件すべての結果を表示
法人税
税務
税務・会計
解説
解説一覧
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載23〕 無対価分割の会社法と税務
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載23〕 無対価分割の会社法と税務 税理士 竹内 陽一 1 会社法と無対価分割 会社法758条4号では、承継会社が分割会社に金銭等を交付するときは、と規定されているので、吸収分割契約において、承継会社が対価を交付しないことを決めることができる。この場合、剰余金の配当はできないので、これは、会社法では無対価吸収分社型分割となる。 会社法での分割型分割は、分割会社が対価等の交付を受けて、それを株主に剰余金の分配を行うことなので、会社法では無対価分社型分割はあっても、無対価分割型分割はない。 新設分割では、新設分割設立会社(以下「設立会社」)が新設分割会社(以下「分割会社」)に対して交付する設立会社の交付株式数は、法定記載事項として設立会社の株式が必ず交付されるので、無対価新設分割はない。 吸収分割においては、実務では交付省略型として、完全支配関係である親子会社(親会社=分割法人、子会社=承継法人、以下「完全親子型」)、子親会社(子会社=分割法人、親会社=承継法人、以下「完全子親型」)、兄弟会社(以下「完全兄弟型」)、完全子親型及び完全兄弟型の混合型の4類型について、無対価で吸収分割することが想定できる。これらは、会社法ではすべて分社型となる。 税務では、この4類型はすべて適格で、完全親子型は分社型、他の3類型は分割型とされる。 分割契約書においても、これらの完全親子関係等を記載して、無対価条項を記載する実務となっている。 2 会社法上の無対価分割と税務上の分社型及び分割型 会社法では、無対価分割はすべて、剰余金の配当を行うことができないので、税務でいう分社型になるが、税務上は、会社法上分社型分割であっても、分割法人の株主への対価の割当てが省略された交付省略型である適格無対価分割型分割を想定して、平成22年度改正において、表1にみられるように、完全親子型及び分割会社が承継会社の株式を1株でも保有する場合の無対価を分社型分割とし、これら以外の場合を分割型分割とした。(法法2十二の九、十二の十) 表1 無対価分割の概要 さらに、表2でみられるように、完全親子型を無対価適格分社型分割とし、完全子親型、完全兄弟型、これらの混合型の3類型について、無対価適格分割型分割とした。 表2 無対価分割(適格) さらにこの改正においては、法令4条の3第6項1号のイとロ(当事者間完全支配関係)、同項2号のイからニ(同一者間完全支配関係)により、限定列挙の適格無対価分社型分割と適格無対価分割型分割とした。結論的には、表2の4類型となる。そして、この表2の4類型以外、税務上は、無対価の場合、非適格となる。 3 適格無対価分割 無対価分割は会社法においてはすべて分社型であるが、法人税法では、完全支配関係において、親法人が分割法人の場合の完全親子型は、適格分社型分割とした。 この場合、親会社から、子会社に資産等が移転する。移転した資産等に対応して、分割法人では子法人株式等を増額し、承継法人では受け入れた資産等に対応して、資本金等の額を増額させる。この親法人=分割法人での株式の帳簿価額の増加額と、子法人=承継法人での資本金等の額の増加額は等額であり、親法人の有する子法人株式数の増加はない。 分割法人が子法人の場合の完全子親型、同一者に支配されている兄弟会社間で分割を行う完全兄弟型、完全子親型及び完全兄弟の混合型については、この無対価吸収分割を適格分割型分割とした。 この完全兄弟型及び混合型の同一者は、完全支配関係の条文においては一の者とされた。完全支配関係の条文においては、この「一の者」は個人である場合、親族等と解されるが、無対価適格の条文においては、一の者に、その親族等とする定義はなく、一の者は、一人とされている。 適格無対価分割型分割では、承継資産に対応して、分割法人の株主について、その有する株式の取得価額の改定の定めを置いた。 完全子親型の場合、子会社である分割法人から資産等が移転し移転資産等に対応して、資本金等の額と利益積立金を減額し、親会社である承継法人において、受け入れた資産等の帳簿価額に対応して、資本金等の額と利益積立金額を増額させる。ただし、この資本金等の額の増加額の枠の中で対応する分割法人株式を減額する。このとき、「増加資本金等の額<減額する対応分割法人株式帳簿価額」のときは、その差額は資本金等の額のマイナスとして処理する。この分割法人の減少額と承継法人の増減額は等額である。この処理は資本剰余金の配当による適格現物分配と同じ処理となる。 完全兄弟型の場合、子会社である分割法人において資産等と資本金等の額及び利益積立金額を減額させ、子会社である承継法人において資産等と資本金等の額及び利益積立金額を増額させ、株主である親法人はその同額の分割法人株式簿価を減額し、承継法人株式簿価を増額する。この場合、それぞれの株数は変わらない。 完全子親型と完全兄弟型は、これらの複合した処理となる。 4 法人税と無対価非適格分割 適格無対価分割は、平成22年度改正において、表2の事例に限り適格分割とされた。他方で法人税法は、無対価分割について、これらは会社法上は分社型分割であるが、株式の保有関係によって、分社型と分割型と定め、適格以外の類型は、非適格と定めたことになる。 この結果、適格となる表2の4類型以外の無対価は、 (1) 移転資産の時価と移転負債の時価が等価で、移転純資産がゼロなので、無対価としたことが合理性があるが、平成22年度改正以後においては、その条件において、適格要件を満たしていたとしても非適格となる。以下(2)、(3)において同様である。 (2) 無対価となるのは、上記(1)のように時価がゼロとなる場合が多いと思うが、さらに移転純資産がマイナスである(時価債務超過分割)ので無対価とした場合、 (3) 移転純資産がプラスであり、本来対価を交付すべきところ、無対価とした場合が考えられる。この(2)と(3)の場合の問題は別途検討する。 (4) なお上記(1)から(3)において、無対価ではなく、形式的に1株でも交付があれば、他の要件を満たせば、適格となる。 5 非適格無対価分割の事例検討(4(1)の時価がゼロの場合) 分割法人X2と承継法人Y2は、同一者甲に支配される完全兄弟法人X1、Y1にそれぞれ完全支配され、甲からみれば、孫法人とする。 とする。 〔分割法人X2の処理〕 〔承継法人Y2の処理〕 〔分割法人X2の株主X1の処理〕 この場合、無対価分割型分割については、法令119条の3第11項、12項に規定があるが、この分割が、法人税法上分割型分割とされても、交付対価がないので、法61条の2第4項の適用がなく、さらに他の特例規定がない以上、同条第1項の適用と考えられるが、対価の交付がない以上、譲渡の事実がなく、第1項の適用もなく、無処理となると考えられる。 また同じ分割で、X2がY2を1株でも有していた場合、非適格分社型分割となり、 〔分割法人X2の処理〕 Y2株の交付がないので、Y2株は簿価も、数も変動がない 〔承継法人Y2の処理〕 となる。 この分割において1株を交付した場合、上記の4の(1)から(3)のいずれにおいても他の要件を満たしていれば、適格分割となる。 (了)
