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2025年8月14日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.631を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
#Profession Journal 編集部
2025/08/14
国税通則 税務 税務・会計 解説 解説一覧

谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第38回】「国税通則法114条」-税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性とその限界(その1)-

谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第38回】 「国税通則法114条」 -税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性とその限界(その1)-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   国税通則法114条(行政事件訴訟法との関係)   1 はじめに 国税通則法第8章は、国税に関する法律に基づく処分に対する争訟(不服申立て及び訴訟)について定め、第1節では「不服審査」について行政不服審査法の特別法として(税通80条参照)、第2節では「訴訟」について行政事件訴訟法の特別法として(同114条参照)それぞれ規定を置いているが、ただ、同章の規定振りには両節で大きな違いがある(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和7年改訂・18版〕』(大蔵財務協会・2025年)1095頁、1162頁、1362頁等参照)。すなわち、「不服審査」については広範かつ詳細に規定し、「訴訟」については実質的には「不服申立ての前置等」(税通115条)及び「原告が行う証拠の申出」(同116条)」を規定するのみである。 今回は、税務訴訟に関する国税通則法の規定振りに着目し、その課題を検討することにしたい。そのような観点から注目されるのが、松沢智教授の租税争訟法論(同『新版 租税争訟法―異議申立てから訴訟までの理論と実務―』(中央経済社・2001年)参照)である。 松沢教授は、「異議及び審査から訴訟にいたるまでを租税争訟手続として一貫し体系化したい」(同・前掲書「初版 はしがき」7頁)との考えから、「租税法、なかんずく、課税要件法は、租税争訟における実体法として存在し、他面、租税争訟法は争訟法として、恰も車の両輪のごとく位置づけられる」(同9頁)として租税争訟法論を展開しておられるが、その中で「租税争訟法の特質」(同・前掲書12頁)という見出しの下で税務訴訟に関する課題を述べ「独自の理論の確立」(同13頁)の必要を説いておられる部分(同12-14頁)を、少々長くなるが、松沢教授の見解を正しく紹介するために、そのまま(ただし下線・傍点筆者)以下に引用しておくことにする。 松沢教授の以上の見解は、「租税争訟法の特質」を重視しその観点から「租税争訟法という法体系」を「一般の行政争訟法と異なった法体系」として構築するという、先行研究の少ない領域における独創的で実務経験に裏打ちされた争訟法理論研究に基づくものであり、国税通則法114条の意義を理解する上でも大いに傾聴に値するものである。 問題は、「租税争訟法の特質」として何を重視するかであるが、それは「税務訴訟の基本的な事項たる訴訟物と主張・立証責任についての問題およびそれらの関連問題」に即して明らかにすべきであろう。以下では、課税処分取消訴訟の訴訟物に関する問題に関連して更正と再更正との関係の問題を取り上げ「租税争訟法の特質」を検討しておくことにする。なお、課税処分取消訴訟における主張・立証責任に関する問題は、次々回、国税通則法116条との関連で取り上げ検討することにする。   2 税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性 更正と再更正との関係の問題については、判例分析を中心に、既に別の機会に検討したが(谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第39回参照)、その問題のうち更正と増額再更正との関係の側面については、次の見解(園部逸夫「判解」最判解民事篇(昭和56年度)275頁、283頁)が説くところが今日においても判例として妥当するといえよう(第15回3参照)。 ここでいう「消滅説ないし吸収説」は直接的には課税処分の効力に関する考え方であるが、課税処分取消訴訟の訴訟物や課税処分の同一性に関する総額主義と親和性のある考え方である。総額主義については、「取消訴訟の訴訟物は行政処分の違法性一般であるとする行政法の通説、さらには、租税確定処分に対する取消訴訟はその実質においては租税債務の不存在確認訴訟にほかならないとする見解の線に沿ったもの」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1099頁)とされるが、そうすると、「消滅説ないし吸収説」によって更正と増額再更正との関係を捉える立場は、「租税争訟法の特質」を持ち出すことなく「一般の行政争訟法」の枠内に課税処分取消訴訟を位置づけることを可能にすることになろう。このことは、税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性を承認することを意味する。 もっとも、課税処分については、「それが税務署長又は税関長の行う行政処分たる性格を有していることは疑問がないが、その処分の内容をなす課税標準、納付すべき税額等が既に各税法の規定により客観的、抽象的に定まっている以上、その処分の実体は、これらの事項の基礎となる要件事実を把握した上これらの事項の『確認』を行うことを内容とする特殊な処分であると解される(準法律行為的行政行為)。」(志場ほか共編・前掲書302頁。下線筆者)との性格づけがされるが、この性格づけを、課税処分取消訴訟の「実質」を「租税債務の不存在確認訴訟」とみる前記引用文中の見解と結びつけると、「租税争訟法の特質」が議論の前面に浮かび上がってきそうである。しかし、総額主義は「審理の範囲は、課税処分によって確定された税額が総額において処分時に客観的に存在した税額を上回るか否かを判断するに必要な事項の全部に及び、その数額の計算の根拠となる事実は単なる攻撃防御の方法にすぎ[ない]」(泉徳治ほか『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)99頁)として、課税処分の特殊性を審理における攻撃防御方法の枠内に押し込め、もって「租税争訟法の特質」を課税処分取消訴訟の訴訟物、訴訟要件等の議論に持ち込むことを阻止したものと解される。   3 税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性の限界 問題は、前記の問題のうち更正と減額再更正との関係の側面に関する判例の立場である。この問題について、最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁は次のとおり判示して(下線筆者)「いわゆる一部取消説に立つことを明言し」(片山博仁「判批」法務省訟務局内行政判例研究会編『昭和56年行政関係判例解説』(ぎょうせい・1983年)425頁、431頁)、減額再更正処分の取消しを求める訴えの利益はないとした。 この判決については、「本判決は、減額再更正の場合について、従来の実務の大勢に沿い、これを確認するもので、前記増額再更正の場合に関する最高一小判昭和55年11月20日と並んで、更正と再更正との関係に関する争いに、一応の終止符を打ったものと理解することができる。その意味で本判決は、この分野における重要な先例的意義を有するものといえよう。」(園部・前掲「判解」293頁)と解説されている。 しかし、この判例の立場については、以下のような有力な批判的見解(①松沢・前掲書323-325頁、②金子・前掲書1131-1132頁。下線筆者)がみられる。 これらの見解について、筆者は、以前、そこで問題とされている場合を「加算・減算複合一体型減額更正」の場合と呼び、次のとおり述べたことがある(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)1050-1051頁[初出・2016年])。 