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税務 税務・会計 解説 解説一覧

税務判例を読むための税法の学び方【63】 〔第7章〕判例の探し方(その10)

税務判例を読むための税法の学び方【63】 〔第7章〕判例の探し方 (その10)   立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘   ② 企業や諸団体等から発行されている定期刊行物 前回までは公的(準公的)な判例集・裁判集を紹介してきたが、今回より、企業や諸団体等から発行されているものについて紹介する。 ただし【55】の冒頭に記したように、民間企業のものの紹介は必要最小限度とし、ここでは名称の紹介等にとどめる。また商業雑誌等の場合は、各自治体の公共の図書館にも所蔵されているものが多いため、所蔵先等の紹介は割愛する。 ◆全分野を対象としたもの (1) 『判例時報』『判例評論』 昭和28年以降、判例時報社より出版されており、毎月1日、11日、21日に発行される旬刊である。裁判例以外、論文等も掲載されている。法律論文等では「判時」と略されて表記されることも多い。 また、各月1日に発行された号には『判例評論』という判例評釈集が綴じ込まれている。号数は、判例評論独自の番号が付されている。また、頁数は判例時報と一体になったものと判例評論独自のものの両方が記載されている。   (2) 『判例タイムズ』『判例年報』『〇〇年主要民事判例解説』 昭和23年以降、判例タイムズ社より出版されており、平成24年までは毎月1日、15日と月2回発行されていた。現在は毎月1回発行の月刊となっている。 「判例紹介」として各号20件から30件前後の裁判例を紹介しているが、それ以外に論文等も掲載されている。法律論文等では「判タ」と略されて表記されることも多い。 なお、この判例タイムズの臨時増刊号として、昭和37年度版から平成18年度版まで年1回『判例年報』が発行されていた。判例集(民集・刑集、高民集・高刑集、家月)や判例雑誌(判例タイムズ、判例時報、金融法務事情、金融・商事判例)に掲載された判例を、民事・刑事に大別し、法令別・条文別に判示事項・判決(決定)要旨を収録している。索引として裁判年月日順索引を付している。 また「判例タイムズ」の別冊として毎年9月に『〇〇年主要民事判例解説』というものが発行されていたが、平成23年9月の平成22年版を最後に、以後は発行されていない。   ◆特定の分野を対象としたもの (3) 『労働判例』 昭和42年以降、産労総合研究所から出版されているが、毎月1日、15日と月2回発行されている。 全国の裁判所の裁判(判決・決定)および中央・地方労働委員会の命令のうち、重要と判断された判例と命令を掲載している。裁判例以外、注目される判決や実務上役立つと考えられる判決については、「判例解説」「判例研究」「実務解説」等が掲載されている。法律論文等では「労判」と略されて表記されることも多い。 また労働審判制度の平成18年4月スタートに伴い、平成18年10月15日号以降、毎月15日号で実務に役立つ審判・調停の結果を「労働審判ダイジェスト」として掲載している。 また、労働委員会の命令についても、集団的労使紛争のトラブル防止の観点から事件の概要と命令要旨を「命令ダイジェスト」で掲載している。なおこれらの「ダイジェスト」は要旨のみ掲載している(産労総合研究所ホームページより)。   (4) 『別冊中央労働時報』『労働委員会速報』『中央勞働委員會速報』 昭和22年から昭和29年3月までは、中央勞働學園から『中央勞働委員會速報』として発行されており、1號から272号まで出されていた。 昭和29年4月から昭和43年3月までは、『労働委員会速報』として、中央労働委員会事務局の監修により中労委会館から発行されており、273号から777号まで出されていた。 昭和43年4月からは、現誌名『別冊中央労働時報』として、同じく中央労働委員会事務局の監修により労委協会から発行されている。号数も引き継がれているが、昭和43年4月の1巻1号から同年10月の1巻8号までが、778号から785号となっていたところ、 同年11月の786号からは前誌からの通し番号のみとなっている。 なお、法律論文等では『別冊中央労働時報』は、「中労時」と表記されることも多い。また別冊ではない『中央労働時報』という雑誌(月刊誌)も『別冊中央労働時報』と同様に月刊誌として同じ出版社から発行されているが、こちらは論文や判例評釈等が掲載されている。 不当労働行為事件に係る裁判例や全国の労働委員会から出された命令を掲載している。毎年12月号に年間総索引が付され、事件名(企業名)を五十音順で検索できるようになっている。 これらは名称が2回変更になっている関係から、所蔵先の検索等にあたり分かり難い面があるため、公的判例集と同様に、以下に紹介する。 CiNiiによれば、『中央勞働委員會速報』は28大学の図書館に、『労働委員会速報』は33大学の図書館に、『別冊中央労働時報』は101大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 中央勞働委員會速報 労働委員会速報 別冊中央労働時報 また、国立国会図書館にはすべて所蔵されているようである(下記リンク参照)。 中央勞働委員會速報(国会図書館) 労働委員会速報(国会図書館) 別冊中央労働時報(国会図書館) 厚生労働省図書館には、「別冊中央労働時報」「中央勞働委員會速報」はあるが、「労働委員会速報」は所蔵されていないようである(下記リンク参照)。 中央勞働委員會速報(厚生労働省図書館) 別冊中央労働時報(厚生労働省図書館) 裁判所図書館には、36号以前の分についての所蔵は確認できないが、37号以降の分については、ほとんどすべて所蔵されているようである。前誌ついても「中央労働時報」として登録されているようである。ただし「労働委員会速報」については図書版が444号より、視聴覚資料としては373号より所蔵がある。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「中央労働時報」「働委員会速報」と入力して検索。 (続く)
#125(掲載号)
#長島 弘
2015/06/25
会計 税務・会計 組織再編 解説 解説一覧 財務会計

フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第18回】「親会社による子会社の吸収合併~個別財務諸表のみ作成している会社の場合~」

フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第18回】 「親会社による子会社の吸収合併 ~個別財務諸表のみ作成している会社の場合~」   仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋   【はじめに】 今回は、親会社による子会社の吸収合併について解説する。吸収合併とは、会社が他の会社とする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後存続する会社に承継させるものをいう(会社法2条27項)。 そして、親会社による子会社の吸収合併は、「共通支配下の取引」に該当する。「共通支配下の取引」とは、結合当事企業(又は事業)のすべてが、企業結合の前後で同一の株主により最終的に支配され、かつ、その支配が一時的ではない場合の企業結合をいう(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準(以下、「基準」という)」16)。 また、本解説では、親会社が子会社を吸収合併し、かつ、個別財務諸表「のみ」作成している場合を前提に解説する。なお、孫会社や中間子会社がある場合については、解説していない。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (次ページ【STEP1】へ進む) (前ページ【はじめに】へ戻る) ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 共通支配下の取引により企業集団内を移転する資産及び負債は、原則として、移転直前に付されていた適正な帳簿価額により計上する(基準41)。つまり、親会社が子会社を吸収合併により引き継ぐ子会社の資産及び負債は、子会社の帳簿価額を引き継ぐことになる。 したがって、子会社は、合併期日の前日に決算を行い、資産、負債及び純資産の適正な帳簿価額を算定する(企業会計基準適用指針第10号「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針(以下、「適用指針」という)」205)。 なお、連結財務諸表を作成している場合で、親会社と子会社が吸収合併する場合において、子会社の資産及び負債の帳簿価額を連結上修正しているときは、親会社が作成する個別財務諸表においては、連結財務諸表上の金額である修正後の帳簿価額(のれんを含む)により計上する(基準(注9))。 しかし、親会社が、連結財務諸表を作成しておらず、「連結財務諸表上の帳簿価額」が算定されていない場合であっても、「連結財務諸表上の帳簿価額」を合理的に算定できるときには当該帳簿価額を用いることとし、「連結財務諸表上の帳簿価額」を合理的に算定することが困難と認められるときは、子会社の適正な帳簿価額(個別財務諸表上の帳簿価額)を用いる(適用指針207-2)。 親会社が他の会社の株式を取得して子会社化した直後に合併した場合は、通常、連結財務諸表上の帳簿価額を合理的に算定できる場合に該当する(適用指針207-2)。 (次ページ【STEP2】へ進む) (前ページ【STEP1】へ戻る) ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 非支配株主とは、親会社以外の株主をいう。 非支配株主がいない場合といる場合、言い換えると、100%子会社の場合とそうでない場合で、会計処理が異なるため、ここでは、非支配株主が存在するかどうかを判断する。 非支配株主がいる場合は、【STEP3】を検討する。非支配株主がいない(100%子会社の)場合は、 【STEP4】を検討する。 (次ページ【STEP3】へ進む) (前ページ【STEP2】へ戻る) 非支配株主がいる子会社を吸収合併する場合、言い換えると100%子会社ではない子会社を吸収合併する場合、親会社では以下の順に検討する。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。   (1) 子会社の資産及び負債の引き継ぎ 【STEP1】で算定した子会社の資産及び負債を引き継ぐ(適用指針206(1))。   (2) 株主資本項目以外の純資産項目の引き継ぎ 【STEP1】で算定した子会社の合併期日の前日の評価・換算差額等(親会社が作成する連結財務諸表において投資と資本の消去の対象とされたものを除く)及び新株予約権の適正な帳簿価額を引き継ぐ。評価・換算差額等を連結財務諸表の帳簿価額で引き継ぐ場合、子会社のその他有価証券評価差額金や土地再評価差額金の適正な帳簿価額のうち、支配獲得後に子会社が計上したものを引き継ぐ(適用指針206(2)②)。   (3) 時価の算定 親会社が100%の株式を保有していない子会社を吸収合併するということは、非支配株主から残りの全ての株式を取得することと同じことである。したがって、非支配株主への対価は、時価で算定することになる(基準45)。 なお、市場価格のある親会社株式が取得の対価として、非支配株主に交付される場合には、取得の対価となる財の時価は、原則として、企業結合日における親会社株式の株価を基礎として算定する(基準(注11)、24)。   (4) 株主資本項目の会計処理 親会社は、子会社から受け入れた資産と負債との差額のうち株主資本の額を合併期日直前の持分比率に基づき、親会社持分相当額と非支配株主持分相当額に按分し、それぞれ以下のように会計処理する。 ① 親会社持分相当額の会計処理 上記(1)及び(2)の合計額のうち、親会社持分相当額と親会社が合併直前に保有していた子会社株式(抱合せ株式)の適正な帳簿価額との差額を、「抱合せ株式消滅差益」等の勘定科目で特別損益に計上する(適用指針206(2)①ア)。 この差額は、株主との資本取引ではなく、子会社を通して実現した事業投資の成果であるために、損益として計上する。 ② 非支配株主持分相当額の会計処理 非支配株主へ親会社株式を発行した場合、増加する親会社の株主資本の額は、払込資本として処理する。増加する払込資本の内訳項目(資本金、資本準備金、その他資本剰余金)については会社計算規則35条1項により会社が任意に決定することができる。 その上で、上記(1)及び(2)の合計額のうち、非支配株主持分相当額と、取得の対価(非支配株主に交付した親会社株式の時価等)の差額を「その他資本剰余金」として計上する(適用指針206(2)①イ)。 この後は、【STEP5】を検討する。 《設例1》 【前提条件】 【会計処理】 1 親会社持分相当額 (※1) 12,000×80%=9,600 (※2) 3,000×80%=2,400 (※3) 8,000×80%=6,400 (※4) A社保有株式の帳簿価額 (※5) その他有価証券評価差額金500×80%=400 (※6) 差額 2 非支配株主持分相当額 (※1) 12,000×20%=2,400 (※2) 3,000×20%=600 (※3) 8,000×20%=1,600 (※4) 発行したA社株式の時価 (※5) その他有価証券評価差額金500×20%=100 (※6) 差額 3 合併後のA社の貸借対照表 (次ページ【STEP4】へ進む) (前ページ【STEP3】へ戻る) 非支配株主がいない子会社を吸収合併する場合、言い換えると100%子会社を吸収合併する場合、親会社では以下の順に検討する。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。   (1) 子会社の資産及び負債の引き継ぎ 【STEP1】で算定した子会社の資産及び負債を引き継ぐ(適用指針206(1))   (2) 株主資本項目以外の純資産項目の引き継ぎ 【STEP1】で算定した子会社の合併期日の前日の評価・換算差額等(親会社が作成する連結財務諸表において投資と資本の消去の対象とされたものを除く)及び新株予約権の適正な帳簿価額を引き継ぐ。評価・換算差額等を連結財務諸表の帳簿価額で引き継ぐ場合、子会社のその他有価証券評価差額金や土地再評価差額金の適正な帳簿価額のうち、支配獲得後に子会社が計上したものを引き継ぐ(適用指針206(2)②)。   (3) 株主資本項目の会計処理 上記(1)及び(2)の合計額と親会社が合併直前に保有していた子会社株式(抱合せ株式)の適正な帳簿価額との差額を、「抱合せ株式消滅差益」等の勘定科目で特別損益に計上する(適用指針206(2)①ア)。 この差額は、株主との資本取引ではなく、子会社を通して実現した事業投資の成果であるために、損益として計上する。 この後は、【STEP5】を検討する。 《設例2》 【前提条件】 【会計処理】 (※1) 子会社の帳簿価額 (※2) A社保有株式の帳簿価額 (※3) 差額 合併後のA社の貸借対照表 (次ページ【STEP5】へ進む) (前ページ【STEP4】へ戻る) 企業結合年度において、共通支配下の取引等に係る重要な取引がある場合には、以下の(1)及び(2)を注記する。なお、個々の共通支配下の取引等については重要性が乏しいが、企業結合年度における複数の共通支配下の取引等全体では重要性がある場合には、当該企業結合全体で注記する(基準52)。 なお、計算書類では、上記のような注記は必ずしも求められていない。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 *   *   * 以上、5つのステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
#125(掲載号)
#西田 友洋
2015/06/25
会計 税務・会計 解説 解説一覧 財務会計 金融商品会計

