租税争訟レポート 【第64回】 「派遣社員による不正行為と重加算税 (第1審:大阪地方裁判所令和元年8月9日判決、 控訴審:大阪高等裁判所令和2年1月28日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第1審判決の概要〉 〈控訴審判決の概要〉 【事案の概要】 本件は、原告が、平成24年12月1日~平成25年11月30日の期間及び同年12月1日~平成26年11月30日の期間に係る法人税、復興特別法人税及び消費税等につき、確定申告をしたところ、東税務署長から、原告の関連会社である株式会社Bの従業員(当時)であり原告に派遣されていた乙がした架空仕入計上、売上過少計上及び架空減価償却費計上を理由に、前記各期に係る各更正処分及び各重加算税賦課決定処分(本件各賦課決定処分)をされたため、本件各賦課決定処分の取消しを求める事案である。 原告は、C社又はB社が医療機関に納入した医療機器等の保守・修理等を業とする株式会社であり、代表取締役甲の親族が発行済株式総数の全てを保有する同族会社である。原告には、平成25年11月期及び平成26年11月期において、固有の従業員はおらず、B社の従業員が原告に派遣されその事務を兼務していた。 B社は、医療機器・光学機器の販売等を業とする株式会社であり、その代表取締役である甲、原告及び原告の100%子会社である株式会社D等が発行済株式総数の約72%を保有する同族会社であり、原告、C社等を関連会社とする企業グループ(Bグループ)の基幹法人である。C社は、理化学機器の販売等を業とする株式会社であり、B社が発行済株式総数の全てを保有する同族会社で、C社の代表取締役のうち1名は甲である。 乙は、平成18年12月11日にB社に入社し、平成19年5月頃から平成27年5月頃の間、①原告の業務を兼務し、経理部門の責任者であり、乙同様、B社から原告に派遣されていた丙の下で、経費等の支払依頼書の作成、原告の総勘定元帳の記帳及び確定申告手続等の経理業務に従事するとともに、②C社の業務を兼務し、総勘定元帳の記帳、給与・賞与の振込等の経理業務に従事し、C社が給与の振込みに利用するG銀行大阪中央支店のC社名義の預金口座からの給与振込みに関し、給与データの作成等の権限を与えられていた。 【第1審判決の概要】 1 乙による不正行為 (1) 架空仕入の計上 (2) 売上の過少計上 ① C社から原告への架空請求 乙は、原告に保守・修理等の業務の発注事実が存しないにもかかわらず、C社から原告に宛てて、合計5,715万円の架空請求書を作成し、甲宛ての支払依頼書を作成したうえで、順次、丙を経由して甲に決裁をさせ、架空請求書に係る支払依頼は、乙同様、B社から原告に派遣されている他の経理担当者により、平成26年9月16日、本件原告口座からC社名義の預金口座に振り込まれた。 ② B社に対する原告による請求と売上の過少計上 原告は、B社に対し、平成26年2月6日~同年9月4日の間に、B社から受注したEの保守業務に係る代金として、次の各金員の支払の請求をし、本件原告口座に合計2億4,906万6,511円の振込みを受けた。 乙は、上記のB社からの振込額に関し、その一部のみを元帳に記帳し、振込額の合計額2億4,906万6,511円と記帳額の合計額1億9,506万6,511円との差額5,400万円(消費税等相当額を加えた額は5,715万円)の保守業務に係る代金については元帳に記帳せず、売上を過少計上した。 (3) 架空の減価償却費計上 (4) 乙による領得行為 乙は、上記(1)①②、(2)①及び(3)①で作成した架空請求書に基づき、原告の預金口座からC社名義の預金口座に振り込まれた金員約1億7,000万円を、インターネットバンキングを利用して、乙の預貯金口座に送金して領得した。 2 争点 乙が行った架空仕入計上並びに売上過少計上及び架空減価償却費計上が、原告に係る平成25年11月期及び平成26年11月期の法人税等の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠蔽し、又は仮装した行為に該当することは当事者間に争いがない。 本件における争点は、乙による前記仮装隠蔽行為を納税者本人である原告の行為と同視し、原告に対して本件各賦課決定処分を行うことができるか否かである。また、争点に関する被告の主張が認められた場合の税額算定過程等については、当事者間に争いがない。 3 争点に対する原告の主張 原告は、従業員による隠蔽仮装行為を納税者によるものと同視することができるか否かは、①納税者の従業員が専ら自己の利益のみを図って隠蔽仮装行為をしたか、②当該従業員の納税者の内部における地位がどのようなものであったか等によって、異なり得るものであり、納税者が法人である場合、その経営に参画していた役員、一定の重要な経営上の権限を与えられていた従業員等による隠蔽仮装行為であれば、当該行為が専ら当該法人以外の者の利益を図るために行われ、その代表者が当該行為を知らなくとも、当該行為を法人の行為と同視して重加算税を賦課するものであるという前提のうえで、乙が原告の経理担当者として従事した業務は、①修理メンテナンス業務の売上計上及び同業務に係るB社からの入金の計上、②経費等の支払依頼、③仕訳業務、④確定申告書の提出業務(会計ソフトのデータを税理士に交付して決算処理を依頼し、税理士が行った処理に基づき確定申告書を作成して税務署に提出する。)という、いずれも経理処理の基本業務であるか単純作業であり、乙が原告の経営に参画する地位にある者とはいえないことは明らかであるから、乙の行為を法人の行為と同視することはできないと主張した。 さらに、本件架空仕入計上がされた平成25年11月期は、メンテナンス業務が増大していた時期と重なり、甲が、平成25年11月期の仕入高や買掛金の金額が不自然であると認識することは困難であったこと、本件売上過少計上は、乙が平成25年11月期の本件架空仕入計上とのつじつまを合わせるために実際よりも仕入高を減少させる会計処理が行われたものであること、Bグループの当時の事業規模が年商約200億円であったことからすれば、架空器具備品購入費の3,500万円は高すぎる金額ではなく、本件架空減価償却費計上を発見、阻止することは容易ではなかった。さらに、乙が作成した架空請求書は、C社が立替経費の請求に用いる請求書と同じ書式であったから、日々多数の請求書等を決裁する中で、請求書を偽造であると判別することは容易ではなかったことなどを挙げて、甲による確認行為の懈怠を否定する主張を行った。 4 第1審大阪地方裁判所の判断 (1) 判断の枠組み 大阪地方裁判所は、重加算税制度について、納税者が過少申告をするにつき隠蔽又は仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を課すことによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものであると定義づけ、最高裁判決を引用する形で、重加算税制度は、納税者自身による隠蔽仮装行為の防止を企図したものと解されるが、納税者以外の者が隠蔽仮装行為を行った場合であっても、それが納税者本人の行為と同視することができるときには、形式的にそれが納税者自身の行為でないというだけで重加算税の課税が許されないとすると、制度の趣旨及び目的を没却することになると述べた。 そのうえで、納税者である法人において、その従業員が隠蔽仮装行為をして過少申告がされた場合にも、法人は、雇用契約等に基づき、従業員に対して業務全般について広く指揮監督を行う権限を有することに鑑みれば、法人において、従業員に対する指揮監督を通じ、従業員の隠蔽仮装行為を認識し、又は認識することができ、法定申告期限までにその是正や過少申告防止の措置を講ずることができたにもかかわらず、法人において、これを防止せずに隠蔽仮装行為が行われ、過少申告がされたときには、隠蔽仮装行為を納税者本人たる法人の行為と同視することができ、法人に対して重加算税を課することができると解するのが相当であるとする判断の枠組みを示した。 (2) 争点1(本件架空仕入計上を原告の行為と同視することができるか否か) 大阪地方裁判所は、乙による架空仕入の計上について、原告の代表者である甲は、乙による隠蔽仮装・領得行為が行われないように指揮監督の権限を行使すべきところ、これを行使することなく、乙により隠蔽仮装・領得行為が行われ得る状況を放置したものであるが、以下の確認行為を行っていれば、隠蔽仮装・領得行為の一環として行われた架空仕入計上を容易に認識することができ、法定申告期限までにその是正や過少申告防止の措置を講ずることができたことから、本件架空仕入計上は、納税者本人たる原告の行為と同視することができ、これを前提としてされた賦課決定処分のうち平成25年11月期に係る部分は、適法であるという判断を示した。 原告代表者である甲が怠った確認行為として、裁判所は次の2点を指摘した。 (3) 争点2(本件売上過少計上及び本件架空減価償却費計上を原告の行為と同視することができるか否か) 大阪地方裁判所は、乙による売上の過少計上及び架空減価償却費の計上についても、争点1における判断と同じく、原告の代表者である甲が、以下の確認行為を行っていれば、隠蔽仮装・領得行為の一環として行われた売上の過少計上及び架空減価償却費の計上を容易に認識することができ、法定申告期限までにその是正や過少申告防止の措置を講ずることができたことから、本件売上の過少計上及び架空減価償却費の計上は、納税者本人たる原告の行為と同視することができ、これを前提としてされた賦課決定処分のうち平成26年11月期に係る部分は、適法である判断を示した。 原告代表者である甲が怠った確認行為として、裁判所は次の3点を指摘した。 【控訴審判決の概要】 1 控訴審における控訴人(第一審原告)の補充主張 控訴人は、控訴審では、次のように補充主張を行い、本件に国税通則法68条1項の適用はないと主張した。 2 控訴審大阪高等裁判所の判断 大阪高等裁判所は原判決を支持したうえで、次のように原判決を一部改めるとともに、控訴人の主張について判断を示している。 (1) 乙の業務内容について 裁判所は、架空仕入、売上過少計上及び架空減価償却費計上のそれぞれについて、乙の業務内容と甲による監督義務についての判断を示しているが、ほぼ同様の判断が示されているので、本稿では、架空仕入計上に関する裁判所の判断を示しておきたい。 (2) 控訴人の補充主張について 控訴人の補充主張について、大阪高等裁判所は、次のように判示して、控訴人の主張は採用することができないとしたうえで、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴には理由がないから、これを棄却するという判決を示した。 【解説】 関係会社から派遣されていた従業員が、別の派遣先の預金口座から振込出金できる立場を悪用して、派遣先会社に対する架空請求書を作成して派遣先に対する支払いをさせたうえで、別の派遣先の預金口座から不正に金員を領得した事件において、第一審・控訴審ともに、裁判所は、派遣従業員の隠蔽仮想行為を納税者である法人の行為と同視することができ、重加算税の賦課決定処分は違法ではないという判断を下して、判決が確定した。本判決を通して、改めて、従業員による不正行為と重加算税の関係について考えてみたい。 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年)には、従業員による不正行為と重加算税の関係について、次のような見解を示している。 これらの記述は、一部、かな書きと漢字との相違があったり、括弧書きの位置が変わったりしているものの、旧版からずっと踏襲され続けており、金子名誉教授は、従業員の横領などの不正行為により所得が社外に流出している場合には、重加算税の賦課要件を満たさないという見解に立っているように解釈できる。 本件判決は、乙による領得があったにもかかわらず、原告代表者である甲が、従業員の管理監督を怠っていたために、隠蔽・仮装行為に気づくことができなかったことに着目して、従業員の行為を納税者である法人の行為と同視することができることから、重加算税の賦課決定処分は適法であるという判断を示したものであり、とくに控訴審判決は、「乙が隠蔽仮装行為を行ったのが、自己の利益を図るためであった」としても、納税者の行為と同視し得るという判断を示しており、金子名誉教授の見解とは立場を異にしているように思料する。 (了)
〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第10回】 「タクシー会社が減損に至った経緯」 -顧客関連資産減損の読み方- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 今回は、東京の大手タクシー会社として知られる大和自動車交通の減損事例を取り上げます。減損された資産は顧客関連資産という耳慣れない資産です。顧客関連資産とは何か、なぜ減損に至ったのかということを、この会社の中期経営計画も見ながら探っていきましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:第115期 有価証券報告書) (※) 下線は筆者 注記からわかるとおり、大和自動車交通は2022年3月期において総額213百万円の減損損失を計上しました。その中に、顧客関連資産という資産の減損が44百万円含まれています。顧客関連資産の減損が発生したのは、この会社のサービス・メンテナンス事業です。まずは当該事業の内容を確認しておきます。 有価証券報告書の「事業の内容」によると、サービス・メンテナンス事業は、清掃、サービス・メンテナンス事業とのことです。当該事業を担う主要な会社は、スリーディとトータルメンテナンスジャパンの2社だといいます。 さらに、有価証券報告書の「重要な会計上の見積り」の注記によると、顧客関連資産の減損が発生したのは、上記2社のうちトータルメンテナンスジャパンの方だとわかります。 (出所:第115期 有価証券報告書) (※) 下線は筆者 〈顧客関連資産とはなにか、減損の経緯は?〉 では、トータルメンテナンスジャパンに係る顧客関連資産とは何かというと、やはり「重要な会計上の見積り」の注記に説明があります。 (出所:第115期 有価証券報告書) (※) 下線は筆者 顧客関連資産は、大和自動車交通グループがトータルメンテナンスジャパンを買収した際に計上されたものです。簡単にいうと、買収価額が買収対象会社の資産・負債(顧客関連資産及びのれん認識前の時価)の純額を超過した部分を、顧客関連資産とのれんに計上したということになります。 《顧客関連資産のイメージ》 一般に、顧客関連資産は、顧客リストをはじめとする顧客との取引関係に資産価値を見出して計上するもので、買収対象会社の既存顧客が今後もたらすキャッシュ・フローをベースに算定されます。トータルメンテナンスジャパンの買収でも、買収年度の大和自動車交通の有価証券報告書の「企業結合等関係」の注記に次のような記載があり、顧客関連資産の意味合いは同様とみられます。 (出所:第114期 有価証券報告書) (※) 下線は筆者 では、当該顧客からの今後の収益をどう見積もっているのかというと、これも「重要な会計上の見積り」の注記に説明があります。 (出所:第115期 有価証券報告書) (※) 下線は筆者 見積りの主要な仮定は2つあって、売上高の逓減率と割引率だということです。そして、当該注記の別の箇所には次のような記載もあります。 (出所:第115期 有価証券報告書) (※) 下線は筆者 一般に、顧客というのは、営業努力をしなければ時間の経過とともに減少していくと考えられ、既存顧客を獲得した効果を評価する場合、そこから生まれる売上高は逓減していくと仮定します。この点について、大和自動車交通の前年度の有価証券報告書では、毎年5%の減少になるという仮定を置いていましたが、減損実施年度において、この前提が崩れたようです。 以上から、大和自動車交通は、トータルメンテナンスジャパンの買収によりゴルフ場のクラブハウス及びオフィスビルの清掃・メンテナンスに係る収益を見込んだが、当該事業の事業計画の見直しを迫られ、顧客関連資産の減損に至ったというわけです。 〈買収は失敗ではなかった?〉 買収の翌年度に、買収した事業に係る顧客関連資産等の減損を実施しなければならないというのは、結果だけを見れば、その買収は失敗だったということになります。 しかし、必ずしも断定はできません。次のような資料があるからです。2022年3月期決算が確定する直前である2022年3月30日に公表された、大和自動車交通の中期経営計画です。 