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法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

租税争訟レポート 【第19回】「団地の管理組合が行う収益事業(国税不服審判所裁決)」

租税争訟レポート 【第19回】 「団地の管理組合が行う収益事業(国税不服審判所裁決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝     【事案の概要】 本件は、団地の管理組合である審査請求人(以下「請求人」という)が、団地共用部分の一部を無線基地局等の設置のため携帯電話会社に賃貸して得た収入を団地の修繕積立金として充当していたところ、原処分庁が、請求人は、法人税法第2条第8号に規定する人格のない社団等(以下「人格のない社団等」という)に該当し、当該賃貸収入は請求人の収益事業による収入であるとして、法人税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をしたことに対し、請求人が、当該収入は団地建物の各区分所有者の不動産収入であって請求人の収入ではないなどとして、その全部の取消しを求めた事案である。 1 〔争点1〕団地の管理組合の納税義務(管理組合は人格のない社団等に該当するか) 法人税法第3条は、「人格のない社団等は、法人とみなして、この法律の規定を適用する」と定めている。人格のない社団等が、法人とみなされて納税義務の主体となっている理由については、「人格のない社団等も、実質的に法人と異ならない活動をしていることに鑑み、法人と同様に扱うことが実体に合致するのみでなく、公平に税負担を配分する」ためであると説明されており(※1)、団地の管理組合が、法人税の納税義務者となるためには、人格のない社団等の要件である、 の4点が挙げられる(※2)。 (※1) 金子宏『租税法(第19版)』141ページ(弘文堂,2014年) (※2) 最高裁昭和39年10月15日判決,民集18.8.1671   原処分庁が、請求人はこうした要件を満たしていることから、法人税の納税義務を負うと主張したところ、請求人は、以下のように主張した。 これに対し、審判所は、以下の事実認定から、請求人が人格のない社団等に該当すると認定して、以下のように説示した。 そのうえで、「請求人に人格のない社団等に該当するか否かの認識がなかったとしても、法の不知により、法人税法の規定を適用しないとする規定はない」ことを理由に、請求人の主張を斥けた。   2 〔争点2〕共用部分の賃貸料収入の帰属 共用部分の賃貸料収入について、請求人は以下のとおり、管理組合にではなく、建物所有者に帰属すると主張した。 (※3) 建物の区分所有等に関する法律第19条 「各共有者は、規約に別段の定めがない限りその持分に応じて、共用部分の負担に任じ、共用部分から生ずる利益を収取する。」 これに対し、審判所の判断は以下のとおりであり、請求人の主張は、いずれも採用することができないとしている。   3 〔争点3〕共用部分の賃貸は収益事業に該当するか 次いで、共用部分の賃貸が収益事業に該当するかどうかについて、請求人の主張は以下のとおりであり、仮に、収益事業であると判断するのであれば、修繕費を損金の額に算入すべきであるとする予備的主張も行っている。 これに対し、審判所は、以下のとおり、請求人による共用部分の賃貸を不動産貸付業と認定したうえで、支出した修繕費についても、「団地の塔屋をアンテナ基地局の設置場所として賃貸するか否かにかかわらず」要したものであり、損金の額に算入することを認めなかった。 以上、すべての争点で、審判所は請求人の主張を斥け、請求人は人格のない社団等に該当し、本件賃貸収入が請求人の収益事業による収入であるとしてされた各決定処分は、いずれも適法であると結論づけた。同時に、各事業年度に係る期限内申告書の提出がなかったことについて、国税通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する正当な理由がある場合には該当しないので、各賦課決定処分についても、いずれも適法であるとして、請求を棄却した。   4 人格のない社団等と組合の相違点について 本件裁決は、団地の管理組合が人格のない社団等に該当することから、法人税の納税義務を負い、基地局の設置によって得る賃貸収入は収益事業である不動産貸付業に当たるとして、請求人の主張をすべて斥け、法人税を追徴課税するだけでなく、無申告加算税の賦課決定についても、原処分庁の判断を是認したものである。 この項では、マンション等の管理組合が「人格のない社団等」の要件を満たさず、民法上の組合であるとされた場合に、課税関係にどのような相違が生じるかを検討したい。 (1) 民法上の組合の特徴 「組合」とは、組合契約により成立した団体であり、民法667条から688条に規定されたものをいう。複数人の出資約束で成立し、組合契約(諾成契約)は明示的なものでなく、黙示の合意でもよいと考えられている。 組合には代表機関はなく、組合の財産は、各組合員が共有(合有的に帰属)し、各構成員が自由に財産を処分することは認められない。また、債務についても、組合においては各組合員に合有的に帰属し、無限責任を負うこととなる。 これに引き換え、人格のない社団等(権利能力なき社団)については、財産及び債務は、構成員に総有的に帰属(全員で所有=団体のものであり、個人個人に持ち分はない)することとされており、債務に関しては有限責任である。 (2) 課税関係の相違 民法上の組合の事業に係る所得は、各組合員に対して、損益分配割合又は出資割合に応じて配分され、組合員個人に対する所得税課税が行われる(所得税基本通達36・37共-19)。 ただし、たとえ、民法上の組合であっても、人格のない社団等の要件(〔争点1〕参照)を満たした場合には、法人税の納税義務を負う。 (3) 任意組合を作って契約をすれば、法人税の納税義務はどうなったか 本件においても、区分所有者全員で構成される任意組合を結成し、区分所有者の代理人としての業務執行組合員が借主との間で契約を締結、賃貸に係る収益を区分所有者にその持分割合に応じて分配し、区分所有者がそれぞれ不動産所得を申告していれば、人格のない社団等として法人税を課税されることはなかったと考えられる。 