〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第13回】 「精神病床を持つ意義」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 1 5疾病5事業へ 地域医療計画における重点領域として、精神系疾患が加えられ、5疾病5事業に拡大される。図表1に示すように、精神系疾患の入院患者数は循環器系疾患やがんよりも多く、また近年の増加が社会問題にもなっていることが背景として考えられる。 図表1 推計入院患者数の推移 精神系疾患というと、慢性期的な精神病院を想起することが多いものと予想されるが、がん患者にもせん妄が認められることが少なくない。せん妄は、がん患者において頻度の高い精神症状であって、術後の30~40%、高齢入院患者の10~40%、終末期患者の30~90%程度に認められる。 また、精神系疾患の患者であっても心筋梗塞や脳卒中、外傷で救急搬送されてくることもあるわけであり、当該疾患のフォローアップ体制を有することはこれからの急性期病院にとって新入院患者を獲得するための重要な鍵を握る。 2 重症患者への対応 診療科別の管理会計を総合的な診療体制を有する病院で実施すると、入院医療で最も利益率が悪いのが精神科であることから、単純に考えると不採算であると捉えることもできる。しかしながら、図表2に示すように、DPC/PDPSにおける調整係数をみると精神病床を有する病院が高い傾向がある。 図表2 調整係数 これは精神系病床を有する病院は、重症患者に対応しているので、医療資源の投入量が多く、そのことが係数で補填されていることが予想される。 現存する暫定調整係数はやがて廃止されるものの、置換えが行われていく機能評価係数Ⅱにおけるカバー率係数、基礎係数の実績要件である診療密度などには、精神病床を有する病院が有利な傾向が出るであろうことから、筆者は精神病床=不採算と決め打ちするのは妥当ではないものと考えている。 さらに、機能評価係数Ⅰで評価されている総合入院体制加算は、急性期病院にとって金額的なインパクトが大きい。総合入院体制加算を算定するために、必ずしも精神科を標榜する必要はなく、24時間対応できる体制(自院又は他院の精神科医が、速やかに診療に対応できる体制を含む)があればよいことになっているものの、一般的には精神科を標榜する医療機関が多いことであろう。 総合入院体制加算は、急性期病院にとっては非常に重要な意義を有しており、機能評価係数Ⅰで3%弱の評価が行われており、500床程度の総合病院であれば年間約1億円の増収になることが予想される。 3 急性期精神病床の配置状況、慢性期精神病床のこれから 精神病床に関する施設基準の届出状況をみると図表3に示すように、精神科身体合併症管理加算が最も多く、ついで精神療養病棟入院料及び認知症治療病棟入院料1となっている。 図表3 精神科に関連する施設基準の届出状況 精神科身体合併症管理加算は、精神科を標榜する場合に、精神科以外の診療科の医療体制との連携がある病棟において、精神病床に入院している身体合併症を併発した精神疾患患者に対して、精神疾患、身体疾患両方について精神科を担当する医師と内科又は外科を担当する医師が協力して、治療が計画的に提供されていることが評価されたものであり、当該疾患の治療開始日から7日間算定することができる(1日につき450点)。 多くの疾患が対象とされており、金額的な影響も大きいことから、精神科を標榜する場合には届出を行うことが必須となるであろう。 また、精神療養病棟入院料については、慢性期的な患者が対象になり、一定の需要を期待することができる。しかしながら、精神科地域移行実施加算もあり、入院期間が5年を超える患者など長期入院については減少させ、地域に戻すことが政策として企図されている。 したがって、慢性期的な精神医療については、診療報酬が大幅にアップするという期待は薄いものと筆者は予想している。 認知症治療病棟入院料1については、30日以内が1日につき1,761点、31日から60日以内が1,461点と比較的高い点数が設定されており、ADLにかかわらず認知症に伴う幻覚、妄想、夜間せん妄、徘徊等で、その看護が著しく困難な患者が対象となるため、運用の仕方によってはそれなりの収益性を期待することができるものと予想される。 4 救急と精神系疾患 救急医療を断りなく行えば一定の確率で精神系疾患の患者が搬送されてくることであろう。それに備えて、2012年度診療報酬改定では、一般病棟におけるせん妄やうつのような精神科医療を想定した精神科リエゾンチーム加算が新設された(週1回200点)。 届出を行うことができる医療機関は少ないであろうが、10年後には高機能な急性期病院では当たり前の取組みになるものと予想される。精神科医、専門性の高い看護師、薬剤師、作業療法士、精神保健福祉士、臨床心理技術員等の多職種からなるチームを編成しなければならないなど、クリアすべき課題も多いが、積極的な算定を目指したいところである。 さらに、厚生労働省が年度ごとに行っている「救命救急センターの評価結果」において、特定の診療科・診療領域に限って救急搬送を受け入れている場合には是正を要求されている。実際に救命救急センターを有する病院の54%は精神病床を有しており、救急医療に積極的に取り組む高機能な急性期病院においては精神系疾患への対応は重要な鍵を握るのであろう(二次救急医療機関では86%が精神病床を持っていない)。 なお、2012年度診療報酬改定で、精神科救急患者地域連携紹介加算及び同受入加算が新設され、緊急入院から60日以内に転院した場合の評価が行われたことも注目される。一般病院では7日以内であるのに対して、60日と長めの期間設定が行われており、これらを有効に活用することも重要である。 (了)
