酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第115回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その9)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅷ 租税リテラシー教育の意義 1 成人向け租税リテラシー教育 節税商品過誤問題が発生する遠因の一つに、国民の租税リテラシーの低さを挙げることができることは前回のとおりである。そこで求められるのは、安易な“うまい節税話”に騙されない力としての「生きる力」の醸成を目的とした成人教育の必要性である。 令和元年9月に政府税制調査会が発表した「経済社会の構造変化を踏まえた令和時代の税制のあり方」は、「税に対する理解を深めるための取組」として、次のように示している(下線筆者)。 このように成人向けの租税教育の重要性も指摘されることとなり、改めて、成人向け租税リテラシー教育が注目されてもよい土壌が形成されつつある。ここでは、現在政府が推奨しているリスキリング政策との親和性について考えてみたい。 2 リスキリングと成人教育 社会人の学び直しとして、共通した意味を持つのがリカレント教育である。 リカレント教育が、個人が主体的に学び直しを行い、新たな仕事のスキルや知識を習得することをいうとすれば、これは、個々人ごとに異なるタイミングで受ける教育を意味しよう。すなわち、リカレント教育は、就労しながら、あるいは離職中に学習することが想定されている教育であるように思える。 他方で、リスキリングは、企業が事業戦略の一環として従業員に学びの機会を与えることが特徴であるといえよう。多くの場合、企業に在籍しながら学び直しを行うものであることから、離職せずに学習することが一般的ではなかろうか。 政府は、かようなリスキリングを政策に掲げて、これを後押しする姿勢を示している。例えば、政府は、総合経済対策である「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」を令和4年10⽉28⽇に閣議決定し、「人への投資の強化と労働移動の円滑化」として、次のように表明している。 すなわち、「デジタル分野等の新たなスキルの獲得と成長分野への円滑な労働移動を同時に進める観点」から、3年間に4,000億円規模で実施している「人への投資」の施策パッケージを5年間で1兆円へ拡充するとした上で、具体的に以下のような施策を行うという。 リスキリングで従業員がスキルや知識をアップデートすることは、時流に合わせた最新の知識・技術の獲得に繋がり、新たなアイディアが生まれやすくなるとか、新しいアイディアの創出は、変化の激しい時代への対応を可能とし、新規事業の立上げや事業拡大による売上の向上、既存事業のマンネリ化の抑制にも効果を発揮しよう。すなわち、リスキリングによる従業員の学び直しは、企業に新風を吹き込み、企業を成長させることに繋がるとの肯定的な評価があるものと解される。 企業にとっても、業務に必要なスキルを保有した人材を新たに採用する場合、採用コストが大きくかかるというデメリットがあるところ、社内の従業員をリスキリングすることができれば、これを社内異動で充足させることができるのである。つまり、採用コストを削減することも可能になると考えれば、見えやすいメリットがあるということになる。 変化の激しいこの時代において、リスキリングを活用し、既存の従業員を新しい事業のために戦力化することが企業価値創造にとって有益であることは指摘するまでもなかろう。 しかしながら、“金”に結び付けることのみが学習ではない。社会人としてのリベラルアーツ的な学習も、同時に社会人に求められているのではなかろうか。リスキリングを否定するものではないが、「企業価値創造にダイレクトに役立つ学習こそが重要である」との視座は、基礎的なリテラシー教育を軽んじることになりはしないかという危惧がある。 なるほど、正社員は新卒一括採用を中心とし、職務・勤務地・労働時間を限定せず、企業の様々な部門で経験を積むことを前提とした旧来型のメンバーシップ型雇用には、企業への帰属意識が高いというメリットもある。すなわち、チームワークに優れた同質的な人間の集合体の中で、従業員の思考や行動のベクトルを揃えることが可能であることから、企業の中の各部門との綿密かつ円滑な連携、調整が容易となるといったメリットが確認されてきた。 しかしながら、かような旧来型のメンバーシップ型雇用は機能不全に陥ってきているという点も指摘されている。旧来型のメンバーシップ型雇用では、同質的な商品の漸進的・継続的な品質向上・低価格化・大量生産という戦略が中心に据えられていることもあり、同じ発想の人が集まりがちであった。 これに対して、新たな環境に対応できるシステム・戦略が求められており、「ディスラプション」という用語に示されるように、これまでの常識を打ち破るような抜本的なイノベーションや新たな付加価値を生み出す戦略・システムが要請されてきている(※1)。そこでは、人と違うことを考える人材、すなわち、同質的ではない多種多様で成長できる人材が求められていることからすれば、今日の人事面での関心事項は、そのような多様な能力を育てることにあるといってもよかろう。 (※1) 鶴光太郎「人の成長なくして企業の成長なし」2頁〔第22回労働政策審議会労働政策基本部会会議資料(令和4年12月30日訪問)〕(2022)。 3 攻めの教育と守りの教育 上記のようなリスキリングが攻めの教育又は学習であるとすると、租税リテラシー教育は守りの教育(※2)又は学習であるといえよう。 (※2) このような用語法は、野村修也教授と筆者との対談において、同教授が指摘された点に由来する(野村修也=酒井克彦「対談 金融教育とセットで租税教育を」税理66巻2号173頁(2023)参照)。 いわば、租税リテラシー教育は、一律に底上げを図ろうとする点に関心の軸足を置くものであり、そうであるからこそ、基礎学習的・リベラルアーツ的なものであるのであるが、他方で、リテラシー教育は没個性的な教育部面であるともいえよう。 そうであるがゆえに、成人向け教育がリスキリングの波に飲み込まれてしまっている今日においては、再度、成人向け租税リテラシー教育の重要性が叫ばれる必要があると思うのである。 (続く)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第10回】 「国税通則法15条(及び16条)」 -納税義務の成立と確定- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法15条(納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定) 1 はじめに 国税通則法は、これまで検討してきた「第1章 通則」に続き、「第2章 国税の納付義務の確定」について規定しているが、今回は、第2章の「第1節 通則(第15条・第16条)」について、「納税義務の成立」と「その納付すべき税額の確定」(以下「納税義務の確定」という)を定める国税通則法15条の規定を中心に検討することにする。 ここで「納税義務」とは、「国税を納付する義務」(税通15条1項)をいうが、国税通則法は「納税義務」と「納付義務」(税通5条等)という文言を使い分けており、前者を租税実体法を含む場面で、後者を租税手続法のみの場面でそれぞれ用いていると解される(第6回3参照)。ただし、国税通則法15条1項はその括弧書において、納税義務に源泉徴収による国税に係る徴収納付義務という専ら租税手続法上の義務が含まれる旨の「別段の定め」を規定していると解される。この「別段の定め」の意義については次の解説がされている(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)263-264頁。下線筆者。ほかに、磯邊律男『研修国税通則法』(新都心文化センター・1984年)77頁、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)1129頁も参照)。 この解説(とりわけ最後の下線部)によれば、国税通則法15条1項括弧書の「別段の定め」は、源泉徴収等に関する同法の規定に関する「不必要な解釈上の混乱」を回避するため、その規定に関する限りで「納税義務」から本来の納税義務者の納税義務を除外したものであって、給与所得者等について租税実体法・課税要件法上、しかもこれに対応して国税通則法上も一般的に、「納税義務の成立」の観念を排除するものではないのである。もし仮にそうであるとすれば租税手続法としての国税通則法の枠を超えることになろうが、そうではなく、所得税法上源泉徴収のみでは課税関係が完結しない給与所得者等(例えば給与等の金額が2,000万円超である者について所税121条1項柱書参照)については、「納税義務の成立」が国税通則法上も観念され、その確定の手続がとられることになるのである。 