公開日: 2015/01/29 (掲載号:No.104)
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〈あらためて確認しておきたい〉『所得拡大促進税制』の誤りやすいポイント 【第1回】「給与等の範囲」~休業手当等の取扱い~

筆者: 鯨岡 健太郎

〈あらためて確認しておきたい〉

『所得拡大促進税制』誤りやすいポイント

【第1回】

「給与等の範囲」

~休業手当等の取扱い~

 

公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎

 

1 はじめに

所得拡大促進税制(雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)は、平成26年度税制改正による適用要件の緩和を踏まえ、平成27年3月期決算申告においてより多くの企業に利用されることが期待されている。

そのような中、昨年11月21日には、プロフェッションネットワーク社主催のセミナー『【平成27年3月決算・申告対応】一日で徹底理解 所得拡大促進税制-適用判断と申告実務-』を開催し、多くの受講者にお越しいただいた。本税制に対する関心の高さを実感した次第である。

このセミナー時間中、多くの受講生から、今まさに実務で直面している疑問点に関する質問をお寄せいただき、またセミナー資料の作成を通じて筆者自身、改めて気づかされる点も多かった。

そこで本連載では、全3回にわたり、本税制の適用に当たって誤りやすいと思われるポイントを紹介することとしたい。

2 本連載で取り上げる論点

【第1回】 (給与等の範囲)
  • 給与等の範囲(休業手当等の取扱い)
【第2回】 (継続雇用者)
  • 継続雇用者(「2期にわたり給与の支給を受ける者」の意義)
  • 継続雇用者(雇用保険一般被保険者に該当するが加入していない場合)
  • 継続雇用者(期の途中で役員となった者、役員を退任後引き続き嘱託社員として在籍することとなった者、継続雇用制度の適用を受けることとなった者、海外勤務となった者の取扱い)
【第3回 (経過措置)
  • 経過措置(平均給与等支給額の概念について)
  • 経過措置(平成26年3月期において法人税額が生じなかったため所得拡大促進税制を適用できなかった場合の取扱い)
  • 経過措置(経過年度において連結納税に加入(離脱)した法人の取扱い)

 

- 質 問 -

(休業手当等の取扱い)

以下のそれぞれのケースで支給される「手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となるか教えてください。

〈ケース1〉
業務上のケガにより休職している社員に対して支給される「休業手当」

〈ケース2〉
業績悪化に伴い自宅待機をさせた社員に対して支給される「休業手当」

〈ケース3〉
就業規則に定められている「産休・育休制度」を利用して休職している社員に対して支給される「休業手当」

〈ケース4〉
やむを得ない事情で従業員を解雇せざるを得ないこととなり、労働基準法の規定に従い支払われる「解雇予告手当」

 

- 回 答 -

〈ケース1〉該当しない

〈ケース2〉 ⇒ 該当する

〈ケース3〉 ⇒ 該当する

〈ケース4〉 該当しない

 

- 解 説 -

所得拡大促進税制の適用対象となる「雇用者給与等支給額」とは、以下のように定義されている(措法42の12の4②三)。

(1) 適用年度の所得の金額の計算上

(2) 損金の額に算入される

(3) 国内雇用者に対する

(4) 給与等の支給額(その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額がある場合には、これを控除した金額)

ここで「給与等」とは、所得税法第28条第1項に規定する給与等をいう(措法42の12の4②二)。

所得税法第28条第1項は給与所得に関する規定であり、給与所得の対象となる「給与等」について、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与」とされていることから、名義のいかんによらず、給与の性質を有するものは広く含まれるものと考えることができる。

したがって、お問い合わせの各ケースについては、それぞれの手当が給与所得として課税されるかどうかによって判断することとなる。

〈ケース1〉の判定

業務上のケガにより休職している社員に対して支払われる「休業手当」は、労働基準法第76条に定める「休業補償」に該当する。

(労働基準法)
第75条

1.労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。

2.(省略)

第76条

1.労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の100分の60の休業補償を行わなければならない。

2.(省略)

3.(省略)

同条に定める「休業補償」はまさに「補償」であって、業務疾病等に起因して労働不能状況に陥ったことに対する「償い(賠償)」としての性質を有するものである。

このように、労働基準法第76条の規定に基づく「休業補償」は、所得税法上は非課税所得とされている(所法9①三イ、所令20①二)。

なお、労働基準法では平均賃金の60%の休業補償を定めているが、企業独自の判断として、60%を超える休業補償を行うケースも考えられる(付加給付金)。この場合にあっても、その本質は「補償」である以上、付加給付金も含めた総支給額が通常支給されるべき賃金の範囲内であることなど、補償額として相当なものであれば非課税所得となる。

したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」には該当しない。

〈ケース2〉の判定

業績悪化に伴い自宅待機を余儀なくされる場合等、使用者責任により労働者環境を奪われ休業に至る場合には、労働基準法第26条の定めに従い「休業手当」を支払わなければならない。

(労働基準法)
第26条
 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。

同条に定める「休業手当」は、〈ケース1〉の「休業補償」とは異なり、本来であれば労働力の提供対価として受け取るべき賃金について、使用者側の都合で休業することとなった労働者の生活保障を図るため使用者側に支払が義務づけられたものであり、「賃金」の性質を有するものである。このため、労働基準法第26条に定める「休業手当」は給与所得として課税されることとなる。

したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」に該当する。

(※) 労働基準法の休業手当等の課税関係(所得税)については、国税庁タックスアンサーにも掲載されているため、参考にしていただきたい。
タックスアンサーNo.1905「労働基準法の休業手当等の課税関係

なお、景気変動等の理由により一時的な雇用調整を行った事業者については、従業員の雇用を維持する場合には雇用調整助成金の支給を受けることができる。

所得拡大促進税制の適用上、雇用調整助成金は「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に該当し、雇用者給与等支給額の計算上はこれを控除する必要がある点に留意が必要である(措通42の12の4-2(1))。

〈ケース3〉の判定

会社の福利厚生制度の一環として「産休・育休制度」が定められ、これに基づき支払を受ける休業手当など、労働基準法第26条及び第76条のいずれにも該当しない休業手当は、一般的な取扱いにより給与所得として課税されることとなる。

したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」に該当する。

〈ケース4〉の判定

使用者が労働基準法第20条(解雇の予告)の規定による予告をしないで使用人を解雇する場合に、その使用者から支払われる「解雇予告手当」は、退職所得とされる。

(労働基準法)
第20条

1.使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。

2.(省略)

3.(省略)

このように「解雇予告手当」は給与所得ではなく退職所得として取り扱われることから、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」には該当しない。

(了)

〈あらためて確認しておきたい〉

『所得拡大促進税制』誤りやすいポイント

【第1回】

「給与等の範囲」

~休業手当等の取扱い~

 

公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎

 

1 はじめに

所得拡大促進税制(雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)は、平成26年度税制改正による適用要件の緩和を踏まえ、平成27年3月期決算申告においてより多くの企業に利用されることが期待されている。

そのような中、昨年11月21日には、プロフェッションネットワーク社主催のセミナー『【平成27年3月決算・申告対応】一日で徹底理解 所得拡大促進税制-適用判断と申告実務-』を開催し、多くの受講者にお越しいただいた。本税制に対する関心の高さを実感した次第である。

このセミナー時間中、多くの受講生から、今まさに実務で直面している疑問点に関する質問をお寄せいただき、またセミナー資料の作成を通じて筆者自身、改めて気づかされる点も多かった。

そこで本連載では、全3回にわたり、本税制の適用に当たって誤りやすいと思われるポイントを紹介することとしたい。

2 本連載で取り上げる論点

【第1回】 (給与等の範囲)
  • 給与等の範囲(休業手当等の取扱い)
【第2回】 (継続雇用者)
  • 継続雇用者(「2期にわたり給与の支給を受ける者」の意義)
  • 継続雇用者(雇用保険一般被保険者に該当するが加入していない場合)
  • 継続雇用者(期の途中で役員となった者、役員を退任後引き続き嘱託社員として在籍することとなった者、継続雇用制度の適用を受けることとなった者、海外勤務となった者の取扱い)
【第3回 (経過措置)
  • 経過措置(平均給与等支給額の概念について)
  • 経過措置(平成26年3月期において法人税額が生じなかったため所得拡大促進税制を適用できなかった場合の取扱い)
  • 経過措置(経過年度において連結納税に加入(離脱)した法人の取扱い)

 

- 質 問 -

(休業手当等の取扱い)

以下のそれぞれのケースで支給される「手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となるか教えてください。

〈ケース1〉
業務上のケガにより休職している社員に対して支給される「休業手当」

〈ケース2〉
業績悪化に伴い自宅待機をさせた社員に対して支給される「休業手当」

〈ケース3〉
就業規則に定められている「産休・育休制度」を利用して休職している社員に対して支給される「休業手当」

〈ケース4〉
やむを得ない事情で従業員を解雇せざるを得ないこととなり、労働基準法の規定に従い支払われる「解雇予告手当」

 

- 回 答 -

〈ケース1〉該当しない

〈ケース2〉 ⇒ 該当する

〈ケース3〉 ⇒ 該当する

〈ケース4〉 該当しない

 

- 解 説 -

所得拡大促進税制の適用対象となる「雇用者給与等支給額」とは、以下のように定義されている(措法42の12の4②三)。

(1) 適用年度の所得の金額の計算上

(2) 損金の額に算入される

(3) 国内雇用者に対する

(4) 給与等の支給額(その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額がある場合には、これを控除した金額)

