〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例83】 空港施設株式会社 「代表取締役の辞任に関するお知らせ」 (2023.4.3) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、空港施設株式会社(以下「空港施設」という)が2023年4月3日に開示した「代表取締役の辞任に関するお知らせ」である。代表取締役副社長の山口勝弘氏(以下「山口氏」という)が同日付で辞任したという内容だが、「辞任の理由」は「一身上の都合によるもの」と記載されている。「一身上の都合」ということは、病気や家庭の事情など個人的な理由により辞任したのだろうか。 2 辞任の本当の理由 空港施設は、今回の開示の1週間後の4月10日に「独立検証委員会の設置に関するお知らせ」を開示した。その「検証委員会設置の趣旨・目的」の記載は次のとおりである(下線は筆者による。ちなみに、企業の不祥事等の調査のために第三者委員会が設けられる場合、通常、その委員は弁護士や公認会計士で構成されるが、この独立検証委員会(以下「委員会」という)の委員長は、八田進二青山学院大学名誉教授である)。 同社は2023年4月28日に「独立検証委員会の検証結果報告書受領に関するお知らせ」を開示し、そこで委員会による「検証結果報告書」(以下「報告書」という)が示されている。報告書によると、2021年6月の取締役候補者の選任過程における問題とは、山口氏の代表取締役副社長への就任の仕方(取締役に再任されたうえで代表取締役副社長に選定される経緯)であった。山口氏の辞任の理由は、本当は「一身上の都合」ではなかったようである。 同社が2021年6月1日に開示した「代表取締役及びその他役員の異動に関するお知らせ」によると、山口氏は2020年に社外から同社の取締役に就任し、その1年後の2021年に代表取締役副社長に就任している。その点だけを見ると、同氏は上場会社の元経営者で、代表取締役に就任することを前提として同社に招かれたように思われてくる。しかし、そうではなく、同氏は国土交通省(以下「国交省」という)出身の元官僚で、上場会社の経営に携わった経験などない。そうした人物に上場会社の経営者が務まるはずがないのに、取締役就任後たった1年で代表取締役に就任するというのは異常である。 3 強引過ぎる自薦 報告書には、他の取締役の反対にあいながらも強引に自身を代表取締役副社長に推す山口氏の様子が記載されている。委員会による検証内容と新聞や雑誌による報道内容とを総合したうえで、山口氏の発言とその意味が整理されているので、報告書からその一部を抜粋する。 なお、「エアライン2社」とは、同社の筆頭株主でもある日本航空株式会社とANAホールディングス株式会社である。当然だが、委員会による質問に対して、両社とも山口氏の代表取締役副社長就任について了承したという事実はないとしている。山口氏も、両社の誰とやりとりをしたのかという質問に対しては、「公式プロセスではなく、非公式な意向確認という極めて機微にわたる事案であり、先方に断りなく開示いたしかねます」と回答している。 4 元事務次官の要求 報告書では、山口氏が代表取締役副社長に就任した後、2022年12月、元国土交通事務次官の本田勝氏(以下「本田氏」という)が空港施設を訪れ、同社の代表取締役会長と代表取締役社長の2名と面会したとされている。本田氏はその場で、両名に対して「会長、社長を6月で退いてほしい。山口氏を社長にお願いしたい」と申し入れ、その理由について、「国交省出身者を社長とする体制に戻してほしい」と述べたという。報告書では、同社の役員の変遷がまとめられているが、それによると、2021年6月まで同社の社長はずっと国交省出身者だった。 同社の代表取締役会長と代表取締役社長は、本田氏の要求に対して、「当社は東証プライム上場会社として厳格なガバナンスを求められており、社長は指名委員会で選考することになっている」と説明し、申入れを拒絶したという。当然の対応である。 なお、本田氏は、現在、東京地下鉄株式会社の代表取締役会長である。同社は上場を目指しているようだが、こうした人物が代表取締役を務めている状態で大丈夫なのだろうか(文末追記参照)。 5 雨降って地固まる? 今回の開示の「辞任の理由」は、「一身上の都合によるもの」ではなく、「自身の当社代表取締役副社長就任の経緯をめぐり当社に混乱を招いたことに対して責任をとり、辞任するものであります」といった記載にすべきだっただろう。 報告書でも指摘されているように、今回の騒動は空港施設の企業価値を毀損したといえる。しかし、前向きに捉えるならば、これにより国交省出身者による支配を排除できたといえるかもしれない。今後は無条件に国交省出身者を役員に選任したり、代表取締役に選定したりすることは困難になるはずである(と信じたい)。 とはいえ、もとより同社は上場会社、しかも高水準の企業統治が求められるはずのプライム市場上場会社である。こうした騒動が起こる前に自浄作用が働くべきであった。報告書の「第3 問題点の指摘」における「7 当社の主要なステークホルダーに役員ポストを用意すべきという古い役員体制論が取締役会・指名委員会に未だに残っていること」の記載が同社の問題点を集約していると思われるため、少し長いが引用しておく。 (了)
