経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第21回】 減損会計② 「減損会計のステップ」 ─減損損失の測定までの流れ 仰星監査法人 公認会計士 菅野 進 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ×4年3月31日(決算日) (*1) ① B外食事業から撤退するという意思決定があり、回収可能価額を著しく低下させる変化が生じている → 減損の兆候あり ② B外食事業の固定資産の帳簿価額300>割引前将来CF150 → 減損処理必要 ③ B外食事業の固定資産の帳簿価額300-回収可能価額100=200 〈会計処理の解説〉 今回は減損会計のステップについて解説します。 減損会計のステップを図で示すと、以下のようになります。 (1) 固定資産のグルーピング 通常、事業用固定資産はそれら単体でキャッシュ・フローを生み出すことはまれです。 そのため、複数の固定資産をセットにしてキャッシュ・フローを生み出す単位を決めますが、この複数の固定資産をセットにすることを「グルーピング」といいます。 この際には、キャッシュ・フローを生む「最小」の単位でグルーピングを行う必要があります。 (2) 減損の兆候の識別 次に、すべての事業用固定資産を対象として、その固定資産を取り巻く状況を下記の4つの類型に該当するか考え、固定資産が減損している可能性があるかどうか(減損の兆候)について判定します。 ここで減損の兆候がない場合には、減損処理は不要となります。 (3) 減損の認識の判定 (2)の段階で「減損の兆候あり」と判定された固定資産の回収可能性を判定します。 この回収可能性の判定は、当該固定資産を将来使用又は処分して得られる貨幣の時間的価値を考慮しないキャッシュ・フロー(割引前将来キャッシュフロー)と当該固定資産の帳簿価額を比較して判定します。 (4) 減損損失の測定 最後に(3)で「回収可能性なし」と判定された固定資産の減損金額を算定します。 すなわち、下記の方法で算出します。 なお、ここでいう「回収可能価額」は、この固定資産を将来使用又は処分して得られる貨幣の時間的価値を考慮したキャッシュ・フロー(使用価値)とこの固定資産を売却して得られる回収額(正味売却価額)のどちらか高い方、すなわち、得になる方を選ぶとされています。 減損金額の測定については、次回の減損会計③「回収可能価額 ~ 使用価値 VS 正味売却価額」で、もう少し詳しく解説します。 (了)
建設業が危ない! 労務トラブル事例集・ 社会保険適用の実態 【第2回】 「なぜ建設業では 社会保険未加入が多いのか」 なりさわ社会保険労務士事務所 代表 特定社会保険労務士 成澤 紀美 1 建設業に社会保険未加入が多い理由 前回の通り、建設業では他の業種や一般の事業所に比較すると、社会保険への加入率が特に低い。 ではなぜ、建設業では社会保険未加入が多いのか。 まず企業の認識として、受注競争が激化する中で単価の引下げ圧力やダンピングも多く、このような状況下で工事利益の確保を優先するため、決して安くはない保険料負担を避けたいがために社会保険に加入していないという現状がある。 工事の受注額を抑えて入札を勝ち取るためには、費用の多くを占める人件費を少しでも抑えたいという意識が働き、そこに「社会保険は下請事業所での雇用主と従業員間の問題」との認識もあることから、積極的に社会保険は加入されない土壌が醸成されているといえる。 対して、職人側にも社会保険未加入の要因は多くある。 特に一人親方は自身の技能に対する自信と自己責任が基本姿勢のためか、社会保険に頼る必要はないと考える者が多いことである。 長い歴史のある建設業では、職人気質が強く、自分の腕一本で生業をたてる意識が高く、国の制度に対する意識が低い。また、将来の保証よりも日々の手取り志向が強く、社会保険加入を否定する傾向がある。 昨今の建設業では、人材不足も懸念されており、特に若年層が少なく中高齢者の人材が多い状況の中、中高齢者の職人は、社会保険に加入しても保険から受けるメリットがないとの認識にある者が多く、ここにも将来の保証より日々の手取りを重視する傾向がみられるため、社会保険加入が否定される状況がある。 上記以外では、社会保険制度への理解が乏しく加入義務が生じているにもかかわらず、これを知らなかったために未加入になっているケースも多くある。 事業所の形態(法人・個人、個人事業主の場合は従業員数が5人以上かどうか・日雇いはいるかなど)によって、加入する保険制度が異なるため、どこに加入するのが正しいのか分からないままになっていることも多い。 この辺りは、今後の行政指導により改善していくべきところといえる。 2 政府による改善対策 社会保険未加入の状況を改善するために、行政も平成24年より様々な施策を講じている。 特に影響が大きいのが、公共工事の入札時に必要とされる経営事項審査での評価と、建設業許可更新時の加入状況確認である。 経営事項審査では、平成24年7月より「雇用保険未加入」「健康保険未加入」「厚生年金保険未加入」の3項目が評価され、未加入での減点数も倍増されている。 建設業許可更新時の加入状況確認では、建設業許可申請書の様式が平成24年11月より変更され、雇用保険・健康保険・厚生年金保険の3保険の加入状況を記載して提出することとなっており、申請時に未加入が確認された場合、国や都道府県の建設業担当部局により加入指導が行われる。 併せて、施工体制台帳に保険加入状況の記載も義務づけられた。 下請契約の総額が3,000万円以上(「建築一式工事」の場合は4,500万円以上)となる特定建設業者は、施工体制台帳の作成が義務づけられており、下請や孫請など工事を請け負うすべての業者名、各業者の施工範囲、各業者の技術者氏名等を記載するが、この施工体制台帳に保険加入状況の記載が必要とされている。 なお、国や都道府県の建設業担当部局は、営業所や工事現場への立ち入り検査により、施工業者の保険加入状況を確認し、併せて元請企業の下請企業(孫請などを含む)に対する指導状況の確認を実施している。 * * * 次回は、社会保険未加入の実例をお伝えしたい。 (了)