金融商品会計を学ぶ 【第7回】「金融負債の消滅の認識」

金融商品会計を学ぶ 【第7回】 「金融負債の消滅の認識」   公認会計士 阿部 光成   前回までは、金融資産の消滅の認識について解説してきた。 今回は、金融負債の消滅の認識について解説を行う。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅰ 金融負債の消滅の認識要件 金融負債の消滅の認識は、金融負債の契約上の義務を履行したとき、義務が消滅したとき又は第一次債務者の地位から免責されたときに行われる(「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号。以下「金融商品会計基準」という)10項、60項)。 「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号。以下「金融商品実務指針」という)では、上記の金融負債の消滅の認識要件について、次のように規定している(金融商品実務指針43項)。   Ⅱ 金融資産及び金融負債の消滅の認識に係る会計処理 金融資産又は金融負債がその消滅の認識要件を充たした場合には、当該金融資産又は金融負債の消滅を認識するとともに、帳簿価額とその対価としての受払額との差額を当期の損益として処理する(金融商品会計基準11項)。 金融資産又は金融負債の一部がその消滅の認識要件を充たした場合には、当該部分の消滅を認識するとともに、消滅部分の帳簿価額とその対価としての受払額との差額を当期の損益として処理する(消滅部分の帳簿価額は、当該金融資産又は金融負債全体の時価に対する消滅部分と残存部分の時価の比率に基づいて按分する。新たな金融資産又は金融負債が発生した場合には、当該金融資産又は金融負債は時価により計上する。金融商品会計基準12項、13項)。   Ⅲ 金融負債の消滅時に原債務者に何らかの権利・義務が存在するケース 1 損益の計上基準 金融負債の消滅時に原債務者に何らかの権利・義務が存在する場合の債務引渡損益は、次のように計算した債務引渡しに伴う対価から引渡原価を差し引いたものである(金融商品実務指針44項)。 引渡金融負債の帳簿価額のうち按分計算により残存部分に配分した金額を当該残存部分の計上価額とし、新たに発生した資産及び負債は引渡時の時価により計上する。 2 債務引渡しに係る二次的責任 債務の第三者引受に際し当該第三者が倒産等に陥ったときに原債務者が負うこととなる二次的な責任である単純保証については、第三者による債務引受時に原債務者は当該二次的責任を新たな金融負債として時価により認識する(金融商品実務指針45項)。 二次的責任の時価を合理的に測定できない場合、当該時価は、当該取引から利益が生じないように計算した金額又はゼロとし、当該二次的責任を保証債務として取り扱うことになる。 なお、二次的責任に係る金融負債の計上価額は、前受保証料に準じて各期の純損益に合理的に配分する。 金融負債消滅後の二次的責任に係る金融負債の時価は、時間の経過、債務金額の減少、信用リスクの変化等に伴って変化するが、当該金融負債は、デリバティブに該当しないため、時価評価せず、二次的責任につき損失を被る可能性が高くなったときに債務保証に準じて引当金を計上する。 (了)
#125(掲載号)
#阿部 光成
2015/06/25
労務 労務・法務・経営 社会保険