プラス思考の経済効果 【第15回】 「G7広島サミット2023の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに G7広島サミット2023が2023年5月19日、20日、21日に広島市で開催されました。今回のサミットは、昨年2月24日のロシアのウクライナ侵攻による世界の政治・外交・経済などの混乱、そして最近の中国・台湾問題の緊張の高まりの中で開催される非常に重要なG7サミットだと言われています。今回は、この広島サミットの広島県における経済効果を推定してみましょう。 今回の広島サミットの特徴は次のとおりです。 2 広島サミットの直接効果の項目 広島サミットの直接効果を①国の出費金額、②地方自治体独自の出費金額、③国内外のマスコミ関係者の消費金額、④広島サミット後増加した観光客の消費金額の4項目であると仮定します。 3 国の出費金額の推定 (1) 前提 前回の2016年の「伊勢志摩サミット」の予算額、決算額などを参考にして、広島サミットにおける国の出費金額を推計します。中部圏社会経済研究所が2016年2月8日に発表した分析「伊勢志摩サミット等の開催による経済効果について」(中部社研 経済レポート No.3)によると、総予算額は約554.5億円でしたが、国内に投資されたのは約503億円でした。そして、そのうち開催地の三重県に全体の約66.7%の約335.6億円が分配され、残りの約33.3%の約167.4億円は大臣会合などが開催される各都道府県に分配されました。 (2) 国の出費金額の項目別推定額 ① 警備費 財務省の発表によると、北海道洞爺湖サミットでは約331億円、伊勢志摩サミットでは約340億円でした。今回は大変な時期でのサミットですので警備費は過去最大級の総額約400億円になると推定します。 ② 招待費 国際会議や国際イベントが開催される時は、招待する国がほとんどの費用を持つことが原則です。今回の日本側の負担を約20億円と仮定します。 ③ 会場設営、ホテル借り上げ費など 会場設営、機材・備品・ホテルの借り上げ、レストランの食事などの開催運営費用はこれまで約80~190億円であったので、今回は約180億円と仮定します。 ④ プレスセンター関係費 プレスセンター関係費はこれまで約30~50億円でしたが、今回は約40億円と仮定します。 ⑤ 関連設備費など 関連設備の整備費用(建築関係)はこれまで約70~80億円でしたが、今回は前回の伊勢志摩サミットと同額の約80億円と仮定します。 ⑥ 合計 以上より、国が広島サミットに投資する出費額は約720億円となります。 〈国の出費の項目別推定金額〉 (3) 広島県に投資される国の出費金額 中部社研 経済レポート No.3によると、伊勢志摩サミットでは国の予算の約66.7%が主催県に投資されていますので、それと同じ比率とすると広島県に投資される国の予算は約480億2,400万円となります。 4 地方自治体独自の出費金額の推定 広島県と広島県内の自治体(広島市、福山市、廿日市市)の国から与えられる予算とは別の自治体独自の広島サミット予算の過去2年度分の総額は、約108億8,929万円となります。 5 国内外のマスコミ関係者の消費金額の推定 (1) 日本人マスコミ関係者の消費額 マスコミ関係者数は前回の2割増しの約6,000人と仮定します。そして日本人マスコミ関係者は前回と同様6割の約3,600人、外国人マスコミ関係者は4割の約2,400人とします。国土交通省観光庁の「旅行・観光消費動向調査 2021年1~12月期集計表(確報)」(2022年4月28日公表)によると、日本人の国内における広島県を含む中国地方への出張・業務における消費額は1人平均で6万4,036円でした。その結果、日本人マスコミ関係者の消費額は約2億3,053万円となります。 (2) 外国人マスコミ関係者の消費額 国土交通省観光庁「訪日外国人の消費動向 2022年 年次報告書」(2023年3月31日公表)によると、訪日外国人の消費額は約5日の滞在で23万5,000円でしたので、滞在日数で割って実質訪問人数を算出して計算すると、外国人マスコミ関係者の消費額は合計約1億1,280万円となります。したがって、全マスコミ関係者の消費総額は約3億4,333万円(約2億3,053万円+約1億1,280万円)となります。 6 広島サミット後増加した観光客の消費金額の推定 (1) 広島サミット後の国内から広島県への観光客増加による消費金額の推定値 株式会社JTBは、2023年1月26日に「2023年(1月~12月)の旅行動向見通し」で、2023年の全国の国内観光客数は2019年の約91.2%にまで回復すると予想しています。そうすると、広島県内の2023年の国内観光客数は約5,876万人にまで戻ることが予想されます。 しかし、近年のサミットによる観光客誘致の効果はほとんどないと言われています。2008年の北海道洞爺湖サミットでは翌年はなんと5%の減少となり、2016年の伊勢志摩サミットではたった0.7%の増加に留まりました。広島サミットでも前回の+0.7%を適用すると、サミット後の増加人数は1年間で約41万人になります。広島県内の観光客1人当たり消費額は1万9,000円ですので、国内からの広島サミットにより増加した観光客の総消費額は約78億円となります。 (2) 広島サミット後の海外から広島県への観光客増加による消費金額の推定値 JTBは2023年の海外からの観光客は2019年の約66.2%であると予想していますので、2023年の広島県への訪日観光客は約183万人となります。伊勢志摩サミットの増加率0.7%を適用すると、広島サミット後の訪日観光客の増加数は1年間で約1万人となります。外国人マスコミ関係者と同様に滞在日数(平均泊数約6.1日)で割って実質訪問人数を算出すると、広島サミット開催により増加した訪日観光客の消費増加額は約3億8,517万円となります。以上の計算の結果、サミット後の増加した観光客の消費額は約81億8,517万円(約78億円+約3億8,517万円)となります。 7 直接効果の合計 広島県内の直接効果を推計すると、約674億4,179万円となります。 〈広島サミットの直接効果〉 8 経済効果 7で計算した広島サミットの直接効果に基づいて、広島県が2021年3月に公表した最新の「広島県産業連関表」を用いて広島県内の経済効果を推計すると、経済効果は約923億9,526万円となります。 〈経済効果〉 9 まとめ 2023年5月に広島市で開催された「広島サミットの経済効果」の推計値は約923億9,526万円となりました。2016年の「伊勢志摩サミット」では、三重県の発表(2016年9月15日)によると、三重県内の直接的経済効果(サミット終了後の観光の効果は含まない)は約483億円でしたので今回の広島サミットの広島県内における経済効果は非常に大きいと言えます。 広島サミットをきっかけに、世界で争いや対立がなくなり、世界中の人々が安全で安心して自由に生きることができる世界の実現に向かって手をつないでいくことを願っています。 (了)