女性会計士の奮闘記 【第7話】 「提案は慎重に」 公認会計士・税理士 小長谷 敦子 〈ワンポントアドバイス〉 事業承継税制は一例ですが、会社の将来にわたって経営に大きな影響及ぼす制度は、慎重に適用しなければなりません。安易に制度の適用を勧めると、かえってお客様の信頼を失ってしまうことになります。 時間をかけて、あらゆる角度から考える必要があります。勇み足は禁物。最悪のシナリオも想定して、お客様に伝えましょう。 (了)
昨夜の閉店間際、ゆっくりと扉が開き田中さんが顔を覗かせた。 「やっぱり誰もいないね」 「いらっしゃい。いつものことです」 田中さんは空いていれば必ずカウンターの壁と接した端に座る。この時間だともうベロベロで、いきなりメーカーズ。そして一杯で帰る。 「メーカーズでいいのかな」 「あのさ、ウンポコかけてくれる」 田中さんはイヤなことがあるとバド・パウエルの『ウン・ポコ・ロコ』を聴く。 「なんかあったの」 「あったんですよ」 『ウン・ポコ・ロコ』が流れると田中さんは眼を閉じ腕を組んで聴いていて、そのまま寝てしまった。グラスは口を着けないままカウンターに置かれている。 CDが終わり、そろそろ閉店時間。ちょうど田中さんも起きた。 「あれ、もう終わりなの」 「はい、じゃあ1,100円です」 酔っぱらいにはキビキビと対応する。店主が客に冷たいだの暖かいだのは、この状態じゃどうせ伝わらない。 「え、一杯しか飲まなかった?」 「はい」 田中さんはあちこち探してようやくコートのポケットに財布を見付け、カウンターの上に金を置いて帰った。グラスの氷はすっかり溶けていた。 そして今夜も田中さんが来た。 「私、昨日来ました?」 「ええ、メーカーズ一杯、氷溶かして帰りましたよ」 「覚えてないんですよね」 「なにがあったんですか」 「いや、実はですねえ・・・」と田中さんは始め「気がついたら家の玄関で寝ていました」で終わった。部下に裏切られたというよくある話だった。 「そりゃ辛かったですね」 「ええ、辛いですよ」 早い時間の田中さんは4杯飲む。シメイの赤、そして白、メイカーズマークのロック、最後はブラッディ・メアリで〆る。田中さんはこの流れを「起承転結」だという。たまにメイカーズが抜けて3杯のときは「序破急」になる。 今夜も〆の4杯目、ブラディ・メアリにタバスコを落とそうとすると途中でトウガラシの固まりがつかえてなかなか出ない。逆さのままビンの尻を手でポンポンするとドバッと入った。 「マスター、今日のちょっと辛くない」 「辛い」と書いてカライともツライとも読む。田中さんは今夜もまた「辛い」目に合うことになった。 「気のせいですよ。体調悪いんじゃないですか」 (了)
《速報解説》 所得税基本通達等の一部改正(7/9公表)について 税理士 内山 隆一 1 はじめに 平成25年7月9日付けで、国税庁ホームページにおいて、平成25年度税制改正等に伴う下記の所得税関係の通達改正の内容が公表された。 上記の通達改正は、平成25年度税制改正により創設された各種政策促進税制に関する通達の新設などが中心であるが、そのほか、社会保険料の新たな納付制度にあわせた所得控除の通達改正、震災特例法の設備投資・雇用促進のための特例の改正に関する通達改正がなされている。 上記以外の通達改正は、主に、法令改正に伴う用語・引用条文等の整理、廃止された規定に関する定めの廃止である。 本稿では、今回の通達改正のうち、実務家が注目すべきものを抜粋して紹介し、その内容について解説する。 2 前納した社会保険料等の特例 改正前は、社会保険料控除等の対象となる保険料等に限り、1年以内の期間の前納保険料等は、その全額を支払った年において控除することができることとされていたが、国民年金保険料の2年分前納制度の導入にあわせ、1年を超える期間に係る保険料等であっても、法令に基づいた一定期間の前納保険料等については、その全額を支払った年において所得控除ができることとされた。 また、この特例を適用せずに確定申告書を提出した場合には、更正の請求によりこの特例を適用することはできない旨が明らかにされた(所基通74・75-2)。 3 政策促進税制の創設に伴う通達の整備 平成25年税制改正により創設された次の租税特別措置法による特例について、通達が新設され、あわせて既存通達の整理がなされた。 新設された通達のうち、注目すべきものを紹介する。 ① 生産設備等の範囲(措置法通達10の5の2-1) 生産等設備投資促進税制の対象となる生産設備等の範囲及び対象とならない資産(事務所、寄宿舎等建物、乗用自動車など)が明らかにされた。 ② 特定中小企業者であるかどうかの判定の時期(措置法通達10の5の3-1) 中小企業設備投資税制の適用対象者である特定中小企業者に該当するかどうかは、経営改善設備等を事業の用に供した日の現況により判定することとされた。 ③ 中小企業者であるかどうかの判定の時期(措置法通達10の5の4-1) 所得拡大促進税制の適用対象者である中小企業者に該当するかどうかは、その年の12月31日の現況により判定することとされた。 ④ 税額控除等の順序(措置法通達41の19の4-4) 前述の税額控除が新設されたこと、また、電子証明書等特別控除が廃止されたことに伴い、各種税額控除等の控除順序が改正された。 (了)