民法改正(中間試案) ─ここが気になる!─ 【第11回】 (最終回) 「連載のまとめ」 ~本当に民法改正は必要か~ 弁護士 中西 和幸 これまで、民法改正の中間試案に関し、10回にわたって解説をしてきた。そのすべてについて解説をすることはできなかったが、代表的な点は紹介できたと思う。 最後は、この中間試案を当職なりに整理してみた。大まかであるが、頭の整理に役立てていただければ幸いである。 また、今回の民法改正が本当に必要なのかについての意見も述べたい。 1 明確化・明文化 判例や通説、また実務運用を法文として明文化することを目的とした改正部分である。今回の民法改正は、こうした明文化・明確化を狙ったものが大半を占めるようである。 この代表的な例としては、錯誤における要素の錯誤・善意の第三者保護、売買契約全般(検査義務等、新設・変更されたものもあるが)、賃貸借契約の対抗力や賃貸人たる地位の移転、請負契約の大半などである。また、債務引受や契約上の地位の移転など、明文がなく判例上認められた概念が新たに明文化される部分もある。 こうした改正については、確かに明文化をすることで明確になる部分もあると考えられる。しかし、判例や通説・実務が必ずしも正確に明文化できるかというと、必ずしも完全に明確化・明文化できないと思われる。 元々、幅広い事案に対応できるようにするため法文自体に抽象的な表現を用いられており、完全な明確化・明文化は無理なのである。そして、改正してもあまり明確にならない部分は少なくないであろうし、明確化を狙ったことで、逆に解釈の幅が狭くなり解釈の柔軟性が失われる可能性もある。 結局、どんなに法文を明確化、明文化しても、現在及び将来発生するすべての問題に対応できるものではないので、結局解釈にゆだねられる部分や現在想定していない場面に遭遇することは避けられない。 そのため、実務としては、民法改正案が上程されてからは、明文化された条項だからと安心せず、条文を十分検討し、適用が明らかなもの、解釈の幅があるものなどを検討し、実務に則した改正対応を考える必要があろう。 2 「契約の趣旨」を前面に出す改正 売買、賃貸借、請負などの契約において、今回の民法改正で重要な要件となり、また裁判が起こると争点となることが予想されるのが、「契約の趣旨」である。 「契約の趣旨」というものは、元々一言で説明することが難しい当事者の意思を表現したものであって、当然、契約毎に異なるものである。現在でも民事裁判において「契約の趣旨」が争われ、その契約の趣旨が何かを裁判所が認定し、それに沿って契約が履行されているかどうか等が認定されている案件は少なくないであろう。 民法改正では、「契約の趣旨」に一定の解釈をゆだねているようであるが、以上のように、何が「契約の趣旨」かについて、明確になりにくいから裁判になるのである。したがって、民法改正がなされたからといって、「契約の趣旨」を民法の前面に押し出している部分については、結局のところ、明確化や明文化に資するとは言えず、特に紛争が減ったり合理的な解決ルールが導入されるような状態には、ならないものと予想される。 むしろ、「契約の趣旨」を明確にするため、契約書の分量が増加し、より保守的な運用に変化することが予想される。そうなってしまうと(そうならないよう願うが)、契約交渉が必要以上に長引き貴重な時間が失われたり、契約書が無用に冗長となったり、各種契約や取引自体が活発化しなくなる事態もありうることである。 3 実質的なルール変更 債権譲渡、保証、時効、約款など、実質的なルール変更を伴う部分もある。債権譲渡については、登記制度をさらに拡張するか否かや、債権譲渡の承諾に関するルール変更などがあり、時効制度については、時効期間の短縮や要件の整理などがある。 また、民事法定利率の変更、個人保証制度の一部廃止など、改正により日本のビジネスに影響が大きい改正もある。 例えば、債権譲渡登記制度が個人に対しても拡張されるなどの改正がなされれば、法務省のコンピュータシステムの改変が必要であったり、企業側のシステム対応も改変が必要となろう。また、個人保証制度がなくなれば、銀行融資のハードルが上がるし、銀行は債権保全のための手法を新たに開発するか、審査精度をさらに向上させることが必要になろう。 しかし、こうした重要な改正については、未だ甲案と乙案が並列されるなど、どのような制度になるかの結論が出ていない部分も目立つ。 このような新しい制度の導入については、現行の契約実務が大幅な対応を余儀なくされ、約款の変更、既存契約の修正などの対応が必要と考えられる。こうした改正の場合は、経過措置が設けられるなど、一定の時間的な余裕はあろう。 しかし、新しい民法か旧民法かの境目がどこかに設けられ、その端境期には両制度に対応することが求められる。