相続税の実務問答 【第81回】 「贈与税の申告書に記載した贈与年月日と相続税の課税価格への加算」 税理士 梶野 研二 [答] あなたが、200万円をお父様から贈与された日が、お父様の相続開始前3年以内ではないのであれば、その200万円の贈与についての贈与税の申告書の記載に関わらず、その金額を相続税の課税価格に加算する必要はありません。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 贈与税の申告 (※) 贈与税の課税方法として相続税法には、暦年課税と相続時精算課税の2つの方法が定められていますが、質問者は、相続時精算課税の選択はしていないとのことですので、暦年課税を前提に説明します。 贈与により財産を取得した者は、1年間に贈与を受けた財産の価額の合計額が贈与税の基礎控除額(110万円)を超える場合には、原則として、その翌年の2月1日から3月15日までの間に、課税価格、贈与税額その他相続税法施行規則に定められた事項を記載した贈与税の申告書を納税地の税務署に提出し、その申告書に記載された贈与税を納付しなければなりません(相法28①、33)。 相続税法施行規則第17条には、贈与税の申告書の記載事項が定められていますが、主な記載事項は次のとおりです。 この記載事項のうち「財産の取得の年月日」の記載は、その贈与を受けた者が無制限納税義務者になるのか制限納税義務者になるのかの判定、適用される法令や通達の判定、その財産の具体的な評価額の計算などのために意味を持ちますが、財産の贈与をした者が亡くなった場合に、その財産の価額を相続税の課税価格に加算する必要があるかどうかの判断において特に重要な意味を有しています。 贈与による財産の取得日は、原則として、書面によるものについてはその契約の効力の発生した時、書面によらないものについてはその履行の時とされています(相基通1の3・1の4共-8)ので、贈与税の申告書には、「贈与による財産の取得日」として、契約の効力発生日又は履行があった日を記載することとなります。 2 被相続人の相続開始前3年以内に被相続人から贈与により取得した財産 相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前3年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合は、当該贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算しなければなりません(相法19)。 なお、「相続の開始前3年以内」とは、その相続の開始の日からさかのぼって3年目の応当日から当該相続の開始の日までの間をいいます(相基通19-2)。 贈与税の申告書が提出されている場合には、一般的には、その申告書の「財産を取得した年月日」欄に記載された日に贈与があったと推定されますから、その日を基に相続税の課税価格への加算が必要かどうかを判定しますが、実際の贈与日が同欄に記載された日とは異なるのであれば、実際に贈与によりその財産を取得した日を基に判定することとなります。 3 ご質問の場合 お父様の相続開始日は、令和4年12月10日ですので、お父様から相続又は遺贈により財産を取得した者が、その3年前の応答日である令和元年12月10日以後にお父様から贈与を受けた財産があれば、その価額を相続税の課税価格に加算しなければなりません。 あなたが、200万円を贈与により取得した日として令和元年分の贈与税の申告書に記載した日は令和元年12月31日ですので、この記載による限り相続税の課税価格への加算が必要となります。しかしながら、あなたがお父様から実際に贈与を受けた日が、12月31日ではなく、10月5日であるならば、お父様の相続開始前3年以内に取得した贈与財産ではありませんので、加算の必要はありません。 あなたの場合には、あなたの銀行口座の入金状況や預金通帳のメモ書き、お父様の銀行口座からの出金状況から、「取得日」は10月5日であることが確認できるとのことですので、そうであるならば、令和元年のお父様からの贈与金額200万円は、相続税の課税価格に加算する必要はありません。 令和5年度税制改正により、暦年課税における相続開始前の贈与の加算期間が、3年から7年に延長されました。贈与後、日数が経過するに従って贈与の日を確認することは難しくなりますので、7年も前の贈与について贈与を受けた日を特定することができないケースも出てくると思われます。贈与税の申告書の作成に当たっては、もしもの時に備えて、正確な取得の日を記載するよう注意する必要があります。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第13回】 「NFTに関する税務上の取扱いに係るFAQ詳解④」 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 問5 第三者の不正アクセスにより購入したNFTが消失した場合 【雑損控除】 不正アクセスにより、購入したNFTが消失した場合において、そのNFTが生活に通常必要でない資産や事業用資産等に該当せず、かつ、そのNFTの消失が盗難等に該当する場合には、「そのNFTが消失した時点の時価」が雑損控除の対象になるということである(所法72)。 上記の生活に通常必要でない資産とは、次の資産をいう(所令178①)。 デジタルアートに紐付けられたNFTの場合、動産ではないことが明らかであるため、上記②の該当性を検討することになる。営利を目的として継続的にNFTを譲渡していない個人の場合には、デジタルアートに紐付けられたNFTが上記②の主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産に該当する可能性は十分残されている。 FAQの解説では、「事業用資産等とは、棚卸資産又は業務の用に供される資産(繰延資産のうち必要経費に算入されていない部分を含みます)及び山林」をいうとしている。 また、「損失の額は、そのNFTが消失した時点の時価」となるが、「時価が分からない場合には、そのNFTの購入金額として差し支えありません。」とされている。 【デジタル資産の盗難と雑損控除】 国税庁は、有体物ではないデジタルのものでも盗難に当たり、雑損控除の適用可能性があることを認めたことになる。 説明を補足すると、NFTの盗難は雑損控除でいう盗難に当たるのかという論点がありうる。 雑損控除でいう盗難は、刑法の窃盗と同一の概念と理解するのが学説や裁判例の傾向であり、そこから、刑法でいう窃盗の対象は有体物に限るという理解を前提に雑損控除でいう盗難も有体物に限るという見解がありえた。 少なくとも、有体物ではないデジタルアートに紐付いたNFTに関する上記FAQにおいては、雑損控除でいう盗難の対象を有体物に限定して考えてはいないということであろう。このような対応は、一般の利用者の感情に適合するものと思われる。 【損失・必要経費】 FAQの解説では、 そのNFTが事業用資産等に該当する場合には、その損失について、事業所得又は雑所得の金額の計算上、「そのNFTの帳簿価額」を必要経費に算入することができるとしている。 