「中期経営計画2024(2022年度-2024年度)」では、その前提となる長期ビジョンとして、「生活様式の変化」という経営環境の変化に着目しています。どのような変化かというと、人々の移動ニーズはコロナ禍前の水準には戻らないとしているのです。具体的には、「ビジネス需要の減少」と「会食等の減少」だといいます。 たとえば、会議のオンライン化でしょうか。 コロナ禍前は、会議のメンバーのうち社外の人たち(たとえば社外取締役等)については、会議に出席するためにタクシーに乗ってくることも多かったと思います。しかし現在では、オンライン化により開催地に足を運ぶ必要はなく、タクシーの利用機会は減りました。 会議というのは、出席者同士が積極的に意見交換するようなものもありますが、情報共有と定例的な確認のために開催されているものも多く、出席者の中には傍聴するだけの人もいます。そうであるならば、なにも顔を合わせる必要はなく、オンライン会議で十分です。おそらく、多くの会議でコロナ終息後もオンライン形態が続くものと考えられます。 このような前提の下、大和自動車交通はいくつかの取組みテーマを示しています。その1つとして、「新規ニーズの獲得と周辺事業の強化」というのがあります。トータルメンテナンスジャパンの担っている事業はまさしくこれに該当し、大和自動車交通グループの事業領域の拡大につながると位置づけられているのです。 つまり、大和自動車交通は、トータルメンテナンスジャパンの顧客関連資産について減損損失を計上したものの、グループ経営上、この事業に収益源泉の分散という重要な役割を期待しているとみられるのです。 新型コロナウイルス感染拡大は、リモートワークという新たな勤務形態を一定程度定着させました。こうした経営環境の変化に際して、将来の減損処理を危惧して買収を躊躇するのではなく、積極的に事業領域を拡大してリスク分散を図ったというのが、今回の事例の1つの見方です。大和自動車交通がトータルメンテナンスジャパンを買収したのが、新型コロナウイルス感染拡大後の2020年10月であることを考えると、その解釈は成立しそうです。しかし、買収の翌年度に事業計画が悪化して減損に至ったことも事実です。会計的には、決算書上における買収の効果が過大にならないように、減損処理により適正化したという意味合いがあります。経営の実態をどう読むかは難しいといえます。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第4回】 「ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 【第3回】では、リース取引の流れについて整理しました。リース契約を締結すると、今後、リース会社と取引が発生し会計処理を行います。どのような会計処理を行うか、その判断に必要になってくるのが、リース取引の判定です。 1 リース取引の全体像 まずは、リース取引の全体像をみていきましょう。リース取引には、ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引があり、オペレーティング・リース取引はファイナンス・リース取引以外の取引と定義されています。また、ファイナンス・リース取引には、所有権移転ファイナンス・リース取引と所有権移転外ファイナンス・リース取引があります。 今回は、ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引の判定について、ファイナンス・リース取引の定義、ファイナンス・リース取引の条件をみていきます。 2 ファイナンス・リース取引の定義 企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」の第5項では、ファイナンス・リース取引を次のとおり定義しています(下線筆者)。 長い文章ですが、簡単にすると、以下2つの条件をどちらも満たすことでファイナンス・リース取引と判定します。 3 ファイナンス・リース取引の条件 次に、上記2つの条件について、具体的にみていきましょう。 ① リース契約に基づく期間の中途において当該契約を解除することができないリース取引又はこれに準ずる取引(中途解約不能) 「リース契約に基づく期間の中途において当該契約を解除することができないリース取引」は、契約書上にリース期間中に解約することができないと明記されている場合です。また、「これに準ずる取引」は、契約書上はリース期間中に解約可能であっても事実上解約できないと考えられる契約のことを指します。具体的には、以下のような場合です。 つまり、リース期間中に解約できたとしても、上記2つのような場合は、多額の規定損害金を支払うこととなるため事実上解約できず、中途解約不能といえるでしょう。 ② 借手が、当該契約に基づき使用する物件からもたらされる経済的利益を実質的に享受することができ、かつ、当該リース物件の使用に伴って生じるコストを実質的に負担することとなるリース取引(フルペイアウト) 「借手が、当該契約に基づき使用する物件からもたらされる経済的利益を実質的に享受することができ」るとは、リース物件を使用することで得られる利益をほとんどすべて得られるということです。また、「当該リース物件の使用に伴って生じるコストを実質的に負担する」とは、リース物件を使用する場合にかかってくるコスト(リース物件の取得価額相当額、維持管理費用等)のほとんどすべてを負担することをいいます。 つまり、リース物件を使用する場合にかかってくるほとんどすべてのコストを負担する代わりに、リース物件を使用することで得られる利益ほとんどすべてを得られる場合、この条件を満たします。すなわち、物件を購入した場合と、変わらない実態といえるでしょう。この条件を満たすリース取引は、フルペイアウトのリース取引といわれます。 では、フルペイアウトのリース取引かどうかは具体的にどのように判断されるのでしょうか。以下2つの判断方法があります。 4 ファイナンス・リース取引:フルペイアウトの判断基準 ① リース料総額で判断する場合(現在価値基準) これは、解約不能のリース期間中のリース料総額の現在価値と、リース物件を仮に購入した場合に支払う金額を比較する方法です。つまり、リース契約でも、物件を購入した場合と変わらないコストを支払っている場合はフルペイアウトと判断されます。 具体的には、解約不能のリース期間中のリース料総額は、毎月支払うリース料を単純に合計したものには、リース会社に支払う利息が含まれています。そのため、リース料総額からリース会社に支払う利息部分を除いた価値(リース料総額の現在価値)と仮に購入する場合に支払う金額を比較し、リース料総額の現在価値が仮に購入する場合に支払う金額の90%以上である場合は、フルペイアウトのリース取引と判断します。購入する場合に支払う金額を「見積購入価額」、リース料総額で判断する方法を「現在価値基準」と呼んでいます。 ② リース期間で判断する場合(経済的耐用年数基準) これは、解約不能のリース期間とリース物件の経済的耐用年数を比較する方法です。つまり、経済的耐用年数(使用可能な期間)のほとんどすべての期間にわたり、リース物件を使用している場合はフルペイアウトと判断されます。 具体的には、解約不能のリース期間がリース物件の経済的耐用年数の75%以上である場合は、フルペイアウトと判断します。リース期間で判断する方法を「経済的耐用年数基準」と呼んでいます。 このように、フルペイアウトのリース取引かどうかの判断には2つの基準が設けられていますが、原則は①現在価値基準で判断します。ただ、現在価値基準を計算することが実務上は大変なので、②経済的耐用年数基準も設けられています。 * * * 今回は、ファイナンス・リース取引の判定基準についてみてきましたが、少しややこしく感じたかもしれません。 最後にまとめると、「中途解約不能」かつ「フルペイアウトのリース取引」をファイナンス・リース取引といい、「中途解約不能」と「フルペイアウトのリース取引」のどちらか一方でも満たさない取引はオペレーティング・リース取引と判定します。 また、前述のとおり「フルペイアウトのリース取引」の判断基準には、「現在価値基準」と「経済的耐用年数基準」があります。以上を下図にまとめましたので参考にしてみてください。