これを、契約書だけでなくシステムにおいて反映させるとすれば(近時は会計等においてIT化が普及しており、会社によっては、システムの改変が必要な場合もあろう)、新民法用システムと旧民法用システムの両方を保有せねばならないこととなり、設備投資の負担はもちろんのこと、適用関係を誤りなくシステム対応させるという運用上の負担も増加するであろう。 その他に、取引先との基本契約の改定など、様々な対応が必要になろう。 4 本当に民法改正は必要か (1) 明確化が必要か? こうした民法改正の項目を見てみると、改正の必要性が薄いのではないかという項目が目につく。 例えば、判例や実務等が明文化される部分については、改正せずとも問題はないものと思われる。実際、不都合が多数生じれば、改正を要望する意見が相次ぎ、結果として改正されるはずである。 逆に、明確化しすぎることにより法律の柔軟性が失われ、取引が硬直化したり、取引通念と逆の結論が導かれないとも限らないのではなかろうか。 (2) 民法という基本法全体の改正が必要か? 例えば、債権譲渡登記制度は、近年導入された制度であるところ、改正されるのであれば、債権譲渡制度だけの改正も可能である。 個人について債権譲渡登記制度を導入するのか、金銭以外の債権譲渡についてはどのように対応するのか、この部分に限定した改正も十分可能である(実際、債権譲渡登記制度は、民法改正を行わずに特別法として制定されている。)。 また、保証人保護については、前述の保証契約部分の改正等、一部の改正だけでも十分可能である。実際、商工ローン問題に端を発した根保証制度については、平成16年の民法一部改正により対応されている。 このように、「民法改正」というように大きく振りかぶらなくとも、不都合の解消は可能である。 実際、今回の民法改正の目玉の一つである個人保証の廃止については、既にその部分が切り取られて、先行して国会に上程され、審議の対象となっている(民法の一部を改正する法律案:前川清成氏外6名提出、現在参議院において可決され、衆議院において閉会中審査とされている。)。 筆者としては、どうしても民法の改正が必要とは思われず、部分的に順次改正をすればよいのではないかと考えている。 (3) 改正後の負担は大丈夫か? 平成18年に行われた会社法改正は、実務にも相当の影響を及ぼし、近年ようやく落ち着きを取り戻したところである。この改正のために、株主総会関係では実務上の負担が増えた部分が少なくなく、それに加え、会社法の不備や穴を突いた不公正な実務(不公正ファイナンスなど)が行われるなど、改正が行われたからといって、必ずしもバラ色とはいえない。 また、会社法改正と連携して振替株式制度(いわゆる株券のペーパーレス化)については、新しい制度の不備がいくつか見られることもさることながら、上場会社の株式を取り扱う証券会社に対して相当重いシステム負担を強要する結果となっている。 以上のような、民法ほど大規模ではないとはいえ、基本法である会社法の改正により相当程度混乱や負担が発生したことは記憶に新しいところである。 これが、民法という重要な基本法が改正されたとき、国民にどの程度の負担が生じるのであろうか。 なかなか想像がつかないところである。 例えば、債権譲渡登記制度を個人に拡張する場合、債権譲渡に関する法務省のコンピュータシステムをどのように改変するかという問題があり、こうした設備投資には相当の税金が投入されることになることは容易に想像できる。 当職としては、民法改正には賛成できない。しかし、中間試案が公表された以上、関係各所の考え方や諸般の事情から、民法改正は不可避かもしれない。 それでも、ユーザーである読者の1人1人が、この改正が本当に必要かどうかを、様々なシチュエーションを考慮において考えていただくことを切に願うものである。 (連載了)
会計事務所 “生き残り” 経営コンサル術 【第10回】 「名刺にコンサルって書いてますが、 本当にコンサルをやっているの?」 株式会社 経営ステーション京都 代表取締役 京セラ株式会社 元監査役 公認会計士・税理士 田村 繁和 若手の会計人が開業されますと、かなりの方の名刺に“コンサルティング”という文字が入っています。 そして「これからの時代は、税務よりコンサルの時代だ」と言われます。 30年前の私たちも同様のことを口にして、差別化を主張していました。しかし、コンサルの意味が全くといっていいほど分かっていませんでした。 私が若手の方に意地悪と思いつつも「じゃあ先生は、どんなコンサルの仕事をやっているのですか?」とよく聞きます。 すると、案の定、経営計画、決算前検討会、決算報告会、さらにはデューデリと言われる方もおられました。 本当にこれらの業務は、コンサルティングなのでしょうか。 このような業務は、いろんな会社が“コンサル”と称して会計人にアドバイスされています。そのため、会計人はこれらをコンサルティングだと思い込んでいる方がたくさんおられます。 本当のコンサルタントの方に聞きますと、「これらのものはコンサルティングじゃない」と断言する方がおられます。 私も同感です。経営者が悩んでいることは、「経営計画は作った。しかし、利益は出てこない。どうしたら利益が出てくるのか、一緒になって考えてくれ」というものです。 もっと具体的に言いますと「社長、外注費を5%下げたら利益が出ますよ」と話をするのではなく、「こうすれば外注費が5%下がって利益が出ます」と指導していくのが本当のコンサルなのです。 利益を出すためには、経理的手法だけでは無理なのです。全社員の気持ちをまとめあげて、利益に向かって走り出すシステムをつくることが必要なのです。 そのためには、まず経営理念を毎朝の朝礼で唱和し、全社員の気持ちを1つの方向に向けさせることです。 次に、全社員が利益に向かって走り出すような経営システムをつくることなのです。 経理的発想だけで利益を出そうとするのは、本当のコンサルではありません。会社全体のシステムを根本的に変えていき、利益が生まれるようにしていくのが本当のコンサルだと思います。 (了)
〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第18回】 「救命救急センター~機能と実態~」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 1 はじめに 高次の救急医療を担う救命救急センターは三次救急医療機関として、地域の救急医療の最後の砦としての役割が期待されている。 現状では、全国で370病院、6,603床が救命救急入院料を算定しているが(平成24年7月1日現在)、新設される救命救急センターがある一方で、救急医療における豊富な実績を有する医療機関が指定されないケースもあり、その配置及び承認の状況には地域差が存在する。 本稿では、主に公表データを用いて救命救急センターの実態に迫っていく。 2 救命救急センターの配置状況 図表1は、都道府県別の救命救急センターの設置状況である。 図表1 都道府県別 救命救急センターの設置状況 救命救急センターは人口100万人に最低1つ以上設置されることになっているが、過小な地域がある一方で充実した地域も存在する。 一般的に救命救急センターは1施設当たり30床程度を承認するケースが多いが、充実した地域では各施設に10床程度の新型救命救急センターを配置し、地域特性に適合した医療提供体制を整備する傾向がある。 実際に30床以上の救命救急センターの運用は看護師をはじめとする職員配置が容易ではなく、今後新たに新設される場合には新型救命救急センターのような病床数が少ない形態が主流になるものと予想される。 図表2は、東京都の救命救急センターの設置状況である。 図表2 救命救急センターの設置状況(東京都) 区中央部には救命救急センターが4つあり(いずれも新型救命救急センターではない)、二次医療圏を単位とした際に1施設がカバーする人口は17.8万人と一見すると過剰にみえる。 しかし、隣接する区東部及び区東北部には救命救急センターがそれぞれ1つしかなく、そのカバー人口は120万人を超え、人口100万人に1つ以上設置するという最低要件を満たしていない。 つまり、二次医療圏の境界を越えた患者流入・流出状況を考慮した実態に応じた判断を行っているものと考えられ、行政にもこのような柔軟な対応が期待される。 3 救命救急入院料 算定の実態 救命救急入院料は1~4で構成されており、2及び4は常時2対1、1及び3は常時4対1の看護師配置が求められている。手厚い人員配置で集中治療を行ういわゆるICU(Intensive Care Unit)やHCU(High Care Unit)としての役割が期待される。ただし、大手術後等のいわゆる院内転床の患者は仮に救命救急センターに入室したとしても、救命救急入院料を算定することができず一般病棟入院基本料を算定することになる。 そこで、術後のSurgical ICUとして特定集中治療室管理料(常時2対1の看護師配置、重症者等が9割以上)やハイケアユニット入院医療管理料(常時4対1の看護師配置、重症度等が8割以上)を別に設置する病院もある。特定集中治療室は集中治療が必要な心臓外科や脳神経外科の患者を中心に入室させ、ハイケアユニットはその他外科系の診療科で使うケースが多い。 今後、急性期病院において集中治療を行うユニットの存在は重要性がさらに増すであろうから、これらを戦略的に活用する視点は極めて重要である。 また、救命救急入院料の1及び3については、従来看護師配置が明確に規定されていなかったが、2012年度改定で常時4対1以上が求められることになった(2013年3月末まで経過措置があった)。 1日10万円近くもする救命救急入院料にもかかわらず、実質的には7対1の看護師配置を行う病院が多く、ハイケアユニット入院医療管理料の方が厳しい施設基準であった。このことから、救命救急入院料1・3を救急患者の受け入れ病床として、軽症者であろうともすべて収容する病院も存在するのが現実である。 病院としては、夜間は一般病棟には原則として入室させず、救急病棟で受け入れた方が運用がしやすいであろうし、高い診療報酬を期待することもできる。しかし、救命救急センターの本来の役割である重症患者の受入れとは相反するものといえ、コンプライアンスの観点から適切な入室基準を設けることが望ましいであろう。 図表3は、救命救急センターのICU・HCUに入室した脳卒中患者の入院時のJCS(Japan Coma Scale)の状況である。 図表3 救命救急入院料を算定した脳卒中患者のJCSの状況 JCS0や一桁のような意識レベルがクリアな患者が全体の8割程度になる病院も存在するようである。 これらの病院では救急患者の受け皿として救命救急センターを使っていることが予想され、入室基準を再検討することが期待される。 4 救命救急センターに求められる機能 救命救急センターの指定を受けるために、必須の機能としては脳卒中、心筋梗塞、外傷に対する診療実績が豊富なことは言うまでもないが、地域特性もあり救命救急センターがすべての重症症例を抱え込む必要はなく、そのことが機能を低下させるわけではない。 