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国際課税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

法人税に係る帰属主義及びAOAの導入と実務への影響 【第3回】「改正の内容②」

法人税に係る帰属主義及び AOAの導入と実務への影響 【第3回】 「改正の内容②」   税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦   3-1-5 恒久的施設帰属所得金額の計算 3-1-5-1 恒久的施設帰属所得に係る所得の金額の計算 《改正前》 恒久的施設帰属所得に係る所得の金額の計算は、内国法人の課税標準の計算規定に準ずることとされていた(旧法法142)。 具体的には、法人税法第二編第1章第1節第二款から第九款(内国法人の各事業年度の所得の金額の計算)まで及び第十一款(各事業年度の所得の金額の計算の細目)の規定に準じて計算することとされていたが、例えば次の規定は除くこととされていた。 また、政令において、法律の規定の意味内容を明確化するための修正規定が定められていた(旧法令188①)。 例えば、法人税法22条(各事業年度の所得の金額の計算)については、外国法人にあっては各事業年度の販売費・一般管理費その他の費用についてはその外国法人の国内源泉所得に係る収入金額若しくは経費又は固定資産の価額その他の合理的な基準を用いてその国内において行う業務に配分されるものに限り損金算入が認められる等である。 《改正後》 (1) 概要 「恒久的施設帰属所得」に係る所得金額の計算と「非恒久的施設帰属所得」に係る所得金額の計算とに区分して規定された。 「恒久的施設帰属所得」については、当該事業年度のPEを通じて行う事業に係る益金の額から損金の額を控除して計算することになるが、AOAの考え方に基づいて内部取引の認識や資本配賦計算等の独自の計算を行う。 (2) 恒久的施設帰属所得の益金の額と損金の額に算入すべき金額 別段の定めがある場合を除き、内国法人の所得計算規定に準じて計算することとされている(法法142②)。除外することとされる規定についても、以下については今回見直しが行われている。 (3) 課税標準を計算する際の修正規定 内国法人の規定に準じて計算する場合の修正規定は、以下のとおり定められた(法法142③④、法令184) ① 法人税法22条:各事業年度の所得の金額の計算 イ 益金の額 外国法人のPEを通じて行う事業に係るものに限る(法令184①一)。 ロ 損金の額 外国法人のPEを通じて行う事業に係るものに限る(法令184①一)。 (イ) 内部取引に係る費用と債務確定基準 内部取引に係る販売費・一般管理費その他の費用は、債務の確定しないものであっても損金に算入できることとした(法法142③一)。これは無条件で損金算入を認めるというのではなく、債務確定に相当する事実の有無を検討する必要がある(「平成26年度税制改正の解説」(財務省)691頁) なお、販売費及び一般管理費の損金算入可能な時期については、別途定めがあるものを除き、次のすべてに該当することとなった日の属する事業年度の損金の額に算入するとしている(法基通20-5-8)。 (ロ) 本店配賦経費 恒久的施設帰属所得の計算上損金に算入する販売費・一般管理費その他の費用には、外国法人の恒久的施設を通じて行う事業とそれ以外の事業に共通する費用を、合理的な基準で配分した金額が含まれることとした(法法142③二、法令184②)。 (ハ) 資本等取引 支店開設資金やPEからの剰余金の送金は、内部取引のうち資本等取引として認識する(法法142③三)。 ② 法人税法23条:受取配当等の益金不算入(法令184①二) 負債利子控除額は、改正前は国内において行う事業に係るものに限るとしていたが、改正後はPEを通じて行う事業に係るものに限るとした。 ③ 法人税法25条:資産の評価益の益金不算入(法令184①三) 従来は評価損についてのみ対象資産の範囲を限定していたが、改正後は評価損と評価益で取扱いを違える特段の事情はないので、評価損と同様評価益についても、PEを通じて行う事業に係るものに限ることとした。 *  *  * 同様に、以下④から⑳に掲げる規定について、従来国内事業に係るものに適用していたものを、PEを通じて行う事業に限定する形で改正された(個々の規定に関する改正の内容は「平成26年度税制改正の解説」(財務省)692頁から696頁を参照)。 (4) 内部取引により取得した資産 外国法人の本店等とPEとの間でPEが資産を取得する内部取引が行われた場合には、その内部取引の時に資産を取得したものとして、取得価額を計算することとされた(法令184⑥)。したがって、PEにおける資産の取得価額は本店等における帳簿価額ではなく、内部取引の種類及び内容に応じた取得価額となる。 また、PEの設立に当たって本店等の資産を持ち込んだ場合には、PE帰属所得の計算上は現物出資に相当する内部取引が認識されることになるので、PEに資産の含み益が持ち込まれないこととなる(「平成26年度税制改正の解説」(財務省)696頁)。 3-1-5-2 還付金等の益金不算入 法人税の還付金の益金不算入(法法142の2①)、外国税額の減額部分の益金不算入(法法142の2②)、課徴金等の還付金の益金不算入(法法142の2③)が規定された。 3-1-5-3 保険会社の投資資産及び投資収益 保険会社の収益の帰属場所について、AOAでは保険リスクを引き受けた構成部分に帰属するものと整理している。これを踏まえ、外国保険会社のPEに係る投資資産の額がPEの引き受けた保険リスクに応じてPEに帰せられるべき投資資産の額に満たない場合には、その満たない部分に相当する金額(投資資産不足額という)に係る収益の額をPEの益金に加算することとした(法法142の3①)。 投資資産とは、いわゆる保険運用資産であり、具体的には保険業法施行規則47条各号に掲げる方法により運用を行う資産としている(法法142の3①、法規60の5)。 恒久的施設に帰せられるべき投資資産の額は、次の算式で計算される(法令187①)。 (了)
#98(掲載号)
#小林 正彦
2014/12/11
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貸倒損失における税務上の取扱い 【第32回】「法人税基本通達改正の歴史①」

