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法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

交際費課税Q&A~ポイントを再確認~ 【第9回】「控除対象外消費税額等を理解する」

交際費課税Q&A ~ポイントを再確認~ 【第9回】 「控除対象外消費税額等を理解する」   公認会計士・税理士 新名 貴則   1 控除対象外消費税額等とは? 消費税額の算定において、仕入税額控除ができない仮払消費税等の額のことを「控除対象外消費税額等」という。 次のいずれかに該当する事業者は、課税仕入に対する消費税額の全額を仕入控除税額とすることができず、そのうちの課税売上に対応する部分のみを控除できる。 この場合、課税仕入に係る消費税額の中に、下図のとおり「仕入税額控除ができない」部分が発生することになる。 税制改正により平成24年4月1日以後に開始する課税期間からは、課税売上高が5億円を超える事業者については、課税売上割合が95%以上であっても控除対象外消費税額等が発生することになったので、注意が必要である。 税抜経理方式を採用している場合、この控除対象外消費税額等について次のとおり特別な処理が必要となる(税込経理方式を採用している場合は必要ない)。   2 資産に係る控除対象外消費税額等 資産に係る控除対象外消費税額等は、次のいずれかの方法により損金に算入する。   3 交際費等に係る控除対象外消費税額等 控除対象外消費税額等が発生する場合、法人税申告書における交際費等の損金不算入額についても特別な処理が必要となる。つまり、交際費等に係る消費税等の額のうちの控除対象外消費税額等に相当する金額についても、交際費等の損金不算入額に加える必要があるのである。 交際費等に係る控除対象外消費税額等に相当する金額の算定方法は、消費税の計算方法が一括比例配分方式である場合と個別対応方式である場合とで異なり、それぞれ次のとおりである。 〈一括比例配分方式の場合〉 〈個別対応方式の場合〉 交際費等に係る消費税額等を次の3通りに区分して算定する必要がある。 よって、上記の①と②の合計額が交際費等に係る控除対象外消費税額等に該当し、法人税申告書における交際費等の損金不算入額に加える必要がある。 《計算例》 【前提条件】 ○交際費等と消費税額等の内訳(単位:円) ○課税売上割合:80% 【計算過程】 ① 一括比例配分方式の場合 交際費等に係る消費税額等250,000円 ×( 1 - 課税売上割合0.8) = 控除対象外消費税額等に相当する金額50,000円 ② 個別対応方式の場合 非課税売上対応の交際費等に係る消費税額等25,000円 + 共通対応の交際費等に係る消費税額等50,000円 ×( 1 - 課税売上割合0.8) = 控除対象外消費税額等に相当する金額35,000円   したがって、一括比例配分方式であれば50,000円、個別対応方式であれば35,000円を、法人税申告書における交際費等の損金不算入額に加える必要がある。 (了)
#36(掲載号)
#新名 貴則
2013/09/19
国税通則 税務 税務・会計 解説 解説一覧

小説 『法人課税第三部門にて。』 【第16話】「源泉徴収に係る所得税の調査(その2)」

小説 『法人課税第三部門にて。』 【第16話】  「源泉徴収に係る所得税の調査(その2)」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   (第14話からの続き) 山口調査官は、困った表情を浮かべながら、田村上席に声をかけた。 「すみません、田村上席。・・・ちょっと教えてもらえませんか」 いつもより丁寧な言葉遣いである。 山口調査官の隣にいる田村上席は、調査報告書を書いている。 「どんなこと?」 田村上席は書くのを止めて、山口調査官の顔を見た。 「あの・・・今、調査に行っている株式会社森本デザインのことなんですが・・・この会社の支払報酬の中にデザイン料があったんです・・・」 山口調査官は、調査で使用するメモ用紙を見ながら話している。 「去年の3月25日に50万円と、7月10日に30万円を田中という人に、デザイン料として支払っているのですが・・・」 山口調査官は、メモ用紙をめくりなから、言葉を続ける。 「・・・ところが森本デザインでは、この報酬に対して、源泉徴収をしていないのです」 話を聞いていた田村上席は、傍らにある「税務六法」を手に取った。 「確かそれは・・・所得税法204条1項1号の「デザインの報酬」に該当するものだね」 田村上席は、確認をする。 「ええ、そうです。それで、その支給を受け取った田中さんという方、個人事業者なんです」 山口調査官は、田村上席に応じる。 「デザイン料の支払先が個人であれば、当然、支払者である森本デザインには源泉徴収の義務があるのだから、こちらで告知処分をすればいいのではないかな」 田村上席は、無造作に答える。 「・・・確かに、そうなんですけど・・・」 山口調査官は、また困った表情をする。 「このデザインの報酬について、受け取った田中さんに確認すると、今年の確定申告で、税金を・・・すでに支払ったと言っているんです・・・」 「確定申告で税金を支払った?」 田村上席は、聞き返す。 「そんなことは、できないだろう」 田村上席の声が大きくなった。 再び田村上席は「税務六法」をめくり、該当する条文を山口調査官に見せながら話をする。 「・・・所得税法120条の・・・1項5号に・・・「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」がある場合には、第3号に掲げる所得税の額からその源泉徴収税額を控除した金額・・・となっているだろう」 田村上席は山口調査官に対して、淀みなく説明を続けた。 「つまり・・・この「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」は、所得税法の源泉徴収の規定に基づいて正当に徴収された又はされるべき所得税の額を意味するもので、もともと所得税法は、その所得の受給者が行う確定申告の際に、源泉所得税自体の過不足額の精算を行うことは、予定していないのだから・・・」 「・・・ということは、田中さんは確定申告において、デザイン報酬に対して税金を支払ったとしても、源泉徴収されなかった税金について、源泉徴収義務者は支払わなければならないということですね」 山口調査官は、ペンをとって、罫紙に図を描いた。 「そうすると、税務署が、デザイン報酬の源泉税に対して告知処分をすると、税務署(国)に二重の税金が入ってくることになりますね・・・これはどのように対処したら良いのですか?」 山口調査官は、自分の描いた図を見ながら質問する。 「・・・同じことを繰り返すようだが、所得税の確定申告を行う者に対して、本来されるべき所得税の源泉徴収がされていない場合又はその税額に不足がある場合であっても、その確定申告の際に、源泉徴収洩れの税額が、同人から直接徴収されることはない。 だから、もともと、受給者である田中という人が間違った確定申告をしているのだから、税務署としては、その間違った確定申告によって、本来なされるべき告知処分ができないということはない」 田村上席は、自信を持って応える。 「すなわち、田中さんがした確定申告については無視すればよいということですね・・・源泉徴収洩れに対する告知処分をするときには・・・」 田村上席は、山口調査官の言葉に大きく頷く。 「・・・もともと、所得税法221条において、徴収義務者(このケースでは森本デザイン)がその所得税を納付しなかったときは、税務署長が、その所得税をその者から徴収することを規定し、さらに、同法222条では、同法221条の規定により徴収義務者が税務署長から徴収された所得税の額の全部又は一部につき源泉徴収していなかった場合には、その徴収をされるべき者(このケースでは田中さん)に対して、その所得税の額に相当する金額の支払いを請求することができることになっている。 そして、国税通則法36条は、源泉徴収による国税でその法定納期限までに納付されなかったものを徴収しようとするときは、税務署長は、納付すべき税額、納期限及び納付場所を記載した「納税告知書」を送達して、納税の告知をしなければならないと書かれている・・・」 田村上席は、「税務六法」の該当条文をひとつひとつ確認しながら、説明していく。 山口調査官は、静かに聞いている。 「・・・それと、ついでに言うと、源泉所得税の納税義務は、源泉徴収をすべきものとされている所得の支払いの時に成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものなんだ」 田村上席が、国税通則法15条を山口調査官に見せる。 山口調査官は、その条文を見詰めながら、うなずく。 「租税法律主義の中にある「合法性の原則」というのを知っているだろう・・・われわれ税務職員は、法律で定められたとおりの税額を徴収する義務があるのだから・・・」 田村上席は、笑みを浮かべながら、山口調査官の顔を見た。 山口調査官は、まだ疑問があるような表情を浮かべている。 (次回につづく)
#36(掲載号)
#八ッ尾 順一
2013/09/19
税務 税務・会計 解説 解説一覧 財産評価