《速報解説》 JICPA含む関係4団体による「中小企業の会計に関する指針」の改正が確定 ~収益の計上基準の注記に関する改正を行い、参考注記例を新たに記載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年5月10日付で(ホームページ掲載日は2023年5月17日)、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、日本商工会議所、企業会計基準委員会は、「中小企業の会計に関する指針」の改正を公表した。 これにより、2022年12月22日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対する有効なコメントはなかったとのことであるが、公開草案から軽微な字句修正のみを行っているとのことである。 これは、収益の計上基準の注記に関する改正である。 収益認識会計基準の考え方を中小会計指針に取り入れるかどうかは、収益認識会計基準が上場企業等に適用された後に、その適用状況及び中小企業における収益認識の実態も踏まえ、検討することを考えているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 「85.収益の計上基準の注記」において、重要な会計方針の「収益及び費用の計上基準」に以下の事項を含めて注記すると規定する。 参考となる注記の例を、「個別注記表の例示」及び「別紙 収益の計上基準の注記例」に記載している。 「個別注記表の例示」では次の例を示している。 「別紙 収益の計上基準の注記例」では、「汎用品の製造及び販売の場合」、「契約期間にわたるサービスの提供の場合(清掃サービス等)」、「建設業の場合」など、9つの例示を記載している。 (了)
2023年5月18日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.519を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第115回】 「スタートアップ関連税制の課題」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 昨年11月に策定された政府の「スタートアップ育成5か年計画」では、スタートアップへの投資を「5年後の2027年度に10倍を超える規模(10兆円規模)とする」ことを目標に掲げ、多岐にわたる施策が盛り込まれていた。 中でも税制関連では、次のとおりである。 〇令和5年度税制改正での措置 「スタートアップ育成5か年計画」を踏まえ、ここで指摘された多くの税制上の課題については、令和5年度税制改正で手当てされたところである。 具体的には、次のとおりである。 〇ストックオプション税制の課題 上記のように「スタートアップ育成5か年計画」で提示された税制措置の多くは令和5年度税制改正に盛り込まれているが、残された項目のほとんどはストックオプション税制に関係するものである。 こうしたことから、自民党の「新しい資本主義実行本部 スタートアップ政策に関する小委員会」が4月6日に取りまとめた、「『スタートアップ育成5か年計画』の実現に向けた中間提言」では、スタートアップにとって人材獲得や資金調達の基盤となるストックオプションに係る税制や会社法などの制度について重点的に取り上げられている。 ストックオプション税制は、ストックオプションとして付与された新株予約権の権利行使時の取得株式の時価と権利行使価格との差額に対する給与所得課税を株式売却時まで繰り延べ、株式売却時に売却価格と権利行使価格との差額を譲渡益課税とする制度である。 この制度の適用を受けることのできる税制適格ストックオプションの主な要件には、①付与の対象、②発行価額(無償)、③権利行使期間(原則、付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後10年を経過する日まで)、④権利行使限度額(年間の合計額が1,200万円以下)、⑤権利行使価額(ストックオプションに係る契約締結時の時価以上の金額)、⑥譲渡制限、⑦保管委託、がある。 なお、付与の対象については、令和元年度税制改正で、設立10年未満等の一定の要件を満たす株式会社が、中小企業等経営強化法に基づく「社外高度人材活用新事業分野開拓計画」を策定し、主務大臣による認定を受けることで、当該計画に沿って行う新事業に従事する社外高度人材(プログラマー・エンジニア、弁護士・税理士・会計士等)が加えられている。また、権利行使期間に関しては、令和5年度税制改正によって、設立から5年未満の未上場企業においては、権利行使期間を「付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後15年を経過する日まで」へと延長されたところである。 自民党の中間提言で取り上げられているのは、上記の税制適格ストックオプションの要件のうち、①付与の対象、④権利行使限度額、⑤権利行使価額、⑦保管委託、の4点である。 第一に、付与の対象については、上記の通り、令和元年度税制改正で、一定の社外高度人材も付与の対象に追加されているが、今回の中間報告では、中小企業等経営強化法に基づく計画認定を不要とすべく検討するよう求めている。 第二に、権利行使限度額の大幅な引上げあるいは撤廃を求めている。 第三に、種類株式に応じたセーフハーバーとしての株価算定ルールについてガイドラインや国税庁通達等の形で策定するよう求めている。