《速報解説》 消費税基本通達の一部改正(7/9公表)について ~特定新規設立法人の納税義務の免除の特例と任意の中間申告制度に係る事項~ アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 (監修) 税理士 小嶋 敏夫(執筆) 「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」及び「消費税法施行令の一部を改正する政令」(3/13公布)の成立に伴い、以下の事項について消費税基本通達及び申告書等の様式の一部改正が行われたため、その内容の確認をする。 上記4項目のうち、①消費税率改正に伴う事項は、税率引上げに伴う基準期間における課税売上高や課税仕入れに係る消費税額の計算に関する事項についての所要の整備を図ったものである。また、④社会福祉関係の非課税に係る事項についても、社会福祉事業に係る法律等の名称変更に伴う用語の置換えが中心である。 そこで本稿では、②特定新規設立法人の納税義務の免除の特例に係る事項と③任意の中間申告制度に係る事項について確認する。 なお、特定新規設立法人の納税義務の免除の特例の制度の概要については、本誌の創刊準備5号(2012年12月6日公開)掲載の拙稿「特定新規設立法人の納税義務の免除の特例と企業戦略」を参照されたい。 1 特定新規設立法人の納税義務の免除の特例に係る事項 (1) 特定要件の判定時期(消基通1-5-15の2)《新設》 改正後の通達では、新規設立法人が特定要件に該当するか否かは、基準期間がない事業年度開始の日の現況によることとされる旨が新設された。なお、設立事業年度に限らず、設立事業年度の翌事業年度以後の事業年度についても判定を行う必要がある点に留意すべき旨も明らかにされた。 (2) 法第11条又は第12条と第12条の2第1項又は第12条の3第1項の適用関係(消基通1-5-17) 本通達により、納税義務の有無の判定に特定新規設立法人の納税義務の免除の特例(消法12の3①)が加えられたことを確認している。 判定順序については、上記拙稿にも掲載した以下のフローチャートを参照されたい。 〈課税事業者判定フローチャート〉 (3) 新設法人又は特定新規設立法人の簡易課税制度の適用(消基通1-5-19) 本通達において、調整対象固定資産の仕入れ等を行った場合の簡易課税制度選択届出書の提出制限(消法37②二)の規定の適用を受ける場合等を除き、消費税法12条の2第1項に規定する新設法人に加えて、同法12条の3第1項に規定する特定新規設立法人も簡易課税制度の選択ができることを確認している。 (4) 法第12条の3第3項の規定が適用される特定新規設立法人(消基通1-5-21の2)《新設》 平成22年4月1日以後に設立された法人は、基準期間がない事業年度に含まれる各課税期間(簡易課税制度の適用を受ける期間を除く)中に調整対象固定資産の課税仕入れ等を行った場合には、その調整対象固定資産の仕入れ等の日の属する課税期間からその課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間は免税事業者になることはできないこととされている(消法12の2②)。 本通達は、消費税法12条の3第3項《基準期間がない課税期間中に調整対象固定資産を取得した特定新規設立法人の納税義務の免除の特例》の規定が適用される特定新規設立法人は、同条1項の規定により課税事業者となる特定新規設立法人のみならず、合併・分割等があった場合の納税義務の免除の特例により課税事業者となる法人も含むことを明らかにしている。 要するに、納税義務の判定において、法11条第3項の規定により課税事業者となる新設合併法人であっても、法12条の3第1項に規定する特定新規設立法人の要件にする場合には本通達の適用を受けることとなる。 これにより、調整対象固定資産の仕入れ等を行った場合の納税義務に関する規定の適用範囲が拡大されることとなった。 なお、特定新規設立法人が当該調整対象固定資産を廃棄、売却等により処分した場合であっても、法12条の2第2項の規定が準用されるため、納税義務は免除されないことが明らかにされた(消基通1-5-22)。 * * * また、改正前は、設立1期目及び2期目の法人等は、基準期間がない法人として定義されていたが、今回の改正で基準期間がない法人に係る納税義務の免除の特例が、新設法人に係るもの(消法12の2)と特定新規設立法人に係るもの(消法12の3)に区分されたことによる用語の差替えを今回の通達改正で行っている。 