鵜野和夫の不動産税務講座 【連載6】「路線価図の読み方(3)」

鵜野和夫の不動産税務講座 【連載6】 路線価図の読み方(3)   税理士・不動産鑑定士 鵜野 和夫   (一) 不整形地の評価は 図表1(ア) 不整形地(袋地)の例 図表1(イ) 想定整形地(甲+乙) ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます(国税庁ホームページへ)。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます(国税庁ホームページへ)。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。   (二) 無道路地の評価は 図表2(ア) 無道路地の例 図表2(イ)  図表2(ウ)    (三) 狭い通路で建築基準法等の接道条件を満たさない場合は   (四) 開設道路の最低幅員は (了)
#36(掲載号)
#鵜野 和夫
2013/09/19
法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載36〕 株式の種類を変更した場合の種類資本金額の取扱い

〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載36〕 株式の種類を変更した場合の 種類資本金額の取扱い   日本税制研究所研究員 朝長 明日香   Q 当社は、既存の普通株式の一部を別の種類の株式に変更することとしましたが、この場合、当社の税制上の種類資本金額をどのように処理することとなるのかということをご教示下さい。 種類資本金額について定めた次の法人税法施行令8条1項17号ロ及び2項の規定は、種類株式の新規発行のみに対応するものとなっており、株式の種類の変更には対応していないように思われます。 A 普通株式の一部を別の種類の株式に変更する場合にも、種類資本金額を計上することとなる。 この種類資本金額の計算方法としては、種類を変更した株式の数の割合による方法、そして、種類を変更しなかった株式の時価と種類を変更した株式の時価の割合による方法とが考えられる。 解 説 1 法令の規定の確認 最初に、ご質問の法人税法施行令8条1項17号ロと2項(資本金等の額)の規定を確認しておくこととする。 ご指摘のように、これらの規定を見る限り、株式の種類の変更があった場合に「種類資本金額」をどのように取り扱うのかということに関しては、言及されていない。上記の法人税法施行令8条2項の規定の前半の下線部分は、「交付」に係る金額であり、後半の下線部分は、株式の種類の変更に関する処理は含んでいない。 このため、法人税法施行令8条2項の規定を文言どおりに読む限りは、株式の種類を変更しても「種類資本金額」の異動はない、ということになる。   2 創設理由の確認 次に、この種類株式に係る取扱いがどのような趣旨によって創設されたのかということを確認しておくこととする。 『平成18年度 税制改正の解説』(財務省)においては、この取扱いを設けた理由に関して、次のように、図を付して説明している。 (『平成18年度 税制改正の解説』(財務省)251頁) この説明の「諸々の指摘」がどのような内容のものであるのかということは、必ずしも明らかではないが、上記の図から推測すると、普通株式とは異なる種類の株式の出資者が出資を行った後にその株式を発行法人に買い取らせた場合に、本来は、その買取価額の大部分を出資金額の戻りとするのが適当と考えられるにもかかわらず、普通株式の株主がその株式を発行法人に買い取らせた場合と同様に、みなし配当が多額に計上されることとなってしまう、という問題があったことがこの取扱いを設けた理由となっている、と考えられる。   3 解釈の検討 この取扱いの法令の規定と創設理由は上記のとおりであるが、以下、これを踏まえて、ご質問の検討を行うこととする。 上記の法令の規定と創設理由を見て、まず、明確に確認できることは、既存の株式と種類の異なる株式を新たに発行した場合には、その新たに発行した株式に対応する種類資本金額を計上することとなるということである。 これには、異論はないはずである。 しかし、既に述べたとおり、上記の法令の規定には、既存の株式の一部を種類の異なる株式に変更した場合の取扱いに関する定めは全く存在せず、上記の創設理由にも、そのような取扱いに関して言及した部分はない。 このため、上記の法令の規定に関して述べたとおり、既存の株式の一部を種類の異なる株式に変更した場合には、種類資本金額が異動することはないのではないかという疑問が湧いてくることとならざるを得ない。 しかし、上記の創設理由が、本来は株式の買取価額の大部分を出資金額の戻りとするのが適当と考えられるにもかかわらず、それによってみなし配当が多額に計上されることを防止するということであるとしたら、株式の種類の変更の場合には種類資本金額の異動がなくてもよいということにならないことは、明らかである。 また、仮に、株式の種類の変更の場合には種類資本金額に異動がなく、株式の発行の場合には種類資本金額に異動がある、ということになれば、結果にほとんど相違のない行為について、税制上、全く異なる取扱いをする、ということになってしまう。 このような点からすると、株式の種類の変更の場合にも、法令の規定の趣旨からして、種類資本金額の異動があると解するのが適当と考えられる。   4 種類資本金額の計算 株式の種類の変更の場合にも種類資本金額の異動があるということであれば、次に、その金額がどうなるのかということが問題となる。 これに関しては、まず、既存の株式の一部を種類の異なる株式に変更するという場合には、その変更前の株式の時価とその変更後の株式の時価とが同一でなければ、株主間において寄附金=受贈益という問題が生ずる可能性がある、ということを確認しておくこととする。 このように株主間で寄附金=受贈益という問題が生ずるような場合には、種類資本金額に関しても、それぞれの個別事情をよく勘案してその取扱いを個々に検討することが適当と考える。 このため、ここでは、種類の変更の前後の株式の時価が同一であるという前提で検討を進めることとする。 既存の株式の一部の種類を変更し、その変更した株式に対応する種類資本金額を計算するということになった場合には、その計算方法として、資本金等の額に種類を変更した株式の数の割合を乗じて種類資本金額を算出するという方法と、種類を変更しなかった株式の時価と種類を変更した株式のその変更後の時価との割合に応じて資本金等の額を按分してその種類を変更した株式に対応する種類資本金額を算出するという方法の2つがある、と考えられる。 この2つの方法に関しては、株式の種類の変更が実質的には新たな種類の株式の発行と同様の効果があることを考慮すると、前者の方法よりも後者の方法に妥当性があると考えられるところであるが、種類の変更の前後の株式の時価が同一であるということであれば、2つの方法のいずれによるとしても、結果は同じ、ということになる。 ご質問のケースに関しては、以上の点を参考として、種類資本金額の計算を行っていただければ、税制上の問題は生じないこととなる、と考えられる。 (了)
#36(掲載号)
#朝長 明日香
2013/09/19
会計 税務・会計 解説 解説一覧

