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小説 『法人課税第三部門にて。』 ─新税務調査制度を予測する─ 【第2話】「更正の請求期間の延長」
小説 『法人課税第三部門にて。』 ─新税務調査制度を予測する─ 【第2話】 「更正の請求期間の延長」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「田村上席」 山口調査官は、横に座っている田村上席調査官に向かって声をかけた。 田村上席調査官は、午後から、税務調査後の調査報告書を書いている。その手を止めて、怪訝そうに山口調査官の顔を見る。 「何?」 「・・・あの・・・」 山口調査官は、少し口ごもりながら、応える。 「税務調査で、納税者から修正申告を提出してもらうケースのことなんですが・・・」 山口調査官は、手に持っている平成23年度税制改正の資料を田村上席調査官に見せる。 「更正の請求のことなんですが・・・これって、修正申告を提出しても、法定申告期限から5年以内であれば、納税者からその是正を求めることができ、また、税務調査が終わった後、税務署が修正申告を勧奨する場合、納税者が修正申告書等を提出する際、更正の請求をすることができる旨をわざわざ説明しなければならない・・・」 山口調査官は、少し不満そうに言葉を続ける。 「・・・そうすると、このような改正によって、今までのように、納税者と税務署との話し合いで決着を付けにくくなるのではないですか?」 山口調査官は、父親ほどの年齢差のある田村上席調査官の顔をうかがう。 「・・・納税者との話し合い?」 田村上席調査官は惚けたように聞き返す。 山口調査官は、少し苦笑いしながら、説明する。 「・・・例えば、棚卸資産の洩れと交際費等の課税を税務調査で指摘したとします。そして、交際費の範囲について、納税者と税務署の意見が異なったとき、話し合いで増差所得を調整して、修正申告を提出してもらうケース・・・つまり、何らかの事情で、交際費を課税する代わりに、棚卸資産の洩れはなかったことにする・・・そんなケースで修正申告書を提出しても、後で、交際費について更正の請求を出してくると・・・これって、税務署側にとって不利なんじゃないですか?」 田村上席調査官は頷く。 「そりゃあ、そんなことも考えられるが、納税者が、そんな更正の請求を提出してきた場合、更正の請求の調査で、棚卸資産の洩れを再度考慮して、更正の請求を認めるか否かの判断をすればいいだろう」 「更正の請求の内容以外の事項についても、調査の対象として、判断しても構わないのですか?」 山口調査官が尋ねる。 「もちろん、その場合、課税標準ないし税額の総額がいくらであるかが調査の対象になる。いわゆる総額主義で、提出された「更正の請求」の内容が判断されることになるだろう」 山口調査官は頸を傾げながら、質問を続ける。 「しかし、調査報告書の中には、さっき言ったような、納税者との駆け引きを詳細な記録として残せないでしょ。その調査を担当した人は、当然、棚卸資産の洩れなどについて、納税者と交渉して見逃してやったなんて、書けませんよね」 田村上席調査官は苦笑する。 「確かに、山口君の言うとおりだ・・・。そんなことを書いたら、上司の決裁が通らないからな」 田村上席調査官は、机の上に置かれている自分の調査報告書を見て苦笑する。 今目の前にある調査報告書も、上司である統括官等の決裁が通るように、自分に都合の悪いことは省略している。 「この調査報告書も、自分に都合の良い作文だから・・・納税者との交渉で棚卸資産の計上洩れを見逃したなんてこと、おめおめとは書けない・・・」 田村上席調査官は苦笑いしながら、呟くように言う。 「ということは、更正の請求の調査担当者は、結局、納税者が主張する交際費課税の妥当性(争点)のみを調査することになるのではないですか?」 山口調査官は、語気を強めて田村上席調査官に反論する。 「更正の請求の期間が原則5年に延長されたということは、今後、納税者と税務署との曖昧な交渉は、簡単にはできなくなったということを意味しているんだろう・・・」 田村上席調査官は、もう一度、平成23年度税制改正の書かれた資料を見る。 「そうか・・・平成23年12月2日以後に法定申告期限が到来する国税については、更正の請求ができる期間が法定申告期限から原則として5年に延長されたのだから、もうじき、これらの税務調査がスタートするから、これからの税務調査もやりにくくなって、厄介になるかもしれない・・・」 田村上席調査官は渋い顔をする。 「しかし、田村上席。更正の請求をする際には、納税者は「事実を証明する書類」の添付が必要となっていますし、また「偽りの記載をした更正の請求書を提出した者」に対しては、罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が創設されていますから、以前より少し厳しくなったのでは?」 山口調査官は曖昧に笑った。 「・・・もっとも、このような規定がどれだけ効果があるか分からないが・・・しかし、今回の「更正の請求期間の延長」の改正は、納税者にとっては有利なんだろうな」 田村上席調査官の言葉に、山口調査官は大きく頷く。 「今までのように、修正申告書を納税者に提出させれば、それで一件落着とはいかなくなったのですから、税務調査も簡単に終了しそうにないですね・・・」 「そうだなあ・・・更正処分も修正申告も、納税者にとっては、調査後、不服申立てをするのか更正の請求を提出するのかの違いで、共に税務調査での結果の是正を納税者側から要求することができることになったのから・・・」 田村上席調査官は、机の上に置かれている書きかけの調査報告書を見る。 「・・・これからは、納税者から修正申告書が提出されたとしても、調査報告書には、更正の請求が提出されることを前提として、詳細に記録しておかなければならないな・・・」 田村上席調査官は、もう一度、その調査報告書を見直すことにした。 (つづく)
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「相続財産に係る譲渡所得の課税の特例」の見直しをめぐる実務への影響(2)