救命救急センターの評価については、厚生労働省が、「救命救急センターの評価結果(平成24年度)について」を公表しており、病院ごとに評価結果が明らかにされている。 その中に、救命救急センターには循環器疾患、産婦人科、そして精神科等の診療体制が評価されている項目があり、救命救急センターの指定を受けるためには心臓外科、産婦人科、精神科などのあらゆる診療領域を網羅していることが求められている。 確かに地域の救急医療の最後の砦としてあらゆる機能を有することが期待されることは否定しない。しかし、心臓外科や産婦人科で救命救急入院料を算定するケースは極めて稀であり、必ずしも必須ではないと筆者は考えている。 地域に循環器に特化した専門病院がある場合には、その病院と強固な連携を構築すればいいのであって、無理に心臓外科を標榜して症例を分散させることは限られた医療資源の効率的利用を阻むことにつながる。ただし、精神科については標榜していることが望ましい。 今後、せん妄等の精神系疾患に罹患した患者は増加することが予想される。 がん患者において頻度の高い精神症状であって、術後の30~40%、高齢入院患者の10~40%、終末期患者の30~90%程度に認められ、精神系疾患への対応は極めて重要である。実際に救命救急センターを有する病院の約54%は精神病棟を有していることも見過ごせない。 救命救急センターだからすべての領域を網羅することが必須ではなく、地域の医療提供体制を見据えて自らが何をするのか、何をしないのかを冷静に判断することが期待される。 (了)
顧問先の経理財務部門の “偏差値”が分かる スコアリングモデル 【第18回】 「棚卸資産管理のKPI (その② 実地棚卸)」 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 今回は、棚卸資産管理を構成する複数のKPIから、「実地棚卸」のサービスレベルを評価するKPIを取り上げる。 一般的に、財務報告における実地棚卸の役割は2つある。 まず、数量の確認である。 実際の数量と帳簿の数量を照合し、差異があれば、棚卸減耗費又は売上計上等で帳簿を修正する。 次の役割は、品質の確認である。 棚卸資産の品質を確認し、汚れ、破損、物理的陳腐化、機能的陳腐化、経済的陳腐化、長期滞留品が発見されれば、正味売却価額を切り下げて、収益性の低下を帳簿に反映する。 今回は、実地棚卸で発見された数量差異に関連して、実地棚卸業務の効率性を評価するKPIを取り上げる。 KPIが設定された業務プロセスの確認 まず、経済産業省スタンダードで整理された業務プロセスを引用しながら、このKPIに対応する業務プロセスを押さえておこう。 前回述べたとおり、経済産業省スタンダードでは、棚卸資産管理において、会社が担う一般的な機能として、「残高管理」、「受払管理」、「適正在庫管理」という3つの機能を挙げている。 今回解説するKPIは、「残高管理」に関連する業務プロセスにおいて設定されている。 〈経済産業省スタンダード:棚卸資産管理で会社が担う機能〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) さらに、経済産業省スタンダードでは、「残高管理」に関連する業務プロセスとして、実地棚卸検証を次のようにまとめている。 〈経済産業省スタンダード:3.1.1実地棚卸検証〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) 実地棚卸検証では、まず、棚卸資産の現物を実際に数える実地棚卸を行う。そして、実地棚卸結果を「受払管理」で記録された帳簿残高と照合する。照合の結果、両者に乖異があった場合には、原因を究明し、帳簿残高を実際の残高に修正する。 今回のKPIは、実地棚卸によって判明した実際の残高と帳簿残高の差異を認識してから、最終的に帳簿残高を修正して会計処理を確定するまでの業務処理の日数に着目して、その効率性のレベルを問うものである。 定義を理解する 調査項目の文言から、KPIの定義を確認しよう。以下、KPIの項目を再掲する。 「実地棚卸における差異認識日」とは、実地棚卸で数量差異を認識した結果の報告日をさす。実在庫の数量と帳簿の数量に差異が発生してしまう原因は、現物管理上の原因と会計上の原因に概念上分類できる。しかし、実務では前者と後者が因果の流れになっていることが多い。 現物管理上の原因には、実地棚卸における現品の数え間違いやたな札集計間違いといった実地棚卸作業自体の不備、入出庫伝票の作成漏れや誤記入等の棚卸資産の受払検証における不備、盗難や紛失が発生する保管上の不備、自然現象としての目減りの看過等が考えられる。 会計上の原因には、入出庫伝票の二重転記や誤転記、入出庫伝票の紛失による転記漏れ、帳簿の誤集計等に起因する売上と仕入の誤計上、架空計上、計上漏れ等が考えられる。 このように、数量差異の原因を分類することは可能であるが、実務では現物管理と会計処理は一連の作業の流れでつながっており、現物管理に問題があるから会計処理に問題が起こると評価することも可能である。したがって、棚卸差異の原因を究明する場合は、個別の業務の連携を総体として捉える全体観を持って、原因の本質的な所在を付き止めることが必要となる。 「会計処理確定日」とは、帳簿の数量を実在庫の数量と整合させるため、差異原因に応じて適正に売上や仕入の修正計上、棚卸減耗費の計上を完了した日をさす。 