会計
税務・会計
解説
解説一覧
IFRS
会計リレーエッセイ 【第6回】「グローバル会計人材の育成を」
会計リレーエッセイ 【第6回】 「グローバル会計人材の育成を」 関西学院大学教授 平松 一夫 1 遅れている日本の大学のグローバル化 日本の教育界は今、グローバル人材の育成に躍起になっている。アメリカの大学関係者に聞くと、東アジアからは中国や韓国の学生が増えているのに対して、日本人学生は見あたらなくなったという。 日本は天然資源が乏しい上に、人口減少期に入っている。そんなわが国が今後も国際競争力を維持するには、人材の「質」を高めることこそ重要である。しかし、若者の内向き志向を止めないことには、国際的に通用するという意味での高い質の人材確保は期待できない。 日本経済新聞は昨年「大学開国―第3部 国際化の実像」という企画記事を連載した。その1回目の見出しは「留学生が来ない」「出遅れ日本厳しい現実」、3回目の見出しは「教員も学び直し」「英語化が問う授業の質」であった(2012年6月24日・26日)。日経の連載には、日本の大学の国際化が遅れていることへの危機感があふれていた。 2 ようやく緒についたグローバル人材の育成 少し前に、東京大学が秋入学を提案し、広く話題になったことは記憶に新しい。これも裏を返せば、日本の大学がいかに閉ざされてきたかを物語るものである。私が所属する関西学院大学では、一部ではあるが既に秋入学を実施している。これまた一部ではあるが、最近は英語で学位を取得できる仕組みも整えている。いずれもグローバル化を進めようとするときに直面した問題を解決するための措置であった。 私学に比べると多くの優秀な人材と比較的潤沢な資金を擁する国立大学が、今頃になってようやくそれに躍起になっているというのであるから、日本の国立大学のグローバル化がいかに遅れていたかが理解できるであろう。心細い限りである。 学生の内向き志向が憂えられる昨今ではあるが、真に憂えるべきは教員・職員の内向き志向であり、そのために日本の大学の国際競争力が劣化してきているのである。 このような背景もあり、最近は文部科学省もグローバル人材育成プログラムのための巨額の競争的資金を用意するようになっている。この資金を獲得するために大学は厳しい競争を勝ち抜かなければならないが、ようやく文部科学省も大学も本気になり始めてきたといえる。遅きに失した感はあるが、何もしないよりはましである。 3 グローバル会計人材育成の必要性 その関係で会計学者として気になるのが「グローバル会計人材」の育成である。 安倍首相の掲げる成長戦略にとって、会計人材の国際競争力を飛躍的に強化する施策が欠かせない。しかし、今のわが国にはそのための仕掛け(戦略)が欠如している。 私は2009年6月にそのための絶好の機会が到来したと喜んだのであるが、2011年6月にその思いは泡と消えた。言うまでもなく、それはIFRS(国際会計基準)の強制適用をめぐるわが国の対応を指している。 これは当時の担当大臣が決めたことではあるが、その大臣は既に退任し、責任もとらない。また、一部の企業人もそれを支持した責任がある。 わが国がIFRSについて主体的な決断をし得ないでいる間に、個々の企業の中にはIFRSの適用にかかる「苦労」を回避した企業がある。しかし、私にしてみれば、そのことはグローバル会計人材の育成を先送りにしたことと同義であり、将来的には当該企業にとってもマイナス効果をもたらすに留まらず、著しく国益を毀損することになるのである。 4 IFRS(国際会計基準)とIES(国際教育基準) IFRSとの関係で今わが国ができることの一つは、IFRSの任意適用企業を増やすことである。それにより、国際社会におけるわが国の存在感を確保しておく必要がある。 それとともに、会計をめぐる他の国際基準についても、わが国が積極的な取組みを示すことが肝要である。 その一つに、国際会計士連盟(IFAC)の国際会計教育基準審議会が作成する国際教育基準(IES)がある。 日本公認会計士協会はIFACの加盟団体であるから、IESを遵守する義務を負っている。私の願いは、大学もまたIESに準拠する会計カリキュラムを開発することである。現実にはこれまで、IESの内容はもとより、存在することすら知らない大学関係者が少なくなかった。 グローバル会計人材の育成には、まずはIESに準拠した大学教育から始めなければならないと思うのである。 (了)
リース
会計
税務・会計
解説
解説一覧
財務会計
経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第9回】リース会計②「ファイナンス・リース取引の会計処理」
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第9回】 リース会計② 「ファイナンス・リース取引の 会計処理」 仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ① ×1年4月1日(リース契約締結時) ② ×1年4月30日(第1回支払日) 〈会計処理の解説〉 前回解説したとおり、ファイナンス・リース取引は金融取引の性質を持っています。そのため、会計上は、「通常の売買取引に係る方法」に準じて会計処理を行います。 すなわち、リース物件を賃借したという会計処理を行うのではなく、リース会社から資金調達をして、固定資産を購入したという会計処理を行うことになります。 通常の売買取引に係る方法に準じた会計処理を行うことにより、固定資産の購入代金が「リース資産」、リース会社からの借入れが「リース債務」として表現されます。 リース資産及びリース債務の計上額は、リース料総額を基礎として算定しますが、リース料総額と同額にはなりません。なぜなら、リース会社は企業に代わって購入した固定資産を、そのままの金額で企業にリースしているわけではなく、当然にマージンを上乗せしているためです。リース会社のマージンに相当する金額は、企業にとっては資金調達に伴う利息に相当します。 リース会社から資金調達をして、固定資産を購入したと仮定した場合、固定資産として計上すべき金額はリース会社のマージンを含まない、固定資産そのものの金額です。 そのため、リース資産及びリース債務として計上すべき金額は、リース料総額から利息相当額を控除した金額となります(下図)。 