現行制度では、権利行使価額をストックオプションに係る契約締結時の時価以上の金額に設定することが適格要件とされているが、時価の算定にあたり、非公開会社の株式については売買実例のあるものは最近において売買が行われたもののうち適正と認められる価額とすることとされているが(所基通23~35共-9(4)イ)、普通株式の他に種類株式を発行している場合にあっても、種類株式の発行は売買実例には該当しないことは平成23年11月の経済産業省の「未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書」で明らかになっている。しかし、普通株式自体の価額の算定方法については必ずしも明らかでないことから、実務上は、種類株式を勘案せざるをえない現状がある。 第四に、非公開会社にあっては、その株式には譲渡制限が付されており、株式の発行や譲渡、新株予約権の行使による株式の交付等の、株式や新株予約権の異動は株主名簿や新株予約権者名簿によって管理されており、また発行会社による税務署への所要の調書提出や、株主による税務署への確定申告の手続きが行われていることから、非公開会社に関して保管委託要件を撤廃するよう求めている。 (了)
相続税の実務問答 【第83回】 「売買契約中の土地の課税関係(売主に相続が開始した場合)」 税理士 梶野 研二 [答] 土地の売買契約を締結した後その土地を引き渡すまでの間に売主に相続が開始した場合に相続税の課税対象となるのは、土地そのものではなく、売買金額のうち相続開始時点において未収となっている残代金請求権となります。 また、土地の譲渡に係る譲渡所得の申告は、その土地を引き渡した日の属する年分の所得として、その土地を引き渡した者の所得として申告します。ただし、契約の効力が発生した日の属する年の所得として、その譲渡契約をした者の所得として申告することもできます。ご質問の場合には、令和5年分の相続人の所得として申告することとなりますが、相続人全員の選択により契約の効力が発生した日(令和5年3月1日)に譲渡があったものとしてお父様の準確定申告を行うこともできます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 売買契約中の土地 売買契約中の土地、すなわち、売買契約の締結後、その売買契約の目的である土地の引渡し及び代金決済が未了の段階にある土地(以下このような状態にある土地を「売買契約中の土地」といいます)について、その売主に相続が開始した場合には、その売買契約の目的となった土地を巡る相続税の課税については、次のような考え方があります。 この点について、昭和61年12月5日最高裁判決は、後者の考え方を採用し、相続税の課税財産となるのは、売買代金債権であると解するのが相当であると判示しました。 昭和61年12月5日最高裁第二小法廷判決(訟務月報33巻8号2149頁、TAINSコード:Z154-5840) 国税庁では、この判決を受け、売買契約中の土地の売主に相続が開始した場合の相続税の課税において、相続又は遺贈により取得した財産は、当該売買契約に基づく相続開始時における残代金請求権(未収入金)として取り扱うこととしました。 (注) この取扱いは、国税当局の部内資料で示されていたもので、国税当局の職員の執筆した書籍には掲載されていたものの正式には公表されていませんでしたが、令和4年に国税庁ホームページにおいて明らかにされました(「相続開始時点で売買契約中であった不動産に係る相続税の課税」参照)。 2 売買契約締結後引渡しまでの間に売主に相続が開始した場合の譲渡所得の申告 譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものとされていますが、納税者の選択により、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日に譲渡があったものとして申告することも認められています(所基通36-12)。 この取扱いによれば、売買契約締結後引渡しまでの間に売主に相続が開始した場合には、当該資産を相続した相続人又は遺贈を受けた受遺者が、当該資産の引渡しをした日の属する年の所得として所得税の申告をすることとなります。ただし、相続人又は包括受遺者全員の選択により、当該契約の効力発生日に譲渡があったものとして被相続人の所得として所得税の準確定申告をすることもできます。 なお、相続人又は受遺者の所得として申告した場合には、租税特別措置法第39条第1項の規定(相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例)を適用することができ、一方、被相続人の所得として申告することを選択した場合には、当該申告により確定した被相続人の所得税額は、相続税の申告において債務控除の対象とすることができるなどの相違点があります。 3 ご質問の場合 お父様の相続開始に伴う相続税の申告において、課税価格に算入されるのは、売買金額から既にお父様が受領した手付金の額を控除した残代金請求権の額(未収入金)となります。 また、土地の譲渡に係る譲渡所得の申告は、M土地を引き渡した日の属する年分の所得として、M土地を引き渡したあなた方相続人の所得として申告することとなりますが、相続人全員の選択により、契約の効力が発生した日(令和5年3月1日)にM土地の譲渡があったものとしてお父様の所得として申告することもできます。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第49回】 「税制適格ストックオプションに係る要件の緩和」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 従来の税制適格ストックオプションの概要 ストックオプションとは、付与された者が将来、一定の行使価格で対象会社の普通株式を取得できる新株予約権のことをいう。このストックオプションは、資金力に乏しいスタートアップが、キャッシュを用いない形で役職員等に対してインセンティブを与えるために活用されるケースが多く、税制適格ストックオプションの要件を満たす形で設計されることが通常といえる。 