ここでは、雑所得に言及しているにもかかわらず、損失の必要経費算入規定である所得税法51条4項の「雑所得の所得の基因となる資産」該当性について触れていないことにどのような意図があるのか、判然としない。 雑損控除と損失による必要経費のいずれか有利な方を選択して適用することが認められるようなケースもあるかもしれないが(所得税基本通達72-1参照)、FAQの記載振りからは判断し難い。 問6 役務提供の対価として取引先が発行するトークンを取得した場合 役務提供の対価に係る所得区分について、FAQの解説では、次のように整理されている。 事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意志と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうと解されている(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・集民132号619頁)。 上記のような理解と比較すると、FAQの記載は簡単にすぎるように思われる。 もっとも、労務提供に係る所得の所得区分について、契約類型との関係では、実務上、雇用契約であれば給与所得、請負契約であれば事業所得又は雑所得、委任契約であれば給与所得(役員の場合)、事業所得、雑所得のいずれか、という簡易的な基準で判断がなされてきた。 国税庁も「大工、左官、とび職等の受ける報酬に係る所得税の取扱いについて(法令解釈通達)」において、「大工、左官、とび職等が、建設、据付け、組立てその他これらに類する作業において、業務を遂行し又は役務を提供したことの対価として支払を受けた報酬に係る所得区分は、当該報酬が、請負契約若しくはこれに準ずる契約に基づく対価であるのか、又は、雇用契約若しくはこれに準ずる契約に基づく対価であるのかにより判定する」としている。その上で、その区分が明らかでないときは、種々の事項を総合勘案して判定することとしている。 なお、役務提供の対価の額について、FAQの解説では、「そのトークンの時価」となるが、「そのトークンが暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できないなどの理由により、時価の算定が困難な場合には、契約などによって定められた役務提供の対価の額を、そのトークンの時価と取り扱って差し支えありません」としている。 いわば入ってきたもの(トークン)の時価を直接的に算定することが困難な場合に、出ていったもの(提供された役務)の契約等で定められた対価の額で間接的に算定する方法を提示しているのである。 この部分は、「トークンが暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できない」こと以外の他の理由も含めて、トークンの「時価の算定が困難な場合」に該当するかどうかを判断する必要がある。 また、市場性のある暗号資産と間接的にでも交換できるのであれば、通常は、時価の算定が困難であるとはいえないと指摘されるかもしれない。 (了)
2023年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 Ⅲ 時価の算定に関する会計基準の適用指針 ASBJより、2019年7月4日に企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準(以下、「時価基準」という)」、企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(以下、「当初時価適用指針」という)」等が公表された。 この時、投資信託の時価の算定及び貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資の時価の注記について、再度、検討が必要とされた。 そして、検討の結果、2021年6月17日に、改正企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(以下、「改正時価適用指針」という)」が公表された。ここでは、改正時価適用指針の改正点について解説する。 1 投資信託 投資信託の時価評価は、投資信託財産が金融商品であるか、不動産であるかで取扱いが異なる。投資信託財産が金融商品と不動産の両方を含む場合、投資信託財産が金融商品である投資信託又は投資信託財産が不動産である投資信託のどちらの取扱いを適用するかは、投資信託財産に含まれる主要な資産等によって判断する(改正時価適用指針24-13)。 (1) 投資信託財産が金融商品である場合 ① 市場価格がある場合 投資信託について、市場における取引価格が存在する場合、当該取引価格が時価になる(改正時価適用指針49-2)。 ② 市場価格がない場合 市場価格がない場合、解約又は買戻請求(解約等)に関して重要な制限があるか、ないかで取扱いが異なる。 (ⅰ) 重要な制限がない場合 市場における取引価格が存在せず、かつ、解約等に関して市場参加者からリスクの対価を求められるほどの重要な制限がない場合、基準価額(例えば、投資信託委託会社等が公表する価額)を時価とする。ただし、時価基準における時価の定義を満たす、他の算定方法により算定された価格を利用することも可能である(改正時価適用指針24-2)。 (ⅱ) 重要な制限がある場合 (ア) 時価評価 投資信託財産が金融商品である投資信託について、市場における取引価格が存在せず、かつ、解約等に関して市場参加者からリスクの対価を求められるほどの重要な制限がある場合、以下のいずれかに該当するときは、基準価額を時価とみなすことができる(改正時価適用指針24-3)。 なお、改正時価適用指針24-3の取扱いを適用しない場合(該当しない場合)には、「基準価額に一定の調整を加えた価格」又は「その他の算定手法に基づいて算定した価格」が時価となる(改正時価適用指針49-3)。 (イ) 注記 改正時価適用指針24-3の取扱い以外の方法により時価を算定している場合、保有する投資信託ごとに時価のレベルを定め、企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針(以下、「時価開示適用指針」という)」5-2に定める事項(金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項)を注記する。 一方、改正時価適用指針24-3の取扱いを適用している場合、時価開示適用指針4に定める事項(金融商品の時価等に関する事項)を他の金融商品と合わせて注記したうえで、当該投資信託の貸借対照表計上額の合計額が重要性に乏しい場合を除き、改正時価適用指針24-3の取扱いを適用した投資信託が含まれている旨を併せて注記する。 また、時価開示適用指針5-2に定める事項(金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項)の注記は不要である。ただし、この場合、他の金融商品における時価開示適用指針5-2(1)の注記(レベルごとの時価の合計額)に併せて、以下の事項を注記する。