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第33回】 「M&A後にできる買い手の努力」 ~工夫して売り手を補い、M&A後の成長を目指す~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&A後に買い手の力でM&Aを成功に導くためのヒントを得る。 売り手企業 ⇒買い手にM&A後の経営を託せるのかを考えるヒントにする。 支援機関(第三者) ⇒M&A後に期待できる買い手の努力を踏まえて、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒M&A後の買い手に期待できるポイントを理解する。 1 妥協を成長に変えるための買い手の工夫 中小企業のM&Aにおいて、満足、納得のいくM&Aはどれほど実現するでしょうか。そのような声を拾う場は多くないのではっきりとしたことはわかりませんが、買い手を例にとると、おそらくは相当のケースで、コスト面にせよ、条件面にせよ、意思決定には妥協を伴って、場合によっては妥協に妥協を重ねて、それでも何とかなるさと前向きに捉えてM&Aをするケースは少なくないように思います。 M&Aの買い手にとって、理想的な相手を探すのは不可能とはいいませんが、その労力と時間をかけられる余力のある企業はそう多くないでしょうし、良い条件で交渉できる企業は、規模が大きく、潤沢な資金を用意できるような、最初から良い買い手であることが多いものです。つまり、一般的な中小企業は、M&Aの買い手になっても、ある程度相手の条件を呑むか、買い手の望むすべての条件が叶うことはないと割り切って、M&A後に買い手自身の努力で売り手を補い、フォローしながら、M&A後の成長を目指すことになります。 しかし、だからといって、理想的な相手の不存在を嘆くのでなく、M&Aを断念しない代わりに、妥協を成長に変えるために工夫できる余地もあると考えられます。今回は、そのようなケースにおけるヒントやポイントを紹介します。 2 売り手に不足するリソースを買い手が用意する (1) 売り手に不足する経営資源探し 売り手だけの力ではM&A後の自力成長が見込めない理由はM&Aのケースの数だけ存在します。そのため、網羅できるわけではありませんが、以下のうち何かの要素は売り手に欠けているはずです。 このとき、買い手がM&A後にするべきことは、売り手に不足するリソースを買い手自身が用意すること、言い換えれば、買い手自身が売り手のリソースの一部になり、ファンクションの1つとして活動することです。いわば、売り手の組織図の中に「買い手部買い手課」という部署を置くかのごとく部門として機能すれば、売り手になかったか、欠けていた組織の一部が満たされ、不足するパーツが埋まっていきます。 売り手に欠けたピースを埋める作業を買い手が用意する準備に向けて、M&Aの段階では、売り手に不足する経営資源を探し、把握して、買い手がそのうちの何を提供できるかを考え、買い手と売り手を合わせた経営資源によって、M&Aの後にどの程度売り手の成長を導いてあげられるかを熟考します。その勝算があれば、妥協型のM&Aであっても成り立つ可能性がアップするはずです。 (2) 買い手の機能化 買い手の支援といってもよいのかもしれませんが、敢えてそう言わずに買い手の「機能」化としたのは、「支援」では他人事で終わってしまうからです。コンサルティングでは頻繁に支援という言葉が使われますが、結局のところ他人だからいつでも見捨てることができ、当事者であるようで当事者ではないから支援止まりなのだと思います。もちろん、第三者だからズバズバと物言いができるなどの利点もありますが、買い手と売り手のような逃げられない関係ではありません。 実務上は買い手も支援気分でいるケースが多いように記憶しますが、売り手の一部として機能しなくては、売り手を補うことは到底かないません。だからこその「機能」化が必要だと考えられます。 売り手が小規模企業であるとの想定の下、買い手が代わることのできる機能、関わることのできる機能の一例をセクションごとに以下のとおり挙げました。 ① 経営者 経営者たる存在が売り手にいないか不足していれば、自らがなるしか選択肢はありません。経営者は兼業で務まるほど甘いものではありませんから、買い手にとって一時とはいえ人材の放出は痛いでしょうが、経営ポジションを経験させるための人材育成と捉えれば、買い手・売り手双方の環境を活かした人事異動になるわけですので、良き事と捉えてもいいはずです。 手段が派遣、出向の形をとろうが、売り手の中に将来の経営者になりえる人材がいたとして、その人材を育成する立場で関わろうが、機会を活かせば買い手、売り手にとって損な話ではありません。 ② 直接部門 本稿では、営業、製造などの部門を直接部門、経理などの部門を間接部門として説明します。直接部門は挙げた部門以外にもありますが、便宜上、営業と製造だけをピックアップして考えるだけでも、買い手にできる関わり方が複数あるのがわかります。 売り手の相当数は販路に苦しんでいます。ですから、買い手の取引先の一部でも紹介があれば、あるいは、同行訪問などで売り手の既存得意先や仕入先との交渉に買い手も加わってくれれば心強いです。 同業であれば買い手のノウハウをもって直接の技術指導で売り手の技術力を伸ばすのが可能ですし、資金があれば設備投資、研究開発で貢献するのも可能です。資金がなくても諦めるのではなく、設備の貸与、共同研究開発で買い手のリソースをそのまま活用できる道を模索することだってできます。 また、グループ全体の決算を考えれば、例として挙げた共同仕入だけでなく、かなりの重なる分野で協力できる業務が多いのではないでしょうか。その結果、全体のコスト削減、高効率、生産性向上、高収益化に少しでも近づけられる可能性が高まります。 ③ 間接部門 総務、人事、財務、経営企画、法務が存在するほど大きくない企業でも経理機能はあるはずです。買い手が代わりに行う手段として、機能を買い手自身が担う方法、つまり代行が考えられます。アウトソーシング、シェアードサービスの形式面にはこだわらず、売り手の業務を受託することで売り手の負担軽減に繋げ、買い手の持っているスキルによってレベルアップを図れれば、グループの価値も向上します。 買い手にノウハウやスキルを持っていかれるのがまずいようであれば、売り手自身で仕組みを回せるように買い手が指導する立場を担うのも考えられます。間接部門には毎月、毎年行う定型的な業務もありますので、いったん対応できれば買い手の手を離れやすい項目も多数存在します。 ④ 取引先、金融機関 中小企業のM&Aの場合、売り手に欠けていそうな要素の1つに、外部に対する信用があります。商売自体の信用がないわけではありませんが、規模、商材、業績などの諸要素を総合すると、取引上の与信が十分でないケースは多いです。 そこで、買い手が加わることで売り手の与信不足を補えれば、売り手の商売の幅が広がるきっかけがつくれます。具体的には、取引保証、債務保証、保証金の差し入れなどが考えられ、いずれも買い手が何らかのリスク、負担を負う形にはなりますが、いつか保証が外れ、バックアップが不要になる日を目指して売り手を成功に導くのも買い手の役割、責任の1つです。 以上は、簡単な組織図を用いた例示ですが、個々のケースにおいて、売り手のリソース不足を考慮すれば、いくらでも買い手にできる策はあります。始めから何でも揃っている会社を買うという点にこだわらずに、買い手がいくらでも工夫すればいいではないかと考えられるなら、買い手にとって売り手の選択肢の幅は広がり、M&Aを通じて買い手の向上、成長機会を見いだせる道も見つかるはずです。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第3回】 「電子契約に印紙税はかかるのか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 電子契約に印紙税はかかるのでしょうか。また、電子契約で契約した後、電子契約のデータを印刷した文書には印紙税はかかるのでしょうか。 〔A〕 電子契約に印紙税はかかりません。電子契約で契約した後、電子契約のデータを印刷した文書にも印紙税はかかりません。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 印紙税の基本 以下では、主に企業の担当者向けに、印紙税について基本的事項を解説する。 