会計リレーエッセイ 【第9回(後編)】星野佳路氏インタビュー「経営者から見たクリエイティブな財務戦略とは」

会計リレーエッセイ 【第9回(後編)】 星野佳路氏インタビュー 「経営者から見たクリエイティブな財務戦略とは」   株式会社星野リゾート 代表取締役社長 星野 佳路   (インタビュー前編は[こちら]) ――スケールメリットの拡大とREITの活用 ホテルの運営会社に必要な「運営力」には、いろいろな仕組みや人材の力などがありますが、そういった中の重要な要素の1つにスケールメリットがあります。つまり「何件運営しているか」ということです。 星野リゾートの現在のステージとしては、できるだけ早くこの運営件数を伸ばしていくことが重要なステージだと考えています。 私たちの手がけている32の施設では今、「星野リゾート」を何度も利用して下さるリピーターが増えてきていて、それを今後一層増やしていくためにも、早く運営規模を伸ばしていくことが重要です。そう考えたときに、REITのような安定したオーナーを持つことが非常に重要になっています。 もちろんREITの場合には競争力のあるしっかりした施設で、さらに利益が出ている状態にしないと組み込めませんので、その段階に持っていくまでは自分たちで所有せざるを得ません。 ですから、どうやっていち早く良い案件を手に入れ、そこに競争力が高まるような追加投資を行い、できるだけ短期間で安定した収益が出るようにしてREITのようなオーナーに組み込んでもらうか、または所有してもらうか。投資家に対して、そのような選択をしていく必要があると考えています。   ――新しいREITのあり方 日本のREITを見ていると、「REITを組み込むことがゴールになっているREIT」が多いのではないかと思います。もちろん、売り側にとっては、安く買ったものを高く売るという動機が当然働くのはわかりますが、私たちの場合、組み込んでもらうのはスタートでしかありません。結果的にそれをリースして私たちが運営し続けるわけですから、REITへの組み込みそのものは決してゴールではないのです。 REITが大きくなるということは私たちの運営力がついてくることですし、運営力がつくということは、REIT側にとっては自分の所有する資産全体の効率が上がることになります。私たち星野リゾートの場合はそういった相乗効果が効く構造になっていますので、物件の価値以上に高く売ろうという動機が全くありません。高く売ると高くリースしなければならず、そうすると逆に収益が圧迫されてしまいます。 私たちは不動産を売ることでのキャピタルゲインを最大化することが目的ではなく、運営し続けることによって、運営から上がってくる利益を得ることが私たち運営会社の利益になります。 このように、REITに組み込んでもらったときをゴールとして縁が切れるのではなくて、縁が始まるスタートだというのは、今までのREITのあり方と全く違う要素だと思います。 私たちが運営力を下げることはREITにとって大問題であり、逆にREITの規模が大きくなることは、私たちの競争力を増してREITの案件全体にとってプラスになるという、この相乗効果をいかに働かせていくか。そのような構造になっているところが、今回のREITの特徴だと思っています。   ――再生案件のファイナンシング 再生案件については、今まで数多く手がけてきた中で「これはいけるな」と感じる瞬間というのはやはりあって、それは「オーナーが施設への追加投資を自信を持って出して下さった瞬間」です。 というのは、どの施設も施設面の投資や修正というのはどうしても必要なのですが、オーナーからすると「現状でも赤字なのに、施設への追加投資はとてもできない」というご意見もいただきます。 そこで私たちは、まず施設への投資がない状態で、収益を改善します。売上を上げて、施設の収益を改善したところで、「さらに改善するにはやはり施設の投資が必要です」とオーナーに依頼します。そうするとオーナーは、売上が上向きになってきていることで自信を持って投資して下さいます。 ただその際のファイナンシングは、オーナーによって異なります。収益を少しずつ上げて、オーナー自身が投資できる環境に持っていける場合は良いのですが、やはりそうはいってもオーナー個人で投資できない場合もあります。そのようなときも、やはり実績を上げて、良くなっているという兆候をお見せし、その後、金融機関を説得いたします。ここで融資することによって、より多いリターンが見込めるということを感じていただきます。 このような場面では、経営企画の担当者だけでなく、会計士の方にも一緒に取り組んでいただき、クリエイティブに対応して下さっています。   ――ノウハウの蓄積と星野リゾートのブランディング 再生案件が20件を超える頃までは、私たちは一件一件個別の対応策を打っていました。ですが、企業としての再生に関するノウハウが蓄積されてきたことで、当初に比べて「この案件にはこのように手を打てばいい」ということをより自信を持って提案できるようになってきています。 