2 任意の中間申告制度に係る事項 (1) 前課税期間の確定消費税額がない場合の任意の中間申告(消基通15-1-1の2)《新設》 直前の課税期間において免税事業者であった場合や還付申告書を提出している場合等、その直前の課税期間の確定消費税額がない場合であっても、6月中間申告対象期間の末日までに「任意の中間申告書を提出する旨の届出書」を提出しているときは、消費税額を0円とする任意の中間申告書又は仮決算による中間申告書を提出することができる旨が明らかにされた。 (2) 任意の中間申告書を提出する旨の届出書の効力(消基通15-1-1の3)《新設》 「任意の中間申告書を提出する旨の届出書」の効力は、「任意の中間申告書を提出することの取りやめ届出書」提出しない限り存続する旨が明らかにされた。 したがって、「任意の中間申告書を提出する旨の届出書」を提出した後の課税期間において免税事業者となった場合等であっても、その後の課税期間において再び課税事業者となったときは、6月中間申告書を提出することができることが明らかにされた。 なお、任意の中間申告制度の適用を受けている事業者が、その提出期限までに提出しなかった場合には、任意の中間申告書を提出することの取りやめ届出書の提出があったものとみなされ、中間申告、納付することができなくなるので注意されたい(消基通15-1-7)。 (3) 相続、合併又は分割があった場合の任意の中間申告書を提出する旨の届出書の効力(消基通15-1-1の4)《新設》 相続、合併又は分割があった場合における「任意の中間申告書を提出する旨の届出書」の効力は、相続により当該被相続人の事業を承継した相続人、吸収合併又は新設合併により当該被合併法人の事業を承継した合併法人、分割により当該分割法人の事業を承継した分割承継法人には、それぞれ及ばないことが明らかにされた。 3 申告書、届出書の様式の制定について 上記の消費税基本通達の改正に併せて、以下の消費税関係申告書等の様式が制定されているので、各自参照されたい。 (了)
〔しっかり身に付けたい!〕 はじめての相続税申告業務 【第1回】 「申告業務に必要なこと」 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 〔はじめに〕 相続税申告業務には、「相続」という法律(民法)の基礎知識、「相続税」という税法の基礎知識のいずれもが必要となる。 加えて、相続税の財産評価を行う際に、土地(借地権を含む)の法令(建築基準法や借地借家法など)の基礎知識も必要となる場合がある。 細かなケースを含めてすべてを理解しようとすると、理解するまでにかなりの時間が必要となるため、相続税申告業務を専門にする方は別として、一般的なケースに限定し、まず必要な基礎知識を理解し、実際の実務で直面した問題についてはその都度、書籍や他の専門家に確認しつつ、業務を進めていく、ということが現実的な対応策となるだろう。 このため、「はじめての相続税申告業務」では、この一般的なケースに限定して、最低限、必要な知識を、相続の法律(民法)、相続の税金(相続税)の2つについて、理解していくことを目的としたい。 〔相続税申告業務の流れ〕 どのように相続税申告業務を獲得するか、また、報酬はいくらにすべきかという点は営業戦略の話となるため、この連載では省略するが、相続税申告業務を請け負った場合、どのように業務を進めていくのか、全体の流れをまず理解しておく必要がある。 その全体の流れに従って、最低限、必要な知識(民法、相続税)を理解していくことが、相続税申告業務を正確に行う最短の距離である。 したがって、まず、相続税申告業務の全体の流れについて学ぶこととする。 上記1から5の手続は、通常、他界した日から10ヶ月以内に完了させることになる。 これは相続税申告期限が、相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内と定められており(相続税法27条1項)、通常は、相続の開始があったことを知った日は、他界した日となるからである。 また、相続税は、原則、現金で一括して申告期限までに納付することになっている(相続税法33条)。 したがって、相続税申告業務を進めるにあたって、相続税申告期限は重要な日となるため、どのように算定すべきか、しっかりと理解しておく必要がある。 ここは重要なポイントとなるので、具体例を用いて説明したい。 平成24年4月1日に他界した場合、他界した日の翌日(平成24年4月2日)を起算日として10ヶ月を計算すると、平成25年2月1日となる。 つまり、相続税申告期限は、他界した日の10ヶ月後の応当日になる。 平成24年4月2日に他界した場合、他界した日の10ヶ月後の応答日は平成25年2月2日となる。 ただし、応当日が土日祝日の場合には、土日祝日に該当しない翌日(応当日が土曜日の場合、翌々日の月曜日になる)が相続税申告期限になる(国税通則法10条2項)ので、このケースでは他界した日の10ヶ月後の応当日である平成25年2月2日は土曜日であるため、土日祝日ではない翌々日である平成25年2月4日が相続税申告期限となる。 上記で述べた相続税申告業務の全体の流れのうち、1から3は相続税申告が必要か否かにかかわらず、相続を完了させるためには行わなければならない手続である。 一方、相続税申告業務の全体の流れのうち、4及び5は相続税に特有の手続となる。 別の観点からいえば、相続税申告業務の全体の流れのうち、1から3は相続の法律(民法)上、必要とされている手続であり、4及び5は、相続の税金(相続税)上、必要とされている手続といえる。 「3 相続財産の分割協議」で、財産分けの合意ができないまま(「未分割」という)、相続税申告を行うこともあるが、その場合には、当初申告時においては、小規模宅地特例や配偶者税額軽減など特例が適用できず、結果として相続税の納税額が大きくなる(*)ので、通常は、この3を完了させ、財産分けの合意をした上で、相続税申告を行うことが大半である。 次回は、相続税申告業務の全体の流れについて、その内容の概略について見ていきたい。 (了)