「相続財産に係る譲渡所得の課税の特例」の 見直しをめぐる実務への影響(2) 税理士 齋藤 和助 1 会計検査院の指摘内容 前回、詳解したように、会計検査院の指摘内容は、相続財産である土地等の一部を譲渡した場合の取得費加算額を、「その譲渡した土地等に対応する相続税相当額」から「その者が相続したすべての土地等に対応する相続税相当額」に改めた改正(以下「平成5年改正」という)は、特例を取り巻くその後の状況が大きく変化した結果、その必要性が著しく低下しているとし、本来の趣旨に沿ったより適切なものとするための検討を行うよう求めるものであった。 平成5年改正が見直され、相続財産である土地等の一部を譲渡した場合、その譲渡した土地等に対する相続税額のみを取得費加算の対象とする本来の制度に戻った場合には、実務上どのような影響が考えられるのであろうか。 今回は、見直しが行われた場合の実務への影響について考えてみたい。 2 具体例による検証 平成5年改正が見直された場合の影響額について、数字を使って具体例で検証してみると、以下のようになる。 具体例は、会計検査院が問題視した加算割合※1が譲渡割合※2を50ポイント以上上回るケースである。 このケースでは、平成5年改正適用時と不適用時で取得費加算額が1億円減少し、譲渡所得税は2,000万円増加している。 土地等を多く相続し、その一部を譲渡した者は取得費加算上著しく有利な状況となっていることがよくわかる。 ※1 相続した全ての土地等に対応する相続税相当額に対する取得費加算額の割合 ※2 譲渡した土地等に係る相続税評価額が相続した全ての土地等に係る相続税評価額に占める割合 上記の例では、相続税評価額が時価の8割であると仮定して譲渡価額を設定しているが、取得費加算が見直された場合には、時価で譲渡できたとしても、相続税額の完納はできないため、相続財産の中に預貯金等がない場合、とりわけ相続財産のほとんどが土地の場合には物納の検討が必要となる。 3 譲渡か物納か 相続財産のほとんどが土地の場合には、譲渡所得税が増加すれば、物納を検討する必要がある。したがって、このようなケースにおいては、相続財産である土地を譲渡した場合と物納した場合との有利選択に必要な資料を事前に提供する必要がある。 この場合、ポイントとなるのが土地の取得時期や取得価額である。 相続税の申告上、今まではあまり気にせずに済んだことだが、上記有利選択には「いつ」「いくら」で取得した土地なのかが重要な要素となる。「いつ」は税率に、「いくら」は譲渡所得金額に影響する。 例えば、取得後5年以下の土地を譲渡した場合には39%(所得税30%・住民税9%)の譲渡所得税がかかる。また、同じ相続税評価額の土地であっても、先祖伝来の土地で譲渡価額の5%が取得価額となる土地と、高い時期に購入し、譲渡価額を上回る取得価額のある土地とでは譲渡の際の税負担が異なるため、相続税法上同じ価値とはいえ、所有財産としての価値が違うといえる。 これらの要素は相続財産のほとんどが土地であり、納税資金のない相続人にとっては、以前にも増して必要な情報となる。 4 物納に対する事前準備 上記有利選択で物納有利が判断された場合でも、簡単に物納が認められるわけではない。平成18年度の税制改正により、物納の状況も以前とはだいぶ事情が違っている。 改正前はとりあえず物納申請しておいて、譲渡先を探し、譲渡できたら延納や金銭一時納付に切り替えることが実務上行われていた。しかし、平成18年度の税制改正により、納付順位の厳格化や、物納申請財産の適格性が以前にも増して求められるようになっている。 それぞれの実務におけるポイントを挙げると、以下のようになる。 (1) 相続税納付順位の厳格化 相続税の納付は、金銭一時納付が原則である。そして、一時納付の例外として第二順位の延納が、金銭の例外として第三順位の物納が認められている。 したがって、第三順位の物納が認められるためには、第一順位の金銭一時納付、第二順位の延納が不可能であることを納税者自らが示す必要がある。このために用意されているのが『金銭納付を困難とする理由書』である。 改正前は提出さえしておけば認められた感のあるこの理由書であるが、改正後は申請者である相続人の生活費があらかじめ印字されているなど厳格化されている。 物納を認めてもらうためには、まず、この理由書の記載がポイントとなる。 (2) 物納申請財産の適格性 物納申請財産の適格性も、厳しく求められている。 土地に関しては、隣地との境界が不確定なものなども、以前であれば容認されていたが、改正後は物納申請の審査期間が原則3ヶ月に法定化され、申請者による延長届出も最長1年とされたことから、申請の段階で管理処分不適格財産として認められない可能性がある。 したがって、相続財産のほとんどが土地等であるような場合には、物納を想定して、生前に測量等を行い、隣地との境界線を確定するなど、物納財産としての適格性を満たしておくよう生前対策を行う必要がある。 5 おわりに 今回の会計検査院の指摘は、過度な取得費加算を認めるがゆえに譲渡所得税が減少している部分を捉えてのものであり、データに基づいた説得力のある指摘であるといえる。 実際に前回詳解した会計検査院のデータによれば、平成5年改正により増加した取得費加算額は786億円、これによる所得税額の減少額は118億円とある。 しかし、反面、取得費加算が過大に使えることによる、物納の減少による税務署側の事務処理負担の軽減や、土地譲渡の促進等の副次的なプラス効果があったことも見逃してはならない。 もし、見直しが指摘通りに行われた場合、分析されていないこれらのプラス効果にどれだけ影響が出るのだろうか。 財務省の今後の動向に注目していきたい。 (連載了) 【参考】国税庁ホームページ 「様式集(延納・物納関係)」 ※「金銭納付を困難とする理由書」(Wordファイル)あり
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〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載2〕 株式会社の解散と法人税申告の実務 【第2回】会社法における実態貸借対照表の作成義務と法人税申告