ここで「給与等」とは、所得税法第28条第1項に規定する給与等をいう(措法42の12の4②二)。

所得税法第28条第1項は給与所得に関する規定であり、給与所得の対象となる「給与等」について、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与」とされていることから、名義のいかんによらず、給与の性質を有するものは広く含まれるものと考えることができる。

したがって、お問い合わせの各ケースについては、それぞれの手当が給与所得として課税されるかどうかによって判断することとなる。

〈ケース1〉の判定

業務上のケガにより休職している社員に対して支払われる「休業手当」は、労働基準法第76条に定める「休業補償」に該当する。

(労働基準法)
第75条

1.労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。

2.(省略)

第76条

1.労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の100分の60の休業補償を行わなければならない。

2.(省略)

3.(省略)

同条に定める「休業補償」はまさに「補償」であって、業務疾病等に起因して労働不能状況に陥ったことに対する「償い(賠償)」としての性質を有するものである。

このように、労働基準法第76条の規定に基づく「休業補償」は、所得税法上は非課税所得とされている(所法9①三イ、所令20①二)。

なお、労働基準法では平均賃金の60%の休業補償を定めているが、企業独自の判断として、60%を超える休業補償を行うケースも考えられる(付加給付金)。この場合にあっても、その本質は「補償」である以上、付加給付金も含めた総支給額が通常支給されるべき賃金の範囲内であることなど、補償額として相当なものであれば非課税所得となる。

したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」には該当しない。

〈ケース2〉の判定

業績悪化に伴い自宅待機を余儀なくされる場合等、使用者責任により労働者環境を奪われ休業に至る場合には、労働基準法第26条の定めに従い「休業手当」を支払わなければならない。

(労働基準法)
第26条
 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。

同条に定める「休業手当」は、〈ケース1〉の「休業補償」とは異なり、本来であれば労働力の提供対価として受け取るべき賃金について、使用者側の都合で休業することとなった労働者の生活保障を図るため使用者側に支払が義務づけられたものであり、「賃金」の性質を有するものである。このため、労働基準法第26条に定める「休業手当」は給与所得として課税されることとなる。

したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」に該当する。

(※) 労働基準法の休業手当等の課税関係(所得税)については、国税庁タックスアンサーにも掲載されているため、参考にしていただきたい。
タックスアンサーNo.1905「労働基準法の休業手当等の課税関係

なお、景気変動等の理由により一時的な雇用調整を行った事業者については、従業員の雇用を維持する場合には雇用調整助成金の支給を受けることができる。

所得拡大促進税制の適用上、雇用調整助成金は「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に該当し、雇用者給与等支給額の計算上はこれを控除する必要がある点に留意が必要である(措通42の12の4-2(1))。

〈ケース3〉の判定

会社の福利厚生制度の一環として「産休・育休制度」が定められ、これに基づき支払を受ける休業手当など、労働基準法第26条及び第76条のいずれにも該当しない休業手当は、一般的な取扱いにより給与所得として課税されることとなる。

したがって、本ケースにおける「休業手当」は、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」に該当する。

〈ケース4〉の判定

使用者が労働基準法第20条(解雇の予告)の規定による予告をしないで使用人を解雇する場合に、その使用者から支払われる「解雇予告手当」は、退職所得とされる。

(労働基準法)
第20条

1.使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。

2.(省略)

3.(省略)

このように「解雇予告手当」は給与所得ではなく退職所得として取り扱われることから、所得拡大促進税制の適用対象となる「給与等」には該当しない。

(了)

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「〈あらためて確認しておきたい〉『所得拡大促進税制』の誤りやすいポイント」(全3回)

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筆者紹介

鯨岡 健太郎

( くじらおか・けんたろう )

公認会計士・税理士
税理士法人ファシオ・コンサルティング パートナー

1998(平成10)年公認会計士試験合格後に大手監査法人に入社。主に国内上場企業に対する法定監査業務及び株式公開支援業務に従事。2002(平成14)年に公認会計士登録。
その後、2003(平成15)年に大手税理士法人に転籍し、主に国内外の法人に対する税務コンプライアンス業務及び税務コンサルティングサービスに従事したほか、M&Aにおける税務デューデリジェンス業務、ストラクチャリング業務等のM&Aアドバイザリー業務にも関与。2005(平成17)年に税理士登録。

2008(平成20)年に独立開業。現在は税理士法人のパートナー税理士として、中小企業の経営支援業務や連結納税導入支援業務等に従事している。

【著書】
中小企業の繰越控除にも対応!詳解 賃上げ促進税制』2024年、清文社
中小企業の判定をめぐる税務』2021年、清文社

 

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