「平均」とは、実地棚卸差異が複数ある場合、各差異について、「実地棚卸における差異認識日」から「会計処理確定日」までの日数を合算して、それを実地棚卸差異件数で割った平均をさす。平均の算出が煩雑ならば、前回行った実地棚卸の実績データに基づいて、最初に発見した「実地棚卸における差異認識日」から最後に解決した「会計処理確定日」までの日数を記入すればよい。 KPIの背景にある価値判断 スコアリングモデルにおいて、このKPIを設定したのはなぜか。 このKPIは、棚卸差異が発見された場合に、差異原因を早期に究明し、会計処理を完了することが望ましいという価値判断に基づいて設定されている。 そのためには、日常的な取引で発生する受払を正確に帳簿に反映すること、盗難や紛失が起こらない現物管理を行うこと、そして、実地棚卸自体の適正さを確保するという様々な管理が必要となる。 特に、実地棚卸の適正さを確保するため、職務分掌上、単独で実地棚卸担当者となるのが不適切なのは、次のような者である。 まず、倉庫担当者のように日常的に棚卸資産に接する者は、単独で実地棚卸を担当してはならない。なぜなら、その者が行った棚卸資産に対する不正行為が隠蔽され、発生している棚卸差異が認識されなくなってしまうからである。 他方、主管部門担当者、営業部門担当者等、利益によって業績評価される収益部門に所属する者も、単独で実地棚卸を担当してはならない。なぜなら、その者が利益を水増しするために行った棚卸資産の架空計上が隠蔽され、発生している棚卸差異が認識されなくなってしまうからである。 結局、経理財務部門、倉庫担当者、主管部門や営業部門を管理する上位の事業部管理者等が、複数名で現物を確認し、在庫集計表を作成する承認手続、職務分掌が必要となる。 この価値判断が共有されず、棚卸差異が発見されてもなかなか会計処理が確定しない会社は、次のような問題を抱えている可能性がある。 まず、日常的な会計処理の誤りの発見が遅れる場合、取引の正確な記帳を行う会計処理が適正に行われていないとか、その証憑が整理されていないことが考えられる。 また、盗難や紛失の発見が遅れる場合、日常の現物管理が適正に行われず、その記録が残っていないことが考えられる。 実地棚卸作業自体に問題がある場合、その能力、職務分掌に問題がある可能性がある。 このような問題が山積していると、棚卸差異の原因の究明作業が効率的に行うことができなくなり、決算を確定するのが遅れてしまう。 そこで、スコアリングモデルでは、棚卸差異の原因究明の効率性を比較するため、実地棚卸における差異認識日から会計処理確定日までの日数をKPIとした。そして、この日数が短い会社が長い会社よりも相対的に望ましいと考えている。 顧問先のKPIを測定してみる では、実際にどのような手続でKPIを測定するのか。 まず、読者は、顧問先の経理財務業務を観察し、一定の頻度で適正な実地棚卸検証が行われていることを確認していただきたい。 例えば、実地棚卸規程を閲覧し、職務分掌や承認手続の整備を確認することが考えられる。 それを前提に、例えば、実地棚卸結果報告書と棚卸差異の会計処理を確定した振替伝票を閲覧し、棚卸差異が報告された日から振替伝票の会計処理日までの日数を合計し、報告書数や伝票数で除して平均日数を確認していただきたい。 さて、読者の顧問先において、実地棚卸における差異認識日から会計処理確定日までの平均日数は何日になったであろうか。 * * * 次回は、「棚卸資産管理」を構成する複数のKPIから、「在庫管理」に関連する業務プロセスを評価するKPIを取り上げる。 (了)
《速報解説》 研究開発税制の延長・拡充 ~民間投資活性化等のための税制改正大綱~ 税理士法人山田&パートナーズ 税理士 吉澤 大輔 1 はじめに 消費税率の引上げに伴い、経済対策と成長力強化のための総合的な対策として、日本再興戦略に盛り込まれている「民間投資を活性化させる税制措置等」を例年12月にまとめる平成26年度税制改正大綱から切り離して、前倒しで決定することになった。 2 改正の趣旨 日本再興戦略の日本産業再興プランにおける「科学技術イノベーションの推進」には、重点的に推進する施策の一つに「官・民の研究開発投資の強化」がある。 この施策には、「民間研究開発投資を今後3年以内に対GDP 比で世界第1位に復活することを目指し、研究開発税制の活用促進など企業の研究開発投資環境を整備する」と掲げられており、これを受けて「民間投資活性化等のための税制改正大綱」において、研究開発税制の改正が挙げられたのである。 なお、平成25年度税制改正事項を含む研究開発税制の留意点については、本誌既掲載の拙稿「〔理解を深める〕研究開発税制のポイント」(全4回)をご参照いただきたい。 3 改正の内容 平成25年度の税制改正において大幅な拡充が行われたが、研究開発投資を一層加速させるため、「試験研究費が増加した場合等の税額控除制度」における「増加型」について、増加率に応じて控除率を引き上げる措置に改められた。 また、「試験研究費が増加した場合等の税額控除制度」の適用期限を平成29年3月31日までに開始する事業年度に延長された。 青色申告書を提出する法人の増加試験研究費の額が比較試験研究費の額の5%を超え、かつ、試験研究費の額が基準試験研究費の額を超える場合には、増加試験研究費の額に30%(増加割合が30%未満の場合には、増加割合)を乗じて計算した金額の税額控除ができることとされた。 ① 増加型 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 増加試験研究費の額とは、試験研究費の額から比較試験研究費の額を控除した残額をいう。 (※2) 増加割合とは、増加試験研究費の額の比較試験研究費の額に対する割合という。 ② 高水準型 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 上記の内容を図で示すと、下記のようになる。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