印紙税とは、経済取引に伴って契約書や領収書などの「文書」を作成した場合に、印紙税法に基づきその「文書」に課税される税金のことである。印紙税の場合は、税務申告して税を納めるのではなく、印紙を購入して納税することになる。 印紙税がかかる文書と言えるためには、以下の①から③の3つの条件すべてを充たす必要がある(印紙税法3条1項、印紙税法基本通達2条)。逆に3つの条件のうち1つでも充たさない場合、印紙税はかからない。以下では、条件ごとに順番にポイントを解説していこう。 ◆課税の対象となる文書の3つの条件 (1) 条件①:印紙税法に定められた20種類の文書のいずれかに該当すること 条件①の印紙税法に定められた20種類の文書のいずれかに該当するかどうかは、国税庁ホームページの印紙税額一覧表をみれば確認することができる。印紙税がかかる文書が20種類に分類され、それぞれに1から20まで順番に番号が付されている。実務では、「1号文書」、「2号文書」などと呼ばれる。 (2) 条件②:当事者の間において課税事項を証明する目的で作成された文書であること 条件②の「課税事項」とは、上記①の20種類の文書により証明されるべき事項を意味する(印紙税法基本通達2条)。例えば、お金の貸し借りの際に作成される消費貸借契約書(1号文書)の課税事項は、消費貸借契約が成立した事実である。 契約が成立した事実を証明するために、契約書を作る場合、②の条件を充たすと考えてよい。 (3) 条件③:印紙税法により印紙税を課されない非課税文書でないこと 条件③の印紙税法により印紙税を課されない文書を「非課税文書」という。 印紙税額一覧表の一番右側の欄には、税金がかからない非課税文書の代表例が載っている。 例えば、17号文書(受取書)の非課税文書の例として、「記載された受取金額が5万円未満のもの」と記載されている。このことから5万円未満の領収書は非課税文書であり、印紙税はかからないことが分かる。 2 電子契約で契約をした場合、印紙税はかからない 結論から言えば、電子メールや電子契約サービスを利用して契約をした場合、1の条件①~③のすべてに当てはまったとしても、「文書」ではないので、印紙税はかからない。 印紙税は、紙の契約を対象にする税金なので、電子契約(紙を利用せず電磁的記録が作成される契約)は課税対象にならないのだ。この点については、2005年3月15日の国会答弁(内閣参質162第9号)や2021年6月1日の国会答弁(第204回国会 参議院)でも繰り返し確認されている。 そのため電子契約を導入した場合、企業にとって印紙税削減のメリットがある。どの程度メリットがあるかは、契約の件数と契約書に記載された金額により決まる。 例えば、取引基本契約書の印紙税は、原則として4,000円だ(※1)。1ヶ月間に10件、新規取引先と取引基本契約書を書面で取り交わす企業の場合、印紙税の負担は年間48万円となる。新規契約の件数が多い企業は、電子化による印紙税削減のメリットが大きいと言えるだろう。 (※1) 国税庁タックスアンサー「No.7104 継続的取引の基本となる契約書」 また印紙税の負担は、契約書に記載された契約金額に比例するのが原則である。例えば不動産売買において、2,000万円の土地を取引する場合の売買契約書の印紙税は1万円だが、2億円の土地を取引する場合の売買契約書の印紙税は6万円となる(※2)。1回当たりの取引の金額が大きい契約の場合も、電子化による印紙税削減のメリットが大きいと言える。 (※2) 国税庁タックスアンサー「No.7108 不動産の譲渡、建設工事の請負に関する契約書に係る印紙税の軽減措置」 3 電子契約で契約した後、電子契約のデータを印刷した場合 電子メールや電子契約サービスを利用して契約を締結した後に、PDFやWord等のデータを印刷した場合、印紙税はかかるのだろうか。 結論から言えば、電子契約で契約した後、自社の控えとして契約書のデータを印刷したとしても印紙税はかからない。 上述したとおり、印紙税の対象となるのは、当事者の間において課税事項を証明する目的で作成された文書である(条件②)。契約成立後に契約書のデータを印刷した文書は控えであり、契約の成立を証明する目的で作成されるものではない。そのため、電子契約で契約した後、データを印刷した文書は、課税の対象とならないのだ。 国税庁ホームページ(※3)でも「ファクシミリや電子メールを受信した貸付人がプリントアウトした文書は、コピーした文書と同様のものと認められることから、課税文書としては取り扱われません。」との国税庁の解釈が公表されている。 (※3) 国税庁「コミットメントライン契約に関して作成する文書に対する印紙税の取扱い」 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例45】 「相続登記の義務化に関する不動産登記法の改正」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 不動産登記法の改正で相続登記が義務化されると聞きましたが、空き家問題にも関係があると聞いております。どのような改正内容で、いつから適用されますか。 また、改正法は、次のような事例の場合に影響がありますか。 1 はじめに 複数の相続人がいる場合に相続が発生すると、遺言がない限り、遺産の不動産を法定相続分で共有した状態から遺産分割協議を経て所有権の取得者が確定することになる。一方で、相続の発生から遺産分割協議が成立するまでに時間を要することも少なからずあるため、不動産の共有状態を登記で公示することが好ましいことになる。 もっとも、これまで相続登記は義務化されておらず相続登記が行われることも少なかったため、登記簿を確認しても相続人が誰であるかを把握できなかった。また、様々な要因によって遺産分割協議が行われないうちに、相続人が死亡して更なる相続(数次相続)が発生して相続人が多数になり、相続人の調査に多大な労力を要する事例も発生していた。 このような問題を解決するため、令和3年4月21日に不動産登記法が改正されることになった。この改正は主として所有者不明土地問題を背景とした改正であるが、空き家の相続が発生した場合にもあてはまるものである。以後、改正後の不動産登記法を「改正法」と表記する。なお、本事例では、改正法のうち相続登記の申請義務化について取り上げている。 2 相続登記の申請義務化に関する改正の概要 (1) 基本的な仕組みと施行日 相続登記の申請義務は、①基本的な義務と②追加的な義務から構成されている。この改正部分は、令和6年4月1日から施行されるが、施行日前に生じた相続にも適用されることになっており、以下で述べる3年間の登記申請の履行期間の起算点は、令和6年4月1日と改正法の要件を充足した日のいずれか遅い日とされているので留意が必要である。 (2) 基本的な義務 相続が開始すると、相続人は法定相続分に応じて不動産の所有権を取得することになるが、当該相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、相続登記の申請を行わなければならない(改正法第76条の2第1項前段)。相続開始の事実に加えて、所有権を取得したことを知った日も要件とされているのは、相続が開始していることを認識していても、被相続人が不動産を所有していたことを認識していない場合もあるからである。 遺産分割協議が上記の3年以内に成立すれば当初から遺産分割協議の内容どおりに相続登記を行えば足りるが、この期間内に遺産分割協議が成立しない場合には、暫定的に法定相続分で相続登記をすることになる。相続人の一人は、法定相続分での相続登記であれば、保存行為の一種として単独で申請することができるが、申請時に被相続人の出生から死亡するまでの謄本やすべての相続人の謄本等を提出する必要がある。ところが、数次相続のように相続人が多数になる事案においては、謄本等の書類を収集するだけでも少なくない労力を要することになる。 そこで、相続登記を容易に行うことができるように、申出をした者が相続人であることを所有権の登記に付記することで相続が生じていることを報告的に公示するための制度として、相続人申告登記が新設された(改正法第76条の3第1項)。このような目的の制度であるため、相続人申告登記の申請時の書類は、相続登記の申請に比べて大幅に簡略化されることになる。相続人申告登記が行われると、相続人は自身の基本的な義務を履行したものとみなされる(同条第2項)。 (3) 追加的な義務 遺産分割協議によって相続人の一人が単独所有することになった場合のように、所有権の取得者が確定すると、そのことを登記簿に反映する必要がある。そこで、基本的な義務と同様に、遺産分割が成立した日から3年以内に相続登記の申請を行わなければならないものとされた(改正法第76条の2第1項)。 また、遺産分割協議が成立するまでの間に、法定相続分で相続登記や相続人申告登記が行われている場合には、遺産分割協議の内容を登記簿に改めて反映させる必要がある。具体的には、法定相続分で相続登記が行われている場合、遺産分割によって法定相続分を超えて所有権を取得した者は、遺産分割の日から3年以内に相続登記の申請を行わなければならない(同条第2項)。 これに対して、相続人申告登記では権利変動が公示されていないため、相続人申告登記の申請をした者が遺産分割協議によって所有権を取得した場合、遺産分割の日から3年以内に相続登記の申請を行わなければならないものとされた(改正法第76条の3第4項)。 (4) 制裁の内容 相続登記の申請義務を負う者がこれを怠った場合、正当な理由がない限り、10万円以下の過料に処するものとされている(改正法第164条)。ここでいう正当な理由には、数次相続が発生して相続人が多数いるため、資料の収集に時間を要するような場合が含まれると考えられているが、具体的な事由は通達で定められる予定である。 3 小問の検討 (1) 小問①:ほかの相続人が相続放棄をしている場合 相続が開始すると相続人は法定相続分に応じて不動産を共有することになるが、相続放棄によって相続放棄をした者は当初から相続人ではなくなるため(民法第939条)、相続開始のときから相続放棄をした者を除いた法定相続分で共有していることになる。 そうすると、相続放棄が行われた場合に、いつの時点を起算点とするのか問題となりうるが、客観的な権利関係を登記簿に反映させることを相続人に求めることからすると、改正法第76条の2第1項に規定する「当該所有権を取得したことを知った日」とは、相続放棄が行われたことを知った日になるものと考えられる。 相続放棄が行われると、相続放棄がされていないことを前提とした権利関係での相続登記の申請義務は履行不能になったものと考えられるが、相続放棄をした者の法定相続分も含めて相続登記の申請が行われた場合、客観的な権利関係と登記簿の内容が一致せず、相続登記の申請義務が履行されていないとも考えられる。 もっとも、上記のような相続登記が行われたことによって、相続人の権利の公示という行政施策上の成果がある程度達成されたことを理由として、相続放棄の認識の有無にかかわらず、登記申請人には「正当な理由」があるとして過料の対象にならないとする見解もある(山野目章夫「土地法制の改革 土地の利用・管理・放棄」(有斐閣・2022年)96、97頁参照)。 (2) 小問②:数次相続が発生している場合 相続登記は、上記のとおり相続人の認識を起算点の要件としているところ、数次相続が発生している場合に、「当該相続により所有権を取得した者」は、一次相続の相続人を意味するのか、一次相続以降の相続人を意味するのかが問題となる。 この問題については、過料の制裁を背景に、現在の相続による権利関係を登記簿に反映させる目的からすると、一次相続以降の相続人の認識を意味するものと考えられる。具体的には、数次相続の相続人が当初の被相続人と自らの被相続人が死亡し、数次の相続によって不動産の所有権を取得することを知った日が起算点になる。 (3) 小問③:代襲相続が発生しているが自らは相続人にならないと誤解していた場合 客観的には代襲相続が発生している場合でも、相続人の中には、法律上の知識不足等によって自らが相続人になっていることを認識していない者もいる。このような場合に、いつから3年間を起算するか問題となりうる。 この問題については、登記申請を実際に行える状況を想定して「所有権を取得したことを知った日」と規定したことからすると、法律の不知の状態が解消され、自らが相続人として不動産の所有権を取得したことを具体的に認識した日を起算点とするべきであるように思われる。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第24回】 「電機メーカーでの品質不正 -不正の事実を把握した後、適正に公表したのか」 弁護士 原 正雄 本連載は、M電機の品質不正について連続して取り上げてきた。【第21回】では品質不正の原因について、【第22回】では不正を発見できなかった理由について、【第23回】では内部通報制度が効果を発揮できなかった事情について、それぞれ検討した。 第24回となる本稿では、M電機が不正の事実を把握した後、適正に公表したのかについて検討する。 1 事実関係と問題の所在 2021年6月14日、M電機の長崎製作所において、鉄道車両用空気調和装置に関して以下の事象が発覚した(以下「本件検査不正」という)。不正の端緒の把握であった。 同月23日、同社は、当該事実を「不正」と認定し、25日から顧客向け説明に着手した。M電機は、顧客向け説明の完了には約1週間を要すると想定し、対外的公表日を7月2日と定めた。 当時、M電機は6月29日に株主総会(以下「本件株主総会」という)を予定していた。そのため、以下の2点が問題となった。 2 株主総会への報告の要否 まず、上記①株主総会における本件検査不正の報告義務の有無について検討する。 (1) 株主総会における報告義務 株主は、法的には当該会社の所有者である。取締役は株主から委託を受けて会社を経営している。株主総会とは、取締役が委託者である株主に対して、受託者として経営の状況を報告する重要な機会である。そうした観点からすれば、取締役は、本件株主総会において本件検査不正を報告すべき義務を負っていたようにも思える。 なお、株主総会は、前事業年度について報告する場である。本件検査不正が発覚したのは前事業年度が終了した後である。そのため、本件検査不正は後発事象であって報告不要とも考え得る。しかし、本件検査不正そのものは前事業年度中にも行われていた。また、重要な問題は後発事象であっても株主総会で報告すべきである。そのため、後発事象であることを理由として報告不要という結論を導くことはできない。 (2) 金融商品取引法の観点 上記に対して、調査委員会の調査報告書は、金融商品取引法の観点から分析し、株主総会で報告しなかったことに問題はないと結論づけている。 ① フェア・ディスクロージャー・ルール及びインサイダー取引規制 本件検査不正の情報は、M電機にとって重大な不祥事である。開示すればM電機の株価に重要な影響を与える可能性があった。 しかし、本件株主総会当時、本件検査不正の情報は未だ公表されていなかった。そうした状況で株主総会において本件検査不正を報告すれば、株主総会に出席していた株主は未公表の情報を優先的に知ることになってしまう。その情報に基づいて取引をすれば、不当な利得を得ることも可能になる。これでは、会社としてフェア・ディスクロージャー・ルールに違反することになってしまう。また、状況次第では、株主がインサイダー取引規制に違反してしまうこともあり得る。 フェア・ディスクロージャー・ルールとは、株価に重要な影響を与える未公表の情報は全ての投資家に同時に公平に開示しなければならない、というルールである。インサイダー取引規制とは、上場企業の関係者等が、その職務や地位によって投資家の投資判断に重大な影響を与える未公表の情報を知った場合、その情報を利用して取引をしてはならないという規制である。いずれも株価の変動要因を知らない一般投資家の保護を目的とするものであって、金融商品取引法に定めがある。 したがって、本件検査不正の情報が未公表であった当時、M電機の取締役が株主総会で本件検査不正について報告することは、金融商品取引法の観点からは許されなかった。 ② 顧客への説明もできないことになるのでは? 上記の観点からは、本件検査不正の情報が未公表である以上、顧客に対する説明もできなくなるのでは、という疑問も生じる。 確かに、何らの手当もせずに顧客に本件検査不正を説明すれば、上記と同様に、フェア・ディスクロージャー・ルールやインサイダー取引規制の問題が生じ得る。実際、過去にはメーカーから優先的に情報開示を受けた顧客側がインサイダー取引をしてしまい、問題になった事例もある。 