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〈注記事項から見えた〉減損の深層 【第12回】「製粉事業が減損に至った経緯」-減損発生を第三者が予測できるか-

〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第12回】 「製粉事業が減損に至った経緯」 -減損発生を第三者が予測できるか-   公認会計士 石王丸 周夫   〈はじめに〉 減損損失の額は、多額に上ることがほとんどです。一時的であれ、会社の業績を圧迫します。 そのような減損損失について、発生を予測することができるのかというのが、今回のテーマです。事例として使用するのは、製粉会社の減損事例です。2020年より前に買収した海外事業について、2020年の新型コロナウイルス感染拡大等を背景に、のれんを中心に減損損失を計上しています。 さっそく事例を見ていきましょう。   〈今回の注記事例〉 (出所:2023年第3四半期報告書) (※) 下線は筆者 上記事例において、減損損失が発生したのは豪州における製粉事業とのことです。減損の要因は下線部に要約されており、2つあります。 第一は「需要の変化」です。会社の説明によると、「豪州における厳格なコロナ対策の影響による市場の変化」(2022年度第2四半期決算説明会資料4頁)とのことで、主要得意先のインストアベーカリー市場が低迷したことが大きかったようです。 第二は「コスト上昇」です。注記の下線部に記載されているウクライナ情勢によるコスト上昇は主に穀物価格のことを指していると読めますが、それだけでなく、「労働力不足による生産コストの上昇」(2022年度第2四半期決算説明会資料28頁)もあるようです。 以上により、同事業に係るのれんを始めとする固定資産について、500億円を超える減損損失を計上しました。当然ながら、社外の第三者は、減損の発生を会社が公表するまで知りえませんが、過年度の有価証券報告書には、減損の気配を感じることができる記載があります。以下ではそれを見ていきます。   〈減損の気配を感じ取る〉 「減損の気配」というのは、会計基準の用語ではありません。本稿で筆者が個人的に使用しているにすぎません。ところが、これに似た用語で、「減損の兆候」という会計用語はあります。これは非常に重要な用語で、減損処理の一連の手続きの第1段階ともいえる部分を指しています。 日本の会計基準において減損処理の手続きは、概ね次のようになっています。 まずは事前準備的な手続きとして、次の2つがあります。 この準備の後、減損処理の本格的な手続きに入ります。次のとおりです。 このうちの「①減損の兆候の把握」では、グルーピングされた各資産グループについて、経営環境の著しい悪化等の事実が発生していないかを確認します。①で兆候なしと判定されれば、その期は減損処理不要です。 ①で減損の兆候ありとなった場合は「②減損損失認識の要否の判定」に進みます。②では、減損の存在が相当程度に確実であると認められるかどうかを確かめます。具体的には、当該資産グループが、十分なキャッシュ・フローをもたらすかどうかを確かめます。十分なキャッシュ・フローをもたらし、減損損失認識不要と判定されれば、その期は減損不要ですが、認識必要となれば、「③減損損失額の測定」で減損損失の額を算定し、「④会計処理と情報開示」で所定の処理を実施します。 つまり、減損処理というのは段階を踏んで慎重に行われるものであり、ある時点において、どの段階まで進んでいるかがわかれば、その資産グループについて、減損が将来実施されるかどうかを感じ取ることができます。   〈重要な会計上の見積りの注記〔前年度〕〉 この連載の【第6回】で「重要な会計上の見積り」という有価証券報告書の注記事項について説明しました。その注記では、会計上どのような見積りが行われたかについて、翌連結会計年度の連結財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目に関して説明がなされます。 事例の会社の場合、「重要な会計上の見積り」において、のれん等の評価という形で減損手続きに触れています。以下のとおりです。ただし、上記減損注記事例の前年度の有価証券報告書に記載されていた「重要な会計上の見積り」です。 (出所:2022年3月期有価証券報告書) (※) 下線は筆者 上記の注記で重要な点は下線部の2ヶ所です。第一は減損の兆候があると判断したこと、第二は減損損失の認識は必要ないと判断したことです。つまり、先述の減損処理手続きの「②減損損失認識の要否の判定」まで進んだものの、なんとか踏みとどまったというのがこの時点(減損実施直前事業年度末)の状態です。   〈重要な会計上の見積りの注記〔前々年度〕〉 さらに1年さかのぼります。 減損実施の前々事業年度における有価証券報告書で、「重要な会計上の見積り」の注記を確認してみます。やはりここでも豪州製粉事業への言及があります。 (出所:2021年3月期有価証券報告書) (※) 下線は筆者 この注記で重要な部分は、注記の最後にある下線部の「減損の兆候はないと判断しております」という部分です。つまり、先述の減損処理手続きの「①減損の兆候の把握」で問題なしとなり、②には進まなかったことがわかります。 以上を整理すると次のようになります。 (注) 2023年3月期第2四半期で減損実施 2021年3月期においては、減損の兆候はありませんでしたが、「重要な会計上の見積り」の注記に記載されたという意味で、翌連結会計年度の連結財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがあるということが発信されたことになります。 2022年3月期においては、減損損失の認識は不要との結論ですが、減損の兆候が「なし」から「あり」に変わっており、豪州製粉事業の収益性が前年度よりも後退したことを示唆しています。この変化は、連結財務諸表本体には表れませんので、「重要な会計上の見積り」がいかに重要な注記であるかがおわかりいただけると思います。 2023年3月期の減損実施は、このように段階を踏んで減損損失計上に至ったものであり、このケースに限っていえば、直前事業年度末には減損の気配を感じ取ることができたかもしれません。   〈補足〉 「重要な会計上の見積り」の記載内容は、会社によって差があり、本稿で取り上げた事例は丁寧に記載されている部類に入ると思います。すべての会社でこのような記載がなされているわけではありません。 また、経営環境急変により減損損失が突然発生してしまうケースもあり、過年度の「重要な会計上の見積り」の注記に本例のような言及が必ずあるわけでもありません。 減損損失の注記及び「重要な会計上の見積り」の注記は、将来予測に必要十分な注記ではありませんが、両方の注記を合わせ読むことにより、貴重な情報を得ることができることは確かでしょう。 (了)