さらに、「星野リゾート」というブランド力が以前に比べて強くなってきていますし、集客に関しても自信が持てるようになってきていますから、案件の再生スピードは以前より速くなっていると思います。 ブランド力に注力したのは2009年くらいからで、当初は多勢のオーナーの理解を得るのに大変時間がかかりましたが、今までの4年間の成果は非常に大きかったと思っていますし、それはオーナーにとってもプラスになっていると思います。ブランディングの効果が出たことで、今では「星野リゾートが運営しています」と言うことによって、集客が徐々に上がってきました。 また、星野リゾートではホームページからの予約を一括管理しています。現在はホームページからの予約が全体の3~4割ありますので、ホームページのプラットフォームに載せることで、どれくらいの集客が見込めるかがすぐにわかるようになっており、これによって売上の増加分の目安がつくと、当然収益の改善の予測がしやすくなっているという点も過去と随分違うところです。   ――総支配人に求めるもの 個々の施設の運営のもう少し細かい部分、総支配人についてのお話を少しすると、経験上、私が総支配人にとって一番重要だと思うのは「他のスタッフとのコミュニケーション力」です。経営のノウハウ的なものは、それほど大したことではないと思っています。 彼らはほとんどの場合、現場の経験をしていますから、現場のサービスはできるし、接客もできるし、顧客満足度調査に必要なノウハウについても、先ほど申し上げたとおりすでに仕組みとしてあるので、それも使いこなせます。今は本部のサポート機能もしっかりしていますから、例えば「食材原価が高くなって困っている」などというときには、本部にその旨を相談すれば専門の部隊が行って解決することができます。 一方で、過去に総支配人に任命し、結果的にあまりうまく組織運営ができなかったようなケースを見ると、やはりコミュニケーションの不足による組織全体の規律の乱れや、反発などが大きな原因であることがあります。ですから、スタッフ、社員に対してコミュニケーションがしっかりとれる人というのは、見ていてとても安心感があります。 「総支配人でなければできないこと」というのは、「この夏のシーズンは忙しいけど、みんな頑張ろう!」と、夏の前に会議をしてコミュニケーションをとったり、少し悩んでいるスタッフのフォローをしたり、また時にはスタッフを叱責したり、きめ細かく日々の状況を見ながらスタッフに対応できているかどうかが、やはり一番大きいと思います。 ざっくばらんに話す、会社情報をオープンにして、悩みを聞いて的確に対応して、社員間の軋轢が起きないような組織運営をする。そこが総支配人に求められる一番重要なところだと思っています。 そのためには年齢よりも人間性が重要で、コミュニケーションがとれるか、人に好かれるかどうかということが大切なところです。普段は面白おかしいことを言っていても、熱い人間でスタッフから共感度が高く、社員からの支持は厚い、そのようなタイプの総支配人がいたり、また別のタイプで、とてもきめ細かくスタッフ一人一人の家庭の事情まで把握して、楽しく、長く働ける環境を提供するのが得意な総支配人もいます。 特に地方の施設ですと、やはり人材の確保というのは大変ですから、スタッフの離職率を低くして長く働いてもらえるようにすることは、総支配人の最大の仕事と言っても過言ではないと思います。   ――経営者として、財務担当や会計士に求めること 最後に、現場ではなく財務部門、また財務部門に力を貸して下さっている会計士の方に求めたいこと、ということで少しお話すると、私は、財務部門や経営企画の担当者にはよく「ゼロベースで物を考えよう」と話しています。 これはやってはいけないとか、これはやらなきゃいけないとか、今までこうしてきたからこうしなければいけない、という固定観念に縛られていると、どうしても考えられる範囲というのは限られてしまいます。ですから常にゼロベースで、今までの方針を1回忘れて物を考えるように、ということをお願いします。 会計士の方も、その担当者と同様、常に一緒のチームの一員だと私たちは思っていますので、同じようにクリエイティブに、今までのやり方にこだわらない新しい大胆な発想や提案をどんどん出していただきたいと思っています。 特に会計の世界は、見方や解釈の仕方や当てはめ方によって結果が異なることがあると思いますが、そこをこれまでと違った視点で考えるとこんな面白いことがありますよ、というような提案をしていただけるかどうかが、とても大きいと思っております。 提案を何でも常に前向きに受け入れるのが星野リゾートの文化だと思っていますし、そういった提案をどんどん受け入れていくことで、さらに会社として成長していける、そう思います。 (了)
#36(掲載号)
#星野 佳路
2013/09/19
会計 税効果会計 税務・会計 解説 解説一覧 財務会計

