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実務家による実務家のための
ブックガイド
-No.1-
井ノ上陽一 著
『ひとり税理士の仕事術』
〈評者〉
税理士・公認不正検査士(CFE)
米澤 勝
私も「ひとり税理士」である。職員を雇う予定もなければ、規模を拡大する気持ちもない。おそらく、本書の著者である井ノ上陽一氏に、考え方はかなり近い。とはいえ、共感できない部分も少なくはない。
たとえば、著者は、「はしがき」の中で、「ひとり税理士を提唱する理由」として、次の3つを挙げている。
2 税理士業界のため
3 自分自身のため
わが身に置き換えて考えてみると、「3 自分自身のため」という理由が最も近いのではあるが、その中身は、著者の主張する「人件費をまかないきれなくなる可能性もある」ことではなく、「一人でいることがもっとも楽だ」ということに尽きる。「お客様」や「税理士業界」のことを思って、「ひとり税理士」という形態を選んだわけではない。
そうした相違点もまた、読んでいて面白いところである。
著者の文章の特徴を一言で表せば、センテンスが短く、難しい言葉を使わないで、どんどん読ませるという点にある。本書は250ページ余りの体裁であるが、私は、90分くらいで読んでしまった。それだけのスピードで読んでいても、記憶に残るフレーズが随所に現れる。
130項目にわたる仕事術+「独立を後押しするナインストーリー」の中で、印象に残ったフレーズをいくつか。
- 「仕事」ではなく、「人」=「自分」で評価されることを目指す
- 季節性のない仕事を増やす努力
- 「徹夜明けの医者に手術をしてもらいたか?」
- 税務会計ソフトを使う=IT化と考えてはいけない
- 勉強にならない仕事はさけるべき
基本的には税理士業務に直接結びついた「仕事術」が多く紹介されているのだが、会社員の読者にとっても、仕事をするうえで参考になる考え方も数多く示されている。また、読み進むうちに、著者のストイックさに驚かされる場面も少なくない。
最後に、「税理士事務所の経験なしに独立できる?」という項目について、私の見解を少し。
著者は、この問いに対し、「税理士事務所に勤務しないと経験できないことがある」ことをデメリットとして挙げたうえで、「変なクセ」「古い慣習や固定観念」にとらわれないだけゼロベースで独立した方がいい部分も多い、と説明する。私も税理士事務所勤務経験がない状態での独立だったため、実務はまったくの手探りでスタートした。とはいえ、1年もすれば、たいていの経験はできるものである。そうした実感からも、著者の「仕事を必死にこなすことで、独立後に経験を積むことができる」という解説には大いに頷けるのであった。
試験勉強中の税理士志望者のみなさんがこの本を読めば、合格後の自分の生き方が具体的に見えてくることは間違いなく、それが勉強を続けるモチベーションになるのではないだろうか。また、組織で仕事をしている方(必ずしも税理士とは限らない)にとっては、自分の生き方を考え直すきっかけになるのではないだろうか。
ITの進化は、働き方をどんどん多様化している。税理士業界もまた、大きな変動期を迎えている。
そうした変動期に相応しい実務書として、本書をとりあげた次第である。
(了)
〔書籍情報〕
ひとり税理士の仕事術―雇われない・雇わない働き方 仕事も人生も楽しむ税理士 井ノ上 陽一 大蔵財務協会、2015年7月 ISBN:978-4754722388 |
「実務家による実務家のためのブックガイド」は不定期連載です。