とはいえ、実務上は、区分所有者全員の合意を得ることが難しいうえ、いったん分配した収益を再び修繕積立金として徴収しなければならず、また、区分所有者が変わるたびに契約を変更する必要もあり、小規模なマンションであればともかく、規模が大きくなれなるほど、実現可能性は低くなると言わざるを得ない。 ただし、区分所有者が青色申告を選択することによる課税上の優遇措置が使えることや、法人税率よりも低い所得税率が適用される場合もあることを考え合わせると、マンション管理組合の収益事業をどのような形態で行うかについては、さらに議論を深める余地があるのではないだろうか。 (次ページ(5 質疑応答事例、事前照会に見る課税庁の考え方)へ) (前ページへ) 5 質疑応答事例、事前照会に見る課税庁の考え方 本稿で取り上げた裁決が公開されたのち、国税庁ホームページの質疑応答事例にも、ほぼ同様の照会と回答が追加されている。 この他にも、マンション管理組合が行う駐車場の貸付について、収益事業に該当するかどうかに関する質疑応答事例、事前照会が公開されているので、併せて確認しておきたい。 (1) 質疑応答事例:マンション管理組合が携帯電話基地局の設置場所を貸し付けた場合の収益事業判定 【照会要旨】 【回答要旨】 その理由として、①人格のない社団等に対する法人税は、収益事業から生じた所得にのみ課されること、②マンション管理組合が賃貸借契約に基づいてマンション(建物)の一部を他の者に使用させ、その対価を得た場合には、収益事業(不動産貸付業)に該当することを説明している。 (2) 質疑応答事例:(収益事業)団地管理組合等が行う駐車場の収益事業判定 【照会要旨】 【回答要旨】 その理由として、「団地管理組合は人格のない社団等であるという趣旨の注書きを入れたうえで、①管理組合が、その構成員を対象として行う共済的な事業であること、②駐車料金は、区分所有者が所有している共有物たる駐車場の敷地を特別に利用したことによる「管理費の割増金」と考えられること、③その収入は、区分所有者に分配されることなく、管理組合において運営費又は修繕積立金の一部に充当されていることを挙げ、管理組合が駐車場を貸し付けた場合であっても、その貸し付けた相手が区分所有者であるときは、収益事業には当たらず、法人税の納税義務は生じないことを明らかにしている。 (3) 質疑応答事例:(資産の譲渡の範囲)マンション管理組合の課税関係 【照会要旨】 【回答要旨】 マンション管理組合に対する消費税の課税関係に関する質疑であり、こちらは、人格のない社団等ではなく、民法上の組合を前提とした回答になっているようであるが、組合員から得る賃貸料、管理費等は消費税の課税対象とはならないとする一方、組合員以外から得る賃貸料は消費税の課税対象となることが明らかにされている。 (4) 事前照会:マンション管理組合が区分所有者以外の者へのマンション駐車場の使用を認めた場合の収益事業の判定について 国土交通省住宅局長からの照会に、国税庁課税部長が、平成24年2月13日に回答した事前照会は、上記(2)のマンション管理組合が得る駐車場収入に関する課税関係について、さらに細かい前提条件を付けて分類したものであり、実務上も参考になる事前照会である。 【照会要旨:ケース1】 【課税関係:ケース1】 【照会要旨:ケース2】 【課税関係:ケース2】 【照会要旨:ケース3】 【課税関係:ケース3】 課税関係を上記のように解した理由として、照会者は次のように説明している。 ケース1については、A組合が行う外部使用は、区分所有者に対する優先性がまったく見られず、Aマンションの敷地内にあるものの、管理業務の一環としての「共済的事業」とは認められず、市中の有料駐車場と同様の駐車場業を行っているものと考えられる。したがって、区分所有者に対する使用と区分所有者以外の者に対する使用を区分することなく、その全体が収益事業たる駐車場業に該当することとなると考える。 ケース2については、B組合が行う外部使用については、区分所有者の使用希望がない場合にのみ外部使用を行うこととし、また、外部使用を行っている状態で区分所有者から駐車場の使用希望があった場合には、一定の期間(例えば3ヶ月)以内に、外部使用を受けている者は明け渡さなければならないといった区分所有者を優先する条件を設定しており、区分所有者に対する一定の優先性が見られることから、少なくとも区分所有者の使用に限れば、管理業務の一環としての「共済的事業」であり、収益事業たる「駐車場業」には該当しないと考えられる。次に、区分所有者以外の者に対する外部使用は管理業務の一環としての「共済的事業」とは別に、異なる独立した事業を行っていると考えることが相当である。このように独立した事業である駐車場の外部使用については、「共済的事業」及び「管理費の割増金」といった性質のものではないため、「駐車場業」として収益事業に該当することとなる。 ケース3については、C組合が行う外部使用は、そもそも積極的にC組合が外部使用を行おうとしたわけではなく、相手方(区分所有者以外の者)の申出に応じたものであり、また、区分所有者の利用の妨げにならない範囲内で、ごく短期的に行うものであるから、ケース2とは異なり、独立した事業とすべき事情も存在しない。したがって、C組合が行う外部使用は、管理業務の一環としての「共済的事業」である区分所有者に対する駐車場使用と一体的に行っているものと考えられる。C組合が行う外部使用については、管理業務の一環として行われている区分所有者に対する駐車場使用に付随して行われる行為であることから、この外部使用を含めたC組合が行う駐車場使用の全体が収益事業には該当しないものと解して差し支えないと考えたところである。 この照会についての国税庁の回答は、お定まりの「標題のことについては、ご照会に係る事実関係を前提とする限り、貴見のとおりで差し支えありません」とするものであった。 (了)
#88(掲載号)
#米澤 勝
2014/10/02
法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