この点はともかく、国税通則法15条は、納税義務の確定の方式を定める同法16条の規定とともに「国税通則法のコアコンセプトそのものといえる規定」(木山泰嗣『国税通則法の読み方』(弘文堂・2022年)40頁)であり、租税実体法と租税手続法との「結節点」という意味で国税通則法の体系的構造の「根幹」に位置する規定といえよう(国税通則法の体系的構造については第1回3参照)。 2 納税義務の成立の観念とその基礎にある考え方 国税通則法15条1項は「納税義務が成立する場合」と定めるのみで納税義務の成立の観念それ自体については特段の定めを設けていないが、その観念については次の見解(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)65頁)のような考え方が一般に承認されている(大蔵省主税局税制第二課編『国税通則法とその解説』(大蔵財務協会・1962年)14頁、志場ほか共編・前掲書254頁、262-263頁、武田監修・前掲書1129頁等参照)。 このような考え方については、ドイツ法の影響を受けて、「国税通則法15条も、この考え方を暗黙の前提としている」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)886頁。下線筆者)と説かれている(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【88】【97】も同旨)。この点について、次の見解(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])E14-E17頁[須貝脩一・清永敬次執筆]。下線筆者)は、納税義務の成立について考察するに当たり、傾聴すべきものである。少し長くなるが、本連載における筆者の基本的な問題意識・考え方を明らかにするためにも意味があると考えるので、そのまま引用しておこう。 この引用文の最後から2つ目の文章にいう「租税基本法的要請」は、この見解の核心に位置する重要な要請と思われるので、繰り返しになることを厭わず、この要請に言及する別の箇所(中川=清永編・前掲書E13頁[須貝・清永執筆]。下線筆者)を次のとおり引用しておこう。 以上の見解は、国税通則法の体系的構造に着目し、国税通則法を租税法律関係の明確化に資する「租税基本法」として構想する必要性を説くものと解されるが、筆者も以上の見解から基本的な問題意識・考え方を学んできたところである(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)844頁以下[初出・1995年]参照)。 3 国税通則法と課税要件法における納税義務の成立時期の齟齬 ところで、国税通則法15条2項が定める納税義務の成立時期は、以上でみてきたような、課税要件の充足を前提として観念される納税義務の成立の時期とは、必ずしも一致しないことに注意すべきである。 例えば、所得税や法人税の課税標準に関する規定の中では、国税通則法上の納税義務の成立時期(15条2項1号・3号)の経過後における納税義務者の選択・届出等が課税要件要素として定められる場合がある(棚卸資産の評価方法の選定[所税令100条、法税令29条]、減価償却資産の償却方法の選定[所税令123条、法税令51条]、損金経理[法税2条25号・74条1項、31条1項、32条1項等]等。これらの規定を「課税要件法に組み込まれた手続法」と呼ぶことについては前掲拙著『税法基本講義』【97】参照)。このような場合には、その限りで、国税通則法上の納税義務の成立時期には課税要件が充足されていないことは、明らかである。 また、贈与税は、相続税の補完税という性格からすると、随時税としてその課税要件を定めることも可能であり、実際、国税通則法は贈与税の納税義務の成立時期を「贈与による財産の取得の時」(15条2項5号)と定めている。しかし、相続税法は贈与税の課税標準の基礎となる課税価格を「その年中において贈与により取得した財産の価額の合計額」(21条の2第1項)と定めていることから、その限りでは、国税通則法上の贈与税の納税義務の成立時期に課税要件は充足されていないことになる。 このように、国税通則法上の納税義務の成立時期と、課税要件法上の納税義務の成立時期(課税要件の充足時)との間には齟齬がある。このことは次のように理解すべきであろう(前掲拙著『税法基本講義』【98】のほか清永・前掲書198-199頁参照)。すなわち、国税通則法は、確かに、納税義務の成立時期について、租税債務関係説及びそれに基づく課税要件の観念を前提として、それを課税要件の充足の時として観念していると解される。ただ、そうすると、同じ租税についても個々の納税義務者によって課税要件の充足の時(課税要件法上の成立時期)が異なってくる場合がある。納税義務の成立時期は、納税義務の消滅時効(税通72条1項)、法定申告期限(同2条7号)、法定納期限(同条8号)などに関して、直接関係をもたないので、そのような場合があっても、特に問題はないようにも思われる。しかし、国税通則法は、①繰上保全差押決定(税通38条3項)、②納税の猶予(同46条1項1号)、③賦課決定の除斥期間(同70条1項3号)など「税法の規定で成立段階の租税を諸手続の対象としている場合」(廣瀬正『国税通則法要義』(新日本法規・1985年)28頁)も含めて統一的・画一的処理を可能にするために、納税義務の成立時期を税目ごとに統一的・画一的に定めたものと解される。 租税法律関係の統一的・画一的処理の要請は、税務行政の事務負担の軽減だけでなく、課税の公平(形式的公平)にも資するものであることから、国税通則法はこの要請に従って納税義務の成立時期を定めたものと解されるのである。 4 納税義務の確定の意義と方式(特に自動確定方式) 国税通則法15条の見出しは「納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定」ではあるものの、同法第2章の章名が「国税の納付義務の確定」となっていることからすると、その規定の主たる関心事ないし目的は、同法16条とともに納税義務の確定に関する「総則」(同法第2章第1節)を明らかにすることにあると考えられる。つまり、国税通則法は、制定の経緯・趣旨(第1回2参照)に照らせば、同法の「租税に関する基本的な法律構成に関する規定」(税制調査会『国税通則法の制定に関する答申』(昭和36年7月)1頁)を租税実体法・課税要件法の側からではなく国税徴収法の側からみて整備しており、また、同法の実定的構造上は、納税義務の確定を「徴収権行使の停止条件」(前掲拙著『税法基本講義』【110】)として位置づけていること(国税通則法の実定的構造については第1回3参照)からしても、同法15条において納税義務の成立に係る部分は実際上は重要な意味をもつ定めではないと考えられるのである。 とはいえ、国税通則法15条が「納税義務の成立は納税義務確定のために必要な一つの手続上の要件と見るにすぎず、専ら確定の方式上の区別を導入する目的のために、いわば、斜めに納税義務の成立について触れたものである」(中川=清永編・前掲書E17頁[須貝・清永執筆])としても、明文で「納税義務が成立する場合」を前提として納税義務の確定を定めている以上、納税義務の成立は納税義務の確定に一定の影響を与えることになる。その影響は、とりわけ、納税義務の確定を原則として、課税要件の充足により法律上当然に成立した納税義務(抽象的・客観的納税義務)の確認(厳密には納税者又は税務官庁による具体的・主観的確認)として性格づける点に、顕現する(同E18頁、大蔵省主税局税制第二課編・前掲書15頁、磯邊・前掲書83頁、廣瀬・前掲書27-28頁、志場ほか共編・前掲書254頁、前掲拙著『税法基本講義』【118】等参照)。 納税義務の確定に係る上記の性格づけは、①納税義務の確定が納税者による履行又は税務官庁による履行の請求(税通第3章「国税の納付及び徴収」)の前提として定められていることを考慮したものであり(前掲拙著『税法基本講義』【118】参照)、②納税義務の確定は、課税要件法上当然に成立した抽象的・客観的納税義務の納税者又は税務官庁による具体的・主観的確認である以上、「一応の確定」(清永・前掲書228頁)にとどまり、正しく確認されない場合は「重畳的確定」(磯邊・前掲書83頁、廣瀬・前掲書28頁、武田監修・前掲書1129頁。大蔵省主税局税制第二課編・前掲書15頁も参照)があり得ることや③課税処分における裁量否定論(前掲拙著『税法基本講義』【12】【34】【38】参照)に帰結する。 そのように性格づけられる納税義務の確定については、「国税に関する法律の定める手続によ[る]」(税通15条1項)ものとされ、その方式として申告納税方式(税通16条1項1号)と賦課課税方式(同項2号)が定められているが、国税通則法制定前は後者を採用していた間接諸税についても、基本的には次のような観点(税制調査会『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』(昭和36年7月)48頁)から、広く前者を採用することとされた(同条2項参照。廣瀬・前掲書33頁は申告納税方式を「国税の一般的確定方式」とする)。 