そこで、顧客に優先的に説明する場合、事前に守秘と株取引禁止を誓約してもらう必要がある。説明先の顧客が守秘義務を負うのであれば、フェア・ディスクロージャー・ルールが適用されることはない。また、株取引をしなければ、インサイダー取引規制が問題になることもないからである。本件でも、M電機はそうした対応をしたはずである。 (3) 株主は身内である 本件検査不正の直接の被害者は、顧客であり、その先にいる消費者である。M電機としては、まずは、直接の被害者である顧客に説明すべきである。また、顧客の先にいる消費者にも説明すべきである。 他方、M電機の株主は、顧客や消費者から見れば、M電機の身内である。身内を顧客や消費者より優先するのはおかしい。 したがって、M電機の取締役としては、いかに株主総会という場であっても、顧客や消費者に説明していない以上、先に株主に報告すべきではない。 なお、何らかの不正が発覚した場合、顧客よりも先に取締役など経営陣に報告することが通常である。これは、取締役など経営陣が身内だから先に報告しているのではない。顧客対応を含めて当該問題を解決するために取締役など経営陣への情報共有が必要だから先に報告しているのである。身内優先とは異なる。 (4) 小括 以上のとおり、株主総会という場を考えれば、取締役は株主に対して報告すべきであったようにも思える。しかし、フェア・ディスクロージャー・ルールやインサイダー取引規制を考えれば、未公表の段階なのに株主総会で報告するわけにはいかない。被害者である顧客や消費者を差し置いて身内への説明を優先するのも問題である。 したがって、当時、顧客への説明や一般公表を行っていなかった以上、M電機の取締役が株主総会において本件検査不正について報告しなかったことはやむを得ない。上記①本件株主総会に報告すべき義務はなかった。調査委員会の調査報告書の結論のとおりと考える。 3 株主総会での報告を回避するため、一般公表を遅らせた事実の有無 調査委員会は、仮に本件検査不正の開示が問題になり得るとすれば、それは、株主総会で説明しなかったことではなく、株主総会が実施された6月29日までに対外公表されていなかったという事実であるとしている。 M電機が本件検査不正を公表したのは、本件株主総会から3日後の7月2日であった。これは、本件株主総会前の一般公表を避けようとした結果なのか。以下、上記②公表時期に問題があるか否かについて検討する。 (1) 一般公表までの期間の検討 ① 「不正」の認定に時期的な遅れはないか M電機が本件検査不正の端緒を得たのは、6月14日である。それが「不正」に当たると認定したのは、同月23日である。この間、9日間が経過している。そこで、9日間が長期に過ぎるのであって、M電機が「不正」の認定を意図的に遅らせたのではないかが問題となる。 M電機は当時、本件検査不正の具体的な内容を確認する必要があった。特に、M電機が実際に行っていた試験の内容が、顧客との合意に違反していたか否かは、慎重に確認する必要があった。また、どの製品で検査不正が行われていたかも、特定する必要があった。そのため、退職者を含めて複数の社員からヒアリングを行っていたとのことである。また、関係資料の調査等も行っていたとのことである。本件検査不正の内容からすれば、こうした作業は当然に必要となる。また、本件検査不正の規模からすれば、こうした作業は相応の時間を要する。 したがって、端緒を得てから不正の認定までに9日間というのは、特に長いということはない。それどころか、むしろ迅速に対応したものと評価できる。 ② 「不正」の認定後、直ちに一般公表しなかったことは正当か? M電機が本件検査不正を「不正」として認定したのは、6月23日である。ところがM電機は、ただちに本件検査不正を公表せず、一般公表日を7月2日と定めた。そこで、本件検査不正をただちに一般公表せず別の日と定めたことに正当な理由があったのかが問題となる。 M電機がその時点で一般公表しなかった理由は、顧客である鉄道車両メーカーや鉄道会社など延べ106社に対する説明を優先すべきと判断したからであった。 より具体的に検討すると、本件検査不正の対象となっていたのは、鉄道車両用空気調和装置である。当該装置は、鉄道車両に組み込まれている。本件検査不正を公表すれば、顧客である鉄道車両メーカーは、鉄道会社から安全性への影響等について問合せを受ける。また、鉄道会社も、一般の鉄道利用者から問合せを受ける。さらに、マスコミからの取材等も考えられる。その際にM電機から事前に説明を受けていなければ、鉄道車両メーカーや鉄道会社は対応のしようがない。大きな混乱が生じ、場合によっては鉄道の運行にも影響が出かねない。そのため、M電機が、顧客への説明が終了していない6月23日時点で一般公表できないと判断したことは正当であった。 なお、本件検査不正が人の生命身体等に危険を及ぼす場合、顧客への説明の終了を待たずに直ちに一般公表すべき場合も考えられる。ただ、M電機によれば、本件検査不正は人の生命身体等に危険を及ぼすものではなかったとのことである。その観点からも、本件検査不正については、「不正」の認定後、直ちに一般公表する必要はなかったと言える。 したがって、顧客への説明を終了してからでないと一般公表すべきではないとしたM電機の判断は正当と解する。 ③ 7月2日を公表予定日としたのは、遅すぎないか? M電機は、6月23日に「不正」と認定した後、一般公表予定日を9日後の7月2日と定めた。そこで、「不正」の認定後ただちに公表できなかったことはやむを得ないにしても、一般公表予定日が遅すぎないかが問題となる。 不正について顧客説明を行う場合、説明内容について事前に検討し、想定問答等も用意しなければならない。そのため、6月23日に不正を認定したとしても、その日からすぐに顧客説明に取りかかれるわけではない。また、顧客に「説明に伺いたい」と連絡しても、その日のうちに会えるとは限らない。さらに、7月2日は一般公表を行うのだから、顧客説明は遅くともその前日までに終了することが望ましい。そうすると、本件では、顧客説明の期間は1週間あるかないかである。 M電機によれば、本件検査不正について説明をすべき顧客は、鉄道車両メーカーや鉄道会社など延べ106社であった。延べ106社の顧客への説明の期間として、1週間は非常にタイトである。 したがって、M電機が本件検査不正の一般公表予定日を7月2日と定めたことは適正と考える。むしろ、迅速に対応したと評価できる。 ④ 他社事例 調査委員会は、他社の品質不正や検査不正の案件で、端緒の把握等から公表までにどのくらいの期間を要したかを調査している。調査対象は、2017年1月1日から2021年7月31日までに品質不正や検査不正を公表した東証第一部上場企業の案件である。 それによれば、端緒の把握等から公表までは、最短で25日、最長で約1年3ヶ月、一番多いのは2ヶ月以内であった。また32案件中28案件は、公表前に客先や関係官庁に説明を行っているとのことであった。 本件では、端緒の把握から公表予定日まで18日である。他社と比較して短期間と言える。そのため、調査委員会も、M電機は他社の案件と比較しても迅速な対応をしたと評価できる、としている。 (2) 公表時期の決定プロセス M電機は、本件を不正として認定した6月23日、その日のうちに社外取締役に対して、本件検査不正を説明している。そうしたところ、社外取締役の一人が、公表時期が株主総会後となることの是非について専門家の助言を得るように要請した。そこで、M電機は翌24日、顧問弁護士に相談した。当該顧問弁護士は、総会後に公表することにつき違和感はないと回答したとのことである。 6月25日、社会システム事業本部長、生産システム本部長、コーポレートコミュニケーション本部長らが打合せを行った。その際も、株主総会前の公表の要否について議論を行ったとのことである。結果として、従来の方針を維持することが決定された。 M電機として、社外取締役の意見も聞きつつ慎重に判断した上で公表時期を決定したと言える。公表時期の決定プロセスに問題はないと解する。 (3) 株主総会での報告を回避する動機についての検討 ① 調査委員会の認定 M電機は、本件検査不正の公表に先立つ同年5月7日、電磁開閉器において認証登録とは異なる材料を使用していたという不正事案(名古屋製作所可児工場事案)を自主的に公表している。そのため、調査委員会は、そうした状況において、経営陣が本件検査不正のみを特に隠蔽すべき理由はないと認定している。 