訴訟利益説とは、訴えの利益(狭義)を「当該処分が取り消されることによって回復し得べき実体法上の権利・利益、つまり、本案の利益」(渡部吉隆=園部逸夫(補訂)『行政訴訟の法理論』(一粒社・1998年)64-65頁)として捉える本案利益説に対して、「権利保護の利益は、国家制度としての裁判を利用するに足るだけの正当な利益ないし必要性を意味する訴訟法上の概念であって、実体法上の権利利益そのものとは直接関係がない。」(同67頁)とする考え方をいうが、課税処分取消訴訟に係る訴えの利益(狭義)については、次のとおり、訴訟利益説が妥当であると考えるところである(前掲拙著1030-1031頁)。 要するに、加算・減算複合一体型減額更正の場合、加算の基礎にある課税要件事実(増額要素)の認定をめぐって納税者と課税庁との間で主張が対立しその解消こそが「真に国民の求めている要望に合致するもの」(松沢・前掲書15頁)であるから、訴訟利益説によって、その対立を裁判を通じて解消するに足るだけの正当な利益ないし必要性を認め、したがって、訴えの利益を認めるべきである。 以上、ここまで検討を進めてくると、税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性は、課税処分取消訴訟に係る訴えの利益に関して「限界」に直面することが明らかになる。その「限界」は訴訟利益説によって構成される「租税争訟法の特質」の中に、租税実体法のいわば「映し鏡」として見出されるものであるといえよう。 そもそも、国税通則法の「体系的構造」(第1回3参照)においては、租税実体法はこれと目的従属的関係にある租税手続法としての国税通則法によって適切に(目的適合的に)実現されるべきものであるところ、国税通則法の「実定的構造」(同参照)は必ずしもそのようなものとしては構成されていない。税務訴訟の場面では、国税通則法は、行政事件訴訟法の特別法であること(114条)を建前としつつも、実質的には僅か2箇条しか規定を設けず、基本的には行政事件訴訟法との連続性を承認し、課税処分取消訴訟を「一般の行政争訟法」の枠内に位置づけているとみてよかろう。 国税通則法のこのような「実定的構造」に鑑み、一般論としては松沢智教授の租税争訟法論(前記1参照)が、更正と減額再更正との関係の問題に関しては松沢教授の前記①の見解や金子宏教授の前記②の見解が、租税実体法を税務訴訟の場面で実現しようとするものであると考えられるが、筆者も前述のように課税処分取消訴訟に係る訴えの利益に関して訴訟利益説の立場から租税実体法を税務訴訟の場面で実現することを試みてきたところである。 最後に松沢教授の前記①の見解について附言しておくと、この見解には、減額再更正処分に含まれる加算要因・増額要素に係る違法是正に関する課税庁の不作為とその是正による納税者の得べかりし実体的利益とを対比し両者の比較衡量によって訴えの利益の有無を判断しようとする発想がみられるが、この発想は、裁判による正義公平の実現を図ろうとするものとして、司法的救済保障原則(前掲拙著119頁以下[初出・2021年]、拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【27】参照)の観点から高く評価すべきものである。このような発想も税務訴訟にその「特質」として取り入れるべきであろう。 (了)
#631(掲載号)
#谷口 勢津夫
2025/08/14
法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

令和7年度税制改正における『グループ通算制度』改正事項の解説 【第7回】

令和7年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第7回】   公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸   Ⅲ 防衛特別法人税の創設 1 改正の概要 令和8年4月1日以後に開始する事業年度から防衛特別法人税が課される。 防衛特別法人税の概要は次のとおりとなる。 [防衛特別法人税の概要] なお、防衛特別法人税の申告書様式のDraftについては、国税庁ホームページ「防衛特別法人税の申告書様式」で公開されています。 2 グループ通算制度における取扱い (1) 課税事業年度 通算法人の課税事業年度は、その通算法人の令和8年4月1日以後に開始する各事業年度をいう(防確法11)。 ただし、通算子法人の課税事業年度は、通算親法人の令和8年4月1日以後に開始する事業年度の期間内に開始するその通算子法人の事業年度とする(防確法11)。 (2) 課税標準の基礎になる基準法人税額 グループ通算制度を適用している法人についても、グループ通算制度の適用後の基準法人税額を基礎に課税標準法人税額(課税標準)が計算される(防確法10①)。 したがって、地方法人税と同様に、グループ調整計算の法人税額への影響は防衛特別法人税の額にも影響することになる。 なお、グループ通算制度を適用している場合も、基準法人税額は、所得税額控除や外国税額控除等を適用する前の法人税の額とする(防確法10)。 同様に、グループ通算制度を適用している場合も、基準法人税額は、租税特別措置法の税額控除(研究開発税制や賃上げ促進税制の税額控除等。ただし、戦略分野国内生産促進税制のうち特定産業競争力基盤強化商品に係る措置の税額控除は除く)を適用した後の法人税の額となる(防確法10)。 (3) 基礎控除額 グループ通算制度を適用する場合も、課税標準法人税額は、基準法人税額から基礎控除額を控除した金額となる(防確法13②)。 ただし、通算法人の基礎控除額は、年500万円を各通算法人の基準法人税額の比で配分した金額とする(防確法13③④)。 具体的には次の取扱いとなる。 なお、計算上の月数は、暦に従って計算し、一月に満たない端数を生じたときは、これを一月とする(防確法13⑨)。 (4) 特定同族会社の留保税額がある場合の課税標準法人税額の計算 ① 課税標準法人税額 基準法人税額に特定同族会社の留保税額が加算されている場合、課税標準法人税額は次に掲げる金額の合計額となる(防確法13②)。 ② 基礎控除額の計算 基礎控除額は、次の課税事業年度の区分に応じた次の金額をいう(防確法13③)。なお、計算上の月数は、暦に従って計算し、一月に満たない端数を生じたときは、これを一月とする(防確法13⑨)。 ③ 基礎控除残額の計算 基礎控除残額は、次の課税事業年度の区分に応じた次の金額をいう(防確法13④)。 具体的には次の取扱いとなる。 (参考)防衛特別法人税の別表 (出典) 国税庁「防衛特別法人税の申告書様式」(赤の囲み線は筆者による) (出典) 国税庁「防衛特別法人税の申告書様式」(赤の囲み線は筆者による)   (続く)
#631(掲載号)
#足立 好幸
2025/08/14
税務 税務・会計 解説 解説一覧 財産評価

Q&Aでわかる〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第57回】「〔第5表〕株式等保有特定会社外しを行う場合の留意点」-令和7年6月19日の東京高裁における総則6項の適用の考察-

Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第57回】 「〔第5表〕株式等保有特定会社外しを行う場合の留意点」 -令和7年6月19日の東京高裁における総則6項の適用の考察-   税理士 柴田 健次   Q 経営者甲(令和7年8月1日相続開始)は、昭和50年から金属製品製造業を営んでいる甲社の株式を100%所有していましたが、令和2年3月1日に株式移転により乙社を設立し、甲社を完全子会社としています。また、令和3年4月1日に甲社の本社で使用しているA不動産を適格現物分配により甲社から乙社に移転しています。 なお、乙社は株式移転設立時においては、株式等保有特定会社に該当していましたが、令和2年10月1日にB不動産を借入により取得しており、株式等保有特定会社から外れています。B不動産は賃貸用不動産となります。 ■A不動産の価額 上記の場合において、甲の相続税における乙社の株式価額の算定上、下記の方法で計算しても問題ないでしょうか。乙社は3月決算で直前期末は令和7年3月31日です。 A ① 株式等保有特定会社を免れるために乙社がB不動産を購入したと認められる場合には、そのB不動産の購入がなかったものとして株式等保有特定会社に該当するか否かを判定することになります。また、適格現物分配により取得したA不動産も同様に合理的な理由がない場合には、そのA不動産の取得はなかったものとして、株式等保有特定会社の判定を行うことになります。  