なお、連結財務諸表において注記している場合は、個別財務諸表における注記は不要である(改正時価適用指針24-7)。 【投資信託財産が金融商品である投資信託の時価】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) 投資信託財産が不動産商品である場合 ① 市場価格がある場合 投資信託について、市場における取引価格が存在する場合、当該取引価格が時価になる(改正時価適用指針49-2)。 ② 市場価格がない場合 (ⅰ) 重要な制限がない場合 投資信託について、市場における取引価格が存在せず、かつ、解約等に関して市場参加者からリスクの対価を求められるほどの重要な制限がない場合、基準価額を時価とする。ただし、時価基準における時価の定義を満たす、他の算定方法により算定された価格の利用を妨げるものではない(改正時価適用指針24-8)。 (ⅱ) 重要な制限がある場合 (ア) 時価評価 投資信託について、市場における取引価格が存在せず、かつ、解約等に関して市場参加者からリスクの対価を求められるほどの重要な制限がある場合、基準価額を時価とみなすことができる。なお、時価の算定日における基準価額がない場合は、入手し得る直近の基準価額を使用する(改正時価適用指針24-9)。 なお、改正時価適用指針24-9の取扱いを適用しない場合には、「基準価額に一定の調整を加えた価格」又は「その他の算定手法に基づいて算定した価格」が時価となる(改正時価適用指針49-12)。 (イ) 注記 改正時価適用指針24-9の取扱い以外の方法により時価を算定している場合、保有する投資信託ごとに時価のレベルを定め、時価開示適用指針5-2に定める事項(金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項)を注記する。 一方、改正時価適用指針24-9の取扱いを適用した投資信託については、時価開示適用指針4に定める事項(金融商品の時価等に関する事項)を他の金融商品と合わせて注記したうえで、当該投資信託の貸借対照表計上額の合計額が重要性に乏しい場合を除き、改正時価適用指針24-9の取扱いを適用した投資信託が含まれている旨を併せて注記する。 また、時価開示適用指針5-2に定める事項(金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項)の注記は不要である。ただし、この場合、他の金融商品における時価開示適用指針5-2(1)の注記に併せて、以下の事項を注記する。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表において注記は不要である(改正時価適用指針24-12)。 【投資信託財産が不動産である投資信託の時価】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 2 貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資の時価の注記 貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資については、時価開示適用指針4(1)に定める事項の注記(貸借対照表価額、時価、その差額の注記)は必要ない。 この場合、他の金融商品における時価開示適用指針4(1)の注記に併せて、以下の事項を注記する。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表の注記は不要である(改正時価適用指針24-16)。 3 適用時期 適用時期は、以下のとおりである(改正時価適用指針25-2、25-3)。 4 経過措置 (1) 新たな会計方針の適用 改正時価適用指針の適用初年度においては、新たな会計方針を将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(改正時価適用指針27-2)。 (2) 注記 当初時価適用指針26の経過措置を適用し、時価開示適用指針5-2の注記をしていなかった投資信託については、改正時価適用指針の適用初年度において、連結財務諸表及び個別財務諸表に併せて表示される前連結会計年度及び前事業年度に関する注記(比較情報)は必要ない(改正時価適用指針27-3)。 Ⅳ グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い 2021年8月12日にASBJより、実務対応報告第42号「グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い(以下「実務報告」という)」が公表された。 1 会計処理及び開示 基本的には、連結納税における税効果と同様の規定が定められている。詳細は、下記の拙稿を参照されたい。 2 適用時期 適用時期は、以下のとおりである(実務報告31、65、66)。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第41回】 「1つのミスを見つける機会は複数ある」 公認会計士 石王丸 周夫 1 悔やまれる基本的ミス 計算書類にはうっかりミスがつきものです。 実際、こんなミスが起きています。 【事例41-1】 自己株式の項目が記載漏れとなっている。 (出所) オリエンタル白石株式会社「第71期定時株主総会招集ご通知」 【事例41-1】は、貸借対照表のミス事例です。純資産の部に自己株式残高があったにもかかわらず、それを記載し忘れたというものです。 この事例の会社は、2022年5月27日に本事例を含む定時株主総会招集ご通知を公表し(招集通知の日付は2022年6月3日)、2022年6月6日付で当該誤記載の訂正を公表しています。 人間の作業なので、この手のミスはよくありますが、こうした基本的ミスが外部公表前に発見できなかったことは悔やまれるところではないでしょうか。実際、本事例の場合は、ミスに気がつく機会は複数ありました。以下、順に見ていきましょう。 2 計算チェックで異常検知 まず、計算チェックです。 あるべき残高が表示されていないので、計算が合わないのは当然です。次の図のとおり、赤枠で囲った項目の合計が株主資本の合計値に合っていません。 (出所) オリエンタル白石株式会社「「第71期定時株主総会招集ご通知」の一部訂正のお知らせ(2022年6月6日)」より抜粋し筆者加筆 できあがった貸借対照表について、計算機を使って手で計算チェックをしていれば、何かがおかしいと気がついたはずです。 3 クロスチェックが複数箇所で可能 次はクロスチェックです。 クロスチェックについては、この連載の【第36回】で説明しました。異なる書類の一致すべき数値等を突合するというチェック方法です。ちなみに【第36回】の説明で使った【事例36-1】も自己株式残高に係るミスでした。 【事例36-1】では、貸借対照表と株主資本等変動計算書をクロスチェックしてミスを発見するというものでしたが、今回も同じです。 【事例41-1】の貸借対照表の純資産の部(科目と金額)を株主資本等変動計算書の当期末残高と突合すればよいのです。そうすると、貸借対照表に自己株式の項目がないことに気がつく可能性が高いです。 