税効果会計を学ぶ 【第18回】「連結財務諸表における税効果会計の取扱い③」~未実現損益に係る一時差異

-お知らせ- 適用指針等を織り込んだ最新版の『税効果会計を学ぶ』が好評連載中です。   税効果会計を学ぶ 【第18回】 「連結財務諸表における 税効果会計の取扱い③」 ~未実現損益に係る一時差異   公認会計士 阿部 光成   連結財務諸表における税効果会計として、連結会社相互間の取引から生ずる未実現損益の消去に関する一時差異を取り上げる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 未実現損益に係る一時差異に関する基本的な考え方 「連結財務諸表における税効果会計に関する実務指針」(以下「連結税効果実務指針」という)3項では、「連結会社相互間の取引から生ずる未実現損益の消去」から連結財務諸表固有の一時差異が生ずることを述べている。 税効果会計基準で採用した方法は資産負債法である(「税効果会計に係る会計基準の設定に関する意見書」三)。 資産負債法は、残高項目に着目し、会計上の資産又は負債の金額と税務上の資産又は負債の金額との間に差異があり、会計上の資産又は負債が将来回収又は決済されるなどにより当該差異が解消されるときに、税金を減額又は増額させる効果がある場合に、当該差異(一時差異)について、税効果を認識する方法である。 しかしながら、連結税効果実務指針では、未実現損益に係る税効果会計の取扱いについては、資産負債法の例外として取り扱うとしており、繰延法の考え方に基づいている(連結税効果実務指針12項、46項)。   Ⅱ 未実現利益に係る一時差異 1 会計処理 資産の売却元で発生した税金額を繰延税金資産として計上し、未実現利益の実現に対応させて取り崩す(連結税効果実務指針13項)。 少数株主が存在する場合の未実現損益の消去に係る法人税等調整額は、未実現損益の消去額に対応して親会社持分と少数株主持分に配分する(連結税効果実務指針17項)。 【設例】 ① 未実現利益の消去仕訳は次のとおりである。 (X1年)  (注) 未実現利益消去に伴う少数株主損益額:400×(1-80%)=80 ② Χ1年の税効果の仕訳は次のとおりである。  (注) 400×40%=160  (注) 160×20%=32 2 税率 連結税効果実務指針は、未実現損益の発生年度における売却元の税率を適用する考え方を採用している(連結税効果実務指針46項)。 資産の売却元で発生した税金は確定した金額であるので、繰延税金資産の計上額は、売却元において未実現利益の金額に対して売却年度の課税所得に適用された法定実効税率を使用して計算した税金の額となる(連結税効果実務指針13項)。 売却元に適用される税率がその後改正されても、未実現利益に関連して認識し測定した繰延税金資産は、その税率変更の影響を受けることがないため、個別税効果実務指針19項の適用はない。 つまり、売却元の連結会社に適用されている税率がその後改正になっても、売却元での課税関係は完了しているため、当該税率変更に伴う繰延税金負債額又は繰延税金資産額の見直しは行われないことになる。 3 未実現利益に係る一時差異の認識の限度 未実現利益の消去に係る将来減算一時差異の額は、売却元の売却年度における課税所得額を超えてはならない(連結税効果実務指針15項)。 これは、未実現損益の消去に係る一時差異は、必ずしも連結消去手続上の未実現損益の消去額によるのではなく、売却元における売却年度の課税所得の額(未実現損益に関連する一時差異の解消額を除く)を上限とする制限である。 当該制限は、①当該税効果額は売却元が実際に支払った金額又は支払税金が軽減された金額と、②未実現損益に関連する一時差異の解消に係る税効果、との合計額又は差引額を限度としなければならないという考え方に基づいている(連結税効果実務指針47項)。 4 未実現利益の消去に係る繰延税金資産の回収可能性 未実現利益の消去に係る繰延税金資産の回収可能性については、他の繰延税金資産とその性格が異なることから、個別税効果実務指針21項の判断要件は適用しない(連結税効果実務指針16項)。   Ⅲ 未実現損失に係る一時差異 1 会計処理 連結手続上、連結会社相互間の取引から生じた未実現損失が消去された場合には、未実現利益の消去の場合と同様に連結財務諸表固有の一時差異が発生する。 連結手続上、消去された未実現損失に係る税効果は、売却元で課税所得の計算上、未実現損失が損金処理されたことによる税金軽減額を繰延税金負債として計上し、当該未実現損失の実現に対応させて取り崩す(連結税効果実務指針14項)。 2 未実現損失に係る一時差異の認識の限度 未実現損失の消去に係る将来加算一時差異の額は、売却元の当該未実現損失に係る損金を計上する前の課税所得額を超えてはならない(連結税効果実務指針15項)。 (了)
#36(掲載号)
#阿部 光成
2013/09/19
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経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第19回】工事契約会計③「工事損失引当金の会計処理」