以上を踏まえ、本事例の会計処理を検討してみましょう。 本事例におけるリース取引は、リース契約の条件から「ファイナンス・リース取引」と判定されます。 なぜなら、リース期間中にリース契約を解約することができず、リース料総額がメーカー見積価格を上回っている点から、「解約不能」と「フルペイアウト」の2要件を満たしていると考えられるためです(前回解説参照)。 ファイナンス・リース取引に該当する場合には、通常の売買取引に係る方法に準じて会計処理を行うこととなり、リース料総額から利息相当額を控除した金額をリース資産及びリース債務として計上します。 具体的には、貸手の購入価額等が明らかな場合と明らかでない場合で、以下のように算定します。 本事例においては、借手においてリース物件の貸手の購入価額等が明らかでないので、以下の計算式で求めた数値とメーカー見積価額とのいずれか低い額でリース資産及びリース債務を計上します(*1)。 (※) この55,652千円は、年利3%の場合に、リース料総額60,000千円からこれに含まれる利息相当額を控除した金額で、借入れの元本に相当する金額です。言い換えると、55,652千円の借入れを年利3%、60ヶ月の元利均等返済で行った場合、返済総額は60,000千円となります。 本事例では、「55,652円(上記 計算式)> 65,000円(メーカー見積価額)」のため、リース資産及びリース債務は55,652円で計上します。 上記①の仕訳により、リース会社から資金調達をして、機械装置Aを購入したというファイナンス・リース取引が表現されます。オペレーティング・リース取引の場合、リース契約締結時点で仕訳は行われません。 月々のリース料の支払いについて、前回解説したオペレーティング・リース取引では、支払ったリース料を費用として処理しました。しかし、ファイナンス・リース取引では、月々のリース料の支払いを、借入れの元本返済と利息支払として会計処理を行います(図1)。 元本返済額と利息支払額は、以下の計算式により求められます。 〔図1〕 次回は、リース資産の減価償却の方法を解説します。 (了)
労働基準関係
労務
労務・法務・経営
年次有給休暇管理上の留意点 【第2回】「年次有給休暇の基準日を利用した管理方法」
年次有給休暇 管理上の留意点 【第2回】 「年次有給休暇の 基準日を利用した管理方法」 社会保険労務士 菅原 由紀 ◆年次有給休暇の斉一的取扱いについて 第1回で述べたとおり、年次有給休暇(以下、「年休」という)は、入社後6ヶ月経過後に10日が付与され、その後1年経過ごとに一定日数が付与される。したがって、定期採用ではなく、労働者が中途採用で入社日がまちまちの場合には、使用者の年休管理が煩雑になる。 そこで、使用者には、以下の要件を満たす場合には、管理上の煩雑さを回避するために斉一的な取扱いをすることが認められている(平6.1.4 基発1号)。 ◆年休付与に関する基準日を設定する際のポイント 使用者は、事務手続上の煩雑さを避けるため斉一的取扱いをすることが認められているが、これを採用する場合には、法律上付与される時期と日数を下回らないようにすることが必要となる。 以下では、導入数が多い4月1日に基準日を設定するケースで解説していく。 基準日までの期間が6ヶ月に満たない前年10 月1日から当年3月31日までに入社の労働者については、基準日である4月1日に初年度の10日の年休を付与すればよい。 しかし、それ以前の前年4月1日から9月30日までに入社の労働者については、基準日である4月1日よりも前に6ヶ月が経過するため、少なくとも6ヶ月を経過した時点で10日の年休を付与し、4月1日に2年度目の年休である11日を付与する必要がある。 したがって、前年6月1日入社の場合には6ヶ月経過の12月1日に10日付与。その後、基準日である当年4月1日に11日を付与することになる。 しかし、これでは初年度の年休付与について、個人別管理を行う必要があることから、実務上では先ほどの例で前年4月1日から9月30日までに入社の労働者については入社と同時、もしくは試用期間満了時点、又は10月1日に初年度の10日を付与する方法を採用することが多い。 基準日を設定すれば基本的に年1回のみ年休付与の管理を行えばよいため、事務負担の軽減を図ることができるという利点がある。 しかし、前倒しで年休付与をする必要があるため、法定の付与日数に比べて使用者の年休付与日数(≒人件費)の負担は増加する。 また、入社日による労働者間の不公平(4月1日基準日の場合、極端な例として3月31日入社の者は4月1日の時点で10日、4月1日入社の場合は原則6ヶ月経過後の10月1日に10日の年休付与となり、1日の入社日の違いによって、これだけの差が発生する)など、問題も少なくない。 したがって、初年度の年休が6ヶ月で付与されるため、実務的には、入社日に特別休暇を付与するもしくは基準日を年に1回とするのではなく、年に2回の基準日設定をするなどの工夫が必要となる。 ◆4月1日を基準日としたの場合の規定例 1 年次有給休暇の基準日は毎年4月1日として、計算期間の1年の単位は当年4月1日から翌年3月31日として、各社員の入社月に応じて、以下の通りに付与する。 ① 4月1日~9月30日に入社した者 入社後最初に到来する10月1日を勤続6ヶ月とみなし、翌年4月1日を勤続1年6ヶ月とみなし、以降勤続年数に応じて下表の通り付与する。 ② 10月1日~3月31日に入社した者 入社後最初に到来する4月1日を勤続6ヶ月とみなし、以降勤続年数に応じて下表の通り付与する。 2 前項の年次有給休暇を取得するためには、社員は初年度分については6ヶ月間、次年度以降分については基準日前1年間の各出勤率が全労働日の8割以上の出勤が必要である。なお、みなし勤続年数により勤続年数要件が短縮された期間は出勤したものとして計算する。 3 年次有給休暇は、社員が請求し、指定した時季に与える。ただし、業務の都合によりやむを得ない場合には他の時季に変更することがある。 4 当該年度に新たに付与されて行使しなかった次有給休暇は、次年度に限り繰り越すことができる。 (了)
労働基準関係
労務
労務・法務・経営
〔時系列でみる〕出産・子を養育する社員への対応と運営のヒント 【第7回】「苦情対応・法令違反企業に対する措置」