確定拠出年金制度の改正をめぐる今後の展望 【第5回】「今回改正案に盛られたこと②」

確定拠出年金制度の改正をめぐる今後の展望」 【第5回】 「今回改正案に盛られたこと②」   特定非営利活動法人確定拠出年金総合研究所(NPO DC総研) 理事長 秦 穣治   引き続き、今改正に盛り込まれた内容を説明していく。また、それぞれの課題についても簡単に触れる。   5 企業型DCの新拠出限度額&自助努力の選択肢 【企業型DC拠出限度額】 【企業型DCにおける自助努力の選択肢】 企業型DCにおける拠出限度額自体は全く増額になっていない中、制度の選択肢が増えるのは悪いことではないが、逆にDC制度全体を複雑にしている面がある。したがって、既にマッチング拠出を実施している事業主は一応制度の続行を図るとしても、今後自助努力の制度導入を検討している事業主には考慮すべきポイントが残っている。 例えば、以下のような点である。 現行のマッチング拠出制度で問題なのは、「企業拠出+マッチング拠出」の合計額が拠出限度額の範囲内であるのに加えて、マッチング拠出が企業拠出の範囲内という二重のチェックが掛かっていることである。そのため、企業拠出額の小さい加入者について、例えば、若年層や逆に契約社員化したシニア層では、せっかく自助努力しようと思っても拠出できる枠がない、ということがある。 もし、社員構成上このような社員が多い場合には、マッチング拠出でなく個人型との併用を選択する余地がある。ただしその場合には、個人型の手数料がどのくらいで、誰が支払うのか、ということが残された課題となるであろう(事業主によっては企業型の手数料も加入者に転嫁している場合もあるだろうし、逆に個人型の手数料を含めて事業主負担とする事業主もあるかもしれない)。 また、事業主拠出額が一定額の場合には、「企業型+マッチング拠出」か「企業型+個人型」の双方について、事業主拠出限度額を見ながら、どちらがより加入者にメリットがあるかを検討してみるのも良いと思われる。   6 制度間のポータビリティの拡充 【年金資産の持ち運び(ポータビリティ)の拡充】 (※1) DBから企業型・個人型DCには、本人からの申出により、脱退一時金相当額を移換可能 (※2) 中小企業退職金共済に加入している企業が、中小企業でなくなった場合に、資産の移換を認めている (※3) 合併等の場合に限って措置 従来からの懸案であったポータビリティの拡充は、重要な意義を有すると考える。 特に、中小企業退職金共済との出し入れが認められた意味は大きく、中小企業退職金共済が“立派な”企業年金制度であることを認め、かつ、既存制度では移換に制約があったものを解放したことは、中小企業の事業主及び従業員に力強いメッセージになると思われる。 一方で、基本的にあらゆる場合に持ち運びを認めた以上、「必ず持ち運びなさい」というメッセージが込められている。したがって、【第3回】で触れたように、「退職しても一時金受取は原則できませんよ」という意味が裏側にあることも忘れてはならない。 つまり、企業年金制度は名実ともに“年金制度”になるためには避けて通れなかったポータビリティの議論を解決させた、という意味で、この改正は極めて重要な意味を持つものと言える。 なお、形式上、DC→DBを認めたものの、実際上の効果は薄いかもしれない。今の時代、あえてDBの残高を増やそうという奇特な事業主は極めて少ないと思われるからである。   7 その他の措置 これまで触れてきた以外の改正項目には以下のようなものがあるが、 特にDCにとって重要なのは、最後の“運営管理機関の委託に関わる事業主の努力義務”の項目であろう。 DCが金融システム商品である以上、直接の運用主体である加入者のためにも、金融システムの運営を担う運営管理機関の役割は極めて大きいわけである。制度導入時に運営管理機関選定を行うが、選定する事業主にとって、未だに導入していないもののサービス評価をすることはそもそも非常に厳しいのに加えて、どの運営管理機関でも、自社の業績等によっては、必ずしも同様のサービスレベルを将来保証し続けられるわけではない。一方、事業主にとって、導入以降も運営管理手数料の水準を含む諸サービスレベルが同業他社比満足のいくものになっているかをチェックしてくのは容易ではない。 そもそも事業主が運営管理機関を選定する場合、日本の企業では、主取引銀行ないし大株主、又は主受託金融機関から選ばれることが大多数で、純粋にサービスレベルのみで選定されることはまれであろうと思われる。日本の企業年金が事業主あっての制度である以上、主関係金融機関を対象にせざるを得ないことは、一定の合理性があるとは考えられる。 今回の改正の主旨が、加入者向けの運営管理機関の諸サービスに関し、事業主の充分な配慮を要求していることだとすれば、事業主の5年ごとの見直しのために、運営管理機関は日頃から、 自社のサービスレベルの他社比較 選定運用商品の競合マーケットにおける位置づけと正当性の検証 サービスに関わるフィーの相対的なマーケットの位置づけと正当性の検証 を行い、事業主に対する適切なコミュニケーションを図るべきであろう。 法律上は“必要に応じてこれを変更する”となっているが、実務上、運営管理機関変更は、人的・金銭的なコスト負担を事業主に負わせるだけではなく、加入者にとっても、運用資産移換に伴う空白期間の発生により、機会ロスを被ることは確実で、現実にはそう容易ではないことを付け加えておく。  (了)
#125(掲載号)
#秦 穣治
2015/06/25
労務 労務・法務・経営 厚生年金保険 社会保険