また、クロスチェックできる箇所は他にもあります。 それは、個別注記表の注記です。「Ⅵ.株主資本等変動計算書に関する注記」に「当事業年度末における自己株式の種類及び株式数」が注記されています。本事例の会社の個別注記表には、「普通株式6,330,932株」と注記されています。 ここで記載されているのは株式数だけであって、期末残高は載っていません。しかし、株式数があるということは、自己株式残高が何かしらあるということなので、貸借対照表に科目と金額が記載されていなければならないとわかります。本事例の場合は項目自体が抜け落ちていたわけですから、このクロスチェックで異常に気がつくことができます。 自己株式数の開示は他の箇所でも確認できます。計算書類ではありませんが、定時株主総会招集ご通知の添付書類の1つである事業報告です。 本事例の会社の場合、事業報告の「2.会社の株式に関する事項(2022年3月31日現在)」に、期末の自己株式数が記載されています。同様のクロスチェックで、異常に気がつくことができます。 少々しつこいですが、もう1ヶ所だけクロスチェックできる箇所がありますので、解説します。 それは、連結計算書類です。 本事例の会社は連結計算書類を作成しており、そのうちの連結貸借対照表をみると、自己株式残高があることがわかります。すると、【事例41-1】の貸借対照表が訂正される前の段階で、以下のような状態だったことがわかります。 この状態が意味することは、「親会社は自己株式を保有していないが、連結子会社又は持分法適用会社が当該親会社株式を保有している」ということです。自社グループの現況がそれで間違いないかを確認することは、さほど難しいことではないと思います。 〈今回のまとめ〉 計算チェックやクロスチェックを行うことで、1つのミスについて複数ルートで異常を検出できることがあります。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第139回】 株式会社オークファン 「特別調査委員会調査報告書(2023年1月13日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社オークファン特別調査委員会の概要】 【株式会社オークファンの概要】 株式会社オークファン(以下「オークファン」と略称する)は、2007(平成19)年6月、株式会社デファクトスタンダードのメディア事業を新設分割して設立。在庫価値ソリューション事業、商品流通プラットフォーム事業などを主たる事業とし、国内連結子会社6社を有している。売上6,256百万円、経常利益312百万円、資本金973百万円、従業員数165名(2022年9月期連結実績)。本店所在地は東京都品川区。東京証券取引所グロース市場上場。会計監査人は監査法人アヴァンティア。 架空取引が発見された株式会社SynaBiz(以下「SynaBiz」と略称する)は、2015(平成27)年7月設立。オークファンが100%出資する連結子会社で、商品流通プラットフォーム事業として「NETSEA」と称するマーケットプレイスを運用している。売上高2,785百万円、経常損失372百万円、資本金25百万円(2022年9月期実績)。代表者は、オークファン代表取締役社長の武永修一氏(以下「武永社長」と略称する)が兼務し、本店所在地はオークファンと同一の住所地である。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 オークファンは、外部からの指摘を契機として、SynaBizを当事者とする過年度の商品販売取引において不正又は不適切なものがなかったかどうかにつき、社内調査を進めていたところ、経済的実態を欠く架空の商品取引の存在(以下「本件架空取引」という)を複数確認したことから、2022年10月21日、それらの取引に係る事実関係の調査、類似事象の有無の確認及びその会計処理の適否の検証等を行う必要があると判断し、特別調査委員会を設置することを決定し、その旨を公表した。 調査報告書によれば、本件架空取引を概括すると、インターネットオークション運営会社が運営するオークションにて落札した商品を当該運営会社に買い戻させる取引(売上のかさ増しを目的とした経済実態のない架空取引)である。 2 特別調査委員会が架空取引と認定した取引 特別調査委員会は、調査の結果、オークファングループにおいては、売上目標(予算)達成に向けた強いプレッシャーの中で、見かけ上の売上高を追い求めて(売上至上主義)、次のような不正又は著しく不適切な取引ないし会計処理を行っていたと報告している。 (1) 本件架空取引 特別調査委員会は、SynaBizにおいて、遅くとも2019年11月から2020年1月にかけて、ブランド品等の古物を対象としたインターネットオークションの運営会社であるA社を商流の起点及び終点とする中古商品の卸販売取引において、売上の水増しを目的とした、経済実態を欠く架空取引を繰り返し実行していたことを確認した。 本件架空取引においては、SynaBiz担当者が、A社担当者と相通じ、A社オークションに出品される商品をSynaBizが他の会社に協力を求めて一旦同社名義にて落札させ(A社担当者が落札業務を代行)、これをSynaBizにおいて仕入れた上、A社が買い戻すという一連の取引であり、取引対象となる商品は何ら物理的移動を伴わずA社の倉庫に保管されたままで、関係会社間で代金決済のみが行われていた。 (2) 蓄電池案件 特別調査委員会は、SynaBizにおいて、2019年8月から2021年6月までの間、E社から蓄電池を仕入れ、F社等に販売する取引を行ったが、同取引に係る蓄電池は全く存在しておらず、F社の株主が代表を務める会社の資金繰りのために実施された架空の循環取引であることが判明したものであり、本件は、E社及びF社の経営者が同一人物であり、その間にSynaBizが入ることの不自然さが存在していたものの、社内調査の結果、担当者等において同取引が循環取引であることを認識していた事実は認められないとされたものであったことを確認した。 その上で、この取引は、上記(1)と同様に、2019年9月期の売上予算の不足分を埋めるためのリカバリ策の一環として立案され、実行されていたものであると評価した。 (3) 太陽光案件 特別調査委員会は、SynaBizにおいて、2019年9月から2021年5月まで、太陽光発電所で利用される太陽光パネルや架台等といった資材について、メーカー又は商社から仕入れ、発電所又は商社に販売する取引を実施したが、その一部につき、現実の物流に関与せず、形式的に商流に介在しただけの取引があったことを確認し、上記(1)及び(2)と同様、2019年9月期の売上予算の不足分を埋めるためのリカバリ策の一環として立案され、実行・継続されていたものであると評価している。 (4) B社から仕入れて他社に転売する取引 特別調査委員会は、SynaBizのRevalue事業部(当時)において、2019年7月から9月にかけ、B社を仕入先とする中古PCの販売取引で、極めて低い粗利率(1%未満)による一連の取引を行っており、これらの取引を、売上の作出を目的としてSynaBizを資金決済に介在させたにすぎない取引であり、売上計上の処理としてグロス計上を肯定するに足りる実態を備えていたかどうか疑問があると評価している。 (5) 物流業務委託取引 特別調査委員会は、SynabizのEC事業部において、2019年7月、2020年9月から2021年1月までの間、取引関係にあった物流業者Q社の協力を得て、同社に支払う物流経費を本来の発生月に費用計上せず、同社をしてこれを翌月以降に請求させるという形で、物流費の先送りを行い、先送りの総額は合計1,225万円であったこと、物流経費の先送りは、事業年度の期末や月末が近づいてきた時点で、予算達成が困難と見込まれる場合に、予算の未達幅の縮小を目的として実行されていたものと認められると報告している。 (6) 広告売上の架空・水増し計上と広告宣伝費の先送り 特別調査委員会は、オークファンのソリューション事業部メディアグループにおいて、取引の実態がないにもかかわらず広告売上を架空に計上し、あるいは売上高を水増し計上するとともに、その埋め合わせとして、同一の取引先との間で、同額相当の反対取引(費用計上)が行われていたことを確認した。具体的には、同一の取引先について、バナー広告の掲載や会員向けメールマガジンでの広告掲載の名目で当該取引先に対する広告売上を計上する一方で、同社に対し、オークファンのサービスに関する記事や広告の掲載を架空又は水増し発注をして広告宣伝費を計上するという手口であったとしている。 一方、広告宣伝費の先送りとして、オークファンにおいて、S社を支払先とする広告宣伝費について、2022年3月という本来の発生月に費用計上せず、これを翌月以降に計上していた事案も確認している。 3 特別調査委員会が内部統制の見地から問題があると指摘した取引 特別調査委員会は、オークファングループにおいて、2019年8月頃から2022年7月までの間、自社で仕入れた商品を大阪府に拠点を置くD社に販売委託し、D社においてインターネットオークション等への出品や中古品取扱業者への代行販売を行うという事業についても調査を行い、その結果、取引の実在性を否定すべきような事実関係は確認されず、不正な会計処理も認められなかったものの、売上高(数値)の拡大を殊更に重視する一方、取扱商品のずさんな在庫管理、販売委託先に対するガバナンスの欠如など内部統制上の重大な不備をあえて長期間放置するといった状況がつぶさに見て取れたと評価している。 具体的には、大阪事業は、商品の仕入を除くその後のほぼ全てのプロセス(在庫の管理、販売、販売先への出荷、販売先からの代金回収等)をD社に依存しているにもかかわらず、仕入、在庫管理及び販売の各業務プロセスにおいてこれらの実在性を担保する統制が整備運用されておらず、架空取引その他の不正な会計処理を防ぐための内部統制としては著しく実効性を欠いていたと言わざるを得ないとしている。 その上で、架空取引その他の不正な会計処理を防ぐためには、仕入、在庫管理及び販売の各業務プロセスにおいてこれらの実在性を担保する内部統制手段を組み込んでおくことが不可欠であるにもかかわらず、オークファングループにおいては、仕入、在庫管理及び販売の各業務プロセスにおいて、その実在性を担保するための内部統制措置が適切に講じられていたとは言い難いばかりか、一部の業務プロセスについては内部統制評価の前提となる業務プロセス自体が十分に把握されていなかったと指摘した。 4 原因分析(調査報告書42ページ以下) 特別調査委員会による原因分析は、次のとおり、大きく4項目からなっている。 特別調査委員会が、原因の筆頭に挙げたオークファングループにおける「厳しい予実管理」とそれに伴い策定されてきた「リカバリ策」について、見ておきたい。 過去の成長率や市場の状況を考慮せずにトップダウンで指示された売上高の数値目標を受けて、法人向け卸売事業を所管する事業部門従業員は、数字ありきで示された予算達成のために毎期苦慮し、勢い手段を選ぶことなく結果を重視する姿勢が当たり前になっていた一方、予算達成の進捗管理としては、経営トップや各事業部門の責任者が出席する数値会議(同名称の会議自体は2021年9月をもって廃止)において、各事業部門の達成率が毎週発表されていたおり、売上目標の達成率が芳しくない部署の部門長は、経営トップから予算の達成のための具体的な施策、その実現可能性の程度の提示を厳しく求められていた。 こうした状況で、オークファングループにおいては、上長から指示された売上目標を達成することが何よりも重視され、手段にこだわらず、売上目標さえ達成できれば足りるという意識が蔓延(まんえん)していたことがうかがえ、会計処理上のルールとの適合性を含むリカバリ策の合理性について、数値会議などの経営幹部による会議体において問題とされるところがなければ、事業部門としても、何ら問題意識を持つことなく、十分な吟味・検討もせず、そのまま実行に移すという危うさが顕著に見て取れた。 特別調査委員会は、結論として、当時のオークファングループにおいては、売上目標の達成が優先される余り、リカバリ策の施策内容や新規ビジネスの内容に問題があったとしても、これを見直したり、中止したりする抑制機能が存在していなかったと言わざるを得ないと結んでいる。 5 再発防止策の提言(調査報告書46ページ以下) 特別調査委員会は、次のとおり、大きく5項目の再発防止策を提言している。 ここでは、特別調査委員会が提言する「適正な予算策定及び進捗管理」について、具体的に見ておきたい。 特別調査委員会は、予算の策定に関して、各事業部及び各子会社から報告を受ける案件の進捗状況、今後の事業の見通し等を基に、裏付けとなる数値資料も用いて、経営管理部において、ボトムアップにより積み上げられた数値を取りまとめるというプロセスを経る体制とすることが必要であると一般論を述べた上で、現在は、今後の成長の見込みも合理的に踏まえた実現可能な予算を策定するプロセスを経ていることから、今後、こうしたプロセスが形骸化することのないよう、各部門長が参加する会議体において、オークファングループの実力に即した合理的で実現可能な予算となっているかどうかについて、想定できる事態を複数念頭に置き、幅を持たせた予算を策定するなど、予算策定のプロセスの合理性を担保することが重要であると提言している。 さらに、進捗管理については、予算達成のための手段の内容そのものについて十分理解・共有し、その実現可能性やコンプライアンスないし会計上の問題の有無などを踏まえ、適正な進捗管理を行っていくことが不可欠であり、主として経営管理部においてその役割を十分に果たすことが求められるとしている。 【調査報告書の特徴】 オークファンの公式サイト及び有価証券報告書によれば、武永社長は、京都大学在学中に個人事業としてネットオークション事業をはじめ、2004年、26歳で、オークファンの前身である株式会社デファクトスタンダードを設立、2007年に設立したオークファンを6年足らずで東証マザーズに上場させた。若くてやり手の経営者であると評価できるだろう。 ところが、特別調査委員会の調査報告書には、若くてやり手の経営者である武永社長の名前はほとんど登場しない上に、武永社長に対するヒアリング内容についても、触れられていない。