〔時系列でみる〕 出産・子を養育する社員への 対応と運営のヒント 【第7回】 「苦情対応・法令違反企業に対する措置」 社会保険労務士 佐藤 信 1 はじめに 当連載の第2回から第6回にかけて、育児・介護休業法等に定められた措置とそれに対し企業がすべきことについて触れてきた。 法に定められたもの、あるいはそれを上回る制度を設けて運用をしていくことが望ましいが、従業員数や業種その他の状況から制度の整備や導入に至っていない企業もあり、トラブルにつながるケースも少なくないと思われる。 そこで今回は、従業員から苦情があった場合の対応及び法令違反企業に対して行われる措置について触れていくこととする。 2 苦情の自主的解決 育児休業や短時間勤務制度などを就業規則に定めたが、実際には制度が利用されていないこともあると思われる。 制度を利用していない理由としては、以下のようにさまざまなものが考えられる。 ①については、職場内で生じるトラブル回避や会社の規律を維持していくためにも、育児休業等の制度だけではなく、その他の規程も含め周知をしておきたいところである。 ②や③に関しては、従業員からの申出がない場合、会社側が特段の措置を講じていないこともあると思われるが、子の急病による欠勤や遅刻・早退なども想定した上で社内の対応を検討しておきたい。 特に、③や④により制度が利用されていない場合は注意を要する。 仕事と育児との両立により心身の負荷が蓄積された結果、健康障害や集中力の欠如によるミス、モチベーションの低下などを引き起こすこともあり得る。 これらは育児をする従業員自身だけの問題ではなく、周囲の従業員にも影響を及ぼすことがあるため、苦情申出窓口の設置、相談員を配置するなど従業員の声を聞く機会を設けながら解決を図っていく必要がある。 育児休業や短時間勤務制度等の導入・運用状況(下記【参考】を参照)を見ると、すべての企業において法令どおりに運用されているとは言い難いが、まずは苦情や不満、悩みを従業員に抱え込ませるのではなく、上司等に言いやすい雰囲気作りや申出窓口の設置などコミュニケーションの機会を設け、従業員の声を聞くことから始めていきたい。 その上で、各企業において可能なこと・現時点では実現できていないが社内体制を見直しながら実施していくことを話し合い、全従業員の理解を得て、両立支援の取組みを進めていくことが望ましい。 3 法令違反企業に対して行われる措置 (1) 紛争解決の援助 育児休業等に関するトラブルについて、社内での自主的な解決に至らなかったときは、外部の機関に委ねた紛争解決の制度が設けられている(詳細は下記【参考】のパンフレット参照)。 これは、都道府県労働局長や調停委員が公平な第三者として紛争の当事者間に立ち、当事者の納得が得られる解決策を提示し、紛争の解決を図ることを目的としたものである。 紛争の当事者である会社、従業員の双方又は一方から解決について援助を求められた場合は、助言・指導・勧告が行われることがある。 なお、会社側は、従業員側が当該援助を求めたことを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならないことに注意を要する。 (2) 厚生労働大臣による企業名の公表 厚生労働大臣(一定の範囲で都道府県労働局長に権限委任)は、必要に応じ、会社に対して報告を求め、助言、指導又は勧告をする行うことができ、この勧告に従わないときは企業名を公表することができるとされている。 企業名の公表によりマイナスイメージが世間に浸透していくことは、現在働いている社員のモチベーション低下だけではなく、新たな社員募集の際の支障など、影響は多方面にわたることが想定される。 申出を受けたときの対応(例:退職を強要する、不当な契約内容の変更・降格・減給、不利益な人事評価をする等)は、人事担当だけではなく従業員と接する上司も気を付けていかなければならない。 4 おわりに 紛争解決の援助や企業名公表の仕組みは、開始(平成21年9月)されてからそれほど経過しておらず、また、中小企業も含めた育児・介護休業法の全面施行は平成24年7月に始まったばかりである。 したがって、育児休業その他の措置の導入が遅れていることをもって、直ちに企業名が公表される可能性は少ないと思われる。 ただ、両立支援の制度実施にあたっては、 「企業名公表の可能性がないなら導入はしばらく様子をみる」 「勧告を受けないために実施する」 といった後ろ向きな考えにより導入判断をするのではなく、 「より良い環境を築きながら有能な社員を確保する」 「両立支援の取組みを通じて職場全体の効率化を図る」 など、企業全体にとってプラスとなる目的を持って導入・実施していきたい。 その結果として、労使双方に有益な制度の構築、会社の発展につながっていくであろう。 次回は、育児休業や両立支援に関する国の助成制度について触れていくこととする。 (了)
労務・法務・経営
法務
民法改正(中間試案)―ここが気になる!― 【第3回】「売買」
民法改正(中間試案) ─ここが気になる!─ 【第3回】 「売買」 弁護士 中西 和幸 1 売買に関する改正の概要 売買契約に関する改正の特徴は、法律構成の明確化と整理である。すなわち、特に新しく規定するというよりは、判例等を明確にし、また、解釈を整理するものが中心である。 もっとも、こうした明確化や整理について、ビジネス法務上は、契約書に反映することで既に行われていることが少なくない。言い換えると、本改正に意義があるのは、契約書において明確に定めない場合、すなわち、個人的な売買や契約書を重視しない事業者による売買であろう。 2 義務等の明確化 (1) 売主の義務 (ア) 売主の基本義務 中間試案では、売主の基本義務として、財産権移転義務、目的物引渡義務及び登記・登録等の移転義務を定めている。これらの義務のうち、引渡しなどは、事業者であろうが個人であろうが、明文がなくとも履行義務に含まれることに異論はないであろう。また、登記・登録等の手続も、現行法では特段明記されているわけではない。 しかし、読者が関わるビジネス実務においては、事前の交渉においてどのような登記・登録等が必要かをあらかじめ確認し、かかる確認に基づき各種契約書面において明確に定めることが通常である。また、事業者対消費者の取引であっても、自動車や不動産売買契約書のように事業者団体によりひな型が作られて登記・登録の手順が契約上明確化されるなど、トラブルの発生を防止するための方策が執られる場面が多い。 そうすると、売主の基本義務が明文化されたことに特別の意義があるとすると、それは個人対個人(契約書を重視しない事業者も含む)の取引であり、かつ、一方が取引の仕組みや登記・登録制度に疎い場合等に機能することが限られるのであり、特段、改正されたとしてもビジネスの実務においては影響がないものと予想される。 例えば、著作権の売買のように必ずしも登録が必要とされない場合や、船舶のように規模等により登録に必要な書類や証書等が異なる場合であれば、事前の協議や調査を慎重に行い、登録の取扱いを契約において定める必要があるであろう。また、所有権留保や売渡担保が伴う売買などのようにファイナンスに登記・登録を伴う場合は、事前に、当初はどのような登記・登録がなされ、代金の全額支払いの際にどのような処理がなされるのか等について、売主と十分協議したうえで契約に定めることになろう。 