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載2〕 株式会社の解散と法人税申告の実務 【第2回】 会社法における実態貸借対照表の 作成義務と法人税申告 公認会計士・税理士 武田 雅比人 B社は、以下の貸借対照表のとおり、実態としては債務超過の状態にあり、この度、解散をすることになりました。 会社が解散した場合には、清算人は処分価格による貸借対照表を作成しなければならないと聞きましたが、これは、法人税制上の期限切れ欠損金の損金算入のために作成する「実態貸借対照表」(法規26の6三、法基通12-3-9)と同じものであると考えてよいのでしょうか。 また、実態貸借対照表とは、継続記録に基づく通常の貸借対照表とは異なるのでしょうか。 1 会社法は従来から処分価格による実態貸借対照表の作成を要求 会社法上、清算人は、その就任後遅滞なく、清算株式会社の財産の現況を調査し、法務省令で定めるところにより、解散日における財産目録及び貸借対照表を作成しなければならない(会社法492①)とされています。 財産目録では、解散日における処分価格を付さなければならず(処分価格を付すことが困難な場合を除く)、清算株式会社の会計帳簿については、財産目録に付された価格を取得価額とみなすこととされています(会社法施行規則144②)。 この財産目録は、資産、負債及び正味資産の3つの部に区分して表示します(会社法施行規則144③)。 清算開始時の貸借対照表は、財産目録に基づき作成しなければならず、処分価格により表示したものを作成し、資産、負債及び純資産の3つの部に区分して表示し、処分価格を付すことが困難な資産がある場合には、その資産に係る財産評価の方針を注記しなければなりません(会社法施行規則145)。 従来、実務においては、継続企業と同様の計算書類を作成しているものも少なくなかったと考えられますが、平成22年度税制改正により、清算中の事業年度も継続企業と同様の通常の確定申告書を作成して提出することが必要となっています。 このため、会計帳簿は通常の継続記録のままとし、各清算事務年度末において資産を時価に評価替えをして会社法が規定する貸借対照表を作成することが多いと思われます。会社法では損益計算書の作成が必要ないことから、このような対応が実務的であろうと思われます。 なお、平成22年度税制改正において、解散した場合の期限切れ欠損金額の損金算入の措置(法法59③)が講じられたため、今後は、法人税制上の要請からも、債務超過会社等が処分価格によって清算事務年度に係る貸借対照表を作成する実務が定着することとなると考えられます。 2 法人税法上も処分価格による実態貸借対照表を要求 解散した場合の期限切れ欠損金額の損金算入(法法59③)に規定する「残余財産がないと見込まれる」かどうかの判定は、法人の清算中に終了する各事業年度終了の時の現況により行うこととなります(法基通12-3-7)。 解散した法人がその事業年度終了の時において債務超過の状態にある場合には、「残余財産がないと見込まれるとき」に該当することとなります(法基通12-3-8)。 「残余財産がないと見込まれることを説明する書類」は、例えば、法人の清算中に終了する各事業年度終了の時の実態貸借対照表(その法人の有する資産及び負債の価額により作成される貸借対照表をいう)とされ、法人が実態貸借対照表を作成する場合の資産の価額は、その事業年度終了の時における処分価格によることとなります(法基通12-3-9)。 会社法では、清算人が作成する解散時点での貸借対照表は、解散日における処分価格(処分価格を付すことが困難な場合を除く)により作成されなければならず、会社法の規定にはないものの、会社法の趣旨からして、各事業年度末の貸借対照表もその各事業年度末時点での処分価格にて作成すべきものと考えられます。 他方、法人税においては、残余財産確定時までは評価損益を認識しません。 このため、会社法に基づく定時株主総会(会社法497)で承認された貸借対照表を「実態貸借対照表」として申告書に添付し、課税所得計算は申告調整で対応することになると思われます。 ところで、残余財産が確定した日が事業年度終了の日である場合には、残余財産がないと見込まれることを説明するための「実態貸借対照表」と会社法の貸借対照表は同じものとなるはずですが、これらの日が異なる場合には、残余財産確定時点では会計処理を行わずに作成した「実態貸借対照表」を法人税申告書の添付書類とすることが認められるものと考えます。 これは、簡便性の観点から、時価による評価替えを行わずに従前の帳簿価額により貸借対照表を作成していた場合においても同様です。 この場合、残余財産確定時点での実態貸借対照表を説明する資料は保管しておく必要があります。 3 実態貸借対照表作成上の留意点 実態貸借対照表においては、不良債権や繰延資産などの資産性のないものは計上せず、資産の売却(処分)見積額から売却(処分)に要するコスト見積額を控除することになると考えられます。 リース債務や従業員退職金、借入金の経過利息は精算し、未払法人税等などは計上することになります。 なお、その法人の解散が事業譲渡等を前提としたもので、その法人の資産が継続して他の法人の事業の用に供される見込みである場合には、その資産が使用収益されるものとして事業年度終了の時において譲渡されるときに通常付される価額によることとされていますので、ご留意ください(法基通12-3-9)。 4 法人税申告における留意点 法人税申告では、清算中も評価損益を課税対象としない通常事業年度と同一の法人税申告書を作成することになりますが、残余財産確定事業年度(残余財産の確定の日を末日とする事業年度)における申告においては、通常事業年度の申告とは異なる取扱いがありますので、注意が必要です。 ① 貸倒引当金等の繰入れ不可(法法52①・53①) ② 最後事業年度に係る事業税の損金算入(法法62の5⑤) ③ 非適格組織再編成による調整勘定の損金益金算入(法法62の8④・⑥二・⑦) ④ 一括償却資産の未償却額の損金算入(法令133の2④) ⑤ 繰延消費税等の損金算入(法令139の4⑨) また、法人税申告書には貸借対照表・損益計算書・株主資本等変動計算書等を添付(法法74③)することになりますが、会社法が作成を義務付けている貸借対照表・事務報告・附属明細書には、損益計算書や株主資本等変動計算書が含まれていません。このため、実務上は、法人税申告書に添付する決算書等については、評価損益を特別損益として明示して計上した損益計算書と実態貸借対照表・株主資本等変動計算書を添付することとなるのではないかと思われます。 ところで、資産処分益や債務免除益の発生を原因とする所得が多額であり、通常の所得・税額計算による納税見込額を負債として計上すると債務超過になるとして、期限切れ欠損金額の損金算入規定を適用して申告をする場合において、会社法の貸借対照表に計上される未払法人等は納税見込額であるため、結果として会社法の貸借対照表では債務超過にならないことがあり得ます。 このような場合には、「残余財産がないと見込まれることを証明する書類」として、期限切れ欠損金の損金算入規定を適用しないで計算した実態貸借対照表によって残余財産がないことを説明した書類などが必要となるものと思われます。 この詳細については、次回(第3回)の解説において説明することとします。 (了)
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租税争訟レポート【第3回】納税者と法人が保険料を負担した養老保険に係る一時所得の計算(所得税更正処分等取消請求事件最高裁判決)