「生産等設備投資促進税制」 適用及び実務上のポイント 【第5回】 「特別償却・税額控除の適用を 判断する際の留意点」 マネーコンシェルジュ税理士法人 税理士 村田 直 ◆中小企業等投資促進税制との有利不利 本連載では「「生産等設備投資促進税制」適用及び実務上のポイント」として、第1回から概要、要件、手続などをご紹介してきたが、第5回となる今回は、実際に生産等設備投資促進税制を適用するに当たっての有利不利の判定、要件を満たさない場合の対処法などを解説する。 生産等設備投資促進税制の詳細は、これまでの連載で十分にご理解いただけたことと思うが、最終的なタックスプランニングにおいて、実務上の判断を左右する重要なポイントとしては、以下の5点が挙げられる。 実務においては、最初から生産等設備投資促進税制の適用が決まっているわけではなく、会社の状況から判断して、適用可能な優遇税制を検討し、それが複数ある場合には、どの税制を適用するのが最も会社にとって有利かを判断した上で、適用することとなる。 そういった場面において、上記5点は、有利不利を判断する際のポイントとなる。 例えば、既存の投資優遇税制として、中小企業等投資促進税制がある。 この制度は、中小企業者等が平成26年3月31日までの期間内に新品の機械及び装置などを取得し又は製作して国内にある製造業、建設業などの指定事業の用に供した場合に、その指定事業の用に供した日を含む事業年度において、基準取得価額の30%の特別償却又は7%の税額控除を認めるものである。 中小企業の投資優遇税制の中で、最も適用する機会の多いものであろう。 この中小企業等投資促進税制のポイントを、上記の生産等設備投資促進税制のポイントと比較する形で挙げると、以下のようになる。 特別償却の償却率はどちらも30%だが、税額控除の率では、中小企業等投資促進税制の方に軍配が上がる。同様に、税額控除限度超過額の繰越しが認められる点も中小企業等投資促進税制が有利である。 一方、対象となる資産は、生産等設備投資促進税制の場合は機械装置のみ、中小企業等投資促進税制の場合は、器具備品やソフトウェアなども対象になる、という違いがある。 また、中小企業等投資促進税制においては、取得価額要件や、税額控除の対象法人における資本金要件などの制限があるため、この点においては生産等設備投資促進税制が有利となる。 以上のように考えてみると、生産等設備投資促進税制を選択するケースとしては、例えば以下のような場合が想定される。 ◆要件を満たすためのひと工夫 以上のような有利不利をシミュレーションした上で、生産等設備投資促進税制を適用するとした場合には、本連載でも繰り返しご紹介してきた通り、以下の2つの要件を満たす必要がある。 ①の要件については、事前に予定している「生産等設備への年間総投資額」も含めたところで、「適用事業年度の減価償却費」を計算すれば、要件を満たすかどうか、おおよその見込みは立つだろう。 この段階で、もし要件を満たさないとしたら、どうすればよいだろうか。 この場合の選択肢は2つ。「生産等設備への年間総投資額」を増やすか、「適用事業年度の減価償却費」を減らすか、のどちらかである。 後者で要件を満たそうとすると、会計上、損金経理する減価償却費を減らす、又は事業年度を変更し、12ヶ月未満の事業年度にすることで計上する減価償却費を減らす、などの方法が考えられる(しかし、これらの方法が実務上認められるものになるかどうかは、今後の適用事例等の公表を待ちたい)。 ②の要件については、現在がどの時点なのかによって取れる選択肢が変わってくる。現在進行中の事業年度が平成25年3月31日以前開始事業年度であれば、進行事業年度における年間総投資額をできるだけ減らし、大型設備投資はできるだけ来期に延期することで、10%超増加の要件を満たしやすくすることができる。 一方、現在進行中の事業年度が平成25年4月1日以降開始事業年度であれば、前事業年度における調整はできない。この場合は、事業年度を変更し、12ヶ月未満の事業年度にすることで、比較取得資産総額(連載第3回参照)を月割計算することができ、その分10%増加の要件を満たしやすくすることができる(しかし、この方法も認められるものになるかどうか、今後の適用事例等の公表を待ちたい)。 ただし、事業年度は、経営上の様々な見地から総合的に決定すべきものであり、税制面の有利不利のみでむやみに変更すべきものではないため、十分注意していただきたい。 最後に、生産等設備投資促進税制において、特別償却と税額控除のいずれを選ぶか、ということだが、一般的には税額控除の方が有利である。特別償却は、減価償却の前倒しというだけであり、来期以降に計上される減価償却費はその分少なくなる。その結果、トータルで計上できる減価償却費は変わらない。 ただし、生産等設備投資促進税制では、税額控除限度超過額の繰越しが認められないため、適用事業年度において赤字である場合には、税額控除を選択しても意味がない。 その場合は特別償却を選択せざるを得ないことになるが、中小企業者等で前期が黒字であれば、欠損金の繰戻し還付を適用するなどの選択肢が考えられる。 (了)