経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第19回】 工事契約会計③ 「工事損失引当金の会計処理」   仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広   〈事例による解説〉 受注から完成・引渡しまでの請負金額、原価予算及び発生原価は以下のとおりです。 〈会計処理〉 ① ×1年3月期の会計処理  (*1) 1,000百万円×180百万円/900百万円=200百万円  (*2) 諸口には材料費、労務費、経費等が含まれます。 ② ×2年3月期の会計処理  (*3) 1,000百万円×770百万円/1,100百万円-200百万円=500百万円  (*4) △100万円(*5)-△70百万円(*6)=△30百万円  (*5) 工事全体の損失見込額:1,000百万円-1,100百万円=△100万円  (*6) 既に計上した工事損益:(200百万円-180百万円)+(500百万円-590百万円)=△70百万円 ③ ×3年3月期の会計処理  (*7) 1,000百万円-(200百万円+500百万円)=300百万円 〈会計処理の解説〉 本事例における工事契約は、×2年3月期において最終的に損失になると見込まれたため、損失が見込まれた期に工事損失引当金を計上する必要があります。 この工事から発生すると見込まれる損失は△100万円です。ただし、損失が発生すると見込んだ時点までに、既に計上している損益がありますので、これを控除した残りを工事損失引当金として計上します。 ×2年3月期までに計上された損益は、以下のとおりです。 ×2年3月期において、将来、追加的に発生すると見込まれる損失は、この工事から発生すると見込まれる損失△100万円から、既に計上している損失△70百万円を控除した△30百万円です。したがって、×2年3月期に計上すべき工事損失引当金は30百万円となります。 ×2年3月期に計上した工事損失引当金は、×3年3月期において戻入処理を行います。以下は、工事損失引当金を戻し入れる前の累計損益です。 この工事から発生した損失は△100百万円ですが、工事損失引当金を戻し入れる前においては、売上総利益の累計が△130百万円となっています。これは、×3年3月期に発生する損失を、既に×2年3月期に取り込んでいるためです。これを解消するために、×3年3月期では工事損失引当金30百万円を戻入処理します。 工事損失引当金の戻入処理を行った後の累計損益は、以下のようになります。 ×2年3月期に将来の損失を既に取り込んでいるため、工事損失引当金を戻し入れることで、工事が完成した×3年3月期の売上総利益はゼロになります。また、累計損益が△100万円となり、この工事から発生した損失△100万円が会計上も適切に表現されることとなります。 (了) ※10月は減損会計を取り上げます。
#36(掲載号)
#大川 泰広
2013/09/19
労働基準関係 労務 労務・法務・経営

活力ある会社を作る「社内ルール」の作り方 【第3回】「会社の企業統治のステップ」

活力ある会社を作る 「社内ルール」の作り方 【第3回】 「会社の企業統治のステップ」   特定社会保険労務士 下田 直人   〈企業統治法は繰り返す〉 企業統治には、次のようなステップがあると考える。 単体の企業もこのステップを踏むし、日本だけでなくグローバルで大括りにした場合でも、俯瞰してみると同じステップを踏んでいるのではないかと思う。 そのステップとは、以下のようなものである。 最初の[ステップ1]では、経営者自身の考えや、なんとなく社内に出来上がった文化や風土に皆が従い、企業が統治されていく。この段階では、経営者と従業員との間の距離も近く、従業員間の距離も近いため、特段明文化されたものがなくても、なんとなく阿吽の呼吸ですべてがスムーズに動いていく。 ある意味、経営者の顔を見ながら従業員が働くことにもなるのだが、距離が近く、「社長の喜ぶこと、嫌がること」が予測できるため、特段問題が生じない。 しかしこの状況も、従業員数が増えてくると話が変わってくる。 経営者と従業員一人ひとりの距離が遠くなり、阿吽の呼吸では考えが伝わらなくなる。また、人が増えることにより様々な価値観の人が増え、それに伴いいろいろな主張をする人が出てくる。特に中小企業の場合は中途採用が多いため、前職でのルールが世の中の常識だと思い入社してくる人が多い。つまり、みんなが自分のやり方が最も常識的なやり方だと思い行動するので、トラブルにつながるケースが多い。 そうなると、ルールを作り、明文化し、そのルールで統治していくという方法を企業は選択するようになる。ルールブック、つまり就業規則を拠り所として社内を統治していくのだ。これが上記の[ステップ2]である。 このようにして社内を統治していくと、体系的、論理的な管理ができ、しばらくの間はうまく統治ができる。 しかし、これが行き過ぎると、前回まで述べてきたような「限界」に突き当たる。 ルールは作っても想定外の事態が生じる。すると、「それに対応するための新たなルール」が作られることになる。つまり、きりがない世界に突入し、就業規則はどんどん厚くなる。 本来はルールを知り、それが守られることによって企業統治するものだったのに、ルールが厚くなることで理解することが不能となり、「問題が起きた時に処分をするためのルール」へと変わってしまう。 そして、ルールが細かく決められれば決められるほど、ルールに書いていないから「やらない」、ルールに定めがないから「やってもいい」という杓子定規で、頭で考えない集団が出来上がっていく。つまり、「ルールを考える一部の人」と、「ルールに則って何も考えない大多数の人」という図式が出来上がってしまうのだ。こうなると、スピードが要求される世の中で生き残っていくのは非常に苦しくなってしまう。 そこでまた、本連載の趣旨である、上記の[ステップ3]「価値観を中心として企業を統治していくフェーズ」に入ってくる。 ただし、これは昔(ステップ1)に戻ったわけではない。今度は、なんとなく出来上がった文化ではなく、企業が戦略的に「自社が大切にする価値観」を明確にして、それに基づいた企業文化をデザインしていくことになる。 つまり、価値観といった曖昧なもので統治する時代が再び到来するのだが、そのレベルは以前より上がっているのだ。 これは、ヘーゲルの弁証論の考え方からもある程度予想ができる。私自身、弁証論を真剣に勉強したことはないが、田坂広志氏が『使える弁証法』(東洋経済新報社・2005年)という書籍の中で「螺旋階段的発展の法則」として解説されている。 私が理解したなりに簡単に説明すると、「物事は螺旋階段のように発展する」ということである。螺旋階段を上から見ると、円であるから同じところに戻ってきたように見える。しかし、横から見ると、同じところには来ているのだが、その時はひとつ上の階に上がっている。つまり、物事は同じところに戻ってくるが、その時はひとつ上のレベルで繰り返されるということだ。 例えば、通信手段で考えると、昔は「手紙」という文字を書いて送るのが通信手段であった。これが、「電話」という音声での手段に変わった。そして、現在では「電子メール」という、再び文字の文化に変わっているのである。しかし、そのレベルは以前より上がっている。 実は、企業統治もこのようなステップを踏んでいるのだと私は考えている。 冒頭に述べたように、このような流れは1つの企業の中でも展開されるが、日本やグローバルといった大きな視点で見た場合も同じことがいえると思っている。 実際に、IBMが世界64ヶ国1,700人のCEOを対象に調査をしている「global ceo study 2012」によると、好業績企業のCEOが注力している取組みのひとつとして、「価値観の共有を通じて従業員に権限を委譲する」ことが挙げられている。 この中には具体的に、次のような記述も見受けられる。 このように、一企業ではなく、グローバルなマクロの世界で見たときも、「企業文化や価値観による統治」へ時代がシフトしようとしているのではないかと考えている。 (了)
#36(掲載号)
#下田 直人
2013/09/19
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競業避止規定の留意点 【第3回】「競業避止義務と職業選択の自由」