さらに、財産評価基本通達6項(以下、「総則6項」という)が適用される場合には、株式等保有特定会社としての評価も認められず、純資産価額等で評価するべきとされる可能性もあります。 ② 純資産価額の計算において、A不動産の含み益340,000千円(440,000千円-100,000千円)は通常は認められるものとなりますが、この含み益の法人税等相当額を控除するために、適格現物分配を行ったと認定された場合には、総則6項の適用となり、含み益は控除すべきではないとされる可能性があります。  ◆  ◆  ◆ 1 株式等保有特定会社の判定 課税時期における下記算式の割合が50%以上の場合には、株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2方式」により評価することとされています(評価通達189(2)、189-3)。 株式等保有特定会社が規定された理由は、著しく株式等に偏っている会社については、原則的評価方式による評価額と適正な時価との乖離が問題になり、租税回避行為の原因ともなっていたため、平成2年の財産評価基本通達の改正により設けられたというものです。 なお、評価会社が、株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社かどうかを判定する場合、課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行うものされています(評価通達189なお書き)。 「合理的な理由があるかどうか」については、明確な判断基準はありませんが、租税回避行為の有無、資産購入と課税時期までの期間、長期的にも株式等保有特定会社に該当しないかどうか、一般の評価会社と判定した場合の評価額と特定の評価会社(株式等保有特定会社)と判定した場合の評価額の差額、事業の必要性等を総合勘案して判断されるべきであると考えられます。   2 時価の意義と総則6項の定め 相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を定めています。そして、財産評価基本通達1(時価の意義)では、「財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」とされています。非上場株式の場合には、財産評価基本通達178から189-7までの定めにより時価を算定します。 もっとも、財産評価基本通達は、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達に過ぎませんので、納税者に対する法的効力はありません。しかしながら、租税の目的の1つには課税の公平性がありますので、非上場株式をある程度、画一的に評価する必要があります。財産評価基本通達の役割としては、課税の公平性や安全性に着目して画一的な評価を行うことにあるため、課税実務においてもこの財産評価基本通達による評価が大原則になります。 その一方で財産評価基本通達によると、かえって課税の公平を欠くことがあります。そのような場合に適用されるのが、総則6項になります。総則6項において「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められています。財産評価基本通達を画一的に適用した場合には、著しく課税の公平を欠く場合も生じることがあるため、個々の財産の態様に応じた適正な時価評価が行えるように定められています。 総則6項の実質的な適用要件については、本連載【第41回】で解説をしていますが、納税者の不利に適用するに当たっては、下記の要件が必要になると考えられます。   3 最近の裁判例 令和3年8月27日の裁決事例(TAINSコード:F0-3-765)は、審査請求人(請求人)らが、相続又は遺贈により取得した同族会社(本件法人)の株式(本件株式)の価額を財産評価基本通達に定める評価方法により評価して、相続税の申告をしたところ、原処分庁が、総則6項を適用し、本件株式の価額を財産評価基本通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、相続税の更正処分等をしたのに対し、請求人らが、その全部の取消しを求めた事案となります。 被相続人は、第三者割当増資により、相続開始の直前において1株@3,976円(時価純資産価額)で本件株式を取得しており、請求人は、1株@1,853円(類似業種比準価額×50%+純資産価額×50%)として相続税申告を行い、相続後に本件法人へ1株@3,736円で譲渡しています。 原処分庁は、本件法人が財産評価基本通達189《特定の評価会社の株式》のなお書きにより、株式保有特定会社と判定されることを前提に、本件株式については株式保有特定会社について定める「S1+S2」方式により評価することが著しく不適当と認められる特別の事情があるとして、国税庁長官の指示に基づく純資産価額方式により、1株当たりの価額3,443円と評価すべきであるとして更正処分をしています。 国税不服審判所は、財産評価基本通達189のなお書きに該当する事情があり、かつ、総則6項の適用にもなるため、「S1+S2」方式による評価額も認めないとする本件各更正処分及び本件各通知処分はいずれも適法であるとして、下記の通り判断しています。 なお、上記の裁決については、令和7年1月17日の東京地裁(TAINSコード:Z888-2738)において納税者が勝訴しましたが、令和7年6月19日の東京高裁(TAINSコード:Z888-2742)においては、課税庁が勝訴しています。東京高裁においては、総則6項の適用における特別の事情の有無を下記の通り判示し、評価通達を上回る価額で課税した更正処分は違法ではないとして、納税者の主張を退けました。 なお、東京高裁では、本件株式の価額を純資産価額方式による評価額3,443円とする更正処分は、下記の①と②の低い方を採用したものであり、下記の①及び②の各評価額の算定方法に不合理な点は認められず、かつ、各評価額が近似しているため合理性を有していると判示しています。さらに、下記の③及び④の本件株式の実際の取引価額が①及び②の各評価額を上回っていることは、①及び②の各評価額の合理性を裏付けるものといえるとしており、評価額が低い①の評価を採用した本件各更正処分価額は、客観的な交換価値としての時価を上回るものではないと判示しています。   4 本問への当てはめ 本問の場合においては、まず財産評価基本通達189のなお書きの適用があるかを検討します。その検討に当たっては、租税回避行為の有無、A及びB不動産の取得の必要性、一般の評価会社と判定した場合の評価額と特定の評価会社(株式等保有特定会社)と判定した場合の評価額の差額、株式移転の必要性等を総合勘案して判断するべきことになります。 そして、財産評価基本通達189のなお書きの適用により株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2」方式により評価した場合に相続税法22条における時価と著しい乖離があり、かつ、株式移転、A及びB不動産の取得の一連の行為が単に相続税の負担を回避するものと認められた場合には、総則6項の適用対象となります。 総則6項が適用された場合のその評価方法は、単に財産評価基本通達189のなお書きの適用により株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2」方式による評価を行うというものではなく、課税庁が時価として評価した金額で課税されることになります。 令和7年6月19日の東京高裁の事案のように、課税庁は、第三者機関に株式価額の鑑定を依頼し、鑑定価額を下回る純資産価額で課税することが許容されることになります。 また、仮に適格現物分配を行わずA不動産を甲社が所有していた場合には、甲社の株式の評価は、法人税等控除不適用株式(評価通達186-3)となり、A不動産の含み益は控除されません。 そして、A不動産の含み益の控除を行うために適格現物分配を行ったと認定された場合には、総則6項の適用となり、含み益の控除を行わないで純資産価額の計算を行うことが相当となります。人為的な含み益の控除の制限の定めは、財産評価基本通達186-2の定めにより「現物出資、合併、株式交換、株式移転、株式交付」と限定列挙されており、適格現物分配は含まれていませんので、非上場株式の評価を定めた財産評価基本通達(評価通達178~189-7)では、適格現物分配の含み益の控除制限はないことになります。 しかしながら、総則6項の適用がある場合には、適格現物分配により人為的な含み益の控除を作出していることからこの含み益を認めないとする課税処分は、相続税法22条の時価以下の金額であれば、許容されることになります。   ☆実務上のポイント☆ 最近の事業承継及び株式承継の実務において、組織再編行為や不動産取得と総則6項の関係は注視されるべき内容です。総則6項が適用される場合には、相続税法22条の時価以下の金額で合理的な方法により課税されることが許容されており、相続税法22条の時価が公認会計士等の第三者機関の株価算定書等で認定される場合には、納税者が予測できない金額で課税される可能性もありますので、注意が必要となります。 (了)