#No. 519(掲載号)
#石王丸 周夫
2023/05/18

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第141回】株式会社アイ・アールジャパンホールディングス「第三者委員会調査報告書(2023年3月7日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第141回】 株式会社アイ・アールジャパンホールディングス 「第三者委員会調査報告書(2023年3月7日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社アイ・アールジャパンホールディングス第三者委員会の概要】   【株式会社アイ・アールジャパンホールディングスの概要】 株式会社アイ・アールジャパンホールディングス(以下「アイ・アールジャパンHD」と略称する)は、旧株式会社アイ・アールジャパン(現在はアイ・アールジャパンHDの完全子会社。以下「アイ・アールジャパン」と略称する)の単独株式移転の方法により、2015(平成27)年2月設立。事業領域は、「IR・SR活動に専門特化したコンサルティング業(※1)」である。連結子会社2社を有している。売上8,402百万円、経常利益3,477百万円、資本金865百万円。従業員数203名(2022年3月期連結実績)。代表取締役社長・CEOの寺下史郎氏(報告書上の表記は「寺下氏」。以下、寺下社長と略称する)が発行済株式の50.97%を所有する大株主である。本店所在地は東京都千代田区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人PwCあらた有限責任監査法人東京事務所。 (※1) アイ・アールジャパンHD「2022年3月期有価証券報告書」6ページより。「IR」を、「上場企業が広く投資家全般を対象として行うリレーション構築事業」、「SR」を「上場企業が自社の株主を対象として行うリレーション強化事業」として、それぞれ定義している。   【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 2022年11月10日、ダイヤモンド・オンラインにおいて、アイ・アールジャパンHDに関連した、「【スクープ】IRジャパン衝撃の『買収提案書』入手、東京機械の買収防衛でマッチポンプ疑惑」と題する記事(以下「本件記事」という)が掲載された。同記事のリード文では、アイ・アールジャパンHD及びアイ・アールジャパンの元代表取締役副社長・COO栗尾拓滋氏(報告書上の表記は「栗尾氏」。以下、栗尾元副社長と略称する)が2021年春頃、アジア開発キャピタル株式会社(報告書上の表記は「A1社」。以下「アジア開発キャピタル」と略称する)に対して、株式会社東京機械製作所(報告書上の表記は「TKS」。以下「東京機械製作所」と略称する)の買収提案を行っていたことが、ダイヤモンド編集部の取材で分かったとし、「東京機械の防衛アドバイザーを務めたアイ・アールジャパンのトップが、実はアジア開発キャピタルに東京機械の「乗っ取り」をけしかけていたという驚愕の事実が発覚した」と結ばれていた。 アイ・アールジャパンHDは、本件記事に関する事実関係の解明等を目的に、アイ・アールジャパングループから独立した中立及び公正な外部専門家のみで構成された第三者委員会を設置することとし、 2022年12月8日、弁護士4名によって構成される第三者委員会(当委員会)を設置した。 2 第三者委員会による調査の概要 第三者委員会は、本件記事で問題とされたアジア開発キャピタルによる東京機械製作所の買収案件に加えて、天馬株式会社(報告書上の表記は「D社」。以下「天馬」と略称する)の経営陣と創業家との対立にアイ・アールジャパンが関与した案件のほか、「M社案件」「P社案件」及び「R社案件」について調査を行い、アイ・アールジャパンによる営業提案が、不適切行為に当たるかどうかの評価を行っている。 本稿では、第三者委員会が、アイ・アールジャパンによる営業提案は「顧客の利益・信頼を不当に害することにはならない」という評価を下した、「M社案件」「P社案件」及び「R社案件」についての分析は割愛し、残りの2案件について、調査結果を検討したい。 3 アジア開発キャピタルによる東京機械製作所の買収案件(報告書上の表記は「TKS案件」) (1) 案件の概要 本件記事において、アイ・アールジャパンと東京機械製作所との間の契約締結に先立つ2021年春頃、当時の代表取締役副社長であった栗尾元副社長が、アジア開発キャピタルに対し東京機械製作所の買収を提案しており(以下「本件提案」という)、その構図からして、「マッチポンプ」の疑惑がある旨が報じられた。 第三者委員会は、「マッチポンプ」について、アイ・アールジャパンが、買収意思を持たない、又は買収意思が希薄である買収側に対して働きかけ、買収意思を惹起又は助長し、他方で、被買収側で、防衛アドバイス等の案件を獲得するというような、意図的に顧客の利益・信頼を犠牲にしつつ、自らのビジネスを創出する行為を指すものと定義したうえで、一連の行為により、アイ・アールジャパンが、東京機械製作所の利益・信頼を不当に害したかどうかが問題となるとしている。 (2) 調査の検討対象 第三者委員会は、下記の4点に関する事実関係を調査及び検討した。 (3) 第三者委員会による評価 第三者委員会は、事実関係の調査の結果、①栗尾元副社長が本件提案を行ったことを認め、②栗尾元副社長による本件提案は、アイ・アールジャパンの代表取締役の業務執行として行われた可能性が高いと判断したものの、③他のアイ・アールジャパン経営陣が、東京機械製作所との契約締結に際し、マッチポンプの意思を有していたとは認められず、また、栗尾氏による本件提案を認識したうえで、東京機械製作所との契約を締結したとは認められないとして、④アイ・アールジャパンの栗尾元副社長を含む経営陣にマッチポンプの意図は認められなかったが、客観的には、アイ・アールジャパンの一連の行為により、マッチポンプと見られる外形が作られたと認められるという評価を行っている。 そのうえで、アイ・アールジャパンの不適切行為として、栗尾元副社長以外のアイ・アールジャパン経営陣は、栗尾元副社長による本件提案の事実を把握できておらず、これを東京機械製作所に告知できなかったことから、東京機械製作所は、アイ・アールジャパンが、アジア開発キャピタルに本件提案を行った事実があることを知ったうえで、アイ・アールジャパンとアドバイザリー契約を締結するか否かを選択する機会を失ったといえることから、アイ・アールジャパンが、東京機械製作所に対して本件提案の事実を告知せずに、契約を締結した行為は、顧客である東京機械製作所の利益・信頼を不当に害したものであり、不適切行為であったと認められるという判断を示した。 (4) アイ・アールジャパンの利益相反管理体制の問題点 第三者委員会は、東京機械製作所買収案件から見る体制の問題点として、次の4項目を挙げている。 アイ・アールジャパンにおいて取引先管理が杜撰になっていた状況について、藤原豊取締役は、第三者委員会によるヒアリングに答えている。役職員が接触禁止となっていた取引先管理エクセルに「アジア開発キャピタル」が記載されていたにもかかわらず、栗尾元副社長以外にも社員が接触していたことを示す顧客コンタクト履歴が確認された原因として、「アイ・アールジャパンでは、ある会社から大量保有報告書が提出されたら、機械的に電話をすることとなっていた。上記接触も、営業の電話を掛けたのだと思う」と供述したという。 第三者委員会は、アイ・アールジャパンにおいては、社内ルールが徹底されておらず、社内ルールに抵触する営業活動等が日常茶飯事で行われていたにもかかわらず、社内ルールの仕組みそのものが漫然と信頼され、本来実施すべき手順でコンフリクトチェックが実施されなかったと結論づけている。 4 天馬経営陣と創業家の対立案件(報告書上の表記は「D社案件」) (1) 案件の概要 天馬では、2019年12月に発覚したベトナム現地法人における外国公務員贈賄事件(※2)を契機として、創業4兄弟の次男の孫に当たる金田宏常務取締役(当時)と、四男である司治名誉会長(同)が対立して、2020年6月の株主総会で、四男系の司一族(報告書上の表記は「E家側」)が、金田氏ら現経営陣の再任に反対する株主提案を行った。天馬経営陣による取締役選任議案と司家らによる株主提案との間で、委任状争奪戦が繰り広げられ、アイ・アールジャパンは本総会において、天馬経営陣を支援した。結果、株主提案による取締役選任は候補者全員が否決されたものの、経営陣の議案においても、金田宏常務取締役(当時)をはじめ3名の取締役選任が否決され、天馬から創業家出身の取締役は不在となった。