競業避止規定の留意点 【第3回】 「競業避止義務と職業選択の自由」   特定社会保険労務士 大東 恵子   競業避止義務が有効であるか否かの判断基準は、前回紹介した《判例》のように、ケースバイケースにより判断される。競業避止義務の有効性の根拠は「企業と労働者の間の契約関係によるもの」とする考え方が一般的である。 そこで、会社が取り得る事前措置としては、就業規則や契約書に、退職後も会社の営業機密を使用・開示してはならない旨の禁止・違反した場合の措置(使用者の差止請求や損害賠償請求)を設けておく方法がある。 この裏返しとして、退任後や退職後に競業を禁止する特約が有効かどうか、という問題がある。 一般に、日本においては憲法における「職業選択の自由」(憲法22条1項)が保障されていることから、 と判示されている。 退職後の競業避止契約の有効性について、「フォセコ・ジャパン・リミテッド事件(奈良地裁・昭和45.10.23)」が、初めて判断基準を明示したリーディング・ケースといわれている。 フォセコ・ジャパン・リミテッド事件 (奈良地裁・昭和45.10.23) 〔事件のあらまし〕 原告である元使用者は、各種冶金用副資材を製造・販売する企業。 その元の労働者である被告2名は、研究部に所属し、「労働者1」は工場で製品管理を担当し、「労働者2」は鋳造本部で販売業務に従事して退職。退職の際に、退職後2年間の秘密漏洩禁止と競業避止の特約を結んでいた。 退社後まもなく、業務内容や顧客が競合する同業他社に就職し、取締役に就任した。元使用者は、各特約に違反したとして、元従業員らに「競合行為の差止め」を求めた。 〔判決〕 労働者側敗訴(会社の差止申請容認)。 競業避止の特約は、労働者から生計の途を奪い、その生存を脅かすおそれがあると同時に、職業選択の自由を制限するから、特約の締結に合理的な事情がないときは、社会秩序(公序良俗)に反して無効である。 一方、その会社だけが持つ特殊な知識は、一種の客観的財産であり、営業上の秘密として保護されるべき利益である。そのため、一定の範囲において労働者の競業を禁ずる特約を結ぶことは十分合理性がある。営業上の秘密としては、顧客等の人的関係、製品製造上の材料・製法等に関する技術的秘密等が考えられる。これらを保護するため、使用者の営業の秘密を知り得る立場にある者に秘密保持義務を負わせ、また、秘密保持義務を担保するために退職後における一定期間、競業避止義務を負わせることは適法・有効である。 この事件では、元従業員は客観的に保護されるべき技術上の秘密を持っており、また元従業員らは、企業の営業の秘密を漏洩するか、しうる立場にあるから、企業は特約に基づいて、元従業員らの競業行為を差し止める権利を有する。競業制限の合理的範囲を確定するに当たっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、使用者の利益(企業秘密の保護)、労働者の不利益(転職・再就職の不自由)を考えて慎重に検討する必要がある。 この事件では、制限期間は2年間という比較的短期間であり、制限の対象職種は営業目的と競業関係にある企業であって特殊な分野であることを考えると、制限の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これは元従業員の営業の秘密が技術的秘密である以上はやむを得ない。退職後の競業制限に対する代償は支給されていないが、在職中に機密保持手当が支給されていたことを考えると、この事件の競業制限は合理的な範囲にある。 会社実務において極めて影響力の大きい判決である。退職後の秘密漏洩禁止と競業避止など、該当従業員や役員・役職などにより機密情報に接近する度合いなどをもとに内容を手厚くし、個別の事案ごとに詳細な検討が不可欠である。 (了)
#36(掲載号)
#大東 恵子
2013/09/19
労務・法務・経営 法務