#631(掲載号)
#柴田 健次
2025/08/14
相続税・贈与税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第70回】「類似業種比準価額による株式の贈与」

事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第70回】 「類似業種比準価額による株式の贈与」   太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕   相談内容 私は、【第9回】「多額の資本金等となる場合の合同会社の利用」で相談したXです。コロナ後のインフレの影響もあり、不動産事業(G社)の業績は順調に推移しています。現在も私一人で事業を行っていますが、顧問税理士より一度株価を計算して今後の事業承継計画を立てましょう、と提案を受けています。 私は今年60歳になりましたが、まだまだ元気であり、子供たち(社会人と大学生)に経営権や株式を譲る気はありません。ただ、せっかくの提案なので話だけは聞いてみようと思います。何か注意点等はありますでしょうか。 ちなみに、G社の概要は以下のとおりであり、税理士より直近の相続税評価額は総額で約14億円との報告を受けています。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 類似業種比準価額の計算方式の変更の可能性 (1) 会計検査院による指摘 2024年11月に会計検査院の報告が公表され、その中で「相続等により取得した財産のうち取引相場のない株式の評価」についてより適切なものとなるよう検討を行っていくことが肝要と結論づけました(※)。 (※) 会計検査院「令和5年度決算検査報告(最新):特徴的な案件」 報告では、会計検査院が令和2年、3年分の相続税及び贈与税の申告のうち、取得した財産に取引相場のない株式がある申告の中から、無作為に抽出した1,600件について調査し、以下2点の指摘をしています。 近年では会計検査院の指摘により税制改正される事例があるため、取引相場のない株式の評価方法も改正されるのではないかと推測されています。 当然ながら上記の指摘により評価通達が改正される場合には、現状の計算方式よりも株価が高く算出される計算方法になると思われます。 (2) 現状の株価の把握 現状の会社情報より以下の図のとおり、財産評価基本通達上G社は中会社(Lの割合0.9)に該当することから、「類似業種比準価額×0.9+純資産価額×0.1」により株価を計算できます。それによると相続税評価額は約14億円となっており、純資産32億円の会社が半分以下の評価額となっています。 結果的に30億円で会社を設立し不動産を購入したことは、相続税対策としてはとても有効だったと評価できます。 (※) 国税庁ホームページ「取引相場のない株式(出資)の評価明細書 第1表の2」より一部抜粋   [2] 今後の対策 (1) 相続時精算課税による贈与 今後、①類似業種比準価額方式の改正の可能性が高く、②引き続き事業も順調に推移することが見込まれる場合は、G社の株式の一部を現状の株価で次世代に移転することを検討してもよいと考えられます。 生前に行える対策としては、子供たちへのG社株式の贈与又は譲渡がありますが、株式の譲渡は多額の資金負担が生じるため現実的ではないでしょう。 現実的な対策は、相続時精算課税を使った贈与と思われます(X氏は今年60歳、子供も18歳以上なので適用可能)。 相続時精算課税を選択した場合、仮にG社株式のすべてを子供2人に均等に贈与するとしたら、現状の1人当たりの納税額は次のとおりです。 (2) 検討事項 G社株式の贈与にあたり、事前に検討が必要と思われる事項は以下のとおりです。 ① 合同会社から株式会社へ 現状、経営に関与しない子供たちへの株式を贈与するにあたり、経営権を与えない無議決権株式等に変更することを検討すべきです。そのためにG社を合同会社から株式会社へ組織変更することが必要です。 ② 将来の財産分与・承継対策 まだ何も決まっていないかもしれませんが、この機会にX氏の相続税の試算、誰にG社の経営権を承継させるか、どの財産を誰に相続させるかなど相続に係る全般的な課題を検討してみることをお勧めします。 ③ 納税資金 上記のとおり相続時精算課税でも株数によっては多額の納税額となりますので、どのように納税資金を捻出するか、借入金の場合は将来の返済原資を予め決めておく必要があり、用意できる納税資金から贈与する株式数を決定することになります。   [3] 結論 納税者にとって不利益な税制改正が行われる場合、税務当局より事前に十分なアナウンスがありますので、今、慌てて次世代への承継を行う必要はありません。 一方、現状は子供たちに株式を譲る気がないとのことですが、①類似業種比準価額の計算方法の変更の可能性、②世界的なインフレによる資産価格の上昇、③今後も事業が拡大傾向にあることを考慮すると、早期に株式を次世代へ移転することを検討すべきです。 なお、具体的な対策については、税理士等の専門家と相談のうえ、実行されることをお勧めします。   (了)
#631(掲載号)
#太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会
2025/08/14
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〔実務で差がつく!〕相続時精算課税制度Q&A 【第2回】「父からの贈与につき相続時精算課税を選択し期限内申告をした後に、母からの贈与が申告漏れになっていたことが判明した場合の対応」

〔実務で差がつく!〕 相続時精算課税制度Q&A 【第2回】 「父からの贈与につき相続時精算課税を選択し期限内申告をした後に、母からの贈与が申告漏れになっていたことが判明した場合の対応」   税理士 徳田 敏彦   【Q】 甲は令和6年7月に父から現金1,500万円の贈与を受けた。 甲は相続時精算課税制度を適用するため、令和7年3月の贈与税申告において相続時精算課税を選択して期限内申告を済ませた。 その後、令和7年7月になり、令和6年中に母から500万円の贈与を受けていたことが判明した。 母からの贈与については、令和5年に贈与があり、その際に相続時精算課税選択届出書を提出済みである。 この場合に贈与税の修正申告はどうなるのか。 父から贈与を受けた部分の特別控除額や納税額に影響はあるのか。 【A】 修正申告が必要となる。 父からの贈与についても基礎控除額に異動が生じ、適用される特別控除額にも異動が生じる。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 〈期限内申告〉 〈修正申告〉 (※1) 基礎控除額110万円×父からの贈与1,500万円÷(父からの贈与1,500万円+母からの贈与500万円)=825,000円 (※2) 基礎控除額110万円×母からの贈与500万円÷(父からの贈与1500万円+母からの贈与500万円)=275,000円 (※3) 特別控除額2,500万円は、期限内申告書に控除を受ける金額その他必要な事項の記載がある場合に限り適用を受けることができるため、本事例では母からの贈与には適用できない(相法21の12①)。 (※4) 父の令和6年分の特別控除額の適用額は14,175,000円 (※5) 母の令和6年分の特別控除額の適用額は0円 今回の事例のように、期限後に他者からの贈与が判明し、両者からの贈与につき相続時精算課税を選択している場合の修正申告については留意が必要である。 期限後に贈与が判明した部分について修正申告をすることは気づきやすいが、期限内申告を済ませている部分についても基礎控除額、特別控除額に変動が生じる。 今までは修正申告で基礎控除額が変動する(減少する)ということがなかったため、見落としやすいので留意が必要である。 あわせて特別控除額が変動する点にも留意が必要である。 相続時精算課税の特別控除額2,500万円は、期限内申告書に控除を受ける金額その他必要な事項の記載がある場合に限り適用を受けることができる(相法21の12①)。 また、相続時精算課税の適用を受ける財産について、その記載がなかったことについてやむを得ない事情があると税務署長が認めるときは、その記載をした書類の提出があった場合に限り、特別控除の適用を受けることができるとされている(相法21の12③)。 つまり、母からの贈与については、期限内申告書に控除を受ける金額その他必要な事項の記載がないため、本事例では特別控除額は適用できない。 一方、父からの贈与については期限内申告書に特別控除額を受ける記載があるため、やむを得ない事情があると税務署長が認める場合には、修正申告において増加する課税価格にも特別控除が適用できる。 本事例とは前提が異なるが、母からの贈与について過去に相続時精算課税選択届出書の提出がなければ、母からの贈与については暦年課税で修正申告をすることになる(その場合、父からの贈与についての期限内申告部分への影響はない)。 (了)