アイ・アールジャパンと天馬経営陣との間の契約は、2020年6月30日の経過をもって、有効期間の満了により終了したものの、秘密保持義務は契約終了後から1年間有効に存続していた。 (※2) 事件の詳細については、本連載【第102回】天馬株式会社「第三者委員会調査報告書(2020年4月2日付)」参照。 その後、アイ・アールジャパンは、寺下社長が主導して、司家側と接触を行い、2021年3月頃までには、天馬2021年総会では、アイ・アールジャパンは司家側を支援する契約を締結することを決定したが、弁護士による「守秘義務に違反することがないよう、また、取得済の情報が不正に利用されることのないよう、情報管理の徹底を図ることが案件受任の必須条件である」との回答と社内議論を踏まえ、契約主体を別法人に変更し、かつ、案件対応を行うチームも変更することで利益相反を回避する方法が執られることとなった。最終的に契約当事者がアイ・アールジャパンHDの子会社である株式会社JOIB(以下、「JOIB」と略称する)に変更され、JOIBは、3月8日付で、司家側と契約を締結した。同年6月29日に天馬2021年総会が開催され、取締役(監査等委員である取締役を除く)選任議案については、天馬取締役会による提案が全て可決、司家側による提案が全て否決された。 (2) 第三者委員会による評価 第三者委員会は、事実関係の調査の結果、天馬案件においては、金田家(報告書上の表記は「F家」)と司家との間に極めて大きな利害対立が存在していたこと、天馬2020年総会と2021年総会は案件として実質的同一性が認められること、2020年総会後もアイ・アールジャパンと天馬経営陣との間には信頼関係が継続しており、天馬は、2021年1月頃においても、アイ・アールジャパンが2021年の株主総会において天馬との間の2020年契約と同様の役務提供をしてくれることを期待しており、かかる期待は合理的なものであったこと等、天馬案件特有の経緯及び事情に鑑みれば、天馬2020年総会後も、アイ・アールジャパンは天馬を顧客として扱うことが適切であったという見解を示した。 そのうえで、アイ・アールジャパンによる司家側との2021年契約の締結は、天馬に対して2021年総会においてアイ・アールジャパンから2020年契約と同様の役務提供を受けることができなくなるという不利益な結果をもたらし、また、天馬2020年総会における委任状争奪と実質的に同一又は関連する案件においては、少なくともアイ・アールジャパンが対立相手方である提案株主側の支援を行わないという天馬経営陣の合理的期待を裏切るものであったことから、2021年契約の締結はアイ・アールジャパンの顧客である天馬の利益・信頼を不当に害する可能性のある行為であったと結論づけた。 (3) アイ・アールジャパングループの問題点 第三者委員会は、天馬案件から見る体制の問題点として、次の3項目を挙げている。 第三者委員会は、「② 顧客の信頼を保護する視点の欠如」について、次のようにコメントしている(強調・下線は引用者による)。 そのうえで、寺下社長が司家側と契約を締結することを決めた後、アイ・アールジャパンにおいて行われた議論は、適法性の観点からの検討に止まり、顧客の信頼を保護する適切性の観点が欠如していたことを問題点として指摘している。 5 原因分析(調査報告書83ページ以下) 第三者委員会は、原因分析として、以下の項目について検討を行っている。 第三者委員会が特に問題視しているのが、寺下社長の存在である。すなわち天馬案件から認められる組織上の問題点は、「会社側が2021年総会も引き続きアイ・アールジャパンにPA業務を委託したい意向を持っている」という、利益相反管理において重大な意味を持つ情報が、アイ・アールジャパンの利益相反管理プロセスに共有されたにもかかわらず、誰も寺下社長の意向に反して深く実質的な議論を投げ掛けることができなかったという「内部牽制機能の不備」であり、この不備をもたらした原因として、寺下社長がアイ・アールジャパンHDの株式の過半数を保有する支配株主であり、代表取締役社長兼CEOという「絶対的権力者」であって、寺下社長の部下に当たる業務執行取締役による内部牽制機能には自ずと限界があることを指摘している。そのうえで、「内部牽制機能の不備」は、取締役会、社外取締役を中心とした監査等委員会、常勤監査等委員といったガバナンス機関による牽制の不全に原因があったと考えられると結論づけている。 6 再発防止に向けた提言(調査報告書92ページ以下) 第三者委員会は上記の原因分析を踏まえて、次の5項目に及ぶ再発防止に向けた提言を行っている。 ここでも、第三者委員会が提言した「寺下社長に対する牽制」について見ておきたい。第三者委員会は、社外取締役の果たすべき役割について、次のように述べている。 さらに第三者委員会は、調査報告書の最後「総括」の中でも、「再発防止策を実施するためのアイ・アールジャパンの土壌」という項目を設けて、社外取締役には、少数株主保護のためのリスクマネジメントに十分配慮することが期待されていると述べたうえで、アイ・アールジャパングループにはコーポレート・ガバナンスやリスクマネジメントヘの造詣の深い社外取締役が存在していることを挙げている。   【報告書の特徴】 ダイヤモンド・オンラインが「マッチポンプ」と評した記事を受けて設置された第三者委員会は、調査報告書の冒頭で、「マッチポンプ」の定義を広辞苑から引用するとともに、「顧客の利益・信頼を不当に害することは不適切な行為」であるという視点から、検討を行っている。第三者委員会による調査結果は、自らMBOによって会社のオーナーとなり、数々の成功体験を重ねてきた絶対的権力者である寺下社長が率いて、敵対的買収行為に対する唯一無二のコンサルティング会社とも目されてきたアイ・アールジャパングループの今後の経営戦略にどのような影響があるかも含めて、大いに注目を集めている事案である。 1 アイ・アールジャパンHDによる再発防止に向けた取組み (1) 再発防止委員会の設置 アイ・アールジャパンHDは、3月13日、「『再発防止委員会』の設置に関するお知らせ」をリリースして、第三者委員会からの調査報告書の提言を真摯に受け止め、再発防止に向けた具体的な取組内容を速やかに検討し、確実に実行していくため、「再発防止委員会」を設置したことを公表した。 再発防止委員会の構成は以下のとおりであるが、必要に応じて社外有識者(弁護士等)にオブザーバーとして参加してもらうことを考えているとのことである。 (2) 役員の異動―新任社外取締役(常勤監査等委員)候補者追加選任 次いで、3月30日、アイ・アールジャパンHDは、「役員の異動(新任社外取締役(常勤監査等委員)候補者追加選任)に関するお知らせ」をリリースして、コーポレート・ガバナンス体制の更なる強化を図ることを目的として、株式会社本田技術研究所で取締役管理担当兼コンプライアンスオフィサーを務めた経験のある木村晃氏を、新任の社外取締役(常勤監査等委員)とすることを公表し、2023年6月開催予定の定時株主総会の承認をもって、正式に決定するとした。 (3) 利益相反管理体制等 さらに、同日、アイ・アールジャパンHDは、「当社グループの利益相反管理体制等に関するお知らせ」をリリースして、再発防止策の検討過程、再発防止策の内容及びその実施状況を公表した。再発防止策の検討過程としては、上記(1)の再発防止委員会の開催状況などが説明され、再発防止策の内容及びその実施状況としては、次の2項目について詳細が明らかにされた。 2 役員報酬の減額 一連の再発防止策の公表と同日、アイ・アールジャパンHDは、「役員報酬の減額に関するお知らせ」をリリースして、第三者委員会の調査結果及び当期の一連の調査について真摯に受け止め、その経営責任を明確にするためとして、2023年4月から9月までの6ヶ月間、寺下社長の月額報酬を50%減とすることをはじめ、グループ各社を含めた役員報酬の減額を公表した。 3 第三者委員会委員長山口利昭弁護士へのインタビュー ダイヤモンド・オンラインは、5月5日、「IRジャパンの“闇”にメスを入れた第三者委員会委員長が激白!寺下社長「絶対的権力者」の実態」と題する記事を公開した。 記事では、山口弁護士が、栗尾元副社長の動機について、元副社長自身が「会社の事業のために行った」と言っていることや東京機械製作所は、栗尾元副社長がアジア開発キャピタルに買収提案していたことを知っていれば、アイ・アールジャパンにアドバイザリーを依頼することはなかったと明確に回答していることなど、報告書には明示されていない事実を答えている。 さらに、山口弁護士は、アイ・アールジャパンHDが公表した再発防止策について、「意思疎通を図ります」という言葉だけでは足りないことを指摘し、会社にとって不都合な情報も取締役会に開示するレポート体制をしっかり整えるべきで、再発防止策ではその点が不十分だという意見を表明している。 (了)