租税争訟レポート【第3回】 納税者と法人が保険料を負担した 養老保険に係る一時所得の計算 (所得税更正処分等取消請求事件最高裁判決) 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【事案の概要】 1 養老保険の契約形態、保険料の負担 原告ら4名は、原告らの経営する法人を契約者として、以下の《図表》に示す養老保険に加入していたところ、満期保険金を受け取った。原告らに対する貸付金については、原告らが満期保険金を受領した際に、法人に対して返済している。 《図表》本件養老保険の契約形態 ※保険料の取扱い 《参考》通常の養老保険の契約形態 ※保険料の取扱い 2 一時所得金額の計算方法 原告らは、満期保険金に係る一時所得の金額の計算上、法人負担分も含めた保険料の総額を、所得税法34条2項に規定する「収入を得るために支出した金額」として確定申告を行った。 3 処分行政庁による更正 原告らの確定申告に対し、所轄税務署長らは、法人が負担した保険料について控除を認めない旨の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を行ったため、原告らは、異議申立、審査請求を経て、本件訴訟を提起した。 【控訴審・第一審の判断】 控訴審判決は、一時所得の総収入金額から控除する額を、「その収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額(所得税法34条2項)」と定義したとしても、その文言には、「所得者本人が負担した金額に限る」とは規定しておらず、生命保険契約等に基づく生命保険金等の一時金が一時所得とされる場合に、その一時所得の金額の計算上控除される保険料等は、その一時金を取得した者自身が負担したものに限られるのか、それとも、その生命保険金等の受給者以外の者が負担していたものも含まれるのかについては、法文上必ずしも明らかではないとして、納税者の主張を認め、処分行政庁による更正処分等を取り消した。 しかし、この判決には、法人負担分を含めた保険料総額を控除すると、法人負担分が損金として処理され(法人税課税がされず)、かつ、個人に対する給与所得課税もされていないうえ、さらにこの部分が一時所得として課税されないこととなり、課税の公平を害することとなるという強い批判があった。 【最高裁の判断】 最高裁は、所得税法34条2項を、一時所得に係る収入を得た個人の担税力に応じた課税を図る趣旨であるから、一時所得に係る収入のうちこうした支出額に相当する部分は個人の担税力を増加させるものではないとし、「支出した金額」とは、一時所得に係る収入を得た個人が自ら負担して支出したものといえる金額(下線:筆者)をいうと解するべきであると判示した。 そのうえで、同項の「その収入を得るために支出した金額」という文言も、収入を得る主体と支出をする主体が同一であることを前提としたものであり、一時所得に係る支出が「その収入を得るために支出した金額」に該当するためには、それが当該収入を得た個人において自ら負担して支出したものといえる場合でなければならないとして、法人が負担した部分の保険料を総額に算入することを認めず、納税者敗訴の逆転判決を言い渡した。 【解説】 本判決は、法律の規定を、その文章の意味どおりに解釈する文理解釈を優先するか、法の適用によって実現される目的を論理的に捉える目的論的解釈を優先するかが真っ向から争われた訴訟であり、控訴審までは、文理解釈によって、納税者の主張を認めている。 (控訴審判決一部抜粋) この考え方に、最高裁判決が反対していることは、須藤正彦裁判官の補足意見が示している。 しかし、ここで国税庁が行った法令改正に着目すると、上告審判決後、一時所得の計算において控除できる保険料又は掛金の総額は、使用人(役員を含む)の給与所得に係る収入金額に含まないものの額を控除して計算することが定められ(所得税法施行令183条4項3号、185条3項1号)、その後、通達も同趣旨に改正された。 『平成23年版 改正税法のすべて』(大蔵財務協会)では、「養老保険を利用して関係法人から役員に資金を移転する租税回避の事例があることを踏まえ、これを適正化するため」に、「給与所得課税が行われたものに限る旨を明確化する」ことを目的にしているという解説がされている(同書87頁)。 課税当局は、上告審で指摘された「法令等の不備」を認めたうえで、改正により治癒を図ろうとしたわけだが、最高裁は目的論的解釈で租税回避行為を否定し、課税の公平を守ったものといえよう。 (了) 【参考】本件の判決文はこちら(裁判所ホームページ) ※PDFファイル
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会計リレーエッセイ 【第1回】「会計は平時の学問・実務なのか?~2011.3.11の大震災後に想う」
会計リレーエッセイ 【第1回】 「会計は平時の学問・実務なのか? ~2011.3.11の大震災後に想う」 青山学院大学大学院教授 八田 進二 2011年3月11日の東日本大震災を境に、わが国のあらゆる組織ないし機関、あるいは、既存の仕組みないしは秩序、さらには、人材育成に向けた教育の内容やその進め方等々に対して、根底からの見直しと改革が余儀なくされたのである。 つまり、先般の大震災は、その後の大津波、さらには全電源喪失に伴う原発事故を伴うとともに、そうしたほとんど未経験のリスクへの対応に、特定の企業ないしは組織だけでなく、国全体の対応があまりにも稚拙であり脆弱であったために、被災規模を限りなく増幅させてしまったことは、その後の複数の検証を通じて明らかにされたのである。 しかし、当初、一連の大災難等を前にして、科学者ないしは専門家と称される者の多くが、数多くのメディアを通して繰り返し異口同音に口にしていた言葉、すなわち「想定外であり」そして「未曾有のものだ」という台詞が今も耳に残っているのである。 確かに、日本人のほとんどが経験したことのない大災難であったことから、当初は、こうした発言に対してとりわけ違和感を抱くことはなかったものの、今、こうして、事後的に冷静な検証と分析がなされたことで、改めて原発事故の当事者たる関係者に対して多くの不信感と深い憤りを感じるのである。 それは、裏を返すならば、科学者ないしは専門家の発してきた言葉が、今般の事故が自分達の守備範囲とする専門領域での知見を遥かに超えるものであり、それゆえに、自らの責任は回避されるものであることを力説せんがためのものと解されるからなのではなかろうか。 