貸倒損失における税務上の取扱い 【第27回】「判例分析⑬」

貸倒損失における税務上の取扱い 【第27回】 「判例分析⑬」   公認会計士 佐藤 信祐   第15回から第26回までにおいては、日本興業銀行事件について分析し、法人税基本通達9-6-2の射程距離についての分析を行った。 第27回以降においては、寄附金として否認された相互タクシー事件について分析し、法人税基本通達9-4-2の射程距離についての分析を行うこととする。   2 相互タクシー事件 (1) 第1審・福井地裁平成13年1月17日判決(訟月48巻6号1560頁、税資250号順号8815) ① 判決の概要 本事件は、債務超過であるグループ会社(以下、「X不動産」という)に対して、第三者割当増資により金銭の払込みを行った後に、当該株式を時価で関連者に対して譲渡することにより、本来であれば債権放棄損失として認識されるべき損失を有価証券譲渡損として認識したことに対し、課税庁が、当該第三者割当増資による金銭の払込みについて有価証券の取得価額を構成しないものとして、有価証券譲渡損を否認した事件である。 本事件の争点としては、 という点と、 という点であったが、判決においては、法人税法第37条のみが判断され、法人税法第132条については判断されなかった。 これに対し、本事件と類似の事件として、日本スリーエス事件(平成13年7月5日東京高裁判決)があるが、日本スリーエス事件については、法人税法第132条により判断がなされたという違いがある。 なお、両事件とも、額面株式が存在し、額面金額未満での増資ができなかった時代の事件であり、額面株式が廃止された現在においては、寄附金として認定されるべき金額が異なる可能性があるという点に留意が必要である。 ② 争点1(法人税法第37条に規定する寄附金についての判断) (ⅰ) 被告側(大野税務署長)の主張 (ⅱ) 原告側(納税者)の主張 ③ 争点2(法人税法第132条に規定する同族会社等の行為計算の否認についての判断) (ⅰ) 被告側(大野税務署長)の主張 (ⅱ) 原告側(納税者)の主張 本事件においては、双方から上記のような主張がなされている。次回においても解説するが、本事件においては法人税法第132条に規定する同族会社等の行為計算の否認についての判断はなされなかったが、判決文においても、上記の通り、被告側の主張はかなり大雑把なものとなっており、類似事件である日本スリーエス事件とは大きな違いが見受けられる。 実際の判決文を見てみると興味深いが、相互タクシー事件については有価証券の取得価額についての規定についての条文解釈と事実認定が重視されているのに対し、日本スリーエス事件については法人税の負担が不当に減少されているという点を重視しているという違いがある。 次回においては、上記のような主張を踏まえ、裁判所がどのような判断を下したのか、また、それをどのように考えるべきであるのかという点についてそれぞれ解説を行う予定である。 (了)
#88(掲載号)
#佐藤 信祐
2014/10/02
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経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第57回】ストック・オプション①「ストック・オプションの付与」

経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第57回】 ストック・オプション① 「ストック・オプションの付与」   仰星監査法人 公認会計士 横塚 大介   〈事例による解説〉 〈会計処理〉 1 X5年3月決算仕訳 【人件費の計上】 【報酬費用総額の算定】 (100名-8名)×50個=4,600個 4,600個×120円=552,000円 【X5年3月期に属する費用額の算定】 552,000円×9ヶ月(B:X4年7月~X5年3月)÷24ヶ月(A:X4年7月~X6年6月) =207,000円 2  X6年3月決算仕訳 【人件費の計上】 【報酬費用総額の算定】 (100名-6名)×50個=4,700個 4,700個×120円=564,000円 【X6年3月期に属する費用額の算定】 564,000円×21ヶ月(C:X4年7月~X6年3月)÷24ヶ月(A:X4年7月~X6年6月) -207,000円(X5年3月期に費用化された金額)=286,500円 3  X7年3月決算仕訳 【人件費の計上】 【報酬費用総額の算定】 (100名-5名)×50個=4,750個 4,750個×120円=570,000円 【X7年3月期に属する費用額の算定】 570,000円×24ヶ月(A:X4年7月~X6年6月)÷24ヶ月(同左)-207,000円 (X5年3月期に費用化された金額)-286,500円(X6年3月期に費用化された金額)=76,500円   〈会計処理の解説〉 1 報酬費用総額の算定について 報酬費用総額は付与されると見込まれるストック・オプションの数(4,600個)に付与時のストック・オプションの公正な評価単価(120円)を乗じて算定します。そして、期末毎に将来の失効見込みを見直し、報酬費用総額を見積りなおす必要があります。 具体的には、対象人員数(100名)から退職が見込まれる人員数(X5年3月決算においては8名、X6年3月決算においては6名を想定)を控除し、1人当たりに付与するストック・オプション数(50個)及び付与日現在の公正な評価単価(120円)を乗じた金額が貸借対照表の新株予約権勘定の残高となるように会計処理します(X5年3月決算仕訳及びX6年3月決算仕訳参照)。ただし、権利が確定した後は、確定したストック・オプション数(4,750個)に基づき報酬費用総額を算定します(X7年3月決算仕訳参照)。 2 各期の費用額の算定について 算定した報酬費用総額を、対象勤務期間(付与日から権利確定日までの期間)を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき、当期に発生したと認められる額を算定し、当期の費用として計上します。本事例においては、対象勤務期間(A:X4年7月~X6年6月)を基礎とする方法で解説しています。 *   *   *  次回は、ストック・オプションの権利行使について解説します。 (了)
#88(掲載号)
#横塚 大介
2014/10/02
会計 税務・会計 解説 解説一覧 財務会計 開示関係