武永社長が、オークファングループ事業部門に対してどのように予算達成のプレッシャーを与えていたのか、繰り返されていた予算達成のための非合理的なリカバリ策をどのように考えていたのか、一切、言及されていないのである。また、常勤社外監査役である梶尚人氏(以下「梶監査役」と略称する)についても同様である。少なくとも、この両氏については、特別調査委員会は「ヒアリング対象者」に氏名を列記しているにもかかわらず、である。 特別調査委員会は、原因分析の筆頭に、「右肩上がりに設定された売上目標(予算)達成へのプレッシャー」を挙げており、その指摘自体は間違ったものではないと思料するが、「誰がプレッシャーをかけていたのか」「なぜ、プレッシャーをかけるのか」といった根本的な問題に踏み込んだ調査ができていないのではないかと考えさせられる調査報告書であると言わざるを得ない。 1 社外取締役・社外監査役・会計監査人に対するヒアリング 調査報告書に添付された「別紙1 ヒアリング対象者一覧」には、上述のとおり、武永社長と梶監査役の名前が記載されているが、それ以外の経営陣の名前は見当たらない。社外取締役2名、社外監査役2名及び会計監査人である監査法人アヴァンティア担当者について、少なくとも、ヒアリング対象者に含めるべきだったのではないかと思料するが、特別調査委員会がヒアリングの対象としていないことから、当然、本件架空取引について、彼らがどのような認識を持っていたのかについても、まったく言及がない(言及できないというべきか)。 特別調査委員会は、「結語」において、次のように述べている。 本来であれば、こうした提言は、ビジネス経験豊かな2人の社外取締役や、元検事である弁護士、元大手監査法人に所属していた公認会計士の社外監査役2人が、折に触れて、武永社長をはじめ経営執行陣に進言したり、アドバイスしたりすることが期待されていたはずである。なぜ、社外取締役・社外監査役は、こうした職責を果たせなかったのか。そもそも、社外取締役と社外監査役にヒアリングをしない理由は何か。特別調査委員会は、明らかにすべきだったのではないだろうか。 2 過年度決算の修正 オークファンは、2023年1月31日、「過年度の有価証券報告書等の訂正報告書の提出及び過年度の決算短信等の訂正に関するお知らせ」をリリースして、過年度決算の修正内容を公表した。2019年9月期では売上高△99,944千円、営業利益△20,496千円となっており、2020年9月期では売上高△437,055千円、営業利益△41,356千円とそれぞれ減少する一方、2021年9月期では売上高40,173千円増加し、営業利益が△4,765千円となっている。 3 特別損失の計上 オークファンは、過年度決算の修正を公表したのと同じ2023年1月31日、「特別損失の計上見込みに関するお知らせ」をリリースして、特別調査委員会による調査費用及び過年度決算の訂正に要する費用が発生し、2023年9月期第1四半期の決算において、概算総額は189,453千円となる見込みであり、そのうち153,166千円を特別損失に計上する予定であることを公表した。 概算総額ではなく、153,166千円だけを計上する理由については触れられていない。 4 オークファンによる再発防止策 オークファンは、2023年3月8日、「再発防止策及び関係者の処分に関するお知らせ」をリリースして、取締役会で再発防止策について決議したことを公表した。 再発防止策の骨子は次のとおりで、特別調査委員会による提言をそのまま取り入れたものとなっている。 さらに、関係者の処分として、次のように公表している。 同時に、一連の事案に関与した従業員については、3名を降職・降格処分、2名を出勤停止処分、1名を譴責処分としたことも公表している。 (了)
給与計算の質問箱 【第39回】 「非居住者の給与計算」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 当社は4月1日に海外に支店を開設します。現在東京の本社に在籍している取締役A(45歳)と従業員B(30歳)に1年以上にわたり、その海外の支店で勤務してもらう予定です。4月以降の給与は、これまでと同様に東京の本社からそれぞれの銀行口座へ振り込む予定ですが、給与計算において注意点があればご教示ください。 A 1年以上にわたり海外の支店で勤務する予定であることから、日本国内に住所を有しない者と推定されるので、取締役Aと従業員Bは非居住者になる。非居住者に対する課税の範囲は国内源泉所得に限られる。給与の扱いは次のとおりとなる。 * * 解 説 * * 1 雇用保険料 扱いに変更はない。従業員Bの給与から雇用保険料を天引きする。 2 健康保険料、厚生年金保険料 扱いに変更はない。取締役A、従業員Bの給与から健康保険料、厚生年金保険料を天引きする。 3 介護保険料 扱いに変更がある。介護保険は日本国内に住所がある方のみ加入することから、介護保険第2号被保険者(40歳~64歳)の取締役A(45歳)については「介護保険適用除外等該当・非該当届」を日本年金機構に提出して介護保険から外れる。そのため、取締役Aの給料から介護保険料を天引きしない。 4 源泉所得税 下記のそれぞれの場合で扱いに変更がある。 5 住民税 扱いに変更はない。取締役A、従業員Bの給与から住民税を天引きする。ただし、来年1月1日時点では日本国内に住所が無いことから来年以降の住民税は発生しない。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第39回】 「事業用不動産の賃料はどのように求めるか」 ~相場がつかみにくい施設の場合~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 事業用不動産の賃料評価が難しい理由 本連載でも賃料の評価に関連する内容を取り上げたことがありますが、そこでは、マンションやオフィスビル、倉庫等をはじめ、周辺に類似する物件の賃貸事例があり、その地域での相場がひととおり把握できるということを暗黙の前提としていました。 しかし、なかには汎用性の低い建物施設で、それと類似する物件の賃貸事例を探すのが困難なものがあります。 例えば、ホテル等の宿泊施設、ゴルフ場等のレジャー施設、病院・有料老人ホーム等の医療・福祉施設、百貨店や多数の店舗により構成されるショッピングセンター等の商業施設がこれに該当します(※1)。 (※1) 「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項」Ⅴ.1.(4)③アによります。 これらの施設は所有者が直営で事業を行っている場合もあれば、不動産の賃借人が事業経営を行っている場合もあります。後者の場合、その賃料を決めるにしても類似物件の賃貸事例がつかめなければ検討の指標そのものが存在しません。 不動産の鑑定評価においては、上記のようなケースにも対応すべく、賃貸用不動産又は賃貸以外の事業の用に供する不動産のうち、その収益性が当該事業(賃貸用不動産にあっては賃借人による事業)の経営動向に強く影響を受けるものを特に「事業用不動産」として位置付け、その支払賃料等相当額を、売上高をベースに求める方法が試みられることがあります。