結局、当該改正がなされたとしても、登記・登録や引渡しについては、事前に当事者間で十分協議を行い、契約内容を明確化することが最も重要であり、中間試案がそのまま改正されたとしても、契約書の重要性が変わることはなく、ビジネス上の実務は、より契約書の重要性が高まるため、契約書がより詳細になり、厚くなることが想定される。 (イ) 瑕疵担保責任 瑕疵担保責任については、瑕疵という言葉が売買契約の趣旨に適合するという言葉に置き換わり、目的が「物」の場合は種類、品質及び数量が売買契約の趣旨に沿っていることが必要であり、目的が「権利」の場合は、売買契約の趣旨に合致しない負担や法令の制限がないものでなければならないとする。 この条項は、「特定物」「不特定物」と分けて瑕疵担保責任か債務不履行か判別するという、法律の専門家でなければ(専門家でも?)分からない理論に基づいて判断されていた従前の議論を廃棄し、「契約の趣旨」に一本化するというものと説明されている。また、瑕疵担保責任が「隠れた」ものに限定されないという点では、改正となる。この点も、ルールの明確化という説明がされているが、民法の基本概念の大きな変更と解される。 そうすると、「契約の趣旨」が最も重要となるが、その契約の趣旨は「契約」でしか定められないため、契約時に、契約の趣旨を明確に定めることが重要となる。つまり、些細なことでトラブルとならないよう、契約の趣旨についても詳細に契約書に記載することになろう。 現行法下でも、実際、近時は何が「瑕疵」にあたるかについて契約において定める例も見られるなど、ビジネス実務上はいろいろな対応が見られるところである。このため、改正がなされると更に契約の趣旨等に関する記載が厚くなることが想定される。 こうした改正により、契約の趣旨を慎重に定めるあまり、契約書の作成に関する負担が増加する懸念がある。こうした「契約」の趣旨等の明確性については、これといった正解がないため、どこまでも契約書の内容を突き詰めなければならないか難しく、また、どこで打ち切ればよいか難しいためである。 (ウ) 売主が義務に反した場合 中間試案では、目的物が契約の趣旨に適合しない場合の売主の責任として、その内容に応じて、買主による を認めた。ただし、買主の追完請求と売主が提供する方法が異なる場合、契約の趣旨に合致し買主に不相当の負担を課するものでなければ、売主の追完する方法を採用することとした。 このように、中間試案では、売主の義務違反に対して買主の救済メニューを整理する一方、売主と買主の意向が異なる場合の調整を盛り込んでいる。 これらの規定の意義は、売主が義務に違反して契約の趣旨に沿った履行をしなかった場合において、買主がどのような救済を受けられるかを契約上明確にしなかった場合の救済に有益ということになる。 そのため、売主としては、買主がどのような対応を求めるかをあらかじめ予測しつつ、自らの対応が優先されるような準備が必要となろう。一方、以上の規定を契約により排除できるのであれば、救済手段を限定することで法的安定性を確保することが可能であろう。 もっとも、近時は債務不履行の場合の双方の救済方法を契約書に定める場合が少なくなく、こうした改正の意義は、少なくともビジネス法務においては限定されることが予想される。 (2) 買主の義務 中間試案では、売主にも義務が明定されているが、その内容は、目的物受領時の検査義務と、目的物受領義務及び対抗要件具備等に必要な協力義務である。 (ア) 検査義務 買主が事業者の場合、受領後遅滞なく目的物を検査し、契約の趣旨に適合しない場合はその旨を相当の期間内に売主に通知しなければならず、これを怠った場合は、前述の追完請求や代金減額請求をすることができないとするものである。 この義務は商法526条を民法に持ってきたものであるが、なぜ商法の規定を民法に持ってきたのか、また、「事業者」の範囲は引き続き検討するとされているが、商人概念とどう異なるのか、まだまだ未定の部分である。また、改正の目的や趣旨が他とかみ合わない部分である。 それに加え、売買における検査といっても、ロットが大きい場合のサンプリング検査はどうなのか、検査に時間がかかる場合(大型機械等で試運転をしてみないと分からない等)など、対応が十分とはいえない。結局、改正されたとしても、個別の契約書で授受の際の検査のルールを定めることになるのであろう。 現在も、ビジネス実務においては、売買対象物の引渡しの際に検査手順等が定められることが少なくなく、契約書を慎重に作成している限り、実務には影響がないであろう。もっとも、検査規定を詳細に定める動きとなり、契約書がさらに厚くなることも考えられるところである。 (イ) 登記・登録への協力義務及び目的物の受領義務 登記・登録には買主の協力が必要な場合もあり、これを義務として明文化し、同様に、目的物の受領義務を定めたものである。この点は、現行法では受領遅滞(民法413条)として基本的には債務不履行には該当しないとする見解が通説であったが、これとは別に、債務不履行責任を負うとしたものである。 この債務不履行責任の規定からは、損害賠償や契約解除が認められることが予想される。この点は、現行法(一部の判例は債務不履行責任を認めているが、通説とまではいえないと思われる)より責任が重くなっているので、注意されたい。ただし、賠償が認められる損害が何か、損害の範囲はどこまでか等の詳細については明らかになっていないことや、受領しないことの過失がどう認定されるかなど、不明確な点が多い。 3 裁判所が契約書の内容を変えるリスク この民法改正案が、もし当事者間の合意では排除できない強行法規であるとすると、裁判所が契約書作成当時の両当事者の意思と異なる契約の趣旨を認定してしまう可能性がある。 一方の当事者が、裁判で、「契約書には・・・とあるが、その趣旨は・・・である。」と主張した場合、両当事者が契約書をしっかり文言を確認して内容をまとめ、社内決済もきちんと行って捺印した取引であったとしても、後にトラブルが発生したときに裁判所が「契約の趣旨は、契約書上は・・・・・・と記載されているが、実際は・・・・・・と解するのが相当である。」と、判決を下す可能性があるということである。 そうすると、どんな契約書を締結しても、裁判によって契約書の内容や趣旨が変わってしまうというリスクがあるとすると、契約書では対処できないし、売買価格等の決定も容易でなく、売買契約自身に常に不安がつきまとうことになる。これでは、ビジネスが成り立たなくなる可能性がある。 このように、現在の改正案が強行法規であるとすると、予測不可能なリスクが横たわり、取引実務が不安定になる可能性があると予想される。 4 まとめ 以上の改正内容を整理すると、売買については、契約の明確化がほとんどであり、ビジネス実務上は、一応、契約書の作成で対応可能である。また、BtoCの契約であれば、消費者保護の方法によれば足りるようである。 その一方、明確化を指向しているにもかかわらず、現在までの瑕疵の概念等が変更されその内容がかえって不明確となり、また、民法改正により裁判所が契約書に書かれた契約の趣旨等を考慮せずに判決を下すという、予測不可能なリスクがある。 ビジネス上は、本改正があろうがなかろうが、契約書の内容を充実させることが最優先であるが、契約書を充実させても内容が裁判で変えられる可能性があるならば、民法改正は意味がないどころか、有害であろう。 また、各論点において述べたとおり、売買に関する改正については、契約書において当事者間の合意を可能な限り漏れなく記載することが重要となるなど、現場の労力やコストが増加することが予想される。しかし、完全な契約書の作成は無理であろうから、それでもリスクが残るという、困った状況でもある。 現場としては、契約書の充実に心を砕くしかないのであろうか。売買に関する民法改正は、難しい問題を含んでいるといえよう。 (了)