基礎から学ぶ統合報告 ―IIRC「国際統合報告フレームワーク」を中心に― 【第8回】「統合報告を取り巻く現状と先進開示例に学ぶ今後への期待」

基礎から学ぶ統合報告 ―IIRC「国際統合報告フレームワーク」を中心に― 【第8回】 (最終回)  「統合報告を取り巻く現状と先進開示例に学ぶ今後への期待」   公認会計士 若松 弘之   今まで7回にわたり、統合報告フレームワークの基礎概念、指導原則、内容要素を中心に解説してきましたが、今回はいよいよ最終回です。統合報告を取り巻く環境や先進事例の紹介、今後、統合報告が広まっていくための課題などについて触れたいと思います。久しぶりに、東郷くんと豊国さんの会話から見ていきましょう。   1 統合報告を取り巻く状況と方向性 2人の会話にもあるように、統合報告はフレームワークの公表を起点として、今まさに始まったところです。フレームワークの記述にはまだまだ抽象的な概念の域を出ないと感じられる部分も多いのですが、今後、各国様々な企業や組織から独自の統合報告書事例が積み上がっていくなかで具体化されていく部分やベストプラクティス(優良事例)も増えていくことでしょう。 統合報告の普及促進の目的もあり、9月初旬に開催された統合報告シンポジウム(日本経済新聞社主催)で来日講演していたIIRC(国際統合報告評議会)のポール・ドラックマンCEOは、「情報の結合性」が統合報告において大事な原則である点を強調していました。また、統合報告普及の方向性として、各国の法制度などで事細かに縛るのではなく、投資家や市場の判断やニーズに任せていきながら、より良い方向性を柔軟に模索していく考えも示していました。 加えて、企業間の比較可能性も大切ですが、そこを重視するあまり、横並びで形式的な報告書になることは避けなくてはならないので、最初からあまり難しく考えるのではなく、企業が自らのユニークな価値創造ストーリーを作るところからとりあえず一歩踏み出してみよう、と呼びかけていました。   2  なぜ今、「統合報告」なのか? 統合報告は数年前から議論されていましたが、今まさにスポットライトが当たり、日本においても多くの企業で前向きに導入が検討されている背景には、IIRCによるフレームワーク公表以外にもう1つ理由があります。 それはアベノミクスの成長戦略において、資本市場の健全化と企業価値の持続的成長促進の柱となるものとして、次の点を重視しているためです。 世界の資本市場の中でもとりわけ日本においては、企業も投資家も短期志向(ショートターミズム)に陥っているという指摘があるため、この3点を整備し、企業の中長期的な持続的成長を促す場としての健全な資本市場を再興することが日本における喫緊の課題となっているのです。 その点では、企業と投資家の双方が短期志向から脱却し、中長期的な視点で企業価値を議論するためのツールとしてまたとないものが「統合報告書」なのです。   3 日本における統合報告の先進事例の紹介 日本企業においても従来、別々に発行していた報告書を1冊に集約する動きが加速しています。ただし、1冊にまとめただけでは「統合報告書」とは言えないため、正式なタイトルとして「統合報告書」と明確に宣言している企業はまだまだ少ないのが現状です。 ただし、現状でも模範とすべき統合報告事例があります。先般、WICI(世界知的資本・知的資産推進構想)ジャパンの第1回「統合報告」表彰制度において表彰された(株)ローソンとオムロン(株)に関して、報告書の概要をご紹介します。 ※クリックするとPDFファイルが開きます 両社とも、各種報告書を単純合算すると数百ページに達するものを、1つの報告書として100ページ未満に抑えながらも、それぞれの企業の独自色を出しながら、企業理念や経営層のメッセージを力強く主張しています。また、フレームワークの重要原則である「情報の結合性」や「価値創造プロセス」を意識しつつ、多様なステークホルダーの情報ニーズを満足させる工夫を随所に凝らしている力作といえるのではないでしょうか。 ぜひ、ご一読をおすすめします。   4 統合報告の課題と今後への期待 現状、統合報告が進展していくための課題は様々ですが、おもな3点は冒頭で豊国さんが述べていた点に集約されると思います。それぞれについて現時点で定まった解はなく、今後の議論で方向性を導き出していくことになるでしょう。 ① 企業にとって統合報告を導入する意義やメリットとは? まずは、経営層にとっては、今まで外部のステークホルダーに伝えきれなかった中長期にわたる企業価値創造に対する「思い」を伝えられるきっかけになるのではないでしょうか。統合報告によるコミュニケーションが、経営層にとって投資家の短期志向という呪縛にとらわれずに、「腰を据えた経営」を見守ってください!と言える好機につながるのであれば、多少コストを払っても取り組む価値があると考えます。 次に、企業理念やビジョン、ミッション、社会的な存在価値を、企業価値と結合させながら、分かりやすく再整理することは、経営環境の変化が激しい昨今において自らの立ち位置を見失わないという意味で非常に大切な点だと思います。これは投資家のみならず、社員やその家族、地域社会その他に対しても、モチベーションや相互理解を促すものとして有用ではないでしょうか。 特に、統合報告を紡ぎ上げていくプロセスは、これまで希薄でほつれが目立った社内部門間の編み目に対して、改めて横糸と縦糸をしっかり結んでいく、またとないチャンスになるかもしれません。 経営層や各部門とも、最終的なゴールが中長期にわたる企業価値の持続的成長である点は一致しているので、部門業績至上主義という狭い視野にとらわれず、企業グループ全体最適な志向につながるのであれば、経営効率の向上という点で費用対効果は高いと言えるでしょう。 ② 企業がどこまで踏み込んで企業独自のスタイルで統合報告を作成すべきなのか? これは、フレームワークにどこまで準拠すべきか、それによって企業間の比較可能性をどこまで求めるかという点にもつながってきます。基本的にはIFRSと同様に「原則主義」の考え方を採っていますので、企業に独創性や柔軟性を求めていると考えられます。ただし、投資家を含むステークホルダーが企業間比較を重視する場合、まったくバラバラな記載では困るため、一定の目線合わせをどの水準に設定するかが鍵となります。 例えば、楽曲の演奏会をする際に、演奏者に対して最低限の出場資格や一定要件は課すものの、どのような楽器や曲を用いて、どのように表現するかは演奏者に委ねたときに、本当に多くの観客が集まるかどうかというイメージです。 先に述べたとおり、現時点でIIRCはまずは観客であるマーケットの評価に委ねるというスタンスを採っているようですが、このさじ加減が今後の普及のポイントになるのではないでしょうか。 ③ 統合報告の内容をどのように保証することで信頼性を向上させていくのか? 財務報告の場合を考えてみれば明らかですが、仮に財務情報の信頼性を保証する監査制度がなければ、投資家や債権者がリスクをとって資金や信用を提供することが困難となり、資本市場は機能不全に陥ってしまうでしょう。ただし、第三者による保証や監査制度を義務付ける場合、これに対応する企業側の時間や金銭的なコストに加え、詳細なルール設定が必要となる可能性があり、企業独自のユニークな価値創造ストーリーの作成が窮屈なものになってしまうおそれがあります。したがって、バランスの問題ですが、この点についても慎重な議論が必要となります。 以上、いくつか乗り越えるべき課題はあり、この制度が実務に幅広く定着するまでは、まだまだ時間がかかると思います。しかしながら、企業は様々なステークホルダーに対して、企業自身の存在意義を伝え、長期にわたる企業価値の持続可能性を理解してもらうよう、たゆまぬ努力をすることにより、自らもまた成長していくことができると考えられます。 *   *   * 最後になりましたが、8回の長きにわたり「基礎から学ぶ統合報告」をお読みいただき、誠にありがとうございました。 この連載が、読者の皆様が統合報告について知識を深めるきっかけとなれば幸いです。 (連載了)
#88(掲載号)
#若松 弘之
2014/10/02
労働保険 労務 労務・法務・経営 労災保険