これに対して、国税通則法15条1項は、「その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税」(その範囲については同条3項参照)における納税義務の確定(いわゆる自動確定ないし自動的確定)を例外的に認めている。すなわち、「国税のうちには、課税要件たる事実が明白で、税額の計算が容易である等のため、あえて納付すべき税額の確定に特別の手続をとる必要がないものもあり、これらについては、納税義務の成立と同時に法律上当然に納付すべき税額が確定し、直ちに履行過程に進みうる建前をとっているのである。」(志場ほか共編・前掲書269頁。下線筆者) この点に関連して、納税義務の自動確定は次のように性格づけられている(志場ほか共編・前掲書274頁。磯邊・前掲書84-85頁も同旨。なお、国税通則法制定前の課税方式については税制調査会・前掲答申別冊43-45頁参照)。 ただ、納税義務の自動確定方式が「国税の徴収方式」又は「国税の納付方式」であるとしても、そのことは、国税通則法その他の法律が納税義務の自動確定について、納税者又は税務官庁による抽象的・客観的納税義務の具体的・主観的確認の必要性ないし余地を全く認めないことを意味するわけではない。この点について、次の指摘(清永・前掲書231頁)は正鵠を射たものである(前掲拙著『税法創造論』876頁以下[初出・2000年]も参照)。 そのような具体的・主観的確認の主なものとしては、①予定納税に係る所得税(税通15条3項1号)について、税務署長による予定納税額等の通知(所税106条)及び予定納税額の減額の承認の申請に対する税務署長の処分(同113条)、②源泉徴収等による国税(税通15条3項2号)、自動車重量税(同項3号)及び登録免許税(同項6号)について、税務署長による納税の告知(税通36条1項2号ないし4号)、③自動車重量税について、国土交通大臣等による納付の確認(自税11条)・税額の認定(同12条)・納付不足額の通知(同13条)・過誤納の確認(同16条)、④国際観光旅客税について、国内事業者・国外事業者による特別徴収等に係る計算書の提出(国観税16条2項・17条2項)、⑤登録免許税について、登記機関による納付の確認(登税25条)・課税標準及び税額の認定(同26条)・納付不足額の通知(同28条)・税務署長への還付通知(同31条)並びに税務署長による納付不足額の徴収(同29条)、⑥印紙税(税通15条3項5号)について、税務署長による過誤納の確認(印税14条)を挙げることができる。 したがって、自動確定方式は、課税要件の充足により成立した抽象的・客観的納税義務に「確定」という法律効果を法律上当然に付与することとし(それ故、その納税義務は確定されても抽象的・客観的な状態のままである)、その具体的・主観的確認はその履行(納付・徴収)の過程において納税者・税務官庁等(登記機関を含む)がこれを行うものとする方式であるといえよう。 このように、自動確定の国税についても納税義務の具体的・主観的確認を観念しその法律構成を検討することは、納税者の権利救済に資することになると考えるところである。例えば、最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁は、源泉徴収による所得税に係る納税の告知について、「あたかも申告納税方式による場合の更正または決定に類似するかの観を呈する」ものの「更正または決定のごとき課税処分たる性質を有しない」「徴収処分」と認めた上で、「確定した税額がいくばくであるかについての税務署長の意見が初めて公にされるものであるから、支払者がこれと意見を異にするときは、当該税額による所得税の徴収を防止するため、異議申立てまたは審査請求(法76条、79条)のほか、抗告訴訟をもなしうるものと解すべき」と判示した。これは、納税の告知における税務官庁による抽象的・客観的納税義務の具体的・主観的確認を納税者の権利救済の観点から「徴収処分」(形式的行政処分)として構成したものと解される(前掲拙著『税法基本講義』【153】参照。ほかに登録免許税の納付の事実の確認については前掲拙著『税法創造論』887-889頁参照。なお、形式的行政処分論については芝池義一『行政救済法』(有斐閣・2022年)36頁以下、特に52頁参照)。 以上の考察からすると、申告納税方式及び賦課課税方式と自動確定方式との根本的な違いは、納税義務の成立、確定及び履行(納付及び徴収)の過程において法律と納税者・税務官庁等が分担する役割の違いにあると結論づけることができよう(納税義務の確定に関する役割分担論)。すなわち、申告納税方式及び賦課課税方式では、納税義務の成立は法律の役割、その確定及び履行は納税者・税務官庁の役割とされているのに対して、自動確定方式では、納税義務の成立及び確定は法律の役割、その履行は納税者・税務官庁等の役割とされていると考えられるのである。 そうすると、課税要件の充足により法律上当然に成立した抽象的・客観的納税義務に係る、納税者・税務官庁等による具体的・主観的確認は、納税義務の確定の過程で行われるか(申告納税方式及び賦課課税方式)又はその履行の過程で行われるか(自動確定方式)はともかく、税法上予定されているという点では、いずれの方式も異なるところはないのである。その意味では、自動確定方式を申告納税方式及び賦課課税方式と並べて納税義務の確定方式と位置づけることもできるし理由があると考えるところである(清永・前掲書230-231頁、前掲拙著『税法基本講義』【119】も参照)。 (了)
令和4年分 確定申告実務の留意点 【第2回】 「最近の改正事項等の再確認」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 数年にわたり所得税に関して多くの改正があり、確定申告書の様式も一部が変更されている。これらの改正事項や様式の変更は、令和4年分の確定申告においても重要である。 そこで、本連載第2回は、最近の改正事項等(前回取り上げた項目以外)の再確認を行うこととする。 なお、各改正事項の詳細については、下記拙稿もご参照いただきたい。 【1】 所得金額の計算に関する改正事項 所得金額の計算に関する改正事項としては、次のものがあげられる。いずれも、令和2年分以後の所得税について適用される。 〈参考①〉令和2年分以後の給与所得控除額(所法28③) 〈参考②〉令和2年分以後の公的年金等控除額(所法35④) 〈参考③〉所得金額調整控除の計算例 〈参考④〉青色申告特別控除:控除額65万円の要件(下記(ア)又は(イ)のいずれか) 【2】 所得控除に関する改正事項 所得控除に関する改正事項としては、次のものがあげられる。配偶者控除及び配偶者特別控除の見直しは平成30年分以後の所得税、それ以外の改正は令和2年分以後の所得税について適用される。 〈参考①〉配偶者控除、配偶者特別控除の控除額(所法83①、83の2①) 【配偶者控除額または配偶者特別控除額の表】(令和2年分以降用) (※) 上表につき国税庁ホームページ「No.2672 年末調整で配偶者控除又は配偶者特別控除の適用を受けるとき」より抜粋。 〈参考②〉基礎控除の控除額(所法86①) 〈参考③〉ひとり親控除、寡婦控除の控除額(所法80①、81①) 【3】 様式の変更 令和2年分より確定申告書の様式が一部変更されている。変更の詳細については、下記拙稿をご参照いただきたい。 【4】 その他 (1) 確定申告義務の見直し、押印義務の見直し 令和3年分以後の所得税に適用される。詳細については、下記拙稿をご参照いただきたい。 (2) 住宅関連の特例(適用期限延長) 次の住宅関連の特例は、要件等の一部に見直しが行われた上、適用期限が令和5年12月31日まで2年延長されている。 (3) 雑所得の範囲の明確化(改正通達の公表) 令和4年10月に副業収入等の雑所得の範囲を明確化する改正通達が公表されており、令和4年分以後の所得税に適用される。 改正通達の詳細については、下記拙稿をご参照いただきたい。 最後に、所得税の不正還付への対応として、令和4年11月に国税庁より「所得税還付申告に関する国税当局の対応について」という文書が公表されたので、ご参照いただきたい。 * * * 次回(第3回)は、確定申告実務に関する留意点をQ&A方式で解説する予定である。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第22回】 「不動産管理会社による家賃集金の受託について」 税理士 石川 幸恵 【Q】 不動産管理業を営んでいます。賃貸物件のメンテナンスのほか、貸主に代わってテナントからの家賃の集金も行っています。 事業用の賃貸物件のテナントから「貸主は適格請求書発行事業者なのか?」、「貸主の登録番号を教えてほしい」という問い合わせが来ています。どのように対応したらよいのでしょうか。 〔ポイント〕 (1) 事務所の賃貸借については、契約書の記載と通帳の記帳の組み合わせで適格請求書とする方法を取ることができます。既存の契約については、適格請求書としての記載事項の不足分(貸主の登録番号、税率、消費税額など)を通知する必要があります。 (2) 家賃の集金の受託も、委託販売の媒介者交付特例の対象と考えられます。 (3) 媒介者交付特例では、受託者が自らの名称及び登録番号を記載した適格請求書を購入者に交付します。 * * * 【A】 事務所の賃貸借については、契約書と通帳を併せて適格請求書の記載事項を満たすことが可能です(インボイスQ&A問93)。インボイス制度導入前から継続している契約については、登録番号や税率、消費税額が記載されていないなど適格請求書としての記載事項が不足していますので、不動産管理会社には、これらを記載した通知書を作成してテナントに交付するなどの役割をお願いしたいところです。 一方で、令和4年11月のインボイスQ&A問48の改訂により、委託販売の媒介者交付特例の対象に集金事務の委託も追加されました。この特例を適用して、不動産管理会社が貸主に代わって適格請求書をテナントに交付するという方法も考えられます。 以下では媒介者交付特例について解説します。 (1) 媒介者交付特例とは? 媒介者交付特例とは、商品の委託販売に設けられている特例です。 《委託販売における適格請求書交付の原則》 媒介者交付特例では、次の要件を充たすことにより、受託者が自己の氏名又は名称及び登録番号を記載した適格請求書を委託者に代わって購入者に交付することができます(インボイスQ&A問48)。 (2) インボイスQ&A問48の改訂 令和4年11月のインボイスQ&Aの改訂で、問48に新たに次の文言が加わりました。 インボイスQ&Aには具体的な事業内容の例示はされていませんが、不動産管理会社による家賃の集金は「集金事務」に当てはまるのではないかと考えられます。 (3) 媒介者交付特例を適用した場合の不動産管理会社と貸主の対応 インボイスQ&A問48に基づけば、不動産管理会社及び貸主はそれぞれ次のような対応が必要です。 (出典) インボイスQ&A問48の図を筆者加工。 ① 不動産管理会社 (※) 実務的には、適格請求書を毎月交付することは負担が大きいので、不動産管理会社が貸主に代わって適格請求書を交付する旨や不動産管理会社の登録番号を記載した通知書等をインボイス制度導入前に交付し、テナントは契約書、通知書、通帳を保存することになると考えられます。 (注) 電磁的記録による提供、保存も可。 ② 貸主 (注) 電磁的記録による提供、保存も可。 (4) 媒介者交付特例によりテナントの事務負担軽減につながるのでは? 不動産賃貸では不動産管理会社が入ることが多く、家賃の振込先も不動産管理会社となっている場合、契約書を見なければ貸主の名前もわからないというケースも珍しくありません。不動産管理会社と貸主を混同してしまうケースも見受けられます。 このため、例えば「貸主で相続があったこと(※)に気付かず、結果として仕入税額控除が過大になった」というような事態も想定されます。 (※) 貸主が亡くなって相続人が不動産賃貸業を相続した場合、登録番号は引き継がれません。相続人が適格請求書発行事業者の登録を受けるためには、相続人本人による登録申請書の提出が必要です(インボイスQ&A問16)。 媒介者交付特例によって適格請求書の発行者が不動産管理会社となれば、上記のような貸主個々の事情についても不動産管理会社で一括して管理され、テナントの負担軽減につながるものと考えられます。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第1回】 「国税通則法第65条第4項第1号の過少申告加算税が課されない「正当な理由」のハードル」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 連載に当たって 筆者は、税理士・公認会計士出身の専門家として国税不服審判所に勤務し、国税審判官として審査請求事件の調査審理に従事していたが、有り体に言えば、「納税者(審査請求人)に係る各種の事実関係が、この税法のこの課税要件に該当するか否か」を判断し、それを裁決書に取りまとめることであった。 例えば、何らかの事情によって修正申告に至り、当初申告よりも税額が増加した場合、通常は「過少申告加算税」が賦課される(国税通則法第65条第1項)が、同時に、「正当な理由」があれば、その事実に基づく税額については賦課されない(同条第4項第1号)。 そこで、納税者(審査請求人)は、「私を取り巻く事情は『正当な理由』に該当する」という主張をもって不服申立てに及ぶことになり、国税不服審判所はその主張が認容されるか否かを審理することになるが、その判断のためには、一定の判断基準を設定しているはずであり、それが「法令解釈」と言われるものである。 そうすると、納税者としては、税法に規定されている「課税要件」についての判断基準、すなわち「法令解釈」をあらかじめ把握しておくことで、不服申立ての際、又はその前段階である税務調査の際、更にはその前段階である当初申告の際において、自らの主張が認容されそうか否かをあらかじめ占うことができ、想定していなかった税務トラブルが自らに降りかかるリスクを合理的に低減することができるだろう。 ここで、課税要件といっても、「〇〇円以上」などの定量的な基準であれば通常は争いが生じないが、上記の「正当な理由」といった定性的な基準の場合に、課税庁との見解の相違が生じやすいところ、我が国の税法はこういった「不確定概念」による課税要件が思いのほか多い。 そこで、本稿は、「不確定概念」を含む代表的な税法規定の課税要件について、国税不服審判所が採用する法令解釈の出所を、事例を題材として解説するとともに、「このような事例は国税不服審判所において争う価値がある(取消しの可能性がある)」「このような事例ではお気の毒ながら救済は難しい(棄却の可能性が高い)」といった目利きを養っていただくことを目的としている。 これによって、税務専門家である読者各位の抱える事例が納税者の勝てる可能性のあるものか否かについて、不服申立てを含む税務争訟に至る前段階で、ある程度の見通しが立てられることによって、税務調査の際に修正申告に応じることが得策か否かといった戦略的な判断に資することを期待するものである。 * * * 1 大阪国税不服審判所平成28年1月20日裁決 (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 「正当な理由」の法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥 2 法令解釈の出所と判断の分かれ目 上記1(3)の法令解釈は、最高裁判所第一小法廷平成18年4月20日判決をほぼそのまま引用している。 国税不服審判所裁決はあくまで行政判断であり、自らが打ち立てた規範が後に控える司法の場において覆る可能性を可能な限り低減させたいという動機が働くことから、できる限り上級の裁判所の法令解釈を引用することになる。 この法令解釈によっても判断基準が定性的であり、これに事実関係を当てはめるとしても判断権者によって差が生じることは否めないが、大要としては、「客観的・第三者的な事情」であれば是認の方向に、「納税者側による主観的な事情」であれば否認の方向に傾くことになるだろう。 本件については、「保険金を受領したのは遠戚であり、突っ込んで財産を調査するなど事実上無理ではないか」という請求人の抱える事情に同情の余地があるとしても、所詮は「納税者側による主観的な事情」であり、他の過少申告による納税者が加算税を賦課されることのバランスを考えると、国が賦課徴収を諦めることを受忍すべき事情とまではいえないとの判断だったものと考えられる。 3 「正当な理由」が認容された最近の事例 (1) 認容事例は少ない 国税不服審判所は、四半期ごとに、重要な裁決や先例となる裁決を、適切にマスキングを施した上で公表している。 このうち、令和4年12月31日現在で、「正当な理由」を認容した公表裁決は、過少申告加算税で2件、無申告加算税で1件しかなく、これに対して、認容しなかったものは、前者で23件、後者で17件存在する。 そのくらいに「正当な理由」の認容事例は少ないのであるが、最近においても認容された事例はないわけではない。 (2) 広島国税不服審判所令和3年6月24日裁決 登記名義が被相続人から移転していた家屋について、請求人は関与税理士として譲渡所得の申告を行っており、譲受人がその家屋に居住していたことから、売買の有効性を疑うべき状況になく、かつ、売買代金が実質的に支払われていなかったことを把握できたのは、相続税の申告期限後であったことを併せ考えれば、請求人の責めに帰することのできない客観的な事情があったと認められ、請求人には正当な理由があると認められる場合に該当する。 (3) 東京国税不服審判所令和4年6月16日裁決 登記所職員が誤った相続関係の説明を行い、これにより法定相続情報一覧図の記載内容にも誤りが生じたために、請求人が、自己が相続人に該当しないと判断して相続税の申告書を法定申告期限内に提出しなかったことは無理からぬ面があり、期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められる場合に該当する。 (了)
〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第4回】 「グループ法人税制外し」 公認会計士 佐藤 信祐 6 グループ法人税制外し (1) 資産譲渡 実務上、資産の含み損を実現させるためだけにグループ会社に資産を譲渡する行為について、法人税法上、損金性が否認される可能性があるか否かという点が問題になりやすい。 この点については、平成22年度税制改正により、グループ法人税制が導入され、完全支配関係のある内国法人間における資産の譲渡については譲渡損益が繰り延べられることになり(法法61の11①)、非適格組織再編成に伴う資産の譲渡についても同様に譲渡損益が繰り延べられることになった。さらに、完全支配関係のある内国法人間における非適格株式交換や非適格株式移転についても、時価評価課税の対象から除外されることになった(法法62の9)。 そのため、現行法上、①完全支配関係のない内国法人に資産を譲渡する場合、②個人、外国法人、一般社団法人又は一般財団法人に資産を譲渡する場合、③完全支配関係のある内国法人に譲渡した資産を完全支配関係のある他の内国法人に再譲渡する場合(※4)、④譲渡対象の資産が株式である際に、当該株式を発行している法人を被合併法人とする適格合併を行った場合(※5)、⑤適格分社型分割又は適格現物出資により取得した分割承継法人株式又は被現物出資法人株式を完全支配関係のある内国法人に譲渡した後に、当該内国法人を合併法人とし、分割承継法人又は被現物出資法人を被合併法人とする適格合併を行った場合(※6)に、それぞれ制度趣旨に反する形で譲渡損益が実現される可能性があるといえる。 (※4) 現行法上、簡便化のために、完全支配関係のある内国法人に資産を譲渡した後に、完全支配関係のある他の内国法人に当該資産を譲渡した場合であっても、1回目の譲渡に係る譲渡損益は実現するものとされている。もちろん、含み損を実現させるために、短期間で2回の資産の譲渡を行った場合には、税務調査において、1回目の譲渡が仮装取引であり、当初から2回目の譲受法人に譲渡したものとして譲渡損益を繰り延べるべきであるとして否認を受ける可能性がある。 (※5) 国税庁HP文書回答事例「グループ法人税制における譲渡損益の実現事由について」参照。なお、これは制度上の欠陥ともいえるため、「組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の現行法上の問題点と今後の課題」【第12回】、【第15回】で解説したように、被合併法人株式に係る繰延譲渡損益を実現させないような税制改正が望まれる。 (※6) このような手法については、合併法人である内国法人を分割承継法人とする分割を行えば、より簡便な手法により資産を移転することができるのにもかかわらず、あえて迂遠な手法により含み損を実現させていることから、包括的租税回避防止規定(法法132の2)が適用される可能性があると考えられる。 本稿では、上記のうち、①完全支配関係のない内国法人に資産を譲渡する場合について検討を行うものとする。もちろん、仮装行為に該当するようなものであれば、同族会社等の行為計算の否認(法法132)を適用するまでもなく、事実認定により否認することができる。仮装取引に該当するかどうかについては、「関係会社間の取引に係る土地・設備等の売却益の計上についての監査上の取扱い(監査委員会報告第27号)」により判断すべきであり、この点についての税務専門家の見解に大きな違いはないと思われる。 問題となるのは、同族会社等の行為計算の否認が適用されるべき事案である。もちろん、同族会社等の行為計算の否認を適用するにしても、形式的な事実関係だけでなく、真実の事実関係においても、資産が移転している状態であるにもかかわらず、資産が移転していなかったものとして否認すべきではない。そのような否認を行うことが可能であれば、そもそもグループ法人税制が導入される前にそのような否認が多数行われていたはずであるにもかかわらず、公表されている裁決例のほとんどは、「関係会社間の取引に係る土地・設備等の売却益の計上についての監査上の取扱い」の要件を満たせば、損金の額に算入することを容認するものばかりだからである。 すなわち、同族会社等の行為計算の否認を適用するとしても、「資産を譲渡した行為」を否定することはできないことから、譲渡先が「完全支配関係のない内国法人」であることを否定せざるを得ない。 この点につき、国税不服審判所非公開裁決平成28年1月6日(TAINSコード:F0-2-629)では、種類株式を利用して完全支配関係を外した行為に対して、同族会社等の行為計算の否認が適用されている。本裁決事例では、総務経理部長1人のみに対して第三者割当増資を行い、かつ、更正処分の除斥期間を考慮したうえで、7年を経過した後に発行法人が買い取ることができる旨の取得条項が付されていたことから、第三者割当増資に係る経済合理性が存在しないため、同族会社等の行為計算の否認が適用されてもやむを得なかったと考えられる(※7)。 (※7) そのほか、名義株に該当する場合には、実際の権利者が保有するものとして判定することから(法基通1-3の2-1)、少数株主が保有している株式が名義株であると認定された場合には、完全支配関係があるものとして否認を受ける可能性がある。 (2) 完全支配関係のない法人に対する非適格分社型分割 さらに、完全支配関係はないものの、支配関係のある法人に対する非適格分社型分割により分割事業に係る含み損を実現させようとすることが考えられる。この場合にも、完全支配関係を外した行為が不自然・不合理であれば、包括的租税回避防止規定(法法132の2)が適用される可能性は考えられる。 これに対し、事業上の目的で完全支配関係が外れているものの、完全支配関係が外れていることを奇貨として、完全支配関係が外れているグループ会社に対して非適格分社型分割を行うことで含み損を実現させることが考えられる。すなわち、事業上の理由により、発行済株式総数の100分の10に相当する数の株式をグループ外の法人又は個人に保有してもらった場合には、支配関係は成立しているものの、完全支配関係は外れることになる。そのような完全支配関係が外れているグループ会社に対して、金銭等不交付要件、主要資産等引継要件、従業者従事要件又は事業継続要件のいずれかを満たさない非適格分社型分割を行った場合には、分割事業に係る含み損が実現できることになる。 このような行為に対して包括的租税回避防止規定が適用できるかどうかであるが、前述のように、完全支配関係が外れているのは、税負担を減少させるためではなく、事業上の目的によるものである。すなわち、完全支配関係を外した行為が不自然・不合理であると認定することはできない。そうなると、包括的租税回避防止規定を適用するためには、発行済株式総数の100分の10に相当する数の株式をグループ外の法人又は個人に保有してもらうことにより非適格分社型分割に該当してしまったことが組織再編税制及びグループ法人税制の制度趣旨に反し、かつ、当該非適格分社型分割により分割事業に係る含み損を実現させたことに事業目的や経済合理性が認められないことが必要になる。このうち、後者については個別事案によって異なるため、ここでは検討を行わないが、前者については、制度趣旨に反することが明らかであると認定することは困難であると考えられる。 なぜなら、組織再編税制もグループ法人税制も移転資産に対する支配が継続していることを理由として、譲渡損益を実現させないように制度設計がされている(※8)。 (※8) 政府税制調査会法人課税小委員会「会社分割・合併等の企業組織再編成に係る税制の基本的考え方」(平成12年)、佐々木浩ほか「法人税法の改正」『平成22年版改正税法のすべて』189頁(大蔵財務協会、平成22年)。 そして、組織再編税制では、グループ法人税制と異なり、企業グループとして一体的な経営が行われている単位という点を考慮することにより、完全支配関係ではなく、支配関係内の適格組織再編成も認めている。すなわち、包括的租税回避防止規定を適用することにより非適格分社型分割に係る譲渡損を実現させないのであれば、分割法人による分割事業に対する支配が継続していると認定しなければならない。これに対し、分割法人が分割承継法人の発行済株式総数の100分の90に相当する数の株式を保有していることにより株主総会及び取締役会を実質的に支配していたとしても、それは当然のことであり、完全支配関係と支配関係とに分けて制度設計がされているにもかかわらず、株主総会及び取締役会を実質的に支配しているという理由で組織再編税制及びグループ法人税制の制度趣旨に反するとまではいうべきではない。すなわち、グループ法人税制では、移転資産に対する支配が完全に継続している必要があり、僅かでも株主としての権利を外部の者が保有しているのであれば、グループ法人税制の対象にすべきではないということになる。 逆にいえば、分割により含み損のある資産が移転したことが真実の事実関係であれば、包括的租税回避防止規定を適用することは、完全支配関係のある法人間の取引に限定し、支配関係のある法人間の取引にまでその範囲を広げなかったグループ法人税制の制度趣旨に反することから、そのような否認をすべきではないということになる。