一方、先の大震災を踏まえて、実に多くの専門家等により、大震災からの復活・復興とそれを踏まえての新たな発展を目途とした提言等が、見える形での著作物を通じて発せられてきているものの、会計の専門家ないしは専門家集団等からの提言等は、ほんの一部を除き、いまだ皆無に等しい状況にあることに対しては、失望にも似た焦燥感を抱かざるを得ない。 というのも、会計専門家の多くは、会計をして「事後的対応」に特化した業務領域であるとの認識からか、あるいは、会計や監査は平時の学問と解しているからなのかは定かではないが、少なくとも、国難ともされる緊急時ないしは非常時には、会計はまったく無力であると諦観してしまっているのでないかとさえ思えるからである。 それとごろか、会計ないしは会計学というのは、Accountingの翻訳語であり、本来の意味からするならば、「報告すること」「説明すること」さらには、「責任を負うこと」と訳出される「account for~」にそもそもの語源があるのであり、Accountingとは、単に、銭勘定の為の計算合わせの技術ないしは学問ではないということである。 つまり、権限を有する立場の者が、当人に課せられた使命(役割)を適切に果たすとともに、その経緯ないしは顛末について適時にかつ適切な情報開示(ティスクロージャー)を通じて、関係当事者(所謂、ステークホルダー)に対して説明責任を履行するといった一連の活動にこそ、会計の原点があるのであり、それは、まさに、民主主義社会および資本主義社会のインフラを成すものなのである。 加えて、今日、健全な経済社会構築に向けて会計に期待されている役割は、単に平時の事後的作業にのみ特化するのではなく、まさに、緊急時に備えての「事前的対応」に貢献することで、持続可能な健全経営を担保する役割を担うことにあると解されるのである。そのためには、「簿記」「財務会計」「管理会計」「監査」および「税務会計」といった旧態依然とした大学等における学科目に拘泥するのではなく、「リスク管理」「内部統制」さらには「コーポ―レート・ガバナンス」といった領域をも包含した、「広い視点の会計」へと頭を切り替えることが求められているのである(図表参照)。 会計の領域・役割 というのも、企業経営者が本来の説明責任を適切に履行するためには、単に財務情報といった結果情報のみに依拠すれば事足りる時代ではなくなってきているからである。 つまり、かかる情報は、健全な企業経営を推進してきたことの証しとしての信頼しうる説明材料でなければならず、そのためには、企業経営に係るリスクの適切な管理と、有効な内部統制の整備・運用および経営全般を規律付ける健全なコーポレート・ガバナンスが担保されていることが不可欠であるといえるからである。 その結果、万が一にも、企業経営に係るリスクが顕在化した時でも、適時かつ適切に透明性の高い情報開示を通じて、関係当事者の判断を円滑に行える道筋を提供できるものと思われる。 このように考えるとき、会計に携わるすべての関係者は過去の遺産に安住することなく、今こそ、事前的対応を目途として企業を取り巻くリスクの低減に向けた会計社会の推進に貢献すべきであろう。 (了)
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財務会計
税効果会計を学ぶ 【第1回】「税効果会計の適用による損益計算書と貸借対照表」
-お知らせ- 適用指針等を織り込んだ最新版の『税効果会計を学ぶ』が好評連載中です。 税効果会計を学ぶ 【第1回】 「税効果会計の適用による 損益計算書と貸借対照表」 公認会計士 阿部 光成 税効果会計はすでに適用されている会計処理方法であり、実務に定着しているものである。 ただし、税効果会計は、毎期決算のポイントとなる事項であり、繰延税金資産の回収可能性の判断が企業の業績に重要な影響を及ぼすこともある。 そこで本シリーズでは、『税効果会計を学ぶ』として、税効果会計の基本的な考え方から解説を行う。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 税効果会計の適用による損益計算書 税効果会計とは、法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等を合理的に対応させることを目的とする会計処理方法であり、企業会計上の資産又は負債の額と課税所得計算上の資産又は負債の額に相違がある場合に、法人税その他利益に関連する金額を課税標準とする税金(以下「法人税等」という)の額を適切に期間配分することにより行われる(「税効果会計に係る会計基準」(企業会計審議会。以下「税効果会計基準」という)第一)。 ここでポイントとなるのは、次のことである。 法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等を合理的に対応させること 企業会計上の資産又は負債の額と課税所得計算上の資産又は負債の額の相違に着目すること 税効果会計を適用する場合と適用しない場合で、損益計算にどのような影響を与えるかを数字で見てみる。 [数 値 例] (前提) ① 滞留棚卸資産 1,500千円について評価減 1,000千円を行い、帳簿価額を 500千円とした。 ② 評価減 1,000千円は税務上、損金とならないので、別表四で申告加算し、別表五で繰り越している。 ③ 法定実効税率は40%とする。 ※1 : (税引前当期純利益5,000+評価減1,000)×法定実効税率40% = 2,400 ※2 : 評価減1,000(=税務上の帳簿価額1,500-会計上の帳簿価額500)×法定実効税率40% = 400 法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等が合理的に対応しているかどうかをみると、次のようになる。 税効果会計を適用する場合には、法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等の比率は40%となる。これは法定実効税率40%と一致しているので、合理的な対応が図られていると考えられる。 税効果会計を適用しない場合には、法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等の比率は48%となり、法定実効税率40%と一致していない。つまり、法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等の合理的な対応が図られていないものと考えられる。 “税効果会計を適用する”という意味は、損益計算の観点からは、法人税等を控除する前の当期純利益と法人税等の額を適切に期間対応させることにある。 