第三者行為災害による自動車事故と企業対応策 【第1回】「第三者行為災害とは」

第三者行為災害による自動車事故と企業対応策 【第1回】 「第三者行為災害とは」   社会保険労務士 井下 英誉   はじめに これから全5回にわたり、「第三者行為災害」というテーマで、労災保険の手続の中でも特に複雑と言われる自動車事故への対応について、企業が知っておくべき対応策を紹介する。   1 第三者行為災害とは 「第三者行為災害」とは、労災保険給付(負傷、疾病、障害、死亡)の原因である災害が第三者の行為などによって生じたもので、労災保険の受給権者である被災労働者または遺族に対して、第三者が損害賠償の義務を有しているものをいう。 具体的には、第三者行為に該当する出来事と該当しない出来事は以下のように分けられる。   2 損害賠償責任とは 先に述べたとおり、第三者が被災労働者または遺族に対して「損害賠償の義務があること」が第三者行為災害の要件になっているが、これは、民法などの規定により、第三者の側に民事的な損害賠償責任が発生した場合をいう。 ① 民法の規定 ② 自動車損害賠償保障法の規定   3 民事賠償と労災保険との調整について 第三者行為災害に該当する場合には、被災労働者または遺族は第三者に対し損害賠償請求権を取得すると同時に、労災保険に対しても給付請求権を取得することになる。この場合、同一の事由について両者から損害のてん補を受けることになれば、実際の損害額より多くが支払われ不合理である。また、本来損害のてん補は、政府によってではなく、災害の原因となった加害行為などに基づき損害賠償責任を負う第三者が最終的には負担すべきものであると考えられる。 このため、労災保険では、第三者行為災害に関する労災保険給付と民事損害賠償との支給調整には2つの方法(「求償」または「控除」)が用いられる。 ① 求償 政府が労災保険給付と引き換えに被災労働者または遺族が第三者に対して持っている損害賠償請求権を取得し、この権利を第三者(交通事故の場合は保険会社)に直接行使することをいう。 求償は、被災労働者または遺族が第三者に対して有する損害賠償請求権のうち、労災保険の保険給付と「同一の事由による損害賠償請求権の額」に限定される。 したがって、労災保険では給付対象とされない慰謝料や文書料、諸雑費等は求償の対象にならない。 ② 控除 同一の事由により第三者の損害賠償(自動車事故の場合は自賠責保険などの支払い)が労災保険給付より先に行われた場合、政府は、その価額の限度で労災保険給付をしないことをいう。 このため、実際に受けた損害賠償額(労災保険の保険給付と同一の事由のもの)が保険給付の額を上回る場合は労災保険の給付は行われず、受けた損害賠償額(労災保険の保険給付と同一の事由のもの)が保険給付の額より低額である場合は、その差額が支給される。   4 同一の事由について 民事損害賠償として支払われる損害賠償金または保険金について、労災保険給付と支給調整される範囲は、労災保険給付と同一の事由のものに限られる。労災保険給付に対応する損害賠償項目については、下表の通りとなっている。 なお、労災保険では被災労働者または遺族に対して、保険給付のほか特別支給金も支給することとしているが、特別支給金は保険給付ではなく社会復帰促進等事業として支給されるものであるため、支給調整の対象とはならない。 【労災保険給付と損害賠償項目の対比表】 *   *   * 次回は、自賠責保険と労災保険の関係について解説を行う。 (了)
#88(掲載号)
#井下 英誉
2014/10/02
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最新!《助成金》情報 【第2回】「雇用関連助成金の活用(その2)《キャリアアップ助成金①》」

最新!《助成金》情報 【第2回】 「雇用関連助成金の活用(その2) 《キャリアアップ助成金①》」   特定社会保険労務士 五十嵐 芳樹   1 キャリアアップ助成金の目的 キャリアアップ助成金には、非正規労働者などのキャリアアップや正規雇用への転換促進を目的とした次の6コースがある。このうち「人材育成コースの有期実習型訓練」と「正規雇用等転換コース」は、要件を満たせば双方受けられる場合がある。   2 全コースに共通する支給対象事業主の要件 全コース共通の対象事業主要件は次のものとなり、コースごとの事業主要件は厚生労働省や担当窓口で確認する必要がある。   3 キャリアアップ助成金―正規雇用等転換コース (1) 目的 この助成金の目的は、有期雇用労働者の正規・無期雇用への転換促進である。例えば1年契約を反復更新すると平成30年4月以降に5年を超え労働者に無期転換申込権が発生するが、その前に無期雇用転換を促進する。有期雇用労働者の正規雇用転換が人材確保につながる場合は有効だ。ただし、正規雇用転換は賃金や賞与、退職金など将来にわたる経費増になるため、転換する社員の能力意欲が人件費増加に見合うかどうか検討する必要がある。見合わない転換はこの問題が継続する恐れがある。 (2) 対象労働者 対象労働者は、正規雇用を前提としない次のいずれかの労働者。 (3) 対象措置 次のいずれかの措置の要件や手続を労働協約や就業規則で定め実施する。 (4) 支給額 ( )内は中小企業 (※) H26.3.1~H28.3.31までは1年度1事業所15人(無期雇用転換は10人)を上限とする。   4 キャリアアップ助成金―人材育成コース (1) 目的 「ジョブカード制」とは、正社員経験の少ない有期雇用労働者が正規雇用を目指すためのキャリアアップコンサルティング制度であり、意欲もあり有能な有期雇用労働者に対する必要な職業訓練により育成しようとする場合は有効な助成金である。 (2) 対象労働者 対象労働者は、正規雇用転換を前提としていない次のAまたはBの労働者。 (3) 対象となる教育訓練 人材育成コース助成金の対象となる訓練は、次のいずれかの訓練。 (4) 支給額 【人材育成コースの対象者1人当たりの助成金支給額】 (※) ただし、1年度1事業所当たり500万円を上限とする。   5 キャリアアップ助成金―処遇改善コース (1) 目的 この制度を活用する際は、次のことを考慮する必要がある。 人材の採用難や流出等がある場合は賃金等処遇改善も重要だが、それは同時に人件費増加及び正規・無期雇用労働者との格差を変えるため、人件費負担増の是非と非正規労働者と正規・無期労働者の処遇が妥当かどうかの確認が必要である。 (2) 対象労働者 (3) 支給対象となる措置 (4) 支給額 *   *   * 次回は、 キャリアアップ助成金―健康管理コース キャリアアップ助成金―短時間正社員コース キャリアアップ助成金―短時間労働者の週所定労働時間延長コース について解説を行う。 (了)
#88(掲載号)
#五十嵐 芳樹
2014/10/02
労務・法務・経営 法務