そのため、上記のような取引に対して包括的租税回避防止規定を適用するためには、グループ外の法人又は個人による株式の保有が名目的なものであることが必要となり、多くの場合において、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる(※9)。 (※9) グループ外の法人又は個人による株式の保有が名目的なものである場合の典型例として、株式を保有した当初から買戻しが想定されている事案が考えられるが、たとえ買戻しが想定されていたとしても、株式の保有と買戻しが事業上の目的に基づいて行われている限り、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる。 (3) 支配関係のない法人に対する非適格分社型分割 法人税法上、完全支配関係及び支配関係の判定は、議決権の有無ではなく、発行済株式又は出資に対する割合で行うこととされている(※10)。すなわち、議決権株式100株を支配株主が保有し、無議決権株式900株をグループ外の法人又は個人に保有させることにより、完全支配関係だけでなく、支配関係をも外すことができる。このような場合には、支配関係のある法人に対して分社型分割を行う場合に比べ、かなり容易に非適格分社型分割に該当させることが可能になる。 (※10) 国税庁HP文書回答事例「議決権のない株式を発行した場合の完全支配関係・支配関係について」参照。 この場合にも、完全支配関係及び支配関係を外した行為が不自然・不合理であれば、包括的租税回避防止規定(法法132の2)が適用される可能性は考えられる。これに対し、事業上の目的で完全支配関係及び支配関係が外れているものの、完全支配関係及び支配関係が外れていることを奇貨として、議決権のみを支配しているグループ会社に対して非適格分社型分割を行うという行為に対して、包括的租税回避防止規定を適用することができるかどうかが問題となる。 この点については、支配関係のある法人間の組織再編成にまで適格組織再編成の範囲を広げたのが当時の商法上の子会社の定義(平成17年改正前商法211の2①)によるものであり(※11)、現行会社法における子会社の定義が議決権の有無により判断されていることを考えると(会社法2三~四の二、会規3、3の2)、無議決権株式を大量に発行することにより支配関係を外す行為に対しては、制度趣旨に反するといえそうである。 (※11) 阿部泰久「改正の経緯と残された課題」江頭憲治郎ほか編『企業組織と租税法(別冊商事法務252号)』83頁(商事法務、平成14年)。 しかし、無議決権株式が発行されていたとしても、完全支配関係が外れていることは否定できないため、グループ外の法人又は個人による株式の保有が名目的なものである場合を除き、完全支配関係が外れていることが制度趣旨に反するとはいい難い。すなわち、支配関係が成立していたと仮定したとしても、税制適格要件を満たさない場合には、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないということになる。 そのため、上記のような取引に対して包括的租税回避防止規定を適用するためには、グループ外の法人又は個人による株式の保有が名目的なものであることが必要となり、多くの場合において、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第49回】 「会社規模の変更による株価対策」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 梶本 岳 相談内容 私はオフィスビルの管理・清掃業を営むB社を経営しています。近い将来、長男のF専務への事業承継を考えているのですが、顧問税理士からは株価対策を行ってからB社株式を贈与した方がよいとのアドバイスを受けています。 当社は利益体質の会社ではないのですが、昔から保有している土地の含み益が非常に大きく、類似業種比準価額方式よりも純資産価額方式による株価のほうが高くなっています。 当社は、従業員数35人、総資産価額(帳簿価額)14億円、売上高4億5,000万円の中小企業ですが、会社規模は中会社の中(L=0.75)となり、株価の4分の1を純資産価額で算定しなければならないようです。 金融機関からも少し工夫すれば会社規模の区分を引き上げることができそうなので、株価対策を検討してはどうかと提案されています。株価対策として、どのような方法が考えられるでしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 評価対象会社の規模に応じた評価方式 同族株主等が非上場株式を贈与・相続により取得する場合の評価は、評価対象会社の規模に応じて類似業種比準価額方式、純資産価額方式及びこれらの方式を併せた併用方式により行われます(財基通178、179)。 評価対象会社の会社規模が上位の区分になるほど類似業種比準価額を採用できる割合が大きくなるため、純資産価額が類似業種比準価額の株価より高い会社においては、会社規模を上位の区分に引き上げて類似業種比準価額の割合を増やすことが、株価の引下げにつながります。 〈図1:評価会社の規模に応じた評価方式〉 (※) 算式中の「L」は、評価対象会社の総資産価額及び従業員数又は取引金額に応じて3つに区分され、0.9/0.75/0.6のいずれかとなります。 [2] 会社規模の判定 会社規模の判定において、従業員数が70人以上の会社は、評価対象会社の業種、総資産価額や取引金額に関係なく大会社に該当することになります。一方、従業員数が70人未満の会社においては、総資産価額(帳簿価額)、従業員数、取引金額の多寡により会社規模の区分を判定します(図2参照)。 〈図2:会社規模の判定表〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出所) 財産評価基本通達178 評価対象会社の会社規模は、①総資産価額(帳簿価額)又は従業員数のいずれか下位の区分と、②取引金額の区分とのいずれか上位の区分により判定されます。株価対策として会社規模区分の引上げを検討する際には、「取引相場のない株式(出資)の評価明細書」(図3)を用いて、総資産価額(帳簿価額)、従業員数、取引金額のうち、どの項目を増加すれば会社規模の区分を引き上げることができるのか、確認することをお勧めします。 〈図3:会社規模の判定の明細書〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出所) 取引相場のない株式(出資)の評価明細書(第1表の2)を抜粋、筆者加工。 [3] 中会社における株価対策の検討 B社の会社規模をより上位の区分に引き上げて純資産価額の影響を小さくする(類似業種比準価額を採用できる割合を増やす)ためには、次のような対策が考えられます。 (1) 総資産価額(帳簿価額)及び従業員数に応ずる区分 直前期末の総資産価額(帳簿価額)及び直前期末以前1年間における従業員数に応ずる区分は、いずれか下位の区分を選択することになりますので、総資産価額と帳簿価額のうち下位の区分にある指標を増やすような対策を検討すべきです。また、取引金額に応ずる区分(下記(2))と比較して、いずれか上位の区分を選択することになりますので、(1)及び(2)のどちらの対策を優先的に行うかの検討も必要でしょう。 B社の場合、従業員数を増やして35人超とすることができれば、中会社の中(L=0.75)から中会社の大(L=0.9)に区分を引き上げることが可能です。 さらに、従業員数の増加に加えて、設備投資や賃貸用不動産の取得を行って総資産価額を15億円以上にすることができれば、中会社の大(L=0.9)から大会社に区分を引き上げることが可能です。 〈図4:総資産価額及び従業員数に応ずる区分〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出所) 財産評価基本通達179(2)イ (2) 取引金額に応ずる区分 直前期末以前1年間の取引金額に応ずる区分は、上記(1)と比較して、いずれか上位の区分を選択することになります。したがって、取引金額を増やすことができれば、総資産価額や従業員数の影響を受けることなく会社規模の区分を引き上げることが可能です。 B社の場合、本業の売上高を増加させるか、あるいは、賃貸用不動産の取得等により受取賃借料の額を増加させて、取引金額を5億円以上にすることができれば、中会社の中(L=0.75)から中会社の大(L=0.9)に区分を引き上げることが可能です。 取引金額は、「その期間における評価会社の目的とする事業に係る収入金額」とされていますので、事業といえない小規模なものや、臨時的な収入は取引金額に含めることができない点に留意が必要です(財基通178)。 〈図5:取引金額に応ずる区分〉 (出所) 財財産評価基本通達179(2)ロ [4] 結論 類似業種比準価額よりも純資産価額の株価が高い会社においては、総資産価額、従業員数、取引金額を増やして類似業種比準価額を採用できる割合を大きくすることが株価の引下げにつながります。 グループ会社がある場合は、子会社を合併して総資産価額、従業員数、取引金額を増加させる方法も検討に値すると思います。