労務・法務・経営
経営
顧問先の経理財務部門の“偏差値”が分かるスコアリングモデル 【第2回】「スコアリングモデルの概要と基本構想」 ~専門知識はいらない~
顧問先の経理財務部門の “偏差値”が分かる スコアリングモデル 【第2回】 「スコアリングモデルの概要と基本構想」 ~専門知識はいらない~ 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに スコアリングモデルは、経理財務を構成する18種類の業務について、「正確性」、「効率性」、「安定性」、「リスク管理」、「戦略性」の5つの視点で経営管理レベル向上の鍵となる評価指標の達成度をスコアとして表すものである。 評価指標の達成度は、「総合スコア」、「財務諸表の信頼性スコア」、「業務の有効性・効率性スコア」、「5つの視点別スコア」、「18種類の業務プロセス別スコア」、「137個のKPI別スコア」として表現される(図表3)。 図表3 スコアリングモデルの概要 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 今回は、スコアリングモデルの概要とその構築にあたり留意した基本構想について、より詳しく解説しよう。 スコアリングモデルの概要 スコアリングモデルでは、まず、経理財務を構成する業務を18種類に分類する。18種類の業務はいずれも馴染みのある経理財務業務である。 次に、18種類の業務について、「正確性」、「効率性」、「安定性」、「リスク管理」、「戦略性」の5つの視点で経営管理レベルを向上させる鍵となる重要要素を抽出し、その達成度を測定するために適切な評価指標(Key Performance Indicator、以下「KPI」)を設定している。 KPIは、開発の当初は数百個挙げられていたが、監査関係団体、銀行、投資顧問、情報システム業界等、様々な意見を集約した結果、137個まで絞り込んだ。 読者は、顧問先からKPIに対応する素データを調査項目として収集し、その素データをデータベースの中で統計的手法を使ってスコアに変換した評価結果を顧問先に提供することができる。 なお、株式会社スタンダード機構は、素データをデータベース化しスコアに変換する作業とデータベースの管理を行っている。 スコアリングモデル構築の基本構想~客観性、汎用性、運用可能性~ スコアリングモデルの構築は経済産業省の主導で行ったが、構築にあたり注意を払った基本構想が3つある。 (1) 客観性 「客観性」とは、評価の客観性である。評価の客観性は、その効果から換言すると、会社間の比較可能性と裏腹の関係にある。 比率や人数のように、本来的に数値化して比較に馴染みやすい定量的要素だけでなく、これからの経理財務部門が担うべき機能や、組織の中で担当者に求められる行動等、従来なかなか比較が容易ではなかった定性的要素も含めて、会社間で客観的に比較することができるようにした。 確かに、これまでも会社の経理財務プロセスは、様々な方法で評価されてきた。例えば、監査法人は株式上場審査や財務諸表監査、さらに内部統制監査で内部統制の有効性を評価している。コンサルタントは会計情報システムや基幹情報システムを導入する際、ヒアリング等を通じて問題点を把握し評価するだろう。 しかし、そうした評価は、評価を担う者の属人的な経験やノウハウの範囲で主観的に行われており、会社間の比較に役立てられるようなものではなかった。 これらに対して、スコアリングモデルは、評価の客観性を徹底している。 137個のKPIデータがスコア化されるときには、恣意性を廃した統計手法によることで、極めて明解に会社間比較を行うことを可能にした。 (2) 汎用性 「汎用性」とは、評価対象となる業務を18種類に絞り、幅広い会社に適用できるということである(図表4)。 図表4 評価対象となる18種類の業務 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※)印を付した業務は、該当がある場合だけ選択する項目 元来、経済産業省スタンダードでは、36個の経理財務業務を対象に、その標準的な流れと機能の一覧をまとめていた。しかし、36個の業務の中には、会社が置かれた個別事情によって発生する業務が含まれていた。 例えば、企業買収や会社分割等は、経営戦略や組織戦略によって左右される非定型業務であるし、デリバティブ取引や外貨建取引管理等は、業種等によって発生したりしなかったりする。 そこで、スコアリングモデルを構築する際には、評価対象業務を大胆に18種類の業務に絞り込んだ。 18種類の業務は、いずれも一般的な会社の経理財務を構成する基本的で標準的な業務を網羅しているので、経営戦略、組織戦略、事業規模、業種等の違いの影響をできるだけ捨象し、幅広い会社の経理財務部門の評価に使うことができる。 他方、財政状態の差異や業種による特殊要因については、該当がある場合だけ回答する選択評価項目としてのKPIを設定し、財政状態、業種の商慣行等、会社が置かれた個別事情のバイアスによってスコアが歪められることのない評価体系とした。 例えば、財務業務のうち、借入金・社債管理、手形管理、有価証券管理、債務保証管理、貸付金管理は、財政状態に応じて評価対象となる選択評価項目である。また、経理業務でも、棚卸資産管理、連結決算業務、外部開示業務といった項目は、それが該当する場合だけ回答する選択評価項目である。 もっとも、原価管理については、すべての会社が回答する必須項目とした。これは、製造業はもちろん、サービス業であってもサービス1単位当たりのコスト管理を行うべきだという考え方に基づいている。 (3) 運用可能性 「運用可能性」とは、誰でも使えるものにする、ということである。 調査項目としてのKPIの設定において、奇をてらうのではなく、経験則として妥当性を備えた項目が盛り込まれている。 つまり、どのような会社においても馴染みのある重要な管理項目から、評価指標となる素データとそれを裏付ける監査証拠が確実に入手できることを条件に、KPIを137個に絞って設定し、経営者、経理財務部門、内部監査部門等の実務に耐えられるだけでなく、その評価結果を偏差値のようにスコア化することにより、会計の専門知識がなくても外部の利害関係者の参考に供することができるようにした。 次回は、経理財務部門を評価する「5つの視点」について解説する。 (了)