貸倒損失における税務上の取扱い 【第32回】 「法人税基本通達改正の歴史①」   公認会計士 佐藤 信祐   貸倒損失についての具体的な規定は、法人税法、法人税法施行令には明記されておらず、法人税基本通達に規定されている。これに対し、法人税法52条に規定されている貸倒引当金の制度は昭和25年度税制改正によって導入された貸倒準備金制度まで遡るが、現在の個別評価金銭債権に対する貸倒引当金に相当する部分の金額については、平成10年度税制改正まで、法人税基本通達に定められる債権償却特別勘定として取り扱われており、貸倒損失、貸倒引当金についての法人税法上の位置付けは、近年になって定着したものとも考えられる。 第32回以降は、どのような改正の経緯を受けて、現在の体系になったのかという歴史を遡ることにより、貸倒損失、貸倒引当金についての法人税法上の位置付けを探っていきたいと考えている。   1 貸倒準備金制度の導入と貸倒引当金制度への移行 法人税法における貸倒損失、貸倒引当金の規定は、戦後のシャウプ勧告に基づいて、昭和25年度に導入された貸倒準備金制度にまで遡る。 シャウプ使節団によって作成されたシャウプ勧告書は、昭和24年8月27日付、昭和25年9月21日付の2つの報告書から成るものであり、我が国の戦後税制に大きな影響を与えた。このうち、貸倒準備金制度は、昭和24年8月27日付けの報告書において、「Chapter7 Section G- Bad Debt Reserve」として記載されている。なお、本報告書は英文で作成されたものであるが、和訳されたものもあるため、興味のある読者は、是非、一読されたい。 シャウプ勧告書においては、貸倒準備金の設定および準備金繰入額の損金算入については、主として、金融機関からの要求によって行われており、理論的には問題がないものの、貸倒準備金が妥当な範囲内にとどまる必要があることが指摘されている。また、貸倒準備金の設定は、どの年度に不良債権が価値のないものとして消却されるのが妥当であるかという点について、納税者と課税庁との間に争いが起きることを防止する効果も認められることが記されている。また、実施において検討されるべき措置として、以下のものを挙げている。 このシャウプ勧告に基づいて、昭和25年税制改正により貸倒準備金制度が導入された。 貸倒準備金制度が導入される前は、「将来生ずべき損失というような不確実な損失を各事業年度の損失として計上することは、大体これを認めない建前であった(『税務と会計経理』233頁)」ことから、シャウプ勧告書においても、「納税者と課税庁との間に争いが起きることを防止する効果」を貸倒準備金制度に期待したものと推定される。しかしながら、当時の東京国税局の解説にも、「一時に発生する偶発多額の損失を平均化することにより、会社の経理を安定させるのに役立たせ、徴税上も、急激な変化なく平均した調整がなされるようにした(『詳解法人税法』126頁)」とされており、そもそもの制度趣旨からして、個別評価金銭債権に係る貸倒引当金を要請するような内容にはなっていなかった。 そのため、当時の貸倒準備金の制度は、貸金基準(*1)と所得基準(*2)のいずれか大きい金額を繰入限度額としながらも、累積限度額として、当該事業年度終了の日における帳簿価額の100分の20を累積限度額とされていた。すなわち、制度の具体的な内容は異なるとしても、一括評価金銭債権に係る貸倒引当金の考え方に近いものであったということもできる。しかしながら、現在の制度と異なり、洗替え方式ではなく、累積方式であったというのもひとつの特徴である。 (*1) 貸金基準は、貸金の帳簿価額の1,000分の3(一定の金融機関は1,000分の6)として算定していた。 (*2) 所得基準は、所得金額の100分の20(一定の金融機関は100分の30)として算定していた。 さらに、昭和25年度に改正された法人税基本通達116項において、貸倒損失についての取扱いが明確にされ、以下のように規定されることになった(*3)。 (*3) 上記の他、「金融機関の貸倒金の取扱いについて(昭和25年直法1-42)」が定められており、以下のように規定された。 (一) 金融機関が回収不能に属する債権としてこれを消却し、損金に計上した場合において、消却した当該債権が金融検査官の実地検査により銀行検査様式により第四分類の債権及びこれに準ずるものとして金融検査官が書面により証明したものは、その後の事情に変更のない限り原則として法人の計算を是認するものとする。但し、調査に当たり消却することが不適当と認めるものについては、当該証明をなした金融検査官と協議の上処理すること。 この場合において当該債権の担保に供されている資産がある場合において、当該担保に供されている資産について、担保権が実行されていないときにおいても、当該債権の額のうち担保物の価額をこえている金額が明らかに回収不能と認められる場合は、その回収不能と認められる金額について法人の計算を認めるものとする。 前項の担保に供された資産の価額は金融機関が担保として受け入れた価額をいうのではなく、当該債権を消却した事業年度終了の日における当該担保物の時価によるものとする。 (二) 調査事業年度前の事業年度において、金融機関が損金に計上した貸付金の消却額で損金に算入されなかった金額がある場合において当該消却した貸付金が第四分類の債権に準ずるものと認められるときは、当該否認額は調査事業年度の損金に算入する。 当時の東京国税局の解説によると、 としており、貸倒損失の計上については、かなり厳格に捉えていたことが分かる。また、 としており、当時から債権の評価損を認めていなかったことが分かる。 その後、貸倒準備金制度については、昭和26年から昭和36年までの間に微修正が行われることになったが、最も大きな改正は昭和36年度税制改正により、所得基準が廃止されるとともに、経常的な貸倒れに備えるための洗替え方式、将来の偶発的な貸倒れに備えるための累積方式に分けられたという点である。 具体的には、例えば当時の製造業であれば、繰入率が1,000分の7であったことから、1,000分の5については、発生した貸倒損失を超える部分の金額が戻し入れられ益金の額に算入され、1,000分の2については累積限度額まで累積されることになる。 このような累積方式は昭和39年度税制改正により、貸倒準備金制度から貸倒引当金制度に移行するに伴って廃止され、全面的に洗替え方式が採用されることになる。なお、昭和39年度税制改正においては、洗替え方式の採用に伴って、繰入率の引上げも行っている。 その後も貸倒引当金の改正は何度か行われているが、最も大きな改正は平成10年度税制改正により、法人税基本通達で規定されていた債権償却特別勘定が個別評価金銭債権に係る貸倒引当金として法人税法に取り込まれた点であるが、次回以降、昭和29年に導入された「売掛債権の償却の特例等について(昭和29年7月24日直法1-140)」と題する通達により債権償却引当金が導入され、その後、法人税基本通達に取り込まれるまでの歴史を遡ってから、平成10年度税制改正の解説を行いたい。 (了)
#98(掲載号)
#佐藤 信祐
2014/12/11
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日本の会計について思う 【第12回】「世界会計学会(IAAER)の存在意義」

