公開日: 2014/12/25 (掲載号:No.100)
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〔小説〕『東上野税務署の多楠と新田』~税務調査官の思考法~ 【第3話】「売上急増、所得低調」

筆者: 堀内 章典

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調査着手

翌朝、ギラギラした太陽が照りつける厳しい残暑の中、午前10時に金杉商店の前に立つ多楠と新田。

多楠が先に会社の事務所受付で近くにいた社員と見られる女性に用件を言うと、しばらくして受付のドアが開き2人の男が現れた。

作業着を着た社長の森本と半袖シャツ姿の税理士の尾崎であった。

2人は会社の応接室に案内された。

尾崎税理士
「暑い中ご苦労様です。今回はお2人で調査ですか。よろしくお願いいたします。」

ここは本来先輩の新田が応える場面であり、税理士の尾崎も見た目年長の新田に向かって声をかけているのだが、新田は応えようとしない。

しかたなく多楠
「私が新人調査官なものですから、新田調査官に付いて指導を受けているのです。」

尾崎
「そうですか。税務署もベテランが退職し、若手の調査官が増えて調査技法を伝授するのが大変らしいですね。」

そんな導入の会話から事業の概況まで、多楠は前日に新田から指示されたとおり、いかにも新人調査官というぎこちなさの中、たどたどしい概況聴取を進めていった。

前回の調査では父和夫が社長で鉄男は専務取締役であった。その調査にも鉄男は父和夫と共に立ち会ったが、現在和夫は第一線を退き調査に立ち会っていない。税理士は同じく尾崎である。社長の森本鉄男は色黒の職人といった顔つきをしていて、受け答えもハッキリしており、いかにも江戸っ子という雰囲気であった。

▼   ▲   ▼

森本は自らの事業について、矢継ぎ早に語り出した。

「うちのような実質個人商店は、人がやらないことをやらないと儲かりません。」

「大手の工場の作業工程で発生したアルミやステンレスの切れっぱしを安い値段で買い取って、ひとつひとつ丁寧にバリを切り取るなど地味な作業をし、加工して再度既定の部材として販売する。誰もこんな仕事をしたいとは思いません。だから利益になるんです。」

「毎年利益は出しているんですが、鋼材の買い入れを安くするために現金で仕入をしています。一方の鋼材の売上は原材料の業者間取引では手形が原則、ほとんどが90日サイトの手形になっており、毎月資金繰りで頭を悩ませています。」

「オヤジの父親の代からこの商売をしていますが、なぜかこの事業は加工する作業員が10名を超えると目が行き届かなくなるせいか採算が悪くなる。だから今もベテランの職人が8名で作業をしているんです。」

11時を過ぎようとする頃、多楠の要領を得ない事業概況の聴き取りが一段落したので、作業場を見せてもらうことにした。事務所の隣にある作業場は昼間でも薄暗く、冷房もあまり効いておらず、まさに灼熱の世界であった。部材を切断する機械の甲高い音、旋盤のうなる音が響く中、金属が焼け付くときの独特の臭いが漂う過酷な作業場で、確かに8名の作業員が黙々と作業をしていた。

その作業場でどのような作業が行われ、どのような流れで作業が進められているのか、額に汗しながら森本は、騒音の中途切れ途切れで聞き取りにくい声ではあったが丁寧に説明をした。

70歳にはなると思われる尾崎税理士が真っ先に悲鳴を上げ、クーラーの効いた事務所に引き上げようと提案、一行は20分ほどの作業場の確認を終え事務所に戻った。
ヤレヤレという表情の尾崎税理士、手拭いで顔を拭う森本社長、汗でシャツがびっしょりの多楠の横で、唯一汗もかかないのが新田であった。

ここで初めて新田が口を開いた。

それは多楠も想定外の一言であった。

「社長にお伺いします。売上がここ5年間で急増していますが、所得金額が毎年2,000万円くらいで低調です。なぜですか?」

多楠は自分の耳を疑った。

『売上急増、所得低調』

(昨日僕が言った答えと同じだ。
それは答えになっていない、単に会社の5年間の実態を言っているだけに過ぎないと一蹴したじゃないか。
なぜ同じフレーズを社長に質問するんだ!)