中小企業事業主のための年金構築のポイント 【第7回】「特別支給の老齢厚生年金(60歳台前半で支給される年金)」

中小企業事業主のための 年金構築のポイント 【第7回】 「特別支給の老齢厚生年金(60歳台前半で支給される年金)」   特定社会保険労務士 古川 裕子   1 特別支給の老齢厚生年金とは 老齢厚生年金は、本来、65歳から老齢基礎年金に上乗せするかたちで支給されるが、一定の受給要件を満たしていれば、60歳から64歳までは特別支給の老齢厚生年金として生年月日に応じて支給される。 年金額(後述)は、原則として、「定額部分」と「報酬比例部分」の2本立てだが、特別支給の老齢厚生年金の支給開始年齢は、改正により段階的に引き上げることになっている。そして、定額部分の引上げはすでに終わっており、現在は報酬比例部分のみが支給されている。 なお、昭和36年4月2日(女性の場合は昭和41年4月2日)以後に生まれた者にはこの報酬比例部分も支給されず、本来の65歳からの支給となる。以下に【第2回】掲載図を再掲する。 (再掲) 〈特別支給の老齢厚生年金の支給開始年齢引上げスケジュ-ル〉 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。   2 特別支給の老齢厚生年金を受給するための要件 〈事例1〉 昭和29年6月6日生まれの男性で、国民年金に10年間加入、厚生年金保険に20年間加入している場合、公的年金の加入期間は30年あるので上記〈要件①〉の受給資格期間25年以上を満たしている。そして、厚生年金保険の加入期間が20年あるため〈要件②〉の「1年以上」を満たしているので、61歳(〈要件③〉支給開始年齢)から下図のとおり、特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分の年金のみ)が受給できる(上記再掲図[G]参照)。 なお、上記〈事例1〉と同じ条件で、女性の場合には、60歳から特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分の年金のみ)が受給できる(上記再掲図[F]参照)。   3 長期加入者と障害者の特例 1のとおり、現在、定額部分は支給されないが、次の①または②の要件に該当したときは、退職している場合に限り、報酬比例部分と合わせて定額部分が支給される。 〈事例2〉 〈事例1〉の男性の場合、上記のとおり61歳から報酬比例部分のみの特別支給の老齢厚生年金が支給されるが、長期加入者又は一定の障害者で退職している場合は、61歳から定額部分も支給される(下図)。   4 特別支給の老齢厚生年金の受給額 特別支給の老齢厚生年金は、加入期間の長短により決定される「定額部分」と過去の報酬の高低により決定される「報酬比例部分」を合計した額が、生年月日に応じて支給される。 さらに、生計維持関係にある65歳未満の配偶者や18歳未満の子がいるなどの一定の要件を満たした場合には、加給年金が加算される。 [特別支給の老齢厚生年金]=[①報酬比例部分]+[②定額部分]+[③加給年金額]   《おさらいQ&A》   (了)
#125(掲載号)
#古川 裕子
2015/06/25
労務・法務・経営 法務

