《速報解説》
会計士協会、「イメージ文書により入手する監査証拠に関する実務指針」を公表
~令和3年度税制改正の国税関係書類の電子的な保存の要件緩和における留意点も示す~
公認会計士 阿部 光成
Ⅰ はじめに
2022年1月26日付けで(ホームページ掲載日は2022年1月27日)、日本公認会計士協会は、「監査・保証実務委員会実務指針第104号「イメージ文書により入手する監査証拠に関する実務指針」」を公表した。これにより、2021年11月19日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメント対応も公表されている。
これは、令和3年度税制改正による電子帳簿等保存制度の見直しに伴い、スキャナ保存制度について要件緩和がなされたことや電子取引に係る電子情報の保存が義務付けられたことを受けて、今後、企業の取引情報の電子化の一層の加速が見込まれることなどに対応し、監査人が監査証拠を電子データの一種であるイメージ文書で入手する場合の実務上の指針を提供するものである。
実務指針においては、電子帳簿等保存制度を参考とすることが多いが、企業の電子帳簿等保存制度への準拠や適合の状況に関する監査人の対応について直接に取り扱うものではないとのことである(10項)。
文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。
Ⅱ 主な内容
1 適用範囲
監査人は、観察や質問等によって得る情報に加えて、書面又は電磁的記録(以下「電子データ」という)により監査証拠を入手するが、実務指針の適用範囲は、電子データのうち、書面の取引証憑と同等の記載内容を保っているPDF等のイメージ文書である(2項)。
「イメージ文書」とは、情報システムの使用により可読性のある電子データであり、書面の取引証憑と同等の記載内容を保っているデータをいう(12項(5))。
ファイル形式としては、PDFファイルや他の画像ファイル(BMP、TIFF、JPEG、PNG等)が想定されている(12項(5))。
電子データであっても、EDI(Electronic Data Interchange)取引等によって情報システムで生成される一覧型のシステム取引データは、イメージ文書とは異なる監査上のリスクを考慮する必要があり、従前からの監査手続により対応が図られていることから、実務指針の対象としていない(2項)。
実務指針は、次の両方のイメージ文書を対象としている(2項)。
① 取引情報の授受を一貫して電子データで行う電子取引において作成されるイメージ文書
② 取引情報の授受を書面で行った上でその書面を電子的に保存するために作成されるイメージ文書
さらに、原本である書面を電子化する場合には、企業が関連する法令等に従って電子化する場合と、監査の過程で監査人が依頼したことで電子化される場合があり、実務指針はこの両方を対象としている(2項)。
次の付録も記載されている。
- 《付録1 電子帳簿保存法と本実務指針の適用範囲の関係》
- 《付録2 スキャナ保存制度を含む電子帳簿保存法の概要》
- 《付録3 イメージ文書と原本》
- 《付録4 イメージ文書の特徴とリスク》
- 《付録5 イメージ文書の特性から生じるリスクに対応するための内部統制の例示》
2 原本
「原本」とは、イメージ文書に変換する前の元になったものであり、書面又は情報システムから出力された可読性のある電子データをいう(12項(6))。
実務指針は、監査の過程で監査人が監査証拠として入手する可能性のあるイメージ文書を取り扱っているため、原本という用語をイメージ文書と対比する目的で、上記のように定義している。
実務指針では、イメージ文書の作成を前提としていない書面等についての原本を定義することを目的としていないため、他の法令等における定義とは異なる場合があるとのことである(12項(6))。
監査人は、イメージ文書の元になった原本が被監査会社の管理下に存在し、それが監査の目的に関連する情報であり、監査人が監査証拠として必要と判断する場合には、経営者に対し当該原本の提供を求めることがある(14項)。
公開草案に対するコメントとして、公開草案全体からは、可能な限り書面の原本を廃棄してほしくないというようなトーンがうかがえるが、必ずしも監査人の立場から書面の原本の廃棄を禁止するものではない旨を冒頭部分等において明確にした方がよいのではないか、また、実務指針は、スキャナ保存に係る内部統制の整備及び運用を強制するものではないという理解でよいかとのコメントが寄せられた(コメントNo.1)。