中小企業のM&Aでも使える 税務デューデリジェンス 【第6回】 「親族への事業承継における 税務の取扱い」 公認会計士・税理士 並木 安生 1 はじめに 第6回では、親族への事業承継の際に活用される各手法の内容及びその税務上の取扱いやポイント、税務デューデリジェンスの必要性等について解説する。 2 親族への事業承継の手法 事業承継を含むグループ内再編では、対象会社の株式異動を伴うケースがほとんどである。 一般に税務上は、株主構成に変化がある場合はグループ内再編における適格要件等を満たさなくなることがあり、その場合は含み益を益金算入させざるを得ない状況となる。 一方で、今回のテーマである親族間の事業承継を前提とした株式異動であれば、実質的には株主構成に変化がなかったと捉えることが多く、その場合は適格要件を満たすことで含み益が益金算入されないことになる。以下にその具体例を記載する。 ① 株式譲渡を行うケース オーナー経営者(個人)が、後継者となる子などの親族(個人)に対して自社(A社)株式を譲渡し、A社株式売却の代金として現金を受け取るものとする(図①)。 この株式譲渡は原則として組織再編税制の対象ではないため、適格要件を判定する必要はない。そのため、A社が保有する資産に含み損益があった場合でも損金(又は益金)に算入されることはない。 なお、売り手となるオーナー経営者側では、譲渡損益が所得税における申告分離課税の対象となる。 図① 株式譲渡 [ステップ1] [ステップ2] ただし、譲渡時点においてA社に含み損のある資産や青色繰越欠損金がある場合、欠損等法人に該当することで、含み損のある資産の売却による損失や青色繰越欠損金に対してA社が損金算入制限を受ける可能性がある。 これは、親族間で発行済株式総数の50%超の株式を売買したに過ぎず、親族全体を1つのグループとして考えると株式異動はなかったと考えられる場合であっても、条文上は株式異動があったと解釈され得るためである。 ② 分割型分割を活用するケース オーナー経営者が保有する自社(A社)で営んでいる複数の事業を親族に当たるそれぞれの後継者(B及びC)へ承継させたい場合、分割型分割の手法を利用してA社を複数の会社(A社及びA1社)に分け(図②)、将来の相続発生時にそれぞれの後継者が各々の事業を含む会社の株式を相続できるように備えておく方法、あるいは生前にA社及びA1社それぞれの株式を譲渡する等の方法が挙げられる。 分割型分割は組織再編税制の対象となるため、適格要件の判定が必要となる。 この点、オーナー経営者が従前より発行済株式総数の100%を保有している場合は、「同一の者が分割後もそれぞれの会社の株式を100%保有し続ける見込みがあること(完全支配関係継続見込要件)」が求められるが、親族間の株式譲渡や相続を見込んでいるのであれば、「同一の者」による完全支配関係の継続見込があると考えられことになるため、この分割は適格再編扱いとなる。 したがって、分割時点においてオーナー経営者が株式譲渡損益やみなし配当を認識する必要はなく、分割法人(A社)が譲渡損益を認識する必要はないことになる。 図② 分割型分割 [ステップ1] [ステップ2] ③ 株式移転を活用するケース 1) 完全子会社が複数(共同株式移転)の場合 オーナー経営者が複数の会社株式(発行済株式総数のうちすべて)を保有しており、子などの相続人がそれらの株式の相続又は贈与を受け後継者となる予定であるとする。 この場合、株式移転の手法を用いて持株会社を組成し複数の会社をその傘下の完全子会社とし(図③-1)、持株会社株式を相続・贈与対象とする方が、相続税計算における株式評価上や事務処理の簡素化の点で有利となるケースが多い。 株式移転は組織再編税制の対象となるため、適格要件の判定が必要となる。 本ケースの下では「同一の者が株式移転後も持株会社株式及び完全子会社株式を100%保有し続ける見込みがあること」が求められるが、持株会社株式の相続・贈与が見込まれている場合だけではなく、相続発生前に親族の後継者へ持株会社株式を譲渡することを見込んでいる場合でも、税務上は親族全体を「同一の者」として捉えることから、「同一の者」による100%保有の継続見込があると考えられるため適格再編扱いとなる。 したがって、資産評価損益を認識する必要はないことになる。 図③-1 共同株式移転 [ステップ1] [ステップ2] 2) 完全子会社が1社(単独株式移転)の場合 オーナー経営者が保有する会社(A社)にオーナー以外の少数株主が存在しており、子などの相続人がその株式の相続又は贈与を受け後継者となる予定であるとする。 