Ⅱ 税効果会計の適用による貸借対照表 損益計算書については前述のとおりであるが、貸借対照表においては税効果会計の適用により、基本的に、繰延税金資産及び繰延税金負債が計上されることになる。 前述の例によると、次のように仕訳される。 (仕訳) 繰延税金資産(BS) 400 / 法人税等調整額(PL) 400 繰延税金資産は、将来の法人税等の支払額を減額する効果を有し、一般的には法人税等の前払額に相当するため、資産としての性格を有するものと考えられる(「税効果会計に係る会計基準の設定に関する意見書」二、2)。 また、繰延税金負債は、将来の法人税等の支払額を増額する効果を有し、法人税等の未払額に相当するため、負債としての性格を有するものと考えられる(同意見書二、2)。 つまり、税効果会計の基本的な考え方としては、繰延税金資産又は繰延税金負債は、将来において、企業会計上の資産又は負債の額と課税所得計算上の資産又は負債の額の相違が解消するときに、納付する税額を軽減又は増額する効果を有することに着目しているものと考えられる。 実務上、税効果会計の適用に際して判断に迷う場合には、将来における納付する税額に対して、どのように軽減又は増額する効果があるかを考えてみるとよいと思われる。 Ⅲ 資産負債法 前記のポイントとして述べたように、税効果会計は、企業会計上の資産又は負債の額と課税所得計算上の資産又は負債の額の相違に着目している。 「税効果会計に係る会計基準の設定に関する意見書」では、税効果会計の方法には繰延法と資産負債法とがあるが、資産負債法によることとし、貸借対照表上の資産及び負債の金額と課税所得計算上の資産及び負債の金額との差額を「一時差異」と定義している(「税効果会計に係る会計基準の設定に関する意見書」三、1、税効果会計基準第二、一、2)。 そして、一時差異等に係る税金の額は、将来の会計期間において回収又は支払いが見込まれない税金の額を除いて、繰延税金資産又は繰延税金負債として計上することになる(税効果会計基準第二、二、1)。 (了)
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面接・採用・雇用契約までの留意点 【第2回】「採用面接時の健康調査はどこまでできるのか」
面接・採用・雇用契約までの留意点 【第2回】 「採用面接時の健康調査は どこまでできるのか」 社会保険労務士 菅原 由紀 健康な人を採用する 雇用契約とは、労働者が労務を提供し、使用者がそれに対し賃金を支払うことを意味している。そこで雇うのならば、業務に耐えうるだけの心身ともに健康な方を雇いたいと思うのは、使用者として当然であろう。 身体的疾患や精神障害があることを理由に採用しないことは、使用者の自由である。 したがって、「社員が健康であるかどうか」は、採否を決める重要な要素となる。 たいていの使用者は、心身ともに健康に働くことができ、完全な労務提供ができることを前提に、採用時の賃金等の労働条件を決定しているはずである。 採用に際しては、応募者の健康状態をチェックした上で、使用者にとって適切な人材を採用することが大切である。 なお、社員として採用した後は、使用者は社員個々人の健康状態を把握した上で、個々人について労務管理を行う義務を負うことになる。 職業安定法5条の4では、社員を募集するに当たって、業務の目的の達成に必要な範囲内で個人情報を収集することができると定めている。 たとえば、高所作業や温度の高い作業環境の中で業務に従事してもらうような場合には、採用前に血圧を把握しておく必要があるだろうし、日本全国・海外にも転勤の可能性がある使用者であれば、国内転勤や海外赴任にも耐えられる健康状態であるかどうかの健康情報を収集することが求められるであろう。 つまり、当然のことながら、業務に関連する項目について必要な範囲であれば、健康状態について事前に調査することは認められているのである。 採用後、むしろ調査しなかったことを原因としたトラブルを起こすことのないように、使用者は、個人情報の取扱いに注意した上で、必要な情報は収集しておくべきと考える。 採用面接に精神疾患を含めた過去の病歴を聞くことはできるのか? 最近では、メンタルヘルス不全が原因で欠勤や休職するケースが増えている。 しかし、本人に事情を聞いてみると、実は入社前から精神疾患の病歴があったことがわかることが少なくない。 メンタル面での病歴は、担当者としても聞きにくく、また何となく聞いてはいけないものであるように思われがちであるが、採用面接において精神疾患を含めた過去の病歴を聞くことは、原則として認められている。 精神疾患の病歴についても、疾病によっては業務の遂行に支障が出る場合がある。 「心身ともに健康で働いてくれる人を採用したい」という使用者の考えは尊重されており、当然就職差別につながらないように注意しつつ、業務の目的の達成に必要な範囲内で収集することは可能である。 過去2年間など、一定の期間を区切って聞くことなどが考えられるが、口頭では聞きづらいことでもあると思われるので、「健康状態申告表」などを作成して、面接時に記入してもらうことも有効と考える。 一定の疾病に関する情報収集は禁止されている ただし「雇用管理に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針」(平成16年厚生労働省告示第259号)における記述には留意が必要である。 ここでは、雇用管理を行うに当たって、「HIV」「B型・C型肝炎」等の感染情報については、業務上の特別な必要がない限り取得するべきではないとされている。 また、色覚異常等の遺伝情報においても、就業上の配慮を行うべき特段の事情がない限り、一律に取得するべきではないとされている。 (了) 【参考】 厚生労働省ホームページ 「雇用管理に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針について」
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誤りやすい[給与計算]事例解説〈第2回〉 【事例②】時間外労働手当等の単価計算