婚外子相続差別に係る最高裁違憲決定がもたらす影響

婚外子相続差別に係る 最高裁違憲決定がもたらす影響   クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎   第1 はじめに──ついに下された法令違憲決定 憲法問題の中には、専門家の間でも考え方が激しく対立しているのみならず、同一の争点につき、最高裁判所が長年にわたり繰り返し法的判断を示す場合がある。 その一つのテーマが、いわゆる婚外子(非嫡出子)の法定相続分の問題、すなわち、戸籍上の婚姻関係がない男女間の子(嫡出でない子)の相続分を嫡出子の半分と規定する民法900条4号ただし書(以下「本件規定」という)が、憲法14条1項に違反するかという問題である。 最高裁判所は、平成25年9月4日、上記の問題につき、本件規定が憲法14条1項に違反し無効であるとの決定をついに下した(以下「本件決定」という)。 最高裁判所が、法令自体を違憲と判断したのは本件で9件目であり、同一の争点に関して合憲有効と判断した最高裁平成7年7月5日大法廷決定を変更した。 本稿においては、社会的にも広く報道された本件決定の判示内容を簡潔に紹介するとともに、今後の相続実務への影響についても概観する。   第2 本件決定の判示内容 本件決定が判示した内容は、以下の2点である。 [判示1] 本件規定が憲法14条1項に違反して無効であること まず、本件規定の憲法適合性につき、過去の最高裁判所自身の判断を変更し、憲法14条1項(法の下の平等)に違反し無効とした。 その論理構造は、以下のとおりである。 図1 実際の決定書から引用してみる。   [判示2] 先例としての事実上の拘束性について ──違憲判断が遡及しないこと 上記のように、「遅くとも平成13年7月当時において」、本件規定が違憲無効であったとすれば、平成13年7月以降に発生した相続について、たとえ既に当事者間で遺産分割協議が成立していたり、家庭裁判所の審判が確定していたとしても、それは無効な民法規定を前提とした法律関係であるとして、遡って無効になるとも考えられる。 本決定は、この点につき以下のように判示し、本決定の違憲判断は、既に確定的なものとなった法律関係に影響を及ぼさない、つまり、違憲判断の効力は遡らないという重大な原則を明示した。 図2 なお、本決定には、[判示1]に関して金築裁判官及び千葉裁判官の補足意見が、[判示2]に関して岡部裁判官の補足意見が付されている。   第3 今後の相続実務への影響 以上のような判断を下した本決定は、今後の相続実務にどのような影響を及ぼすだろうか。 (1) [判示1]が与える影響 まず、[判示1]については、比較的明確である。 本件規定が違憲無効と判断された以上、従来のように非嫡出子の相続分を嫡出子の半分とする取扱いは許されず、あくまでも両者ともに同一の法定相続分を有する者として取り扱われる。 法定相続分は、遺産分割協議や家事調停の申立て、そして生前における遺言内容を検討する際の考慮要素となる等、すべての相続問題の出発点となる。そのため、本件規定が無効とされたことには十分注意が必要である。 同様に、相続税の申告に際して、申告期限が迫っても相続人間で遺産分割協議がまとまらない場合には、未分割の状態で法定相続分に従った割合にてひとまず申告する例がある。この場合にも、法定相続分の計算において、上記と同じ点を注意する必要がある。 なお、一部報道によれば、政府は本件規定につき速やかな法改正を目指すとしているようである。 (2) [判示2]が与える影響 より複雑な問題を抱えるのは、[判示2]についてである。 以下、場合を分けて整理してみる。 まず、「Ⅰ 本決定により明示された事項」は、次のとおりである。 ①本決定以降に発生する相続については、非嫡出子も嫡出子と同一の法定相続分を有するものとして取り扱われる。 そして、②本決定時に、既に本件規定を前提とした遺産分割審判やその他の裁判が確定していたり、遺産分割協議その他の合意等により法律関係が確定していた場合には、本決定を理由にそれらを覆すことはできない。 逆にいえば、③平成13年7月から本決定までの間に発生した相続においても、本決定の時点において、未だ遺産分割審判やその他の裁判が確定せず、遺産分割協議等が未だ合意に至らず、法律関係が確定していない場合には、本決定を援用し、非嫡出子でも嫡出子と同一の相続分を有するものとして今後の審判手続や分割協議を進めていくことになる。 これらは、相続開始により法律上当然に法定相続分に応じて分割される可分債権(例:銀行預金)又は可分債務(例:借入金債務)の処理においても同様である。 他方で、「Ⅱ 本決定が直接判示せず、今後の取扱いにつき未確定な事項」としては、次のとおりである。 まず、①「遅くとも平成13年7月当時」を基準として違憲無効と判断した以上、同月以前に発生した相続における本件規定の効力をいかに考えるかは不明である。 現時点で既に約12年以上経過している話であり、問題となる件数は少ないとは思われるが、議論となる余地はある。 また、②既に遺産分割協議その他の合意等により法律関係が確定している場合でも、非嫡出子が「遺産分割協議を成立させた当時、本件規定は違憲無効であったのに、これを有効であると誤信した錯誤があった」として民法95条の錯誤を主張した場合、これが認められるかという問題は残る(【参考文献(1)】の中村心判事[東京大学法科大学院客員准教授]の指摘による)。 さらには、③既に遺産分割は確定しているが、本決定以降に新たな相続財産(未分割財産)が発見された場合に、これをどのように処理するのか(一度確定した法定相続分に基づき2:1で分けるのか、未分割財産だけを平等(半分)に分けるのか、それとも既に分配が確定した遺産と未分割遺産の合計額が平等となるよう調整して分配するのか等)という問題もある(【参考文献(2)】の本山敦教授[立命館大学法学部]の指摘による)。 このように、本件決定は、長年にわたる論争につき法令違憲の結論をもって決着をつけた点に限っては明確であるが、今後具体的に発生することが予想される個別問題について、未だ激しい紛争の余地を残すものである点に留意すべきであろう。 (了)
#36(掲載号)
#栗田 祐太郎
2013/09/19
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