労務・法務・経営
経営
企業の香港進出をめぐる実務ポイント 【第6回】「香港の労務制度・市場環境」
企業の香港進出をめぐる実務ポイント 【第6回】 「香港の労務制度・市場環境」 アースタックス税理士法人 アースタックス・ビジネスコンサルティング(香港)有限公司 税理士 白水 幹範 香港の労務制度 1) 雇用関係 香港における労働者の権利義務については、雇用条例(Employment Ordinance)においてその基本的な事項が規定されている。 雇用条例における重要な事項については、以下のとおりである。 ① 雇用契約 雇用契約とは、使用者と労働者との間で締結される契約である。 契約の形態は、口頭でも書面でも有効とされているが、トラブル防止のためにも雇用契約書を作成するのが一般的である。 雇用契約書には、通常以下のような項目が含まれる。 ② 休息日 労働者は、7日ごとに少なくとも1日の休息日が与えられる。 ③ 法定休日 勤続期間にかかわらず、労働者は以下の法定休日が与えられる。 ④ 年次有給休暇 年次有給休暇の権利日数は、労働者の勤続年数に応じて7日から最高14日まで定められている。 ⑤ 傷病手当 継続的契約に基づき雇用される労働者は、有給傷病日を累積することができ、条件を満たす傷病休暇をとった場合、平均日額賃金の5分の4の傷病手当を受給することができる。 ⑥ 母性保護 産前産後休暇は連続10週間を基本とし、条件を満たす場合、平均日額賃金の5分の4の産前産後休暇手当を受給することができる。 ⑦ 年末手当 継続的契約に基づき雇用される労働者で、雇用契約において年末手当を受給する権利を持つ者は、雇用契約に従って年末手当を受給することができる。 ⑧ 雇用契約の解除 雇用契約は、使用者がしかるべき予告をする又は予告手当を支払うことにより解除することができる。なお、労働者が正当かつ合理的な命令に故意に従わないなどの一定の場合には、使用者は予告又は予告手当なしに労働者を懲戒解雇できる。 ⑨ 雇用の保護 労働者は、不当解雇・雇用契約の条件の不当な変更などがあった場合で一定の条件に該当するときは、復職又は再雇用命令あるいは雇用終止金などの救済の請求ができる。 ⑩ 解雇補償金及び長期服務金 以下の条件に該当する場合、労働者は解雇補償金又は長期服務金を受給できる。なお、労働者は、両方を受給することはできない。 〈解雇補償金〉 〈長期服務金〉 〈解雇補償金及び長期服務金の金額〉 ⅰ (最終月額給与(又は直近12ヶ月の平均給与)×2/3)×就業年数 ⅱ (22,500香港ドル×2/3)×就業年数 上記のいずれか少ない金額となる。 2) 社会保障制度 ① 強制退職積立金制度(MPF:Mandatory Provident Fund) MPFとは、退職に備えるための確定拠出型の強制積立年金制度で、使用者と労働者がそれぞれ月額給与の5%(1,250香港ドルを上限)ずつを信託会社(Trustee)に拠出する。 雇用契約に基づき60日以上勤務する18歳から65歳までの労働者が加入する義務があり、拠出した積立金は原則として65歳まで受給することができない。 ② 労働者災害補償制度 使用者は、労災保険への加入が義務付けられている。 労災保険の保険料は、全額使用者が負担することとされており、労働者の給与から控除することはできない。 3) VISA 香港において就労する場合には、以下のような就労可能なビザの取得が必要となる。 また、香港に180日以上滞在する場合には、身分証明として香港IDカードの取得及び所有が義務付けられている。 香港の市場環境 1) 為替管理 ① 為替相場 為替相場は、1982~83年にかけての相場の大暴落を契機として、1983年から1米ドル=7.8香港ドルの米ドルペッグ制が採用されていたが、2005年5月からは1米ドル=7.75~7.85香港ドルの間での小幅な変動が認められている。 ② 外貨管理 香港においては、中国にみられるような厳格な外貨管理制度は存在せず、外貨の流出入に対する規制はない。 2) 貿易 ① 輸出入管理 香港は自由貿易港であるため関税もなく、輸出入に際し規制のある一部の品目(危険な薬物、戦略物資など)を除き、自由に輸出入することが認められている。 ② CEPA(Closer Economic Partnership Arrangement) 2003年6月29日、中国本土と香港間における自由貿易協定である「経済貿易緊密化協定」が締結された。中国本土と香港における経済融合、経済協力の強化を目的としており、毎年その内容は更新されている。 CEPAの具体的なメリットとしては、貨物貿易における香港製品の中国輸入関税ゼロ、サービス貿易における中国参入の規制緩和などの優遇措置、貿易投資の手続の効率化の促進などがある。 外国企業にとっては、香港に会社を設立した上で中国本土に投資することで、CEPAのメリットを享受しながら中国本土におけるビジネスチャンスの拡大を図ることができる。 3) 香港上場 2012年8月6日、株式会社ダイナムジャパンホールディングスが、香港証券取引所に上場した。 日本では認めてこられなかったパチンコホール業界の上場ということもあり、大きな話題となった。 日本企業にとって、中国本土、アジア地域に成長機会を求める動きが活発となる中、アジアにおける成長戦略の一環として、日本企業の香港上場に対する関心は今後もますます高まってくるものと考えられる。 ① 上場主体 以前は、香港証券取引所への上場主体として、香港、中国本土、バミューダ及びケイマンが明文にて認められていたのみであったが、2010年の改正により、日本企業も上場主体として認められることとなった。 それまで日本企業の香港上場といえば、イオングループ現地子会社のように現地法人を通じてのものであったが、当該改正により、2011年4月14日にはSBIホールディングス株式会社が日本企業として第1号の上場を果たしている。 ② 株式市場 香港証券取引所には、一般的な市場である「メインボード」と新興企業向けの「GEM」(Growth Enterprise Market)の2つの株式市場がある。 ③ 上場基準(財務基準) (連載了)
労務・法務・経営
経営
〔知っておきたいプロの視点〕病院・医院の経営改善─ポイントはここだ!─ 【第10回】「週末の病床利用率と救急医療」
〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第10回】 「週末の病床利用率と救急医療」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 1 病床利用率の意義 病院経営を語る際に、病床利用率は切り離すことができない。固定費が多くを占める医療機関の財務特性から考えて、一定の患者数の存在は不可欠である。 しかし、この病床利用率は、治療終了後に在院日数を引き延ばして維持すべきものではない。実際に、延べ入院患者数と医業利益率には正の相関がほとんどみられず、少しくらい入院期間を延ばしたからといって抜本的に業績が良くなることがないことを意味している。 新入院患者の獲得こそが業績向上につながるのであり、治療終了後はすみやかに退院させることが期待される。 2 延べ入院患者数を重視すべきではない3つの理由 延べ入院患者数を重視して治療終了後の入院を引き延ばすことは、患者にとって不利益をもたらすことはもちろん、病院経営にもマイナスの影響を及ぼす。 まず1つ目は、入院診療単価が下落することである。 DPC/PDPSという環境下では、特に入院期間Ⅱ以降は単価の下落が著しい。診断群分類による特性はあるが、入院期間Ⅲ以降の点数設定では固定費の回収もおぼつかないであろう。 2つ目は、DPC/PDPSでは機能評価係数Ⅱに効率性係数があり、在院日数が長いことはDPC対象病院の中で相対的に低い係数評価が行われる。 3つ目は、看護必要度が低下する可能性があるからだ。 2012年度改定で、7対1入院基本料を算定する場合には、看護必要度15%以上に引き上げられた。ホテル代わりに患者を置くのではなく、一定の重症者が入院患者の前提になっていることを忘れてはならない。政府は、想定よりもはるかに設置された7対1入院基本料の絞込みを考えている。 今後も看護必要度の高低が診療報酬における評価に用いられることが予想されることから、7対1入院基本料を算定するならば、20%以上に引き上げられても対応できる運営を行うことが望ましい。 3 週末の救急一泊入院と救急搬送患者地域連携紹介加算 入院期間を意図的に引き延ばさない方針を貫くと、新入院患者を獲得できないなど、病床利用率が低下する現象がみられる可能性は否定できない。特にクリニカル・パスが普及した昨今、平日は入院患者が多いが、週末には病床利用率が著しく低下するのが一般的である。平日には90%を超えるが、週末だけで集計すると60%台の前半に下落してしまうことも少なくない。月曜日の予定入院が多く、金曜日には退院する患者が多いことと関係している。 この状況を改善するために、入院日を水曜日にずらして、週末の病床利用率を維持するなどの姑息な手段はお勧めできない(治療上、また患者にとってそれが便益をもたらすのであれば問題はない)。つまり、週末の病床利用率低下は、予定入院が多い今日の急性期病院にとって不可避な性格があり、甘受すべきであるともいえる。 しかし、対策は存在する。 それは、週末に救急医療に注力することであり、一泊二日の経過観察入院等を励行することである。 地域の医療機関等にとって、週末は人手が少なく医療資源が不足するときでもある。ここで、救急をしっかりと受け、地域の医療を支えることは極めて重要な意義がある。ただし、月曜日には入院予約が入っており、病床が埋まる予定なのであろう。ここで満床として断ってしまうのではなく、月曜日の朝には転院できる仕組みを地域を巻き込んで構築していくことが期待される。 その際に有効なのが、「救急搬送患者地域連携紹介加算及び同受入加算」である。 緊急入院後7日以内にあらかじめ連携する他の医療機関に転院する場合の評価であり、今回改定で要件が緩和され、また点数が2倍になった。当該加算を用いて地域で救急の連携を強化していけば、月曜日の朝に転院という仕組みを整えることができる可能性が広がる。 《救急搬送患者地域連携紹介加算・受入加算》 救急搬送患者地域連携紹介加算については、今後、DPC/PDPSにおける地域医療係数の1項目として評価されるものと、筆者は予想している。脳卒中の連携パスと似た性格を有しており、地域で救急医療を完結する際の評価として捉えることができる。加算点数の多寡ではなく、地域に対する貢献という評価軸で当該加算を捉えることが望ましい。 (了)
労務・法務・経営
経営
会計事務所 “生き残り” 経営コンサル術 【第6回】「『誰だって簡単に経営計画書が作成できますよ』という甘い言葉に誘われて・・・」
会計事務所 “生き残り” 経営コンサル術 【第6回】 「『誰だって簡単に 経営計画書が作成できますよ』 という甘い言葉に誘われて・・・」 株式会社 経営ステーション京都 代表取締役 京セラ株式会社 元監査役 公認会計士・税理士 田村 繁和 前回も書かせていただきましたが、その昔、経営計画シミュレーションが話題になりました。 これが出現する以前は、経営コンサルティングのブームがありました。つまり、「記帳代行の時代はもう古い。これからはコンサルができなければ生きていけないよ」と叫ばれ始めたのでした。 しかし、全国の会計事務所は、この業務ができなくて、コンサルは急速に萎んでいきました。 これに代わって出現したのが、経営計画のシミュレーションだったのです。 謳い文句としては「コンサルは難しくて会計事務所では無理がある。しかし経営計画は本業だ。一定の事項を入力していけば、素人だって簡単に3年先の経営計画書が作れます」というものでした。 コンサルに失敗した事務所は、この謳い文句に飛びつきました。 私も飛びついたのですが、1,000万円のお金がなかったので途中でリタイヤしました。 上場会社の監査役になって、この言葉の矛盾が解けてきました。 まずおかしいことは、「一定事項を入力すれば誰だってできる」ということです。 経営計画書は、それぞれの部署の責任者が、これから1年間の自分の思いを数字で刻み込むものです。そのためには、時間をかけ、考え抜いて、計画の数字を出していきます。 そして、出した数字を検討会で事前に叩いてから発表します。 現実の会社では、こんなふうに数字を出してくるのです。それなのに、簡単に入力すれば経営計画の数字が出てくるということ自体、とんでもない話なのです。 私はこの現実が分からないために、コンピュータで出てきた3年先の経営計画の数字を頭から信じ込んでしまったのでした。 次におかしいと思ったことは「現場が作れないから会計事務所が作ってあげる必要がある」という販売会社の主張です。 本来、経営計画は、会計事務所が数字をいじくり回して作るのではありません。現場の責任者が作るものなのです。 現場が作ることによって、自分の所はどのような経費が支払われているのかが分かってきます。経費を節約することも、利益を出すことも、すべて現場でしか分からないことなのです。 それを会計事務所が、現場も知らないで作れるはずがないのです。 再上場を果たした日本航空の新聞記事を読んでいますと、まさにこのような話が書いてありました。 今回はたまたま経営計画についてですが、何事も、会計業界の中の机上の話ではなく、実際の企業の生の話をベースに物事を考えていくことが、経営コンサル成功への第一歩であろうかと思います。 (了)