しかし、社長の森本は、多楠とはまったく異なる感覚で新田に対面していた。

森本は、先ほどから脈絡のない、たどたどしい質問をしてくる多楠に少々イライラしながらも、傍らでさりげない態度ながら鋭い眼光の新田がただならぬ存在であることを見抜いていた。

森本は金杉商店に入る前、父親のコネで10年ほど中堅どころの鋼材卸会社に勤務、主に営業を担当していた。その後、金杉商店に入社し10年ほどで専務に就任、以来上場会社の工場が多い仕入先の役員の接待から、一癖二癖ある業界仲間や鼻息の荒い若い衆を相手に丁々発止のやり取りをしてきた森本には、直感的に人を見る目が備わっていた。

“コイツは要注意だ。”

その新田から初めて聞いた声が「売上急増、所得低調の理由」。

前回の調査にも立ち会っており、調査とはどういうものか経験済みの森本も、いきなり発せられた素朴な質問に答えを窮してしまった。

「え~と、あの、その・・・。」

江戸っ子らしさがなくなり口ごもる森本を、新田はじっと見つめていた。

(続く)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

次回は次号(2015/1/8)に掲載されます。

〔小説〕

『東上野税務署の多楠と新田』

~税務調査官の思考法~

【第3話】

「売上急増、所得低調」

税理士 堀内 章典

 

前回までの主な登場人物》

多楠調査官
東上野税務署に入って2年目、今回初めて調査部門である法人課税第5部門に配属。

新田調査官
多楠の調査指導役、調査はできるが、なぜか多楠には冷たく当たる、近づきがたい先輩調査官。

田村統括官
法人課税第5部門の責任者である統括官、定年まであとわずか、小太りで好人物。

法人課税第5部門のメンバー
・三浦上席調査官(淡路の調査指導役)
・小泉調査官(調査経験4年目、寡黙な調査官)
・淡路調査官(多楠と同じ調査1年目の女性調査官)

 

準備調査

7月の異動から早くも1月が経過し、お盆休みもあっという間に終わってしまった。
いよいよ今日から、調査部門が税務調査の最盛期に入る。

お盆休み中一斉に休暇をとる調査部門の調査官は、里帰りや家族サービスなど各々の時間を過ごし、十分に英気を養ったあと、人事評価の裁定期間となる12月まで、調査に没頭するのである。

多楠調査官はというと、異動後、税務大学校そして城東地区の税務署が持ち回りで行う調査1年目研修で1月ほどを費やしていた。

あの部門での顔合わせ、その後の赤羽のスナック「かわばた」での新田の奇異な立ち振る舞いは、多楠にとって強烈なインパクトとして残ったのは事実であるが、今となるとはるか以前に起きた出来事のように思えた。

その後、新田とは仕事上の最小限しか会話をしていない。
これから“あの”新田と一緒に仕事をするかと思うと、気が重くなる多楠であった。

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連載目次

筆者紹介

堀内 章典

(ほりうち・あきのり)

税理士
株式会社SKC代表取締役
堀内税理士事務所所長
東京新宿相続サロン主宰

昭和54年3月学習院大学経済学部卒
昭和54年4月東京国税局採用
33年間、国税局及び税務署に勤務
税務署24年(うち特別国税調査官7年)
国税局資料調査課6年
税務大学校簿記会計担当教育官3年
平成24年9月税理士開業
株式会社SKC設立、現在に至る。

◆株式会社SKC&堀内税理士事務所公式サイト
http://skc.jp.net/
~会社の節税、税務調査対策情報が満載~

◆東京新宿相続サロン
http://souzoku-salon.net/
~相続税の節税、納税、税務調査対策情報が満載~

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