税務判例を読むための税法の学び方【89】
〔第9章〕代表的な税務判例を読む
(その17:「「退職所得」の意義④」(最判昭58.9.9))
立正大学法学部准教授
税理士 長島 弘
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今回は、最高裁の判断、及びその意義についてみていく。
6 裁判所の判断(上告審(最高裁昭和58年9月9日)の判断)
これは裁判所ホームページにて判決が公開されているため、これを入手し、読んでいただきたい。そこには当事者の主張として付加された点も掲載されており、ここでは割愛するため、ぜひ見てもらいたい。
(1) 一般的法命題(退職所得の意義)
退職所得について、所得税の課税上、他の給与所得と異なる優遇措置が講ぜられているのは、一般に、退職手当等の名義で退職を原因として一時に支給される金員は、その内容において、退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及び右期間中の就労に対する対価の一部分の累積たる性質をもつとともに、その機能において、受給者の退職後の生活を保障し、多くの場合いわゆる老後の生活の糧となるものであって、他の一般の給与所得と同様に一率に累進税率による課税の対象とし、一時に高額の所得税を課することとしたのでは、公正を欠き、かつ社会政策的にも妥当でない結果を生ずることになることから、かかる結果を避ける趣旨に出たものと解される。
退職所得にあたるかどうかについては、その名称にかかわりなく、・・・優遇課税についての立法趣旨に照らし、これを決するのが相当である。かかる観点から考察すると、ある金員が、右規定にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」にあたるというためには、それが、(1)退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、(2)従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、(3)一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であり、また、右規定にいう「これらの性質を有する給与」にあたるというためには、それが、形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。
(2) 事実認定
本件についてみると・・・((1)~(3)は略)、(4)・・・5年の勤務期間を経過して本件退職金名義の金員の支給を受けた者は、その機会に自らの意思で退職する者を除いては、改めて再入社のために一般の入社の場合における所要の手続等を経ることもなく、従来のままの就労を継続している、(5)また、右の者の賃金その他の労働条件も、従前のそれと全く変ることがなく、年次有給休暇については、新たに入社した者に対しては、その入社年度にはこれを与えないものとしているのに、5年の勤務期間を経過して退職金名義の金員の支給を受けた者に対しては、右期間経過後の初年度には、未使用有給休暇日数の次年度繰越が打切られるのみで、6日分の休暇が与えられることとされている、(6)中小企業退職金共済制度については、新たに入社した者の掛金は就職後満1年を経過してからこれを払い込むこととしているのに、5年の勤務期間を経過して退職金名義の金員の支給を受けた者については、右期間経過後の初年度から掛金を払い込んでおり、また、右勤務期間を経過した者で右制度による退職金の受給申請をした者はなく、この関係では従前の勤務期間は通算するものとして取り扱われている、(7)従業員として身分を失う事項を定めた就業規則17条の規定中には、給与規程により5年ごとに退職金名義の金員を受領した者がその際に従業員としての身分を失う旨の定めはなく、また、同18条では、「従業員の停年は満55歳とする。」旨を定めて、定年までの身分を保障している、というのである。
右金員の支給を受けた従業員は、一たん退職したうえ再雇用されるものではなく、従前の雇用契約がそのまま継続しているものとみるべきであり、また、右金員支給の基礎となる5年の期間は、その経過によって勤務関係を確定的に終了させるという意図から設けられたものではなく、むしろ、将来勤務関係が確定的に終了する際に支給される退職金を実質的に前払いするための計算の便宜上定められたものにすぎず、5年という年数にそれ以上に特段合理的な根拠があるわけではないとみるべき・・・。
(3) あてはめ
これらの点を考慮すると、右金員は、前記(1)の要件である、勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、という要件を欠くことは明らかであって、法30条1項にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」にはあたらない・・・同条同項にいう「これらの性質を有する給与」にもあたらないと解するのが相当である。
(4) 控訴人の主張に対して(本件金員を退職手当等として取り扱わなければ、控訴人の従業員は退職金について特別の恩典を受けられないため不当・勤続期間を通算しないことを条件としてなされる退職金の打切り支給は社会的必要性と相当性が存する限り退職所得に含めるべきとの主張に対して)
上告人の従業員は、確定的に退職し雇用関係から最終的に離脱する際に支給される退職金を除いては、勤務満5年ごとに支給される退職金名義の金員につき、課税上優遇措置を受けられないことになるが、上告人及びその従業員が前記のような給与方式を選択した以上、このような結果となるのはやむをえないことというべきである。また、退職金の支払の確保及び右支払時における経理上の負担の軽減を図るためであれば、他に方法がないわけではないから、単に実際上の必要があるということから、本件退職金名義の金員の性質につき前記と異なる解釈をとるのは、相当でないといわなければならない。
7 判決の意義
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