ここで、税制適格ストックオプションとは、下図の所定の要件を満たすことで、対象株式に係る権利行使時の時価と権利行使価格との差額に対する給与所得課税を譲渡時まで繰り延べるとともに、株式譲渡時にその時点の売却価格と権利行使価格との差額につき、譲渡益課税とするものである。 【税制適格ストックオプションの主な要件】 ※ 社外高度人材活用新事業分野開拓計画の認定に従って事業に従事する外部協力者 (出典) 経済産業省ホームページ「ストックオプション税制」より筆者加工 (2) スタートアップ育成5か年計画の決定 2022年6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」では、「新しい資本主義実現会議に検討の場を設け、5年10倍増を視野に5か年計画を本年末に策定する」とされており、これを受けて取りまとめが行われ、同年11月28日、「スタートアップ育成5か年計画(以下、「育成計画」という)」が決定された。当該計画では、5年後にスタートアップへの投資を10倍以上にするとともに、ユニコーン(時価総額 1,000 億円超の未上場企業)を100社創出し、スタートアップを10万社創出すること等を目的としている。また、ストックオプションの環境整備に関しては、ストックオプションの権利行使期間の延長を図るほか(上記要件③)、税制適格ストックオプションについて、現状では非上場時に権利行使をした場合に求められる株券の保管委託義務について不要化する旨も盛り込まれた(上記要件⑦)。 育成計画では、従来の税制適格ストックオプションについて、スタートアップが拙速に上場を目指すという点を問題視した上で、そのタイミングを柔軟に選べるようにすることが重要である旨を指摘している。 これを受け、令和5年度税制改正大綱にストックオプションについても盛り込まれ、その後、令和5年度税制改正法は令和5年3月28日に可決・成立し、同年4月1日から施行された。 (3) 令和5年度税制改正で拡充された税制適格ストックオプション 令和5年度税制改正では、上記の育成計画が求めた権利行使期間の延長について対応がなされた。すなわち、ストックオプションの権利付与時に設立5年未満のスタートアップ企業であれば、従来は付与決議日から2年を経過した日から10年を経過する日までであった権利行使期間が、2年を経過した日から15年を経過する日までと延長されている(措法29条の2①一、措規11条の3)。 【従来の制度と改正概要との比較】 (出典) 経済産業省ホームページ「ストックオプション税制」 したがって、今後、税制適格ストックオプションを活用しようとするスタートアップは、ストックオプションの権利行使期間のために上場を急ぐケースが減少すると思われる。 しかし、育成計画で言及していたもう1つの点、すなわち株券の保管委託義務の不要化については、当該事項を定めた従来の租税特別措置法29条の2第1項6号が改正されていない(※1)。その理由については定かではないが、ユニコーンやスタートアップの飛躍的な増加を期待するのであれば、この点は問題となる可能性がある。というのも、証券会社等へ株券の保管を委託することが前提となる現状の要件のままでは、当該証券会社等のキャパシティが問題となり得ると思われるのである。 (※1) なお、「スタートアップ育成5か年計画ロードマップ」8頁においても、今期の通常国会にて「ストックオプション税制について、株券の保管委託義務の不要化」に関する法案を提出する旨が示されていたが、税制改正法案が公表された時点でこの旨が含まれていないことは明らかとなっていた。 この点、令和5年度税制改正法が可決・成立した日の翌日である令和5年3月29日に開催された新しい資本主義実現計画(第15回)では、ストックオプションに係る残された課題として「更なるストックオプションの活用に向けた環境整備」が挙げられているため(※2)、当該論点については今後の対応が望まれるところである。 (※2) 新しい資本主義実現本部/新しい資本主義実現会議(第15回)「資料1『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』フォローアップ」13頁。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第52回】 「適格株式分配」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、適格株式分配の要件について解説します。 1 適格株式分配の要件 適格株式分配の要件は、次の5つです。 2 株式按分交付要件 「株式按分交付要件」とは、完全子法人株式のみが移転する株式分配のうち、その株式が現物分配法人の株主の持株数に応じて交付されることをいいます(法法2十二の十五の三)。 下図のように、完全子法人株式(B社株式)が現物分配法人(A社)の株主の有する現物分配法人株式(A社株式)の数の割合に応じて交付されないときは、株式按分交付要件を満たしません。 (具体例) 3 従業者継続要件 (1) 「従業者継続要件」とは 「従業者継続要件」とは、株式分配直前の完全子法人の従業者((2)参照)のうち、その総数のおおむね80%以上に相当する数の者が株式分配後に完全子法人の業務に引き続き従事することが見込まれていることをいいます(法令4の3⑯三)。 (2) 「従業者」とは 「従業者」とは、役員、使用人その他の者で、株式分配の直前において完全子法人の事業に現に従事する者をいいます。 ただし、日々雇い入れられる者で従事した日ごとに給与等の支払を受ける者については、法人が選択により従業者の数に含めないことができます。 ① 出向により受け入れた者 出向により受け入れている者であっても、完全子法人の株式分配前に行う事業に現に従事する者であれば従業者に含まれます。 ② 下請先の従業員 下請先の従業員は、自己の工場内でその業務の特定部分を継続的に請け負っている企業の従業員であっても、従業者には該当しません。 4 役員継続要件 (1) 「役員継続要件」とは 「役員継続要件」とは、株式分配前の完全子法人の特定役員((2)参照)の全てが株式分配に伴って退任するものではないことをいいます(法令4の3⑯二)。 (2) 特定役員とは 「特定役員」とは、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者((3)参照)で法人の経営に従事している者をいいます。 (3) これらに準ずる者 「これらに準ずる者」とは、役員又は役員以外の者で、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役又は常務取締役と同等に法人の経営の中枢に参画している者をいいます(法基通1-4-7)。 分割型分割によってスピンオフを行う場合の経営参画要件(役員等又は重要な使用人が対象)と異なり、役員継続要件で求められている役員は、特定役員に限定されています。 5 事業継続要件 (1) 「事業継続要件」とは 「事業継続要件」とは、完全子法人の株式分配前に行う主要な事業((2)参照)が完全子法人において引き続き行われることが見込まれていることをいいます(法令4の3⑯四)。 (2) 「主要な事業」とは 完全子法人の株式分配前に行う事業が2以上ある場合には、そのいずれが主要な事業に該当するかは、それぞれの事業に属する収入金額又は損益の状況、従業者の数、固定資産の状況等を総合的に勘案して判定します(法基通1-4-5)。 6 非支配要件 (1) 非支配要件とは 「非支配要件」とは、株式分配の直前に現物分配法人と他の者との間にその他の者による支配関係がなく、かつ、株式分配後に完全子法人と他の者との間にその他の者による支配関係があることとなることが見込まれていないことをいいます(法令4の3⑯一)。 (2) 「他の者」に含まれるものとは 「他の者」には次のものが含まれます。 非支配要件は完全子法人が他の者に支配されずに独立して事業を行うことを求めるもので、分割型分割によってスピンオフを行う場合の要件と同様です。 ◆適格株式分配の要件のポイント◆ スピンオフ実施後に買収が予定されている(支配関係が生じる)場合には、非支配要件を満たさないこととなるため注意が必要です。 スピンオフの従業者継続要件及び事業継続要件は基本的に合併や分割における適格要件と同様ですが、連続再編があった場合の緩和措置がないため注意が必要です。 分割型分割でスピンオフを行う場合と異なり、役員継続要件で求められている役員は、特定役員に限定されています。 スピンオフ実施後に既存株主に対して株式を継続保有することは求められていません。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第16回】 「ガーンジー島法人所得税の「外国法人税」該当性 (地判平18.9.5、高判平19.10.25、最判平21.12.3)(その1)」 ~法人税法69条1項、法人税法施行令141条1項、2項、3項~ 税理士・米国公認会計士 金山 知明 1 事案の概要 本件は、英国王領チャネル諸島ガーンジー(ガーンジー島)に本店を有し、再保険を業とする法人であるB(Ark Re Ltd. 以下「B社」という)の発行済株式の全てを保有している原告X(損保ジャパン)に対し、所轄税務署長Yが、B社の負担するガーンジー島の法人所得税は法人税法69条1項に規定する「外国法人税」に当たらないため、B社は租税特別措置法(以下「措置法」という)66条の6第1項(タックス・ヘイブン対策税制)所定の特定外国子会社等に該当するとして、同項に規定する課税対象留保金額に相当する金額をXの所得の金額の計算上、益金の額に算入して本件各事業年度の更正処分等をしたことから、これを不服としたXが、その処分等の取消しを求めた事案である。 2 前提事実等 (1) ガーンジー島所得税法の規定等の要旨 事件当時、ガーンジー島に本店を置く法人については、①20%の標準税率課税、②所定の要件に基づく免税申請(※1)、③一定の所得に対する段階税率課税(※2)、のほか、④国際課税資格に基づく税率の選択申請課税が認められていた。 (※1) 免税を認められた法人は、毎年500ポンド(当時)の申請料を支払う必要がある(ガーンジー所得税法40A条、40B条)。 (※2) 株主持分から生じる投資所得及び保険非関連所得のみを課税対象所得として課税され、課税所得25万ポンドまでは20%により、それを超える部分には20%よりはるかに低い税率が適用されるという逆進的段階税率課税である(ガーンジー所得税法187A条)。 ④の国際課税資格(International Tax Status)によれば、法人が0%超30%以下の範囲内で選択した税率の適用を申請し、税務当局がこれを承認すれば、申請した税率で法人所得税が賦課されることとなっていた(ガーンジー所得税法188C条)(※3)。 (※3) 国際課税資格申請書には、適用申請する税率のほか、当該税率が申請者にとって適しており、ガーンジー島の経済的利益の観点からも妥当な水準であることに関する情報を記載し、ガーンジー税務当局は、国際課税資格の取得要件が満たされている場合には、資格申請を承認し、国際課税資格の証明書を発行することができる。税率の選択を認めていたガーンジー所得税法188C条以下は、2007年に廃止されている。 ガーンジー税務当局は、法人からの国際課税資格申請に対する承認又は拒絶の全面的な自由裁量権を有しており、資格申請を拒絶する場合には、申請者にその旨を通知するが、その拒絶理由を示す必要はなく、また、申請者は、その拒絶に対して異議を申し立てることができない(ガーンジー所得税法188C条、同法188D条)。 B社は、平成11年度から平成14年度の間、各適用期間を1年間とし、適用税率を26%とする資格申請をして認められ、適用税率26%の国際課税法人として賦課決定された外国税を納付している。 Yは上記期間にB社が納付したガーンジー島の法人所得税は外国法人税に当たらないため、B社はXの措置法66条の6第1項に定める特定外国子会社等に該当するとして、同項の課税対象留保金額に相当する金額をXの所得に加算して上記各事業年度の更正処分等をした。Xは、これを不服とし、それら更正処分等の取消しを求めて出訴した。 (2) 関係図 (3) 関係法令の定め 当時の措置法66条の6第1項において、タックス・ヘイブン対策税制の対象となる「特定外国子会社」とは、法人の所得に対して課される税が存在しない国又は地域に本店又は主たる事務所を有する外国関係会社(租税特別措置法施行令(以下「措置法施行令」という)39条の14第1項1号)、又はその各事業年度の所得に対して課される租税の額が当該所得の金額の100分の25以下である外国関係会社(同項2号)とされていた。 また、措置法施行令39条の14第2項1号において、外国法人税とは、法人税法69条1項(外国税額控除)に規定する外国法人税をいうものとされていた。その法人税法69条1項にいう「外国法人税」を定義するのが法人税法施行令141条1項であり、同項では外国法人税とは、「外国の法令に基づき外国又はその地方公共団体により法人の所得を課税標準として課される税とする」としていた。 さらに、これを具体化する形で外国法人税に含まれるものと、含まれないものを規定していたのが法人税法施行令141条2項と3項である。特に同3項では、外国法人税に含まれないものとして、「税を納付する者が、その税の納付後、任意に還付を請求することができる税(1号)、税の納付が猶予される期間を、納税義務者が任意に定めることができる税(2号)」などとしていた。なお、当該1号及び2号他は、平成13年の政令により追加されたものである。 3 争点及び主張 本件では、B社が原告の特定外国子会社等(措置法66条の6第1項)に該当するか否か、すなわちXの所得金額の計算上、B社に係る課税対象留保金額に相当する額を益金の額に算入することが適法か否かが争われたが、それを決定付ける直接の争点となったのは、B社がガーンジー島で26%課税を選択して負担している税が、法人税法69条1項の外国法人税に該当するか否かであった。 税務署長Yは、本来租税には、①非対価性、②公益性、③強行性、④応能負担、⑤金銭給付といった特徴があるが、このうち特に強行性について、納税者と国との間で、合意によってその内容を定め、課税の段階で納税者の広範な裁量が認められる租税は、強行性という租税の本質を欠き、ガーンジー島という国に対するいわば寄附金の性質を有するため、租税とはいえないと主張した。 またYは、法人税法施行令141条3項の平成13年改正について、当該改正は制度の趣旨、取扱いを明確化したものであり、それまでの解釈を変更したのでなく、明らかに外国法人税に含まれない租税を例示したに過ぎないから、同項各号に掲げる租税のみが外国法人税に含まれないものであるとはいえないとした(※4)。 (※4) 例示に過ぎないことの根拠の1つとしてYは、諸外国において採られている、又は今後採られるであろう我が国の法人税に相当しない租税の形態を網羅的に列挙することは不可能である点を主張している。 これに対しXは、本件外国税はYがいう租税の意義①ないし⑤の原則をすべて満たし、租税の強行性について、本件外国税は税率の選択申請が認められているとしても、B社が適用を受けている26%という税率は、ガーンジー税務当局に対しての申請が承認されたことに基づくもので、課税庁との合意によるものではないと主張した。 また、法人税法施行令141条3項は確認規定ではなく、二重課税の外国税額控除による救済範囲を限定した創設規定(限定列挙)であるとし、本件外国税についてはガーンジー税務当局が承認した税率について、Xは実質的に強制的税負担を負っているのであり、同項1号及び2号が規定する税とは明らかにその性質が異なると主張した(※5)。 (※5) この点につきXは、法人税法施行令141条3項1号及び2号が定める外国法人税に該当しない租税の性質として、①「実質的には法人税負担がない税」であり、②納付や還付に関し納税者の裁量が広範であるという要素を挙げ、ガーンジー島法人所得税はこのいずれにも当たらないと主張している。 さらにXは、B社の課税所得に対しガーンジー島で26%の法人所得税を納付しているのに、日本での本件更正処分等により当該所得にさらに30%の法人税が課され、不合理な二重の負担が生じているという点も強調している。 4 判決の要約 (1) 下級審の判断 東京地裁判決(平成18年9月5日)は、法人税法施行令141条2項、3項の規定は、同条1項の解釈規定であり、2項、3項各号の定めは、例示列挙と解するのが素直であるとし、実質的にみても、外国法人税に該当しない場合を網羅的に限定列挙することは不可能であることは明らかであると判示した。 また、租税該当性について、ガーンジー金融当局や税務当局が発行している説明書等に、国際課税資格に関する税率の「交渉(Negotiation)」や、「合意(Agreement)」という文言があることを挙げて、租税の一般的概念の観点から、税の強行性の概念とは相容れないところがあるとした。そして国際課税資格による課税は、税率の一定枠(上限30%及び下限0%超)を決めているだけで、その幅は広範であり、実質的には白地規定であるといわざるを得ず、我が国の法人税はもとより、一般的な租税概念にも相反するとした(※6)。 (※6) 判決書ではまた、OECDの1998年の報告書Harmful Tax Competitionにおいて、「もし、税率と(又は)課税ベースが交渉可能であるか又は投資家が居住者である場合に依存している税制であるならば、主催国の税制で創設された課税規定は、潜在的に有害である。」とされていることを挙げ、租税該当性を否定する理由を補強している。 さらに、当該説明書やB社担当者とガーンジー税務当局の間で交わされた文書に、B社が国際課税資格に基づき26%の税率の選択を希望する理由として、日本で新たな税負担をせずに済むことが記載されていることなどを挙げて、ガーンジー島において徴収される「税」なるものは、その実質は、タックス・ヘイブン対策税制の適用を回避させるというサービスを提供するための対価であるということも可能と認定し、Xの主張を退けた。 