養子縁組を使った相続対策と法規制・手続のポイント 【第2回】「養子縁組の効果」

養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第2回】 「養子縁組の効果」   弁護士・税理士 米倉 裕樹   [1] はじめに 今回は、普通養子縁組、特別養子縁組を行うことで、いかなる効果が生じるかについて解説する。 両者の効果の違いは、普通養子縁組では、養子と実親との親族関係は消滅せず、縁組後も相互に相続・扶養の権利義務は存続するのに対し、特別養子縁組では、養子と実方(養子からみて、自分の自然血族関係にある親族)の父母及びその血族との親族関係は終了することにある。   [2] 普通養子縁組の効果 1 嫡出子の身分の取得・法定血族関係の発生(民809・727) 養子は縁組の日から養親の嫡出子の身分を取得し(民809)、養子と養親及びその血族との間においては、血族間と同一の親族関係が生じる(民727)。 ただし、縁組当時に存在した養子の子(いわゆる連れ子)と養親及びその血族との間においては、血族間と同一の親族関係は生じない。 なお、普通養子縁組では、養子と実親との親族関係は消滅せず、縁組後も相互に相続・扶養の権利義務は存続する。 2 養子の親権者(民818) 養子が未成年者であれば、その親権者は養親である。養親が親権者となることによって実親の親権が消滅するかどうかに関し明文は存在しないが、実親の親権は消滅するというのが多数説である。 なお、配偶者のある者が未成年者を養子とする場合には配偶者とともにしなければならないことから(民795本文)、この場合には共同親権となる。 3 養子の氏(民810) 養子は養親の氏を称することとなる。 ただし、婚姻によって氏を改めた者については、婚姻の際に定めた氏を称すべき間は、養親の氏を称しない(民810ただし書)。 現行民法は夫婦の一方のみが養子となることを認めているため(民796)、例えば婚姻によって夫の氏を称することとなった妻が単独で養親の養子となったとき、養親の氏を称するのではなく、夫の氏(夫婦の氏)を称し続けていくこととなる。 ⇒妻は養子縁組した後も夫の氏(斉藤)を称し続ける。   逆に、この場合の夫が養子となった場合には、本条ただし書の適用はなく養親の氏を称することとなり、夫婦同氏の原則(民750)から妻も養親の氏を称することとなる。 ⇒夫が養子縁組した後、夫婦ともに養親の氏(鈴木)を称する。   4 養子の戸籍(戸籍法18③) 養子は縁組により養親の戸籍に入る。ただし、養親が戸籍の筆頭者及びその配偶者以外の者であるときは、養親について新戸籍が編成され(戸籍法17)、養子はこの戸籍に入る。 5 婚姻障害(民734・735・736) 近親者間の婚姻の禁止、直系姻族間の婚姻の禁止がそれぞれ適用されるだけでなく(民734・735)、離縁による直系血族関係終了後、直系姻族関係終了後においても婚姻は禁止されることとなる(民736)。 つまり、養子縁組によって形成された直系血族間及び直系姻族間での婚姻は、優生学的には禁止する必要がないにもかかわらず、離縁によって終了した後も禁止されることを意味する。 その趣旨は、かつて直系血族関係にあった者の間の婚姻を認めることは親子秩序の権威を損なうこと、直系姻族間でも親子に近い親族的行動様式が存在することから姻族関係終了後であってもこの間の婚姻はかつての関係と矛盾し、ひいては親子秩序の侵害になるとの考えに基づく。 批判も多いが、現行法が採用している立場であり、規定に反した婚姻は取り消しの対象となる(民744①)。   [3] 特別養子縁組の効果 次に、特別養子縁組の効果について解説する。 1 実方との親族関係の終了(民817の9) 養子と実方(養子からみて、自分の自然血族関係にある親族)の父母及びその血族との親族関係は終了する。親族関係の終了により、相続権、扶養の権利義務、面接交渉権その他親族関係の存在を前提として実方の父母及びその血族に生ずるすべての法律効果は発生しなくなる。 ただし、夫婦の一方、例えば夫が妻の嫡出子(特別養子縁組以外の縁組による養子を除く)を特別養子とする場合(連れ子縁組の場合)は、夫のみで縁組をすれば足りるとされているところ(民817の3②ただし書)、このような場合には、夫は養親として妻は実親として夫婦が共同して養子の監護養育に当たることが特別養子縁組の趣旨に合致することから、養子と実方の母(上記例での妻)及びその血族との間の親族関係は終了しない(民817の9ただし書)。 2 離縁の制限(民817の10) 縁組成立後の離縁は、養親の虐待、悪意の遺棄その他養子の利益を著しく害する事由が存在し、かつ実父母に相当の監護能力がある場合に限り、養子、実父母または検察官の請求により家庭裁判所が離縁させることができ、それ以外の場合には離縁できない(いずれの場合も養親からの離縁申立ては認められていない)。 他方、普通養子縁組の離縁については、縁組当事者の協議によって離縁を行うことができるが、協議がまとまらない場合には最終的に裁判による離縁となる(養親からの離縁の申立ては認められている)。 3 養子縁組の一般の効果 特別養子縁組は、養子縁組の特別類型であり、縁組であることには変わりない以上、民法上養子縁組に関する規定は明文で排除されているものや特別養子縁組の規定の趣旨から当然にその適用が排除されるものを除き、特別養子縁組にも適用される。 そのため、養子は縁組の日から養親の嫡出子の身分を取得し(民809)、養子と養親及びその血族との間においては血族間におけるのと同一の親族関係が生じ(民727)、養親の氏を称し(民810。ただし、婚姻によって氏を改めた者については、婚姻の際に定めた氏を称すべき間は養親の氏を称しない(民810ただし書))、養親の親権に服する(民818)。婚姻障害(民734・735・736)についても同様である。 4 戸籍の処理 戸籍の処理に関しては、できるだけ実子と同様の記載がなされる。 すなわち、特別養子が養親と戸籍を異にしている場合には、特別養子縁組の届出によって、まず特別養子について養親の氏で従前の本籍地に新戸籍を編成した上、直ちにその新戸籍から特別養子を養親の戸籍に入籍させる(戸籍法20の3①・18③・30③)。 この場合、できるだけ実子と同様の記載をするという配慮から、「特別養子縁組」、「実父母」、「養子」等の字句は使用せず、特別養子の身分事項欄に「〇年〇月〇日民法817条の2による裁判確定」と間接的に記載されることとなる。 これに対し、特別養子が既に養親の戸籍に在籍している場合には(普通養子を特別養子とするような場合)、特別養子縁組の届出によってその戸籍の末尾に特別養子を記載した上、従前特別養子が記載されていた戸籍の一部を削除する(戸籍法20の3・14③・戸籍法施行規則40③)。 (了)
#125(掲載号)
#米倉 裕樹
2015/06/25
労務・法務・経営 経営