#No. 519(掲載号)
#米澤 勝
2023/05/18

給与計算の質問箱 【第41回】「給与明細の電子交付における注意点」

給与計算の質問箱 【第41回】 「給与明細の電子交付における注意点」   税理士・特定社会保険労務士 上前 剛   Q 当社では紙の給与明細書を従業員に渡していますが、給与計算ソフトを刷新して今後はWEB給与明細を交付(電子交付)する予定です。WEB給与明細を交付するにあたり注意点があればご教示ください。 A 注意点としては、以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 従業員からの事前承諾 会社は、従業員に給与明細を書面で交付するほか、従業員の事前承諾を得ることで電磁的方法により提供(以下、電子交付)することができる(所法231②)。 給与明細の電子交付について、会社が従業員に事前承諾を得る際の記載事項や書式等に法令上の定めはないが、次のような事項を従業員に示し、電子交付について承諾する旨、承諾日、氏名等を記入してもらう。 また、会社が承諾の期限を定め期限までに回答がなかった場合には承諾があったものとみなす旨を事前に通知することで、回答がなかった場合には承諾があったものとみなすことができる(所規95の2②)。   2 電子交付の要件 電子交付にあたっては、次の基準を満たしている必要がある。   3 従業員から書面交付の請求があった場合 会社は、従業員から給与明細を書面で交付するよう請求があった場合(例えば、2023年5月分の給与明細を書面でもらいたい、2023年6月分以後の給与明細は書面でもらいたい等)には書面で交付しなければならない(所法231②)。   (了)

#No. 519(掲載号)
#上前 剛
2023/05/18

税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第41回】「鑑定評価における条件とは」~条件の設定はどのような場合に許されるか~

税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第41回】 「鑑定評価における条件とは」 ~条件の設定はどのような場合に許されるか~   不動産鑑定士 黒沢 泰   1 はじめに 鑑定評価額は評価の前提条件により異なってくる場合があります。 同じ土地を評価するにしても、例えば、隣接土地の所有者が購入する場合とそれ以外の不特定の人が購入する場合とでは、価格が異なっても何ら不合理でないケースがあります。 仮に、評価対象地の隣接土地が形状の悪い土地であったとします。隣接土地の所有者が対象地を買い取って一体利用することにより、もともと所有していた土地が形状の良い土地の一部となり、使い勝手も著しく向上するということになれば、他の人よりも少々割高な価格で購入しても損はないといえます。 このように、「隣接者が購入することを前提とした場合の価格は〇〇〇〇万円」であるとか、「市場において不特定多数の人が購入を検討する場合の価格は〇〇〇〇万円」であるという具合に、条件次第で評価額が異なることがあり得る点に鑑定評価の特徴があります。 今までの連載では、「鑑定評価の条件」そのものに関しては立ち入った説明をしてこなかったため、今回、その意義を改めて振り返ってみたいと思います。   2 鑑定評価の条件とは 不動産鑑定評価基準(以下、「基準」と呼びます)では、「条件」そのものの定義は行っていませんが、実務的には(既に述べた内容からも察せられるとおり)鑑定評価額を求めるに当たっての前提という意味合いのものとなります。そして、基準では、「鑑定評価の条件」につき、次の3つの観点からその対象を捉えています(基準総論第5章第1節Ⅰ~Ⅲ)。 以下、それぞれについて解説を加えます。   3 対象確定条件 ~対象不動産の確定に当たって必要となる鑑定評価の条件 (1) 考え方 対象不動産の所在や面積、評価の対象範囲等を最初に確定させておく必要があります。 特に、評価の対象範囲については次の点が基本的かつ重要となります。 また、不動産には賃借権をはじめとする様々な権利が設定されていることがあるため、 鑑定評価に当たっては、これを所与とした(=現況どおりの)状態で評価するのか、権利が付着していない状態を前提として評価するのかを明確にしておく必要があります。 このように条件次第で価格の捉え方も異なることから、鑑定評価に条件を付す場合は、依頼者に誤解を与えたりその利益を害したりすることがないよう、鑑定評価の受付時に依頼者と協議の上、合理性を満たすものに限って付すべきものとされています。そして、不動産鑑定士にとっても、「このような前提条件で評価を行えば〇〇〇〇万円という評価額となる」という趣旨を鑑定評価書に記載することにより、責任の範囲を明らかにするという意味合いを有しています。 (2) 具体例 対象確定条件に関する具体例としては次のようなものがあります。   4 地域要因又は個別的要因についての想定上の条件 ~対象不動産にかかる価格形成要因についての想定上の条件 (1) 考え方 既に述べてきたとおり、鑑定評価の前提条件は必ずしも現況に一致しなければならないというわけではありません。このことは対象確定条件に限ったものではなく、これから述べる地域要因及び個別的要因に関しても同様です。ただし、それが合法性や実現性等の観点から妥当と認められ、鑑定評価の利用者の利益を害しないものであることが何よりも先に求められます。 例えば、都市計画の策定やこれに関する諸規制の変更、改廃に権能を有する公的機関(都道府県、政令指定都市等)の確定的な計画が存しないにもかかわらず、「用途地域が準工業地域から第2種低層住居専用地域に変更されることを想定して」というような条件を付した鑑定評価は合法性や実現性を欠くため、不適切なものとなります。 (2) 具体例 このほかに、鑑定評価で付す条件が不合理又は非現実的なものに該当するケースとしては、次のようなものがあげられます。   5 調査範囲等条件 ~対象不動産の価格形成要因についての調査の範囲にかかる条件 (1) 考え方 不動産鑑定士の通常の調査の範囲では対象不動産の価格への影響を判断するための事実の確認が困難な特定の価格形成要因が存在する場合、これについて調査範囲から除外して鑑定評価を行うことができることとされています(このような規定も平成26年基準改正時に新設されました)。ただし、調査範囲等条件を付した場合でも、例えば、対象地が土壌汚染対策法上の要措置区域(又は形質変更時要届出区域)に指定されているか否か等の役所調査を行った結果を鑑定評価書に記載しておくことが、不動産鑑定士にとって最低限求められています。 (2) 具体例 調査範囲等条件を付すことが許容される場合としては、次のようなケースがあげられています(不動産鑑定評価基準運用上の留意事項Ⅲ1(2)③ア)。 また、調査範囲等条件を設定しても鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないと判断される場合の例としては、「不動産の売買契約等において、当該価格形成要因に係る契約当事者間での取扱いが約定される場合」をはじめ、いくつかのケースがあります(不動産鑑定評価基準運用上の留意事項Ⅲ1(2)③イ)。   6 まとめ 「鑑定評価の条件」などというと、いかにも形式的で堅苦しい印象で受け止められがちですが、今回の解説で少しでもイメージをつかんでいただければ幸いです。 鑑定評価書には、「条件」ということばが登場しても、改めてその解説がなされている ケースはむしろ少ないと思われますが、依頼者(あるいは鑑定評価書の読み手)にとっても、鑑定評価に「条件を付す」ことの意味を十分理解しておきたいものです。 (了)