この場合、上記1)と同様に、株式移転の手法を用いて持株会社を組成しその会社を傘下の完全子会社とし(図③-2)、持株会社株式を相続・贈与対象とする方が、相続税計算における株式評価の点で有利となるケースが多い。 1)と同様に、この株式移転は適格要件の判定が必要となる。本ケースの下では「株式移転後も持株会社が完全子会社の100%を保有し続ける見込みがあること」の条件を満たせば足り、各株主による持株会社株式の保有継続見込が適格要件を満たすために必要となるわけではない。 したがって、持株会社株式の相続・贈与が見込まれている場合だけではなく、相続発生前にオーナー経営者が親族内外いずれの後継者へ持株会社株式の譲渡を行うことを見込んでいる場合でも、適格要件に影響を与えることはなく、上記カギ括弧内の条件を満たせば資産評価損益を認識する必要もないことになる。 図③-2 単独株式移転 [ステップ1] [ステップ2] ④ 事業譲渡を行うケース オーナー経営者が保有する会社から後継者となる子などの親族が保有する会社に対して事業譲渡を行う方法(図④)も、事業承継の手法としてしばしば利用される。 この点、事業譲渡は組織再編税制の対象ではなく単なる資産の譲渡取引であるため、税務上時価で譲渡されたものとして取り扱わない限り寄附金・受贈益認定を受けることになる。 また、本ケースのようにそれぞれが発行済株式のすべてを保有する会社間での事業譲渡の場合は、税務上「一の者」の間の取引に該当するためグループ法人税制の適用対象となり、一定の資産の譲渡損益は譲渡会社と譲受会社の間の完全支配関係が将来解消される時点まで繰り延べられることになる。 なお、グループ法人税制が適用される場合、先述の寄附金・受贈益は損金又は益金不算入扱いとなり、かつ子法人株式の寄附修正の対象として扱われる。 図④ 事業譲渡 [ステップ1] [ステップ2] 3 税務デューデリジェンス 親族間の取引であっても第三者間取引の場合と同様に、取引当事者において寄附金・贈与認定リスクが生じないようにするためにも、税務上は時価での取引が必要となる。 したがって、税務デューデリジェンスを実施することで税務リスク額を試算し取引価額へ反映させることが有用といえる。 また、親族間のトラブルを避けるためにも、税務デューデリジェンスにより税務リスクを事前に洗い出し、税務上の問題点や課題を当事者の共通認識としておくことが望まれる。 なお、事業承継の各手法が図らずも非適格再編に該当し、不測の含み益課税を受けてしまうことを避けるためにも、上記2に記載したそれぞれの税務の取扱いを参考として、将来予定している株式異動等の取引が適格要件を満たすか否かに影響を与えるかを事前にチェックしておくことも必要といえる。 事業承継における税務デューデリジェンスの手続は、買収や統合の場合のものと基本的に大きな違いはない。詳細については第2回「具体的な調査項目とは」を参照されたい。 (了)
交際費課税Q&A ~ポイントを再確認~ 【第5回】 「交際費と寄附金を区別する」 公認会計士・税理士 新名 貴則 法人税法上、交際費等と寄附金は次のとおりに定義されている。 上記のとおり、一般的には「交際費、接待費、機密費」などの名目の支出であれば交際費等に、「寄附金、拠出金、見舞金」などの名目の支出であれば寄附金に該当する。ただし、必ずしも名目のとおり税務上も取り扱われるとは限らない。 したがって、寄附金になるのかそれとも交際費等になるのかは、個々の実態に応じて判定する必要がある。 ここで、事業に直接関係のない者に対して金銭、物品等の贈与をした場合には、寄附金なのか交際費等なのかは個々の実態により判定することになる。ただし、次のような金銭による贈与は原則として寄附金とし、交際費等にはならない(措通61の4(1)-2)。 交際費等と寄附金の判定でよく問題となるのが、政治資金パーティーのパーティー券代の取扱いである。政治資金パーティーとは、政党等が政治資金を集めるために開催するもので、その催物の収益から必要経費を差し引いた残金を政治活動に使うというものである。 このパーティー券代には、パーティーでの実際の飲食等の実費に相当する部分と、政治資金としての献金に相当する部分から構成されるといえる。そのため、実費相当部分については交際費等とし、献金部分は寄附金とするのが適正な取扱いと考えられる。 【パーティー券代の取扱い】 ただし、実際にはパーティー券代のうち実費相当部分は僅かで、大部分が献金相当部分であるケースが多く、またそれらを区分することも難しい。さらに、実際の出席者より多い人数分のパーティー券を購入するようなケースも多い。 そこで実務上は、全額を寄附金として取り扱うことも妥当と考えられる。 役員給与として取り扱う必要があるかどうかも問題となるが、本来は法人自体が何らかの目的で政党との関わりを持ちたいという意思があるものである。したがって、通常は法人としての経費と認められると考えられる。 ただし、法人とは関係がなくあくまで役員の個人的関係しかないにもかかわらず、法人がパーティー券を購入しているような場合は、役員給与として処理すべきと考えられる。 (了)
