公開日: 2014/01/16 (掲載号:No.52)
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日本の会計について思う 【第1回】「IFRS任意適用拡大への期待」

筆者: 平松 一夫

日本の会計について思う

【第1回】

「IFRS任意適用拡大への期待」

 

関西学院大学教授
平松 一夫

 

IFRSをめぐるこれまでの議論

最近、IFRS(国際会計基準)の議論に、かつての熱気が感じられない。

民主党政権下の2011年6月、自見金融担当大臣がそれまで既定の路線と思われたIFRSアドプション案を撤回して議論を白紙に戻して以来、熱気は失われたままである。その際、日本公認会計士協会は白紙撤回に反発したが、日本経団連会員企業の一部有志は白紙撤回を歓迎するなど、IFRS導入をめぐって日本国内でも意見が分かれてしまった。

一定の条件下でIFRSを導入することに賛成の立場を一貫してとってきた私にとって、白紙撤回は日本の会計の将来にとって憂うるべきことと思われた。

しかしこの時、一つの希望が残されていた。

それは、IFRSの「任意適用」が白紙撤回されなかったことである。

日本ではIFRSの任意適用がその時点ですでに認められていて、わずか数社ではあったが任意適用する企業があった。そのため、IFRSの強制適用という方針は撤回されたが、任意適用は引き続き認められることとなったのである。

そして、2013年になって、任意適用が再び脚光を浴びることになった。それは、2013年3月1日にIFRS財団がその監視機関であるモニタリングボードのメンバーの要件についてプレスリリースを公表したことに端を発している。

それはどういうことかを簡単に見ておこう。

 

モニタリングボードのメンバー要件

現在、IFRSのモニタリングボードのメンバーには米国証券取引委員会、欧州委員会、証券監督者国際機構(代表理事会、新興市場委員会)および日本の金融庁が名前を連ねている。

今回のプレスリリースで、モニタリングボードのメンバーを定期的に見直すことと、一定の条件を満たさなければボードメンバーから外されることが鮮明になった。

ボードメンバーであることは日本にとって重要なことなので、経団連も自民党も(そして当然、金融庁も)この公表には強い危機感をもったと思われる。

では、その一定の条件を満たし、日本がボードメンバーに留まるには何をしなければならないのか。

第一に、日本でIFRSの適用を強制又は許容し実際にIFRSが顕著に適用されている状態となっている、または、妥当な期間でそのような状況へ移行することを既に決定している必要がある。計画段階の企業を含めて約20社という日本の任意適用企業数では、明らかに不十分である。

第二に、国際的にみて資金調達のための主要な市場であると考えられることがあげられる。
この点、現在の日本は問題ないと思われる。

第三に、IFRSの策定に対して継続的に資金拠出を行っていることが求められる。
日本のこれまでの貢献からみて、この点も問題はないと思われる。

第四に、関連する会計基準の適切な実施を確保するための強固な執行の仕組みを整備し、実施しているという条件がある。
この点でも日本に問題はない。

第五に、会計基準設定主体が存在する場合、IFRSの開発に積極的に貢献することにコミットしているという条件がある。
日本は企業会計基準委員会(ASBJ)がその役割を十分に果たしていると考えられるので、この点も問題はない。

そこで、日本がモニタリングボードのメンバーに留まるためには、IFRSを顕著に適用している状態にあるという第一の条件を満たすことが必要となるのである。

 

IFRS任意適用拡大に向けた方針転換

このような事態を受けて、日本経団連は2013年6月10日に「今後のわが国の企業会計制度に関する基本的考え方~国際会計基準の現状とわが国の対応~」を公表し、任意適用の継続と円滑な拡大を訴えた。
また、自由民主党の企業会計に関する小委員会も2013年6月13日に「国際会計基準への対応についての提言」を公表し、任意適用の拡大を訴えたのである。

さらに金融庁の企業会計審議会はこうした動向をも踏まえて、2013年6月19日に「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」を公表し、IFRSの任意適用要件を緩和し、現在約20社しかない任意適用企業を大幅に増やす方針を打ち出したのである。

IFRSの任意適用に向けた方針の転換は、日本が自らの意思で積極的に打ち出したものではなく、いわば外圧によるものであった。
しかし、結果として望ましい方向に向かうことは間違いない。任意適用企業が増えると日本の財務報告への国際的評価が高まり、国益に資することになるであろう。

加えて、私は何よりも、任意適用の拡大がグローバル会計人材の育成につながると期待するのである。

日本でしか通用しないローカル会計人から世界で通じるグローバル会計人へ。夢も実利もある話である。

その意味で、任意適用企業数が大きく伸びることに、私は大いなる期待を寄せるのである。

(了)

「日本の会計について思う」は、毎月第2週に掲載されます。

日本の会計について思う

【第1回】

「IFRS任意適用拡大への期待」

 

関西学院大学教授
平松 一夫

 

IFRSをめぐるこれまでの議論

最近、IFRS(国際会計基準)の議論に、かつての熱気が感じられない。

民主党政権下の2011年6月、自見金融担当大臣がそれまで既定の路線と思われたIFRSアドプション案を撤回して議論を白紙に戻して以来、熱気は失われたままである。その際、日本公認会計士協会は白紙撤回に反発したが、日本経団連会員企業の一部有志は白紙撤回を歓迎するなど、IFRS導入をめぐって日本国内でも意見が分かれてしまった。