改正会社法―改正の重要ポイントと企業実務における留意点 【第5回】「多重代表訴訟」

改正会社法 ―改正の重要ポイントと企業実務における留意点 【第5回】 (最終回) 「多重代表訴訟」   西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士 柴田 寛子   改正会社法のポイントについて解説する本シリーズの最終回(第5回)では、子会社管理やM&A等の実務に大きな影響を与える「多重代表訴訟」について解説する。 なお、本稿で解説する多重代表訴訟は、改正会社法上は「特定責任追及の訴え」(改正会社法847条の3第1項)と規定されているが、以下では、より馴染みのある「多重代表訴訟」との語を用いる。   1 新制度導入の背景 多重代表訴訟は、従来から、持株会社等の企業グループにおいて、傘下の事業子会社が当該企業グループの実質的な業務の決定・遂行を担っているにもかかわらず、当該事業子会社の取締役の任務懈怠等について、現行会社法上、親会社の株主自身が直接に責任追及を行う手段がないために、かかる任務懈怠等が放置される懸念があると指摘されていたことを受けて新設されたものである。 本制度は、改正会社法の主眼である「企業統治の強化」と「親子会社の規律」のいずれにも合致するものといえる。   2 対象範囲の限定 多重代表訴訟は上記1のとおり、親会社株主による子会社取締役等に対する直接の責任追及の手段として企業統治の強化に資する一方、濫訴の恐れや子会社取締役の業務執行に与える萎縮効果についても十分に配慮しなければ、制度としてバランスを欠くものとなる。 そのため、以下のように、原告となる「親会社株主」及び被告となる「子会社」取締役等の要件は限定的に規定されている。 (1) 親会社株主の範囲 まず、多重代表訴訟において原告となることができる者は、「最終完全親会社」の株主であり、「最終完全親会社」に該当する会社は、必ずしも直接の親会社ではなく、当該会社の1人株主(発行済株式総数を有する者)がいない会社まで遡る必要がある(改正会社法847条の2第1項)。 また、通常の代表訴訟においては、6ヶ月前から1株でも有している株主であれば提訴請求を行うことができるが(現行会社法847条1項)、多重代表訴訟においては、濫訴防止のため、総議決権又は発行済株式総数の1%以上保有(定款により引下げ可能)との持株要件が課されている(6ヶ月の期間要件は同じ)。 (2) 子会社の範囲 多重代表訴訟において被告となるのは、「完全子会社」の取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人等(以下「取締役等」という)であるが、「完全子会社」の範囲も、制度趣旨に鑑み、重要なものに限定されている。 具体的には、完全子会社取締役等の責任追及の原因となった行為の日において、最終完全親会社が保有する当該完全子会社の株式(他の完全子会社が保有する株式がある場合にはそれらを含む)の帳簿価額が、最終完全親会社の総資産(具体的な計算方法は未制定の法務省令に委ねられる)の20%超に該当する完全子会社に限定されている(改正会社法847条の3第4項。本稿において、当該要件を満たす完全子会社を「対象完全子会社」という)。また、この要件に示されるとおり、対象完全子会社の種類は「株式会社」に限定されている。 以上の多重代表訴訟の適用範囲をまとめたものとして〈図1〉を、また、最終完全親会社・対象完全子会社の関係について図示したものとして〈図2〉を参照いただきたい。 〈図1 対象範囲のポイント〉 〈図2 最終完全親会社・対象完全子会社の例〉   3 手続の流れ 〈図3〉は多重代表訴訟における主要な手続を示したものであり、各手続におけるポイントは以下のとおりである。 〈図3 多重代表訴訟の手続概要〉 (1) 訴訟提起の請求 通常の代表訴訟同様、多重代表訴訟の提起を求める株主(最終完全親会社株主)は、まず、対象完全子会社に対し、対象完全子会社自身が、その取締役に対して責任追及の訴えを提起するよう求めなければならない(図3①)。 当該請求の日から60日以内に、対象完全子会社がその取締役に対して訴えを提起しない場合に、対象完全子会社に代わって、当該訴えを提起することができる(図3②、改正会社法847条の3第7項)。 (2) 訴訟参加 原告株主側には、①最終完全親会社の他の株主及び②対象完全子会社が、共同訴訟人として訴訟参加することが認められる。また、③最終完全親会社も、補助参加として訴訟参加可能である。 最終完全親会社の他の株主の訴訟参加の機会を確保するため、最終完全親会社は、対象完全子会社から訴訟提起等に関する通知を受けた後(図3③)、遅滞なく、最終完全親会社の株主に対し、当該通知を受けたこと、つまり対象完全子会社の取締役に対して多重代表訴訟が提起されている事実を、通知(公開会社においては公告)することが義務づけられている(図3④、改正会社法849条7項、10項2号、11項)。 また、対象完全子会社は、被告となる子会社取締役等の側に、補助参加として参加することも選択できる。かかる補助参加に際しては、対象完全子会社の監査役の同意が必要とされている(改正会社法849条3項1号)。   4 実務上の留意点 (1) 訴訟リスクへの対応 多重代表訴訟の導入により、上記2(2)の要件を充たす対象完全子会社の取締役等の会社役員賠償責任保険(D&O保険)への加入が進むと考えられる。また、上記2(2)のとおり、多重代表訴訟の対象となる「完全子会社」は株式会社に限定されていることから、場合によっては、子会社の組織変更(合同会社化)等も検討に値する。 (2) 取締役の責任減免の要件加重-M&Aにおける留意点 多重代表訴訟の導入に伴い、対象完全子会社の取締役等の責任減免の要件が加重されたことについても、実務上、注意が必要である。 具体的には、取締役の任務懈怠等による会社に対する損害賠償責任については、現行会社法上、当該取締役が就任する会社の株主全員の同意があれば免除可能とされているが(現行会社法423条、424条)、上記2(2)の要件を充たす対象完全子会社の取締役等については、当該責任免除のためには、対象完全子会社のみならず、最終完全親会社の総株主の同意が必要となる(改正会社法874条の3第10項)。 また、取締役等が任務懈怠等について善意・無重過失の場合には、〈図4〉に示す方法で責任の一部免除が認められているが、上記2(2)の要件を充たす対象完全子会社については、取締役が就任する対象完全子会社のみならず、最終完全親会社の株主等の関与が義務づけられた(①につき改正会社法425条3項、②につき同法426条7項、③につき同法427条4項)。 なお、多重代表訴訟及び責任減免の要件加重は、改正会社法施行日後(2015年4月又は5月が有力)に、取締役の責任の原因となった事実が生じた場合(又は行為が行われた場合)に適用されることとなる(改正附則16条・21条)。 〈図4〉 以上の責任減免要件の加重は、M&A実務にも重要な影響を与える。 例えば、子会社の株式の譲渡を行う場合、譲渡人から指名された取締役等について、譲受人及び譲受人間において、当該子会社取締役の責任追及を行わない旨の合意がされることがあるが、譲渡対象子会社が、対象完全子会社に該当する場合には、かかる譲渡当事者間の合意による免責だけでは足りないということとなる。 また、最終完全親会社自身が合弁会社である場合には、その傘下の対象完全子会社の取締役の責任追及に関し、合弁契約・株主間契約において予め規定しておく必要も生じるだろう。   5 まとめ 新設された多重代表訴訟は、親子会社のガバナンス強化に資する反面、対象となる対象完全子会社の取締役等の責任減免の要件加重等も伴うものであり、これにより、上記において紹介したとおり、親会社の指示に従った完全子会社取締役の業務執行が当然には免責されない等、実務上看過できない重要論点も多数生じることとなった。 改正会社法施行後をふまえ、これらの点を考慮しつつ、持株会社を含む親子会社の運営を検討・整備する必要がある。 (連載了)
#88(掲載号)
#柴田 寛子
2014/10/02
読み物 連載