《速報解説》 生産性向上設備投資促進税制の創設 ~民間投資活性化等のための税制改正大綱~ 税理士法人オランジェ 代表社員 税理士 石田 寿行 1 生産性向上設備投資促進税制の概要 ① 創設の背景 消費税率の引き上げに伴う駆け込み需要や反動減リスクに対応するとともに、民間投資を活性化し、経済の持続的な成長につなげるため「民間投資活性化等のための税制改正」(平成25年10月1日与党税制改正大綱)により生産性向上設備投資促進税制が創設された。 創設された背景には、企業の設備投資の水準が長期にわたり減価償却費やキャッシュフローの範囲内に留まったことにより設備が老朽化・劣化し、生産性が伸び悩んだことがある。こうした状況に対応するため、生産性の高い先端的な設備への投資や、生産ラインやオペレーションの改善のための設備への投資を対象に、特別償却(即時償却)又は税額控除できる制度を創設したものである。 ② 制度の概要 青色申告書を提出する法人が、産業競争力強化法(仮称)施行の日から平成29年3月31日までに生産等設備を構成する先端設備(後述2①)及び生産ラインやオペレーションの改善に資する設備で一定の規模(後述2②)以上のものの取得等をして、国内にあるその法人の事業の用に供した場合には、特別償却又は税額控除の選択適用ができる。ただし、税額控除における控除額は、当期の法人税額の20%を上限とする。 特別償却の割合、税額控除の割合は以下の通りである。 (注) 平成26年4月1日前に終了する事業年度において産業競争力強化法施行日から平成26年3月31日までの間に対象資産の取得をした場合には、平成26年4月1日を含む事業年度において特別償却又は税額控除ができる。 2 対象設備の具体的内容 対象となる先端設備及び生産ラインやオペレーションの改善に資する設備とは以下のものをいう。 ① 先端設備 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (注1) 中小企業者等に限る。 (注2) 販売開始年度が取得等をする年度及びその前年度であるモデルを含む。 (注3) 機械装置のうち中小企業者等が取得等をするソフトウェア組込型機械装置については10年以内に販売が開始されたもので最新モデル及び最新モデルの1つ前のモデルを最新モデルであるための要件とする。 ② 生産ラインやオペレーションの改善に資する設備 生産ラインやオペレーションの改善に資する設備とは、機械装置、工具、器具備品、建物、建物付属設備、構築物及びソフトウェアで、上記の取得価額が一定金額以上ある要件を満たすもののうち投資計画における投資利益率が15%以上(中小企業者等にあっては、5%以上)であることについて経済産業局の確認を受けたものをいう。 3 中小企業投資促進税制の拡充 中小企業投資促進税制の適用期限を平成29年3月31日まで3年間延長し、生産性向上設備投資促進税制の対象設備等に該当するものについては、即時償却又は7%(資本金3,000万円以下の特定中小企業者等であれば10%)の税額控除ができる。 (了)
《速報解説》 民間企業等によるベンチャー投資等の促進措置 (新事業開拓事業者投資損失準備金の損金算入及び登録免許税の軽減措置) ~民間投資活性化等のための税制改正大綱~ 弁護士 木村 浩之 1 はじめに 昨年(平成24年)12月の安倍政権の発足後、日本経済の再生に向けて、円高・デフレから脱却し、強い経済を取り戻すために必要な経済対策や成長戦略の策定をすることを目的として、官邸主導の下、内閣に日本経済再生本部が設置された。 そして、この日本経済再生本部で議論された内容を踏まえて、平成25年6月14日には、「日本再興戦略」(新たな成長戦略)が閣議決定されている。 今般、日本経済再生本部では、この新たな成長戦略の実現に向けて、臨時国会における産業競争力強化法案の提出などを予定しているところであるが、成長戦略の一つの柱として、産業の新陳代謝を促すことを目標とする日本産業再興プランが策定されている。 この日本産業再興プランには、民間投資の活性化、ベンチャー投資の促進、事業再編の促進などが具体的な政策目標として掲げられており、その一環として、企業によるベンチャー投資等を促進するための税制の創設が提言され、それが今回の「民間投資活性化等のための税制改正大綱」に盛り込まれた形になっている。 以下、新たに創設される予定のベンチャー投資等の促進税制について解説する。 2 ベンチャー投資促進税制(投資損失準備金の損金算入) ベンチャー企業が大きく成長するためには、設立から調査研究を経て、事業としての拡大を図る時期(事業拡張期)において、専門的なノウハウを有するベンチャーファンドからの資金調達等が重要であるとされている。そして、ベンチャーファンドを活性化するためには、ファンドに投資する企業(法人投資家)が必要不可欠である。 そこで、今回の税制改正では、この投資を促進するために、ベンチャーファンドに資金を供給する法人に対して、税制面での優遇措置が講じられることになる。 