現代金融用語の基礎知識 【第19回】「デビットカード」

現代金融用語の基礎知識 【第19回】 「デビットカード」   事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹   1 デビットカードとは デビットカードとは、それを使って買い物をすると、金融機関の預貯金口座から即座に代金が引き落とされるカードである。キャッシュカードとクレジットカードの中間といった感じのデビットカードだが、まだクレジットカードほど利用されてはいない。   2 クレジットカードとの違い クレジットカードで買い物をすると、後日まとめて代金が請求される。それまでの間、クレジットカード会社から代金分のお金を借りていることになる。そのため、預貯金口座残高とは関係なく、予め設定された限度額の範囲内で利用することができる。 それに対して、デビットカードの場合は、買い物時に預貯金口座から即座に代金が引き落とされ、利用は預貯金口座残高の範囲内に限られる。支払方法も、一括払いのみである。 デビットカードの「デビット(debit)」は「借方」、クレジットカードの「クレジット(credit)」は「貸方」の意味であり、両者は、「利用者への信用の供与の有無」という点で相対立するものなのである。クレジットカードと異なり、デビットカードには利用者への信用の供与がない。そのため、発行に当たっての事前審査は必要とされない。 〈デビットカードとクレジットカードの違い〉   3 デビットカードを持っているか? 「クレジットカードを持っているか?」という問いには、多くの方が「持っている」と答えるかと思うが、「デビットカードを持っているか?」という問いに「持っている」と答える方は少数ではないだろうか。しかし、デビットカードは持っていないと思っている方も、おそらく持っているはずである。 実は、ほとんどの方が持っているはずのキャッシュカードがデビットカードなのである。   4 Jデビットとブランドデビット 利用したことがある方は多くないかもしれないが、実はキャッシュカードで買い物をすることができる。すなわち、キャッシュカード自体がデビットカードであり、これは「Jデビット」と言われるものである。一見すると、便利そうな仕組みなのだが、利用が国内に限られることや、利用可能時間が限られることなどにより、クレジットカードほど利用が進んでいない。 しかし、VISAやJCBのブランドのデビットカードが発行されるようになったことから、状況が変わりそうである。それらのデビットカードは、Jデビットと異なり、世界中で利用するこができ、利用可能時間も限られていない。 デビットカード普及の障害が取り除かれたため、近いうちに日本でもデビットカードがクレジットカードと同様に一般的なものとなるかもしれない。 〈日本のデビットカード〉 (出所) 「日本経済新聞」平成27年3月30日   (了)
#125(掲載号)
#鈴木 広樹
2015/06/25
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9月4日(金)開催:「最旬情報!『生前贈与対策』はこう使う~平成27年度税制改正にともなう4つの活用スキーム~」 お申込み受付を開始しました!

プロフェッションネットワーク主催の「最旬情報!『生前贈与対策』はこう使う~平成27年度税制改正にともなう4つの活用スキーム~」。 9月4日(金)開催のお申込み受付を開始しました! ★セミナー内容の詳細やお申込方法など、くわしくは下記からご覧ください。
#Profession Journal 編集部
2015/06/22
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プロフェッションジャーナル No.124が公開されました!~今週のお薦め記事~

2015年6月18日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.124が 公開されました。 プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布中!   - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
#Profession Journal 編集部
2015/06/18
国際課税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