#No. 519(掲載号)
#黒沢 泰
2023/05/18

〈知識ゼロからでもわかる〉 NFTとその利活用 【第2回】「NFTの利用方法」

〈知識ゼロからでもわかる〉 NFTとその利活用 【第2回】 「NFTの利用方法」   東京ハッシュ株式会社 代表取締役 段 璽 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴   1 はじめに 本連載では、NFTの入門知識を整理している。【第1回】では、NFTの定義と性質、ブロックチェーンとの関係、長所と短所、NFTユーティリティとNFTコレクションについて解説した。今回は、若干の技術的背景も交えつつ、NFTを実際に利用する方法について解説する。   2 NFTのライフサイクル NFTのライフサイクルイベントとして、定義、発行(Mint)、移転(所有者の変更)、メタデータ変更、廃棄がある。 NFTはブロックチェーン上で発行されると、誰かがその所有権を持ち、自由に移転することができる。その後は、取引等を通じて移転が繰り返される。対応するメタデータが書き換えられることもある。ライフサイクルの終了は、誰も移転できない状態にNFTが置かれた場合に訪れ、技術的には可能だが、意図的に行うケースは少ない。 (1) 定義 ブロックチェーンはある種のコンピュータと捉えることができる。その中で特定の仕様に沿ったNFTを定義することができる。平たく言い換えれば、ブロックチェーンが特定のNFTの存在や仕様について「知っている」という状態である。 新しいNFTをブロックチェーン上で定義することは、基本的に誰でも可能である。ブロックチェーンによっては、プログラミングさえ必要としないほどに周辺ツールが揃っている。主な選択項目は、どのブロックチェーン上に発行するか、どのようなメタデータをどういった形で保管・提供するか、同じ銘柄のNFTをいくつ発行するか、どのような発行条件を定めるか等である。 ノーコードでNFTを定義するにしても、大抵の場合、実際にはNFTの仕様を体現する新たなスマートコントラクト(ブロックチェーン上で実行可能なコンピュータプログラム)にパラメータを与えて、そのコントラクトを実行可能な状態に置く操作(デプロイメント)を行う。デプロイメントに際しては、ブロックチェーン上での実行手数料として「トランザクション手数料」が課される場合がある。 メタデータは任意のデジタルデータであり、画像や音声、動画が代表的である。またNFTコレクションにおいては、「特性(Traits)」がメタデータとして設定されていることもあり、各NFTに個性を持たせるとともに、「レア度(Rarity)」の根拠にもなる(※1)。メタデータ自体は通常ブロックチェーンには記録されず、代わりにクラウドストレージに保管され、NFTのコントラクトにはリンクのみが書き込まれる。 (※1) 例えば、NFTコレクションの「Bored Ape Yacht Club」(BAYC)に属するNFTには、様々な特徴が設定されている。 (2) 発行 NFTのコントラクトには、いくつかの操作ができる「関数」が備わっている。その1つに「発行」があり、これを呼び出して実行に成功すれば、晴れて実際のNFTを誰かが所有することができる。技術的には、特定のNFTに対する所有者のID(アカウント/アドレス)がNFTのコントラクトに書き込まれる。 NFT発行の操作自体は、NFTの設計側が行うとは限らず、一定の条件をクリアした利用者に発行権利を付与するケースも多々ある。例えば、特定のTwitterアカウントをフォローする、特定のNFTコレクションを保有する等の条件がある。 (3) メタデータの変更 繰り返しになるが、NFTはメタデータに対する所有権であり、永続的であるのも所有権である。メタデータとしてのリンク先の画像データが永続的・変更不可能であるかは、また別の問題である。 前回紹介したCryptoKittiesではメタデータの変更は意図されていない。一方で、2021年に一世を風靡したNFTコレクション「Bored Ape Yacht Club (BAYC)」では、類人猿のイラストと特徴が主なメタデータとなっているが、メタデータの変更が積極的に設計意図として組み込まれている。例えば、NFTの所有者が「バイブス(Vibes;空気感、ノリ)」をメタデータの一部として設定できるような変更が、NFT発行後に導入されたことがある。また、福袋のように、メタデータが不明な状態でNFTを販売し、販売後しばらくしてからメタデータを明かす「リビール(Reveal)」という手法も1つの典型的なパターンである。   3 入手 利用者がNFTを入手するには、前述の通り発行権を取得して自ら発行するか、または有償/無償で譲渡を受ける。特定のNFTプロジェクトや知人から発行権またはNFTそのものを購入するケース、知人から譲渡されるケース、必ずしも知人でない者から、時に意向に関係なく譲渡を受けるケース(エアドロップという)がある。 いずれにしても、NFTを所有するには、ブロックチェーンのアカウント(あるいはアドレス)が必要になり、これを管理するツールとして「ウォレット」を利用する。   4 保管 NFTは他の暗号資産と同様にウォレットに保管する。ウォレットはブロックチェーンのアカウント/アドレスを安全に管理するための製品である。 NFT保管の原則は、NFTに対応し、かつ信頼できるウォレットを選択し、秘密鍵と回復フレーズを安全に管理するとともに、高価なNFTはハードウェアウォレットに保管することである。   5 おわりに 本稿では、NFTのライフサイクルを中心に、利用における仕組みを解説した。従来のモノやサービスとはかなり異なる部分があり、それらに注意を払うことで、新しい形のビジネスモデルや市場を効果的に捉えることができるため、是非基本知識として押さえていただきたい。 【第3回】(最終回)では、NFTのビジネスモデルと市場について解説する。   (了)