しかし、適用に当たってのハードルが高いことも事実です。 今回は、理論的にはきわめて合理性が認められるものの、実務的には適用が難しいことの多い事業用不動産の賃料評価について解説していきます。 2 事業用不動産のイメージ 事業用不動産の一例は既に述べたとおりですが、これを一般の賃貸用不動産又は賃貸以外の事業の用に供する不動産と区分してイメージを表わしたものが〈資料1〉です。 〈資料1〉不動産の区分イメージ (出所) 「不動産鑑定評価基準に関する実務指針-平成26年不動産鑑定評価基準改正部分について-」(令和3年11月一部改正)(公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会 鑑定評価基準委員会)。 なお、工場や物流倉庫も、そこで事業が行われていることには相違ありませんが、鑑定評価の上では「一般企業用不動産」として位置付けられており、(少々紛らわしいのですが)ここにいう事業用不動産とは区分されている点に留意が必要です。 さらに、事業用不動産の特性として運営形態の多様性が認められ、(上記1で述べた内容と一部重複しますが)その所有者の直営による場合、外部に運営が委託される場合、当該事業用不動産が賃貸される場合等多様なケースがあり、このような運営形態の相違により純収益の把握の仕方等が異なる場合があることが、賃料評価の難しさに一層の拍車をかけている要因といえます。 3 事業用不動産の賃料を求めるに当たって 事業用不動産については、その利用方法において個別性が高く、賃貸借の市場が相対的に成熟していないため、賃貸借の事例をもとに適正な賃料を把握することが困難な場合が多いといえます。そのため、事業用不動産において、賃貸以外の事業の用に供する不動産及び賃貸用不動産のうち賃借人により賃貸以外の事業に供されている不動産について不動産の総収益を求める場合は、売上高をベースに算定することとなります。 〈資料2〉は、数ある事業形態のうち、賃貸・運営委託方式(=不動産の賃借人が事業経営を行い、運営をマネジメント会社に委託する方式)を前提とした場合に、賃借人の売上高から推してどれだけの賃料の支払いが可能か(=負担可能賃料はどこまでか)を試算する流れを表わしたものです。 〈資料2〉事業用不動産の賃料を求める手法(考え方) このように、事業用不動産の場合、事務所ビルや共同住宅等の典型的な賃貸用不動産と比較して賃貸借の市場が相対的に成熟していないため、その収益性は当該不動産を利用して行われる事業の採算性をもとに把握する必要があります。 そのため、〈資料2〉の一連の流れの中には販売費・一般管理費だけでなく、経営者利益相当額、運営委託会社に対するマネジメントフィー、不動産以外の資産帰属利益等をはじめ、経営分析に関する様々な指標を反映することが必要となります。また、不動産関連経費控除前営業利益(GOP)を求めるためにも、通常の会計区分とは異なる金額の集計作業が必要となることも考えられます。 したがって、このような方法の適用が可能となるためには、鑑定評価の依頼者等から事業実績や事業計画等の提供を受けることが必須となりますが、実務的に難しい点は、(仮に提供を受けられた場合においても)当該資料のみに依拠するのではなく、当該事業の運営主体として通常想定される事業者の視点から、当該実績・計画等の持続性や実現性について十分に検討しなければならない(※2)とされているところにあります。 (※2) 「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項」Ⅴ.1.(4)③イ(イ)によります。 また、事業の属性が同一の事業用不動産であっても、例えば、 により、事業の特性や事業収支の内容が大きく異なること(※3)にも留意しなければなりません。 (※3) 「不動産鑑定評価基準に関する実務指針-平成26年不動産鑑定評価基準改正部分について-」(令和3年11月一部改正)(公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会 鑑定評価基準委員会)の解説部分によります。 4 まとめ 今回は、鑑定実務のなかでもデータ収集やその適用が制約される評価手法について取り上げました。今回紹介した手法が適用できるための前提としては、賃貸以外の事業の用に供されている不動産について、売上高、売上原価、販売費・一般管理費等が把握でき、各種経営指標による統計データに基づく平均的な指標が入手可能となることがあげられます。 しかし、汎用性の低い建物施設に関しては賃貸事例の比較に基づく賃料評価が難しいこともあり、不動産鑑定士としては評価の精度を上げ、説得力を高めるためにも事業用不動産の賃料評価手法の向上が図れればと願う次第です。 今回は「評価が難しい」という話題に終始しましたが、容赦ください。 (了)
《速報解説》 国税庁、中小企業向け賃上げ促進税制の適用に係る 別表6(31)の記載誤り等について注意喚起 Profession Journal編集部 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(措法42の12の5)、いわゆる賃上げ促進税制は平成30年度税制改正の大幅改組により大企業向け措置・中小企業向け措置に分かれて以降、令和2年度、令和3年度、令和4年度の各税制改正において、それぞれ制度の見直しが続いている。 特に令和3年度税制改正にてコロナ禍を受け新規雇用者給与等支給額の増加率が適用要件とされたことは、各投資促進税制がおおむね2年ごとに制度が見直されている税制改正の流れからするとイレギュラーであったといえよう。このため本制度は2期連続して適用を受ける場合でも、前事業年度で検討した要件がそのまま適用されるとは限らず、注意が必要となっている。 このような中、このほど国税庁は3月決算・申告時期を前に「別表六(三十一)を使用するに当たっての注意点(中小企業向け賃上げ促進税制の適用に当たっての注意点)」を公表、中小企業向けの賃上げ促進税制(措法42の12の5②)の適用に当たって、別表の記載に誤りがあり税額控除額が適正に算出されていない事例が見受けられるとして、注意喚起を行っている。 例えば下図のように、(令和4年4月1日以後終了事業年度分の)法人税申告書の別表6(31)(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書)の「5」欄(比較雇用者給与等支給額)には、適用年度と適用年度の前事業年度の月数が異なる場合や組織再編成を行っている場合などに該当しない限り前事業年度における雇用者給与等支給額を記載することになるが、その前事業年度に退職した従業員に対する給与等の支給額を差し引いて記載する等の誤りにより、本来であれば本税制の適用を受けることができないにもかかわらず本税制の適用を受けている事例や、誤って算出された金額に基づいて本税制の適用を受けている事例が見受けられるとしている。 (※) 国税庁ホームページより なお、適用にあたって使用する別表様式も事業年度ごとに異なり、既報のとおり令和4年の様式改正では大企業向け措置・中小企業向け措置で使用する別表が統一されるなどの変更も行われているので合わせて注意が必要だ。 国税庁は「本税制は累次の改正が行われ、制度の適用要件につき順次見直しがなされておりますので、適用年度の適用要件を十分にご確認の上、別表を記載するようにしてください」としており、日本税理士会連合会もホームページ上で注意を呼びかけている。 本制度に係る本誌上の連載記事は下記より参照されたい。 ◆BOOK◆ 『賃上げ促進税制の実務解説-適用要件の判定からデータ集計、申告事例まで』 好評販売中 (了)