日本の会計について思う 【第12回】 (最終回) 「世界会計学会(IAAER)の存在意義」   関西学院大学教授 平松 一夫   フィレンツェで世界会議を開催 2014年11月、イタリア・フィレンツェで世界会計学会(IAAER)の「会計教育者・研究者世界会議」が開催された。 簿記・会計の歴史を語る上でイタリアは重要である。1494年、ルカ・パチオリが最古の簿記書といわれる『ズンマ』を出版したのがイタリアであった。今回の世界会議は開催校であるフィレンツェ大学のキャンパスを主会場として開催されたが、フィレンツェ市の特別な配慮で初日の開会式と開会レセプションはヴェッキオ宮で開かれた。 私はそこで、会長として開会挨拶をしたのであるが、歴史的建造物で挨拶できたことは記念になる出来事であった。なお、パチオリはフィレンツェ大学の教員をしていたこともあり、そのことも今回の世界会議に、会計学者としての感慨を覚えさせてくれた。 フィレンツェ会議の参加者数は約400名であった。これは例えばアメリカ会計学会に毎年約3,000名近い参加者があり、日本会計研究学会にも900名を超える参加者があることを思えば、決して大きい数ではない。しかしながら、世界会計学会は各国や地域の学会とは質的に異なる特性をもち、かつ、各国・地域の学会が担わない特別な役割を果たしている。 私は、世界会計学会が世界を代表する学会であることと、途上国の人材育成に貢献していることにその存在意義があると考えている。   『世界代表』としての世界会計学会 IASB(国際会計基準審議会)やIFAC(国際会計士連盟)が会計や監査等の基準を作成していることはよく知られている。その委員を選任するに当たり、世界の会計学会を代表するのは他ならぬ世界会計学会である。 アメリカ会計学会やヨーロッパ会計学会は有力ではあるが、特定の国または地域の学会であるため、世界を代表することには難がある。 例えば、IASBの理事の一人は学者から選任されているが、初代のMary Barth教授(米国・スタンフォード大学)、現在のChungwoo Suh教授(韓国・国民大学)の選任に当たり世界会計学会が果たした役割は大きい。また、IFACに設けられている国際会計教育基準審議会(IAESB)のオブザーバーの一人は世界会計学会から出ている。 現在は研究担当副会長のKeryn Chalmers教授(豪、モナシュ大学)がこれを務めている。   途上国の会計人材育成への取り組み 世界会計学会は広く世界に目を向け、次代を担うと目される途上国の有望な若手研究者の育成に、真剣に取り組んでいる。 その取り組みの一つとして「デロイト・スカラー」がある。 大手会計事務所のデロイトから資金援助を得て、ルーマニア、ポーランド、ブラジル、南アフリカ、インドネシアの5ヶ国の研究者が世界の各地で開催される学会に参加できるよう参加費、交通費、宿泊費などを支給している。さらに、著名な学者がメンターとして任命され、指導の役割を担っているのである。 メンターには、Katherine Schipper(デューク大学)、Mary Barth(スタンフォード大学)、 Sidney Gray(シドニー大学)、Ann Tarca(西オーストラリア大学)、阪智香(関西学院大学)の各教授が選ばれている。 いま一つ、注目すべき人材育成の取り組みがある。それはACCA(英国勅許公認会計士協会)の資金援助をえて開催されている「論文作成ワークショップ」である。 特に途上国の若手研究者が優れた論文を作成することができるよう、論文作成の初期段階から雑誌掲載に至るまで指導するもので、指導は世界の有力な学者が担当している。 フィレンツェの世界会議では招待者限定の論文作成ワークショップが開かれた。途上国の研究者による20チームがあらかじめ作成した論文を、16名の学者があらかじめ読み、論文の改訂を示唆し、改訂後の論文をさらに会議当日に報告するのである。 また、フィレンツェ会議における論文作成ワークショップでは、著名な2人の会計学者が「会計研究者として自身を改善するために、公開されている情報源をどのように利用するか」、「適切な研究方法をどのように選び分析の厳密さを増すか」と題する講演を行った。 非常に参考になる講演であったが、途上国でない日本の若手は含まれておらず、惜しい思いがした。 このあと、論文報告・討論を行い、最後はレセプションで約100人の参加者(途上国からの若手研究者と指導者)が交流を深めた。指導者に選ばれた16名の学者の一人は日本の阪智香教授であった。   世界会計学会の生みの親は日本 このように貴重な働きをしている世界会計学会であるが、日本がその誕生に深く関わっていることを知る人は少ない。 日本で世界会計学会が開催されたのは1987年であった。当時、日本会計研究学会が日本側の主催者を務めたが、日本会計研究学会が単独で主催しても国際会議として日本学術会議の支援をえることができなかった。 そこで、日本が世界会計学会の創設を働きかけ、1984年に世界会計学会が創設されたのである。 貴重な働きをしている世界会計学会。その創設に日本が関わっていたことをぜひ覚えおいていただきたい。  (連載了)
#98(掲載号)
#平松 一夫
2014/12/11
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経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第65回】外貨建取引②「為替予約」―独立処理