日本の企業税制 【第20回】「BEPS行動8:価格付けが困難な無形資産」

日本の企業税制 【第20回】 「BEPS行動8:価格付けが困難な無形資産」   一般社団法人日本経済団体連合会 常務理事 阿部 泰久     1 はじめに OECD租税委員会は、6月4日、移転価格ガイドライン改定作業の中で残されていた重要な課題である「BEPS行動8:価格付けが困難な無形資産」に関する公開討議草案を公表した。 公開討議草案は、価格付けが困難な無形資産に係るアプローチを開発するとの行動8の要請に対応し、OECD移転価格ガイドライン第6章D.3の改訂を提案するものであり、わが国の移転価格課税にも重要な影響をもたらすものとなる。 そこで、本稿では、公開討議草案の概要と、その問題点を整理しておきたい。   2 公開討議草案の概要 公開討議草案は、関連者間での一定の無形資産の譲渡(無形資産に係る権利の譲渡を含む)については譲渡時の価格設定が信頼できない、すなわち、比較対象取引がなく、価格付けの基礎となるprojectionその他の情報が納税者の説明に拠らざるを得ず、当局と納税者の間で情報の非対称が顕著であるため、独立企業間であればそのような譲渡については事後的な価格調整メカニズムや契約再交渉メカニズムを講じることもあるとの想定のもと、一定の要件に合致する場合は、譲渡後の結果に基づき、当局による調整メカニズムの発動を許容する。 調整メカニズムの対象となるHTVI(Hard-to-value intangibles)とは、譲渡時に信頼できる比較対象取引がなく、信頼できるprojectionが欠如し又は想定が高度に不確かな無形資産をカバーするものとされ、その具体的な特徴として、以下のような点が示されている。 このような無形資産については、納税者と課税当局の間の情報の非対称が顕著であり、情報の非対称は、価格付けが拠って立つ独立企業の基礎を課税当局が立証する際に直面する困難を悪化させるかもしれない。 結果として、課税当局は、移転後の年度において事後の結果が明らかになるまでは、移転価格目的でリスク評価を行うこと、納税者が価格付けの基礎とした情報の信頼性を評価すること、無形資産が独立企業間と比べ過少又は過大な価格で移転されたかどうかを考慮することが困難である。 このような状況において、課税当局は、移転に係る実際の財務上の結果についての事後の証拠を、事前の価格設定の適切さを決定する際に必要なものと考えるかもしれない。しかしながら、事後の証拠の考慮は、事前の価格付けが基礎とした情報の信頼性を評価するための他の情報がない場合において(そしてない限りにおいて)、そのような証拠を考慮に入れる必要があるとの決定に基づくべきである。課税当局が、事前の価格設定が拠って立つ情報が信頼できるものと確認できる場合は、事後の利益水準による調整は行うべきではない。 事前の価格算定取極を評価する際、課税当局は、独立企業間の価格算定取極(独立企業間であれば取引の時点で締結したであろう条件付支払いの取極を含む)の決定を知らせるため、財務上の結果についての事後の証拠を使用する権限が与えられる。「条件付支払い」とは、支払の量又はタイミング、又は再交渉条項が、将来生じる事象(売上や収益など事前に決定された財務上の閾値、又は事前に決定された開発ステージの達成を含む)に依存する価格算定取極である。 事前の予測と事後の結果に相当の相違(significant difference)がある状況においてのみ、そしてそのような相違が取引の時点で予見可能だった、または予見可能であるべきだった新事態・事象によるものである状況においてのみ、このアプローチが適用されることを確保するため、納税者が次の条件を満たす場合は適用されない。 結果として、財務上の結果に関する事後の証拠は、事前の価格算定取極の適切さを課税当局が考慮する際に関係のある情報を提供するが、納税者が取引の時点で何が予見可能だったのか、何が価格付けに反映されたのか、そして予測と結果の相違につながる新事態が予見不可能な事象から生じたことを納得できるよう証明できる場合には、これらの特別な考慮に基づいた事前の価格算定取極に対する調整は正当化されない。 例えば、財務上の結果に係る証拠が、移転された無形資産を活用した製品の販売が年間1,000に達したことを示している一方、事前の価格算定取極が年間最大でも100にしか達しないとの予測に基づいていた場合、課税当局は売上量がなぜそのように高くなったのか、理由を考慮すべきである。 仮に売上量の増加が、例えば取引の時点で明らかに予見不可能な自然災害や競合他社の予期せぬ倒産に起因する無形資産を含んだ製品への急激な需要の高まりである場合は、事後の財務上の結果以外にその価格設定が独立企業間では生じないことを示す証拠がない限り、事前の価格付けは独立企業間のものであると認識されるべきである。 税務当局は、事後の証拠(譲渡に係る実際の財務上の結果(financial outcome))を、事前の価格設定の適切さを決定する際に必要なものと考えるかもしれないが、事前の価格設定が拠って立つ情報が信頼できるものと税務当局がconfirmできる場合は、事後の利益水準による調整は行うべきではない。 事前のprojectionと事後の結果の相違がsignificantである場合等にのみ、上記アプローチを採用することを確保する必要がある。 また、公開討議草案は、除外規定として以下2つの条件を掲げている。 具体的な事例としては、自然災害や競合他社の突然の倒産に起因する無形資産を含んだ製品への急激な需要の高まり、が示されている。 公開討議草案では、ガイダンスへの全体的なコメントの他、以下の点へのコメントが求められている。   3 公開討議草案の問題点 公開討議草案は、事後の結果から事前の取引価格を引き直すという意味で、後知恵による課税と言わざるを得ず、対策として適切か疑問である。 無形資産の関連する国外関連取引を行う場合、企業としてはその価値測定が困難であるだけに、恣意性を排除すべく、可能な限り多角的な手法による評価を試みている。契約や経営判断、その裏づけとなる納税者による評価は極力尊重されるべきであるにもかかわらず、それが事後の結果により覆されるならば、課税関係は不安定となり、文書化や立証責任に関連する事務負担も増加する。 そもそも、独立企業間であれば必ず価格調整条項を契約に織り込むか、あるいは契約の再交渉を行うかについては議論の余地がある。無形資産が期待した収益を生み出さない場合もある。また、今回の提案は、適用基準が明確・客観的ではなく、当局による拡大解釈の恐れがある。BEPSプロジェクトの各行動計画においてすでに様々な課税強化策が打ち出される中で、このような極めて強力な課税ツールが追加的に採用されることの是非、タイミングの適切さも問われよう。   4 おわりに 今回の提案は踏み込みすぎの印象を受けざるを得ず、今後、移転価格ガイドライン第6章の最終化に際しては、提案されている手法の対象のさらなる絞込みが不可欠である。 経団連としては、公開討議草案に対するコメントを早急に取りまとめるとともに、BIACをはじめ、各国経済団体とも連携して修正を働きかけていきたい。 (了)  
#124(掲載号)
#阿部 泰久
2015/06/18
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