開催することができることとされた。 (6) コモンシール(金属製の会社印) コモンシールの保管及び使用は任意とされた。 (7) 届出等の書式 会社登記局への届出等の書式は、新しい書式に変更されている。 経過措置として、大部分の旧書式は、新会社法の施行日から3ヶ月間はそのまま受領されるが、いくつかの書式については、新しい書式のみしか受領されないため留意が必要である。 (了)

#No. 63(掲載号)
#白水 幹範
2014/04/03
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