東京高裁判決(平成19年10月25日)も、ガーンジー島の税は、租税概念の基本である強行性、公平性ないし平等性と相容れず、実質的にタックス・ヘイブン対策税制の適用を回避させるというサービスの提供に対する対価ないし負担の性質を有すると判示した。そのうえで、これを租税とすれば、我が国の実効税率との差額に相当する税負担を免れる租税回避を許容して、納税者間の平等ないし税制の中立性の維持が不可能になり、我が国の財政主権が損なわれることとなるため、そのような結果は許容できないと述べ、Xの控訴を棄却した。 (2) 最高裁判決(平成21年12月3日) 上記の下級審の判断に対し、最高裁は大要以下のように述べて、裁判官全員一致の意見により一転してXの主張を容認し、原審判決を破棄し、更正処分等を取り消す判決を下した。 租税該当性について最高裁は、選択の結果課された本件外国税は、ガーンジー島がその課税権に基づき法令の定める要件に該当する者に課した金銭給付であるとの性格を有することを否定することはできない。本件外国税が、特別の給付に対する反対給付として課されたものでないことは明らかであるから、本件外国税がそもそも租税に該当しないということは困難であるとした。 外国法人税該当性については、法人税法施行令141条3項1号又は2号に規定する税のみならず、これらに類する税、すなわち税を納付する者がその税負担を任意に免れることができるような税は、外国法人税に含まれないものと解すべきと認めつつ、租税法律主義にかんがみると、その判断は、あくまでも同項1号又は2号の規定に照らして行うべきで、それら規定から離れて一般的抽象的に検討し、その外国法人税該当性を否定することは許されないと判示した。 そして本件外国税は結局、同項1号又は2号に規定する税のいずれにも該当しないとし、さらに、本件外国税は、その税率の決定についてはあくまで税務当局の承認が必要なものとされ、納税者の選択した税率がそのまま適用税率になるものではないこと、本件子会社は税率26%の本件外国税を納付することによって、実質的にみても税を現に負担しており、これを免れるすべはなくなっていることを挙げて、結局本件外国税が法人税に該当しないということは困難であると結論付けた(※7)。 (※7) 最高裁はこのほか、ガーンジー島において、所定の要件を満たす団体が免税の申請をした場合に、常にそれが認められるという事実は確定されていないことも述べて、法人税法施行令141条3項1号が挙げるものに含まれない根拠としている。 ((その2)へ続く)
法人税、住民税及び事業税等に関する 会計基準を学ぶ 【第1回】 「適用範囲と定義」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 企業会計基準委員会から「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号。以下「法人税等会計基準」という)が公表されている。 これは、次のものを基本的に踏襲した会計基準である。 本シリ-ズは、上記の実務指針等の基本的な内容を踏まえて、法人税等会計基準について、解説を行うものである。 前述のように、法人税等会計基準は、基本的に日本公認会計士協会の実務指針等の内容を踏襲しており、実質的な内容の変更を意図したものではない(法人税等会計基準41項)ことから、実務指針等の趣旨や公表時の背景、従来の実務慣行も引き続き、重要な側面があると思われる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 適用範囲 1 適用範囲の概要 法人税等会計基準は、主として法人税、地方法人税、住民税及び事業税に関する会計処理及び開示について規定している(法人税等会計基準1項)。 つまり、同会計基準の対象は、原則として、我が国の法令に従い納付する税金のうち法人税、住民税及び事業税等に関する会計処理及び開示ということである(法人税等会計基準2項(1))。 法人税等会計基準は、連結財務諸表及び個別財務諸表における次の事項に適用する(法人税等会計基準2項)。 2 適用範囲に関する留意点 次の税については、法人税等会計基準の対象外とされている(法人税等会計基準26項、27項)。 3 適用時期等 法人税等会計基準は、2017年3月16日に公表されており、その後、2022年10月28日に改正されている。 2022年の改正は、税金費用の計上区分(その他の包括利益に対する課税)に関して行われており、原則的な方法として、当事業年度の所得に対する法人税、住民税及び事業税等を、その発生源泉となる取引等に応じて、損益、株主資本及びその他の包括利益(又は評価・換算差額等)に区分して計上することが規定されている(法人税等会計基準5項、5-2項)。 同改正は、2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首からの適用であり、ただし、2023年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができるとされている。 本シリーズでは、改正後の法人税等会計基準について解説しているので、2022年の改正に関する規定の適用時期に注意していただきたい。 なお、当該改正の解説については、次の解説をご参照いただきたい。 Ⅲ 定義 法人税等会計基準では次の定義を規定している(法人税等会計基準4項)。 Ⅳ 貸借対照表 貸借対照表においては、法人税、住民税及び事業税等のうち納付されていない税額は、貸借対照表の流動負債の区分に、未払法人税等などその内容を示す科目をもって表示するとされている(法人税等会計基準11項)。 Ⅴ 損益計算書 法人税、地方法人税、住民税及び事業税(所得割)は、損益計算書の税引前当期純利益(又は損失)の次に、法人税、住民税及び事業税などその内容を示す科目をもって表示するとされている(法人税等会計基準9項)。 また、事業税(付加価値割及び資本割)は、原則として、損益計算書の販売費及び一般管理費として表示し、ただし、合理的な配分方法に基づきその一部を売上原価として表示することができるとされている(法人税等会計基準10項)。 (了)