私が出会った[相続]のお話 【第10回】「どれだけ努力しても、相続対策は計画通りに進まない」~『トータルの考え方』で顧客への指導を~

私が出会った[相続]のお話 【第10回】 「どれだけ努力しても、相続対策は計画通りに進まない」 ~『トータルの考え方』で顧客への指導を~   財務コンサルタント 木山 順三     〔相続対策をジャマするもの〕 以上、大変ネガティブなケースについて、いくつかお話しました。 では、同じようなケースが起こりうる状況で、税理士はどうすれば、クライアントを納得させる節税策を提案できるのでしようか。   〔あらゆる参考材料を提供。ただし決断はクライアントに〕 ネガティブなことばかり考えていては、物事は先に進まず、また、ほとんどの場合、取り越し苦労にすぎないことは申し上げるまでもありません。 しかしながら、クライアントの相談に乗る立場としては、あらゆることを想定し、現状における最大の効果を上げるべく、参考となる意見を述べることが求められます。 そのためには結果的にそのやり方に逆の目が出ても、他でカバーできるような『トータルでの考え方』の大切さを醸成しなければなりません。 すなわち節税になるからと言って、節税対策のみを考えた多額の生前贈与はもってのほかであり、その人の身になった、言ってみれば身内にアドバイスするようなつもりで対処する必要があると思います。 私の銀行員時代のお話ですが、Eさんは初物好きで、新しい投資信託が発売されると「今度の投信を買いたい」と必ず申し入れがありました。一方、奥様はE家の財産状態から投信割合が多いことを懸念されておられました。 そこで私はEさんに対し「今回は見送られた方が良いですよ」とアドバイスしたのですが、「たとえわずかでもほしい!」とまるで駄々っ子のようにおっしゃるので、やむを得ず「500万円だけですよ!」と言って販売することになりました。 そして数年後。案の定相場が下がり、Eさんは「どうしていつも損ばかりするの?」と私に文句をおっしゃいました。 私は「だからあの時、買ってはいけないと言ったでしょう!」と言うと、Eさんは「シュン・・・」。 もちろん、奥様には大変感謝されました。   〔人としての醸成が求められる税理士業。若い人は不利?〕 税理士業とは税務相談、税務代理等の本来業務だけでなく、極論すればクライアントの生き方についてまで相談に乗るような場面にも遭遇します。 場合によってはクライアントの人間教育まで行わなければならないかもしれません。 それだけに、経験の深い、ある程度年配の税理士さんの方が、クライアントの安心と信頼を得ると言っても良いでしょう。 しかしながら若い税理士さんには、クライアントのために、真剣に、実意丁寧に、マメに行動するバイタリティがあります。 また、税理士の有資格者は年齢に関係なく、それだけの指導力や人間性を保持されている人であると確信しています。自信をもって相続対応に臨んでください。 (了)  
#88(掲載号)
#木山 順三
2014/10/02
お知らせ 相続税・贈与税 税務 税務・会計 税務情報の速報解説 速報解説一覧

《速報解説》 国税庁、HP上で「年金の方法により支払いを受ける保険金の支払請求権(受給権)の相続税法上の評価の取扱い」を変更~訴訟の影響により相続税法22条から24条への評価に変更するも影響は極めて限定的の模様