経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第65回】 外貨建取引② 「為替予約」 ―独立処理   仰星監査法人 公認会計士 石川 理一 日本公認会計士協会準会員 永井 智恵   〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ① 為替予約の締結時(X1年3月1日) ② 決算時(X1年3月31日) (*1) 1,000ドル×(予約レート104円/ドル-先物レート101円/ドル)=3,000 ③ 決済時(X1年4月30日) (*2) 1,000ドル×(予約レート 104円/ドル-決済時レート103円/ドル)=1,000 〈会計処理の解説〉 「為替予約」とは、将来の一定の期日において、一定量の通貨を他の通貨による一定の価額で売買する先物為替取引です。本事例では「X1年4月30日において、1,000ドルを104円/ドルで売却する契約」を締結しています。 為替予約を締結していなかった場合、売掛金の決済額は決済時レートの変動により増減します。例えば、外貨建ての売掛金1,000ドルについて、取引発生時の為替相場(以下、取引発生時レート)が100円/ドルであった場合、取引発生時の売掛金の円換算額は100,000円(=1,000ドル×100円/ドル)です。 これに対し、決済時レートが103円/ドルと円安に傾けば決済額は103,000円(=1,000ドル×103円/ドル)となり3,000円の為替差益が発生します。逆に96円/ドルと円高に傾いていると決済額は96,000円(=1,000ドル×96円/ドル)となるので4,000円の為替差損が発生します。 しかし、本事例のように為替予約を締結しておけば、円貨での回収額を予約レートで固定することができるため、為替変動リスクを回避(ヘッジ)することができます。具体的には、外貨建ての売掛金1,000ドル(ヘッジ対象)を104円/ドルで売却する為替予約(ヘッジ手段)を締結しておけば、決済時レートとは無関係に売掛金の回収額を104,000円で固定することができます。 為替予約をはじめとするデリバティブ取引は、その取引契約から生ずる正味の債権および債務を時価評価し貸借対照表に計上するとともに、評価差額は、原則として、当期の損益として処理することが求められます(金融商品会計基準25項)。 為替予約の時価評価額、すなわちその時点における為替予約の価値は、先物レート同士の比較により算定されます。 本事例でのX1年3月1日における為替予約(予約レート104円/ドルで決済期日X1年4月30日に1,000ドルを売却する契約)は、決算時におけるX1年4月30日の先物レート101円/ドルでの同様の為替予約と比べて、X1年4月30日に回収できる売掛金の金額が3,000円だけ多くなります。よって、決算時における為替予約の時価評価額は3,000円となります(②の仕訳)。 なお、為替予約の締結時(X1年3月1日)においては、当然に先物レートに差異がないため、時価評価額はゼロになり、会計処理は必要ありません(①の仕訳)。 別の見方をすると、決算時レートが98円/ドルであり、取引発生時レート100円/ドルと比較して円高になっているため、外貨建ての売掛金の換算替えにより為替差損が発生しますが、円高の影響を受け為替予約の時価は上昇しているため、為替予約からは売掛金の換算替えにより発生した為替差損を相殺するように、為替差益(設例の場合3,000円)が発生します。 上記のとおり、保有している外貨建ての売掛金(ヘッジ対象)の評価替えにより生じる為替差損と、為替予約(ヘッジ手段)の評価替えにより生じる為替差益とは、損益計算書において相殺されるため、為替変動リスクは会計上自動的にヘッジされることになります。 そして、為替予約の決済時には、決算時に計上した為替予約3,000円を振り戻すとともに、為替予約の決済額1,000円(=1,000ドル×(予約時レート104円/ドル-決済時レート103円/ドル))との差額の2,000が為替差損として計上されることになります(③の仕訳)。 このように、金融商品会計基準では、原則的に、ヘッジ手段である為替予約を、ヘッジ対象である売掛金とは独立した取引として処理することを求めています。そのため、当該原則処理は、一般的には「独立処理」と呼ばれています。 *   *   * 次回は為替予約における振当処理について解説します。 (了)
#98(掲載号)
#永井 智恵
2014/12/11
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IFRSの適用と会計システムへの影響 【第3回】「サブシステムへの影響(前編)」

IFRSの適用と会計システムへの影響 【第3回】 「サブシステムへの影響(前編)」   公認会計士 小田 恭彦     会計システムとは ここで改めて、「会計システム」の定義について少し触れたいと思います。 会計システムとは狭い意味では仕訳を登録して試算表や決算書を出力するシステムです。いわゆる「総勘定元帳システム」です。広い意味では総勘定元帳に加え以下のシステムを含みます。 「システム」という表現以外に「モジュール」という言い方をします。ERPと呼ばれる統合型会計システムは1つのシステムの中に上記の各システムがラインナップされており、その場合に各システムのことを「総勘定元帳モジュール」「債権債務モジュール」などといいます。 一般的には「総勘定元帳システム」「債権債務管理システム」「固定資産管理システム」あたりまでを含んで「会計システム」と呼ぶことが多いと認識しています。 なお、その他の会計システムとして「連結会計システム」も含まれることもありますが、一般的に「会計システム」というと単体用の会計システムを指すことが多く、連結会計システムと明確に区別する時には連結会計システム対して「単体会計システム」「個別会計システム」と表現します。 ここでは、個別会計システムに対して解説をします。連結会計システムについては別の機会に解説します。   総勘定元帳システムへの影響 総勘定元帳システムへの影響のひとつである「複数元帳」については前回解説をしました。その他の総勘定元帳システムへの影響として、「財務諸表の表示」「セグメント情報」「過年度遡及修正」などのIFRSに関連するものがあります。いずれの基準もここ数年でIFRSとのコンバージェンスが進み日本基準との差異はあまりなくなってきていますが、こうした最近の会計基準変更の影響という意味も含めて解説をしたいと思います。なお、各基準がIFRS何号のどの条項であるかなど細かい点については詳細には言及せず、これらIFRSが会計システムにどのような影響を与えるかを中心に解説しようと思います 《財務諸表の表示》 IFRSを適用すると、決算書類の名称や表示の方法が変わります。具体的には貸借対照表は「財政状態計算書」、損益計算書は「包括利益計算書」になります。後者はすでに日本基準でも取り入れられ「(連結)損益計算書及び(連結)包括利益計算書」が開示されています。 名称が変わるということは、単に名称だけでなく科目の並び順や開示する情報の質が変わってきます。単純に括り方や並び順が変わるだけであれば、見せ方だけの問題でありシステムへの影響もさほど大きくありません。「包括利益」はそのひとつです。一方で表示方法が変わったためにその元情報を収集するための定義や作業方法が変更になる場合があり、この場合はシステムへの影響も大きいと思われます。「廃止事業」はそのひとつかと思います。 財務諸表の表示に関しては、この「包括利益」と「廃止事業」を例に解説をしたいと思います。 《セグメント情報》 セグメント情報についても、IFRSとのコンバージェンスが行われ、IFRSと日本基準との大きな差異はなくなっています。両者ともマネジメント・アプローチを採用しており、日本基準でもすでに適用になっています。マネジメント・アプローチとは経営者が経営管理上設定しているカテゴリを基準に事業セグメント別の損益等を開示するというものです。 これも、前述の廃止事業と同じで、企業(グループ)全体の財務諸表に内訳を持つことになります。セグメント情報の場合、内訳のメッシュは経営者が設定するので情報開示のレベル感がセグメントに整合しないということは基本的にはないですが、事業セグメント共通の資産、負債及び損益等を按分する必要があります。 *   *   * 次回は、「サブシステムへの影響(後編)」として、総勘定元帳への影響の続きである「過年度遡及修正」と「債権債務管理システム」、「固定資産管理システム」について解説します。 *   *   * なお本文中、意見に関する部分は私見であることを申し添えます。  (了)
#98(掲載号)
#小田 恭彦
2014/12/11
中小企業会計 会計 税務・会計 解説 解説一覧 財務会計

〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領《賞与引当金》編 【第2回】「支給対象期間基準」

〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領 《賞与引当金》編 【第2回】 「支給対象期間基準」   公認会計士・税理士 前原 啓二   はじめに 前回ご紹介した支給見込額基準が賞与引当金の原則的な計上方法ですが、支給対象期間基準(平成10年度税制改正前の法人税に規定していた賞与引当金の計上方法の1つ)もこの方法による計上額が合理的である限り選択できます。 今回は、賞与引当金の『支給対象期間基準』についてご紹介します。   1 当期末の仕訳 中小企業会計指針においては、賞与について支給対象期間の定めのある場合、又は支給対象期間の定めのない場合であっても慣行として賞与の支給月が決まっているときは、平成10年度税制改正前の法人税に規定していた支給対象期間基準の算式により算定した金額が合理的である限り、この金額を引当金の額とすることができます(中小企業会計指針51)。 支給対象期間基準の賞与引当金繰入額の算式は、次のとおりです。 この設例では、支給対象期間基準の賞与引当金繰入額は、次のように算定されます。 A:前1年間の1人当たりの使用人等に対する賞与支給額 B:当期において期末在職使用人等に支給した賞与の額で当期に対応するものの1人当たりの賞与支給額   2 決算書の金額 〈当期損益計算書〉 〈当期末貸借対照表〉 3 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 〈当期法人税申告書別表四〉 〈当期法人税申告書別表五(一)〉   税務上、賞与引当金は、平成10年度税制改正前には損金算入が認められていましたが、平成10年度税制改正においてこの取扱いは廃止されました。したがって、当期末において計上された賞与引当金9,600,000円は損金算入されず、原則として賞与が実際に支払われた日(翌期、X2年7月10日)の属する事業年度において損金算入できることになります。 (了)
#98(掲載号)
#前原 啓二
2014/12/11
労働基準関係 労務 労務・法務・経営

過労死等防止対策推進法と企業への影響 【第2回】「過労死等防止対策推進法とは」

過労死等防止対策推進法と企業への影響 【第2回】 「過労死等防止対策推進法とは」   特定社会保険労務士 池上 裕美   前回は、法律制定の背景をお伝えした。今回は、過労死等防止対策推進法の概要をお伝えする。   《目的》 この法律は、過労死等(※)の防止に向けて対策を推進し、仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現に導くことを目的とする。   《基本理念と国の責務等》 この法律の基本理念は次のように定められている。 これら基本理念に基づき、次の責務が定められた。   《国のとるべき対策》   《過労死等防止対策推進協議会とは》 厚生労働大臣が大綱を定めるに際して、意見を聴く機関である。この協議会は次の20人以内の委員で組織する。   《調査研究等を踏まえた法制上の措置等》 過労死等に関する調査研究等の結果を踏まえ、必要があるときには、過労死等の防止のために必要な法制上または財政上の措置等を講じる。   《見直し》 この法律の規定は、施行後3年を目途として、施行状況等によっては検討が加えられ、必要があるときは見直しを講ずると、附則の2において明記している。 *   *   * 最終回である次回は、過労死等防止対策推進法が企業に与える影響についてご案内する。 (了)
#98(掲載号)
#池上 裕美
2014/12/11
労働基準関係 労務 労務・法務・経営

介護事業所の労務問題 【第2回】「募集・採用の難しさと人員基準」

介護事業所の労務問題 【第2回】 「募集・採用の難しさと人員基準」   クロスフィールズ人財研究所 代表 社会保険労務士 三浦 修    1 通所介護の採用の難しさ 通所介護(以下、デイサービス)は平成25年12月時点で38,366事業所(うち1日利用者定員10人以下の小規模デイサービス(以下、小規模デイサービス)は20,000事業所)となっており、同年同月のコンビニ店舗数(セブン-イレブン、ローソン、ファミリーマートの合計で37,849件)とほぼ同数の事業所が存在していることになる。 また、コンビニの商品や接客サービスは北海道から沖縄まで全国ほぼ同様であるが、デイサービスにおいても「全国どこでデイサービスを受けても同じ」であると例えられることも多い。 例えば、小規模デイサービスは、レスパイト(預かり)というイメージが強く、事業所毎の特徴をあまり出せていないことが多い。もちろん、中にはお泊りサービスのように夜間のお預かりをサービスとして行い、他と差別化している事業所もあるが、それでも大部分の事業所にとっては差別化が図りにくい業態であることには変わりない。 つまりサービスや事業所の特長を上手く表現できておらず、「どこのデイサービスでも同じ」と捉えられてしまっているのが、多くの事業所の実情である。 今後は、このような小規模のデイサービスも、介護保険法、介護報酬の改正に備え、他の事業所との差別化とブランディングに取り組んでいくことが今まで以上に必要になってくる。 ブランディングが必要な理由として、以下のようなものが挙げられる。 デイサービスにおいては業務・業界に対するイメージや、また採用市場が強い売り手市場であることから職員を募集しても応募者が集まりづらいことが多い。 一般的な小規模企業の事業所で起こりうるような問題、例えば人間関係の問題や能力不足の問題による職員の離職はデイサービスにおいても当然発生するが、それに対して補充のために新規で職員採用を行おうとしても、上記の通り他の事業所との差別化・自社のブランディングができていないと応募者が集まらず採用ができない。 そして職員不足が原因で事務所の運営そのものに大きな支障をきたす、という事態に陥るのである(詳しくは第4回参照)。 介護保険法から考えられる問題点 前述のとおり、小規模のデイサービスにおいて人員不足に対する採用の問題は必須課題とも言えるが、そこで重要となるのが介護保険法における人員基準である。 [例]通所介護(デイサービス)における人員基準(10名以下の場合) デイサービスにおいては、上記の人員基準をまず理解した上で、計画的に募集採用を考える必要がある。   2 募集・採用管理の重要性 1でも触れたように、小規模デイサービスをはじめとする介護事業所では、職員を募集してもなかなか応募が集まらないことが多い。最近は他の業種でも募集・採用が難しくなっていると聞くが、介護事業所の場合は、より一層採用が難しい業界と言っても過言ではない。 よって、募集・採用管理については、これまで以上に戦略的な検討を行う必要がある。これからの介護事業所の労務管理を行う上では、いかに良い人材を確保し、その人材を「人財」に育てることができるかが鍵になる。 今回は、参考までに、弊所で案内している取組みの1つを紹介しておこう。 ① 募集内容の整理 最近では募集・採用についても“マーケティング3.0”の考え方を導入する中小企業も増えている。 まず、応募者の感性に訴えるため、企業理念や事業所の方向性や教育指導への考え方、さらに介護事業所においては利用者やご家族に対する代表者の想いを丁寧に説明することは、最も重要である。 次に、募集方法だが、ハローワークの求人や、各種求人案内を中心に、例えば事業所が建築中であれば、看板に職員募集の掲示を行う、また自社の採用専用ホームページを利用して広報を行う、といった方法を積極的に行っていく必要がある。 その他に、募集の際には以下のような項目を事前に検討しておくことをおすすめする。 ② 書類審査と面接 書類審査においては、職務経歴書からの情報取得はもちろん重要であるが、特に中途採用であれば、前職での業務内容や勤務期間について確認しておく必要がある。もちろん、直接会って応募者を確認できる面接は、さらに重要な情報取得の機会となる。 また近年、介護事業所では適性検査を積極活用しているところも増えている。実際、書類や面接からは分からないことも多いので、ぜひ活用した方がよいであろう。 ③ 試用期間 筆者は、試用期間についても、非常に重要であると考えている。試用期間中だからと簡単に解雇できるわけではないが、試用期間中に能力の過不足、勤務態度等をしっかりと見極めた上で本採用を行うことは、極めて重要である。特に能力と適性については、細かな基準を定め、試用期間中に詳細なチェック等を行っていくべきだろう。 *   *   * 次回は、介護事業所における休暇・休職の問題と、夜勤体制の問題を解説する。 (了)
#98(掲載号)
#三浦 修
2014/12/11
労務・法務・経営 法務