具体的には、投資先が新規性を有する事業を行う中小企業であり、事業拡張期にあることといった一定の要件を満たすベンチャーファンド(投資事業有限責任組合)を通じてベンチャー企業に出資して株式等を取得した法人は、その投資の失敗による損失に備えて、株式等の帳簿価額の80%までを損失準備金(仮称:新事業開拓事業者投資損失準備金)として損金算入することが認められることになる(適用は平成26年4月1日以後終了事業年度)。 3 創業促進のための登録免許税の緩和 日本では(特に地方において)企業の開廃業率が低迷しており、それによって地域経済が停滞していることが指摘されている。これを打開するためには、地域に密着した企業の創設を促進することで、地域経済の活性化を図ることが重要であるといえる。 そこで、今回の税制改正では、創業手続に係るコストを低減することで創業を促進するために、会社設立時の登録免許税を緩和する措置が講じられることになる。 具体的には、国の認定を受けた市区町村において、その支援を受けて株式会社の設立をする場合は、その設立登記に係る登録免許税の税率が通常の2分の1である1,000分の3.5(最低税額75,000円)に軽減されることになる(適用は産業競争力活性化法(仮称)の施行日より平成28年3月31まで)。 (了)
monthly TAX views -No.9- 「デジタル財の消費税課税の検討を急げ」 中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹 消費税率の引上げが決まると、平成26年度税制改正を決める党税調の議論が始まる。それに合わせて、政府税制調査会も議論を始める。 この場での主要議題は、番号制度(マイナンバー)と国際課税だ。国際課税分野での課題といえば、総合主義・帰属主義の問題とBEPSの問題にわが国がどう対応していくかという点だが、忘れてならないのは、デジタル財の国境を越えた取引への消費税をどう課税するのかという問題である。 実はこれについては、昨年の秋口に、筆者も加わって、財務省で研究会が開催され、その成果をまとめてある。OECDのパブコメ部分を加えた上で公表ということなので、未だ公表されていないが、筆者の個人的見解は以下のとおりである。 * * * まず現状の認識である。わが国消費税法では、デジタル財のようなサービスの取引については、サービスの供給地で課税することとされている(消費税法4条3項2号等)。そこで、日本の消費者が海外の事業者から音楽の配信など直接デジタル財を購入する場合には、事業者は海外にいるので課税されない(不課税)。 この結果、電子書籍の配信事業を例にとると、アマゾンや楽天koboなど外国の事業者を通じてサービスを購入する場合と、ソニーなど国内事業者を通じて購入する場合との間に課税の公平性の問題が生じていることになる。 これは、公平性を損なうだけでなく、税収にも不測の影響を及ぼすことになる。最終的には、国家間の税収配分という問題にも発展していきかねないので、消費税率の引き上がるこの機会をとらえて対策を講じる必要がある、これが今日の状況である。 * * * この問題の対応に当たって参考になるのは、EUの課税制度である。EUは、OECDの検討を経て、2003年7月より、e-VATと称する新たな消費税(付加価値税)制度を導入し、国境を越えるデジタル財の取引に課税することに成功した。 具体的には、デジタル財の課税地について、サービス提供地から消費者がサービスを受ける場所に変更することによって、EU各国が課税地となり、外国の事業者の納税義務が発生することとなった。 次に、BtoB取引の場合には、輸入事業者自身が申告をするリバースチャージ方式を導入した。輸入事業者は、消費税申告時に納税と同時に仕入税額控除になるので、これまで以上に税負担が増えるわけではない。 BtoCについては、外国の事業者をEU域内1ヶ国に登録させ、そこに納税させる方式(登録制)をとった。外国の事業者がEUの1ヶ国(例えばルクセンブルク)に登録する義務を課し、彼らがサービスを提供する国(例えばドイツ、フランス、英国・・・)の消費税を、代金に上乗せして徴収させることとした。 徴収した税額は、登録した国(ルクセンブルク)に納付され、納付を受けた国は、そのVATを、取引額に応じて消費国(ドイツ、フランス、英国・・・)ごとに配分するのである。 これらの税務執行は、おおむね適切に運営されているようだ。 すでにわが国では、先に述べたような内外の配信サービス業者のイコールフッティングの問題を生じさせており、事業者間取引(BtoB取引)についてはリバースチャージ方式、対消費者取引(BtoC取引)についてはわが国の消費者にサービスを提供する事業者を登録させる登録制を軸として議論を進める必要がある。 もっとも、わが国ではリバースチャージ方式は初めての経験であり、うまく導入できるかという問題がある。そこで、BtoBについても登録制で対応すべきだという考え方もある。 一方で登録制については、日本の消費者を相手に直接デジタル財の取引をする外国の事業者をどう把握し、登録させるか、登録しない事業者はどうするのか、徴収漏れがあった場合にはどうするのか、といった執行面での問題がある。完全な制度は望むべくもないが、何とか知恵を出して乗り越えていく必要がある。 この問題は、事業者間の不公平、課税の公平性という問題だけでなく、わが国の課税権の確保という観点から、しっかり議論を行っていくことが求められる。 (了)