#No. 519(掲載号)
#段 璽、松澤 公貴
2023/05/18

《顧問先にも教えたくなる!》資産づくりの基礎知識 【第1回】「ちょっとうんちく“NISAの歴史”」

《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第1回】 「ちょっとうんちく“NISAの歴史”」   株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝   ◇◆◇連載開始にあたって◇◆◇ 本連載は読者の方のご自身の資産づくりはもちろんのこと、顧問先から何かと相談されることの多い税理士の方が、個人の資産づくりについて質問・雑談があった際に、お話の1つのテーマや参考として活用いただけるような資産づくりの知識を紹介する連載となっています。 今後、本連載ではNISAをはじめとした金融商品に関する基礎知識や知って得する情報、その他興味深い資産づくりの話題を取り上げていく予定ですので、気になるテーマがあればチェックしてみてくださいね。   〇はじめに 2014年に日本に導入されたNISAは、10年の時を経て2024年から新NISAとなり、さらにパワーアップします。岸田首相が打ち出す資産所得倍増計画の7つの柱の中でも、第1の柱に据えるのがNISAの拡充ですから、その重要性は想像に難くありません。 最近は、新聞や雑誌、あるいは街中であっても頻繁にNISAという言葉を目にします。「投資をした時に、税金が得する制度」といった認識はすでにお持ちであると思いますが、実際にNISAを活用している人は、それほど多くはありません。 しかし、NISAの歴史をひもとくと、数ある金融商品の単なるオプションではなく、すべての日本人にとって持つことが必須の金融口座であると理解できるでしょう。   〇NISA(少額投資非課税制度)にある2つのメッセージ まずNISAの名前の由来から見ていきましょう。NISAの日本語表記は「少額投資非課税制度」です。漢字表記の方が、意味が伝わりやすいと思いますが、この言葉には2つのメッセージが含まれています。 1つ目のメッセージは、投資はまとまった資金がある人だけがするものではなく、むしろ少額から投資をする方が良いのだということです。つまりお金持ちのための制度ではなく、普通の人が当たり前に投資を行い、豊かさを手に入れるための制度であるということです。 そして2つ目のメッセージは、投資における様々なハードルを非課税という特典を提供することで越えさせようという国の強い想いです。投資は市場の動きによりその価値が上がったり下がったりしますが、短期での運用を諦めるのではなく長期で資産を成長させる姿勢を促そう、そのために特典をつけようという工夫です。 「貯蓄から投資へ」というスローガンは、2000年に金融庁が設置されてすぐに掲げられました。まさに金融庁がスタートして以来、ずっと取り組んできたことがこの言葉に集約されているといってもよいでしょう。   〇間接金融から直接金融へ 「貯蓄から投資へ」を言い換えると、「間接金融から直接金融へ」となります。間接金融とは、銀行を通じた投資です。銀行の役割の1つとして企業への融資がありますが、この資金は私たちの預金です。つまり、私たちは銀行を通じて企業に投資をしていることになります。 戦後からバブル期における日本においては、この間接金融の仕組みが極めてうまく回っていました。銀行が成長の期待ができる企業に融資を行うことで企業が成長し、その恩恵として私たちはより便利な暮らしを手に入れました。また企業の成長は雇用を生み、賃金上昇をもたらし、私たちの暮らし向きはますます良くなりました。 〈間接金融のイメージ〉 しかし、時は流れバブルが崩壊すると、銀行が変わり始めました。小説などでもよく知られる「貸し剥がし」や「貸し渋り」が起こります。それにより、潜在的成長力を秘めた日本の企業へ適切な資金が回らなくなります。一方「晴れの日に傘を貸す」という言葉に代表されるように、安全性重視の融資が優先されることで、日本の経済成長率の低下が加速しました。 日本の経済成長が低迷しデフレが長引く中、日本では預金神話が根強く残りました。金利はすでにゼロであるにもかかわらず、バブル期の高金利のイメージが拭いきれず銀行なら大丈夫という根拠のない考えが継続しました。またそれは、デフレにより物の値段が下がったことで、預金の購買力維持につながり、結果的に預金至上主義を助長することにつながりました。 国際比較をするとこの間の日本人の経済力の低下は一目瞭然です。それを示すのが、金融庁が様々な場面で紹介する以下の図です。米国・英国と比較し日本の金融資産額においては運用リターンによって得た物が圧倒的に少ないことが見て取れます。 (※) 金融庁「人生100年時代における資産形成」の事務局資料より抜粋 要は日本人の資産は、預金に偏りすぎていて、適切な投資を行っていないため、増えなかったということです。ここでの投資を別の言葉で言い換えると「直接金融」となります。これは、個人が自身の考えで企業を選びそこに投資をすることで、その企業の成長の果実を得ることをいいます。 アメリカにおいては、人々が新しい技術やサービスを提供するベンチャー企業に直接投資をすることにより、経済がどんどん発展したという例がその効果を証明しているとも言えます。   〇NISAの原型となるイギリスの制度「ISA」 実際日本はアメリカの成功事例に習い、「401k」という老後の資産形成の仕組みを確定拠出年金として2001年に導入しました。こちらは厚生労働省管轄の私的年金制度なので、金融庁が注目したのはこれとは別のイギリスの制度である「ISA」でした。 ISAは正式には「Individual Savings Account」といい、1999年よりイギリス国民のお財布として普及してきた制度です。Savingsとは貯蓄という意味ですが、実際イギリスにおいては、ISAの対象となる金融商品は幅広く、株や投資信託といったもの以外にも預金や保険もISA口座での運用が可能で、そこで得た利益がすべて非課税となります。 貯蓄口座なので流動性も高く、いつでも引き出しが可能という点も国民からの支持を集めました。子どもの教育資金や住宅資金、あるいは家族のレジャー資金など用途や引き出し時期に制限がないため、「まずはISA口座を持つ」という意識が広がり普及したと言われます。   〇NISAをめぐる金融庁と金融機関のぶつかり合い 冒頭NISAは10年の時を経て新しいNISAに生まれ変わるとお伝えしましたが、もちろんこの10年は決して平坦なものではありませんでした。金融庁は、投資による国民の健全な資産形成を願いながら、しばしば金融機関と激しくぶつかり合いました。 当時低金利で「売り物がない」金融機関は、毎月分配型の投資信託で手数料を稼いでいました。利益の分配が行われることは普通ですが、金融庁が問題視したのは「毎月」という点です。特に「年金のように毎月分配金が入る」と謳い高齢者に販売している姿勢を批判したのです。 当時の毎月分配型の投資信託には、元本を取り崩して分配金を出すものもありました。利益の分配金は、「普通分配金」と呼ばれており、これはもちろん課税対象ですからNISA口座で購入をすれば非課税メリットを得ることができます。 一方で元本を取り崩して行われる分配金は「特別分配金」と呼ばれ、これをもNISA口座で購入すれば非課税メリットが受けられるから良いのだというシナリオを用いたのです。特別分配金というと、なにか得をしているように思いがちですが、要は損失です。最近では「元本払戻金」と呼ぶように指導されていますが、当時はNISAを隠れ蓑に金融機関が不適切な営業を展開しているのではないかと金融庁は強い言葉で批判していました。 そこで登場したのが2018年のつみたてNISAです。ここでは、金融庁があらかじめ販売できる投資信託を厳選し金融機関の都合で顧客に金融商品を売らないようにと牽制したのです。筆者がどこの金融機関にも属さない独立系ファイナンシャルプランナーとして金融庁より「有識者コラム」の連載執筆を求められたのはちょうどこの頃です。 少額投資非課税制度は、イギリスのISAに習い、日本の「N」を頭につけてNISAと名付けられました。2014年に一般NISAが始まり、2018年につみたてNISAが追加され、2024年からは新NISAとして2つのNISAが統合されます。この10年の歴史は、単なる政治的キャンペーンでも金融機関のトレンドでもなく、国民の豊かな暮らしを願う国と、それを支えようとする金融庁が、独自の利益追求に走りがちな金融機関と闘ってきた歴史だと思うと、少し興味もわくのではないでしょうか? NISAの口座開設で、この制度をご自身の人生に取り込んでみてください。 (了)

#No. 519(掲載号)
#山中 伸枝
2023/05/18

プロフェッションジャーナル No.518が公開されました!~今週のお薦め記事~

2023年5月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.518を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2023/05/11

酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第119回】「節税商品取引を巡る法律問題(その13)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第119回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その13)」   中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦     Ⅹ 広報活動と納税者への情報提供 1 政府広報 内閣府大臣官房政府広報室(以下「政府広報室」という。)では、国民と政府を結ぶために、国の重要施策を国民に伝える「広報」活動を行っている。 国民の暮らしに密接に関係する国の施策を進めていくためには、国民の理解・協力が欠かせないことから、政府は広報活動に力を入れている。政府広報は、国の施策について国民に理解してもらうための活動として位置付けられる。 政府広報室では、新聞・雑誌、インターネット、テレビのスポットCM、ラジオ、海外向け広報誌など、様々な媒体を通じて広報活動を展開しているようである。 例えば、政府広報オンラインは、政府広報室が運営する「国の行政情報に関するポータルサイト」を指すが、政府の「政策課題」「施策・制度」「取り組み」の中から、国民生活に身近な話題や政府の重要課題をピックアップし、記事や動画などで、国民に分かりやすく伝えることを目的としている。 政府広報オンラインには、政府の施策や取組みなどを解説した記事や動画、政府広報室が実施した新聞・雑誌広告、ラジオ番組、スポットCMなどの「政府広報」、各府省のウェブサイトに新たに掲載された主な情報など、行政施策情報が掲載されている。 2 国税庁による広報活動 国税庁は広報活動を行うことによって、納税者に的確な情報を提供している。 広報活動には、情報を対象に向けて発信するという具体的行為のイメージが強いが、広い意味では、広報活動には、外部への情報発信活動のほか、外部の意見に耳を傾けたり調査をするという意味での広聴活動も包摂される。すなわち、対外的情報発信活動と同時に、行政の正確な判断と、軌道修正、適切な再発進に役立つように外部の現状変化や社会の要請を聴き取るなど広く行政外部から情報を集める活動も重要である(※1)。 (※1) 岩井義和「行政広報の意義」外山公美編『行政学』189頁(弘文堂2011)。なお、広報概念については、巽健一「『広告』とその類縁概念(広報、PR、宣伝)の関係について」広報科学45集140頁(2004)も参照。 そこで、まず、国税庁の広報広聴活動について簡単に見ておきたい。 財務省が発表する「令和4事務年度 国税庁実績評価の事前分析表」(※2)によると(※3)、国税庁は、納税者サービスに係る「実績目標の内容及び目標設定の考え方」として、次のように示す。 (※2) 財務省HP〔令和5年2月6日訪問〕参照。 (※3) 国税庁の実績の評価については、国税庁HP〔令和5年2月6日訪問〕を参照。 また、業績目標として、「広報・広聴活動等の充実」の中で、「国民各層・納税者の方々の視点に立った情報の提供に努めるとともに、租税の意義・役割、納税意識の重要性や税務行政についての理解・協力を求めます。また、国民各層・納税者の方々の意見・要望等を聴取し、事務の改善に努めます。」としている。 加えて、「租税の意義・役割や納税意識の重要性、税務行政における様々な取組などについて、国民各層・納税者の方々からの幅広い理解や協力を得るため、広報・広聴活動を行い、租税教育の充実や公開講座の開設等による租税に関する知識の普及を図るほか、関係民間団体との協調関係の推進などにも取り組みます。」としている。 そして、国民各層・納税者の方々への広報活動の充実の取組内容として、具体的に次のような取組みを紹介している。 かような取組みの効果が表れているのか、納税者サービスに関する納税者の満足度は高いようである(※4)。 (※4) 平成30年度に実施した「アンケート調査による主な測定指標」によると、「納税者サービスの充実」 についての納税者の満足度が国税庁HPにアンケート調査として公表されている〔令和5年2月6日訪問〕。 3 小括 このような政府が行う情報提供の充実も国民の租税リテラシーの向上に一役買っているものと思われるが、プル型情報だけでなく必要な情報が政府の側から国民の側に届くような的確なプッシュ型情報が求められるところである。 (続く)