常識としてのビジネス法律 【第18回】「独占禁止法《平成25年改正対応》(その3)」

常識としてのビジネス法律 【第18回】 「独占禁止法《平成25年改正対応》(その3)」   弁護士 矢野 千秋     3 不当対価 (1) 総説 独禁法2条9項6号ロは「不当な対価をもって取引すること」と規定し、これに基づいて一般指定6項および7項が定められている。 平成21年改正により、6項「不当廉売」中のコスト割れ型が法2条9項3号に規定された。そして法定された行為に対しては課徴金が課されることになった(独20条の4)。 これら不当対価の公正競争阻害性は、独禁研報告(※)の①「競争の減殺」、場合によっては②「競争手段の不公正さ」に当たる。 (2) 不当廉売(一般指定6項) 不当廉売とは「正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業活動を困難にさせるおそれがあること」である。 「供給に要する費用」とは、総販売原価をいい、「低い価格」とは、一般に総販売原価を下回る(コスト割れ)対価を指す。このコスト割れ型が法2条9項3号に規定されたことにより「その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業活動を困難にさせるおそれがある」場合が本指定に残された。 コスト割れ以外でも不当廉売として違法とすべき場合もあるので「不当に」という要件を付加し、特に公正競争阻害性が認められる場合を規制しているわけである。 となるが、共通費用の配布が困難なことから、実務上は仕入価格を1つの基準としている。 マルエツ事件(勧告審決昭和57・5・28審決集29・13)およびハローマート事件(勧告審決昭和57・5・28審決集29・18)は、松戸市内の2軒のスーパーマーケットが販売利益を度外視して牛乳の安売り合戦を行った事案に対し、仕入価格を基準として一般指定6項違反としている(当時。現在なら独2条9項3号)。 と判断した。 生鮮食料品や季節商品などを品質悪化のためにあるいは在庫処分のために廉売することは不当に当たらない(正当な理由)。 この不当廉売の公正競争阻害性は、独禁研報告の①「競争の減殺」に当たるとするのが通説である。 この不当廉売のうち「商品または役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給」するコスト割れ型の不当廉売が、平成21年改正により、下記のように法2条9項3号に規定され課徴金の対象とされた(独20条の4)。 (3) 不当高価購入(一般指定7項) 不当高価購入とは「不当に商品又は役務を高い対価で購入し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること」である。不当廉売が売り手による不公正な取引方法であるのに対し、不当高価購入は買い手による不公正な取引方法である。 理論的には買い手間競争を減殺させるので、不当高価買入の公正競争阻害性は、独禁研報告の①「競争の減殺」に当たるとするのが通説である。具体的な事例はない。   4 不当な顧客誘引・取引の強制 (1) 総説 独禁法2条9項6号ハは「不当に競争者の顧客を自己と取引するように誘引し、又は強制すること」と規定し、これに基づいて一般指定8項ないし10項が定められている。 これら不当な顧客誘引は競争の前提である顧客の合理的な商品選択を不可能にするから、その公正競争阻害性は、独禁研報告の②「競争手段の不公正さ」に当たる。取引の強制は①「競争の減殺」と②「競争手段の不公正さ」に当たるとするのが通説である。 (2) ぎまん的顧客誘引(一般指定8項) ぎまん的顧客誘引とは「自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客(景表法は一般消費者)に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するよう不当に誘引すること」である。 「著しく」とは、程度を指しているのではなく、当該誘引行為が社会的に見て許容される誇張の限度を超えるか否かで判断される。 取引相手を誤認させる手段・方法は問わないから、商品それ自体の容器や包装などをはじめ、広告媒体における新聞・雑誌・放送やポスター・看板、さらには実演販売等も含めてほとんど一切の手段が該当する。 景表法の「表示」も商品の内容等を表すほとんど一切の手段を指す。そして景表法は、独占禁止法の特別法であるから優先的に適用され、景表法が適用されない行為についてのみ、本指定8項が適用される。景表法は一般消費者のみに適用される。 (3) 不当な利益による顧客誘引(一般指定9項) 不当な利益による顧客誘引とは「正常な商慣習に照らして不当な利益をもって、競争者の顧客を自己と取引するように誘引する」ことである。 「不当な利益」に該当する実際の事例は、景品と懸賞である。 「景品類」とは、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であって、公正取引委員会が指定するものである。 懸賞販売は景品類の受取人などが、抽選、行為の優劣、正誤によって決まるものである。 一般懸賞の上限は価格5,000円未満なら価格の20倍、それ以上のものは上限10万円である。 総付景品は全取引者などに提供される景品であり、その上限は価格1,000円未満なら200円、1,000円以上なら価格の10分の2である。 商品のアフターサービス、2つの商品が一体として取引されている場合、2つの商品を組み合わせて販売するのが商慣習である場合などは景品に当たらない。 「オープン懸賞」とは、広告媒体により一般消費者に対して、簡単な方法で当選者を選び出し、経済上の利益を提供する行為である。景品のように「取引に付随して提供される」ものではないので景表法の適用はなく、特殊指定で規制されていたが廃止された。 (4) 抱き合わせ販売等(一般指定10項) 抱き合わせ販売等とは「相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制する」ことである。 前段が抱き合わせ販売であり、後段はそれ以外の取引強制である。 買い主が主たる商品を買うのに、従たる商品と一緒でなければ売ってもらえないように仕向ける取引方法のことである。 ① 第一の「別個の商品」という要件 組み合わせることにより、2つの商品を別々に販売したのとは異なる特徴を持つ単一の商品として販売する場合は、抱き合わせ販売とはならない(相乗効果。旅行用の歯ブラシとペーストなど)。主たる商品と従たる商品との間に機能上密接な補完関係がある場合には、抱き合わせ販売に違法性はない(自動車とスペアタイアなど)。 ② 第二の「購入させる」という「強制」要件 実際上は、買い手の主たる商品への必要度・欲求度が高くなければならない。売り手が商品市場で市場支配的地位にあるとか、主たる商品がいわゆる「ヒット商品」である場合など(要は従たる商品の選択の自由を奪うか否か)。 松葉屋事件等では、「ドラゴンクエストⅣ」の第二次卸売業者が、小売業者に対してそれを販売する際に、同社に在庫となっている別の人気のないゲームソフトを購入するよう条件づけたことが、違法とされた(勧告審決平成2・11・30審決集37・32)。 日本マイクロソフト事件では、日本マイクロソフト社がパソコンメーカーに対し、その製品にソフトウェアを搭載等することを許諾する際に、ワードの供給に併せてエクセルを、さらにワード・エクセルの供給に併せてアウトルックを自己から購入させていることが本10項違反とされた(勧告審決平成10・12・14審決集45・153)。   5 事業活動の不当拘束 (1) 総説 独禁法2条9項6号ニは「相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引すること」と規定し、これに基づいて一般指定11項および12項(旧13項)が定められている。 平成21年改正により、旧12項「再販売価格の拘束」が法2条9項4号に規定された。