ただし、合併を行った場合には、類似業種比準価額が株価として採用できない期間が生ずるなどの課題もあるため、検討にあたっては慎重な判断が必要でしょう(詳細は【第40回】を参照)。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第67回】 「売買契約中に相続が発生した場合における買主側に係る小規模宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始は令和4年10月1日)は、甲とその配偶者である乙が居住の用に供していたA土地及び建物を所有していましたが、令和3年にA土地及び建物を売却しています。 その売却代金を基に新たにB土地及び建物を購入予定でしたが、令和4年8月1日に甲が売買契約を締結(売買契約日に手付金10%相当の支払いを行っています)した後に、引渡しを受ける前に甲が死亡しました。甲の相続人は乙1人のみであり、買主の権利義務を承継した乙は、残代金を令和5年3月1日に支払い、B土地及び建物の引渡しを受け、居住の用に供しています。 なお、甲及び乙は、A土地及び建物の売却後は、仮住まいとしてCマンションの1室を借りて居住していましたので、相続開始の直前はCマンションに居住していました。 【売買契約の内容】 【B土地及び建物の相続税評価】 上記の前提事項である場合にB土地及び建物に係る相続財産の種類、相続税評価及び小規模宅地等に係る特定居住用宅地等の特例の適否はどのようになりますか。 [A] B土地及び建物に係る相続財産の種類、相続税評価及び小規模宅地等に係る特定居住用宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適否は下記のとおりとなります。 なお、原則の場合でも例外の場合でも残代金81,000千円については債務として計上されることになります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 相続財産の種類と相続税評価 売買契約締結後、引渡しの前に買主に相続が発生した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、原則として土地等又は建物等の引渡請求権等となり、被相続人から承継した債務は、相続開始時における残代金支払債務となります。 最高裁判決と国税庁情報でその取扱いの内容が明確にされています。 (1) 最高裁判決における取扱い 昭和61年12月5日の最高裁判決(TAINSコード:Z154-5841)は、被相続人が農地の買受契約を締結し、農地法3条による許可申請に対する許可通知が被相続人の死亡後に到達した場合、相続に係る相続税の課税財産は農地であるのか債権であるのか、その評価はどうするかが争われた事例となります。 納税者は、相続財産は農地であり、財産評価基本通達に定める農地の評価方法によるべきであると主張しましたが、最高裁は次のとおり判示し、納税者の請求を棄却しました。 なお、本事例においては、相続後に支払った残代金及び仲介手数料は債務として認められています。 前回の連載で解説した最高裁判決(売買契約中に売主に相続が発生した場合)と上記の最高裁判決(売買契約中に買主に相続が発生した場合)は、同日に行われており、売主側と買主側における財産の種類及び相続税評価の取扱いをまとめると下記のとおりとなります。 (2) 国税庁情報における取扱い 上記(1)の最高裁判決を踏まえて、国税庁の取扱いにおいても、土地等又は建物等の売買契約締結後、売主から買主への引渡しの日(農地法所定の許可又は届出を要する農地等である場合には、その許可の日又はその届出の効力の生じた日後にその土地等の所有権が売主から買主へ移転したと認められる場合を除き、その許可の日又は届出の効力の生じた日)前に買主に相続が開始した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、その売買契約に係る土地等又は建物等の引渡請求権等とし、被相続人から承継した債務は、相続開始時における残代金支払債務とされました。 なお、土地等又は建物等の引渡請求権等の価額は、原則としてその売買契約に基づく土地等又は建物等の取得価額の金額とされていますが、その売買契約の日から相続開始の日までの期間が通常の売買の例に比較して長期間であるなどその取得価額の金額がその相続開始の日におけるその土地等又は建物等の引渡請求権等の価額として適当ではない場合には、別途個別に評価した価額によります。 また、その土地等又は建物等を相続財産とする申告があったときは、それを認めるものとされていますが、課税処分が訴訟事件となり、その審理の段階で引渡し前の相続財産が「土地等」であるとして争われる場合には、相続財産が「土地等」であるとしてもその価額が当該売買価額で評価すべきである旨を主張する事例もあるとされています(国税庁資産税課情報第1号(平成3年1月11日付))。 売買契約中に買主に相続が発生した場合の相続財産の種類と相続税評価について、国税庁情報の取扱いをまとめると下記のとおりとなります。 売買契約中に売主に相続が発生した場合については、前回の連載で解説していますが、最高裁判決と同様に「売買契約に基づく残代金請求権」を相続財産としています。これに対して、売買契約中に買主に相続が発生した場合には、国税庁情報では、「土地等又は建物等」を相続財産とする例外処理を認めており、この部分については、最高裁判決と異なりますので、注意する必要があります。課税実務上は、国税庁で例外処理が容認されていますので、上記の原則処理又は例外処理のいずれかを選択することになります。 (3) 本問の場合の当てはめ 原則として引渡請求権等として90,000千円が相続財産となりますが、例外として土地80,000千円及び建物2,000千円を相続財産とすることも認められることになります。売買価額と財産評価基本通達による価額の差が著しく乖離しており、課税上の弊害があると認められる場合には、財産評価基本通達による価額は適当とはいえませんが、本問の場合には、乖離も大きくないため、例外の路線価等による価額も認められるものと考えられます。 2 小規模宅地等の特例の適否の判断 小規模宅地等の特例は、相続開始の直前において、被相続人又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業の用又は居住の用に供されていた「宅地等(土地又は土地の上に存する権利をいう、以下同じ)」を対象としています(措法69の4①)。 したがって、少なくとも下記の2点について要件を充足する必要があります。 (1) 被相続人が所有している宅地等であること 宅地等であることが要件とされていますので、相続財産の種類を原則の「引渡請求権等」とした場合には、小規模宅地等の特例の対象になりませんが、相続財産の種類を「土地等又は建物等」として申告した場合には、課税上は、「宅地等」として取り扱うことになりますので、他の要件を満たせば、小規模宅地等の特例の対象になります。 (2) その宅地等が相続開始の直前において、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていること 売買契約中に相続が発生した場合には、まだ引渡しを受けていませんので、当然、相続開始の直前において、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されておらず、小規模宅地等の特例の適用を受けることができないことになります。 しかしながら、事業や居住の継続の観点から一時点で判断することは適当ではありませんので、建築中等に相続が開始した場合には、租税特別措置法関係通達69の4-5、69の4-8において救済措置があります。その内容は下記のとおりとなります。 租税特別措置法関係通達69の4-5(事業用建物等の建築中等に相続が開始した場合) 租税特別措置法関係通達69の4-8(居住用建物の建築中等に相続が開始した場合) 上記の救済措置は、移転又は建替えのために一時的に事業の用又は居住の用に供されていなかった宅地等を事業用宅地等又は居住用宅地等として取り扱う内容となりますので、本問の場合のように居住用財産の移転のための建物の取得も通達の適用範囲となり得ると考えられます。 3 本問の場合の特例の適否 特例の適否については、相続財産の種類を宅地等として取り扱うかどうかで異なりますので、相続財産の種類を原則の引渡請求権等とした場合には、特例を適用することができませんが、例外の土地等又は建物等として申告した場合には、他の要件を満たしていれば、特例を適用することができます。 特定居住用宅地等とは、被相続⼈の居住の⽤に供されていた宅地等で、当該被相続⼈の配偶者⼜は一定の要件を満たす当該被相続⼈の親族(当該被相続⼈の配偶者を除く)が相続⼜は遺贈により取得したものをいい(措法69の4③二)、配偶者については、一定の要件はありませんので、相続財産の種類を「土地等又は建物等」として申告を行い、かつ、租税特別措置法関係通達69の4-8(居住用建物の建築中等に相続が開始した場合)の救済措置により、居住用宅地等として認められれば、要件は満たされることになります。 