#631(掲載号)
#徳田 敏彦
2025/08/14
消費税・地方消費税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〈適切な判断を導くための〉消費税実務Q&A 【第12回】「消費税の歴史の長いEUなどで蔓延する不正「カルーセルスキーム」とは?」

〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第12回】 「消費税の歴史の長いEUなどで蔓延する不正「カルーセルスキーム」とは?」   税理士 石川 幸恵   【Q】 日本の消費税と同様の付加価値税(VAT)のある国々では、カルーセルスキームという不正スキームがあると聞きましたが、これはどのような仕組みの不正なのでしょうか。また、日本においても同様の不正が起こる可能性はあるのでしょうか。 【A】 カルーセルスキームというのは「納税なき仕入税額控除」を意図的に生じさせ、国庫から不正に還付を得るスキームです(図参照)。EUでは年間500億ユーロの被害が生じているといわれています。   1 カルーセルスキームの典型例 関係するのは4者です。ミッシングトレーダー、バッファー、ブローカー、導管と呼ばれます。導管は国外に所在します。 ミッシングトレーダーにはペーパーカンパニーや休眠会社などが利用され、無申告、不納付または倒産などにより納税義務を果たさないまま消失します。これにより実際には納税されていないにもかかわらず、還付だけが行われることになります。 1回転するごとに10の消費税が国庫から不正に還付され、繰り返すことでより多くの不正利益を得ようとします。 商品は輸送や保管のコストがかからない小さなものが利用されます。例えば、貴金属や携帯電話などの電子機器です。EUではCO2排出枠のような無形財が用いられたこともありました。   2 各国によるカルーセルスキームへの対抗策 カルーセルスキームへの対抗策として、ターゲットとされやすい商品を非課税または免税とする、国内取引にリバースチャージを導入して消費税を売上先に渡さず、譲渡した者が納付するなどの対策が取られています。 また、不正な事業者に対してはインボイス発行事業者の登録を取り消すことで不正な仕入税額控除を防ぐ対策も講じられています。   3 日本における現状と対策 EU各国に比べると消費税率が低いことなどにより、典型例のようなカルーセルスキームが広まっている状況ではありません。 しかし、金の密輸のようなカルーセルスキームに近い形態の不正もあり、税関による取締強化、金地金の取引に関する消費税手続きの厳格化(消法30⑪⑫)などが図られています。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ カルーセルスキームの具体的な手口や対策は【A】に示したとおりである。【解説】では、このスキームの根本的な問題点と、今後、制度にデジタル技術を取り入れることで実現できるかもしれない対策について紹介する。 1 カルーセルスキームの問題点 納税なき仕入税額控除は、取引の流れの中で、いずれかの事業者が納付を怠れば生じてしまうものである。日本においては、インボイス制度に経過措置が設けられており、免税事業者からの課税仕入れについても一定割合は仕入税額控除できる(インボイスQ&A問113)ため、取引の流れの中に免税事業者がいると、適法に納付なき仕入税額控除が発生することとなる。 しかし、カルーセルスキームが問題なのは、当初から意図的に納税なき仕入税額控除を生じさせようとしていることや、取引の循環が繰り返されることなどが挙げられる。   2 デジタルを活用した対策の試み 電子インボイスを利用した取引情報の報告義務化は不正対策として効果が見込まれている。さらに新たな技術の活用を模索する国もあり、EUや中国ではブロックチェーン技術の活用が進められている。 中国の深セン市では2018年よりVATのブロックチェーン電子インボイスが試験的にスタートしている。ブロックチェーン電子インボイスの最大の特徴は取引の追跡が可能で、固有の変更不可能な番号が付与されることから、カルーセルスキームを抑制する効果があるとのことだ。 現状、日本の消費税における仕入税額控除の要件は、帳簿の記載と書類やデータを本店等所在地に保存すること(消法30⑦⑧⑨)であるが、こうした動きを踏まえると、将来的にはブロックチェーン技術などを活用したデジタル空間での保存・管理も視野に入るかもしれない。技術動向についても継続的に情報収集していく必要があろう。   (了)
#631(掲載号)
#石川 幸恵
2025/08/14
国際課税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

国際課税レポート 【第17回】「実効関税率2.3%から17%へ」~トランプ関税と輸出企業の関税・移転価格戦略~

国際課税レポート 【第17回】 「実効関税率2.3%から17%へ」 ~トランプ関税と輸出企業の関税・移転価格戦略~   税理士 岡 直樹 (公財)東京財団上席フェロー   はじめに:トランプ関税が変える国際貿易の風景 4月、米トランプ政権は国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき全輸入に一律10%のベースライン関税を導入し、貿易赤字の大きい国に個別の上乗せを開始した。これとは別に、3月末には通商拡大法232条に基づき自動車・自動車部品に25%の関税を発動した。 日本は7月23日に、相互関税と232条を合わせ関税率を原則15%に抑える枠組みに合意。8月7日から相互関税の適用が始まり、細目は後続の大統領令で調整中となっている。 【表1】各国の「相互関税」の税率(2025年8月11日現在) (※) カナダ、メキシコで関税率0%が適用されるのは、NAFTAを改訂した米、カナダ、メキシコ3ヶ国の自由貿易協定が適用される品目が対象。 (出所) JETRO「米国トランプ政権の関税政策の要旨」ほかより筆者作成。本表は簡略化しているので、実務の参考とする場合には個別の情報を確認されたい。適用開始時期が未定の項目を含む。 国際貿易・多国籍企業のグローバルサプライチェーン戦略において、一般的に、関税はそれほど重要な存在ではなかった。2024年の米国の関税実効税率は2.3%にすぎなかったが、2025年8月には15.8%になったとの推計がある。トランプ関税は、国際貿易の風景を一変させている。 米国が日本からの多くの品目に15%の関税を課せば、米国に輸入される日本製品の価格は関税分だけ上昇する。販売店がこのコストを吸収できない場合、販売価格は引き上げられ、その結果、日本製品の米国市場における競争力は低下する。 自動車・自動車部品は、従来の2.5%関税から大幅に引き上げられるため、利益が大幅に圧迫される可能性がある。和食ブームで輸出が増えた日本酒も、2%程度が15%になれば打撃だ。相互関税によるコスト増を回避するため、部品の調達先を米国に移す、関税引上げの影響を回避する契約を検討する、米国内での生産を増やすなど、グローバルサプライチェーンの見直しを検討する必要が生まれる。 以下では、トランプ関税が米国市場に進出している日本企業にとっての課税、なかんづく、移転価格税制と関税の問題に絞って留意点を整理してみたい。   グローバルサプライチェーン:典型的な製造モデル 業界の特徴と典型的な製造モデルの概要は以下のようにまとめることができる。 【表2】業界の類型と典型的な製造モデル (注) IMMEX制度(旧マキラドーラ)は、IMMEXプログラムに登録した企業が、原材料・部品・機械設備などを保税で輸入し、製品化又は加工後に輸出することを可能とする制度である。 (出所) Tax Notes(2025.8.1)「Tariffs, Trade and Transfer Pricing:A Guide to Navigating Economic Uncertainty」Table 1を改変のうえ筆者作成 自動車の例をとると、日本の多くのメーカーが完全製造子会社を持つほか、マキラドーラ(IMMEX)制度を利用している。   製造モデルと移転価格・関税評価への影響(一般的な例) 以下では、典型的な製造モデルの類型ごとに、移転価格・関税評価の水準に与える影響をまとめてみた。 【表3】越境取引と移転価格・関税評価の水準(一般例) 関税評価は、委託製造業者等と米国販売子会社の間の移転価格により決定される。 国外関連取引(クロスボーダー取引)における関税と法人税(移転価格課税)の関係を考えると、一般的に、輸入品の対価が高い方が法人税(移転価格)を圧縮することができる一方、関税負担は高くなるというトレードオフの関係にある。輸入品の対価を高くすることにより法人税の額が減少している場合には移転価格税制(租税特別措置法第66条の4)や寄附金規定(租税特別措置法第66条の4第3項)により是正することができる。   米国の関税制度の概要 関税の納税義務者、課税ベース(取引価格)、納付の流れについて次にまとめる。輸入者に納付義務があり、課税標準は「取引価格」に一定の調整がなされた金額である。 1 関税の納税義務者 ― 合衆国法典 19 U.S.C. §1484(貨物の輸入申告) 2 関税の課税ベース「取引価格」― 19 U.S.C. §1401a(関税評価額) 3 関税納付の流れ ― 19 U.S.C. §1505(関税の納付)   関税と移転価格(法人税)の関係に留意せよ トランプ関税の企業への影響としては、価格・収益性(マージン圧力)の問題がある。トランプ関税分が転嫁され、米国販売価格に反映した場合、日本の輸出企業の価格競争力が削がれる。また、関税分を販売価格に転嫁できない場合にはその分米国の取引先の利益が圧縮される。 トランプ関税により米国取引先企業の利益が圧縮される程度は、クロスボーダーの「取引価格」(移転価格と連動する)評価が大きいほど大きくなる関係にある。一般的にいって、委託加工(Toll)、委託製造(Contract)、製造子会社(Full-fledged)の順に利益部分が大きくなり、「取引価格」が膨らむため、それだけ相互関税の影響を大きく受ける可能性がある。これまで、関税はそれほど気にしなくてもよいレベルの存在だった。しかしこれからは違う。トランプ関税にどう対応するかは、多国籍企業のグローバル戦略にとって重要なポイントになった。   緊急避難的対応の税務リスクに注意 実務では、米国の取引先の営業利益の減少を阻止する、あるいは補填するため、日本の輸出企業が取引先の関税について負担することも一部では行われているようだ。こうした緊急避難的な対応において踏まえておくべき日本での寄附金課税のリスクは以下のとおりである。 米国の関連者が輸入者として負担する米国の輸入関税を日本の輸出企業が負担した場合、日本において「国外関連者への寄附金」(租税特別措置法第66条の4第3項)として否認(全額損金算入できない)される可能性が高い。 また、米国の取引先が非関連者である場合であっても、関税肩代わりが価格調整(値引き)や販売促進支出等として妥当でないと判断された場合、寄附金(法人税法37条に定める「金銭その他の資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与」)として一定額を超える部分の金額は損金の額に算入されないことになる。 米国ではどうか。輸入者が関税を在庫原価に算入した後、非関連の売主から当該関税相当額の補填が購入対価の調整に該当する場合、米国の税務当局(IRS)は仕入原価(販売に対応する部分)の減額を求める可能性がある。対価調整に該当しない場合(例:広告・役務の対価等)は収益計上を要求され得る。どちらの場合も結果として、当期の課税所得は増えることになる(米国歳入規則 26 CFR §1.471-3(b)(「在庫の原価」)ほか参照)。   おわりに 2025年8月12日、日経平均株価は4万2,718円(終値)の市場最高値で引けた。背景には、米国が日本向け関税の「二重適用(タリフ・スタッキング)」を行わない方針と自動車関税の引下げのための大統領令の準備を示したこと、さらに対中追加課税適用開始の90日延期が重なり、不確実性が後退して輸出企業の業績懸念が和らいだことがあるとされる。 もっとも、米国側の正式な発動時期や詳細は不透明で、企業経営にとっての不確実性は続く。追加関税拡大への不安が一定程度後退しても、サプライチェーンの不確実性が解消したとは言えない。 第2次トランプ政権下の国際貿易の動向は、グローバルに展開する多国籍企業にサプライチェーン再検討を迫っている。それは、地理的なルートを変更するというだけの意味ではない。トランプ関税を意識した契約の在り方も対象になる。関税評価と移転価格設定の関係が鍵となる。移転価格は関税の課税ベースになり得る一方、両制度の評価手法は常に一致しているわけではない。総合的な最適化が必要である。トランプ関税が登場したことで、従来より関税評価の重要性は増している。 米国は1人当たりGDP約8.9万ドル、人口約3.4億人の巨大市場で、日本企業にとって不可欠である(日本は約3.4万ドル)。不確実性が残る今こそ、複数シナリオで事業計画を検証すべきだろう。 (了)
#631(掲載号)
#岡 直樹
2025/08/14
会計 監査 税務・会計 解説 解説一覧 財務諸表監査

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第172回】株式会社オルツ「第三者委員会調査報告書(公表版)(2025年7月25日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第172回】 株式会社オルツ 「第三者委員会調査報告書(公表版)(2025年7月25日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社オルツ第三者委員会の概要】   【株式会社オルツの概要】 株式会社オルツ(以下「オルツ」と略称する)は、2014(平成26)年11月、「PAI(パーソナル人工知能)」の開発を目的に設立。デジタルクローン、P.A.I.の開発を最終目的とした要素技術の研究開発とそれらを応用した製品群(Communication Intelligence 「AI GIJIROKU」等)展開、AIソリューションの提供事業を主たる事業とする。 国内に連結子会社3社を有する。売上高6,057百万円、経常損失△2,413百万円、資本金2,298百万円。従業員数は75名(いずれも訂正前の2024年12月期連結実績)。本店所在地は東京都港区。会計監査人は、監査法人シドー横浜事務所(以下、「監査法人シドー」と略称する)。 オルツの新規上場に至る経緯を調査報告書から引用する。   【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 オルツは、2025年4月初旬より、証券取引等監視委員会による調査を受けており、これを端緒として確認を進めたところ、オルツが販売する「AI GIJIROKU」の有料アカウントに関し、一部の販売パートナー(オルツにおいて、「スーパーパートナー」と称する地位にあった販売店であり、以下「SP」という)から受注し、計上した売上について、有料アカウントが実際には利用されていない等、売上が過大に計上されている可能性を認識した(以下「本件疑義」という)。 「AI GIJIROKU」は、オルツが開発し2020年1月に提供を開始したプロダクトであり、オルツは本件疑義に関する事実関係を明らかにするべく、調査の専門性及び客観性を確保した調査が必要と判断し、2025年4月25日開催の取締役会にてオルツと利害関係を有さない弁護士及び公認会計士から構成される第三者委員会を設置する旨の決議を行った。 2 第三者委員会による調査結果の概要 第三者委員会は、調査の結果、オルツは、2021年6月頃から2025年3月までの間、主としてSPに対して販売したAI GIJIROKUのライセンスについて、アカウント発行の実態を伴わない売上を計上した事実を認定し、オルツは、SPに対する売上代金を回収するために、A社、Q社、O社及びN社(以下、4社を総称して「本件広告代理店」という)に対しては広告宣伝費の支払名目で、X社及びY社(以下、2社を総称して「本件研究開発業者」という)に対しては研究開発費の支払名目で、それぞれ資金を支出し、当該資金については本件広告代理店を経由する形でSPに対して支払い、最終的にSPから支払を受けることにより、オルツが売上代金を回収していた事実を確認した(当該売上の計上から当該売上代金の回収までの一連の流れを総称して、以下「本件SPスキーム」という)。 