#No. 518(掲載号)
#酒井 克彦
2023/05/11

谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第14回】「国税通則法23条(3)」-後発的理由の意義と範囲-

谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第14回】 「国税通則法23条(3)」 -後発的理由の意義と範囲-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   国税通則法23条(更正の請求)   国税通則法施行令6条(更正の請求)   1 特別の更正の請求の趣旨と後発的理由の意義 国税通則法が23条2項で特別の更正の請求を定めた趣旨は、前々回1でみたように、「期限内に[減額更正を請求する]権利が主張できなかつたことについて正当な事由があると認められる場合の納税者の立場を保護するため、後発的な事由により期限の特例が認められる場合を[個別税法で規定されていた場合よりも]拡張し、課税要件事実について、申告の基礎となつたものと異なる判決があつた場合その他これらに類する場合を追加する」(税制調査会「税制簡素化についての第三次答申」(昭和43年7月)54頁)ことにあった。 前回は3で、このような趣旨を踏まえ、特別の更正の請求に係る後発的理由発生要件について、当該理由が法定申告期限後に発生すること(時間的要素)とやむを得ない理由であること(性質的要素)の2つの要素によって構成されることを述べた。今回は、これらのうち性質的要素について裁判例を素材にして「やむを得ない理由」の範囲を検討することにする。 その前に、ここでは、上記の時間的要素に関する前回の検討を若干補足しておきたい。すなわち、前回はこの要素を1項更正の請求及び2項更正の請求の呼称に関して検討し「通常の更正の請求」及び「特別の更正の請求」という呼称が適切である旨を述べたが、ここでは、この要素の内容について以下のとおり補足しておくことにする。 後発的理由は、確かに、法定申告期限後に発生するものであるが、ただ、法令の規定に則して精査すると、ここでいう「発生」には2通りの意味があることが判る(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【135】(ハ)のほか、野一色直人『国税通則法の基本』(税務研究会出版局・2020年)17頁、志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解(令和4年改訂・17版)』(大蔵財務協会・2022年)370頁参照)。1つには、法定申告期限後に生じた事実(後発的事実)に基因して、過誤要件が新たに充足される場合(税通23条2項1号・3号、同令6条1項1号~4号)があり、もう1つには、後発的事実の発生を契機にして、過誤要件が(税法の正しい解釈適用を前提にすると)原始的に充足されていたことが、確認される場合(税通23条2項2号、同令6条1項5号)がある。 後者の場合における後発的理由による過誤(過誤要件の充足)は、むしろ、納税申告又は決定の原始的過誤としての性質をもつとみてよかろう。国税通則法は後者の場合における特別の更正の請求については、更正に係る期間制限の特例を定めておらず、その限りで通常の更正の請求と同様に取り扱っているが(71条1項2号、同令30条、24条4項参照)、この取扱いは後者の場合における後発的理由による過誤のそのような性質を考慮したものと解される(前掲拙著【135】(ハ)参照)。   2 「やむを得ない理由」の意義と範囲 「やむを得ない理由」の意義について、特別の更正の請求の前記の趣旨に照らせば、少なくとも(税通23条2項各号に共通する内容としては)、後発的事実が納税者(更正の請求者)の意思ないし意図に基づいて生ずるものでないこと、及び後発的事実の発生が納税申告時又は決定時には納税者にとって予知し得なかったこと、を意味するものと解される(前掲拙著【135】(ホ)参照)。これを要するに、更正の請求者の帰責性の欠如が認められること、といってもよかろう(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)868頁[初出・1995年]も参照)。 「やむを得ない理由」は、国税通則法23条2項3号で用いられている文言であるが、同号が「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前2号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」(下線筆者)と定めていることからすると、同項1号及び2号に定める場合も「やむを得ない理由」(更正の請求者の帰責性の欠如)が認められる場合を意味するものと解される。このことは下記の判例でも前提とされていると考えられる(下線筆者。この点に関する考え方については、異なる考え方も含め、高橋祐介「判批」税法学550号(2003年)127頁、135-140頁、岡村忠生「判批」判例評論551号(2005年)2頁、6-7頁、木山泰嗣『国税通則法の読み方』(弘文堂・2022年)162-167頁参照)。 なお、上記ⓐの判示は「法23条1項所定の期間内に更正の請求をしなかったこと」につき「やむを得ない理由」を問題にしているが、これを一見すると、国税通則法が23条2項各号所定の理由とは別に、同条1項所定の期間の経過それ自体につき「やむを得ない理由」を要求する判示であるかのようにも読めなくはない。しかし、前記1でみた特別の更正の請求の趣旨からすると、後発的理由の性質的要素を問題にする判示であると解される(前掲拙著『税法基本講義』【135】(ヘ)参照)。 以上のような理解に従って、以下では、「やむを得ない理由」該当性が争われた裁判例をいくつか検討することにする(より多くの裁判例を検討するものとして、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)1441頁の4以下、日本弁護士連合会日弁連税制委員会編『国税通則法コンメンタール 税務調査手続編』(日本法令・2023年)70頁以下[戸田智彦執筆]参照)。なお、以下では、国税通則法23条2項各号に定められた理由をそれぞれ「1号理由」、「2号理由」及び「3号理由」ということにする。 ① 1号理由(判決等) 前記ⓐは、「自らの主導の下に、通謀虚偽表示により本件遺産分割協議が成立した外形を作出し」た納税者が当該遺産分割の無効確認判決の確定後にした更正の請求につき、当該判決が「判決」に該当しないと判断したが、当該判決は、いわゆる馴合訴訟による判決(下記ⓑ。下線筆者)ではないものの(ⓐの第一審・熊本地判平成12年3月22日税資246号1333頁・裁判所ウェブサイトはこの点を重視して「判決」に該当すると判断した)、更正の請求者の帰責性の欠如という意味での「やむを得ない理由」が認められないという点では共通していることから、下記ⓑと同じく妥当な判断である。 馴合訴訟に準じるような訴訟による判決についても同様の判断が示されているが(高松高判平成23年3月4日訟月58巻1号216頁参照)、下記のⒸも判示するとおり(下線筆者)、「判決と同一の効力を有する和解」である裁判上の和解についても同様の判断が妥当する。 ② 2号理由(帰属認定変更処分) 国税通則法23条2項2号は、「帰属」(課税物件の人的帰属)という課税要件に該当する事実の認定が、納税義務の確定手続において変更された場合を定めている。「その申告をし、又は決定を受けた者に帰属するものとされていた所得その他課税物件」に係るその変更前の事実認定は、当該課税物件が「他の者に帰属するものとする」その変更後の事実認定が「当該他の者に係る国税の更正又は決定」で維持されるときは、当初から誤っていたことになるので、これによる当初の納税申告又は決定の過誤(過誤要件の充足)は原始的過誤であるが、国税通則法は、当該他の者に係る更正又は決定が行われたという後発的事実に基因してその原始的過誤が確認されたものとみて、通常の更正の請求と同様の取扱いを定めているのである(前記1参照)。 この規定については、その趣旨を次のとおり判示し(下線筆者)、「原告Xに帰属するものとされていた所得がAら3名に帰属するものとするAら3名に係る所得税の更正」を2号理由としてXによる更正の請求を認めた裁判例(下記Ⓓ)がある(他の適用可能事例については野一色・前掲書21頁参照)。 この判示は、異なる納税者に係る納税義務の確定手続において同一の課税物件の人的帰属に係る異なる事実認定が「放置」され、その結果、同一の課税物件について異なる納税者がそれぞれ課税されることになることを問題にしているが、その事実認定の変更後に課税処分(帰属認定変更処分)を受けた他方の納税者が自己に対する課税処分を争うかどうかは、当然のことながら、専らその者の判断にかかっており、一方の納税者の意思によって決することはできないのであるから、当該他の納税者に対する課税処分を更正の請求者の帰責性の欠如という意味での「やむを得ない理由」の1つとして定めることは合理的である。 ③ 3号理由(政令所定理由) 国税通則法23条2項3号は、「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前2号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」を規定し、「やむを得ない理由」の定めを政令に委任しているが、同法施行令6条1項2号及び3号はこれを定めるに当たって「やむを得ない事情」という文言を用いている。これは、内容的には、更正の請求者の帰責性の欠如を意味するものと解され、立法技術上「やむを得ない理由」とは異なる表現を用いたにすぎず、いずれも税制調査会・前掲答申にいう「正当な事由」に由来すると考えられる。 「やむを得ない事情」(税通令6条1項2号)については契約の合意解除等の主観的な事情による契約の解消がこれに該当するかどうかが問題となることがあるが、裁判例(下記ⒺⒻⒼ)では、次のとおり(下線筆者)、否定されている。 なお、国税通則法施行令6条1項5号の規定は、平成18年度税制改正によって新設されたものである(平成18年政令第132号)。親子間でのゴルフ会員権の贈与に伴う名義書換料の取得費算入を認めた最判平成17年2月1日訟月52巻3号1034頁に伴い、贈与の際に支出した費用を取得費に算入しないものとしてきた通達の取扱いが改められたが(所基通60-2等参照)、上記の規定は、このような判決等に伴う通達改正も「納税者の意思の如何にかかわらない第三者の一方的な行為」(前記Ⓕ)であることを考慮して、これを「やむを得ない理由」に追加したものと考えられる。この場合には、改正前の通達は法令に反する解釈を示すものであったことから、これに適合する納税申告や課税処分は当初から過誤要件を充足していたものであり、その過誤は原始的過誤である(前記1参照)。   3 「法定外」後発的理由に関する法創造の余地 最後に、「やむを得ない理由」の範囲に関連して、国税通則法23条2項及び同法施行令6条1項が定める後発的理由を限定列挙と解すべきかどうかについて検討しておく。 特別の更正の請求の趣旨が前記1でみたとおり「期限内に[減額更正を請求する]権利が主張できなかつたことについて正当な事由があると認められる場合の納税者の立場を保護する」ことにあることからすると、租税法律主義に含まれる手続的保障原則(前掲拙著『税法基本講義』【27】参照)の下では、後発的理由の定め方は必ずしも限定列挙と解する必要はないと考えられる(同【135】(ニ)、前掲拙著『税法創造論』868-869頁[初出・1995年]参照)。 判例の中にも、青色申告承認の取消処分が取り消された場合に、青色申告を白色申告としてされた更正処分について、「国税通則法23条2項の規定」を援用するが同項各号のいずれに該当するかを明示することなく特別の更正の請求を許容する旨を判示したものがある(下記Ⓗ。下線筆者。なお、この判決については、1号理由該当性を認めたものと解する見解として、清永敬次「判批」民商法雑誌87巻3号(1982年)403頁、411頁、木山・前掲書162頁等参照)。 このように法定の後発的理由を限定列挙と解さない立場からすると、いわば「法定外」後発的理由による更正の請求を認める法創造の余地もあるように思われる(村上敬一「判解」最判解民事編(昭和57年度)150頁、170頁は、上記Ⓗに関連して、課税庁による青色承認取消処分の取消しについて政令(1号)所定理由、同処分の判決による取消しについて1号理由に該当するとの解釈を示しつつも、仮にそのような解釈に無理があるとすれば、これらの規定の類推解釈による方法も1つの方法である旨を述べている)。この点については次の判例(Ⓘ。下線筆者)が重要な示唆を与えてくれるように思われる。 この判決は、歯科医師の社会診療報酬に係る概算経費控除の選択を「意思表示」とみた上で「錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を撤回」することを認めたが、確かに、修正申告の許容性に関する判断であることから、更正の請求の許容性に関する判断においては援用することができないように思われるかもしれない。 しかし、この判決の中で参照されている昭和62年の第三小法廷判決のように概算経費控除の選択が単なる「見込み違い」による事案ではなく、この判決の事案のように「錯誤」という意思の欠缺によるものである場合には、その「撤回」という後発的事実によって過誤要件が充足される以上、「錯誤に基づく概算経費選択の意思表示の撤回」を「やむを得ない理由」とみて後発的理由として更正の請求を認めてよいと考えるところである(前掲拙著『税法基本講義』【134】のほか、金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)969頁参照。また、前記Ⓘの判決も素材にして広く錯誤に基づく選択権行使の拘束力を検討したものとして前掲拙著『税法創造論』729頁以下[初出・1991年]、821頁以下[初出・2000年]参照)。 (了)