そして法定された行為に対しては課徴金が課されることになった(独20条の5)。 これら不当拘束の公正競争阻害性は、独禁研報告の①「競争の減殺」に当たるとするのが通説である。 (2) 排他条件付取引(一般指定11項) 排他条件付取引とは「不当に、相手方が競争者と取引しないことを条件として当該相手方と取引し、競争者の取引の機会を減少させるおそれがあること」である。 この取引それ自体は違法なものではないが、「有力な事業者」によって行われる場合には、競争者が市場から排除され、競争者の新規参入が阻害されるなどの反競争効果が生じることもある。 排他条件付取引は、行為それ自体が直ちに独占禁止法違反となるものではない。「競争者の取引の機会を減少させるおそれ」「競争者に対する取引機会の阻害効果・市場の部分的閉鎖効果」が主として問題となり、競争者の取引の機会を減少させ、市場における自由な競争を減殺させるような場合に、公正競争阻害性があり不当として違法となるわけである。 流通取引慣行ガイドラインによれば、競争減殺のおそれが生ずるのは、行為者が有力な事業者で、取引の相手方が当該行為者の商品のみを扱うと競争事業者が他に代わりの取引先を容易に確保できなくなるおそれがある場合で、その有力な事業者とは当該市場シェアが10%以上またはその順位が上位3位以内であることが一応の目安となるとする。 コンビニエンスストアなどのフランチャイズ契約では、一般にフランチャイジーに競業避止義務を課しているが、ニコマート事件判決(東京高裁平成8・3・28判時1573号29頁)では、競業避止義務は営業の秘密のためであり、制限の程度も合理的な範囲であるから不当な排他条件付取引には当たらないとした。ただし、違約金(立証困難からよく入れられる)がロイヤルティー120ヶ月分は高額に過ぎるとして30ヶ月分に減額した。 (3) 再販売価格維持行為(法2条9項4号) (ⅰ) 意義 自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、次のいずれかに掲げる拘束の条件を付けて、当該商品を供給すること。 と法定され(独2条9項4号)、再販売価格維持行為には課徴金が課されることになった(独20条の5)。 事業者が、(イ)取引の相手方の事業者に対し、その事業者の転売価格(再販売価格)を拘束する行為、または(ロ)取引先事業者をして転売先事業者の販売価格を拘束させる行為をいう。さらなる下流のものへの拘束も含まれる(「相手方」、「購入」には間接的な場合も含むから)。価格という競争のもっとも基本的な手段を拘束し、制限するものであることから、不公正な取引方法として原則独占禁止法に違反する。 メーカーが卸売業者に対して、再販売価格を守らない小売業者への出荷を停止させるなどして指示小売価格を維持する行為であり、具体的な確定価格だけでなく値引きの限度額を定めることも含む。 本4号は「当該商品の販売価格」を拘束することを指している。当該商品の販売価格以外の商品の価格の拘束は、拘束条件付取引(一般指定12項)に該当する。 小林コーセー事件では、美容室で使うパーマネント液のメーカーが、美容室に対してその液を用いて行うパーマネントの最低料金を維持させた(勧告審決昭和58・7・6審決集30・47)。 「拘束」がある場合としては、(1)メーカーと流通業者の合意によって、メーカーが指示した価格を流通業者に守らせている場合、(2)メーカーが指示した価格を流通業者が守らないときに経済上の不利益を課す場合、(3)守っている者に経済上の利益を提供する場合、等々である。 「合意」による拘束について、「流通・取引慣行ガイドライン」によれば、 等がある。 「不利益」には、出荷停止、出荷量の削減、出荷価格の引上げ、リベートの削減、売れ筋商品の供給停止等がある。 「利益」としては、リベートの提供、出荷価格の引下げ等がある。 さらに「拘束」が認められる場合として、同ガイドラインは、 などを挙げている。 (ⅱ) 公正競争阻害性 再販売価格維持行為は、原則として公正競争阻害性を有する。競争の減殺である。独禁法2条9項4号は「正当な理由がないのに」という文言をこの行為類型に冠している。 では、再販売価格維持行為に「正当な理由」が認められる場合とは、どのような場合であるか。 おとり廉売防止のための再販売維持は「正当な理由」があるかについて、最高裁は第1次育児用粉ミルク事件において、「『正当な理由』とは、専ら公正な競争秩序維持の見地からみた観念であって、当該拘束条件が相手方の事業活動における自由な競争を阻害するおそれがないことをいうものであり、単に事業者において右拘束条件をつけることが事業経営上必要あるいは合理的であるというだけでは右の『正当な理由』があるとすることはできない」と判示した(最判昭和50・7・11民集29・6・951)。 (4) 拘束条件付取引(一般指定12項) 製造業者が、卸売業者や小売業者の取引先、販売地域、販売方法などについて拘束を加えるものであリ、その公正競争阻害性は独禁研報告の①「競争の減殺」に当たるとするのが通説である。 ① 価格拘束 もっぱら法第2条9項4号(再販売価格維持行為)によって規制される。小林コーセー事件(先述)はこちらに該当する。 ② 取引先の拘束 (a) 帳合(ちょうあい)取引の義務付け 製造業者が卸売業者に対して、その販売先である小売業者を特定させ、小売業者が特定の卸売業者としか取引できないようにすることである。帳合取引の義務付けが行われると、卸売業者間の小売業者の獲得をめぐる競争が制限される。 第二次育児用粉ミルク事件(明治乳業)では、帳合取引の義務付けにつき、本来卸売業者において自由に決定されるべき販売先の選択を制限している点に公正競争阻害性があるとした(審判審決昭和52・11・28審決集24・86)。 (b) 仲間(なかま)取引(横流し)の禁止・安売り業者への販売の禁止 製造業者が流通業者に対して、商品の横流しまたは転売をしないよう指示する場合(仲間取引の禁止)や、製造業者が卸売業者に対して、安売りを行う小売業者への販売を禁止する場合である。横流し禁止行為は、販売業者の取引先の選択を制限し、販売段階での競争制限に結びつきやすい。 エーザイ事件では、エーザイが小売業者に対し、エーザイの製品を他の流通業者に転売しないように要請し、ロット番号などで監視していたことが本12項に当たるとされた(勧告審決平成3・8・5審決集38・75)。 (c) 輸入総代理店契約 外国事業者とわが国の輸入業者との間で、わが国の輸入業者に、当該外国事業者の製品をわが国において一手に販売する権利を付与する契約である。 流通・取引慣行ガイドラインは、これらの取引先の制限によって当該商品の価格が維持されるおそれがある場合には違法となるとする。 ③ 販売地域の制限 メーカーが、流通業者と取引する際に、取引先卸売業者等の販売地域を制限すること(テリトリー制)である。 流通・取引慣行ガイドラインは、有力なメーカーが、販売地域の制限によって当該商品の価格が維持されるおそれがある場合には違法であるとする。 ④ 販売方法の制限 メーカーが、小売業者に対して、自己の商品の販売方法について制限を加える場合がある。 流通・取引慣行ガイドラインは、メーカーが、小売業者の販売方法に関する制限を手段として、小売業者の販売価格、競争品の取扱い、販売地域、取引先等について制限を加える場合、それによって上記②③のように価格が維持されるおそれがある場合などには違法であるとする。 資生堂東京販売事件・花王化粧品販売事件では、小売業者に対して、化粧品の対面販売またはカウンセリング販売を義務付け、これらに反する小売業者に対して出荷停止をしたことが問題となり、最高裁は、対面販売等の義務付けはそれなりの合理的な理由に基づくものと認められ、かつ他の取引先にも同等の制限が課せられている限り、本項の不当な拘束には当たらないとした(最判平成10・12・18民集52・9・1866。最判平成10・12・18判時1664・14)。  (了)
#98(掲載号)
#矢野 千秋
2014/12/11
お知らせ 税務 税務・会計 税務情報の速報解説 速報解説一覧