これに対して、実務指針では、書面の原本の廃棄を禁止したり、被監査会社に要請したりするといった立場ではないこと、また、被監査会社にイメージ文書の真正性確保に関する内部統制の整備及び運用を強制するわけではないことが記載されている。
全体として、イメージ文書に取り込む前の原本の方が、証拠力が高いというスタンスではないかとの受けとめに対しても、コメントを踏まえ全体を見直し原本を確かめる必要性を強調しないよう修正しているとのことである(コメントNo.3)。
3 イメージ文書に係るリスクの識別と評価
監査人は、電子取引において受領又は交付したイメージ文書が複製であることのみを理由に監査証拠として十分かつ適切ではないと判断する、又は、情報の信頼性を何ら検討せずにイメージ文書が複製元の原本と全く同一の記載内容であると判断する、といった先入観を持たず、入手したイメージ文書が有する証明力並びに監査証拠としての十分性及び適切性を適切に評価して対応する(20項)。
監査人は、入手したイメージ文書に対して、重要な虚偽表示リスクの程度が高いと評価し、より確かな心証が得られる監査証拠を入手する場合には、監査証拠の量を増やすことや、より適合性が高く、より証明力の強い監査証拠を入手することがある(42項、43項)。
後述のように、スキャナ保存に関しては、令和3年度(2021年度)税制改正により、スキャナ保存後直ちに書面の原本を廃棄することが可能となっている。
そのため、監査人は、監査上必要と判断する一定金額以上の契約書など、重要な監査証拠となり得る記録や書面の原本の取扱いに関して被監査会社と事前に十分に協議し、例えば、次のような対応を検討することが考えられるとしている(64項)。
① 被監査会社が原本を廃棄する前に、監査人が原本を確かめること、また、必要に応じて廃棄予定の原本を監査人が入手すること。
② 監査人による立会の下でPDF等に変換されたイメージ文書を入手すること。
③ 被監査会社が原本を廃棄しており、監査人が原本を確かめられない場合、被監査会社において、取引先等の外部のシステムにアクセスして原本又はイメージ文書をシステムから直接再出力できるときには、監査人による立会の下で再出力を依頼すること。
4 令和3年度(2021年度)税制改正による監査への影響
令和3年度(2021年度)税制改正により、国税関係書類の電子的な保存のための要件が緩和されており、イメージ文書の保存に関して以下に留意する(32項)。
① 適正事務処理要件が廃止され、スキャナ保存後直ちに書面による原本を廃棄することが可能であり、原本の保管コスト等の観点から、スキャナ保存対応を行う企業が増加することが想定される。
② 電子取引により入手したイメージ文書について、印刷されたものではなく電子データ自体を保存することが義務付けられたため、イメージ文書による保存の増加が想定される。
これに伴って、イメージ文書が、企業が法令に従って作成しているものであるか、監査人の依頼により電子化されたものであるかについて、外観上は判別できなくなることがある。
③ 財務報告に係る内部統制の整備及び運用が不十分な場合、書面による原本が廃棄されることによって、イメージ文書の真正性を確かめられなくなる可能性がある。
また、会計記録に関する原本の廃棄は、監査における内部統制の検証プロセス、リスク評価手続及び実証手続に影響を及ぼすことがある。
5 内部統制
監査人は、監査に関連する内部統制を理解する際に、監査基準委員会報告書315「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」第12項に従い、内部統制のデザインを評価し、これらが業務に適用されているかどうかについて、企業の担当者への質問とその他の手続を実施して評価する(34項)。
イメージ文書の作成、受領及び保管に関する内部統制(IT全般統制を含む)を理解するに当たってのポイントなどが記載されている(37項ほか)。
Ⅲ 適用時期等
実務指針は、2022年1月1日以後に開始する事業年度に係る監査及び同日以降に開始する中間会計期間に係る中間監査から適用する。
ただし、それより前の決算に係る監査から実施することを妨げない。
なお、実務指針の公表により、2022年1月26日付けで、次のものが廃止されている。
① IT委員会研究報告第50号「スキャナ保存制度への対応と監査上の留意点」
② 自主規制・業務本部 平成27年審理通達第3号「平成27年度税制改正における国税関係書類に係るスキャナ保存制度見直しに伴う監査人の留意事項」
(了)