また、第三者委員会は、オルツは、本件SPスキームを実行するにあたり、「代理店事務フロー」または「SP事務フロー」と称する Google スプレッドシートを作成、更新することにより資金の移転状況を管理しており、SP事務フローは、オルツが本件SPスキームによって予定されたとおりの売上を作るという目的のもと、遺漏なくスケジュールどおりに資金移動を実行させるための手段・方法であり、オルツから出金があった後の、各SPと本件広告代理店・本件研究開発業者との実際の資金移動の状況については、オルツを資金の出発点及び帰着点とした第三者間の資金移転についても、SP事務フローにおいて予定されたとおりのものとなっていたことを合理的に推認することができるものと判断した。 第三者委員会によって架空であると認定された金額は、2021年12月期から2024年12月期までの4事業年度における売上高11,908百万円、広告宣伝費と研究開発費については、2022年12月から2024年12月期までの3事業年度において、それぞれ11,557百万円、1,313百万円となっている。売上高については、上場直前期の2023年12月期実績の91.0%が、2022年12月期実績の91.3%が架空売上であると認定した。 3 原因分析(調査報告書92ページ以下) 第三者委員会は調査の結果、オルツにおいて、2021年6月頃から2025年3月まで、主として SPに対して販売したAI GIJIROKUのライセンスについて、アカウント発行の実態を伴わない売上を計上していた事実について、次のとおり、原因の分析を行っている。 ここでは、「会計監査人らに対するオルツの説明・対応が不適切であった」と第三者委員会が認定した、前任の会計監査人であるAW監査法人が契約解除に至った経緯とオルツによる虚偽の説明について、事実関係を見ておきたい。 AW監査法人の契約解除の経緯について、第三者委員会は次のようにまとめている。 第三者委員会は、経営トップによる虚偽の説明や回答について、「経営トップに求められる「誠実性」が欠如していた」と結論づけている。 もう一つ、オルツが新興AI企業に区分されることに基因する原因分析として、第三者委員会は、「最先端の事業に対するバイアス等の可能性」という項目において、オルツが、スタートアップ企業として華々しい受賞歴を持つことや、著名な教授を顧問に迎える等、高い社会的信用力が付与された企業であるという外観を呈していたこと、「最先端の事業」にカテゴライズされるオルツの事業が本件SP取引に関連する者等(社外取締役、監査役、会計監査人やステークホルダー等)にとって造詣が深かったとはいい切れないこと、本件SP取引に関連する者等にとって、オルツが(最先端の)事業を遂行するうえでどのようなスキームが適切であり、どのような研究開発や広告展開が必要となるのかについて正確に把握しきれなかった可能性、あるいは、オルツの事業に過度な期待があったために、その妥当性や合理性の判断にバイアスがかかっていた可能性は完全には否定できないことなどを列挙して、本件疑義が発覚されにくい状況が作出されていた可能性はあるものと思料するとまとめている。 4 再発防止策の提言(調査報告書99ページ以下) 第三者委員会が提言した再発防止策は次のとおりである。 最優先課題として、第三者委員会は、「抜本的な組織改革」を挙げて、その理由として、「経営トップに対する牽制機能の強化や内部統制上の機能及び権限の見直し、企業風土の改善といった方策は、本件における再発防止策の一要素にはなり得るとしても、それ自体が直ちに抜本的な解決につながるものではなく、問題の本質を捉えたものとはいい難い」としたうえで、オルツにおいては、「抜本的な組織改革、経営改革が必要であること」を提言し、さらに、「経営トップから、誠実性をもって新たに健全な組織として生まれ変わるという覚悟、コンプライアンス態勢に対する意識改革について、社内向けにメッセージを発信し、もって、全ての役職員において、今後二度と同様の行為を発生させないこと、また、仮に発生した場合には厳正な対応を行うことを強く自覚することが肝要である」とまとめている。 オルツは、第三者委員会による調査報告書公表と同日に、代表取締役社長の米倉千景氏の辞任を公表する(※1)とともに、後述するように、本稿執筆時点までに、東京裁判所から民事再生手続きの開始決定が出されており(※2)、9月3日開催予定の臨時株主総会で、すべての取締役が退任し、新しい取締役3名の選任が予定されている、つまり図らずも「抜本的な組織改革」を実現することから、本稿では、その他の再発防止策の提言内容については、項目を挙げておくにとどめたい。 (※1) 2025年7月28日「代表取締役の異動に関するお知らせ」 (※2) 2025年8月6日「民事再生手続き開始決定に関するお知らせ」   【調査報告書の特徴】 2024年10月10日、オルツの上場時の初値は570円だった。12月2日に上場来最高値である823円まで上昇した後、2025年に入っても、第三者委員会の設置を公表するまでは400円台の株価を維持していたが、本稿執筆時点である8月8日の終値は15円。AIブームに乗じ、多くの個人投資家の期待を担ってきた新興AI企業は、上場から1年もたたずに上場廃止、さらには民事再生手続き開始決定と、経営破綻にまで追い込まれた。 本稿では、調査報告書公表後の経緯を追うと同時に、会計監査人、循環取引に加担していた広告代理店およびベンチャーキャピタルのそれぞれについて、オルツの会計不正にかかる責任について考察したい。 1 上場廃止等の決定 2025年7月30日、東京証券取引所は、「上場廃止等の決定:(株)オルツ」をリリースして、オルツ株式を8月31日付で上場廃止とすることを公表した。上場廃止理由については、「新規上場申請に係る宣誓書において宣誓した事項について重大な違反を行った場合に該当するため」としたうえで、理由の詳細を次のように開示している。 2 民事再生手続き開始申立て 同日、オルツは、「民事再生手続き開始申し立てに関するお知らせ」をリリースした。 リリースの中で、オルツは、民事再生手続き開始決定に至った理由として、第三者委員会による調査の結果、不適切な会計処理があることが明らかになったことから、事業価値の毀損が進むとともに、財務状態の悪化が深刻となる恐れがあり、自力での再建が困難な状態に陥っているとして、スポンサー支援による再生を目指すとともに、不適切な会計処理に起因して発生する可能性のある債務の公平かつ適切な対応を企図したものであると説明している。 負債総額は2025年6月30日現在で約24億円。 申立てを受けた東京地方裁判所は、8月6日付で、民事再生手続き開始決定を行った(※3)。 (※3) 2025年8月6日「⺠事再生手続開始決定に関するお知らせ」 3 臨時株主総会招集通知 オルツは、8月9日、「臨時株主総会招集ご通知」をリリースした。 議案は「取締役3名選任の件」のみであり、取締役候補者として、経営企画部部長の浅沼 達平氏(第三者委員会の調査において事務局員に任命されている)、執行役員保坂文哉氏及びCTO西村祥一氏の氏名が記載されている。 4 会計監査人の責任 会計監査人である監査法人シドーが、オルツの会計不正を見逃したことについて、日本公認会計士協会は、8月8日、「当協会の調査について」というプレスリリースを公表した。全文を引用しておきたい。 名指しこそ避けているものの、本リリースが監査法人シドーについて、公認会計士協会が調査を行っていることは明らかであり、協会としても、重大な会計不祥事と認識していることが推察できる。 調査報告書上では、「AW監査法人」と表記されている、監査法人シドーの前任監査法人について、日本経済新聞は、「大手監査法人の1社とみられる」と報じている。それが事実であれば、大手監査法人が「循環取引の懸念」を示した取引について、後任の監査法人シドーは、広告代理店を使ったSPスキームの一部は変更されていたとはいえ、監査報告書に無制限適正意見を表明したことになる。 監査法人シドーが公表している「監査品質のマネジメントに関する年次報告書{報告対象期間:2024年1月1日~12月31日}」によれば、同法人のパートナーである公認会計士は9名、上場している監査対象会社はオルツを含めて4社ということである。 