なお、小規模宅地等の特例は、それが相続人等の生活の基盤のために不可欠なものであって、その処分について相当の制約を受けるのが通常であること等に鑑み設けられた制度となりますので、相続財産の種類を引渡請求権等とした場合においても特例の適用は認めるべきではないかとの意見もあるかと思います。しかしながら、条文の規定が「宅地等」に限定されており、最高裁判決は「引渡請求権等」として取り扱っていますので、「宅地等」の範囲を拡大解釈することは適当ではないと考えられます。 あくまでも国税庁の情報の中で「その土地等又は建物等を相続財産とする申告があったときにおいては、それを認める」ものとされていますので、例外処理を選択することではじめて、小規模宅地等の特例の検討をすることができることになります。 また、例外処理での小規模宅地等の特例の取扱いについては、法令や通達等で明確にされてはいませんので、上記2の適用要件に留意しながら慎重に判断を行い、万が一、認められなかった場合のリスクについても納税者に説明を行う必要があります。 ★実務上のポイント★ 売買契約中に買主に相続が発生した場合には、相続財産の種類を「引渡請求権等」として申告するのか、「土地等又は建物等」として申告するのかによって課税上の取扱いが大きく異なることになりますので、納税者に十分に説明をして申告を行う必要があります。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第136回】 「2022年における調査委員会設置状況」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 本連載では、個別の会計不正に関する調査報告書について、その内容を検討することを主眼としているが、本稿では、「第三者委員会ドットコム」が公開している情報をもとに、各社の適時開示情報を参照しながら、2022年において設置が公表された調査委員会について、調査の対象となった不正・不祥事を分類するとともに、調査委員会の構成、調査報告書の内容などを概観し、その特徴を検討したい。 第三者委員会ドットコムが公開しているデータを集計したところ、2022年において、調査委員会の設置を公表した会社は57社であり、2021年の61社を下回っている。57社のうち、複数の調査委員会設置を公表した会社が下表のとおり5社あったため、この結果、設置が公表された調査委員会の数は64となる。 上記の会社については、会社数としてはそれぞれ「1社」とカウントする一方、委員会の構成については委員会ごとに、不正・不祥事の分類はその区分ごとに集計しているため、一部、合計数が合わないことをお断りしておく。 設置が公表された64の調査委員会のうち15の委員会は、本稿執筆時点において、まだ調査報告書(その概要を含む)を公表していない。このうち4つの調査委員会については、設置そのものが11月又は12月であり、まだ調査が終わっていないとも考えられるが、例年に比較して、調査結果を公表しない事案が増加傾向にあるのは間違いない。 【市場別分類】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 市場別分類では、東証1部・東証プライム上場会社が25社と約44%を占めた(複数市場に上場している会社は東証の市場区分に含めている)。上場会社数は2022年12月29日現在。 主たる市場以外では、「事業実績の観点からリスクを有するものの、将来のプレミア市場又はメイン市場への市場区分の変更を見据えた事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ、一定の市場評価を得ながら成長を目指す企業向けの市場」(名古屋証券取引所ホームページ参照)と定義されている名古屋証券取引所ネクスト市場に上場している株式会社オウケイウェイヴと、非上場のパナソニックコンシューマーマーケティング株式会社が、それぞれ調査委員会の設置と調査報告書を公表している。 【会計監査人別分類】 会計監査人別の分類では、いわゆる大手4大監査法人の監査を受けていた会社が32社、中堅以下の監査法人の監査を受けていた会社が25社となり、中堅以下の監査法人のクライアントの比率が過去4年では最も高くなっている。 大手4大監査法人のなかでは、有限責任監査法人トーマツのクライアントで調査委員会の設置を公表した会社が13社と最も多く、有限責任あずさ監査法人のクライアントが9社、EY新日本有限責任監査法人のクライアントが8社であった一方、PwCあらた有限責任監査法人のクライアントでは2社となっている。 なお、中堅以下の監査法人で複数のクライアントが調査委員会を設置したのは、太陽有限責任監査法人が4社で最も多く、監査法人アリア、監査法人アヴァンティア、アスカ監査法人、監査法人東海会計社がそれぞれ2社となっている。 【調査委員会の構成による分類】 一部、委員名を非公表としている委員会を含めた調査委員会の構成ごとの分類では、日本弁護士連合会が2010年に公表した「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠していると明言している調査委員会及び明言はしないまでもその趣旨に沿って外部の委員を選定していると認められる調査委員会は33あり、過半数を上回っている。 また、2018年から続いていた、調査委員会の構成や委員名について、非公表とする傾向については、2022年も5社が「非公表」としており、このうち3社は、調査報告書も公表していない。 【調査委員会を設置することとなった不正・不祥事の分類】 調査対象となった不祥事別にこれを分類すると次表のとおりとなる。なお、分類上、経営者や従業員の不正であっても、決算修正等、公表している決算報告書に影響を及ぼす可能性のあるものについては、「会計不正」としている。 【会計不正の態様】 次いで、「会計不正」に分類された44件について、それぞれの不正の態様を見ておきたい。 上表では、「会計不正」を対象とした調査委員会の数は44となっているが、1つの事案で複数の委員会を設置した重複分を控除した結果、「会計不正」と分類できる内容で設置された調査委員会は39となる(赤字は本連載で取り上げた報告書)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2022年12月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年12月1日から12月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 「中小企業の会計に関する指針」の改正に関する公開草案が公表され、意見募集されている。 これは、収益の計上基準の注記に関する改正である。 Ⅲ 東京証券取引所関係 東京証券取引所から「IPOに関する上場制度等の見直しについて」が公表され、意見募集されている。 スタートアップにおける新規上場手段の多様化を図る観点から、新規上場プロセスの円滑化やダイレクトリスティングの環境整備などについて、所要の上場制度等の見直しを行うものである。 Ⅳ 金融審議会関係 金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」から「金融審議会市場制度ワーキング・グループ第二次中間整理」が公表されている。 市場インフラの機能向上とスタートアップ企業等への円滑な資金供給を中心に検討を行い、取引所と私設取引システム(PTS)の機能強化や公正価値評価の促進などについて検討している。 Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 倫理規則の改正に伴う監査基準報告書及び監査基準報告書実務指針の改正(公開草案)(内容:2022年7月25日付けで倫理規則が改正されたことに伴い、監査基準報告書200「財務諸表監査における総括的な目的」、監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」などを改正する) ② 倫理規則実務ガイダンス「倫理規則に関するQ&A-監査法人監査における監査人の独立性について-(実務ガイダンス)」(公開草案)(内容:2022年7月25日付けで倫理規則が改正されたことに伴い、監査法人の計算書類を対象とする監査業務における倫理規則の適用上の留意点などを示す) ③ 「監査法人の組織的な運営に関する原則」(監査法人のガバナンス・コード)(案)(内容:監査法人が果たすべき役割などに関する監査法人のガバナンス・コードの改訂案) ④ 「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」等(内容:監査報告書の記載事項に公認会計士又は監査法人が被監査会社から受領する報酬に関連する事項を追加するもの) ⑤ 「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(公開草案)」(内容:既存制度の実効性に関する懸念や国際的な内部統制の枠組みの改訂等に対応) (了)