また、調査委員会は、仮に本件株主総会前に一般公表して本件株主総会で株主から質問を受けたとしても、「このような事実が判明した。調査中であるため、詳細な回答は差し控えさせて頂きたい」旨回答すればよいから「株主による追及を回避したいとの意図があったとも思われない」とも認定している。 調査委員会は、本件株主総会前に一般公表をしても問題はなかったのであり、一般公表をことさらに遅らせる動機がない、としているものと解する。 ② 動機はあり得ても行動に影響した形跡はない ただ、そうは言っても、公表する不正事案の数が増えれば批判は強まる。また、株主総会直前に不正が一般公表されれば、株主総会は紛糾する。少なくとも、取締役の立場としては紛糾すると考える。さらに、一般公表が議決権行使の前であれば、取締役選任議案の賛否に影響を与える可能性もある。動機がないとしてしまうのは些か言い過ぎである気もする。 本件では、取締役にとって一般公表を遅らせる動機になり得る事情はあったと言える。その上で、かかる動機が客観的行動に影響した形跡はない、とするのが正確と解する。M電機の取締役はそうした動機に影響を受けず、上述のとおり適正かつ迅速に、本件検査不正を一般公表した。 (4) 小括 以上のとおり、M電機は「不正」の端緒を把握した後、「不正」の認定と顧客への説明を経て、一般公表に至るまで適正かつ迅速に対応している。公表時期の決定プロセスにも問題はなく、不当な動機が影響した形跡もない。 したがって、上記②公表予定日を7月2日としたのは、株主総会前に公表したくなかったことが理由ではないか、との非難は当たらない。ここも調査委員会の結論のとおりと考える。 4 翌年の株主総会 上述のとおり、株主への報告は一般公表の後になる。M電機が、2021年6月29日開催の本件株主総会で本件検査不正を報告しなかったことは正当であった。 ただ、一般公表を一度してしまえば、その後はもはや株主に報告しない理由はない。取締役は、原則に立ち返り、株主総会などの場を通じて株主に対し、本件検査不正について報告すべきことになる。 M電機は、2021年7月2日、本件検査不正を一般公表した。約1年後の2022年6月29日、M電機は一般公表後の最初の株主総会を開催した。M電機は、事業報告(第151回定時株主総会招集ご通知)において、本件検査不正を含む品質不正について「品質不適切行為」として簡単に言及した。 同株主総会では株主から品質不正について批判が噴出した。例えば、ある株主は、前年の株主総会で本件検査不正の報告がなかったことを問題視し、役員を非難している(2022年6月29日産経新聞)。総会の所要時間も長く、3時間超に及んだ。これは、前年の2倍以上の長さであった(2022年7月1日日本経済新聞)。 同総会においてM電機の社長は、取締役選任議案において、株主からの賛成を58%しか得ることができなかった。これは、全役員の中で最も低い数値であった(第151回定時株主総会における議決権行使集計結果のお知らせ)。 5 結論 上述のとおり、M電機は限られた期間で本件検査不正について適正かつ迅速に対応している。また、株主総会で本件検査不正を報告しなかったことや、公表予定日の定め方にも問題はない。だが、それでも長年にわたって他の品質不正も含めて多数の品質不正を見逃してきた責任は重く、翌年の株主総会で株主からの非難を免れることはできなかった。 しかし、だからといって、適正迅速な対応が無意味、というわけではない。仮にM電機の取締役が適正迅速な対応をせずにいたら、上記株主総会での非難はさらに厳しいものとなっていたはずである。社長の再任も実現したか分からない。 たとえどれほど厳しい条件であっても、与えられた条件の中で最善を尽くすのが取締役の使命である。M電機が今回の品質不正の問題をきっかけに、これまでの問題点を全て洗い出し、徹底的な改善を通じてコンプライアンスを充実させ、今まで以上に強い企業になることを期待したい。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第63話】 「青色事業専従者と控除対象配偶者」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、しきりに、髪を右手でなでている。 「何をしているの?」 中尾統括官は、浅田調査官のしぐさを見て、尋ねる。 「・・・いえ、昨日、散髪に行って、少し髪を切りすぎて・・・」 浅田調査官は、照れ笑いする。 「そんなに・・・短くもないが・・・」 中尾統括官は、真面目な顔で言う。 「・・・ところで・・・昨日行った散髪屋で・・・面白い話を聞いたのですが・・・」 浅田調査官は、右手を止めて、話を始める。 「・・・その散髪屋の主人は、個人で営業をし、毎年、青色申告で、事業所得の確定申告をしています・・・そして、その配偶者に専従者給与(400万円/年)を支払っているのですが・・・」 浅田調査官は、税務六法を開く。 浅田調査官は、上記の所得税法57条1項を読み終えると、青色事業専従者の適用要件〈A要件〉を挙げる。 「このように、散髪屋の主人の配偶者は、この青色事業専従者の適用要件は満たしていることになるのですが・・・」 浅田調査官は、思案顔になる。 「・・・一方、散髪屋の主人の事業所得は、毎年、赤字なので・・・主人は、青色事業専従者である妻の控除対象配偶者になっているのです・・・」 浅田調査官は、理解できないような表情をする。 中尾統括官は、税務六法を開き、所得税法83条(配偶者控除)1項を見る。 「この控除対象配偶者は、・・・次の4つの要件を満たしている者で、控除を受ける納税者は、400万円を専従者給与として受けているから、合計所得金額が1,000万円を超えるケース(平成30年分以後)にも該当しない」 そう言うと、中尾統括官は、控除対象配偶者の4つの要件〈B要件〉を挙げる。 「・・・個人事業者である散髪屋の主人は、この①から④までの要件を満たしているから、青色事業専従者である妻の控除対象配偶者になることは可能だろう・・・」 中尾統括官は、机の上で図を書いて、浅田調査官を見る。 「なるほど、妻とその主人は、青色事業専従者と控除対象配偶者の適用要件をそれぞれ満たしているから・・・青色事業者(散髪屋の主人)が給与を支払っている青色事業専従者(妻)の控除対象配偶者になることは可能ですね」 浅田調査官は、髪をなでながら大きく頷く。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、インボイス制度Q&Aを改訂し 「提供した適格請求書に係る電磁的記録の保存方法」など11問を追加 Profession Journal編集部 国税庁は11月25日、インボイス制度Q&A(「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」)を改訂(前回改訂は4月28日)、新たに11問を追加し15問の改訂を行った。 また国税庁の「軽減・インボイスコールセンター」に寄せられた質問のうち問合せの多い事項を集約した「お問合せの多いご質問」も同日付で更新されている(上記11問は、問87(出来高検収書の保存による仕入税額控除)など「お問合せの多いご質問」から「移動」されたものを含む)。2018年6月13日に68問(66ページ)が公表された本Q&Aは今回の更新をもって全112問(135ページ)となった。 今回追加された11問及び改訂された15問は以下の通り。なお、改訂問答であっても例えば問24(適格簡易請求書の交付ができる事業)のように「①から⑤まで(編集部注:①小売業②飲食店業③写真業④旅行業⑤タクシー業)については、『不特定かつ多数の者に対するもの』との限定はありませんので、例えば、小売業として行う課税資産の譲渡等は、その形態を問わず、適格簡易請求書を交付することができます。」との記述が追加されるなど参考となる情報が追加されたものもあるため留意いただくとともに、今後の更新に備え最新のQ&Aをデータ等で保存しておくことをお薦めしたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年11月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.496を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。