《速報解説》 国税庁、HP上で「年金の方法により支払いを受ける保険金の支払請求権(受給権)の相続税法上の評価の取扱い」を変更 ~訴訟の影響により相続税法22条から24条への評価に変更するも影響は極めて限定的の模様   Profession Journal編集部   国税庁は、去る9月26日ホームページ上で「年金の方法により支払いを受ける保険金の支払請求権(受給権)の相続税法上の評価の取扱いの変更について」を公表した。   ◆このタイプの保険受給権に限り取扱いを変更 年金方式の保険金支払受給権に関する相続税評価については、現在、相続税法24条において①確定年金、②終身年金、③保証期間付終身年金に分け評価方法が定められているが、これらのタイプから外れる年金方式の保険金支払受給権の評価は原則的に相続税法22条を適用し、保険金を一時金として支払いを受ける場合の金額により評価することとなる。 だが、このたび国税庁は、その例外として位置づけられるタイプの保険金受給権について、相続税法24条の適用を認める取扱いの変更を行った。 今回の取扱いの変更により相続税法24条の適用が認められることとなった保険受給権のタイプは、下記のものだ。   ◆見直しの契機は東京高裁判決 国税庁によると、上記のタイプの保険金受給権を相続した納税者の主張が認められた9月11日の東京高裁判決に基づき、本取扱いを変更したとしている。 その事件だが、被相続人が契約した被相続人を被保険者かつ年金受取人、相続人を死亡給付金の受取人とした変額個人年金保険契約について、その死亡給付金については相続開始時に年金の種類、年金の受給期間等を相続人が指定するという特約が付されていた。 この受給権の評価をめぐり、相続人は24条の適用を、一方の国側は原則どおり22条の適用をそれぞれ主張。第一審、そして第二審とも納税者の訴えを認めたもの。   ◆22年度改正による相続税法24条の改正で影響は限定的 今回の取扱いの変更により、同タイプの保険金受給権の評価は24条を適用することとなったわけだが、その影響は極めて限定的だと想定されている。 というのも、この訴訟のケースは平成19年に開始した相続をめぐる評価の争いであり、争点となった相続税法24条自体が、実際の受取金額の現在価値と乖離していること等を理由として平成22年度税制改正で大きく変えられているからだ。 〈平成22年度改正による相続税法24条の改正内容〉 つまり、現在、同タイプの受給権を相続したとしても、改正後の24条の規定である ――の①か②のいずれか多い金額により評価することになり、22条を適用した場合と乖離がなくなることから、今回の取扱いの変更により有利な評価となるケースは生じることはない。   ◆実務ではココをチェック! 今回の取扱いを受けて、対象となったタイプの保険金受給権の相続又は贈与があった場合は更正の請求を行うこととなる。 更正の請求については、次の年分の相続税及び贈与税については、法令上、減額できないこととされているので注意されたい。 更正の請求の対象となる期間の相続・贈与のスタート時期は上記のとおりだが、前述のとおり今回の取扱いの変更が影響するのは、旧相続税24条が適用となる平成23年3月以前の相続・贈与となる。 これに該当する場合には保険契約の内容がわかる資料を用意し、この取扱いの変更を知った日の翌日から2ヶ月以内に所轄税務署に更正の請求の手続を行わなければならない。 税務では、上記の期間が対象となる相続税又は贈与税の申告書について「解約返戻金」をチェックし、該当するものについてはクライアントに保険のタイプを問い合わせるなどして、今回のタイプか否かを確認することが求められる。 (了)
#87(掲載号)
#Profession Journal 編集部
2014/10/01
お知らせ 会計 会計情報の速報解説 四半期(中間) 税務・会計 財務会計 速報解説一覧

《速報解説》 金融庁から「四半期財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」等が公表~「のれんの金額等に係る見直しの注記」に関するコメント対応に注意~

《速報解説》 金融庁から「四半期財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」等が公表 ~「のれんの金額等に係る見直しの注記」に関するコメント対応に注意~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 平成26年9月30日、 金融庁は「四半期財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」等を公表した。 公表されたものは次のとおりである。 今回の改正は、平成26年5月16日付で改正された「四半期財務諸表に関する会計基準」(改正企業会計基準第12号)等に対応するものである。 これにより、平成26年8月8日の公開草案が確定することになる。 内閣府令等の公表に当たり、「『四半期財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)』等に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(以下「コメント対応」という)が公表されているので、ぜひ、お読みいただきたい。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な改正事項 1 企業結合に係る暫定的な会計処理が確定した場合の取扱い(※)論末の追記参照 平成26年5月16日付で改正された「四半期財務諸表に関する会計基準」(改正企業会計基準第12号)等では、企業結合に係る暫定的な会計処理が確定した場合の取扱いが示されている。 改正は、当該「四半期財務諸表に関する会計基準」(改正企業会計基準第12号)等に対応するものである。 四半期連結財務諸表規則20条についても、四半期財務諸表等規則と同様の改正がなされている。 コメント対応では次のコメントが寄せられ、金融庁の考え方が示されているので、注意が必要である。なお、アンダーラインは筆者が記載したものである。 参考までに、「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針」の該当箇所を示す。 2 財務諸表等規則関係 株主資本等変動計算書(様式第七号の二)の記載上の注意に、次の規定を設ける。 3 企業内容等開示ガイドライン関係 企業内容等開示ガイドライン5-21-2に、四半期連結財務諸表規則20条3項もしくは四半期財務諸表等規則15条3項に規定する暫定的な会計処理の確定について、規定を設ける。   Ⅲ 適用時期 四半期財規の改正、四半期連結財規の改正、企業内容等開示ガイドラインの改正については、平成27年4月1日以後開始する事業年度の期首以後実施される企業結合から適用される(平成26年4月1日以後開始する事業年度の期首以後実施される企業結合から早期適用可)。 株主資本等変動計算書の記載上の注意に関する改正については、平成27年4月1日以後開始する事業年度に係る財務諸表について適用される。 (了)
#87(掲載号)
#阿部 光成
2014/10/01
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