2023年3月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.510を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第117回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その11)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅸ 節税商品取引に係る情報提供の重要性 1 問題関心~税務当局からの情報提供 課税上の取扱いが必ずしも明確ではないところには、アグレッシブな節税商品の開発者による市場開拓が展開され得る。別の見方をすれば、節税商品が多く広まるのは、課税上の取扱いが不明確であるからという側面もあろう。すなわち、課税上の取扱いのグレーゾーンは、いわば節税商品開発のブルーオーシャンといってもよいかもしれない。 節税商品取引における消費者被害を未然に防止するためには、行政当局による注意喚起も必要であるが、その点についての論述は後に譲るとして、ここでは、そもそも課税上の取扱いのグレーゾーンを少なくする方策を検討してみたい。 別言すれば、課税上の取扱いについての情報が明確にされていることが、いわば節税商品取引を巡る消費者ないし投資者被害の未然防止にもなり得るということができよう。これは、課税上の取扱いに関する不明確性の排除、すなわち、予測可能性の担保という問題である。 そこで、この点について考察を加えることとするが、(1)第一に、行政当局による情報提供の仕方として、アドバンスルーリングの取扱いがこの辺りの問題解決に有用ではなかろうか。具体的にいえば、わが国の国税庁が取り組んでいる文書回答手続がそれに当たる(※1)。(2)次に、行政当局による注意喚起としての情報提供、いわば広報活動についても考えてみたい。 (※1) 文書回答手続に関する拙稿として、酒井克彦「事前照会に対する文書回答手続の在り方」税大論叢44号463頁(2004)、同「ソフトローによる予測可能性の担保-文書回答手続の改正を契機に-」税務事例54巻1号1頁(2022)、同「予測可能性の担保と文書回答手続」税のしるべ令和4年1月17日号4面(2022)、同「事前照会に対する文書回答手続をめぐる考察と提言(上)(中)(下)」税理50巻15号50頁(2007)、同51巻2号52頁、同51巻3号104頁(2008)、同「文書回答手続の改正にみる適用対象の拡大」税理65巻3号190頁(2022)、同=中戸川誠「〔対談〕文書回答手続20年の歩みとこれから」税理65巻2号130頁(2022)など参照。 2 文書回答手続 (1) 予測可能性の確保 金子宏東京大学名誉教授は、租税法律主義の機能を、国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を与えることにあると説明され(※2)、次のように述べられる(※3)。 (※2) 金子宏『租税法〔第24版〕』79頁(弘文堂2021)。 (※3) 金子・前掲(※2)、79頁。 これは租税法律主義の要請であるから(※4)、当然ながら、ここでは、「法律」あるいは法律の委任を受けた行政命令などの「法律の定める条件」(施行令、施行規則)をもって、予測可能性が担保されることが念頭に置かれていることはいうまでもない。しかしながら、果たして、予測可能性は「法律」又は「法律の定める条件」のみで十分に担保されているとみるべきであろうか。 (※4) これに対して、法的安定性・予測可能性を保障するという機能を果たすから遡及立法禁止原則が租税法律主義の内容を構成する、と論じることは妥当ではないとする見解として、渕圭吾「租税法律主義と『遡及立法』」フィナンシャル・レビュー129号93頁(2017)。 ここに、佐藤英明教授による興味深い指摘がある。同教授は、租税法律主義の内容の一つである課税要件明確主義の位置付けに関する検討として(※5)、同主義は、課税要件法定主義を補完するものとして位置付けられるとともに、予測可能性の確保という観点からも重視されるべきとされ、「これら2つの観点から求められる内容は必ずしも一致しない」と指摘する(※6)。 (※5) 佐藤英明教授は、租税法律主義が多様な内容を持つものとして発展してきたのは、法による行政の原理とは異なり、罪刑法定主義の類推によるものとの南博行教授の指摘を踏まえた上で(南「租税法と行政法」租税11号1頁(1983))、そこでの中心的な考慮要素は予測可能性の確保であるとされる(佐藤英明「租税法律主義と租税公平主義」金子宏『租税法の基本問題』60頁(有斐閣2007))。 (※6) 佐藤・前掲(※5)、61頁。 前者からは、恣意的な課税を許さない程度に課税要件が明確にされていなければならないという帰結を導出できるのに対して、後者については、「予測可能性の確保の要請から考えれば、課税要件が明確に示されている限りその形式は特に問題となるものではなく」、形式的な意味での法律のほか、政令によっても充足し得るとされるのである(※7)。 (※7) 佐藤・前掲(※5)、61頁。 これは、行政命令による実質的な課税要件の明確性までを許容することを意味するものであるといえよう。さらに進めれば、ソフトローによる情報提供も考えられる。すなわち、全ての予測可能性が法律によって担保できていればよいのであるが、形式を問わず情報入手のチャネルを確保することができれば、実質的な意味で予測可能性が担保され得るであろう。 (2) 文書回答手続 予測可能性の担保のために国税庁は文書回答手続を整備している(※8)。この手続について、国税庁のHPから確認しておこう(※9)。 (※8) 国税庁HPは、「国税庁では、事前照会に対する文書回答手続に関する事務運営指針に基づき、納税者の皆様の予測可能性の一層の向上に役立てていただくため、特定の納税者の個別事情に係る事前照会について、一定の要件に該当しない限り、文書による回答を行っています。」と説明している(国税庁「事前照会に対する文書回答手続」〔令和5年2月27日訪問〕)。 (※9) 国税庁「税務上の取扱いに関する事前照会に対する文書回答について」〔令和5年2月27日訪問〕。 ただし、次に示すような一定のものについては、文書回答手続の対象から除外されている。 このように、一定のものについては文書回答手続の対象とされていないが、文書回答手続によって、課税上の取扱いの不明確性が一定程度排除され、納税者の予測可能性が担保される仕組みとして構築されているのである。 次回は、このような文書回答手続が、具体的に節税商品取引における課税上の取扱いに係るグレーゾーンを排除することに資するかという点について考えてみたい。 (続く)