誤りやすい [給与計算] 事例解説 〈第2回〉 税理士・社会保険労務士 安田 大 (1 支給額の算定) 【事例②】―時間外労働手当等の単価計算― 〔正しい処理〕 〔解 説〕 1 時間外労働手当等の算定 時間外労働手当等については、通常の1時間当たりの賃金の2割5分以上の率で計算した割増賃金でなければならない。(注) 通常の1時間当たりの賃金は、月給制の場合には、(月額給与額)÷(月平均所定労働時間)で算定することになる。 2 月額給与額 月額給与額には、基本給をはじめ各種手当も含まれるが、次の給与は除外して計算することができる。これらの給与は除外してもよいことになっているだけで、これらを含めて計算しても構わないが、これら以外のものは、必ず月額給与額に含めなければならないのが労働基準法のルールである。 なお、これらの手当は名称ではなく、実態で判断することになる。 3 事例への適用 主任手当については、上記①~⑦に該当しないので、月額給与額から除外することはできない。 また、住宅手当については、住宅に要する費用に応じて支給されるものであれば、月額給与額から除外することができるが、一律支給の手当については、たとえ名称が住宅手当であっても、住宅に要する費用に応じて支給される住宅手当には該当しないので、月額給与額から除外することはできない。 (了)
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外国人労働者の雇用と在留管理制度について【第4回】「新しい在留管理制度の導入に伴う罰則等について」
外国人労働者の雇用と在留管理制度について 【第4回】 「新しい在留管理制度の導入に伴う 罰則等について」 KPMG BRM株式会社 マネージャー 申請取次行政書士 佐々木 仁 今回の在留管理制度の導入に伴い、在留資格の取消事由、退去強制事由、罰則に改正がなされた。 改正事項の概要は、下記のとおりである。 在留資格の取消事由(改正入管法22条の4) 偽りその他不正の手段により在留特別許可を受けたこと 配偶者の身分を有する者としての活動を継続して6月以上行わないで在留すること(当該活動を行わないで在留していることにつき正当な理由がある場合を除く) 上陸許可の証印または許可を受けて新たに中・長期在留者となった後または従来の住居地を退去した後90日以内に住居地の届け出をしないこと(いずれも届出をしないことにつき正当な理由がある場合を除く)や虚偽の住居地の届出をしたこと 退去強制事由(改正入管法24条) 在留カード等の偽変造等の行為(行使の目的で、在留カード等を偽造し、若しくは変造し、または偽造若しくは変造した在留カード等を提供し、収受し、若しくは所持すること等) 中長期在留者の各種届出等に関する虚偽届出等や在留カードの受領・提示義務違反により懲役以上の刑に処せられたこと 罰則(改正入管法71条の2、3、73条の2、3、4、6、75条の2、3) 許可を受けて上陸した後の住居地の届出、在留資格変更等に伴う住居地変更届出、住居地等の変更届出、所属機関等に関する変更等の届出等について、虚偽の届出をした者 【内容】1年以上の懲役または20万円以下の罰金 在留カードの有効期間の更新、紛失等による在留カードの再交付等について、申請義務に違反した者 【内容】1年以上の懲役または20万円以下の罰金 許可を受けて上陸した後の住居地の届出、在留資格変更等に伴う住居地変更の届出、住居地以外の変更届出及び所属機関等に関する変更等の届出の義務に違反した者 【内容】20万円以下の罰金 不法就労助長罪に該当する者 【内容】 3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金 ・行使の目的で、在留カードを偽造し、または変造した者 ・偽造または変造の在留カードを行使した者、行使の目的で、偽造または変造の在留カードを提供し、または収受した者 【内容】1年以上10年以下の懲役 行使の目的で、偽造または変造の在留カードを所持した者 【内容】5年以下の懲役または50万円以下の罰金 他人名義の在留カードを行使した者 【内容】1年以下の懲役または20万円以下の罰金 中長期在留者が、法務大臣が交付し、または市町村長が返還する在留カードを受領しないとき、及び入国審査官等から在留カードの提示を求められたが、これを提示しないとき 【内容】1年以下の懲役または20万円以下の罰金 中長期在留者が、法務大臣が交付し、または市町村長が返還する在留カードの受領後に、これを常時携帯しないとき 【内容】20万円以下の罰金 届出を失念・放置した場合や在留カードを常時携帯しない場合、外国人は上記罰則の3、9に記載されている罰金を科されることがある。また上記の罰則に該当すると後日、在留期限の更新や資格の変更が必要になったときに手続上不利になる恐れがある。 このようなリスクを避けるため、外国人は届出や在留カードの携帯を失念しないよう注意が必要である。 (連載了)
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企業の香港進出をめぐる実務ポイント 【第1回】「進出形態の選択から会社設立手続まで」
企業の香港進出をめぐる実務ポイント 【第1回】 「進出形態の選択から会社設立手続まで」 アースタックス税理士法人 アースタックス・ビジネスコンサルティング(香港)有限公司 税理士 白水 幹範 本連載では、これから香港への進出を目指す日系企業に対し、実務面でのポイントについて解説する。 まず、今回から2回に分けて、香港に進出する際の各事業フェーズにおける主要な論点について、以下にまとめたい。 1 進出時 香港に進出して事業を行う形態としては、以下のものがある。 (1) 香港会社法に基づく現地法人 ① 株式有限責任会社及び保証有限責任会社 (Limited Company by Share or by Guarantee) 株式有限責任会社とは、会社の債務に対する株主の法的責任を株式(出資額)に限定する会社であり、日本の株式会社に相当する。 保証有限責任会社とは、資本金の払込みは不要であるが、会社清算時に予め合意した額までの債務につき責任を負う形態の会社である。 ② 無限責任会社(Unlimited Company) 無限責任会社とは、株主の会社の債務に対する法的責任が無制限である会社をいう。 会社がその債務を完済できなくなった場合、株主がその債務を連帯して弁済する責任を負う。 ③ 私的会社(Private Company) 私的会社とは、会社の定款に、以下の3項目につき制限を定めている会社をいう。 私的会社は、登記局へ監査報告書を提出する義務がなく、他社に財務状況が開示されることがない。 ④ 公開会社(Public Company) 上記「私的会社の3条件」を定款に定めない会社は、自動的に公開会社となる。 公開会社は、私的会社に比べると開示の範囲が広く、より厳格な規制の対象となる。 例えば、登記局への監査報告書の提出が必要となり、この監査報告書は誰でも閲覧可能となる。 ⑤ 上場会社(Listed Company) 上場会社とは、証券取引所にて株式・社債の取引がなされる会社である。 