一定の条件下でIFRSを導入することに賛成の立場を一貫してとってきた私にとって、白紙撤回は日本の会計の将来にとって憂うるべきことと思われた。

しかしこの時、一つの希望が残されていた。

それは、IFRSの「任意適用」が白紙撤回されなかったことである。

日本ではIFRSの任意適用がその時点ですでに認められていて、わずか数社ではあったが任意適用する企業があった。そのため、IFRSの強制適用という方針は撤回されたが、任意適用は引き続き認められることとなったのである。

そして、2013年になって、任意適用が再び脚光を浴びることになった。それは、2013年3月1日にIFRS財団がその監視機関であるモニタリングボードのメンバーの要件についてプレスリリースを公表したことに端を発している。

それはどういうことかを簡単に見ておこう。

 

モニタリングボードのメンバー要件

現在、IFRSのモニタリングボードのメンバーには米国証券取引委員会、欧州委員会、証券監督者国際機構(代表理事会、新興市場委員会)および日本の金融庁が名前を連ねている。

今回のプレスリリースで、モニタリングボードのメンバーを定期的に見直すことと、一定の条件を満たさなければボードメンバーから外されることが鮮明になった。

ボードメンバーであることは日本にとって重要なことなので、経団連も自民党も(そして当然、金融庁も)この公表には強い危機感をもったと思われる。

では、その一定の条件を満たし、日本がボードメンバーに留まるには何をしなければならないのか。

第一に、日本でIFRSの適用を強制又は許容し実際にIFRSが顕著に適用されている状態となっている、または、妥当な期間でそのような状況へ移行することを既に決定している必要がある。計画段階の企業を含めて約20社という日本の任意適用企業数では、明らかに不十分である。

第二に、国際的にみて資金調達のための主要な市場であると考えられることがあげられる。
この点、現在の日本は問題ないと思われる。

第三に、IFRSの策定に対して継続的に資金拠出を行っていることが求められる。
日本のこれまでの貢献からみて、この点も問題はないと思われる。

第四に、関連する会計基準の適切な実施を確保するための強固な執行の仕組みを整備し、実施しているという条件がある。
この点でも日本に問題はない。

第五に、会計基準設定主体が存在する場合、IFRSの開発に積極的に貢献することにコミットしているという条件がある。
日本は企業会計基準委員会(ASBJ)がその役割を十分に果たしていると考えられるので、この点も問題はない。

そこで、日本がモニタリングボードのメンバーに留まるためには、IFRSを顕著に適用している状態にあるという第一の条件を満たすことが必要となるのである。

 

IFRS任意適用拡大に向けた方針転換

このような事態を受けて、日本経団連は2013年6月10日に「今後のわが国の企業会計制度に関する基本的考え方~国際会計基準の現状とわが国の対応~」を公表し、任意適用の継続と円滑な拡大を訴えた。
また、自由民主党の企業会計に関する小委員会も2013年6月13日に「国際会計基準への対応についての提言」を公表し、任意適用の拡大を訴えたのである。

さらに金融庁の企業会計審議会はこうした動向をも踏まえて、2013年6月19日に「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」を公表し、IFRSの任意適用要件を緩和し、現在約20社しかない任意適用企業を大幅に増やす方針を打ち出したのである。

IFRSの任意適用に向けた方針の転換は、日本が自らの意思で積極的に打ち出したものではなく、いわば外圧によるものであった。
しかし、結果として望ましい方向に向かうことは間違いない。任意適用企業が増えると日本の財務報告への国際的評価が高まり、国益に資することになるであろう。

加えて、私は何よりも、任意適用の拡大がグローバル会計人材の育成につながると期待するのである。

日本でしか通用しないローカル会計人から世界で通じるグローバル会計人へ。夢も実利もある話である。

その意味で、任意適用企業数が大きく伸びることに、私は大いなる期待を寄せるのである。

(了)

「日本の会計について思う」は、毎月第2週に掲載されます。

連載目次

筆者紹介

平松 一夫

(ひらまつ・かずお)

関西学院大学商学部教授・商学博士

1975年関西学院大学大学院商学研究科修了。同年、関西学院大学商学部専任講師。1985年教授(現在に至る)。2002-08年関西学院大学学長。1977-79年ワシントン大学客員研究員。1991年グラスゴー大学客員教授。2010年インドネシア、サティア・ワチャナ・キリスト教大学・名誉博士。日本学術会議20期・21期会員、22期連携会員。

国際会計研究学会会長、日本会計研究学会会長、アメリカ会計学会副会長、公認会計士・監査審査会委員、企業会計審議会委員、企業会計基準委員会委員等を歴任。
現在、世界会計学会(IAAER)会長、国際会計士連盟(IFAC)国際会計教育基準審議会委員、IFRS財団・教育諮問グループ委員、IFRS翻訳レビュー委員会委員長などを務めている。

日本会計研究学会「太田賞」、日本経営分析学会「学会賞」、アメリカ公認会計士協会・アメリカ会計学会「共同協力賞」、アメリカ会計学会「卓越した国際会計教育者賞」を受賞。『国際会計の新動向』『国際財務報告論』『IFRS国際会計基準の基礎』など著書・論文多数。

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