監査法人シドーの会計監査に瑕疵があったかどうかは、公認会計士協会の調査や金融庁の公認会計士・監査審査会による審査による判断されることとなるが、監査法人シドーによる無限定適正意見によって、主幹事証券会社の大和証券はもちろん、株主であり、取締役会にオブザーバー参加していた大手ベンチャーキャピタルも、不審に思うことなく、上場が申請され、経営トップによる虚偽の説明があったとはいえ、上場審査も通過することとなった。 5 循環取引に加担した広告代理店の責任 第三者委員会調査報告書によれば、オルツが架空売上を計上するために編み出したSPスキームにおいて、当初は複数の広告代理店を利用し、広告代理店から資金を提供させることによってSPからオルツが売掛金を回収するというものであったが、前任の会計監査人であったAW監査法人の「循環取引」の指摘を受け、監査法人シドーの会計監査人就任に当たってこのスキームを改め、広告代理店を「A社」に一本化しているとのことである。 オルツの新規公開時の有価証券報告書によれば、2023年12月31日現在において、株式会社ADKマーケティング・ソリューションズに347百万円を超える未払金残高を有していることから、「A社」が株式会社ADKマーケティング・ソリューションズまたは同社の持株会社である株式会社ADKホールディングスの傘下会社であるとの推測は成立するものと思われる。 第三者委員会の調査報告書によれば、2021年6月上旬ころA社及びB社名義で作成された販売プロモーション体制図では、A社がオルツから受領した「PR協力費」の一部をWeb施策としてプロモーションを行い、その残りを「PR協力費」や事務局費の名目でB社に支払うことや、オルツとB社がAI GIJIROKUのセールスパートナー契約を締結して、B社が、A社から支払われた資金を原資としてオルツにサービス利用料を支払うこと等が記載されていたことが判明しており、A社の担当者であるt氏及びB社の代表取締役であるv氏の協力なしには、オルツのSPスキームが成立しなかったことは明らかである。なお、B社は、オルツの新規公開時の有価証券報告書で開示されている取引実績から、株式会社ジークスであることが判明している。 本稿執筆時点において、株式会社ADKホールディングス及び株式会社ADKマーケティング・ソリューションズは、本件について、リリース等を出していないようだが、担当者がオルツの会計不正を知っていながらこれに加担し、粉飾決算により株式上場を果たしたうえで経営破綻したオルツの株主である投資家に多額の損害を与えたことについて、法的責任はともかく、どう考えているのか、説明する責任があるのではないか。 6 VC・社外取締役の責任 オルツには多くのベンチャーキャピタル(VC)が出資しているが、中でも、VC大手のジャフコグループ株式会社(報告書上の表記は「AP社」。以下「ジャフコ」と略称する)は、高原瑞紀氏(報告書上の表記は「q氏」)が2018年12月から社外取締役として就任しており、オルツの2024年12月期有価証券報告書によれば、ジャフコの投資事業有限責任組合はオルツ株式の7.04%を有する第3位の大株主である。 社外取締役であった高原瑞紀氏は、2018年12月にオルツの取締役に就任してから2024年6月に退任するまで、オルツ経営者の職務執行を監視監督する立場にあり、ジャフコでも現在「西日本支社長パートナー」の要職にあって、スタートアップ投資・成長支援に多くの経験・実績を有しているとのことである。2024年6月の退任は、オルツが上場申請を終えたため、社外取締役としての役割を果たしたとの判断であったと思料できるものの、AW監査法人の監査契約打ち切りといった上場準備の中での障害をどのように考えていたのか、また、本件SPスキームの異常性に気づかなかったのかなど、疑問が残るところである。 さらに国内大手のVCであるジャフコが出資するだけでなく社外取締役を派遣しているという事実は、他のVCにとってもオルツへの投資に安心感を与え、出資を誘引する結果となったであろうことは想像に難くない。投資は自己責任であることは言うまでもないが、ジャフコは、大株主としてオルツの経営監視が十分でなかったことをどのように考えているのか。問題ないということであれば、その論拠を説明すべきであろう。 (了)
#631(掲載号)
#米澤 勝
2025/08/14
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連結会計を学ぶ(改) 【第2回】「連結の範囲・支配の概念」

連結会計を学ぶ(改) 【第2回】 「連結の範囲・支配の概念」   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 連結財務諸表は、支配従属関係にある2つ以上の企業からなる集団(企業集団)を単一の組織体とみなして、親会社が当該企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を総合的に報告するために作成するものである(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)1項)。 【第2回】では、連結財務諸表の範囲を決定するための親会社と子会社の定義について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 親会社と子会社 前述のとおり、連結財務諸表は、支配従属関係にある2つ以上の企業からなる集団(企業集団)に関する財務諸表なので、「支配」の概念がポイントになる。 連結会計基準は支配の概念を中心にして、親会社及び子会社などについて、次のように定義している(連結会計基準5~6項、8項)。 【企業】 会社及び会社に準ずる事業体をいい、会社、組合その他これらに準ずる事業体(外国におけるこれらに相当するものを含む)を指す。 【親会社】 他の企業の財務及び営業又は事業の方針を決定する機関(株主総会その他これに準ずる機関をいう。以下「意思決定機関」という)を支配している企業をいう。 【子会社】 ① 上記の「親会社」の定義における「他の企業」をいう。 ② 親会社及び子会社又は子会社が、他の企業の意思決定機関を支配している場合における当該他の企業も、その親会社の子会社とみなす(いわゆる孫会社。「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第22号)17項)。 【連結会社】 親会社及び連結される子会社をいう。   また、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」は、次の用語について定義している(連結財務諸表規則2条1号、4~6号、4条1項1号)。 【連結財務諸表提出会社】 法の規定により連結財務諸表を提出すべき会社及び指定法人をいう。 【企業集団】 連結財務諸表提出会社及びその子会社をいう。 【連結会社】 連結財務諸表提出会社及び連結子会社をいう。 【連結子会社】 連結の範囲に含められる子会社をいう。 【非連結子会社】 連結の範囲から除かれる子会社をいう。   基本的なイメージは次の図のとおりである。   Ⅲ 支配の概念 1 持株基準と支配力基準 1997(平成9)年6月に改訂された「連結財務諸表原則」以前の連結原則では、子会社の判定基準として、親会社が直接・間接に議決権の過半数を所有しているかどうかにより判定を行う「持株基準」が採用されていた。 これに対して、1997(平成9)年6月に改訂された「連結財務諸表原則」では、①議決権の所有割合が100分の50以下であっても、その会社を事実上支配しているケースもあること、②国際的には、実質的な支配関係の有無に基づいて子会社の判定を行う「支配力基準」が広く採用されていたことを踏まえ、子会社の判定基準として、議決権の所有割合以外の要素を加味した「支配力基準」を導入し、他の会社(会社に準ずる事業体を含む)の意思決定機関を支配しているかどうかという観点から、連結会計基準は設定されている(連結会計基準54項)。 2 支配の概念の具体的な適用 連結会計基準は、「他の企業の意思決定機関を支配している企業」とは、次の企業をいうとしている。ただし、財務上又は営業上もしくは事業上の関係からみて他の企業の意思決定機関を支配していないことが明らかであると認められる企業は、この限りでない(連結会計基準7項)。 より具体的な規定については、「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第22号)などに規定されているので、これらについては次回以降で解説する。 【他の企業の意思決定機関を支配している企業】   (了)
#631(掲載号)
#阿部 光成
2025/08/14
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