#No. 518(掲載号)
#谷口 勢津夫
2023/05/11

〈判例評釈〉ムゲン・ADW事件が残したもの~最高裁の判示は、納税者の納得が得られるものか~ 【第2回】

〈判例評釈〉 ムゲン・ADW事件が残したもの ~最高裁の判示は、納税者の納得が得られるものか~ 【第2回】   公認会計士・税理士 霞 晴久   3 ADW事件第一審の判示 前回のⅠのとおり、ADW事件第一審では、争点①の課税対応課税仕入れの是非について、他の判決とは異なる判断基準が示された。以下では、時間の針を戻して、第一審が示した考え方と最高裁で最終的に確定した考え方を比較検討する。 (1) 用途区分の判断基準について ADW事件で、東京地裁は、課税仕入れの用途区分に係る判断について、「税負担の累積の排除という消費税法の目的に照らし、課税仕入れに係る消費税額について税負担の累積を招くものとそうでないものとに適正に配分するという観点から、当該課税仕入れがいかなる取引のために行われたものであるのかを、その経済実態に即して適切に行うべきものである。(下線筆者)」と判示している。すなわち、ここでは、税負担の累積を排除することが消費税法の目的であるとした上で、税負担の累積を招かないようにするため、課税仕入れについては、その経済実態に即して区分すべきとしている。このように、「経済実態」と用途区分の認定との関係に着目しているのがADW事件第一審の特徴の1つであり(※11)、ムゲン事件第一審が、課税の累積排除は立法の問題であると判示している(※12)点との大きな違いといえる(※13)。 (※11) 「経済実態」の用語は、ADW事件控訴審判決では「経済実態とのかい離による税負担の累積により同法(消費税法)の目的を達成し得なくなるものとは解されない」と判示された部分に限定して用いられ、そこでは、経済実態とのかい離が税負担の累積を排除するという消費税法の目的と直接結びつくものではないという考え方が示されている。一方、ムゲン事件に至っては、「経済実態」との乖離という側面からの検討は行われていない。 (※12) ムゲン事件第一審判決は、「仕入税額控除において、課税の累積の排除をいかに実現するかについては立法政策に委ねられていると解される」と述べている。 (※13) ムゲン事件第一審判決では、その後を続けて、「個別対応方式において共通課税仕入れと判定される課税仕入れについて、当該課税仕入れに係る資産の譲渡等による売上げ全体に占める非課税売上げの割合が非常に小さい場合が生じるとしても、そのことが課税の累積の排除の観点から直ちに許容されないとまではいえず、(中略)個別対応方式における用途区分が当該課税仕入れの行われた日の状況に基づいて判断すべきものであることや、控除対象仕入税額(共通仕入控除税額)は課税売上割合に代えて課税売上割合に準ずる割合によって計算する余地もあることからすると、原告の主張する解釈によらなければ直ちに不合理な結果が生じるとまではいえない」と述べている。 続けて、東京地裁は、「消費税法30条2項1号の文言及び趣旨に鑑みると、課税仕入れ等の用途区分に係る判断は、当該課税仕入れ等を行った日(仕入日)を基準に、事業者が将来におけるどのような取引のために当該課税仕入れ等を行ったのかを認定して行うべきである。そして、かかる認定に当たっては、税負担の判断が事業者の恣意に左右されることのないよう、①当該事業者の事業内容・業務実態、②当該事業者における過去の同種の課税仕入れ等及びこれに対応して行われた取引の内容・状況、③当該課税仕入れ等と過去の同種の課税仕入れ等との異同など、仕入日に存在した客観的な諸事情に基づき認定するのが相当である。」と判示している(※14)。 (※14) この点につき、ムゲン事件第一審においても「課税仕入れについて個別対応方式により控除対象仕入税額を計算するときは、(中略)当該課税仕入れが行われた日の状況に基づいてその取引が事業者において行う将来の多様な取引のうちのどのような取引に要するものであるのかを客観的に判断すべき」と判示されており、同様の解釈が示されている。 しかしながら、課税仕入れの目的が収益不動産の売却にあるという本件ビジネスモデルの特性から、「本件ビジネスモデル下における課税仕入れについては、仕入日に将来の賃料収入が確実に見込まれるというだけで直ちに共通対応課税仕入れに区分されるものと解すべきではなく、(中略)当該事業者が行う経済活動に関する個別の事情に基づく検討がされるべきである(下線筆者)」と判示している。ここでいう「個別の事情」を踏まえて検討するという判断枠組みは、ムゲン事件控訴審判決では全く採用されず、そこでは、「将来確実に見込まれる」(※15)かどうかだけが判断要素とされており、ADW事件第一審判決の特徴が際立っている。 (※15) 前回のⅡの1の(1)のとおり、ADW事件控訴審判決では、「将来課税売上げを生ずる取引のみが客観的に見込まれている課税仕入れ(下線筆者)」という表現を用い、若干文言の修正を行っている。 (2) 事実認定及び当てはめ 東京地裁は、以上の判断基準に基づき事実認定を行い、その結果、「本件事業は、富裕層の個人投資家を対象とした本件ビジネスモデルによる収益不動産販売事業であり、仕入れた収益不動産(中古の賃貸用マンション等)を転売時までにできるだけ満室に近づけるリーシングやリノベーション等のバリューアップを行うことにより、その収益力や資産価値を高め、当該収益不動産の販売による利益を得ようとするものであって、原告が仕入れた収益不動産を賃貸することは、販売のための手段として位置付けられるものである。そして、原告が得る賃料収入は、仕入れた収益不動産を賃貸することによって不可避的に発生するものであり、上記のとおり賃貸が収益不動産の販売のための手段であることに鑑みれば、収益不動産の販売による利益を得るという本件事業の目的との関係において、副産物というべきものである。」と判示し、賃貸収入は、収益不動産の販売を行うための手段としての賃貸から不可避的に生じる副産物として位置付けられる(※16)というユニークな考え方を示し、その結果、「本件各仕入日に上記のような賃料収入が見込まれることをもって、本件各課税仕入れにつき『その他の資産の譲渡等』にも要するものとして共通対応課税仕入れに区分することは、本件事業に係る経済実態から著しくかい離するばかりでなく、課税仕入れに係る消費税額について税負担の累積を招くものとそうでないものとに適正に配分するという観点に照らしても、相当性を欠くものといわざるを得ない。」と判示して、原告の請求を容認した。 (※16) 原告(ADW)側の主張では、「副次的に得る対価」という表現を用いている。 (3) ADW事件第一審判決の意義 ADW事件第一審で、ADWは、消費税法30条2項1号にいう「にのみ要するもの」という文言について、「文理に即して解釈すれば、当該文言は、『その資産の譲渡等を行わないのであればそもそも事業者はその課税仕入れ等を行わなかった』という条件関係を意味するものと解される。」(※17)と主張していた。しかしながら、東京地裁は、「課税仕入れ等がどのような取引を目指して行われたかを見れば、用途区分を判定するのに十分である」というに止め、原告の主張を採用していない(※18)。 (※17) 朝長英樹「居住用建物の売買取引における消費税の課税仕入れの取扱い(上)」税務事例(Vol.50 No.3)2018年3月号14頁参照。 (※18) 今村隆「販売用居住マンションの購入代金と仕入税額控除」ジュリスト2021年10月号(No.1563)136頁は、原告の主張につき、「消費税法30条2項1号の文言からそこまで読み取れないし、また、課税仕入れと課税売上との具体的な結び付きを要求するものであり、これは消費税法が仕入税額控除を当該資産の具体的な用い方と切断(原文ママ)して即時控除を認めている趣旨に反していると考える。」と述べている。 ADW事件における第一審の判断とその他の判決の判断とを分けたものはいくつか考えられるが、まず第一に、ADW事件第一審では、収益不動産の販売による利益を得るという本件事業の目的を重視している点が挙げられる。しかしながら、そもそも消費税法30条2項1号の文言から、直接事業者の「目的」を用途区分の判断要素として導き出すのは無理がある(※19)し、用途区分は、結果から遡るのではなく、課税仕入れのときに判断するという建付け(消基通11-2-20)となっており、仕入時に、事業者の主観で、自由に判断して用途区分を決定してよいということまではいえない。 (※19) 安田雄飛「エー・ディー・ワークス事件判決の検討~ムゲンエステート事件判決との違い~」速報税理2020年12月11日号35頁は、「そもそも消費税法30条2項1号は、『に・・・要する』と規定しており、『目的』という用語が用いられているわけではない。」と述べる。また、三好建弘「課税仕入れの用途区分について-東京高裁令和3年7月29日裁決-」税務事例(Vol.54 No.10)2022年10月号106頁は、「消費税法の条文も『最終的』『目的』などの文言が用いられているわけではなく、解釈上もこのように考えるのは難しいように思われる。」と述べている。 第二に、その他の判決は、課税の累積排除は立法政策の問題であり、ギャップの問題の解決のため課税売上割合に準ずる割合が制度上設けられているとしているのに対し、ADW事件第一審は、消費税の解釈論を左右する問題(※20)と捉えている点が挙げられる。ADW事件第一審で東京地裁は、事業者が行う経済活動に関する「個別の事情」を踏まえて検討するという判断枠組みを示し、事実認定において、賃貸は収益不動産の販売のための手段であり、収益不動産の販売による利益を得るという事業の目的との関係において、副産物(※21)として位置付けられるとし、本件課税仕入れは用途区分の判定において課税対象課税仕入れに区分されると結論付けた(※22)。そうすると、本件におけるかかる判断は極めて個別性の強いものとならざるを得ず、個別具体的な判断が、常に客観的に妥当なものとなる保証はない(※23)ので、かかる判断枠組みは、法的安定性の見地から、普遍的なものとはなりえない。 (※20) 田中治「転売用不動産に係る課税仕入れの用途区分(ADワークス事件)」TKC税研情報30巻6号(2021年12月)23頁参照。もっとも、田中教授は「このような累積排除の議論が本件との関係でどれだけの意味を持つかは必ずしも明らかではない。消費税法は、消費税の累積を排除するために、消費税の正確な転嫁等を義務づけるものではなく、事実上税負担の累積があるかどうかは基本的には市場における事業者間、事業者と消費者間の力関係で決まるのであって、法的な関係にはないことに注意が必要である。」と述べている。 (※21) 今村・前掲(※18)137頁は、「賃料収入を『副産物』としているが、これは、Xが賃料収入を本件事業(不動産販売業)による収入ではなく、ストック型フィービジネス(役務提供サービス)の収入として計上していることを重視していると考えられる。しかし、そもそもXは、顧客に販売後のサービス提供を『ストック型フィービジネス』としているのであり、これと矛盾しており、また、このような恣意的な会計処理の仕方により『仕入日に存在した客観的な諸事情』に影響すると考えるのは不合理」と述べている。 (※22) 西中間浩「最終的には転売を目的とする中古の賃貸用マンション等の課税仕入れにつき、転売までに非課税売上が発生することが確実に見込まれたとしても、共通対応課税仕入れに区分すべきではないとして課税庁の処分等を取り消した事例」税経通信2021年2月号183頁は、「ごく少ない比率であったとしても、これを無視して用途区分を考えるには疑問がないわけではない。(中略)不都合を解消するために準ずる割合による計算方法が用意されているのであって、それでも不十分かどうかは立法政策として許容されるかどうかの問題にも思える。救済手段としては実態に沿った事後的修正が行えるような手続きが用意されていてもよさそうであるが、そのような手続きは現行法上認められていない。だからといって裁判例のいうように、当該事業者が行う経済活動に関する個別の事情次第で従たる課税売上目的が考慮されなくなる解釈が行われることにはやはり疑問がある。」と述べている。 (※23) 手塚麻希子「転売不動産に係る消費税の課税仕入れの用途区分」月刊税理2021年9月号(64巻11号)187頁は、本件地裁判決を好意的に論じながらも、「仮に納税者の意図に反して販売までの賃料収入が増えてしまった場合も同様に取り扱ってよいだろうかという疑問は残る。」と述べている。 一方で、他の判決が、ギャップの問題は課税売上割合に準ずる割合で解消されうるとし、それは立法政策の問題として、納税者をやや突き放したような結論としているのに対し、ADW事件第一審は、少なくとも、ギャップの問題を司法の場で何とか解決しようとする姿勢が見受けられるように思われる。次々回のⅣで検討する課税売上割合に準ずる割合の実務における利用実績は極めて少ないことが報告されており、そのことからも使い勝手の良い制度とはいえないのであるから、解決のための仕組みがあるのだからそれを利用しない納税者に責任があると言わんばかりの判示も、納税者の納得の得られるものではないのではないか。その意味で、ADW事件で東京地裁が採用したアプローチは法解釈として成功したものとはいえないが、納税者の直面する問題を真摯に捉え、それを何とか解決しようと事件に向き合ったADW事件第一審判決の姿勢を評価したい。   (続く)

#No. 518(掲載号)
#霞 晴久
2023/05/11
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