小説 『法人課税第三部門にて。』 【第12話】 「調査終了時の「理由」の説明義務」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「めんどくさいです・・・」 山口調査官は忌々しそうにつぶやいた。 「何が?」 田村上席は、新聞を読んでいる。 今は昼休みで、法人課税第三部門には、今日も出遅れた2人以外、誰もいない。 「国税通則法74条の11第2項ですよ。すなわち、税務調査の終了に際し、調査担当職員は更正決定等をすべきと認める場合には、その調査結果の内容を説明する・・・と書かれているでしょ・・・そして、その内容としては、更正決定等をすべきと認めた額及びその理由を含むとなっている」 山口調査官は、条文を怒ったように読み上げた。 「そんなことは、今までもやっていただろう」 「ええ、しかし、こう法律ではっきりと規定されると、それをしなかった場合、違法な調査になってしまうでしょう」 田村上席も頷く。 「確かに、そうだな・・・あまり法律で縛り過ぎると、税務職員の調査が萎縮してしまう可能性があるんだが」 「僕なんか、税務調査で、ややこしい否認事項が出てきたら、もう知らないことにして、更正処分をしないでおこうか、なんて考えちゃいますよ」 「おいおい、それは困るよ」 田村上席は苦笑いをして、山口調査官を諭す。 「それに・・・事務運営指針でも、納税者に対しての理由の程度について、びっくりするくらい我々税務職員に対して、説明をするように求めている」 山口調査官は、事務運営指針の該当箇所を読み上げる。 「調査結果の内容の説明等については・・・必要に応じ、非違の項目や金額を整理した資料など参考となる資料を示すなどして、納税義務者の理解が得られるよう十分な説明を行うとともに、納税義務者から質問等があった場合には分かりやすく回答するように努める・・となっている・・・これって、えらく、納税者に配慮していますね・・・現場の我々の苦労を、もっと上の人は考えてくれてもいいのに・・・」 山口調査官はそう言うと、事務運営指針が書かれた資料をポンと机の上に投げた。 「まあ、納税者の権利を保護しようというのが、近頃の風潮なんだろうな」 「あの・・・納税者権利憲章のことですか?」 山口調査官は、まだふてくされている。 「僕なんか・・・納税者には納税の義務しかなくて、納税の権利なんて・・・ありえない・・・だって、税務大学校でも、あそこの教授が説明していたけれど、一旦、課税要件が充足されると、その途端、国と納税者の間で、「租税」という債権債務関係が自動的に発生するものだから、租税実体法において、納税者に権利などありえない・・・まあ、手続法において納税者の権利はあるのでしょうけどね」 「へえ、山口君はよく勉強しているんだな・・・君のような税務職員が大勢いると、税務行政も安泰なんだがなあ」 田村上席は、笑いながら、山口調査官を褒めた。 「ところで、我が国に納税者権利憲章なんて作っても、何の効果があるんでしょうか?」 山口調査官が質問する。 「そりゃあ、納税者の権利の保護と救済のためだろう・・・」 田村上席は、新聞をたたんで、机の上に置く。 「別に納税者権利憲章を創らなくても、国税通則法にきっちりとした手続規定を設ければ、それでいいじゃないですか・・・どれだけ立派な法律を作っても、それを実行するのは人間なんですから」 「・・・アジアや東欧そして南アフリカにも納税者権利憲章を制定しようとする動きがあるとか、イタリアやスペインでは、既に制定しているとか・・・」 田村上席は、以前読んだ本の記憶を辿るように語った。 「東南アジアなんて、アンダーテーブルの世界ですからね」 山口調査官は、冷たく言い放つ。 「そう言えば、山口君は、よく東南アジアに旅行をすると聞いているけど・・・どんな国に行ったことがあるの?」 田村上席が質問する。 「そうですね・・・ベトナム、タイ、カンボジア、それと・・・そうそう、3ヶ月前に、ラオスにも行って来ましたよ」 「へえ、私なんか、東南アジアは、どの国にも行ったことがないよ」 「これらの国には、立派な税法はあるんですけれど・・・さっき言ったように、ほとんど賄賂の世界で・・・税務調査なんて、まともに行われていない。そんな国で納税者権利憲章を創っても、何の意味もないと思うのですが」 田村上席は、山口調査官の話を聞きながら、椅子の上で、腕を頭の後ろに廻し、大きく体を反らせている。 「イタリアなんかも、納税意識が低い国だから・・・政府が如何に納税者から効率よく税金を徴収するか、いろいろと知恵を出している」 田村上席は、学生時代にイタリアに旅行し、半年ほど滞在したことがある。税務職員になってからも、何度か訪れているイタリア通である。 「イタリアでは、税金をまともに納める奴は馬鹿だという考えを持っている人が多いから、政府は、コンドーノという制度を採用しているんだ」 「こんどーの、ですか?」 ポカンとしている山口調査官を見て、田村上席は笑いながら説明を続ける。 「イタリア語で、コンドーノは、“免罪符”という意味なんだ。5年に一度、納税者に一定のお金を支払わせ、それに応じたら、過去の脱税等を許すというものだ。逆に、もしお金を支払わない場合には、その納税者に対し、徹底して税務調査を行うという」 「それって、脅迫じゃないですか」 「そうかもしれないな」 田村上席がそう言うと、2人は大きな声で笑った。 (つづく)