《速報解説》 国税庁、マイナンバー取得時の本人確認手続に係る告示案を公表~税務手続に必要な確認書類が明らかに~

《速報解説》 国税庁、マイナンバー取得時の本人確認手続に係る告示案を公表 ~税務手続に必要な確認書類が明らかに~   仰星監査法人 公認会計士 岡田 健司   はじめに 国税庁は、平成26年12月3日付で、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律施行規則に基づく国税関係手続に係る個人番号利用事務実施者が適当と認める書類等を定める件(案)」(以下、「告示案」という)を公表し、現在意見募集を募っている(意見受付期限:平成26年12月16日)。 以下では、この告示案の概要について解説する。   1 本告示案の位置づけ 本告示案は、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(平成25年5月24日成立、平成25年5月31日公布、以下「法」という)の施行規則(平成26年内閣府・総務省令第3号、以下「規則」という)の規定による委任を受け、国税関係手続に係る個人番号利用事務実施者が適当と認める書類等を定めようとするものである。 国税庁が定め、国税手続を定めるものであることが、本告示案の位置づけを理解するうえでのポイントの1つである。   2 本告示案の概要 法第16条では本人確認の措置として、本人等から個人番号の提供を受ける都度本人確認を行うべきことを義務付け、その確認方法を規定している。 具体的には、個人番号及びその者が個人番号で識別される本人であることを確認する手段として、個人番号カードの提示を受けることを定めているが、その他の方法は省令によって定めることとされている。 本告示案は省令の規定を補完するものであり、国税手続における番号確認や本人確認の手続において、個人番号利用事務実施者である地方公共団体等が適当と認める書類等を定めようとするものである。 例えば、本人から直接個人番号の提供を受ける場合、原則的には個人番号カードの提示を受ける必要があり(法16)、その他の方法として運転免許証などにより本人確認を行う方法のほか、個人番号利用事務実施者である地方公共団体等が適当と認める書類によって本人確認を行うことも認めている(規則1、2)。 本告示案は、国税手続において個人番号利用事務実施者が適当と認める書類を定めるものであり、規則第1条についていえば、例えば、本人の写真のある身分証明書等として、学生証又は法人もしくは官公署が発行した身分証明書もしくは資格証明書がその書類の1つであることが規定されている。 なお、適用は法附則第1条第4号に掲げる施行の日から適用するとされていることから、平成28年1月となる予定である。   3 本告示案の読み方 別表の形式で、個人番号利用事務実施者が適当と認める書類が定められており、具体的には、 という構成となっている。 したがって、規則と対応させながら本告示案を確認する必要がある。 なお、上記のほか別表に従っていくつか例を挙げると、電話による本人確認手続には本人しか知り得ない事項を申告することとされているが(規則3④)、この「本人しか知り得ない事項」として、本人との取引や給付等を行う場合において使用している金融機関の口座番号(本人名義に限る)、証券番号、直近の取引年月日等の取引固有の情報等のうちの複数の事項の申告が必要とされている。 また、法定代理人以外の代理人から本人に代わって個人番号の提供を受けるときには、本人からの委任状(規則6①二)のほか、本人の署名及び押印並びに代理人の個人識別事項の記載及び押印があるものを用いてその代理権を確認することができるとしている(規則6①三)。なお、「個人識別事項」とは、通知カードに記載された氏名及び出生の年月日又は住所をいう(規則1①二)。   4 まとめ 本告示案による規則の補完により、国税手続における番号確認及び本人確認手続の方法が体系化されることになる。この方法には本人から番号提供を受け、直接本人の本人確認を行う場合だけでなく、本人の代理人から番号提供を受ける場合に、その代理権の確認並びに本人及びその代理人の本人確認を行う場合の方法を含んでいる。 そこで、例えば、弁護士や税理士が外部から委託を受けて本人確認の業務を行う場合には、規則及び本告示案によって規定される方法に則って行う必要がある点に留意が必要である。 (了)
#97(掲載号)
#岡田 健司
2014/12/11

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