私的会社を上場会社に転換する場合、まず公開会社に転換する必要がある。それから証券取引所へ上場を申請し、許可が下りると上場会社となる。 (2) 香港支店(Branch) 外国法人がその支店を香港に開設する形態であり、会社登記局と商業登記所への登記が必要となる。 香港支店には会計監査の義務はないが、会社登記局に対し、支店開設時と毎年の年次報告書提出時において、本社の決算書(英文又は翻訳必須)の提出が求められる。 (3) 香港駐在員事務所(Representative Office) 外国法人が、香港での情報収集などを目的として、駐在員事務所を設置する形態である。 駐在員事務所は、香港における営業活動や契約の締結などは一切行うことができない。 商業登記所への登記は必須であるが、会社登記局への登記は不要。 (4) 個人事業(Sole Proprietorship) 事業主が個人事業の形態で資本や技能などを事業運営に提供し、利益もリスクもすべて個人が背負う事業体である。 債務に対する事業主の責任は無制限となる。商業登記所への登記は必須であるが、会社登記局への登記は不要。 (5) パートナーシップ(Partnership) パートナーシップの形態で各パートナーが資本を提供し、利益はパートナーシップ契約で規定した利益の分配割合に基づき分配される。債務については連帯で責任を負い、パートナーシップを組むためには最低2名が必要となる。 主に法律事務所や会計事務所が採用している形態である。 2 香港法人の設立手続 香港に進出する日系企業が一般的に採用するのは、私的会社で、株式による有限責任会社である。 株式有限責任私的会社の設立手続及び留意点をまとめると、以下のとおりである。 ① 会社名 会社名は、「英語社名のみ」、「中国語社名のみ」、もしくは「英語・中国語社名の併記」のいずれかで登記することができる(英語・中国語の混合社名は不可)。 英語社名には“Limited”、中国語社名には“有限公司”を最後につける必要がある。 また、中国・香港政府と関係があるかのような名称は、実際に関連性があり、また香港行政長官の承認がない限り、使用することができない。 既に会社登記局に登記されている名称及び類似している名称は登記することができないため、会社登記局にて類似商号の確認を行う必要がある。 ② 登記住所 登記住所は、香港内に定めなければならない。 しかし、設立登記するまでに住所が決定しない、もしくは事業所の賃貸もしくは売買契約の締結が間に合わない場合、業者から登記住所を借りて登記することもできる。 なお、その場合、住所の決定後に登記住所の変更の手続を行うことになる。 ③ 資本金 授権資本金、払込資本金、一株当たりの額面金額、表示通貨、株式の種類を定款で定める。 発起人(株主)が、最低一株(HK$1から可)を引き受けることで設立できる。 授権資本金についての最低金額の規定はない。授権資本金の全額を発行しなければならないという規定はないが、実務上は、払込資本金は授権資本金と同額にするのが一般的である。 ④ 発起人(株主) 発起人は最低1名必要で、国籍、居住地、個人・法人は問わない。 発起人は、最低一株を引き受ける必要がある。 ⑤ 会社定款 会社の定款は、「基本定款(Memorandum of Association)」と「通常定款(Articles of Association)」から成り、英語又は中国語のどちらかで作成・印刷する。定款には1名以上の発起人が署名することとされている。 「基本定款」には、会社社名、登記住所が香港にあること、株主の責任が有限であること、授権資本金額・株主数・額面金額などの資本金について、発起人の氏名、住所、職位、引受株式数などが記載される。 「通常定款」には、株主総会、取締役の就任、株主の義務、上述した私的会社の3項目の制限など、会社の運営上の社内規定が記載される。 実務上は、会社設立手続を依頼する業者が作成する必要事項を網羅した定型の定款を採用することが多い。 ⑥ 取締役の任命 私的会社は、最低1名の取締役を任命する必要がある。 18歳以上の個人で、国籍・居住地の制限はない。また、上場会社を含む企業グループに属していない私的会社であれば、法人でも取締役になることができる。 会社登記局で登記される職位は取締役(Director)のみで、香港では代表取締役(Managing Director)という法的地位があるわけではないが、任意で選任することは可能である。 ⑦ 会社登記局への書類提出 会社設立に際し決定すべき事項を確定し、申請書などの必要書類を作成する。 【参考】 私的会社設立のチェックリスト ※PDFファイル 発起人及び取締役が必要書類に署名をした上で、同書類に会社登記料(1,720香港ドル(2012年12月現在))及び商業登記料(450香港ドル(2012年12月現在))を添えて提出する。 会社登記局の審査を経て承認が下りると、約4~5営業日後に会社設立証明書(Certificate of Incorporation)及び商業登記証(Business Registration Certificate)が発行される。 香港法人の設立記念日は、この会社設立証明書に記載された日となる。 ⑧ 取締役会の開催 会社設立の承認後、すぐに第1回の取締役会を開催し、通常以下の事項について決議を行う。 ⑨ 会社秘書役の選任 私的会社には、会社秘書役(Company Secretary)の選任が義務付けられている。 年次報告書(Annual Return)、取締役会や株主総会の議事録・書面決議書などの法定書類の作成、登記、保管が役割となる。 会社秘書役になれるのは、香港居住者又は香港にて設立された会社である。 ⑩ 会計監査人の任命 香港のすべての会社は、会社の事業や規模にかかわらず、毎年の年次株主総会において会計監査人を任命し、会計監査を受けなければならない。 ⑪ コモンシールの作成 香港のすべての会社は、コモンシール(Common Seal)を作成する必要がある。 コモンシールは必ず金属製であり、日本の会社実印に相当する重要なものである。 株式証明書や重要文書作成の際に押印を求められ、使用する場合には取締役会の承認が必要となる。 ⑫ シェルフカンパニー 会社設立を急ぐ場合、すでに会社設立が完了しており、会社設立証明書、商業登記証、定款等が既に発行されているシェルフカンパニーを業者から購入して使用することもできる。 社名変更や増資が必要な場合はその手続、及び新規会社設立と同様の会社設立後の手続を完了すると、事業が開始できる。 次回は、会社設立後の運営、組織再編、撤退までのポイントを取り上げる。 (了)
